7
17 507 1 . はじめに ボイラ水・蒸気系統に海水や冷却水の混入が発生した 場合,ボイラチューブおよび蒸気タービンの腐食が懸念 される。そのためボイラ水・蒸気系統では,適宜塩化物 イオン濃度を監視し,系統の健全性を迅速に確認する必 要がある。 JIS B 8224(2005)では,塩化物イオンの測定法と してチオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法,硝酸水銀(Ⅱ) 滴定法,硝酸銀滴定法,イオン電極法,イオンクロマト グラフ法(以下「IC法」とする)が規定されているが (1) 火力発電所等の現場では,塩化銀比濁法が採用される ケースが多い。 比濁法の一つである透過光濁度は,溶液の濁度を透過 光の減少として捉え混濁反応を呈する物質を測定する方 法であり,簡便な手法である。しかしながら,ボイラ型 式によって薬剤や液組成が異なるケースがあり,それら が混濁反応に与える影響については,必ずしも把握され ていない現状がある。 このような背景から,ボイラ給水・ボイラ水に適用で ボイラ水・蒸気系統に海水や冷却水の混入が発生した場合,ボイラ水・蒸気系統の塩化物イオン 濃度を迅速に測定し,ボイラチューブおよび蒸気タービンの腐食影響を最小限に抑える運転が要求 される。 ボイラの現場では,JIS B 8224に規定されているイオンクロマトグラフや水銀試薬を用いる分 析法ではなく,簡便な塩化銀比濁法を用いるケースが多い。しかしながら,ボイラ型式によって薬 剤や液組成が異なるケースがあり,分析条件や妨害成分について検討が十分でない現状がある。 このような背景から,簡便で水銀を使用しない塩化物イオン分析法としてボイラ給水・ボイラ水に 適用できる塩化銀比濁法を検討し,塩化物イオンを0.1mg/Lまで分析できる条件を明確にした。検討 結果を基に JIS B 8224の改正原案に適用したので紹介する。 Chloride ion contamination of boiler water can cause a number of costly problems such as chloride damage. Chloride ion analysis is required to minimize the corrosion influence of a boiler tube and a steam turbine. Silver chloride nephelometry can be analyzed easily and without mercury is often applied to a boiler water analysis, not the analysis of mercury using and ion chromatograph prescribed in JIS B 8224. However, it isn’t considered sufficiently about analysis condition and influence of interfering substance for difference case of chemicals and water composition. We introduce that we have considered a draft of JIS B 8224 that can be analyzed chloride ion of 0.1 mg/L in boiler water easily and inoffensively. ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への 塩化銀比濁法の適用 (Applicability of Silver Chloride Nephelometry for Chloride Ion Analysis in a Boiler Feed Water and a Boiler Water) 片田 美幸 *1 ・吉田 正樹 *1 ・澤津橋 徹哉 *2 (M. Katada) (M. Yoshida)  (T. Sawatsubashi) 嬉野 絢子 *2 ・稲吉 俊幸 *3 ・森山 竜吉 *4 (A. Ureshino) (T. Inayoshi)  (T. Moriyama) *1 内外化学製品株式会社 *2 三菱重工業株式会社 (NAIGAI CHEMICAL PRODUCTS CO., LTD.) (Mitsubishi Heavy Industries,LTD.) *3 中部電力株式会社 *4 株式会社テクノ中部 (CHUBU Electric Power Co.,Inc.) (Techno Chubu Company, Ltd.) 原稿受付 平成27年8月10日

ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析へ …...ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用(片田

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Page 1: ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析へ …...ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用(片田

ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用(片田 美幸・吉田 正樹・澤津橋 徹哉・嬉野 絢子・稲吉 俊幸・森山 竜吉)

17

Vol. 66 No.9 507

1.はじめに

ボイラ水・蒸気系統に海水や冷却水の混入が発生した

場合,ボイラチューブおよび蒸気タービンの腐食が懸念

される。そのためボイラ水・蒸気系統では,適宜塩化物

イオン濃度を監視し,系統の健全性を迅速に確認する必

要がある。

JIS B 8224(2005)では,塩化物イオンの測定法と

してチオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法,硝酸水銀(Ⅱ)

