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ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 Research on design and production technology of hot-runner mold 太田 和良,中村 佳史,前田 晃穂,鈴木 勝博 OHTA Kazuyoshi, NAKAMURA Yoshinobu, MAEDA Teruho, SUZUKI Katsuhiro 1.緒 21世紀は「環境の世紀」とも言われ、これ に向け ISO14000 シリーズ取得企業が世界的に 急増する等、地球環境保全・資源循環型社会を 目指した対応が始まっている。日本では最近特 に、プラスチック製品等の焼却時の有害ガス発 生や産業廃棄物処理での運営管理等がごく身近 な問題としてクローズアップされて来ている。 このような環境下で、樹脂成形分野の環境保 全の観点からも、樹脂製品のリサイクルと同時 に成形時の廃棄物を減らすためホットランナシ ステムを導入する企業が増えることが予測され る。 射出成形金型はコールドランナとホットラン ナに大別され、一般的なコールドランナ金型で はスプル・ランナ部が固化し不用な部分が成形 されてしまう。 ホットランナ金型では、スプル・ランナ部を ヒータで加熱制御して常に流動化状態にしてお くことで不要部分を成形せず、成形品だけを連 続的に取り出す方法で、ランナレス金型とも呼 ばれ、成形サイクルの短縮や樹脂材料の節約、 不要部分のカットなどの後作業を軽減するとい ったコストダウンに繫がる利点がある。 図1 ホットランナ金型 ホットランナ金型の利点 ・材料の節約ができる ・環境問題、廃プラスチック対策の一助になる ・製品化能力が実質的に増大する ・スプルなどの切断、粉砕作業が無くなる ・成形サイクルが短縮されるため、出来高が増える ホットランナ金型の欠点 ・温度制御が難しい ・多品種少量生産金型には、原則として適さない ・色替え、樹脂替えがスムーズにできない しかし、金型構造が特殊で特別なパーツも必 要となり、温度制御もシビアなことから、金型 費が高価になり、現在日本においてはあまり普 及していない。当然、教材においても十分なも のがなく、技術的に如何なる金型なのかという 疑問がある。 本研究では実際にホットランナ金型の設計ノ ウハウを研究し、教材としての活用を目的に金 型製作を行うこととしたので報告する。 2.成形品設計 本研究では成形する製品については、本校所 有の成形機「住友重機 SE75D」にて成形可能で あることを条件に設計した。また、金型完成後 の成形実験で用いるため、成形後のそりが発生 しやすい薄肉の箱型形状とした。 図2 成形品形状 86

ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 - JEED...ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 Research on design and production technology

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Page 1: ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 - JEED...ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 Research on design and production technology

ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 Research on design and production technology of hot-runner mold

