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ひきこもり(各論) 精神保健福祉領域における支援 近藤直司 東京都立小児総合医療センター 児童・思春期精神科 ひきこもり問題をめぐる論点 1.ひきこもり問題をめぐる概念整理 2.ひきこもりの成因論と精神医学的背景 3.ひきこもりケースへの治療・支援論 (1)総論 (6)危機介入 (2)不安障害 (7)訪問 (3)発達障害 (8)予防的早期支援 (4)パーソナリティ障害 (9)支援体制の整備 (5)家族支援

ひきこもり(各論) 精神保健福祉領域における支援 · 1)山梨県立精神保健福祉センター2)山梨県中央児童相談所 3)名古屋市精神保健福祉センターここらぼ

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ひきこもり(各論)

精神保健福祉領域における支援

近藤直司

東京都立小児総合医療センター

児童・思春期精神科

ひきこもり問題をめぐる論点

1.ひきこもり問題をめぐる概念整理

2.ひきこもりの成因論と精神医学的背景

3.ひきこもりケースへの治療・支援論

(1)総論 (6)危機介入

(2)不安障害 (7)訪問

(3)発達障害 (8)予防的早期支援

(4)パーソナリティ障害 (9)支援体制の整備

(5)家族支援

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ひきこもり状態を来す精神医学的問題は?Rubin,H.(1996)

社会的ひきこもりsocial withdrawalを、「同年代の

人たちpeerと出会ったときの孤立的な行動の

(状況や時にかかわらない)一貫した表れであり、

自ら同年代の集団から距離をとること」と規定。

DSM-ⅣやICD-10において、社会的ひきこもり

が一つの症状・状態像として記載されている診断

カテゴリーは・・・

<DSM-Ⅳでは・・・>

自閉性障害

分離不安障害

幼児期または小児期早期の反応性愛着障害

社交恐怖(社交不安障害)

適応障害(特定不能)

大うつ病性障害

気分変調性障害

回避性パーソナリティ障害

スキゾイド・パーソナリティ障害

<ICD-10では・・・>

小児自閉症選択性緘黙小児期の分離不安小児期の恐怖症性障害小児期の社会性[社交]不安障害他の小児期の情緒障害

(小児期の全般性不安障害)幼児期の反応性愛着障害

社交恐怖急性ストレス反応心的外傷後ストレス障害

単純型統合失調症

気分変調症 気分循環症

不安性(回避性)パーソナリティ障害スキゾイド・パーソナリティ障害

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厚生労働省>報道発表資料>2010年5月19日

平成19-21年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学)「思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療・支援システムの構築に関する研究」(H-19-こころ-一般-010)(研究代表者:齊藤万比古)

ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン

『ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン』は

外的・社会的なひきこもりに焦点が当てられており、「様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学,非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6ヵ月以上にわたって

概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念である。」という定義が示されている。

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ひきこもりケースの精神医学的背景は多様

Naoji Kondo, Motohiro Sakai, Yasukazu Kuroda, et al : International Journal of Social Psychiatry (2012, Epub ahead of print.)

岩手県、石川県、さいたま市、和歌山県、山梨県の精神保健福祉センター(こころの健康センター)において、平成X年4月の時点で相談・支援を始めていたケース、および、それ以後、X+2年9月までに相談を受けた16~35歳のケース337件。

このうち本人が来談した183件についてはDSM-Ⅳ-TRに基づいて診断した。診断が確定したのは148件で、情報不足などのため診断が保留された35件についても、何らかの精神医学的問題が疑われるケースが多かった。

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青年期ひきこもりケースの精神医学的背景と治療・援助方針(近藤、岩崎、小林ほか、2007)

<第1群>統合失調症、気分障害、不安障害などを主診断とし、薬物療法などの

生物学的治療が不可欠ないしはその有効性が期待されるもの。生物学的治療だけでなく、病状や障害に応じた心理療法的アプローチや生活・就労支援が必要となる場合もある。

<第2群>広汎性発達障害や精神遅滞などの発達障害を主診断とし、発達特性に

応じた心理療法的アプローチや生活・就労支援が中心となるもの。二次的に生じた情緒的・心理的問題、あるいは併存障害としての精神障害への治療・支援が必要な場合もある。

<第3群>パーソナリティ障害(“その特徴feature”のレベルを含む)や身体表現性障害

などを主診断とし、パーソナリティ特性や神経症的傾向に対する心理療法的アプローチや生活・就労支援が中心となるもの。気分障害や不安障害のうち、薬物療法よりも心理-社会的支援が中心になると判断されたものも含む。

来談群148件の診断と治療・援助方針

第1群 49件(33.1%)

第2群 47件(31.8%)

第3群 51件(34.5%)

いずれの診断基準も満たさない 1件(0.7%)

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社会的ひきこもりの背景にある脳とこころの問題~本人の精神病理

