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Hitotsubashi University Repository Title Author(s) �, Citation �, 123(6): 837-855 Issue Date 2000-06-01 Type Departmental Bulletin Paper Text Version publisher URL http://doi.org/10.15057/10506 Right

ヒュームの物価・正貨流出入機構論 URL Right - …hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/10506/1/...ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (3) 準にせぬでしょうか.貨幣がそのような水準に到達してしまえば,労働と財

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Hitotsubashi University Repository

Title ヒュームの物価・正貨流出入機構論

Author(s) 池間, 誠

Citation 一橋論叢, 123(6): 837-855

Issue Date 2000-06-01

Type Departmental Bulletin Paper

Text Version publisher

URL http://doi.org/10.15057/10506

Right

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(1)

ヒュームの物価・正貨流出入機構論

池 問  誠

1 はじめに

 古典派の自由貿易論は,周知のように,ヒューム(David Hume)のr物

価・正貨流出入機構論」(1752年),リカード(DavidRicardo)のr比較

生産費の原理」(1817年),そしてミル(John Stuart Mi11)の「国際価値

論」(1848年)を基礎に展開される1).これらの理論は国際貿易論の基礎論

として現在に継承されている’分析的なレベルでの分類では,ヒュームの理

論は国際収支調整という貨幣的側面にかかわり,リカードとミノkの理論は貿

易利益という実物的な側面にかかわるとされる.いわゆる古典派の二分法で

ある.さらに,言い方を換えると,ヒュームの展開はマクロ経済学の分野に,

リカードとミルの展開はミクロ経済学の分野にそれぞれ対応すると考えられ

る2〕.

 本稿の課題は,いわゆるヒュームの物価・正貨流出入機構(The Price

Specie・Flow Mechanism)を,通説の線に沿って,最も単純な形で整理し,

その貨幣的な側面だけでなく,実物的な側面との関連をも明らかにすること

にある、そのような整理の仕方を通じて,われわれは,その後のリカードと

ミルの展開との関連を浮き彫りにすることができ,それゆえに古典派貿易理

論の発展過程,あるいは体系を展望する総合的な視点を獲得できるのではな

、、カ、と層。う.

 1)以下を念頭に置いているので参照されたい.

   David Hume,“Of the Balance of Trade,”in Po1伽ω11)オ∫co〃s2s,1752.[小

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(2)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

 松茂夫訳『市民の国について』(下)(岩波文庫,1982年)の「貿易収支にっい

 て」コ

  David Ricardo,TんθPれ〃c幼’2∫oヅPo〃{ω1Eco〃o㎜ツα〃d Tαエα〃o〃,1817,Cha-

 pter7一一〇n Foreign Trade.”[竹内謙二訳『経済学及び課税の原理』(東京大学

 出版会,1973年),第7章r外国貿易について」]

  John Stuart Mil1,1〕ηηcゆ12∫o∫Po肋cα’肋o”oω,1848,Book In,Chapter

 xviii llOf lntemationa1Values.1’[末永茂喜訳『経済学原理』(三)(岩波文庫,

 1960年),第三編第一七章一第二十三章,特に第十八章r国際的価値について」]

2)貨幣的側面とは言え,以下においては,貨幣保有の取引動機のみに注目するの

 であって,利子率などによる貨幣保有の動機については考慮していないI利子率

 と貨幣保有に関するヒュームの見解については,Hume,一一〇f Interest,’’in oか

 c〃.{小松訳,前掲書,r利子について」を参照.コ

2 ヒュrムの見解

’われわれ自身の展開に入る前に,よく引用されるけれども,参考のために,

貿易収支,金移動,そして物価変動の相互関連に関するヒューム自身の基本

的な見解を示す文章を引用しておこう1).

 r……われわれがわが国の生産人口と生産活動とを確保しつづけるかぎり,

貿易収支の逆調などという事態は生じてくるはずはない…….」(95頁)

