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J-PARC E14 KOTO 実験の概要 山中 卓 J-PARC E14 KOTO 実験 実験責任者 大阪大学大学院理学研究科 2009 10 23 1 概要 J-PARC E14 KOTO 実験の目的は、粒子と反粒子の対称性の破れの、新たな起源を探 ることです。 ビッグバンで宇宙ができたとき、同じ個数の粒子と反粒子の対が生まれました。しかし、 宇宙の温度が次第に冷えて行くにつれて、粒子と反粒子が衝突するとそれらは消滅し、代 わりに光子が生まれました。宇宙を満たしている絶対温度 2.7 度のマイクロ波は、このよ うにしてできた光子の残骸です。しかしこのままですと、宇宙には光子しかないはずです。 ところが宇宙には物質(陽子や中性子とそれを取り巻く電子からできた原子の集まり)で できた星や惑星があり、我々のように原子が集まってできた生き物がいます。逆に、反物 質(反陽子や陽電子、反原子など)は宇宙にほとんどありません。このように宇宙に物質 が残ったのは、宇宙の初期に粒子と反粒子の間にわずかな違いがあったために、粒子の方 が反粒子よりも少しだけ多くなった (比率で言うと、約 10 億個の反粒子に対して 10 億+ 1 個の粒子ができた)ためです。そのわずかに多かった粒子が生き残り、現在の宇宙の物 質を作りました。 一般に、粒子と反粒子のこのような振る舞いの違いは「CP 対称性の破れ」と言われま す。実験的には、CP 対称性の破れは 1964 年に K 中間子を用いて発見され、1973 年に小 林・益川がそのメカニズムを説明する理論を提唱しました。彼らの理論はその後、米国の Fermilab とヨーロッパの CERN 研究所で行われた実験によって確認され、さらに筑波の 高エネルギー加速器研究機構 (KEK) や米国の SLAC 研究所などにおいて B 中間子でも確 認されました。このように「実験室で観測された」CP 対称性の破れは、小林・益川によっ て説明され、彼らの理論は素粒子の「標準理論」に組み込まれました。この貢献により、 両氏は昨年、ノーベル賞を受賞しました。 しかし、小林・益川が解明した CP 対称性の破れのメカニズムだけでは効果が小さすぎ て、あいにく宇宙に物質を作ることはできません。従って宇宙の初期には、物質を作るの に寄与した、より大きな CP 対称性の破れを生む物理現象があったはずです。従って、標準 理論を超えた、新しい物理による CP 対称性の破れを探ろう、というのが我々の J-PARC E14 KOTO 実験のねらいです。 J-PARC E14 KOTO 実験は、中性の K 中間子を大量に生成し、長い寿命の K L 中間子 π 0 ν ν という3つの粒子に壊れるという、CP 対称性を破る崩壊現象を探ります。この崩 1

J-PARC E14 KOTO実験の概要J-PARC E14 KOTO実験の概要 山中 卓 J-PARC E14 KOTO実験実験責任者 大阪大学大学院理学研究科 2009 年10 月23 日 1 概要 J-PARC

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J-PARC E14 KOTO実験の概要

山中 卓J-PARC E14 KOTO実験 実験責任者

大阪大学大学院理学研究科

2009 年 10 月 23 日

1 概要J-PARC E14 KOTO実験の目的は、粒子と反粒子の対称性の破れの、新たな起源を探ることです。ビッグバンで宇宙ができたとき、同じ個数の粒子と反粒子の対が生まれました。しかし、宇宙の温度が次第に冷えて行くにつれて、粒子と反粒子が衝突するとそれらは消滅し、代わりに光子が生まれました。宇宙を満たしている絶対温度 2.7度のマイクロ波は、このようにしてできた光子の残骸です。しかしこのままですと、宇宙には光子しかないはずです。ところが宇宙には物質(陽子や中性子とそれを取り巻く電子からできた原子の集まり)でできた星や惑星があり、我々のように原子が集まってできた生き物がいます。逆に、反物質(反陽子や陽電子、反原子など)は宇宙にほとんどありません。このように宇宙に物質が残ったのは、宇宙の初期に粒子と反粒子の間にわずかな違いがあったために、粒子の方が反粒子よりも少しだけ多くなった (比率で言うと、約 10億個の反粒子に対して 10億+1個の粒子ができた)ためです。そのわずかに多かった粒子が生き残り、現在の宇宙の物質を作りました。一般に、粒子と反粒子のこのような振る舞いの違いは「CP対称性の破れ」と言われます。実験的には、CP対称性の破れは 1964年にK中間子を用いて発見され、1973年に小林・益川がそのメカニズムを説明する理論を提唱しました。彼らの理論はその後、米国のFermilabとヨーロッパの CERN研究所で行われた実験によって確認され、さらに筑波の高エネルギー加速器研究機構 (KEK)や米国の SLAC研究所などにおいてB中間子でも確認されました。このように「実験室で観測された」CP対称性の破れは、小林・益川によって説明され、彼らの理論は素粒子の「標準理論」に組み込まれました。この貢献により、両氏は昨年、ノーベル賞を受賞しました。しかし、小林・益川が解明したCP対称性の破れのメカニズムだけでは効果が小さすぎて、あいにく宇宙に物質を作ることはできません。従って宇宙の初期には、物質を作るのに寄与した、より大きなCP対称性の破れを生む物理現象があったはずです。従って、標準理論を超えた、新しい物理によるCP対称性の破れを探ろう、というのが我々の J-PARCE14 KOTO実験のねらいです。

