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ビッグデータを活用した生活道路の 交通事故対策について 渡邉 望 1 ・小倉 陽子 2 ・松本 優里 1 1 新潟国道事務所 調査課 (〒950-0912 新潟県新潟市中央区南笹口2-1-65) 2 新潟国道事務所 管理第二課 (〒950-0912 新潟県新潟市中央区南笹口2-1-65) 効果的な生活道路の交通事故対策の実施に向け,ビックデータを活用し,速度超過箇所や急 ブレーキ多発箇所等の急所を特定するなどの分析を実施した.本論文では,新潟市中央区日和 山地区を対象に交通実態分析を実施した事例について報告する. キーワード ビッグデータ,ETC2.0プローブデータ,生活道路 1. はじめに 平成29 4月に,新潟市中央区の市立日和山小学校の 校舎移転に伴い,日和山地区での通学路の変更や,新校 舎周辺での登下校生の増加が見込まれていた. 1) また, 当該地区では,朝時間帯に狭い生活道路を西側からみな とトンネル(東側)に抜ける通過車両も多い中で,当該 道路は校舎移転後に通学路指定される予定であり,交通 事故の危険が高くなることが予想される. これを契機に,新潟県警がゾーン30 の導入を検討.併 せて平成28 3月に生活道路の対策エリアに登録された. ゾーン30 とは,生活道路における歩行者等の安全な通行 を確保することを目的として,区域(ゾーン)を定めて 最高速度30km/h の速度規制を実施するとともに,その他 の安全対策を必要に応じて組み合わせ,ゾーン内におけ る速度抑制やゾーン内を抜け道として通行する行為の抑 制等を図る生活道路対策である.このように警察をはじ め,日常的に生活道路とりわけ通学路の交通安全を確保 するためには,学校・市・国などが連携し,歩行者の安 全性向上を図ることが必要である. そこで,新潟市がワークショップを開催し,住民と協 働で交通事故対策について意見を出し合った.その際, 国土交通省では日和山地区のビッグデータ分析結果を提 供することで,住民との課題共有の円滑化や,効果的な 対策検討を促進した.本論文は,その取り組みと,ワー クショップでも用いたETC2.0 プローブデータの分析結果 と対策を紹介するものである. 2. ETC2.0 プローブデータの分析 (1) データの概要 交通実態分析で使用したデータを表1 に示している. 異常値を省く際には,生活交通と,対象エリア内にトリ ップエンドをもたないトリップ(=「外外トリップ」と する)の分類のために,1 トリップで対象エリアの出入 りを複数回行っているトリップの分割も行った.精査の 結果,分析に用いるのは2514 トリップとなった.また, 急ブレーキ・急ハンドルなどの挙動履歴点数も表2 に示 している. 1 交通実態分析における使用データ ETC2.0 プローブ走行履歴データ H27.4.1~H28.3.31 ETC2.0 プローブ挙動履歴データ H27.4.1~H28.3.31 2 分析に用いるETC2.0 プローブデータ(精査結果) 対象 地区 走行履歴 ( 対象ト リップ) 挙動履歴(挙動履歴点数) 前後 加速度 (-0.25G 以下) 左右 加速度 (-0.25G 以下 0.25G 以上) ヨー角 速度 (-8.5deg/ 秒以 下,8.5deg/ 秒以上) 新潟市 中央区 日和山 地区 2514 トリップ 1236 468 4417

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Page 1: ビッグデータを活用した生活道路の 交通事故対策に …ビッグデータを活用した生活道路の 交通事故対策について 渡邉 望1・小倉 陽子2・松本

ビッグデータを活用した生活道路の 交通事故対策について

渡邉 望1・小倉 陽子2・松本 優里1

1新潟国道事務所 調査課 (〒950-0912 新潟県新潟市中央区南笹口2-1-65)

2新潟国道事務所 管理第二課 (〒950-0912 新潟県新潟市中央区南笹口2-1-65)

効果的な生活道路の交通事故対策の実施に向け,ビックデータを活用し,速度超過箇所や急

ブレーキ多発箇所等の急所を特定するなどの分析を実施した.本論文では,新潟市中央区日和

山地区を対象に交通実態分析を実施した事例について報告する.

キーワード ビッグデータ,ETC2.0プローブデータ,生活道路

1. はじめに

平成29年4月に,新潟市中央区の市立日和山小学校の

校舎移転に伴い,日和山地区での通学路の変更や,新校

舎周辺での登下校生の増加が見込まれていた.1)また,

当該地区では,朝時間帯に狭い生活道路を西側からみな

とトンネル(東側)に抜ける通過車両も多い中で,当該

道路は校舎移転後に通学路指定される予定であり,交通

事故の危険が高くなることが予想される. これを契機に,新潟県警がゾーン30の導入を検討.併

せて平成28年3月に生活道路の対策エリアに登録された.

