15
ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2) 39 抄 録 ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2) 臨床心理学科 免田 本研究は、ペアレントトレーニング(親訓練、PT)という治療法の意義を確認し、その治療機能 について検討することを目的としている。PTプログラムは、実施形式の拡張をみせ様々な機関にお いておこなわれるようになった。しかし、そのプログラム機能を十分に考察した研究はみあたらない。 そこで、本論文では効果的なPTプログラムを開発し実施するために、筆者の臨床経験をベースに概 念的モデルを構築し、理論的考察と提言をおこなった。まず、PTアプローチを子どもへの行動技法 研究、親のトレーニングの効果研究、スタッフ養成・地域浸透に向けた普及研究の3モードの知に分 類した。PTプログラムは治療者から親へ、親から子どもへという二重構造をもっている。その治療 の特殊性を「ペアトレの卵」モデルによって説明した。そのモデルを元に、これまでとられてきた親 子治療モデルを親の役割によって様々なレベルで分類した後、親との共同治療をいかにおこなうかの 検討をおこなった。PTでは子どもへの媒介治療をおこなう中で、スタッフ・親間に相互に強化しあう 特徴があることが明らかにされた。プログラムが親に対して、そして子どもに対して有効なものであ るために、プログラム自身が持つ親への強化機能が重要であることが論じられた。 Key Words:ペアレントトレーニング、親訓練、行動療法、プログラムの開発、スタッフトレーニング 1.はじめに ペアレントトレーニング(親訓練 parent training以下、PT)は、子どもの行動療法の重 要な1領域である。 PTはMichel Hersenが編集したEncyclopedia of Behavior Modification and Cognitive Behavior Therapyに大項目として設定されて いる。Hersen(2005)によれば、PTとは「行 動問題のある子どもに広く適用される治療法で ある。他の治療法と異なり、治療者は親が子ど もの機能を向上することができるように親に直 接働きかける。親の現在の養育行動を変化させ ることで、クライエントである子どもの援助が 可能となるのである。(Cavell、2005、pp.944- 945)」と定義される。 1960年以来、PTという治療技法は、様々な 発達障害や問題を有する子どもの治療技法と してその有効性は広く実証されてきた(免田、 2008;2011)。近年その効果は注目を集め、エビ デンスのある技法として国際的に実施されるよ うになってきている。本邦でも、病院の子ども 外来、知的障害児施設、保健センターでも実施 しているところが数多く見られる。また、一般

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

39

 抄 録

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

臨床心理学科 免田  賢

 本研究は、ペアレントトレーニング(親訓練、PT)という治療法の意義を確認し、その治療機能について検討することを目的としている。PTプログラムは、実施形式の拡張をみせ様々な機関においておこなわれるようになった。しかし、そのプログラム機能を十分に考察した研究はみあたらない。そこで、本論文では効果的なPTプログラムを開発し実施するために、筆者の臨床経験をベースに概念的モデルを構築し、理論的考察と提言をおこなった。まず、PTアプローチを子どもへの行動技法研究、親のトレーニングの効果研究、スタッフ養成・地域浸透に向けた普及研究の3モードの知に分類した。PTプログラムは治療者から親へ、親から子どもへという二重構造をもっている。その治療の特殊性を「ペアトレの卵」モデルによって説明した。そのモデルを元に、これまでとられてきた親子治療モデルを親の役割によって様々なレベルで分類した後、親との共同治療をいかにおこなうかの検討をおこなった。PTでは子どもへの媒介治療をおこなう中で、スタッフ・親間に相互に強化しあう特徴があることが明らかにされた。プログラムが親に対して、そして子どもに対して有効なものであるために、プログラム自身が持つ親への強化機能が重要であることが論じられた。

Key Words:ペアレントトレーニング、親訓練、行動療法、プログラムの開発、スタッフトレーニング

1.はじめに ペアレントトレーニング(親訓練parenttraining以下、PT)は、子どもの行動療法の重要な1領域である。 PTはMichelHersenが編集したEncyclopediaof Behavior Modification and CognitiveBehaviorTherapyに大項目として設定されている。Hersen(2005)によれば、PTとは「行動問題のある子どもに広く適用される治療法である。他の治療法と異なり、治療者は親が子どもの機能を向上することができるように親に直

接働きかける。親の現在の養育行動を変化させることで、クライエントである子どもの援助が可能となるのである。(Cavell、2005、pp.944-945)」と定義される。 1960年以来、PTという治療技法は、様々な発達障害や問題を有する子どもの治療技法としてその有効性は広く実証されてきた(免田、2008;2011)。近年その効果は注目を集め、エビデンスのある技法として国際的に実施されるようになってきている。本邦でも、病院の子ども外来、知的障害児施設、保健センターでも実施しているところが数多く見られる。また、一般

Page 2: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

40

書店で書架にそのタイトルを付した書物も見られるようになってきた。その治療対象となる子どもと親、そして担当する治療スタッフと実施機関(医療、教育、福祉、行政)そしてセッションの内容と期間は様々であり、臨床や教育そして福祉の必要性に応じて多様なプログラムが存在する。 PTでは、従来子どもの治療で当たり前だった訓練室や面接室、あるいは治療室で子どもを直接治療するという方法を基本的にとらない。プログラムによっては、治療者は子どもと直接会うことなく治療を進めていく。たとえば、1991年国立肥前療養所(現在国立病院機構肥前精神医療センター)で開始されたHPST(HizenParentingSkillsTraining)プログラムにおいては、子どもは医師の初診を受け諸検査を実施された後、親が機関に通ってトレーニングを受ける。しかしその後は親がトレーニングの対象となり子どもは原則来院することはない(山上、1998;免田ら、1995)。現在、HPSTの方式を元に2008年に実施を始めた佛教大学ペアレントトレーニング(佛大方式)においては治療契約のある一般講座の方式をとり、親の行動記録やホームビデオの視聴を除き子どもの面接は行っていない。いわば子どもを直接対象とするのではなく、親を媒介とした間接的行動介入を行う。このような治療形式がPTによる治療の大きな特徴となっている。 もちろん、PTにおいては子どもも含めた併行治療も行われることも多い。親・子いずれかの単独介入の場合、あるいは双方を同時に行ったときの比較研究も実施されている(Webster-Stratton、2011;Drugli&Larsson、2006)。本邦における一例として、くるめSTP(SummerTreatmentProgram)がある。プログラムはADHDを対象としたPT部門を持ち、子どもがトリートメントキャンプに参加している間、親はPTプログラムに出席をする(くるめSTP書

籍プロジェクトチーム、2010)。また、親がセッションに参加し子どもは社会的スキルを高めるためのSSTプログラムに参加をするプログラムも存在する。 このように柔軟でかつ参加の自由性を持ち、臨床のニーズに合わせて実施できるところにPTプログラムの特徴がある。

1.1. ペアトレ研究の3モードの知 PT研究の領域を3モードに分けてとらえると以下のようになる(図1)。PTの研究知見について3モードの知で分割して考え、整理してみる。

図1.PTにおける3モードの知

 これまで、行動療法においては、どのような対象の子どもに効果があるかの技法についての検証研究は単一事例研究やグループ統制研究で数多く行われてきた。PT研究に限らず認知・行動療法では、子どもに適用する行動変容理論、技法の研究がされてきた歴史がある(図1、モードA)。子どもに対してはどのような技法を適用すると効果的かの臨床研究知である。PTではセッションで親に教える技法の基礎研究がこれに該当する。 さらにPTでは親をトレーニングする治療の要因、効果研究が蓄積されてきた。すなわちいかなる内容を教えどの技法を伝えると、より子

- 2 -

治療者は子どもと直接会うことなく治療

を進めていく。たとえば、1991年国立肥

前療養所(現在国立病院機構肥前精神医

療センター)で開始された HPST(Hizen

Parenting Skills Training)プログラム

においては、子どもは医師の初診を受け

諸検査を実施された後、親が機関に通っ

てトレーニングを受ける。しかしその後

は親がトレーニングの対象となり子ども

は原則来院することはない(山上,1998;

