6
ミツバチ科学 17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNA フ ィ ンガ ー プ リン ト法 に よ る ミツバ チの血縁構造 と精子利用 の解析 意外 に知 られていない ことに, ミツパテ女王 の多回交尾がある.女王 は 1 回 しか交尾 しない と思 っている (信 じて いる)方 が多 いが, セイ ヨウ ミツバチの女王 は,7 から 17 匹の雄(平均 8 個体)と交尾することが報告されている (Taber,1955;Taberand Wendel,1958; Gary,1963;Adamseta1.,1977;Kerreta1 ., 1980).交尾 したすべての雄 の精子が受精 に使 われれば, コロニーには父親の異なるワーカー が混在す ることになる.膜廼 目昆虫の場合,未 受精卵(染色体の数が nの単数体) はオス,受 精卵 (染色体の数が 2n の倍数体) はメスとな る.単数体のオスがつ くる精子 は,組み替えや 染色体の再配分が起 こらないので,すべて遺伝 的 に同一 であ る. したが って, 同父姉妹 同士 の 染色体 は,父親 由来 の半 分 は 1の確率 で共通 で あり (1/2×1-1/2) ,母親 由来 の半分 は 1対 の相 同染色体 の どち らを受 け継 ぐか によ って 1 /2 の確率で共通である (1/2×1/2-1/ 4).よって,同父姉妹問の遺伝的血縁度 は,辛 均 して 1/2+1/4-3/4 と期待 され る. これ に対 し,異父姉妹間の場合,父親か ら受 け継 ぐ 染色体は,父親間に血縁がなければ確率 1で全 く異 な るため (1/2×0-0) ,血縁度は平均 し 0+1/4-1/4 と期 待 され る. この よ うに 血縁度 が大 き く異 な る同父 ・異 父姉妹 の ワーカ ー問で血縁認知がなされ,共同の度合が違 うの か とい った問題 は, なぜ ミツバ チで社会性 が進 化 し,維持 されているのか,その要因を考える 上 で重要 な問題 であ る. ミツバチに限 らず個体間の血縁解析 には,何 らかの遺伝的マーカーが必要である.そのよう な遺伝的マーカーと して は, これまで酵素多型 佐藤 俊幸 や突然変異 によ る体色 の違 いの利用 が試 み られ て きた (LaidlawandPage,1984 な ど).しか しなが ら,前者 の方法 で は父親鑑 定 で きる個体 がある特定の遺伝子型を持っ個体に限 られた り,後者の方法では父親判定が突然変異による 体色変化 に もとづ くため,体色の違 いが個体識 別 に与 え る影響 や,突然 変異 の系統 を用 い るた め,果た してその結果がそのまま自然のコロニ ーにあてはめ られ るのか, とい った問題 があ っ た. 近年,Jeffreyseta l. (1985)が ヒトで多大 な多型性を示す ミニサテライ トDNAを発見 し, それをプ ローブと したサザ ン- イ ブ リダイ ゼーションにより個体問の血縁判定が可能 とな った (DNAフィンガープ リン ト法).最近 マス コ ミの報道 に も しば しば登場 す るよ うに, この よ うな DNA 鑑定 は, ヒ トの犯罪捜査や父子判 定 な どで, 司法的 に も利 用 されて いる. これ ま で ミツバチで行 った DNAフィンガープ リント には,合成 したオ リゴヌク レオチ ド (GATA) 4 を プ ロー ブと した Mor・itzeta l. (199 1 ),M13 ファージをプローブとした Blanchetot (199 1),また,PCR 法 によ りランダムに増幅 した DNAの 多 型 を 解 析 した も の と して は Fondrketa l. (1993) が あ った.本研究 で用 い たプローブは,専修大の増子恵一氏がツヤクシ ケア リの DNAか らク ローニ ング した もので, チ ミンが多数連続 した配列 を持っ.同 じ勝越 目 のア リか ら得 られた DNAをプローブとするこ とによって,血縁解析に有効な DNAフィンガ ープ リン トが得 られ ることが期待 され る. 本研究では, ア リか ら得 られた DNA (pMy 7) をプ ローブと した DNAフィンガープ リン

ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

ミツバチ科学17(3):97-102HoneybeeScience(1996)

DNAフィンガープ リント法による

ミツバチの血縁構造と精子利用の解析

意外に知られていないことに, ミツパテ女王

の多回交尾がある.女王は 1回しか交尾 しない

と思っている (信 じている)方が多いが,セイ

ヨウミツバチの女王は,7から17匹の雄 (平均

約 8個体)と交尾することが報告されている

(Taber,1955;TaberandWendel,1958;

