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シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 生貝直人 東京大学大学院情報学環客員准教授 科学技術振興機構さきがけ研究員(ビッグデータ基盤領域) 東京藝術大学特別研究員 1 シェアリングエコノミー検討会議 1201678This work is licensed under a Crea8ve Commons A<ribu8on 4.0 JP license . 資料1-7

シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 · シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 生貝直人 東京大学大学院情報学環客員准教授

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Page 1: シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 · シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 生貝直人 東京大学大学院情報学環客員准教授

シェアリングエコノミーと自主的ルール整備

生貝直人東京大学大学院情報学環客員准教授

科学技術振興機構さきがけ研究員(ビッグデータ基盤領域)

東京藝術大学特別研究員

1

シェアリングエコノミー検討会議第1回 2016年7月8日

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資料1-7

CS734439
長方形
Page 2: シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 · シェアリングエコノミーと 自主的ルール整備 生貝直人 東京大学大学院情報学環客員准教授

現代の情報経済における直接的な「政府規制」の困難

•  技術的・ビジネス的イノベーションの速度•  規制策定に必要な専門的知識•  安全・安心やプライバシー等、法による画一的定義が困難な領域の拡大

•  利用者への実質的規制能力(アーキテクチャ・利用規約等)を有するプラットフォームの台頭

•  グローバル環境での一国政府規制能力の限界•  表現の自由への配慮

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現代の情報経済における純粋な「自主規制」の困難

•  そもそも、ルールが作られない可能性•  ルール内容の不十分性、不公正性(スタートアップの排除や反競争性等)

•  実効性(エンフォースメント)の不足•  ルールを継続的に運用・執行しうる安定的な業界団体等の形成・維持の困難

•  消費者や利害関係者の参加不足(レジティマシーの問題、「当事者」とは誰か)

•  国際的な非整合性(ローカルルール化)3

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応答的対応

共同規制(co-regula8on)という概念

規制なし

特に規制の必要なく、市場自身が問題の発生を抑止あるいは解決している

自主規制

業界団体等による自主的な規制によって当該問題が適切に解決されている(政府による一般原則の提示は存在し得る)

共同規制

自主規制と政府規制の混合措置により問題が解決されている(政府の自主規制補強措置が存在する)

政府規制

目的とプロセスが政府によって定義されており、政府機関によるエンフォースメントが担保されている

英Ofcom[2008]Iden8fyingappropriateregulatorysolu8ons:principlesforanalysingself-andco-regula8on.より作成4

規制弱

規制強

•  自主規制の持つ柔軟性等の利点と、政府規制が持つ確実性等の利点を組み合わせ、イノベーション親和的な柔軟かつ確実なルール枠組を作り出す政策手法

•  市場環境や問題状況の推移に合わせ、ルール内容や政府関与度合いは応答的に変化し続けることを念頭に置いた、動態的な概念

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自主規制・共同規制によるルール形成と各国・各分野での実践

『情報社会と共同規制』勁草書房、2011年第1章 自主規制から共同規制へ第2章 共同規制のフレームワーク第3章 通信・放送の融合とコンテンツ規制第4章 モバイルコンテンツの青少年有害情報対策第5章 行動ターゲティング広告のプライバシー保護第6章 UGC・P2Pにおける著作権侵害への対応第7章 SNS上での青少年保護とプライバシー問題第8章 音楽配信プラットフォームとDRM第9章 共同規制方法論の確立に向けて 5

TheCommunityofPrac8ceforbe<erself-andco-regula8on(欧州委員会によるベストプラクティス共有組織)直近の検討課題・検討事例:ビデオ共有サイト基準、SNSの青少年保護、クラウドサービスの品質保証(SLA)、RFIDのプライバシー評価、オンライン広告の基準、ダイレクトマーケティング、オンラインゲームの青少年保護、フッ素化

合物の使用基準、ジュース品質、文化財修復士の行動規範、スポーツ賭博、科学研究倫理、子供食料品広告、ボトル水の衛生基準、データセンターの省エネ基準、、、、、

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欧州委員会 自主・共同規制実践共同体(CoP)「より良い自主・共同規制のための原則」

