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ESRI Discussion Paper Series No.262 ソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーション -「信頼」から見る地域クラスター政策- 川島 浩誉、川島 啓 February 2011 内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan

ソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベー …Innovation Policy, especially Regional Cluster Program from a perspective of Social Capital. And the other aim

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ESRI Discussion Paper Series No.262

ソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーション

-「信頼」から見る地域クラスター政策-

川島 浩誉、川島 啓

February 2011

内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute

Cabinet Office Tokyo, Japan

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ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研

究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究

機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し

て発表しております。 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見

解を示すものではありません。 The views expressed in “ESRI Discussion Papers” are those of the authors and not those

of the Economic and Social Research Institute, the Cabinet Office, or the Government of Japan.

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ソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーション

-「信頼」から見る地域クラスター政策-

川島浩誉 ab・川島啓 c

要旨:

近年、地域の産学官が持つ資源を連携によって活かし、科学技術分野におけるイノベーションによって地

域経済の活性化を目指す試みが全国的に展開されている。本研究の目的は、地域クラスター事業に代表さ

れる地域科学技術イノベーション政策が社会にもたらした成果をソーシャル・キャピタルの視点から再評

価し、地域科学技術イノベーションとソーシャル・キャピタルの関係を実証的に明らかにすることにある。

変化の定量分析および事業の実施主体へのヒアリングによる定性分析から、イノベーションの創出に地域

のソーシャル・キャピタルが要因として働くこと、政策によって地域のソーシャル・キャピタルが向上し

たことを示唆する結果が示された。この結果は政策の意義を裏付けるものであるが、同時に、ヒアリング

回答の分析によって現状の実施体制が内包する問題点も明らかになった。

Keywords:

ソーシャル・キャピタル、信頼、ネットワーク、科学技術イノベーション、クラスター政策、

地域政策、定量分析

*本論文は内閣府経済社会総合研究所『イノベーション政策および政策分析手法に関する国際共同研究』社

会イノベーション研究会ソーシャルキャピタルワーキンググループの平成20年度成果報告論文第7章を

加筆・修正したものである。論文作成に当たって、内閣府経済社会総合研究所の ESRI セミナーにおける

山内直人大阪大学教授の講評および小野所長を始めとする同研究所の方々との議論が大きく益するもので

あったことを付記する。 a早稲田大学理工学術院 助手 b内閣府経済社会総合研究所『イノベーション政策および政策分析手法に関する国際共同研究』社会イノベ

ーション研究会ソーシャルキャピタルワーキンググループ 平成20年度研究協力者 c財団法人未来工学研究所 主任研究員

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Social Capital for Regional Science and Technology Innovation

- Regional Cluster Program Reviewed from “trust” -

Hirotaka Kawashima

(Research Associate, Waseda University)

Kei Kawashima

(Senior Researcher, Institute for Future Technology)

Abstract:

Recently in Japan, regional promotion policies that focus the science and technology innovation are

nationally implemented. One of the aims of this paper is to revaluate these Science and Technology

Innovation Policy, especially Regional Cluster Program from a perspective of Social Capital. And the

other aim is to define the close connection between Science and Technology Innovation and Social

Capital by factual analyses. Qualitative analysis of difference by Regional Cluster Program and

qualitative analysis of experts-interview suggest that Social Capital act as a factor of innovation and

the program raise regional Social Capital among industry, academia and government. These results

support the significance of the policy but in parallel, the qualitative analysis of experts-interview

indicates the problem in the current implementation system.

Keywords:

social capital, trust, network, science and technology innovation, cluster program, regional policy,

quantitative analysis,

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1. 序論

1.1 問題提起

本研究の目的は、地域クラスター事業に代表される地域科学技術イノベーション政策が

社会にもたらした成果をソーシャル・キャピタルの視点から再評価し、地域科学技術イノ

ベーションとソーシャル・キャピタルの関係を実証的に明らかにすることにある。

近年、米国に遅れて日本でも1「イノベーション」という言葉が政策や企業戦略における

重要な概念を表すものとして用いられ、定着し始めている。「イノベーション」は、日本で

はしばしば技術分野に限定的な意味で捉えられ、技術革新との訳が為されていたが、本来

の意味は、「これまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて

新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」2である。

現在、そのようなイノベーションを創出することを目的とした政策、特に科学技術分野

におけるイノベーションによって経済の活性化を目指す科学技術イノベーション政策が、

文部科学省、経済産業省を始めとする府省および関係機関で推進されている。現政権の下

で策定中の科学・技術重要施策アクション・プランおよび、その背景となる第 4 期科学技

術基本計画においても、環境関連技術に基づく「グリーン・イノベーション」と生命・医

療関連技術に基づく「ライフ・イノベーション」が二つの柱として据えられている3。これ

らの先端科学技術分野におけるイノベーションを生むプラットフォームは「先端的な研究

能力を持つ大学」「技術を産業として経済活動を行う中小・ベンチャー企業」「制度を支援

する公共機関」すなわち産学官の連携である。総合科学技術会議における議論においても、

二つの核となるイノベーションの創出に向けたシステムとして「産学官の知のネットワー

ク強化」「産学官協働のための場の構築」を明記している。この「場」の一つの形態が「地

域」である。各地にある大学と、その地域の産業を公的機関の支援のもとで連携させて「場」

をつくることで、科学技術分野におけるイノベーションによって地域経済の活性化を目指

す政策が、本研究の関心対象である地域科学技術イノベーション政策である。

地域科学技術イノベーション政策は、多様な府省が多様な形式で事業を展開しているが、

特に文部科学省の「知的クラスター創成事業」「都市エリア産学官連携促進事業」や経済産

業省の「産業クラスター計画」は地域クラスター政策と呼ばれ、地域の産官学すなわち地

元企業と地方自治体と大学とのネットワークの形成により地域の資源を有効活用した新規

1 吉田 (2007) によると、日本では 2006 年から急激に人口に膾炙し始めている。 2 内閣府 イノベーション 25 (http://www.cao.go.jp/innovation/) による定義。本研究ではイノベーション

の原義に深入りしないが、Porter(1998) に詳しい。 3 第 91 回、第 93 回総合科学技術会議配布資料より

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事業の創出を目的としている。

この地域クラスター政策が従来の地域振興政策や産業集積と異なる点として、石倉

(2003)は、対象地域が自主的に地域のポテンシャルを活かした形で提案の形式をするこ

と、成功までに多大な時間がかかることから継続性と過去の蓄積がイノベーションの鍵を

握ることなどを挙げている。

では、「地域のポテンシャル」とは何を指しているのか?「継続」によって何が「蓄積」

されるのか?

