3
第30回 実践研究助成―――35 1.はじめに プレゼンテーション(以下プレゼンと略す)能力とは、公 式の場で、相手に納得してもらったり、喜んでもらったりす るために、あらかじめ準備し、工夫した発表をするために必 要な能力であり(堀田2003)、複数のスキルや態度の集まり である。このプレゼン能力は、これからの時代に必要な学力 の1つである(堀田2004)。 しかし、プレゼン能力を育成するための指導法は十分に普 及していない。プレゼン能力を育成するための指導法が埋め 込まれたワークブックを開発することによって、プレゼンの 指導がどの学校でも実現可能となる。しかも、児童がプレゼ ン学習を自分のペースで進めていくことも可能となり、児童 によって課題が違う追求型の自立的学習の過程でもプレゼン 能力を伸長することができる。 2.研究の目的 本研究では、ワークブックを開発する。また、その途上に おいて、以下の2点について研究を進める。 ・プレゼン能力育成の初期段階における指導法の整理。 ・自立的な学習を促進するワークブックに必要な要素の洗い 出し。 3.研究の方法 本研究では、以下の通りに研究を進めることとした。 先行文献・実践から、プレゼン能力育成の初期段階にお ける指導法を整理する。 文献から、自立的な学習を促進するワークブックに必要 な要素を洗い出す。 ①②の結果を基にワークブックの構成内容を検討する。 ワークブックを作成する。 講師を招き、ワークブックの内容について指導を受ける。 修正をする。 予備実践を行い、ワークブックの問題点を洗い出す。ワ ークブックを完成させる。 実践を行い、ワークブックの効果を調べる。その結果か ら、埋め込んだ指導法や要素が妥当であったか考察する。 講師を招き、研究のまとめについて指導を受ける。 4.研究の内容 (1) プレゼン能力育成の初期段階における指導法の整理 先行文献、外部研究者の指導助言、予備実践を経て初期段 階における指導法を以下の通りに整理した。 学習は、[表1]のような手順で進めることとした。藤原 (ほか2004)によれば、[表1]の指導手順は、初めてプレ ゼンを経験させる場合によく使われていたからである。 つけたいプレゼンスキ ルは、[表2]のように、 2回行うプレゼンの中で 徐々に高めていくことに した。さらに、1回目の プレゼンのテーマは、 「すきな物しょうかいの プレゼンにちょうせん!」 実践研究助成 小学校 研究課題 プレゼンスキルをつけるための小学生向け ワークブックの開発 副題 学校名 浜松プレゼン指導研究会 所在地 〒431-1305 静岡県引佐郡細江町気賀3241 細江町立伊目小学校内 職員数/会員数 7名 学校長 池谷 耕治 研究代表者 藤原 淳史 ホームページ アドレス [表1 指導手順] ①伝えたいことを決める。 ②話の流れを考える。 (原稿とスライドの下書き) ③コンピュータでスライド を作る。 ④リハーサルをする。 ⑤発表をする。

プレゼンスキルをつけるための小学生向け ワーク …第30回 実践研究助成―――37 小学校 (3) ワークブックの構成内容の検討 前述したことを生かし、ワークブックの構成内容を検討し

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Page 1: プレゼンスキルをつけるための小学生向け ワーク …第30回 実践研究助成―――37 小学校 (3) ワークブックの構成内容の検討 前述したことを生かし、ワークブックの構成内容を検討し

