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291 序 章 第1節 問題関心環境訴訟の担い手 第2節 本稿の目的と構成 第1章 パレンス・パトリエの歴史的展開 第1節 パレンス・パトリエの起源イギリス国王大権 第2節 アメリカにおけるパレンス・パト リエ 第2章 パレンス・パトリエ訴訟を担う州法 務総裁 第1節 歴史的展開 ⑴ イギリスにおける発展 ⑵ 植民地期 第2節 現在の連邦法務総裁と司法省 第3節 現在の州法務総裁 第4節 マサチューセッツ州の法務総裁 第3章 パレンス・パトリエ訴訟 第1節 連邦裁判所におけるパレンス・パ トリエ訴訟 ⑴ 概観 ⑵ 連邦裁判所における歴史的展開 ⑶ 小括 第2節 「準主権的利益」とはAlfred L.Snapp&Son,Inc.v.PuertoRico exrel.Barez,458U.S.592(1982) ⑴ 事件の概要 ⑵ 「準主権的利益」ホワイト裁判 官の法廷意見 第3節 救済方法インジャンクション と損害賠償 ⑴ 反トラスト法分野 ⑵ 自然資源損害 第4節 連邦政府を被告としたパレンス・ パトリエ訴訟の是非 ⑴ 連邦最高裁判所判決 ⑵ 最近の連邦最高裁判所判決 Massachusettsv.EPA,549U.S.497 (2007) 第5節 小括 補 節 州裁判所におけるパレンス・パト リエ訴訟 結びに代えて 目 次 * 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程 アメリカのパレンス・パトリエ訴訟に 関する一考察 環境法の視点から飯泉明子*

アメリカのパレンス・パトリエ訴訟に 関する一考察win-cls.sakura.ne.jp/pdf/24/21.pdfex rel. Barez, 458 U.S. 592 (1982) ⑴ 事件の概要 ⑵ 「準主権的利益」

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序 章 第1節 問題関心─環境訴訟の担い手 第2節 本稿の目的と構成第1章 パレンス・パトリエの歴史的展開 第1節� パレンス・パトリエの起源─�

イギリス国王大権 第2節� アメリカにおけるパレンス・パト

リエ第2章� パレンス・パトリエ訴訟を担う州法

務総裁 第1節 歴史的展開  ⑴ イギリスにおける発展  ⑵ 植民地期 第2節 現在の連邦法務総裁と司法省 第3節 現在の州法務総裁 第4節 マサチューセッツ州の法務総裁第3章 パレンス・パトリエ訴訟 第1節� 連邦裁判所におけるパレンス・パ

トリエ訴訟  ⑴ 概観  ⑵ 連邦裁判所における歴史的展開

  ⑶ 小括 第2節� 「準主権的利益」とは─Alfred�

L.�Snapp�&�Son,�Inc.�v.�Puerto�Rico�ex�rel.�Barez,�458�U.S.�592�(1982)

  ⑴ 事件の概要  ⑵� 「準主権的利益」─ホワイト裁判

官の法廷意見 第3節� 救済方法─インジャンクション

と損害賠償  ⑴ 反トラスト法分野  ⑵ 自然資源損害 第4節� 連邦政府を被告としたパレンス・

パトリエ訴訟の是非  ⑴ 連邦最高裁判所判決  ⑵� 最近の連邦最高裁判所判決 ─

Massachusetts�v.�EPA,�549�U.S.�497�(2007)

 第5節 小括 補 節� 州裁判所におけるパレンス・パト

リエ訴訟結びに代えて

目 次

*� 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程

アメリカのパレンス・パトリエ訴訟に関する一考察─環境法の視点から─

飯泉明子*

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序 章

市民・企業・国家はいかなる環境保護をしていくべきか。この観点を背景に,(NGO等を含む)市民がいかなる法理論のもと環境訴訟に関与していくべきかについて知見を得ることを目的として研究をすすめている。

第1節 問題関心─環境訴訟の担い手

⒜ 2007年4月,アメリカ合衆国連邦最高裁判所は,新規自動車からの温室効果ガス規制につき,原告であるマサチューセッツ州他が,連邦環境保護庁(United�States�Environmental�Protection�Agency:以下,「EPA」)が清浄大気法(Clean�Air�Act)�に基づく規則制定をしなかったことを違法であると主張して提起した訴えを認容した(Massachusetts�v.�EPA,�549�U.S.�497� (2007))。本事件の勝利は,環境団体にとっては「巨大な勝利」あるいは「時代を画する事件」であるとも言われている1。本事件については,すでに日本においても紹介や評釈が行われている2。その論点の一部に関しては,本稿3章3節⑵でも後述するが,筆者は,とくに,パレ

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ンス0 0

・パトリエ0 0 0 0

(parens patriae)に基づいて州0 0 0 0 0 0

の法務総裁0 0 0 0 0

(attorney general)が訴訟を提起し0 0 0 0 0 0 0

た0

ということに関心を抱いた。ところで,現在,日本の環境法分野において,

個々の市民や環境団体の司法アクセスに関する議論が盛んであり3,諸外国の制度について紹介する論文も少なくない4。

例えば,アメリカ合衆国においては,清浄大気法5をはじめとする連邦個別環境法等に,市民訴訟(civil�suits)を規定するものがある。この規定のもと,私的法務総裁としての(NGO等を含めた)市民が,①(私企業を含めた)私人・州・自治体などが法令や行政処分によって課せられた義務を履行しない場合に,これらの違法行為者を被告として,法令等の遵守や義務の履行を求めて訴えを提起することができる。サン

クションの一種として,法令等を遵守しない者に対して民事課徴金の賦課を求める訴訟もこれに含まれる。また②行政機関が違法行為を是正する措置をとらずに放置している場合に,行政機関を被告として,一定の措置をとることを求めることができる6。

アメリカ環境訴訟の三類型(「執行代位訴訟」「環境保全訴訟」「規制対抗訴訟」)7によると,上記①が,環境規制に違反する者に対する行政庁の法執行を補完するために,市民が,「私的法務

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総裁0 0

」として,環境法令に違反するいかなる者に対しても,執行権限をもつ行政庁を代位して執行訴訟を提起することを認める「執行代位訴訟(公益擁護)」である。上記②は,環境規制により便益を受ける者が原告となる場合,行政側を被告として,環境劣化につながる行政庁の作為・不作為(許認可,規則制定,計画策定,公共事業およびこれらの不作為等)の是正を求める三面関係の「環境保全訴訟(公益擁護)」に含まれるとされる。これらに対して,環境規制の規制対象(object)ないし被規制者(regulate)である民間事業者や業界団体等が,行政側を被告として,環境規制の違法是正を求める環境訴訟は「規制対抗訴訟(私益保護)」に分類される。

ところで,英米法学者の田中英夫らの『法の実現における私人の役割』8は,アメリカ合衆国における当事者適格の拡大の背後にある思想を示すものとして,フランク(Jerome�Frank)の意見9を紹介している。ここに私的法務総裁

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についての言及がある。

「連邦議会は,司法的解決に適する争訟が現実に存在するのでなければ,何人に対しても,裁判所に訴を提起してその司法的解決を求める地位を認めることはできないが,……公務員が制定法によって与えられた権限[の枠]に反した行為をするのを防止する訴訟を提起することを,法務総裁などの公務員に授権することは,憲法上可能である。……連邦議会が,このような訴訟を提起すべき者として法

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務総裁その他の公務員を指名する代わりに,……公務員でない者または公務員でない者のグループに,公務員が制定法によって与えられた権限[の枠]に反した行為をすることを防止する訴訟を提起する権限を与える立法をすることも,憲法上可能なのである。……現実に争訟があれば,……連邦議会が,公務員であると否とを問わず,ある者に当該争訟に関し訴訟手続を開始する権限を与えることは,たとえこのような訴訟手続の目的とするところが公益の擁護のみにある場合でも,憲法上なんら支障がないのである。このような授権を受けた人は,いわば,私的法務総裁

4 4 4 4 4 4

なのである。」10

⒝ 以上の市民訴訟規定,およびフランクの意見と関連して筆者が着目している点は,以下の3点である。

第1に,アメリカ法では,「司法的執行(judi-cial�enforcement)」がとられているために,各行政機関による法の執行(実現)は,原則として,裁判所の手続きを経ておこなわれるということである11。政府(法務総裁等)が原告となり,法律や行政命令等に違反した者を被告に,違反行為を中止させる等のインジャンクションや民事課徴金の支払を求める訴訟は「執行訴訟ないし法実現訴訟(enforcement�action)」とよばれ,これは公益擁護を目的として提起される訴訟である12。

例として,行政機関の違反是正措置にはどのような手法があるのかを知るために,連邦の清浄水法(Clean�Water�Act)をみてみることにする。同法は,①許可の取消・更新拒否,②違反是正を求める行政命令,③作為・不作為を命ずる判決(インジャンクション),④刑事的制裁,⑤裁判を通じて課される課徴金(民事的課徴金),⑥行政手続のみによって課すことができる課徴金(行政的課徴金)等を規定する13。③〜⑤はEPA長官が当事者となって提起する訴訟,つまり司法を通じた執行である。他方,日本の水質汚濁防止法が規定する違反に対する是正措

置は,改善命令,一時停止命令等の行政命令と罰則である。罰則のみが,刑事訴訟手続きが適用される裁判を通じた執行であり④にあたる。しかしながら③および⑤のような規定は日本にはない。

なお,清浄水法は,EPA長官が当事者となって提起する訴訟は,すべての場合において,同長官は,連邦の法務総裁に提訴を依頼しなければならないと規定する14。

アメリカ連邦法に,包括的な行政執行制度は存在しない。他方,日本の行政代執行法1条は,アメリカ連邦法には存在しない包括的な行政的執行の制度を,立法政策として採択することを宣言したものと解される。おそらくはそのため,アメリカの民事的執行訴訟に対応する法制の例は日本には無い(公物使用許可の撤回後の民事訴訟を用いた明渡し請求といった,財産権に関わるものは除く)15。

日米において,以上のような行政の法執行方法に違いがあることは既に周知のことであるが,改めてこの点に着目したい。この相違は,日本において市民訴訟の導入を検討する際に,大きな課題に直面することを示唆していると思われる。それは法執行(実現)の主体として「市民」が関与することのみならず,法執行過程における司法の場を利用した「民事訴訟」自体を社会

(市民・企業),国家がどのように受容していくことができるのかということである。この点,

「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(独占禁止法)の2000年法改正により導入された私人による差止請求権(24条)や近時の消費者契約法をはじめとした消費者法分野における団体訴訟制度の創設(23条)などは,実施過程を独占する行政による公益実現を市民自身が「待っている存在」から,司法の場を通して

「法律目的実現に関与する存在」へと変貌を遂げる芽生えを示している例と言えるかもしれない16。

第2に,フランクの意見を読むと,市民が「私的法務総裁」となるゆえんは,「法務総裁」をはじめとする公務員が訴えを提起する権限を有す

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ることに由来している旨が述べられているが,この「法務総裁」という職とは如何なるものなのか。冒頭に触れたマサチューセッツ事件のように,州法務総裁によるEPAに対する訴訟の提起もある。連邦レベルにせよ,州レベルにせよ,

「法務総裁」という職は,政府内部のチェック・アンド・バランスの一躍を担う職なのだろうか。

第3に,市民訴訟とは,法務総裁の法(公益)の実現という役割の一部を行使する権限を,議会が一般市民に私的法務総裁として付与しているものとされている。ただし,判例では,「事実上の侵害(injury�in�fact)」を合衆国憲法3編の要求する憲法上の不可欠の要件と解し,「何人」に対しても出訴を認める市民訴訟においても,この要件を省略することはできないとする17。そのため,現状では,原告の主張が「事実上の侵害」に当たる(例えば,以前から川でキャンプや水泳を楽しんでいたが,汚染が心配なので今はそれができなくなったとするレクリエーション上の侵害18など,原告が何らかの不利益を被っている)と判断されないかぎりスタンディングの要件を満たしているとは認められない。それゆえ,司法の場を通じての法(公益)実現において,私的法務総裁としての市民には限界があるとも言える。

⒞ 以上をまとめると,各行政機関の法執行において,司法(刑事訴訟のみならず民事訴訟による)を通じた手段が活用されていること,法実現に関わる機関は各担当行政機関だけではなく法務総裁も関与していること,さらに厳密には「何人も」というわけではないが,一般市民

(団体も含めて)も裁判において私的法務総裁として法執行を一部担っていると言えよう。アメリカの「司法的執行」の現状や市民訴訟制度については,執行のコスト負担や効率性,行政の一貫性・安定性という観点19から,必ずしもプラスの評価だけを下すことはできない。しかしながら,以上の点を踏まえた上で,なおアメリカにおいて,環境訴訟を提起する者が日本に比べて広いことは殊に検討したい点である。

他方,ドイツやフランスには消費者法や環境法分野において団体訴訟制度がある。また,日本の消費者法分野において消費者団体訴訟制度が2007年より始動している。この日本の消費者団体訴訟制度は,政府が認定した

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適格団体に違反行為に対する差止請求権を付与するというものである。これに類似した団体訴訟制度が,仮に環境法の分野においても導入された場合,その法実現において少なくとも「政府と市民間」のチェック・アンド・バランスの関係は,アメリカとは異なるものになるのではないだろうかとういう点にも本稿は大きな関心を寄せている20。

第2節 本稿の目的と構成

⒜ 本稿の目的─以上の問題関心を背景に,本稿では,私的法務総裁として市民が環境訴訟を提起する役割(権限)を有してきた背景と位置づけを探究するための手掛かりを得るために,敢えてアメリカにおける法務総裁の役割,とくに,判例法上認められた,1世紀以上前から存在する,州の法務総裁が州民のために訴えを提起するパレンス・パトリエ訴訟に焦点を絞り,その概観を示すことを目的とする。

このラテン語の“parens�patriae”であるが,BLACK’S�LAW�DICTIONARYの第9版(2009)において,「parent�of�his�or�her�country」と示されている21。さらに,田中英夫編『英米法辞典』22は,パレンス・パトリエを「後見人としての国」と示す。そして,その内容を,伝統的には,幼児,禁治産者,精神薄弱者のように法的能力に制約のある者に対して国王が有する保護者としての役割をさした。今日でも,英米の家族法,少年法などでしばしば依拠される観念である。アメリカでは,州が後見人としての役割を果たす。その範囲は広く,人びとの健康,福祉などといった公共の関心事を保護するために用いられていると解説している。

このアメリカのパレンス・パトリエおよびパレンス・パトリエ訴訟に関して,少年法,反ト

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ラスト法,消費者法の分野において既に邦語による先行業績23がある。さらに「消費者行政推進基本計画」(2008年6月27日閣議決定)においても,「父権訴訟,違法収益の剥奪等も視野に入れつつ,被害者救済のための法的措置の検討を進めることも重要である」と指摘されているところである。2008年12月に設置された内閣府国民生活局長の私的研究会「集団的消費者被害回復制度等に関する研究会」においてもアメリカ父権訴訟に関する調査24が行われた。

他方,環境問題に関連するパレンス・パトリエ訴訟については,紹介や検討が十分に行われてきたとは言い難い25。それゆえ,当初,本稿では,環境問題に関連するパレンス・パトリエ訴訟を中心に論じる予定であった。しかしながら,そもそも,日本において,アメリカのパレンス・パトリエ訴訟について正面から扱う論考も管見ではほとんどなかった。そこで,本稿は,前節で述べた問題関心を背景に,環境法の視点から,パレンス・パトリエ,パレンス・パトリエ訴訟の歴史的展開,および同訴訟を担う州法務総裁を中心に鳥瞰的な素描を試みることにした。

ここで,本稿におけるいくつかの邦訳について説明をする。“parens�patriae”は,「国(の)親」,「後見人としての国」,「父権」などと訳されることがある。なお,羅和辞典26によると,

“parens”は,「親,(pl)両親,祖父,(pl)先祖」等を,“patria”は「祖国,故郷」を意味するとされる。以下本稿では,「パレンス・パトリエ」と統一することにする。

次に,Attorney�Generalの邦訳であるが,論考によって「法務総裁」,「司法長官」,「法務長官」と異なる。新聞などのマスメディアにおいては,一般的に「司法長官」と訳されている。本稿第2章1,2節において頻繁に参照した北見論文27は,「このAttorney�Generalについては,現在のアメリカ合衆国での司法省の長としての

「司法長官」の訳語があてられることも多い。しかしながら,法務総裁の職は司法省の創設以前

から存在しているものでもある。〔…〕司法省創設以前の時期,特に合衆国でのAttorney�Gen-eralの創設期においては,他の省の長たる長官

(Secretary)とはやや性格を異にする面も見られるように思われる。そこで本稿では,このAttorney�Generalに対しては「法務総裁」の訳語を,全時期を通じて統一的にあてはめることとする」としている。本稿においても,イギリス,アメリカの連邦・州のいずれのAttorney�Generalも,「法務総裁」という訳語をあてた。

なお,邦語文献の引用の場合には,その原文通りに記した。

⒝ 本稿の構成─本稿の構成であるが,第1章で,パレンス・パトリエの歴史を辿り,その歴史的展開について簡単に概説し,第2章では,パレンス・パトリエ訴訟を担う州法務総裁の歴史的展開,現在の連邦および州法務総裁の任務について紹介する。そして第3章において,連邦裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟の展開を中心に紹介・検討をおこなう。

第1章 パレンス・パトリエの歴史的展開

第1節 パレンス・パトリエの起源─イギリス国王大権

⒜ 元来,このラテン語の“parens�patriae”は,先にも触れたように「国の親(parent�of�his�or�her�country)」を意味する。アメリカの論考および判決によると,パレンス・パトリエ(訴訟)は,イギリス(厳密には,イングランド)の「国王大権(royal�prerogative)」という概念に,その起源があるとされている28。

イギリスの法学者ブラックストン(William�Blackstone)は,その著作『イングランドの法釈義』(1765年)において,「国王大権」に含まれるものとして,未成年者(infants)・生来の精神遅滞者(idiots)・精神障害者(lunatics)の後見人(guardian),および王国における全て

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の慈善行為の総監督(the�general�superinten-dence�of�all�charities)の義務を挙げ,それは,国王の良心の守護者である大法官(Lord�Chan-cellor)を通じて行使されてきたと解説する29。

大法官とは,中世においてイギリス国王の書記局的存在であった大法官府の長として,統治全体についての最も重要な助言者であった30。ところで,国王の統治全般に関与したのは王会

(Curia�Regis)であったが,事務処理上の便宜から王会の司法的機能が分化し,財務裁判所,王座裁判所が確立した。これらの裁判所は,王国に共通した一般的慣習に依拠する一方で,地方的慣習を無視することによって,コモン・ローを運用発展させた31。