本研究では、地域クラスター政策の成果に影響する「ポテンシャル」や「蓄積」は地域

の大学の研究開発能力や天然資源などの土地やプレイヤーの個々の特性だけではなく、む

しろプレイヤー間に存在する繋がりや地域の信頼のネットワーク、すなわちソーシャル・

キャピタルが多くを占めるのではないか、という問題意識に基づき、地域のポテンシャル

としてのソーシャル・キャピタルと地域クラスター政策によって生れるイノベーションの

関係が、互いに正のフィードバックループを形成していることを検証する。

1.2 本論文の構成

本論文は以下の5章から構成される。第1章である本章では、序論として地域科学技術

イノベーション政策に対する問題提起を行い、研究の目的を設定した。第2章においては、

本論文で取り上げる「地域科学技術イノベーション政策」や「地域クラスター」といった

事業および「ソーシャル・キャピタル」や「信頼」といった概念について定義し、分析の

枠組みと作業仮説を呈示した。第3章では本論文の問題意識に対して代理変数と統計モデ

ルを用いた定量分析、第4章ではヒアリングによる定性分析を行い、合わせて本研究の作

業仮説を検討した。第5章では結論として本研究によって得られた主要な知見とその政策

的含意について述べ、本研究の残された課題に言及した。

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2. 分析の枠組み

2.1 概念定義

まず、「ソーシャル・キャピタル」について概説する。

ソーシャル・キャピタルは、社会が持つ信頼関係、規範、ネットワークを公共財として

捉えた概念である。ソーシャル・キャピタルは、一般に「社会関係資本」と訳され、道路

や住宅、病院などのハードなインフラストラクチャーである「社会資本」と区別される。

ソーシャル・キャピタルの定義は用いる論者によって異なり4、現在のところ一般的合意を

得た厳密な定義は存在しないが、ここでは、政策科学におけるソーシャル・キャピタルの

エポックであるパットナムの2つの論文、Putnam(1993)、Putnam(2001)の用法を内閣府

国民生活局編(2003)の整理に基づいて説明し、本研究におけるソーシャル・キャピタルの取

り扱いを示す。

アメリカの政治学者パットナムの Putnam(1993)における問題意識は、「同様の政治制度

を持つ政府におけるパフォーマンスの違いは何に起因するのであろうか?」というもので

あった。パットナムはこの問題意識に基づいて、イタリア諸州の「国民投票への参加度」、

「新聞購読率」、「結社数」などから構成された「市民共同体指数」が南北の経済格差を説

明できることを示した。この中でパットナムは、市民共同体の強さがパフォーマンスに影

響を及ぼすメカニズムとして、市民共同体が弱い地域では人々の繋がりが垂直的な上意下

達であり、規則に基づく規範が支配的であることから、人々の無力感と疎外感を生み、社

会的信頼が低下することによって効率が悪くなっていると考察した。一方、市民共同体が

強い地域では、人々の繋がりが水平的であり、コミュニティ活動も活発であることから、

市民団体による政府の監視が働くことによって腐敗や非効率が抑制されていることを指摘

した。イタリアにおける研究をもとに、パットナムがアメリカにおけるコミュニティの崩

壊について州単位のマクロデータに基づいて実証分析を行った研究が Putnam(2001)であ

る。

両研究においてパットナムが捉えたソーシャル・キャピタルは、「人々の相互利益のため

の調整と協力を容易にするネットワーク、規範、社会的信頼のような社会的組織の特徴を

表す概念」というものである。これが示唆するところを糸川(2007)は、「彼(パットナム)

のいうソーシャル・キャピタルは、単なるつながりではなく、つながりが生み出す資本が

社会の効率性を改善するという意味であり、この3要件(信頼、規範、ネットワーク)は

それを最大化するための条件である」と指摘している。 4 ソーシャル・キャピタルの定義の歴史的変遷と多様性については、稲葉(2007)、糸林(2007)、内閣府国民

生活局編(2003)、など多くの論文で指摘、整理されている。

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これらを踏まえ、本研究では山内(2005)においてその特徴として指摘された「信頼、互酬

性規範およびネットワーク」を念頭に置き、調査対象とする事業のプレイヤーのネットワ

ークを、相互利益への調整と協力に対する信頼という質を含めた言葉として用いる。

続いて、上記のように捉えたソーシャル・キャピタルが重要な役割を果たすと本研究に

おいて考える「地域科学技術イノベーション政策」「地域クラスター政策(事業)」につい

て説明する。前章において問題提起をしたように、近年、我が国では科学技術分野におけ

るイノベーションによって地域経済の活性化を目指す地域科学技術イノベーション政策が、

文部科学省、経済産業省を始めとする府省および関係機関で推進されている。

地域科学技術イノベーション政策の具体的な方略の一つが「地域クラスター政策」であ

る。地域クラスター政策は、文部科学省の「知的クラスター創成事業」「都市エリア産学官

連携促進事業」や経済産業省の「産業クラスター計画」に代表され、地域の産官学すなわ

ち地元企業と地方自治体と大学とのネットワークの形成により地域の資源を有効活用した

新規事業の創出を目的としている。

本研究では、広範な地域において実施されており、実施開始から一定の年月が経ってお

り成果報告などの情報の蓄積がなされている、大学における研究の占める割合が相対的に

大きく研究と営利活動という異なる立場の調整が必要になると考えられる、という理由か

ら、特に「知的クラスター創成事業」「都市エリア産学官連携促進事業」を主な対象とする。

以下に両事業について詳述する。

「知的クラスター創成事業」は 2001 年に閣議決定された第2期科学技術基本計画におい

て地域科学技術振興施策として促進が位置づけられ、続く 2006 年の第3期科学技術基本計

画においてさらなる支援が決定された「地方自治体の主体性を重視し、知的創造の拠点た

る大学、公的研究機関等を核とした、関連研究機関、研究開発型企業等による国際的な競

争力のある 技術革新のための集積(知的クラスター)の創成を目指す」ことを目的とした事

業である。開始年度の 2002 年に 12 地域、続く 2003 年、2004 年にそれぞれ 3 地域ずつ選

定され、2007 年からはそれまでの成果を踏まえ、9 地域が第2期として再選定されている。

選定された地域は1地域辺り 5 億円程度の予算を 5 年間交付される。

「都市エリア産学官連携促進事業」は「地域の個性発揮を重視し、大学等の知恵を活用

して新技術シーズを生み出し、新規事業等の創出、研究開発型の地域産業の育成等を目指

す」ことを目的としている。開始年度の 2002 年に 19 地域、続く 2003 年、2004 年にそれ

ぞれ 9 地域ずつ、2005 年に 13 地域、2006 年に 9 地域、2007 年に 10 地域が選定されてい

る。交付される予算は地域のテーマの事業性のステージなどによって異なるが、1地域辺

り約1億円程度の予算を 3 年間交付される。

両事業の共通の特徴として、予算の直接の交付対象であり、事業の実施主体となるのは

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「中核機関」と呼ばれる地域の科学技術財団等であることがあげられる。「中核機関」は地

域の産学連携の橋渡しをする「科学技術コーディネータ」を雇用し、中小企業を集めて展

示会や大学とのマッチングイベントを開催するなどのネットワーク作りから、興味を示し

た企業に対してメーリングリスト等でクラスターの現況を報告するなど、文字通りクラス

ターの中核であることを求められる。

表1 近年の主要な地域科学技術イノベーション政策

府省名 制度名

総務省 戦略的情報通信研究開発推進制度(地域ICT振興型研究開発)

文部科学省 知的クラスター創成事業

都市エリア産学官連携促進事業

地域イノベーション創出総合支援事業(科学技術振興機構事業)

農林水産省 新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業

経済産業省 地域イノベーション創出研究開発事業および地域イノベーション創出共同体形成事業

産業クラスター計画

環境省 公害防止等試験研究費(地域密着型環境研究)

環境技術開発等推進費(戦略一般研究のうち地域枠)

地域の産学官連携による環境技術開発基盤整備モデル事業

2.2 作業仮説と先行研究の検討

前節で述べたことを換言すると、「ソーシャル・キャピタルは地域の効率性を向上させる

要素である」「地域科学技術イノベーションおよび地域クラスター事業は産官学の異なる立

場のプレイヤーの協力を前提としている」ということである。また、中核機関の活動によ

って事業実施中に地域のソーシャル・キャピタルが向上することも考えられる。

ここから、ソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーションに関する仮説が設定

できる。「地域クラスター事業の成果は地域のソーシャル・キャピタルによって影響地域の

ソーシャル・キャピタルは事業によって涵養される。すなわち、事業とソーシャル・キャ

ピタルに正のフィードバックループが存在しているのではないか?」これが本研究の作業

仮説である。

以下に、本研究の仮説に直接関連する先行研究を検討する。

内閣府国民生活局編(2003)は、ボランティア活動の行動者率が高い地域ほど犯罪発生率や

失業率が低く、出生率が高いことに注目し、ソーシャル・キャピタルを「近隣でのつきあ

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い」「社会的な交流」「社会参加」の3要素に分け、これらに関するアンケート結果の定量

