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1 BtoBコミュニケーション 2018年2月号 1経営理念がサスティナブル経営の羅針盤 いつまでも「ずーっと」栄える会社。世の経営 者達が自分の会社に対して願い続ける姿だろう。 その秘訣を探れば、日本で古来から言われる 「温故知新」という言葉に出会う。「古きをたず ねて新しきを知る」という意味だが、企業経営 にも生かせる多くの示唆を与えてくれる。 サスティナブル経営、つまり、未来永劫に栄 え続ける会社には、経営層も含めて働く従業員 が拠り所となる経営理念が必ずある。 たとえば、世界最古の企業とされている金剛 組(こんごうぐみ)にも経営理念があった。西 578 年大阪の天王寺で創業した会社で、現 在は旧・金剛組の技術と商号を受け継いで創業 しており、金剛家に代々伝わる「家訓」 16 の教 えがあるとしている。 創業者の金剛重光は、飛鳥時代に大阪の四天 王寺を建立のために聖徳太子によって百済より招 かれた 3 人の宮大工のうちの一人とされている。 また、三井グループには三井高利が創業した 越後屋の家訓があり、グループの社長会「二木 会」では、この家訓が経営理念として共有され ている。三菱グループには共通の理念として三 菱第四代社長、岩崎小彌太の訓論をもとに、 1934 年に旧三菱商事の行動指針として制定さ れた「三綱領」がある。 帝国データバンクが 2008 年に老舗企業 814 社を調査したアンケート結果によれば、老舗企 業には 632 社(77.6%)の会社に経営理念とも いえる「家訓・社是・社訓」があると報告され ている。このように、日本企業では多くの会社 に経営理念があり、それが企業活動の根幹に流 れ、持続可能な発展の礎になっていることが理 解される。 2近江商人に学ぶ「三方よし経営」 地域振興に貢献した近江商人 経営理念の重要性は、単独の企業だけでなく 地域で生まれた理念の経営とも呼ばれる商いの 考え方もある。滋賀県の琵琶湖周辺で戦国時代 末期から続く、近江商人の三方よしもそのひと つだ。 NPO 法人の三方よし研究所がまとめた『近 江商人の理念と商法』によれば、日本ではすで に戦国時代の末期頃から経営理念の原型ともい えるものが存在していた。 図表 1 に示される「売 り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」 がそれである。 近江の国、現在の滋賀県は、「高島商人」「八 幡商人」「日野商人」「湖東商人」など、多くの 近江商人を生んだ土地である。ふるさとの近江 を離れて全国各地で商いを行い、地域の産業の 発展に多大な貢献をした近江商人たち。彼らが 大切にしていた経営理念、それが「三方よし」 である。 〈寄稿〉 歴史に学ぶ、サスティナブル経営の秘訣 ECSR ES, CS, CSR)の実践で、信頼される会社 水尾 順一 駿河台大学経済経営学部教授 博士(経営学)

歴史に学ぶ、サスティナブル経営の秘訣BtoBコミュニケーション 2018年2月号 1 1.経 営理念がサスティナブル経 の羅針盤 いつまでも「ずーっと」栄える会社。世の経営