中世において,国王裁判所が運営したコモン・ローでは救済が与えられないタイプの事件であっても,正義と公平の見地からは当然自分に救済が与えられて然るべきであると考えた者は,正義の源泉である国王にその旨の請願を提出した。これらの請願について,次第に王会の重要なメンバーであった大法官に委ねるのが通例となり,この大法官─そのもとにある大法官府─の与えた救済が繰り返されていくうちに,エクイティ(衡平法)と呼ばれる法体系が誕生することになる32。

こうして民事事件におけるエクイティを行使する大法官府裁判所が確立し,大法官権限が確立していく。大法官府裁判所は,もともと封建的身分関係や王権の代行者としての大法官の権限に属する訴訟を管轄していたが,しだいにその役割を拡大し,弱者が正当な封建的支配権を持つ者以外の者からの犠牲になることを阻止するために機能するようになる。典型的なケースは,莫大な遺産相続をした未成年者などの後見人,財産管理などで,それらと王権との関連を取り扱うものであった33。

さらに,国王の代理人たる大法官は,本来の土地所有者たる未成年者の資産を不当な後見人から守るために,未成年者の監護そのものまで介入するようになる34。1548年頃に「父親としての陛下」とか「父親役としての国王」とかいっ

た表現が初めて現れるようになったとされている。

1696年の後見人の不当な行為から被後見未成年者を保護するための訴訟に関連して,ソマーズ大法官は「子供の抗弁に関しては,いつも子ども側に有利でなければならない。大法官裁判所には,慈善・未成年者・精神遅滞者など,国父としての国王に属し,この裁判所の配慮と指導に帰すべきことがいくつかある」と述べたという。その後の訴訟においては,大法官府裁判所は,親のいない子どもの後見役にとどまらず,むしろ自衛能力のない者を擁護するために介入する一般的な権利を,国父としての国王から委託されているとの論拠から,親が存命中の子どもまでに干渉することになった。

1772年の「エア対シャフツベリ」判決35では,裁判所が,適切な機能を遂行する意思や能力がないと見なされる親に代わりうるという原理を一層明確にした。

さらに,大法官は適法な訴状の提出を待っている必要はなく,いかなる請願であれ,その必要性さえ示されておれば直ちに行動をおこせる,裁判所に継続させるためには何らかの被害の可能性があるという請願だけで十分である。なぜなら大法官は国親たる国王の代理なのだから,という主張がなされた。これは,裁判所が適法に係属した未成年者に対して特別の保護を与えうることを意味するだけではなく,それ以上に,未成年者に特別の保護を与えるためには,彼らを適法に裁判所に係属させることさえ可能であることも意味していた。

当時の代表的法学者チティは,1820年その著作において「パレンス・パトリエとしての国王」というタイトルを付けた第9章の中で,「国王は法的観念においては臣民の守護者である,未成年者,生来の精神遅滞者,精神障害者といった臣民の世話をすること,彼ら自身と彼らの財産に適切な配慮をすることは,国王に与えられた権利(というよりもむしろ義務である)」36と述べている。

以上を簡単にまとめると,パレンス・パトリ

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エは,イギリスの国王の権利(義務)を淵源とし,コモン・ローを補うエクイティを発展させた大法官府裁判所の裁判過程で,パレンス・パトリエという理論が成熟してきたということになる。

他方,このパレンス・パトリエの理論はエクイティ起源であるとする,英米はもとより日本においても通説とされている見解について,一定の修正を展開する(ローマ法の原理の借用ではないかと提言する)説37もあることを付言しておく。

⒝ ところで,ブラックストンは,「パレンス・パトリエとしての国王は,すべての慈善行為の総監督であり,国王は,良心の守護者である大法官を通してそれを行使している」と述べたうえで,「それゆえ,必要な場合に,法務総裁は,(一般的に関係人(relator)と呼ばれている)ある情報提供者から申請を受け,職権により,慈善行為を適切に運用するために,大法官府裁判所に訴えを提起する」と解説している38。

つまり,ここでは,法務総裁が,慈善行為に関して,大法官府裁判所の保護を求めるために訴えを提起していたことが示されている。

さらに,岡村周一は,「パレンス・パトリエ,すなわち公衆の権利・利益の保護者としての国王は,彼の第一法務官(first�law�officer)である法務総裁を通じて行為していた」と解説する39。

本稿では,この法務総裁を通じた行為が,いつ頃・どのように発展してきたものなのか,探究することはできなかった。しかしながら,同上の論考によると,公衆を代表する法務総裁

0 0 0 0

が,公的権利・公的利益の保護のために訴えを起こしていた,その最もよく知られた例の一つは,パブリック・ニューサンス(public�nuisance)40の場合であるということである。「法務総裁が,パブリック・ニューサンスを抑止するために,インジャンクションを求めて訴えを起こす資格は,少なくとも,18世紀には確立されていた」41とされる。

つまり,歴史的に,パレンス・パトリエとしての国王の権利(義務)は,大法官を長とする大法官裁判所のみならず法務総裁を通して実現されていたことが推測される。

日本において,イギリスのパレンス・パトリエを紹介する論考の中には,法務総裁によるパレンス・パトリエ訴訟は,アメリカ特有の理論的発展を遂げたものであると説明するものもみられる42。しかしながら,歴史的にイギリスにおいても,パレンス・パトリエとして,法務総裁が,公衆の権利・利益を保護するために訴えを提起する訴権を有していたと推測できよう。なお,法務総裁による公衆の権利・利益の保護のための訴えの提起に関しては,本稿2章1節⑴においても後述する。

第2節 アメリカにおけるパレンス・パトリエ

パレンス・パトリエという概念(理論・法理・思想)は,アメリカ合衆国にも継受された。国王大権は,アメリカでは州政府および連邦政府の権限として置代わり,イギリスでみられたような二つのタイプに大別されるといえよう。

第一に,州が,未成年者や精神障害者などの法的能力に制約のある者に対する後見人として行動することを認める場合である43。アメリカの少年裁判所の基礎をなす思想ともなった。

第二に,州(法務総裁)が,準主権的利益(quasi-sovereign� interest),つまり公益ないしは政府の利益を保護するために訴えを提起する権限である。

なお,第一のタイプは,強い立場の者(州)と弱い立場の者(個人)の関係であると述べることもでき,パターナリズム(父権的干渉(保護・温情)主義などと訳されることもある)に関連して問題が論じられる場合があると思われる。

以下では,第二のタイプ,いわゆるパレンス・パトリエ訴訟について検討する。そしてこの訴訟を提起する任務を負っているのは,アメリカ

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において各州の主に法務総裁である44。次章では,パレンス・パトリエ訴訟の検討を行う前に,法務総裁の歴史的起源と今日の実態について,簡単に概観する。

第2章 パレンス・パトリエ訴訟を担う州法務総裁

「法務総裁(Attorney�General)」と称される職の歴史的起源は,イギリスに遡る。元来イギリスにおいて法務総裁は,国王の最高の法律顧問として指名された法律家のことであり,遅くとも13世紀中葉には,法廷において国王の利益を代弁していたとされる。この職は植民地であったアメリカにも設けられアメリカ合衆国建国後,今日に至るまで連邦にも州にも存在するポストである。

第1節 歴史的展開45

⑴ イギリスにおける発展⒜ 法務総裁の職務─イギリスの法務総裁

の起源は,遅くとも13世紀中葉に,ブロック(Lawrence�Brok)が,法廷において国王の利益を代弁する法律家として任命されたことに遡るとされる46。当時,国王に従事していた法律家の任務は,地代および土地の回復訴訟を提起すること,国王の家来に対して追放刑を言い渡した者を訴えること,教会に対する国王の権利を守ること,国王に対する殺人行為を捜査することなどであった47。つまり最初の法務総裁と考えられる法律家は,国家の財産や家来を守るために法的措置を執ることや,重大な刑事事件の訴追などの権限を有していた48。

14世紀には,国王の法律家たちは,コモン・ローを運営する王座裁判所(the�King’s�Bench)や人民間訴訟裁判所(the�Court�of�Common�Pleas)など特定の裁判所において国王の代理人とされた。15世紀までに,彼らは特定の事件のすべての法廷に参加する権限を有することになる49。フシー (William�Husee)�が初めて,法務総

裁という称号の職に任命され,これ以降,法務総裁は国王の下の法律家の長とされた50。

それから約200年後には,イギリスの法務総裁は,議会の助言者としての役割も担うようになった。18世紀の初頭までには,貴族院の法律助言者,庶民院の議員として庶民院の代言人

(advocate)へと発展していった51。こうして,国王の法律助言者として出現し,裁

判所において国王の代理人としての任務を担っていたイギリスの法務総裁は,アメリカの独立戦争期に至るまでに政府内の各省の法的助言者となり,各省が訴訟を必要とする場合にその代理人として法廷に立つこととなった。それゆえ,法務総裁は,徐々に国王の下の法律家としての性格が薄れていき,正義に対して責任を負う公僕(a�public�official�responsible�for�justice)となったということである52。

今日イギリスでは,法務総裁は,バリスタ(barrister)の中から内閣が選び,その助言に基づいて国王が任命する。実際には,庶民院議員によりその座を占められるのが通例である。その任務は,重要な法律問題ついて政府の助言を与えること,求められれば刑事事件および歳入に関係のある事件などにおいて国を代表すること,そのほか制定法上定められている職務に従事することである53。

⒝ 法務総裁による訴えの提起─本稿第1章でも触れたように,イギリスでは,「パレンス・パトリエ,すなわち公衆の権利・利益の保護者としての国王は,彼の第一法務官(first�law�officer)である法務総裁を通じて行為していた」とされる。その結果,法務総裁自身もが,公衆の権利・利益の保護者とも呼ばれる54。

この意味で公衆を代表する法務総裁は,公衆の権利・利益が侵害される場合には,それに関して,インジャンクションまたは宣言的判決を求めて訴えを起こす資格を常に有するとされていた。法務総裁が,パブリック・ニューサンスを抑止するために,インジャンクションを求めて訴えを起こす資格は,少なくとも,18世紀に

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は確立されていた。また,すべての公共信託(charitable�or�pub-

lic�trust)の保護者である国王を代弁する法務総裁が公共信託に関して訴えを提起する資格を有することも,早くから確立されていた。法務総裁は,公共信託に服する地方当局の基金の違法支出等に対して訴えを提起していた。19世紀後半期の諸判例の中で,公の団体の権限の踰越一般に関して,さらに制定法によって課せられた義務に違反する違法な行為を抑止するために訴えを起こす資格も確立された55。

なお,以上の訴訟のほとんどは,いわゆる「リレータ訴訟〔関係人訴訟〕(relator�action)56」であった。すなわち,私人の申請に基づき,その者をリレータとして,法務総裁の名において起こされる訴訟である57。このリレータ訴訟において,法務総裁は,公益を保護するためにリレータ訴訟の許可を申請した者に対して,その許可を付与し,訴訟の遂行を委ねることによって,私的な権利の保護のための救済手段であるインジャンクションや宣言的判決を,公益を保護するための公法上の救済手段に変換することができるのである58。

イギリスの法務総裁の歴史を探究することは,イギリスにおける公益訴訟の歴史的展開を辿ることとも連関する。それゆえ,日本において市民の環境訴訟へのアクセスを検討する際に,有益な示唆をえることができると思われ,非常に興味深い。しかしながら,この点は,本稿の域を超えるものであり,本節が依拠した論考をはじめとし邦語による一定の先行業績がある。そこで,本稿では,以上の簡単な紹介に留めて,次節⑵のアメリカへの継受の過程に進むことにする。

⑵ 植民地期17世紀初頭から,アメリカ新大陸にはオラン

ダやフランスなど各国が植民地経営に乗り出した。イギリス人によるアメリカ植民が成功した最初の例は,1607年に現在のヴァージニア州のジェイムズタウンの地に作られた植民地である。

記録によると,最初に任命された法務総裁は,1643年のヴァージニアにおけるリー(Richard�Lee)であるとされている59。植民地の法務総裁は,イギリスの法務総裁と類似の権限と任務を有していたが,必ずしもその職責を全うしてはいなかったとされる。

その理由として,その当時,法務総裁の職が低賃金であることから,積極的な意思に欠け,さらに被任命者が限定されていたことが挙げられている60。また,法務総裁の任務に関しては,制定法による規定が置かれることはなく,判例法に委ねられていた61。�

各植民地の法務総裁はさまざまな義務を負っていた。例えば,メリーランドの法務総裁62は,殺人・窃盗・反乱・暴動・海賊行為を行った者を逮捕するための起訴状の作成,大陪審への出席,礼拝式において聖職者(minister)を妨害する者に対処するなどの広範囲に及ぶ任務を負っていた。さらに,裁判所と密接に連携し,州評議会(Council�of�State)に,新たな裁判所を創設することやカウンティ裁判所に法律家(at-torneys)を任命することなどを提言していた。

ペンシルベニア63は,17世紀にクエーカーでイギリス人のウイリアム・ペンが植民地として建設した地である。しかし,最初に,ヨーロッパ人としてペンシルベニアに入ってきたのはスウェーデンやオランダの入植者であった。その為,ペンシルベニアの初期の法務総裁職は,さまざまな影響を受けていた。具体的には,スウェーデンやオランダの制定法,ローマ法,デラウェア族法,ヨーク公の法律,クエーカー教徒の平等主義,伝統的なイギリスのコモン・ローの影響である。18世紀,法務総裁は,総督のための法律家,そして総督に指名された法律家としての役割を認識していた。しかし,多くの場合,植民地の市民のために総督に抵抗した。総督やその他の役人に対する法務総裁の助言は,彼らの権限または特権を広げるというよりも,むしろ総督や役人の権限や特権の範囲を人民が選出した代表者たちの望みに限定する傾向がみられたとのことである。ペンシルベニアの法務

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総裁の職務は,国王や行政府を擁護することよりも,公益(public�interest)や個々の市民の利益(the�rights�of�individual�citizens)を主張する法的擁護者に成長していった。

次に,ニューヨークであるが,オランダ人が最初に入植し(英国に割譲されるまでニューアムステルダムと呼ばれていた),1674年からイギリスの管理下になる。最初の法務総裁は1690年に,国王の命令により総督(governor;植民地において国王に代わって統治をおこなっていたもの)によって任命された。ニューヨークの法務総裁の義務の中には,国王の訴訟の指揮をとることが含まれていた。特筆すべき点は,その一つが「エクイティ裁判所に訴えを提起することによって(by�information�to�chancery),パブリック・ニューサンスを防止する」ことであった64。つまり,ここでは,イギリスにおいてパブリック・ニューサンスを防止するために訴えを提起するという法務総裁の権能が,植民地のアメリカに継受されていることが示唆されていると言えよう。

以上,植民地期の法務総裁について,いくつかの植民地をとりあげて,ごく簡単に垣間見た。今回検討した限りで小括するならば,植民地期において,法務総裁という職が継受され,植民地によっては,法務総裁という職が,国王,役人,行政府の擁護者というよりも,「公益および個々の市民の利益を擁護する存在」に発展していったと述べることができよう。

次節以下では,現在の法務総裁について概観する。最初に,連邦の法務総裁についてみていくことにする。

第2節 現在の連邦法務総裁65と司法省

合衆国憲法には,法務総裁に関する規定はおかれていない。合衆国建国後,1789年に制定された裁判所法の35条において,合衆国政府の訴訟活動に関する規定がおかれた。ここに法務総裁の二つの任務が定められた。それは①最高裁判所における合衆国に関わるあらゆる訴追と訴

訟の遂行であり,つまり合衆国の代理活動をおこなうこと,②大統領と各省庁官に対して助言や意見を提示することであった66。

1870年の司法省(Department�of�Justice)設置後,法務総裁は司法省の長として「閣僚」の一人であり,大統領の指名と上院の承認により任命される政治的な官職である67。その任務の範囲は著しく増大してきた。法務総裁の当初からの任務である,訴訟活動と意見書提出に加えて,現在においては,目立った活動だけをあげても,麻薬取締,一定の連邦法に関する捜査活動,恩赦に関する捜査活動,強制執行に関する任務など,さまざまな任務を担っている68。

このうち訴訟活動については,現在では,法務総裁自身が実際に行うことはまれである。実際の訴訟活動は,司法省の中に設けられている①刑事局(Criminal�Division),②民事局(Civil�Division),③市民権局(Civil�Rights�Division),④反トラスト局(Antitrust�Division),⑤租税局(Tax�Division),⑥環境・自然資源局(Envi-ronment�and�Natural�Resource�Division)の6局が,それぞれ担当する範囲の事件について活動を行うこととされている69。

合衆国を代表して,環境と自然資源に関する訴訟を担当するのが,環境・自然資源局である。その任務は,約150の連邦制定法に基づく。例えば,清浄大気法,清浄水法,包括的環境対処補償責任法,安全飲料水法,絶滅のおそれのある種の法である。当局のウェブサイトには,さらに以下の任務が紹介されている70。⒜すべての国民のために清浄な大気,水,土地を確保するために連邦環境法を執行すること,⒝連邦の汚染防止に関する法律や野生動物に関する法律に違反する環境事件を起訴すること,⒞環境法や自然資源に関する法律,行政機関のプログラムや措置を擁護すること(defend),⒟連邦の公有地,自然資源,文化財に関する管理を規定する制定法のもと訴えを提起すること,⒠条約,法律,行政命令のもとインディアンの権利を保護するために訴えを提起すること,インディアンから提起された請求に対して合衆国を擁護する

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こと,⒡公共の目的のために土地を取得する際に合衆国を代理して土地収用手続を行うこと,⒢)連邦巡回控訴裁判所,州控訴裁判所において当局の控訴裁判の指揮をとること,⒣訟務総裁室による連邦最高裁への上訴を支援すること,⒤環境法および自然資源に関する法律問題に関して,法務総裁,議会,行政管理予算局,ホワイトハウスに助言を行うこと─など。

以上のように,法務総裁を長とした司法省の中に,実際の訴訟活動を担う6つの局がある。その一つとして環境・自然資源局があり上記の任務を果たしている。なお,EPAとの関係であるが,例えば清浄水法違反の訴訟実務過程をみると,EPA内部において起訴・提訴に関して事前協議・調整が図られるが,当該事件を取り上げて手続きを進めるかどうかは,最終的には司法省の裁量にかかっているとのことである71。

第3節 現在の州法務総裁

法務総裁の規定を,最初の州憲法においたのが34州であり,法律に規定したのが8州である。他方,州となった当初に法務総裁の役職を有していなかった州が8ある。

そして,今日50州すべてと6つの法域─コロンビア特別区,アメリカン・サモア,グアム,北マリアナ諸島,プエルトリコ,ヴァージン諸島─において,法務総裁または法務長官