免田ら,1995)。現在、HPST の方式を元

に 2008 年に実施を始めた佛教大学ペア

レントトレーニング(佛大方式)におい

ては治療契約のある一般講座の方式をと

り、親の行動記録やホームビデオの視聴

を除き子どもの面接は行っていない。い

わば子どもを直接対象とするのではな

く、親を媒介とした間接的行動介入を行

う。このような治療形式が PTによる治療

の大きな特徴となっている。

もちろん、PTにおいては子どもも含め

た併行治療も行われることも多い。いず

れかの単独介入の場合、あるいは双方を

同時に行ったときの比較研究も実施され

ている(Webster-Stratton,2011; Drugli

& Larsson,2006)。本邦における一例とし

て 、 く る め STP(Summer Treatment

Program)がある。プログラムは ADHDを対

象とした PT部門を持ち、子どもがトリー

トメントキャンプに参加している間、親

は PT プログラムに出席をする(くるめ

STP 書籍プロジェクトチーム,2010)。ま

た、親がセッションに参加し子どもは社

会的スキルを高めるための SSTプログラ

ムに参加をするプログラムも存在する。

このように柔軟でかつ参加の自由性を

持ち、臨床のニーズに合わせて実施でき

るところに PTプログラムの特徴がある。

1.1.ペアトレ研究の3モードの知

PT 研究の領域を3モードに分けてと

らえると以下のようになる(図 1)。PT

の研究知見について 3モードの知で分割

して考え、整理してみる。

図1.PTにおける3モードの知

これまで、行動療法においては、どの

ような対象の子どもに効果があるかの技

法についての検証研究は単一事例研究や

グループ統制研究で数多く行われてき

た。PT研究に限らず認知・行動療法では、

子どもに適用する行動変容理論、技法の

研究がされてきた歴史がある(図1、モ

ード A)。子どもに対してはどのような

技法を適用すると効果的かの臨床研究知

である。PTではセッションで親に教える

技法の基礎研究がこれに該当する。

さらに PT では親をトレーニングする

治療の要因、効果研究が蓄積されてきた。

すなわちいかなる内容を教えどの技法を

伝えると、より子どもに対して効果があ

るかという研究である(図1、モード B)。

モード Bは、親をトレーニングする治療

の要因、効果研究である。この臨床知は

子どもの行動変化の指標、親の養育技術

の知識ならびに行動変化、養育ストレス

や抑うつ状態、そして子どもに対する知

覚についての変容など、複数のアセスメ

ント尺度から検討されるものである。こ

れには、プログラム・セッションの回数や

内容、または伝達の手段の要因研究も含

まれる。個別形式、集団形式のそれぞれ

PTにおける3モードの知

モードA モードB モードC

子どもの行動変容理論、技法の研究

親をトレーニングする治療の要因、効果研究

スタッフ養成、地域浸透に向けた効果研究

普遍性個別志向スペシャリストミクロな関係臨床の視点

地域性システム志向ジェネラリストマクロな関係教育の視点対立ではなく、連続線

Page 3: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

41

どもに対して効果があるかという研究である(図1、モードB)。モードBは、親をトレーニングする治療の要因、効果研究である。この臨床知は子どもの行動変化の指標、親の養育技術の知識ならびに行動変化、養育ストレスや抑うつ状態、そして子どもに対する知覚についての変容など、複数のアセスメント尺度から検討されるものである。これには、プログラム・セッションの回数や内容、または伝達の手段の要因研究も含まれる。個別形式、集団形式のそれぞれ優れている点の比較、またビデオ視聴やロールプレイ、電話やインターネットを使った媒介手段の研究、父親参加の有無もこのモードにあたる。このモードは、PTプログラム全体の有効性についての実践知である。 最近では、このPTを実施するスタッフをいかに養成するのか、地域浸透に向けてどのような運用やネットワーク形成が必要か、の地域・システム志向の研究が盛んになってきている(図1、モードC)。モードCはスタッフ養成、地域浸透に向けた効果研究である。このモードは単にプログラム内の親や子どもの変化について調べるだけではなく、乳幼児からの予防的効果、子どもをライフスパンの観点からどれだけ支援し続けられるかの長期効果とシステム構築、さらにはノーマライゼーションの観点から、一般の子育てや特別支援教育の隔てなく子育て支援全般をおこなうための行政とのネットワークも含まれる。 PT研究は、モードAからB、そして現在モードCに研究の焦点が遷移してきている。その結果、TeacherTrainingへの拡張やペアレントメンターparentmentorをはじめ親が親をトレーニングするというpeertopeertrainingへの応用可能性も検討されるようになってきている

(井上ら、2011)。さらには、スタッフトレーニングはどのように行うのが有効か、支援者養成についても関心が持たれるようになってきた。

1.2. 本研究の目的 そこで、多様なネットワークの浸透と普及を考えるために、改めてこのPTという治療法のもつ意義を問い、その特性を検討することは有効であると考えられる。しかし、これまでPTの特殊性に注目してその治療機能や構造、そして利用者である親(対象となる子ども)に与える影響、ペアレントトレーニングが持つ基本的治療の特質は十分吟味されてきたといいがたい。また、治療過程でおこっている治療者と親との間の相互作用、子どもに対しての機能について言及されてこなかったのではないか。これを明らかにすることで、PTはさらにユニバーサルな援助アプローチとして子ども、そして親、それを支える人のために利するものとなるのではないか。  筆 者 は1991年 か ら 肥 前 方 式 親 訓 練HPST

(HizenParentingSkillsTraining)プログラムの開発と実施にあたり、発達障害児をもつ親にプログラムを実施してきた。そして1998年にADHDにむけてHPSTを修正したプログラムの作成と実施を行った。2004-2007年、吉備国際大学において、院生が主体となったPTプログラムを実施した後、2008年から現在まで佛教大学四条センターにおいて「発達が気になる子どもの親支援講座」というプログラムを実施している。さらに筆者は2008年より現在までSTPのペアトレ部門の実施者として、PTをおこなってきた。本論文では、これまでに300組以上の親子に対してトレーニングを行った経験を元に、PTの役割と機能について再検討を行いたい。本研究は、PTがもつ基本的治療要素について、振り返りその治療機能を検討することを目的とするものである。

Page 4: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

42

2.PTの治療的特性について2.1. メタ治療(二重構造)としてのPT PTは前述したように、かなり特異的な治療アプローチである。その特殊性は治療の二重構造にあると考えられる。図2にその特徴を視覚的モデルとして示す(「ペアトレの卵」)。卵は

 

図2.「ペアトレの卵」モデル

殻の中に白身(卵白)があり、その中に黄身(卵黄)を有している。胚が孵化できるよう、黄身は胚に直接栄養を与え、白身は胚と黄身に必要な水分を保持供給し、胚と黄身を物理的に保護する。そして殻の外から温められることで、雛がうまれる。治療メタファーとするならば、胚は子どもであり、黄身は親から子どもへのはぐくみであり、白身は治療者からの親と子への水分補給である。殻は治療構造といえるし、社会環境から温められることで初めて子どもは孵化し、殻を割って社会に出ることができるのである。 PTでは、親が子どもを変容できるように親を変容するメタ治療の要素を持っている。すなわち、治療者は親に働きかけてその変化を促進し親の行動変容を行い、親は子どもに対して行動技法を用いて子どもの行動変容を行うのである。

2.2. 二重構造から生まれる多様性 図2に示すように通常、PTでは親→子の働きかけ(黄身の部分)においては行動変容技法が用いられる。行動理論の中でもどのアプローチ並びに技法を用いるかは、子どもの行動や臨床の目的によって異なるが、共通して学習理論が基幹にある。そこは、親が家庭でできるだけ

図3.「ペアトレの卵」白身と黄身

自分に合った方法で理論を応用し、実践する部分である。一方で治療者(Th.)→親(白身の部分)はどうであろうか。この(白身)部分はPT研究の焦点が当たる部分であり、様々な要因研究が行われてきたところである(免田、2011)。ParentTrainingのトレーニングの部分において、親をクライエントとして行動療法の治療を行っているわけではない。養育技術の行動変容がその中心的目的である。なおプログラムによっては、親の変容は厳密な行動理論に基づいて実施されているわけではない。白身部分でRogersのような傾聴のみをおこなうケースがそうである。この場合、白身と黄身で用いられる方法論に差異が生じることになる(図3参照)。 すなわち、あるプログラムは親同士のインタラクションを重視したきわめて集団療法的なものであり、また別のプログラムではスタッフによる親の悩みの傾聴、共感が重視される。また、

- 4 -

図2.「ペアトレの卵」モデル

身(卵白)があり、その中に黄身(卵黄)

を有している。胚が孵化できるよう、黄

身は胚に直接栄養を与え、白身は胚と黄

身に必要な水分を保持供給し、胚と黄身

を物理的に保護する。そして殻の外から

温められることで、雛がうまれる。治療

メタファーとするならば、胚は子どもで

あり、黄身は親から子どもへのはぐくみ

であり、白身は治療者からの親と子への

水分補給である。殻は治療構造といえる

し、社会環境から温められることで初め

て子どもは孵化し、殻を割って社会に出

ることができるのである。

PTでは、親が子どもを変容できるよう

に親を変容するメタ治療の要素を持って

いる。すなわち、治療者は親に働きかけ

てその変化を促進し親の行動変容を行

い、親は子どもに対して行動技法を用い

て子どもの行動変容を行うのである。

2.2.二重構造から生まれる多様性

図2に示すように通常、PT では親→子

の働きかけ(黄身の部分)においては行

動変容技法が用いられる。行動理論の中

でもどのアプローチ並びに技法を用いる

かは、子どもの行動や臨床の目的によっ

て異なるが、共通して学習理論が基幹に

ある。そこは、親が家庭でできるだけ自

図3.「ペアトレの卵」白身と黄身

分に合った方法で理論を応用し、実践す

る部分である。一方で治療者(Th.)→親

(白身の部分)はどうであろうか。この

(白身)部分は PT研究の焦点が当たる部

分であり、様々な要因研究が行われてき

たところである(免田,2011)。Parent

Training のトレーニングの部分におい

て、親をクライエントとして行動療法の

治療を行っているわけではない。養育技

術の行動変容がその中心的目的である。

なおプログラムによっては、親の変容は

厳密な行動理論に基づいて実施されてい

るわけではない。白身部分で Rogersのよ

うな傾聴のみをおこなうケースがそうで

ある。この場合、白身と黄身で用いられ

る方法論に差異が生じることになる(図

3参照)。

すなわち、あるプログラムは親同士の

インタラクションを重視したきわめて集

団療法的なものであり、また別のプログ

ラムではスタッフによる親の悩みの傾

聴、共感が重視される。また、あるグル

ープは子どもに対する親の認知変容を重

視し、別のグループは行動変容の要素が

強い。新しく PTを始めようとする実践家

はここで混乱することも少なくないので

はないか。本来ならば、1つの統一理論

で PT全体の機能を理解し、実践するのが

PTはメタ治療である二重構造になっている

• 親は、子どもに対して行動技法を用いて子どもの行動変容をおこなう。

• 治療者は、親の変化を促進し、親の行動変容をおこなう。

Th. 親

親 子ペアトレの卵

PTの多様性は、白身と黄身の自由さから生まれた

• 黄身の部分は行動理論に基づく

• 白身の部分は、行動理論とは限らない(カウンセリングや認知療法のような対応もある)

Th. 親

親 子卵の黄身のところが行動理論に基づいているならば、卵の白身のところも行動理論に基づくのが普通。

- 4 -

図2.「ペアトレの卵」モデル

身(卵白)があり、その中に黄身(卵黄)