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1BtoBコミュニケーション 2018年2月号

1. 経営理念がサスティナブル経営の羅針盤

 いつまでも「ずーっと」栄える会社。世の経営

者達が自分の会社に対して願い続ける姿だろう。

 その秘訣を探れば、日本で古来から言われる

「温故知新」という言葉に出会う。「古きをたず

ねて新しきを知る」という意味だが、企業経営

にも生かせる多くの示唆を与えてくれる。

 サスティナブル経営、つまり、未来永劫に栄

え続ける会社には、経営層も含めて働く従業員

が拠り所となる経営理念が必ずある。

 たとえば、世界最古の企業とされている金剛

組(こんごうぐみ)にも経営理念があった。西

暦 578年大阪の天王寺で創業した会社で、現在は旧・金剛組の技術と商号を受け継いで創業

しており、金剛家に代々伝わる「家訓」16の教えがあるとしている。

 創業者の金剛重光は、飛鳥時代に大阪の四天

王寺を建立のために聖徳太子によって百済より招

かれた 3人の宮大工のうちの一人とされている。 また、三井グループには三井高利が創業した

越後屋の家訓があり、グループの社長会「二木

会」では、この家訓が経営理念として共有され

ている。三菱グループには共通の理念として三

菱第四代社長、岩崎小彌太の訓論をもとに、

1934年に旧三菱商事の行動指針として制定された「三綱領」がある。

 帝国データバンクが 2008年に老舗企業 814

社を調査したアンケート結果によれば、老舗企

業には 632社(77.6%)の会社に経営理念ともいえる「家訓・社是・社訓」があると報告され

ている。このように、日本企業では多くの会社

に経営理念があり、それが企業活動の根幹に流

れ、持続可能な発展の礎になっていることが理

解される。

 2. 近江商人に学ぶ「三方よし経営」

─ 地域振興に貢献した近江商人 ─

 経営理念の重要性は、単独の企業だけでなく

地域で生まれた理念の経営とも呼ばれる商いの

考え方もある。滋賀県の琵琶湖周辺で戦国時代

末期から続く、近江商人の三方よしもそのひと

つだ。

 NPO法人の三方よし研究所がまとめた『近江商人の理念と商法』によれば、日本ではすで

に戦国時代の末期頃から経営理念の原型ともい

えるものが存在していた。図表1に示される「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」

がそれである。

 近江の国、現在の滋賀県は、「高島商人」「八

幡商人」「日野商人」「湖東商人」など、多くの

近江商人を生んだ土地である。ふるさとの近江

を離れて全国各地で商いを行い、地域の産業の

発展に多大な貢献をした近江商人たち。彼らが

大切にしていた経営理念、それが「三方よし」

である。

〈寄稿〉

歴史に学ぶ、サスティナブル経営の秘訣─ ECSR(ES, CS, CSR)の実践で、信頼される会社 ─

水尾 順一 駿河台大学経済経営学部教授 博士(経営学)

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2 BtoBコミュニケーション 2018年2月号

 近江商人は行商で訪れる地域の特産物などを

仕入れて別の地域へ運び、その地で商いを行い、

またそこの特産の商品を同様に仕入れて他国で

売りさばくという「諸国産物回し」の商いを展

開した。

 

─ 現代に生きる「三方よし」 ─

 この商法や理念は現代における「商社」の原点

ともいわれ、日本の流通機構や経営原理に多大

な足跡を残した。近江商人の「三方よしの経営

理念」は、脈々として今日まで受け継がれている。

 そうした近江商人の中の一人、彦根藩を中心

とした「湖東商人」の伊藤忠兵衛は、総合商社の

「伊藤忠」や「丸紅」の創業者として有名である。

 両社はすでに 150年に及ぶ歴史を刻み、三方よしを背景に経営理念を明文化して、会社案内、

CSRレポート、アニュアルレポート、ホームページなど、多様なメディアで社内外に公表し、あ

りとあらゆる機会を通してアピールしている。

 当然のことながらこうした活動から、従業員

は活動のよりどころを明確にし、全員が共通の

目標に向かって歩み続けることができるのだ。

 また、「高島商人」は、戦国末期から江戸時

代にかけて盛岡まで出かけていったことから、

「琵琶湖のアユは外へ出て大きく育つ」といわ

れ、近江商人の原型とされている。

 この地の出身である高島屋飯田呉服店は京都

で成功した。それが現在の高島屋百貨店の前身

である。

 この三方よしを現代の企業経営に当てはめれ

ば、売り手である従業員の満足を追求しながら

(ES:従業員満足)、買い手である消費者に喜びを与え(CS:顧客満足)、そして世間よしと

図表1 「三方よし」の経営理念

出所:「三方よし研究所」ホームページより

出所:水尾(2016,pp.148)

図表2 「守りのガバナンスと攻めのECSRによる三方よし経営」

守りと攻めのECSRによる三方よし経営

守りのガバナンス

成長したいと「志す」、従業員と組織

成長を「支援する」サーバント・リーダー

攻めのECSR

ES(従業員満足):売り手よし

CS(顧客満足):買い手よし

CSR(企業の社会的責任):

世間よし

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3BtoBコミュニケーション 2018年2月号

して広く取引先や地域社会・地球環境などに対

し貢献する(CSR:企業の社会的責任)姿勢と読みかえることができる。この 3つを一体化させ頭文字をとれば、「攻めの ECSR」となる。 当然のことながら、その前提には安全・安心