 「グレート・ブリテン内の全貨幣の五分の四が一夜のうちに姿を消し,貨

幣にかんしてわが国がヘンリー諸ヨ三やエドワード諸王の時代と同じ状態にな

ったと仮定しよう、この状態からいかなる結果が生ずるでしょうか.すべて

の労働と財貨との価格が必然的に,[貨幣量の減少とコ同じ比率で低落し,

すべてのものが,それらの時代と同じ低廉さで販売されることにならぬでし

ょうか.そうなれば、いかなる外国市場においてであれ,いかなる国民がわ

れわれと太刀打ちできるでしょうか.また,われわれの場合には十分に採算

がとれるとはいえ,われわれと同じ価格でいかなる国民が船舶を運航させた

り工業製品を販売したりすることをあえてすることができるでしょうか.で

すから,そのような強みが必然的に,われわれの失った貨幣を至短時間のう

ちにわれわれのところに舞い戻らせ,貨幣の保有量を近隣諸国すべてと同水

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (3)

準にせぬでしょうか.貨幣がそのような水準に到達してしまえば,労働と財

貨との低廉というわれわれの強みはたちまち失われ,貨幣のそれ以上の流入

は止まります.貨幣がわが国において飽和状態になるためです.」(95頁)

 「今度は仮定を逆にして,グレート・ブリテン内にある全貨幣量が一夜の

うちに五倍になったとしてみましょう、このことから生ずる結果は必然的に

さきの場合と逆にならぬでしょうか.労働と財貨のすべてが法外な高値にな

り,そのため,近隣の諸国中わが国から買い付けることのできる国は皆無に

なります、その反面,近隣諸国の財貨は相対的にきわめて低廉となり,その

ため,ありとあらゆる立法にもかかわらず,それらの国々の財貨はわが国に

奔流の勢いで流入し,われわれの貨幣はわが国から先を争って流出してゆき

ます.そして,この流出は,わが国の貨幣保有量が諸外国と同水準に低下し,

それまでわが国の貿易をはなはだしく不利にしていた貨幣保有量上の途方も

ない優位が失われるまで止まらぬ,ということに必ずならぬでしょうか.」

(95-96頁)

 「……貨幣保有量の法外な不均衡が奇蹟によって生ずる場合にも,一定の

原因が働いてそうした不均衡を是正するのであれば,その同じ原因が通常の

自然な成り行きにおけるそうした法外な不均衡の発生を必ず阻止するという

こと、そして,近隣すべての国々における貨幣の保有量を必ず永久的にそれ

ぞれの国の技芸と生産活動とにほぽ比例させるということは明白です.」(96

頁)

 要するに,一国の貨幣保有量は,物価の変動をもたらし,貿易収支を変化

させ,金(正貨)の移動を誘発し,さらに物価の調整が起こり,結局,貿易

収支が均衡する状態で金の国際的分配が行われる、国際的金分配の物価・正

貨流出入機構(The Price Specie-F1ow Mechanism)と称される所以であ

る.あるいは,国際的正貨分配の自己規制的機構の理論(The Theory of

the Se1トRegu1ating Mechanism of1ntemational Specie Distribution)2)

とも言われる.上の引用文からわかるように,ヒュームの描写している状況

は,きわめてダイナミックな,そしてマクロ的な調整過程である.本稿にお

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(4)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

いては,大胆に単純化された分析枠組みの中で,基本的な調整の筋道を説明

したい.

 1)以下の引用は,前掲の小松茂夫訳による.

 2) Jacob Viner,S棚”召s加肋2丁肋oびoア/刎回閉口此閉α1丁閉dθ,(New York=Har-

  per,1937),p.74.

   同審の74頁から90頁にかけて、重商主義学説の崩壌をもたらした一つの要因

  として,この理論が位置づけられ、ヒューム以外の人々の展開についての学説史

  的説明がなされている.

3.分析の枠組み:一つのモデル1)

 いま,世界を自国と外国(白国以外の諸国,the rest of the world)に区

分しよう、各国は,金貨が実際に貨幣として流通する金貨本位制度を採用し

ていると仮定する.あるいは,銀行紙幣が中央銀行の金準備によづて完全に

裏打ちされていると仮定してもよい.世界の金ストック0wは一定であり,

金の非貨幣的用途はないものとする.これらの仮定により,まず,自国の金

ストックを0,外国のそれを0ホであらわすと,

              G+o‡二〇w

となる.本節の基本課題は,この所与の世界金ストックが,貿易を通じて,

どのように各国に分配されるか,そのメカニズムを説明することにある.