◇幻聴や妄想などの精神病症状によって他者を避け、外出もしない。

◇意欲や活動性が極端に低下し、寝たきりのような生活が続いている。

◇対人緊張、特定の場面・状況で生じる不安感・恐怖感のために、社会的活動が著しく制限されている。

◇外出や社会参加を試みようとすると、頭痛や腹痛など、様々な身体的不調が生じる。

◇生まれつき、学力や運動能力、社会性・対人関係などの面で、同年代の仲間についていけないところがあったため、挫折感や劣等感を抱くような出来事が重なり、すっかり自信をなくしてしまった。

◇小さい頃から怖がりで、新しい環境にはなかなか馴染めなかった。いつもと違う状況や予想外の出来事に対処するのが極端に苦手で、こだわりも強く、いまの生活を変えることや、新しいことに取り組むことに抵抗感が強い。

◇尊大で他者を見下す傾向がある。自尊心が傷つくことに敏感で、人付き合いや仕事が続かない。家族に依存して生活しているが、問題の責任は親にあると考えており、自ら問題を解決しようという気持ちは薄い。

◇劣等感が強く、批判・拒絶されることに著しく過敏になってしまい、他人と接するような場面を回避して生活するクセが身についてしまった。

◇何とかしなければと思っているが、失敗したり、恥をかくことを恐れる気持ちが強すぎて、何一つ行動に移せない。

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診断に関する研究から言えること

◇家族要因や文化的要因、社会状況などの環境要因が深く

関与してはいるものの、深刻なひきこもり状態にある人の

ほとんどは何らかのメンタルヘルス問題ないしは精神疾患

や発達障害などによる生活機能障害を有している。

◇これは、ひきこもりケースのすべてが精神科医療(薬物療

法、生物学的治療)の対象であるということを意味しない。

むしろ、診断によって、心理-社会的支援の必要性が明らか

になる。

◇ひきこもりの背景は多様であり、原因・対策を一様に論じる

ことはできない。また、支援にあたっては、精神保健福祉

専門職による専門的・包括的な評価が不可欠である。

心理-社会的支援

<心理療法的アプローチ>人と人との交流を介して、心身に関する問題の改善や軽減を図る治療・支援。

<生活支援>生活の場を確保すること、生活環境の改善や生活の質を向上させることを目的とした活動。

<就労支援>支援の対象者が、自分なりの働き方を見出し、働けるようになるための支援。

<環境調整>支援対象者が適応しやすいような環境を整えること。

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<生物的要因>

生物的基盤の明確な精神疾患

発達の遅れや偏り<心理的要因>

不安 恐怖感 怯え

自己愛的な傷つき

自己否定 希望の喪失

内的世界へのひきこもり

厭世感 防衛機制

ひきこもり問題の背景要因

<社会的要因>

家族状況

友人関係

学校・職場の状況

文化的特性

社会・経済状況

相談支援機関におけるアセスメント

1.緊急性の判断と危機介入の方法

2.精神科医療(薬物療法)の必要性

3.発達特性を踏まえた支援の必要性

4.パーソナリティ(対人関係や行動の特徴)

についての評価

5.目標とする社会参加のレベル

6.福祉サービスの必要性

7.環境要因についての評価(とくに家族機能)

8.支援経過の振り返りと評価

まずは誰かが/どこかが継続的な支援を

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出会い・評価段階

個人的支援段階

中間的・過渡的な集団との再会段階

社会参加の試行段階

親支援(当事者への個人療法)

個人療法親支援

集団療法居場所の提供個人療法

(親支援)

ソーシャルワーク集団療法

居場所の提供(個人療法)

ひきこもり支援の諸段階

山梨県立精神保健福祉センターにおける支援構造

【本人への支援】

1 個別面接:隔週、毎月、来所と電話の併用など

2 SSTグループ

(作業療法士1・心理技術者1、月2回)

3 アクティビティグループ

(作業療法士1・心理技術者1、月1~2回)

【家族への支援】

1 個別面接:多くは月1回

2 家族教室(精神科医・心理技術者1、年1~2回

3セッションを1回として実施)

3 親の会(心理技術者1、月1回)

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来談群183ケースのうち社会参加に至った割合

調査期間内に社会参加(一般就労、週3日以上のアルバイトや福祉施設への通所、進学など)に至ったケースは28件(15.3%)であった。

内訳は、第1群10件、第2群6件、第3群11件診断を保留した35件からも1件が社会参加

ひきこもりケースに対するグループ支援の有効性について

近藤直司1,2) 榊原 聡3)

1)山梨県立精神保健福祉センター 2)山梨県中央児童相談所3)名古屋市精神保健福祉センターここらぼ

週2日以上のグループ支援によってひきこもりケース

を支援した経験をもつ精神保健福祉センターを調査。

・個別支援からグループにステップアップし、利用者の

89.5%が就労・就学(山形県)

・短期集中的なプログラムで83.3%が就労(静岡県)

・週3日、11ヶ月間のプログラムで66.7%が就労、75.0%が

コミュニティ参加(名古屋市)

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不安障害を背景とするケースの治療論

中村 敬、塩路理恵子:対人恐怖とひきこもり.

臨床精神医学26;1169-1176,1997

永田利彦、大島 淳、和田 彰ほか:社会不安障害に対する薬物療法.精神医学46;933-939.2004.

