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212   第 35 回動物臨床医学会 (2014) ランチョンセミナー 2 - 6 は じ め に 我々は、ICGの光特性、すなわち800nmの光を 吸収して発熱(温熱効果)、600-800nmの光を吸収 して活性酸素を誘導(光線力学効果)することに注 目し、そのがん治療への応用の可能性を模索して きた。本治療法を光線温熱療法(Photodynamic Hyperthermal Therapy : PHT)と命名し、さら にPHTに局所抗癌剤を併用する方法を光線温熱化 学 療 法 (Photodynamic Hyperthermal Chemo- Therapy : PHCT)と命名した。しかし、この治療 法の対象は表在性腫瘍を対象としたものであり、深 部の腫瘍には適用ではない。また、この治療法にも いくつかの問題点がある。一つは、鼻腔内のような 腫瘍の存在が肉眼で十分確認できない部位において は、色素剤を腫瘍に的確に投与することが困難であ る。他の問題点として、色素剤を腫瘍組織内に均一 に投与することが困難であることなどがあげられ る。 腫瘍組織に選択的に薬物を蓄積させる方法の一つ にEPR効果がある(図1)。この理論は、次の通り である。腫瘍血管の血管内皮細胞は正常組織の血管 内皮細胞に比べてその整列が不均一であることが知 られている。そのため、正常血管内皮細胞間隙から は漏出しない粒子(20-200nm)でも血管外に漏出 する。その結果、腫瘍組織内に粒子が蓄積していく。 現在、細胞膜と同じ材料で作られた小さな気泡(小 胞)、すなわち“リポソーム”にして血管内に投与し 病変部に運ぶ研究が進められている。 2010年、千葉大の田村先生らは、このリポソー ムの膜にICGを結合させることに成功した。図2 はその構造を示したものである。本剤は通常の ICG に比べて腫瘍により蓄積することが動物実験で確認 されている。本剤が腫瘍に蓄積した段階で、光照射 することにより、温熱療法、光線力学療法が可能と なる。さらにリポソーム内に抗がん剤等の種々の物 質を内包させる(図3)ことにより、さらなる効果的 ながん治療が期待できる。 レーザーと ICG 修飾リポソームを用いた次世代がん治療 岡 本 芳 晴 1) Yoshiharu OKAMOTO 1) 鳥取大学農学部共同獣医学科獣医外科学教室教授:〒 680-8553 鳥取市湖山町南四丁目 101 番地 協賛:飛鳥メディカル株式会社 今回新たに開発したインドシアニングリーン(ICG)修飾リポソーム(ICG-Lipo) と光源装置を用いたがん治療の原理を紹介する。本治療は、ICG-Lipoを血管内に 投与し、EPR(Enhanced Permeability and Retention Effect)効果を期待して ICG-Lipoを腫瘍組織内に蓄積させた後、外部より光照射するという極めて単純な 治療法である。この治療は、温熱効果、光線力学効果、さらには内包された抗が ん剤等の作用により、抗腫瘍効果を発揮する。 20 ~ 200nm > 200nm < 20nm 図 1 EPR 効果 (Enhanced Permeability and Retention Effect)

レーザーとICG修飾リポソームを用いた次世代がん … 第35回動物臨床医学会(2014) ランチョンセミナー2-6 ランチンセミナ2 は じ め に 我々は、ICGの光特性、すなわち800nmの光を

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212   第35回動物臨床医学会 (2014)

ランチョンセミナー 2- 6

ランチョンセミナー2

は じ め に

 我々は、ICGの光特性、すなわち800nmの光を吸収して発熱(温熱効果)、600-800nmの光を吸収して活性酸素を誘導(光線力学効果)することに注目し、そのがん治療への応用の可能性を模索してきた。本治療法を光線温熱療法(Photodynamic Hyperthermal Therapy : PHT)と命名し、さらにPHTに局所抗癌剤を併用する方法を光線温熱化学 療 法(Photodynamic Hyperthermal Chemo-Therapy : PHCT)と命名した。しかし、この治療法の対象は表在性腫瘍を対象としたものであり、深部の腫瘍には適用ではない。また、この治療法にもいくつかの問題点がある。一つは、鼻腔内のような腫瘍の存在が肉眼で十分確認できない部位においては、色素剤を腫瘍に的確に投与することが困難である。他の問題点として、色素剤を腫瘍組織内に均一に投与することが困難であることなどがあげられる。 腫瘍組織に選択的に薬物を蓄積させる方法の一つにEPR効果がある(図1)。この理論は、次の通りである。腫瘍血管の血管内皮細胞は正常組織の血管内皮細胞に比べてその整列が不均一であることが知られている。そのため、正常血管内皮細胞間隙からは漏出しない粒子(20-200nm)でも血管外に漏出