をベースに社会のルールを守りながら、売上や

利益を追求し、明日にむかって確固たる基盤を

つくる「守りのガバナンス」が重要であること

は論を俟たない。

 これらをまとめれば図表 2のような「守りのガバナンスと攻めの ECSRによる三方よし経営」の理念が完成する。

3. 渋沢栄一の「論語と算盤」に学ぶ

 日本資本主義の父といわれる渋沢栄一(1840- 1931年)も、この「守りのガバナンス」と、「攻めの ECSR」の精神を大切にした。 日本の近代化に多大な貢献を果たした偉大な

人物として知られる渋沢は、埼玉県深谷市に生

まれ、幼少の時代を生家のある血洗島(昭和 48

年に深谷市と合併)で過ごし、江戸末期から明

治、大正、昭和の四つの時代を生きた。

 渋沢家は農業を営む一方で、養蚕と藍玉の製

造・販売を兼営し、栄一は父親とともに、信州

や上州まで藍の販売と藍葉の仕入れに同行し、

商売の才覚を養った。

 その後、徳川慶喜に仕えパリで行われる万国

博覧会に慶喜の弟・徳川昭武と同行してヨー

ロッパ時代の経済システムを学び、後の株式会

社制度の構築や合理主義思想を育んだ。

 数多くの貴重な体験を経て、渋沢は、第一国

立銀行や東京商工会議所なども含めて、500社に及ぶ企業や組織の設立にかかわっている。日

本における資本主義の父とも呼ばれ、他にも多

くの事業や病院 ,学校などを立ち上げた。 

─ 「道徳経済合一説」の理念を掲げる ─

 渋沢栄一は、幼少期に学んだ『論語』をより

どころに、倫理と利益の両立を掲げ、1916(大正 5)年に著書『論語と算盤』を執筆し、「道徳

出所:筆者撮影

写真-1 埼玉県深谷市にある渋沢栄一の生家と若き日の渋沢栄一

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4 BtoBコミュニケーション 2018年2月号

経済合一説」という理念を打ち出した。

 彼の代表的な著作である『論語と算盤』では、

「国の富をなす根源は何かと言えば、社会の基

本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なの

だ。そうでなければ、その富は完全に永続する

ことができない。」として、論語の精神に基づ

く仁義道徳の重要性を指摘した。これは守りの

ガバナンスである。

 さらには、「合本法(株式組織)の道義的運営

による事業育成をつうじて国を富ませ、人々を

幸せにする」とも指摘した。算盤に象徴される

「利益」が国全体の富をつくりだし、それに関

わる人たち(従業員)や国民(顧客と社会)の幸

福につながり、そして社会の繁栄にも結びつく

とした。この考えは ECSRに相つうじる。 論語と算盤という、それまで相反するとされ

ていた概念を、「守りのガバナンス」と「攻めの

ECSR」により経営の礎として見事に一致させたのである。

 後者の「攻めの ECSR」による三方よしの経営の考え方は、渋沢の事業運営にも生きている。

特に三方よしを意識してという記述ではない

が、『論語と算盤』の中で次のように述べている。

 「個人の利益になる仕事よりも、多くの人や

社会全体の利益になる仕事をすべきだ、という

考え方を、事業を行う上での見識としてきた。

その上で、多くの人や社会全体の利益になるた

めには、その事業が着実に成長し、繁盛してい

くようこころがけなければならない。」

 経済を発展させ、利益を独占するのではなく、

国全体を豊かにする為に、富は全体で共有する

ものとして社会に還元することを説くと同時に

自身にも心がけた。

4. 二宮尊徳の「報徳の経営」に学ぶ

─ 報徳思想で農政改革 ─

 この渋沢が影響を受けた人物の一人が「道徳

経済一元論」を示した二宮尊徳(以後、尊徳と

称す)である。「道徳経済一元論」の意味は読ん

で字のとおり道徳と経済は一体化させなければ

ならないということで、渋沢の「道徳経済合一

説」と全く同意語だ。

 ここで尊徳の生い立ちと、「道徳経済一元論」

のもとになった報徳思想について説明しておか

ねばならない。

 尊徳は、江戸時代の 1787(天明 7)年、神奈川県小田原市栢山で生まれた。本名は、二宮金

次郎(金治郎とも書く)で、尊徳という名前は

