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日本小児循環器学会雑誌 4巻3号 419~423頁(1989年) 単心房・単心室(右室型)に対する total cavopulmonary shunt手術の経験 (昭和63年4月2日受付) (平成元年1月20日受理) 札幌医科大学第2外科,*同 小児科 浅井 康文 安喰 川島 敏也 仲倉 裕之 酒井 英二 小松 作蔵 沢田 陽子* 富田 英* key words:single ventricle, common AV valve, Absence of IVC, he cavopulmonary shunt D-TGA,単心房,単心室(右室型),共通房室弁,肺動脈弁狭窄,半奇静脈結合を伴った下大静脈欠損 例に対し,total cavopulmonary shunt手術を行ったので報告する. 患者は,左肺動脈の発育不良がみられたため,5歳7ヵ月時に直径5mmのGolaski人工血管を用い 左modified Blalock-Taussig手術を行った.6歳8ヵ月時の,右肺動脈と上行大動脈の直径 PA indexは290と正常値の下限まで発育したため, total cavopulmonary shunt 多血症の改善および動脈血酸素飽和度の改善をみ,術後10ヵ月の現在,経過良好である.本手術法は限 られた症例に行われるが,今後とも長期的観察が必要である. はじめに 単心室に対する外科治療として,従来から姑息的手 術が多く行われてきたが,最近は解剖学的根治手術(い わゆるSeptation)や右房と肺動脈を結ぶFontan型手 術が積極的に行われるようになってきた. 1978年,川島ら1)は,下大静脈欠損,(半)奇静脈結 合および共通房室弁を伴う単心室症例に対して,左右 上大静脈・肺動脈吻合を主とする,いわゆるtotal cavopulmonary shunt手術に成功した.本手術法は適 応に制限はあるが,単心室症例の外科治療法に一つの 新しい方向を示したとして評価されている. 教室でも最近本手術法を行う機会を得たので,その 経験を中心に報告する. 症例:S.T.,6歳8ヵ月,女児, 主訴:チアノーゼ,易上気道感染. 既往歴,家族歴:特記すべきことはない. 現病歴二満期,正常産で,2,760gで出生. 別刷請求先:(〒060)札幌市中央区南1条西16丁目 札幌医科大学等2外科 浅井 康文 生後1週目に,チアノーゼおよび心雑音を指摘され, 心不全にて生後10日目に当院小児科へ入院した.心エ コー 検査でD-TGA,単心室(右室型),共通房室弁, 肺動脈弁狭窄の診断を受け,その後2歳時までジギタ リス剤の投与を受けていた.5歳4ヵ月時,チアノー ゼ,易上気道感染を主訴に,小児科へ精査のため再入 院した. 入院後の両側上大静脈造影では,無名静脈の欠損が みられた(図1,上段).また,半奇静脈が左上大静脈 へ還流しており,左肺動脈の発育不良(PA index 220) がみられた(図1,下段).そのため,5歳7ヵ月時当 科へ転科し,まず,直径5mmのGolaski人工血管を用 い,左modi丘ed Blalock Taussig(B・T) た. 術後経過は良好で,6歳8ヵ月時,左肺動脈発育の 程度の検討と,total cavopulmonary shu 的として入院した. 入院時検査所見:一般血液検査では,赤血球数541× lO4,白血球数7,500,ヘモグロビン17.1g/dl,ヘマト リット値49.2%,血小板261×103であった.生化学所見 Presented by Medical*Online

単心房・単心室(右室型)に対するjspccs.jp/wp-content/uploads/j0403_419.pdf平成元年5月1日 421-(105) 図3 右室型単心室,肺動脈弁狭窄 ぺ灘 図4

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Page 1: 単心房・単心室(右室型)に対するjspccs.jp/wp-content/uploads/j0403_419.pdf平成元年5月1日 421-(105) 図3 右室型単心室,肺動脈弁狭窄 ぺ灘 図4

日本小児循環器学会雑誌 4巻3号 419~423頁(1989年)

単心房・単心室(右室型)に対する

total cavopulmonary shunt手術の経験

(昭和63年4月2日受付)

(平成元年1月20日受理)

       札幌医科大学第2外科,*同 小児科

浅井 康文  安喰  弘  川島 敏也  仲倉 裕之

酒井 英二  小松 作蔵  沢田 陽子* 富田  英*

key words:single ventricle, common AV valve, Absence of IVC, hemiazygous doranage, total

     cavopulmonary shunt

                      要  旨

 D-TGA,単心房,単心室(右室型),共通房室弁,肺動脈弁狭窄,半奇静脈結合を伴った下大静脈欠損

例に対し,total cavopulmonary shunt手術を行ったので報告する.