第30回 実践研究助成―――35

小学校

1.はじめに

プレゼンテーション(以下プレゼンと略す)能力とは、公

式の場で、相手に納得してもらったり、喜んでもらったりす

るために、あらかじめ準備し、工夫した発表をするために必

要な能力であり(堀田2003)、複数のスキルや態度の集まり

である。このプレゼン能力は、これからの時代に必要な学力

の1つである(堀田2004)。

しかし、プレゼン能力を育成するための指導法は十分に普

及していない。プレゼン能力を育成するための指導法が埋め

込まれたワークブックを開発することによって、プレゼンの

指導がどの学校でも実現可能となる。しかも、児童がプレゼ

ン学習を自分のペースで進めていくことも可能となり、児童

によって課題が違う追求型の自立的学習の過程でもプレゼン

能力を伸長することができる。

2.研究の目的

本研究では、ワークブックを開発する。また、その途上に

おいて、以下の2点について研究を進める。

・プレゼン能力育成の初期段階における指導法の整理。

・自立的な学習を促進するワークブックに必要な要素の洗い

出し。

3.研究の方法

本研究では、以下の通りに研究を進めることとした。

① 先行文献・実践から、プレゼン能力育成の初期段階にお

ける指導法を整理する。

② 文献から、自立的な学習を促進するワークブックに必要

な要素を洗い出す。

③ ①②の結果を基にワークブックの構成内容を検討する。

④ ワークブックを作成する。

⑤ 講師を招き、ワークブックの内容について指導を受ける。

修正をする。

⑥ 予備実践を行い、ワークブックの問題点を洗い出す。ワ

ークブックを完成させる。

⑦ 実践を行い、ワークブックの効果を調べる。その結果か

ら、埋め込んだ指導法や要素が妥当であったか考察する。

⑧ 講師を招き、研究のまとめについて指導を受ける。

4.研究の内容

(1) プレゼン能力育成の初期段階における指導法の整理

先行文献、外部研究者の指導助言、予備実践を経て初期段

階における指導法を以下の通りに整理した。

学習は、[表1]のような手順で進めることとした。藤原

(ほか2004)によれば、[表1]の指導手順は、初めてプレ

ゼンを経験させる場合によく使われていたからである。

つけたいプレゼンスキ

ルは、[表2]のように、

2回行うプレゼンの中で

徐々に高めていくことに

した。さらに、1回目の

プレゼンのテーマは、

「すきな物しょうかいの

プレゼンにちょうせん!」

実践研究助成

小学校

研究課題

プレゼンスキルをつけるための小学生向けワークブックの開発

副題

学校名 浜松プレゼン指導研究会

所在地 〒431-1305

静岡県引佐郡細江町気賀3241

細江町立伊目小学校内

職員数/会員数 7名

学校長 池谷 耕治

研究代表者 藤原 淳史

ホームページ アドレス

[表1 指導手順]

①伝えたいことを決める。 ②話の流れを考える。 (原稿とスライドの下書き)③コンピュータでスライド

を作る。 ④リハーサルをする。 ⑤発表をする。

Page 2: プレゼンスキルをつけるための小学生向け ワーク …第30回 実践研究助成―――37 小学校 (3) ワークブックの構成内容の検討 前述したことを生かし、ワークブックの構成内容を検討し

36―――第30回 実践研究助成

つけたいプレゼンスキル (1回目) つけたいプレゼンスキル (2回目)

①伝えたいことを決める ・伝えたいこととその理由を考える

・だれに伝えるかを決める

・調べたことを整理して、その中から一番伝えたいことを選ぶ

・だれに伝えるかを決める

②話の流れを考える (原稿とスライドの下書き)

