48
1 JST数学キャラバン(第6回) 拡がりゆく数学 in 福島 ~数学はどんな形で社会で役立つか~ 主催: 福島大学(数理情報学系・人間発達文化学類・共生システム理工学類) (福島大学学術振興基金による助成) 独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」研究領域 後援: 福島県教育委員会 プログラム 13:00~13:10 開会、挨拶 13:10~13:50 「情報通信を支える1つの数学 ~符号理論、始めの1歩」 <情報> 原田 昌晃(山形大学准教授・JSTさきがけ研究者二期生) 14:00~14:40 「リズムとパターンの数理」 <物理・化学> 北畑 裕之(千葉大学准教授・JSTさきがけ研究者三期生) 15:00~15:30 「拡がりゆく数 ~ 複素数という蕾(つぼみ)」 濱野 佐知子(福島大学准教授) 15:40~16:20 「サイン・コサインとレーザー走査型プロジェクター」 <工学・情報> 池田 勉(龍谷大学副学長・JST領域アドバイザー) 16:25~16:55 講演者との懇談会 17:00 閉会 JST数学キャラバン 2011.2.20 山形 2011.5.14 神戸 2011.10.9 金沢 2011.10.23 岡山 2012.6.17 千葉 2013.1.5 福島 2013.1.13 岡山 2

JST数学キャラバン(第6回) 拡がりゆく数学in 福島 · 2018. 4. 10. · さきがけ数学塾 大学生が主な対象、専門外の教授・准教授も参加。

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1

JST数学キャラバン(第6回)

拡がりゆく数学 in 福島~数学はどんな形で社会で役立つか~

主 催 :福島大学(数理情報学系・人間発達文化学類・共生システム理工学類)(福島大学学術振興基金による助成)

独立行政法人 科学技術振興機構(JST)「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」研究領域

後 援 : 福島県教育委員会

プログラム

13:00~13:10 開会、挨拶

13:10~13:50 「情報通信を支える1つの数学 ~符号理論、始めの1歩」 <情報>

原田 昌晃(山形大学准教授・JSTさきがけ研究者二期生)

14:00~14:40 「リズムとパターンの数理」 <物理・化学>

北畑 裕之(千葉大学准教授・JSTさきがけ研究者三期生)

15:00~15:30 「拡がりゆく数 ~ 複素数という蕾(つぼみ)」

濱野 佐知子(福島大学准教授)

15:40~16:20 「サイン・コサインとレーザー走査型プロジェクター」 <工学・情報>

池田 勉(龍谷大学副学長・JST領域アドバイザー)

16:25~16:55 講演者との懇談会

17:00 閉会

JST数学キャラバン

2011.2.20 山形 2011.5.14 神戸 2011.10.9 金沢 2011.10.23 岡山

2012.6.17 千葉 2013.1.5 福島 2013.1.13 岡山

2

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3

事業内容1.科学技術イノベーション創出に向けた研究開発戦略の立案2.科学技術イノベーション創出の推進

①戦略的な研究開発の推進②産学が連携した研究開発成果の展開③東日本大震災からの復興・再生支援④国際的な科学技術共同研究などの推進⑤知的財産の活用支援

3.科学技術イノベーション創出のための基盤形成①科学技術情報知識インフラの構築②次世代理数系人材の育成 ←この中にSSH(福島数学キャラバン)

③科学技術コミュニケーションインフラの構築 ←日本科学未来館

4.その他行政のために必要な業務①関係行政機関からの受託等による事業の推進

独立行政法人 科学技術振興機構

4

戦略的創造研究推進事業

CREST チーム型研究(36領域)さきがけ 個人型研究 (22領域)ERATO 総括実施型研究(28領域)山中iPS細胞特別プロジェクト・・・

「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」 研究領域 =さきがけ+CREST

この領域のアウトリーチ活動*の一つ* 福祉:地域社会への奉仕、研究:研究成果の公開

JST:科学技術と社会との対話(研究者のアウトリーチ)

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◆さきがけ数学塾◆大学生が主な対象、専門外の教授・准教授も参加。毎年3月上旬に4回開催、さきがけ終了後も計画中

開催日 テーマ 場所 講師(*非JST) 受講者数

第1回 H21.3.7~9 力学系・カオス理論 JST三番町ビル 新井、三波*、平岡、郡 27

第2回 H22.3.8~10 応用数学と物理学の協働 JST三番町ビル 北畑、長山 40

第3回 H23.3.7~9 変分法入門 JST三番町ビル 大下、小磯、藤田* 37

第4回 H24.3.7~9 数学を使う生命現象への挑戦

JST五番町ビル 寺前、三浦、伊藤 49

第5回 未定 斉藤

5

◆JST数学キャラバン◆高校生が主な対象、各地で開催。地方要望が出てきており、さきがけ終了後の開催方法検討中(石巻、茨城より要望あり)。

開催日 テーマ(主催) 開催地 共催・後援 参加者数

講師(*非JST)

第1回 H23.2.20 さきがけ数学キャラバンin山形(JST)

山形大学 山形大学理学部 80 水藤、荒井、蓮尾、長山

第2回 H23.5.14 さきがけ数学キャラバンin神戸(JST)

神戸大学 神戸大学理学部 197 西浦総括、平岡、牧野、郡

第3回 H23.10.9 JST数学キャラバンin金沢(金沢大学理工学域数物科学類)

香林坊プラザホール

JST・北國新聞社、石川県教育委員会

77 西浦総括、新井、原田、中村*、水藤

第4回 H23.10.23 JST数学キャラバンin岡山(岡山大学特別教育研究PJ)

岡山国際交流センター

JST・岡山県教育委員会

75 内田*、蓮尾、小磯、伊藤、水藤

第5回 H24.6.17 JST数学キャラバンin千葉(JST)

千葉大学 千葉大学理学部・千葉市科学館

121 池田AD、小磯、原田、郡

第6回 H25.1.5 JST数学キャラバンin福島(JST、福島大学)

コラッセふくしま 福島県教育委員会

原田、北畑、池田AD、濱野*

第7回 H25.1.13 JST数学キャラバンin岡山(岡山大学)

岡山国際交流センター

JST・岡山県教育委員会

荒井、原田、清水*、小紫*

第8回 石巻?茨城?

6

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リズムとパターンの数理

千葉大学大学院理学研究科・JSTさきがけ

北畑 裕之e-mail: [email protected]

2013.1.5数学キャラバン

「拡がりゆく数学」 in 福島

1

自然界のリズム・パターン

熱帯魚 花

砂丘 岩石の断面

2

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" 鴨川等間隔の法則 "

京都の鴨川3

時間変化するパターン

NHK のテレビより

ホタルの発光に見られる波

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生態系での個体数のリズム

“Mathematical Biology” by J. D. Murray

Hare Lynx

野うさぎ やまねこWikipediaよりWikipediaより

5

数列を使って・・・

ある時間毎の生き物の数: an

(1月毎のネズミの数など)

1月でネズミの数が2倍になるとすると・・・

1月目2匹だった : a1 = 2

2月目は4匹 : a2 = 2 × a1 = 2 × 2 = 4

3月目は8匹 : a3 = 2 × a2 = 2 × 4 = 8

4月目は16匹 : a4 = 2 × a3 = 2 × 8 = 16

n 月目は?

http://dpuji.blog31.fc2.com/blog-entry-136.html

6

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1月目は2匹だった : a1 = 2

2月目は4匹 : a2 = 2 × a1 = 2 × 2 = 4

3月目は8匹 : a3 = 2 × a2 = 2 × 4 = 8

4月目は16匹 : a4 = 2 × a3 = 2 × 8 = 16

このネズミの増え方は

という式で書ける。このような式のことを漸化式(ぜんかしき)という。(1月後のネズミの数が現在のネズミの数で決まる)

an+1 = 2 an ただし、n は自然数

a1 = 2

an+1 = 2 an

7

仮定1:

生き物は自分自身の数に比例して増える

an+1 = k an

(等比数列)