Gary,1963;Adamseta1.,1977;Kerreta1.,

1980).交尾 したすべての雄の精子が受精に使

われれば,コロニーには父親の異なるワーカー

が混在することになる.膜廼目昆虫の場合,未

受精卵 (染色体の数がnの単数体)はオス,受

精卵 (染色体の数が2nの倍数体) はメスとな

る.単数体のオスがつくる精子は,組み替えや

染色体の再配分が起こらないので,すべて遺伝

的に同一である. したがって,同父姉妹同士の

染色体は,父親由来の半分は 1の確率で共通で

あり(1/2×1-1/2),母親由来の半分は 1対

の相同染色体のどちらを受け継 ぐかによって 1

/2の確率で共通である (1/2×1/2-1/

4).よって,同父姉妹問の遺伝的血縁度は,辛

均 して 1/2+1/4-3/4と期待される.これ

に対 し,異父姉妹間の場合,父親から受け継 ぐ

染色体は,父親間に血縁がなければ確率 1で全

く異なるため (1/2×0-0),血縁度は平均 し

て0+1/4-1/4と期待される. このように

血縁度が大きく異なる同父 ・異父姉妹のワーカ

ー問で血縁認知がなされ,共同の度合が違 うの

かといった問題は,なぜ ミツバチで社会性が進

化 し,維持されているのか,その要因を考える

上で重要な問題である.

ミツバチに限らず個体間の血縁解析には,何

らかの遺伝的マーカーが必要である.そのよう

な遺伝的マーカーとしては,これまで酵素多型

佐藤 俊幸

や突然変異による体色の違いの利用が試みられ

てきた (LaidlawandPage,1984など).しか

しながら,前者の方法では父親鑑定できる個体

がある特定の遺伝子型を持っ個体に限 られた

り,後者の方法では父親判定が突然変異による

体色変化にもとづくため,体色の違いが個体識

別に与える影響や,突然変異の系統を用いるた

め,果たしてその結果がそのまま自然のコロニ

ーにあてはめられるのか,といった問題があっ

た.

近年,Jeffreysetal.(1985)がヒトで多大

な多型性を示す ミニサテライ トDNAを発見

し,それをプローブとしたサザン-イブリダイ

ゼーションにより個体問の血縁判定が可能とな

った (DNAフィンガープリント法).最近マス

コミの報道にもしばしば登場するように,この

ようなDNA鑑定は, ヒトの犯罪捜査や父子判

定などで,司法的にも利用されている.これま

で ミツバチで行ったDNAフィンガープリント

には,合成 したオリゴヌクレオチ ド(GATA)

4をプローブとしたMor・itzetal.(1991),M13

フ ァー ジを プ ロ ー ブ と した Blanchetot

(1991), また,PCR法によりランダムに増幅

した DNAの多型 を解析 したものと しては

Fondrketal.(1993)があった.本研究で用い

たプローブは,専修大の増子恵一氏がツヤクシ

ケアリのDNAからクローニングしたもので,

チミンが多数連続 した配列を持っ.同じ勝越目

のアリから得られたDNAをプローブとするこ

とによって,血縁解析に有効なDNAフィンガ

ープリントが得 られることが期待される.

本研究では, アリから得 られたDNA (pMy

7)をプローブとしたDNAフィンガープリン

Page 2: ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

98

トを開発し, ミツバチ・コロニー内の血縁構造

と女王の精子利用パターンを解析した.

材料 と方法

1)巣内血縁構造の解析

1992年と1993年の春に埼玉県の熊谷養蜂

場より購入し,東京都府中市の東京農工大学構

内で繁殖 させたセイ ヨウ ミツパ テ Apis

meLlifera のコロニーから,月別にオス (存在

する場合)と外勤に出ているワーカーを採集

し,-20℃で冷凍保存した.個体毎に頭部から

約 2〟gのDNAが抽出でき,それらを制限酵素

HaeⅢで切断した.1%アガロース・ゲル電気

泳動により断片を分離し,アルカリ変性により

一本鎖にした後ナイロン膜にトランスファーし

た.ツヤクシケアリから得られたプロ-ブpMy

7(32pで標識)を-イブリダイズさせ,オート

ラジオグラフィーを行 った.当初制限酵素

Hinf Iによる切断も行ったが,結果的に多型

を示すバ ンド数が少なか ったので,以後の

DNAサンプルではHaeⅢのみを使用した.