・「はじめ-中-終わり」のパターンが分かる

・スライドの言葉と原稿のせりふの言葉の違いが分かる

・スライドの言葉はかじょう書きにする

・伝えたいことを先に言うパターンがわかる

・スライドの言葉と原稿のせりふの言葉の違いがわかる

・スライドの言葉はかじょう書きにする

・一番伝えたい部分は「文字の大きさ」「色」を変えるとよい

③コンピュータでスライドを作る

・プレゼンソフトの基本的な使い方がわかる

・見やすい文字の大きさを意識して作る

・見やすい写真の大きさを意識して作る

・スライドは必ず保存する ・一番伝えたい部分は「文字の大

きさ」「色」を変えるとよい

④リハーサルをする ・スライドにあわせて話す ・ゆっくり聞こえる声で話す ・スライドの文字を見直す

・聞き手を見ながら話す ・ゆっくり聞こえる声で話す ・声の大きさを工夫する

⑤発表をする ・スライドにあわせて話す ・ゆっくり聞こえる声で話す ・スライドの文字を見直す

・聞き手を見ながら話す ・ゆっくり聞こえる声で話す ・声の大きさを工夫する

とした。自分のことを知ってもらえる喜びと、特別に調べな

くてもプレゼンができる手軽さがあるからである。2回目は、

「○○調べのプレゼンにちょうせん!」とした。総合的な学

習の時間でよく行われるプレ

ゼンの形だからである。この

ようにした理由は、つけたい

スキルを意識して繰り返し取

り組ませることや、伝えたく

なるテーマをもたせることが

望ましい(堀田2004)からで

ある。

また、スライドの枚数は、

1回目は3枚、2回目は6枚

とした。また、ワークブック

には必ず手本を明示すること

とした。プレゼンの初期指導

において、スライドの枚数を

限定したり、流れのモデルを

明示すると、児童は内容を絞

った、聞き手に分かりやすい

流れでプレゼンを作成するこ

と が で き る ( 五 十 川 ほ か

2004)からである。

(2) 自立的な学習を促進す

るワークブックに必要

な要素

自立的な学習のための教材

モデルとして『こどもちゃれ

んじ』を選択し、自立的な学

習を促進するために必要な要

素を分析した。さらに、外部

研究者の指導助言、予備実践

を経て[表3]の要素をワークブックに組み込んだ。

[表3 自立的な学習を促進する要素]

□わかりやすいナビゲーション ・プレゼンの学習の中で大切なところがわかるように

「ポイント」のコーナーをつける。 ・大切なところは、教師役のキャラクターが教えるよ

うにする。 ・左側のページに手本を示し、右側のページに書き込

む形にする。 ・学習の流れ(文脈)を漫画で示す。 □意欲の喚起 ・漫画を多く取り入れる。 ・主人公のキャラクターは、失敗を重ねながら同じよ

うに勉強を進めていく形にする。 ・主人公のキャラクターからの褒め言葉(よくがんば

ったね・すごいね)を多くする。 ・「あと○ページ」と残りの学習ページがわかるよう

にする。

意味づけされた固定マークを使用して

いる。 目標時間を具体的に示してい

る。 学習手順に従ったタイトルにして

いる。 学習の流れ(文脈)を漫画で示して

いる。

大切なところは,教師役のキャラクターが 教えるようにしている。

手本を明示してい

る。

つけたいプレゼンスキルを「ポイン

ト」で

示している。

書き込みながら学習を進める形にして

いる。

「あと○ページ」と残りの学習ページが

わかるようにしている。

学習以外のおまけのコーナーにつな

がるようにしている。

[表2 つけたいプレゼンスキル]

[図1 学習を進めるページ]

意味づけされた固定マークを使用している。

目標時間を具体的に示している。

学習手順に従ったタイトルにしている。

学習の流れ(文脈)を漫画で示している。

大切なところは,教師役のキャラクターが 教えるようにしている。

手本を明示している。

つけたいプレゼンスキルを「ポイント」で

示している。

書き込みながら学習を進める形にしている。

「あと○ページ」と残りの学習ページが

わかるようにしている。

学習以外のおまけのコーナーにつながるよ

うにしている。

Page 3: プレゼンスキルをつけるための小学生向け ワーク …第30回 実践研究助成―――37 小学校 (3) ワークブックの構成内容の検討 前述したことを生かし、ワークブックの構成内容を検討し

