経済広報センターポケット・エディション・シリーズ No.124 成長する企業のための イノベーションと創造性 ブリガム・ヤング大学ハワイ校 学長 ハーバード・ビジネス・スクール 名誉教授 スティーブン・C・ウィールライト

(財)経済広報センター 銀行 成長する企業のための ...Steven C. Wheelwright ) ブリガム・ヤング大学ハワイ校 学長 ハーバード・ビジネス・スクール

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〒100-0004 東京都千代田区大手町1-3-2 経団連会館19階[email protected]://www.kkc.or.jp/

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ No.124

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(財)経済広報センター

成長する企業のためのイノベーションと創造性

ブリガム・ヤング大学ハワイ校 学長ハーバード・ビジネス・スクール 名誉教授

スティーブン・C・ウィールライト

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

1

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

経済広報センターは、二〇一一年八月二九日、ブリガム・ヤング大学ハワイ校学長でハーバード・ビジ

ネス・スクールの名誉教授であるスティーブン・C・ウィールライト博士を迎え、「成長する企業のため

のイノベーションと創造性」と題する講演会を開催した。

 

ウィールライト博士は、企業のイノベーション活動においては、①プロジェクトのタイプを定義して、

②複数のプロジェクトを組み合わせ、③優先順位を決めて経営資源を割り当て、④開発のロードマップを

描いていく、という手順が重要だと説いた。また、プロジェクト遂行にあたって適した組織類型や、優れ

た開発リーダーの特徴についても触れ、企業成長へのヒントを提供した。

 

本稿はその講演会の内容を紹介するものである。

【スピーカー略歴】(敬称略)

スティーブン・C・ウィールライト

(Steven C. W

heelwright

ブリガム・ヤング大学ハワイ校 

学長

ハーバード・ビジネス・スクール 

名誉教授

 

ユタ大学より理学士号を、スタンフォード大学より経

営学修士号(MBA)および博士号を、ハーバード大学

より名誉博士号を取得。一九七一年〜七九年、ハーバー

ド大学で初めて教鞭を執る。八五年〜八六年、ヘンリー・

キャロル・フォード基金客員教授。八八年、再びハーバ

ード大学の教授陣に加わる。ハーバード大学を離れてい

た期間は、スタンフォード大学経営大学院教授として、

戦略的経営について教え、製造戦略プログラムの導入の

指揮を執る。九五年〜九九年、ハーバード大学上級副学

部長としてMBAプログラムを担当。二〇〇三年〜

二〇〇六年、ハーバード大学ベイカー基金冠教授、上級

副学部長およびハーバード・ビジネス・スクールの出版

活動ディレクター。フランス・フォンテーヌブローにあ

るINSEAD(

欧州経営大学院)

において教鞭を執っ

た経験もある。二〇〇七年六月より、ブリガム・ヤング

大学ハワイ校学長。

 

専門は、ビジネス戦略、技術と運営のマネジメント、

実践的新製品開発など。

 『技術とイノベーションの戦略的マネジメント』

(二〇〇七年、共著、翔泳社)など著書多数

「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

  

日 

時 

二〇一一年八月二九日(月)

一〇時三〇分〜正午

  

場 

所 

経団連会館 

二階 

経団連ホール北

  

講演者 

スティーブン・C・ウィールライト

ブリガム・ヤング大学ハワイ校学長

ハーバード・ビジネス・スクール

名誉教授

スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

2スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

●ウィールライト教授の講演

 

私は過去二五年間イノベーションと創造性を

研究してきた。私がこの研究を始めた当時は、

これがビジネススクールの教授が研究すべき

テーマだとは考えられていなかった。八〇年代

から九〇年代当時、ビジネススクールのカリ

キュラムにはエンジニアリングは含まれておら

ず、製品開発はエンジニアリングおよびデザイ

ン関連の分野と認識されていたからだ。しかし、

今日ではハーバード、MITなど、多くのビ

ジネススクールでこのテーマは取り上げられ

ている。

 

さて、多くの人々はイノベーションと聞くと、

一人のイノベーター、アントレプレナー(起業

家)を思い浮かべる。ある創造力に富んだ人物

がいて、その人物個人が、組織の駆動力となっ

て働くイメージだ。例えば、八〇年代のアップ

ルは製品開発分野で大きなミスを犯した。当時

は「一人だけがイノベーションに従事すればよ

い」という伝統的な考えがあり、スティーブ・

ジョブズが『イノベーター』、『創造者』として

存在していたアップルも、この考えにとらわれ

て失敗した。が、後にジョブズ自身が、クリエー

ティブな人材は必要だが、クリエーティブな人

材がいるだけではビジネスは成功しないという

ことに気づいた。

 

二つ目の考えは、ここ一〇年ぐらいでよく耳

にするようになったように、企業内に『イノベー

ション文化』を作らなければならないというこ

とだ。社員全員がアイデアを持っていれば、そ

3スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

の組織自身がクリエーティブになり、新製品を

次々に開発できる。しかし、これがうまくいく

かどうかは、組織のリーダーの個性次第だとみ

られている。

 

さて、これに続く三つ目の考え方を今日は紹

介したい。よりシステマティックなアプローチ

で、どのようにイノベーションのステップを踏

めば良いのかを考える方法だ。

〈新製品/新サービスへの期待〉

 

最初に取り上げたいのは新製品、新サービス

への期待についてだ。なぜ人々は新商品に興奮

を感じるのだろうか。

 

第一に、新製品・新サービスは、市場での成

功をもたらすものだからだ。企業は新製品や新

サービスを導入することで、マーケットにおけ

る立ち位置を改善し、強化することができる。

新製品・新サービスの導入を競合他社よりも効

果的に実行できれば、顧客はその企業こそがイ

ノベーティブな企業、イノベーティブな組織だ

と理解してくれるだろう。人々がイノベーショ

ンと創造性に関して興奮を感じる理由は、市

場で成功をおさめるチャンスをもたらし、企

業全体の立ち位置を変えることすらもできる

からだ。

 

第二に、イノベーティブな組織を持つと資源

の有効活用が可能になり、投資に対するリター

ンも改善される。顧客は、たとえ高価でも最新

のものを買いたいという意欲を持っているの

で、競合他社よりも良いものを提供すれば、喜

4スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

んで高い対価を払ってくれる。これにより、資

本に対するリターンが改善されることになる。

 

また、組織自身が変革し、再生するチャンス

が生まれる。社員が自らのアイデアを出してプ

ロフェッショナルな仕事をするようになるの

だ。新製品・新サービスを通して成長している

企業を観察すると、社員の誰もが新しい製品や

サービスに参画したいという気持ちを持ってい

る。非成長分野にいる社員は、古い部門を去っ

て新しい部門に異動したいと思うようになる。

新製品・新サービスへの期待は大きいため、合

理的判断として、誰もが新しい動きの一部にな

りたいと考える。これが新製品と新サービスへ

の期待だ。

〈新製品/新サービスの例〉

 

アメリカで大成功をおさめた例を一つ挙げよ

う。トヨタのハイブリッド車、プリウスの例だ。

 

興味深いことに、アメリカのGM、フォード

はトヨタ同様のリソースを持っていて、ハイブ

リッド車を開発し販売することもできたのに、

そうしなかった。イノベーティブに製品を開発

していこうというシステマティックな仕組みや

組織を持たず、また、見通しも持っていなかっ

たからだ。

 

アメリカの消費者にハイブリッド車や電気自

動車について問うと、フォードやGMではなく、

トヨタやホンダの名前が挙がる。アメリカの消

費者は、クリエーティブな企業はトヨタやホン

ダだと思っているからだ。

5スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

実際は、トヨタではイノベーティブに製品を

開発する仕組みやシステムを導入していただけ

だ。新しい製品やアイデアを出し、新技術を適

用できるような仕組みがあったのだ。

 

