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1 ハッブル図の作成と ハッブル定数・宇宙年齢の導出 明星大学理工学部総合理工学科物理学系 天文学研究室 学籍番号:13S1-012 大越 遥奈

ハッブル図の作成と ハッブル定数・宇宙年齢の導出 · マ状態の密度が高いと光は電子との相互作用で散乱してしまい その中を通過できない。超高温・高密度だった昔の宇宙では光

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1

ハッブル図の作成と

ハッブル定数・宇宙年齢の導出

明星大学理工学部総合理工学科物理学系 天文学研究室

学籍番号:13S1-012

大越 遥奈

2

目次

要旨

1 宇宙膨張説

1.1 宇宙の始まりから現在まで

1.2 ハッブルの法則

1.3 赤方偏移

1.4 加速膨張宇宙

2 電波天文学

2.1 電波天文学について

2.2 電波望遠鏡

2.3 電波干渉計

2.4 輝線放射のメカニズム

3 データ解析

3.1 使用データ

3.2 解析方法

4 解析結果

4.1 ハッブル図の作成

4.2 ハッブル定数H と誤差の導出

4.3 宇宙年齢の導出

5 結果

6 考察

7 参考文献

8 謝辞

3

要旨

現在の天文学において宇宙膨張説は定説となっており、2011 年には宇宙加速膨張説がノーベル

物理学賞を獲得した。宇宙の歴史を解明する上で宇宙膨張説の真偽は非常に重要である。

天体観測と聞くと、長い筒状の天体望遠鏡を覗き込むイメージがあると思うが、1931年、宇宙から電

波が届いていることが発見されてから、電波を用いて宇宙を解明する電波天文学という学問は進化

を続けてきた。

本研究では、ある二つの電波望遠鏡で観測されたデータを用いて求めた銀河の後退速度と、銀河

の距離からハッブル図を作成し、宇宙膨張説を検証することを目的としている。

さらに、その図からハッブル定数70.75±5.4𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1、宇宙年齢 138億年が算出された。

作成したハッブル図から、宇宙は確かに膨張していることがわかり、ハッブル定数は最新の研究で得

られている値73.23 ± 1.71𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1と誤差の範囲でほぼ一致する結果となった。

4

図 1.1 COBE がとらえた宇宙背景放射の

ゆらぎ(出典:COBE Project)

1 宇宙膨張説

1.1 宇宙の始まりから現在まで

宇宙の始まりは 138億年前、超高温・超高密度の火の玉「ビッグバン」の急膨張により誕生したとさ

れている。この説は1947年にアメリカのジョージ・ガモフによって提唱され、ビッグバン理論と呼ばれ

ている。この理論の証拠として定説になっているのが、1964年、ペンジアスとウィルソンが発見した宇

宙マイクロ波背景放射である。(図 1.1)