滴定法,硝酸銀滴定法,イオン電極法,イオンクロマト

グラフ法(以下「IC法」とする)が規定されているが(1),

火力発電所等の現場では,塩化銀比濁法が採用される

ケースが多い。

比濁法の一つである透過光濁度は,溶液の濁度を透過

光の減少として捉え混濁反応を呈する物質を測定する方

法であり,簡便な手法である。しかしながら,ボイラ型

式によって薬剤や液組成が異なるケースがあり,それら

が混濁反応に与える影響については,必ずしも把握され

ていない現状がある。

このような背景から,ボイラ給水・ボイラ水に適用で

  ●  

ボイラ水・蒸気系統に海水や冷却水の混入が発生した場合,ボイラ水・蒸気系統の塩化物イオン

濃度を迅速に測定し,ボイラチューブおよび蒸気タービンの腐食影響を最小限に抑える運転が要求

される。

ボイラの現場では,JIS B 8224に規定されているイオンクロマトグラフや水銀試薬を用いる分

析法ではなく,簡便な塩化銀比濁法を用いるケースが多い。しかしながら,ボイラ型式によって薬

剤や液組成が異なるケースがあり,分析条件や妨害成分について検討が十分でない現状がある。

このような背景から,簡便で水銀を使用しない塩化物イオン分析法としてボイラ給水・ボイラ水に

適用できる塩化銀比濁法を検討し,塩化物イオンを0.1mg/Lまで分析できる条件を明確にした。検討

結果を基にJIS B 8224の改正原案に適用したので紹介する。

Chloride ion contamination of boiler water can cause a number of costly problems such as chloride damage. Chloride ion analysis is required to minimize the corrosion influence of a boiler tube and a steam turbine.

Silver chloride nephelometry can be analyzed easily and without mercury is often applied to a boiler water analysis, not the analysis of mercury using and ion chromatograph prescribed in JIS B 8224. However, it isn’t considered sufficiently about analysis condition and influence of interfering substance for difference case of chemicals and water composition.

We introduce that we have considered a draft of JIS B 8224 that can be analyzed chloride ion of 0.1 mg/L in boiler water easily and inoffensively.

  ●  

ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用

(Applicability of Silver Chloride Nephelometry for Chloride Ion Analysis in a Boiler Feed Water and a Boiler Water)

片田 美幸*1・吉田 正樹*1・澤津橋 徹哉*2

(M. Katada)   (M. Yoshida)  (T. Sawatsubashi)

嬉野 絢子*2・稲吉 俊幸*3・森山 竜吉*4

(A. Ureshino)   (T. Inayoshi)  (T. Moriyama)

*1内外化学製品株式会社 *2三菱重工業株式会社(NAIGAI CHEMICAL PRODUCTS CO., LTD.) (Mitsubishi Heavy Industries,LTD.)*3中部電力株式会社 *4株式会社テクノ中部(CHUBU Electric Power Co.,Inc.) (Techno Chubu Company, Ltd.) 原稿受付 平成27年8月10日

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火 力 原 子 力 発 電

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Sep. 2015508

きる汎用性のある分析条件を明確化する目的で塩化銀比

濁法の検討を実施した。検討結果を基にJIS B 8224の

改正原案に適用したので,以下に報告する。

2. 塩化銀比濁法の測定原理および他の分析法との比較

塩化銀比濁法は,試料中塩化物イオンと試薬中銀イオ

ンとが反応して生成した塩化銀のコロイド溶液に光を入

射した際の光の散乱によって減少する透過光の強度を見

掛けの吸光度として測定する方法である(図1)。

JIS B 8224(2005)に規定されているボイラの給水

およびボイラ水の塩化物イオンの測定法のうち, チオシ

アン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法,硝酸水銀(Ⅱ)滴定法な

らびにIC法について比較したものを表1に示す。

チオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法および硝酸水銀(Ⅱ)

滴定法は,比較的安価で分析時間も短い利点があるが,

反応試薬に有害物質である水銀化合物を使用するという

欠点がある。水銀化合物は水俣病を代表とする水銀中毒

の原因となること(2),水質汚濁防止法により排出が制限

されていることから,廃液などの取り扱いに十分注意す

る必要がある。IC法は,有害物質を使用しないが,測

定装置が高価で測定時間は吸光光度法と比較すると長い

欠点がある。一方,塩化銀比濁法は反応試薬に有害物質

を含まず,吸光光度計で簡便に短時間に測定することが

可能である。

図1 塩化銀比濁法反応模式図

表1 塩化物イオン分析方法の比較

チオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法*1

硝酸水銀(Ⅱ)滴定法*1 IC法*2

装置価格 安価 -(装置不要) 高価分析時間 10分前後 5分以内 20分前後有害物質 水銀 水銀 無定量下限 0.4mg/L 1mg/L 0.1mg/L*1 光路長10mmガラスセル使用時のセル内溶液中の定量下限を示す。*2 IC法はノンサプレッサー方式の場合の定量下限を示す。