分析を行った。その結果、3つの構成要素が相互に高め合う関係にあることと、ボランテ

ィア活動をはじめとする市民活動とソーシャル・キャピタルの間に正のフィードバック関

係が存在することを明らかにしている。

内閣府経済社会総合研究所編(2005)は内閣府国民生活局編(2003)を受け、よりミクロな視

点で個人の活動とソーシャル・キャピタルの関係を調べている。内閣府経済社会総合研究

所編(2005)では、「個人レベルのソーシャル・キャピタル(信頼・ネットワーク・社会活動な

ど)」「自分の住むコミュニティへの評価(住み良さ、安全、活気、マナー)」「生活上の安心

感(家族、老後、子育て、就職、リストラなど)」の3要素に関するアンケート結果の定量分

析により、ソーシャル・キャピタルが生産性の効率を高めるメカニズムの一部として、個

人の信頼・ネットワーク・社会活動などが生活上、社会上の安心感を醸成させていること

を示唆する結果を得ている。さらに、フランス、英国、アイルランドの政府機関、財団お

よび NPO の施策を調査した結果、ソーシャル・キャピタルが社会にとって重要であるとの

認識は欧州各国の共通認識となっており、前述の内閣府国民生活局編(2003)が示した市民活

動とソーシャル・キャピタルとの正のフィードバック関係も施策において意識されている

ことを明らかにしている。この各国調査は、企業による活動もソーシャル・キャピタルの

創出に寄与しうること、政策によって行政と市民団体や企業などの異なる立場の間のソー

シャル・キャピタルを形成する必要性があることを示唆することも報告されており、本研

究が注目する産・学・官のソーシャル・キャピタルにおいても同様の橋渡しが必要である

ことが推測される。

山内・伊吹編(2005)は、日本におけるソーシャル・キャピタルをマクロな統計データから

分析し、NPO やボランティア活動との相互作用的な関係を明らかにしている。特に本研究

と関係するところでは、NPO 法人数が地域の経済的要因(1人あたりの課税所得額)、政

治的要因(県庁所在地であるか否か)だけでなく、NPO 支援条例などの行政的要因によっ

ても規定されることを示しており、本研究で対象とする地域科学技術イノベーション政策

においても、行政的要因がソーシャル・キャピタルの形成に影響することが期待される。

また、前述の内閣府経済社会総合研究所編(2005)で定性分析の結果として示唆されていた行

政と市民団体や企業などの異なる立場の間の橋渡しがボランティア活動への参加率に影響

することが定量的に示されており、本研究においてソーシャル・キャピタルを考える際に、

地域科学技術イノベーションに関わるプレイヤー(大学研究者と企業では直接の目的が異

なる)の立場の違いを橋渡しできるかどうかが効率や結果に影響することを示唆している。

ここに挙げた内閣府国民生活局編(2003)、内閣府経済社会総合研究所編(2005)、山内・伊

吹編 (2005)を踏まえると、本研究における問題意識と作業仮説は、Putnam(1993)、

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Putnam(2001)に代表されるソーシャル・キャピタルの研究の系譜の中で取り扱われてきた

市民活動や社会的信頼のダイナミクスがイノベーションの現場でも起きるか、を調べるこ

とにあると言い換えることも出来る。

ソーシャル・キャピタルとイノベーションの関係について小山・川島(2008)は、地域科学

技術イノベーションの成果は研究開発のシーズおよびニーズの中身だけで決まるのではな

く、研究開発に関与する主体が関係性の中で持つ無形の資源が大きく関与しているのでは

ないか」との問題意識から、科学技術振興機構の RSP 事業を事例に、ソーシャル・キャピ

タルと地域科学技術イノベーションの生起との関係性の定量的、定性的な分析を試みてい

る。その結果、「研究開発が大学の研究者、企業の研究者、国公立研究機関の研究者の3主

体の協力体制で実施された場合、単独の実施よりも成果に結びつく傾向がある」すなわち、

研究開発ネットワークの多様性が地域科学技術イノベーションの成果の要因であることを

示した。この結果は、地域科学技術イノベーションの成否にソーシャル・キャピタルが要

因となっているということであり、本研究における仮説の一部と矛盾しない結果であるが、

逆方向の効果、事業によるソーシャル・キャピタルの涵養は検証されておらず、地域クラ

スター事業を長期的な視点で続けることにどのような政策的意義があるか、は解らない。

本研究は、両者の関係が一方的ではなく、相互作用を伴うものであることを実証分析する

ものであり、その点が本研究の新規性である。

図1 本研究の作業仮説のイメージ図

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3. 定量分析

3.1 定量分析の目的 本研究において関係性の分析を試みる「地域科学技術イノベーション(地域クラスター

事業の成果)と「地域におけるソーシャル・キャピタル」は、いずれも直接に数値として

把握することが困難な概念である。ここでは、それぞれの定量化を試みた先行研究を踏ま

え、両者を統計モデルによって結びつけることを試みる。

3.2 分析する変数の設定 前章において概観した地域クラスター政策は、実施の様態が事業ごとに異なること、複

数の事業が並行して行われていること、事業の終了後に中核機関が存続していない、又は

組織改編される場合があることから、一貫したデータの収集が難しく、パネルデータを用

いた統計解析は筆者の知る限り行われていない。しかし、統計モデルによる分析こそ行わ

れていないものの、文部科学省科学技術政策研究所(2005)は、地域科学振興政策予算投入額

や科学技術者数を始めとする地域科学技術資源や大学等の共同研究実施数や論文数などの

成果に相当する数値を都道府県別のパネルデータとして呈示しており、本研究の分析に用

いることができる。本研究では、文部科学省科学技術政策研究所(2005)が独自に調査したデ

ータである「大学等と民間等との共同研究数」「地域クラスター関連プログラム投入予算額」

を引用し、地域における産学の間のソーシャル・キャピタルの指標の一つとするとともに、

同報告が地域の資源として挙げている「中小企業創造活動促進法認定企業数」を中小企業

白書より、波及効果として挙げている「粗付加価値額」5を工業統計より引用して採用する。

地域科学技術イノベーションに関わるソーシャル・キャピタルは、大学と企業との間に

のみ存在するわけではない。林(2007)は、地域イノベーションにおける公設試験研究機関(公

設試)の役割を指摘している。林(2007)、林(2006)、福川(2007)によると、近年こそ産学連

携による地域イノベーションとして大学が地域の産業の技術面に貢献しうることが提唱さ

れているが、長らく、地域の中小企業にとって技術面での相談の場として大きな役割を果

たしてきたのは公設試である。また、林(2007)は、「産学連携」を極めて研究能力の高い一

部の大学と世界的大企業の一過性の技術移転として考えるのではなく、地域振興としての

側面に着目すると、むしろ地域に密着して支援を本来業務として行ってきた公設試を連携

のプレイヤーとして活用するべきであるとも指摘する。このことを踏まえ、本研究では公

5 地域イノベーションの成果の指標としては、奥山(2010)およびその先行研究が用いた「民営事業所の

開業率」も有効であるが、本研究では地域イノベーションの要因の網羅的な研究である文部科学省科学技

術政策研究所(2005)が他の指標と共に検証を行った「粗付加価値額」を使用する。

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設試と中小企業の間の連携が為されているということが、地域企業が外部機関を信頼する

