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- 1 - 2011 年 10 月 20 日発行 ベトナム経済はなぜ安定しないのか ~求められる経済成長至上主義との決別~

ベトナム経済はなぜ安定しないのか...- 1 - 2011年10月20日発行 ベトナム経済はなぜ安定しないのか ~求められる経済成長至上主義との決別~

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2011 年 10 月 20 日発行

ベトナム経済はなぜ安定しないのか

~求められる経済成長至上主義との決別~

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* 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本

資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証する

ものではありません。また、本資料に記載された内容は、予告なしに変更されることもあります。

本誌に関する問合せ先

みずほ総合研究所㈱ 調査本部

アジア調査部 稲垣博史

℡ 03-3591-1379

E-mail [email protected]

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[ 要 旨 ]

・ ベトナム経済は、高インフレ、通貨ドンへの下落圧力、外貨準備減少に直面

するなど、不安定な状況が 4年にもわたって続いている。原因は、実質GD

P成長率の目標達成に重点を置いたマクロ経済運営にあると思われる。かつ

て、緊縮政策の導入で経済が安定に向かう時期もあったものの、やがてGD

P目標重視路線に戻り、経済は再度不安定化した。

・ 2011 年 2 月以降の緊縮的な経済運営などにより、経済は安定化したと評価さ

れることもある。しかし、①8 月中旬以降、ドン下落圧力が再燃している、

②政府は緊縮政策を当面続けるとしているものの、11 年後半には、公共投資

拡大など路線変更の兆しが出ている、といった点を考慮すると、ベトナム経

済が本当に安定したか、現時点で判断するのは時期尚早である。今後の経済

運営を注視してゆかなければなるまい。

・ ベトナム経済が安定するという見通しがなかなか立たないのは、安定よりも

高い実質GDP成長率を重視してマクロ経済運営を行なうという、経済成長

至上主義からベトナム政府が決別できないためである。

実際、11~15 年の 5カ年計画において、6.5~7.0%という高い経済成長目標

を掲げているが、10 年に+6.8%の経済成長を達成した翌年に高インフレを

招いたという経緯を踏まえれば、目標は高過ぎる。

・ 今後の経済運営のあり方として、実質GDP成長率ではなく、物価と国際収

支の安定を重視すべきである。実質GDP目標については、前年実績対比で

低めに設定することや、設定自体を止めることも、検討すべきではないか。

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1. はじめに

ベトナムで景気過熱を背景に、2007 年 11 月に消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率