太田 和良,中村 佳史,前田 晃穂,鈴木 勝博

OHTA Kazuyoshi, NAKAMURA Yoshinobu, MAEDA Teruho, SUZUKI Katsuhiro

1.緒 言

21世紀は「環境の世紀」とも言われ、これ

に向け ISO14000 シリーズ取得企業が世界的に

急増する等、地球環境保全・資源循環型社会を

目指した対応が始まっている。日本では 近特

に、プラスチック製品等の焼却時の有害ガス発

生や産業廃棄物処理での運営管理等がごく身近

な問題としてクローズアップされて来ている。

このような環境下で、樹脂成形分野の環境保

全の観点からも、樹脂製品のリサイクルと同時

に成形時の廃棄物を減らすためホットランナシ

ステムを導入する企業が増えることが予測され

る。

射出成形金型はコールドランナとホットラン

ナに大別され、一般的なコールドランナ金型で

はスプル・ランナ部が固化し不用な部分が成形

されてしまう。

ホットランナ金型では、スプル・ランナ部を

ヒータで加熱制御して常に流動化状態にしてお

くことで不要部分を成形せず、成形品だけを連

続的に取り出す方法で、ランナレス金型とも呼

ばれ、成形サイクルの短縮や樹脂材料の節約、

不要部分のカットなどの後作業を軽減するとい

ったコストダウンに繫がる利点がある。

図1 ホットランナ金型

ホットランナ金型の利点 ・材料の節約ができる

・環境問題、廃プラスチック対策の一助になる

・製品化能力が実質的に増大する

・スプルなどの切断、粉砕作業が無くなる

・成形サイクルが短縮されるため、出来高が増える

ホットランナ金型の欠点

・温度制御が難しい

・多品種少量生産金型には、原則として適さない

・色替え、樹脂替えがスムーズにできない

しかし、金型構造が特殊で特別なパーツも必

要となり、温度制御もシビアなことから、金型

費が高価になり、現在日本においてはあまり普

及していない。当然、教材においても十分なも

のがなく、技術的に如何なる金型なのかという

疑問がある。

本研究では実際にホットランナ金型の設計ノ

ウハウを研究し、教材としての活用を目的に金

型製作を行うこととしたので報告する。

2.成形品設計

本研究では成形する製品については、本校所

有の成形機「住友重機 SE75D」にて成形可能で

あることを条件に設計した。また、金型完成後

の成形実験で用いるため、成形後のそりが発生

しやすい薄肉の箱型形状とした。

エラー!

図2 成形品形状

-86-

Page 2: ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 - JEED...ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 Research on design and production technology

表1 成形品寸法等

ふた 本体

サイズ 100×56×20mm 97×53×20mm

肉厚 1mm

抜き勾配 2°

樹脂 PP:収縮率約 2%

冷却時間 約 3.8sec(取出温度 60℃)

流動停止時間 約 0.8sec(停止温度 180℃)

ホットランナ金型を用いることによる成形品

設計時の新たな技術的制約はほとんど無く、コ

ールドランナ金型と同様の検討を行った。

3.金型構想設計

本金型は、ホットランナ形式とし、その他は

成形機の仕様を満たす大きさ・構造とした。

また、成形品本体と蓋の同時成形を行い、ス

トリッパプレート突き出しによる離型構造とし

た。図3に金型全体図、表2に金型構想設計計

算結果を示す。

図3 金型全体図

表2 金型構想設計計算結果

成形品 成形機

型締力 約 493kN 730kN

射出容量 約 20.6cm3

(10.3cm3×2個) 64cm3

射出率 25.75cm3/s 246cm3/s

流動比 77.3 200~240(pp 標準)

以上から本校所有の成形機で成形可能である。

ホットランナを用いることにより型締力はもち

ろん、射出容量においてもスプルやランナ部分

を検討から除外できる。これは利点で述べた製

品化能力の増大を示している。

4.金型詳細設計

ホットランナ金型設計のポイントは、成形品

冷却のため樹脂を固化させる部分と、ランナ・

ゲート部など樹脂を溶融させておく部分とを有

するため型の一部が高温となり、金型の断熱と

部品の熱膨張を考慮することである。また、ホ

ットランナノズルの組込み部とゲートの開閉を

おこなうバルブピンの機構部を備える必要があ

る。今回はコスト面と、省スペース重視し、空

気圧制御によるエアーシリンダ構造を選定した。

4.1 ホットランナノズル ホットランナノズルは、ノズル先端が開放し

ているオープンゲート式と開閉機能のついたバ

ルブゲート式がある。バルブゲート方式はゲー

ト開閉機構を伴うため金型が高額になるが、ゲ

ートの切れがよく、ゲート部の温度設定もオー

プン式に比べ容易になる利点がある。今回は独

HEITEC 製バルブゲート式を用いる。外観は図4

に示すとおりで、バルブピンの上下動作で流路

を開閉する。

図4 ホットランナノズル(バルブゲート)

ノズル内部の構造はバルブピン用の穴と樹脂

流路、樹脂加熱用のヒータが組み込まれ、図5

47.0

バルブピン

63.38

-87-

Page 3: ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 - JEED...ホットランナ金型の設計・製作技術に関する研究 Research on design and production technology

