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網倉ゼミ ゼミ論 L L V V M M H H L L o o u u i i s s V Vu u i i t t t t o o n n 提出年月日:2003 1 15 A9942233 鈴木百花

LVMH の経営戦略pweb.sophia.ac.jp/amikura/thesis/2002/m_suzuki2002.pdf世界最大の高級品ブランド帝国、LVMH は毎年莫大な売上げを誇っている。2000 年には、100

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網倉ゼミ ゼミ論

LLVVMMHH のの経経営営戦戦略略 ~~LLoouuiiss VVuuiittttoonn かからら見見るる巨巨大大ココンンググロロママリリッットト~~

提出年月日:2003 年 1 月 15 日

A9942233 鈴木百花

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*序文* 仮説[ルイ・ヴィトンは不滅である]

LV というロゴを知らない人は、世界中にどれくらいいるであろう。(図1)

女 性 で あ れ ば 、 必 ず 知 っ て い る 世 界 的 に も 有 名 な ル イ ・ ヴ ィ ト ン ( Louis Vuitton)のロゴマークである。日本中どこへ行っても、ルイ・ヴィトンの製品

は溢れている。日本は、高級ブランドの愛好者がとりわけ多い国だそうだ。そ

の日本で、ルイ・ヴィトンを持つ人は、2000 万人とも言われている。渋谷など

の街中を歩いていても、キャンパスを歩いていても、いたるところで、さまざ

まなバリエーションのルイ・ヴィトン製品を目にするのは、当たり前なのであ

る。しかし、高級ブランドといったら、何もルイ・ヴィトンだけではない。プ

ラダやグッチ、 近ではコーチなどさまざまなブランドが溢れている。だが、

ルイ・ヴィトンに匹敵するくらい多くの顧客を得ているブランドはそうない。

しかもプラダを例に見てみると、必ずしも高級ブランドを売るということが、

ここまで成功するとは限らないということにも気づく。果たしてこのルイ・ヴ

ィトン製品の強さとは一体何であるのか。またルイ・ヴィトンをはじめ、多数

のブランドを抱える LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン (以下 LVMH)という

巨大企業のコア・コンピタンスとは?この論文を通じて高級ブランドの裏側か

ら見て取れるブランドの強み、巨大企業の戦略を探ってみたい。

(図1)

*ルイ・ヴィトン*

世界 大の高級品ブランド帝国、LVMH は毎年莫大な売上げを誇っている。

2000 年には、100 億ドルの売上げを創出している。その中でも、ルイ・ヴィト

ンは、2002 年 9 月 1 日表参道にオープンした単独店で、一日 1 億 2500 万円と

いう一店あたりの一日の売上げとしても過去 高高を記録した。日々、経済の

沈滞ムードが報道されているが、ルイ・ヴィトンはモノが売れない時代に、売

れるモノが偏在する時代のよい例だと言えよう。そして、この時代に売れるモ

ノに共通するものと考えてみた時に、真っ先に思い浮かんだキーワードの一つ

が「ブランド力」であった。このようなブランド力が大いに発揮され、注目さ

れているのは高級品市場に限らず、さまざまな市場でブランドはその力を発揮

する。それは例えば、缶コーヒーや洗剤、エスプレッソコーヒーカフェなどの

日用品、はたまたカフェである。高級品市場とこのような市場では、ブランド

の効力に差があるにしても、「商品」以外にもそのブランド力が波及することが

あるという、現象に非常に興味を抱いた。 日本市場で新たな市場を創出している外資系企業はかなり多い。その中で

もルイ・ヴィトンはその代表例といっても過言ではない。ルイ・ヴィトン ジャ

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パンは高級鞄市場を生み出し、ブランドビジネスを日本に定着させたのである。 ルイ・ヴィトン ジャパンの業績に注目してみよう。売上げはバブル崩壊後

も順調に伸び続けた。その後、1990 年代半ば以降も急拡大し、日本の消費全体

が低迷していることと考え合わせても、驚異的なことである。この時期は、円

安の時期だったことで、輸入品である LV 製品の価格も上がったにもかかわら

ず、順調に右肩上がりの成長を続けている。そして 2001 年 3 月期単独決算ベ

ースで 1003 億円の売上げ、256 億 4800 万円の経常利益にもなっている。この

ことからも、ルイ・ヴィトン ジャパンはバブルの崩壊や為替の円安といった外

部環境の悪化に影響されることなく、成長を重ねてきたのである。(参考:図2

別紙) さらに調べてみると興味深いデータを見つけることができた。このような

売上げで裏付けられているように、消費者にとってもお気に入りブランドとし

てもルイ・ヴィトンは名高い。図を見ても分かるように、ファースト・ブラン

ドにルイ・ヴィトン製品を選択した消費者は 12.5%おり、お気に入りブランド

にルイ・ヴィトンを上げる消費者が 8.8%もいる。どちらも、外国のブランド物

の中でも他のブランドをかなり離したトップの存在であることを証明している。

また、ルイ・ヴィトン製品を持っている人も 28%存在している。(参考:図3

別紙) ここから、ルイ・ヴィトンについてより詳しく説明していこう。

ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)は、設立 1854 年。旅行用鞄のメーカー

として創立された。1998 年からマーク・ジェイコブスを起用し、服でもトップ

ブランドとしての人気を獲得した。LVMH グループの中心で、コングロマリッ

トとしてファッション産業再編のリード役も果たしている。(参考:図4別紙) フランスの高級ブランドとして言わず知れたルイ・ヴィトンだが、非常に

興味深いことにそれを も多く購入しているのは、他ならぬ日本人だという。

日本の百貨店はもちろん、パリの本店、海外旅行に出かけてはデュティ-フリ

ー・ショッパーズで買うのである。いまや、日本法人の売上げだけで 1000 億

円を超えているのだから驚きだ。この売上高は、フランス国内をしのぎ、世界

におけるシェアでも実に 4 割を超えるまでになっている。またルイ・ヴィトン

は、日本で突出した人気を獲得しているが、アジアなど、世界的に売上げを伸

ばしていることにも注目すべきだろう。 それではルイ・ヴィトンの具体的な魅力とは一体何なのであろうか?

