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529 ●症 要旨:52 歳女性.進行非小細胞肺癌に対してゲフィチニブ開始約 2 カ月後に,下腿に多発する浸潤性紫斑 および下血が出現し,本院に入院した.皮膚生検では真皮浅層にフィブリノイド変性を伴った白血球破砕性 血管炎の像がみられ,蛍光抗体直接法にて血管壁に C3 の沈着が認められたことから Henoch-Schönlein 紫 斑病と診断した.安静およびステロイド外用薬,止血薬にて経過観察したところ下血と紫斑は徐々に軽快傾 向を示したが,痒みを伴う痤瘡様皮疹が悪化し,ゲフィチニブを中止した.休薬後に皮疹は消失したが,CEA が上昇したため 2 カ月後にゲフィチニブを再開.痤瘡様皮疹は再燃したが,紫斑はみられず,2 年半を経過 した現在もゲフィチニブを継続している.成人発症の Henoch-Schönlein 紫斑病では悪性腫瘍の合併が比較 的多いとされる.ゲフィチニブ投与中に浸潤性紫斑がみられた場合,薬疹だけでなく腫瘍随伴性血管炎の可 能性も念頭におく必要がある. キーワード:非小細胞肺癌,ゲフィチニブ,血球破砕性血管炎,Henoch-Schönlein 紫斑病, 腫瘍随伴性血管炎 Non-small cell lung cancer,Gefitinib,Leukocytoclastic vasculitis, Henoch-Schönlein purpura,Paraneoplastic vasculitis ゲフィチニブ(gefitinib)は 2002 年にわが国におい て承認された上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキ ナーゼ阻害薬(TKI)である.発疹,瘙痒症,皮膚乾燥 などの薬剤性皮膚障害が高い頻度で認められ ,患者に とっても医療者にとっても避けられない問題となってい る.通常は皮膚症状をコントロールしながらゲフィチニ ブ投与を継続するが,皮疹が重症化した場合,肺癌に対 する治療効果が良好であってもゲフィチニブの中止が必 要となることがある.今回我々は,ゲフィチニブ内服中 に Henoch-Schönlein 紫斑病を発症し,薬疹ではなく肺 癌に伴う腫瘍随伴性血管炎(paraneoplastic vasculitis) と診断し,ゲフィチニブ投与を継続することのできた症 例を経験した. 症例:52 歳,女性. 主訴:両下肢の点状紫斑,下血. 既往歴:特記事項なし. 生活歴:専業主婦. 喫煙歴:なし. 家族歴:特記事項なし. 現病歴:2006 年秋頃より乾性咳嗽を自覚したため, 2007 年 1 月 近 医 を 受 診.胸 部 X 線,CT に て 左 B 9! 10 最大径 53mm の腫瘤陰影が認められたため,2 月に当院 を紹介され,経気管支生検により非小細胞肺癌と診断さ れた.臨床病期 T2N2M0,Stage IIIAとして左肺下葉・ 舌区域切除および縦隔リンパ節郭清術を施行されたが, 術後 1 カ月目に肝 S4 に 18mm の転移巣が出現.シスプ ラチン(cisplatin)とビノレルビン(vinorelbine)によ る化学療法を開始したが奏効せず,腫瘍組織の上皮成長 因子受容体(EGFR)遺伝子解析を行ったところ exon19 領域において欠失変異が認められたため,同年 7 月中旬 よりゲフィチニブを開始した. ゲフィチニブ開始 3 週後には,CEA は 7.2 から 5.1ng! ml まで低下し,肝転移巣は 18 から 14mm まで縮小し た.ゲフィチニブによる皮膚障害としては,4 日目より 顔面・四肢・体幹に瘙痒を伴う毛孔一致性の紅斑,丘疹, 膿疱が出現し,4 週目より指趾の爪甲周囲に浸出液を 伴った紅斑,腫脹,肉芽がみられたが,いずれもNational Cancer Institute-Common Terminology Criterial for Ad- verse Events(NCI-CTCAE)v 3.0 Grade 1 から 2 の重 ゲフィチニブによる薬疹との鑑別に苦慮した Henoch-Schönlein 紫斑病の 1 例 野里 恭子 森島 祐子 古田 淳一 藤田 純一 宮崎 邦彦 小川 良子 菊池 教大 坂本 檜澤 伸之 〒3058576 茨城県つくば市天王台 1―1―1 1) 筑波大学大学院人間総合科学研究科呼吸病態医学分野 2) 皮膚病態医学分野 (受付日平成 22 年 1 月 27 日) 日呼吸会誌 48(7),2010.