もう一例、iPhoneを挙げよう(図1)。

このチャートは四年間にわたる製品の特徴を挙

げている。アップルはiPhoneの製品ライ

ンを拡充し、何ができるのかという可能性を広

げてきた。一〇年前、アップルが携帯電話の分

野でリーダーになるなどということは誰も予想

しなかったが、iPhoneによって携帯電話

の世界をすっかり変えてしまった。もちろん、

アンドロイド、グーグルなどの他の会社も競争

をしかけているが、結局iPhoneの特徴を

コピーしていることが多い。

図1 新製品/新サービスの例(1)

(ウィールライト教授講演資料)

6スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

もう一例、この数年間非常に高い業績を上げ

ているホテル業のマリオット社を挙げる(図

2)。マリオット自体は随分昔からあるブラン

ドで、今後も成長が見込まれる。しかし、同社

は長期滞在型の『エクステンデッド・ステイ・

ホテル』というブランドを立ち上げた。一ヵ

月から数ヵ月といった滞在期間をターゲット

とする新しいホテルブランドを加えたのだ。

 『エクステンデッド・ステイ・ホテル』は、

エグゼクティブ・アパートメントと呼ぶことも

できる。最低三〇日間の滞在をしなければいけ

ないというコンセプトで、世界の大都市で展開

している。

 

マリオット社は、ホテル業におけるマーケッ

ト・セグメントは様々であるということに気が

7スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

つき、すべてのセグメントにサービスを提供し

ようと思えば、一つのブランドでは難しいと判

断したのだ。

 

私自身、高価格帯のホテルである『マリオッ

ト』に泊まることもあれば、中レベルの価格帯

の『コートヤード』に泊まることもある。家族

と一緒の場合には『スプリングヒル・スイーツ』

に泊まるかもしれない。『スプリングヒル・

イーツ』は一部屋にリビングルーム、ベッドルー

ムと浴室が複数備えられているホテルだから

だ。場合によっては、誰かが私に大盤振る舞い

をして『リッツ・カールトン』に泊まらせてく

れるかもしれない。

 

これが提供するサービスのラインを徐々に拡

大していったサービス業の例だ。新しい製品ラ

インをマーケット・セグメントに対応する形で

提案することこそが、成功裏にイノベーション

と創造力を発揮するカギとなっている。

〈新製品/新サービスの現実〉

 

次に、大多数の新製品と新サービスのリリー

スまでの話をしよう。

 

マネジメント層に、商品のイノベーションに

対して、最大の影響力を果たせるのはどこかと

質問すると、プロジェクトのごく初期だと答え

る。プロジェクト開始時には何もまだ決まって

いない。ターゲット・マーケットすら決めてい

ないかもしれない。どんな技術を使うかも、特

徴も何も決めていない時点だ。

 

例えば、アップルが携帯電話の分野に参入を

図2 新製品/新サービスの例(2)

(ウィールライト教授講演資料)

8スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

決定したとする。スタート時に唯一決定したの

は、携帯電話として使えるものを作ろうという

ことだけだ。それ以外は、ディスプレーなど活

用する技術や操作特性も未定だった。それから

色々なことを決めなければならなかったのだ。

 

図3は、時間の経過とイノベーションの相関

図だ。イノベーションの終わりの部分では、広

告費も使ったし、工業製品であれば工場も建て

た、全て決定済みという段階だ。ここに至ると、

変更を加えるのに大変な資金が必要となる。と

ころが、ごく初期ならどうとでもできる。初期

の時点ではコンセプトがあるに過ぎず、何も決

まっていないからだ。

 

ほとんどの企業はこの曲線が現実であること

をわかっている。初期段階ではレバレッジがき

9スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

いて、結果への影響力は大きいが、時間が経つ

につれて、例えば、試作品の製作や試験生産、

そして生産能力の増強という段階になってくる

と、新機軸が成功するかどうかという結果への

影響力を持ちにくくなる。

 

強調したいのは、初期段階では及ぼし得る影

響力は非常に高いが、終わりになってくると小

さくなってくるということだ。

 

博士課程の学生が行った、企業の経営者やマ

ネジメント層がどのようなことに時間を費やし

ているかという調査がある。新製品をリリース

しようとする企業において、経営陣のマネジメ

ント活動の時間が新製品の特徴やサービスの特

徴を決める意思決定の部分に割かれているの

か、あるいはもっと後の段階に割かれているの

かという調査だ。

 

自動車メーカー、エレクトロニクス企業、製

薬会社、医療機器メーカーなど、様々な分野の

企業を対象とした調査結果によると、経営陣が

もっとも多くの時間を使っているのはプロジェ

クトの初期段階ではない。

 

実際には、経営陣はプロジェクトの初期段階

ではほとんど時間を割かず、試作品(プロトタ

イプ)を作り、試験生産を始める段階で時間を

使っている(図4)。試作品に対する顧客から

のフィードバックを得ていくうちに、突然、マ

ネジメント層は、これはうまくいかないかもし

れないということを知る。この部品ではうま

くいかない、あるいは、一定のセグメントの顧

客は気に入ってくれているが、他のセグメント

フェーズ 情報収集

コンセプト調査

基本設計

試作品製作

試験生産

生産能力増強

結果への影響力

注目度と影響力の指標

図3 新製品と新サービスの現実

(ウィールライト教授講演資料)

10スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

の顧客は気に入ってくれていない、などという

ことがわかってくる。フィードバックを受ける

につれて、その問題を解決するために、経営陣

がどんどん関与を高めてくる。

 

こういったマネジメントは、多くの時間を費

やしているにもかかわらず、結果への影響力は

たいして大きくない。意思決定は既に初期段階

でなされてしまっているからだ。原材料、技術、

あるいはターゲット顧客、価格などはすべて

過去に決められてしまっている。これは大き

な問題だ。

 

二番目のポイントとして、製品を上梓する時

にもマネジメント層は時間を費やす。この段階

に至って、顧客が、形が気に入らない、色もよ

くない、この製品は複雑すぎる、などと文句を

11スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

言い始める。平均的な顧客に商品が届き始める

と様々なフィードバックが返ってくるため、そ

こにマネジメント層が関与を始めるのだ。

 

ごく初期の段階に機会があるにもかかわら

ず、なぜマネジメントが関与しないのかを調査

すると、合理的な理由がそこには見えてくる。

最初の段階で意思決定をして、その意思決定が

正しくなかったとなると、意思決定者として失

格だというレッテルを貼られてしまう。しかし、

マネジメントではなくチームが一緒になって意

思決定をし、その後の段階で問題が発生してか

ら関与し始めると、経営陣はヒーローになるこ

とができるのだ。意思決定に関与しなかったこ

とが、問題の一因にはなったかもしれないが、

問題の根源的な原因を作ったのは自分ではな

いので、責任をとらされることはない。あら

ゆる業界でこのようなことが起こっている。

 

もう一つの事例を挙げよう。

 

技術者あがりの経営者の例だ。彼らはかつて

は自らテクノロジー分野に携わってきたが、昇

格するにつれ、だんだん技術には関与しなくな

る。プロジェクトで成功するためには、最近訓

練を受けた人たちに任せて意思判断をしても

らった方が良いのではないかと思ってしまう。

 

多くの経営陣が権限委譲という名目で、チー

ムや部下に任せておいて、ずっと後の段階で、

必要があれば自分が関与するという形をとる。

 