*ルイ・ヴィトンの魅力* ルイ・ヴィトンの魅力は、やはり品質の良さを感じさせるその製品にある

であろう。マルティエによる手作りのバッグ、小物類は若い女性をはじめ、本

物志向と言われる男女問わず愛されている。さらに今回ルイ・ヴィトンを調べ

て、あらためて驚かされた。それは、ルイ・ヴィトンが提供しているサービス

である。スペシャルオーダーとして、顧客の注文に答えて製品を作るといった

サービスである。さらに鞄に顧客のイニシャルを入れるサービス、イニシャル

サービスがある。19 世紀の上流社会で始まったそうだ。さらについ 近カタロ

グ販売を開始したことで、店頭に出向かなくても商品を購入することが可能に

なった。他にもリペアサービス、メーリングリストサービスなどがある。リペ

アサービスに見られる、購入後のアフターサービスは壊れてしまった、高い値

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段で買ったわりには長く使えなかったという、否定的なイメージを払拭する役

割を果たしている。ようは自分の購入を正当化する大きなきっかけになってい

るのである。 このように、ただ単に製品を提供しているだけでなく顧客の気持ちをくす

ぐるさまざまな、工夫が凝らされたサービスが充実していることが見てとれる。

ルイ・ヴィトンのオリジナリティは、商品そのものにあるわけではなく、ブラ

ンドロゴをデザインパターンとして使用するというアイデアにある。それが、

長期間にわたって、一貫性を維持できている点がルイ・ヴィトンの強みである。 ところで、顧客ロックイン戦略というネットワーク外部性や学習効果、ま

たブランドを活用した戦略があるそうだ。ロックイン戦略といっても 7 つの種

類がある。その中のブランド・ロックインというのがルイ・ヴィトンの戦略に

通ずる。ブランド・ロックインは、商品やサービス、あるいは企業そのものの

「知名度」「イメージ」を高めることによって顧客を囲い込む戦略である。顧客

の心の中にひとたびブランド・イメージが形成されれば、それが顧客をつなぎ

止める力を発揮する。ブランド・ロックイン戦略の特徴として、知名度やイメ

ージの植付けがある。幅広い顧客層に対する知名度や、高級感のあるイメージ

が浸透することが重要である。この場合、トップ・ブランドが勝ち続けること

が一般的である。さらに、サーチ・コスト、サンク・コストを徐々に高める点

で特徴的である。 *ルイ・ヴィトンと他ブランド*

ここで、いきなりだがハナエ・モリに注目してみたいと思う。同じ表参道

に面してビルがあるが、ルイ・ヴィトンとハナエ・モリ、この 2 ブランドの結

果は明らかに異なっている。1978 年にオープンしたハナエモリビルは、日本を

代表とするデザイナーである森英恵のまさに成功の証であった。森英恵はアジ

ア人として唯一パリのオートクチュ-ル組合の正式メンバーにもなった。その

ため、日本よりも海外での評価が高かったと言えよう。しかし近年は人気が衰

え、ついに 2002 年 3 月にプレタポルテ (既製服 )部門を商社に売却。その後、5月には残っていたオートクチュ-ル (高級注文服 )部門までもが倒産してしまっ

ている。 このように同じブランドとして、ルイ・ヴィトンとの明暗は、どこで分か

れたのだろうか。 ここで思い出すのが、プラダである。プラダは設立 1913 年。プラダと言

えば 78 年にミウッチャ・プラダが事業を引き継ぎ後のナイロン製の鞄である。

私が中・高校生くらいの時期にプラダのナイロン製の鞄、(リュック・トートバ

ッグなど )そしてポーチまでもが非常に流行った。皆がみな、同じようなバッグ

や小物類を持っていたので、あまりに印象的でよく覚えている。しかし現在、

プラダの製品を見かけることは稀である。ルイ・ヴィトン特集の雑誌はすぐに

でも本屋で見つけることができるが、プラダ特集はここ数年見ていない気がす

る。 高級ブランドビジネスは、「流行りもの」あるいは「一部のお金持ちのもの」

といった言葉で簡単に片付けられないが、ただ、プラダもまた全盛期は過ぎた

ように考えられる。ナイロン製の鞄のヒットが流行りものになってしまったと

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も言えよう。こうした現象をとってみても、やはり明らかにルイ・ヴィトンは

異なっていると言える。 こうした高級ブランドビジネスは、世界規模で展開する巨大ビジネスであ

る。そのため、デザイナーの磨かれた感性やマーケティング力、さらには製造

や流通をコントロールする経営力が、一企業、一ブランドの未来を左右するの

である。こういったことからも、ルイ・ヴィトンの成功もまた、間違いなく

LVMH の経営戦略抜きに語れないのである。 *LVMH 誕生* 高級ブランドといっても、その人気はルイ・ヴィトンに限ったことではな

い。その人気は計り知れず、クリスチャン ディオール、ジバンシィ、シャネル、

セリーヌ、グッチ、フェンディ、エルメス、フェラガモ、ティファニー、エン

ポリオ・アルマーニなど、それらを全て挙げようと思えばきりがない。現代に

おけるまで、欧米の老舗ブランドが世界中の人々の心を捉えて離さないのであ

る。そうした社会でもとりわけ日本の女性は高級ブランドには目がない。 高級ブランドの持つ潜在的な力、そして市場の将来性にいち早く気付いた

男、それがベルナール・アルノーである。 彼は、高級ブランド市場が世界的に拡大することを見越して、LVMH とい

う持ち株会社を設立したのである。この会社を通じて、多くのブランドを買収

し、高級ブランドの一大帝国 LVMH を築いたのである。 LVMH(グループの持ち株会社 )は 1987 年にルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシ

ーという 2 つの会社が合併により誕生した。LVMH 自体の歴史はそう長くない

が、傘下にある各ブランドは伝統のある、長い歴史を有している。そしてその

多くのブランドがフランスの文化と伝統を体現していることが大きな特徴とさ

れている。 日本ではあまり知られていないが、クリスチャン ディオール、ジバンシィ、

セリーヌ、クリスチャン・ラクロワ、フェンディ、ダナ・キャラン、ロエベ、

宝石のショーメやフレッド、時計のエベル、タグ・ホイヤー、お酒ではヘネシ

ーやモエ・エ・シャンドン、ポメリー、ドンペリなど、多彩な 50 を超えるブ

ランドが、この持ち株会社の傘下にある。そして私が注目したルイ・ヴィトン

もまた、LVMH は抱える高級ブランド郡のなかの一つなのである。 さて日本では、消費の落ち込みが今だ続いている。そのような状況下で、

多くの企業が業績の低迷に苦しんでいる。アパレル業界も決して例外ではない。

しかしルイ・ヴィトンなど一部の高級ブランドに代表されるように、一握りの

企業は好調を維持しているのも、事実である。現在、「消費の二極化」、または

「こだわり消費」などとも呼ばれる現象が、いっそう強まっていると言われて

いる。アメリカでの同時多発テロや IT バブルの崩壊もあり、日本経済のデフ

レ脱却はますます困難になっている。そうした中で、LVMH は 2001 年度も日

本での売上高が二ケタ成長の 18 億 1600 万ユーロを達成、全世界の売上高は

122 億 2900 万ユーロ (約 1 兆 4000 億円 )にのぼった。日本に続けということで、

アジア各国でも積極的に販売戦略を展開し、売上げを確実に伸ばしている。 「強いブランドはより強く」という世界的な流れがあるなかで、LVMH は

強気の投資戦略を変えようとはしない。

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*LVMH の戦略* ルイ・ヴィトンもクリスチャン ディオールも、ともに LVMH の傘下にあ

る。しかし、ルイ・ヴィトン表参道の大々的なオープンにディオール関係者、

つまり社員はいなかった。ルイ・ヴィトン ジャパンの秦郷次郎・代表取締役社

長はディオールの日本法人の会長も務めているが、両者はお互いにライバルな

のである。顧客の見えないところで強力することもあるが、基本的には競い合

いというようなブランドの相互の競争と強調の舵取りこそが LVMH の役割な

のである。 一般消費者にはほとんど知られていない LVMH のマネジメントは一体ど

ういうものなのか。 ブランド価値の大きさに気付いて以来、アルノーは[世界戦略][世界志向]

を現在まで主張し続けている。 アルノー「当(LVMH)グループはクリスチャン ディオール、ルイ・ヴィ

トンなど強いブランドに支えられている。」 アルノーは話題性と実力のあるデザイナーの大胆な起用やマス・メディア

露出、大量のパブリシティによるブランド・イメージの向上というビジネスモ

デルを学び、クリスチャン ディオールやシャネルなどのブランドを復活させた。

またライセンス・ビジネスを徹底的に見直し、製品面や販売ルートの厳重な管

理によるブランド・イメージの向上、さらにマネジメント層を重視することに

よってブランドを復活させ、利潤を高めるといったディオールの成功を他のブ

ランドの経営に活かしていったのである。 *ルイ・ヴィトンの経営の歩み* ここで、あらためて LVMH におけるルイ・ヴィトンの経営の歩みを明らか

にしていこうと思う。ここからのルイ・ヴィトンとは LV マルティエ (ルイ・ヴ

ィトン・マルティエ )を指すことにする。マルティエとはフランス語で‘職人’

のことである。同社はルイ・ヴィトン ジャパンの直属の親会社ということにな

る。 ルイ・ヴィトンは創業以来‘職人’的なファミリー・ビジネスの伝統を守

ってきた。創業者は初代ルイ・ヴィトンで、荷造り用の木箱製造兼荷造り職人

として働いていた。当時ナポレオン三世の第二帝政が始まる頃だとされている。

その時代、馬車全盛だったため、頑丈で、しかも使いやすい平たいトランクが

評判を呼び、ヴィトンの名が世に広まっていったのである。その後、ルイ・ヴ

ィトンの定番中の定番である現行のモノグラム・ソフトバッグ類の原点である

「キ-ポル」が創られる。さらにその後、新しいラインとして「エピ」や「タ

イガ」などが生まれた。つまり現在多くの人々が好んで使っているラインとい

うのはルイ・ヴィトンの長い歴史からいえばつい 近生まれたのといえよう。

ルイ・ヴィトンは創業当時から上流階級を中心としたファンに長く支持されて

いたが、その経営が手堅いファミリー・ビジネスの域から出ることはなかった。

そういった頃、日本人の海外旅行が盛んになり、パリのルイ・ヴィトン本店に

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は少しでも安くヴィトン製品を手に入れようと、日本人が殺到するようになる。