温度が高い状態では、原子は電離してプラズマになる。プラズ

マ状態の密度が高いと光は電子との相互作用で散乱してしまい

その中を通過できない。超高温・高密度だった昔の宇宙では光

は直進できなかった。宇宙は膨張を続けやがて現在の 1/1000

程度のサイズになったとき、プラズマ状態は原子に移行し光が直

進できるようになった。宇宙誕生から 38万年後のことである。こ

の瞬間に直進を始めた光は、宇宙マイクロ波背景放射として観

測された。

ペンジアスとウィルソンは、宇宙の全方向から同じ電波が届いている事に気付き、電波源は宇宙全体

に一様に分布していることが分かった。すなわち、宇宙の全方向が温度を持っていることになり、宇宙

マイクロ波背景放射の波長を調べれば宇宙の温度が分かる。高精度の観測の結果、絶対温度で

2.7K ということが分かった。

実はガモフは、「ビッグバンの証拠として、超高温の宇宙が放っていた光は、その後の宇宙の膨張

によって波長が引き延ばされ、現在では電磁波の形で宇宙に残っているはず」と予言していた。宇宙

マイクロ波背景放射はこの予言と一致し、ビッグバン理論が広く受け入れられるようになった。

しかし、ビッグバンはどのようにして起きたのかと言う疑問が生まれた。その答えとされているのが、ビッ

グバン直前の宇宙の始まりを捉えた“インフレーション理論(指数関数的宇宙膨張モデル)”である。

インフレーション理論とは、宇宙創生の 10^-36乗秒後から 10^-34乗秒後までの間に、エネルギ

ーの高い高温の真空の状態から低温の真空に相転移し、保持されていた真空のエネルギーが熱(転

移熱)となって火の玉となり、ビッグバンを引き起こしたというものである。インフレーションの瞬間の膨

張速度は光速より速く、一瞬のうちに太陽系以上の大きさになるほど急速だった。我々が通常理解す

る真空とは、エネルギーや質量が存在しない状態である。しかし、実際には真空中では物質と反物質

が生まれてはぶつかって消えていくことを繰り返し、エネルギーが変化することで「真空が揺らぐ」現象

が起こるのである。この説は「真空の相転移」と言われ、これをビッグバンに応用することで、「ビッグバ

ン理論」の矛盾を説明することができるのではないかと考えたのである。果たしてインフレーション理論

は本当に正しいのだろうか。

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図 1.2 インフレーションから現在まで

(出典 2015 東京大学)

前述の宇宙マイクロ波背景放射は平坦で均一な放射であると考えられていた。しかし現在の宇宙

はどこをとっても均一ではない。この疑問を解決する為に NASAが COBE衛星を打ち上げた結果、均

一ではなく平均温度で 1/10万前後の温度のムラ、“ゆらぎ”があることがわかった。検知できたのは

ほんの僅かであったが、初期宇宙が均一ではなかったことを示すには十分である。インフレーションを

引き起こすインフラトン場では、量子論に従うと波長のゆらぎを伴う。インフレーションモデルではこのゆ

らぎが急速な加速膨張で短時間に引き延ばされ、現在の銀河などの種になったと考えられていて、

“ゆらぎ”の発見はインフレーション理論の裏付けの大きな一歩となった。

しかし、決定的な証拠はまだ見つかっていない。インフレーションほどの急膨張であれば、質量を持

った物体が運動するときに生じる時空の歪みを光速で伝える「重力波」が生じるはずであるが、地球

に届く重力波は極めて微弱で、直接の観測は困難である。理論的には、観測できる最古の光とされ

る宇宙マイクロ波背景放射に現れる特殊なパターンから間接的に証明できると考えられている。この

特殊なパターンが発見されれば、インフレーション理論の強力な証拠となる。それを探し出すため、現

在世界では 10以上の観測プロジェクトが動いている。

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1.2 ハッブルの法則

1929 年、エドウィン・ハッブルは銀河の視線速度v(我々と銀河を結ぶ方向の速度成分)と銀河ま

での距離 d が比例すると発表した。

𝒗 = 𝑯𝟎𝒅

これをハッブルの法則といい、比例定数H0をハッブル定数という。

ハッブルが当時導出したハッブル定数は500𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1と、現在の値の数倍になる。

ハッブルの法則が成り立つスケールは、大きなスケールでの平均の意味である。

天体の固有の運動の速度は大きくても 500𝑘𝑚・𝑠−1程度なので、視線速度が 5000𝑘𝑚・𝑠−1以上にな

る大きなスケールでは、ハッブルの法則からのずれは大きくても 10%以下になると考えられる。

この意味でハッブルの定数が定義でき、ハッブルの法則が成り立つ。

ハッブル定数を求めるには、遠方の天体の視線速度とその天体までの距離を測定する必要がある。

視線方向に遠ざかる天体から発せられた光は、その速度に応じた赤方偏移を受ける。すなわち、原

子が放出・吸収する固有の波長の光がどの程度偏移を受けるかを測定すれば、視線速度を求めるこ

とができる。

一方、距離の測定は容易ではない。上で示した Hubble の法則が成り立つと考えられるスケール

(視線速度が 5000𝑘𝑚・𝑠−1以上)は、ハッブル定数を用いて距離に換算すると、70𝑀𝑝𝑐となる。これ

図 1.1 銀河の視線速度と距離の関係図(黒丸は銀河、白丸は銀河群)