 さらに,各国は金貨の金合有量を決めており,各国の造幣局は,外国通貨

の国内通貨への再鋳造を無料かつ無制限に行う用意があり,金の輸送や取引

には費用がかからないものとする.したがって,自国および外国の金価格を

それぞれの通貨表示で∬とパとすると,外国通貨1単位と交換される自

国通貨の単位数,すなわち自国通貨建て為替レートRと各国の金価格との

あいだには,金裁定により,

              ∬=R∬ヰ

という関係が成立する.各国の金価格(金平価)が固定されると,為替レー

トも固定される.

 各国において国民支出(それぞれの通貨表示で万とが)は,それぞれの

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (5)

貨幣供給量に比例し,金ストックの貨幣供給乗数を1と仮定する.すなわち,

              E=γ∬G,

             万#=γヰπ#G‡.

ここで17と17‡は自国と外国における貨幣の支出速度(一定と仮定)であ

る.われわれは,簡単化のために,γ=プを仮定する.

 財は工業品(下付の〃で表示)と農産物(下付のλで表示)の2財のみ

であり,各国において各財への支出割合は一定であると仮定する.したがう

て,例えぱ,工業品への各国の支出(額)E〃と助は,

            五〃=c〃亙二c〃γ∬G

           E后=c后E㌧c岩γ∬ヰGホ、

ここでC〃とC岩はそれぞれ自国と外国における工業品への支出割合(平均

=限界支出性向)であり,農産物への支出割合をC月およぴC才とすれば,

C〃十C月:1,C岩十C才=1という関係にある.簡単化のために,o〃=C岩,した

がって,また,c戸cズを仮定する.

 さて,自国は生産資源を全部利用して工業品のみをX〃量生産していると

仮定する.工業品の自国通貨表示価格をP〃で表せば,自国の国民所得(生

産)は,

              γ=1〕〃X〃.

他方,外国は生産資源を全部利用して農産物をX』量生産しているとすると,

外国通貨表示の農産物価格を1・オ,そしてその国民所得をγ‡とすれぱ,

              γ㌧易w

である.

 ところで,財の貿易に関する輸送費等の貿易障害がないものとすると,

助=R功,そして農産物価格についても,易=R易*という関係が成立する

から,外国に関する支出関数は,

             RE岩=c〃γ∬oホ

と自国通貨表示に書き換えることができる.

 自国の生産物である工業品市場の均衡条件は,各国の支出に注目すれぱ,

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(6)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

次のようになる.

          助x。=蝋

            =・〃γ∬G+・〃γ∬G*

            =・〃γ∬o㍗

ただし,Ex=E〃十RE孟である.

 ここで強調すべきことは,われわれの支出性向と貨幣の支出速度に関する

仮定,すなわちc〃て后とγ=17*という仮定が、上の関係を簡単化するの

に大きく効いているということである.これらの仮定がないと,市場均衡条

件を規定する関係式がかなり複雑になり,以下の展開が煩雑となることは,

容易に確かめられる2〕.

 この市場均衡式においては,自国の工業品生産量X〃は完全雇用水準で与

えられるから,世界の金ストック0wが変われば,工業品需要額Eκが変化

し,それに対応して比例的に工業品の価格鼎(そして同時に同じ率での農

産物価格易)が変化して,均衡が維持される.このような調整過程をわれ

われは仮定する.

 ところで,自国の所得と支出の差は,

           γ一E=助X〃一(E〃十E月)

             =(&X〃一E〃)一ム

となる.右辺の第1項は自国の工業品輸出額であるから,われわれの現在の

仮定のもとでは,それは自国の総輸出額に等しく、また,第2項は白国の農

産物に対する支出額で,それは自国の総輸入額に等しい.貿易収支をτで

表すと,

              T=γ一E

である.この貿易収支の差額は,金で決済されると仮定するから,

             ■0:T/(γ∬)

ただし■は変化分を示し,金の国際間移動量である.

 以上の諸関係式がわれわれの基本的な分析枠組みである.これらの諸関係

式を基本的な関係に集約し,図を用いて説明しよう.そのためには節を改め

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (7)

るのがよいであろう、

1)本節での分析枠組みは,特に以下の文献を参照しているが,しかし.それらと

 比較対照されたい.

  Amo1d Co11ery,“1netmational Adjustment,Open Economies,and the Qua-

 ntity Theory of Money,”1切〃c2工o”∫伽d42∫伽1刎2閉α{oηα1〃伽ηc2.no.28.