が二桁になってから、約 4 年が経過した。この間、ベトナム経済は、おおむね不安定な状

況が続いている。景気過熱は、①輸入の拡大を通じた大幅な経常赤字と、②インフレによ

る通貨ドンの価値の目減りを嫌気した、国内個人・企業による資本逃避1を招き、通貨ドン

への下落圧力となった。同圧力は、何度か緩和される局面があったものの、いずれも長続

きしなかった。なぜこのように長期にわたり、ベトナム経済が安定せず、その結果として

ドン下落圧力が収束しないのであろうか。

ベトナム経済が不安定化しやすい要因として、裾野産業(部品・材料を作る産業)の集

積が進んでいないことから部材の国内供給体制が不十分で、景気が加速するにつれ、イン

フレや経常収支の悪化がもたらされやすい、としばしば指摘される。この結果としてドン

売りが活発になり、外貨準備が減少するという。これ自体は間違った認識ではないが、理

由が何であれ、適切なマクロ経済運営を通じて景気の加速を押さえ込むことにより、イン

フレや経常収支の大幅な悪化を回避できる。従って、裾野産業の未発達が、経済成長率の

上昇を抑制する要因にはなりえても、それが直ちに経済不安定化をもたらすわけではない。

つまり、ベトナムでは、マクロ経済政策(財政政策2、金融政策、為替政策)による景気

のコントロールに問題があったということである。本稿では、どのような点に問題があっ

たか、今後どうすべきか、といった点に焦点を当てたい。なお、本調査のために、筆者は

11 年 9 月にベトナムのハノイ市とホーチミン市を訪問し、現地の日系調査機関、工業団地、

IMF事務所などでヒアリングによる情報収集を行なった。

2.高経済成長路線の下、景気過熱を招いたマクロ経済運営

以下では、マクロ経済政策について、これまでの運営にどのような問題があったのか、

10 年までを振り返って考えてゆきたい。

(1) 05~08 年序盤までの状況―政策的に高成長を追及 ベトナムは、1986 年以降、ドイモイ政策と呼ばれる一連の経済自由化を進めてきたが、

計画経済時代の名残で、実質GDP成長率に目標を定めてきた。そして、ベトナム政府は、

05~07 年の経済成長率目標を、すべて+8%台に設定した。いずれの年も年前半の終了時点

では目標に到達していないが、 終的に目標に到達している(図表 1)。建設投資(建設

1 後に図表 4 でみるが、資本逃避は、08 年 4~6 月期と 10 年 10~12 月期は「対外現預金投資」、それ以

降は主として「誤差脱漏」として現れている。当局による監視が強まり、外貨両替所など銀行以外での

換金が増えた結果、当局が正確に把握できない取引が増えたため、誤差脱漏が増えたとみられる。 2 ここでいう財政政策は、歳出を何に充てるかという配分の問題ではなく、総額としてどのぐらいの歳出

を行なうかという規模の問題を念頭においている。

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業付加価値生産額)が、年後半に加速して成長率を押し上げている3ことが、目標到達の大

きな要因だが、GDP目標達成のため、政府部門が公共投資を積み増しているためである

可能性が高い4。内需拡大が追及されるなか、次第に景気が加熱、07 年後半以降にインフレ

が加速したと思われる。

図表 1 実質GDP成長率

3

4

5

6

7

8

9

10

05 06 07 08 09 10 11

(年・半期)

0

2

4

6

8

10

12

14

実質GDP成長率(左目盛)

実質GDP成長率目標(左目盛)

建設業付加価値生産額(右目盛)

(前年比%) (前年比%)

(注)速報・累計ベース。直近は11年1~9月期。(資料)ベトナム統計総局

図表 2 政策金利とCPI

0

5

10

15

20

25

30

05 06 07 08 09 10 11(年・月)

リファイナンスレート

ディスカウントレート総合CPI

(注)リファイナンスレート:民間銀行向けの貸出金利   ディスカウントレート:短期有価証券を買い戻す際の割引率(資料)ベトナム国家銀行

(%・前年比%)

また、07 年については、金融政策の反応が鈍かったことも見て取れる(図表 2)。07 年

後半に、インフレが明らかに加速していたのに、利上げは 08 年 2 月まで行なわれなかった。

このように、利上げの決断が遅れた背景には、ベトナム政府の高成長路線があると思われ

る。

(2) 08 年中盤から 09 年までの状況―一時的に緊縮路線採用も高成長路線に復帰 08 年の 4~6 月期からおおむね 7~9 月期まで、緊縮的な財政・金融政策が採用された結

果、経常収支は改善し、7 月中旬から 10 月中旬にかけ、ドン下落圧力は収まった。外貨準

備も、8・9 月といったん増加に転じた(図表 3)5。しかし、08 年 9 月のリーマン・ショッ

クで輸出環境が大幅に悪化すると、緊縮政策は転換された。同ショックほどの激震が発生

した場合には、ある程度緊縮政策を緩和することはやむをえなかったと思われる。しかし、

外貨準備が大きく減少していたことを考慮すれば、同ショックの影響が和らいだ 09 年後半

は、政策を緊縮方向に転換すべきだったのではないか。現実には、09 年後半、+5.2%6の

3 04 年以前についても、年後半に建設投資が加速していた可能性があるが、データが入手できず確認でき

なかった。 4 実質公共投資は、通年ベースでは発表されているが、半期ベースでは発表されていない模様。名目値で

あれば発表されている。 5 ちなみに、08 年経済成長率の政府目標は当初+8.5~+9.0%で、国会は+9%以上を目指すべきと決議す

るなど、強気なものであった。しかし、景気過熱の症状が出たことから、目標は段階的に引き下げられ、

終的に+6.7%となったが、実績は+6.3%と目標不達となった。 6 当初+7%とされていたが、輸出環境悪化で大幅に引き下げられた。

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成長率目標を実現するためと思われる建設投資加速が復活している。05~07 年と似た展開

である。

図表 3 外貨準備

100

125

150

175

200

225

250

275

300

08 09 10 11

(億ドル)

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

5.5

(月)残高(左目盛)

残高÷月次輸入額(右目盛)