を有している。胚が孵化できるよう、黄

身は胚に直接栄養を与え、白身は胚と黄

身に必要な水分を保持供給し、胚と黄身

を物理的に保護する。そして殻の外から

温められることで、雛がうまれる。治療

メタファーとするならば、胚は子どもで

あり、黄身は親から子どもへのはぐくみ

であり、白身は治療者からの親と子への

水分補給である。殻は治療構造といえる

し、社会環境から温められることで初め

て子どもは孵化し、殻を割って社会に出

ることができるのである。

PTでは、親が子どもを変容できるよう

に親を変容するメタ治療の要素を持って

いる。すなわち、治療者は親に働きかけ

てその変化を促進し親の行動変容を行

い、親は子どもに対して行動技法を用い

て子どもの行動変容を行うのである。

2.2.二重構造から生まれる多様性

図2に示すように通常、PT では親→子

の働きかけ(黄身の部分)においては行

動変容技法が用いられる。行動理論の中

でもどのアプローチ並びに技法を用いる

かは、子どもの行動や臨床の目的によっ

て異なるが、共通して学習理論が基幹に

ある。そこは、親が家庭でできるだけ自

図3.「ペアトレの卵」白身と黄身

分に合った方法で理論を応用し、実践す

る部分である。一方で治療者(Th.)→親

(白身の部分)はどうであろうか。この

(白身)部分は PT研究の焦点が当たる部

分であり、様々な要因研究が行われてき

たところである(免田,2011)。Parent

Training のトレーニングの部分におい

て、親をクライエントとして行動療法の

治療を行っているわけではない。養育技

術の行動変容がその中心的目的である。

なおプログラムによっては、親の変容は

厳密な行動理論に基づいて実施されてい

るわけではない。白身部分で Rogersのよ

うな傾聴のみをおこなうケースがそうで

ある。この場合、白身と黄身で用いられ

る方法論に差異が生じることになる(図

3参照)。

すなわち、あるプログラムは親同士の

インタラクションを重視したきわめて集

団療法的なものであり、また別のプログ

ラムではスタッフによる親の悩みの傾

聴、共感が重視される。また、あるグル

ープは子どもに対する親の認知変容を重

視し、別のグループは行動変容の要素が

強い。新しく PTを始めようとする実践家

はここで混乱することも少なくないので

はないか。本来ならば、1つの統一理論

で PT全体の機能を理解し、実践するのが

PTはメタ治療である二重構造になっている

• 親は、子どもに対して行動技法を用いて子どもの行動変容をおこなう。

• 治療者は、親の変化を促進し、親の行動変容をおこなう。

Th. 親

親 子ペアトレの卵

PTの多様性は、白身と黄身の自由さから生まれた

• 黄身の部分は行動理論に基づく

• 白身の部分は、行動理論とは限らない(カウンセリングや認知療法のような対応もある)

Th. 親

親 子卵の黄身のところが行動理論に基づいているならば、卵の白身のところも行動理論に基づくのが普通。

Page 5: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

43

あるグループは子どもに対する親の認知変容を重視し、別のグループは行動変容の要素が強い。新しくPTを始めようとする実践家はここで混乱することも少なくないのではないか。本来ならば、1つの統一理論でPT全体の機能を理解し、実践するのが当然のことだからである(図4、5参照)。

図4.白身と黄身の違い(その1)

図5.白身と黄身の違い(その2)

 一方で、PTを実践するのは、心理士だけではなく、医師、看護師、保健師、ケースワーカー、施設職員、教師、など多様な職種である。専門性と学派を超えて実施できるプログラムとして広がりを見せたのはまさにこの柔軟性であり、有効なプログラムのあり方を追求するために、なお研究の焦点が当てられるところだと考えられる。

2.3. 認知・行動療法における治療関係 PTでは、臨床の変容の対象は、あくまで子どもであり、親はエージェント、または媒介者である。その手段となる白身の部分では、PTの目的や実施者のバックボーン、プログラムの性質や雰囲気により、もっとも個性の出るところといえるであろう。いずれのプログラムでも重要な役割を果たし、共通要素となるのが、親の主訴を丁寧に聞く技術、治療同盟を形成する段階と考えられる。 「治療同盟」TherapeuticAllianceとは、治療者とクライエントの間において協力や共同作業をあらわす概念である。両者の信頼感が治療場面において表出され、ともに同意した目標を達成するために取り交わされる契約と関係のことである。これは、どの心理療法に限らず数多くの治療アプローチの共通点として指摘されてきた(Lambert,&Cattani-Thompson,.1996;Nelson,.&Neufeldt,1996)。「治療同盟」は本来、精神分析の領域にて発展した概念(作業同盟)であるが、治療を行う上で、行動療法、認知行動療法においても重要な概念となっている。事実、Hersen(2005)において治療関係Therapeuticrelationshipという用語は大項目としてページが割かれ、治療契約と同様、治療の成否を左右する要因として説明がなされている。すなわち、白身の部分においては、子どもの治療に当たって親と協働の二者関係を結ぶことが重要であることは間違いない。その親-治療者という最小限のチームを土台として、様々なプログラムの目的と内容、そして治療スタッフの特性が発揮されプログラムが構築されていくのだと考えられる。 これまで述べてきたように、PTプログラムは治療の二重構造をもつため、その自由度から様々な形で拡張・応用系がうまれ、結果として複雑な多変数研究へとつながることになった。真に効果的なプログラムを開発するためには、

- 5 -

図4.白身と黄身の違い(その1)

図5.白身と黄身の違い(その2)

当然のことだからである(図4,5参照)。

一方で、PTを実践するのは、心理士だ

けではなく、医師、看護師、保健師、ケ

ースワーカー、施設職員、教師、など多

様な職種である。専門性と学派を超えて

実施できるプログラムとして広がりを見

せたのはまさにこの柔軟性であり、有効

なプログラムのあり方を追求するため

に、なお研究の焦点が当てられるところ

だと考えられる。

2.3.認知・行動療法における治療関係

PT では、臨床の変容の対象は、あくま

で子どもであり、親はエージェント、ま

たは媒介者である。その手段となる、白

身の部分では、PT の目的や実施者のバッ

クボーン、プログラムの性質や雰囲気に

より、もっとも個性の出るところといえ

るであろう。いずれのプログラムでも重

要な役割を果たし、共通要素となるのが、

親の主訴を丁寧に聞く技術、治療同盟を

形成する段階と考えられる。

「治療同盟」Therapeutic Alliance

とは、治療者とクライエントの間におい

て協力や共同作業をあらわす概念であ

る。両者の信頼感が治療場面において表

出され、ともに同意した目標を達成する

ために取り交わされる契約と関係のこと

である。これは、どの心理療法に限らず

数多くの治療アプローチの共通点として

指摘されてきた(Lambert,&

Cattani-Thompson,.1996; Nelson,.&

Neufeldt,1996)。「治療同盟」は本来、

精神分析の領域にて発展した概念(作業

同盟)であるが、治療を行う上で、行動

療法、認知行動療法においても重要な概

念となっている。事実、Hersen(2005)に

おいて治療関係 Therapeutic

relationship という用語は大項目とし

てページが割かれ、治療契約と同様、治

療の成否を左右する要因として説明がな

されている。すなわち、白身の部分にお

いては、子どもの治療に当たって親と協

働の二者関係を結ぶことが重要であるこ

とは間違いない。その親-治療者という

最小限のチームを土台として、様々なプ

ログラムの目的と内容、そして治療スタ

ッフの特性が発揮されプログラムが構築

されていくのだと考えられる。

これまで述べてきたように、PTプログ

ラムは治療の二重構造をもつため、その

自由度から様々な形で拡張・応用系がう

まれ、結果として複雑な多変数研究へと

つながることになった。真に効果的なプ

ログラムを開発するためには、黄身の部

分、白身の部分の2機能の有効性を十分

検討することが求められるのである。そ

こで、次項においては、親子治療の基本

モデルを振り返り、PT研究の位置づけを

白身と黄身のどこが違うか

• 黄身のところは、

親が子どもに行動介入を行うところである。

親 子

親の効果的な対応により、子どもの行動は変化する。

そして、子どもの行動変化により、親は強化される。

白身と黄身のどこが違うか

• 白身のところは、

治療者が親に介入を行うところである。

Th. 親

治療者は、2つの機能において親を変容させ、強化する

- 5 -

図4.白身と黄身の違い(その1)

図5.白身と黄身の違い(その2)

当然のことだからである(図4,5参照)。

一方で、PTを実践するのは、心理士だ

けではなく、医師、看護師、保健師、ケ

ースワーカー、施設職員、教師、など多

様な職種である。専門性と学派を超えて

実施できるプログラムとして広がりを見

せたのはまさにこの柔軟性であり、有効

なプログラムのあり方を追求するため

に、なお研究の焦点が当てられるところ

だと考えられる。

2.3.認知・行動療法における治療関係

PT では、臨床の変容の対象は、あくま

で子どもであり、親はエージェント、ま

たは媒介者である。その手段となる、白

身の部分では、PT の目的や実施者のバッ

クボーン、プログラムの性質や雰囲気に

より、もっとも個性の出るところといえ

るであろう。いずれのプログラムでも重

要な役割を果たし、共通要素となるのが、

親の主訴を丁寧に聞く技術、治療同盟を

形成する段階と考えられる。

「治療同盟」Therapeutic Alliance

とは、治療者とクライエントの間におい

て協力や共同作業をあらわす概念であ

る。両者の信頼感が治療場面において表

出され、ともに同意した目標を達成する

ために取り交わされる契約と関係のこと

である。これは、どの心理療法に限らず

数多くの治療アプローチの共通点として

指摘されてきた(Lambert,&

Cattani-Thompson,.1996; Nelson,.&

Neufeldt,1996)。「治療同盟」は本来、

精神分析の領域にて発展した概念(作業

同盟)であるが、治療を行う上で、行動

療法、認知行動療法においても重要な概

念となっている。事実、Hersen(2005)に

おいて治療関係 Therapeutic

relationship という用語は大項目とし

てページが割かれ、治療契約と同様、治

療の成否を左右する要因として説明がな

されている。すなわち、白身の部分にお

いては、子どもの治療に当たって親と協

働の二者関係を結ぶことが重要であるこ

とは間違いない。その親-治療者という

最小限のチームを土台として、様々なプ

ログラムの目的と内容、そして治療スタ

ッフの特性が発揮されプログラムが構築

されていくのだと考えられる。

これまで述べてきたように、PTプログ

ラムは治療の二重構造をもつため、その

自由度から様々な形で拡張・応用系がう

まれ、結果として複雑な多変数研究へと

つながることになった。真に効果的なプ

ログラムを開発するためには、黄身の部

分、白身の部分の2機能の有効性を十分

検討することが求められるのである。そ

こで、次項においては、親子治療の基本

モデルを振り返り、PT研究の位置づけを

白身と黄身のどこが違うか

• 黄身のところは、

親が子どもに行動介入を行うところである。

親 子

親の効果的な対応により、子どもの行動は変化する。

そして、子どもの行動変化により、親は強化される。

白身と黄身のどこが違うか

• 白身のところは、

治療者が親に介入を行うところである。

Th. 親

治療者は、2つの機能において親を変容させ、強化する

Page 6: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

44

黄身の部分、白身の部分の2機能の有効性を十分検討することが求められるのである。そこで、次項においては、親子治療の基本モデルを振り返り、PT研究の位置づけをさらに明確にする。