7

Velocity = 0.1c

Velocity = 0

は、ハッブルの法則「V = 𝐻0𝑑」に、ハッブルの法則が成り立つと考えられるスケールの視線速度

V = 5000𝑘𝑚・𝑠−1 , 下に示すハッブル定数𝐻0 = 71𝑘𝑚・𝑠−1𝑀𝑝𝑐−1を代入することで求められる。

現実には、恒星の固有な運動の速度は500𝑘𝑚・𝑠−1より小さいことが多く、Hubble の法則はもっと近い

距離から成り立っていると考えられる。

Particle Data Group(※1)はハッブル定数として

𝐻0 = (71 ± 7) ×0.951.15 𝑘𝑚・𝑠−1𝑀𝑝𝑐−1

を採用できる値として示している。これまでの研究結果によれば、ハッブル定数は下限は 60、上限は

90 くらいで、大きな幅がある。

(※1.米国や日本、イタリア、スペイン、ロシアの各国の関係機関と欧州合同原子核研究機構

(CERN)の出資による、最新の物理結果を配信するグループ)

1.3 赤方偏移

原子・分子・イオンなどは固有の波長を持った光だけを放出する。しかし、天体からの光の波長を

測定すると、固有の波長と異なっていることがある。これをスペクトルの偏移という。

固有の波長より長くなっているときは赤方偏移、短くなっているときは青方偏移という。

図 1.2を、ある原子の4つのスペクトル線だとする。下は速度が 0で赤方偏移がない、すなわち固有

の波長である。それに対し、上は光速の 1/10で遠ざかる場合である。

2つのスペクトル線に対して波長のずれの大きさは異なり、固有の波長に対するずれの比は等しい。

天体から来る光のスペクトル線の偏移には、

①ドップラー効果による偏移

②重力赤方偏移…質量の大きい天体の近くから放射された光が、強い重力のため固有の波長より

長い波長で観測

③宇宙論的赤方偏移…遠方の天体から放射された光が現在の地球に届くまでの間に宇宙膨張によ

り、固有の波長より長い波長観測

上記の三通りがある。

図 1.2 4つのスペクトル線の赤方偏移

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1.4 加速膨張宇宙

2011年、宇宙膨張に関する新たな事実が判明した。米カリフォルニア大学バークリー校のサウル・

パールムッター教授、オーストラリア国立大学のブライアン・シュミット教授、米ジョン・ホプキンス大学

のアダム・リース教授の 3氏が「遠方の超新星爆発の観測による宇宙の加速膨張の発見」でノーベル

物理学賞を受賞したのである。

3 教授は、宇宙の膨張の速さは加速していることを観測から明らかにした。物質で満ち溢れている

宇宙は、アインシュタインの一般相対性理論から導かれるフリードマン方程式により「減速膨張」をす

ると考えられていた。物質には質量があるため、お互いにかかる重力で引き合い速度が落ちていく。と

ころが観測からわかったのは、膨張速度は減速するどころか加速しているということだった。

その答えを知るためには、宇宙の膨張率の時間変化を知る必要がある。これは、遠方の天体まで

の距離と後退速度を測定して、その天体と我々の間にある宇宙空間の膨張率(ハッブル定数)を求

める方法がある。様々な距離における膨張率を測定して距離順に並べれば、膨張率の時間変化を

知ることができる。

しかし、実際に膨張率を測定するのは大変である。後退速度は比較的簡単に測れるが、正確な距

離の測定は難しい。そこで観測対象とされたのが、Ia型超新星と呼ばれる特殊な種類の超新星だ。こ

れには、どの銀河に出現しても明るさはほぼ一定になる性質があるため、真の明るさに対して見掛け

の明るさがどれだけ暗くなっているかを調べることで、距離を精密に測定できる。この方法を用いて膨

張率の変化を測定した結果、宇宙が加速的に膨張していることを突き止めた。

そして、この結果を説明するためには、膨張を加速させる性質を持った未知のエネルギー(ダーク

エネルギー)の存在を想定しなくてはならない。その正体は現時点ではまったく分からないが、宇宙の

全エネルギーのおよそ 7割を占めていることがわかってきた。

図 1.3 赤方偏移-光度距離の関係図

パールムッター博士らが 1999年に発表した

宇宙加速膨張を表す図。

横軸:赤方偏移(後退速度)

