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151 1.サレンダー B/Lの使用状況 中国において,サレンダー 1 という方法がい つ頃から使い始められたのか,その考証は簡単 ではありません。これについて,1980年代の半 ばから貨物運送業に携わっている方々に伺った ことがありますが,得られた答えはさまざまで した。私の見るところでは,おそらく1990年代 の末頃から,短距離航路(例えば日本航路)に おいて次第に使い始められたのではないかと思 われます。現在,サレンダーという方法は,中 国ではごく一般的で,短距離航路に広く利用さ れています。さらに,中国の港からヨーロッパ またはアメリカへの長距離航路においても多く 利用されています。 その理由をまとめてみると,次のとおりです。 ① サレンダーという方法を利用することに よって,貨物が船荷証券より早く仕向け港に 到着する問題を有効に解決することができま す。そのため短距離航路においてよく見られ ます。 ② 発行された原本船荷証券の呈示を受けてす る貨物の引渡しより,サレンダーという方法 を利用するほうが簡単です。また,多くの荷 主がすでにこのやり方に慣れていることから, 船荷証券より貨物が早く仕向け港に到着する 恐れがない場合であっても,サレンダーを利 用することがあります。商人間で売買契約を 締結する際に,貨物の引渡しはサレンダーに よることを明確に決めておく場合が多くあり ます。 ③ 貨物の運送人がNVOCCであり,MASTER B/L とHOUSE B/Lが 発 行 さ れ る と き, MASTER B/Lの発行はしばしばサレンダー という方法を利用しています。すなわち,海 上運送人(Ocean Carrier)は,NVOCCに実 際に船荷証券を発行せずに,その要求に従っ て,サレンダーという方法(あるいは荷渡指 図書)を利用して貨物を仕向け港にある NVOCCの代理人に引き渡します。これに よって手間を省くことができるほか,船荷証 券を郵送するための費用も節約できるからで す。比較的に利益の薄いNVOCCがこれに強 く惹きつけられました(費用については,1 通のサレンダー B/Lに100元~ 150元の手数 料を取る会社がある一方,50元であったり,手 数料を取らない会社もあります。しかし,原 本船荷証券が発行される場合には,1通につ き100元程度の手数料,いわゆる船荷証券発行 料または作成料が必要になります。したがっ て,サレンダーという方法を利用することに よって,一定程度の費用が節約できるといえ ます。)。 ④ 貨物が船荷証券より早く仕向け港に到着す る問題の解決には,世界においてSea Waybill * 大連海事大学法学院専任講師,弁護士 ** 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程 第1回 日中海法共同研究会 中国におけるサレンダー B/L の 法的問題 蒋 躍川* (訳)張 秀娟**

中国におけるサレンダーB/Lの 法的問題win-cls.sakura.ne.jp/pdf/24/14.pdf152 の利用が一般的です。しかし,中国ではSea Waybillの利用は比較的に少ないです。荷主は

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1.サレンダーB/Lの使用状況

中国において,サレンダー 1という方法がいつ頃から使い始められたのか,その考証は簡単ではありません。これについて,1980年代の半ばから貨物運送業に携わっている方々に伺ったことがありますが,得られた答えはさまざまでした。私の見るところでは,おそらく1990年代の末頃から,短距離航路(例えば日本航路)において次第に使い始められたのではないかと思われます。現在,サレンダーという方法は,中国ではごく一般的で,短距離航路に広く利用されています。さらに,中国の港からヨーロッパまたはアメリカへの長距離航路においても多く利用されています。

その理由をまとめてみると,次のとおりです。① サレンダーという方法を利用することに

よって,貨物が船荷証券より早く仕向け港に到着する問題を有効に解決することができます。そのため短距離航路においてよく見られます。

② 発行された原本船荷証券の呈示を受けてする貨物の引渡しより,サレンダーという方法を利用するほうが簡単です。また,多くの荷主がすでにこのやり方に慣れていることから,船荷証券より貨物が早く仕向け港に到着する恐れがない場合であっても,サレンダーを利