ポイントは、マネジメントは初期段階で何が

できるかということだ。プロジェクトの初期段

階こそ最も結果への影響力が高く、そこに参

結果への影響力

フェーズ 情報収集

コンセプト調査

基本設計

試作品製作

試験生産

生産能力増強

結果への影響力

マネジメント活動の実際のタイミング

注目度と影響力の指標

図4 新製品と新サービスの現実

(ウィールライト教授講演資料)

12スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

画することによって、大きな成果を生むこと

ができる。

〈プロジェクトの適切な設定〉

「用語の定義」

 

本来、マネジメントが影響力を発揮するため

には体系的な関与が必要だ。

 

第一に、適切なコンセプト、あるいは用語の

定義をつくらなければならない。新しいイノ

ベーションを織り込んだプロジェクトについて

語るときには適切な用語が必要だ。言い換える

と、イノベーション・プロジェクトをどのよう

に表現するかということだ。

 

携帯電話でいえば、色の変更もイノベーショ

ン・

プロジェクトと呼べるし、携帯電話のソフ

トを変更して画面に表示されるグラフィックデ

ザインを全体的に変えることもイノベーショ

ン・プロジェクトだ。しかし、この二つはプロ

ジェクトの性質が全く違う。したがって、プ

ロジェクトで使用する用語を定義しなければ

ならない。

 

企業における用語の定義を観察してわかった

のは、製品・プロセスの変化の幅が広いほど劇

的でラディカルなイノベーションになるのだ

が、用語によって、その製品の幅、プロセスの

変化の幅が規定されてしまうということだ。

 

第一世代がその後の一連の製品の定義づけに

なり、次に修正、あるいは強化がくる。本当は、

製品の色を変えるなどということは、単なる機

能拡張や強化、あるいは既存のモデルの派生に

13スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

しかすぎない、非常に限定的な変更だが、一歩

間違えればこのようなことでさえイノベーショ

ンと呼ぶことができてしまう。

 

図5で見ると、左上はより劇的な変更にあた

る。中央部分は、ほとんどの企業が『プラット

フォーム』あるいは『次世代製品』と呼んだり

しているレベルだ。十分な設計寿命を持つ製品、

顧客はこの『プラットフォーム』をベースにし

た製品を数年後も買い続けているであろうとい

うものだ。

 

例えば、自動車業界では、プラットフォーム

はかなり長寿だ。ドイツの自動車メーカーのプ

ラットフォームの寿命は、一九八〇年代、九〇

年代を通じて大体一二年間、つまり一〇〜一二

年ごとに自動車の再設計をすればよいことにな

製品の変化

プロセスの変化

新規のコア製品

次世代のコア製品

製品群への追加

機能の追加と強化

調査と先行開発

ユニーク先進

プラットフォーム/次世代製品

強化、ハイブリッド、派生

新規のコアプロセス

次世代のプロセス

一部署の向上

微調整と増大

図5 開発プロジェクトの用語

(ウィールライト教授講演資料)

14スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

る。アメリカの自動車メーカーの場合は、プラッ

トフォームの寿命は八年程度、日本の自動車

メーカーの場合は、三〜四年に縮めている。これ

は少なくとも日本の自動車メーカーがアメリカ

で競争力を維持している一つの要因でもある。

 

プラットフォーム寿命を短縮するには、新し

い技術が必要になる。次のプラットフォームが

既存のものよりも、より良いものでなければな

らないからだ。技術の進歩が遅ければプラット

フォームの更新を素早く行うことはできない。

中途半端な進化でしかないプラットフォームに

投資をしたとしてもその投資を回収することは

できないからだ。

 

他の業界の例としてディスクドライブの事例

を挙げよう。

 

ハードディスクドライブは、あらゆるコン

ピューターやラップトップに搭載されている。

一九八〇年代後半には大体一八カ月の更新サイ

クルだったが、技術の劇的進歩により、現在は

もっと短縮されている。今はUSBに差し込ん

で使うタイプのドライブもある。昔は大容量ド

ライブを利用するには多くの投資が必要で、こ

んなに手軽に使うことは不可能だと思われてい

た。しかし、今では誰もがいつも持ち歩いて便

利に使っている。

 

企業内では多くの人たちがイノベーションに

関わる一連の活動をしているが、実際に最も利

益を上げている会社は、一連のプラットフォー

ムを最も成功させている会社だ。そしてそのプ

ラットフォームの寿命が長ければ、派生商品を

15スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

たくさん市場に出すことができる。

 

このように、用語を定義することは大変重要

で、これによって組織内でのコミュニケーショ

ンを確保していく必要がある。用語の定義を確

実に実行している企業に行って、『プラット

フォーム』という言葉を使ったら、その組織内

の全員がその意味するところを即座に理解して

くれる。また、例えば、『派生』と言うと、図5

の右下の方のことを言わんとしているというこ

とを全員が理解してくれる。「先進的な製品」と

言うと、左の上の方にある『ユニーク・先進』と

いうことだと理解してくれるといった按配だ。

 

企業として、本当に創造的なことを行おうと

する場合、最初に実行可能性を立証しなければ

ならない。したがって、概念実証(プルーフ・

オブ・コンセプト)が必要になってくる。

 

製品そのものとしての実現可能性を証明する

のではなく、コンセプトとしての実現可能性を

証明する方がより簡単だ。言い換えると製品を

開発するプロセスとは別に、技術のコンセプト

を証明する方がより簡単なのだ。多くの企業は、

まだ実証されていない新技術を多数抱えてい

る。それを、そのまま進めようとするとコスト

がかかり過ぎるが、コンセプトの開発を別途に

進めていければ、必要な新技術だけに開発を集

中して、先進的な商品に適用することができる。

 

それでは、トヨタ自動車のプリウスの例に

戻って説明してみよう。以前から「自動車」は

あったが、初代プリウスの場合にはユニークで

先進的なものだった。トヨタは、最初は完璧な

16スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

ものができないことを覚悟していた。だから、

初代プリウスを市場にリリースしたら即座に次

のプラットフォームの作業を開始し、次のもの

ができたなら、さらに次のプラットフォームに

すぐ移るといったことを繰り返した。各ステー

ジにおいて、テクノロジーに磨きをかけ、特徴

をより洗練されたものにし、顧客ニーズに合わ

せるようにした。こうしてその技術の影響力を

拡大していったのだ。

 

このように、製品は世代ごとに変化していく

という考え方は、イノベーションで成功するた

めの基本条件だ。トヨタ自動車は非常にうまく

それをやった。

「プラットフォームの定義づけ」

 『プラットフォーム』や『次世代』といった

用語を使っている企業は、組織内でその用語を

非常に明確に定義しているということが、我々

の研究で判明している。

 

第一に、『プラットフォーム』とは初期の市

場ニーズに適合するコアとなる特性を持ち、

様々な特徴を商品に与えることができるもの

である。

 

第二点、『プラットフォーム』は製品の全世

代に応用可能で、次世代製品への導入となるよ

う成功をおさめ、かつ長寿命なものでなくては

ならない。『プラットフォーム』の変更には莫

大なお金がかかるからだ。

 

サービス分野でも同様だ。『プラットフォー

17スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

ム』を頻繁に変えると消費者は各々のブランド

の違いがわからなくなって混乱してしまう。

よって、各ブランドのコアとなる特性を洗い出

しておく必要がある。例えば、『マリオットホ

テル』のラインと『コートヤードホテル』のラ

インのコア特性を洗い出し、顧客のニーズが

各々どのように当てはまるのかをマッチングし

なければならない。しかもそのマッチングは、

ある程度の長期にわたって安定的に保たれなけ

ればならない。そのブランドによって何が提案

されているのかが消費者にしっかりと伝わらな

ければならないからだ。そうすれば、顧客は実

際に滞在して、「ああ、これこそ自分が求めて

いたホテルのサービスなのだ」と実感するはず

だ。もし消費者のニーズに合っていなければ別

のブランドのホテルに泊まるだろう。

 