それも日本でのルイ・ヴィトン評価が高まる中、代理店が品薄を演出してプレ

ミアムをつけた価格で販売を行ったからである。こうしてルイ・ヴィトンは、

もはやファミリー・ビジネスでは賄いきれない規模になっていったのである。

そこで、このような分析をもとにコンサルティングを担当したのが現在のル

イ・ヴィトン ジャパンの社長となる秦で、日本進出をヴィトン家に提案するの

である。 *ルイ・ヴィトン ジャパン誕生*

日本支店が開設された 3 年後の 81 年には、ルイ・ヴィトン ジャパンが設

立される。ルイ・ヴィトン ジャパンの支配力の強化は、流通網の自社コントロ

ール化から生まれた。ルイ・ヴィトン ジャパンが行った 大の転機はそれまで

の輸入ブランド品市場の慣習であった代理店経由方式から自社販路への転換で

ある。自社で販路を整備したことで自らのコントロール下に価格、イメージな

どを置くことができたのである。既存の流通システムはその販路の形成を複数

の輸入業者や代理店、商社などに任せるという状況であった。そのため、個人

の並行輸入業者が横行し、またライセンス商品といって商品にブランド商標を

つけただけのまがい物ブランド品が数多く出まわっていた。そのため「価格統

制が利かない」、「ブランド・イメージが維持できない」といった弊害が存在し

たのである。 このようなシステムを覆し、流通網を自ら強いコントロール下に置くこと

に力を注ぎ成功したことで、継続的な売上げの確保を達成できたと言えるであ

ろう。ルイ・ヴィトン ジャパンの社長自身、自社の販路の確保や強いブランド

力の構築を大切にしているように話しているという。(一橋大学大学院商学研究

科での授業ゲスト講演)。そのような流通網へのこだわりは販売員に関しても表

れている。百貨店からの販売員を借りるのではなく、自社の社員を販売員とし

て配置することで自社製品を完全にコントロールしながらの販売体制を築き上

げているのである。 このように流通において自社の支配力を強化させることは、価格およびブ

ランドのコントロールも掌握することになった。価格においては、為替レート

が変化しても本国の 1.4 倍の価格を維持することが可能になり、大幅な価格変

動によるブランド・イメージの不安定化を避けることに繋がった。 そして、そのような強い支配力による価格やブランドのコントロールによ

って結果的には安定的なブランド・イメージを消費者に抱かすことに成功した

のだ。本来、ルイ・ヴィトンは旅行用革製品の販売からスタートしたことから

旅に耐えられるようにと、高い品質にこだわっていた。簡単には壊れない商品

を作り続け、普遍的なデザインを心がけたことで、商品は時代や流行を超えて

通用するため長く使用することができる品質になっている。そのような高品質

の製品を作り出す技術を強い支配力によって価格やブランド・イメージで固め

ていくことでルイ・ヴィトン ジャパンは継続的な売上げを記録している。 このような強力な支配力を可能にしたのは核となる「見えざる資産」があ

り、かつ、販路を自社のコントロール化に置くことを行った成果だといえよう。

システムの枠組みを固めつつ、そのシステムの中にあるべき製品も競争力のあ

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る製品で埋めていく。そのような核となる「見えざる資産」と自社のコントロ

ール下における販路システムの両方が互いに補完的な作用を働きかける しくみを作り上げたことが成果につながっている。 *流通改革*

ルイ・ヴィトンの日本での売上げは順調に伸び続ける中で、後のルイ・ヴ

ィトン全店の、そして LVMH の流通方式の雛形となる流通改革が行われた。 ルイ・ヴィトンの店舗が百貨店に入っていた場合、百貨店の館外倉庫に商

品を保管することになる。この倉庫の開け閉めにはそのつど手続きが必要とな

る。そういったロスによる販売チャンス、つまりは機会損失を防ぐために、商

品知識の不十分になりがちの百貨店まかせの運営や、従来の代理店販売をやめ、

日本法人経由の完全な直営販売に転換していったのである。 このような改革により、イメージ、デザイン、生産、販売、リソース、コ

スト、プロモーション、加えて人的資源にいたるまで、すべて自社が統括して

管理できるようにしたのである。これらと同時に、小売価格も統一して設定し

た。それまでの販売方法としては、代理店が個別に販売していたために価格は

統一されていなかった。 現在のルイ・ヴィトンといえば、世界中各店で、代理店による販売をスト

ップし、直営店に切り替えている。また統一価格においては為替レートを考慮

し、国と地域ごとに行われている。日本では、円安の場合は日本がデフレ状態

にあっても値上げし、反対に円高になれば値下げするのである。ここで、触れ

ておくが、ルイ・ヴィトンは創業以来 150 年間一度もバーゲンなどのセールを

実施したことはない。 *価格設定*

日本におけるこの価格設定は、レア商品として法外な価格を設定されたり、

バーゲンで安売りをされる危険からブランドを守っている。さらに流通から商

社をいっさい排除したことで、ライセンス商品などでブランド名が安売りされ

るのを回避できたことも挙げられる。 統一小売価格は、従来の代理店での価格を下回った価格が設定された。パリの

小売価格に輸送費用を足し、為替レートを考慮した価格である。このため、ヴ

ィトンを扱う並行輸入業者は利益分がなくなるのである。同時に威光価格とし

ての価格設定ではないという姿勢であるとも捉えられる。ルイ・ヴィトンが単

に高価な品物だということであれば、所得は高いということを示すためのステ

ータスシンボルにすぎなくなってしまう。そうした扱いは流行廃りの影響を受

けてしまう。そのためルイ・ヴィトンは、鞄の丈夫さ、品質には自信があり、

息の長い顧客を獲得できるという自信のもと、値ごろ感のある価格を設定した

とも考えられるのである。 このような価格設定の結果、ルイ・ヴィトンの商品はおよそ 5 万円~7 万

円の価格帯に収まるものが多くなった。こうしたことから日本人も少し倹約し

てお金を貯めたら手の届く価格帯を狙ったとも考えられる。

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価格設定の戦略のほかにも、ルイ・ヴィトンの戦略としてルイ・ヴィトン