ゾーン30とは,生活道路における歩行者等の安全な通行

を確保することを目的として,区域(ゾーン)を定めて

最高速度30km/hの速度規制を実施するとともに,その他

の安全対策を必要に応じて組み合わせ,ゾーン内におけ

る速度抑制やゾーン内を抜け道として通行する行為の抑

制等を図る生活道路対策である.このように警察をはじ

め,日常的に生活道路とりわけ通学路の交通安全を確保

するためには,学校・市・国などが連携し,歩行者の安

全性向上を図ることが必要である. そこで,新潟市がワークショップを開催し,住民と協

働で交通事故対策について意見を出し合った.その際,

国土交通省では日和山地区のビッグデータ分析結果を提

供することで,住民との課題共有の円滑化や,効果的な

対策検討を促進した.本論文は,その取り組みと,ワー

クショップでも用いたETC2.0プローブデータの分析結果

と対策を紹介するものである.

2. ETC2.0プローブデータの分析

(1) データの概要 交通実態分析で使用したデータを表1に示している.

異常値を省く際には,生活交通と,対象エリア内にトリ

ップエンドをもたないトリップ(=「外外トリップ」と

する)の分類のために,1トリップで対象エリアの出入

りを複数回行っているトリップの分割も行った.精査の

結果,分析に用いるのは2514トリップとなった.また,

急ブレーキ・急ハンドルなどの挙動履歴点数も表2に示

している.

表1 交通実態分析における使用データ ETC2.0プローブ走行履歴データ H27.4.1~H28.3.31 ETC2.0プローブ挙動履歴データ H27.4.1~H28.3.31 表2 分析に用いるETC2.0プローブデータ(精査結果) 対象 地区

走行履歴 (対象ト

リップ)

挙動履歴(挙動履歴点数) 前後 加速度

(-0.25G以下)

左右 加速度

(-0.25G以下

0.25G以上)

ヨー角 速度

(-8.5deg/秒以

下,8.5deg/秒以上)

新潟市 中央区 日和山 地区

2514 トリップ

1236点 468点 4417点

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(2) 対策箇所の抽出・分析

日和山地区の対象エリアでの全トリップ情報とその中

の対策検討区間を通過するトリップの内訳を図1に示す.

なお,図2は外外トリップに絞ったデータとなっている.

対策エリア内で確認された2514トリップのうち,外外ト

リップは495トリップ確認された.新潟市が生活道路対

策の実施を検討している日和山小学校前の「対策検討区

間」を見ると,外外トリップの割合が比較的高くなって

いる.なお,この区間の一部は,車道幅員が狭く,一方

通行が実施されている道路となっている(図3).今回

分析に用いたプローブデータをもとにした通過トリップ

の状況,走行速度・危険挙動の実態を踏まえても,対策

が必要なことから,本論文では,この日和山小学校前の

市道に着目する.

この対策検討区間を通過するトリップは,全体で136

トリップ確認され,そのうち,生活エリアにトリップエ

ンドを持たない外外トリップは27%を占める.なお,当

該区間を通過する全トリップの時間帯を見ると,平日の

朝が最も多くなっている(図4).

次に走行速度にも着目する.対策エリア内では,車道

幅員の狭い道路や規制速度が設定されている区間でも,

40km/h超で走行している箇所が見られる.特に,対策検

討区間では,規制速度が20km/hになっているにもかかわ

らず,それを超過しているトリップがみられ,その割合

は約半数となっている(図5,6).また,20km/h以上の

走行が見られる時間帯は,平日朝(8時台)が最も多く,

次いで休日の朝(同じく8時台)となっている(図7).

これらのことから,朝の通勤時間帯に渋滞を避けて生

活道路を通り抜ける車両の抑制をする必要があると考え

る.

図1 対策検討区間を通過するトリップの内訳

※ETC2.0プローブ(H27.4~H28.3)

図2 対策エリア内の外外トリップ数

※ETC2.0プローブ(H27.4~H28.3)

図3 対策検討区間内道路※新潟市提供

図4 対象検討区間全通過トリップの時間帯別割合

※ETC2.0プローブ(H27.4~H28.3)

図5 対策検討区間を走行するトリップの地点速度

※ETC2.0プローブ(H27.4~H28.3)

0% 0% 1% 0%

1%

0%

4% 4%

26%

1% 1% 1%

0%

3% 3%

0% 0% 1%

2% 1% 1% 1% 0% 0%0% 0% 0% 0%

2%

0%

1%

3%

6%

2% 3%

1%

10%

8%

2% 3%

1%

4%

0%

1%

0% 0% 0% 0%

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

0時台

1時台

2時台

3時台

4時台

5時台

6時台

7時台

8時台

9時台

10時台

11時台

12時台

13時台

14時台

15時台

16時台

17時台

18時台

19時台

20時台

21時台

22時台

23時台

トリップ割合

時間帯

平日 休日

(N=136)

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図6 対策検討区間を走行するトリップの地点速度の割合

※ETC2.0プローブ(H27.4~H28.3)

図7 対策検討区間を走行する地点速度のうち20km/h超の発生

時間帯別割合 ※ETC2.0プローブ(H27.4~H28.3)

3. ビッグデータの活用

(1) ワークショップ開催による住民との合意形成 日和山小学校交通安全対策ワークショップが開催され

るにあたって,第2章で述べたETC2.0プローブデータの

分析結果を用いながら,住民と協働で対策検討を行った.