 患者は,左肺動脈の発育不良がみられたため,5歳7ヵ月時に直径5mmのGolaski人工血管を用い,

左modified Blalock-Taussig手術を行った.6歳8ヵ月時の,右肺動脈と上行大動脈の直径比は0.44,

PA indexは290と正常値の下限まで発育したため, total cavopulmonary shunt手術を行った.術後,

多血症の改善および動脈血酸素飽和度の改善をみ,術後10ヵ月の現在,経過良好である.本手術法は限

られた症例に行われるが,今後とも長期的観察が必要である.

          はじめに

 単心室に対する外科治療として,従来から姑息的手

術が多く行われてきたが,最近は解剖学的根治手術(い

わゆるSeptation)や右房と肺動脈を結ぶFontan型手

術が積極的に行われるようになってきた.

 1978年,川島ら1)は,下大静脈欠損,(半)奇静脈結

合および共通房室弁を伴う単心室症例に対して,左右

上大静脈・肺動脈吻合を主とする,いわゆるtotal

cavopulmonary shunt手術に成功した.本手術法は適

応に制限はあるが,単心室症例の外科治療法に一つの

新しい方向を示したとして評価されている.

 教室でも最近本手術法を行う機会を得たので,その

経験を中心に報告する.

 症例:S.T.,6歳8ヵ月,女児,

 主訴:チアノーゼ,易上気道感染.

 既往歴,家族歴:特記すべきことはない.

 現病歴二満期,正常産で,2,760gで出生.

別刷請求先:(〒060)札幌市中央区南1条西16丁目

     札幌医科大学等2外科   浅井 康文

 生後1週目に,チアノーゼおよび心雑音を指摘され,

心不全にて生後10日目に当院小児科へ入院した.心エ

コー検査でD-TGA,単心室(右室型),共通房室弁,

肺動脈弁狭窄の診断を受け,その後2歳時までジギタ

リス剤の投与を受けていた.5歳4ヵ月時,チアノー

ゼ,易上気道感染を主訴に,小児科へ精査のため再入

院した.

 入院後の両側上大静脈造影では,無名静脈の欠損が

みられた(図1,上段).また,半奇静脈が左上大静脈

へ還流しており,左肺動脈の発育不良(PA index 220)

がみられた(図1,下段).そのため,5歳7ヵ月時当

科へ転科し,まず,直径5mmのGolaski人工血管を用

い,左modi丘ed Blalock Taussig(B・T)手術を行っ

た.

 術後経過は良好で,6歳8ヵ月時,左肺動脈発育の

程度の検討と,total cavopulmonary shunt手術を目

的として入院した.

 入院時検査所見:一般血液検査では,赤血球数541×

lO4,白血球数7,500,ヘモグロビン17.1g/dl,ヘマトク

リット値49.2%,血小板261×103であった.生化学所見

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Page 2: 単心房・単心室(右室型)に対するjspccs.jp/wp-content/uploads/j0403_419.pdf平成元年5月1日 421-(105) 図3 右室型単心室,肺動脈弁狭窄 ぺ灘 図4

420-(104) 日小循誌 4(3),1989

Hem iazypos》ein

しe費SVC

Narr側ieξ乏PA

図1 上段:静脈造影,下段:半奇静脈と左肺動脈の発育不良を示す

では,総蛋白が6.4g/d1と低く,α一HBD 3021U〃,ア

ルカリフォスファターゼ2501U〃と高値以外,正常値

を示していた.心電図は正常軸偏位,正常洞調律,右

室肥大所見を示していた.胸部X線所見では,心胸郭

比は60.6%であった.

 左modi丘ed B-T短絡を通してのdigital subtrac-

tion angiographyにて,左肺動脈の発育を認めた(図

2).逆行性の心室造影では,共通房室弁に1度の逆流

および側面像で肺動脈弁狭窄がみられた(図3).右房

平均圧は9mmHgで,右肺動脈と上行大動脈の直径比

は0.44,PA index(左右肺動脈断面積[mm2]/体表面

積[m2])は短絡手術前の220より290と正常値(330±

30)の下限近くまで発育していた.