•  形成段階(Concep8on)–  参加者:できうる限りの潜在的かつ有用な主体を含む形で構成されるべき。–  オープン性:アクション(訳注:自主規制・共同規制)の構想は、オープンかつ全ての利害関係者を巻き込む形で準備されるべき。

–  誠実さ:参加者によって異なる能力を考慮し、アクションの範囲外で行われる諸活動についても当該アクションと一貫しているべきであり、参加者は成功に向けた真摯な努力へのコミットが期待される。

–  目的:明確かつ明瞭に設定され、達成目標と同時に評価指標を含むべき。–  法令遵守:アクションは、適用される法や、EU法・各国法が定める基本権を遵守するよう設計されていなければならない。

•  実施段階(Implementa8on)–  反復的な改善:迅速に開始すると共に、説明責任と「実行による学習(LearningbyDoing)のプロセス、全ての参加者の間での持続的なインタラクションを確保する。

–  モニタリング:十分にオープンに、そして全ての利害関係者からの尊敬を集めるような自律的な形で実施する。

–  評価:全ての参加者が、そのアクションを終了するのか、改善するのか、別のものに置き換えるのかを評価する。

–  紛争解決:時宜を得た注目を得ることを確保する。ルールへの違反は段階的なスケールの罰則の対象になる。

–  財政:参加者はコミットメントを満たすのに不可欠な手段を提供し、市民社会組織からの参加に対しては、公的資金等による支援を行うことが考えられる。

6ThePrinciplesforBe<erSelf-andco-Regula8on(2013)h<ps://ec.europa.eu/digital-single-market/best-prac8ce-principles-be<er-self-and-co-regula8on

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自主的なルールに含まれるべき要素①ルール策定段階

•  明確な「目的」の設定– そのルールは何のために作るのか、関係者の合意– 消費者保護、サービス提供者(労働者)保護、法令遵守、持続的イノベーション、解決すべき社会的課題、国際性等

•  マルチステイクホルダー性の担保– ルールは、ルールの影響を受ける利害関係者(消費者・サービス提供者・関連業界・政府機関等)が関与して作られたものであることが必要

•  目的を達成するための具体的ルール– いわゆる狭義の「ルール」。参加者規模の相違などの要素を考慮し、実行可能なルールを定める

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自主的なルールに含まれるべき要素②ルール実施段階

•  ルールをいかに運用するかのルール– 一般論として、この段階で特に独立した「第三者委員会」の役割が重要になる

•  エンフォースメントの仕組み– ルールが破られたときにどうするか(自律的に解決するか/放置するか/当局に任せるか)

– 紛争解決手続=ルールの解釈と適用、異議申立•  その前提としてのモニタリングと評価基準・手法•  定期的な枠組評価に基づく変更・撤廃手続き

→これら要素の多くを政府が担えば政府規制、多くを当事者が担えば自主規制、共同的であれば共同規制

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政府(DCMS・Ofcom)内容や時間帯での青少年保護、広告規制等の原則

業界団体(ATVOD・ASA)詳細な自主規制ルールの構築

第三者委員会の設置によるルール運用、紛争解決等

共同規制組織としての指名

・ルールの評価・罰則権限の保持・継続的な対話・評価と報告書受領等

規制強化の歯止め

例1:英国におけるネット動画サービスの共同規制

•  2007年、従来の放送メディア規制を部分的にネット分野(IPTV・VOD)に拡大適用するEU視聴覚メディアサービス指令(AVMS指令)への対応にあたり、英国は共同規制での国内実施を選択

•  基盤法を制定した上で、詳細ルール策定やエンフォースメントを業界団体に明示的に委任し、政府は補強的関与を行う

※ルール明確化や市場状況の変化に伴い、2016年にATVODの規制機能はOfcomに統合。さらに現在、AVMS指令の動画共有サービスへの拡大適用改正に向け、同分野での自主規制・共同規制メカニズムの検討が進む。