のような構造となっている。

図5 ノズル内部構造

4.2 ホットランナノズル埋込部

放熱を抑えるために金型に組み込む際は空気

断熱層を設ける必要がある。また樹脂漏れを防

ぐ為にノズル寸法を精密に測定し、ノズル埋め

込み部の金型寸法(公差)などが決まってくる。

図6 ノズル埋め込み部形状

ホットランナノズルは 200℃以上に加熱され

るため、その埋め込み部分はノズルの熱膨張を

考慮する必要がある。図7のA部寸法は、常温

時において隙間を設け、加熱時には熱膨張によ

り完全シールするように以下のような計算を行

っている。

熱膨張量:ノズル長×鋼熱膨張係数×温度差=

47.02×(12×10-6)×(220℃-20℃)=0.113mm

締代:0.03~0.04mm

常温時のすきま(A 部):0.113-0.04≒0.07mm

図7 ノズル熱膨張

4.3 バルブピン動作構造

バルブピンのストロークについては、ゲート

を閉じている場合は、製品面から 0.02mm 程度入

ったところを目標にし、ゲートオープン時には

今回の場合、図8のように 低でも 1mm 以上の

ストロークがないと充分に流路を確保できない。

このことから余裕を見て 大 6mm 程度のストロ

ークを可能とするようにシリンダ設計を行った。

図8 バルブピンストローク( 小)

ホットランナのバルブピンの動作は電動、空

圧、油圧などさまざまなものが存在するが、今

回は空圧式を選定し、固定側取付板にエアーシ

リンダを配置した。また、シリンダまでの空気

配管を型板内に設け、2 つのシリンダの動作に

アンバランスがないように等距離に配管を設計

する必要がある。また、シリンダ自体の動作抵

抗が極力変わらないように各シリンダは同じ精

加熱時に樹

脂をシール

ホットランナノズル

金型

樹脂の出口

閉じ位置 開き位置

-88-

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度が求められる。

シリンダハウジングは図9のような構造でシ

リンダ内へ空気の流路を確保している。

図9 シリンダハウジング

シリンダ動作は成形機の射出動作と連動させ

る必要があり、成形機に空圧オプションがなけ

れば、成形機からの信号からシーケンスを組む

必要がある。

4.4 マニホールド

マニホールドはスプルからホットランナノズ

ルまでのランナ部分となる型板であり、ホット

ランナノズルと同様に樹脂を固化させないため

に 200℃以上に加熱される。このため樹脂流路

やバルブピン通し穴などの位置は、熱膨張を考

慮する必要がある。

図 10 マニホールド

マニホールドの加熱は一般にはカートリッジ

ヒータを用いる。

カートリッジヒータの選定は、加熱時間 10

分でマニホールド温度を 220℃まで加熱する場

合に必要なワット数を計算すると 880Wとなり、

金型への組込みは熱損失なども考慮して 600W

のものを 2本使用することとした。

図 11 は今回使用するのカートリッジヒータ

である。

図 11 カートリッジヒータ(600W)

さらに温度測定のため、マニホールドの樹脂

流路付近まで穴を開けて熱電対を配置した。

ホットランナノズルのヒータ及び、マニホー

ルドのカートリッジヒータと熱電対を図 12 の

ようなコントローラに接続し、樹脂温を制御し

ている。

図 12 温度コントローラ(4ch)