(chief�legal�officer)と呼ばれる役職がある72。現在の州法務総裁は,州行政機関や立法府の

訴訟代理人(counselors73)─州の利益のために訴えを提起し,州に対して起こされた訴訟に応訴する州の法律家(stateʼs� lawyer)74─として,そして公益を代表する者(representatives�of�the�public�interest)として役割を果たしている75。そして,反トラスト法,破産法,消費者保護法,刑法,サイバー犯罪,環境法の分野において,今日連邦政府と執行権限を共有し協力関係を構築している76。

現在,各州に法務総裁が存在しているが,その選任方法は様々である。多くの州(43州)に

おいて法務総裁は選挙で選ばれている。それ以外に,知事が任命する州(アラスカ州,ハワイ州,ニューハンプシャー州,ニュージャージー州),知事が任命するが州議会の承認を必要とする州(ワイオミング州),州議会の選挙による選出(メーン州),そして州最高裁判所が選任する州(テネシー州)がある77。

多くの州において法務総裁が州民による選挙によって選任されていることは,田中英夫著『アメリカ法の歴史』が,「人民「による」統治を強調する考えは,なるべく多くの地位を公選で選ぶという立場となる。州知事のもとにある(州務長官,財務長官,法務総裁などの)主要な行政官,シェリフその他民衆生活に密接な関係のある地方官吏,さらに裁判官および検察官並びに裁判所の主要職員までもが,公選によって選任される78」と解説していることの一例を示していると言えよう。

次に,法務総裁の権限と義務についてであるが,各州憲法および制定法に基づき州によって大きく異なる。また各州判例法から生じた権限や制限もある。州のリーガル・サービスが,法務総裁に集中化・統合化しているのは全国的な傾向である。この傾向は,州立法府による法務総裁への権限移譲および新たな権限付与の増加に結びついてきた。法務総裁は,もはや州の

“chief�lawyer”にとどまる存在ではない79。大部分の州に共通している重要な職務は,州

に関わる訴訟管理,知事や行政機関への法的助言,執行府・司法府・立法府への意見書の提出,政府・非政府の違法行為に関する調査,刑事法の執行などである。また制定法によって,法務総裁に,消費者保護,環境,市民的権利,欺網行為,証券,および反トラストに関する訴えを提起する権限を付与する州もある。さらに,州によっては,判例法上,公益(public�interest)のために,またはパレンス・パトリエとして訴えを提起することができる権限を有する法務総裁もいる80。

次節では,州法務総裁の一例としてマサチューセッツ州の法務総裁についてとりあげる。

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第4節 マサチューセッツ州の法務総裁

本節では,冒頭で触れたMassachusetts�v.�EPAの原告州であるマサチューセッツ州の法務総裁81について紹介する。

マサチューセッツ州憲法82条は,法務総裁の選任方法について規定する。同条のもと,法務総裁は,知事,副知事,州務長官,財務長官,監査役と同じく4年ごとの選挙で選出されなければならない。また,法務総裁の権限および義務については,マサチューセッツ州の一般法の第12章(Mass.�Gen.�L.�ch.�12.)において規定されている。法務総裁を長とした法務総裁室(The�Office�of�the�Attorney�General)は以下の5つの局(bureaus),①事務総(Executive)局,②ビジネス・労働(Business�and�Labor)局,③刑事(Criminal)局,④政府(Government)局,⑤公衆保護・擁護(Public�Protection�and�Ad-vocacy)局で構成されている。そして,⑤の公衆保護・擁護局に,環境保護部(Division�of��Environmental�Protection)が設置されている。

同章11条Dは,環境保護部について規定する。要約すると,①法務総裁は,副法務総裁の1人を,環境保護部長として指名しなければならない。②環境保護部長は,法務総裁の承認を得て,必要な専門家の任命および解任ができる。③法務総裁は,自然人,法人,行政機関等によってもたらされた環境損害を未然防止または修復する権限(the�authority�to�prevent�or�remedy�damage�to�the�environment)を有する。そして行政機関の要請あるいは法務総裁自身の判断によって,制定法・条例を執行するための,およびパブリック・ニューサンスの除去を含めたコモン・ロー上の権利または救済を行うための法的手続,または民事・刑事の訴訟手続を開始もしくは介入することができる。④この規定の

「環境損害(damage�to�the�environment)」とは,現実または起こりうる(actual�or�proba-ble),自然資源に対する破壊(destruction),損害(damage)または損傷(impairment)を意

味するとし,例えば,大気汚染,水質汚濁,不適切な(improper)下水処理,農薬汚染,過度の騒音,廃棄物処理場の不適切な操業,河川,小川,氾濫原(flood�plains),湖,池,その他の地表水・地下水資源の損傷もしくは富栄養化,または海岸,砂丘,海洋資源,水中の考古学的資源,オープン・スペース,自然地域,公園,歴史的地区,史跡の破壊である。しかしながら,上述の自然資源に対する,取るに足りない(insig-nificant)破壊・損害・損傷は,「環境損害」に含まれないとする。⑤法務総裁は,環境損害に関して,関係者から苦情に関する適切な記録を受理し,保管しなければならない。その記録に基づき,必要に応じて環境損害を未然防止および修復するための措置を講じるために,州の適切な行政機関に記録の問い合わせをしなければならない。⑥法務総裁は,行政機関・局・委員会などによる環境制定法・条例・規則の運営に関して調査をし,適時,知事などに提言をおこなうこともできる─など。

また,実際に,法務総裁室は,環境法違反者を発見し問題を明らかにする際に,州や連邦の行政機関とともに,とくにマサチューセッツ州の環境保護省(the�Massachusetts�Department�of�Environmental�Protection,以下「MDEP」)と緊密な協力関係にある。さらに環境犯罪の調査および起訴に際して,法務総裁室は,「環境執行部隊(Environmental�Strike�force)」を通して,MDEPやエネルギー環境問題執行室の環境警察官(Environmental�Police�Officers�from�the�Executive�Office�of�Energy�and�Environmen-tal�Affairs)と連携する。上述の「環境執行部隊」は,MDEPの科学者や技術者,漁業・狩猟省(Department�of�Fish�&�Game)および州警察の環境警察官,法務総裁室の検察官で構成されている組織である。

なお,民事訴訟の提起に関しては,法務総裁室の環境保護部が担当している82。

以上,マサチューセッツ州の法務総裁室環境保護部の任務を中心に紹介をおこなった。その任務にあたっては,多くの行政機関と連携をと

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り環境法違反に対して対処している。さらに,近時の民事訴訟の例としては,(本稿第3章4節⑵において後述)Massachusetts�v.�EPAがある。

第3章 パレンス・パトリエ訴訟

この章では,具体的にどのような内容のパレンス・パトリエ訴訟が提起されてきたのかを概観する。今日までに,連邦裁判所のみならず州裁判所においても,州がパレンス・パトリエとして訴えを提起する権限を認めている。また,一般的に州裁判所は連邦の先例に準拠しており83,それゆえ,本章では,連邦裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟を中心に紹介をおこなう。

第1節 連邦裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟

⑴ 概観⒜ 最初に,合衆国憲法が定める連邦裁判所

の管轄権に関して触れておきたい。以下のとおり合衆国憲法3編2節1項には,合衆国の司法権の範囲が列挙されている。

合衆国憲法第3編2節1項84

「司法権は次の諸事件に及ぶ。この憲法,合衆国の法律および合衆国の権限に基づいて締結されまた将来締結される条約の下で発生するコモン・ロー上およびエクイティ上のすべての事件。大使その他の外交使節および領事に関係するすべての事件。海法および海事裁判権に関するすべての事件。合衆国が当事者である争訟。2以上の州の間の争訟。《1州と他州の市民との間の争訟》。相異なる州の市民の間の争訟。相異なる州から受けた権利付与に基づく土地の権利に関する同じ州の市民の間の争訟。《1州またはその市民と他の国家または外国の市民もしくは臣民との間の訴訟》」

(《 》内は,第11修正により補足)

この規定に列挙された管轄権は,その性質に

よって二つに大別できる85。第一に,争われている内容に基づくものであり,①「〔合衆国〕憲法,合衆国の法律および合衆国の権限に基づいてすでに締結されまた将来締結される条約のもとで生起する(arising�under)コモン・ロー上およびエクイティ上の事件」に関する,いわゆる連邦問題(federal�question)管轄権,②「海事事件および海事裁判権に属する事件」,③「大使その他の外交使節および領事が関係する事件」である。第二に,争っている当事者に基づくものであり,①相異なる州の市民間の争訟,いわゆる州籍相違(diversity�of�citizenship)事件,②合衆国を当事者とする争訟,③州が当事者となる争訟である。第3編2節1項は,連邦司法権が「1州と他州の市民との間の争訟」にまで及ぶと明記しているが,これは,州が原告として他州の市民を被告として訴訟を起こすことができることを意味する。

合衆国憲法第11修正は「合衆国の司法権は,合衆国の1州に対して,他州の市民または外国の市民もしくは臣民によって提起され追行されるコモン・ロー上またはエクイティ上の訴訟にまで及ぶものと解釈してはならない」と規定しており,ある州の市民は他州を被告として連邦裁

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

判所に訴訟を提起することはできず0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

(相手の州の同意がないかぎり),相手の州の裁判所へ訴えを起こす必要がある。しかし,各州は州法によって州に対する訴訟を制限することがあり,そのような場合の救済策としては,当該州の州議会に請願するしか方法がないと解されている。また,この規定は,他の州あるいは連邦政府が,州を相手取って,連邦裁判所に訴えを提起することを妨げるものではない86。

以上のように,合衆国憲法3編2節1項は,連邦裁判管轄権(federal�jurisdiction)と州裁判管轄の区分を前提に,連邦裁判管轄権の大枠を示したものである。なお,この条文の列挙が,すべての事件(case)または争訟(controversy)を対象としていることから,連邦裁判所で扱うのは具体的事件・争訟であって,抽象的法律判断を行う勧告的意見は下しえず,また訴訟提起

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にあたって,原告はスタンディングが要求される。裁判所は,個別環境制定法の「市民訴訟」規定に基づく原告であっても,「事実上の侵害」を示す必要があるとする根拠条文として解してきた87。

⒝ 次に,州が連邦裁判所でスタンディングを有するのは,主として以下の場合である88。第一に,州が私人と同様の訴えの利益をもつ(契約や連邦制定法などに実体権の根拠がある)場合である。第二に,州境画定訴訟や州際河川の水利権89に関する訴訟のように,州が主権としての立場で訴えを提起する場合である。この場合,とくに他州を被告とするときには,適用法は事件の性質上,いかなる州法も適用することができないし,合衆国憲法や連邦制定法も基準を提供できないので,連邦裁判所が独自に形成した判例法(連邦コモン・ロー)の適用の余地が大きい。そして,第三に,準主権的利益(つまり,州全体に関係する公益または政府の利益

(public�or�governmental� interests�that�con-cern�the�state�as�a�whole))を保護するためにパレンス・パトリエとして訴えを提起する場合である。これが,本章で検討するパレンス・パトリエ訴訟である。

州は,19世紀後半以降,州民の健康・安全・福祉など私人がスタンディングを持ち得ないような利益を追求するためにパレンス・パトリエとして訴えを提起する傾向がみられるようになった90。そして,関連する初期の判決を中心に,州民の健康などが脅かされたときに,州が独立した主権国家であるならば,交渉や戦争などによる救済が認められるが,州は,外交権

(diplomatic�powers)を連邦に加盟した際に放棄しており,その代替手段が連邦裁判所における訴訟であると説明する91。

なお,合衆国憲法は日本のような単一法国ではなく,州を構成単位とする連邦国家を作ったのである。「現在でも連邦と州との二重主権という構図には変更はない。確かに,合衆国憲法が州の権限に制約を置いている限り,また,合衆

国憲法によって認められた権限を連邦政府が行使している限りでは,合衆国憲法第6編2項が合衆国憲法や連邦法を国の最高法規(supreme�law�of�the�land)としている以上,州政府や州公務員はそれに従わなければならない。しかしそのような制約のない場合には,州はなお残存する主権を行使して,独自の政策や立法を州内で実現することができるのである。そのような場合には,制度上,連邦も州の上位にあるのではない。これは連邦が州に権限を委譲するという意味での地方「分権」の問題ではない。主権はもともと州に属している」92ことを付言しておく。

かくして,イギリスにおいて展開されたパレンス・パトリエの概念は,アメリカにおいても発展を遂げ,州政府に,「準主権的利益」の侵害に対して救済(redress)を求める訴権を認める理論となったのである93。今日までに,州は,他

0

州0

・私人0 0

・連邦政府0 0 0 0

を相手にして訴えを提起してきた。なお,連邦政府を被告とするパレンス・パトリエ訴訟に関しては,その是非が争われており本章4節において後述する。

さらに,今日までに,連邦裁判所のみならず州裁判所においても,州がパレンス・パトリエとして訴えを提起する権能が認められている。また,州裁判所は,パレンス・パトリエ訴訟に関して,通常,連邦の先例に依拠しており94,それゆえ,本稿では,連邦裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟を中心に紹介をおこなう予定である。

以下では,アメリカの連邦裁判所が,歴史的にどのような事件において,パレンス・パトリエとして州が訴えを提起することを認めてきたのかを考察していくことにする。

⑵ 連邦裁判所における歴史的展開⒜ 19世紀末から20世紀前期パレンス・パトリエ訴訟に対して連邦最高裁

が初めて判決を下したのが,【1】Louisiana�v.�Texas,�176�U.S.�1� (1900)判決であった。本件は,ルイジアナ州の商品の入港を阻止しようと検疫

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停船規制をおこなったテキサス州に対して,ルイジアナ州がインジャンクションを求めたものである。最高裁は,この事件は「私人が訴訟を提起できるような特別な損害を示している訳ではないが,しかし,ルイジアナ州は,全州民のパレンス・パトリエ,受託者(trustee),後見人(guardian),または代表者(representative)の立場を示している」,「この訴訟原因が,ルイジアナ州の権限に対する権利侵害,または州の財産に対する特別の損害であるとは考えられないが,一般住民(citizens�at�large)に対して影響を与える問題であるから,州は救済を求める権限を有している」とした(Id.�at�19)。

20世紀前期において,パレンス・パトリエとして州が救済を求めた紛争は主として,環境や天然資源に関係する事案であった。

その原始的な例として,【2】Missouri�v.� Il-2】Missouri�v.� Il-】Missouri�v.� Il-linois,�180�U.S.�208�(1901)が有名である。この事件は,ミズーリ州が,イリノイ州およびシカゴ市衛生管理局に対して,下水処理のために建設された人工水路等からの汚水の排出は,ミズーリ州民の健康に影響を与える継続的なニューサンスを惹起し,このまま放置しておけばミズーリ州民の飲料水が汚染されることになるし,ミシシッピ川に有害な影響を与えるとして,下水処理のための水路利用のインジャンクションを求めたものである。これに対して,被告イリノイ州他は,原告の訴えは,法的根拠がないとする妨訴抗弁(demurrer)95をおこなった。

連邦最高裁は,「ミシシッピ川に接した地域に居住する住民の大部分の健康または快適性に関係するだけでなく,川に接する村や町に侵入する伝染病やチフスは州全地域に広がるおそれがある。さらに,ミシシッピ川に接する州内の町や村の健康や財産を実質的に侵害することは,商業上の首都を含む州全体に悪影響を及ぼす。損害を受けるおそれのある,または損害を受けたことを理由として,住民の各個人が訴えを提起することは,全体として不十分で不相応な救済であることは,議論の余地がない」とし,この事件が「州境の問題でもイリノイ州の直接的

な財産権の問題でもないことは確かであるが,州民の健康や快適性(comfort)が脅かされるとき,州は,州民を代表し保護する(represent�and�defend)適格な当事者である」(Id.�at�241)ことを認めた。さらに,この判決は,ミズーリ州が一つの独立した主権国家であるならば,交渉や場合によっては戦争という手段を求めることができる。しかしながら,それらを連邦政府に放棄しており96,その代わりに州が当事者である事件において,憲法上の救済を受けることができる旨を示した(Id.)。

この事件に続いて,【3】Kansas�v.�Colorado,�185�U.S.125�(1902)事件がある。カンザス州が,コロラド州がArkansas川の分水を行うことは,カンザス州領域内の同河川を汚染させるおそれがあり,州や州民の財産のみならず健康や快適性を脅かすものであると主張し,川の分水に対してインジャンクションを求めた。これに対して,被告が原告の訴えは法的根拠がないとする妨訴抗弁(demurrer)97をおこなった。連邦最高裁は,

【2】の事件を引用した上で,カンザス州がその争訟(controversy)において金銭的利益(pecu-niary�interest)を有していないという事実だけで,連邦最高裁判所の第一審管轄権が否定されるわけではない。全州民あるいは大部分の州民のパレンス・パトリエ,受託者,後見人,代表者としての州が訴えを提起することは可能である。両州の間を流れる河川が,一方の州の下で汚染されるおそれがあり,他方の市民の健康と快適性が危険にさらされているという事実は合衆国憲法の下における正当な訴訟原因といえるとし,州による訴えの提起を認める法的根拠があるとし(Id.�at�142),被告の妨訴抗弁を退けた(Id.�at�147)。【4】ジョージア州が,テネシー州内の製銅工

場からの亜硫酸ガスを含む煙がジョージア州内の森林や作物に影響を与えていることを理由に,その有害ガス排出のインジャンクションを求めて出訴したGeorgia�v.�Tennessee�Copper�Co.,�206�U.S.�230�(1907)事件がある。連邦最高裁は,

「州は,準主権的権能において,州の領域内の土

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地と大気において,州民の権原から独立した背後にある利益を有する」,「各州では不可能な州外からのニューサンスの強制的除去を,州の連合としての合衆国がおこなう場合に,州はすべてに従うことを同意したわけではない。州は,依然として自分たちの手中にある準主権的利益を根拠とした合理的な要求をおこなう可能性を放棄していない。そして,武力の代わりが,この裁判所における訴訟である」(Id.�at�237)と述べた上,ジョージア州のインジャンクションの請求を認めた(Id.�at�239)。

また,【5】ニューヨーク州が,ニュージャージー州の下水処理計画がニューヨーク港の水質を汚染するとして,ニュージャージー州および州行政機関のパセーイク・バレー下水処理委員会(Passaic�Valley�Sewerage�commissioners)を被告として,大量の下水排出に対してインジャンクションを求めたNew�York�v.�New�Jersey,�256�U.S.�419�(1921)事件がある。連邦最高裁は,上掲【2】【4】の事件を引用し,州民の健康・快適性・繁栄と州民の財産が深刻に脅かされる場合に,州は合衆国憲法のもと連邦最高裁に訴えを提起することによって州民の諸権利を代表し保護する適格な当事者(proper�party)であるとした(Id.�at�301-302)。