 1971.

  Rudiger Dombusch,0ゆεηEco冊o閉ツ〃αcτ02ω〃o刎{cs,(New York:Basic

 Books,Inc.Publishers,1980),Chapter7.[大山適廣・堀内俊洋・米沢義衛訳

 r国際マクロ経済学』(文眞堂,1984年),第7章コ

  Jurg Niehans,∫〃2閉α此〃α1〃o閉2工oぴEω”o閉{c∫,(Bultimore and London:

 TheJohnsHopkinsUniversityPress,1984).Chapter2.[天野明弘・井川一

 宏・出井文男訳『国際金融のマクロ経済学』(東京大学出版会,1986年),第2

 章]

  また,本稿と同様の問題意識で展開しているものとしては,特に,以下を見ら

 れたい.

  佐竹正夫rヒュームの国際収支調整機構について」『商学討究』第34巻第4号

 (1984年)

  松井均,“OntheGeometricRealt1onshipbetweenthePrice-Specie-Flow

 Mechanism and Offer Curves,’’『商学討究』第40巻第1号(1989年)

2) 実際,貨幣の支出速度と財に対する支出性向が各国で異なる場合には。

         E∫=c〃γ∬G+ペプ∬G‡

           =c〃γ∬G+c且1プ17(0w-0)

           一(・〃γ一・〃‡)∬0+・〃オ∬G㍗

 したがってc〃γがc岩プより大きいか,等しいか,あるいは小さいかに応じて,

 自国の金保有量の増加は,工業晶に対する世界支出を増加させるか,不変に保つ

 か,あるいは減少させる.このことは,調整過程において,工業品の相対価格を

 上昇させるか,不変に保つか,あるいは下落させる.これ自体重要な問魎である.

 この点については,特にNiehans,伽d.,を参照されたい.1)o閉肋∫cん,伽d.,に

 おいてはγ=プが仮定されている.われわれは,支出速度も支出性向も両国で

 同一だと仮定し,基本的な状況を描写しておきたい.

  因みに,γ=プを仮定すると,

           助=γ∬[(・バ・且戸)G+・加W1.

 また,c〃=cjを仮定すると,

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(8)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

           E〃=C〃〃[(γ一プ)0+1戸Gw].

4 国際経済の均衡:貨幣的描写

 われわれは,所与の世界の金ストックの国際的な分配を問題にしているか

ら,金の次元で基本関係を表現するのが便利である.そこで,

            孔≡(易μ〃)/(γ∬),

           Eκ≡万κ/(γ∬)=c〃0”

等と書き換えておく.貨幣の支出速度γと金価格∬の積γ∬がr金の支出

速度価格」として,あるいはあたかも「金の総合価格」として貨幣的な名目

変数を金単位に換算する役割を果たしている1).

 さて,図1を見よう、横軸と横軸には,上のようにして,金の数量で表し

た適切な関連する変数を表す、まず,直線〃w‡は,世界の金分配制約式

0+0#=0wを描いたものであり,したがって0〃=0W‡=Gwである、原

点を通る直線〃は,工業品に対する世界の支出万品=c〃Gwであり,それ

ゆえにその傾きは工業品に対する支出性向C〃に等しい2).そして,世界の

金ストックが0〃に与えられると,工業品に対する世界支出はハのとなる.

 いま,原点を通る45度線を引こう.工業品に対する支出線〃から水平線

を引き,それと45度線の交点をSとし,この点∫から下ろした垂直線と横

軸の交点を∬とすると,DW=S∬=0且つまり,工業品市場での需給を均

衡させる(金で表した)工業品の生産量,したがって自国の生産量(所得

花)は0〃(=cルGw)に等しくなけれぱならない、

 われわれは,ここで,工業品の需給が一致するように価格が伸縮的に変化

し。実際に,篶=E品が達成されたとしよう.したがって,(見X〃)/(γ∬)

=C〃0Wとなる.もっと正確に言うと,

            助=c〃(γ∬G”)/X〃

という条件を成立させるように,工業品の価格(その背後では同時に農産物

の価格)が確定した状況を想定する.