2)女王の精子利用パターンの解析

1993年の春に熊谷養蜂場から購入 した 1群

を分巣させ増やしたコロニーを材料とした.交

尾飛行後,約 4カ月経過 した女王の連続 した産

卵と産卵 した育房を記録 した.卵が酵化 した

後,2-3日齢になった幼虫及びそれらの女王

のDNAを個体別に抽出し,DNAフィンガー

プリントを行った.父親の違いの判定には,母

親由来のバンドを除いた,父親由来と考えられ

るバンドを用いて解析を行った.

結果と考察

1.巣内血縁構造の解析

まず,コロニー内のワーカー間の血縁関係の

解析に, DNAフィンガープリント法の適用を

試 みた結果 につ いて述 べ る (Satoh and

Obara,1996).

図 1にフィンガープリントの結果の 1例を

示す.両側のレーンは分子量のサイズ・マーカ

ーで,下にいくほど分子量が小さいDNA断片

を現す.個体ごとのDNAサンプルは,左から

女王とその娘バチ,右端が血縁関係のない他の

コロニーの娘バチである.すべての個体に共通

な,多型性のないバンドもみられるが,ここで

注目したいのは,個体により持っていたり持っ

ていなかったりする,多型性を示すバンドであ

る.女王のレーンの横に矢印で結んだ二本のバ

ンドは,他の女王の娘にはみられないが,この

女王の娘にはどちらか一方のバンドがみられ

る.このことは,それら二本のバンド(-DNA

断片,すなわち任意の遺伝子)は一対の相同染

色体の各々に分離しているDNA断片を表し,

減数分裂の過程でどちらか一方が娘に伝わって

いることを示している.下向きの矢印で示した

のは女王にみられないバンドで,1,3,5のワ

ーカーに共通してみられる.これらのバンドは

父親由来で,これらのワーカーは同父姉妹であ

ることを示唆している.同様に上向きの矢印で

示したバンドを共有 していることから, 2と7

のワーカーは同父姉妹であることが示唆され

る.

図2は女王とその息子 (雄蜂)のDNAフィ

ンガープリントの 1例である.この写真から分

かるように,息子のもっバンドはすべて女王も

持っている.このことは,息子はすべて末受精

卵から発生 したことを示す.矢印で結んだバン

ドは先と同様に一対の相同染色体の各々に分離

しているDNA断片を現 し,息子にはどちらか

一方が伝わっている.分子量 2.Okbから23.1

kbの範囲のフィンガープリントのバンドの数

は,メスの方がオスより約 2倍はど多いことも

分かった (表 1).このことは,単数倍数性の性

決定様式により,メスの染色体数が倍数 (2n)

であるのに対 し雄のそれが単数 (n) であるこ

とと対応している.以上のことは,DNAフィ

ンガープリントで検出しているバンドに関し,

異型接合性が高いことも示唆している.すなわ

ち,この方法の検出力の高さも保証 しているも

のと考えられる.

次に,個体間のバンド共有率に基づき,個体

間の平均血縁度の推定を行った (表 2:Reeve

eta1.,1992).同じコロニ-のワーカ-間の平

Page 3: ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

99

kb M n 1 2 3 4 5 6 7 8 M

図 1 女工(Q)とその娘 (1から9)及び他のコロニ

ーのワーカー(U)のDNA フィンガープリン

ト Il即.Ehiは分子品のサイズ・マ-カー,矢印で

結んだ2本のバンドは,対立迫伝子のrX・=J係に

あると考えられる.斜め上向き,あるいは斜め

下向きの矢印は,それぞれ同じ父親からメンデ

ル迫伝したと考えられる同じ分子量のバンド.

均血縁度 は 2つのコロニーでそれぞれ 0.395

と0.288と低 く,LaidlawandPage(1984),

Moritz(1986),HaberlandMoritz(1994)

らの研究結果と同程度の値を示 した.ちなみ

に,女王が多数のオスと交尾 し,異なるオスの

精子を受精の際均等に使う傾向がある場合,交

尾 したオスの数が多いほど.ワーカー問の平均

血縁度は0.25,すなわち異父姉妹間のそれに近

づくはずである.今回得られたような低い平均

血縁度の値は,セイヨウミツバチの女王が多数

のオスと交尾 し,それら父親の精子はある父親

由来の精子に偏 らず,卵を受精させる際均等に

使われる傾向があることを示唆する.

図 2 女王(Q)とその息子 (1から8)のDNAフィン

ガープリント 両端は分1-DTL:のサイズ・マ-カ

ー.矢印で結んだ2本のバンドは,対IT_逝伝子

の関係にあると考えられ,息了・にはどちらか一

方のみ伝わっている‥良子にみられるバンドは

全て女王にもみられ,雄は未受精卵から単為発

生することを示す.