さらに,【6】ノースダコタ州が,ミネソタ州の排水路が原因で湖が氾濫しノースダコタ州領域内の農地に損害を与えることを主張して,その排水路利用のインジャンクションと損害賠償を求めた事件がある(North�Dakota�v.�Minne-sota,�263�U.S.�365�(1923))。連邦最高裁は,州は,準主権として農場経営者たちの快適性・健康・繁栄に利益を有するとした。しかしながら,この事件において,湖の氾濫に対してミネソタ州に責任はないと認定されインジャンクションの請求は認められなかった(Id.�at�388)。また,他州に対して,州が個々の農家に代わり請求する損害賠償金(damages)については,合衆国の司法権は,ある州の市民が他州を被告として提起する訴訟にまで及ばないと規定する合衆国憲法第11修正の観点から,連邦最高裁判所の第一

審管轄権の範囲を超えているとされた(Id.�at�374-375)。

なお,以上で紹介した【2】乃至【6】の判決は,後掲【14】Alfred�L.�Snapp&�Son,�Inc.�v.�Puerto�Rico�ex�rel.�Barez,�458�U.S.�592,�at�603�(1982)�において,州がパブリック・ニューサンスのインジャンクションを求めた際に,連邦裁判所が,州に州民の利益を代表して訴えを提起することを認めた判決として引用されている事例である。

そして,【7】ペンシルベニア州が,同州への天然ガス供給量を大幅に減らすことを規定したウエスト・ヴァージニア州の制定法が,ペンシルベニア州民の健康や快適性に影響を与え,天然ガスに依存してきた産業を衰退させること,さらに合衆国憲法第1編8節3項〔州境を越える通商を規定する立法権限は連邦議会にあるとする〕州際通商条項に違反するとして同法の施行のインジャンクションを求めたPennsylvania�v.�West�Virginia,�262�U.S.�553� (1923)事件がある。連邦最高裁は,「各州の消費者というのは,州民の大部分である。ガスの供給停止のおそれにより,州民の健康・快適性・福祉が著しく脅かされる。このことは,州民全体の関心事である。州は州民の代表として,影響を受ける個人の利益とは別の利益を有している。それは,単に間接的・倫理的な利益を意味するのではなく,直接的・法が認める利益である」(Id.�at�592)と述べ,ペンシルベニア州は,ウエスト・ヴァージニア州で生産される天然ガスの利用における州民の利益を代表する適格な当事者であるとされた。連邦最高裁は,ペンシルベニア州の主張を認め,被告州の法律は違憲であるとし無効とした(Id.�at�600)。

⒝ 20世紀中期20世紀中期になると,反トラスト法98�の領域

においてパレンス・パトリエ訴訟が用いられる。最初の事例は【8】Georgia�v.�Pennsylvania�Railroad�Co.,�324�U.S.�439�(1945)�である。ジョージア州が,テキサス州の20の鉄道会社がジョー

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ジア州の生産物や製品に対し37%もの高額の差別的輸送料金を課すべく共謀を企図したことに対して,シャーマン法1条に違反するとして,インジャンクションおよび損害賠償を請求した。連邦最高裁は,「この共謀はジョージア州民の機会を制限し,産業を妨げ,州の発展を遅らせ姉妹州に対する経済的地位を不利なものにするものであり,特定の個人の利益とは別に州が利害関係を有する重大な公共的関心事である」ことを指摘した。鉄道会社による差別的輸送料金の共謀の結果が,従来の環境・健康等の住民に対する擁護目的と対等なほど脅威となる損害を住民全体に与えるがゆえに州のパレンス・パトリエ訴訟を認めたと解されている99。この事件においては,インジャンクションの請求は可能だとされたが,州は損害賠償請求を行うことはできないとされた。さらに,反トラスト法違反に関する【9】Hawaii�v.�Standard�Oil�Co.,�405�U.S.�251,�263-64�(1972)(本章3節⑵参照)�がある。

なお,今日,反トラスト法や消費者法の領域においては,州法務総裁にパレンス・パトリエとして訴えの提起を認める規定をおく連邦制定法や州制定法がある100。

⒞ 20世紀後期1970年代以降になると,パレンス・パトリエ

の立場において,自然資源の損害賠償を求める訴えの提起を州に認めた連邦地裁判決がいくつか あ る。 例 え ば,【10】California�v.�S.S.�Bournemouth,�307�F�Supp.922�and�318�F.�Supp.�839� (C.D.�Cal.�1970),【11】Maryland�v.�Amerada�Hess�Corp.,�350�F.�Supp.�1060� (D.�Md.�1972),【12】Maine�v.�M/V�Tamano�357�F.�Supp.�1097�(D.ME.�1973)�,【13】Idaho�v.�South-ern�Refrigerated�Transp.,� Inc.,�1991�U.S.�Dist.�LEXIS1869�(1991)がある。【12】のMaine�v.�M/V�Tamano�357�F.�Supp.�

1097� (D.ME.�1973)�事件は,1972年,タンカーM/V�Tamano号が,Casco湾で暗礁にのりあげ,10万ガロンの油を流出させた事故につき,メーン州─合衆国北東端部に位置し大西洋に面し

ている─および州環境保護局が,海岸が汚染されたことに対する損害賠償をタンカー所有者,船長その他に求めたものである。

この事件において,連邦地方裁判所は,上掲【2】乃至【7】の判決を引用し,「これらの事件は,パレンス・パトリエとして訴えを提起する州の権利が,州の財産的利益(proprietary�interest)を保護するためだけの訴訟に限定されていないことを認めてきた。州は,いわゆる「準主権的」利益を保護するために州民のためにパレンス・パトリエとして訴訟を提起することができる。準主権的利益は,州民の権原から独立した背後にある州の利益でなければならない。つまりパレンス・パトリエ訴訟を提起するためには,州自身の利益を示さなければならないし,利益を有する当事者である個々人の利益のためだけに回復を求めるものではないことを,示めさなければならない」と述べた上で,メーン州は,「海岸水域の質と状態に関し独立した利益を有し,州は,海岸水域,海洋生物,およびその他の自然資源に主権的利益(sovereign� inter-est)を有していることを,長い間にわたって,連邦最高裁判所およびメーン州最上級裁判所

(the�Supreme�Judicial�Court�of�Maine)の判決が明らかにしてきた。この利益は,個人たる市民の利益とは明らかに区別される」旨を示した

(Id.�at�1099-1100(D.ME.�1973))(第3章3節⑵参照)。

さらに,【14】Alfred�L.�Snapp�&�Son,�Inc.�v.�Puerto�Rico�ex�rel.�Barez,�458�U.S.�592� (1982)

(本稿3章2節において後述)では,プエルトリコ労働者に対する差別的な扱いは,プエルトリコ政府から連邦雇用サービスシステムに参加する権利を奪い,間接的にプエルトリコ経済に影響を与えるものとして,政府にパレンス・パトリエとしての訴えの提起を認めた。

アメリカでは1990年代に入りタバコ訴訟が急増したが,タバコ訴訟の一つの形態が州政府によるメディケード関連医療費求償訴訟である。

【15】Texas�v.�American�Tobacco�Co.,�14�F.�Supp.�2d�956�(E.D.�Tex.�1997)�において,州は,

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制定法上の根拠がなくても,コモン・ロー上の訴えを提起することができるか,換言するとメディケード法が求償を求めること(seek�reim-bursement)を州に要求していないとしても,州が訴えを提起できるのかどうかが争点の一つとなった。この点について,連邦地裁は,州は,医療提供のために年に数百万ドルを支出していること,メディケード・プログラムに参加し効率的な費用対効果のある方法でプログラム運営おこなうことは,テキサス州の州民の健康と福祉を向上させるものであるから,「本件において,州は名目上の当事者ではないこと,さらに,原告の主張が事実であるならば,州経済と州民の健康は被告の手によって損害を被ってきた」と述べたうえ,「州は,コモン・ロー上の準主権的利益を追求する訴えを提起できる」旨を示した

(Id.�at�962-963)101。さらに,【16】冒頭等でも触れたパレンス・パ

トリエとして,マサチューセッツ州が原告となり,EPAを被告として,州民のために,地球温暖化の原因となる二酸化炭素などの温室効果ガス の 適 切 な 規 制 を 求 め たMassachusetts�v.�EPA(本章第4節⑵参照)がある。【17】Con-necticut�v.�American�Electric�Power�Co.,�2009�U.S.�App.�Lexis�20873においては,コネチカット州他が,温室効果ガスの排出行為がパブリック・ニューサンスに当たるとして,電力会社にその排出のインジャンクションを求める訴えを提起した事件であるが,連邦控訴裁判所はパレンス・パトリエとして州のスタンディングを認めた。

⑶ 小 括以上,アメリカのパレンス・パトリエ訴訟の

歴史的展開を概観した。19世紀後半から20世紀前期の特徴を挙げるならば,州が,他州に起因するパブリック・ニューサンス(大気汚染,水質汚濁等)のインジャンクションを求める際に訴えを提起した事例であること。この背景(大気汚染を例に)としては,1864年のセントルイスにおける,ばい煙訴訟後,ばい煙防止のため

の条例が制定された都市もあったが,一般的には工場から立ちのぼる煙は町の繁栄であり誇りであるとされ,十分な規制はなされていない状況であった。連邦レベルの法的規制は1950年代に入ってからであり,その間,都市における大気汚染は進行の一途をたどっていった102。また,合衆国憲法第11修正は,州の主権を保護することを目的として,ある州の市民は他州を被告として連邦裁判所に訴訟を提起することはできないと規定する。それゆえ,市民は他州に起因するパブリック・ニューサンスのインジャンクションを裁判所に求めることができなかったことも,この背景として挙げられよう。

20世紀中期になると,反トラスト法の領域においても,パレンス・パトリエ概念が用いられる。さらに,1970年代以降,州がパレンス・パトリエとして,自然資源の損害賠償を求める訴えの提起を認めた連邦地裁判決がある。なお,上掲【10】乃至【13】の事例はいずれも油濁事故に関わるものである。

また,近年,温室効果ガスの排出に関わる訴訟が提起されている。【16】は連邦政府(EPA)を被告として訴えを提起した事件であるが,

【17】は私企業を被告とした事件である。他方,【16】【17】の事件において,原告である州は1州ではなく複数である。

以上より,パブリック・ニューサンスの除去からはじまり多様な場面で,パレンス・パトリエ訴訟が1世紀以上にわたり利用されていると述べることができよう。もっとも,判例法上のパレンス・パトリエ訴訟については,頻繁に提起されてきたとは言い難いが,州民自らが訴えることが困難な州民全体の問題を解決する手段として,州政府が利用してきた訴訟類型の一つであるといえるであろう。

第2節 「準主権的利益」とは

裁判所は,パレンス・パトリエ理論のもと,「準主権的利益」が侵害された場合に,州に,訴えを提起することを認めてきたとされる。前掲

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【14】Alfred�L.�Snapp�&�Son,�Inc.�v.�Puerto�Rico�ex�rel.�Barez,�458�U.S.�592�(1982)は,パレンス・パトリエ訴訟の歴史的展開について検討し,「準主権的利益」に関する分析を行っている。この判決は,その後のパレンス・パトリエ訴訟および関連する論考において頻繁に引用されているものである。環境に関わる訴訟ではないが,①

「準主権的利益」とは何かについて先例を引用して詳細に論じていること,②環境に関わる判決を引用していること,また③近時の環境に関わる判決【16】【17】においても,この判決が引用されており,今後の環境に関わるパレンス・パトリエ訴訟においても引用される可能性は少なくないと思われる。それゆえ,以下では,この事件の概要とホワイト裁判官が執筆した法廷意見における「準主権的利益」に関して要約して紹介する。

─Alfred L. Snapp & Son, Inc. v. Puerto Rico ex rel. Barez, 458 U.S. 592 (1982)

⑴ 事件の概要本件の原告(被上告人)プエルトリコ政府が,

被告(上告人)ヴァージニア州内のリンゴ農家らを訴えた事件である。被告がプエルトリコ出身の移民農民に仕事を提供しないこと,およびプエルトリコの労働者に対して他の季節労働者に比べて厳しい労働条件を強いることは,連邦制定法のthe�Wagner-Peyser�Act,the�Immi-gration�and�Nationality�Act�of�1952,および同施行規則に違反すると,プエルトリコ政府は主張した。原告のプエルトリコ政府は,プエルトリコ農民に対する差別は,連邦雇用サービスシステム(Federal�Employment�Service�System)のもと享受できる権利をプエルトリコ政府から奪い,さらにプエルトリコ出身者の雇用機会を促進し失業者を減らすというプエルトリコ政府の取組みに対して回復不可能な損害を与えたと主張し,パレンス・パトリエとして宣言的救済

(declaratory�relief)およびインジャンクションによる救済を求め,訴えを提起した。

これに対して,被告のヴァージニア州の農家らは,プエルトリコ政府はこの事件においてスタンディングを有していないと反論した。連邦地裁は,一般論としてプエルトリコ政府はパレンス・パトリエの利益を主張する権能を有するとしたが,本件において直接関係する者が,プエルトリコの人口約3万人のうち787人という小規模であり,この人数の一時的な雇用の損失が,プエルトリコに与える影響はわずかであるとし,訴えの提起は認められないとした(469�F.�Supp.928�(W.�D.�Va.�1979))。そこで,プエルトリコ政府が上訴した。

連邦控訴審の多数意見は,被告の行為がもたらす間接的影響を連邦地裁は考慮していないと指摘した。プエルトリコの労働力を蔑視する行動は普遍的な針(a�universal�sting)となり,連邦政府がプエルトリコ人を他の労働者と平等に扱うことができないならば,プエルトリコ全体に影響を及ぼすとし,この大部分の市民の利益に与える間接的な影響はパレンス・パトリエ訴訟を認めるのに十分であると判示し,原審判決を破棄した(632�F.�2d�365,�(4th�Cir.�1980))。そこでヴァージニア州の農家らは,最高裁に上訴した。

連邦最高裁は,控訴審判決を支持し,プエルトリコ政府は,「準主権的利益」を有しパレンス・パトリエ訴訟を提起する権能があると判示した。

この連邦最高裁判決は,ホワイト裁判官が法廷意見を執筆し,(不参加のパウエル裁判官を除く)全員が同調している。さらにブレナン裁判官が同意意見を執筆し,これにマーシャル,ブラックマン,スティーブンズの各裁判官が同調した。以下では,ホワイト裁判官の法廷意見における「準主権的利益」に関する部分を要約して紹介する。

⑵ 「準主権的利益」─ホワイト裁判官の法廷意見

第一に,「パレンス・パトリエの概念は,理由がなんであれ自分自身の利益を主張することが

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できない特定の市民の利益を代弁するために,州が登場してくることを意味するものではない。実際に,州には実質的な利益がなく名目上の当事者にすぎないのであれば,パレンス・パトリエ理論のもと,州はスタンディングを有しない。

〔…〕州がパレンス・パトリエのスタンディングを有するために,州は,「準主権的利益」であるとみなされてきたものに対する侵害を主張しなければならない。「準主権的利益」とは,裁判所の構築した概念であり,平易または正確な定義をするのは難しい。おそらく,この性質は,州が訴えを提起することができる他の利益と比較検討し,そして歴史的にこのカテゴリーに含まれるとされてきた「準主権的利益」を吟味することによって解明することができる。」と述べている(458�U.S.�592,�at�601)。

第二に,「準主権的利益」とは,「主権的利益,財産的利益,州が名目上の当事者として訴えを提起する個人の利益とは異なる。「準主権的利益」とは,州が,州民の福祉において有している一連の諸利益である」と説明する。しかし,

「このように広義に定義すると,合衆国憲法3編のスタンディングの要件を満たすことができない危険性を負う。ゆえに,個々の判決を検討することによってこの概念の曖昧さを補うことができる」と述べている(Id.�at�602)。

第三に,この判決は,パブリック・ニューサンスや経済的福祉に関係する過去の判決(本稿3章1節⑵で紹介した【1】乃至【8】を含めた)を検討した上で,「準主権的利益」とは,一つ目は,一般州民の健康および身体的・経済的な福祉であり,二つ目は,州が連邦システム内においてその正当な地位を奪われない利益であるとした(Id.�at�607)。

第四に,被告の行為がどのくらいの割合の州民に悪影響を及ぼしているならば,パレンス・パトリエとして州の訴えの提起が認められるのかという点について,過去の判決は明確にはしてこなかったとする。だが,「もっとも,個々の住民から構成されている特定集団に対する損害を超えているものと思われるものでなければな

らない,その人口のかなりの部分に対する損害を州が主張しているかどうかを判断する際に,損害の「間接的な」影響を考慮しなければならない」とする考え方を示した。つまり,州がパレンス・パトリエとして訴えを提起する場合,被告の行為が,直接的にせよ,間接的にせよ,州民の大部分に悪影響を及ぼすものであることを示さなければならない。さらに「スタンディングを認めることが可能な損害だとしても,州が,その主権者の立法権限(lawmaking�power)を通して取り組む利益であるかどうかという点もパレンス・パトリエを認めるかどうかの有益な指標である」とする(Id.�at�607)。

連邦最高裁は,以上の要件を示した上で,連邦法に違反するプエルトリコ人に対する差別についてプエルトリコ政府は「準主権的利益」を有しているとし,787人の労働者の雇用が脅かされた事件であるが間接的な影響も考慮して,パレンス・パトリエとしての要件を満たしているとした(Id.�at�609-610)。

つまり,この判決が示したパレンス・パトリエとして州がスタンディングを有するためには,まず州は,「準主権的利益」に対する侵害を示す必要があるとする。のみならず,州民のかなりの部分が損害を被っていること。その際に,間接的影響を受ける者の規模も考慮するべきものとする。さらに,立法権限を通して取り組む利益であるかどうかという点も有益な指標となることを示した。

以下では,パレンス・パトリエ訴訟において求めることができる救済方法について検討する。

第3節 救済方法─インジャンクションと損害賠償

長年,パレンス・パトリエ訴訟において求めることができる救済は,インジャンクション103

による救済に限定されていた104。その理由として,第一に,パレンス・パトリエ理論がイギリスのエクイティ裁判所において発展してきこと,第二に,州と住民からの二重の損害賠償請求に

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311

対する懸念が挙げられる105。

⑴ 反トラスト法分野106

⒜ Hawaii v. Standard Oil Co., 405 U.S. 251, 263-64(1972)