第30回 実践研究助成―――37

小学校

(3) ワークブックの構成内容の検討

前述したことを生かし、ワークブックの構成内容を検討し

た。全体の構成は、自立的な学習を促進するために、読み物

ページと学習を進めるページを組み合わせた。

また、学習を進めるページは[図1]のようにした。左側

が手本、右側が書き込むページである。つけたいプレゼンス

キルを、先生役のキャラクターが述べたり、ポイントで示し

たりした。また、自立的な学習を促進するために、導入に漫

画を用いたり主人公のキャラクターと一緒に学習を進めるよ

うにした。

(4) ワークブックの効果

完成したワークブックを用いて実

践を行い、ワークブックの効果を検

証した。対象は、H市立H小学校3

年生24名である。

① 実践と調査

[図2]のように調査を行い、つけたいプレゼンスキル

を意識させることができたか・自立的な学習を促進する要

素として何が効いていたかを探った。

② 実践の結果

プレゼンソフトの使い方以外に質問はなく、子供達は自

立的に学習に取り組んでいた。

③ 調査項目と結果

調査項目1、2[表4、5]では、学習手順やつけたい

プレゼンスキルを意識することができていたかを調べた。

調査A、Bの結果の変容から、学習手順を理解させたり、

つけたいプレゼンスキルを意識させたりすることができた

とわかった。このことは、整理したプレゼン能力育成の指

導法が妥当であることを示す資料となると考える。

また、調査項目3[表6]では、調査Bにおける子供達

の感想から自立的な学習を促進するために組み込んだ要素

の有効性を調べた。この調査の結果、自立的な学習を促進

するための要素として、学習のポイントや手本をわかりや

すく示すこと・漫画を取り入れることは有効だということ

が示唆された。

5.研究の成果と今後の課題

プレゼン能力を育成するための指導法は十分に普及してい

ない。そこで、本研究では、プレゼン能力を育成する指導法

を埋め込んだワークブックを開発した。さらに、開発を通し

て、プレゼン能力を育成するための指導法を整理することが

できた。また、自立的な学習を促進するワークブックに必要

な要素を洗い出すことができた。

プレゼンスキル育成のための指導法を浸透させるため、開

発したワークブックは、静岡県内の情報教育担当者、プレゼ

ン指導に積極的に取り組む教師、プレゼンソフト開発会社等

に献本した。今後は、この成果を学会等でも報告していきたい。

参考文献

・堀田龍也編著(2004)『プレゼン能力をぐんぐん伸ばす!

プレゼン指導虎の巻』高陵社書店

・五十川直子ほか(2004)「プレゼンの初期指導における有

効な支援に関する実践的研究」第30回全日本教育工学研

究協議会全国大会

・藤原淳史ほか(2004)「小学校段階におけるプレゼンテー

ションの指導手順モデルとその効果」第30回全日本教育

工学研究協議会全国大会

・『こどもちゃれんじ4年生5月号・6月号(2004)』

Benesse

[表4 調査項目1の回答数]

調査項目1 コンピュータでプレゼンするときには,どんなじゅんじょで学習を進めていったらよいでしょうか。学習するじゅんじょを 考えて,□に番号を入れましょう。

□コンピュータのプレゼンソフトでスライドを作る。 □伝えたいことをきめる。 □プレゼンの原こうとスライドの計画を立てる。 □リハーサル(練習)をする。 □発表をする。

A B

正答率 37% 80%

[表5 調査項目2の回答数]

調査項目2 コンピュータで発表をするときには,どんなことに気をつけたらいいでしょうか。できるだけたくさん書いてください(自由記述)。

【発表する時につけたいプレゼンスキル】 A B ・スライドの文字を見直す 0 2 ・スライドにあわせて話す 0 1 ・ゆっくり聞こえる声で話す 1 14 ・聞き手を見ながら話す 0 8 ・声の大きさを工夫する 0 5

・その他(子ども達が見つけ出したスキル) 2 4

[表6 調査項目3の回答数]

調査項目3

すごくそう思う そう思う あまりそう思わない 思わない

86% 7% 0% 7%27% 66% 7% 0%50% 30% 20% 0%

・プレゼンの学習の中で大切なところがわかるように,「ポイント」が書いてあったことがよ かった。

・なおみ先生が,プレゼンについて,学習の仕方や大切なことを教えてくれたことがよかった。 ・左がわにお手本が書いてあったのがよかった。 ・たくさんマンガがはいっていたことがよかった。 20% 60% 13% 7%

調査A 実 践

調査B

[図2調査方法]