第三点、『プラットフォーム』は拡張可能で

なければならない。拡張可能性があってこそ追

加的なイノベーションが将来にわたって提供可

能となる。派生商品やバリエーションタイプを

つけ加えられるようになるのだ。

 

自動車産業では毎年モデルチェンジをする

が、プラットフォームを毎年変えることはしな

い。各マーケット・セグメントに、より良い

商品を提供するために、幾つかの特徴を更新

するのだ。

 

最後に、この『プラットフォーム』はプロジェ

クトのロードマップや設計を確立する役割を果

たせるようなものでなければならない。これに

ついては後ほど解説する。

18スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

「戦略的な組み合わせの選択」

 

さて、用語の定義が確立されると、次はプロ

ジェクトの戦略的な組み合わせを選択すること

が必要になる。

 

イノベーション・リソースの配分に関する

我々の研究結果を披露しよう(図6)。

 

シナリオAは、グーグルの過去五〜七年間の

資源配分の例だ。グーグルはイノベーション・

リソースの四〇%をトップカテゴリー、すなわ

ち高度な開発とブレイクスルーに充てている。

結果、高度な開発とブレイクスルー・プロジェ

クト数においてグーグルは抜きん出ている。

 

ハイテク企業では、新規性の高い高度な開発

をブリーディングエッジと呼ぶ。リーディング

エッジではなくてブリーディングエッジと呼ぶ

19スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

のは、出血多量で組織が死んでしまうかもしれ

ないという意味が込められている。技術革新が

あまりに早く、うっかりすると企業の死につな

がってしまうということだ。グーグルはR&D

のリソースの四割をこの分野に振り向けている

が、異例なほど高い割合だ。一般的なエレクト

ロニクス企業であれば、この分野に振り向ける

リソースは一〇%程度だろう。

 

次に、グーグルはクリエーティブ・

リソース

の四五%をプラットフォームの開発に充ててい

る。さらにリソースの一五%を強化、派生商品、

維持、サポートといった分野に振り向けている。

 

シナリオBは伝統的な会社、例えば、自動車

業界などに代表されるような会社だ。成功して

いる自動車メーカーは、リソースの大体一〇%

ぐらいを高度な開発とブレイクスルーに、

六〇%をプラットフォームに振り向けている。

プラットフォームは非常に重要で、しかも成功

の可否への影響が大きいからだ。残りの三〇%

は強化、バリエーション、維持、サポートなど

に充てる。

 

シナリオCは、成熟企業の例だ。高度な開発

などにはあまり資金を費やさず、ほとんどのリ

ソースを強化や維持・サポートに充てる。鉄鋼

メーカーやアルミ業界などがこのシナリオCに

当たるだろう。

 

イノベーションにかけるリソースは、グーグ

ルよりも小さいケースの方が多いだろう。しか

し、イノベーションで成功する会社は用語が確

立していて、きちんとプロジェクトが定義され

高度な開発とブレイクスルー

プラットフォーム

強化、維持、サポート

40     10       5

45     60      35

15     30      60

プロジェクトのタイプ シナリオA シナリオB シナリオC

資源配分の選択肢

図6 理想的なプロジェクトの組み合わせの決定

(ウィールライト教授講演資料)

20スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

ているだけではなくて、資金面でも、自社の資

源のどれぐらいの割合をどのプロジェクトに充

てるかをガイドラインとして持っているケース

が多い。これによって成功のために十分資金を

使うが、リターンが上げられないほどには使い

過ぎたりしなくなる。

「能力管理における規律の適用」

 

マネジメントが、初期段階で新製品・新サー

ビスに関して考えなければならない三つ目は、

能力管理(キャパシティー・マネジメント)だ。

 

よくあるケースとして、イノベーション・プ

ロジェクトを同時進行でたくさん走らせ過ぎて

いることがある。プロジェクト数が多過ぎると

企業は大体同じ人物を幾つかのプロジェクトに

同時に携わらせる。

 

数年前にIBMがエンジニアの生産性の研究

を行っている。エンジニアが一ヵ月当たり、ど

れぐらいのプロジェクトを手がけているのかを

計測してみたところ、一つのプロジェクトのみ

に携わっていた場合の生産性、すなわち本当に

生産的に使われた時間という意味でだが、それ

が大体六五%だった。ところが二つのプロジェ

クトを同時並行で手がけていると、生産性は

七〇%くらいになった。一つのプロジェクトで

待ち時間がある時に他のプロジェクトの仕事を

行うことができたからだ。

 

ところが、三つのプロジェクトを手がけさせ

ると生産性は六〇%に低下したそうだ。ミー

ティングの時間が多くなり、時間不足に陥って

21スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

しまったのだ。IBMでは優秀なエンジニアに

五〜六つのプロジェクトに携わらせるというこ

とをやっていたが、その場合の生産性は三〇〜

三五%になってしまっていた。ミーティングが

増え、その分フォローできていない部分を追い

かけるための時間ばかりが取られることになっ

てしまったのだ。エンジニアの時間を無駄にし

ている状況だった。

 

ここからわかることは、マネジメントは規律

をもってキャパシティーを配分しなければなら

ないということだ。

 

第一に、承認されたプロジェクトに見合った

資源をマッチングすることだ。プロジェクトが

多くなり過ぎないように統制する必要がある。

まず、何人ぐらいで幾つのプロジェクトができ

るかを考える。人数が把握できれば、どの程

度のプロジェクトが走らせられるかがわかる。

 

第二点として、プロジェクトの優先順位を決

める必要がある。多くのプロジェクトを手がけ

させすぎると、担当者はマネジャーに、どのプ

ロジェクトが優先なのかを質問するだろう。こ

のとき、マネジャーによって答えが違うと、担

当者が混乱する。全部の仕事を完璧にこなすだ

けの時間がないことはわかっているので、質問

ばかりが増える。するとどうしても答えが違っ

てきてしまう。結局本来かかるべき時間よりも

長くかかってしまうという結果になる。

 

イノベーション・プロジェクトが計画よりも

長期にわたった場合には、市場に上梓するのが

遅れ、最初に市場に商品を投入する会社(トッ

22スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

プランナー)でもなくなってしまう。これでは

イノベーションとしても一番ではなくなってし

まうし、悪いことばかりだ。プロジェクトのス

ピードが遅くなって良いことはない。だから、

あまりにも多くのプロジェクトに同一人物を配

置しないことだ。

 

数少ない方がスケジュール通り、予算内に完

了できる。規律を持ってリソースの配分をする

というのは大きなチャレンジだが、そうしなけ

ればならない。たくさんのプロジェクトを抱え

て全てが遅れてしまう、しかも市場のライバル

たちより遅れてしまうというよりはずっと良

い。焦点を絞ったアサインメントをし、アサイ

ンされた人は自分たちのプライオリティーは何

なのかを知る。また、そのプライオリティーが

安定的であると信じられることが、プロジェク

トに携わる人々にとって非常に重要なことだ。

開発戦略ロードマップの設定」

 

最後に、マネジメントが初期段階で行うべき

ことは、プロダクトのための行程表、ロードマッ

プを作るということだ。

 

そこで、日本の一眼レフカメラとデジタルカ

メラについて調べてみた。

 

キヤノンは一九九五年に一眼レフとデジカメ

の二つの技術を合体させて一つのカメラに搭載

しようと決定した。当然、他のカメラのプロジェ

クトも同時並行的に走ってはいたが、図7のよ

うなロードマップ、いわば行程表を描いていた。

最近キヤノンが市場に問うているのは、高性能

23スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

デジタル一眼レフカメラだ。

 