(さきほどは、k = 2 の場合)

a1 = 2a2 = 2 × 2 (= 4)a3 = 2 × a2 = 2 × 2 ×2 = 22 ×2 (= 8)a4 = 2 × a3 = 2 × 2 × 2 × 100 = 23 ×2 (= 16)a5 = 2 × a4 = 2 × 2 × 2 × 2 × 100 = 24 ×2 (= 32)a6 = 2 × a5 = 2 × 2 × 2 × 2 × 2 × 100 = 25 ×2 (= 64)

an = 2n1 a1

8

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an = kn1 a1

個体数はどんどん増える。

an+1 = k an

a1 = 2a2 = 2 × 2 (= 4)a3 = 2 × a2 = 2 × 2 ×2 = 22 ×2 (= 8)a4 = 2 × a3 = 2 × 2 × 2 × 2 = 23 ×2(= 16)a5 = 2 × a4 = 2 × 2 × 2 × 2 × 2 = 24 ×2 (= 32)a6 = 2 × a5 = 2 × 2 × 2 × 2 × 2 × 2 = 25 ×2 (= 64)

a2 = k × a1

a3 = k × a2 = k × k × a1 = k2 × a1

a4 = k × a3 = k × k × k × a1 = k3 × a1

a5 = k × a4 = k × k × k × k × a1 = k4 × a1

a6 = k × a5 = k × k × k × k × k × a1 = k5 × a1

9

月数 n

k = 2 an+1 = k an a1 = 2

n月目のネズミの数

a n

10

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もっと日数がたつと・・・

月数 n

n月目のネズミの数

a n

「ネズミ算」

http://toukatukasiwa.blog.shinobi.jp/Entry/412/

11

実際には、どんどん増えることはない。

数が増えすぎると増え方が減る

an+1 = k an

an+1 = k0 (A an) an

「ロジスティック写像」

k = k0 (A an)

仮定2:

個体数 n

増殖率

k

個体数 n

増殖率

k

A

k0A

12

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an+1 = k (A an) an

個体数 n

増殖率

k

A

k0A

k0A = 2, A = 100

月数 n

n月目のネズミの数

a na1 = 2

13

an+1 = k0 (A an) an

k0A = 2, A = 100 a1 = 200

はじめから数が多くても・・・

月数 n

n月目のネズミの数

a n

個体数 n

増殖率

k

A

k0A

14

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個体数

多少

環境 良

増殖率 高

環境 悪

増殖率 低

つりあう位置で止まる15

an+1 = k0 (A an) an

ロジスティック写像

の性質を調べてみよう。

個体数 n

増殖率

k

A

k0A

個体数 n

増殖率

k

A

k0A

A = 1 として、k0 の値を変えていくと・・・

ネズミから離れて

16

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an+1 = k0 (1 an) an

k0 = 2 a1 = 0.1

an

n17

an+1 = k0 (1 an) an

k0 = 3.2 a1 = 0.1

an

n18

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個体数

多少

環境 良

増殖率 高

環境 悪

増殖率 低

つりあう位置をいきすぎてしまう

k0 = 3.2 では

振動

19

an+1 = k0 (1 an) an

k0 = 3.2 a1 = 0.1

an

n20

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k0 = 3.53 a1 = 0.1

an

n

an+1 = k0 (1 an) an

21

"カオス"k0 = 4 a1 = 0.1

an

n

an+1 = k0 (1 an) an

22

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k0

a 200

0~

a 400

0を表

示1点に収束 振動 カオス

多重振動

1

02 43

23

化学反応でも見られる振動:BZ反応

時間的に色が変わるような化学反応って見たことありますか?

次の5種類の溶液を混合

1.0 mol/ℓ 臭素酸ナトリウム 3.0 mℓ

3.0 mol/ℓ硫酸水溶液 2.0 mℓ

1.0 mol/ℓマロン酸水溶液 2.0 mℓ

1.0 mol/ℓ臭化ナトリウム水溶液 0.3 mℓ

0.025 mol/ℓ フェロイン水溶液 0.3 mℓ

蒸留水 2.4 mℓ

合 計 10 mℓ24

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酸化状態

還元状態マグネチックスターラー(磁石式の攪拌機)で混ぜ続けています

Belousov-Zhabotinsky (BZ)反応の実験

i) 攪拌した系で

25

ii) 静置した系で

a) 同心円パターン(Target Pattern)

b) らせんパターン(Spiral Pattern)

BZ反応溶液を目の細かなろ紙(メンブレンフィルター)にしみこませる

溶液は完全には混ざり合わず

近くに"しみこんで"いきます

(4倍速) 3 mm

26

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微分方程式(反応拡散方程式)を使うとパターンも再現できる。

同心円パターン らせんパターン

UDqU

qUfVUU

t

UU

2)1(1

VDVUt

VV

2

U, V : 化学物質の濃度(時間と位置の関数)

V 大 → 青(白)、 V 小 → 赤

27

心臓の拍動パターンとBZ反応

正常時 異常時

http://thevirtualheart.org/28

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より詳しく知りたい人へ

「カオスとフラクタル」山口昌哉著 (ちくま学芸文庫)

以下の単語でWEBで検索

カオス、 ロジスティック写像、

Belousov-Zhanotinsky反応、 BZ反応

同期現象

29

身近なところに不思議はいっぱい

不思議なことに数学(数式)を使ってアプローチしてみましょう!

30

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シンクロ実験!

郡 宏(Hiroshi Kori) お茶の水女子大学准教授・JSTさきがけ研究者二期生

リズムとリズムが出会うと,それらはまる意志を持つ生き物のようにペースを調整し合い,小さなリズムの集まりから一体となった大きなリズムが生まれます.これは同期現象(シンクロ)と呼ばれます(写真).心拍や、毎日の寝起きをコントロールする体内時計、また、パーキンソン病の震えなど,身の回りのリズムはシンクロニゼーションによって生まれることがよくあります。休憩時間に、この世界で見られるびっくりするようなシンクロの映像をいくつか紹介します。そして、メトロノームをつかっ

た実験を実際に体験していただきます。こうご期待!!

写真:「橋」の上のメトロノーム。

これらは振動数が少しだけ異なる4つのメトロノームである。机においてもバラバラにリズムを刻むだけであるが、「橋」の上の置くと揺れを通して相互作用する。するとリズムを調整し合い、

やがてほぼぴったりとタイミングがあう状態におちつく。これがシンクロ!!

休憩時間(14:40~15:00)に、デモを行ないます。

ぜひ、ご覧ください!

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2012/12/8

1

サイン・コサインとレーザー⾛査型プロジェクター

ー知財(特許)を出願した数式と曲線たち ー

光⾛査装置とそれに⽤いる光学反射素⼦特願 2011-110775(2011/5/17)

パナソニックエレクトロニックデバイス株式会社 と共同出願

外国出願 することになりました外国出願:することになりました

池 ⽥ 勉

⿓⾕⼤学理⼯学部数理情報学科

レーザー⾛査型プロジェクター

レーザー⾛査型プロジェクターとはミラーでレーザー光を反射し,スクリーンを⾛査させる

レーザー⾛査型プロジェクターの特徴超⼩型,低消費電⼒,⾼輝度・低発熱,斜め投影・曲⾯投影(ピント合せ不要)

レーザー⾛査型プロジェクターを組み込んだ商品展開

ミラ でレ ザ 光を反射し,スクリ ンを⾛査させる

⾛ タ 組み込んだ 開デジカメ内蔵プロジェクター

携帯電話内蔵プロジェクター

ノートパソコン内蔵プロジェクター

⾃動⾞内のシアター,カーナビ(フロントガラスの⼀部をスクリーンに)

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2012/12/8

2

環境に優しいプロジェクター・テレビ

液晶プロジェクター・テレビブラウン管テレビ(CRT)に⽐べたら はるかに 環境に優しいブラウン管テレビ(CRT)に⽐べたら,はるかに,環境に優しい

しかし,真っ暗な画⾯でもバックライトは煌々(こうこう)と輝いている

バックライトを煌々と輝かせ,必要に応じて⾊別のシャッターを開けて映像を表⽰するのが液晶⽅式

レーザー⾛査型プロジェクター

電⼒が消費されるのは,レーザーが当たっているところだけ:

低消費電⼒,熱くならないプロジェクター

従来の⾛査⽅式:ラスタースキャン⽅式(のこぎり波)

横⽅向 1,170 Hz(のこぎり波)概念図(線の太さ 5 倍)

横⽅向 29,970 Hz(のこぎり波)

縦⽅向 60 Hz(正弦波),フレームレート 30(1/30 秒で描画終了)上下左右 10 % カット

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2012/12/8

3

⽇⽴の試作品は正弦波によるラスタースキャン⽅式?