縦軸:光度距離

観測対象:Ia型超新星

傾きは一定ではなく、少し上寄り(加速膨張

側)に点が分布していることが分かる。

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2 電波天文学

2.1 電波天文学について

普段我々が肉眼で見ることができる“光”は、電磁波全体のごく一部でしかない。X線、紫外線、可

視光線、赤外線、電波。可視光線以外は我々の目には見えないが、全て光と同じ電磁波の仲間で

ある。

電磁波はその名の通り、波の性質を持っている。しかし同じ電磁波でも種類により波長が異なってい

る。我々が目にしている可視光線の波長は 380nm~780nm くらいで、電波天文学で利用されている

“電波望遠鏡”が捉える電波は 0.1mm より波長が長い電磁波のことを指す。

この宇宙にある物は全てその表面温度に対応した電磁波を出していて、この宇宙にあるほとんどの天

体も勿論電磁波を出しているということになる。宇宙には数億度の超高温の現象から、絶対零度に近

いような超低温の現象まであり、それぞれ様々な波長の電磁波を出している。我々の目では捉えるこ

とのできない電磁波で宇宙を観測し、宇宙の現象をより深く追求していくのが、電波天文学である。

電波観測では、可視光では見られない宇宙の姿を捉えることができる。星と星の間にはガスやダス

トが存在していて、それらも温度を持っている。こうした場所は可視光で観測しても真っ暗で何もない

ように見えるが、電波で観測することでその中で起きている様々な現象を知ることができる。また、天

体を構成する分子や原子の種類に応じて、スペクトル線電波と呼ばれる特定の周波数の電波が出る。

こうした電波を観測することでその天体にはどのような物質が存在するのかを知ることができる。そして、

天体がこちらに向かって近付いている時と遠ざかっている時で波長が変化する現象(ドップラー効果)

を利用して、天体の動きを計測することができる。

図 2.1 電波のスペクトル

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2.2 電波望遠鏡

では、電波望遠鏡はどんな仕組みになっているのか。電波望遠鏡は、大雑把に言えば家庭用の衛

星放送と同じである。同じような役割をする装置があるが、宇宙からの電波は衛星と比べて非常に弱

いため、装置の規模や必要な制度はまったく異なる。

電波は宇宙から地球に到達するまでに雲や大気にあまり邪魔されずに観測できるが、大気中の水

蒸気には吸収されてしまうため、大気が薄く乾燥している土地が適している。

今回使用したデータを観測している野辺山観測所にある 45m電波望遠鏡を紹介する。

45m電波望遠鏡は、ミリ波を観測する電波望遠鏡としては世界最大である。

・国立天文台野辺山観測所 45m電波望遠鏡の構造

副反射鏡

主反射鏡で反射された電波をさ

らに反射。直径 4m、双曲面。

パラボラアンテナ(主反射鏡)

電波を集めるレンズの役割。約

600 枚のパネルで放物面を形成。

非常に重く傾けると鏡面が変形]

受信機

電波を電気信号に変える

鏡面パネル調整装置

パネルの段差を計り、遠隔操作

で高さを調整し鏡面精度を高め

る。

主反射鏡骨組み

ホモロガス構造という特殊な構

造で、変形した主反射鏡も新し

い放物面を作れる

コリメータタワー

非常に重い主反射鏡を正確に天

体に向ける為の塔

図 2.2 野辺山 45m望遠鏡 内部構造図

(出典:国立天文台)

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図 2.3(出典:国立天文台)

図 2.4(出典:国立天文台)