ことができる、すなわち、地域のソーシャル・キャピタルの一部であると捉え、地域の公

設試の活動量を変数として用いることを試みる。全国の公設試の活動状況は、年度ごとの

調査報告書である「公設試験研究機関現況」によって把握されている。この中で、まず「技

術指導および技術相談(合算)」件数を公設試と地元企業との連携の指標として採用する。

次に「依頼試験」件数は同様に地元企業と公設氏の研究開発面での連携の指標として採用

する。この両変数は、研究開発を行う地元企業が開発のプロセスの全てを自社内で完結さ

せることに拘泥せず、他の機関と協力関係を結ぶことを選択することができることを表す

指標でもある。

地域ごとのソーシャル・キャピタルに関する調査としては、ソーシャル・キャピタルの

原義の意味での調査が内閣府国民生活局 (2003)において行われている。内閣府国民生活局

(2003)では、「つきあい・交流」「信頼」「社会参加」に関するアンケートを行い、結果を規

格化することで、2003 年時点での都道府県別の指数を作成している。本研究では、この指

数を「地域生活ソーシャル・キャピタル指数」と便宜的に呼称し、特定産業内での産学の

間のソーシャル・キャピタルとの混同を避ける。解析においては、この 2003 年が第4章で

行う定性分析の対象である「知的クラスター創成事業」、「都市エリア産学官連携促進事業」

の初年度又は2年目に相当する年度でもあることから、2003 年を起点として採用し、世界

的な経済変動のあった 2008 年の前年である 2007 年までの増加率を成果の変数として採用

する。なお、本研究においては以上のデータに共通して解析を行うことのできる「都道府

県」を地域の単位6とする。

表 2 は起点である 2003 年におけるソーシャル・キャピタルを含めた「地域資源」を表

す変数群である。

表 2 2003 年におけるソーシャル・キャピタルを含めた「地域資源」

Variable Preprocessing Source Average SD

大学等と民間等との共同研究数

/大学教員数 時系列を EMD7により平滑化

文部科学省サイト

文部科学省科学技術政

策研究所(2005)

0.0853 0.0416

中小企業創造活動促進法認定企業数

/中小企業数

実施開始から 2003 年までの

積算

中小企業白書

中小企業庁サイト 0.00197 0.00103

6 クラスターの地理的境界は都道府県よりも経済圏であると考えられるが、現在のところ、本研究で用い

た変数の多くが都道府県より詳細な単位で集計されてはいないため、便宜上、都道府県単位を用いる。 7 Huang N.E. (1998)による経験的モード分解法(Empirical Mode Decomposition)により変動の高周波成

分を除去し、時系列を平滑化した。

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公設試技術相談・技術相談件数

/技術職員数

2002、2004 年のデータを

線形補間し順序尺度に変換8公設試験研究機関現況 84.4 50.3

公設試依頼試験件数

/技術職員数

2002、2004 年のデータを

線形補間し順序尺度に変換公設試験研究機関現況 109.8 93.8

公設試研究生派遣又は受入件数

/技術職員数

2002、2004 年のデータを

線形補間し順序尺度に変換公設試験研究機関現況 1.41 1.36

地域クラスター関連プログラム

投入予算額(百万円)

1996 年から 2003 年までの

積算

文部科学省科学技術政

策研究所(2005) 1.56 0.98

地域生活ソーシャル・キャピタル

指数

内閣府国民生活局

(2003) 0 0.62

次に表 3 は、2003 年から 2007 年までの「成果」を表す群である。

表 3 2003 年から 2007 年までの「成果」

Variable Preprocessing Source Average SD

大学等と民間等との共同研究数

/ 大学教員数 の増加率

時系列を EMD により平滑化し、

2003 年から 2007 年の増加率を

-1 から+1 の範囲で規格化

文部科学省サイト

文部科学省科学技術政0.118 0.0420

粗付加価値額の増加率

時系列を EMD により平滑化し、

2003 年から 2007 年の増加率を

-1 から+1 の範囲で規格化

工業統計 0.222 0.0608

3.3 線形回帰分析モデル まず「成果」変数群のうち経済社会的な影響を表している「粗付加価値額の増加率」を

「地域資源」で説明することを考える。「地域資源」の7変数を説明変数とし「粗付加価値

額の増加率」を非説明変数として重回帰分析を行い、線形回帰モデルを推定した結果が表

4である。

表 2 2003 年におけるソーシャル・キャピタルを含めた「地域資源」

Variable Estimated Coefficient SEM t-value p-value

残差 4.794e-2 3.115e-2 15.39 0.1319

大学等と民間等との共同研究数

/大学教員数 -1.409e-2 2.483e-1 -0.057 0.9550

中小企業創造活動促進法認定企業数

/中小企業数 -1.318e+1 9.786e+0 -1.347 0.1857

8「公設試験研究機関現況」の 2003 年度のデータが入手不可能であったので、前後の年度の線形補間によ

って求めた。

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13

公設試技術相談・技術相談件数

/技術職員数 1.645e-04 2.188e-04 0.752 0.4567

公設試依頼試験件数

/技術職員数 -1.943e-5 1.036e-4 -0.187 0.8529

公設試研究生派遣又は受入件数

/技術職員数 -1.347e-3 7.359e-2 -0.183 0.8557

地域クラスター関連プログラム

投入予算額(百万円) 7.236e-3 1.032e-2 0.701 0.4874

地域生活ソーシャル・キャピタル

指数 2.769e-2 1.636e-2 1.692 0.0986

Residuals: min = -0.158, 1Q = -0.03, median = -0.0034, 3Q = 0.0265, max = 0.164

Multiple R-Squared = 0.1511, Adjusted R-squared = -0.001316

推定の結果は、どの変数においても統計的有意性が小さく、解釈はできない。加えて、

このような単純な重回帰分析では説明変数を複数もつことができるが非説明変数は一つに

限られることと、説明変数間の相関によって推定の妥当性が失われることがある。そこで、

本研究では、説明変数である「地域資源」の7変数を集約することと、2つの変数群の関

係を見ることの出来る解析方法を用いることを試みた。

3.4 正準相関分析モデル 前々節において「地域資源」「成果」の2群の変数を設定した。このように、複数の変数

をまとめた変数群の間の相関関係をみる統計モデルとして、正準相関分析(Canonical

Correlation Analysis)がある。正準相関分析は、2つの変数群(多くの場合、説明変数的な

意味合いの群と被説明変数的な意味合いの群である)があるとき、それぞれの変数群から

少数の合成変量を作成し、合成変量間の相関を見ることで2つの変数群の関係を分析する

統計モデルである。(重)回帰分析が単一の被説明変数を複数の説明変数で表現するモデル

であるのに対し、正準相関分析は、被説明変数と説明変数がそれぞれ複数あり、そのまま

では両者の関係を調べられないときに用いられる。以下で正準相関分析の定式化を行う。

2つの変数群 X、Y を考える。X は p 個の変数を、Y は q 個の変数を持つ。すなわち

X = {X1, X2, …, Xp}

Y = {Y1, Y2, …, Yq}

である。ここで、p と q について

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r = min{p, q}

なる r を定める。いま、X に含まれる p 個の変数から合成される変量を u、Y に含まれ

る q 個の変数から合成される変量 v を考えると、合成の際の係数をそれぞれ a、b として

u = a1X1 +a2X2 + … + apXp

v = b1Y1 +b2Y2 + … + bqYq

である。正準相関分析とは、u と v の間の相関係数が最大になる係数 a、b を求め、もと

の変数 X、Y の平均が 0、分散が 1 になるように a、b を標準化した係数 a*、b*を用いて2

つの変数群の相関とそれに関わる各変数の関係を探る統計モデルである。このとき、u と v

の間の相関係数を正準相関係数、合成された変量を正準変量と呼称する。このような a、b

は特異値分解によって r 個求まり、相関係数が最大になるときの正準相関係数を第一正準相

関係数、正準変量を第一正準変量、n 番目に大きくなるときの正準相関係数を第 n 正準相

関係数、正準変量を第 n 正準変量と呼ぶ。

図 2 重回帰分析(左)と正準相関分析(右)

ただし、正準相関分析は群内の変数間の関係が明らかでない場合は、変数選択による結果の

安定性と解釈に難があるモデルであることから、本研究では、その点を克服するために、変数

を多く持つ「地域資源」の群について因子分析(Factor Analysis)により変数の潜在的な因子を取

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出し、その因子と「成果」の群の変数との間の関係を正準相関分析モデルによって探ることを