 以上,心エコーおよびカテーテル検査所見よりD-

TGA,単心房,単心室(右室型),共通房室弁(1度の

逆流),肺動脈弁狭窄,半奇静脈結合を伴った下大静脈

欠損と診断した.

 本症は右室型単心室で,共通房室弁と半奇静脈結合

を伴った下大静脈欠損のため,心室中隔造設術や

Fontan型の手術適応とならないため, total cavopul一

図2 左modified BT shunt.1年4ヵ月の左肺動脈

 造影

monary shunt手術の適応と考え,1988年2月5日手

術を行った.

 手術所見および手術方法:心膜をあけると巨大な心

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平成元年5月1日 421-(105)

図3 右室型単心室,肺動脈弁狭窄

灘図4 上段:静脈造影,下段:心室造影

耳を伴った単心房がみられた.上行大動脈(直径約3

cm)は右前方,主肺動脈(直径約0.8cm)は左後方に

位置していた.

 まず,左modi丘ed B-T短絡に結紮糸をまわし,つい

で右上大静脈と右肺動脈とを露出した.ヘパリン注入

後,右上大静脈と右肺動脈を患者の成長を考慮して5-O

PDS吸収糸を用いて端側吻合し,右上大静脈血を右肺

動脈へ流した.右上大静脈遮断中,中心静脈圧は15

cmH20以内に保たれていた.左上大静脈を血管鉗子

で遮断すると,静脈圧の著明な上昇(30cmH20以上)

を認めた.

 ついで上行大動脈送血,心房脱血の部分体外循環を

開始した.

 まず,B・T短絡を結紮し,ついで主肺動脈を絹糸に

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422-(106) 日本小児循環器学会雑誌 第4巻 第3号

『鼎購

垂蕊灘

 ≒瀬ぷ滋

PRE OP CTR:56.4c「ta

講、 ㍗瓢

       .9;、605%   譜

ionary Shunt 3g ciays

図5 心胸郭比の推移

表1 血液検査所見および酸素飽和度の推移

Pre Op POB・T2Y POTotal CP IM

RBC   707×104

Hb   18.19/dl

Ht   56.3%

SaO2  78.1%

542

17.1

49.2

81.0

502

16.0

46.7

85.0

て結紮した.左上大静脈を切断し,中枢側を直接閉鎖

後,左上大静脈末梢側と左肺動脈とを5-OPDS吸収糸

を用いて端側吻合し,手術を終了した.体外循環より

の離脱には特に問題はなかった.

 術後経過:術翌日,気管内挿管チューブを抜去した.

術直後,動脈血酸素飽和度は80~85%を示した.術後

約1週間は,上大静脈圧が25~28cmH20と上昇し,頭

痛,悪心,食欲不振を訴え,高力Pリー輸液を必要と

したが,次第に症状の改善をみた.

 術後1,5ヵ月での両側頚静脈よりの静脈造影で,右上

大静脈より右肺動脈が,左上大静脈より左肺動脈が主

に造影され(図4,上段),心室造影では上行大動脈の

みが造影されている(図4,下段).

 胸部X線写真の経過を図5に,血液検査所見の推移

を表1に示した.術後の心胸郭比の変化はみられない

が,多血症の改善および動脈血酸素飽和度の改善がみ

られる.患児は術後8ヵ月の現在,NYHA重症度分類

1度で生活している.

          考  察

 単心室に対する手術として,2つの房室弁を有する

左室型単心室には,心室中隔造設術(septation)が積

極的に試みられ,施設によっては良好な成績が得られ

ているが,右室型単心室では,乳頭筋の数および付着

部位が心室中隔造設術に適していないため,Fontan

型手術が行われている2).

 1978年,川島ら1)は,下大静脈欠損,半奇静脈欠損お

よび共通房室弁を伴う単心室症例に対して,Glenn手

術(両側上大静脈であれぽ両側)を行い,肺動脈と心

室との間の連絡を断ち,冠および肝静脈血以外の体静

脈環流血をすべて直接肺動脈に導くtotal cavopu1-

monary shunt手術に成功した.