2.3 電波干渉計

本研究では、アメリカ国立天文台が所持するVLA(Very Large Array)という電波干渉計で観測され

たデータも使用した。

電波干渉計とは、電波望遠鏡をいくつも組み合わせ、あたかも一つの大きな電波望遠鏡かのように

観測する仕組みのことである。VLA に関する情報が不足しているため、代わりにアルマ望遠鏡の仕組

みについて紹介する。

アルマ望遠鏡は、パラボラアンテナ 66台を組み合わせる干渉計方式の巨大電波望遠鏡である。

アンテナは全て移動可能で、移動させて間隔を最大 16㎞まで広げることで、直径 16㎞の電波望遠

鏡に相当する空間分解能を得ることができる。

・干渉計の仕組み

①天体の位置を正確に知る

二つのアンテナは少し離れて設置されているが、どちらも天体 Xに向いて

いる。(図 2.3)電波も速度は一定なので、もし二台のアンテナが天体 Xか

ら正確に同じ距離ならば電波はぴったり同時に到着する。

ここで、二台のアンテナを離して置くと、図 2.4のように直角三角

形の辺 Cの分だけ片方のアンテナが遠くなり、電波の到着が遅

れる。

それぞれのアンテナに届いた電波はデジタル信号に変換され、

波形の山と谷を目印に重ね合わせながら、“波形を最も強めあう

場所=最も近い波形”を探す。

二台のアンテナで最も近い波形が現れるまでの時間差が明らか

になると、辺 Cの距離が判明する。距離 Dはわかっているので、

天体 Xの角度 Eを求めることができる。

②天体の詳細な画像を合成する

遠く離れた位置にあるアンテナ二台だけを使うと、その距離分の直径をもつ望遠鏡に相当する解像

度は得られるが、全体像がよくわからない。アルマ望遠鏡ではこの問題を解決する為に、

「(1)アンテナの配置を変えて観測 (2)地球の自転を利用して観測」の、二つのアイディアを取り入れ

ている。

(1)では、たった二台で詳細な観測画像を得ようと思ったら移動・観測を繰り返す必要があり、膨大な

時間と手間がかかる。そこで、ノーベル賞を受賞した(2)の開口合成法を用いる。目標天体 Xから見

12

ると我々は3次元的に回っている。勿論アルマ望遠鏡も回っており、天体から見た望遠鏡ペアの位置

が自転と共に移動することで密度を高めることができ、時間をかける程に精細な画像を合成できる。

2.4 輝線の放射メカニズム

2.1節で述べたとおり、宇宙空間には全体に僅かではあるが星間物質と呼ばれるものが存在し、気

体の星間ガスと固体の星間塵(宇宙塵)に分けられる。本研究では、前者の星間ガスから放射される

輝線の観測データの解析を行った。

まず、輝線がどういうものなのかについて述べていく。スペクトルには連続スペクトルと線スペクトル

の二種類がある。連続スペクトルとは太陽光のような様々な波長の光を含んだ光の波長が広い範囲

で連続的に分布していることを言う。ネオン管や水銀ランプの光はスペクトルのところどころに線が現

れる。これを線スペクトルと言い、明るい線の輝線と暗い線の吸収線がある。

ガス体はある特定の波長の光を吸収する。どの波長の光を吸収するのかは、そのガ

ス体を構成する元素で決まる。連続スペクトルを持った光がガス体を通過すれば、そ

のガス体を構成する元素に応じた波長が吸収され、連続スペクトルに吸収線が現れる。ガス体が高

温状態にある時は、その元素特有の波長の光を放ち、輝線スペクトルとなって現れる。ガス体が吸収

線を生じるか輝線を放つかは、そのガス体の状況で変化する。

輝線は原子・分子内の内部エネルギーの遷移に伴い放射される。物質ごと、遷移ごとに特定の周

波数を持っていて、輝線放射を観測することにより、どのような物質が存在するか、ガスの運動速度

などを知ることが可能である。電波の領域で輝線を放射するメカニズムは、原子や分子の状態変化

に伴うスペクトル線、中性水素原子の 21cm線などがある。

(引用:ウシオ電機)