試みる。なお、本研究における因子分析は「探索的因子分析」であり、因子の回転は斜交回転

のプロマックス回転(Promax Rotation)を用いた。

3.5 分析結果と考察 「地域資源」の変数群の因子分析の結果を表5に示す。

表5 「地域資源」の因子分析

Variable Factor 1 Factor 2 Factor 3 Communality

大学等と民間等との共同研究数

/大学教員数 0.88 0.053 -0.078 0.80

中小企業創造活動促進法認定企業数

/ 中小企業数 -0.038 0.20 -0.20 0.077

公設試技術相談・技術相談件数

/技術職員数 -0.26 0.15 0.29 0.15

公設試依頼試験件数

/技術職員数 -0.12 0.086 -0.50 0.28

公設試研究生派遣又は受入件数

/技術職員数 -0.084 0.048 0.76 0.57

地域クラスター関連プログラム

投入予算額 0.06 0.98 0.041 0.99

ソーシャル・キャピタル指数 0.42 0.051 0.14 0.22

因子分析において取り出す因子の数は、帰無仮説「n 因子によるモデルのデータの分散

ともとのデータの分散が等しい」が 5%有意水準で n = 2 で棄却され、n = 3 で棄却されな

くなるため、3因子を採用した。全体に共通して見られることは、まず「中小企業創造活

動促進法認定企業数 / 中小企業数」は共通性(Communality)が低い、ということである。

共通性とはそれぞれの変数が抽出された因子の影響をどの程度受けているかを表す値で、

共通性の低い変数は抽出された因子で説明できる割合が低く、議論には注意が必要である。

因子 1 を見ると、「大学等と民間等との共同研究数 / 大学教員数」と「ソーシャル・キャピ

タル指数」が多くを占め、公設試関連の変数が小さく負の値を取っていることから、「産学

の信頼関係」を表している因子であると仮定する。因子 2 は、全ての変数が正の値を取っ

ており、特に「地域クラスター関連プログラム投入予算額」はこの因子の影響を強く受け

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16

ている。残りの変数の中では因子 1 で高かった値が小さくなっていることも考慮すると因

子 2 は「地域の産業力」に相当するものであると仮定する。因子 3 は、「公設試研究生派遣

又は受入件数 / 技術職員数」が比較的大きな正の値を取り、「公設試依頼試験件数 / 技術

職員数」が比較的大きな負の値を取っていることが解釈を困難にしているが、地域の企業

が技術面の問題の解決を試みたとき、調査しなければならないことが明確に解っていると

きは公設試への依頼試験や専門の企業へ外注することができるが、研究開発の探索段階で

は、属人的な問題解決能力が必要になることから、技術相談による問題の発見や研究生の

形での人員のやりとりが行われることを考えると「(主に人員に関する)産官の信頼関係」

を表していると仮定する。ただし、この因子は因子数を 3 に設定したときの最後の因子で

あることから、もとの変数に対する影響は相対的に小さく、議論には注意が必要である。

次に、因子分析によって抽出された因子と、政策の「成果」を表す変数群と正準相関分

析の結果を表6に示す。

表6 「地域資源」と「成果」の正準相関分析

Group Variable Coefficient 1 Coefficient 2

地域資源

産学の信頼関係 0.92 -0.41

地域の産業力 0.16 0.54

産官の信頼関係 0.15 0.82

成果

大学等と民間等との共同研究数

/ 大学教員数 の増加率0.83 -0.56

粗付加価値額の増加率 0.55 0.84

なお、第一正準相関係数は 0.38、第二正準相関係数は 0.06 である。両係数とも低い値で

あるが、第一正準相関係数の 0.38 は n = 47(47 都道府県)のもとでの 5%有意水準の無相

関検定において有意であると判定されることから、第一正準変量に限定し、モデルの説明

力が十分ではないことに留意しつつ、解析の結果が本研究の作業仮説である「地域の産学

官の信頼と地域科学技術イノベーションの間の相互作用」について示すことについて考察

する。

全体を概観すると、第一正準変量を構成する係数は全て正の値であることから、「産学の

信頼関係」「地域の産業力」「産官の信頼関係」を「地域資源」として考えると、これらの

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「地域資源」が「大学等と民間等との共同研究数 / 大学教員数 の増加率」のような、産

学連携をより活発にする、というネットワークの意味の「成果」にも、「粗付加価値額の増

加率」のような社会経済的な意味での「成果」にも繋がっていることが解る。

それぞれの変数について見ると、「地域資源」群では「産学の信頼関係」が、「成果」の

群では「大学等と民間等との共同研究数 / 大学教員数 の増加率」が大きな係数を持って

いる。「産学の信頼関係」が因子分析によって抽出された因子であり、この因子は「大学等

と民間等との共同研究数 / 大学教員数」と「ソーシャル・キャピタル指数」の 2003 年度

の値に対する説明力を持っていることから、産学のネットワークは、近年の地域イノベー

ション政策によって増進しており、そのネットワークや信頼関係はさらなる連携活動の要

因となる、すなわち、産学官の信頼のネットワークと地域科学技術イノベーションの間に

は正のフィードバックループが存在する、という本研究の仮説と矛盾しない結果である。

さらに、「地域の資源」群において、「産官の信頼関係」が小さいながらも正の値を持っ

ているということは、前述の林(2007)の指摘のように、地域イノベーション政策において公

設試が成果に寄与しており、地域クラスターを考える際に一方のプレイヤーとしての役割

を期待しうることを示唆している。

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4. 定性分析

4.1 定性分析の目的

前章では、統計モデルを用いた定量分析によって、本研究の作業仮説の主要な要素であ

る「産学官の信頼のネットワークと地域科学技術イノベーションの正のフィードバックル

ープ」に対して、データ量とモデルの説明力が弱いながらも、肯定的な結果を得た。しか

し、定量分析の結果は「あくまでも仮説を検証するために用いた代理変数群と統計モデル

に対する結果」9である。本章の目的は、地域クラスター事業の実務者にヒアリングによる

定性分析を行うことで、定量分析の結果と政策を結びつけ、さらに信頼のネットワークの

形成過程や事業による変化を実施現場におけるマネジメントの側面から描き出すことにあ

る。

4.2 分析対象

ヒアリングの対象は「知的クラスター創成事業」および「都市エリア産学官連携促進事

業」における中核機関の事業担当者および中核機関に所属する科学技術コーディネータで

ある。

ここで、地域クラスター政策の特徴である「中核機関」と中核機関によって雇用される

「科学技術コーディネータ」を対象にした理由について説明する。

「中核機関」は、「知的クラスター創成事業」、「都市エリア産学官連携促進事業」の地域

での実施主体となる機関10である。事業の実施地域の科学技術関係財団等 が中核機関とし

ての役目を果たし、文部科学省からの予算も中核機関に対する補助という形でなされる。

中核機関は予算の分配に責任を持ち、クラスターに参加する大学や企業の研究開発費、新

技術説明会や国際会議等のイベントの経費、中核機関に所属する科学技術コーディネータ

の人件費などを予算から賄う。中核機関は、実施主体として大学や企業を含めたクラスタ

ーのプレイヤーに対するマネジメント機能が求められることから、その事業担当者は、ク

ラスターの形成の現況を最も良く知る一人である。

一方、「科学技術コーディネータ」はクラスターの事業計画の基、地域を駆け回って企業

と大学やその他の機関を結びつける役割を担い、ニーズとシーズを軸としたネットワーク

形成の進捗を感触として実感できる位置にいる。科学技術コーディネータは企業での長い

開発経験を持つ技術者や、事業の核となる技術の研究者、予算の管理調達のノウハウを持

9 平澤泠東京大学名誉教授からの指摘による。 10 文部科学省サイト内の知的クラスター創成事業の事業概要にも明記している。 http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chiiki/cluster/outline.htm

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つ銀行出身者などが定年や引退後に務めることが多く、事業の研究開発面の実際を知る上

で必須のヒアリング対象である。

4.3 分析方法

ヒアリングは半構造化面接として、共通の質問項目と事業に関する感想および意見の自

由陳述の聞き取りの形で行った。共通の質問項目は以下の点を中心に、意見を求めた11。

● 地域の企業のクラスター事業への参加形態について(メーリングリストや交流会な

どの情報共有中心か、共同開発や研究開発出資などの事業協力中心か、など)

● 中核機関としての地域ネットワーク活性化の方策について(メーリングリストや

SNS の設置、セミナーや交流会の開催などをどの程度行っているか、など)