用することがあります。商人間で売買契約を締結する際に,貨物の引渡しはサレンダーによることを明確に決めておく場合が多くあります。

③ 貨物の運送人がNVOCCであり,MASTER B/L とHOUSE B/Lが 発 行 さ れ る と き,MASTER B/Lの発行はしばしばサレンダーという方法を利用しています。すなわち,海上運送人(Ocean Carrier)は,NVOCCに実際に船荷証券を発行せずに,その要求に従って,サレンダーという方法(あるいは荷渡指図書)を利用して貨物を仕向け港にあるNVOCCの代理人に引き渡します。これによって手間を省くことができるほか,船荷証券を郵送するための費用も節約できるからです。比較的に利益の薄いNVOCCがこれに強く惹きつけられました(費用については,1通のサレンダー B/Lに100元~ 150元の手数料を取る会社がある一方,50元であったり,手数料を取らない会社もあります。しかし,原本船荷証券が発行される場合には,1通につき100元程度の手数料,いわゆる船荷証券発行料または作成料が必要になります。したがって,サレンダーという方法を利用することによって,一定程度の費用が節約できるといえます。)。

④ 貨物が船荷証券より早く仕向け港に到着する問題の解決には,世界においてSea Waybill

* 大連海事大学法学院専任講師,弁護士** 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程

第1回 日中海法共同研究会 ①

中国におけるサレンダーB/Lの 法的問題

蒋 躍川*(訳)張 秀娟**

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の利用が一般的です。しかし,中国ではSea Waybillの利用は比較的に少ないです。荷主はSea Waybillについてよく知らないことから,伝統的な船荷証券を利用する傾向が多く,馴染みのないSea Waybillの利用を望まないからです。また,中国の運送人にしても,とりわけNVOCCでは積極的にSea Waybillを利用する者が少なく,自社専用のSea Waybill書式さえ持っていない会社も少なくありません。サレンダーという方法は,中国の海運実務に

おいて広く利用されています。中国各地の海事法院(裁判所)では,サレンダー B/Lに関する裁判例もしばしば見られています。

2.司法実務上の主要問題

日本に来る前,箱井教授から日本におけるサレンダー B/Lに関する問題点のメモが送られてきました。サレンダー B/Lが国際海上物品運送法上の船荷証券に該当するか,船荷証券としての効力が認められるかなどの問題点が指摘されました。実は,これらの問題は,中国においても存在しています。サレンダー B/Lの問題については,中国海事裁判所の裁判官および学者の意見がさまざまであって,争いが非常に多くみられます。サレンダー B/Lにかかわる訴訟事件においての当事者間の争点は,同時に中国の裁判官がこのような事件を審理する際の焦点です。概括すると,主に次の3つになります。

⑴ 訴権中国大陸には,証券所持人,荷受人などの訴

権問題について規定を設けているイギリスの「1855年船荷証券法」または「1992年COGSA」のような立法がありません。また,中国「海商法」には,海上物品運送契約上の訴権の帰属問題について,明確な規定が置かれていません。譲渡可能な船荷証券が発行された場合  運送人が指図式船荷証券などの譲渡可能な船荷証券を発行した場合の訴権の帰属については,中国裁判所の判決はすでに一致しています。すなわ

ち,訴権を有するのは証券所持人のみです。たとえ当事者の一方(例えば荷送人)に実際に損害が生じたとしても,船荷証券を所持していないかぎり,訴権を有しません。記名式船荷証券が発行された場合  記名式船荷証券が発行された場合,荷送人と船荷証券に記名された荷受人のどちらが運送人に対して訴権を有するかに関しては,中国の司法実務においてはまだ一致していません2。