従来の⾛査⽅式:ラスタースキャン⽅式(正弦波)

横⽅向 1,170Hz(正弦波)模式図(線の太さ 5 倍)

横⽅向 29,970 Hz(正弦波)

縦⽅向 60 Hz(正弦波),フレームレート 30(1/30 秒で描画終了)上下左右 10 % カット

ラスタースキャン⽅式とリサジュースキャン⽅式

ラスタースキャン⽅式:⾼網羅率 駆動周波数が低い(60 Hz)

⽇⽴の試作品は正弦波によるラスタースキャン⽅式?

ラスタ スキャン⽅式:⾼網羅率,駆動周波数が低い(60 Hz)

パナソニックはリサジュー図形の利⽤を考えた

駆動周波数が低い(60 Hz) 機械的強度に劣る,外乱振動に弱い

リサジュースキャン⽅式:駆動周波数が⾼い(1,000 Hz 程度)

機械的強度に優れ,外乱振動に強い

実績が少ない(⼀定以上の網羅率の確保が必要)

横⽅向,縦⽅向の駆動周波数の決定⽅法の研究が必要温度などの環境変動に対応するため,⾃動決定⽅式が必要

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2012/12/8

4

リサジュー図形:簡単な例(1)( ) sin(2 )

( ) sin(2 )

x t mt

y t nt

pp

ìï =ïíï =ïîî

1, 2m n= =

( ) sin(2 )

( ) sin(4 )

x t t

y t t

pp

ìï =ïíï =( ) sin(4 )y t tpï =ïî

リサジュー図形:簡単な例(2)( ) sin(2 )

( ) sin(2 )

x t mt

y t nt

pp

ìï =ïíï =ïîî

( ) ( )

( ) 1

m n

x t y t

x t

=ìï =ïíï £ï

î

   

1m n= =

î

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2012/12/8

5

いろいろなリサジュー図形

( ) sin2

( ) sin6

x t t

y t t

pp

ìï =ïíï =ïî

( ) sin2

( ) sin 8

x t t

y t t

pp

ìï =ïíï =ïî

( ) sin2

( ) sin 4

x t t

y t t

pp

ìï =ïíï =ïî

( ) sin 4

( ) sin10

x t t

y t t

pp

ìï =ïíï =ïî

( ) sin 4

( ) sin6

x t t

y t t

pp

ìï =ïíï =ïî

もっと速く振動させたら?

, m n を ,大きく 上手に選んだら?( ) sin2

( ) sin2

x t mt

y t nt

pp

ìï =ïíï =ïî

( ) sin2 7

( ) sin2 59

x t t

y t t

pp

ìï = ⋅ïíï = ⋅ïî

( ) sin2 79

( ) sin2 271

x t t

y t t

pp

ìï = ⋅ïíï = ⋅ïî

( ) sin2 991

( ) sin2 11161

x t t

y t t

pp

ìï = ⋅ïíï = ⋅ïî

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2012/12/8

6

パナソニックの技術MEMS (Micro Electro Mechanical Systems):機械要素部品を1つのシリコン基板上に集積したデバイス(プリンターヘッド,加速度センサー,・・・), ,

( ) sin2

( ) sin2L

H

x t f t

y t f t

pp

ìï =ïíï =ïî

1000 Hz, 30000 HzL Hf f@ @

MEMS によって⼩さな鏡を作り,⾼速で正確に振動させる技術

リサジュースキャン⽅式によるレーザー捜査型プロジェクター

この技術を利⽤したプロジェクターを開発したい

レーザーをコントロールする技術

レーザーに映像情報を乗せる技術

MEMS による⻭⾞とダニWikipedia, サンディア国⽴研究所

http://www.mems.sandia.gov

リサジュー図形によるスクリーンのスキャン

数学の視点からは

数学の⽴場・商品開発の⽴場・数理科学の出番

上記の数学の結果は,時間を無制限に使ったもの,プロジェクター・テレビは30分の1秒でスクリーンをスキャンする必要がある

( ) sin2

( ) sin2L

H

x t f t

y t f t

pp

ìï =ïíï =ïî

商品開発の⽴場からは

H

L

f

f が有理数ならば周期軌道,

  無理数ならば正方形を稠密にスキャン

物を作る上では,有理数と無理数の区別は不可能

映像情報は離散的に(デジタル的に)送らざるを得ない

数理科学の出番商品開発の現場を⼗分に理解しつつ,精妙な数学的知⾒を最⼤限に利⽤して,新たな地平を切り開く

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2012/12/8

7

試してみよう ーフランスの国旗ー映像情報を処理する時間が欲しい 端はリサジュー図形がゆがむ

の部分だけを使う0.8 0.8, 0.8 0.8x y- £ £ - £ £

991 Hz, 11161 HzL Hf f= =トリコロール(フランスの国旗)

試してみよう ーフランスの国旗ー

1135 Hz, 29510 HzL Hf f= = 1135 Hz, 29515 Hz

L Hf f= =

26H Lf f= 26 5

H Lf f= +

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2012/12/8

8

試してみよう ーフランスの国旗ー

1135 Hz, 29520 HzL Hf f= = 1135 Hz, 29525 Hz

L Hf f= =

26 10H Lf f= + 26 15

H Lf f= +

試してみよう ーフランスの国旗ー

1135 Hz, 29530 HzL Hf f= = 1135 Hz

Lf =

26 20H Lf f= +

29599.605263H

H

f

f = は知財を出願した数式で計算

   

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2012/12/8

9

知財を出願した数式(奇数分割+⽅式)

30 1135 HzF f例:

r LF f(1)フレームレート(1秒間のコマ数) を決め, を与える

30, 1135 Hzr LF f= =例:

( )max

213

4L

r

fa x x

F

é ùæ ö÷çê ú é ù÷= -ç ÷ ê úê úç ë û÷çè øê úë û(2) を計算する は を越えない最大の整数

max

1 2 11353 18.166 18

4 30a

é ùæ ö⋅ ÷ç é ùê ú÷= - = =ç ê ú÷ê ú ë ûç ÷çè øê úë û例:

max

, 0

1 , | 2 | 2 1, 0 2 1 |2 |

a b a b

a a b a b a b

= =£ £ < + ¹ +

(3)つぎの条件を満たす整数 を選ぶ(特別な場合として も可)

     , と は互いに素

1, 1, 2 1 3 | | | 1 | 1 a b a b= = - + = = - =例: と は互いに素

知財を出願した数式(奇数分割+⽅式), a b(4) がつぎの 2 つの条件を満たすか否かを調べる

21 4(2 1) 44 1 1, 0.6

( )L

p

f a P bP b E

é ùæ ö + -÷çê ú÷= + + ³ = ³ç ÷ê úç é ù,

4(2 1) 21

pr L

r

a F f

F

³ ³÷ê úç é ù÷ç+ è øê úë û ê ú+ ê úë û

1 2 11354 1 1 6.055 6 1

4(2 1 1) 30P

é ùæ ö⋅ ÷ç é ùê ú÷= - ⋅ + = = ³ç ê ú÷ê ú ë ûç ÷ç⋅ + è øê úë û例:

4(2 1 1) 6 4 1 72 4 761 0.6

1 752 1135 1 75.6661

pE

⋅ + ⋅ + ⋅ += = = = >

é ù é ù +⋅ + ê úê ú ë û+

例:

130

ê úê ú ë û+ ê úë û

( )1 2 1

2 (2 1)H L L

af Nf f N

a P b

+= +

+ -(5) とする は自然数

1 2 1 126 1135 1135 29599.605263

2 (2 1 1) 6 1Hf

⋅ += ⋅ + ⋅ =

⋅ + ⋅ +例:

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2012/12/8

10

どのように考えて導出した数式か?正⽅形の中でのリサジュー図形の挙動を解析するのは容易ではない

リサジュー図形と y軸の交わり⽅に注⽬リサジュ 図形と y軸の交わり⽅に注⽬

リサジュー図形が y軸と,“均⼀に”,“偏りのない順番で”

交わるための条件を追求した

数理科学のアドバンテージ科学技術の進歩に対応可能(⾼い汎⽤性).フレームレートが⼤きくなっても,使える数式低速側周波数・⾼速側周波数が⼤きくなっても,使える数式

縮約は数理的思考を活性化させる

( ) sin2

( ) sin2L

H

x t f t

y t f t

pp

ìï =ïíï =ïî1000 Hz, 30000 Hz

L Hf f@ @

1(0 )

r

tF

£ £

リサジュー図形が⻑⽅形領域を“隙間なく”,“均⼀に”,“⽬にやさしく”

埋め尽くすならば,リサジュー図形は y軸と“均⼀に”,“偏りのない順番で”

交わるであろう

個数 約 個 範

20,1,2, , L

r

fn

F

æ öé ù÷ç ê ú÷ç = ÷ç ê ú÷ç ÷è øê úë û

(0, sin ) 2 Hn n H n

L

ff t n

fq q p p= =交点 の位相

r LF f30, 1135 Hz 76

45

= = のとき,交点の個数は約 個,表示範囲に

均一 偏りのない順番

含まれ

るのは 個.これが に で 数理現れるよう で頑張る.

2nL

ny t

f=リサジュー図形と 軸との交叉時刻

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14

35ようこそ 私の研究室へ

Welcome to my laboratory

西成活裕 (にしなり・かつひろ) 東京大学 先端科学技術研究センター 教授

1967年東京都生まれ。90年、東京大学工学航空宇宙工学科を卒

業し、同学科大学院に進学。95年、博士課程を修了し、山形大学

工学部機械システム工学科助手。97年、同大学助教授。99年、龍

谷大学理工学部数理情報学科助教授。02年から1年間はケルン

大学理論物理学研究所にて客員教授。05年、東京大学大学院工

学系研究科航空宇宙工学専攻助教授。07年10月よりさきがけ研

究者(~11年3月)。09年7月から現職に就任。工学系研究科の教

授も兼任。『渋滞学』(新潮社)等、一般向け著書を精力的に執筆。

「世の中の問題を数学を使って解決した

いと考えています。道路渋滞は発生初期な

ら、ドライバーの心がけ次第で解消できるこ

とを数学的に発見し、さらに実証できました」

「先生、小仏トンネル付近のクルマの流れ

が時速55キロまで落ちました」。中央自動

車道の上野原IC付近で待機していた西成

活裕さんの携帯電話に警察から連絡が入

る。この知らせを待っていた。「よし、出動!」。

JAF(日本自動車連盟)のベテランドライバ

ーの運転するクルマ8台が連なり、上り車線

を渋滞発生地点へと向かう。

 2009年3月15日。警察庁、JAFの協力を

得て西成研究室は社会実験を行った。車

間距離40メートル以上、速度は渋滞地点が

近づいたら[周囲の流れ-時速20キロ]で走

行――。このような運転をするクルマがあれ

ば、渋滞は解消される。西成理論に基づく予

想は、みごとに実証された。放置していれば

長くなっていたであろう渋滞は、8台の“渋滞

吸収車”によって消滅したのだ。

 小仏トンネル手前の上り車線は渋滞の名

所だ。下り坂から上り坂に緩やかに変わって

いるため、ドライバーが意識しないままにクル

マが減速しがちなうえ、トンネルの入口もドラ

イバーに心理的圧迫感を与え、車間距離が

詰まりやすい。詰まってきた状況で、あるクル

マがブレーキを踏むと、後続のクルマも次々

と踏む。クルマの減速の度合は増幅しなが

ら列の後ろへ伝搬していき、ずっと後ろにい

るクルマは完全に停止してしまう。これが自

然渋滞の発生過程だ。交通流の数学的研

究には半世紀近い歴史があるが、自然渋滞

の本質をとらえた実用的な数理モデルは、

1998年、西成さんによって初めて作られた。

「どんな問題でも、最初から先人の出した

答えを探さないで、3カ月は自分の頭で考え

てみるんです。そうすることで力がつくし、独

自の解法を発見できるかもしれない」

 ラジオ作りにハマったのは理系少年の典

型。しかし、原理を理解したくて、電磁気学

を勉強しようとする小学生は珍しいだろう。

さすがに無理だったが、実践と理論の2方

向への強い志向は早くから現れていた。後

にこうした資質はあますところなく生かされる

のだが、そう簡単にはいかなかった。

 独立心旺盛で才気走った若者だった。大

荒修行で思考力を鍛える 自分を追い詰めた大学院生時代

「輸送と渋滞に関する諸現象の統一的解析と渋滞解消」 研究者

戦略的創造研究推進事業さきがけ“数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索”

奔放に研究しているようにも映るが、じつはとても計画的。取材時に「そこは戦略」と繰り返したのが印象的。

自然渋滞は運転の仕方で解消できる 数学的に導いた解決策を実証

生産工程の渋滞=「ものづくりのムダ」を研究し、さらに『ムダとりの歌』を歌ってCDデビューも果たす。

February 2010

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「数理物理の直接的社会応用を目指して」をスローガンに、提唱する「渋滞学」で実社会のさまざまな課題に取り組む。たとえば、進行中の大きなプロジェクトに、羽田空港の国際線発着枠の大幅拡大に向けた、新しい物流ターミナルの設計がある。神経細胞内の分子移動の停滞を調べ、アルツハイマー治療などに貢献する方法を探る、といった研究もある。どんな現象に対しても、パソコンで計算できる

くらいシンプルで、かつ本質を再現する数理モデルを作るのが西成さんのやり方だ。モデルのベースとなるのは、ASEPと呼ばれる手法。1次元の場合、1列に並んだ箱を考え、いくつかの箱に球が入っていると考えるとイメージしやすい。球を一斉に1方向へ動かしていくが、その際、もし前方の箱にすでに球が入っていれば動かせない。入っていなければ、ある確率で隣の箱へ移動する。並んだ箱を道路、球をクルマと見なせば、これが交通流モデルとなる。連なった球はいっせいには移動できないところにポイントがある。