J-PARC E14 KOTO実験は、中性のK中間子を大量に生成し、長い寿命のKL中間子が π0ννという3つの粒子に壊れるという、CP対称性を破る崩壊現象を探ります。この崩

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なぜ、物質宇宙?

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ντνµνe

粒子▶物質u

d

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t

b

e µ τ

ντνµνe

反粒子▶反物質

+ + +- - -

図 1: 素粒子には、クォーク、電子やニュートリノなどのレプトンがあり、これらは物質を構成する。それに対し、電荷が反対の反粒子の反クォーク、陽電子や反ニュートリノなどの反レプトンがあり、これらが集まると反物質を形成する。

t d

小林益川理論

• クォーク間に働く弱い力が、粒子・反粒子の対称性を破っている

• しかし、宇宙の物質を作るには10桁ほど足りない

u

d

c

s

t

b

クォーク

W+

図 2: 実験室で観測された CP対称性の破れは、小林・益川によって解明されたが、宇宙に物質を作った CP対称性の破れの起源はまだわかっていない。

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壊は標準理論では非常に起きにくく、その確率の理論的予測は約 3× 10−11です。そこで、もし測定した崩壊の確率が理論の予測からずれていると、それは新しい物理によるCP対称性の破れがある証拠になります。

図 3: 実験装置。KLビームは図の左側から入ってくる。崩壊領域はガンマ線検出器で覆われており、下流のCsIカロリメータ (図中、赤で示された測定器)でKL → π0νν崩壊からのガンマ線のエネルギーと位置を測定する。ほとんどの測定器は、真空タンク (水色)の中に収められる。

図 3に実験装置を示します。陽子を標的に当ててできたKL中間子の細いビームは実験装置の中を突き抜けていきます。装置の中で崩壊してできた π0はすぐに2個のガンマ線に壊れ、下流に置かれたCsI電磁カロリメータで観測されます。2個のガンマ線以外に粒子があると、それは見たいシグナル事象ではない、バックグラウンド事象ですので、そうした事象を排除するために、崩壊領域は四方をガンマ線検出器で覆われています。また、種々のバックグラウンドを抑えるため、ほとんどの測定器は大きな真空容器の中に入っています。

2 スケジュールJ-PARC E14 KOTO実験のために、我々は文科省の特定領域研究「フレーバー物理の新展開」の予算、および日米科学協力事業やKEKの予算を用いて実験の準備を進めてきました。実験は 2009年 7月に最終的な承認を得、8月にはそれまでに準備してきたビームラインの建設を終えました。先日 (2009年 10月 21日)に初めて中性K中間子のビームが出、22日はビームラインの性能を調べるために種々の測定を行っています。今年は今後 11月と 12月に、この新しいビームラインで得られるK中間子や中性子の量や運動量分布を測定します。また、大阪大学では CsI電磁カロリメータに用いる約 2800本の CsIの結晶と光電子増倍管の試験をし、読み出し装置まで含めた小規模のカロリメータを作り、ビームを用いてシステムの試験を行います。2010年の 4月からは約 5ヶ月かけて J-PARCにおいて電磁カロリメータ建設を行い、10月からのビームタイムでその性能の試験を行いま

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す。2011年には、その他の測定器の建設を行い、秋からはビームを用いて実験装置全体の調整を行った後、実験のデータ収集を開始する予定です。その後は、毎年データ収集を押し進め、未知の物理による新たな CP対称性の破れを探ります。

3 コラボレーションJ-PARC KOTO実験には、以下の機関が参加しています。

• 日本: 大阪大学、高エネルギー加速器研究機構、京都大学、佐賀大学、防衛大学、山形大学

• 米国: Arizona State University, Chicago University, Michigan University

• 台湾:National Taiwan University

• 韓国: Cheju National University, Chonbuk National University, Kyungpook Na-tional University, Pusan University, University of Seoul、

• ロシア: JINR

国内 33名、海外 29名の、比較的小規模ながらも、図 4に示すように国際色豊かで、古くからのK中間子実験の専門家と元気な若い人達が多いグループです。

図 4: 2009年 8月に開いたコラボレーションミーティングにて。

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