記名式船荷証券上の訴権について,イギリスの1992年COGSA(この法律において,記名式船荷証券は同法に規定しているSea Waybillに該当するとされている)によれば,記名された荷受人が荷受人に指定された時点(すなわち記名式船荷証券が発行されたとき)から,船荷証券上の訴権を有することになります。しかし,中国裁判所の判決は,明らかにこれと異なる見解をとっています。ある未公表の中国天津海事法院が審理した中国某会社対日本郵船の訴訟事件では,被告の日本郵船は,「運送人が発行した船荷証券は記名式船荷証券である限り,荷送人の運送人に対する契約上の権利(訴権を含め)は,荷受人に移転している」と主張しました。しかし,結局,裁判所はこの主張を認めずに,なお荷送人は日本郵船に対して訴えを提起することができるという判断を示しました。この事件を審理した裁判官がとった見解は,中国法院の一般的な見解です。

もう1件の事件において,中国法院は,「記名式船荷証券が発行された場合には,貨物が荷受人に引き渡された後,荷送人は運送人に対して貨物損害の訴権を有しない」という判断を示しました3。この判決の示した見解は他の中国法院においても一般的に認められています。しかし,私はこれに対して疑問を抱いています。この問題については,中国の裁判官たちと話し合ったことがあります。その多数は,記名式船荷証券が発行された場合,貨物が引き渡されたか否かにかかわらず,損害を被った当事者が訴権を有するべきだと理解しています。すなわち,たとえ貨物が引き渡されたとしても,貨物に損傷が

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生じていることから荷受人が貨物代金の支払いを拒否する場合には,損害を被った荷送人が運送人に対して,貨物の損傷について損害賠償を請求することができると考えます。

また,中国法では,記名式船荷証券であっても,船荷証券の呈示がない場合には貨物を引き渡すことができないと定められています。これによって,記名式船荷証券が荷送人と荷受人の間には1回の譲渡が存在していることから,記名式船荷証券の場合にも譲渡可能な船荷証券と同じく,すなわち,荷送人または荷受人を問わずに,船荷証券を所持していれば訴権を有するべきであるという見解もあります。サレンダーB/Lを利用する場合  サレンダーB/Lが利用される場合,貨物が運送中に損害を受けたときに,荷受人が訴権を有するか,または荷送人が訴権を有するか,中国の司法実務においては,一致した結論がまだ見られません。

サレンダー B/Lを利用するとき,船荷証券は貨物の引渡し前にすでに運送人に回収されている,または船荷証券が発行されない場合もあることから,船荷証券を所持する者が訴権を有すると言い切ることができません。「徳興食品工業有限会社 対 中国COSCO」の

訴訟事件で,運送人のCOSCOは貨物について記名式船荷証券を発行した後,荷送人の徳興会社の要求に従ってサレンダー B/Lに変更し,かつ,全通の原本船荷証券を回収しました。その後,荷受人は貨物が運送中に損傷を受けたことを理由として,一部の貨物代金の支払いを拒否しました。これによって,荷送人の徳興会社はCOSCOに対して訴訟を提起しました。

荷送人と荷受人の間の売買契約において,荷受人が貨物代金を支払うまで荷送人は貨物の所有権を留保するとの約定があったことから,第1審で,法院は,荷送人が貨物の所有者であることを理由として,荷送人が訴権を有すると判示しました。その後の第2審でも,第1審と同じく,法院は,荷送人が訴権を有するという判決を示しました。しかし,その理由は,「本件において,貨物は荷受人に引き渡されたが,記名

式船荷証券そのものをもって受け取ったのではなく,荷受人はサレンダー B/Lの指図をもって貨物を受け取ったのである。したがって,荷送人が依然として運送人に対して貨物の損害について賠償訴訟を提起する権利を有する。」と変更されました。