3.親子治療の基本モデル 認知・行動アプローチに限らず、子どもの治療を実施するときは親や家族ごと治療の射程に入れて、子どもをみていくことの重要性が強く言われてきた。その際に治療者が親をどのような治療機能を付すかによっていくつかのモデルがある。まず、従来伝統的なアプローチとしてとられてきた子ども・親の治療の典型モデルについて、概観する。

3.1. 専門家モデル expert model その道の専門家が親をある意味クライエントとみなし、直接指示を与える伝統的なモデルである。このモデルでは、専門家は子どもをアセスメントし、診断し、どのような介入を行うかを決定する。すなわち、専門家だけが高度に卓越した正確な知識を持ち、現前の問題に対して最も効果的な処方を提供できるというものである。医療の世界での「よらしむべし。知らしむべからず」といった言葉がこのことを最もうまく表しているといえるだろう。従来、治療者側は「治療者の指示にクライエントがどの程度従うか」というコンプライアンス概念のもと患者を評価してきた。 臨床場面では、子どもの治療を行っている間、親は待合室で待っている。あるいは同時並行面接という形で子どもと独立して別の面接者が担当する。現在でも医療や心理面接ではこのような考えに基づいて治療が行われていることが少なくないと考えられる。このモデルでは、治療においてどんなことがおこなわれ、その結果どうなるかの説明が親に十分なされないアカウン

タビリティの問題、親が専門家に依存してしまうということ、親自らが新しく出現した問題に対処し解決法を応用することに困難が生じるなどの短所がある。

3.2. 情報提供モデル  information providing model 心理教育psycho-educationとは、慢性疾患や精神障害を抱えた患者や家族に対して、経過・予後改善を目的に行われる情報提供と心理社会的サポートを組み合わせたアプローチである

(上原、2004)。このアプローチは統合失調症の家族向けに元々開発されたものである。実施者側は疾病や障害の特性に注目して、知識や対処方法の伝達に重点を置きながら様々なプログラムを実施する。家族教室という形でおこなわれる場合、家族からの意見交換や集団問題解決の側面はあるものの、情報提供や教育と啓発がその中心的機能となる。一般に向けて開講される子育て講座や講演、そして障害理解の啓蒙書、ハウツーの出版物もこのモデルに該当する。 短所としては、得た情報が知識レベルにとどまる点、専門家の示す情報を親が家庭で実践したり応用したりする際に、具体的にどのようにするのか困難を有することがある点である。

3.3. 示範モデル  model presentation/ mastery model このモデルは、治療者が最も効果的と思われる方法を親にモデル提示する方法である。子どもの治療、訓練場面に親を同席またはモニター越しに観察させる。専門家は親に望ましい対応の方法を実演して見せ、家庭や日常場面で親も同じように子どもに対応できるように学んでもらう。実施者が子どもに訓練し、親にその間記録をとってもらうという方法をとることもある。具体的な方法を親に提示するという点、親がそのモデルを観察し、自分なりの応用の仕方

Page 7: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

45

を創造するという点が特徴である。 このモデルも専門家主導で行われる場合、親側の積極的関与は小さくなる。専門家のレベルと家族(親)側との間に知識や技能にあまりにも大きなギャップがある場合、または問題が家庭でしか再現できないケースには適用が難しいであろう。

3.4. 親・実践者モデル enabling model このモデルでは、援助機能を家族中心かつ家族主導にあると考える。つまり、親そのものに問題解決の能力があるとみなし、それを行動に移せるよう専門家は働きかける。行動療法においては、親に無線式イヤホン(bugintheear)を装着してもらい、子どもの対応について、リアルタイムでフィードバックすることがある。専門家の最小限のガイダンスにより、家族は自分自身の問題を解決できるようになる。このような経験を得ることで、親は自分自身の有能感を高めていくことができるのである。Koegeletal.(1992)は専門家が子どもを訓練した場合と親が訓練した場合とでその変容を比較し後者がより有効だとしているが、子どもへの親の直接的関与の効果は大きい。 短所としては、親が子どもの問題解決のために新しいスキルを獲得しようと動機づけられていないと効果が少ないところである。アドヒアランスadherenceとは、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを意味する。なお、このモデルのように親を実践者としてとらえる場合でも、親子の生活環境や子どもの状態、親が治療方針をどう捉えているか、そして治療者との相互関係が治療成果に大きな影響を与えることがわかってきている(Nock,M.K.&Ferriter,C.,2005;Moore,T.R.&Symons,F.J.,2011)。

3.5. 共同治療者モデル co-therapist model 上記のモデルでは、いずれも治療者が上位であり親がより下位にあるというハイアラーキーが存在している。しかし、このモデルでは、上下関係はなくコンサルテーションという形をとる。まず、治療者が主導となり一般的な子育ての原理と方法の知識を提供する役割がある。一方で親が主導となり生活スタイルに合った治療のアイディアを出すことがあり、役割の反転が生じる。専門家は一般的な行動原理と変容技術の専門家であり、親は子どものあらゆる側面を知る我が子の専門家だからである。このモデルでは、親の困り感、親の長所(strength)や育児感、生活感、や生活スタイルが最優先される。いわば、テーラーメイドの解決法を創作していくイメージである。これがPTにおける治療モデルとして最も理想的なものである(Allen,etal.,1996)。 現在我が国ではParentTrainingをペアレントトレーニングと訳して用いることが多い。肥前方式プログラムでは、厳密な行動療法という意味で「親訓練」を用いる。このように考えると、PTをトレーニングするという用語は、実際を正確に捉えているわけではない。また、ParentEducation(直訳すると「親教育」)も実践を正確に表現しているとは言いがたい。親コンサルテーションParentConsultation、または親リエゾンParentLiaisonと行った言葉がふさわしいのかもしれない。 このモデルの短所としては、治療者側が個々の家族ニーズに応じた豊かな専門知識と親の変化準備性に合わせた柔軟な対応(Miller&Rollnick,2002)を必要とするところである。そのために、プログラムの作成者側が親の特性を踏まえた上で目的別にグループを構成する必要があること、障害受容をはじめとした準備性を考慮した内容をプログラムに盛り込むなど、随所に配慮が必要となる。さらに費用対効果cost

Page 8: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

46

efficacyの問題が生じる。すなわち、行動変容のための一般的養育技術獲得だけではなく、子どもの障害特性に忠実に親の諸要因を配慮するならば丁寧なアセスメントと細かな個別化をおこなわなければならず、プログラムの汎用性は低下するだろう。 PTにおける親-スタッフの質的な関係について考察したものにWebster-Strattonの車のホイールモデルがある。図6にその共同治療のモデルを示す(Webster-Stratton,1994)。このモデルでは、親と治療者の協働関係が車輪のように回転し、治療プロセスが進んでいくことが示されている。車軸の中心にあるのは、子育てを楽しむこと、そして親が自信を持つことである。車軸の周りに7つの親と治療者間の関係の要素がスポークとしてタイヤを支えている。それぞれの「リーダーシップ」、相互の「サポート」、治療者が親を「エンパワメント」し、「実際例」

図6.Webster-Strattonのホイールモデル

に根ざして工夫すること、親の心の中に起こっていること、そして子どもの変化を肯定的に

「解釈」すること、親に対する技法面の「教示」、そしてこのセラピーを続けることで生じる親子双方の「変化の予測」を治療者側が与えること、である。Webster-Strattonは、グループを親と

協働関係をもちながらプログラムを細やかに進める配慮について指摘している。これは時代差、文化差も受けるものであり、日本版の指針も作成する必要があるだろう。

4.ペアレントトレーニングの媒介治療  モデル 共同治療者モデルはPTに限らず、治療者-クライエント関係の1つの到達的理念としてみなしうる。従来、医療分野だけではなく、様々な顧客関係、社会関係などあらゆる対人領域において「対等である」ことは大切であるとかまびすしく強調されてきた。実際は関係概念である以上、協働は二者関係(治療者・クライエント間)でダイナミックスに従って随時変化しうるものであり、固定的状態とはなりえない。かつ対等という名の下、理念が先走るだけで実際が伴っていないことが多いのではないか。

4.1. 子どもを伸ばす順向モデル PTにおいては、強化理論を元に共同治療者としての親とスタッフの相互作用を互恵性(相互強化)という観点からとらえることが可能である。図7は、子ども、親、治療スタッフ(実施スタッフXと指導スタッフY)についてアルファベットの順に介入の方法を示している。これを順向モデルと呼ぶことにする。 順向モデルでは、まず親が子どものよい行動を強化する(A.)。そして子どもはその行動を獲得でき、より頻繁に望ましい行動を生起させるようになる。次にBの段階で、スタッフは子どもに対してよりよい対応をした親を強化する。その結果、親は子どもにその効果的な対応を繰り返し行うようになり、他の養育行動にも般化させるようになる。第3(C)の段階で、指導スタッフXは親に対して適切な援助をおこなった実施スタッフYを強化する。結果として、