2.精子利用

次に,女王の連続 した産卵と産卵 した巣部屋

を記録 し,卵が酵化 して幼虫 (2-3日齢)にな

ってからDNAを抽出し, フィンガープ リント

により女王の精子利用パターンを解析 した結果

について述べる (Sasakieta1.,1995).図3a

は,父親由来のバンド共有率にもとづき,群平

均法によりクラスター分析を行った例のひとつ

である.この場合バンド・パターンの類似性か

ら,AからF6つのクラスターが識別でき, し

たがって Aか らF6つの父系があると推測さ

れた.また,図 3bに示すように,連続 した産卵

において異なる父親由来の精子が使われてお

り,また 1か月はど経ってからも同 じ父親由来

Page 4: ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

100

蓑 l DNAフィンガープリントにおける雄と雌の

バンド数

平均値 標準偏差 サンプル数

雌 バ チ 13.7 3.7 32

雄バチ 6.2 10 21

の精子が利用されていることから,貯精蛮中の

精子は混ざった状態で維持され,複数の父親の

精子が長期間ランダムに受精に利用されている

ことが示唆された.また,図 4に示すように,

父親を同じくする幼虫が巣板のある場所に集中

する傾向はみられず,空間的にも精子はランダ

ムに利用されていることが示唆された.また,

表 3には,A,B2個体の女王が同じ日に,ある

いは観察期間を通 して産んだ卵からかえった幼

虫間の平均血縁度 (r)と,すべての父親由来の

精子が受精の際均等に使われたと仮定して推定

した父親数から計算 した幼虫間の平均血縁度

(G) の期待値を示 した.女王 Aは有意に偏っ

た精子の使い方をしていたが,交尾 した雄間に

△ 7/30 0 8/13 *9/16

蓑2 ワーカー間の平均血縁度 (推定値)

平均値 標準偏差 サンプル数

コロニーA 0.395 0.144 36

コロニーB 0.288 0.254 55

血縁がある場合は,たとえ各雄の精子が均等に

使われたとしても, rの値は期待値より高 くな

るので,注意を要する.その可能性を除くには,

人工授精の技術を用いて,血縁関係のない複数

のオスの精子を女王に授精させるといった工夫

が必要であろう.一方女王 Bの産んだ卵の平均

血縁度は,交尾 した各雄の精子を均等に使った

場合期待される値と統計的に有意差がなかっ

た.

以上のことから,精子は交尾後十分混ざった

状態で受精に利用され,父親が同じ幼虫がある

特定の時期に一斉に発生することはなく,その

結果コロニー内の平均血縁度が低く保たれる一

方,ワーカー間の迫伝的多様性も保証されてい

b

△○ *○ * *○*00**○*○

FatherI

A B C D E F

7730 1 ○

8/13 ー ○3 04 ○5 ○6 07 ○9 0

9′一〇 I 02 ○3 ○5 ○

6 ○7 ○8 ○

図 3 (a)ワーカーの父親由来バンド共有率に基づいたクラスター解析.バンドの頬似度からAからF6つの

父系の存在が推定される (b)産卵された順番と父系.異なる父親の精子が,ランダムに受精に使われ

ることを示唆.また,同じ父親の精子は長期にわたって使用されることも分かる

Page 5: ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

101

●A ⑳ B ㊤c O D ⑬ E ●F

図4 巣坂上でのブルードの父系の分布

AからFの父親由来の精子は,受精の際空間的にもランダムに使用されていることを示唆している

ることが示唆された.

女王の多回交尾の進化の適応的意義について

は,(1)コロニーの追伝的多様性を増加させる

ことにより,コロニーの採餌効率などを増加さ

せるためのコロニー ・レベルの選択圧による

(Page,1980)という説,(2)コロニー内の平

均血縁度を下げることによりワーカー同士結託

する可能性を滅らし,コロニーをより安定にす

るという説 (Pamilo,1991),(3)あるいは,コ

ロニー内の平均血縁度を下げることにより,女

王が生産する繁殖虫の性比をめぐるワーカ-と

の対立 に勝っための女王側の戦略 (Queller,

1993)といった説がある.今回の結果は従来の

報告とともに,それらの仮説が成り立っ基盤を

与えるものと考えられる.それらの仮説を検証

した実験的研究としては,Pageetal.(1995)