 金体的な均衡状態に焦点を当てるために,貿易収支も均衡している状況,

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (9)

図1 国際経済の均衡

  貨幣的描写一

G‡

〃ヰ45度線

〃‡

^‡

Z         F

^        〃 〃    c

すなわち自国の所得が支出に等しいという状況を図示しよう、財市場の均衡

と共に,自国の所得=支出の均等は,

           c〃G”=(P〃X〃)/(17∬)=G

を意味し,外国については,0+0㌧G”により,

          c”Gw=(1㍉㌶)/(γ∬)=ぴ

が成立する.したがって,

         G非/G二・c月/c〃=(巧xプ)/(P〃x〃).

世界の金ストックは,各国が完全特化している財に対する支出性向に比例し

て分配されることがわかる.

 図ではG=0〃,そして垂直線S亙と金分配線〃パの交点をQとする

と,G‡=亙w=∬Q二0∬ヰである.それ故に,∬0/0H=0∬申/0∬=c/c〃=

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(10)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

(易/1〕〃)(x1/ん)という関係が満たされている、換言すると,この条件を

満たす金分配線上の点Qが全部均衡を与える.そこで点Qと原点を結ぶ直

線B(貿易収支均衡線と呼ぼう)を引いておこう.先取りして言うならぱ,

世界の金ストックが変化し,それ故に金分配線〃wホがシフトしても,国際

経済の全部均衡は貿易収支均衡線Bと金分配線wパとの交点で達成される

のである.

 さて自国への金配分が0∬のとき,工業品に対する自国の支出c〃Gは

∬F=Zλ=0λとなり,それ故に農産物に対する自国の支出(自国の輸入)

c月0は0H-0λ=λ〃となる.他方,工業品に対する外国の需要(輸入)

C〃G‡は,工業品市場の均衡条件より,λHに等しい.したがって,C月G=

c〃G‡すなわち,貿易収支が均衡していることが,このようにしても,確か

.められる.

 なお,各財に対する外国の支出水準は,次のように縦軸上に図示できる.

まず,垂直線λZと貿易収支均衡線Bとの交点をWとし,この点Wを通

る水平線を引き,それと垂直線冴Qとの交点をT,縦軸との交点をパとし

よう.したがって,WT=λH=c-wG*である.他方,QT〃τ=c/c〃であ

るから,結局,c月G申=QT=ガHヰ.すなわち,工業品への外国の支出は

0λ#,農産物への外国の支出はλ*∬出で示されるのである.

 ここでさらに明らかになることは,全部均衡においては,世界における世

界の金分配率が世界の金ストックの水準から独立になるだけでなく,財の相

対価格(助/易),すなわち交易条件も世界の金ストックの水準から独立であ

るということである.実際,交易条件を自国の輸出価格の輸入価格に対する

比率(助/易)として定義すると,均衡においては,

           見/易=(c〃/c月)(幻‡/X〃)

で与えられる.完全雇用水準で各国の生産量(X〃と刃‡)が与えられ,各

国の支出性向が不変であるならば,均衡交易条件が,世界の金ストックに関

係なく,一定になることがわかる.

 1)r金の支出速度価格」がγ∬としてまとめられるのは,言うまでもなく,

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (11)

 γ=ジを仮定しているからである.この仮定がないと,「金の支出速度価格」が

 各国で異なり,定式化が複雑になる.また各国で支出性向が異なると,右辺の表

 現も異なるものとなる.前節の脚注(2)を参照.

2) γ=プだがc〃≠oオとすると,前節の脚注(2)から分かるように、直線〃

 は原点を通らず,縦軸の切片がC岩GWとする直線となる.もしC〃〉C店,したが

 って1>c』十q書(両国の輸入性向の和が1より小さい)ならぱ,直線〃は右上

 がりの直線となり、他方,逆に両国の輸入性向の和が1が大きいならば,直線

 〃は右下がりの直線となる.この違いが,以下で説明する調整過程での相対価

 格の変化に影響を及ぽす.

5物価・正貨流出入機構

 前節では、図1に基づいて,全体的な均衡状態を説明した.本節では,自

国で金の保有量が増カロしたとき,それがどのようにして国際的に分配されて

いくか,つまりどのようにして新しい均衡状態に達するかを説明しよう.