はメゾン・ブランドという方針である。DC ブランドではないという自負であ

る。ルイ・ヴィトン ジャパンは、リペア・サービスを充実させた。1991 年に

青山通りの青山ツインビルにリペアセンターを作り、補修を受けられる体制を

整えたのである。こうした体制の整備は、顧客の利便性を増すだけでなく、「丈

夫で長く使える」というイメージをいっそう強化したであろう。実際ルイ・ヴ

ィトン製品を持つファンの多くが挙げる購買理由は「1 シーズンだけでなく、

長く使えるから」というものである。「長く使ってください」というメッセージ

が顧客にうまく伝わっているのであろう。 こうした体制が、流行廃りの影響を受けないブランドにするための工夫となっ

ている。 *製品ラインアップの充実・工夫*

かつてのルイ・ヴィトンの製品ラインアップと言えば、冒頭にあげたよう

に誰もが知る L と V の文字を組み合わせた伝統的なモノグラムのトランクと、

モノグラムの「キーポル」などのソフトバッグのみであった。長い期間、「モノ

グラム一本」主義を貫いていた。しかし 1986 年 (日本での発売開始は 1987 年 )には本格的レザーラインで筋模様の「エピ」を発表、ヴィトン初の本格的紳士

物ラインの「タイガ」を登場させ、日本の市松模様に触発され

て 1888 年に生まれたラインの「ダミエ」の復活など、一本槍

から手札を増やし始めた。ファミリー・ビジネスから世界を相

手に戦うには、飽きられないための変化を常にし続けていかね

ばならないのである。 (写真 5)

時間的一貫性、そしてグローバル展開が進む中で、その空間においても同

じサービスを提供して、顧客満足を生み出すという空間的一貫性を保ちつつ、

イノベーションも積極的に取り入れているのが、ルイ・ヴィトンである。変え

るべきところは変え、変えるべきでなき部分は変えないという見極めがポイン

トになっている。ブランド規定を頻繁に変えていては、強いブランドイメージ

が定着しない。しかし、ブランド規定の表現の仕方は、時代に合わせて変えて

いかなければ「時代遅れ」という否定的なブランドイメージが定着しかねない。 近年のその変化には、驚きが多い。とくにマーク・ジェイコブスがアーテ

ィスティック・ディレクターを務めてからというもの、ルイ・ヴィトンは次々

と斬新なデザインを世に送り出している。2002 年にはついに腕時計の分野にも

本格的に進出するなど、常にメディアからの注目を集めている。 今後もルイ・ヴィトンのアイデンティーを壊さない範囲内で、さらなるライン

アップ拡張が予測される。

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(写真 6)

このような点をふまえて、ルイ・ヴィトンは、そのブランドのコアの部

分である基本的な品質や製造システム、デザイン、シンボルは変えず、その

一方で新しい素材、新しい品揃えについては、常にイノベーションを継続し

ている。この斬新さがルイ・ヴィトンが単なる一時のブームに終わらず、長

期間にわたってブランド力を維持している理由なのだ。 *コングロマリット~LVMH の巨大化~*

そもそもブランドの合従連衡の機運が高まったのは、1999 年に銀行や投資

会社の持つファッションブランド株が流出したのがきっかけであるようだ。そ

の中でもグッチはイタリアの中規模メゾンから一大コングロマリットへとのし

上がったわけだが、それ以上に LVMH は巨大化した。 アルノーは 80 年代からフランスにおいて、ファッションブランドを買い

集めていた。その頃、イタリアや他国では独特のファミリー・ビジネスが貫く

老舗ががまだ多数残っていた。とくに経営危機にあったブランド以外にも合従

連衡の潮流に飲み込まれていた。その典型的な例を挙げれば、グッチ戦争であ

る。 この大きな潮流を、乗り切ったのはシャネル、エルメス、ジョルジオ・ア

ルマーニ、フェラガモ、ブルガリのヘビー級メゾンと、アメリカのティファニ

ーぐらいのものであり、ほとんどの中小メゾンはどこかのグループに参加する

か、巨大グループ相手に果敢に挑んで閉店するかの二択を迫られた。 このような乱戦のなかで、中小ファッションブランドが巨大グループに自分を

売り込む際に武器となったのが、「ブランド力」にある。その「ブランド力」に

は二つある。一つは優れた製品を作り上げる製造の力。もう一つは世界的な知

名度である。 武器の一つである製造の力とは、職人的な技術で、良い製品を作る製造の

能力 (技術力 )である。この能力があれば、知名度がなくても巨大グループのほ

うが望んでくるのである。 武器の二つ目は、世界的な知名度である。これにはグッチ、イヴ・サンローラ

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ン、さらにフェンディが挙げられる。フェンディは、LVMH とグッチ・グルー