ゲフィチニブによる薬疹との鑑別に苦慮し …Fig. 3 (A) Papulopustular rashes on the lower extremities. (B) Hematoxylin-eosin staining of the papu-lopustular lesions

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Page 1: ゲフィチニブによる薬疹との鑑別に苦慮し …Fig. 3 (A) Papulopustular rashes on the lower extremities. (B) Hematoxylin-eosin staining of the papu-lopustular lesions

529

●症 例

要旨:52歳女性.進行非小細胞肺癌に対してゲフィチニブ開始約 2カ月後に,下腿に多発する浸潤性紫斑および下血が出現し,本院に入院した.皮膚生検では真皮浅層にフィブリノイド変性を伴った白血球破砕性血管炎の像がみられ,蛍光抗体直接法にて血管壁にC3の沈着が認められたことからHenoch-Schönlein 紫斑病と診断した.安静およびステロイド外用薬,止血薬にて経過観察したところ下血と紫斑は徐々に軽快傾向を示したが,痒みを伴う痤瘡様皮疹が悪化し,ゲフィチニブを中止した.休薬後に皮疹は消失したが,CEAが上昇したため 2カ月後にゲフィチニブを再開.痤瘡様皮疹は再燃したが,紫斑はみられず,2年半を経過した現在もゲフィチニブを継続している.成人発症のHenoch-Schönlein 紫斑病では悪性腫瘍の合併が比較的多いとされる.ゲフィチニブ投与中に浸潤性紫斑がみられた場合,薬疹だけでなく腫瘍随伴性血管炎の可能性も念頭におく必要がある.キーワード:非小細胞肺癌,ゲフィチニブ,血球破砕性血管炎,Henoch-Schönlein 紫斑病,

腫瘍随伴性血管炎Non-small cell lung cancer,Gefitinib,Leukocytoclastic vasculitis,Henoch-Schönlein purpura,Paraneoplastic vasculitis

緒 言

ゲフィチニブ(gefitinib)は 2002 年にわが国において承認された上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)である.発疹,瘙痒症,皮膚乾燥などの薬剤性皮膚障害が高い頻度で認められ1),患者にとっても医療者にとっても避けられない問題となっている.通常は皮膚症状をコントロールしながらゲフィチニブ投与を継続するが,皮疹が重症化した場合,肺癌に対する治療効果が良好であってもゲフィチニブの中止が必要となることがある.今回我々は,ゲフィチニブ内服中にHenoch-Schönlein 紫斑病を発症し,薬疹ではなく肺癌に伴う腫瘍随伴性血管炎(paraneoplastic vasculitis)と診断し,ゲフィチニブ投与を継続することのできた症例を経験した.

症 例

症例:52 歳,女性.主訴:両下肢の点状紫斑,下血.

既往歴:特記事項なし.生活歴:専業主婦.喫煙歴:なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2006 年秋頃より乾性咳嗽を自覚したため,

2007 年 1 月近医を受診.胸部X線,CTにて左 B9�10に最大径 53mmの腫瘤陰影が認められたため,2月に当院を紹介され,経気管支生検により非小細胞肺癌と診断された.臨床病期T2N2M0,Stage IIIAとして左肺下葉・舌区域切除および縦隔リンパ節郭清術を施行されたが,術後 1カ月目に肝 S4に 18mmの転移巣が出現.シスプラチン(cisplatin)とビノレルビン(vinorelbine)による化学療法を開始したが奏効せず,腫瘍組織の上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子解析を行ったところ exon19領域において欠失変異が認められたため,同年 7月中旬よりゲフィチニブを開始した.ゲフィチニブ開始 3週後には,CEAは 7.2 から 5.1ng�

ml まで低下し,肝転移巣は 18 から 14mmまで縮小した.ゲフィチニブによる皮膚障害としては,4日目より顔面・四肢・体幹に瘙痒を伴う毛孔一致性の紅斑,丘疹,膿疱が出現し,4週目より指趾の爪甲周囲に浸出液を伴った紅斑,腫脹,肉芽がみられたが,いずれもNationalCancer Institute-Common Terminology Criterial for Ad-verse Events(NCI-CTCAE)v 3.0 Grade 1 から 2の重

ゲフィチニブによる薬疹との鑑別に苦慮したHenoch-Schönlein 紫斑病の 1例

野里 恭子1) 森島 祐子1) 古田 淳一2) 藤田 純一1) 宮崎 邦彦1)

小川 良子1) 菊池 教大1) 坂本 透1) 檜澤 伸之1)

〒305―8576 茨城県つくば市天王台 1―1―11)筑波大学大学院人間総合科学研究科呼吸病態医学分野2)同 皮膚病態医学分野

(受付日平成 22 年 1月 27 日)

日呼吸会誌 48(7),2010.