しかし,この判決の理由に対する批判も見られます。サレンダー B/Lを利用する場合,ただ貨物の引渡方法が変更されただけであって,記名式船荷証券上の訴権の確定問題に影響が及ばないとする見解があります。一方,サレンダーB/Lを利用する場合,B/Lの譲渡がすでに完了していて(運送人に回収されている),しかも,多数の訴訟事件では貨物もすでに引き渡されていることから,荷受人のみが訴権を有するという見解も指摘されています。また,サレンダーB/Lの場合,荷送人は民法上の債権譲渡によって契約上の債権を荷受人に譲渡し,その上債務者である運送人にこれを通知したことから,荷送人は運送人にサレンダー B/Lを利用すると指示した時点から,運送人に対する権利(訴権を含め)がなくなり,これらの権利が荷受人に譲渡されたとみる見解もあります4。

要するに,サレンダー B/L上の訴権の帰属問題については,中国ではまだ一致していません。サレンダー B/Lにかかわる事件では,運送人から訴権について抗弁されることが非常に多くみられます。総じて言えば,単なる記名式船荷証券上の訴訟と同じく,中国の裁判所は,実際に損害を受けた当事者に同情を寄せる傾向があります。したがって,もし運送人に対して訴訟を提起した原告が,実際に損害を受けた者であれば,裁判所は通常この者が訴権を有すると認めます。

⑵ 貨物の処分権荷送人が運送人にサレンダー B/Lの発行を指

示した後,貨物の処分権を持つのが荷送人であるか,それとも荷送人に指示された荷受人であるかが,この問題の中心です。あるいは,他の貨物受取人への引渡しを運送人に指示すること

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ができるか,です。1件の審理中の事件(FOB条件による取引)

においては,買主はNVOCCを運送人に指定し,売買契約においてサレンダー B/Lによる貨物の引渡しを約定しました。売主は大連の港で,貨物を指定したNVOCCに委託した後,サレンダー B/Lの発行を受けました。しかし,貨物が陸揚港に到着する前,売主は以前の取引紛争を理由に,今回の貨物を当初の買主に売らないことにして,NVOCCに他の荷受人への引き渡しを要求しました。にもかかわらず,NVOCCは貨物を当初の買主に引き渡しました。これによって,買主は貨物の代金を回収することができませんでした。したがって,売主はNVOCCに対して訴訟を提起し,貨物代金の損害賠償を請求しました。しかし,NVOCCは,「売主がサレンダー B/Lの発行を指示した時点で貨物の処分権を失い,貨物の処分権が荷受人に移転したことから,運送人は買主の指示に従って,買主に貨物を引き渡すのが合理的である。」と主張しました。

譲渡可能な船荷証券が発行された場合には,明らかに証券所持人のみが運送中の貨物に対して処分権を有します。記名式船荷証券の場合には,中国の法律では記名式船荷証券にしても,船荷証券の呈示がない場合,貨物を引き渡すことができないと規定しているので,証券所持人が貨物の処分権を有すると確定できると考えられます。サレンダー B/Lの場合,原本船荷証券はすでに運送人に回収され,あるいはもともと原本船荷証券が発行されなかったので,法律上の証券所持人が存在しません。当然これによって貨物の処分権の享有者を確定することができません。そこで,サレンダー B/Lを利用する場合には,貨物の処分権を有する者はいったい誰であるかが問題となります。

⑶ 船荷証券約款の契約証明の効力伝統的な船荷証券は海上物品運送契約を証明

する機能を有しています。サレンダー B/Lもこの機能を有しているか,特に,船荷証券の裏面

約款は海上物品運送契約の一部を構成することができるかについては,中国では争いがあります。「中国丹東恒通工芸品有限会社 対 APL有限

会社」の事件において,中国法院は「サレンダーB/Lを利用する場合には,たとえ運送人が船荷証券の表面を荷送人にファックスしたとしても,運送人は荷送人に正式に船荷証券を発行せず,さらに船荷証券の裏面約款の内容を通知しなかったときには,この裏面約款は荷送人に対して拘束力を有しない。」という判示しました。言い換えますと,船荷証券の発行がない場合,船荷証券の裏面約款が契約内容の効力を有しないと裁判所に判断されるおそれがあります。また,荷受人が原告として運送人に対して訴訟を提起した場合,たとえ船荷証券が発行されたとしても,船荷証券はすでに運送人に回収されているので,荷受人は船荷証券を所持することはありません。したがって,このような場合に,船荷証券の裏面約款は荷受人を拘束しないという見解があります。

