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グローバルアジア・レヴュー 第8号 1 グローバルアジア・レヴューに期待すること Growing Together “We are the world. We are the Children. ♪” 先日、広大なユーラシア大陸上空の機内で 1985 年に製作された”We are the world”の録音秘話を 収めたフィルムを観た。画面ではクインシー・ジョーンズが、ライオネル・リッチーが、マイケル・ ジャクソンが躍動していた。観終わってふと思った。愛を謳い、世界は一つになると無邪気な希望に 満ちていたあの空気はどこに行ったのだろうかと。 昨年末、ポーランドのカトヴィツェで COP24 が開かれた。 2 週間の激論の末 ”Pledge & Review” 方式とはいえ全員参加型のパリ協定ルールが合意された。人類の成長にエネルギー供給は不可欠だが 一方で未来世代に持続可能な美しい地球を引き継ぐことも私たち世代の責務である。 日本エネルギー経済研究所のアウトルック 2019 によると、世界の一次エネルギー消費量は 2016 年か ら 2050 年にかけて 1.4 倍に増加する。これは現在の中国があと二つ増えることに相当する。その中身 を見ると消費量増加の実に 6 割がアジアに起因する。 昨今は省エネルギー技術が進展し、一部先進国では経済成長とエネルギー消費のデカップリングが 進行している。とはいえ多くの発展途上国では今後も人口増加や経済成長と共にエネルギー消費も増 大する。エネルギーと環境はコインの裏表の関係で、エネルギー消費が増大すれば温室効果ガス排出 も増加する。成長を止める権利は誰にもない。成長と温暖化のジレンマにどう立ち向かうかだ。これ を解決するのが技術革新でありエンジニアリングだ。 更なる技術進展を見込んだシナリオが実現すれば世界のエネルギー起源 CO2 排出量は 2050 年にむ しろ減少すると考えられている。その場合の排出量削減の中心もまたアジアであり、非 OECD が世界 の 4 分の 3 を占める。中でも中国では現在の EU の排出量 3.2Gt に匹敵する量が削減される可能性が ある。つまり、30 年後の地球の未来をエネルギーや環境の視点で見た場合、良くも悪くも中国やイン ドを含めたアジアがどう発展していくかにかかっている。日本の技術力がここで生きる。 過去、日本とアジアの関係はともすると先進国と途上国という関係にあった。その間には水が上流 から下流に流れるがごとく資金援助や技術移転という関係が成り立っていたが、アジア諸国の成長と コネクティビティ(国際連結性)の強化によって将来は双方向かつマルチラテラルな関係に発展して いく。日本企業も国内にとどまっていては成長もありえず、海外での発展が不可欠だ。また国内にお いては少子高齢化に対峙してデジタル化が促進され、女性や高齢者が生き生きと活躍し、海外からの 多くの人たちに支えられて行くだろう。技術や金融や人財は国境を越え、「課題を解決し、未来への希 望を叶える」ため移動する。これからの日本に必要なものは「Growing Together」の精神だ。今後と も自由で多様な意見や新しい視点を提供する建設的な議論を期待したい。 We are the world の歌詞はこう続く。 ”We are the ones who make a brighter day.” 2019 年 1 月 16 日 日揮株式会社副会長 川名浩一

Growing Together · 収めたフィルムを観た。画面ではクインシー・ジョーンズが、ライオネル・リッチーが、マイケル・ ジャクソンが躍動していた。観終わってふと思った。愛を謳い、世界は一つになると無邪気な希望に

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Page 1: Growing Together · 収めたフィルムを観た。画面ではクインシー・ジョーンズが、ライオネル・リッチーが、マイケル・ ジャクソンが躍動していた。観終わってふと思った。愛を謳い、世界は一つになると無邪気な希望に

グローバルアジア・レヴュー 第8号

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グローバルアジア・レヴューに期待すること

Growing Together “We are the world. We are the Children. ♪” 先日、広大なユーラシア大陸上空の機内で 1985 年に製作された”We are the world”の録音秘話を収めたフィルムを観た。画面ではクインシー・ジョーンズが、ライオネル・リッチーが、マイケル・ジャクソンが躍動していた。観終わってふと思った。愛を謳い、世界は一つになると無邪気な希望に満ちていたあの空気はどこに行ったのだろうかと。 昨年末、ポーランドのカトヴィツェで COP24 が開かれた。 2 週間の激論の末 ”Pledge & Review”方式とはいえ全員参加型のパリ協定ルールが合意された。人類の成長にエネルギー供給は不可欠だが一方で未来世代に持続可能な美しい地球を引き継ぐことも私たち世代の責務である。 日本エネルギー経済研究所のアウトルック 2019 によると、世界の一次エネルギー消費量は 2016 年から 2050 年にかけて 1.4 倍に増加する。これは現在の中国があと二つ増えることに相当する。その中身を見ると消費量増加の実に 6割がアジアに起因する。 昨今は省エネルギー技術が進展し、一部先進国では経済成長とエネルギー消費のデカップリングが進行している。とはいえ多くの発展途上国では今後も人口増加や経済成長と共にエネルギー消費も増大する。エネルギーと環境はコインの裏表の関係で、エネルギー消費が増大すれば温室効果ガス排出も増加する。成長を止める権利は誰にもない。成長と温暖化のジレンマにどう立ち向かうかだ。これを解決するのが技術革新でありエンジニアリングだ。 更なる技術進展を見込んだシナリオが実現すれば世界のエネルギー起源CO2排出量は 2050 年にむしろ減少すると考えられている。その場合の排出量削減の中心もまたアジアであり、非OECD が世界の 4 分の 3 を占める。中でも中国では現在の EU の排出量 3.2Gt に匹敵する量が削減される可能性がある。つまり、30 年後の地球の未来をエネルギーや環境の視点で見た場合、良くも悪くも中国やインドを含めたアジアがどう発展していくかにかかっている。日本の技術力がここで生きる。 過去、日本とアジアの関係はともすると先進国と途上国という関係にあった。その間には水が上流から下流に流れるがごとく資金援助や技術移転という関係が成り立っていたが、アジア諸国の成長とコネクティビティ(国際連結性)の強化によって将来は双方向かつマルチラテラルな関係に発展していく。日本企業も国内にとどまっていては成長もありえず、海外での発展が不可欠だ。また国内においては少子高齢化に対峙してデジタル化が促進され、女性や高齢者が生き生きと活躍し、海外からの多くの人たちに支えられて行くだろう。技術や金融や人財は国境を越え、「課題を解決し、未来への希望を叶える」ため移動する。これからの日本に必要なものは「Growing Together」の精神だ。今後とも自由で多様な意見や新しい視点を提供する建設的な議論を期待したい。 We are the world の歌詞はこう続く。 ”We are the ones who make a brighter day.”