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日呼吸会誌 48(7),2010.530

Fig. 1 Palpable purpura on the lower extremities

症度で,ステロイド外用薬にて対応した.しかし,治療開始 7週目より下腿優位に浸潤を触れる点状の紫斑が多発し,10 週目には下血も出現したため当院に入院となった.入院時現症:身長 161.7cm,体重 49.1kg,体温 36.6℃,

血圧 112�70mmHg,脈拍 90�分.表在リンパ節を触知せず,両下腿から臀部に一部癒合傾向のある径 2~3mmの浸潤性紫斑(Fig. 1),両側第 2~4指の爪囲に紅斑と腫脹,肉芽形成を認めた.胸部聴診上,呼吸音・心音に異常はみられなかった.入院時検査所見:Hb 11.9mg�dl と軽度貧血を認める

以外,血算,生化学に特記すべき所見なく,血清CEAも 2.3ng�ml まで低下していた.凝固系に明らかな異常を認めず,免疫グロブリン定量では IgA 181mg�dl,IgM268mg�dl,IgG 1,110mg�dl と軽度 IgMが増加していた.ゲフィチニブに対するリンパ球刺激試験(drug-induced lymphocyte stimulation test:DLST)は陰性であった.尿所見では血尿や蛋白尿などの異常所見はなかったが,便潜血は陽性反応を示した.入院時画像所見:胸部X線写真では左下葉切除後の

ため左横隔膜の挙上を認めたが,その他に明らかな異常陰影は認めなかった.また,腹部CTでは,術後 1カ月目にみられた肝転移巣はさらに 9mmまで縮小し,ゲフィチニブにて良好にコントロールされていると考えられた.病理組織学的所見:紫斑より皮膚生検を施行したとこ

ろ,真皮浅層の血管周囲に核塵を伴ったリンパ球と好中球からなる炎症細胞浸潤を,毛細血管壁にフィブリノイド変性を認め,白血球破砕性血管炎(leukocytoclasticvasculitis)の所見であった(Fig. 2A).蛍光抗体直接法でも血管壁の一部にC3の沈着が認められた(Fig. 2B).入院後経過:上記の病理組織学的所見に加えて下血も

認めたことからHenoch-Schönlein 紫斑病と診断した.Henoch-Schönlein 紫斑病の原因として,ゲフィチニブ

による薬疹の他,肺癌に伴う paraneoplastic vasculitisが考えられた.ゲフィチニブの治療効果が良好であったことから,ゲフィチニブの内服を継続し,安静のうえ止血薬投与およびステロイド外用薬にて対応したところ,ステロイドを全身投与することなく,下肢の紫斑および下血は徐々に軽快した.しかし紫斑と下血が改善する一方で,ゲフィチニブ開

始当初からみられていた一部に膿疱を伴う毛孔一致性の紅色丘疹は,入院後に下肢優位に増加した(Fig. 3A).同部位の皮膚生検では,角層下膿疱と毛包および血管周囲性の好中球主体の炎症細胞浸潤がみられ,EGFR-TKI投与中に出現する痤瘡様皮疹として矛盾しない像が認められた(Fig. 3B).NCI-CTCAE v 3.0 Grade 3 相当の痒みが出現したために入院 9日目よりゲフィチニブを休薬したところ,痤瘡様皮疹は消退傾向となり,11 月初旬に退院となった.しかしその後,血清CEAが 2.3 から4.8ng�ml へと再上昇傾向を示したため,同年 12 月よりゲフィチニブを再開し,現在に至るまで 2年半にわたりゲフィチニブを継続しているが,痤瘡様皮疹の再燃は認められているものの,紫斑の出現はない(Fig. 4).

考 察

薬剤使用中あるいは使用後に皮疹が出現した際,まず鑑別しなくてはならないのは薬疹である.抗菌薬や解熱鎮痛薬など代替薬の多い薬剤であれば“疑わしきは中止”でよいが,代替薬の少ない抗腫瘍薬では,その皮疹が薬剤性かどうか,また中止すべきかの判断が重要となる.EGFRは皮膚では表皮基底細胞,脂腺細胞,外毛根鞘