や Woyciechowski and Warakomska

(1994)などがある.前者の研究では,コロニ

ー内の遺伝的多様性が高いほど,コロニーが失

敗する確率は下がることを示唆 している.一方

後者の研究は,ワーカーの遺伝的多様性とワー

カーが集める花粉の種の多様性とは相関 しない

ことを報告 している.いずれにせよ,コロニー

内の遺伝的多様性が進化する要因に関 して,決

定的な結論はでていないと考えられる.今後多

回交尾の進化の適応的意義について,さらに実

表 3 ワーカー間の平均血縁度:推定値(平均値±標準偏差;( )内はサンプ

ル数)と,女王が交尾した各雄の精子が平等に使われた場合の期待値

産卵日 推定値 期待値

女王A 8/13 0.437±0.097 (21)* 0.350

9/16 0.484±0.117 (21)* 0.350

7/30-9/16 0.469±0.126 (105)* 0.333

女王B 8/6 0.319±0.185 (15) 0.375

7/13-8/21 0.253±0.154 (45) 0.321

*は推定値と期待値の間にt検定で有意差 (p<0.05)があった場合

Page 6: ミツバチの血縁構造と精子利用の解析 - TAMAGAWAlibds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/608/1/17-3...ミツバチ科学17(3):97-102 HoneybeeScience(1996) DNAフィンガープリント法による

102

証的な研究が蓄積される必要があるだろう.

最後につけ加えると,今回使用 したツヤクシ

ケアリ由来のプローブ bMy7)を用いると,セ

イヨウミツバチ以外にニホンミツバチやマル-

ナバチ,アシナガ/ヾチの仲間 (小野,川添,五

十嵐,私信), ヤマアリやオオアリの仲間 (村

上,真田,私信),ヒメバチの仲間 (大林,私信)

といった昆虫でも良好な DNA フィンガープ リ

ントが得られることが分かっている.このプロ

ーブは膜題目昆虫全般に有効ではないかと期待

される.

謝 辞

実験の御指導やプローブの使用などにおいて,松

本忠夫教授 (東京大 ・教養学部)と増子恵一博士 (専

修大 ・経営)に大変お世話になりました.深く感謝いたします.

(〒183 府中市幸11け3-5-8

東京jB工大学農学部獣医学科)

引用文 献

Adams,∫.E.Detal.1977.Genetics86:583-

596,

Blanchetot,A.1991J.Heredity82:391-396.

Fondrk,M.K..PageR.E.Jr.andHuntG.∫.

1993,Naturwissenshaften80:226-231.

Gary,N.E.1963.I.Apic.Res.23-9,

Haberl,M.andR.F.A.Moritz.1994.Ins.Soc.

41:263-272.

Jeffreys,A.J.eta11985 Nature314:67-73.

Kerr,W.E.etal.1980.Rey.Bras.Genet.111:

339-344.

Laidlaw,H.H.Jr.and PageR.B.Jr.1984.

GenetlCS108.985-997.

Moritz,R F.A.1986.Experientia42:445-448.

Moritz,R.F.A.etal.1991. Naturewissen-

shaften78二422-424.

Page,R.E.1980.Genetics96:263-273.

Page,R.E.etal.1995.Behav.Ecol.Sociobiol.

36.387-396

Pamilo,P 1991.Am.NaL 138:412-433.

QuellerD.C.1993.Am.Nat.142:346-351

Reeve,H.K.,D.F WestneatandD.C.Queller

1992.MoIEcol.1:223-232

Sasaki,K"T.SatohandY.Obara.1995.App).

Entomol.Zoo1 30.335-341.

Satoh,T.andY,Obara.1996.Appl.Entomol.

Zool.31:148-W151.

Taber,S.1955.∫.Econ.Entomol.48:522-525.

Taber,SandJ.Wende11958.J.Econ.Entomol.

51A786-789

WoycleChOWSkl,M andZ.Warakomska.1994,

J.Ethol.12:163-167.

TosLITYUKl,STOH.Geneticstructureandsperm

utilizationinEuropeanhoneybeecolonies:DNA

fingerprinting Analysis. Honeybee Science

(1996)17(3):97-102.DepartmentofVeterinary

Medicine,FacultyofAgriculture,TokyoUni-

versityofAgricultureandTechnology,Fuchu,

Tokyo183,Japan,

To analyse intra-colonlalgeneticstructure

andhow thespermatozoaderivedfrom differ-

entmalesareusedforFertilizat10nbythemuト

tiplymatedqueens,theobservationsontheir

ovipositionalbehaviorandthepaternitydeter一

minationoftheiroffspringbyDNAflngerPrint-

1ngWereCarriedout.Itwasshownthatsperm

from differentmalesisusedunpreferentially,

resulting in the co-existence of workers

一atheredbydifferentmales,Withlow average

relatednessinthecolony.