これに対しては,各会社の船荷証券の裏面約款は普通取引約款であって,容易に調べることができることから,運送人,荷送人および荷受人を含めた当事者に拘束力を有するという見解もあります。

3.私見

先ほど説明しました3つの問題は,中国の裁判所がサレンダー B/Lにかかわる事件を審理するたびに直面しなければならない問題です。これらは当事者間の争いにおける争点にとどまらず,中国の裁判官や学者においてもこれらの問題について争いが見られます。続きまして,これらの問題に関する私見を述べさせていただきたいと思います。ところで,お断りしておきたいのは,中国の法律ではサレンダー B/Lの問題に対して明確な規定を設けていないので,私の見解は現行の法律に基づいて得られたものではありません。しかし,この原稿の準備にあたっ

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て,前述したこれらの問題については,中国法院の多くの裁判官と意見を交換しました。そこで,これから述べさせていただく見解は,中国の多くの裁判官の一般的な見解といっても差し支えないだろうと思います。

⑴ 「サレンダー」という方法の性質およびサレンダーB/Lの効力

先日,箱井教授および海法研究所の研究員との研究会において,日本では「サレンダー B/Lは法律上の船荷証券ではない」と判断した未公刊の判決があると紹介されました。ご紹介によると,サレンダー B/Lが発行された場合には,売主である荷送人と運送人の間に契約関係が存在しますが,これは伝統的な,あるいは法律上の船荷証券に基づく契約関係ではないことから,日本の「国際海上物品運送法」第6条の船荷証券には該当せずに,「商法」の運送契約に関する一般原則が適用されたということです。

もっとも,箱井教授は日本の裁判所のこの未公刊の判決の見解に必ずしも全面的には賛成していません。これは当事者の船荷証券を利用する意思に反して,船荷証券を利用した場合に認められる効果を否定することになりうるからであるとしています。私と中国の多くの裁判官もサレンダー B/Lが発行された場合の荷主と運送人との間の契約関係は,伝統的な船荷証券によって証明される契約と根本的な違いはないと考えています。私の認識では,原本船荷証券が発行される場合と比べると,サレンダー B/Lを利用する場合は,ただ運送品の引渡し方法を変更するだけです。あるいは,サレンダーという方法は,貨物が到着したのに船荷証券が到着しないという船荷証券の危機の問題を解決するための,実務から生み出した一種の便宜を考慮した運送品の引渡し方法であり,伝統的な船荷証券のシステムを根本的に変えるものではないということです。

中国の法律によると,船荷証券は3つの機能を有しています。第1に,受取りまたは船積みの証明,第2に,運送契約の証明,第3に,目

的港で運送品の引渡しを受けるまたは引き渡すための証券です。この第3の機能は,英米法では権原証券(document of title)とも呼ばれています。原本船荷証券が発行された場合,船荷証券は引渡しを受けるための証券であり,したがって,運送人は目的港で必ず船荷証券を回収し,運送品を原本船荷証券の所持人に引き渡さなければなりません。

しかし,サレンダー B/Lが発行された場合,実際に目的港でなされるべき手続きは,すでに船積港で完了しています。すなわち,原本船荷証券が実際に発行されたか否かに関わらず,原本船荷証券は,船積港においてすでに運送人に回収されていると見なすことができます。このように,目的港での運送品の引渡しに原本船荷証券の呈示が必要となるのに対して,サレンダーという方法を利用することによって荷主が船荷証券を長時間待たなければならないという問題を解決することができます。運送人が船積港で荷送人に発行した船荷証券は,事実上原本船荷証券の代替と見なすことができます。ただし,原本船荷証券が有する運送品の引渡しを受けるための証券としての機能が欠けています。しかし,原本船荷証券が有するその他の機能は,サレンダー B/Lも有しています。