3.試験条件および方法

3.1 測定波長の検討

財津ら(3)の方法を参考とし,塩化物イオン標準液(関

東化学㈱製JCSS Cl- 1 000)により塩化物イオン濃度

1.0~10mg/Lに調製した試料を比色管に5mLとり,

0.2mol/L硝酸(キシダ化学製特級試薬)を5mL加え

て振り混ぜ,次いで0.01mol/L硝酸銀(関東化学製特

級試薬)を5mL加えて再び振り混ぜ,吸収スペクトル

を測定した。測定波長340~750nm,反応時間10~60

分での吸光度の変動係数を求め測定波長を決定し,以降

の分析条件とした。

3.2 反応時間の検討

実機サンプルまたは塩化物イオン標準液により塩化物

イオン濃度0~10mg/Lに調製した試料を比色管に

25mLとり,2mol/L硝酸を1mL加えて振り混ぜ,次

いで0.02mol/L硝酸銀を5mL加えて再び振り混ぜ,反

応時間0~60分間の吸光度の経時変化を測定し,最適

な反応時間を検討した。

なお,JIS B 8224の改正原案に適用することを考慮

し,試料量,反応試薬濃度および反応試薬量を設定し,

以降の検討においても同様の条件とした。

3.3 定量下限の検討

塩化物イオン濃度0.20~10mg/Lに調製した試料を

用い,光路長10mmおよび50mmガラスセルのそれぞれ

について10回繰返し分析し定量下限を算出した。また,

ボイラ水処理方式として酸素処理を適用している実設備

から採取した酸電気伝導率0.007mS/mである事業用復

水(以下清浄実サンプル)を用い,塩化物イオン濃度

0.025~1.5mg/Lとなるよう標準液で調整し,3回繰返

し分析を行った時の変動係数を算出し,他の分析方法と

比較した。

3.4 ろ過材の検討

ろ紙5種C,1μm孔径ガラス繊維ろ紙,0.45μm孔

径親水性PTFEメンブレンフィルタおよび0.45μm孔径

酢酸セルロースメンブレンフィルタを用い,吸光度を3

回繰返し測定し,本測定法に適したろ過材を検討した。

ろ過はJIS B 8224(2005)4.3に従い,試料100mL

のうち初めのろ4

液約50mLを捨て,その後のろ4

液を使用

した(1)。

3.5 濁度および色度の影響

酸素処理を適用している実設備から意図的に懸濁鉄

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ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用(片田 美幸・吉田 正樹・澤津橋 徹哉・嬉野 絢子・稲吉 俊幸・森山 竜吉)

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Vol. 66 No.9 509

(Fe:0.65mg/L,濁度:14度)を含む事業用復水(以

降は懸濁実サンプルとする)を採取し,塩化物イオン標

準液を用いて塩化物イオン濃度0.50mg/Lとなるよう調

製してろ過前後の測定値の比較を行い,濁度影響を検討

した。また,ボイラ水において脱酸素剤として用いられ

る没食子酸(0~500mg/L,色度:0~520度)を用い,

有機物による着色試料を測定し,色度影響を検討した。

3.6 妨害物質の検討

JIS B 8224(2005)に規定されている塩化物イオン

分析法に記載のある妨害物質(F-,Br-,I-,CN-,

S2O32-,S2-)10 mg/Lが共存する塩化物イオン濃度1.0

mg/Lを含有する試料を調製し,妨害の有無を確認した。

光路長10mmガラスセルを用い,2回繰返し測定を実施

した。また,ボイラ薬剤として使用される脱酸素剤(ヒ

ドラジン:1.0~50mg/Lおよび亜硫酸ナトリウム:

50mg/L)ならびに分散剤(ポリアクリル酸ナトリウム:

20 mg/L,ポリマレイン酸:25mg/Lおよびグルコン

酸ナトリウム50mg/L)についても妨害の有無を確認し

た。なお,ヒドラジンは硫酸ヒドラジンおよびヒドラジ

ン一水和物について検証した。さらに亜硫酸ナトリウム

およびポリアクリル酸ナトリウムについては,妨害を除

去する方法についても検討した。

3.7 測定試料温度の検討

塩化物イオン濃度10mg/Lとなるよう調製した試料を

恒温槽で10~50℃に温度調整し,測定時水温が測定結

果に与える影響を検討した。検量線は室温22~25℃で

作成したものを使用した。

3.8 測定試料pHの検討

実機サンプルである軟化水(pH7~9),りん酸塩処

理ボイラ水(塩化物イオン標準液にて塩化物イオンを添

加,pH9~11)およびアルカリ処理ボイラ水(小型貫

流ボイラ,pH11~12)の合計8試料について,塩化銀

比濁法およびIC法で測定し比較した。

4.結果および考察

4.1 測定波長の検討

塩化銀比濁法では,測定波長340(ボイラ水処理メー

カ),420(火力発電所現場分析),440(3)および750(4)

nmの測定波長が使用されている。これら使用実績のあ

る4波長について,塩化物イオン濃度1.0~10mg/L時

の各測定波長に対する測定値の変動係数を表2に示す。

各測定値は,試薬反応後10分後から10分毎に60分まで

吸光度を測定し,その6回の平均値とした。表2に示す

ように,測定波長340および750nmの変動係数は10%

を超え,420および440nmの変動係数は10%以下で

あったが,変動係数の最も小さい440nmを測定波長と

して決定した。以降の分析においてはすべて測定波長

440nmを採用した。

表2  各波長に対する時間変化による塩化物イオン測定値の変動係数(%)(n=6)

測定波長(nm)

塩化物イオン濃度(mg/L)1.0 2.0 5.0 10

340 0.8 3.3 6.6 11.6420 5.7 0.9 1.4 3.3440 3.6 0.6 1.2 3.6750 2.7 6.7 16.0 21.6

4.2 反応時間の検討

塩化物イオン濃度0.20~10mg/Lを含む試料の時間

経過による吸光度の変化を図2に示す。吸光度は5~

10分後に最大となり,その後低下した。反応試薬添加

後5分毎の吸光度から検量線を作成し,その一例を図3

に示す。5~40分における検量線の決定係数(R2値)

は0.9990以 上 で あ り,45分 以 上 のR2値 は0.9972~

0.9988であった。また,塩化物イオン濃度10mg/Lに

おいて,最大の吸光度を示したのは10分後であり,反応

試薬添加後30分間までは,最大吸光度の5%以内であっ

たため,反応時間は反応試薬添加後10~30分に決定し,

以降の分析においてはすべて反応時間10分とした。

図2 波長440nmにおける時間経過による吸光度の変化

図3 反応時間を変更した際の検量線の一例

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火 力 原 子 力 発 電

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Sep. 2015510

4.3 定量下限の確認およびその他の分析法との比較

光路長10mmおよび50mmガラスセルを用い10回繰

返し分析した際の各試料の変動係数をそれぞれ表3およ

び表4に示す。表3および表4に示すように,変動係数

が10%以下となる最小の塩化物イオン調整濃度は,光

路長10mmセル使用時は0.2mg/L(変動係数5.2%),

光路長50mmセル使用時は0.1mg/L(変動係数3.7%)

であり,これらの値をそれぞれのセル使用時の定量下限

とした。

表3  光路長10mmセルで塩化物イオンを測定した際の変動係数(%)(n=10)

調製濃度(mg/L) 0 0.10 0.20 0.50 1.0 10平均値(mg/L)-0.05 0.08 0.21 0.46 0.95 10.1

標準偏差 0.0034 0.017 0.011 0.0050 0.012 0.061 変動係数(%) 6.2 20.0 5.2 1.0 1.3 0.6

表4  光路長50mmセルで塩化物イオンを測定した際の変動係数(%)(n=10)

調製濃度(mg/L) 0 0.04 0.10 0.20 1.0 2.0平均値(mg/L)-0.01 0.02 0.10 0.19 1.01 1.99

標準偏差 0.0027 0.0035 0.0037 0.0096 0.0096 0.011変動係数(%) 50.3 21.2 3.7 4.9 1.0 0.6

次に,清浄実サンプルを塩化物イオン標準液で0.025

~1.5mg/Lとなるように調製した試料について,光路

長50mmセルで分析したときの変動係数を表5に示す。

塩化物イオン濃度0.10mg/Lに調製した試料の変動係数

は10%以下(8.0%)であり,定量下限は0.1mg/Lであっ

た。さらに,清浄実サンプルを用いた定量下限付近にお

ける測定値を他の分析法と比較した結果を図4に示す。

表5  定量下限付近の清浄実サンプルに対する変動係数(n=3)