新潟市,(公財)国際交通安全学会が事務局となり,

日和山小学校・PTA,交通安全推進協議会,新潟柳都中

学校,日和山セーフティスタッフ,コミュニティ協議会

(入舟・栄・湊・豊照地区),関係自治会,埼玉大学,

新潟青陵大学,新潟県警察,国土交通省が参加者として

対策協議を進めた.

参加者に提示する資料としては,主に第2章でも挙げ

た対象エリア内の通過トリップ,走行速度,危険挙動

(急ブレーキ,急ハンドル等)のデータであった.図8

のように,ワークショップの場でビッグデータを活用す

ることにより,客観的に課題箇所等の情報を共有するこ

とができると考える.また,実際の交通状況を分かりや

すく見える化することで,関係者の理解を促進する狙い

もあった.

図8 市の交通安全対策ワークショップでの活用

※新潟市提供

(2) 日和山地区の生活道路対策 ETC2.0プローブデータ分析による取り組み課題の抽出

がなされ,それらの分析から交通規制や物理的デバイス

等による効果的な対策の計画を行った.平成28年11月に

交通安全対策の主な実施方針をとりまとめている.

主な取り組み課題として,以前から検討されていたゾ

ーン30が警察により図9の黒点線の範囲に導入された.

特に,日和山小学校前の対策検討区間は,元々規制速度

が20km/hになっていたにもかかわらず,速度超過してい

るトリップの割合が約半数であったことから,速度抑制

の実効性を高めるため、交通規制による対策の他に,物

理的に走行速度を抑制させる対策がなされた.

主な物理的対策をここでは二つあげる.一つ目にライ

ジングボラードの設置である.これまで古町通6番町や

古町通8番町の商店街において導入しているが,通学路

での導入は全国初となる.このライジングボラードは,

H29年4月から1年間試験的に運用され,警察による時間

通行規制に合わせて,平日7時30分から8時15分まで車止

めのポールが上昇状態となり、車の進入を防ぐ(図10).

これにより,通勤時間帯の抜け道利用トリップの排除が

期待される.また,併せてグリーンベルト,狭さくも設

置された(図11).

また,危険挙動多発箇所が見られることから,速度抑

制や歩行者の安全確保が必要であると考えられる(図

12).そこで,二つ目にあげる対策として,H29年3月に

防護柵設置等の歩道の新設が完了した.また,スムース

歩道の設置を行い,車道をかさ上げし,歩道との段差を

軽減することで,横断する歩行者が歩きやすくするとと

もに,自動車の速度抑制を促すといった対策もなされた

(図13).

20km/h以下53%

30km/h以下18%

40km/h以下25%

40km/h超4%

速度超過が47%

(N=180)

0% 0% 0% 0% 1% 0%

6% 7%

41%

0% 0% 0% 0%

4% 2%

0% 0% 0%

2% 1% 0%

2%

0% 0%0% 0% 0% 0% 1% 0% 1%

4%

9%

2% 1% 1% 1%

4%

1% 2%

0%

2%

0% 1% 1% 0% 0% 0%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

0時台

1時台

2時台

3時台

4時台

5時台

6時台

7時台

8時台

9時台

10時台

11時台

12時台

13時台

14時台

15時台

16時台

17時台

18時台

19時台

20時台

21時台

22時台

23時台

トリップ割合

時間帯

平日 休日

(N=85)

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図9 対策エリア内の地点速度

ライジングボラード(上昇状態)

図10 ライジングボラード※新潟市提供

図11 狭さく・グリーンベルト※新潟市提供

図12 対策エリア内の危険挙動発生位置

図13 スムース歩道・防護柵※新潟市提供

4. おわりに

ビッグデータの有効活用として,新潟市中央区日和山

エリアで作成済みの「通学路・安全マップ」に,ETC2.0

プローブデータの分析結果を組み合わせたマップも作成

した(図14).これにより,対策実施に向けた関係者の

合意形成の促進につながったと考える.なお,重ね合わ

せたETC2.0プローブデータの情報としては,30km/h超過

割合が50%以上の区間と,急減速発生地点を用いた.今

後予想されるETC2.0の普及に合わせて,ビッグデータの

活用方法も考えていく必要がある.

また,3章であげた対策は,概ね平成29年4月に運用が

開始された.今後は,対策実施後の交通実態把握のため

に,ETC2.0プローブデータを用いて,ライジングボラー

ドで抑えた交通の経路選択等も分析していければ良いと

考える.さらに,ワークショップを再度開催する際には,

対策効果の確認や,交通環境がかわったことによる新た

な課題も検証していく必要がある.

図14 通学路・安全マップとプローブデータの

組み合わせ※新潟市提供

謝辞:日和山小学校交通安全対策ワークショップ事務局

の新潟市,国際交通安全学会の皆様に感謝申し上げます.

参考文献

1) 新潟市中央区建設課・新潟市中央区教育支援センター・新潟

市日和山小学校:日和山小交通安全対策ワークショップ