サレンダー B/Lの運送品の受取証としての機能については,大きな疑問はないと思います。そこで,これについての詳細な説明は省略させていただきたいと思います。

サレンダー B/Lは,伝統的な原本船荷証券のように運送人と荷送人の間での海上物品運送契約を証明することができるか否かについては,私の答えは「YES」です。

サレンダー B/Lが発行された場合には,運送人と荷送人および荷受人との関係は,船荷証券によって証明される契約関係であり,民法または商法に規定する他類型の契約関係ではありません。このような理解は,当事者の船荷証券を利用する真の意思に合致していると思います。

当然,サレンダー B/Lを利用する場合には,船荷証券は実際に発行されていないので,運送人

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が荷送人に船荷証券書式の裏面約款が契約の一部であることを通知しなければ,裏面約款は契約の内容に含まれているとは考えることができないと思います。言い換えますと,サレンダーB/Lを利用する場合にも,運送人と荷送人との関係は船荷証券に基づく契約関係です。ただし,契約の内容にはこのサレンダー B/Lの表面にある約款だけを含め,荷送人に通知されなかった裏面約款は含まれません。

したがって,私の認識では,前述した中国の裁判所が判示した「船荷証券の裏面約款は,荷受人に対して拘束力を有しない」という判決は,合理的なものであると思います。

⑵ サレンダーB/L上の訴権の帰属中国の現在の司法実務において,サレンダー

B/L上の訴権の帰属に関する理解は一致していません。その原因がすべてサレンダー B/Lそのものにあるとは思いません。これは記名式船荷証券またはSea waybillなどが発行された場合の訴権の帰属問題が未だに明確に解決されていないことと一定の関係があります。ご存知のように,サレンダーという方法を利用するとき,多くの場合には記名船荷証券を使用しています。しかも,サレンダーという方法を利用する場合,その性質および発行されたサレンダー B/Lの効力は,実際に記名船荷証券またはSea waybillが発行された場合に非常に似ています。

法律をもってこの問題について明確な規定を設ける前では,私は中国裁判所で現在最も見られている,「損害を受けたことによって訴権の享有者を確定する」という判断基準に賛成です。また,国連が採択した「その全部又は一部が海上運送である国際物品運送契約に関する条約」のかつての審議において,「訴権」という部分がありました。その中においても損害を受けたことを訴権の享有者の確定の主な判断基準にしたのです5。

⑶ サレンダーB/L上の貨物の処分権サレンダー B/L上の貨物処分権については,

私は船荷証券に記載された荷送人(以下「船荷証券上の荷送人」と言います)に付与すべきだと思います。この船荷証券上の荷送人は一般的に売買契約の売主です。なぜかというと,前述したように,サレンダー B/Lは契約を証明する効力を有しているので,サレンダー B/Lによって,船荷証券上の荷送人と運送人との間に船荷証券が証明する海上物品運送契約が成立していることを確定できます。この契約において,運送人は一方の当事者であり,船荷証券上の荷送人はもう一方の当事者です。原本船荷証券がすでに運送人に回収され,あるいはもともと原本船荷証券が発行されていないことから,船荷証券上の荷送人のほかに,運送人が責任を負わなければならないその他の証券所持人は存在しません。運送人は,船荷証券が証明する契約上の義務に基づいて,船荷証券上の荷送人のほかに,他の第三者からの貨物に関する指図に従う理由は当然にありません。すなわち,サレンダー B/Lを利用する場合には,船荷証券上の荷送人のみが貨物の処分権を有します。荷受人を含めその他のあらゆる者は貨物の処分権を有してはなりません。

以上が,私のサレンダー B/Lに関する簡単な紹介および分析です。機会があれば,この問題について日本海法分野の学者,実務家ともっと深い交流をしたいと思っています。

ご清聴ありがとうございました。(2009年3月7日:早稲田大学における講演)