細胞などに発現し,皮膚の増殖分化に関与しているため,EGFR-TKI 投与中には痤瘡様皮疹や乾皮症,爪囲炎などの皮膚障害が高い頻度で認められる1)2).従来の抗腫瘍薬では薬疹が出現した場合,一部のプラチナ製剤やタキサン系薬剤で脱感作療法が行われることがあるものの,原因薬剤の中止が原則である.しかしEGFR-TKI においては,薬疹の発症機序がアレルギー反応ではなく,EGFRを介したシグナル伝達の阻害であると推測されていることから,NCI-CTCAE v 3.0 Grade 1~2 程度の皮疹では必ずしも治療を中止する必要はないとされている1).脱感作療法も通常行われない.加えて,EGFR-TKIの皮膚障害の程度と抗腫瘍効果との間に相関があることが報告され3),EGFR-TKI に限っては薬疹がみられても皮膚症状を可能な限りコントロールしながら薬剤投与を継続すべきであると考えられている.しかしながらNCI-CTCAE v 3.0 Grade 3 以上の皮疹がみられた場合には,Grade 2 以下に回復するまで休薬することを考慮すべきとされ2),本例のようにGrade 2~3 に相当する広範な皮疹に加え消化管出血などの他臓器症状がみられるケース

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ゲフィチニブ投与中に発症したHenoch-Schönlein 紫斑病 531

Fig. 2 (A) Hematoxylin-eosin staining of the purpuric lesion shows perivascular lymphocytic and neutro-philic infiltration with nuclear dust (arrows) and fibrinoid change (arrow heads) in the capillary wall (inset: detailed view). (B) Direct immunofluorescence demonstrates C3 deposits within the blood vessels.

A B

Fig. 3 (A) Papulopustular rashes on the lower extremities. (B) Hematoxylin-eosin staining of the papu-lopustular lesions shows subcorneal pustules (right upper inset) and neutrophilic infiltration around the blood vessels and the hair follicles (right lower inset).

A B

では,EGFR-TKI が原因となっている可能性が否定できない以上EGFR-TKI を減量あるいは一旦中止とする専門医も多いと思われ,薬剤を継続してよいものかの判断は非常に難しい.Henoch-Schönlein 紫斑病は IgA免疫複合体による III

型アレルギーを介した全身性の血管炎である.本例では,皮疹が触知可能な浸潤性紫斑であったこと,病理組織学的に真皮浅層の血管周囲に炎症細胞浸潤が認められ,核塵と血管壁のフィブリノイド変性を伴った leukocyto-clastic vasculitis の像を呈していたこと,血管壁へのC3の沈着がみられたこと,消化管出血を伴っていたことからHenoch-Schönlein 紫斑病と診断した4)5).血管壁へのIgA沈着がみられなかった点については,その検出率が

腎病変ではほぼ 100%であるのに対し皮膚病変では約70%にとどまることから,必ずしもHenoch-Schönlein紫斑病の診断を否定するものではないと考えられている5)6).発症要因としては β-溶連菌などの先行感染や薬剤などが知られるが4)5),成人発症例ではとくに悪性腫瘍に随伴するケースが多いことが報告されている5)~8).悪性腫瘍に起因する paraneoplastic vasculitis は決し

て稀な疾患ではなく,成人の血管炎全体の約 2.5~5%を占め6)8),そのうち約 5%がHenoch-Schönlein 紫斑病であると報告されている9).逆に,成人発症のHenoch-Schönlein 紫斑病における悪性腫瘍の合併率は約 29~43%と高率である6)8)10).随伴する腫瘍のタイプは para-neoplastic vasculitis 全体では血液悪性腫瘍が多いのに

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日呼吸会誌 48(7),2010.532

Fig. 4 Clinical course

対し,Henoch-Schönlein 紫斑病では肺癌をはじめとする固形癌が多いのが特徴である6)~10).Henoch-Schönlein紫斑病の病態成立に悪性腫瘍がどのように関与しているかについては未だ議論の余地が残されているものの,腫瘍に伴って免疫複合体のクリアランス低下や IgA抗体および腫瘍抗原の産生亢進が生じ,免疫複合体が過剰に生成され血管壁やメサンギウム領域へ沈着し炎症が生じるのではないかと考えられている6)11).また,腫瘍細胞と血管内皮細胞の抗原とが交差反応性を示すことで血管壁の傷害が惹起され11),さらには腫瘍によって血液粘稠度が増すことで免疫複合体が血管壁へより沈着しやすくなることも病態に影響している可能性も示唆されている12).本例は肺癌診断 7カ月後,肝転移出現 6カ月後に

Henoch-Schönlein 紫斑病を併発した.Mitsui らの解析によると,海外での報告では 28 例中 19 例(67.9%)においてHenoch-Schönlein 紫斑病発症後 4カ月以内に悪性腫瘍が診断されているのに対し,本邦では 40 例中 30例(75.0%)において悪性腫瘍の診断が先行し,治療開始後にHenoch-Schönlein 紫斑病が発症している8).Henoch-Schönlein 紫斑病が悪性腫瘍の病勢と同期して発症した事例や,悪性腫瘍の治療後にHenoch-Schönlein紫斑病が軽快した事例など両者の因果関係を強く示唆するケースがある一方で8)13)14),診断時期が 2年以上前後したケースも報告されており8),両疾患の時間的関係については事例によって様々である.