(注)1.月次輸入額は、過去12カ月平均の通関輸入額。   2.外貨準備は金を含む。11年5月はIMF推計で、金を含むかは不明。(資料)IMF、ベトナム統計総局

(年・月)

08年8・9月

(3) 10 年の状況―年後半景気加速パターンが復活 10 年前半は、インフレはやや高止まり気味であったものの、輸出が回復したため外貨繰

りは改善し、外貨準備も小幅な増加に転じるなど経済はいったん安定に向かった。

一方、10 年の成長率目標+6.5%に対し、10 年前半の実績は+6.2%に止まった。これを

受け、09 年ほど顕著ではないが、10 年後半に成長率目標を達成するためと思われる建設投

資の加速がみられる(前掲図表 1)7。景気が加速した結果、インフレが高進し、さらに経

常収支悪化(図表 4)から 10~12 月期の外貨準備は減少に転じた。

金融政策をみると、07 年ほど顕著でないとはいえ、二桁インフレとなった 10 年 11 月ま

で利上げが行なわれておらず、やはり対応がやや遅いように思われる。

以上のように、景気の過熱感が薄れて経済が安定に向かっても、結局ベトナム政府のマ

クロ経済運営がGDP目標重視路線に戻ってしまうため、経済の安定が持続しないのであ

る。

7 名目公共投資をみると、7~9 月期には大きく拡大しており、10~12 月期に急減速している。おそらく、

当初は公共投資を年後半に大幅に増やそうとしていたが、民間投資の拡大でGDP目標が達成できそう

な情勢となったので、10~12 月期の公共投資をスケールダウンしたと思われる。

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図表 4 国際収支

▲ 100

▲ 80

▲ 60

▲ 40

▲ 20

0

20

40

60

80

100

08 09 10 11(年・四半期)

外貨準備減少(▲は増加) 経常収支

対内直接投資 対外現預金投資

その他資本収支 誤差脱漏

(億ドル)

(注)1.投資主体の内外区分を明確化するため、資本収支の内訳は、貸方     ・借方の一部を抜粋。   2.外貨準備減少は、評価損益を含まないなどの理由により、外貨準備残高の     減少幅と一致しない。(資料)IMF

(4) 正当な理由を欠いた高成長の追及 雇用問題が深刻な国では、インフレや経常収支の悪化阻止よりも、景気への配慮を優先

せざるを得ない場合もありうる。しかし、ベトナムの場合、近年はむしろ、労働需給逼迫

に伴うワーカー不足、賃金上昇、ストライキ多発などが問題になっており、経済成長は、

むしろ賃金インフレを加速させた可能性すらある。実際、都市部失業率は低下傾向にあり

(図表 5)、10・11 年と 00 年代の 低を更新した。つまり、マクロ経済の安定性を軽視し

てまで、高経済成長にこだわらなければならなかった理由が乏しい。

図表 5 都市部失業率

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

5.5

6.0

6.5

00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

(年)

(%)

(注)11年は9月時点。(資料)ベトナム統計総局

ベトナムが高経済成長にこだわった理由としては、現地ヒアリングでは、日系調査機関

など複数が「タイへの対抗、ASEAN 中進国としての地位確立」を挙げていた。中期的に高い

経済成長を追及すること自体は間違いではないが、その手段として、国内供給余力に乏し

い経常赤字国が、財政・金融政策を用いるのは正しくない。経常収支のさらなる悪化と、

インフレを招くことがほぼ確実だからである。

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(5) 為替政策の問題点はペッグ維持にこだわり過ぎたこと これまで、GDP目標重視の財政・金融政策に問題があったことを説明してきたが、マ

クロ経済政策のもう一つの柱である、為替政策にも問題はあったのだろうか。

本論に入る前に、ベトナムの為替政策について、簡単に解説しておきたい。基本は、1日

に許容される対ドル為替レートの変動幅を、ベトナム国家銀行(中央銀行)が定めた基準

レートから、一定のバンド(範囲)内とするものである。基準レートは、日常的にはペッ

グと近い運用8となるが、状況次第で、切り上げ・切り下げが行なわれる(図表 6)。また、

バンド(現在は±1%)も状況次第で変更されるが、バンドの拡大が、実質的に為替レート

の切り下げに近い意味をもつことがある。

図表 6 ドンの対ドル為替レート

15,000

16,000

17,000

18,000

19,000

20,000

21,000

22,000

08 09 10 11(年・月・日)