小田原藩主の大久保忠真(ただざね)が名付け

た号名である。日本史や道徳の教科書にも取り

上げられ日本を代表する著名人で、小学校の校

庭にある、薪を背負って歩きながら本を読む銅

像で、多くの人に知られている人物である。

 地元小田原藩の農村改革や財政改革にはじま

り、下野の桜町領(現在の栃木県真岡市)の改革

などを手がけ、「改革請負人」のような存在であっ

た。現代でいえばイノベータと言ってもよい。

 ある時、小田原藩主の大久保が尊徳に対して、

「汝のやり方は、論語にある“以徳報徳(徳を以

て、徳に報いる)”だなあ」と述べたことから、

それ以降彼の思想や行動は「報徳」と称される

ようになった。

 尊徳が信じる報徳思想には、基本となる至誠、

勤労、分度、推譲の 4つに加えて、積小為大、一円融合などいくつかの重要なキーワードがあ

る。ここでは基本となる 4つの言葉を簡単に説明しておく。

 至誠:誠、すなわちまごころをつくすことで

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5BtoBコミュニケーション 2018年2月号

ある。尊徳は「わが道は至誠と実行のみ」とし

て、相手の立場に立って誠心誠意尽くすことが

重要と指摘した。報徳思想の根底となる考え方

である。

 勤労:万事、一生懸命、勤勉に心を込めて働

くことである。尊徳は、単に収入を得るためや

出世のため、食べるために働くのではなく、天

地人の徳に感謝しながら、知恵を育み自己を向

上させるために働くことが大切と説いた。

 分度:自分がおかれた状況や立場、つまり自

分の力量と物事の関係性をよくわきまえて行動

することである。尊徳の独創的な考え方で、分

度をたてると表現した。周囲との関係性をふま

えて自分の暮らしや生活をどの程度にするか決

めることで自分を悟り、結果倹約にもつながる。

 推譲:分度を守り勤勉に働くことで、結果と

して金銭や力を蓄えることができる。その蓄財

を世のため、人のために使うことを推譲とした。

推譲には、家族や子孫のために蓄える「自譲」

と他人や社会のために譲る「他譲」があり、そ

れにより「人間らしい幸福な社会の誕生」を主

張した。

─ 尊徳も主張した「サスティナブル経営」 ─

 小田原の二宮尊徳神社にある尊徳の銅像の横

にある有名な言葉、「経済なき道徳は戯言(た

わごと)、道徳なき経済は罪悪」は、いつの時

代も重要な企業経営の不文律である。

 企業でいえば、経済(売上や利益)を否定す

るような道徳(倫理)は現実的でなく戯言(無

意味、絵空事)であり、逆に道徳を無視した経

済は(不祥事につながる)罪悪である、と言う

ことを意味する。

 短期的な利益のみを追求する経営ではなく、

従業員や顧客、さらには地域社会の繁栄を願い、

ともに利益を享受する長期的な視点からマネジ

メントをすることが、「ずーっと」栄えるサス

ティナブル経営ということだ。このように尊徳

は、長期的な視点で永続する「サスティナブル

経営」の重要性をすでに指摘していた。

 こうした「報徳思想」は、日本各地での藩政

改革につながるだけでなく、その後多くの思想

家や経営者にあたえることとなる。

 先に述べた渋沢栄一の他にも、数々の著名人

や有名な企業に崇拝され、経営理念などに取り

出所:筆者撮影

写真-2小田原の二宮尊徳神社にある尊徳の銅像

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6 BtoBコミュニケーション 2018年2月号

入られている。倉敷紡績(クラボウ)、倉敷絹

織(クラレ)、中国合同銀行(中国銀行の前身)、

中国水力電気会社(中国電力の前身)などの社

長を務め、大原財閥を築き上げた大原孫三郎も

その一人だ。更には、世界の真珠王と言われた

御木本幸吉、豊田グループ創業者の豊田佐吉、

パナソニック(旧・松下電器)創業者の松下幸

之助、石川島播磨重工と東芝の経営再建に取り

組んだ土光敏夫、さらには京セラを創業し日本

航空の再建をすすめた稲盛和夫なども二宮尊徳

の信奉者である

─ ピ ─タ ─・ドラッカ ─も評価した

 渋沢栄一と二宮尊徳 ─