● 科学技術コーディネータの支援内容について(知財化支援や企業間、企業大学間の

マッチングにどのように関与しているか、など)

● 中核機関内での科学技術コーディネータの位置づけについて(支援する研究課題の

決定や予算配分へどの程度の関与がされているか、など)

● 中核機関から見たプレイヤー(大学の研究者や企業の事業責任者や公的機関の担当

部署)の事業への意欲について(大学側は営利事業への関与を正しく理解している

か、企業側は大学と協力する体制を整備しているか、公的機関の支援制度は利用し

やすい形になっているか、など)

今回、ヒアリング協力を得られた対象は、6中核機関において4コーディネータ、5事

業担当者である。協力を得られた中核機関は巻末謝辞において列記した。

4.4 分析結果と考察

ヒアリング結果として回収できた意見のうち、本研究の問題意識に関連するものについ

て考察する。

非常に多くの新製品の開発に成功している、ある地域のコーディネータの意見は、地域

科学技術イノベーションの創造に信頼で担保されたネットワーク、すなわちソーシャル・

キャピタルが必要不可欠であることを示唆しており、まさに本研究において示したかった

ことと合致している。「この地域は、クラスター事業以前から事業の対象となった分野にお

11 ただし、本研究で行ったヒアリングは、筆者が直接中核機関に伺う形式、電話やメールでのやり取りの

形式、中核機関が「イノベーションジャパン」や「バイオジャパン」「クラスタージャパン」などの展示会

イベントに出展している際に時間を取って頂く形式など一律ではなく、十分に統制されたものではないこ

とは注意する必要がある。

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ける公設試の利用が盛んで、中小企業のニーズや技術が公設試を中心としたネットワーク

になり易い素地があった。コーディネータとして事業に携わってきた感触で言うと、そも

そも協力の下地も実績もないところに巨額の予算を投下して、はい協力してください、と

いうのは無理がある。地域の中小企業はクラスター事業の参加に予算と人とを割いても、

それに見合う売上が出なければ、非常に苦しいことになる。そのように先の見えない話に

対して、やってみようか、と手を挙げる気になるのは、やはり既に築かれている信頼関係

しかない。」

一方、別の地域の事業担当者は、事業による地域の波及効果について指摘する。「報告書

に現れるような数値としての成果はまだ出てはいないが、クラスターで焦点を当てている

研究や企業に対する問い合わせは着実に増えている。展示会や説明会等のイベントを繰り

返した結果、地元の企業が大学に相談する際の心理的ハードルは下がっている。」

同様の意見は、複数の事業担当者、コーディネータから寄せられている。従来、数字に

表れない効果は評価されにくく、評価されたとしても理論背景を欠くため、数値目標への

進捗遅滞の言い訳として受け止められかねないが、本研究の分析は、事業の実施によって、

直接的な意味での地域科学技術イノベーションとしてするための下地ができつつあるとい

うことを示唆しており、後に結実するような数値に現れない効果が出ている、という意見

を裏付けるものである。また、奥山(2010)では、事業の継続期間が長いほど地域における新

規開業率が上昇しているとの報告もあり、地域クラスター事業における継続性と長期的な

視点の重要性が強く示唆されている。また、この意見からは、企業、大学、公設試などの

プレイヤーが集まるマッチングイベントを始めとする出会いの機会の提供は、中核機関の

役割として非常に重要であることが解る。最初の出会いが、イベントにおける形式的な挨

拶だとしても、顔を合わせて名刺の交換をした相手に連絡を取るのは、web や技報で一方

的に知っているだけの人間に比べれば、遥かに容易であることは想像に難くない。

以上の2点で、「地域にもともと存在したソーシャル・キャピタルが地域科学技術イノベ

ーション政策の事業の成果の要因となる」「地域クラスター事業はソーシャル・キャピタル

を涵養している」すなわち「地域のソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーショ

ンとの間には正のフィードバックループが存在する」という本研究の中心となる問題意識

は、質的に裏付けられたが、より詳細に意見を伺うと、地域科学技術イノベーション政策

が内包する問題が浮かび上がってくる。

4.5 定性分析から得られる現状の問題点

地域科学技術イノベーション政策が内包する問題は、大きく 2 点に分けられる。そのそ

れぞれを本研究の主題であるソーシャル・キャピタルの観点から考察を進める。

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問題の一つは、プレイヤーの立ち位置の違いによる信頼の限界である。地域科学技術イ

ノベーション政策は、地域の科学技術分野でのイノベーションによって地域経済の活性化

を目指す性質上、主として地域の大学の研究者が研究開発の主体となる。大学の研究者が

これまでの研究の成果として持つシーズと、企業側が新規事業を興したいというニーズを

組み合わせるマッチングが産学の連携の標準的な形である。ヒアリング結果からも、マッ

チングを促すイベントの開催によって地元企業が大学に問い合わせをするハードルは下が

っていることが示唆されたが、一方で、リスクをとって事業に参加するためには信頼が必

要である、との意見を忘れてはなるまい。では、企業側にとって、大学に問い合わせをす

る程度の信頼と、クラスター事業にプレイヤーとして参加する程度の信頼の違いはどのよ

うなものであろうか。

ヒアリングの結果を振り返ると、企業が大学に問い合わせをするとき、それを思いとど

まらせる要因の一つは、これまで何の縁もなかった機関に対する問い合わせが可能かどう

か解らない、という不安である。この不安がマッチングイベント等を重ねることで、おそ

らく誠実に対応してもらえるだろう、という漠然とした信頼に変わったことによって心理

的なハードルを乗り越えることができた。この場合、リスクは企業側の相談者個人の内面

のみに存在しているから、顔合わせ程度のイベントでも繰り返せば確実に効果があるだろ

う。一方、クラスター事業にプレイヤーとして参加する場合は、会社の資源であるヒト・

モノ・カネに大きなリスクが生じる。ここで必要な信頼は、連携する研究者が目標を共有

してくれることに対する信頼である。企業側の参加目的は、自社の営利活動に資すること

であるが、一方、研究者側の目的は自分の研究が役立つことを示し研究資金を獲得するこ

とであり、負うリスクも業績を上げることへの機会費用のみである12。この場合、研究者側

が連携の成立をもって研究者側が目的をほぼ達成しうるのに対し、企業側は、そこからリ

ターンへの長い道のりが始まる。この構造は、企業側の立場が非常に弱く、一見対等に見

えるマッチングは、実のところ、全く対等でない。これを解消する方法の一つは、たまた

ま大学にあるシーズと、たまたま企業が持っているニーズを組み合わせるのではなく、相

対的にリスクの小さい研究者側が積極的にニーズに合わせることである。例えば、宮城県

では、全国的にも高い研究水準にある東北大学の教授自らが地域連携のフェローとして、

企業に対して直接足を使ってアプローチ13し、ご用聞きのように企業のニーズを集めて回り、

それを解決することで多くの事業化・商品化の実績を挙げている。この場合、企業のニー

12 学術の世界での評価よりも地域の産業に貢献することを重視する研究者がいることを否定するもので

はない。ここでの考察は、一般的に学術研究者は論文業績に基づく研究資金獲得の形で評価されることが

多い、ということを踏まえた構造上の問題について議論している。 13 林(2007)を参照

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ズにコミットすることから連携がスタートしているため、企業側は研究者が企業側の営利