プが争奪戦を演じたほどの有名ブランドである。技術力があり、なおかつ世界

的な知名度もあるこのようなブランドは、自前で生産とマーケティングをする

力を持っており、少なくとも自分の分は稼いでくれる「キャッシュ・カウ」(製品ポートフォリオ・マネジメントでいわれる「金のなる木」)のようなものであ

る。 90 年代後半、巨大ファッションコングロマリットに成長しようとしたファ

ッション企業グループは、LVMH のほかに 3 つある。グッチ・グループ、リシ

ュモン・グループ、そしてプラダグループである。 リシュモン・グループは、ヴァンドーム・グループ (スイス )として 1988 年に誕

生し、クロエ、カール・ラガーフェルド、ダンヒル、ランセル、オールド・イ

ングランド、ハケット(以上ファッション)、カルティエ、ピアジェ、ヴァン・

クリーフ&アーペル、ホーム&メルシェ (以下宝飾品・時計 )、モンブラン (筆記

用具 )などを擁している。1998 年にリシュモン (フランス )の 100%子会社となっ

た。 プラダは、この時期に高級メガネのデ・リゴに 15%の資本参加をしたのを

はじめ、イタリアの中小ブランドに買収攻勢を仕掛けている。イタリアのブラ

ンド以外でも、ドイツのジル・サンダ-の普通株の 75%と優先株の 15%を取

得。プラダは非上場のため取得額は明らかにされていないが、約 1 億ユーロ (約115 億円 )といわれる。アメリカのヘルムート・ラングの株式の 51%もひそか

に買い集めていた。イギリスの靴ブランドであるチャーチには 1 億 6000 万ポ

ンド (約 290 億円 )で TOB(株式公開買い付け )を申し入れた。 グッチ戦争以外の 1999 年に起きた合従連衡を見てみると、プラダ・グループ

は重要な位置を占める。LVMH と共同で Lvp ホールディングを設立。共同でフ

ェンディを買収したことは、グッチ戦争で攻めあぐねいていた LVMH のイタリ

ア進出の助け船ともなった。 その後もプラダ・グループは借金を重ねながら買収を進めていった。しか

し、プラダの上場に際してフェンディを LVMH を譲ることになるのである。フ

ェンディは、プラダと LVMH が折半で出資した Lvp ホールディングが、株式

51%を保有し、フェンディ家五姉妹が残りの 49%を持っていた。報道によれば、

このうちプラダが保有する 25.5%を LVMH に 2 億 9500 万ユーロで譲るという

ものである。 LVMH は、何も『VOGUE』『ELLE』のような世界的影響の強いファッシ

ョン誌で扱われるようなブランドだけを集めてきたのではない。LVMH は、ハ

ードキャンディという明らかにティ-ン向けのブランドの買収を行ったのであ

る。これはまさに、ティ-ンエイジャー市場を狙った、戦略的な買収であろう。 このようなより幅広い顧客層を得るための戦略はもちろん、取り扱う商品

を集めるのも積極的である。宝飾などの異分野進出である。 2000 年にはエミリオ・プッチを買収。経営が低迷気味だったところへ手を

差し伸べ、現在は新しいアート・ディレクターを迎え、ブランドの立て直しに

力を入れている。この買収によって、LVMH はイタリアに流通網と生産拠点を

持つブランドを獲得できたのである。 2001 年には、ダナ・キャランの商標権を持つガブリエル・スタジオとダナ・

キャラン・インターナショナルをともに買収し、両社を統合した。 このアメリカのブランドを入手することで LVMH が得るメリットは大きい。

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LVMH が目指しているグローバル展開をするためには、豊かなアメリカでキャ

リアウーマンに支持されるブランドを入手し、この巨大な市場に足掛かりを築

くことが重要であったのだ。この買収によって LVMH の世界展開はさらに加速

していくことになる。 LVMH は世界各国へ進出す

ると同時に、自社のブランド幅も

広げようとしている。1999 年には

時計ブランドを相次いで買収して

いる。 ここで、初代ルイの時代からル

イ・ヴィトンに流れる魂に触れて

おきたい。それは「旅」である。

本業である鞄以外にも「ルイ・ヴ

ィトン クラシック」というクラシ

ック・カーの祭典と「ルイ・ヴィ

トン カップ」というヨットレース

を催していることを、どれだけの

人が知っているであろう。 ルイ・ヴィトンの製品ラインナッ

プは、旅行鞄のみにとどまらず、

出張や旅行に持っていく各種道具

箱やボールペン、手帳、万年筆、

LV モノグラムのトランプまでも

作っているのである。旅のお供と

なるようなものは、すべて手がけ

るといった勢いである。 (図 7)

そのルイ・ヴィトンは今まで作りたくても作ることができなかったもの、

それが時計である。旅のお供として時計はもちろん必要だが、皮や布地とはま

ったく異なる製造技術を必要としたため、これまで作れずにいた (限定品として

の時計はあったそうだが、鞄や小物類に比べると存在感が薄い )。 ルイ・ヴィトン ジャパンの秦郷次郎社長の言葉

「出す限りはブランドの価値をあげるものでないと意味がない。いい加減なも

ので売上げをつくるのは簡単。しかし、ブランドの価値にすがって売ったら、

ブランドの価値が下がってしまう。だから、ヴィトンでも時計を出す出すとい

って、改良したりデザインを変えたりで延び延びになっていますよ」 このような発言の裏には、LVMH のブランドコングロマリットが生み出すシナ

ジー効果が想像できる。グループ内の技術をルイ・ヴィトンに活かすというこ

とである。プレタポルテにはクリスチャン・ディオール、ケンゾー他多くの技

術ソースがある。靴にはベルルッティ、文具にはイタリアのオマスがある。 こういったマーク・ジェイコブスのプレタポルテとともに、前にあげたような

多彩な技術ソースがルイ・ヴィトンのバッグ売れ行きを援護射撃となっている

と言えるかもしれない。 2002 年秋には、ルイ・ヴィトンから本格的な腕時計が発売されることとな

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った。時計のほかに欠けていた分野、それが「ハイジュエリー」と呼ばれる高

級宝飾品分野である。この分野に強いブランドがショーメである。このショー

メによって「超ハイジュエリー」の分野が補完されたのだ。 その一方で、ルイ・ヴィトンはメゾン初のアクセサリーとしてブレスレッ

ト (写真 )を発売している。18 金のチェーンにはバッグ、シャンパン瓶、トラン

ク、地球、鍵、車、LV の錠前、飛行機などルイ・ヴィトンらしい 9 種類のチ

ャームが選べるようになっている。(写真 8)