 図2の第1象隈を見よう・それは基本的には図1と同じであるが・図を煩

雑にしないために最小限必要な状況のみを示してある.図2には,さらに,

物価の変化を明示的に表すために,均衡における価格と金保有量との関係も

図示してある.すなわち,第3象隈の縦軸には工業品の価格助が,そして

横軸には農産物の価格1・月が測られている.初期均衡における自国の金保有

量で達成される工業品生産額に対応する工業品の価格易は,0抑/0∬

=(γ∬)/X〃を満たすように,0尾で示されている.同様に,初期均衡にお

ける外国の金保有量で達成される農産物生産額に対応する農産物の価格易

は,0が/0∬ヰ=(γ∬)/x1を満たすように,0がで示されている.

 いま,何らかの理由により,自国の金保有量が0Hから0∬”にHH’’だ

け増加したとしよう.これに対応して,自国の支出が直ちに0π’の水準に

なるが,しかし,価格は直ちには変化せず,それゆえに,自国の所得水準は

0πの水準で不変だとする.自国で支出が所得を上回る状況になり,自国の

貿易収支は赤字となる.仮定により,白国から外国へ金が流出し始める.

 他方,自国での金の増加は金分配線〃w‡を,新しい分配線w’w*’にwv

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(12)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成一12年(2000年)6月号

図2物価・正貨流出入機構

’〕月

∪’

〃} 45度線

、 8、

、〃

、∫一D’

一  一  一  一  一  一  一〃, 、1 1”ツ 一一一一一一一9’ 一

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1、一

/ ∫一 1 、 .

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ρ _㌧ρ一’I

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月 、 0 〃 ル〃一 〃一I 〃一 ’

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丑’

P^’

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P〃

(=HH“)だけ外側にシフトさせる.金ストックの新しい水準0Vに対応す

る工業品の需要水準は〃’1)’=∬’E’=0πとなり,工業品に対する超過需要

HH’が発生する.同様に,農産物市場においても,H‡”’の超過需要が発

生する.かくして・両財の便格が騰貴し始める1〕.

 かくして金の自国から外国への移動と物価の両国での騰貴が始まる.金の

移動は新金分配線〃’1V非’上を点Q”から点Q’へ向かわせ,自国では金保有

量が減少し,外国では増加して行く.他方,工業品の価格の上昇は自国の

(名目)所得=工業品生産を0〃から0∬’へ,そして農産物の価格上昇は外

国の(名目)所得=農産物生産を0”から0”’へ増大させる、この価格

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           ヒェームの物価・正貨流出入機構論        (13)

。の騰貴は,第3象限では,工業品価格の0尾から0尾’への動き,そして農産

物の価格の0がから0が’への動きによって示される.このような調整プ

ロセスが,新しい均衡点0’が達せられるまで続く.

 新旧の均衡点を比較すると次のことがわかる.

 (1) 金ストックの増加は,各財の価格を比例的に騰貴させる.

 (2) 初期に白国で増加した金は,外国へも分配され,その分配率は,新

  1日ρ均衡において,変化しない.

 (3)交易条件は,新1日の均衡において,不変である.

 1)「金の増加した国において物価が騰貴し,それ故に相対価格が変化する」とい

  うヒ干一ム的な想定とは異なる.これは,われわれが,貿易財のみを想定し,し

  かも各国の支出性向が等しいと仮定しているからである.非貿易財,すなわち自

  足自給される財の存在を仮定するならぱ,調整過程における物価変動は異なる動

  きを示す・しかし・最終的には,ここで描写する状況に至るのである.

6 国際経済の均衡:実物的描写

 前節では貨幣的側面について考察した.今度は,実物的な側面について考

察しよう・ここで実物面というのは,生産量,消費量,そして貿易量などに

注目するということである1

 工業品に対する自国の需要量を”〃,外国の需要量を切で表すと,前節

での支出に関する仮定により;

             亙〃=c〃E=1〕〃”〃

             E岩=c岩グ=府π后

となる.もちろん,易二沢砂、留意すべきことは,このような定式におい

て,支出の向かう方向,すなわち財の方向に関心を持っていることであ6.

ともあれ・この二つの式から,さらに,㌶…エ〃十㌶とおくと,そして,既

に見たように・E+R亙㌧γ17G”であるから,次の関係も成立する.

             甜=・。(〃G”)/易

工業品市場の均衡条件は,もちろん,

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(14)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年〕6月号

                  w              X〃:工〃

で表される.