- 8 -

グラムの作成者側が親の特性を踏まえた

上で目的別にグループを構成する必要が

あること、障害受容をはじめとした準備

性を考慮した内容をプログラムに盛り込

むなど、随所に配慮が必要となる。これ

には費用対効果 cost efficacyの問題が

生じる。すなわち、行動変容のための一

般的養育技術獲得だけではなく、子ども

の障害特性に忠実に親の諸要因を配慮す

るならば丁寧なアセスメントと細かな個

別化をおこなわなければならず、プログ

ラムの汎用性は低下するだろう。

PT における親-スタッフの質的な関

係 に つ い て 考 察 し た も の に

Webster-Stratton の車のホイールモデ

ルがある。図6にその共同治療のモデル

を示す(Webster-Stratton,1994)。このモ

デルでは、親と治療者の協働関係が車輪

のように回転し、治療プロセスが進んで

いくことが示されている。車軸の中心に

あるのは、子育てを楽しむこと、そして

親が自身を持つことである。車軸の周り

に 7つの親と治療者間の関係の要素がス

ポークとしてタイヤを支えている。それ

ぞれの「リーダーシップ」、相互の「サ

ポート」、治療者が親を「エンパワメン

ト」し、「実際例」に根ざして工夫する

図6.Webster-Strattonのホイールモデ

こと、親の心の中に起こっていること、

そして子どもの変化を肯定的に「解釈」

すること、親に対する技法面の「教示」、

そしてこのセラピーを続けることで生じ

る親子双方の「変化の予測」を治療者側

が与えること、である。Webster-Stratton

は、グループを親と協働関係をもちなが

らプログラムを細やかに進める配慮につ

いて指摘している。これは時代差、文化

差も受けるものであり、日本版の指針も

作成する必要があるだろう。

4.ペアレントトレーニングの媒介治療

モデル

共同治療者モデルは PTに限らず、治療

者-クライエント関係の1つの到達的理

念としてみなしうる。従来、医療分野だ

けではなく、様々な顧客関係、社会関係

などあらゆる対人領域において「対等で

ある」ことは大切であるとかまびすしく

強調されてきた。実際は関係概念である

以上、協働は二者関係(治療者・クライエ

ント間)でダイナミックスに従って随時

変化しうるものであり、固定的状態とは

なりえない。かつ対等という名の下、理

念が先走るだけで実際が伴っていないこ

とが多いのではないか。

4.1.子どもを伸ばす順向モデル

PTにおいては、強化理論を元に共同治

図7.PTにおける順向モデル

Page 9: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

47

図7.PTにおける順向モデル

スタッフYは親への対応技術を強化され、他の親やセッションでもその援助行動が出現しやすくなり、技能が高まっていく。 これが通常のPTにおける順向モデルである。PTでは常識的なこのモデルに立って、子どもの養育を親がおこない、その親のトレーニングをスタッフがおこない、そしてスタッフトレーニングとして指導スタッフが実施者を養成する。

4.2. スタッフを育てる逆向モデル 一方で、このモデルは逆に考えていくことも可能である(図8)。これを逆向モデルと呼ぼう。まず、Aのレベルにおいて、適切な対応をした親に対して、子どもは望ましい行動を起こすことで、親を強化する。親は子どもの行動変化によって強化され、同じ場面で同じ対応行動

(例えば 「ほめる」)を繰り返すようになり、他の育児場面にも養育行動を般化させるようになる。Bのレベルにおいては、親が実施スタッフを強化する。すなわち、親が対応を変化させること、ホームワークを通して行動改善を報告することで、当該のスタッフの援助行動は親から強化される。その結果、実施スタッフはその援助行動を行う頻度が上昇する。Cについても同

図8.PTにおける逆向モデル

様に、上位スタッフを実施スタッフが強化するというシフトが生じる。 このように考えると、互いに認め合い、よいところをほめ合うプログラムには、その実施形態そのものに相互強化と互恵性とが内包されているといえるであろう。唯一このサイクルが途絶するのは、いずれかの段階で特定の対象者が相手にとって賞賛やポジティブなフィードバックを行なわない(できない)場合である。たとえば、治療の阻害因子としての親のうつ状態や、夫婦間不和、がそのきっかけになるであろう。このときは、親は子どもを強化することもスタッフを強化することも困難である。逆にいうと親は子どもからもスタッフからも強化を受けにくい状態である。そのためには、目標を現状できていることの維持や、小さな目標を設定することで親が強化を受けられるような状況を作り出すことがスタッフ側に求められる。 また、親が対応の工夫をおこなってもすぐに子どもに効果が出ない場合がある。行動減少手続きにおける計画的無視などはその好例である。親は子どもから直後の強化を受けられない。その場合は、スタッフが見通しを持って親の行動を強化する必要がある。治療者側が現状を正確に捉えることなしにあまりにも高い目標を立

- 8 -

グラムの作成者側が親の特性を踏まえた

上で目的別にグループを構成する必要が

あること、障害受容をはじめとした準備

性を考慮した内容をプログラムに盛り込

むなど、随所に配慮が必要となる。これ

には費用対効果 cost efficacyの問題が

生じる。すなわち、行動変容のための一

般的養育技術獲得だけではなく、子ども

の障害特性に忠実に親の諸要因を配慮す

るならば丁寧なアセスメントと細かな個

別化をおこなわなければならず、プログ

ラムの汎用性は低下するだろう。

PT における親-スタッフの質的な関

係 に つ い て 考 察 し た も の に

Webster-Stratton の車のホイールモデ

ルがある。図6にその共同治療のモデル

を示す(Webster-Stratton,1994)。このモ

デルでは、親と治療者の協働関係が車輪

のように回転し、治療プロセスが進んで

いくことが示されている。車軸の中心に

あるのは、子育てを楽しむこと、そして

親が自身を持つことである。車軸の周り

に 7つの親と治療者間の関係の要素がス

ポークとしてタイヤを支えている。それ

ぞれの「リーダーシップ」、相互の「サ

ポート」、治療者が親を「エンパワメン

ト」し、「実際例」に根ざして工夫する

図6.Webster-Strattonのホイールモデ

こと、親の心の中に起こっていること、

そして子どもの変化を肯定的に「解釈」

すること、親に対する技法面の「教示」、

そしてこのセラピーを続けることで生じ

る親子双方の「変化の予測」を治療者側

が与えること、である。Webster-Stratton

は、グループを親と協働関係をもちなが

らプログラムを細やかに進める配慮につ

いて指摘している。これは時代差、文化

差も受けるものであり、日本版の指針も

作成する必要があるだろう。

4.ペアレントトレーニングの媒介治療

モデル

共同治療者モデルは PTに限らず、治療

者-クライエント関係の1つの到達的理

念としてみなしうる。従来、医療分野だ

けではなく、様々な顧客関係、社会関係

などあらゆる対人領域において「対等で

ある」ことは大切であるとかまびすしく

強調されてきた。実際は関係概念である

以上、協働は二者関係(治療者・クライエ

ント間)でダイナミックスに従って随時

変化しうるものであり、固定的状態とは

なりえない。かつ対等という名の下、理

念が先走るだけで実際が伴っていないこ

とが多いのではないか。

4.1.子どもを伸ばす順向モデル

PTにおいては、強化理論を元に共同治

図7.PTにおける順向モデル

- 9 -

療者としての親とスタッフの相互作用

を互恵性(相互強化)という観点からと

らえることが可能である。図7は、子ど

も、親、治療スタッフ(実施スタッフ X

と指導スタッフ Y)についてアルファベ

ットの順に介入の方法を示している。こ

れを順向モデルと呼ぶことにする。

順向モデルでは、まず親が子どものよ

い行動を強化する(A.)。そして子ども

はその行動を獲得でき、より頻繁に望ま

しい行動を生起させるようになる。次に

Bの段階で、スタッフは子どもに対して

よりよい対応をした親を強化する。その

結果、親は子どもにその効果的な対応を

繰り返し行うようになり、他の養育行動

にも般化させるようになる。第 3(C)の

段階で、指導スタッフ Xは親に対して適

切な援助をおこなった実施スタッフYを

強化する。結果として、スタッフ Yは親

への対応技術を強化され、他の親やセッ

ションでもその援助行動が出現しやすく

なり、技能が高まっていく。

これが通常の PTにおける順向モデル

である。PTでは常識的なこのモデルに立

って、子どもの養育を親がおこない、そ

の親のトレーニングをスタッフがおこな

い、そしてスタッフトレーニングとして

指導スタッフが実施者を養成する。

4.2.スタッフを育てる逆向モデル

一方で、このモデルは逆に考えていく

図8.PTにおける逆向モデル

ことも可能である(図8)。これを逆向

モデルと呼ぼう。まず、A のレベルにお

いて、適切な対応をした親に対して、子

どもは望ましい行動を起こすことで、親

を強化する。親は子どもの行動変化によ

って強化され、同じ場面で同じ対応行動

(例えば「ほめる」)を繰り返すようにな

り、他の育児場面にも養育行動を般化さ

せるようになる。Bのレベルにおいては、

親が実施スタッフを強化する。すなわち、

親が対応を変化させること、ホームワー

クを通して行動改善を報告することで、

当該のスタッフの援助行動は親から強化

される。その結果、実施スタッフはその

援助行動を行う頻度が上昇する。C につ

いても同様に、上位スタッフを実施スタ

ッフが強化するというシフトが生じる。

このように考えると、互いに認め合い、

よいところをほめ合うプログラムには、

その実施形態そのものに相互強化と互恵

性とが内包されているといえるであろ

う。唯一このサイクルが途絶するのは、

いずれかの段階で特定の対象者が相手に

とって賞賛やポジティブなフィードバッ

クを行なわない(できない)場合である。

たとえば、治療の阻害因子としての親の

うつ状態や、夫婦間不和、がそのきっか

けになるであろう。このときは、親は子

どもを強化することもスタッフを強化す

ることも困難である。逆にいうと親は子

どもからもスタッフからも強化を受けに

くい状態である。そのためには、目標を

現状できていることの維持や、小さな目

標を設定することで親が強化を受けられ

るような状況を作り出すことがスタッフ

側に求められる。

また、親が対応の工夫をおこなっても

すぐに子どもに効果が出ない場合があ

る。行動減少手続きにおける計画的無視

などはその好例である。親は子どもから

Page 10: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

48

てるならば、親は子どもからもスタッフからも強化されない。子どもの介入経過の中で細やかな調整をおこなうこと、技法の伝達に加えて親が強化されるようポジティブな面を引き出し、はじめて有効なPTプログラムとはなる。このようにみていくと、PTは子ども、親、スタッフの各水準で相互に認め合い、育ちあう治療アプローチだといいえるのではないか。治療者が親からトレーニングを受け、治療者は親から育てられるという見方も可能なのである。 なお、認知・行動療法においてはこのような治療者-クライエント間の相互作用は論じられることが少なかったと思われる。そのため認知・行動療法アプローチは、クライエントを行動という表層的なレベルで一方的に操作しコントロールするという趣旨で、特定の心理アプローチから誤解され曲解された指摘を受けることが多かった(金原、2005)。PTにおける治療過程は、逆に両者の相互作用がダイナミックに展開するものであり、かつ認知・行動療法技法の中でもクライエント・治療者間の関係が重要なアプローチである。