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例2:米国におけるプライバシー分野の「自主規制」

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FTCの配慮原則(透明性、消費者からのアクセス、セキュリティ等)

遵守

評価・罰則加盟・遵守

評価

各企業の活動とプライバシーポリシー(PP)への反映

消費者団体

評価

提言

評価

関連業界団体の自主規制ルール

PP違反や深刻な消費者被害への罰則(FTC法5条)

•  包括的な個人情報保護法を持たない米国では、ネット分野のプライバシー保護において、議会や市民から高まる規制強化論を背景に、FTC(連邦取引委員会)と業界の交渉に基づく「自主規制」での対応を強化

•  FTCが提示する「配慮原則」を反映し、業界団体が自主規制ルールを策定。エンフォースメントは原則として業界団体自身が担うが、深刻な消費者被害等に対してはFTCが消費者保護法制に基づき罰則を課す

※ただしルールの実効性の不足への批判が高まり、包括法を作る形での規制強化が進行中

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なぜ、ルールは自主的に作られ、守られるのか?=インセンティブ(動機)があるから

•  消費者・社会からの評判確保– 例:優良マークの策定・取得による競争優位

•  法的不確実性の縮減– 何が合法かを自主的に明確化していく必要性– 例:個人情報保護関連法制

•  必要以上に厳格な規制の抑止– 当事者が自主的に作らなければ、政府などから必要以上に厳格なルールが作られるリスク(いわゆる「規制の影」理論とも呼ばれる)

•  政府(法)による公式・非公式な要請– 例:青少年保護関連法制

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“CarrotorS8ck”「振興策」に裏付けられた自主規制・共同規制

•  政府調達基準– 例:米リハビリテーション法第508条では、連邦政府が調達するソフトウェアや電子機器について、一定の基準に基づく障害者対応(バリアフリー)機能の搭載を義務付け

– 例:プライバシーマーク取得の公共調達要件化•  より直接的な財政支援– 例:日本を含む各国において、公的資金を受けて作成された論文や研究データをインターネット上で誰もがアクセス可能とする、オープンアクセス化の義務付けが進む

•  コスト構造調整(負の外部性の内部化)– 例:温室効果ガスの排出権取引市場を創設することにより、環境配慮的企業のコスト優位性を高める

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シェアリングエコノミーと自主規制・共同規制?

•  欧州経済社会評議会(ECSC)「シェアリングエコノミーと自主規制」意見(2016年5月25日)–  「シェアリングエコノミーに向けた欧州アジェンダ」策定と並行して検討。EUおよび各国政府は、シェアリングエコノミーに関して、自主規制や共同規制の補完的な役割を明確に定義した、法的枠組み(legalframework)の構築を急ぐべきである。

–  自主規制ルールの内容自体は、当事者からの要求がない限りEUや各国政府が決めるべきではないが、EUや各国政府は、自主規制を評価するための明確な基準と、明確なガバナンス原則(principles)を定めるべきである。

•  英国RSA(RoyalSocietyfortheencouragementofArts,ManufacturesandCommerce)とSharingEconomyUK–  RSAは2016年1月にFairShare:Reclaimingpowerinthesharingeconomy報告書を公表し、“SharedRegula8on”の必要性を強調

–  業界団体のSharingEconomyUKは行動規範を公表しており、オックスフォード大学と協力してトラストマークの策定を進める

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終わりに:問題意識

•  新しい仕組みは、主として「制度(ハードローやソフトロー)」、「技術」、「ビジネスモデル(お金の集め方)」の3要素で作られる。

•  「技術」と「ビジネスモデル」については、常に市場から新たなイノベーションが生み出されている。シェアリングエコノミーはその代表格。一方、それを支える「制度」を作ることは、全て政府に任せることが望ましいのだろうか。

•  そうではなく、「制度」もイノベーションの当事者が自主的に作っていくことが、持続的なイノベーションの実現に資するのではないか。自主的なルール整備、あるいは自主規制・共同規制は、そのための方法論と位置付けられる。

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