このような買収劇を見てみると、LVMH の近未来の経営戦略

の重点として、注目できるのが宝飾・時計があるように思う。

高級、本物のファッションに満足した若い女性が次に目を

向けるは、ジュエリー類というのはいたってシンプルな考え

である。 宝飾市場を見てみても、カルティエやティファニーがすでに世界的にブラ

ンドを確立させている中にもまだ参入、そして追撃の余地がある。仮に宝飾市

場がゼロサムであってもシェアを取る余地があるということ、そしてこの先市

場全体が伸びて参入する余地が生まれるという 2 つの見解があるようである。 こうしてまとめてみると、LVMH の宝飾分野への投資は、非常に積極的であっ

た。LVMH の傘下に入ったことで、ショーメは地価の高い銀座や表参道の一等

地に出店している。さらに LVMH 傘下のウォッチ&ジュエリー関連のブランド

は増える一方で、LVMH ウォッチ・アンド・ジュエリーというマルチブランド

会社まで設立されている。これも既存の宝飾ブランドなどと競合するための準

備であろう。 *LVMH の経営戦略*

高級ブランド品のマーケティングでおいてもっとも重視すべき点は、「いか

にブランド・イメージ」を保持し続けるかである。それと同時に、製品の高い

品質と革新性 (イノベーション )がそのブランド・イメージにマッチしてこなけ

れば、顧客の支持を維持し続けられないのである。 このような点で、グループ会社にはそのブランドに関わるマーケティングなど

の戦略立案、実施に高度の独立性が保証されている。そしてそれぞれのブラン

ドの成長と利益の確保に責任を持つことになっている。 グループ会社は LVMH の一員として、経理・財務の面がもちろん、販売やロジ

スティックス、さらに人材の配置、広告宣伝などの関してもグループとしての

相乗効果による大きな利益を得られるのである。 LVMH には 5 つの事業セクターがある。ワイン・スピリッツ、ファッショ

ン・レザー、フレグランス・コスメティックス、ウォッチ・ジュエリー、セレ

クティブ・リテーリングがその5つである。

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(図 9)

ワイン・スピリッツでは、シャンパンとコニャックの 2 つの事業から成り

立っている。この中に、日本でも人気の高い 高級品シャンパンのドンペリな

どがあるのである。ファッション・レザー事業では、ルイ・ヴィトンに代表さ

れる各ブランドがある。中でもルイ・ヴィトンは、グループ内における 大の

売上高を誇る企業である。日本での売上げは、2000 年度に 1000 億円を超え、

デフレ下とは思えない勢いで売上げ、利益をともに伸ばし続けている。 ウォッチ・ジュエリー事業セクターは、まさに近年積極的に拡大しているセク

ターと言える。そしてセレクティブ・リテーリングではグループのもつブラン

ドの流通をさらにコントロールするため、リテーリング (流通 )の強化を進めて

いる。世界 大のデュティ-フリー・ショッパーズ(DFS)や世界 初のデパ

ートであるル・ボン・マルシェなどの傘下に有している。一時期都内に続々と

オープンされ、マスコミでも取り上げられていたが、2002 年に早くも撤退して

しまったセフォラも LVMH に属しているのである。 LVMH は、グラフが示すように 1998 年のアジアの通貨危機により若干の

影響を受けたものの、グループ業績は力強い回復を見せ、2000 年度には過去

高の 116 億ユーロの売上高と 7.2 億ユーロの純利益を計上している。これは、

売上高純利益率が 6%を超え、フランス企業のトップクラスに数えられている。

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(図 10)

こうした業績の背景には、グループ経営の強みでもある「ポートフォリ

オ・マネジメント」と名づけられることも可能な経営戦略がある。(長沢氏)ポ

ートフォリオ・マネジメントにおいて、事業 (ブランド )ミックスによる相互補

完性が働くという。 LVMH の 2001 年度の売上構成に注目したい。

(図 11)

図が示すように、ワイン・スピリッツ事業による売上高が 18%、またファッシ

ョンが 30%、フレグランス・コスメティックスが 18%という構成比となって

いる。 LVMH の経営は、このように一見するとまったく異なるジャンルの事業を

組み合わせることで運営されている。これは、全体として安定的で底力のある

ワイン・スピリッツの事業と新製品をヒットさせるという点で、多少のリスク

を伴う他の事業とが相互補完的な組み合わせとして業績面で安定性を付与して

いると考えられる。

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*コングロマリットのメリット*

LVMH は、これまで論じてきたように巨大化してきたわけだが、ここでコ

ングロマリットとしてどのようなスケールメリットが考えられるのであろうか。 流通と広告に注目してみたい。

流通の中でも店舗展開は、共同作業で行うと効率が非常に良い。立地など

は、それぞれのブランドが独自に行うが、たとえば限られた一等地を確保して

おくのは容易ではない。これは百貨店の中でも同じことがいえる。良質の土地

を探し、ブランド相互で相談しながら融通がきくのは、中小ブランド単独では

不可能である。 広告面では、地域の LVMH 支社がそれぞれの地域のメディアと交渉して、

出稿するページなどの媒体を押さえる仕事を指している。その後、各ブランド

に対して必要に応じてキープしておいたメディアの広告枠を分配するのである。

ここからの広告の内容においては、それぞれのブランドの PR 能力にかかって

いる。こうして LVMH が一括で広告枠を買うのだが、そうすることによりある

種の大口顧客扱いとなり、各ブランドが単独で出稿する場合に比べて、大幅な

ディスカウントが可能になる。 例として 25%程度のディスカウントとした場合、LVMH 全体の広告宣伝

費は年間では 1000 億円近いと見られているので、これだけでも 200 億円の節

約となるのである。実際雑誌を読んでいても、若い女性向けの雑誌の多くの広

告は LVMH 傘下のブランドのよるものである。まず表紙を開いて、見開きでル

イ・ヴィトンの広告ということが非常に多い。こういったことからもいかに「大

口顧客」かということに気付く。 このように流通や広告面で、ブランドを問わない 大公約数となる仕事は

LVMH が組織化する上で、非常に効率的に働いている。 流通、広告の次には、人材について触れてみたい。企業規模の小さいブラ

ンドでは、人が集まらない傾向にある。知名度も低く、事業規模も小さいので

あれば当たり前である。すると、人が集まらない→経営者、スタッフ、デザイ

ナーとして雇う人材に贅沢は言えなくなってくる。悪循環の始まりである。 一方 LVMH くらいに大規模になると、規模の大きさが人材を引き寄せる魅力と

なる。学生の就職先はもちろん、ヘッドハンティング先としても応じてもらい

やすいというメリットがでてくる。さらに、内部の入ってからも規模の大きさ

を大いに活用して、一人一人の適正にあった部門に配属するなど、人材を有効

に活用することもできる。 LVMH は、コングロマリットとしての企業戦略を語るとき、「ポートフォ

リオ・マネジメント」という言葉を使ってきた。金融の世界で、リスクを回避

するための 適な投資を選択する考えを「モダンポートフォリオ理論」と言う。

これをアルノーは LVMH の経営に応用したと思われている。 それぞれに得意分野を持つブランドを多く集めることで、グループ全体では多

くの分野で一流商品を扱うことが可能になる。このことは財務面においても感

じ取ることができる。 アルノー登場以前の LVMH に関する記事では、「ポートフォリオ・マネジ

メント」という言葉が出てくるとその説明として「ワイン・スピリッツ分野は

毎年の収益が安定しており、それをもってして、シーズンごとのに成績が上下

Page 17: LVMH の経営戦略pweb.sophia.ac.jp/amikura/thesis/2002/m_suzuki2002.pdf世界最大の高級品ブランド帝国、LVMH は毎年莫大な売上げを誇っている。2000 年には、100