市場レート

基準レート

上下限

(資料)CEIC Data

(ドン・ドル)

ドン高    ドン安

08年3月終盤 08年7月中旬

~10月中旬

10年4月~7月初旬

11年4月~8月初旬11年2月

現行為替政策は、平時には市場介入によるペッグに近い運用となるが、ペッグにこだわ

ることの危険性9にも配慮し、為替レートを柔軟に切り下げられる仕組みとなっており、政

策の枠組みに大きな問題点はないように思われる。

ただし、せっかく柔軟に為替レートを切り下げられる仕組みになっていたにもかかわら

ず、ドンに大きな下落圧力がかかった際に、国家銀行はドル売り・ドン買いを通じたペッ

グにこだわり過ぎ、この結果外貨準備を激減させてしまった。介入を続けるうちに、資本

逃避が収まると期待していたのであろうが、やや楽観的に過ぎたのではないか。なぜなら、

ベトナムでは、米国よりもほぼ常にインフレ率が高い状態で推移してきたため、ペッグは

実質為替レートの上昇・高止まり(図表 7)を招き、ドンの割高感がいつまでも解消され

ないからである。

8 IMF(2008)は、ベトナムの為替政策を米ドルペッグと分類している。 9 アジア通貨危機の際、タイは、ペッグ維持にこだわってバーツ買い・ドル売り介入を繰り返したため、

外貨準備が事実上枯渇してしまった。

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図表 7 実質為替レート

70

80

90

100

110

120

130

140

150

96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11(年・月)

実質実効

実質対ドル

(参考)名目対ドル

(注)1.実効為替レートは、ドンの対ドル、ユーロ、人民元、円、ウォン、バーツ、     リンギの為替レートを、直近1年間の貿易シェア加重平均で合算。   2.実質化はCPIによる。一部の未発表月は、直近月の前年比伸び率を用いて延長。(資料)IMF、各国統計

ドン高  ドン安

(00~09年平均=100)

ドン切り下げは、インフレ加速と対外債務返済負担の増大という別の問題を引き起こす

ため、ベトナム政府がなるべく採用したくない選択肢であることは確かである。しかし、

もしドンを切り下げたくないのであれば、実質為替レートの上昇を防ぐため、緊縮的な財

政・金融政策によって、インフレを米国並みに押さえ込まなければならない。ペッグに近

い為替政策と、経済成長重視の財政・金融政策は、両立しないのである。

3.11 年の経済運営への評価

10 年までの経済運営に問題があったことを確認したが、現地ヒアリングでは、11 年に入

ってからの経済運営は妥当であり、ベトナム経済は安定に向かっているとの見方もあった。

ここでは、そうした見方が妥当であるか、検討してみたい。

(1) 11 年 2 月以降の緊縮政策はおおむね適切 11 年 2 月以降、経済安定化のため、緊縮的な財政・金融政策を含む一連の政策(図表 8)

が打ち出された。同政策は、おおむね高い評価を受けており、実際、その後経済は安定に

向かい、4月以降のドン安圧力は緩和された。

ただし、こうした政策の内容がどんなに適切であったとしても、これまでの議論から明

らかな通り、それが経済の中期的な安定をもたらすかは別問題である。政策の内容と同様

に、あるいはそれ以上に、政策がいつまで持続するかが極めて重要となる。

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図表 8 11 年 2 月以降の主な緊縮政策・ドン下落圧力緩和策

11 年 2 月の緊縮政策

① 主要政策金利であるリファイナンスレートの段階的な引き上げ

② 銀行与信を前年比+20%(従来目標は+23%)、マネーサプライを前年比+16%(従来目標は+24%)

に抑制(9月に、さらに、それぞれ+17%、+13%に引き下げ)

③ 不動産・証券など非生産的部門に対する銀行の与信を、11 年 6 月までに全体の 22%、11 年末までに

16%まで抑制

④ 11 年の財政赤字をGDP比 5.0%以下に抑制(従来見込みは 5.3%)

⑤ ドンの対ドル基準レートの大幅切り下げ(約 9.3%)

11 年 4 月のドン下落圧力緩和策

⑥ 外貨預金に対する準備率の 高 4%から 6%への引き上げ(6月に、さらに 7%まで引き上げ)

⑦ 4%台半ばであった個人向けドル建て預金の上限金利の 3%への引き下げ(6 月に、さらに 2%まで引

き下げ)