2019 年 1 月 16 日 日揮株式会社副会長

川名浩一

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崖、呪い、罠。これらの単語は、社会科学から縁遠いように一見思われる。だが 21 世紀の政治経済のキーワード、即ち「財政の崖」「中所得国の罠」「天然資源の呪い」である。 「罠」が含意するのは、戦術的に騙して虜にする仕掛けである。中所得国の罠は誰によって仕掛けられたのか。否、特定の意思によるものではなく、歴史的に馴致されるものか。 アジアにおいて見られる罠の 1つが、内陸国の罠である。内陸国とは海岸線がない国であり、国連海洋法条約(1994 年)では内陸国の海洋アクセス権が認められた。法的前提からは、内陸国も沿岸諸国も安全保障環境、通商環境に大差がないはずである。 しかし現実には、1)海軍力不在ゆえの軍事不均衡による同盟の停頓、2)貧弱な接続性に起因する多くの貿易障壁と貿易不均衡が見られる。なぜ内陸国は、軍事的にも経済的にも沿岸国に優れないのか。そこには内陸性に起因する限界があるのではないか。これを筆者は「内陸国の罠」と呼ぶ。 ただし内陸論の命題自体にも問題はある。内陸国は数が寡少で、沿岸国との比較は至当ではない。アジアの内陸国境は近代史の産物であり、海岸線の有無はその結果に過ぎない。 これらの問題を超越した命題の重さを雄弁に物語るのは、ユーラシアの両巨頭たる中ロに挟まれた現代のモンゴル外交である。第一に、モンゴルは協調的安全保障を渇望しその最適環境を醸成しようとする。四方を他国に包囲されているがゆえに一定の善隣外交が求められ、ウランバートル対話(UBD)やアジア信頼醸成措置会議(CICA)のように協調的安全保障の余地が大きい。同じユーラシアの西、ラテン半島の中欧内陸部では、欧州安保協力機構(OSCE)にみられるように協調的安全保障の制度

化が進む。内陸国は結果的に、同盟よりも協調的安全保障を志向し、地域の牽引役にはなりにくい。それでは翻って、かつてのモンゴルが内陸発にもかかわらず世界帝国を築けたのは、なぜか。 第二に、モンゴルは接続性が低い。世界の主要物流は、沿岸国・島嶼国発着の海運である。海が陸に従属したシルクロードの時代と現代との決定的異同は、陸路と海路の利便性と危険性、隊商と海賊の差異以上のものか。エア・パワーや宇宙軍の時代に、内陸性の意味はどう変化するのか。同じ陸でもラテン半島とモンゴルは同じユーラシアに位置しながら、前者はバルト海に発する翡翠の道(Amber road)と絹の道(Silk Road)の交差点として接続性が高く、後者は一帯一路のメインルートから外れる。 この視座は、アジア内陸部の安全と発展の鍵、ひいては海上国家として富と権力を築いた欧米に対するアジア復権の源泉を示唆している。もしアジアが内陸国の罠から逃れることができれば、ユーラシアの栄光の時代は、世界史に再び訪れる。

筆者紹介:立命館大学教授。北東アジアエネルギー安全保障研究所(CESNA)副理事長 専門は、国際政治学、安全保障論。

内陸国の罠 宮脇 昇

国際アジア共同体学会副理事長、立命館大学教授

●巻頭言●

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グローバルアジア・レヴュー 第8号

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論文要旨 • 中国の東アジア共同体論を複合的アプローチから分析する。

• 新たな国際情勢と東アジア統合を考える。 • 東アジア的規範の構築が課題であることを指摘する。 本稿は、昨年国際アジア共同体学会から岡倉天心

研究奨励賞を賜った拙著『台頭する中国における東アジア共同体論の展開――戦略・理論・思想』(花書院、2018)の内容を踏まえ、地球化時代の東アジア統合を考えたい。 1.中国における東アジア共同体論/東アジア論の展開 台頭する中国はいかなる地域戦略を講じ、どのよ

うな地域主義像を持ち、いかなる価値や規範を構築しようとしているのだろうか。これらの問題を解明するために、拙著では、中国政府およびそのシンクタンク、ブレーンから、哲学者や思想史研究者まで、中国の東アジア共同体論/東アジア論を外交戦略・国際関係理論・思想という複合的アプローチから分析した。その結果、「政略的ツールとしての東アジア」、「新地域主義に基づく秩序・規範としての東アジア」、「価値・認知の媒介としての東アジア」という相互に関連し合う三つの東アジア像を浮かび上がらせることができた。 結論からいえば、中国における東アジア共同体論