 他方,両国の貿易収支の合計はゼロである.すなわち,自国通貨で表示す

ると,

             T+RT*=σ

この関係を,貿易収支が所得と支出の差であることを考慮して書き換えると,

           凧X〃十易Xプ=γ∬0w

となる.これは,実物面で表現した金の国際分配式であるが,ここでは貿易

収支制約式と呼ぶことにしよう.

 そこで早速,図3を見よう、そこでは横軸と縦軸には,図1や図2とは異

なって,工業品や農産物の数量が測られている.なお,図1と図2について

の説明とほぽ同様なので,説明は簡略にしたい。

 所与の(自国の完全雇用水準での)工業品生産量X〃は横軸の0松同様

に,所与の(外国の完全雇用水準での)農産物生産量Xプは縦軸の0がで

示されている.したがって,工業品と農産物の供給量は,それぞれ垂直線y

と水平線ヅとして示される.両直線の交点が口である.

 貿易収支制約式1〕〃X〃十易Xプ=γ∬G呼は,工業品と農産物の生産量がそ

れぞれ0んと0がで与えられているかぎり,財の相対価格(玲/易)と世界

の金ストック0”がどうであれ,この点σを通らなければならない、いま,

特定の相対価格と世界の金ストックに対応して,貿易収支制約線が直線

例がであったとしよ’う.このとき0η=(γ∬0w)/助,0バ=(γ∬0w)/易

である.言うまでもなく,直線ηがの傾き0がノ0ηは相対価格見/易に等

しい.

 原点を通る直線閉は工業品に対する世界の需要曲線㌶を表し,それは

(γ∬Gw)/易に依存し、その傾きはc〃である.したがって,0r(γ∬Gw)/

助に対応する工業品に対する世界の需要量はηdとなる.この需要量は,図

示されているように,45度線を利用すると,工業品の生産量0ん=加に等

しい.すなわち,工業品の市場は均衡状態にある.実際・点gは実物面で

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (15)

図3 国際経済の均衡

  実物的描写

xバ

口‡

451~,'~・"~

y

s

q

b m d y*

呈!w

f

蜆        由 皿   x〃

の全体的な均衡点である.

 まず,工業品で測った自国の所得=支出は0κで,それに対応する自国の

工業品需要量は〃=02:0αであるから,励が輸出に振り向けられるが,

工業品肋=伽量が幻量の農産物と交換される.このとき貿易収支は均衡

する.外国についても,同様に,農産物生産量0がのうちがα*量が国内

で消費され,残りの0が量が工業品ψ=肋量と交換されや。点gを通る原

点0からの直線わは貿易収支均衡線であり,その傾きは(c^/c〃)(易/易)で

あり,それはまたX月/X〃に等しい.

 前節と同様に,今度は自国の金保有量が何らかの理由で増加したとしよう.

今回も,図を煩雑にしないために,図4を見よう.自国の金保有量が(工業

品で測うて)舳”量増加したとしよう.もっと正確に表現すると,

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(16)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

図4物価・正貨流出入機構

   実物的描写一

xパ

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0         ’1 1I-H    〃.

)’ホ

パ   x〃

            肋”=(γπκ)/見

である.ただし■Gは自国の金ストックの増加分である.相対価格だけで

なく絶対価格も一定とすれば,明らかに,自国の支出は所得を上回り,貿易

収支は白国の逆調(赤字)となるだけでなく,各財市場で超過需要の状態と

なる、例えば,図示されているようなケースでは;工業品に対してσ〆=舳’,

そして農産物に対してはq’〆の超過需要が発生している.

 かくして各財の価格は金の増加量率と同じ率で上昇しながら,そして金が

自国から外国に流出しながら,元の均衡点qに戻って均衡が達成される.

金ストックの変化は何ら実物面に影響を及ぼさないのである.

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (17)

7 国際経済の均衡:総合的描写

 前の二つの節でそれぞれ別々に説明した貨幣的側面と実物的側面を合体さ

せよう、このことは図1または図2と図3または図4とを連結させることに

ほかならない.われわれは均衡点のみに注目して貨幣面と実物面の関係を見

ることにしよう.