図 13 温度コントローラ接続

スプルーブシュから溶融樹脂を漏れなくマニ

ホールドへ導くためにシールする必要がある。

ゲート閉

ゲート開

マニホールド

各熱電対

コントローラ

ホットランナノズル

カートリッジヒータ

各2本

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数百度となる溶融樹脂に対して通常のOリング

ではもたない。そこでホットランナ金型ではス

テンレスOリングを用いている。このリングは

パーツ間で潰すことで隙間を埋めることができ

る。また、微少隙間は溶融樹脂が入り完全シー

ルが可能となる。

図 14 ステンレスOリング

4.5 断熱構造

マニホールドやホットランナノズルは樹脂溶

融のため 200℃以上に加熱されている。そのた

め熱膨張を考慮した設計を行っているが、他の

型板は加熱されると型板の変形や製品への影響

を生じるため、昇温を抑える必要がある。極力

加熱部品との接触を避けての設計を行う。加熱

部品との間に空気断熱層を設けることにより、

伝熱を抑える構造とした。

図 15 断熱構造

図 15 のような接触を必要とするスペーサ部

分などは溝を設け、極力接触面積を減らす。ま

た、熱伝導率の小さい材料を用いるなどの検討

が必要である。本課題では鋼材(S50C)を用い

た。また、マニホールドと連結されるスプルー

ブシュについても熱伝達をおさえるため、型板

との接触を避けている。

これらを考慮し、さらにマニホールド付近の

型板には冷却水管を通すのが望ましい。今回は

固定側取付板とホットランナ埋込プレートに 2

本ずつの水管(φ6)を通す構造とした。

4.6 金型冷却

ホットランナ金型の場合、ノズルやマニホー

ルドを加熱するが、金型自体は熱によるひずみ

抑制や成形後の冷却時間短縮のため強制冷却が

必要で、コールド金型と比較し十分に考慮検討

する必要がある。

また、成形実験において温度分布による成形

品のそり現象解析を行うため、コア側、キャビ

側にそれぞれ図 16、図 17 のような冷却水管を

設計し、2 台の温調器からそれぞれ温度管理で

きるようにした。

図 16 コア・キャビティの金型冷却水管

図 17 コア型のバッフル式冷却

隙間あり

溝を設け,接触面積減

-90-

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5.金型製作

射出成形金型の製作は3次元CAD/CAMを駆使

し、マシニングセンタ、ワイヤ放電加工機、汎

用工作機械、研削盤など多種の機械を用いた。

またエアーシリンダの高精度製作のためターニ

ングセンタも用いている。このような部分では

生産技術科の学習の総仕上げとして理想の課題

である。

図 18 金型加工

本金型はホットランナを組み込むため、バル

ブやエアーシリンダのスペースが必要で、どう

しても金型が大きくなる。金型が大きくなれば

必然的に加工できる機械も限られてきてしまう。

今回は本校所有設備で段取りを工夫し、加工を

おこなった。

組立においても型板が大きく重いため、クレ

ーンによる作業となり作業時間を要した。この

ため通常の機械加工には見られない危険な作業

も含まれ、安全管理の充実を伴う作業である。

図 19 ホットランナ金型組立

6.考察

本課題は、ホットランナ金型の設計知識がな

い状態からの取組みで、客員教授から助言を頂

きながらの着手であり、金型設計に多くに時間

を要した。ホットランナ金型設計には多くのノ

ウハウがあり、その一部を習得できたことは当

大学校機械系として大変有意義な取組みであっ

たと推察する。 系コース制の導入により、今年度から専門課

程において金型の専門コース「モールドデザイ

ンコース」が新設され、教材としての検討も行

ってきたが、諸問題点が明確になった。 その1. 射出成形金型の設計未経験者には、はじめの

取組みとしては設計ノウハウが多く、限られた

時間内での習得が難しい。 その 2. ホットランナ金型製作ではノズル長やエアー

シリンダ配置の関係でどうしても金型が大きく

なるため加工機の選定が限られ、部品点数が多

く、高価な金型パーツが必要になるなど、通常

の金型製作実習において取組むことは難しい

と考える。 今回の研究と製作により従来ホットランナ

金型の構造がイラストだけのイメージ的なも

のから、実物の見える教材となり、金型構造の

指導教材として活用することで、極めて有効な

教育訓練効果ができる。 さらに、樹脂流動解析とリンクして、樹脂温

度制御が可能な成形実験用金型として、研究や

実用化実験への活用が見込まれる。

今後は本金型を用いての各種成形実験と樹

脂流動解析について取組んでいく。

参考文献 1) 中村,前田他:プラスチック金型の設計・

製作と射出成形技術,(社)実践教育訓練研

究協会

2) 高分子学会:プラスチック加工技術ハンド

ブック,日刊工業新聞社

-91-