する。その結果、腫瘍組織内に粒子が蓄積していく。現在、細胞膜と同じ材料で作られた小さな気泡(小胞)、すなわち“リポソーム”にして血管内に投与し病変部に運ぶ研究が進められている。 2010年、千葉大の田村先生らは、このリポソームの膜にICGを結合させることに成功した。図2はその構造を示したものである。本剤は通常のICGに比べて腫瘍により蓄積することが動物実験で確認されている。本剤が腫瘍に蓄積した段階で、光照射することにより、温熱療法、光線力学療法が可能となる。さらにリポソーム内に抗がん剤等の種々の物質を内包させる(図3)ことにより、さらなる効果的ながん治療が期待できる。

レーザーと ICG 修飾リポソームを用いた次世代がん治療

岡 本 芳 晴1)

Yoshiharu OKAMOTO

1) 鳥取大学農学部共同獣医学科獣医外科学教室教授:〒680-8553 鳥取市湖山町南四丁目101番地

協賛:飛鳥メディカル株式会社

 今回新たに開発したインドシアニングリーン(ICG)修飾リポソーム(ICG-Lipo)と光源装置を用いたがん治療の原理を紹介する。本治療は、ICG-Lipoを血管内に投与し、EPR(Enhanced Permeability and Retention Effect)効果を期待してICG-Lipoを腫瘍組織内に蓄積させた後、外部より光照射するという極めて単純な治療法である。この治療は、温熱効果、光線力学効果、さらには内包された抗がん剤等の作用により、抗腫瘍効果を発揮する。

図1.EPR効果(Enhanced Permeability and Retention Effect)

正常組織

腫瘍構成細胞

正常血管内皮

20 ~ 200nm> 200nm

< 20nm

がん幹細胞 ニッチ細胞

新生血管内皮

図1 EPR効果(Enhanced Permeability and Retention Effect)

第35回動物臨床医学会 (2014)   213

ランチョンセミナー 2- 6

ランチョンセミナー2

 昨年初めより、実験動物から得られたデータに基づき、実際の犬猫の自然発症症例に対して本治療法を実施したのでその一例を紹介する。

症    例

 猫、雑、雌、1歳、4.1㎏1)稟告 くしゃみと右眼の目やにが主訴で来院。2)初診時検査および診断 初診時、顕著な病巣もなく抗生物質の投与により、症状はほぼ改善した。2カ月後、くしゃみが再発し、軽度の鼻出血、頬から右側鼻部にかけての軽度腫脹が見られた。右上顎第2、3前臼歯部分の歯肉炎があり、歯根病巣の治療として再度抗生物質の投与を開始したが、漸次右頬部の腫脹は増大し、右眼球突出(図4)、軽度鼻出血が確認された。頭部X線像では上顎部の骨融解像が確認された(図5)。細胞診により、上皮系腫瘍が強く疑われた。3)治療方針および治療内容 飼い主は外科手術あるいは放射線療法の積極的な治療は希望されなかったため、話し合いの結果、ICG-Lipoによる治療を行うこととした。補助療法として、食欲低下時には輸液を実施した。飼い主の

住まいは動物病院の近隣だったので、ICG-Lipoを血管内投与後、週に5回治療を行った。具体的には、半導体レーザー(DVL-15、飛鳥メディカル)を用い、初期時には5-10Wで患部に20分間連続照射した。4)治療経過 治療開始後、漸次顔面の腫脹は減少したが、開始1週間経過後から再度腫脹が見うけられた。その後もICG-Lipo治療を継続したが、症状の改善・悪化を繰り返した。第5クールより出力を5Wから10Wに上げ、同様に治療したところ、治療開始から約3ヶ月頃より急激に顔面の腫脹が減少し、食欲も回復してきた。また鼻塞栓もほぼ改善した(図6)。また同時期のX線検査では上顎部の骨吸収像は改善されていることが確認された(図7)。その後治療は中断し、経過観察を行っていたが、中断後約3カ月目に再発を確認した。

ま  と  め

 今日に至るまで扁平上皮癌、メラノーマ、肺転移症例等の難治性腫瘍に対する有効な治療法はなかった。今回、ICG-Lipoを用いることにより、難治性腫瘍に対しても治療が期待できる可能性が高まった。

図2.ICG修飾リポソーム

粒子径:200nm

図2 ICG修飾リポソーム

図3 ICG修飾リポソームの可能性 図5 X線像(治療開始時)   波線:上顎骨骨吸収像が確認される。

・抗癌剤・免疫賦活剤・抗体・その他

温熱、PDT効果化学療法、免疫療法

図3.ICG修飾リポソームの可能性

図4 治療前の顔貌

214   第35回動物臨床医学会 (2014)

ランチョンセミナー 2- 6

ランチョンセミナー2

図6 治療3カ月目 図7 X線像(治療後3カ月目)   波線:上顎骨骨吸収像が改善されている。

 しかしながら、本治療法には、使用する抗がん剤の検討、治療間隔の検討、照射エネルギーの検討等、今後検討すべき課題がいくつかある。これらを一つずつ解決していくことにより、本治療法は動物の難治性腫瘍の一選択肢になり得る可能性が非常に高い。