 図5において,第1象限には図2の第1象隈に対応する貨幣的またはマク

ロ的側面が,第3象限には図4の最終均衡における実物的またはミクロ的側

面が描かれている・それぞれの側面での初期均衡点が点Q,そして点σで

示されている.第1象限の横軸上の点〃(0〃=0”)と第3象隈の縦軸上の

点η(0η=(γ∬)(Gw/助))を結ぶ直線ルの傾きは(γ∬)/み また第1象

隈の縦軸上の点W*(0!V’#=G”)と第3象限の横軸上の点刎*(0〃*=(γ∬)

(G”/易))を結ぷ直線パがの傾きは(γ∬)/易である.

 世界の金ストックが0〃=0パから0W’=0〃*’に増加すると,貨幣的側

面での新しい均衡は点Q’となり,自国の金保有量は0∬から0〃’に,外国

の金保有量は0”から0”’に変化する.そして,図2の第3象限に示さ

れているように,工業品の価格も農産物の価格も金の増加率と同じ率で騰貴

する・したがって,0”/易、0w/易,そして玲/易は金の増加前後で不変で

ある、すなわち,第3象限の直線ηがは以前のままである.

 このことを考慮すると,工業品の価格騰貴は,第4象限での直線Vηの

傾きが直線肋の傾きより緩やかになっていることで示される.同様に,農

産物の価格騰貴は,第2象隈での直線Wヰ’がの傾きが直線W*がの傾きよ

り緩やかになっていることで示される.

 ここでミルの文章を引用しておくのは,不適切ではないであろう.

r貨幣を使用する制度のもとでも,物々交換の場合と同じようにr国際的需

要の方程式』が国際貿易の法則となっているのである.各国は,いずれの制

度のもとにおいても,まったく同じ物品を,しかもまったく同じ数量だけ,

輸出し輸入する.物々交換の制度のもとでは,輸入の総計が輸出の総計と過

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(18)   一橋論叢 第123巻 第6号 平成12年(2000年)6月号

図5国際経済の均衡

G『

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一一   ■ノ1が ’  一1一■■■ 、

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x〃

不足なく交換される点に向かって,貿易は吸引される.貨幣を使用する制度

においても,それは,輸入の総計と輸出の総計とがともに同じ数量の貨幣と

交換されるところの点に吸引される.そして同一の物に相等しい二つの物は,

相互のあいだでも相等しいはずであるから,貨幣価格において相等しい輸出

と輸入とは,もしも貨幣が使用されなかったならば,まさしく互いに交換さ

れるものであろう.」1)

 1) 末永訳,前掲書,345頁.

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ヒュームの物価・正貨流出入機構論 (19)

8 おわりに

 もはや紙幅が尽きた.均衡への到達ははっきりしたが,一体,どのような

条件のもとで白国は工業品の生産に,そして外国は農産物の生産に完全特化

するのか,さらにそのような特化に基づく国際貿易からの利益の内実は何で

あるか,また貿易の利益は貿易当事国の間にどのように分配されるか,これ

らの問題は,リカードとミルに残された.

 本稿では,各国は完全特化していると仮定したが,これは仮定というより

も,むしろ,貿易の結果であると考えた方がよい.実際,リカードは次のよ

うに述べている、「もしポルトガルが諸外国と通商関係をもたないとすれば,

現在自国用に外国の織物や金物類を国産のブドウ酒で購入しているのである

が,このブドウ酒の生産にその資本と労働の大きな割合を充てる代わりに,

余儀なくこの資本の一部をこれらの品物の製造に充てるの外なく,こうして

出来た品物は多分,数量はもとより少なく品質でさえ劣るであろう.」1)この

視点が彼の「比較生産費の原理」を定式化する出発点であるように思う.

 また,ミルはr需要は価格の低廉化に厳密に比例する[われわれの支出性

向一定コという仮定のもとでは,国際価値の法則は次のとおりとなるであろ

う、……二つの国が,輸入のために使用されなくなった労働および資本を用

いて,それぞれ輸出用として製造しうる諸商品は,互いにその全部と交換さ

れるであろう.」2)と述べている.このことも,これまでの展開の延長線上に

ある3).

 1)竹内訳,前掲書,130頁.

 2)末永訳,前掲書,308-309頁.

 3) リカード・ミル・モデルにおける特化パターンと貿易利益については,池間

  誠『国際貿易の理論』(ダイヤモンド社,昭和54年),第8章を参照.

                  (一橋大学大学院経済学研究科教授)

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