研究の概要

15

学入学後は、専攻を気にせず、興味の赴くま

まに授業を受けた。「経済学原論などが並

ぶ私の履修表からは、絶対に何科の学生か

当てられませんよ」。卒論や修論のテーマ選

択は教官の指導の下に行われるのが通常

だが、「自分で決めるから」と断った。「独立

するから」と親の仕送りも辞退した。

 その結果、博士課程の前半までは、どん

底の日々を送るハメになった。「これだ!」と

思って何カ月も研究して先生に見せに行く

と「ああ、それはもう過去にやられた」と突き

返された。そんなことを繰り返すうち追い詰

められて、バイトをする余裕もなくなる。どんど

ん貧乏になり、ソーメンだけで空腹をごまかし、

洗濯機を風呂代わりにした。修論は既知の

結果を計算し直すようなものしか書けず、ど

この学術誌からも掲載拒絶。ついにはスト

レスで顔面神経麻痺になり、牛乳を飲むと

口の端からこぼれ落ちた。

 しかし、このスタイルを貫き、一流学術誌

への論文掲載に漕ぎ着けた。しないでも済

んだ苦労だ。だが、おかげで自分でテーマを

発見し、独自の発想で挑戦する基礎体力が

養われた。「結局、正攻法しかないんです」。

「自分は純粋に数学を研究していてもたい

したことはできない。それより、世の中の問

題に応用しよう。どうせなら、社会にインパク

トを与える問題がいい、と考えました」

 大学時代からずっと航空宇宙工学科に籍

を置いていたが、より自分の志向に合う分

野を求めて、博士課程では応用数学の研究

室で研究していた。ところが、上述の苦難の

トンネルを抜けて、「さあ、これからだ。見てろ

よ!」と意気込んで同業者たちを見まわして

みると、手強いライバルがたくさんいた。

 そこで立てた戦略が、数学で社会的な問

題を解決すること。分野横断的な勉強は得

意だったから、そうと決まれば、水を得た魚の

如し。ベルトの運動を厳密に計算する理論

を作ってプリンター開発に活用される、ボブ

スレーのオリンピック選手のためにソリに乗

る最適なタイミングを計算する、等々。己を

知った男は本領を発揮する。

 博士課程を終える頃からこっそり温めて

いたテーマがあった。「当時、ASEP(「研究

の概要」参照)という数理モデルが純粋に

数学的な関心を集めていたのですが、私は

これが渋滞研究に使えると直観したんです」。

微分方程式をASEPへ変換する超離散化

という手法が指導教官らによって開発され

ていたことが強みになった。

「ASEPで渋滞を、と考えた研究者は他に

もいましたが、超離散化は私だけの強みでし

た。これを使えば、現象の本質を表現する微

分方程式からモデルを導出できるからです」。

現在、渋滞をキーワードに西成さんの研究

対象は、物流、医療、インターネット等、驚く

ほど多彩な広がりを見せている。

本質をとらえた数理モデルで 社会のさまざまな課題に貢献

1

2

q学生が研究する部屋。けっこう散らかっているのは男子学生のみだから?w複雑な現象のシミュレーションも、すべてパソコンを使って、自分でプログラムを組んで計算する、e壁には西成さんの取材記事などのコピーがたくさん貼られている。渋滞学が注目されてから、マスメディアでひっぱりだこだ。

左は社会実験の際にクルマに貼ったシール。遊び心で西成さんの似顔絵を入れた。右はラジオ番組がリスナーに呼びかけて作った渋滞吸収隊のステッカー。

3

ASEPによる渋滞モデル(「研究の概要」参照)を説明する模型。qは完全に詰まった「渋滞」状態。次のステップではどのクルマも動けない。wでは列後方で渋滞が始まっている。次のステップでは白と青の2台は前のマスが埋まっているので動けないが、他のクルマは動ける。eは中央自動車道での社会実験の様子。シールを貼ったクルマが走る。

31

2

写真提供:JAF Mate

TEXT:黒田達明/PHOTO:植田俊司

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14 January 2009

Welcome to my laboratory

中垣俊之 (なかがき・としゆき) 北海道大学電子科学研究所准教授

1963年愛知県生まれ。87年、北海道大学薬学部卒業。89年、

同大学大学院薬学研究科修士課程を修了し、愛知県に戻り

製薬会社ファイザーで製薬業務に従事。94年、同社を退社し、

名古屋大学大学院人間情報学研究科博士課程に入学。97

年3月、学術博士。4月より理化学研究所基礎科学特別研究員、

その後、2000年10月までフロンティア研究員。2000年11月

より現職。2008年10月よりCREST「生物ロコモーションに

学ぶ大自由度システム制御の新展開」主たる共同研究者。

巨大な単細胞生物が 迷路を解いた。

二人三脚で 粘菌の賢さを数式に。

数時間おきに撮影して粘菌の行動を自動記録する装置。粘菌の移動は1時間に2センチ程度だ。

実験に使う真正粘菌モジホコリの変形体。右端に餌があり、そこから1日かけて左端へと広がっていく。

「生物ロコモーションに学ぶ大自由度システム制御の新展開」 主たる共同研究者

戦略的創造研究推進事業CREST“数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索”

 「生物が行う情報処理の本質を数式で表し

たいと考えています。そのためには、なる

べく構造の単純な生物を研究するのがよい

ので、単細胞生物で実験を行っています」

 2008年10月、ノーベル物理学賞・化学

賞のダブル受賞に日本が沸く数日前。ノー

ベル賞のパロディー「イグ・ノーベル賞」

の授賞式が米ハーバード大学で開催され、

中垣俊之さんらが認知科学賞を受賞した。

 受賞理由は「単細胞生物がパズルを解け

ることを発見した」。ほかに、「犬に寄生す

る蚤は猫に寄生する蚤より高く飛べる」と

いう研究など、計10の成果が称えられた。

人を笑わせ、そして考えさせる業績を残し

た人々に贈られる賞なのだ。

 パズルを解いたのは真正粘菌で、これは

カビとキノコの中間みたいな不思議な生物。

キノコによく似た子実体を形成し、そこか

ら菌糸の代わりにアメーバが生まれる。多

数のアメーバが寄り集まって融合し、マヨ

ネーズみたいな変形体を形成。変形体は単

細胞なのに、ときには数メートルにまで広

がるというから驚く。これが再び子実体を

作り、真正粘菌の生活史は一巡する。あま

り注目されないが、森の朽木の中や枯れ葉

の下などに棲んでいるありふれた生物だ。

 中垣さんは薄いフィルムを切って作った

迷路の中に変形体をちぎって撒き、迷路の

スタートとゴールに餌を置いた。すると、

かけらは融合して迷路全体を覆った後、行

き止まりや迂回路からは撤退して、スター

トとゴールを結ぶ最短経路のみに体を残し

た。「一個の細胞でも、原始的な知性を発

揮できる――この実験を報告する論文をそ

う結びました」

 「迷路実験は2000年、ポスドク(博士研

究員)時代の仕事です。これだけでは表面

的な研究ですが、その後、優秀な数学者と

の共同作業で掘り下げることができました」

 中垣さんは当時を振り返り、「迷路実験は、

マスコミでかなり取り上げられたので、家

族や両親が喜んでくれました。それまで僕

の将来が不安だったようです」と笑う。

 その後まもなく、母校、北海道大学に准

教授として迎えられる。着任にあたり、こ

の“面白研究”を、生物の情報処理の仕組

み解明につながる本格的なものに深めよう

と決意。そして、目標に取り組むうえで期

待していたのが、当時、北大の助教授だっ

た数学者、小林亮さんとの共同研究だ。

 「小林さんは雲の上の人。僕のバイブルだ

22ようこそ 研究室へ

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 お椀に入った温かいみそ汁を観察していると、表面に細胞状のパターンが現れる。みそ汁の表面が冷却されることで発生する対流から生まれる構造だ。生物の構造や機能を、このような熱力学的な非平衡状態からマクロな構造が自発的に組織される現象として説明しようとする挑戦が前世紀後半から始まった。中垣さんの研究もこの壮大な潮流のなかにある。「生物の機能や知性は物質レベ

ルで説明がつくはず。物質からどうのようにして生物の賢さが現れるのか。最終的には心の成り立ちにも迫ってみたい」  2008年から始まった小林亮さん(広島大学教授)を研究代表者とするCREST研究に参加している。このプロジェクトでは、粘菌などの生物から柔らかい体を制御する仕組みや環境変化にしなやかに対応する仕組みを数理モデルとして抽出。さらに、それを制御機構として実装することで、自在に形を変えられる体と堅牢さを備えたまったく新しいロボットの考案を目指している。