州と住民からの二重の損害賠償請求に対する懸念については,反トラスト法違反による損害から州の消費者を保護する目的で提起された事件において示めされている。この事件は,ハワイ州が石油会社に対して,精選石油製品(主にガソリン)の市場の取引制限を企図した契約と共謀がシャーマン法1条および第2条に違反することを理由に,クレイトン法4条のもと3倍額賠償請求を求めたものである107。

州は,訴因の一つとして,州の消費者が被った個別的損害とは別に州の経済全体に対する損害の回復を求めるパレンス・パトリエとしての権能を主張した。しかしながら,以下の点から,最高裁は州の損害賠償請求を認めなかった。

それは第一に,反トラスト法違反による三倍額賠償請求はクレイトン法4条の規定する「営業もしくは財産(business�or�property)」に対して損害を被った者としての要件に適するか否やかに求められた。この点,「営業もしくは財産」なる表現は単に「営業上の利益もしくは事業(commercial�interests�or�enterprise)」に言及するものであり,州の「経済全体(general�economy)」はこれに適しないこと(Id.�at�264)。

第二に,第4条と実質的に同様の規定により合衆国の損害賠償請求権を認めている第4条Aの規定について,その立法趣旨を究明し,その議会における意図は「商品もしくはサービス消費者」としての資格で被った損害に対してのみ合衆国に訴権を許すことであり,合衆国は主権的利益に対する経済的損害について損害賠償請求を行うことはできないと解釈した。これにより,最高裁は,第4条が州の主権的利益に対する経済的損害についての三倍額賠償請求を行うことを認めていないとの結論を下さざるをえないと判示した(Id.�at�265)。

第三に,ハワイ州の住民は自ら三倍額賠償に

ついて訴えの提起が可能であるから,州によるパレンス・パトリエ訴訟を認めれば二重の損害賠償の請求を許す結果となりうることを示した

(Id.�at�263-264)。

⒝ 「パレンス・パトリエ訴訟規定」の導入その後,この事件およびパレンス・パトリエ

としての州の資格において,反トラスト法違反による多数の被害者を救済できなかった事例に応え,連邦議会は,1976年のハート・スコット・ロディーノ反トラスト改善法(Hart-Scott-Rodi-no�Antitrust�Improvement�Act�of�1976;

「1976年反トラスト強化法」とも呼ばれる。)により,クレイトン法を修正し,パレンス・パトリエ訴訟を導入した。

ここで規定されているパレンス・パトリエ訴訟とは,州法務総裁が,シャーマン法違反行為により財産に損害を被った州に住む自然人のために州の名の下にパレンス・パトリエとして民事訴訟を提起し,損害の3倍額賠償と合理的な弁護士費用を含む訴訟費用を得ることができるというものである(クレイトン法4C 〜 4H条)。なお,損害賠償額の算出に関して,二重賠償の危険を回避するため,当該訴訟において査定した損害賠償額から,同一の損害に対して既に裁定された額と重複する賠償額,また,当該訴訟からの脱退を選択した自然人および企業に対し正当に配分されるための損害額を,それぞれ控除すべきと規定する(クレイトン法4C条⒜⑴)108。パレンス・パトリエ訴訟の最終判決は,クレイトン法4条の下で州が代わりに訴訟を提起した自然人及び脱退権を行使しなかった者によるその他のいかなる請求も禁止し,さらに当事者は,当該訴訟について,裁判所の承諾なく却下もしくは和解することができない(クレイトン法4CC)。

勝訴あるいは和解によって得られた賠償金は,裁判所の決定によって基金が創設され,所定の手続を経て被害者個人を確定し,直接現金を分配するか,商品引換や無償修理などのクーポン券を配布するなどされる109。

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反トラスト法の賠償金は,損害額の3倍である。だが,実際に損害額を3倍しても,被害者各自に分配するには費用がかかって実質的な被害回復にならないなどの理由により,とりあえず民事制裁金として州あるいは州法務総裁の特別会計に入金しておき,分配できないのであれば,被害者に関連のある慈善団体への寄付などの間接的な分配,または次に起こり得るパレンス・パトリエ訴訟の準備金として特別会計に入金される場合もある110。なお,クレイトン法4e条但し書きには,「被害者に対する適切な賠償が優先されるべきこと」と明記されている。

⒞ クラスアクションとの比較アメリカには,クラス(被害者集団)に属す

る者が多数であるために当事者全員の併合が実際上困難であることをはじめ,幾つかの要件を満たせば,全員を公正に代表しえる一人もしくは数名の者が,クラス全員のために,訴えを提起することができるクラスアクション制度(連邦民事訴訟規則(The�Federal�Rules�of�Civil�Procedure)23条⒜)がある。

日本においてパレンス・パトリエ訴訟制度導入の必要性を説く者の中には,このアメリカの二つの制度について,「クラスアクションは,特定の者が多数の被害者を代表して訴訟提起する点において,父権訴訟に類似する損害賠償訴訟に見えるが,個々の被害者が少額である場合には,賠償金が弁護士への報酬に消費される確率が高く,弁護士のための訴訟になりかねない。クラスアクションメンバーに対する可能な限りの個別通知規定も,個々人の損害額が少額であることが典型的である消費者被害の場合には,通知費用の高額化は多数の少数被害者のための救済のための訴訟形態としては現実的ではない。パレンス・パトリエ訴訟についても,州法務総裁による訴訟は,行政機関の財政面から,勝訴する見込みの高い案件を中心とせざるを得ないという限界がある。その点において,州訴訟としての救済が行えない被害者については,クラスアクションによる救済も必要である」と分析

する論考がある111。

以上,反トラスト法の領域においては,制定法上,州の法務総裁が,自己の州の居住する州民を代表してシャーマン法違反行為に対する3倍額賠償請求訴訟を提起することができるパレンス・パトリエ訴訟(Parens�Patriae�Action)

(クレイトン法4C条,15�U.S.C�§15C)があることを紹介した。次に,環境法分野におけるパレンス・パトリエ訴訟の損害賠償請求について紹介する。

⑵ 自然資源損害州が,被告に対して,自然資源損害の賠償を

求めるため,判例法上のパレンス・パトリエを主張した事例がある。ここでは,二つの事例を紹介する112。

⒜ Maine v. M/V Tamano, 357 F. Supp. 1097 (S.D. Me. 1973)

本章1節⑵でも紹介した,1972年,被告タンカーM/V�Tamano号がCasco湾で暗礁にのりあげ,10万ガロンの油を流出させた事故につき,原告メーン州他が,海岸が汚染されたことに対する損害賠償をタンカー所有者,船長その他に求めた事件がある。【原告の請求】この事件において,原告メーン州他が,被告

に求めた損害賠償(recover�damages)の内容は以下の3つである(Id.�at�1098-1099)。①州が,所有者の立場として,州自身が所有している沿岸海域の土地を含めた州立公園などの財産に対する損害の回復を求めた。②州環境保護局が,州制定法のもと,第三者(油濁事故によって被害を受けた者)からの損害賠償請求および浄化費用の支払いにおいて,ファンドから支出された,あるいは支出予定の全額を求めた。さらに③州は,所有者および/または受託者としてパレンス・パトリエの権能において,州民のために,海岸水域の自然資源全てについて,海岸水域およびそこに生息している海洋生物に対する損害の

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回復を求めた。【被告の主張】これに対して被告は上記③について,以下を

理由として,訴え却下の申立(motion�to�dis-訴え却下の申立(motion�to�dis-却下の申立(motion�to�dis-miss)113をおこなった(Id.�at�1099,�1101-1102)。第一に,州は市民のためにパレンス・パトリエとして訴えを提起するために必要とされる十分に独立した利益を有していないこと,第二に,州は,海岸水域への損害が,大部分の市民に悪影響を及ぼしていることを明らかにする必要があること,第三に,過去の連邦最高裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟は2件を除いてインジャンクションによる救済であり,原告が損害賠償を求めた二つの事件においてその請求が認められなかったことを理由として,州はパレンス・パトリエとして損害賠償請求を提起することはできないと主張し,さらに第四に,州が準主権的利益を主張すると,二重の損害賠償請求の危険があることを指摘した。【判決】被告が主張した以上の点について,連邦地裁

は,次のように述べている(Id.�at�1101-1102)。上記の第一については,(本章1節⑵においても触れたが)メーン州は,海岸水域の質と状態に関し独立した利益を有し,州が,海岸水域・海洋生物・その他の自然資源に主権的利益を有していることは長い間にわたって,連邦最高裁判所およびメーン州最上級裁判所の決定によって明らかにされてきたことであり,この利益は,個人たる市民の利益とは明らかに区別されている。

第二については,これが要件であるかどうかは別として,メーン州の海岸水域および海洋生物に対する損害が,この油濁事故によって生じたものであるならば,州の環境および全ての州民のレクリエーションの機会と福祉に著しく損害を与えたという結論に至らざるを得ない。

第三については,反トラスト法の事案である(本節⑴において紹介した)Hawaii�v.�Standard�Oil�Co.,�405�U.S.�251�(1972)�においては,クレイトン法が,州の経済全体に対する損害について賠償請求を認めていないことを理由として,損

害賠償請求を認めなった。連邦裁判所は,実質的な禁止がなされていない場合,パレンス・パトリエとして州が損害賠償請求を行うことを認める意思があったと解することができる。

第四について,州に,パレンス・パトリエとして訴えの提起を認めることは,必ずしも二重賠償に結び付くものではないとし,本件において,メーン州は,明らかに州民の権原から独立した背後にある請求を主張している。個々の市民および適切に構成されたクラスの一部として主張しうる金銭上の損害賠償を,本件の損害賠償額から控除することが可能である。つまり,損害賠償を求めるパレンス・パトリエは存在しないとする被告の主張にメリットはない。(本稿3章1節⑵でも触れた)【10】【11】事件は,油濁事故によって生じた海洋水域および海洋生物に対する損害に対して,州がパレンス・パトリエの立場で訴えを提起することを認めている。

連邦地裁は,以上のように述べた上で,被告の訴え却下の申立てを認めなかった。

⒝ In the Matter of Complaint of Steuart Transp. Co. 495 F Supp. 38 (E.D. Va. 1980).

この事件は,Steuart�transportation�companyが石油を流出し,約3万羽の渡り鳥に損害を与えたことに関して,ヴァージニア州および連邦政府が提起した訴訟に関連するものである。同企業が,州および連邦政府には,渡り鳥の損失に対して訴えを提起できる権利があるかどうか,サマリージャッジメントの申し立てを行った。

連邦地裁は,ヴァージニア州政府および連邦政府は,渡り鳥〔水鳥〕を「所有」している訳ではないから,損害賠償請求権を有していないと主張した申立人の企業に対して,確かに州政府および連邦政府は渡り鳥を「所有」していないが,公共信託理論または/およびパレンス

0 0 0 0

・パトリエ理論0 0 0 0 0 0

の下で(under�either,�or�both,…),損害賠償金を求めることが可能だとした

(Id.�at�40)。つまり,公共信託理論

0 0 0 0 0 0

の下で,ヴァージニア州および合衆国は野生生物自然資源(natural�

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wildlife�resources)における公共の利益を保護および保全する権利・義務を有している。この権利は当該資源の所有権ではなく,人々に対して負っている義務に由来する。また,州は,個人の訴訟原因が存在しない場合,パレンス・パトリエ理論の下,準主権的利益を保護するために行動することが可能である。この連邦裁判所において,いかなる個々の市民も渡り鳥の損害の回復を求めることはできない。州には野生生物自然資源を保全する主権的利益(sovereign�interest)がある(Id.)。

以上,⒜⒝で,自然資源損害に関わる二つの事例を紹介した。もっとも,自然資源に関しては,公共信託理論との関わりもあり,連邦裁判所が,単に,パレンス・パトリエとしての州に訴えの提起を認めたと断言することは難しい。さらなる判決の分析が必要だと思われる。

⒞ ところで,今日,アメリカにおいて自然資源損害に対する責任を規定した代表的な法律として包括的環境対処補償責任法(Comprehen-sive�Environmental�Response,�Compensation,�and�Liability�Act�of�1980,�以下,「CERCLA」)と1990年の油濁法(Oil�Pollution�Act�of�1990)がある114。いずれの法律においても損害賠償の請求権者は,受託者たる連邦または州であると規定されている115。以下では,CERCLAにおける自然資源損害の回復について,その内容をごく簡単に説明する。

まず,本法の下の責任を負うべき主体は,潜在的責任当事者(Potentially�Responsible�Par-ties)と呼ばれ,汚染施設の所有者・管理者や廃棄物の運搬者などが対象となる(107条⒜)。この潜在的責任当事者は,連邦政府等が除去事業または修復事業のために負担した全費用をはじめ,自然資源の損失等の損害賠償(damages)について責任を負う(107条⒜A〜D参照)。

他方,この損害賠償金の請求権者は,自然資源の受託者たる連邦または州である。つまり連邦については大統領,州については州を代表する権限を有する者は,当該損害の賠償を求めて

訴えを提起するために,当該自然資源の受託者として公のために行動しなければならない。さらに,受託者として連邦政府および州政府が回復した金額(recovered�sums)は受託者によって保持され,損傷を受け,破壊され,または喪失された自然資源を修復し(restore),代替し,またはそれと同等の物を取得するためだけに利用されなければならないと規定する(107⒡⑴)。また,同法にいう「自然資源」とは,合衆国・州政府または地方自治体・外国政府・インディアン部族,その資源が信託制限に服している場合はインディアン部族の構成員に,所属し,運営され,受託され,帰属しまたは他の方法で管理されている,土地・魚・野生生物・生物相・大気・水・地下水・飲料水源およびその他の資源を意味する(101条⒃)。

なお,上掲の自然資源損害賠償に関する判決の分析を含め,パレンス・パトリエ,公共信託理論,そして制定法のCERCLA等との関係については,今後の検討課題としたい。

第4節 連邦政府を被告としたパレンス・パトリエ訴訟の是非

連邦政府を被告とする訴訟は,連邦政府も合衆国民全体のパレンス・パトリエであるということより認められる余地は少ないとされてきた。しかしながら,とくに90年代以降,連邦政府を被告とするパレンス・パトリエ訴訟を認める判決が登場している116。

⑴ 連邦最高裁判所判決Massachusetts�v.�EPA,�549�U.S.�497� (2007)�

のように,州が連邦政府に対して訴えを提起した事件がある。しかしながら,歴史的に,連邦最高裁が,州がパレンス・パトリエとして連邦政府に対して訴えを提起することについて認めてきたとは言い難い。以下では,州がパレンス・パトリエとして連邦政府に対して訴えを提起した事件を紹介する。

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⒜ Massachusetts�v.�Mellon,�262�U.S.�447�(1923)�(以下,「Mello判決」とする)は,原告

(上訴人)のマサチューセッツ州が,被告(被上訴人)連邦財務長官Mellonに対して訴えを提起した事件である。同州は,母子法(Maternity�Act)の連邦補助金プログラムが,州に不平等な負担を課すものであること,そして同法は州政府に留保している権限を行使するものであり合衆国憲法第10修正に違反していると主張し同法のインジャンクションを求めた。連邦最高裁は,マサチューセッツ州には連邦財務長官を訴えるスタンディングはないとした。その理由として,まず州自身の権利が侵害されているかどうかに関しては「州の人格権,財産権,領土支配権,および準主権的利益(quasi-sovereign�rights)に対する事実上の侵害または侵害のおそれ(actually�invaded�or�threatened)�はない。この訴えは,政府の,政治権限および主権に関する抽象的な問題にすぎない」と述べる(Id.�at�484-485)。

さらに州民を代表する訴訟として認められるかに関して「連邦議会の違憲的な法律のいかなる形態の執行に対しても,その州民を保護する訴訟によって州が介入することは全くないとまでは言う必要はない。しかし,この事件において,訴えを提起する権利が生じないことは明らかである。〔…〕マサチューセッツ州の市民は合衆国の市民でもある。パレンス・パトリエとしての州が,その法律の運用から合衆国の市民を保護するために訴えを提訴することを認めることはできない」(Id.�at�485),「州は,ある条件のもと,市民を保護する権能において訴えを提起することができる〔…〕。連邦政府との関係においてはその権利を執行するための権限および義務はない。この場合,パレンス・パトリエとして州民を代表するのは,州ではなく連邦政府である」と判示した(Id.�at�485-486)。

⒝ South�Carolina�v.�Katzenbach,�383�U.S.�301�(1966)は,アメリカ南東部のサウス・キャロライナ州が,連邦法務総裁Katzenbachに対して

訴えを提起した事件である。サウス・キャロライ ナ 州 は, 連 邦 の1965年 投 票 権 法(Voting�Rights�Act�of�1965)の規定が,同州の読み書き能力試験(literacy�test)の停止を求めることは,合衆国憲法第15修正等に違反しているとする宣言的判決および同法の執行に関してインジャンクションを求める訴えを提起したものである。この判決の中で,最高裁は,「すべてのアメリカ市民の究極の(ultimate)パレンス・パトリエである連邦政府に対して,市民の親として,州が,憲法規定を引き合いに出すためのスタンディングは有していない」と述べている(Id.�at�324)。

なお,本章第2節で紹介した1982年のSnapp事件においても,その判決文脚注16において,州は,連邦政府に対してパレンス・パトリエ訴訟を提起することはできないとするMellon判決を支持する旨を示している117。

⒞ Nebraska�v.�Wyoming�515�U.S.�1�(1995)において,合衆国に対する交差請求(a�cross-claim)118をワイオミング州に認めた。最高裁判所は,Georgia�v.�Tennessee判決(同章1節⑵参照)に準拠し,「州は,その領域内の土地と大気において,州民の権原から独立した背後にある準主権的利益を保護するために」合衆国に対する交差請求を起こすためのスタンディングをワイオミング州は有しているとした。しかしながら,この判決において上掲のMellon判決やSnapp判決についての言及はとくになく,パレンス・パトリエとしてワイオミング州が訴えを提起すること認めた。

⒟ 連邦下級審裁判所においては,(本章2節でも紹介した)Snapp事件の脚注を傍論(dicta)にすぎないと解し,州が,連邦政府に対して連邦制定法上の権利を執行することを求めて,パレンス・パトリエとして訴えの提起を行うことを認めた判決がいくつかあることも付言しておく119。

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⑵ 最近の連邦最高裁判所判決─Massa-chusetts v. EPA, 549 U.S. 497 (2007)

最近,州から連邦政府に対する訴えの提起を認めた最高裁判決が,Massachusetts�v.�EPA,�549�U.S.�497,�127�S.�Ct.�1438,�167�L.�Ed.�2d�248�(2007)�事件である120。