/東アジア論の展開は、基本的に 1989 年前後の地政学的外交戦略から出発し、1990 年代の地域的多国間枠組みの実践と地域主義理論の吸収をともない、2000 年以降、平和的台頭の大国戦略へと発展し、同時に東アジアの抱える歴史思想的課題へと深化していくという軌跡をたどっていると考えられる。

(1)外交戦略の視座 中国を取り巻く国内外状況の急変期であり新地

域主義の世界的な興隆期でもある 1980年代末から、「平和的台頭」「運命共同体」が頻繁に論じられるようになった 2010年代前半にかけての長いタイムスパンで東アジア戦略の変遷を考察した。具体的には、中国指導部のブレーンやシンクタンクが展開する東アジア戦略構想/東アジア共同体論を時系列的に追い、アメリカの「世界帝国化」戦略を意識した地政学的思考に基づく「東アジア経済政治共同体」論(1980 年代末~1990 年代半ば)、大国であることを自覚した台頭戦略としての東アジア戦略/東アジア共同体論(地域主義の戦略的価値を重視する「東アジア一体化戦略」や「東アジア安全共同体論」など)(1990 年代後半~2000 年初頭)、国際秩序の変革と結びついた東アジア地域主義戦略論や東アジア秩序の再構築を目標とする東アジア地域戦略、「アジア運命共同体」論(2009 年以降)といった多彩な東アジア戦略論/東アジア共同体論を取り上げた(拙著、第 2章)。 この視座から見えてくるのは、東アジアを中国の

依拠する「戦略的地帯」として位置付け、地域主義を戦略的手段として推進する「政略的ツールとしての東アジア」像である。 (2)国際関係理論の視座 中国における国際関係理論全体の展開を踏まえ、

その一分野としての地域主義理論の受容と構築の見取り図を描きつつ、中国の学者が自らの問題意識から地域主義理論を構築するアプローチに焦点を当てた。 1990 年代後半、中国の学者は欧米の地域主義理

論の展開による影響を受けつつ、グローバル化・国家利益・発展途上国などの視点から地域主義を捉え、地域主義の世界的展開を必然の潮流として理解していた。こうした認識に支えられて、東アジア地域

地球化時代の東アジア統合を考える ―中国の東アジア共同体論を踏まえて―

徐 涛 愛知大学国際中国学研究センター研究員

●特集:岡倉天心奨励賞受賞者論文●

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主義理論研究では「地域性」「地域的公共財」「地域レジーム」「リージョナル・ガヴァナンス」や東アジア・アイデンティティはホットなテーマとなった。 2000 年代末以降、東アジア地域の国際情勢が急

速に悪化していったことを受け、ネオリベラリズムおよびコンストラクティヴィズムによる楽観論が激減し、リアリズムの視点による「大国コンサート型の東アジア地域統合論」や大国コンサートを前提とする「複合的地域主義論」が現れた。だが、リアリズム的思考の顕在化は必ずしも地域主義的志向の死を意味しなかった。グローバル化の深化による国民国家のガヴァナンスの限界、地域的複合的相互依存の深化、およびグローバルなレベルにおけるガヴァナンス構築の困難が、地域主義的秩序の志向を支えているからである。地域主義による秩序・規範を重視する認識が多くの中国人研究者の国際政治観に根付いたといえる(拙著、第 3章)。 (3)思想の視座 東アジア共同体、あるいは東アジア秩序を考える

上で、歴史・思想的課題は避けては通れない。拙著は 90 年代以降の中国の思想空間における東アジア認識を、「近代化」、「思想的課題/思想的媒介」、「価値・規範」の三つのカテゴリーに分けて考察した。 90 年代なかばまでは「東アジア」は中国式近代

化理論を構築する資源であり、欧米の歴史に基づくモダニティを省察する契機でもあった。90 年代後半以降、汪暉をはじめとする批判的知識人の登場ともに、「東アジア」あるいは「アジア」は脱欧米中心的世界像を構築する思想資源と位置付けられると同時に、歴史的思想的「東アジアの病理」を分析する視座も構築された。竹内好の思想の吸収や「東アジア原理」の探求を含む孫歌の思索は、まさに中国を含む東アジアの主体性と知の伝統の再建を目指すものであった。 一方、欧米主導の近代化による諸危機を克服すべ

く、東アジア的価値の再構築も模索されている。東アジア儒学の再建、東アジア共通の「和合哲学」の構築と東亜意識の形成が提唱されている。また、新しい国際秩序の構築へのヒントを求めて、古代東アジア秩序理念の揚棄もなされている(拙著、第 4章)。 拙著の終章で述べたように、「東アジア」をめぐ