 道徳と経済の両立については、経営学者のド

ラッカーも認めるところである。彼の著書『マ

ネジメント』で、次のように表現している。

 「マネジメントとは、事業を通じて個人の成

長を支援し、その成果を通じて社会に貢献する

こと」、加えて、ヒポクラテスの誓いを引用し、

「何よりもまず、故意に危害を加えるな(知り

得て害をなすな)」とも主張、渋沢の道徳経済

一元論に通じることを重視したのである。この

ドラッカーの言葉を前記の大日本報徳社の入口

の 2つの門柱に例えれば、前者は経済門であり、後者は道徳門と言い換えることもできよう。

 またドラッカーは同書にて、渋沢を評して

「率直にいって私は、経営の『社会的責任』につ

いて論じた歴史的人物の中で、かの明治を築い

た偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出る

ものを知らない。彼は世界の誰よりも早く経営

の本質は『責任』にほかならないことを見抜い

ていたのである」。

 さらに、武藤信夫の『これから和:賢哲に学べ』

によれば、ドラッカーは二宮尊徳の報徳思想に

も興味を示し、「途上国のみならず先進国や社

会主義国にも適応できる思想だ」と評価した。

 現在の企業不祥事の多くは、この「道徳と経

済の両立」を無視した結果起きていると言えよ

う。

5. 上杉鷹山の

サーバント・リーダーシップに学ぶ

―グリーンリーフが主張した

 サーバント・リーダーシップー

 「会社は人の器以上に大きくはならない」と

いう言葉がある。

 成長を志すことで人は目標に向かって励み、

努力する。その過程をとおして、人間としての

器が大きくなり、それが会社ひいては社会の発

展につながる。

 組織の中における人の成長は、本人の志に加

えて、成長を支援する環境や上司のサポートが

多大な役割を果たす。だからこそ、従業員が何

を考えどのような行動をしようとしているの

か、リーダーが彼らの意識と行動に目をむける

ことが大事なのである。部下や仲間たちと共に

喜び、彼らが悩み・考えているときには、彼ら

の成長を願って支援することも必要だ。

 上司が支援するという視点から、以前 2013年 10月号(No.520)でも述べたことだが、サーバント(部下を支援する)・リーダーシップと

いう重要な考え方がある。もう一度簡単ではあ

るが触れておきたい。

 これはアメリカの経営学者ロバート・グリー

ンリーフが、1970年に The Servant as Leader(『奉仕者としてのリーダー』筆者訳)を執筆し、

その中で提唱したリーダーシップ論だ。

 リーダーシップのスタイルにサーバント、即

ち奉仕者の考え方を持ち込んだもので、マネジ

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7BtoBコミュニケーション 2018年2月号

メントの現場では、他者(部下、お客さま)を

支援するリーダーシップである。

 彼が主張するのは、リーダーが部下の成長の

ために何ができるかを常に考えながら、助言、

援助し目標達成をサポートする、ということだ。

自ら考えて行動できる力(考動力)のある人材

を育成する、それが「サーバント・リーダー」

の役割である。

 

―上杉鷹山の藩政改革に学ぶー

 日本におけるサーバント・リーダーの実践事

例では、江戸時代に山形の上杉藩で藩政改革に

取り組んだ上杉鷹山もその一人だ。童門冬二

『上杉鷹山の経営学』によれば、彼は 1759(宝暦 9)年、9歳で高鍋藩主(現・宮崎県)の次男から山形の上杉藩の養子となり、17歳で藩主となって藩政改革を行った。

 「一汁一菜」という質素な食事で財政改革を

訴え、自らが「改革の火種」となって家臣や農

民とともに藩の立て直しに邁進した。いわゆる

経営改革の断行である。

 鷹山は、「どんなに冷え切った職場にも、必

ずまだ消えていない火種がある。これをうつし

あうことによって、灰のような職場も活性化す

る。そして火種はあなた自身だ」と説いた。た

だ、その陰には彼のリーダーとして藩士や農民

を大切にする次のような人間観があった。

 「君主(城主)のために臣(家臣)や民(農民)