⒜ 事件の概要1999年,19の私的団体(環境団体など)が,

EPA(連邦環境保護庁)に対し,二酸化炭素を含む温室効果ガスが清浄大気法(Clean�Air�Act)によって規制すべき「大気汚染物質」に該当するとして,新規自動車からの温室効果ガス規制のための規則制定を求めて請願を提出した。しかし,2003年9月,清浄大気法はEPAに対して地球温暖化問題にかかる規則制定を行う権限を付与していないこと,および仮にかかる権限を有していたとしてもEPAはそれを行わない裁量を有することを理由に請願を却下した。

この決定に対して,マサチューセッツ州を含む12州,コロンビア特別区,アメリカン・サモア,ニューヨーク市およびボルティモア市の4自治体,ならびに13の私的団体(環境団体など)が清浄大気法の規定に基づかない違法な決定であるとして,コロンビア特別区巡回控訴裁判所に訴えを提起した。同控訴裁は,2005年7月,人的活動と地球温暖化については明白な因果関係が確立されていないこと,EPAがその裁量権を適切に行使したこと等を理由に原告らの訴えを却下した(415�F.3d�50�(D.�C.�Cir.�2005))。

そこでマサチューセッツ州ら原告は,連邦控訴裁の判断を不服として,連邦最高裁に上告した。2007年4月,最高裁はマサチューセッツ州のスタンディングを認めた上で,同最高裁は,

「EPAが,新車からの温室効果ガス排出が地球温暖化に寄与していないことまたは当該排出の規制を行わないことについて合理的な理由づけを示さない限り,同庁は当該規制を行わなければならない」と判示し,連邦控訴審判決を破棄し,規制の実施を拒絶していたEPAに対して再考を命じた(549�U.S.�497,�127�S.�Ct.�1438,�167�L.�

Ed.�2d�248�(2007))。この判決においては,マサチューセッツ州が

主張する損害が,スタンディングの要件を満たしているかどうかが,以下のとおり争点の一つとなった。

⒝ スタンディングⅠ─スティーブンズ裁判官の法廷意見

スティーブンズ裁判官の法廷意見(ケネディ,スータ,ギンズバーグ,ブライアー,各裁判官同調)のスタンディングに関する部分を要約して紹介する(以下の【 】とタイトルは筆者によるもの)。

【清浄大気法が規定する手続的権利】訴訟当事者は,Lujan判決(Lujan�v.�Defend-

ers�of�Wildlife,�504�U.S.�555,�560-561(1992))121が示したスタンディングの要件,①具体的で特定ができ,かつ現実的または切迫した事実上の侵害(injury),②侵害と争われている行為の間の因果関係,③請求認容判決により当該侵害を救済できるという見込み(救済可能性)を示さなければならない。しかしながら,制定法によって具体的な権利を保護する手続的権利を認められた当事者は,③救済可能性と①切迫性(imme-diacy)に関する通常の基準を満たさなくても,この権利を主張することができる。本件において,清浄大気法307⒝⑴(U.S.C.§7607(b)(1))が,不当にも規制権限を行使しなかった行政庁の行為に対して訴えを提起する権利を規定する122

(127�S.�Ct.�1438,�1453-1454)。【複数原告のスタンディング】原告の1名がスタンディングを有していれば

よい(See�Rumsfeld�v.�Forum�for�Academic�and�Institutional�Rights,�Inc.,�547�U.S.�47,�52,�n.�2,�126�S.�Ct.�1297,�164�L.�Ed�2d�156�(2006))(127�S.�Ct.�1438,�1453-1454)。【先例の引用】以上のように述べた上で,マサチューセッツ

州のスタンディングに関連して,以下のように述べている(127�S.�Ct.�1438,�at�1454-1455)。我々

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は,マサチューセッツ州の特別な地位と利益を強調する。マサチューセッツ州は,主権を有する州であり,Lujan事件における私人たる原告とは異なるということと大きな関係がある。近代の行政国家創設以前から,州は,連邦司法権の救済を求める通常の訴訟当事者とは異なると,我々は認識しているとし,ジョージア州がその領域外から発生する大気汚染から住民を保護することを求めたGeorgia�v.�Tennessee�Copper�Co.,�206�U.S.�230,�237,�(1907)事件(本章1節においても紹介した)の以下のホームズ裁判官の意見を引く。「本件は,あたかも二人の私的当事者間の事件

であるように論じられてきた。しかしそうではない。エクイティ上の救済を根拠として,私人間訴訟において必要とされる要素が本件では欠如している。影響を受けるジョージア州所有の領土の規模はごく僅かである。少なくとも,金銭的に見積もることが可能な領土に対する損害はおそらく,どんなに見積もってみても少額である。この事件は,主権に準じる権能において,その侵害を回復するために州によって提起された訴訟である。その権能において,州は,その領域内における全ての土地と大気において,州民の権原から独立した背後にある利益を有する。山から森林が奪われるべきか,住民(inhabit-ants)が清浄な空気を吸えるかどうかについて,州に最終的な主張が認められる」。

上述の意見を引用した上で,法廷意見は「ジョージア州の『その領域における全ての土地と大気に関し…独立した利益』が,1世紀前にまさしくジョージア州の連邦裁判管轄権をサポートしたように,十分な根拠に基づいた,主権領域(sovereign�territory)を守るというマサチューセッツ州の願望(desire)も,連邦司法権を支えるものである〔…〕。実際に,マサチューセッツ州は,影響を受けると主張する領

4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4

域の4 4

多くを所有しており,この事件の結果におけるその利害関係につき,連邦司法権の行使を認めるのに十分に具体的なものである。州が,連邦に加入するとき,州は主権的特権の一部を移

譲した。マサチューセッツ州は,温室効果ガスの排出削減を強制するために,ロードアイランド州を侵略することはできない。中国やインドと温室効果ガスの排出に関する条約を交渉することもできない。そしてある状況においては,州内の自動車排出ガスを削減するためのポリス・パワーの行使は専占されている(See�Alfred L, Snapp & Son Inc. v. Puerto Rico ex rel. Barez, 458 U.S. 592, 607, 102 S Ct. 3260, 73 L. Ed. 2d 995 (1982),�「市民の健康や福祉に対する侵害の主張が,州にパレンス・パトリエを提起するためのスタンディングを付与するに値するものかどうかを決定する際の一つの参考となる指標は,州が訴えることが可能ならば,その侵害が主権者の立法権を通して取り組めるものなのかどうかである」)。現在,この〔温室効果ガスの排出削減に関する〕主権は連邦政府にある。そして,連邦議会は,(とりわけ)EPAの判断において,公衆の健康や福祉を危険にさらすと合理的に(reasonably)予見しうる大気汚染を発生させるかそれに寄与すると判断する,新車類または新車エンジン類からの大気汚染物質の排出に適用される基準を規定することによってマサチューセッツ州を保護することを命じている」123。【州への特別な配慮】さらに,制定法は,規則制定請願の却下を裁

量濫用(arbitrary�and�capricious)であると訴えを提起する付随的手続的権利(a�concomitant�procedural�right)を認めている(U.S.C.§7607(b)(1))。この手続的権利および準主権的利益を保護するマサチューセッツ州の利害関係を考慮するならば,我々のスタンディングの分析において,「州は特別な配慮(special�solicitude)がなされる地位を有する」(127�S.�Ct.�1438,�1454-1455)。【原告州のスタンディング】上述に続いて,法廷意見はLujan判決が示し

たスタンディングの要件(①事実上の損害②因果関係③救済可能性)を,マサチューセッツ州は満たしているとした。具体的には,①に関し

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ては,上訴人側の争いのない宣誓供述書に基づき,20世紀の間に地球上の海面が10 〜 20cm上昇したことおよびそのような海面上昇によりすでにマサチューセッツ州の海岸陸地が浸食されていることを認めた上で,同州は,海岸財産の大部分を所有していることから,当該土地の所有者として特定された損害を被っているとした

(127�S.�Ct.�1438,�at�1455-1456)。②に関しては,米国の自動車が大量の温室効果ガスを排出していることに触れ,それらが温室効果ガスの濃度および地球温暖化に重要な寄与をしていることを認めた(Id.�at�1457-1458)。③に関しては,当該規制自体が地球温暖化問題を解決するものでないことを認めたものの,国内における新車からの温室効果ガス排出規制は少なくとも地球温暖化の進行を遅くすることができるとし,裁判所による救済可能性を認めた(Id.�at�1458)。

以上のように,法廷意見は,手続的権利および準主権的利益をマサチューセッツ州は有するので,スタンディングの分析において,「特別な配慮を有する」と述べたうえで,マサチューセッツ州が影響を受けるとする財産上の損害が,ルハン判決が提示した3要件を満たすものであると判示した。

⒞ スタンディングⅡ─反対意見に対する法廷意見の反論

法廷意見は,判決文脚注17(Id.�at�1455,�n.17)において,⑴州のスタンディングに関する新たな理論を創造し,⑵パレンス・パトリエ訴訟は連邦政府に対して訴えを提起することができないとする先例に反するものだとする同最高裁の反対意見に反論する。以下で,判決文脚注17を要約して紹介する。「主席裁判官は,この裁判所〔法廷意見〕が

Georgia�v.�Tennessee�Copper�Co.事件�について理解を誤っていると批判し(167�L.�Ed.�2d,�at�280�(dissenting�opinion)�),州のスタンディングに関して新たな理論を創造したと述べる�(Id.�at�287)�。しかし,Tennessee�Copper事件は,Hart�&�Wechslerʼs�The�Federal�Courts�and�the�

Federal�System�290�(5th�ed.�2003)も,現在も効力のある判決と解している先例(authority)である。実に,同書は1セクションを割いて,州全体にかかわる準主権的利益─つまり公益

(public�interest)または政府の利益を保護するために州がパレンス・パトリエとして訴えを提起することを認めた判決の長年の発展を論じている」と反論する。

さらに,「Massachusetts�v.�Mellon判決等が,「連邦政府に対して準主権的利益を主張する州のスタンディング」に関して疑問を示していることを見落としていると主席裁判官は主張する。しかし,そのようなことはない。〔…〕いずれにしても,我々は,Georgia�v.�Pennsylvania�R.�Co.,�324�U.S.�439,�447�(1945)において,(Mellon判決が禁止する)州が連邦制定法の運用から市民を保護するために訴えを提起することと,州が連邦制定法に基づく権利を主張するために訴えを提起することには重大な相違があると判示した。この事件において,マサチューセッツ州は,清浄大気法が市民に適用されることについて異議を唱えているのではなく,むしろ清浄大気法に基づく州の権利を行使するものである」と反論する。

以上のように,法廷意見は,この判決において州のスタンディングに関して新たな理論を提示するものではないとし,この事件の場合,州が,連邦政府にパレンス・パトリエとして訴えを提起することは先例に反するものではないとする。なお,この法廷意見が引用した文献Hart�&�Wechslerʼs�The�Federal�Courts�and�the�Federal�Systemの第6版(2009)のパレンス・パトリエのセクションは,この事件も紹介しており,「パレンス・パトリエとして,州が連邦政府に対して訴えを提起できるのかどうかは,州が主張する請求の種類に依拠していると思われる。しかしながら,その決定は一貫しているとは言い難い」124と述べている。

な お,Connecticut�v.�American�Electric�Power�Co.,�2009�U.S.�App.�Lexis�20873*1� は,

「マサチューセッツ州事件の最高裁判決は,州の

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財産上のスタンディングとパレンス・パトリエのスタンディングを混同した分析をおこなった」と指摘する(Id.�at�*69)。さらに,今後パレンス・パトリエを主張する州は,(本章2節でも紹介した)Snapp事件とLujan事件のいずれの基準も満たさなければならないのかという疑問を示している(Id.�at�*70)。この点について,さらなる検討125および今後の最高裁判決の動向を注視していく必要があると思われる。

第5節 小 括

以上,本章では,アメリカのパレンス・パトリエ訴訟について概観した。第4節⑵で紹介したMassachusetts�v.�EPA判決が提示した,州への「特別な配慮」,つまり州の法務総裁に特別な訴訟権能を付与することは,相対的に環境保護団体の訴訟提起の役割を弱めたと批判する論者もいる126。たしかに,この最高裁判決が,州への「特別な配慮」を重視した結果,州にスタンディングを認めたのであるならば,この事件において私人のみが原告であった場合,スタンディングの要件を満たすことができたのか疑問が残る。

もっとも,州法務総裁による訴えの提起は,個々の私人による訴訟よりも州民の公益を保護するのにより有益な場合が多い。州は,パレンス・パトリエ訴訟において,個人の原告による訴訟よりも幅広い救済と,幅広い利益を代表することができると評価する意見がある127。加えて,パレンス・パトリエ訴訟のメリットとしては,多数の私人が訴えを提起するよりも,州の法務総裁が一つの訴訟を提起する方がコストがかからないことや,ある州の法務総裁が,他州の法務総裁と協力して訴えを提起することによって,コストを下げ,原告側の法的専門技術を高めることができるとする評価がある128。他方,州法務総裁が,政治的な理由で訴えを提起したり,有権者に媚びるような行動をとるならば,デメリットもありうるとの指摘129もあることにも言及して,本節の結びとする。

補 節 州裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟

パレンス・パトリエ訴訟は,連邦裁判所において発展し,連邦最高裁判所によって認められてきたものである。また,これは各州裁判所によっても支持されてきた。だが,多くの州においてパレンス・パトリエの提訴権能について直接的な論点として扱っている判例法(case�law)が乏しいことも事実である。しかし,パレンス・パトリエの諸原則(principles)を州法の一部として認めてこなかった州はない130。以下では,例として,ミネソタ州裁判所における消費者関連の判決とニュージャージー州裁判所における自然資源損害の賠償に関わる判決を紹介する。

① Minnesota v. Ri-Mel, Inc. 417 N.W. 2d 102 (Minn. Ct. App. 1987)

ミネソタ州が,突然のスポーツクラブ閉鎖が会員に対して損害を与えたとしてスポーツクラブとクラブオーナーに対して訴えを提起した事件である。州控訴裁判所は,パレンス・パトリエとして州のスタンディングを認め,次のように述べている。「侵害されたクラブの会員に代わって,法務総

裁が原状回復〔不当利得の返還〕(restitution)を求める訴えを提起する権限は,制定法上明文化されていない。しかし,判例法は,パレンス・パ ト リ エ 理 論 の も と, 州 民 が 損 害 を 被 り

(harmed),州が準主権的利益を有している場合に,州が一般市民に代わって訴訟を提起することを認めてきた。ミネソタ州は,州民の経済健全性(economic�health)を保護することに準主権的利益を有していることを証明している」

(Id.�at�112)。さらに,この判決は,(本稿3章2節でも紹介

した)Alfred�L.�Snapp�&�Son,�Inc.事件を審査する際に連邦最高裁が重要視していなかったパレンス・パトリエ訴訟を支える一つの要素を明らかにしている。「ミネソタ州には,制定法上の十

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分な利益を市民が享受できるために訴えを提起しようとする追加的な動機がある。〔…〕個人の訴訟負担を考えると,個人が少額の過払いに対して救済を求めるメリットはあまりない。訴訟の経済的負担から,クラブ契約法(Club�Con-tracts�Act)のもと,損害を受けたクラブの会員が救済を得るメリットがないからである。それゆえ,ミネソタ州には,スポーツクラブの会員の代わりに,パレンス・パトリエとして訴えを提起するインセンティブがある。クラブの閉鎖は,1万6000人を超える市民の経済的利益に影響を及ぼした。ミネソタ州には,州の経済健全性を保護することに準主権的利益がある」

(Id.�at�112)。この判旨は,パレンス・パトリエ訴訟につい

て,個々の被害者が被った損害(harm)が必ずしも訴えの提起に結び付かない被害者集団を州が代理することが可能な一つの手段とする見解を示すものである。

② State Department of Environmental Protection v. Jersey Central Power&Light Co. 336 A.2d 750 (N.J. Super. Ct. App. Div. 1975)

この事件において,原告のニュージャージー州がいくつかの訴因を主張しており,そのうちの一つが,パレンス・パトリエとして,原子力発電所の操業に伴う冷水の排出によって50万匹ものニシン(menhaden)を含む野生生物が死亡したことに対して電力会社に損害賠償を求めるものであった。

州の中間上訴裁判所(Superior�Court�of�New�Jersey,�Appellate�Division)は,まず「パレンス・パトリエ理論のもと,河口水域の魚に対する損傷の原因となった汚染に対して,インジャンクションを求めるスタンディングを有する利益が州にはあることに,両当事者とも同意している」と述べる(Id.�at�758)。被告企業の,補償的損害賠償金(compensatory�damages)を求める州に対して,その水域の魚に対する正当な権利がないとする被告企業の主張に対して,

同裁判所は次のように述べる。州は,公共信託の一部である野生生物の損傷に対する損害賠償請求を求める権利だけでなく義務を有しているとし,「ある市民に何らかの特別な利益がなければ,州以外の誰か(anyone)が,環境に対する損害賠償金の請求のために訴えを提起する適格な当事者であると認められるかどうかは疑わしい」と述べ,ニュージャージー州は,インジャンクションおよび損害賠償を請求することができるスタンディングを有する旨を判示した

(Id.)。ニュージャージー州裁判所において,一例と

して,このような判決もあるが,詳細については改めて検討したい。

結びに代えて

⒜ 以上,本稿では,パレンス・パトリエ訴訟の概観について,環境法の視点から考察した。具体的には,第1章において,パレンス・パトリエ(理論)の歴史的展開について論じた。同1節で,イギリスの国王大権を淵源とする通説を紹介した。さらに,このパレンス・パトリエは,イギリスにおいて,①エクイティを発展させてきた大法官を長とする大法官府裁判所において,未成年者や精神障害者などを後見する理論として展開してきたこと(後見型),②法務総裁による公益に関する訴えの提起に発展していったこと(公益型)が推測できることを示した。同2節で,この二つに大別できるパレンス・パトリエ理論が,イギリスの植民地であったアメリカに継受され,展開してきたことを示した。本稿が主に論じたのは公益型にあたるパレンス・パトリエ訴訟である。

第2章においては,パレンス・パトリエ訴訟を担う州法務総裁を中心に紹介をおこなった。同1節で,イギリスにおける発展と,植民地のアメリカにおける法務総裁職について紹介した。そこでは,法務総裁が公益を代表するものとして発展してきた側面を見出すことができた。同2節で,現在の連邦法務総裁と司法省について

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紹介した。ここでは,とくに,環境や自然資源に関する訴訟を担当する環境・自然資源局の任務について概観した。なお,連邦政府もパレンス・パトリエであるとされるが,管見では,連邦の法務総裁が,環境や自然資源の分野において,パレンス・パトリエとして,訴訟を提起した事例を見つけることはできなかった。同3節では,州法務総裁について検討した。州法務総裁は,多くの州において公選されている役職であることと,その職務は判例法・制定法のもと民事訴訟・刑事訴訟を提起することを含めて多岐にわたることを論じた。同4節では,州法務総裁の一例として,マサチューセッツ州の法務総裁を取り上げた。ここでは,マサチューセッツ州の法律が規定する法務総裁室の環境保護部の任務について紹介した。