る戦略・理論・思想という三つの視座が相互に影響し合うものであり、台頭する中国の苦悩と可能性を示しているのである。

2.新たな国際情勢と東アジア統合 2020 年代の東アジア地域統合、東アジア秩序を展望する際には、以下の要素が重要と考えられる。米中関係をはじめとする大国間関係、間接アプローチ戦略ともえる中国の「一帯一路」イニシアティブ、中小国の集団(ASEAN)、ASEAN+3 や日中韓をはじめとする地域制度/多国間枠組み、深まる複合的相互依存である。上記の諸要素に対する丁寧な分析は別稿に譲り、東アジア的規範の構築に言及したい。 東アジアは領土問題、ナショナリズム、「経済成長」というイデオロギーをはじめとする近代的問題群を抱えている。近代的問題群を解消するためには、東アジアは欧米中心的発想を離れ、東アジア自身の視点を重視する 21 世紀の東アジア的規範を構築することが重要である(大沼、2000)。具体的には、地域諸国が歴史過程で形成されてきた各々の異なる弱者意識・被害者意識から脱出すること、市民主体の倫理的アプローチによる域内和解を推進すること(徐、2017:124-126)、東アジアの歴史的思想的資源を活かし、「脱近代的な規範秩序」(金、2000:124)を構築することが求められよう。 参考文献: 大沼保昭編著『東亜の構想――21 世紀東アジアの規範秩序を求めて』筑摩書房、2000 年。 金鳳珍「東アジア規範秩序の構築に向けて――朝鮮半島からの視点」、大沼編著、同上書、99-132 頁。 徐涛『台頭する中国における東アジア共同体論の展開――戦略・理論・思想』花書院、2018 年 徐涛「『東アジア共同体』への道程と困難――協力・和解・規範構築」大庭弘継編『超国家権力の探究――その可能性と脆弱性』南山大学社会倫理研究所、2017 年 3 月 31 日(電子出版)、123-127 頁。 筆者紹介: 徐涛(XU, Tao)、九州大学大 学院比較社会文化学府単位取得退学、博士 (比較社会文化)。専門は国際関係論(中 国外交、東アジア国際政治)。

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グローバルアジア・レヴュー 第8号

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ポイント ①米中衝突は先端技術をめぐる経済戦争 ②中国から生産拠点の流出が本格化する ③アジアで産業立地の新陳代謝が起きる

昨年 3 月にトランプ米大統領が戦端を開いた米中貿易戦争は米中双方の経済が大きな打撃を受けながら、出口のみえない道に迷い込んでいる。対立の原因が単なる貿易不均衡ではなく、米中の経済力の接近にあるからだ。とりわけ半導体、通信、航空宇宙、遺伝子操作など先端技術における中国の追い上げに米国が危機感を抱き始めたことがある。問題は中国の産業競争力が政府による強力で過度な支援、保護など中国的システムを背景にしていることにある。一方、スコープをアジア全体に拡大すると、中国から東南アジア、南アジアへの生産拠点のシフトという現象も観測できる。米中対立はアジアの産業立地の転換、新陳代謝を促進しており、今後「新成長国」の台頭で、アジア経済の勢力図の塗り替えに向かうことになるだろう。 米中対立そのものは覇権国家が新興勢力の挑戦を撃退しようとする古典的な「ツキディデスの罠」といえる。ただ、米国が突然、中国バッシングに出たのは、中国が経済のデジタル化の波にうまく乗り、米国との技術ギャップを一気に縮めたからだ。既存のシステムが強固で、社会が保守化している日本や欧州がデジタル・トランスフォーメーションに戸惑い、スローダウンしているうちに中国が一気に”10数人抜き”で先頭の米国の背中に迫ったという構図である。既存の経済システムが弱体で、規制も有名無実で、新興勢力が自由に市場を獲得できた中国は米国の GAFA(グーグル・アマゾン・フェースブック・アップル)に規模で匹敵するプラットフォーマーを生み出した。BATH(百度・アリババ・テンセント・華為技術)である。

もちろん中国のプラットフォーマーは中国が基盤であり、GAFA のようなグローバル・プラットフォーマーにはまだなりきれていない。ただ、唯一、グローバル市場でも大きな存在感を持つのは売上高の 55%を中国外の市場であげ、2018 年にはスマホの世界シェアでアップルを抜いて 2 位に躍り出た華為技術(ファーウエイ)である。今回の米中対立でトランプ政権がアリババもテンセントも攻撃しないなかで、ファーウェイだけを執拗に攻撃している理由は中国企業で唯一のグローバル・プラットフォーマーとなり、半導体、スマホ、5G 通信、スマートシティなどの技術で米国企業を脅かす存在だからである。 いずれにせよ、米国は中国の市場としての拡大と開放を求める一方で、産業競争力の弱体化を狙っているわけで、今後も長期間をかけて基盤崩しを進めるのは間違いない。オバマ政権時代にももちろん中国経済への警戒心はあったが、攻撃の手法は主に市場開放要求と人民元切り上げだった。だが、具体的な成果が出ないまま、中国企業はデジタル・トランスフォーメーションを加速し、米国企業に迫る存在となった。 1970~80 年代に劇的に台頭した日本に対して、米国は鉄鋼、自動車、半導体などの貿易不均衡を提起し、対米輸出自主規制、米国での現地生産、半導体では日本市場でのシェア目標まで課した。加えて1985 年 9 月のプラザ合意で急激な円高に誘導し、日本の製造業の競争力低下を図った。さらに米 IBMへの産業スパイ事件や東芝機械の COCOM 違反事件など知的財産と違法輸出を日本企業攻撃の手法として活用した。その結果が今日まで続く日本経済の停滞と電子産業における日本の衰退の一因となったことは否定できない。今、トランプ政権が対中攻撃に使っている手法と瓜二つといってもいいだ