薬疹としてのHenoch-Schönlein 紫斑病についてはペニシリンやキニジンなどの報告があるものの5),EGFR-TKI に関連したものは,広義の leukocytoclastic vasculi-tis として 5例が報告されているにすぎない15)~18).いずれのケースにおいてもEGFR-TKI 開始 4~12 週後に紫斑が出現し,EGFR-TKI 中止あるいは減量によって紫斑は改善しているが,薬剤性皮膚障害であったか,para-neoplastic vasculitis であったかの明確な区別はなされていない.本症例では,肺癌の術後早期に再発を認め,ゲフィチ

ニブ内服約 2カ月後にHenoch-Schönlein 紫斑病を発症した.紫斑が出現した時点では薬剤性皮膚障害と para-neoplastic vasculitis のいずれの可能性も疑われたが,Henoch-Schönlein 紫斑病が EGFRを介したシグナル伝達障害ではなく,III 型アレルギー反応による疾患であり,EGFR-TKI によってもたらされる皮膚障害とは違う病態であること,紫斑はゲフィチニブ投与継続中に軽快傾向となったこと,またゲフィチニブ再投与後に痤瘡様皮疹のみ再増悪し,紫斑の再燃を認めなかったことから,痤瘡様皮疹は薬疹,Henoch-Schönlein 紫斑病については paraneoplastic vasculitis であった可能性が考えられた.つまり,紫斑出現時には肺癌は縮小傾向であったものの,ゲフィチニブ内服直前まで増悪傾向にあり,癌の病勢に伴って徐々に免疫複合体が形成され,Henoch-Schönlein 紫斑病を発症したと推測された.また,紫斑および下血がステロイドを全身投与することな

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ゲフィチニブ投与中に発症したHenoch-Schönlein 紫斑病 533

く安静と止血薬,外用薬のみで改善したことについても腫瘍の縮小が寄与した可能性がある.ただし,Henoch-Schönlein 紫斑病の病態が詳細に解明されていない現状ではこれは一つの推論であり,今後の研究成果の集積が待たれるところである.以上より,EGFR-TKI 内服中にHenoch-Schönlein 紫

斑病様の皮疹がみられた場合,ただちに薬疹と決め付けるのではなく paraneoplastic vasculitis の可能性も念頭におき,EGFR-TKI を継続することが可能かどうか慎重に判断する必要があると考えられた.

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日呼吸会誌 48(7),2010.534

Abstract

A case of Henoch-Schönlein purpura which was difficult to distinguishfrom a skin rash associated with gefitinib

Kyoko Nozato1), Yuko Morishima1), Junichi Furuta2), Junichi Fujita1), Kunihiko Miyazaki1),Ryoko Ogawa1), Norihiro Kikuchi1), Tohru Sakamoto1)and Nobuyuki Hizawa1)

1)Department of Pulmonary Medicine, Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba2)Department of Dermatology, Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba

A 52-year-old woman with advanced non-small cell lung cancer was admitted to our hospital with melena andpalpable purpura which appeared on her lower legs. She had been taking gefitinib for about 2 months before ad-mission. A skin biopsy revealed leukocytoclastic vasculitis in the superficial dermis and immunofluorescence alsoshowed the presence of C3 depositions within the blood vessel walls, which led to a diagnosis of Henoch-Schönleinpurpura. The purpura gradually improved with topical steroids and bed rest ; however, gefitinib had to be discon-tinued because of a growing papulopustular rash with intense itching, and as a result of the discontinuation, bothtypes of skin lesions resolved. Two months later, she resumed gefitinib treatment since her level of CEA began torise. Even though the papulopustular rash developed after the readministration of gefitinib, there had been no evi-dence of Henoch-Schönlein purpura recurrence during 2.5 years follow-up. It has been reported that adult onsetHenoch-Schönlein purpura is often associated with malignancy. This case, however, suggests that not only drugeruption but also paraneoplastic vasculitis should be considered in the differential diagnosis of palpable purpura inpatients with non-small cell lung cancer receiving treatment with gefitinib.