第3章において,同1節では,判例法上のパレンス・パトリエ訴訟が,パブリック・ニューサンス,反トラスト,差別,タバコ,消費者保護,自然資源損害,近時の温室効果ガスに関わる問題に至るまで幅広い範囲において用いられてきたことを論じた。判例法上,州は,「準主権的利益」が侵害された場合に,パレンス・パトリエとして訴えを提起することができるとする。そこで同2節では,「準主権的利益」について正面から検討した判決を紹介した。同3節では,パレンス・パトリエ訴訟が求めることのできる救済は,歴史的にはインジャンクションであるが,自然資源損害の分野においては,損害賠償を求める訴えを認めた判決があることを紹介した。もっとも,公共信託理論との関係があり,本稿で取り上げた連邦地裁の判決が,単に,パレンス・パトリエとしての,州の訴えの提起を認めたと解することは難しい。さらなる判決の分析が必要な論点だと思われる。なお,この節では,反トラスト法の分野のように,パレンス・パトリエ訴訟が明文化された分野があることも紹介した。同4節では,連邦政府を被告としたパレンス・パトリエ訴訟の提起についての是非について概観した。まず,連邦政府もパレンス・パトリエであるから,その連邦政府に対して,州

は訴えを提起することはできないとする判決があることを紹介した。続いて,連邦最高裁が,連邦政府を被告とした州の訴えの提起を認めたMassachusetts�v.�EPA,�549�U.S.�497�(2007)について検討した。

なお,補説において,パレンス・パトリエが,連邦裁判所においてのみ展開してきたものではないことを示すために,州裁判所におけるパレンス・パトリエ訴訟の2事例を紹介した。

⒝ 環境訴訟では,個人の権利・利益の侵害が生じない領域(特に自然保護分野)がある。それゆえ,州が,州民全体の健康や福祉などといった「準主権的利益」,すなわち公益を保護するために訴えを提起することができるパレンス・パトリエ訴訟は,今後も,自然資源の保護やパブリック・ニューサンスの除去などを目的として,州が用いることができる訴訟類型の一つだと思われる。もっとも,政府(州法務総裁)のリソースの限界などから,必ずしも頻繁に利用されるものだとは思われない。しかしながら,パレンス・パトリエ訴訟は,アメリカにおいて判例法上1世紀以上にわたって脈々と発展してきたものである。それゆえ,今後も,州民全体の健康や福祉を保護するという州の任務を果たすための一つの手段となろう。

⒞ アメリカでは,パレンス・パトリエというような訴訟類型のもと州政府(法務総裁)が環境公益を保護する手段を有し,あるいは序章でも触れたように個別環境制定法のもと,行政の法執行において,違反者に対して刑事訴訟のみならず民事訴訟を通じた手段を活用することができる。にもかかわらず,なぜ,市民が私的法務総裁として政府(法務総裁など)の任務(権能)の一部を担うことになったのか,あるいは担っていくべきか,このような根本的な理由を今後検討したいと考えている。私的法務総裁としての市民は,法的枠組みの中で,単に行政リソースの補完,いわば「ヴォランティア」131としての存在に位置付けられるのか,また,私的法

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務総裁としての市民の存在は,個人固有の権利を背景としているのかについても検討の余地があると思われる。

以上,これらの点については,別稿で検討を深めたい。

(2010年8月31日脱稿)

1� � 畠山武道『アメリカの環境訴訟』(北海道大学出版会,2008)259頁参照。

2� � 邦語による紹介・評釈には,例えば,畠山・前掲(注1)259-261頁,大坂恵里「連邦環境保護庁の温室効果ガス排出規制権限」比較法学(早稲田大学)42巻2号(2009)308-315頁,前田定孝「温室効果ガス対策につき,原告である州が,環境保護庁長官が大気清浄法に基づく規則制定をしなかったことを違法であると主張して提起した訴えが,認容された事例」三重大学法経論叢26巻1号(2008)79-96頁,平尾禎秀「アメリカの司法における温暖化関連訴訟の動向」ジュリ1357号(2008)80-86頁,本田圭「温室効果ガス排出規制に関する米国最高裁判決Massachu-setts�v.�EPAについて」NBL873号(2008)9-19頁,大林啓吾「執行府の環境政策に対する司法審査─Massachusetts�v.�EPA連邦最高裁判決を素材として─」十文字学園女子大学社会情報論叢11号(2007)21-50頁がある。

3� � 2008年早稲田大学大学院法務研究科では,環境損害をテーマとするトランスナショナルプログラムを開催。討論の主題は,「環境損害の回復とその責任」であったが,市民訴訟・団体訴訟の点に議論が集中した(淡路剛久・大塚直ほか

「〔討論〕環境損害の回復と責任─市民訴訟・団体訴訟との関係を中心として」ジュリ1372号

(2009)88-101頁参照)。2010年8月6,7日早稲田大学グローバルCOEプログラム「成熟市民社会型企業法制の創造」の下の企画「地球環境問題と企業の責任」では,「欧州における環境損害及び団体訴訟」をテーマとするシンポジウムを開催。�

4� � 例えば,アメリカ市民訴訟について,常岡孝好「アメリカ環境諸法の市民訴訟(Citizen�Suit)制度」明治学院大学法学研究47号(1988)1-70頁,北村喜宣『環境管理の制度と実態』(弘文堂,1992)168-194頁,畠山・前掲(注1)271-306頁がある。イギリス公益訴訟について,林晃

大「イギリスにおける公益訴訟」法と政治58巻2号(2007)345-442�頁。近年のドイツ団体訴訟については,大久保規子「ドイツにおける環境・法的救済法の成立⑴⑵─団体訴訟の法的性質をめぐる一考察─」阪大法学57巻2号

(2007)203-216頁,同58巻2号(2008)279-289頁,小澤久仁男「ドイツ連邦自然保護法上の団体訴訟」立教大学大学院法学研究39号(2009)51-90頁,フランス団体訴訟については,山本和彦「環境団体訴訟の可能性─フランス法の議論を手がかりとして─」高田裕成ほか編『企業紛争と民事手続法理論〔福永有利先生古稀記念〕』(商事法務,2005)165-208頁。オーフス条約について,高村ゆかり「情報公開と市民参加による欧州の環境保護」静岡大学法政研究8巻1号(2003)178-131頁等がある。

5� � 清浄大気法304条に市民訴訟が規定されている。⒜項の大要は次の通りである。

� � 304条⒜:⒝項に規定する場合を除き,何人も(any�person),自らの利益のために,⑴A本法のもとにおける排出基準(emission�standard�or�limitation),またはB当該排出基準に関し行政機関もしくは州(Administration�or�State)が発した命令に過去に違反し(違反が繰り返されてきたという証拠がある場合),もしくは今後も違反するとされる何人(合衆国および合衆国憲法第11修正によって認められた範囲内のすべての政府組織もしくは行政機関を含む)に対して,⑵本法のもとにおける裁量の余地のない行為もしくは義務の履行を怠っているとされるEPA長官(the�administrator)に対して,⑶本法のもとの許可を受けることなく,新たな排出施設の設置,もしくは大規模な施設の変更を意図する者,もしくは当該許可の条件に違反し(違反が繰り返されてきたという証拠がある場合),もしくは今後も違反するとされる何人に対して,民事訴訟(civil�action)を提起することができる。

� � 地方裁判所は,訴訟額もしくは当事者の市民権(the�citizenship�of�the�parties)に拘わらず,当該排出基準を執行し,またはEPA長官に当該行為もしくは義務を履行するように命じ,事案に応じて,民事課徴金を適用する管轄権を有する(See�U.S.C.§7604(a))。

6� � 畠山・前掲(注1)271頁。7� � 越智敏裕『アメリカ行政訴訟の対象』(弘文

堂,2008)5-24頁参照。8� � 田中英夫・竹内昭夫『法の実現における私人

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の役割』(東京大学出版会,2005)67頁参照。なお,引用中の……,[ ]および傍点は田中らによる省略・補足・強調である。

9� � Associated�Industries�v.�Ickes,�134�F.�2d�694,�704�(2d�Cir.�1943).�フランクは,1941年,ルーズヴェルト(Franklin�Roosevelt)大統領により第2巡回区合衆国控訴裁判所裁判官に任命され,1957年に死亡するまでその職にあった。リーガル・リアリズム運動の中心人物の一人である。

(田中英夫編『英米法辞典』(東京大学出版会,2001)934頁参照)。

10� � ここで紹介したフランクの意見とアメリカ環境訴訟の三類型が示めす私的法務総裁の射程は同一とは言い難いと思われる。勿論一部の記述だけを比較して断じることはできない。そこで,私的法務総裁の概念については,別稿での課題としたい。

11� � 北見宏介「政府の訴訟活動における機関利益と公共の利益(1)─司法省による「合衆国の利益」の実現をめぐって─」北大法学論集58巻6号(2008)49頁。

12� � 中川丈久「行政訴訟に関する外国法制調査─アメリカ(上)」ジュリ1240号(2003)101-103頁参照。

13� � 北村・前掲(注4)119-166頁参照。14� � 同上135頁参照。15� � 中川・前掲(注12)101頁参照。また,近時,

行政法上の義務履行を求める民事訴訟の可否について,最高裁判例(いわゆる宝塚建築工事中止命令訴訟(最判平成14・7・9判時1798号78頁)が出され,法律に規定がなければ許されないとした。その理由は,裁判所法3条の「法律上の争訟」にあたらないこと,および行政代執行法1条の採用する立法政策の2点である(101-102頁参照)。

16� � 北村喜宣『行政法の実効性確保』(有斐閣,2008)320頁参照。次のように述べている。「公益の実現を目的とすると考えられた行政法のもとでは,伝統的に,住民は,受動的公益享受主体として位置づけられていた。実施過程を独占する行政による公益実現を「待っている存在」なのであり,市民自身がその実現に関与することは,想定されていなかったのである。ところが,最近では,多様な機能を持つ執行主体として住民を認知し,法律目的実現に向けて市民の活動を制度化する例がみられるようになってきている。これは,執行コストの低減にもつながる」(同頁)。

17� � 畠山・前掲(注1)282-283頁参照。18� � See�Friend�of�the�Earth,�Inc.�v.�Laidlaw�Envi-

ronmental�Services,�528�U.S.�167�(2000).市民訴訟規定に基づいて訴えを提起する際にも要求される「事実上の侵害(injury�in�fact)」の態様について分析をおこなっている最近の邦語論考として,例えば,米谷壽代「アメリカ環境訴訟における「事実上の侵害」」同志社法学59巻3号

(2007)151-226頁がある。19� � 北村喜宣「権威不信とアメリカ環境法(下)

─法制度を支える政治文化と実施過程の問題点」ジュリ1101号(1996)63-72頁参照。なお,同論考の「おわりに」において,次のように述べている。「本稿では,アメリカ環境法の影の部分」に敢えて光をあてた紹介をしてきた。誤解されてはならないのは,本稿で整理したような問題点がアメリカの環境法過程に蔓延しているのではないことである。積極的な司法判断が行政決定の質を高めたケースは数多いし,市民参加がより適切な結論をもたらした例も少なくない〔…〕,したがって,わが国の環境法政策を考える際に踏まえるべきは,「だから市民参加はほどほどに」とか「原告適格の拡大には慎重に」とか「環境利益への配慮はそこそこに」といった結論に短絡的に結びつけるのは適当ではないことである〔…〕日本の現状を踏まえて慎重に法制度設計をするならば,問題は十分に回避できるように思われる。環境配慮の重視や行政決定にあたっての利害関係者参加,情報の公開や行政活動のチェックといったことは,国家の違いを超えた政策課題というべきである」(同70頁参照)。

20� � 違法行為を行う企業に対する訴訟の提起を目的とする消費者団体訴訟とは異なり,行政に対する訴えの提起も少なくないと思われる環境法分野において,仮に団体訴訟制度を導入するのであれば,「適格団体の要件適合性を判断する行政庁と団体との間での利益相反が生ずることを回避できる(司法制度改革推進本部第30回 行政訴訟検討会(2004.10.15)参考資料参照)」制度設計が必要であると思われる。

21� � Blackʼs law Dictionary�1221�(9th�ed.�2009).22� � 田中・前掲(注9)619頁参照。23� � 例えば,少年法分野においては,徳岡秀雄『少

年司法政策の社会学』(東京大学出版会,1993)77-82頁,吉中信人「パレンス・パトリエ思想の淵源」広島法学30巻1号(2006)29-51頁がある。反トラスト法においては,谷原修身「Parens�

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Patriae反トラスト訴訟の問題点(上)」公正取引329号(1978)5-7頁,谷原修身『独占禁止法と消費者訴訟』(中央経済社,1983)21-52頁,谷原修身『独占禁止法と民事的救済』(中央経済社,2003)190-197頁,佐野つぐ江「米国各州における反トラスト法執行の実態(上)」公正取引691号(2008)37-41頁,宗田貴行『独禁法民事訴訟』(レクシスネクシス・ジャパン,2008)23-54頁がある。消費者法分野においては,細川幸一「規制緩和後の消費者行政の新たな役割に関する研究─コンプライアンス監視のための行政と私人の機能分担の視点から─」一橋大学博士(法学)学位授与論文(2002.7.30)232-238頁。また,日本女子大学細川幸一研究室HP

〈http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~consu�mer/〉(2010年8月1日アクセス)には,レジュメ「米国の消費者保護における政府の役割〜父権訴訟を中心に〜(メモ)」(2008.6.25)が掲載されており,本稿の執筆にあたり多くの示唆をえることができた。

24� � この研究会については,消費者庁HP〈http://www.consumer.go.jp/〉(2010年8月1日アクセス)を参照。

25� � 管見では,日本において環境法分野の先行業績は,木村実「環境問題における地方公共団体の役割─アメリカにおけるParens�Patriaeについて」環境法研究13号(1980)158-171頁のみである。

26� � 水谷智洋『羅和辞典〈改訂版〉』(研究社,2009)429,433頁参照。

27� � 北見・前掲(注11)⑴53頁参照。28� � See�Hawaii�v.�Standard�Oil�Co.,�405�U.S.�251,�

257�(1972);�Alfred�L.�Snapp�&�Son,�Inc.�v.�Puer-to�Rico�ex�rel.�Barez,�458�U.S.�592,�600�(1982);�Curtis,�The Checkered Career of Parens Patri︲ae: The State as Parent or Tyrant?,�25�Depaul l. rev.�895,�896�(1976).

29� � See�W.�Blackstone, 3 commentaries�427�(Dawsons�of�Pall�Mall�1966)�(1766).

30� � 田中・前掲(注9)136頁参照。31� � 徳岡・前掲(注23)77頁参照。32� � 田中・前掲(注9)302-303頁参照。33� � 柳本正春『米・英における少年法制の変遷』

(成文堂,1995)8頁。34� � 大法官府裁判所における未成年のパレンス・

パトリエの展開については,徳岡・前掲(注23)78-80頁を基礎としてまとめた。

35� � Eyre�v.�Shaftsbury� (countess�of)�24�Eng.�

Rep.�659.36� � See�J.�chitty, a treatise on the law of the

prerogatives of the crown; anD the relative Duties anD rights of the suBject.�155�(Gregg�International�Publishers�1968)�(1820).なお,(…)はChittyによる補足である。

37� � 吉中・前掲(注23)29-51頁参照。38� � BLACKSTONE,�supra�note�29,�at�427.39� � 詳しくは,岡村周一「イギリス行政訴訟法に

おける原告適格の法理㈡」法学論叢101巻5号(1977)81-93頁。

40� � パブリック・ニューサンス(public�nuisance)とは,「公共一般に共通の権利に対する不当な妨害をいう。パブリック・ニューサンスは,多くの州では刑法またはコモン・ローのもとで犯罪とされるが,刑事責任を問わない場合にも成立する。パブリック・ニューサンスについて,個人が損害賠償請求できるのは,一般に共通する権利を享有する人びとの被害とは違った種類の被害を受けた場合に限られる。差止請求ができる当事者は,⑴損害賠償請求が認められる私人,⑵州または地方自治体を代表する公務員・機関,⑶公共一般を代表するクラスアクション,または市民訴訟において当事者適格を有する者である」(田中・前掲(注9)参照)。

41� � 同上85頁。42� � 詳細については,別稿において論じる予定で

ある。43� � これに属する例としては,州が精神障害者を

精神病院に監禁するように命令を出す場合には,パレンス・パトリエの行使としてなされることを前提として,人身保護令状(habeas�cor-pus)を必要としないことが挙げられる(谷原・前掲(注23)191-192頁参照。See,�M.Malina,�infra�note�90,�at�199.)。

44� � 連邦法あるいは制定法が法務総裁に訴権を付与している場合には議論はないが,明言がない場合は誰がパレンス・パトリエ訴訟の訴権者になりうるのかという議論がある。多くのケースでは法務総裁が単独で訴訟を起こすが,イリノイ州では州務長官(Secretary�of�State),ニューヨーク州では社会福祉省長官(commissioner�of�the�Department�of�Social�Services)が司法長官とともにパレンス・パトリエ訴訟を起こした例がある(細川・前掲(注23)235頁参照)。

45� � 本節の法務総裁の歴史的展開については,national association of attorneys general, state attorneys general:powers anD re-

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sponsiBilities�3-11� (Lynne�M.�Ross�ed.,�1990)�[hereinafter�Powers�&�Responsibilities]�を基礎にまとめたものである。北見・前掲(注11)⑴57-82頁も参照した。

46� � See�eDwarDs, the law officers of the crown�15�(1964).

47� � Id.�at�16.48� � Powers�&�Responsibilities,�supra note�45,�at�

4.49� � eDwarDs,�supra note�46,�at�2-26.50� � Sewall�Key,�The Legal Work of the Federal

Government,�25�va. l. rev.�165,�166-67�(1938).51� � eDwarDs,�supra note�46,�at�38.52� � Powers�&�Responsibilities,�supra note�45,�at�

6.53� � 田中・前掲(注9)77頁。54� � 以下,法務総裁による訴えの提起については,

岡村・前掲(注39)81-91頁参照。55� � 岡村周一「イギリス行政訴訟法における原告

適格の法理㈢」法学論叢103巻2号(1978)36-44頁参照。

56� � 関係人訴訟とは,法務総裁は,その裁量より,私人が法務総裁または国もしくは州の名において行政行為の違法是正を求める訴訟を提起し追行することを許すことができるとする制度である。関係人訴訟の提起を認めるかどうかは法務総裁の裁量にかかっているが,イギリスをはじめ多くの法域で,当該行政行為の性質が司法審査になじむものである場合には,広くこの許可が与えられている。そのことは,英米の公法関係の事件で当事者名の表記の中に“ex�rel.� (ex�relatione→on�the�relation�of)という表示がしばしば見出されることからも,うかがえる(田中英夫『英米法総論(下)』(東京大学出版会,2007)526頁参照)。

57� � 岡村・前掲(注55)44-48頁参照。58� � 林・前掲(注4)349頁。59� � Key,�The Legal Work of the Government,�25�

va. l. rev.�165,�169-73�(1938).60� � Id.61� � Powers�&�Responsibilities,�supra note�45,�at�

6.62� � 本節のメリーランドの法務総裁について,See�

Oliver�Hammonds,�the attorney general in the american colonies�3-5,�(1�Anglo-American�Legal�History�Series,�No.2,�1939).