私は大学の学長として写真を撮られる機会が

多い。かねてより専門部局の担当者から五〇〇

ドルのカメラを購入したい、五〇〇ドルのレン

ズが必要だなどと申請が上がってきていたが、

今や三〇〇〇ドルのカメラを購入したい、そし

て五〇〇ドルのレンズが必要だと申請されてい

る。キヤノンは一眼レフカメラに関する顧客の

ニーズをきちんと把握し、消費者のこともよく

わかっていた。一眼レフカメラのクオリティー

が全て備わったデジタルカメラを作れば、プロ

フェッショナルな人が、そのカメラを欲しがる

だろうと考え、実行に移すためのロードマップ

を設定したのだ。このロードマップは、技術の

選択、どの特性をどの時点で投入するかといっ

図7 開発戦略ロードマップの設定(1)

(ウィールライト教授講演資料)

24スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

たことが表されている。

 

もう一つ、アップルのiPodの例だ(図8)。

興味深いことに飛行機に乗って周りを見回す

と、皆、最新のものを持っている。私が持って

いるのは二〇〇三年頃のものだが、ちゃんと動

く。私はアップルにとってはよい顧客ではない

が、

アップルとしては新世代のものをどんどん

売りたいわけだ。

 

覚えておられるだろうか。スティーブ・ジョ

ブズはアップルの創業者であり、一九七九年か

ら八四年ぐらいまでCEOだったが、会社の業

績不振があって取締役会によって解任され、ペ

プシのジョン・スカリーという人物がCEOに

任命された。しかしその後、スティーブ・ジョ

ブズは再びCEOに返り咲いた。戻った時には、

25スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

彼はマネジメントの役割、イノベーション・プ

ロジェクトの管理について良く理解していた。

最先端で適切なプロジェクトを立ち上げ、適切

なプロジェクトの組み合わせをつくって、適材

適所で人をアサインしていく。しかし、

一九八〇年前後の彼はマネジメント手法を全然

理解できておらず、すべて自分一人でやろうと

して、とうとう管理不能になったのだ。

 

もう一例として、マイクロソフトを挙げる(図

9)。マイクロソフト・オフィスのロードマッ

プを見ると、機能を追加し、拡張してプラット

フォームを組み変えていった様子がわかる。機

能拡張の助けとなったのが、メモリーの大容量

化やチップの高速化だ。マイクロソフトは様々

な技術が進展していく中で、それをどのように

図8 開発戦略ロードマップの設定(2)

(ウィールライト教授講演資料)

図9 開発戦略ロードマップの設定(3)

(ウィールライト教授講演資料)

26スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

有効利用すれば良いかを素早く判断した。

 

さらに紹介したいのは、開発にはリズム、あ

るいは、パターンを作っていく必要があるとい

うことだ。プラットフォームと派生の違いを考

えた場合、リズムや規律が必要になる。

 

ガイダントという医療機器メーカーが除細動

器とペースメーカーを製造していた時の話だ。

除細動器は、心臓が止まった時に大きな電圧の

ショックを与えて心臓を再び動き始めさせる器

具で、ペースメーカーとは、心臓の拍数を安定

させるための器具だ。

 

ガイダント社は毎年新商品を出すための十分

な規模がなかった。そこで、除細動器について

は二つのプロダクトライン、ペースメーカーに

ついては一つのプロダクトラインを走らせ、各

プロダクトライン毎に新しいプラットフォーム

を作るのは二〜三年に一度としたのだ。

 

彼らのビジネスにとってのプラットフォーム

は、バッテリー技術に依存している。というの

も、使用中にバッテリーが止まってはならない

し、医療現場で使用される場合、頻繁にバッテ

リーの仕様が変わっては困るからだ。センサー

も、コネクターも、プログラミングも大切だが、

バッテリーこそが最重要だ。最終的には信頼性

が非常に高い商品が求められており、外部から

プログラム可能なものでなければならない。

 

商品開発にはリズムが重要で、すべてのもの

を一時期にやり遂げようとしてはならない。各

商品ライン毎に大きなプラットフォームを二〜

三年おきにつくり、それぞれ順繰りに商品ライ

27スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

ンに投入、今年はこちらの商品ライン、来年は

あちらの商品ラインということで、ダブらない

ようにしていかなければならない。これもプロ

ジェクトをうまく機能させるためのマネジメン

トの役割だ。

〈プロジェクトの遂行―期日、予算、目標厳守〉

 

次に、プロジェクトを期日どおり、予算どお

り遂行していかなければならない。

 

そこでプロジェクトに関与する人々のチーム

が重要になってくる(図10、11)。

 

我々の研究によると、プロジェクトのパター

ンには四つの種類がある。

 

機能重視タイプとも呼べるようなプロジェク

トチームの運営では、開発、エンジニアリング、

Functional(機能重視タイプ)

機能型チーム

機能マネージャー(FM)

軽量型プロジェクトチーム

重量級プロジェクト・リーダー付きのチーム

自律型プロジェクトチーム

Cross-Functional(機能横断タイプ)

作業レベル

PMアシスタント

プロジェクトマネージャー(PM)

プロジェクトリーダー(PL)連絡係(L)

市場

市場コンセプト

コンセプトコアとなるチームメンバー(C)PMが影響し得る範囲

FM

L L L

FM FM FMFMFMFM

FMFMFMFM

ENG ENG ENGENG

MFG MFG MFGMFG

MKG MKG MKGMKG

PL C C C

C C C

図 10 開発チームのタイプ

(ウィールライト教授講演資料)

28スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

製造、あるいはマーケティングといった各機能

にそれぞれ人材が所属している。各部署からあ

るプロジェクトに対して人を出すが、メンバー

の仕事内容がプロジェクトに参加することで変

わるわけではなく、単に、例えば、開発から二

人、製造分野から二人、といった具合にプロジェ

クトに派遣されるだけだ。これを「機能型チー

ム」と言う。この場合、プロジェクトに従事す

るメンバーは自分の部署のトップに報告する形

となる。

 

次に、「軽量型プロジェクトチーム」。機能タ

イプだが、各機能間、部署間のコーディネーター

となる連絡係を置く。これを軽量型と呼ぶ理由

は、連絡係となる人々が、何の権限もないと感

じているためだ。彼らは指示待ちの姿勢で、自

29スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

分たちのリソースも権限も持たない。「軽量型」

という言葉は、ちょっと軽蔑したような言い方

になって嫌われがちだが、実際にその仕事をし

ている人たちは、自分たちは影響力を持ってお

らず「軽量型」だと感じているわけだ。

 

しかし、もう少し進むと、多くの組織で「自

律型プロジェクトチーム」あるいは「タイガー

チーム」と呼ばれたりしているが、文字どおり

通常の仕事から人材をピックアップし、特別な

場所に集めて、そのプロジェクトの専任にする

ことを行う。こういったプロジェクトは非常に

成功する。革新的な第一世代のプロジェクトを

行う場合、おそらくこのやり方が一番適してい

るだろう。ただし、ピックアップされた人材は

元の部署に戻りたくなくなり、新しい組織を自

分たちで作りたいと思うようになってしまう。

新製品開発なら新しい部署となって、最終的に

はそれが分離されていく。

 

第二世代の製品を出すために、他社の組織と

コーディネーションをとろうとした場合には、

「重量級プロジェクト・リーダー付きのチーム」

の方が良いだろう。

 「自律型プロジェクトチーム」と「重量級プ

ロジェクト・リーダー付きのチーム」の違いは、

自律型の方がプロジェクトのためのリソースを

より多く持っていることだ。

 