『米中貿易戦争とアジアの産業立地の新陳代謝』 後藤 康浩

亜細亜大学都市創造学部教授

●特集:岡倉天心記念賞受賞者論文●

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ろう。「ツキディデスの罠」の歴史は繰り返すのである。 では、アジア全体に今回の米中経済戦争の影響はどう及ぶのか? 歴史は繰り返すという言葉をもう一度使えば、プラザ合意後のアジアの産業立地の変化がひとつの予見となる。プラザ合意によって円は合意直前の 1ドル=240 円水準からおよそ 1 年半で 120 円水準まで上昇した。主要製造業の日本国内拠点はコスト競争力を失い、国外に流出した。向かった先は当初は東南アジアや台湾であり、90 年代半ば以降は中国であった。日本製造業の海外生産比率は全企業ベースで、85 年度の 3.0%から 95 年度には 9.0%まで急上昇した。すでに海外に拠点を持っていた企業ベースでは同時期に 8.7%から 24.5%に上昇した。 今回の中国は為替要因ではなく、米国の追加関税と中国産品の安全保障上の懸念に起因して、生産拠点が流出している。その勢いは 85 年のプラザ合意後の日本からの流出に近いものがある。例を挙げれば、重慶で米 HP のノートパソコンを受託生産している台湾ペガトロンの工場はフィリピンに、河南省にある台湾ホンハイ系のアップル向け iPhone 工場の一部はベトナム・バクニン省に移転する。PC、スマホ、サーバーなどの電子製品や家電、工作機械、ロボットなどの拠点は外資はもちろん中国企業も含め、怒濤の勢いで中国外に移転を始めている。完成品メーカーの工場移転はいずれ部品メーカーの移転につながり、サプライチェーンの大きな転換を招く。当然ながら、中国企業の海外生産比率は今後、確実に上昇するだろう。 中国は国内市場が大きく、国内向け製品の拠点は中国に残るのは当然だが、輸出すなわち外需が力を失えば、成長は確実に鈍化する。習近平政権は 2014年に「新常態(ニューノーマル)」という概念で、高度成長から安定成長へのステージ転換を自ら表明した。当時の問題意識は人件費など国内コストの上昇と人民元への引き上げ圧力にあったが、政権自らが「新常態」を徹底できず、さらにトランプ政権の問題意識を把握できないまま、外圧による「新常

態」を経験することになった。その「新常態」とは製造業のアジアへの流出であり、習政権にはそれに対応する戦略はなく、準備もできていない。すでに、昨年十一月時点で沿海部の職を失い、内陸農村に戻った出稼ぎ農民が七百四十万人にのぼっていると中国農業部は発表している。中国経済はこれから過酷な時期を迎えるだろう。 生産拠点を受け入れつつあるベトナム、フィリピン、カンボジア、ミャンマーは今後、外資の直接投資の増加、雇用の拡大、輸出の伸びという好循環が続くだろう。バングラデシュ、インドにも同じ向きの追い風が吹くのも確実だ。そうした国には既に縫製業、日用雑貨など労働集約型の生産拠点が中国から移っていたが、今後は家電、電子機器の生産拠点が移転する。日本人はあまり知りたくない統計がある。通信機器の輸出額で世界トップ 3(2016 年)は中国、香港、そしてベトナムである。韓国は 4位、日本は 7位にすぎない。ベトナムにはサムスン電子の最大のスマホ生産拠点があり、日本ではスマホを生産しているメーカーはソニー、富士通、シャープなど限られ、そのうち国内生産は限られているからだ。電子立国、日本はすでに過去のものなりつつあり、電子大国、中国を今後、追い上げるのはベトナム、フィリピンになるだろう。 コモディティ化した電子機器で、中国が追い上げられれば、中国メーカーはより先端的な商品の開発に向かうだろう。すでに 5G や AI ではファーウェイなど中国メーカーは世界のトップグループを走っている。ただ、トランプ政権の対中バッシングは中国の先端的な技術を中国国内に封じ込める方向に向いている。それを中国がどう突破するのか、中国の製造業は試練の時を迎えている。 筆者紹介:後藤康浩、亜細亜大学都市創造学部教授。 1984 年日本経済新聞社入社、国際部を経てバーレーン、ロンドン、北京などに駐在。編集委員、論説委員、アジア部長などを歴任。2016 年から現職。

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グローバルアジア・レヴュー 第8号

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論文要旨 • 日中両国現代学生の大学観・学習観における共通点と相違点

• 経済成長の中国と成熟社会の日本における各々の学生価値観をめぐる課題

• 結婚観・仕事観の共通課題と東アジア歴史記憶をめぐる評価と情報落差

相互理解 筆者は日本で 16 年間教鞭を取ったことがあり、その間に学生たちの中国への理解と関心が日々高まっていくのを実感し、大きな歓びを覚えていた。そのいっぽうで、日本人と中国人が出会っても、コミュニケーションに困難を来すことがあるのではないか、とも危惧していた。そしてコミュニケーションの媒介項をどのようにして構築すればよいのか、とよく考えていた。 対中理解、対日理解は、メディアを通じて促進されることが一番多い。中国の若者たちは自国のメディアだけでなく、いろいろな形で日本を知ろうと努めている。日本の学生の関心は、主要マスコミの範囲を出ず、あるパターンがおのずと作られている。象を触っても、触ったところが象の全てではない――そうしたもどかしさを感じることもあった。 5 年間にわたり 5000 人を対象に 真の相互理解をどう築くか。 筆者は東京学芸大学で特任教授として東アジア教員養成国際コンソーシアムの設立と運営に関与したことで、その思いは更に強まり、その前提作業として、中国と日本の大学生の相互イメージ形成における相違点と共通点を明らかにしたいという思いが、本論文の基礎資料であるアンケート調査に結実した。2010 年に日本において調査を開始した後、中国においてもその調査研究の意義が認められた。途中で私が南京師範大学に転出したこともあり、同調査はあしかけ 5年の取り組みとなった。 調査項目をまとめるに当たって、単に相手国イメージを考察するにとどめず、大学観、学習観、人生館、国際観、結婚観、仕事観、等々にカテゴライズして整理し、両国学生の生活意識につい多方面に渡り比較分析すると共に、全体像も析出しようと心がけた。