4.3. スタッフの資質 そのインタラクションが有効に展開するためにも治療スタッフには一定以上の資質と専門知識が必要となるのではないだろうか。筆者は吉備国際大学で大学院修士課程に在籍する臨床心理学専攻大学院生にトレーニングをおこなうことでPTを実施した(大野ら、2005)。専門スタッフの同席と密接なスーパーバイズをおこなえば、トレーニングを受けた大学院生ならば、効果的なプログラムが実行できることが報告されている。KaiserandHancock(2003)は、トレーニングスタッフに必要な技能として、介入手続きの理論背景を十分取得していること、親に対して豊かな応答と連携しながらの伝達ができること、親の行動への直後のフィードバックと親

図9.スタッフに必要な基礎技術

にあわせたプログラムの個別化ができることをあげている。 図9にスタッフに必要と思われる技能を示す。これを天秤のバランスモデルで表現する。2.は行動変容についての知識と理解である。この技能は子どもだけでなく、親に対する行動変容の技術も含むであろう。3.は発達障害の特性と援助方法の知識である。子どもの行動の背景と特性を理解しその障害の偏りや強みstrengthがわかり、親に対して有効な助言ができる技能である。 行動変容法と障害特性理解の両視点にはバランスが必要である。子どもの様々な困難や問題を、学習された行動とみるか、発達特性からの固有(生得性)のものとみるか、重点の置き方によって介入の角度が異なってくる。スタッフはこの2つの知識を柔軟にかつ統合した形で、子どもに対する適切な援助が提案できるよう、十分な基礎知識をもつことが肝要である。 天秤図の背景に示したのは、親は行動理論の考え方とはちがった様々な育児観、発達観、子育てに対して信念を持っており、親の信念を否定せず大切にできるということを表現している。参加者の中には必ずしも行動理論とは相容れない考えをもっている親もある。そのために

- 10 -

直後の強化を受けられない。その場合は、

スタッフが見通しを持って親の行動を強

化する必要がある。治療者側が現状を正

確に捉えることなしにあまりにも高い目

標を立てるならば、親は子どもからもス

タッフからも強化されない。子どもの介

入経過の中で細やかな調整をおこなうこ

と、技法の伝達に加えて親が強化される

ようポジティブな面を引き出し、はじめ

て有効な PTプログラムとはなる。このよ

うにみていくと、PTは子ども、親、スタ

ッフの各水準で相互に認め合い、育ちあ

う治療アプローチだといいえるのではな

いか。治療者が親からトレーニングを受

け、治療者は親から育てられるという見

方も可能なのである。

なお、認知・行動療法においてはこのよ

うな治療者-クライエント間の相互作用

は論じられることが少なかったと思われ

る。そのため認知・行動療法アプローチ

は、クライエントを行動という表層的な

レベルで一方的に操作しコントロールす

るという趣旨で、特定の心理アプローチ

から誤解され曲解された指摘を受けるこ

とが多かった(金原,2005)。PTにおける

治療過程は、逆に両者の相互作用がダイ

ナミックに展開するものであり、かつ認

知・行動療法技法の中でもクライエント・

治療者間の関係が重要なアプローチであ

る。

4.3.スタッフの資質

そのインタラクションが有効に展開す

るためにも治療スタッフには一定以上の

資質と専門知識が必要となるのではない

だろうか。筆者は吉備国際大学で大学院

修士課程に在籍する臨床心理学専攻大学

院生にトレーニングをおこなうことで

PT を実施した(大野ら,2005)。専門ス

タッフの同席と密接なスーパーバイズを

おこなえば、トレーニングを受けた大学

図9.スタッフに必要な基礎技術

院生ならば、効果的なプログラムが実行

できることが報告されている。Kaiser

and Hancock (2003)は、トレーニングス

タッフに必要な技能として、介入手続き

の理論背景を十分取得していること、親

に対して豊かな応答と連携しながらの伝

達ができること、親の行動への直後のフ

ィードバックと親にあわせたプログラム

の個別化ができることをあげている。

図9にスタッフに必要と思われる技能

を示す。これを天秤のバランスモデルで

表現する。2.は行動変容についての知識

と理解である。この技能は子どもだけで

なく、親に対する行動変容の技術も含む

であろう。3.は発達障害の特性と援助方

法の知識である。子どもの行動の背景と

特性を理解しその障害の偏りや強み

strengthがわかり、親に対して有効な助

言ができる技能である。

行動変容法と障害特性理解の両視点に

はバランスが必要である。子どもの様々

な困難や問題を、学習された行動とみる

か、発達特性からの固有(生得性)のも

のとみるか、重点の置き方によって介入

の角度が異なってくる。スタッフはこの

2つの知識を柔軟にかつ統合した形で、

子どもに対する適切な援助が提案できる

よう、十分な基礎知識をもつことが肝要

である。

Page 11: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

49

は、スタッフは幅広い子ども観と発達理論を知識として持っていることが求められよう。また、地域や実施機関の特性も踏まえた上で、その目的を踏まえながらプログラムを実行できる知識と理解が必要である。 そして最後に、これが中軸にあるのだが1.親との協働のための基礎技術が必須となる。 IngersollandDvortcsak(2006)もラポートを重視し、スタッフとして親の罪悪感やストレスを傾聴できることは当然とした上で、集団形式で行う場合は特定の親とだけ強く結びつかないような配慮について強調している。これは集団療法の側面をもつプログラムでは必須の配慮であり、グループ全体が公平感を持ち、誰しもが尊重されているという集団雰囲気を作るファッシリテーターとしての側面である。成員の親が誰しも発言しやすいような開かれた雰囲気である。 スタッフ資質としてはそれ以外に、親の主訴を正確に聴取できること、親が現在とっている方法とその強みをアセスメントできることが必要である。また親の現在の気持ちと願いを傾聴し一緒に子どもに取りかかっていく姿勢があること、子どもへの試みを通して親に希望を持たせられること。そしてグループでは公平な協働関係を形成できることが必要なのである。これらの要因は、効果的なスタッフトレーニングプログラムの開発と実施に密接に関連しているが、まだ研究報告が少なく今後さらに検討が必要な分野である。

5.プログラムがもつ強化機能 プログラムが成功するためには、スタッフ個々の要因だけではなく、プログラムが親に対して強化機能を持っていなければならない。次の項では、実際にプログラムの中で治療者が親に対して果たす2つの機能について、検討をお

こなう。治療者は、プログラムを通して親に対してどのような強化をおこなっているのだろうか。

5.1. 治療者が行う親への強化-その1- 図10にセッション内で治療者がおこなう親への強化機能を示す。機能Ⅰはプログラム全体に

図10.治療者がおこなう親への強化(その1)

関する親の参加と関与行動の強化機能についてのものである。その対象となる行動は、プログラムに毎回出席すること、そして与えられたホームワーク(標的行動についての子どもの行動と親の対応の家庭記録)を実施してくることがあげられる。また、セッション内で治療者に何が困っているか相談すること、そして自分の気持ちを話すなど自己開示をすることである。治療者は、ねぎらいそして賞賛し感謝することで、それらの行動を強化する。この強化機能によって親のプログラムへの動機付けが上昇し、来談動機が増加し、プログラムへの積極的関与が可能となる。 機能Ⅱは、セッション内における子どもに関することである。親は通常個別セッションにおいて、家庭での観察記録(ホームワーク)を元に家庭での状況や子どもの行動、そしてそれに対してとっている行動について話す。全体の講義でとりあげられた基本的な理論を子どもに対

- 11 -

天秤図の背景に示したのは、親は行動

理論の考え方とはちがった様々な育児

観、発達観、子育てに対して信念を持っ

ており、親の信念を否定せず大切にでき

るということを表現している。参加者の

中には必ずしも行動理論とは相容れない

考えをもっている親もある。そのために

は、スタッフは幅広い子ども観と発達理

論を知識として持っていることが求めら

れよう。また、地域や実施機関の特性も

踏まえた上で、その目的を踏まえながら

プログラムを実行できる知識と理解が必

要である。

そして最後に、これが中軸にあるのだ

が 1.親との協働のための基礎技術が必

須となる。

Ingersoll and Dvortcsak(2006)もラポ

ートを重視し、スタッフとして親の罪悪

感やストレスを傾聴できることは当然と

した上で、集団形式で行う場合は特定の

親とだけ強く結びつかないような配慮に

ついて強調している。これは集団療法の

側面をもつプログラムでは必須の配慮で

あり、グループ全体が公平感を持ち、誰

しもが尊重されているという集団雰囲気

を作るファッシリテーターとしての側面

である。成員の親が誰しも発言しやすい

ような開かれた雰囲気である。

スタッフ資質としてはそれ以外に、親

の主訴を正確に聴取できること、親が現

在とっている方法とその強みをアセスメ

ントできることが必要である。また親の

現在の気持ちと願いを傾聴し一緒に子ど

もに取りかかっていく姿勢があること、

子どもへの試みを通して親に希望を持た

せられること。そしてグループでは公平

な協働関係を形成できることが必要なの

である。これらの要因は、効果的なスタ

ッフトレーニングプログラムの開発と実

施に密接に関連しているが、まだ研究報

告が少なく今後さらに検討が必要な分野

である。

5.プログラムがもつ強化機能

プログラムが成功するためには、スタ

ッフ個々の要因だけではなく、プログラ

ムが親に対して強化機能を持っていなけ

ればならない。次の項では、実際にプロ

グラムの中で治療者が親に対して果たす

2 つの機能について、検討をおこなう。

治療者は、プログラムを通して親に対し

てどのような強化をおこなっているのだ

ろうか。

5.1.治療者が行う親への強化-その1

図 10 にセッション内で治療者がおこ

なう親への強化機能を示す。機能Ⅰはプ

ログラム全体に関する親の参加と関与行

動の強化機能についてのものである。そ

の対象となる行動は、プログラムに毎回

出席すること、そして与えられたホーム

ワーク(標的行動についての子どもの行

動と親の対応の家庭記録)を実施してく

ることがあげられる。また、セッション

内で治療者に何が困っているか相談する

こと、そして自分の気持ちを話すなど自

己開示をすることである。治療者は、ね

ぎらいそして賞賛し感謝することで、そ

図 10.治療者がおこなう親への強化(そ

の1)