吸収された以上の光を放射すると輝線が現れる

光の一部が吸収され、吸収線が現れる

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・分子輝線

分子輝線は、分子のエネルギー状態に関係する。分子のエネルギー状態は量子力学により記述さ

れ、とびとびの準位を持つ。あるエネルギー状態が別のエネルギー状態に遷移する時、その準位差

に相当するエネルギーの電磁波を放出(輝線)、または吸収(吸収線)する。分子輝線とはこうした分

子が放つ輝線のことである。複数の原子が結合してできた分子は、結合軸の周りに振動や回転をす

る。電波領域では主に分子の回転状態の変化に伴う輝線(回転遷移線)が観測され、その周波数は

分子ごとに異なる。逆に観測された周波数から分子を特定することも可能である。

・中性水素原子の21cm線

水素原子は一個の陽子とその周りを回る一個の電子からできている。陽子や電子のような素粒子に

はスピンと呼ばれる量子力学的な性質がある。スピンには上向きスピンと下向きスピンの二種類があり、

水素原子をミクロの状態で見ると、たまに「上向き陽子+上向き電子」の状態にある水素原子が「上

向き陽子+下向き電子」に変化することがある。このことを超微細構造遷移と呼ぶ。前者の状態のほ

うが僅かだがエネルギーが大きいため、この超微細構造遷移が起こると余ったエネルギーを電波とし

て放射する。出てくる電波の波長が 21cmと特定されていることから 21cm線と呼ばれている。

一個一個の水素原子で見ればこのような変化の起こる確率は非常に小さいが、宇宙には水素ガスが

大量にあるため、全体としては放射される 21cm線の強さは相当な強さになる。

14

3 データ解析

3.1 使用データ

今回の研究には2つの電波望遠鏡で観測されたデータを使用した。

①Nobeyama CO Atlas of Nearby Spiral Galaxies(近傍渦巻銀河の CO分布)

②The HI Nearby Galaxy Survey(近傍

銀河の HI分布)

アンテナ方式 カセグレン変形クーデ方式

アンテナ直径 45m

鏡面誤差 0.1mm

観測周波数 1~150GHz

解像力最高 0.004°(視力 4に相当)

アンテナ重量 約 700t

アンテナ方式 ‐

アンテナ直径 21m

鏡面誤差 ‐

観測周波数 1~50GHz

解像力最高 ‐

アンテナ重量 約 230t

図 3.1 野辺山観測所 45m電波望遠鏡

(出典:国立天文台)

図 3.2 アメリカ国立天文台 VLA

(出典:NRAO)

15

3.2 解析方法

解析には、KARMAの kpvslice というソフトを使用した。

使用したデータは、それぞれ一酸化炭素分子と水素原子が出す輝線を捉えたものである。

Kpvslice では、輝線を放射するガスの強度ごとにガスの移動速度を示したスペクトルを見ることができ

る。(図 3.6)

解析手順

① データベースからXY.FITSファイルを保存しておき、New Cubeで

データを選択(図 3.3)

②image modelから 0th moment を

選択(図 3.4)

③Apply Parametersを選択すると銀河の電波画像が表示される(図

3.5)

図 3.5

図 3.4

]

図 3.3

16

④Z-Profile でスペクトル画像を表示し、銀河の電波画像上でマウスポインタを動かすとスペクトルが

変化

⑤図のように山になっている最も光度の大きい部分を探し、

山の中間地点の速度を読む。これは、銀河の中心部分は

恒星が集まっていて、銀河内で最も光度の大きい部分が銀

河の中心部分だからである。

この時、図 3.7 のようなPV図を確認しながら正しい後退速

度を探し出す。

PV図とは縦軸に銀河の速度、横軸に銀河の中心からの

距離をとり、山の等高線のように同じ光度の部分が曲線で

結ばれている図である。

PV図を縦に割ったものが図 3.6のスペクトルに表れる。

図 3.7 のようにPV図の2ヶ所で速度が大きくなっている銀

河は山を2つ探し、中間の速度を後退速度とする。1ヶ所

で速度が大きくなっている銀河は、その位置の速度を後退

速度とする。

図 3.6

図 3.7 NGC1530の PV図

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4 解析結果

表1:銀河の後退速度と距離

☆:HIガスのデータを使用した銀河 , 赤字:おとめ座銀河団に所属する銀河

今回、ハッブル図を作成するために解析した銀河の後退速度と距離を表1にまとめる。

本学の 40㎝望遠鏡での観測から距離を求めることはできなかったため、

理科年表 平成 28 年度、野辺山観測所「渦巻き銀河の電波写真館」に記載されているものを

引用した。

18

4.1 ハッブル図の作成

青色:観測データ

オレンジ色:最新のハッブル定数の傾きを持つ直線

最新のハッブル定数:73.23 ± 1.71𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1(Adam G. Riess らの研究チーム)

表1にまとめられた銀河の後退速度と距離の関係を図に示したものが図 4.1である。

4.2節で求められた銀河の後退速度の距離に対する比例係数(ハッブル定数)を、青い直線で示して

ある。

本研究で得たハッブル定数と最新のハッブル定数を比較するために、最新値の傾きを持つ直線をオ

レンジ色で図示した。

距離(Mpc)

後退速度(K

m/s)