エリート段階・マス段階・ユニバーサル段階 アメリカの社会学者マーチン・トロウは、高等教育の社会的位置をその進学率により、15%以下をエリート段階、50%までをマス段階、それを超える進学率をユニバーサル段階と名付けたが、日本は 50%を超えてユニバーサル段階に入りつつあり、中国は2016 年統計でも 37%のマス段階に至り、2016 年統計では 42.7%に達している。両国とも大学生の意識は、数字上ですでにエリート段階を過ぎているのみならず、学生自身の自己認識においてもエリートではなくなっている。 この変化に伴い大学入学の動機も、実務的能力を身につけて良い職業につくためであり、「学習能力」と共に「実践能力」「社交能力」を強く求めており、大学はもはや研究機関ではなく、社会的諸能力を身につける教育機関になりつつある。韓国や台湾では大学進学率が 90%近くになり、大学は少数エリートの特権の場から、万人の義務教育の場へと変化している。ところがこの変化に大学は対応しきれていない。「満足度」は日本では 6 割であるが、中国では5割を切り「不満足」が 2割近い。専攻の選択、講義の在り方、教え方が課題となっている。大学の研究と教育、真理の探究と知の受容の 21 世紀的な在り方が鋭く問われているといえよう。 「90後」と「さとり世代」 学生がいかなる自己認識をもつかは、今後の社会形成とも関わる。「自分の能力は他人に劣らない」では、「はい」が日本 35%、中国 66%である。これは日本の学生に自己肯定感が乏しいというより、謙虚さの現れと見るべきであろうが、競争社会の中で自信喪失に陥ることのない精神的構えが必要とされるだろう。 「将来には夢や希望がある」は、日本 75%、中国93%で、ここには経済成長社会と成熟共生社会の差が反映されていると考えられるが、成熟共生社会の理念がまだ不鮮明なことも影響していよう。「大学で後悔したこと」は、「奨学金を得られなかったこと」「学内活動に参加しなかったこと」「恋愛できなかったこと」が中国の三大後悔だが、日本の場合は「学内活動に参加しなかったこと」の代わりに「授業をさぼったこと」が入っていることが微苦笑を誘う。 中国では 1990 年代生まれを「90 後」と呼び、改革開放の成果が現れ始め、夢を持って自らの手で美しい生活が出来ると信じている世代である。同じ世代を日本では「さとり世代」と呼び、欲がない、無

岡倉天心の「アジアはひとつ」への里程標として 林 敏潔

南京師範大学教授

●特集:岡倉天心国際学術文化賞受賞者論文●

Page 8: Growing Together · 収めたフィルムを観た。画面ではクインシー・ジョーンズが、ライオネル・リッチーが、マイケル・ ジャクソンが躍動していた。観終わってふと思った。愛を謳い、世界は一つになると無邪気な希望に

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駄遣いをしない、気の合わない人とは付き合わないなど、衝突を嫌い、高望みをしない合理性を重んずる世代といわれる。両国とも格差の拡大など社会的矛盾が露呈している時代に、これらの人生観が彼らの今後の実人生にどのように作用するのか興味深いところである。 新しい公共 両国の学生は、個人・家族・社会・国家の関係をどう捉えているのか。「人のために自分を犠牲にすることができるか」という問いに、「はい」の答えが日本で 50%を少し上回り、中国は少し下回っている。友情や同志愛の強いといわれる中国でも一人っ子政策と相まって自己中心主義が浸透していると言える。「国のために自分の命を犠牲にしてもよいと思う」は、日本では 77%が「いいえ」と答え、中国でも 62%が「いいえ」である。日本の場合、過去に国家が発動した戦争への忌避感もあると考えられるが、中国では建国当初の自己犠牲の精神が個人の利益と幸福を重視する方向に変わってきていると指摘できよう。 元首相鳩山友紀夫の「新しい公共」という考え方は、「国民、市民団体、地域組織、企業、地方公共団体」の自覚的な社会参画を目指すもので、結集項としての新しい公共は、媒介項として個人と国家を繋げ、自己中心の私個人にとどまる趨勢に対して社会の意味を強く打ち出した点で大いに示唆的である。 学びの在り方と生き方と ソーシャルメディアは学生生活において大きな比重を占めている。その閲覧が 2 時間以上が 9 割、8時間以上が 1割である。書籍や新聞雑誌を読む時間は減り、休日の過ごし方も、インターネットがトップで、中国では日本の倍の比率になっている。 ボランティア活動などの体験活動は、日本 3割に対して中国は 6割で、中国の場合は授業の一環としての義務的な側面ももっている。バーチャル情報の溢れる中で、知的営為と体験活動の相互浸透は人間形成上重要であり、大学教育の一環として、現実とリアルに対峙する経験をいかに学生が積んでいくか、は課題だろう。 結婚後も働きたい女性は、日本では 6割、中国では 9割だが、「世の中は女性に不利」に対しては、日本では 3割であるのに対して中国は 6割で、仕事と家事労働・育児労働との良き相互関係の構築は、働くことが疎外された労働ではなく、自己実現になっていく上で、依然として課題である。婚前交渉是認は日本の 6割に対して中国は 3割である。恋愛、結婚、出産、離婚、キャリア形成など自分のニーズに合わせた価値観形成にはどのように関わるのだろうか。 本調査は、報告者自身が経験してきた研究教育について考え直す契機を与えてくれた。学芸大において教員免許を必須とする教育系でなく、境界領域を