Page 12: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

50

して実際どのように応用したか、家庭環境に合わせて対応を工夫したかを治療者に伝える。治療者は、まず親の観察、記録の仕方を賞賛し、対応の工夫と結果として持った印象や感想に対してポジティブなコメントをおこなう。強化機能Ⅱは、子どもに対する親の養育技術全体を強化するものである。この強化機能により、親の子どもに対する治療技術は向上し、自信の子育てに対する有能感と自己効力感が向上する。 PTを集団形式で実施する場合、治療者の強化機能に加えて親相互の強化機能がこれに加わる。親はグループセッションが進行していく中で、他の参加者から助言を受け、おこなっている方法について賞賛を受ける。また、同じような問題に遭遇したときに他の参加者ならどのように解決したか身近な提案を受け、モデル学習する。さらに親または子ども同士が同年齢であったり共通の悩みを共有する中で互いに支え合い、相互に相談行動を強化するのである。

5.2. 治療者が行う親への強化-その2- 図11に、2つの機能をプログラム内で高めるための具体的手段を示す。機能Ⅰ(プログラム全体への参加と関与)を高めるためには、まずプログラムのインセンティブを上昇させることが必要である。つまり、参加プログラムが親にとって魅力的(参加者にとって親しみが感じられ、楽しそうな雰囲気である)でなければならない。広報など参加者募集の段階において、講座名をわかりやすいものする、緊張を解くアイスブレイクが挿入されるなど工夫が望まれるところである。また、PTは1回90-120分、通常8-12セッションで構成されることが多いが、短時間短期間でプログラムが終了することも重要である。また、参加しやすい場所と時間帯にする。講座の雰囲気は受容的で参加者同士の仲間関係が友好的になるよう、工夫する(HPSTでは休み時間に親の交流が活発になるよう、ス

図11. 治療者がおこなう親への強化(その2)

タッフは中座し親同士だけになる時間をとるようにしている。このようなこともプログラムの参加機能を高める重要な要因である。 機能Ⅱは、親の養育機能を強化するものであった。そのためにプログラムが提供する内容に配慮をおこない親が実行しやすく効果の実感を得やすくする。まず、セッション内容が親のニーズを満たせるようにし、変化が明確な目標に向かって、効果的な方法を具体的に実行でき、そして子どもに効果が現れやすい行動を取り上げ、親と子どもが強化を受けやすくするのである。

5.3. 治療者が行う親への強化-その3- 図12に、各機能のアセスメント方法を示す。

図12. 治療者がおこなう親への強化(その3)

- 12 -

れらの行動を強化する。この強化機能に

よって親のプログラムへの動機付けが上

昇し、来談動機が増加し、プログラムへ

の積極的関与が可能となる。

機能Ⅱは、セッション内における子ど

もに関することである。親は通常個別セ

ッションにおいて、家庭での観察記録(ホ

ームワーク)を元に家庭での状況や子ど

もの行動、そしてそれに対してとってい

る行動について話す。全体の講義でとり

あげられた基本的な理論を子どもに対し

て実際どのように応用したか、家庭環境

に合わせて対応を工夫したかを治療者に

伝える。治療者は、まず親の観察、記録

の仕方を賞賛し、対応の工夫と結果とし

て持った印象や感想に対してポジティブ

なコメントをおこなう。強化機能Ⅱは、

子どもに対する親の養育技術全体を強化

するものである。この強化機能により、

親の子どもに対する治療技術は向上し、

自信の子育てに対する有能感と自己効力

感が向上する。

PTを集団形式で実施する場合、治療者

の強化機能に加えて親相互の強化機能が

これに加わる。親はグループセッション

が進行していく中で、他の参加者から助

言を受け、おこなっている方法について

賞賛を受ける。また、同じような問題に

遭遇したときに他の参加者ならどのよう

に解決したか身近な提案を受け、モデル

学習する。さらに親または子ども同士が

同年齢であったり共通の悩みを共有する

中で互いに支え合い、相互に相談行動を

強化するのである。

5.2.治療者が行う親への強化-その2

図 11に、2つの機能をプログラム内で

高めるための具体的手段を示す。機能Ⅰ

(プログラム全体への参加と関与)を高

めるためには、まずプログラムのインセ

図 11.治療者がおこなう親への強化(そ

の2)

ンティブを上昇させることが必要であ

る。つまり、参加プログラムが親にとっ

て魅力的(参加者にとって親しみが感じ

られ、楽しそうな雰囲気である)でなけ

ればならない。広報など参加者募集の段

階において、講座名をわかりやすいもの

する、緊張を解くアイスブレイクが挿入

されるなど工夫が望まれるところであ

る。また、PTは 1回 90-120分、通常 8-12

セッションで構成されることが多いが、

短時間短期間でプログラムが終了するこ

とも重要である。また、参加しやすい場

所と時間帯にする。講座の雰囲気は受容

的で参加者同士の仲間関係が友好的にな

るよう、工夫する(HPSTでは休み時間に

親の交流が活発になるよう、スタッフは

退出し、湯茶の提供をおこなう)。この

ようなこともプログラムの参加機能を高

める重要な要因である。

機能Ⅱは、親の養育機能を強化するも

のであった。そのためにプログラムが提

供する内容に配慮をおこない親が実行し

やすく効果の実感を得やすくする。まず、

セッション内容が親のニーズを満たせる

ようにし、変化が明確な目標に向かって、

効果的な方法を具体的に実行でき、そし

て子どもに効果が現れやすい行動を取り

- 13 -

図 12. 治療者がおこなう親への強化

(その3)

上げ、親と子どもが強化を受けやすくす

るのである。

5.3.治療者が行う親への強化-その3

図 12に、各機能のアセスメント方法を

示す。プログラムにおいて、機能Ⅰの強

化が働いているかは、ドロップアウト率、

欠席や遅刻の頻度を指標とすることがで

きる。これには、物理的原因によるもの、

プログラムの強化機能の少なさに起因す

るものの両方が含まれるであろう。

機能Ⅱについては、実際に親や子ども

が変化したか、効果指標によって測定す

ることができる。どのようなアセスメン

トを用いるかは、プログラムの目的によ

って異なる。機能Ⅱにおいて親が強化さ

れるためには、親は実施するホームワー

クに基づき、スタッフからポジティブフ

ィードバックを受けることはもちろんで

あるが、スタッフは実施するアセスメン

トを用いて、親に肯定的な変化を報告し

これまでの努力を賞賛することが有効で

ある。このフィードバックが適切におこ

なえるよう、プログラムによる変化を鋭

敏にとらえられるよう、アセスメントの

選択は重要といえる。

5.4.2つの強化機能のバランス

この2つの強化機能(機能Ⅰと機能Ⅱ)

図 13.プログラムの強化機能のバラン

は、どの PTプログラムにおいても、参加

者の親によってその比重を考慮すること

が重要である。

図 13は、家族が持っている特性の高低

を縦軸に2つの機能の優先順位を円の大

きさで示している。縦軸の、家族機能

family function とは家族がその構成家

族員、の欲求充足に対して果たす貢献、

または地域の中で家族が受け持っている

役割を果たすこと(藤崎,2004)を指す。

たとえば、生別・死別によるシングルペア

レントでは、母親・父親機能を一人で受け

持たなければならないし、夫婦間不和や

それを原因とする別居状態により家族機

能は低下する。また、社会経済的地位

(SES)や貧困、隣人はじめ地域社会からの

孤立もこの機能に影響を及ぼすものであ

る。関連して、親の利用できるリソース

(資源)は、親を支える他者やつながり、

親自身の資質、に関連する。障害認知(受

容)は、医療機関で診断を受け、その障

害を知りさまざまな体験をへて現実とし

て受け入れるまでの過程に関係する概念

である。変化の準備性はこの障害受容過

程にも密接に連関し、親が衝撃、怒り、

否認、悲観の過程を進んだ後、子どもに

対してアンビバレントな気持ちの中か

ら、子どものために何か行動を起こそう

Page 13: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

51

プログラムにおいて、機能Ⅰの強化が働いているかは、ドロップアウト率、欠席や遅刻の頻度を指標とすることができる。これには、物理的原因によるもの、プログラムの強化機能の少なさに起因するものの両方が含まれるであろう。 機能Ⅱについては、実際に親や子どもが変化したか、効果指標によって測定することができる。どのようなアセスメントを用いるかは、プログラムの目的によって異なる。機能Ⅱにおいて親が強化されるためには、親は実施するホームワークに基づき、スタッフからポジティブフィードバックを受けることはもちろんであるが、スタッフは実施するアセスメントを用いて、親に肯定的な変化を報告しこれまでの努力を賞賛することが有効である。このフィードバックが適切におこなえるよう、プログラムによる変化を鋭敏にとらえられるよう、アセスメントの選択は重要といえる。

5.4. 2つの強化機能のバランス この2つの強化機能(機能Ⅰと機能Ⅱ)は、どのPTプログラムにおいても、参加者の親によってその比重を考慮することが重要である。

図13. プログラムの強化機能のバランス

 図13は、家族が持っている特性の高低を縦軸に2つの機能の優先順位を円の大きさで示している。縦軸の、家族機能family functionとは家

族がその構成家族員の欲求充足に対して果たす貢献、または地域の中で家族が受け持っている役割を果たすこと(藤崎、2004)を指す。たとえば、配偶者の生別・死別によるシングルペアレントでは、母親・父親機能を一人で受け持たなければならないし、夫婦間不和やそれを原因とする別居状態により家族機能は低下する。また、社会経済的地位(SES)や貧困、隣人はじめ地域社会からの孤立もこの機能に影響を及ぼすものである。関連して、親の利用できるリソース(資源)は、親を支える他者やつながり、親自身の資質、に関連する。障害認知(受容)は、医療機関で診断を受け、その障害を知りさまざまな体験をへて現実として受け入れるまでの過程に関係する概念である。変化の準備性はこの障害受容過程にも密接に連関し、親が衝撃、怒り、否認、悲観の過程を進んだ後、子どもに対してアンビバレントな気持ちの中から、子どものために何か行動を起こそうとする動きである。また、親の抑うつ状態はプログラム効果の阻害要因として報告されるが、その程度によってプログラムで重視される機能は異なってくる。 これらの各機能(因子)が高い場合は、機能Ⅱの強化、すなわち子どもと親の変化や目標行動の達成をプログラムが重視できると考える。課題達成に重点を置いたプログラムが奏功するだろう。逆に各機能が低下している場合は、機能Ⅰにおける強化が重要である。機能不全を起こしている家族や、障害受容にいたっていない親、または親自身の支援を重視する必要がある場合は、親同士のインタラクションやプログラムの凝集性を高めて、そこに参加してもらうことが第1になり、様々なモデリングや情報交流を通して機能Ⅱのプログラムへと進むことが可能になると考えられる。KaiserandHancock