11 年 6 月のドン下落圧力緩和策

⑧ 国営企業に対し、11 年 7月以降、保有するドルを国家銀行に売却することを義務付け

(資料)各種報道

(2) 緊縮政策は当分続けるべき では、ベトナム経済の安定回復には、どのぐらいの時間が必要だろうか。言い換えれば、

ベトナムはいつまで緊縮的な経済運営を続けるべきであろうか。

例えば、インフレを一桁台まで引き下げることを目標とするならば、前月比でみたCP

I上昇率がすでに減速している10ことを考慮すれば、そう遠くない将来に実現できるだろう。

しかし、外貨準備をみると、適正水準は輸入の 3 カ月分と言われているが、11 年 5 月時

点で 1.75 カ月分に過ぎない。外貨準備が下げ止まったとはいえ、輸入も増加傾向にあるた

め、適正水準に戻すには、足元 11 年 10 月から、さらに 1 年以上の時間が必要だろう。外

貨準備がこのような低水準では、仮にリーマン・ショックのような大きな外的衝撃が生じ

た場合、景気下支えのための歳出拡大余力が非常に限られてしまう。

また、長く戦争を経験したベトナムでは、もともと自国通貨や銀行に対する国民の信認

が低く、資本逃避が起こりやすい土壌があるとみなされてきた。そのうえ、80・90 年代に

ハイパーインフレを経験したことに加え、 近も 08 年・11 年と短期間に 2 度も 20%を超

える高インフレを招いてしまったため、ドンに対する国民からの信認回復には、相当長い

時間を要するだろう。

こうした状況を踏まえると、少なくとも 12 年いっぱいは現行の緊縮政策を続け、外貨準

備の積み増しに注力するのが望ましい。13 年以降も、むやみに高成長を目指してよいとい

うことではなく、インフレ抑制を常に心がけ、ドンへの信認回復に努めるべきであろう。

11 年 9 月、ダム官房長官11は、緊縮政策を今後数年続けるとした。経済安定化を図る上で、

大変に望ましい方針である。10 月には、5月以来となる利上げも実施された。

10 原数値で、11 年 4月の前月比+3.32%(年率+48.0%)がピークで、9月には+0.82%(年率+10.3%)

まで減速している。 11 Minister and Head of the Government Office

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(3) 緊縮政策にもかかわらずドン下落圧力復活 しかし、緊縮政策が続いているはずであるにもかかわらず、ドンの対ドル為替レートは、

11 年 8 月中旬以降、再び下限に張り付いてしまった(図表 6)。直接的な原因は、11 年 8

月 8日に急騰した国内金価格を沈静化させるため、8月 9日以降、国家銀行が金の輸入を断

続的に許可していることである。外国為替市場では、金の輸入代金としてドルの調達が増

し、ドル買い・ドン売りが促される。

図表 9 金のベトナム国内価格(ホーチミン)と国際価格(ロンドン)

1,450

1,500

1,550

1,600

1,650

1,700

1,750

1,800

1,850

1,900

1,950

11/07

11/08

11/09

11/10

(年・月・日)

ホーチミン

ロンドン

(ドル/トロイオンス)

(資料)サイゴンジュエリー、ザ・ブリオン・デスク

8月8日

この金投資ブームは当初、世界的な金価格高騰に刺激された、単なる一過性の現象に過

ぎないという可能性もあったが、国内・国外とも金価格高騰はすでに一服しているものの、

国家銀行による金の輸入許可は続いている。足元、内外価格差はむしろ開いており(図表 9)、

金輸入量をさらに増やさなければ価格差解消は難しい情勢である。やはり、金投資ブーム

の根底にはドンへの不信感、先安感があるとみるべきであろう。

ドンの先安感が根強いのであれば、ペッグにこだわらず、漸進的に為替レートを切り下

げるべきだが、基準レートはあまり動いていない。国家銀行によるドル売り・ドン買いが

続いているとみられ、外貨準備は再度減少傾向となった可能性がある。

(4) 緊縮政策は本当に続いているのか ダム官房長官の発言通り、緊縮政策が本当に続けられているのかについても、よく観察

する必要がある。実質GDP成長率を振り返ると、11 年前半の前年比+5.6%に対し、7~9

月期は+6.1%となっており、緊縮政策と言いながらも、景気は加速しているのが実態だか

らである。名目公共投資をみると、年前半が▲3.0%であったのに対し、1~9月期は+7.5%

と急回復している(いずれも速報ベース)。

また、毎年 1月に行なわれてきた 低賃金引き上げが、11 年 10 月に 2カ月前倒しで実施

されたことも気がかりである。地域等によって異なるが、 低賃金は、27.3%から 68.7%

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も上昇したという12。実質小売売上高の推移をみると、10 年通年が+14.0%であったのに対