研究する「教養系」で学んだが、本調査期間中に「教養系廃止」が打ち出された。資質の異なる教育系と教養系の学生が交わり、全学の授業を自由に受講でき、自ずと教育の観点が身につく、総合知の教育研究体制は貴重である。学校の先生だけがいくら奮闘しても教育問題は解決しない。社会の各分野に教育に関する専門的知識を持つ人のいることが重要で、筆者が教育に強い関心を持つ研究者に成れたのは、学芸大のこの教育方針によっている。それを保証してきた教育体制が崩れることは実に遺憾であり、それは報告者に中国の師範大学の総合大学性と共に教育研究と教員養成についてもより深く考えさせる契機になった。 アジアは一つ 今回の受賞①は、拙著監修者の鷲山恭彦先生ともどもの受賞と思っている。鷲山先生は、日本留学生の魯迅や周恩来を教えた松本亀次郎について多くご教示下さり、あの島の問題に関しては、日本の農村には入会地がある、領土問題のある所は全て「国際入会地」にすればよいという斬新な考えを示され、また日本と中国の間にある加害と被害の屈折した問題については、訪中した亀井勝一郎が「われわれが中国にしたことは、子や孫の代まで決して忘れない」②と述べたのに対して、陳毅副総理が「われわれは一刻も早く忘れたい」③と述べたという対話を紹介して真の友好の道を示されるなど、日本の民間の知恵や反戦記憶に関して数々の示唆を頂いた。 今回のこの名誉ある受賞を機に、筆者は岡倉天心の「アジアは一つ」の思想をあらためて反芻し、反戦、連帯、友好の歴史と認識を更に深め、国際アジア共同体学会の導きのもと、研鑽と実践を積んでいく所存である。 注 ①『日本と中国の大学生たちのキャンパスライフー日・中大学生の価値観比較研究―』(Ⅰ)、万葉舎、2017 年;『グローバル時代の日本と中国の若者たち――日・中大学生の価値観比較研究――』 (Ⅱ) 、万葉舎、2017 年。 ②『日本と中国の大学生たちのキャンパスライフー日・中大学生の価値観比較研究―』(Ⅰ)、万葉舎、2017 年、第 2頁。 ③『日本と中国の大学生たちのキャンパスライフー日・中大学生の価値観比較研究―』(Ⅰ)、万葉舎、2017 年、第 2頁。 〇本稿は中国社会科学基金重要研究プロジェクト『日本民間反戦記憶に関する多分野研究』(17ZDA284)の一環である。 著者紹介:林敏潔:1995~2011 年慶應義塾・早稲田・国学院等で教鞭を執り、2009 年東京学芸大学特任教授就任。2011 年中国江蘇省特別招聘教授に就任、南京師範大学東方研究センター長。文学・応用言語学博士。専攻は中日比較文学、教育学等。

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グローバルアジア・レヴュー 第8号

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ポイント 一帯一路は世紀のプロジェクトになりつつある。2018 年の 1 ヵ月間に開催された国内外の 3 大行事から一帯一路の現状と世界の対応につき考察する。 一帯一路は、提起 5 年で 100 余か国の参加・支持を得るなど世紀のプロジェクトとなったといえる。今や、一帯一路は中国の代名詞といっても過言ではない。習近平国家主席(以下、習主席)の行くところ、常に、“一帯一路あり”である。2018 年 11 月初旬から 12 月初旬の 1 ヵ月の間に、中国が一帯一路を世界にアピールする絶好のビッグ・イベントが国内外で開催された。すなわち、①上海で開催された国際輸入博覧会(以下、「輸入博」) 注②「APEC サミット」(パプアニューギニア)、③「G20 サミット」(アルゼンチン)である。1ヵ月間に世界が注目する大ビジネス・イベントを開催し、国際会議でその言動が大きく注目される国は、今、中国をおいてほかにはない。これら 3大行事で一帯一路はどのようにプレイアップされたのであろうか。習主席の言動を中心に見てみたい。

輸入博でも目立った一帯一路 「輸入博」は、昨年五月、習主席が第1回「一帯一路国際協力サミットフォーラム」(以下、「一帯一路フォーラム」)で発表したもので、2018 年 11 月5日から10日まで上海で開催された。「輸入博」は、一帯一路に特化したものではないが、「一帯一路」のプレゼンスが大いに目立っていた。そもそも、29ヵ国の元首・1500 名の各国・国際機関の要人が出

席した昨年の「一帯一路フォーラム」で「輸入博」の開催宣言が行われたこと自体、「輸入博」での一帯一路の取り扱いには特別なものがあったとみるべきであろう。昨年の「一帯一路フォーラム」の開催に前後して、“一帯一路は構想から実務の段階に入った”との見方がひろまったが、正に「輸入博」は、満を持してのその第一弾であったといえるのではないか。 「輸入博」には、172 か国から約 3600 社の参展があった。そのうち、一帯一路沿線国からは、沿線国のほぼ 90%にあたる 58 ヵ国が、また、「輸入博」参展企業の三分の一にあたる 1000余社が参展している。報道によれば、同沿線国からの参展商品は、アパレル類、日用品、食品・農産物などの伝統商品に加えて、工業用ロボット、デジタル化工場、無人運転車などの“特色ある商品”も少なくなかったという。 中国は、今後 15 年間に 30 兆ドルの商品輸入を予定している。一帯一路沿線国企業の多くが、“この機会を捉え、ブランドを打ち立て、商機をつかみ、中国から世界を目指す”との期待を表明したとされる(経済参考報 2018 年 11 月 8 日)。 習主席は、5日の「輸入博」の開幕式での基調講演(テーマ:インクルーシブな開放型世界経済を共に創建しよう)で、一帯一路につきこう言及している。“中国は、引き続き「一帯一路」の共同建設を推進し、「共商・共建・共享」(共に協議し・つくり・分かつ)を堅持し、関係各国と重大プロジェクト建設を推進し、更なる貿易促進のプラットフォームを構築し、中国企業には、沿線国での投資協力~中略~を奨励し、世界に開放協力といったプラットフォームを提供してゆく”。この発言をやや深読みすれば、中米貿易摩擦が泥沼化しつつある中、多国間主義、多角的貿易体制の維持を象徴する大プロジェクトを中国が担っている実績を誇示しているともとれる。その意味で、今後 15 年間に 30 兆ドル相当の膨大な商品を輸入するとしたのは、世界に対する説得力ある決意表明であったといえよう。因みに、日本は今回の「輸入博」最大の参展国であった。