塩化物イオン濃度(mg/L)0.025 0.10 0.50 1.5変動係数(%) 70 8.0 1.3 1.4

図4  定量下限付近における他の分析法との塩化物イオン測定値比較(n=3)

塩化物イオン濃度を0.10mg/Lおよび0.50mg/Lに調

製した試料において,両濃度とも塩化銀比濁法,IC法

およびチオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法では同程度の

測定値であった。したがって,定量下限付近においても

他の分析法と同等の測定値が得られ,火力発電所実サン

プルに塩化銀比濁法が適用できることを確認した。

4.4 ろ過材の検討

各ろ過材を用い,塩化物イオン1.0~10mg/Lの溶液

を通液した際の塩化物イオン濃度分析結果を表6に示

す。塩化物イオン濃度を10mg/Lに調製した場合,ガラ

ス繊維ろ紙,親水性PTFEメンブレンフィルタおよび酢

酸セルロースメンブレンフィルタについては,ろ過しな

い場合と比較し,測定値が5%以内であった。一方,ろ

紙5種Cにおいては約15%の測定値低下を確認した。

塩化物イオン濃度5.0mg/Lおよび10mg/Lに調製した

試料を,ろ紙5種Cでろ過しIC法で分析した結果,測

定値はそれぞれ4.9mg/Lおよび10.1mg/Lであり,ろ

紙への吸着がないことを確認した。ろ紙5種Cではろ液

に何らかのろ紙成分が溶出し,塩化銀生成に影響を及ぼ

し測定値が低下したと考える。したがって,塩化銀比濁

法に使用するろ過材は,ガラス繊維ろ紙,親水性PTFE

メンブレンフィルタおよび酢酸セルロースメンブレン

フィルタから選択するのが望ましい。

表6 各ろ過材による塩化物イオン測定値への影響

塩化物イオン濃度(mg/L) ろ過なし

ろ過材

5種C ガラス繊維 PTFE 酢酸セル

ロース1.0 1.1 1.3 1.0 1.1 1.12.0 2.1 1.8 2.0 2.2 2.15.0 4.9 4.5 5.2 5.0 4.810 10.0 8.5 10.3 10.0 9.7

4.5 濁度および色度の検討

鉄による懸濁試料(懸濁実サンプル)のろ過前後の測

定値を図5に示す。ろ過を行わなかった場合,塩化銀比

濁法およびチオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法は調製し

た濃度の約3倍の測定値を示し妨害を生じた。一方,ろ

過を行った試料については,塩化銀比濁法,IC法およ

びチオシアン酸水銀(Ⅱ)吸光光度法の何れにおいても

同等の濃度(0.50~0.52mg/L)となり,妨害を生じな

かった。給水およびボイラ水中の鉄は,溶存,錯体,懸

濁状など種々の形態で存在する(5)。しかし,給水やボイ

ラ水環境においては鉄の溶解度が低く,そのほとんどが

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ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用(片田 美幸・吉田 正樹・澤津橋 徹哉・嬉野 絢子・稲吉 俊幸・森山 竜吉)

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Vol. 66 No.9 511

懸濁鉄(揮発性物質処理ではマグネタイト,酸素処理で

はヘマタイト)であると考えられる(6)。ろ過材を用いて

ろ過することによって,ほとんどの懸濁鉄が除去される

ため,分析時の妨害を防ぐことができたと考える。した

がって,鉄による懸濁試料は,ろ過することによって懸

濁鉄が除去され,塩化物イオンの分析が可能であると言

える。

図5 鉄による懸濁試料の塩化物イオン分析結果

次に,没食子酸を0~500mg/L添加した試料の分析

結果を表7に示す。没食子酸を含む場合,10mg/L以上

で10%以上の正の妨害があることを確認した。没食子

酸のような有機物による色度成分を含む試料の場合,ろ

過や標準添加法を実施しても妨害を除去することはでき

なかったため,IC法など他の分析法を採用する必要が

ある。

表7  没食子酸が共存する場合の塩化物イオン分析結果の一例(Cl-:1.0mg/L)

没食子酸濃度(mg/L)色度(度) 塩化物イオン濃度(mg/L)0 <2 1.025 6 0.9810 11 1.1050 53 1.36100 105 1.92500 520 6.46