プロジェクトの期間中、報告するのはプロ

ジェクト・リーダーに対してだ。縦方向(機能

組織の所属長)ではなく、横方向に報告するこ

とになる。

図 11 各チームタイプの相違点

機 能 型

長所

•資源を最大限に活用•キャリアパスが明確•職務の専門性に焦点

•資源の集中の最適化•コミットメント/責任感•市場での成果に焦点

•成果へのコミットメント の欠如•動きが遅く、柔軟性に 欠ける•(メンバー間で)ずれや 不一致の可能性

•専門性だけでなく、ある 程度の幅が必要•深い専門性の欠如の 可能性•非伝統的なキャリアパス

短所

重量級チーム

(ウィールライト教授講演資料)

30スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

このようなプロジェクトチームを設定した途

端に、ほとんどの組織において何が起こるかと

いうと、縦の機能(機能組織の所属長)がプロ

ジェクトに携わるメンバーをコントロールしよ

うとし始める。もともと機能組織の所属長がメ

ンバーに対して責任を持っていたからだ。しか

し、プロジェクト・チームのメンバーは、プロ

ジェクト・

チーム(横組織)を重視したがる。

ちょっと居心地の悪い関係がチームと機能部署

に存在するようになってしまうかもしれない。

 

では、チームタイプとプロジェクトのマッチ

ングについて考えてみよう。

 

最も高度な開発、ブレイクスルーを要するプ

ロジェクトで単一の機能だけを必要とする場合

には「機能型チーム」が一番良いだろう。そ

の機能に関しては、非常に深い専門知識があ

るからだ。

 

しかし一方、「プラットフォーム」の開発の

場合には「重量級プロジェクト・リーダー付き

のチーム」が一番良い。その会社の中で、プラッ

トフォームがある程度存続しなければならず、

一貫性と結束力が製品のコンセプトとして必要

になってくるし、組織としてもそれを自然と支

持できなければならないからだ。

 

ユニークで先進的な商品を開発する場合には

「自律型プロジェクトチーム」が良い。その商

品で新しい事業を立ち上げようという場合には

特にそうだ。新分野に入ろうとする場合、多

くの企業が自律型プロジェクトチームで行っ

ている。

31スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

次に派生商品だが、「軽量型プロジェクトチー

ム」がおそらく一番良い方法だろう。既にプラッ

トフォームがあって、そこから派生商品を出

したい場合は、軽量型チームで問題なく対応

可能だ。

 

興味深い点は、これまで研究調査してきた

チームのほとんどは重量級プロジェクト・リー

ダー付きのチームだったことだ。調査した重量

級チームは共通した特徴を持っていたので紹介

しておく。

 

第一に、明確な憲章(組織の目的や信念を定

めたもの)を持っているということ。このチー

ムの目的は何かとメンバーに聞くと、同じ答え

が全員から返ってくる。組織の憲章を皆が理

解しているからで、それが成功の基礎となっ

ている。

 

第二に、部門間協力のためにコアチームが共

同設置されていること。つまり、互いに情報交

換をしたり、毎日顔を合わせる場を持っている。

 

第三に、チームのリーダーがそれぞれの機

能で尊敬を受けるような人物であること。

 

第四に、コアチームが責任を負うということ。

一定の結果を出すためのプロジェクトコスト、

時間、マーケットシェアなどについての責任は

コアチームが持つ。チームと組織の間で契約す

るのだ。

 

第五に、コアチームのメンバーは、プロジェ

クトのチームメンバー、そして機能部署を代表

するメンバーという二つの責任を果たす。例え

ば、マーケティング部門のメンバーとファイナ

32スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

ンスの専門家が重量級チームに入っている場

合、互いに助け合わなければならない。ファイ

ナンス部門からの専門家もマーケティングのヘ

ルプが要るし、逆もしかりだ。誰もがプロジェ

クトの一員であり、全員がチームに貢献する。

機能を代表するだけではなくて、機能より

もっと広いものを代表していなければならな

いのだ。

 

最後に、役員がチームのスポンサーになるこ

とが必要だ。チームが機能組織と摩擦を起こし

たときに、相談先が明確になっていなくてはな

らない。

 

今日アメリカでは、例えば、新興エレクトロ

ニクス企業などで、すべてのプラットフォーム

が重量級チームでスタッフィングされている

ケースが多い。プラットフォーム・プロジェク

トを行うにはそれが一番効果的だと理解されて

いるからだ。

〈商品開発プロセスをいかに主導するか〉

 

結びとして、イノベーションと創造性を引っ

張るためのリーダーとはどのような人物なのだ

ろうか。幾つかの特徴を洗い出してみた。

 

第一に、リーダーは全組織を含めた明確な方

向性を打ち出すことが必要だ。どんなプロジェ

クトであっても、一体何をしようとしているの

かというきちんとしたビジョンがなくてはなら

ない。用語、ロードマップといったツールはビ

ジョンを強化するものだ。

 

第二に、リーダーは作業アジェンダを設定し

33スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

て組織の注意と努力をそれに向けさせなくては

ならない。自分たちが今どの地点にいるのか、

何をしなければいけないのか、誰の助力があれ

ば完成できるのかを全員がわかっている状態に

持っていく。これによって、プロジェクトは休

むことなく常に前進する状態になる。

 

第三に、リーダーは「偉大なる教師」でなけ

ればならない。例えば、会議室に入るや否やホ

ワイトボードやフリップチャートに様々な図面

を描いたりすることから始める。リーダーはプ

ロジェクトのビジョンの一部であるコンセプト

を教え、達成目標を示す。そこで皆がわくわく

感を共有できるように、そしてその実現のため

に協働できるように持っていく。

 

第四に、リーダーは組織に権限を与える。権

限を与える前に、部下を訓練し、教えた上で、

部下に提案させる。リーダーが全て決めるので

はなく、チームのメンバーに提案させ、それを

サポートするのだ。

 

最後に、リーダーは個人的なコミットメント

をもってプロジェクトを完了に導く。

 

一番良い例はスティーブ・ジョブズだが、彼

はビジネスミーティングなどで、この製品があ

なたに何を提供してくれるか、なぜあなたはこ

れを買わなければいけないかというコンセプト

を常に売り込もうとしていた。

●質疑応答

【質問】リーダーの条件の四つ目として権限を

与えるということを述べられたが、もう少し詳

34スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

述してほしい。

【ウィールライト】人々に権限を与えるという

ことに関しては、管理職によってやり方が違う

が、幾つかの主要エレメントがある。

 

一つは、ほとんどの人々、特に教育があり、

自分のやっていることに充実感を感じている人

たちは、自分がプロジェクトの一部になりたい

と思っている。メンバーに、自分は価値があり、

自分が言うこと、考えることは役に立つと意識

させなければならない。そのためには、自分が

意見を言えば誰かが聞いてくれるというプロセ

スを作る必要がある。

 

二つ目にスタンダード設定がある。多くの人

たちはアイデアを持っているが、大して考えを

詰めていない。だから、アイデアを出せばいい

だけなのか、それともそれを表明するときには

それをサポートするようなデータを付ける必要

があるのかを明確にしなくてはならない。企業

によって、ただアイデアを出させるだけの場合

もあれば、データを付けてアイデアを出させる

場合もある。

 

一例として、一定時間(例えば二時間)を与

えて、とにかくアイデアを出させる、アイデア

を出す限りにおいては批判をまったく許さない

という手法がある。そうすると、たくさんのア

イデアが出て、そこから小さな分科会に分かれ

ていく。各グループで一〇〇ぐらいのアイデア

が出たとして、その中から五つのベストアイデ

アを選ばせる。その後、改めて全体会議に戻っ

て、各グループでベストのアイデアだと思った

35スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

理由を説明させたりする。

 

こういったプロセスのフォローに関しては

様々な手法が確立されており、そこからベスト

な作業にたどり着くことが簡単にできる。

 