図 4.1銀河の後退速度と距離の関係図

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青色:おとめ座銀河団を除いた観測データ

銀河は回転運動やランダム運動といった固有の運動をしている。おとめ座銀河団内の銀河も固有の

運動をしている。おとめ座銀河団は自身の質量により固有運動の大きさが銀河の後退による運動を

上回ってしまい、銀河の後退速度に影響を与えていることが先行研究で明らかになっている。そのた

め、今回は観測対象に含まれているおとめ座銀河団所属の銀河を除外したデータによる関係図も作

成した。(図 4.2)

図 4.2 銀河の後退速度と距離の関係図(おとめ座銀河団を除く)

距離(Mpc)

後退速度(K

m/s)

20

4.2 ハッブル定数Hと誤差の導出

ハッブル定数Hは比例式の比例定数から、もしくは最小二乗法で求めることができる。

比例式は図 3.1,3.2内に示してある。

・最小二乗法

最小二乗法はデータの組(xi,yi) が N 組与えられたときに,そのデータたちの関係を表すもっともらし

い直線を求める方法である。これを用いることにより、Hの最適値を求めることができる。

H0を決めるのに使用するN個の銀河の観測データを

後退速度 Vi

距離 Di

距離 Di の銀河の後退速度は

𝑈𝑖 = 𝐻𝐷𝑖 (1)

と予想される。Vi と Ui の差を

∆𝑖 = 𝑉𝑖 − 𝑈𝑖

∆𝑖 = 𝑉𝑖 − 𝐻𝐷𝑖 (2)

X = ∑(𝑉𝑖 − 𝐻𝐷𝑖)2

𝑁

𝑖=1

= ∑(𝑉𝑖2

𝑁

𝑖=1

− 2𝑉𝑖𝐻𝐷𝑖 + 𝐻2𝐷2)

= ∑ 𝑉𝑖2

𝑁

𝑖=1

− 2𝐻 ∑(𝑉𝑖𝐷𝑖) + 𝐻2

𝑁

𝑖=1

∑ 𝐷𝑖2 (3)

𝑁

𝑖=1

を導入すると、このXを

Xを最小にするH → Xが極小となるHなので

𝑑𝑋

𝑑𝐻= 0 (4)から求まる。

𝑑𝑋

𝑑𝐻= ∑ 𝑉𝑖2

𝑁

𝑖=1

− 2𝐻 ∑(𝑉𝑖𝐷𝑖) + 𝐻2

𝑁

𝑖=1

∑ 𝐷𝑖2

𝑁

𝑖=1

= 0

( i=1,………,N)

21

∴ H = ∑𝑣𝑖𝐷𝑖

𝐷𝑖2

𝑁

𝑖=1

(5)(5)式に観測値を入力すれば、Hの

Hの最適値

全データ 𝐻𝑎 = 70.75𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1

おとめ座銀河団を除いたデータ 𝐻𝑏 = 67.64𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1

(5)式で求まったHにつける誤差

(5)で求まったHの値を(3)に代入

∑ ∆𝑖2

𝑁

𝑖=1

= ∑(𝑉𝑖 − 𝐻𝐷𝑖)2

𝑁

𝑖=1

そして、Hにつく誤差ΔHは

∆𝐻 = √∑ ∆𝑖2𝑁

𝑖=1

(𝑁 − 1) ∑ 𝐷𝑖2𝑁𝑖=1

(6)となる。

(6)より、

全データのハッブル定数につく誤差 ±5.421494

おとめ座銀河団を除くデータのハッブル定数につく誤差 ±3.696693

となる。

よって、今回の研究で求まったハッブル定数は

全データ 𝑯𝒂 = 𝟕𝟎. 𝟕𝟓±𝟓. 𝟒𝒌𝒎・𝒔−𝟏・𝑴𝒑𝒄−𝟏

おとめ座銀河団を除いたデータ 𝑯𝒃 = 𝟔𝟕. 𝟔𝟒±𝟑. 𝟕𝒌𝒎・𝒔−𝟏・𝑴𝒑𝒄−𝟏

22

4.3 宇宙年齢の導出

ハッブル定数の逆数はハッブル時間と呼ばれていて、宇宙が誕生時点からずっと変わらない割合で

膨張していると考えたときの宇宙の年齢を表す。しかし、宇宙の膨張は一定ではないはずので、あくま

でも目安として考えられている。

1pc=3.26 光年

1Mpc=3,260,000 光年

光速度=300,000𝑘𝑚・𝑠−1より、

1Mpc=3,260,000・300,000𝑘𝑚・𝑠−1・年 (7)