4.6 妨害物質の検討

JIS B 8224(2005)に規定されている塩化物イオン

分析法の妨害物質の影響について検討した結果を表8に

示す。ふっ化物イオン以外は正の妨害を示した。臭化物

イオン,よう化物イオンおよび硫化物イオンは,試薬中

の銀イオンと反応し,それぞれ臭化銀,よう化銀および

硫化銀の溶解度が低く不溶性の沈殿を生成するため妨害

を生じたと考える(7)。

表8  塩化物イオン1.0mg/Lと各共存物質を含む試料の塩化物イオン分析結果

F- Br- I- CN- S2O32- S2-

塩化物イオン濃度(mg/L)

1.0 8.1 7.2 11.8 10.3 7.6

また,シアン化物イオン,チオ硫酸イオンにおいても

試薬中の銀イオンと反応して沈殿を生成ないし錯体を生

成し着色したことにより妨害を生じたと考える。

次に,塩化物イオン濃度を5.0mg/Lに調製し,硫酸

ヒドラジンおよびヒドラジン一水和物を用いヒドラジン

濃度0~10mg/Lとなるように添加した試料の塩化物イ

オン濃度分析結果を図6に示す。さらに,塩化物イオン

濃度を1.0mg/Lに調製した試料に,硫酸ヒドラジン,

亜硫酸ナトリウム,ポリアクリル酸ナトリウム,ポリマ

レイン酸およびグルコン酸ナトリウムを添加し,塩化物

イオン濃度を分析した分析結果を表9に示す。

図6 ヒドラジンが共存する場合の塩化物イオン分析結果

表9 薬剤添加時の塩化物イオン分析結果

添加薬剤名および添加濃度 塩化物イオン濃度(mg/L)薬剤無添加 1.0

硫酸ヒドラジンN2H4:50mg/L 0.97

亜硫酸ナトリウム50mg/L 0.81

ポリアクリル酸ナトリウム20mg/L 0.48

ポリマレイン酸25mg/L 0.89

グルコン酸ナトリウム50mg/L 0.83

表9ならびに図6より,ヒドラジンが1.0~50mg/L

共存する場合でも分析結果に影響はなかったが,ヒドラ

ジン以外の薬剤では20~50%程度測定濃度が低下し,

負の妨害が生じた。亜硫酸ナトリウムはハロゲン化銀を

溶解させることが知られており(8),塩化銀の溶解度が上

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22

Sep. 2015

昇し,塩化銀の微粒子の生成が抑制されたためであると

考える。また,グルコン酸は鉄など金属の錯化合物形成

作用があることが知られており(9),グルコン酸やポリア

クリル酸などの分散剤と銀イオンとが反応し錯化合物を

形成し,塩化銀の生成を抑制したため,負の妨害を生じ

たと考える。

次に,特に妨害が顕著であった亜硫酸ナトリウムおよ

びポリアクリル酸ナトリウムについて,妨害を除去する

方法を検討した。硝酸水銀(Ⅱ)滴定法においては亜硫

酸イオンの妨害を除去する方法として過酸化水素(1+

1)を加えるため,亜硫酸ナトリウムの妨害については

過酸化水素による酸化除去法を検討した。亜硫酸ナトリ

ウム500mg/L,塩化物イオン1.0mg/Lの試料に過酸化

水素(1+1)を加えた時の測定結果を表10に示す。

亜硫酸ナトリウムを含む場合には,過酸化水素であらか

じめ酸化することにより妨害を防ぐことが可能であるこ

とを確認した。ただし過剰に過酸化水素を添加した場合,

測定値が低下したため添加量には注意する必要がある。

次に,ポリアクリル酸ナトリウムを含む試料の標準添

加法による分析結果の一例を図7に示す。塩化物イオン

濃 度1.0mg/L, ポ リ ア ク リ ル 酸 ナ ト リ ウ ム 濃 度

100mg/Lとなるよう調製した試料を標準添加法で分析

した結果,測定値は1.0mg/Lとなった。表9に示すよ

うに,ポリアクリル酸ナトリウムを含む試料は検量線法

で分析を行った場合負の妨害を生じるが,標準添加法で

測定を行った場合は,妨害を一律に受けるため測定値へ

の影響が回避できることを確認した。したがって,ボイ

ラ薬剤にポリアクリル酸ナトリウムを使用している場合

は,標準添加法を採用する必要がある。

図7  ポリアクリル酸ナトリウムを含む試料の標準添加法による塩化物イオン分析結果

表10 亜硫酸イオンを含む試料の塩化物イオン分析結果

過酸化水素(1+1)添加量(μL) 0 50 100 500