(2003)は、プログラムの効果は親がどれだけ新しい養育技能を身につけようと動機付けられているかに左右されるとしている。動機付けの

- 13 -

図 12. 治療者がおこなう親への強化

(その3)

上げ、親と子どもが強化を受けやすくす

るのである。

5.3.治療者が行う親への強化-その3

図 12 に、各機能のアセスメント方法を

示す。プログラムにおいて、機能Ⅰの強

化が働いているかは、ドロップアウト率、

欠席や遅刻の頻度を指標とすることがで

きる。これには、物理的原因によるもの、

プログラムの強化機能の少なさに起因す

るものの両方が含まれるであろう。

機能Ⅱについては、実際に親や子ども

が変化したか、効果指標によって測定す

ることができる。どのようなアセスメン

トを用いるかは、プログラムの目的によ

って異なる。機能Ⅱにおいて親が強化さ

れるためには、親は実施するホームワー

クに基づき、スタッフからポジティブフ

ィードバックを受けることはもちろんで

あるが、スタッフは実施するアセスメン

トを用いて、親に肯定的な変化を報告し

これまでの努力を賞賛することが有効で

ある。このフィードバックが適切におこ

なえるよう、プログラムによる変化を鋭

敏にとらえられるよう、アセスメントの

選択は重要といえる。

5.4.2つの強化機能のバランス

この2つの強化機能(機能Ⅰと機能Ⅱ)

図 13.プログラムの強化機能のバラン

は、どの PTプログラムにおいても、参加

者の親によってその比重を考慮すること

が重要である。

図 13は、家族が持っている特性の高低

を縦軸に2つの機能の優先順位を円の大

きさで示している。縦軸の、家族機能

family function とは家族がその構成家

族員、の欲求充足に対して果たす貢献、

または地域の中で家族が受け持っている

役割を果たすこと(藤崎,2004)を指す。

たとえば、生別・死別によるシングルペア

レントでは、母親・父親機能を一人で受け

持たなければならないし、夫婦間不和や

それを原因とする別居状態により家族機

能は低下する。また、社会経済的地位

(SES)や貧困、隣人はじめ地域社会からの

孤立もこの機能に影響を及ぼすものであ

る。関連して、親の利用できるリソース

(資源)は、親を支える他者やつながり、

親自身の資質、に関連する。障害認知(受

容)は、医療機関で診断を受け、その障

害を知りさまざまな体験をへて現実とし

て受け入れるまでの過程に関係する概念

である。変化の準備性はこの障害受容過

程にも密接に連関し、親が衝撃、怒り、

否認、悲観の過程を進んだ後、子どもに

対してアンビバレントな気持ちの中か

ら、子どものために何か行動を起こそう

Page 14: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

佛教大学教育学部学会紀要 第12号(2013年3月)

52

低い親にはまずプログラムへの参加しやすさを優先し、時機をみて変容への動機付けを高めるよう工夫していく。  な お、Brookman-Frazee(2004) は、DBD

(DisruptiveBehavioralDisorders破壊的行動障害)で実施されてきたプログラムより、ASD

(AutismSpectrumDisorders自閉症スペクトラム障害)のプログラムにおいて、より積極的な親の参加が必要だと強調している。Kazdin&Whitley(2003)に指摘されるように、DBDを対象とするPTプログラムでは、親のストレスやうつ状態が報告されやすく、特に機能Ⅰが重視されるだろう。一方でASDのPTでは、基本的獲得行動が中心となり機能Ⅱに重点が置かれることになる。関連して、乳児から児童期までは機能Ⅱが重視されるだろうし、児童期後期から思春期にかけては機能Ⅰでの強化機能がプログラムに求められるのであろう。もちろん、親の状態によってプログラムの比重は柔軟に変化する。以上のことを考えると、PTプログラムの開発に当たっては親のニーズやプログラムの目的に合わせてプログラム機能を計画し、実施中はその効果が最大限にあがるように検証していくことが求められる。

6.最後に これまで筆者の臨床経験を元に、PTという治療の仕方の特徴と基本要素について考察をおこなった。様々な形式のプログラムがその目的や内容、地域性を異にして各地で実施されるようになってきている。それらプログラムは地域の必要性と機関の特性に合わせながら新しい工夫と独創によって効果を上げている。しかし、そのエッセンシャルについて十分議論されないままに、素朴にプログラムを実施しプログラム内の効果検討がおこなわれてきた感がある。今後は各プログラムのどの側面が特に有効なのか

の要因検討をおこない、より効果的な実践治療につなげていく必要があると考えられる。 なお、今回はPTの中で展開される子どものためのケースフォーミュレーションの特徴、ペアレントトレーニングの構造が持つ治療機能の分析、認知的アプローチの導入とその問題点、さらにプログラムの拡大に伴う問題について触れることができなかった。これについては、稿をあらためて論じる予定である。

【引用文献】Allen,R.I.,&Petr,C.G. (1996).Towarddeveloping

standards and measurements for family-centeredpractice in familysupportprograms.InG. Singer&L.Powers (Eds.).Redefining family support: Innovations in public-private partnerships(pp.57–86).Baltimore:Brooks.

Brookman-Frazee,L. (2004). Usingparent/clinicianpartnerships in parent education programsfor childrenwith autism. Journal of Positive Behavior Interventions,6,195–213.

Cavell,T.A. (2005). ParentTraining, pp944-952.,Hersen,M(Eds.)(2005).Encyclopedia of Behavior Modification and Cognitive Behavior Therapy: Volume II: Child Clinical Applications Volume.SagePublication.

Drugli.MB,LarssonB.(2006).Childrenaged4–8yearstreatedwithparenttrainingandchildtherapybecause of conductproblems:Generalizationeffectstoday-careandschoolsettings.European Child and Adolescent Psychiatry.15:392–399.

藤崎宏子(2004)家族機能.社団法人日本精神保健福祉士協会・日本精神保健福祉学会監修(2004)精神保健福祉用語辞典、p.65、中央法規出版株式会社.

Ingersoll, B.,&Dvortcsak,A. (2006). Includingparent training in theearlychildhoodspecialeducationcurriculumforchildrenwithautismspectrumdisorders.Journal of Positive Behavior Interventions,8,79–87.

Page 15: ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎...Parenting Skills Training)プログラム においては、子どもは医師の初診を受け 諸検査を実施された後、親が機関に通っ

ペアレントトレーニング(親訓練)の理論的基礎 ―効果的プログラムの開発に向けて―(その2)

53

井上雅彦、吉川徹、日詰正文、加藤香(2011).ペアレント・メンター入門講座発達障害の子どもをもつ親が行なう親支援、学苑社.

Kaiser,A.P.,&Hancock,T.B. (2003).Teachingparents new skills to support their youngchildren’s development. Infants and Young Children,16,9–21.

金原俊輔(2005).行動療法に寄せられる諸批判の整理と検討、長崎ウエスレヤン大学現代社会学部紀要3(1)、21-28.

Kazdin,A.E.,&Whitley,M.K.(2003).Treatmentofparental stress toenhancetherapeuticchangeamong children referred for aggressive andantisocialbehavior. Journal of Consulting and Clinical Psychology,71,504–515.

Koegel,R.L.,Koegel,L.K.,&Surratt,A. (1992).Language interventionanddisruptivebehaviorinpreschool childrenwithautism. Journal of Autism and Developmental Disorders, 22,141–153.

くるめSTP書籍プロジェクトチーム(著)、山下裕史朗、向笠章子(編)(2010).夏休みで変わるADHDをもつ子どものための支援プログラム、遠見書房

Lambert, M.J. & Cattani-Thompson, K. (1996).Currentfindingsregardingtheeffectivenessofcounseling:ImplicationsforPractice.Journal of Counseling and Development.74,pp601-608.

免田賢(2008).AD/HDに対する親訓練プログラムの効果について.佛教大学教育学部論集.19、17-26.

免田賢(2011).親訓練研究の歴史と展望-効果的プログラムの開発に向けて-(その1).佛教大学教育学部学会紀要.第10号、63-75.

免田賢、伊藤啓介、大隈紘子、中野俊明、陣内咲子、温泉美雪、福田恭介、山上敏子(1995).精神遅滞児の親訓練プログラムの開発とその効果、行動療法研究、21、25-37.

Miller, W.R., Rollnick, S. (2002). MotivationalInterviewing (2ndEds.).Preparing People for Change.TheGuilfordPress.NewYork.松島義博、後藤恵(訳)(2007)動機付け面接法(基礎・実践編).星和書店.

Moore,T.R.& Symons, F.J., (2011). AdherencetoTreatment in aBehavioral InterventionCurriculumforParentsofChildrenWithAutismSpectrumDisorder.Behavior Modification.35(6)

570–594.Nock,M.K.&Ferriter,C.,(2005).ParentManagement

ofAttendance andAdherence inChild andAdolescent Therapy: A Conceptual andEmpiricalReview.Clinical Child and Family Psychology Review,Vol.8,149-166.

大野裕史、諸岡輝子、永尾貴子、見城圭美、免田賢、日上耕司、津川秀夫(2005).発達障害児を持つ親に対する支援プログラムの効果(1)、吉備国際大学臨床心理相談研究所紀要、第2号、17-31.

上原徹(2004)心理教育.社団法人日本精神保健福祉士協会・日本精神保健福祉学会監修(2004)精神保健福祉用語辞典、p.291、中央法規出版株式会社.

Webster-Stratton,C.(1994)."Whatreallyhappensinparenttraining?".Behavior Modification.Vol.17,407-456.

Webster-Stratton,C. (2011). CombiningParentandChildTrainingforYoungChildrenwithADHD.J Clin. Child Adolesc. Psychol.40(2):191–203.

Wilson,K.G.&Merwin,R.M. (2005). Therapeuticrelationship,pp.586-590,Hersen,M(Eds.) (2005).Encyclopedia ofBehavior Modification and Cognitive Behavior Therapy: Volume I: Adult Clinical Applications Volume.SagePublication.

山上敏子(1998).発達障害児を育てる人のための親訓練プログラム、お母さんの学習室、二瓶社