笠原敏彦:対人恐怖と社会不安障害.金剛出版,2005

永田利彦、山田 恒:社交不安障害.

「精神科治療学」第26巻増刊号34-45,2011

近藤直司:ひきこもり~本人と家族への対応.

「精神科治療学」第26巻増刊号355-358,2011

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広汎性発達障害ケースの支援技法

<心理療法について>近藤直司、小林真理子、宮沢久江:広汎性発達障害をもつ青年期ひきこもりケースの心理療法について.思春期青年期精神医学、18(2);130-137,2008

<グループ支援について>太田咲子、富士宮秀紫、宮沢久江ほか:ひきこもり~グループ支援の実践を中心に~.精神科臨床サービス11(2);252-256,2011

<面接、グループ、予防的早期支援など>近藤直司、小林真理子、富士宮秀紫ほか:青年期における広汎性発達障害のひきこもりについて.精神科治療学24(10);1219-1224,2009

厚生労働省委託

平成22年度 地域若者サポートステーション事業

発達障害・ワーキンググループ報告書

平成23年3月

公益財団法人 日本生産性本部

若者自立支援中央センター

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広汎性発達障害を背景とするひきこもりケースの精神病理

(1)他者の意図や会話の理解、状況・文脈の読みが苦手(2)漠然とした、または独特に意味づけされた違和感や

不適応感、被害感(疑心暗鬼)→社会恐怖(3)今後のことを具体的に想像できない(4)過去、現在、将来を連続的に捉えることが難しい(5)過去の成功や不快な体験へのパターン的な固執(6)新しい体験や予期せぬ出来事に対する抵抗感

(7)現在の生活パターンへの固執(8)周囲の動きや流れが読めない(9)“人”に対する志向性が薄く、特定の関心事に没頭(10)睡眠・覚醒のリズムが整わない

現実回避のための防衛的なメカニズムの一つとして自己愛的・万能的なファンタジーへの没入が生じる結果、他者への意識や現実検討がさらに減衰しているケース

おもに感覚過敏のために不登校となり、その後も苦痛な刺激への対応策を見出すことができないまま、社会的な場面を回避し続けているケース

生来的な過敏さやこだわりの強さに、自意識の高まりや自立と分離をめぐる葛藤などの思春期心性が加わることによって、自己臭恐怖や醜貌恐怖、巻き込み型の強迫症状が形成されているように思われるケース

協調運動障害や不器用さ、緘黙ないしは極端な言語表出の苦手さなど、運動表出系の困難をもつために、周囲とのコミュニケーションが成立しにくい、一定の作業能力を発揮できないなどの問題が生じ、学校や職場での不適応からひきこもりにつながるケース

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広汎性発達障害ケースに対する導入期の留意点

面接開始の手続きや構造を工夫する必要がある。睡眠障害を伴う場合や日課にこだわりがある場合には、面接の時間帯を慎重に設定する必要がある。

未体験のことに対して不安が強い場合には、来談するための交通手段や面接の予約・キャンセルの手続きなどを事前に確認しておく。

聴覚、視覚、臭覚などの過敏さをもつ人に対しては、面接室の音、壁紙や装飾、塗料の臭いなどにも注意を払う必要がある。

心理療法的アプローチの課題

①自己制御、コミュニケーション、実行機能、学習、感情コンピテンス、こだわり、友人関係、社会生活のルール、実社会への準備などに関する具体的な相談・助言。(テレサ・ボーリック:アスペルガー症候群と思春期.明石書店、2012)

②援助者の考えや感情を積極的に伝えること、クライエントと他者との捉え方や感じ方の違いを明確にすることなどにより、クライエントが自他の心を意識できるようにはたらきかけること(メンタライゼーションに焦点付けた介入)。

③自己理解とアイデンティティ形成

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平成22年度障害者対策総合研究事業(身体・知的等障害分野)

青年期・成人期の発達障害に対する支援の現状把握と効果的なネットワーク支援についての

ガイドライン作成に関する研究

代表研究者:近藤直司(山梨県立精神保健福祉センター)

分担研究者:志賀利一(国立重度知的障害者総合施設のぞみの園)塚本千秋(岡山県精神科医療センター)鳥海順子(山梨大学)

『青年期・成人期の発達障害者へのネットワーク支援に関するガイドライン』発達障害情報・支援センターHP

www.rehab.go.jp/ddis/

ネットワーク支援に登場する機関

発達障害者支援センター、精神保健福祉センター

精神科医療機関、小児科医療機関

通所授産施設、小規模作業所就労移行支援事業及び就労継続支援事業社会適応訓練事業所、障害者就業・生活支援センター市町村担当課・相談支援事業所地域障害者職業センター、ハローワーク若者サポートステーション、職業能力開発校

中学校、高等学校、専門学校、短大、大学特別支援学校、県教育委員会通信制高校、サポート校、フリースクール、高認予備校

警察、保健所

日本貸金業協会、行政書士家庭裁判所、保護観察所、児童相談所、医療少年院