するファッション分野の財務体質を補う」などと添え書きされていたという。 ファッション商品はどうしても、そのシーズンごとの流行などの外的要因から

浮き沈みしやすい。そういった比較的リスキーなファッション分野だけに依存

するだけでなく、酒分野でしっかりとという考え方なのである。 ただこうした考え方をすると次のような疑問点が生まれる。LVMH はブラ

ンドを次々と買収してきた。LVMH によるブランドの囲い込みである。そうし

た場合、どこかのブランドが不調な時は他のブランドで補うというチームプレ

ー的経営である。しかし、この戦略が進むといずれライバルのブランドがなく

なるといった上場におちいりかねない。しかし LVMH の場合、その経営カラー

というものが比較的自由度が重視されたもののため、そういったライバル会社

を必要としないのである。LVMH の取っている態度はあくまでも、持ち株会社

であり、実際に商品を生産する主体である傘下ファッション・メゾンは昔から

お互いにライバルとなり、磨きあっている。つまり、LVMH にとっては、傘下

のブランドの競争は歓迎すべきものなのだ。ようは LVMH という大きな枠組み

があり、そこに独立したブランドが多数存在し、競争しあうという好環境が出

来上がっている。 次に LVMH のマーケティング手法について書いていきたい。LVMH の「セ

レクティブ・マーケティング」の特徴は、生産量が限られた高級品を売るのに

特化している点だ。パッケージ・インダストリー(生産のレシピが確立され、

レシピさえあればいつでもどこでも生産できる)ではなく、生産量が限られた

高級品を売るというのが LVMH である。 こうした制約のもとで、LVMH が大切にしてるのがブランドの高い付加価

値である。そのためにもシナジー効果を生む経営を目指しているのである。 それが、お互いに顧客を奪い合わないポジションのブランド同士のコングロマ

リットである。それぞれ市場で独自のポジションを占めている。また、高級品

を求める人のところへ届ける「セレクティブ・ディストリビューション」であ

る。これは、商社や問屋などを通すことなく自前で流通をコントロールして、

販売する店舗までを自らのブランドに適しているか、いないかを吟味する工程

のことをいう。LVMH の販売部門が、この作業の一部を担っている。ヨーロッ

パでは「セレクティブ・ディストリビューション」というコンセプトが法律で

定められている。また日本でもこの作業は行われている。こうして、街角で自

分と同じブランドの尾暗示プレタポルテを着た人間とばったり遭遇するという

ようなことがなくなるのである。扱うブティックを、主要都市、人口 100 万人

につき一店舗という割合では位置する。こういった戦略もまた、高級ブランド

の価値を支えているのである。 *結論*

これほどまでに成長し続け、消費者に支持されるブランドを構築したル

イ・ヴィトンは「新しいニーズ」を満たした製品を「継続的に」「大量に」売り

続け、市場で市場創造に成功していると言えよう。 しかし高級ブランド品である以上、利益率の高い商品ならではの弊害もあ

る。ラグジュアリーグッズである高級ブランド品は、贅沢品であり、人々の心

と財布にゆとりがなければ売れない。失業者の増加、景気悪化、戦争がいつお

Page 18: LVMH の経営戦略pweb.sophia.ac.jp/amikura/thesis/2002/m_suzuki2002.pdf世界最大の高級品ブランド帝国、LVMH は毎年莫大な売上げを誇っている。2000 年には、100

きても不思議でない、といったような社会的状況のなかでは、贅沢品の買い控

えが起きるかもしれないのである。つまりルイ・ヴィトンのような贅沢品は、

利益率の高さのひきかえに、社会の雰囲気という外的要因に影響されやすいと

いった点を忘れてはいけない。 ただこういった外的要因を抜かして、LVMH の経営戦略を見てみると、私

が当初思っていた以上にルイ・ヴィトンというブランドが根付いていくように

感じられた。プラダのナイロンバッグブームとは異なるように、意識的に経営

戦略を実践しているのである。つまりルイ・ヴィトンは不滅である。しかも

LVMH という巨大さをから得る可能性は計り知れないものがある。これからも

ルイ・ヴィトンは LVMH から得るメリットを 大限に活かしつつ、新しいサー

ビス、商品を生み出していく予感がするのである。

<参考文献・参考資料> ○ 企業戦略白書Ⅰ~日本企業の戦略分析・伊丹敬之・2002・東洋経済新報社 ○ ブランド帝国の素顔・長沢伸也・2002・日本経済新聞社 ○ ルイ・ヴィトン ジャパン HP ○ LVMH HP ○ 朝日現代用語「知恵蔵」 ○ ハーバード・ビジネス・レビュー(3 月)・2002・ダイヤモンド社 ○ Globis Management Review(GMR)Vol,1・2002・ダイヤモンド社 ○ ブランド資産価値革命・高桑郁太郎・1999・ダイヤモンド社 ○ 戦略アイデンティティ経営・ローレンス D アッカ-マン・2002・ダイヤモ

ンド社 ○ グループ経営 7 つの常識・武藤泰明・2002・中央経済社