し、11 年 1~3月期+8.7%、1~6月期+5.7%、1~9月期+3.9%(いずれも速報ベース)

となっており、インフレによる実質賃金の伸び悩みで消費が減速していたことが窺えるが、

11 年 10~12 月期以降、 低賃金の引き上げに伴い、消費の回復はほぼ確実な情勢ではない

か。

実質GDP成長率目標は、11 年が+6.0%、12 年が+6.0~+6.5%となっている。公共

投資増や賃金引き上げといった 近の動きが、こうした成長率目標の達成を念頭に置いて

いるのであれば、従来の経済成長重視路線に戻ってしまったことになる。前述の通り、ベ

トナムには現在、深刻な雇用問題は生じていないはずで、政府が無理に成長率目標を達成

しなければならない理由はない。

ダム官房長官の言葉通り、本当に緊縮政策が続けられるのか、11 年 10~12 月期から 12

年にかけての政策動向を注視してゆく必要があろう。

4.12 年以降の経済成長をどうみるか

ベトナム政府は、11~15 年の 5カ年計画において、平均経済成長率目標を+6.5~+7.0%

と定めた13。しかし、10 年に+6.8%の実質GDP成長を達成した際、翌 11 年にインフレの

加速がもたらされており、この目標が本当に妥当なのか、疑問が残る。現時点で判断する

限り、インフレを加速させずに実現できる経済成長率は、おそらく+6.0%の周辺ではない

か。

無論、経済・産業構造を改革することにより、中期的な経済成長率を引き上げることは

可能である。先述の通り、ベトナム経済の構造的な弱さを象徴するのが、裾野産業が集積

していないことである。ベトナムでの現地ヒアリングでは、バイク、電機・電子産業では

徐々に裾野産業の集積が進み始めているが、ベトナム政府が重視する自動車産業など多く

の産業では、現時点では市場規模が小さすぎて裾野産業の集積は期待できない、との見方

が大勢であった。つまり、輸出型であれ内販型であれ、裾野産業を育成するためには、ベ

トナムが得意とする労働集約的な加工組立型工程のメーカーをさらに多数誘致する必要が

ある。

では、加工組立型メーカーの誘致を加速することはできるだろうか。近年、労働力(ワ

ーカー)不足や賃金上昇が問題となっている現状を踏まえると、それほど容易とは思えな

い。ベトナムでは、10 年時点で就労者の 48.7%が農林水産業に従事しており、労働力の潜

在的な供給力はまだまだ大きいが、現地ヒアリングによると、ベトナムの農民は出稼ぎを

12 「10 月から 11 年 2 回目の 低賃金引き上げ-内外企業の 低賃金を統一」(日本貿易振興機構『通商

弘報』2011 年 8 月 29 日) 13 “5-year economic development plan doesn’t win economists’ hearts” (VietNamNet Bridge September 27, 2011)

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嫌う傾向にあるという。主たる理由は、①農業資源が豊かなベトナムでは、出稼ぎに行か