研究の概要

迷路を解く粘菌。粘菌が迷路全体に広がった状態(左上)→4時間後(右上)→さらに4時間後(左下)。

15TEXT:黒田達明/PHOTO:大沼寛行

粘菌から学んだ 経路探索アルゴリズム。

顕微鏡で粘菌を観察。体の中を原形質の流れている様子が見える。

“裏ノーベル賞”! イグ・ノーベル賞は楽しいジョーク。

った教科書にも載っている数理モデルの提

唱者でした」。幸い、赴任後しばらくして

欧州出張で同行する機会があり、道中にじ

っくりと議論して、意気投合。「人が気づ

かないような面白いことをやりたい! そ

んな思いが2人に共通していたんです」

 ところが、共同研究を始めてみると思わ

ぬ困難に直面する。「同じ言葉を使ってい

ても、互いのイメージしていることが全然

違うんです。なかなか伝わらなくて、はじ

めの1年くらいは『この話は前にもしたで

しょ』と言い合うことが多かったですね」。

そうして成果の出ない月日が続く。粘菌が

迷路を解く仕組みの数理モデルを共同で論

文発表できたのは2006年になってからだ。 「現象自体は目に見えてるはずなのですが、

いったい何が問題なのかをお互いの見方を

すり寄せて突き詰めることが悩ましいとこ

ろでした」

「生物には環境の多様な変化に対応できる

しなやかさがあります。その能力は、現行

のコンピュータとは違う生物特有の情報処

理の仕組みから生まれているのです」

 粘菌変形体の体は、ドロドロした原形質

をゼリー状の管がくるむ二層構造。管は1

分周期でドクドクと脈打ち、その律動によ

って内側の原形質が輸送されて、体全体が

変形したり移動したりできる。

 中垣さんらが示した数理モデルはこうだ。

粘菌はなるべく餌のまわりに体を集めたい

し、分裂は避けたい。この条件に方向付け

られて、原形質が管の中を流れる。流量の

多い部分の管は太くなる。流量が減ると細

くなり、やがては消滅。こうした流量と管

径の関係を方程式で表すと、みごとに迷路

での粘菌の振る舞いが説明できた。

 「“粘菌アルゴリズム”の面白いところは、

各部の管は局所的な情報処理しかしていな

いのに、最短経路を見つけるというグロー

バルな問題が解ける点です」

 餌と餌の間の領域の一部に強い光を当て

る。すると、粘菌は強い光を避ける傾向が

あるので、その領域の経路には長さの重み

付けをした条件で問題を解く。解く問題は

複雑になったが、局所的に情報処理を行う

粘菌にとっては、難易度に違いはない。

 「将来、カーナビが各道路の渋滞情報を収

集できるようになるでしょう。その時、現

行の計算方法で刻々と変わる各道路状況を

考慮しながら経路探索するのは大変ですが、

粘菌方式なら容易に対応できます」

 最近、粘菌が環境の変化を記憶したり予

測したりできることを発見した。粘菌の賢

さを調べる中垣さんの研究はまだまだ続く。

粘菌の解いた迷路の大きさは4センチ角ほど。フィルムを迷路の形に切り取り、シャーレに置いた(上)。最初は合成樹脂で作ってみたが(下)、含有する有機溶媒で粘菌が死んでしまった。

アメリカのユーモア科学雑誌が運営し、「人を笑わせ、

そして考えさせた」研究、「マネができない/するべき

でない」業績に対して与えられる。名称は“ignoble”

(下品な、卑しいの意)に由来し、科学的意義は問わ

ない。授賞式は「大学の先生がやる学芸会」(中垣さ

ん)みたいな楽しいイベント。表彰状と記念盾は本物

のノーベル賞受賞者が授与する。今回の受賞を含め

ると日本人受賞者は20人以上。最近ではウシの排泄

物からバニラの香り成分を抽

出した研究者(化学賞)など。

粘菌から 教わりたいことは まだまだあります。

表彰状。ロダンの 「考える人」が 転げ落ちている。

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1514

50

TEXT:十枝慶二/PHOTO:今井 卓

1982年九州大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。工学博士。株式会社日立製作所で17年間、コンピュータグラフィックスの研究・開発・製品化に従事しながら、国内テレビ番組やハリウッド映画などのビジュアルエフェクトを担当。慶應義塾大学特別招へい教授を経て、2000年より株式会社

オー・エル・エム・デジタルにて映像制作技術の研究・開発、実用化推進と作品制作のテクニカルディレクションなどを行う。最新作に『劇場版イナズマイレブン 最強軍団オーガ襲来』など。10年よりCRESTの研究課題「デジタル映像数学の構築と表現技術の革新」研究代表者。

「アニメの制作現場などでは、現実にはありえない映像を求められることがあります。数学の力を生かせば、それを可能にするCG(コンピュータグラフィックス)映像が実現できるんですよ」 アニメの登場人物があたかも現実世界にいるかのように動きまわり、水は太陽の光を受けているかのように美しくきらめきながら流れる。安生健一さんは、そうしたリアルで表現力豊かなCG映像を、数学の力を生かすことで実現し続けている。「たとえば、アニメでよく使われる、刀がキラッと光ったり、車のフロントガラスに斜めの光が入るといった表現は、見る者に『この剣は切れそうだな』『よく磨かれているな』という印象を与えます。しかし、それはあくまで

もアニメ的な表現で、物理的にはありえないんですよ」 物体に光を当てれば、光と影ができる。このリアルな現象をCG映像で忠実に再現するには、物理法則に従って映像を作ればよい。しかし、それではアニメならではの表現の要求に応えられない。数学的な考えを持ち込み、シミュレーションすることで、その壁を超え、現実には存在しない光が3次元の世界でいきいきときらめく、リアルで豊かな場面を描き出せるのだ(右ページの「物理計算では表現できないリンゴの光と陰影を作り出す」参照)。

「もともとCGの研究を始めたきっかけは、業務命令で仕方なく、だったんですよ(笑)」 安生さんが数学に興味を持ったのは大

学に入ってからのこと。電子工学科に入学したが、数学の講義を通じて受験数学とは違う数学の魅力にひかれ、学科を変えた。「決まった答えを出すのではなく、抽象化して広い分野を見わたす、哲学のようにスケールの大きい数学の世界に魅かれました」 大学院に進んで複素関数論を学んだ後、1982年に日立製作所に就職。数学を生かせる研究テーマとして示されたのが、まだ世に出はじめたばかりのCGだった。「隣の部署では原子力発電用のタービンの設計とかをやっていて、自分もそういう世の中の役に立つ研究をやりたいと思っていたから、『ほんとうにこんなことやっていていいのかな』と半信半疑でしたね」 しかし、そんな思いで研究に取り組むうちに道が開けてきた。当時のCGは人工物が常識で、自然物の再現が大きな課題だったが、なかでも難しいと思われていた髪の毛

の再現に取り組み、高い評価を得たのだ。「実際の髪の毛を物理的に分析したわけではありません。約20の線分列をつないで、実際のイメージに近い1本の髪の毛を作り、それを数万本集めて再現しました」 これを機に、アニメを始めとする多くの映像関係者が安生さんのもとを訪れるようになった。人工物ではなく人間や自然物も描き出せるようになったことで、豊かな映像表現を実現するツールとして、CGの可能性が大きく広がったのだ。 映像制作の現場にいる彼らは、「CGを使ってこういうことができないか」という要求をぶつけてくる。なかには、物理的にはありえないものも多い。1枚の絵から3次元的な広がりを持った映像を作るといった、無謀とも思える要求もあった。しかし、安生さんが戸惑いながらも数学の力を駆使して要求に応えるCG映像を実現すると、「これは使える!」と喜んでもらえる。そうした経験を重ねることで、安生さん自身のなかにも変化が生まれてきた。「研究者や技術者だけで開発していると、人間や自然物を再現するという課題を解決する技術には興味があっても、映像としてどう使われるかには関心が向きませんでした。しかし、映像制作者たちと接するなかで、作

り手の意図を実現するCG映像を作りたいと強く思うようになりました」 そんな思いを胸に、長年勤めた日立製作所を離れ、映像制作会社のオー・エル・エム・デジタルへと転身。映像作品に近い立場から、新しいCG技術の研究・開発や実用化推進に取り組んでいる。

「さまざまな作品の制作に携わるうちに、やはり人間や自然物の表現が最も難しいテーマなのだと再確認するようになりました」 いわば自らの原点に戻った安生さんは、CRESTの研究課題を通して、数学者とともにその実現に取り組んでいる。