活動に本当に貢献してくれるのかどうかを心配する必要がなく、ひとたび仕事を共にした

後は、別の形でも企業が参加するための信頼も植え付けることができる可能性がある。宮

城県のモデルは、産学連携の根源的な問題に対する一つの回答であると同時に、シーズと

ニーズのマッチング型の産学連携の限界の指摘でもある。

もう一つの問題は、民間資金の流入である。この問題も、同様に、目標の共有への信頼

という観点から考察する。

産学連携を支援する政策によって産まれたスタートアップに対する民間資金の流入の少

なさは、兼ねてより指摘されている14。これは、政策対象の地域の選定において地域に基盤

を置くベンチャーキャピタル(以下 VC)の存在を評価項目としていることや15、事業の目標

の一つとして日本における VC の育成と投資活動の充実を目標としていることと大きくか

け離れた実態である。中核機関に対するヒアリングでも、「ベンチャー設立の実績はあるが、

それらの企業はインキュベーション施設から卒業することは恐らく無理であるし、現状で

は事業による補助金で何とか会社の体を成しているだけで、営利活動としては軌道に載っ

ているとは言い難い。VC との接触を仲介することは出来るが、投資の決定には至らない」

という悲痛な回答が複数存在したことからも、現在進行形の問題である。

では、なぜ大学発ベンチャーに代表されるような産学連携型の先端技術スタートアップ

に十分な資金供給が発生しないのであろうか。この原因として、日本の VC は技術を見る目

が無いから産学連携によって産まれた最先端の技術を売りにするスタートアップに投資を

しない、という意見を、主に投資を受ける側の立場や、それを支援する立場の人が主張す

ることが多く16、本研究のヒアリングでも散見された。

確かに日本における VC はマーチャント VC17と呼ばれる銀行子会社が多く、投資先スタ

ートアップの積極的な育成と企業価値の向上を手がけるクラシック VC は絶対数の意味で

もシリコンバレーなどのクラスター先進地域との相対的な比較の意味でも少ないことから、

総体としての日本のVCは欧米と比べて質的にも18量的にも未発達で技術の選択眼が弱いも

のが多く、技術はあってもビジネスとしては初期段階のスタートアップを発掘して投資育

14 一例を挙げると、論文としては、湯川(2003)、報告としては、平成 18 年度大学発ベンチャーに関する

基礎調査報告書(2007)など。 15 http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chiiki/cluster/cluster_promotion.pdf 16 中立的な研究論文としては桐畑(2003)など 17 マーチャント VC(merchant venture capital)、クラシック VC(classic venture capital)という呼称

と分類は Bygrave and Timmons (1992)を参照した。 18 長谷川(2007)は日本と欧米の VC を上場株式に対する超過 IRR(Internal Rate of Return 内部収益率)を指標として比較し、上位 25%のファンドにおいて日米で圧倒的な格差(2003 年において日 9.1%、米

87.5%)が存在することを指摘している。

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成することは困難であることは否定できない。しかし、「産学連携型の先端技術スタートア

ップ」に資金が供給されない原因」を「日本には技術に眼があるクラシック VC が少ないた

め」とする説明もまた不十分である。日本に少ないながらも存在するクラシック VC もまた、

大学発ベンチャーや産学連携型の先端技術スタートアップへの投資には特有のリスクを認

識しており、ポートフォリオに加えることは少ないのである。

Christensen(1997)によると、イノベーションは、その出現当初は既存の技術と比べて低

いパフォーマンスを示し、後に旧弊を破壊して初めて、イノベーションであった、と事後

的に判明する性質を持つ。すなわち、技術型のベンチャーに対して投資をする VC も投資段

階で案件がイノベーションであるかどうかは解りようが無い。とりわけ、先端技術に投資

する VC はベンチャーの初期段階で投資を実行することも多く、また、VC がパートナー制

をとる場合、担当者がイノベーションを見誤るコストは非常に大きい。このイノベーショ

ンの不確実性を踏まえて、あるクラシック VC のパートナーは、次のように説明する。「我々

は、先端技術を持つベンチャーに投資を行うスキームを持っている。ただし、それは技術

そのものに投資をすることを意味するのではなく、あくまで技術を持った会社のマネジメ

ントチームに投資をすることを意味している。我々もファンドとして他人の資金を預かっ

た責任がある。それを投資するかどうかは、最終的には、そのベンチャーが EXIT という

目標へ向けて進んでくれるだろうか、EXIT へ向けて共に仕事ができるだろうか、という点

で相手を信頼できるか、ということによる。」これは、最終的な投資の決断というハードル

を越えさせるものは目的の共有に対する信頼であり、先端技術に対する理解のあるクラシ

ック VC は投資先の経営に深く関与することから、実のところ、技術の水準以上にソーシャ

ル・キャピタルが投資の要因として大きく働くことを示唆している。翻って、産学連携に

よるスタートアップを見ると、その全てが企業として利益を上げ EXIT を目指していると

は言い難い。大学発の色が濃くなるほど営利活動に対する理解が薄く、研究そのものが目

的となってしまい19、投資資金が回収できなくなることが懸念されることから、むしろ選択

眼のあるクラシック VC ほど信頼の難から産学連携によるスタートアップに対する投資が

できなくなってしまっているのではないか。

このことは、前節にてヒアリング結果から導出された「クラスターに参加する企業と大

学の間の信頼関係」は「大学発ベンチャーと支援機関の間の信頼関係」においても相似形

をとり、今後、日本においてクラシック VC が増大したとしても地域クラスターに対する民

19 近畿経済産業局(2002)によると、VC を始めとする支援機関から見た大学発ベンチャーの問題点として、

資金不足そのもの以外に、継続性への疑問、大学教員の意識、経営の不在といった、信頼関係を築くこと

を妨げる要因が指摘されている。同様の指摘は九州大学知的財産本部(2005)にも見られる。

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間資金の流入の増大には結びつかず、むしろ VC の投資先選択能力が育つほどに、リスクマ

ネーは地域クラスター事業で生まれたスタートアップからは遠ざかることになりかねない

ことを示唆している。

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5. 結論

5.1 本研究の主要な知見と政策的含意

本研究において、定量分析と定性分析が示唆する結果に基づいて得られた主要な知見は、

「地域のソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーションとの間には正のフィード

バックループが存在する」「経済社会的価値を生み出す地域イノベーションの母体となる事

業に必要な産学官のソーシャル・キャピタルは現状では十分な水準にあるとは言えない」

とまとめることができる。

ここではさらに、この知見がもたらす政策的含意について考察する。

まず、地域科学技術イノベーション、地域クラスター事業はソーシャル・キャピタルを

政策の設計や評価の段階で要素として組み込むことが可能である。政策によって地域を選

定し、中間評価する際に、ソーシャル・キャピタルを定量的に評価することで、経済社会

的価値の創出までの期間の進展の指標とすることができる可能性があるということである。

これまでは、3年や5年の事業の中間評価において、定量的に把握できるのは論文数や特

許数などであり、地域のネットワークの形成などのソーシャル・キャピタルは、相対的に

曖昧な形で報告されてきたが、ソーシャル・キャピタルには地域イノベーションにおいて

積極的な役割があり、定量化して把握することで事業の進展を評価する意義がある。

次に、より重要なことは、政策の設計において、地域イノベーションのプレイヤー同士

のソーシャル・キャピタルの形成を妨げるインセンティブ構造にしてはならない、という

ことである。定性分析において述べたように、現状では、地域クラスターで行われている

研究開発テーマにおいて、進度に対する「学」のプレイヤーのリスクが相対的に低く、他

のプレイヤーとの信頼関係の構築を妨げている。政策としての一方略は、事業に対する中

核機関のマネジメントの強化である。地域のネットワークを構築し、クラスターの参加者

や相談ができる研究室を増やす段階を超え、経済社会的な価値を創出するためには、ネッ

トワークにリスクを取って事業をともにできる水準の信頼を付与しなければならない。そ

のためには、コーディネータとしては、学術研究者としての論文実績がある、企業の研究

者として顔が利く、金融機関出身で資金調達の手続きに熟達している、などの、一方のプ

レイヤーの中の先達としての能力ではなく、産官学のそれぞれのプレイヤーのインセンテ

ィブ構造の違いを理解し、それらを結びつける視点と能力を持った人材が必要になるであ

ろうし、中核機関の事業担当者も、事務担当者ではなく、マネジメントの担当者であるこ

とが要求される。中核機関のマネジメントの能力と権限が十分であれば、例えば VC が研究

開発スタートアップに対してしばしば採用するマイルストーン投資のように、事業の目標

に対して計画を立て、それぞれの役割における進度に応じて予算の分配を逐次決定できれ

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ば、産官学のプレイヤーのリスクの一部をリバランスすることができる。