ベストなアイデアに気がつかないグループが

ある一方、十分な発表の機会やディスカッショ

ンのチャンスが与えられずアイデアが排除され

てしまうことや、自己規制が働きバイアスがか

かってしまうこともある。だから、あるプロセ

スを踏んだ後で、さらにデータを付けてどのア

イデアがいいのかを説明させたりする。

 

結果、二つぐらいのアイデアに収れんしたら、

各チームで、このアイデアについて議論するよ

うに指示する。アイデアによって、長所も短所

もあるだろう。しかしこのプロセスが大切だ。

このプロセスによって、チームに権限を委譲で

きる。このプロセスがあることによって、メン

バーが貢献できるし、自分のやり方が必ずしも

通らなくても、他の人が傾聴してくれることに

喜びを感じるようになる。

【質問】先生の研究から、一つのプラットフォー

ムを利用するベストの期間はどのぐらいだと考

えるか。ビデオゲームは大体五年くらいのプ

ラットフォーム、トヨタ自動車が二年くらいだ

と思う。アップルの場合にはマーケットをライ

バル社に奪われたくないということで、相当短

縮していると思う。しかし、プラットフォーム

の寿命が短縮されることによるリスク、あるい

は寿命が長すぎることによるリスクもある。平

36スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

均的な期間はどのぐらいだろうか。

【ウィールライト】通常、プラットフォームの

寿命はその業界の特徴、プラットフォームを開

発するコスト、それについてのリターンがどの

ぐらいで得られるかによって変わってくる。

 

私は、少なくとも三つの主要な要素があり、

それによってそのプラットフォームの寿命が決

まってくると考えている。

 

第一に、マーケットがその新しいプラット

フォームをどのぐらいのペースでキャッチアッ

プできるかだ。iPodの場合には、多くの顧

客が最新のプラットフォームをどんどん更新し

て買っている。アップルは製品マージンの把握

に長けていて、最近の例で言えば、アップルの

デスクトップパソコンは他社製品の約二倍の価

格がついているにもかかわらず、多くの学生た

ちはアップルの最新機種を持っている。流行だ

からだ。古いものから新しいものに移行する

マーケットの能力がプラットフォームの寿命

を規定する要素だ。

 

二番目はそのプラットフォームを開発するた

めのコストがどのぐらいで、どのぐらいのリ

ターンを得ることができるかだ。

 

自動車業界では、プラットフォーム開発にか

かるコストは非常に大きい。自動車を大量に販

売しなければ開発コストを回収できない。量産

メーカー以外は、プラットフォームの寿命をか

なり長くしておかなければ、その投資を回収す

ることができない。そういう意味で、採算性に

もかかわってくる。

37スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

三番目は技術の速度だ。どのくらい素早くプ

ラットフォームを更新できるかは、いかに早く新

しい技術が生まれるかにかかっている。

 

消費財の場合には、流行という側面もある。

ファッションビジネスにおいては大体一年に二

ないし三のサイクルがあり、非常にタフな環境

だ。このようなビジネスの場合にはプラット

フォームの寿命は非常に短い。

 

一方、病院用ベッド業界の研究では、アメリ

カの病院用ベッドは約二〇年の耐用年数があ

り、プラットフォームのサイクルは一一年とい

うことがわかった。だからといって病院のベッ

ドがそれほど変化するわけではない。価格が高

いからだ。危篤状態の人たちのための特殊な

ベッドもあるが、一般的には、顧客となる病院

の購入意欲をそそるために企業はさまざまな機

能を導入していく。しかし、価格が高いがため

に病院はそのサイクルに追いついて買い替える

ことができない。そのため、病院はプラット

フォームの更新の二回に一回くらいにしか対応

して買い替えをしないのが通常だ。病院用ベッ

ドのメーカーは、一方の病院に第一世代を売っ

たら、別の病院には第二世代を売る、そして第

三世代をつくったら第一世代を買った病院に売

りこんで買ってもらうという状態だと思う。

 

というわけで、一つの答えはない。その組

み合わせはそれぞれの業界で考えなければな

らない。

【質問】今日はイノベーションプロセスについ

38スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

てお話をいただいたわけだが、そのイノベー

ションプロセスと改善プロセスの比較はいかが

だろうか。少なくとも軽量型の部分においては

似ているところがあるのだろうか。

【ウィールライト】改善プロセスが得意な組織

の場合には、派生商品のプロジェクトと同じ

ツール、同じようなアプローチで当たるという

ことがあり得る。派生商品プロジェクトの場合、

派生的であるがゆえに行うべきことが限定的に

なり、既存のプラットフォーム上で済ませる。

プラットフォームの寿命を延ばし、拡大しよう

とするわけだ。

 

新しいプラットフォームの導入時には、二〜

三の派生商品しか視野に入っていないが、二年

後になると、それぞれの市場のサブセグメント

に沿ってカスタム化が想定できるようになり、

二〇の派生商品がそのプラットフォーム上でで

きるようになる。改善プロセスは軽量型のチー

ムプロセスでできると思うが、プラットフォー

ムとなると重量級プロジェクト・リーダー付き

のチームが必要になる。

 

典型的な良い例は自動車産業だ。八〇〜

九〇%の部品を新しいプラットフォームで再設

計すると仮定すると、様々な要素を再統合しな

ければならず、しかも、互いに干渉し合わない

で、うまく動くように担保しなければならない。

そして、部品一つずつではなくて同時並行的に

作業しなければいけない。そうでないとプラッ

トフォームの開発に大変な時間がかかることに

なるからだ。

39スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

 

だから、同じようなコンセプトは適用できる

かもしれないが、重量級のチーム構造がないと

本当の意味での権限委譲ができないし、新しい

プラットフォームの上で統合的なプロセスがタ

イムリーに動くことはなかなか難しいだろう。

【質問】 

アップルコンピュータのシニア・エグ

ゼクティブにインタビューしたところ、彼は

「アップルは唯一日本でのみ失敗した。失敗の

理由は、ターゲット・マーケット、つまり日本

市場向けにマーケティング手法を開発して適用

しなかったからだ」と言った。

 

先ほど「プロジェクトの適切な組み合わせの

設定」ということをおっしゃっているが、一つ

の適切な組み合わせというのはあるのだろう

か。あるいは一つの正しい組み合わせは存在せ

ず、多くの種類の組み合わせがあり得るという

ことか。効果的なマーケティング、効果的な製

品の生産をイノベーションという名のもとにお

いて行う場合、プロジェクトをどのように組み

合わせるべきだろうか。

【ウィールライト】この「適切な設定」の意味

するところを説明したい。

 

ここでは、単一の組み合わせのみが成功する

ということを言っているわけではない。「適切

なプロジェクトの組み合わせ」の意味するとこ

ろは、ある一定の組み合わせのプロジェクトが

あって、自社の目標を効果的に達成するために、

リソースや能力、対象としているマーケット

にきちんとマッチしている必要があるという

40スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

ことだ。

 

例えば、会社の規模が二倍大きければ、ひょっ

としたらより多くのプロジェクトを進めること

ができるかもしれない。それも会社の規模に

よって違ってくる。

 

したがって、個々の適切な組み合わせはその

企業によって違うし、企業の規模が大きければ

多数の組み合わせになる。自社のリソースにき

ちんとマッチして、自分たちの目標が達成でき

るような組み合わせのプロジェクトにしなけれ

ばならないということだ。

 