「課題を解決するにはより高度な数学の知識が必要ですから、映像制作の現場にいる者だけでなく、専門の数学者の協力が必要です。逆に、映像制作の現場で積み重ねてきたことを数学の言葉に翻訳することで、数学の世界にも刺激を与えられるのではないかと考えています」 また、数学を生かしたCG映像の可能性をさらに広げることも見据えている。「アニメなどのエンターテインメント作品に限らず、さまざまな分野の人の『こんなことを伝えたい』という思いに応えたい。CG映像はそれを実現する優れたビジュアルコミュニケーションツールです。そのためにも、数学者と制作者とが一緒になり、新たな数学の分野を生み出したいですね」

「デジタル映像数学の構築と表現技術の革新」研究代表者

戦略的創造研究推進事業CREST“数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索”

 近年、コンピュータグラフィックス(CG)に代表されるデジタル映像技術はさまざまな場面で応用され、制作の現場では、作りやすさや効率が重視されると同時に、さらに豊かな表現力をもつ映像の実現も求められて

いる。なかでも大きな技術課題となっているのが、人間の動作や表情、さまざまな流体(水、雲など)現象などの、作り手の意図に合わせた映像化だ。CRESTの研究課題では、これらについて、映像として表現されるべきものは何で、それはどのような数学モデルで記述できるかを明らかにし(表象モデリング)、作り手にとって使いやすいユーザー

インターフェイスで制作の現場に提供して、評価やフィードバックを受けながら、実装につなげていく。さらに、研究の過程でCG研究者だけではなく数学者との協働体制を作り、技術課題を共有することで、課題解決に役立てるとともに、デジタル映像表現を対象とする新たな数学分野形成の礎を築くことを目指している。

研究の概要

安生さんが率いる(株)オー・エル・エム・デジタルの研究開発部門のメンバーたちが主な仕事場としているプロジェクトルーム。実際の映像作品制作に携わる部門や関連会社などの建物に程近い、マンションの一室に設けられ、パソコンに向かって仕事に励んでいる。「大学の先生方の研究室とはずいぶん雰囲気が違いますよね(笑)」(安生さん)。

May 2011

プロジェクトルーム

安生健一 (あんじょう・けんいち)株式会社オー・エル・エム・デジタル研究開発部門 取締役

●物理計算では表現できないリンゴの光と陰影を作り出す

①は、実際の光と影をシミュレーションして、ハイラ

イト(最も明るく光る部分)と陰影を作ったもの。ア

ニメ制作の現場では、現実にはありえない光と陰

影が求められるが、物理的な法則に従ったシミュレ

ーションでは対応できない。しかし、数学的な考え

方を用いれば、②~⑤のような現実にはない形や

色、数のハイライトを作り出せる。

① ②

④ ⑤

1枚の絵から3次元構造を抽出して、影の見え方やさまざまな部分の大きさの比率などを変化させることで、見る人の視点が変化していくかのようなアニメーションを作り出す。

物理法則に従うだけではアニメの豊かな表現は実現できない

常識を破る「髪の毛のCG」が作り手の意図を意識するきっかけに

数学者と制作者が一体になって新たな数学の分野を開拓したい

元となる画像 アニメーションからの1コマ

Page 47: JST数学キャラバン(第6回) 拡がりゆく数学in 福島 · 2018. 4. 10. · さきがけ数学塾 大学生が主な対象、専門外の教授・准教授も参加。

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TEXT:十枝慶二/PHOTO:今井 卓

1982年九州大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。工学博士。株式会社日立製作所で17年間、コンピュータグラフィックスの研究・開発・製品化に従事しながら、国内テレビ番組やハリウッド映画などのビジュアルエフェクトを担当。慶應義塾大学特別招へい教授を経て、2000年より株式会社

オー・エル・エム・デジタルにて映像制作技術の研究・開発、実用化推進と作品制作のテクニカルディレクションなどを行う。最新作に『劇場版イナズマイレブン 最強軍団オーガ襲来』など。10年よりCRESTの研究課題「デジタル映像数学の構築と表現技術の革新」研究代表者。

「アニメの制作現場などでは、現実にはありえない映像を求められることがあります。数学の力を生かせば、それを可能にするCG(コンピュータグラフィックス)映像が実現できるんですよ」 アニメの登場人物があたかも現実世界にいるかのように動きまわり、水は太陽の光を受けているかのように美しくきらめきながら流れる。安生健一さんは、そうしたリアルで表現力豊かなCG映像を、数学の力を生かすことで実現し続けている。「たとえば、アニメでよく使われる、刀がキラッと光ったり、車のフロントガラスに斜めの光が入るといった表現は、見る者に『この剣は切れそうだな』『よく磨かれているな』という印象を与えます。しかし、それはあくまで

もアニメ的な表現で、物理的にはありえないんですよ」 物体に光を当てれば、光と影ができる。このリアルな現象をCG映像で忠実に再現するには、物理法則に従って映像を作ればよい。しかし、それではアニメならではの表現の要求に応えられない。数学的な考えを持ち込み、シミュレーションすることで、その壁を超え、現実には存在しない光が3次元の世界でいきいきときらめく、リアルで豊かな場面を描き出せるのだ(右ページの「物理計算では表現できないリンゴの光と陰影を作り出す」参照)。

「もともとCGの研究を始めたきっかけは、業務命令で仕方なく、だったんですよ(笑)」 安生さんが数学に興味を持ったのは大

学に入ってからのこと。電子工学科に入学したが、数学の講義を通じて受験数学とは違う数学の魅力にひかれ、学科を変えた。「決まった答えを出すのではなく、抽象化して広い分野を見わたす、哲学のようにスケールの大きい数学の世界に魅かれました」 大学院に進んで複素関数論を学んだ後、1982年に日立製作所に就職。数学を生かせる研究テーマとして示されたのが、まだ世に出はじめたばかりのCGだった。「隣の部署では原子力発電用のタービンの設計とかをやっていて、自分もそういう世の中の役に立つ研究をやりたいと思っていたから、『ほんとうにこんなことやっていていいのかな』と半信半疑でしたね」 しかし、そんな思いで研究に取り組むうちに道が開けてきた。当時のCGは人工物が常識で、自然物の再現が大きな課題だったが、なかでも難しいと思われていた髪の毛

の再現に取り組み、高い評価を得たのだ。「実際の髪の毛を物理的に分析したわけではありません。約20の線分列をつないで、実際のイメージに近い1本の髪の毛を作り、それを数万本集めて再現しました」 これを機に、アニメを始めとする多くの映像関係者が安生さんのもとを訪れるようになった。人工物ではなく人間や自然物も描き出せるようになったことで、豊かな映像表現を実現するツールとして、CGの可能性が大きく広がったのだ。 映像制作の現場にいる彼らは、「CGを使ってこういうことができないか」という要求をぶつけてくる。なかには、物理的にはありえないものも多い。1枚の絵から3次元的な広がりを持った映像を作るといった、無謀とも思える要求もあった。しかし、安生さんが戸惑いながらも数学の力を駆使して要求に応えるCG映像を実現すると、「これは使える!」と喜んでもらえる。そうした経験を重ねることで、安生さん自身のなかにも変化が生まれてきた。「研究者や技術者だけで開発していると、人間や自然物を再現するという課題を解決する技術には興味があっても、映像としてどう使われるかには関心が向きませんでした。しかし、映像制作者たちと接するなかで、作

り手の意図を実現するCG映像を作りたいと強く思うようになりました」 そんな思いを胸に、長年勤めた日立製作所を離れ、映像制作会社のオー・エル・エム・デジタルへと転身。映像作品に近い立場から、新しいCG技術の研究・開発や実用化推進に取り組んでいる。

「さまざまな作品の制作に携わるうちに、やはり人間や自然物の表現が最も難しいテーマなのだと再確認するようになりました」 いわば自らの原点に戻った安生さんは、CRESTの研究課題を通して、数学者とともにその実現に取り組んでいる。