中国農業銀行の県域ブルー オーシャン戦略について 劉鵬 広東海洋大学 / 王琳 広東外語外貿大学

国際輸入博覧会、ASEAN サミット、G20 からみた一帯一路 江原 規由

国際貿易投資研究所 研究主幹

●特集:一帯一路日本研究センター報告●

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G20首脳会議で大きくアピールされた一帯一路 パプアニューギニアでの「APEC サミット」は、史上初めて慣例の首脳宣言の発表が見送られるといった異例の事態となった。多角的貿易体制と保護貿易主義の折り合いがつかなかったことが主因の一つされるが、習主席は、一帯一路を一国主義や保護貿易主義の対極にある“世界との協力事業”として大いにアピールしていた。例えば、「APEC ビジネス指導者サミット」で行なった基調講演(テーマ:同舟共済で美しい未来を創造しよう)でこう強調している。“中国はすでに 140 余ヵ国・国際組織と「一帯一路」協力協議を締結している。私が強調したいのは、「一帯一路」の共同建設は開放のための協力のプラットフォームである。中国は、世界とチャンスを分かち共同発展の大道を歩む。来年開催する第 2回「一帯一路サミット」に各位を招待する”。さらに、「輸入博」についても、“中国が貿易自由化を支持し、世界に市場を積極開放する決心にあることが証明された。各位の来年開催する第 2回国際輸入博覧会への参加を歓迎する”など、閉幕後間もない「輸入博」の成果を誇示することを忘れていなかった。 一帯一路への言及がなかった「G20 サミット」での習談話 今年で 10 周年となる「G20 サミット」ではどうであったか。10 年前といえば、米国発リーマンショックの発生で世界経済は大きな打撃を受けようとしていた。10 年後の今年、中米貿易摩擦が深刻化しており、やはり、世界経済の先行きが不確実である点でリーマンショックの頃に似ているといえよう。幸か不幸か、「G20 サミット」は、ほんの 2週間前に開催された「APEC サミット」で発表できなかった首脳宣言は出されたものの、G20 首脳宣言にこれまで一貫して盛り込まれてきた“保護主義と闘う”といった文言が、米国に配慮して(反対されて)盛り込まれなかった。 習主席は、11 月 30 日、「高きに登り遠くを望み、世界経済の正しい方向をしっかりと把握する」と題した重要談話を行った。注目すべきは、1か月前に中国が主催した「輸入博」については、“成功裏に開催され国際社会から広範な支持を受けた”と紹介したが、一帯一路への言及はなかった。翌 12 月 1 日の中米首脳会談を睨んだ戦略的意図があったのではないだろうか。中国は一帯一路を自由で開放され

た世界との共同・協力プロジェクト、「世界の公共財」としている。直前の「APEC サミット」のように一帯一路の成果を喧伝し、「アメリカファースト」の「一国主義」を前面に押し出すトランプ政権を刺激したくなかったということであろう。いずれにしても、一帯一路の国際的影響力の大きさの“ほど”がわかる。 世界展開を見せる一帯一路 習主席は、国際会議出席の往復路に複数の国家を訪問し首脳会談を行っているが、上記 2サミットでは、開催国に加え、「APEC サミット」でブルネイ、フィリピンを、「G20 サミット」でスペイン、パナマ、ポルトガルを訪問している。その際、一帯一路が主要議題となるのは言うまでもない。例えば、パナマ訪問で習主席は、“パナマの2030国家物流戦略と一帯一路の共同建設といった両国の発展戦略を連携させ、金融、観光、物流、インフラ建設等分野で協力強化し、鉄道、教育、医療名で重点プロジェクトをうまく実施し、コネクティビティを推進したい。中国はパナマ運河の世界第二位の利用国である”。これに対し、パナマのバレーラ大統領は、“中国の一帯一路共同事業を支持する。パナマは中国との投資、港湾運輸、FTA 等分野での協力を期待する。中国企業の投資を歓迎し、中国との早期 FTA を締結し、両国の貿易水準を高めたい”と応じている。 今や、一帯一路は、中国の外交・ビジネス発展戦略の最前線にある。中国はその延伸に意欲を見せている。この点、「APEC サミット」ではアジア太平洲での、また、「G20 サミット」では中南米および欧州とアフリカを繋ぐイベリア半島での展開に大きな布石を打ったといえよう。「輸入博」はその有効な「一手」であったと位置付けられる。 注:世界初の輸入に特化した国家級博覧会とされる 著者紹介:2001 年ジェトロ北京センター所長、立命館大学大学院客員教授、2010 年上海万博日本館長、中国シルクロード都市連盟アカデミー特別研究員などを経て 2011 年より現職。主な著作:中国経済 36 景、上海万博と何だったのか、など。