例えば、iPhoneというコンセプトがあ

る。今となっては、人々は成功のためにはあれ

が唯一の方法だっただろうと思うかもしれない

が、本当は一〇〇〇ぐらいの成功可能なやり方

があったはずだ。しかしアップルは、これがコ

ンセプトであるとした。二〇〇七年のiPho

neは単純な機能しか入っていなかったが、

二〇一〇年になるとかなり違っている。

二〇一〇年に行ったことを二〇〇七年にやろう

としたら、それは間違っていたと思う。したがっ

て、「プロジェクトの適切な組み合わせ」の一

部は自分の能力を知ることだ。そしてマーケッ

トがどのぐらい準備が整っているかを知るこ

とだ。そして十分に焦点を絞ることによって、

プロジェクトで成功をおさめることができる

と思う。

 

一九八〇年代のアップルは、「マッキントッ

シュ」もあったし、聞いたことがないかもしれ

ないが「リサ」というのもあった。もともと「リ

41スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

サ」がプラットフォームで「マッキントッシュ」

は派生だった。しかしそれは完全なミスで、

「マッキントッシュ」をプラットフォームとし

ていたらもっと大きな成功をおさめていただろ

う。スティーブ・ジョブズも辞任しなくて済ん

だかもしれない。「リサ」はビジネスマシンで、

プラットフォームとして使われていたが、今や

存在しない。一方、「マッキントッシュ」はす

ぐに売れるようになった。それでアップルはす

ぐに「マッキントッシュ」を中心とした新しい

プラットフォームを再設計し始めた。私は初期

の「マッキントッシュ」を持っているが、当時

はIBMの方が断然機能が良かった。しかし、

アップルは素早く学習し、致命的なミスから回

復したのだ。最初から「マッキントッシュ」を

プラットフォームにした方が適切な選択だった

だろうが、すぐに順応し、適切な設定に修正す

ることで再生したのだ。

(文責 

国際広報部主任研究員 

川口惠)

42スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

経済広報センター

ポケット・エディション・シリーズ

 

※当センターホームページでバックナンバー全文を

  

ご覽いただけます。(http://www.kkc.or.jp/

◆二〇一〇年発行

No・110

 「中国経済の現状と展望」

 

野村資本市場研究所 

シニアフェロー

 

関 

志雄

No・111

 「オバマ政権の外交政策と日米関係」

 (ブルッキングス研究所・日本経済新聞社との共催

 

シンポジウムより)

No・112

 「グローバル時代の英国の選択〜日本へのヒント」

 (英国ジャーナリスト・シンポジウムより)

No・113

 「持続可能な成長戦略を達成するための

              

企業経営の課題」

 (米国ビジネススクール教授招聘シンポジウムより)

No・114

 「二〇一〇年─日米関係の新たな扉」

 (ライシャワー東アジア研究所との共催シンポジウムより)

No・115

 「東アジアのさらなる成長・発展に向けた

       

日本ASEANパートナーシップ」

 (ASEANジャーナリスト招聘シンポジウムより)

◆二〇一一年発行

No・116

 「台頭するアジアと日米の役割」

 

シンガポール国際問題研究所 

所長

 

サイモン・テイ

43スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

No・117

 「世界金融危機後の経済体制と

          

通貨制度はどうなるか」

 

英国王立国際問題研究所(チャタムハウス)

 

国際経済リサーチ・ディレクター

 

パオラ・スバッキ

No・118

 「日本の安全保障、経済と外交情勢

       

─米シンクタンク研究者の視点─」

 (米国シンクタンク研究者招聘シンポジウムより)

No・119

 「二〇一一年の米国の政治と政策見通し

         

─変化は起こるのか?─」

No・120

 「アジア・太平洋地域の発展とAPECの未来」

 (日本経団連との共催シンポジウムより)

No・121

 「変化する世界における日英の役割」

 (英国ジャーナリスト招聘シンポジウムより)

No・122

 「中国経済の行方」

 

野村資本市場研究所 

シニアフェロー

 

関 

志雄

No・123

 「アジア太平洋新時代における日印関係」

 (インドジャーナリスト招聘シンポジウムより)

◆二〇一二年発行

No・124

 「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

ブリガム・ヤング大学ハワイ校 

学長

ハーバード・ビジネス・スクール 

名誉教授

スティーブン・C・ウィールライト

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

45

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ

(財)経済広報センター

ポケット・エディション・シリーズの発刊に際して

 

経済広報センターは、土光敏夫氏(第四代経済団体連合会会長)のイニシャティブによって一九七八年に設立

された財団法人です。当時国内では、企業の存在意義、あり方が厳しく問われ、また海外では、台頭してきたア

ジアの経済パワー、すなわち日本の動向に注目が集まっておりました。そこで、日本企業の考え方、行動、社会

における存在意義などを広く内外にお伝えし、相互理解のチャネルとなるという志の下に、政府から独立した民

間非営利組織として当センターが設立されました。

 

現在当センターは、経済界の政策提言や意見を社会にお伝えすることに力を入れております。そのような活動

を支える基礎として、国内ではビジネスパーソン、消費者、ジャーナリスト、教育者、有識者との対話の機会を

数多く設け、また、海外からは、多くのジャーナリスト、研究者、経済人、教育者を日本に招き、あるいは海外

諸都市において日本の経済人、研究者による講演会やシンポジウムを開催するなどして、日本に関する理解の深

化に努めております。

 

幸い、これら対話・講演・シンポジウムは、知識、情報、知見という観点からして深い内容となっており、会

員各位から、当センター関係者のみが知るにとどめず、広く公共の財産として共有するに値するものであるとの

ご指摘をいただきました。

 

そこでこれからは、内外における対話や講演会やシンポジウムの記録をまとめ、「経済広報センター・ポケッ

ト・エディション・シリーズ」として、逐次刊行することといたしました。会員の皆様のみならず、各界の方々

に広くご愛読いただければ幸いでございます。

 

このポケット・エディション・シリーズをより良いものとしていくために、各位のご教示を賜われば、幸甚に

存じます。

         

一九九九年一二月                

財団法人

経済広報センター

財団法人

経済広報センター

 

経済広報センターは、財団法人として三七業界団体、一六

一企業の賛助を得て、経済界の広報活動を展開しておりま

す。

 

会長は米倉弘昌氏(日本経団連会長)、副会長は、岩沙弘

道氏(三井不動産会長)、渡辺捷昭氏(トヨタ自動車相談役)、

川村隆氏(日立製作所会長)、坂根正弘氏(小松製作所会長)、

宮原耕治氏(日本郵船会長)がつとめております。

 

活動は次の四つの柱で展開しております。第一に、経済界

の情報や提言を広く国の内外へ発信し、政策形成プロセスに

おける議論を活性化するための広報活動、第二に、社会のメ

ッセージを多角的に受信し、経済界の活動にフィードバック

する広聴活動、第三に、豊かな知識社会を創造するための教

育界との対話、第四に、会員企業・団体の広報活動の支援な

ど、各種サービスの提供です。

 

これからも皆様方のご意見を伺いながら、各界の方々に

ご参加いただく活動を幅広く展開していきたいと考えており

ます。

(本シリーズの緑色は国内広報活動、青色は) 海外広報活動に関するものです

経済広報センター ポケット・エディション・シリーズ No.124発  行   2012 年 3 月 13 日発 行 所   財団法人 経済広報センター

東京都千代田区大手町1−3−2 経団連会館TEL:03(6741)0011 FAX:03(6741)0012

編集・発行人 中山 洋印  刷   株式会社 大巧

44スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」 スティーブン・C・ウィールライト/「成長する企業のためのイノベーションと創造性」

〒100-0004 東京都千代田区大手町1-3-2 経団連会館19階[email protected]://www.kkc.or.jp/

経済広報センターポケット・エディション・シリーズ No.124

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成長する企業のためのイノベーションと創造性

ブリガム・ヤング大学ハワイ校 学長ハーバード・ビジネス・スクール 名誉教授

スティーブン・C・ウィールライト