本研究の知見を踏まえて、知的クラスター創生事業の評価報告書を見ると、クラスター

推進のための取組として「中核機関のリーダーシップ」や「マネジメントと研究開発者と

の連携」が評価項目として挙げられている。「地域への波及効果」と合わせて、既に行われ

ている評価が本研究で強調するところの「信頼のネットワークの基盤づくり」を含有して

いることの表れである。本研究の分析からは、これらの項目を具体的に評価するにあたり、

「中核機関のリーダーシップやマネジメントの一つとして、大学研究者が自己の研究にで

はなく事業目的・事業目標に対して貢献するように働きかけているか」ということと「参

画企業の(漠然とした技術ニーズではなく)事業に参加している研究者への具体的な要望

を逐次吸い上げ、研究者に伝えることができているか」の2点を高い比重で見ることを提

案できる。逆に、論文本数のように数値化しやすく大小比較もしやすいがゆえに目が行き

やすく強調されがちではあるが大学の研究者にのみメリットが存在する項目に関しては、

評価の比重を小さくしても良いのではないか。同様の意味で、特許出願件数も、数ではな

いのはもちろん、質においても研究水準ではなく、リスクを取って参画した「産」にどれ

だけのメリットがあるか、という点を事業評価では考慮する必要がある。これらが適切に

なされることによって上述のリスクの非対称性は緩和され、ソーシャル・キャピタルの阻

害要因の一つを減らすことが出来る可能性がある。

5.2 今後の課題

最後に、本研究の方法論的限界と今後に残された課題を3点指摘する。

第一に、本研究の定量分析で用いたデータは、作業仮説や統計モデルを想定して調査さ

れたデータではないということである。本研究では、全て公開されたデータを用いており、

ソーシャル・キャピタルと地域科学技術イノベーションの関係性を分析するために設計さ

れた調査方法ではない。そのため、パネルデータの一貫性は保証されておらず、分析の結

果も、厳密な統計モデルの要求に対して答えるものではない。より精度の高い分析のため

には、統一性のあるデータが必要になる。データは個々の研究において最適な形で取得す

ることが望ましいが、地域イノベーションの研究の場合、大学、企業、公設試や公共団体

等は、それぞれがそれぞれの理由で情報を開示することができず、研究者が調査をするこ

とが困難な面もある。本研究で用いた公設試現況や大学等と民間等との共同研究数につい

ても毎年の調査がなされてはいるが、年によって掲載されている情報や取得基準が異なり、

時系列比較には限界がある。これは政策評価研究の「分析」の限界ではなく「データ」の

限界である。この点について改善が為されれば、より精緻な定量分析がなされ、より質の

高く、より政策に有益な研究が成される可能性がある。

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第二に、本研究の定性分析で行ったヒアリングは対象者が匿名であり、ヒアリングの様

態も一様ではないということである。本来の定性分析の意図を考えると、ヒアリングによ

って問題点を抽出した後、対象とする地域クラスター政策の中核機関や、参画している大

学の研究室に大規模なアンケート調査を行い、調査条件の統制された意見を集約すること

が望ましい。本研究においては、研究の対象が現在進行形の政策であることから、意見を

伺った対象者に所属機関としての公的見解として喧伝されることの危惧が存在し、ヒアリ

ングの数を多く確保することは困難であったが、本研究の成果および議論を踏まえたアン

ケート調査を行うことは可能であると考える。事業の進行に対する時期と調査する側の立

場によって回答率は大きく変わる可能性はあるが、本研究の定量分析で試みたように地域

イノベーションの要素を量的なモデルで把握する試みは、更なる検討の余地がある。

第三に、本研究で用いた「ソーシャル・キャピタル」は、これまでになされてきたソー

シャル・キャピタル研究を考えると、ソーシャル・キャピタルの要素の一部しか捉えてい

ないとうことである。本研究では、ソーシャル・キャピタルが「産」、「学」、「官」という

異なる背景とインセンティブ構造を持つ集団を橋渡しする関係性にのみ注目している。し

かし、ソーシャル・キャピタルは、同質の集団を排他的に結合する関係性の要素ともなり

うることが知られている。本研究で対象とした地域科学技術イノベーション政策、地域ク

ラスター事業においても「地域」の産業振興や産学連携を目的とするため、地域内では「産」

「学」「官」の橋渡しが重要ではあるものの、他の「地域」に対しては排他的な要素があり、

その排他性が地域内の結束と他の地域との差別化を高めている可能性がある。これまでに

なされてきたソーシャル・キャピタル研究の系譜からは、「架橋型(Bridging)」「結合型

(Bonding)」の2種類のソーシャル・キャピタルの様態があると考えられており、地域科学

技術イノベーション政策においても同様の概念整理が有効であると考えられる。

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http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chiiki/cluster/index.htm

文部科学省「都市エリア産学官連携促進事業」

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文部科学省「第 3 期科学技術基本計画」

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文部科学省「平成 19 年度 大学等における産学連携等実施状況について」

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中小企業庁「2002 年版 中小企業白書」

http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/h14/index.html

文部科学省「平成 21 年度版 科学技術白書」

http://www.mext.go.jp/b menu/hakusho/html/hpaa200901/1268148.htm

データ提供に対する謝辞

本論文第3章の定量分析で使用したデータのうち、「公設試験研究機関現況」を出典とし

ているものについては、平成19年度より調査を担当している独立行政法人中小企業基盤

整備機構より提供を受けた。本来の業務で多忙の中での協力に深く感謝する。

ヒアリング回答に対する謝辞

本論文第4章の定性分析で記述したヒアリング回答は、以下の中核機関を始めとする地

域クラスター政策の実施機関の実務担当者、コーディネータ各位の協力による。事業の振

興や事後評価の対応で多忙を極める中でのご協力に、改めて深く感謝の意を表したい。

なお、ヒアリングの依頼に対して、多くの機関から、機関としての公式の見解ではなく、

あくまで直接に業務に携わる個人としての意見と思って聞いて欲しい、との旨を承ったこ

と、中核機関以外の支援機関からは、業務に支障が出るため名前を出さないで欲しい、と

の旨を承ったことから、個人名の掲載は控える。

● 財団法人科学技術交流財団(知的クラスター、愛知県)

● 財団法人埼玉県中小企業振興公社(都市エリア、埼玉県)

● ノーステック財団(知的クラスター、北海道)

● しずおか産業創造機構ファルマバレーセンター(都市エリア、静岡県)

● 長野県テクノ財団(知的クラスター、長野県)

● 財団法人浜松地域テクノポリス推進機構(知的クラスター、静岡県)

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定量分析に使用したデータの基本統計量

● 本論文第3章の定量分析で使用したデータの基本統計量を以下に示す。

表 S1 2003 年におけるソーシャル・キャピタルを含めた「地域資源」の基本統計量

Variable Average SD Median co domain

大学等と民間等との共同研究数

/大学教員数 0.0853 0.0416 0.077 (0.019, 0.187)

中小企業創造活動促進法認定企業数

/ 中小企業数 0.00197 0.00103 0.002 (0.001, 0.005)

公設試技術相談・技術相談件数

/技術職員数 84.4 50.3 78.5 (13.3, 23.8)

公設試依頼試験件数

/技術職員数 109.8 93.8 87.9 (0, 453)

公設試研究生派遣又は受入件数

/技術職員数 1.41 1.36 0.94 (0.032, 6.55)

地域クラスター関連プログラム

投入予算額(百万円) 1.56 0.98 1.475 (0.16, 6.01)

ソーシャル・キャピタル指数 0 0.62 0.09 (-1.03, 1.79)

表 S3 2003 年から 2007 年までの「成果」の基本統計量

Variable Average SD Median co domain

大学等と民間等との共同研究数

/ 大学教員数 の増加率 0.118 0.0420 0.115 (-0.471, 0.542)

粗付加価値額の増加率 0.222 0.0608 0.036 (-0.107, 0.205)