「課題を解決するにはより高度な数学の知識が必要ですから、映像制作の現場にいる者だけでなく、専門の数学者の協力が必要です。逆に、映像制作の現場で積み重ねてきたことを数学の言葉に翻訳することで、数学の世界にも刺激を与えられるのではないかと考えています」 また、数学を生かしたCG映像の可能性をさらに広げることも見据えている。「アニメなどのエンターテインメント作品に限らず、さまざまな分野の人の『こんなことを伝えたい』という思いに応えたい。CG映像はそれを実現する優れたビジュアルコミュニケーションツールです。そのためにも、数学者と制作者とが一緒になり、新たな数学の分野を生み出したいですね」

「デジタル映像数学の構築と表現技術の革新」研究代表者

戦略的創造研究推進事業CREST“数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索”

 近年、コンピュータグラフィックス(CG)に代表されるデジタル映像技術はさまざまな場面で応用され、制作の現場では、作りやすさや効率が重視されると同時に、さらに豊かな表現力をもつ映像の実現も求められて

いる。なかでも大きな技術課題となっているのが、人間の動作や表情、さまざまな流体(水、雲など)現象などの、作り手の意図に合わせた映像化だ。CRESTの研究課題では、これらについて、映像として表現されるべきものは何で、それはどのような数学モデルで記述できるかを明らかにし(表象モデリング)、作り手にとって使いやすいユーザー

インターフェイスで制作の現場に提供して、評価やフィードバックを受けながら、実装につなげていく。さらに、研究の過程でCG研究者だけではなく数学者との協働体制を作り、技術課題を共有することで、課題解決に役立てるとともに、デジタル映像表現を対象とする新たな数学分野形成の礎を築くことを目指している。

研究の概要

安生さんが率いる(株)オー・エル・エム・デジタルの研究開発部門のメンバーたちが主な仕事場としているプロジェクトルーム。実際の映像作品制作に携わる部門や関連会社などの建物に程近い、マンションの一室に設けられ、パソコンに向かって仕事に励んでいる。「大学の先生方の研究室とはずいぶん雰囲気が違いますよね(笑)」(安生さん)。

May 2011

プロジェクトルーム

安生健一 (あんじょう・けんいち)株式会社オー・エル・エム・デジタル研究開発部門 取締役

●物理計算では表現できないリンゴの光と陰影を作り出す

①は、実際の光と影をシミュレーションして、ハイラ

イト(最も明るく光る部分)と陰影を作ったもの。ア

ニメ制作の現場では、現実にはありえない光と陰

影が求められるが、物理的な法則に従ったシミュレ

ーションでは対応できない。しかし、数学的な考え

方を用いれば、②~⑤のような現実にはない形や

色、数のハイライトを作り出せる。

① ②

④ ⑤

1枚の絵から3次元構造を抽出して、影の見え方やさまざまな部分の大きさの比率などを変化させることで、見る人の視点が変化していくかのようなアニメーションを作り出す。

物理法則に従うだけではアニメの豊かな表現は実現できない

常識を破る「髪の毛のCG」が作り手の意図を意識するきっかけに

数学者と制作者が一体になって新たな数学の分野を開拓したい

元となる画像 アニメーションからの1コマ

Page 48: JST数学キャラバン(第6回) 拡がりゆく数学in 福島 · 2018. 4. 10. · さきがけ数学塾 大学生が主な対象、専門外の教授・准教授も参加。

発行日/平成24年6月1日編集発行/独立行政法人 科学技術振興機構 総務部広報課〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3 サイエンスプラザ電話/03-5214-8404 FAX /03-5214-8432E-mail / [email protected] ホームページ/ http://www.jst.go.jpJST news/ http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/ISSN 1349-6085 2012/June

揺らぎ・非線形を併せて考えることで脳の情報処理の仕組みを探る

 脳はコンピュータよりも複雑で、なおかつあいまいさを持ち合わせています。脳が思考を巡らせる能力はこのあいまいさにあるのではないだろうかー私は「非線形」と「揺らぎ、ノイズ」をキーワードに脳の能力に迫りたいと考えています。 自然界には虫の鳴き声や心臓の鼓動など、たくさんのリズムが存在しています。自然界で生物が刻むリズムには、タイミングをずらした後、しばらくすると、ぴったりリズムがそろうという不思議な現象が起こります。これは、「同期する」という現象で、脳の神経細胞同士の信号のやりとりなどでも起こると考えられています。 これを可能にしているのが、生物が刻むリズムの「非線形」という性質です。これは「足したり引いたりといった数学的な法則が当てはまらず、2つのものを入力すると、それらが作用しあって全く別のものが出てくる」というものです。 そして、もう一つのキーワードが「揺らぎ、ノイズ」です。これまで、脳にとって外界の「揺らぎ、ノイズ」は情報処理の邪魔者だと考えられてきました。しかし最近の研究によると、脳はどうやら自ら「揺らぎ・ノイズ」を作り出し、「非線形」と併せることで、あいまいさを上手く利用した複雑な情報処理をしているらしいのです。 私はこれまで別個に研究されてきた「非線形」と「揺らぎ、ノイズ」を併せて考えていくことで、脳の優れた情報処理方法の解明を目指しています。うまく進められれば、物理と数学、生命科学を融合した

「非線形情報理論」という分野を開拓できるかもしれません。

物理学を背景に脳の情報処理の原理を解明したい

 高校生の頃、私は物理学者を志していました。ブラックホールを始めとする深遠な宇宙の謎、時間と空間の概念など、憧れていたアインシュタインのように、紙とペンで考えを突き詰めていくことで、誰も想像したことがない理論に到達できるーそんな魅力を物理学に感じていたのです。 そして、物理学で「ノイズ同期」について研究を進めるうち、「揺らぎ、ノイズ」や「非線形」が絡み、優れた機能を発揮する「脳」への興味が湧いたのです。  「非線形情報理論」という新しい分野を研究していくことで、脳が働く原理の手がかりがつかめるかもしれません。それは脳の病気の治療につながる可能性があります。更に今のコンピュータとは違う、まったく新しい情報処理方法を使った「脳型コンピュータ」や人工知能開発などの期待も高まります。

研究、そして学びの場にはコミュニケーションが必須

 現在、JSTのさきがけ「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」領域で研究に取り組んでいます。領域会議で数学の研究者から助言をいただいたり、議論を重ねたりすることで、数学のエッセンスが体得できます。これは研究書を読み込むだけでは決して得ることができません。物理学出身の私にとって、これは得がたい知見になっています。 また、このさきがけ領域では、大学生、大学院生を対象に「さきがけ数学塾」を開催しています。3月に行われた第4回「数学を使う〜生命現象への挑戦〜」では、私がリーダーを務め、数理科学で生命現象に挑む研究者の講義、演習を行いました。数学から生命現象を解析するというアプローチが注目を集め、特に、「講義をただ聴くだけではなく、アクティブに質問してほしい」という姿勢を打ち出していたため、参加者からは積極的な質問が出され、学生や研究者らと白熱した時間を過ごすことができました。このように最先端の研究には可能な限り足を使って人と会い、ディスカッションを重ねていくことが必要です。多くの人とコミュニケーションをはかることは、研究の大きなブレークスルーにつながると感じています。

「数学」を武器に脳の秘密に迫る

Vol. 2てらまえ・じゅんのすけ 

1974年生まれ。群馬県立太田高等

学校卒業。京都大学理学部、同大

学大学院理学研究科物理学・宇宙

物理学専攻物理第一教室博士課程

修了。博士(理学)。理論物理学(非

線形動力学)を研究後、理論神経科

学の研究に従事。2010年から現

職。09年〜現在、さきがけ研究者

(兼任)。趣味は演劇、舞台鑑賞。

独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター脳回路機能理論研究チーム 

寺前 順之介 副チームリーダー

TEXT:佐々木正孝 /PHOTO: 坂口トモユキ

数学漬けの毎日を送る寺前さんのオフの楽しみは、演劇の舞台を見ること。「大学時代は演劇サークルに入っていて、役者として舞台に立ったこともあるのですよ」と、意外な一面も。

神経ネットワークのイメージ。神経細胞同士はさまざまな強さで結合し、複雑な情報処理を実現している。

戦略的創造研究推進事業さきがけ 数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索研究課題「非線形情報理論:環境雑音を活用する次世代情報処理の実現」