 本手術法の利点として,①動脈血酸素飽和度の上昇,

②心房の負荷軽減による心負荷の軽減,③体静脈圧の

上昇と肝静脈圧は無関係であることよりFontan型手

術に較べて肝機能への影響が少ない,④手術侵襲が比

較的少ないなどがあげられている.問題点としては冠

静脈血と肝静脈血は体動脈へ流れるため,動脈血酸素

飽和度の上昇には制限があることがあげられる.Risk

factorとして,術前より存在する高い肺血管抵抗値:お

よび房室弁の逆流などによる心不全がある1}3).自験例

では,肺動脈圧,肺血管抵抗値は測定できなかったが,

肺動脈弁狭窄があるため,肺血管抵抗値は低いと判断

した.房室弁逆流は1度のため放置した.

 川島ら4)は5例に本法を応用し,共通房室弁逆流2/4

の3例に弁置換を行っている.高肺血管抵抗による1

例を手術死で失い,他の1例を術後2ヵ月に敗血症で

失い,40%の死亡率である.本手術は術後心房圧を低

く保つことが必要で,共通房室弁逆流が2/4以上の症例

には弁置換を必要とし,また心房圧を下げるために

IABPが有効であると報告している1).遠隔期の問題点

として,側副血行路の発達,nonpulsatile pulmonary

perfusionに起因する肺動静脈シャントの増加,また

肺血管抵抗値の増大から静脈圧の上昇をきたし,門脈

への短絡形成の結果,動脈血酸素飽和度の減少が将来

生じてくる可能性などがあげられる.川島らの最長7

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Page 5: 単心房・単心室(右室型)に対するjspccs.jp/wp-content/uploads/j0403_419.pdf平成元年5月1日 421-(105) 図3 右室型単心室,肺動脈弁狭窄 ぺ灘 図4

平成元年5月1日 423-(107)

年を含む3例の経過観察では,危惧された肺内動静脈

シャソトの発生が1例にみられている5}.

             結  語

 6歳8ヵ月の下大静脈欠損と共通房室弁を伴うD

TGA,単心室(右室型)症例に対し, total cavopul-

monary shunt手術を行ったので,その経験を通して

2~3の考察とともに報告した.

 本術式は房室弁逆流に対する処置,遠隔時の肺内

シャントと含めていまだ問題点も多く,長期的経過観

察が必要であるが,機能的根治手術として利点も多く,

症例を選択して行う意義は大きいものと考える.

 本論文の要旨は著者の一人・浅井が,第10回北海道小児循

環器研究会(1988年4月16日・札幌)にて報告した.

             文  献

  1)Kawashima, K., Kitamura, S., Matsuda, H.,

   Shimazaki, Y,, Nakao, S. and Hirose, H.:

   Total cavopulmonary shunt operation in com・

  plex cardiac anomalies. J. Thorac. Cardiovasc.

  Surg.,87:74,1984.

2)黒沢博身,今井康晴,福地晋治,澤渡和男,高 英

  成:単心室に対するSeptationとFontan手術の

  適応基準と手術成績.日胸外会誌,36:1559, 1988.

3)入山 正,清水 健,岩波 洋,会田 博,坂本

  滋,白川尚哉,成田久仁夫,豊田恒良:単心房・単

  心室症に対するtotal cavopulmonary shunt手術

  による2治験例.胸部外科,39:679,1986.

4)松田 暉,広瀬 一,川島康生,ほか:単心室症に

  対する外科的治療の成績と問題点.日小循誌,1:

  10,1985.

5)Matsuda, H., Kawashima, Y., Hirose, H., Na-

  kano, S., Kishimoto, H.and Sano, T.:Evalua-

  tion of total cavopulmonary sh皿t operation

  for single ventricle with common  atrioventricular valve and left isomerism, Am.

  J.Cardiol.,581180,1986.

ATotal Cavopulmonary Shunt Operation for Single Ventricle with Single Atrium

                      YAsai, et al

Department of Thoracic and Cardiovascular Surgery, Sapporo Medical College and Hospital

  A6year-8 month old girl underwent total cavopulmonary shunt operation under the diagnosis of

D-TGA, single ventricle with single atrium, common atrioventricular valve, pulmonary stenosis,

bilateral superior vena cavae, hemiazygos continuation and abscent inferior vena cava.

   Before one year and one month of this operation, patient was received the left modified Blalock-

Taussig operation because of underdevelopment of left pulmonary artery. At the time of total

cavopulmonary shunt, the ratio of right PA/ascending aorta showed O.44 and PA index was 290.

Improvement of polycythemia and elevation of arterial oxygen saturation were obtained after

operation. Patient is doing well at 10 months after surgery. Total cavopulmonary shunt opetation is

performed only limited cases and required the long-term follow up.

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