塩化物イオン濃度(mg/L) 0.70 1.0 1.0 0.86

4.7 測定試料温度の検討

塩化物イオン濃度10mg/Lとなるように調整した試料

について,水温を13~44℃に調節した際の塩化物イオ

ン分析結果を表11に示す。試料温度が13℃で測定値が

若干減少(8%程度)し,試料温度が22℃以上では分

析結果に大きな影響はなかった。試料温度が低い場合塩

化銀のコロイドの成長および凝集が阻害され,吸光度が

低下し測定値は低くなったと考える。したがって,特に

冬場の低温時には測定水温に注意する必要がある。

表11 試料温度が塩化物イオン分析結果に与える影響

試料温度(℃) 塩化物イオン濃度(mg/L)13 9.222 9.824 10.137 9.844 10.2

4.8 測定試料pHの検討

pH7.4~11.8の実機サンプルを塩化銀比濁法および

IC法で分析した結果を表12に,塩化銀比濁法およびIC

法での測定値比較を図8に示す。実機サンプルにおいて,

塩化銀比濁法とIC法とを比較した場合の傾きは1.033,

R2値は0.9996であり,塩化銀比濁法とIC法の相関は良

好だった。したがってpH 7~12までは測定結果に影響

はなくJIS B 8223(2006)で規定されているボイラ

の給水ならびにボイラ水の水質であれば,塩化銀比濁法

での分析に問題はないと考える。

表12 試料pHが異なる検体の塩化物イオン分析結果の比較

測定試料由来 試料pH 塩化銀比濁法(mg/L)IC法(mg/L)

軟化水 7.4 9.6 9.88.1 2.4 2.4

りん酸塩処理ボイラ水

9.2 1.2 1.49.2 2.9 2.89.2 6.3 5.8

アルカリ処理ボイラ水

11.6 91 9411.6 60 6111.8 49 52

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ボイラの給水およびボイラ水中塩化物イオン分析への塩化銀比濁法の適用(片田 美幸・吉田 正樹・澤津橋 徹哉・嬉野 絢子・稲吉 俊幸・森山 竜吉)

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Vol. 66 No.9

図8 塩化銀比濁法とIC法との塩化物イオン測定値の比較

5.まとめ

塩化銀比濁法は,硝酸銀と塩化物イオンの混濁反応で

生成したコロイドを透過光の減少として捉えて測定する

簡便な手法であり,ボイラの現場で多用されている。今

回,分析条件(波長,反応時間,温度,pH),前処理(ろ

過材,濁度成分,色度成分),妨害物質(ハロゲン化物

イオン,添加剤,他)および分析精度の検討を実施した。

検討の結果を基に,塩化銀比濁法の分析条件を表13の

とおり選定し,JIS B 8224改正原案に反映した。

表13 塩化銀比濁法の分析条件

試料量 25mL反応試薬 2mol/L硝酸1mL 0.02mol/L硝酸銀5mL定量下限 0.1mg/L(50mmセル) 0.2mg/L(10mmセル)

(変動係数10%以下)測定波長 440nm反応時間 10~30分反応温度 25℃前後ろ過材 ガラス繊維ろ紙,PTFE,酢酸セルロース

妨害物質 SO32-,I-,Br-,CN-,S2O3

2-,ポリアクリル酸Na,ポリマレイン酸,グルコン酸Na

参 考 文 献

(1)JIS B 8224(2005)ボイラの給水及びボイラ水‐

試験方法

(2)平成27年版環境白書・循環型社会白書・生物多様

性白書 p.314

(3)財津ら:分析化学,33,p.149-153(1984)

(4)JIS K 1403(2006)二クロム酸ナトリウム二水

和物4.3(3)

(5)社団法人日本ボイラ協会(編)ボイラーの水管理

<知識と応用>(2001)

(6)JIS B 8223(2006)ボイラの給水及びボイラ水

の水質

(7)日本化学会(編)化学便覧 改訂5版(2004)

(8)瓜生,小川:日本写真学会会誌,15,p.50-58(1952)

(9)丸亀ら:生活衛生,49,p.351-356(2005)

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