63� � 本節のペンシルベニアの法務総裁について,See�management planning Div., pa. Depʼt. of

justice, a history of the attorney general in pennsylvania�1-15�(1972).

64� � Id.�at�9-10.65� � 連邦の法務総裁については,北見・前掲(注

11)⑴37-92頁,北見宏介「政府の訴訟活動における機関利益と公共の利益⑵〜⑸」北大法学論集59巻1号(2008)37-64頁,59巻3号(2008)241-309頁,59巻4号(2008)81-153頁,59巻6号(2009)59-136頁において詳しく論じられている。

66� � 北見・前掲(注11)⑴60-61頁参照。�67� � See�28�U.S.C.§503�(2006).68� � 北見・前掲(注65)⑷86-87頁参照。69� � 同上87頁参照。70� � アメリカ司法省HP〈http://www.justice.gov/

enrd/〉(2010年8月1日アクセス)参照。�71� � 北村・前掲(注4)162-164参照。72� � See�Powers�&�Responsibilities,�supra note�45,�

at�6.73� � counselorは,弁護士,訴訟代理人,助言者な

どを意味し,アメリカではattorneyと同義(田中・前掲(注9)205-206頁参照)。

74� � thaD Beyle, state constitutions for the twenty-first century vol.3,�76-77� (G.�Alan�Tarr�and�Robert�F.�Williams�ed.,�State�Univer-sity�of�New�York�2006).�

75� � the council of state governments, the Book of the states�2009ed.,�VOL.41,�at�233�(2009).

76� � Id.�77� � 各州法務総裁の選任方法についてのデータ

は,See�id.�at�237.78� � 田中英夫『アメリカ法の歴史(上)』(東京大

学出版会,2006)260-261頁。79� � Powers�&�Responsibilities,�supra note�46,�at�

12.80� � Id.�William�P�Marshal,�Break Up the Presi︲

dency? Governors, State Attorneys General, and Lessons from the Divided Executive,�115�yale�L.J.�246�(2006).

81� � 2010年8月現在,マサチューセッツ州の法務総裁は,Martha�Coakleyである。弁護士の資格を有し,副地区検事(Assistant�District�Attor-ney),および地区検事(District�Attorney)の経歴をもち,2007年に民主党から立候補し法務総裁に当選した。マサチューセッツ州の法務総裁については,マサチューセッツ州HP〈http://www.mass.gov/〉(2010年8月1日アクセス)参

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照。82� � マサチューセッツ州法務総裁室の環境保護部

については,マサチューセッツ州HP〈http://www.mass.gov/〉(2010年8月1日アクセス)参照。ところで,日本においては,「法務省設置法」と「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」により,法務大臣に,国の利害に関係のある争訟についての統一的・一元的な処理の権限を付与する訟務制度が採用されている。なお,最近,菅内閣が,国が被告で,薬害や公害など社会的な関心が高く,国民生活に影響の大きい約700件の訴訟について,「内閣官房で集約・管理し,閣僚同士の協議で対応を判断する方針」を決めたこと(朝日新聞2010年7月24日4面参照)を付言しておく。

83� � See�Allan�Kanner,�The Public Trust Doc︲trine, Parens Patriae, and the Attorney Gener︲al as the Guardian of the Stateʼs Natural Re︲sources,�16�Duke envtl.l.& polʼy f.�57,�110�(2005).

84� � 以下,アメリカ合衆国憲法の条文紹介の際には,初宿正典・辻村みよ子編『新解説世界憲法集〈第2版〉』(三省堂,2010)〈野坂泰司訳〉69頁以下,田中英夫編『BASIC英米法辞典』(東京大学出版会,2005)212頁以下参照。

85� � 浅香吉幹『現代アメリカの司法』(東京大学出版会,1999)50-61頁参照。

86� � 鈴木康彦『註釈アメリカ合衆国憲法』(国際書院,2000)128-133,226-228頁参照。なお,傍点による強調は筆者によるもの。

87� � アメリカ市民訴訟の原告適格については,畠山・前掲(注1)282頁以下等を参照。

88� � See�richarD h. fallon jr et al., hart anD wechslerʼ s the feDeral system�259-263� (6th�ed.�2009).�浅香・前掲(注85)57-58頁参照。

89� � もっとも水利権に関しては,州がパレンス・パトリエとして訴えを提起している事案がある。州間の水利権ないしはそれが水質の汚染にかかわる場合は,裁判所がこの訴えを認めるものと解することもできる(木村・前掲(注25)160-162頁参照)。

90� � See�Note, The Original Jurisdiction of the United States Supreme Court,�11�stan. l. rev.�665,�673� (1959);�Michael�Malina�&�Michael�D.�Blechman,�Parens Patriae Suits for Treble Damages under the Antitrust Laws,�65�nw. u. l. rev.�193,�203�(1970).�谷原・前掲(注23)『独占禁止法と民事的救済』192頁参照。

91� � See�Missouri�v.� Illinois,�U.S.�208,�241� (1901),�Georgia�v.�Tennessee�Copper�Co.,�206�U.S.�230,�236-39(1907).

92� � 浅香・前掲(注85)6頁。93� � See�Curtis,�supra�note�28,�at�907-908.94� � See�Kanner,�supra�note�83,�at�110�n.39�(2005).95� � 平野・後掲(注113)。96� � 第1編10節1項では「州は,条約,同盟もし

くは連合を締結し〔…〕てはならないと」規定し,同3項では「各州は,連邦議会の同意を得ずに,トン税を賦課し,平時において軍隊もしくは軍艦を保持し,他州もしくは外国と約定もしくは協定を結び,または現実に侵略を受けたときもしくは一刻も猶予を許されないような急迫の危険があるときを除き,戦争行為をしてはならない」と規定する。

97� � 平野・後掲(注113)参照。98� � 宗田・後掲(注106)参照。99� � See�Michael�Malina�&�Michael�D.�Blechman,�

Parens Patriae Suits for Treble Damages un︲der the Antitrust Laws,�65�nw.u.l.rev.�193,�211�(1970);�谷原・前掲(注23)『独占禁止法と消費者訴訟』28-29頁参照。

100�� 1976年反トラスト強化法であるクレイトン法(Clayton�Act)4C条は,州の法務長官が,自己の州に居住する州民を代表してシャーマン法違反行為に対する3倍額賠償請求訴訟を提起するパレンス・パトリエ訴訟を導入した。また,現在,カリフォルニア州,コロラド州,ハワイ州など約20の州およびコロンビア特別区などは,連邦法とほぼ同様のパレンス・パトリエ訴訟の規定を州法等に有している。消費者保護法分野の例として,1994年制定「テレマーケティング・消費者詐欺および乱用防止法」がパレンス・パトリエ訴訟を定める。また州レベルでは,例えば,ルイジアナ州にLouisiana�Unfair�Trade�Practices�and�Consumer�Protection�Lawがある。

101�� パレンス・パトリエに基づくタバコ訴訟については,例えば以下の論文において紹介されている。See�Richard�Ieyoub�&�Theodore�Eisen-berg,�State Attorney General Actions, The To︲bacco Litigation, and the Doctrine of Parens Patriae,�74�tul l. rev.�1859,�1883�(2000).

102�� 経済企画庁『昭和47年年次世界経済報告』(経済企画庁,1972)144頁参照。

103�� 「インジャンクション(injunction)」とは,エクイティ上の救済方法で,被告に一定の作為を

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なすことを禁じたり,すでに生じた違法状態の排除のために一定の作為を命じる裁判所の命令のこと(田中・前掲(注9)448-449頁参照)。

104�� See�Kenneth�J.�Figueroa,�Note,� Immigrants and the Civil Rights Regime Parens Patriae Standing, Foreign Governments and Protection from Private Discrimination,�102�Colum.�L.�Rev.�408,�434�(2002).�

105�� See id.106�� 本稿で紹介した反トラスト法関連の判決は,

前掲(注23)において紹介した文献を基礎にまとめたものである。

� � 今日アメリカ反トラスト法の中核をなす,シャーマン法(Sherman�Act,�15�U.S.C.�§1以下)は,不当な取引制限行為(共同行為,同法1条),独占行為および独占を企図する行為(同法2条)を規定する。また,クレイトン法(Clay-ton�Act,�15�U.S.C.§12以下)は,価格差別行為

(同法2条),排他条件付取引(同法3条),株式・資産の保有及び役員兼任(同法7条)を規定している。これらの法律等に規定される反トラスト法違反行為にかかる民事的救済には,州の法務総裁による提訴も含めると,以下のものがある

(宗田・前掲(注23)7-8頁参照)。� ①� 3倍額賠償請求権(クレイトン法4条,15�

U.S.C.§15)� ②�  差 止 請 求 権( ク レ イ ト ン 法16条,15�

U.S.C.§26)� ③� 拡散した被害が生じた場合に多数の被害者

を救済するために認められているクラスアクション制度(Class�Action)(連邦民事訴訟規則(Federal�Rules�of�Civil�Procedure)23条)

� ④� 州の法務総裁が,自己の州の居住する州民を代表してシャーマン法違反行為に対する3倍額賠償請求訴訟を提起する父権訴訟(Pa-rens�Patriae�Action)(クレイトン法4C条,15�U.S.C.§15C)

� � アメリカではシャーマン法およびクレイトン法のエンフォースメントには,これらのほか,以下のように,司法省および連邦取引員会

(Federal�Trade�Commission,�FTC)によるエンフォースメントも存在する。

� ①� シャーマン法1条および2条違反についての刑事訴追

� ②� クレイトン法15条(15�U.S.C.§25)に基づくシャーマン法・クレイトン法違反行為の差止請求訴訟の提起

� ③� シャーマン法・クレイトン法違反行為に

よって営業または財産に損害を受けた場合にクレイトン法4A条(15�U.S.C.§15a)に基づき違反者に対し損害賠償請求訴訟を提起し,受けた損害の3倍額と合理的な弁護士費用を請求すること

107�� 州は次の三つの訴因に基づいて訴えた。①州自体が石油製品の購入者および消費者としての資格。②州の消費者が被った個別的利害とは別に州の経済全体に対する損害の回復を求めるパレンス・パトリエとしての資格。③全ての消費者のためのクラスアクションの代表者としての資格。連邦地裁は,被告側から出された訴え却下の申立(motion�to�dismiss)に関して,③について却下を認めたが,②については却下を否定した。連邦控訴裁は②について,州の全体的経済に対する損害は間接的なものであり,賠償請求を許しうる性質のものではないとして却下した。州の移送命令令状による請願を許した連邦最高裁は,5対2で上訴裁判所の決定を支持した。

108�� 佐野・前掲(注23)775-777頁参照。109�� 佐野つぐ江「多数の消費者被害のための父権

訴訟(ペアレンス・パトリー訴訟)制度」消費者法ニュース78号(2009)153頁参照。

110�� 同上153-154頁参照。111�� 同上154頁参照。112�� Kenneth�J.�Figueroa,�supra�note�104,�at�434,�

437�n.149は,この二つの事例を「州が,パレンス・パトリエとして,自然資源損害に対する損害賠償を求めることを認めた判決である」と解している。なお,「公共信託理論は,州政府や自治体に,公共的な利用を積極的に保護し,妨害行為を排除すべき義務を課しているから,州政府(具体的には,法務総裁)や自治体にも当然に原告適格が認められることになる」(畠山武道

『アメリカの環境保護法』(北海道大学図書刊行会,1993)127頁)。さらに,「政府は信託の対象となる自然資源について,これを保護・保全する積極的な義務を有することとなるが,信託財産において公共の権利が保護・保全されることを確保すべき義務は,受託された資源の損傷に対する金銭賠償の回収も含みうるものとされる」(梅村・後掲(注114)205頁,See�eDwarD h.p. Brans, liaBility for Damage to puBlic natural resources�52� (Kluwer�Law�Interna-tional,�2001))。なお,パレンス・パトリエと同じく(公共)信託はエクイティの産物である。信託は歴史的に国王によるさまざまな規制,封

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建的賦課に対抗して,私人の利益を保護するための手法として生まれ発展してきた(藤倉皓一郎「アメリカ法における私と公─公共信託の理論」学術の動向2007年8月号26頁参照)。�

113�� motion�to�dismissについては,以下のような解説もある。「「請求棄却(請求を述べていないことによる)の申立(motion�to�dismiss)」とは,「demurrer」とも呼ばれる申立である。原告が提訴開始したばかりの訴状を送達した後,通常は被告側が答弁書を提出する際かその前に,原告の請求を棄却するように裁判所に請求する手続である。被告が原告の請求棄却を求める理由は,訴状の記載事項がもし全て正しかったと仮定しても,救済に値する事項,即ち「法的根拠」が存在しないことによる。救済に値する請求とその根拠となる事実の記載が全くないのであるから,もはやそれ以上,法的に,訴訟を継続する必要性がないと判断されるべきという訳である。従って裁判所としては,訴状に記載されている事実が全て本当であると仮定した上で,即ち「被申立人」に有利な前提に立った上で,それでも被申立人が敗訴すべきかを審査する。申立通りの場合に裁判所は,通常は原告に修正させる機会を与えるけれども,救いようのない場合は修正の余地なしに請求を棄却する」(平野晋『アメリカ不法行為法』(中央大学出版部,2006)76-77頁参照)。

114�� 大塚直「環境損害に対する責任」大塚直・北村喜宣編『環境法学の挑戦〔淡路剛久教授・阿部泰隆教授還暦記念〕』(日本評論社,2002)77-92頁,梅村悠「自然資源損害に対する企業の環境責任⑴(2・完)」上智法学論集47巻2号(2003)218-187,3号(2004)170-142頁,大塚直「環境修復の責任・費用負担について」法教329号

(2008)94-103頁,ダニエル�A.ファーバー(大塚直・辻雄一郎訳)「自然に対する不法行為」ジュリ1372号(2009)54-60頁,大塚直「環境損害に対する責任」同(2009)42-43,55頁等に詳しい。

115�� w.h. roDgers, enviromentl law�176� (St.�Paul,�1984).

116�� See�fallon et al.,�supra�note�88,�at�263-266.117�� Alfred�L.�Snapp�&�Son,�Inc.�v.�Puerto�Rico�ex�

rel.�Baenz,�458�U.S.�592,�610�(1982).�118�� 交差請求(cross-claim)とは,共同原告間ま

たは共同被告間の請求であって,付加管轄権と同じテストで本訴または反訴と同一事件から生起したといえるほどに関連した請求について

(別訴とすることもできるが)一つの訴訟の中に含めることが認められるものである(連邦民事訴訟規則13⒢)(浅香吉幹『アメリカ民事手続法

[第2版]』(弘文堂,2008)34頁。119�� See e.g.,�Connecticut�ex.�rel.�Blumenthal�v.�

U.S.�Dep’t�of�Commerce,�369�F.�Supp.�2d�237,�245�n.8.�(D.�Conn.�2005);�P.R.�Pub.�Hous.�Admin.�v.�U.S.�Dep’t�of�Hous.�&�Urban�Dev.,�59�F.�Supp.�2d�310,�326�(D.P.R.�1999);�Kansas�v.�Unit-ed�States,�748�F.�Supp.�797,�802�(D.�Kan.1990);�Abrams�v.�Heckler,�582�F.�Supp.�1155,�1159-60�(S.D.N.Y.1984).�他方,連邦政府に対するパレンス・パトリエ訴訟を認めなかった例として,State�ex�rel.�Sullivan�v.�Lujan,�969�F.�2d�877,�883(10th�Cir.�1992);�Nevada�v.�Burford,�918�F.�2d�854.�858�(9th�Cir.�1990);�Iowa�v.�Block,�771�F.�2d�347,�345-55�(8th�Cir.�1985)�がある。

120�� この判決の訳出においては,前掲(注2)で紹介した文献を参照した。

121�� ESA(絶滅のおそれのある種の法)は,連邦行政機関が絶滅危惧種等の生息地に影響を与える活動をする場合に魚類野生生物局等と事前協議を行うことを義務づけている。この義務を国内に限定する規制改正が行われ,環境保護団体は,これにより国外における環境配慮が後退することを懸念した。そこで,環境保護団体が,内務省土地管理局を被告として,市民訴訟に基づき当該規制の違法を争ったのが,この事件である。

122�� 清浄大気法307⒝⑴(U.S.C.§7607(b)(1))は,EPAの制定した規則または最終決定に対して,コロンビア特別区連邦巡回控訴裁判所に訴えを提起することができると規定する。

123�� U.S.C.§7521(a)(1)124�� fallon et al.,�supra�note�88,�at�263.125�� この論点については,木村・前掲(注25)167

頁においても言及がある。126�� Dru�Stevenson,�Special Solicitude for State

Standing: Massachusetts v. EPA,�112�Penn�St.�L.�Rev.�1,�74�(2007).��

127�� Bradford�Mank,�Should States Have Greater Standing Rights Than Ordinary Citizens? Mas︲sachusetts v. EPAʼs New Standing Test for States,�94�Wm�and�Mary�L.�Rev.,�1701,�1780�(2008).�

128�� Id.�at�1781-1782.129�� Id.�at�1783.130�� Kanner,�supra�note�83,�at�110.

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131�� 「ヴォランティア」という表現は,田中ほか・前掲(注8)『法の実現における私人の役割』89頁以下の第4章「行政機関による私的訴訟の援助」において,以下のように示されている。「〔…〕すなわち私人は,違反者に対して制裁を加えることによって,いわばヴォランティアとして行政機関に協力しようとしているのである。それは,機能的には,政府のなすべき仕事を行うとする臨時の役人ともみるわけである。したがって,行政機関の立場からすれば,これに適当な援助を与えることが自己の任務をより効果的に遂行するゆえんだと考えられることになろう。このように,行政庁の機能を補完する役割を私的訴訟に期待するとすれば,行政庁は私的訴訟についてどのような援助を与えるべきかということになる」。