なくとも生活に困らない(都会の住宅面積が狭いことを考慮すれば、生活環境は悪化する

恐れもある)、②家族と一緒に住みたがる傾向が強い14、という 2点である。

労働力供給が制約されることを前提にすると、裾野産業の発展を促すことを通じて経済

成長率を引き上げるには、かなり時間がかかりそうである。今後 10 年を睨み、発電所や道

路といったインフラの建設、教育・訓練の向上、規制緩和などの努力を地道に続けて投資

環境を改善しつつ、対内直接投資を拡大し、時間をかけて裾野産業の集積を待つしかなか

ろう。

ベトナム政府は、こうした状況を踏まえたうえで、腰を据えて経済運営に臨むべきであ

る。身の丈に合わない高い経済成長目標を掲げても、実現することは難しいと思われる。

5.終わりに―経済成長至上主義との決別を

従来のGDP目標重視路線を続けると、経済はいずれ不安定化する可能性が高い。ベト

ナム政府は、経済運営を安定重視路線に変えるべきである。

欧米先進国をはじめ、韓国、タイなどでは、中央銀行の独立性が高く、金融政策を自ら

決定し、物価の安定に責任を負う。これが、インフレを押さえ込み、経済を安定させる一

般的な手法である。ただし、ベトナムなどの旧社会主義国では、共産党に権限が集中して

おり、中央銀行の独立性は低い15。そうした政治的理由から、中央銀行が物価の安定に責任

を持つ体制に移行することは、当面、困難であろう。

中央銀行が責任を持つ体制への移行が困難であれば、共産党・政府が主体的に、経済の

安定に配慮しなければなるまい。具体的には、実質GDP成長率ではなく、第一に物価と

国際収支(経常収支・外貨準備)、第二に雇用を重視して、マクロ経済政策を決めるべき

である。11 年後半のベトナム経済に当てはめて考えれば、インフレが前年比二桁上昇で推

移し、(おそらく)8 月中旬以降に外貨準備が減少し、失業率が 00 年以降 低を更新して

いるという状況であるから、年後半にGDP成長率を高めるべく歳出を拡大したり、利下

げを行なったりすることは不適切、ということになろう。

ベトナムと同じ旧社会主義国の中国の経済運営は、一つの参考になる。中国は、GDP

目標を掲げているものの、前年実績対比で低めの、実現可能性が高い目標を設定している。

このため、無理にGDP成長率を高める必要が薄く、実質的に、経済の安定にも配慮する

ことが可能となる。ベトナムの実質GDP成長率は、11 年に 6%程度となると見込まれる

が、12 年の目標は、例えば 5%程度が妥当ということになる。

あるいは、毎年のGDP成長率目標の設定自体を、止めてしまうことも検討すべきでは

14 ベトナムのワーカーは、他人と一緒に住むのを嫌がる傾向にある。中国では、遠隔地からのワーカーを

集めるために寮が作られることが多いが、ベトナムで寮を作っても、効果は限られるとの見方もあった。 15 11 年 1 月の新中央銀行法施行で、独立性はある程度高まったとされるが、先進国とは状況が異なる。

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ないか。実際、多くのアジア主要国では、歳入見通しの前提などとしての、一種の参考値

としてGDP成長率の見通しを掲げてはいるものの、それを毎年の目標として政策的に実

現しようとはしていない。

いずれのやり方を採用するにせよ、ベトナムの場合、経済が安定を維持していけるかど

うかは、経済成長至上主義と決別できるかにかかっている。

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参考文献

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ート銀行・みずほ総合研究所『金融市場ウィークリー』2008 年 6 月 20 日号)

――――(2008c)「ベトナム経済は安定に向かっているか~今後のCPIが 大の焦点~」

(みずほ総合研究所『みずほアジア・オセアニアインサイト』2008 年 8 月 7日)

――――(2008d)「ベトナム通貨危機説の背景について~経済指標は改善方向、ただしイ

ンフレ懸念は残る~」(みずほ銀行・みずほコーポレート銀行・みずほ総合研究

所『みずほリサーチ』2008 年 10 月号)

――――(2008e)「08 年ベトナム経済の変調を振り返って ~何が起こったのか、政府は

どう対応したのか、今後どうなるのか~」(みずほ総合研究所『みずほリポート』

2008 年 11 月 26 日)

――――(2009)「ベトナム経済に不安定化の兆し ~景気対策主導の成長率上昇に限界

が近づく~」(みずほ総合研究所『みずほアジア・オセアニアインサイト』2009

年 10 月 2 日)

――――(2010)「ベトナム:外貨準備減少は止まるのか ~景気加速よりも外貨準備増

加に注力すべき~」(みずほ総合研究所『みずほアジア・オセアニアインサイト』

2010 年 10 月 14 日)

――――(2011)「ベトナムは通貨危機を回避できるか~今は経済成長率の高低にこだわ

る局面ではない~」(みずほ銀行・みずほコーポレート銀行・みずほ総合研究所

『みずほリサーチ』2011 年 3 月号)

IMF (2008), De Facto Classification of Exchange Rate Regimes and Monetary Policy

Frameworks -- as of April 31, 2008

http://www.imf.org/external/np/mfd/er/2008/eng/0408.htm

The World Bank (2011), Taking Stock - An Update on Vietnam’s Recent Economic Developments