・全データを用いた宇宙年齢

1

𝐻𝑎=

1

70.75𝑘𝑚・𝑠−1𝑀𝑝𝑐−1

(7)を代入

1

𝐻𝑎=

3260000・3000000𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1

70.75𝑘𝑚・𝑠−1

=13,823,321,554.77 年

≒138 億年

・おとめ座銀河団を除くデータを用いた宇宙年齢

1

𝐻𝑏=

1

67.64𝑘𝑚・𝑠−1𝑀𝑝𝑐−1

1

𝐻𝑏=

3260000・3000000𝑘𝑚・𝑠−1・𝑀𝑝𝑐−1

67.64𝑘𝑚・𝑠−1

=14,458,900,059.14 年

≒145 億年

23

5 結果

作成したハッブル図から、本研究の目的である宇宙膨張の真偽を確かめることができた。

ハッブル図は比例のグラフになり、宇宙は確かに膨張していると言えるだろう。

当然ではあるが、2011年にノーベル賞を受賞した研究とは観測方法や観測対象、データの精度、

速度・距離の測定方法が全く異なるので、宇宙が加速膨張しているかは本研究からは言えない。

しかし、ハッブル定数の値は最新のハッブル定数と誤差の範囲でほぼ一致する結果となった。

このことから、高精度な解析が出来たと言えるだろう。

6 考察

全データから導出したハッブル定数Haと、おとめ座銀河団を除いたデータから導出したハッブル定

数Hbを最新のハッブル定数と比べると、値だけで見るとHaのほうがより最新のものに近い値となった。

しかし、Hbの方が誤差は小さい。

つまり、過去の研究で判明している通り、おとめ座銀河団の固有運動は後退速度に影響を与えてい

ることが分かった。Hbの方が最新値との差が大きくなった原因としては、データの精度やデータ解析

の精度が考えられる。

遠方銀河のデータが必要だったため、本学の 40cm望遠鏡での観測から距離を推定することが出来

ず、銀河までの距離は全て外部のデータを引用したものである。しかし、今回の研究対象である近傍

銀河の中でも比較的距離の近い銀河であれば、本学の望遠鏡でも距離を求めることが出来る。距離

の測定方法は、銀河の距離や種類によって様々である。今回の観測対象の銀河全ては不可能だが、

本学の望遠鏡で観測できる、なるべく遠い銀河の距離の測定を行って、自身での距離の測定もして

いきたい。

また、卒業研究を通して、加速膨張宇宙が発見されたということは、ハッブルの法則や宇宙年齢に影

響を与えるのではないかという疑問を持った。両者ともに大きいスケールで考えた時の話ではあるが、

もしもハッブルの法則に影響があれば、宇宙の歴史は現在考えられているものとは異なるのではない

だろうか。今後さらに観測技術が向上し、宇宙の歴史が解明されていくのが楽しみである。

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7 参考文献・データベース

・データベース Nobeyama CO Atlas of Nearby Spiral Galaxies

・データベース The HI Nearby Galaxy Survey

・国立天文台 電波研究部 http://radio.mtk.nao.ac.jp/entry/

・国立科学博物館 宇宙の質問箱 http://www.kahaku.go.jp/

・国立天文台 野辺山観測所 http://www.nro.nao.ac.jp/

・ALMA望遠鏡 http://alma.mtk.nao.ac.jp/j/

・理科年表 平成 28年度

・野辺山観測所 渦巻銀河の電波写真館

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8 謝辞

本研究を進めるにあたり、電波天文学に関する知識が乏しい私にデータ解析の方法や理論などを

丁寧に教えてくださった小野寺先生、研究内容に関する助言をしてくださった井上一先生に感謝致し

ます。

この研究を卒業論文として形にすることが出来たのは、先生方や天文学研究室の友人たちのおかげ

です。協力していただいた皆様への感謝の気持ちと御礼を申し上げたく、謝辞にかえさせていただき

ます。