があるのではない。臣や民のために君主がいる」

 この意味は、家臣や農民が城主のためになに

をしてくれるかではなく、城主が家臣や農民の

幸せや成長のためになにができるかを考えるこ

とが大事だということである。

 これをサーバント・リーダーのマネジメント

として、現代の企業に当てはめていえば、「リー

ダーのために部下や市民や顧客があるのではな

い。部下や同僚、そして仲間たちのために、リー

ダーである自分自身がなにを支援し、従業員満

足や顧客満足実現に向けて行動するか」という

ことになるだろう。

 このサーバント・リーダーシップをもとに鷹

山は藩政改革を成し遂げたが、その思想の背景

には次のような有名な言葉がある。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬ

出所:山形県米沢市、城下町上杉観光ホームページより

写真-3 上杉鷹山「伝国の辞」

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8 BtoBコミュニケーション 2018年2月号

は人の為さぬなりけり」

 「すべてのことはやればできる。やらなけれ

ばできない。何事もできないのは人がやらない

からだ」という意味である。

 これは、鷹山が次期藩主・治広に家督を譲る

際に申し渡した三カ条からなる藩主としての心

得で、「伝国の辞」と呼ばれている。上杉家の

家訓として伝承され、現在も松岬神社境内にそ

の碑がある。

 こうした藩政改革のあり方を知った米国のケ

ネディ大統領やクリントン大統領は、最も尊敬

した日本人として鷹山の名を挙げ、高く評価し

ている。

6. 「ESなくしてCSなし」

 サーバント・リーダーシップを実践する組織

をあげれば、枚挙に暇がない。企業であれば、

従業員の成長を支援する会社は逆境の時代で

あっても元気だ。企業は、常に従業員の声に耳

を傾け、働きやすい環境を作るようにして従業

員のやる気を高める努力が必要だ。些細なこと

でもよい、その配慮を示すのがリーダーの役割

であり、その結果 ESが生まれる。 「ESなくして CSなし」。現場の従業員に誇りと喜びのない組織が、顧客満足を達成するこ

とはありえない。顧客満足の活動は誰が実践す

るのかと言えば、ほかならぬ従業員だからであ

る。顧客満足をめざす会社は、まずは従業員満

足をめざすべきだ。

 そのような企業は、メンバーがやりがいを

持って働き、組織の求心力が高まるのである。

その結果、従業員満足(ES)を生み出し、さらにはお客様の喜びを目指す顧客満足(CS)につながり、これらが善循環の活動となって持続可

能な発展に結びついていく。ESと CSを一体

化させるサーバント・リーダーの活動が、支持

される所以がここにある。

 「守りのガバナンス」と、「攻めの ECSR」をもとに、成長したいと「志す」仲間たちと会社

組織、さらには成長を支援するサーバント・リー

ダーが一体になれば「ECSRによる三方よしの経営」が実践されることとなる。

参考文献

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Drucker,P.F.(1974).MANAGEMENT, Harper & Row Pub.(野田一夫 , 村上恒夫監訳;風間禎三郎他訳『マネジメント』ダイヤモンド社)

金剛利隆(2013)『創業一四〇〇年~世界最古の会社に受け継がれる一六の教え~』ダイヤモンド社

三方よし研究所(2012)『近江商人の理念と商法』三方よし研究所

渋沢栄一・守屋淳訳『論語と算盤』ちくま新書、2010年

田中宏司・水尾順一編著『三方よしに学ぶ 人に好かれる会社』サンライズ出版、2015年

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福住正兄著・佐々井典比古訳注『二宮翁夜話(上)』一円融合会、1958年

福住正兄原著・佐々井典比古訳注『二宮翁夜話(下)富国捷径(抄)』一円融合会、1958年

水尾順一(2016)『サスティナブル・カンパニー:「ずーっと」栄える会社の事業構想』宣伝会議

武藤信夫(2010)『これから和:賢哲に学べ』アートヴィレッジ

『経営倫理 20周年特別記念号』No.88,経営倫理実践研究センター ,2017年 10月

三方よし研究所ホームページ < http://www.sanpo-yoshi.net/study/idea.>

山形県米沢市、城下町上杉観光ホームページ< https://www.yonezawa-kankou.com/html/meigen/dengoku.html>