1 中国法においては,法律上の船荷証券は当然原本船荷証券を指し,船荷証券のファックスあるいはコピー等を「船荷証券」と見なすことはできない。しかし,実務において,「サレンダー

(電放)」を利用する場合には,船荷証券が実際に発行されないことが普通であることから,船荷証券のファックスまたはコピーしか存在しない。中国では,実務上,このファックスまたはコピーを「サレンダー B/L(電放提単)」と呼んでいる。また,「サレンダー」という方法を利用する場合には,船荷証券の原本が発行される

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が,発行された後に直ちに船積港で運送人に回収され,または,船荷証券の原本が発行されずに,荷主に原本船荷証券の内容と一致する1通のファックスまたはコピーのみが送られる。

2 中国最高人民法院の司法解釈では,記名式船荷証券を利用する場合であっても,船荷証券の呈示を受けて運送品を引き渡さなければならないと明確に規定している。運送人が記名式船荷証券の原本を回収せずに運送品を記名された荷受人に引き渡したことによって,荷送人が貨物の代金を回収できないという損害を受けた場合には,船荷証券と引換えでない運送品の引渡しを理由として,運送人に対して損害賠償を請求することができる。

3 広州海事法院による2001年の「広州糧油 対 深圳海格龍威貨運会社,時代船務会社事件」判決を参照。この判決は,「記名式船荷証券は,譲渡されることができないが,船荷証券の性質および機能を有している。原告は売買契約の売主,記名式船荷証券の荷送人として,船積港で運送人に貨物を交付するとき,船荷証券が証明する運送契約上の荷送人の権利を有し,義務を負う。しかし,船荷証券上の貨物が運送人に交付され,かつ,荷受人が目的港で船荷証券のコピーをもって貨物を引き受けた後に,船荷証券が証明する運送契約上の荷送人の権利および義務は荷受人に移転する。したがって,記名式船荷証券上の荷送人として,原告は貨物に対して実体の請求権を有しなくなり,貨物に生じさせた損害について,運送人に対して損害賠償を請求することができない。」とされています。

4 アモイ海事法院許俊強裁判官の論文を参照。 5 「その全部又は一部が海上運送である国際物

品運送契約に関する条約」(草案)には第14章において「訴権」について2ヵ条の規定を設けている。その内容は次のとおり。第67条 各当事者

(案A)1 .第68条及び第68条⒝条の規定に妨げがない

場合には,下記に掲げる各当事者のみが,運送人または履行者に対して運送契約上の権利を主張することができる。

 ⒜  荷送人。ただし,運送契約の違反によって受けた損失または損害に限る。

 ⒝  荷受人。ただし,運送契約の違反によって受けた損失または損害に限る。または,

 ⒞  荷送人または荷受人から権利の譲渡を受けた者,または,適用する国内法に従って

代位によって運送契約上の権利を取得した者,たとえば保険者。ただし,譲渡または代位によって権利を移転した元の権利者の運送契約の違反によって受けた損失または損害に限る。

2 .訴権が第1⒞に従って譲渡または代位によって移転した場合には,運送人及び履行者は,この第三者に対して運送契約及びこの条約に従って享有するすべての抗弁権および責任制限を援用することができる。

(案B) 運送契約またはこれに関連して生じたあらゆる義務が履行でき,正当の権益を享有するあらゆる者が,損失または損害を受けたとき,この契約上のまたはこれに関連するあらゆる権利を主張することができる。第 68条 譲渡可能な運送書類または譲渡可能な

電子的運送記録が発行されている場合 譲渡可能な運送書類または譲渡可能な電子的運送記録が発行されている場合には,⒜  証券所持人が,損失または損害を受けてい

るか否かを問わずに,運送人または履行者に対して運送契約上の権利を主張することができる。

⒝  損害賠償の請求者は証券所持人ではないとき,請求者が運送契約の違反によって損失または損害を受けたことを証明するほか,証券所持人がこの損害賠償に及ぶ損失または損害を受けていないことを証明しなくてはならない。