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感染症学雑誌 第84巻 第 3号
サルコイドーシスとの関連が示唆された
Mycobacterium nonchromogenicum皮膚感染症の 1例
1)佐賀大学医学部膠原病リウマチ内科,2)同 感染制御部
戸田 知子1) 末松 梨絵1) 井上 久子1) 小荒田秀一1)
多田 芳史1) 青木 洋介2) 長澤 浩平1)
(平成 21 年 5 月 25 日受付)(平成 22 年 1 月 20 日受理)
Key words : Mycobacterium nonchromogenicum, sarcoidosis, skin infection
序 文非結核性抗酸菌は結核菌と異なり,一般に病原性が
弱く日和見感染症の原因菌として考えられてきたが,近年では基礎疾患や免疫低下を認めなくても感染症を惹起するとの報告が散見される.非結核性抗酸菌による感染症は年々増加傾向にあり,これまでヒトへの病原性が指摘されていなかった菌種でも原因菌となりうることがわかってきている.また,非結核性抗酸菌症は主に呼吸器に病変を形成するが,リンパ節,皮膚,関節などの肺外病変を来すこともある.今回我々は,ぶどう膜炎および皮膚病変の病理組織学的検討によりサルコイドーシスと確定診断された 3年後にMyco-
bacterium nonchromogenicumによる皮膚感染症を来した貴重な 1例を経験したので報告する.サルコイドーシスの病因についてはアクネ菌感染や抗酸菌感染などこれまでに多数の仮説が提唱されているが,今なお不明である.今回は,サルコイドーシスにおける非結核性抗酸菌感染の関与についても考察する.
症 例症例:67 歳,男性.主訴:発熱,体幹・四肢の皮下結節および紅色丘疹,
耳下腺腫大.既往歴:生来健康な男性,基礎疾患なし.家族歴:特記すべきことなし.職業:農業.現病歴:2005 年 1 月発熱,右腋窩に 2cm大のリン
パ節腫脹が出現した.その後左腋窩および右鎖骨上窩
にもそれぞれ 2cm大,4cm大のリンパ節腫脹を認め,右腋窩リンパ節は 5cmまで腫大した.近医にて両側性肉芽腫性ぶどう膜炎および硝子体混濁,間質性肺炎も指摘され,同年 7月に当院を紹介され,精査加療目的に入院となった.リンパ節生検では肉芽腫や悪性所見は認められず,確定診断には至らなかった.診断的治療目的にミノサイクリンの投与を開始したところ,症状は軽快し,リケッチアなどのミノサイクリンが有効な感染症やミノサイクリンの免疫調節作用に反応する病態が考えられたが,抗リケッチア抗体は陰性であり,症状が改善した原因は不明であった.2006 年 3月頃より耳下腺腫脹が出現した.これまでの経過や臨床所見よりサルコイドーシスを疑い,ミノサイクリンに併せてプレドニゾロン 10mg�day 投与を開始した.2007 年 2 月,体幹に 3~4mm大の紅色扁平丘疹が出現した(Fig. 1).皮膚生検を施行したところ,非乾酪性肉芽腫を形成しており,ラングハンス型巨細胞も認められ,病理学的にサルコイドーシスに特徴的な所見であった(Fig. 2).血液検査ではACEや Ca 値の上昇は認めず,肺門部リンパ節腫大やガリウムシンチグラムでの集積像は認めなかった.これら全身反応を示す検査所見には乏しかったものの,皮膚病変および眼病変があり,組織診断群よりサルコイドーシスと診断した.ミノサイクリンとプレドニゾロンの内服継続にて皮疹は消退傾向であり,表在リンパ節は縮小,触知しなくなり,CRPも陰性化していたが,同年 12 月より体幹に多発性の皮下結節が出現し,CRPは 3mg�dL 以上を示すようになった.皮下結節が改善しないことから 2008 年 2 月に皮下結節部位の生検を施行したところ,類上皮細胞の増生や集簇,ラングハンス型巨細胞を認めたが,リンパ球のほかに今回は多数の好
症 例
別刷請求先:(〒849―8501)佐賀県佐賀市鍋島五丁目 1番 1号佐賀大学医学部膠原病リウマチ内科
長澤 浩平
Mycobacterium nonchromogenicum皮膚感染症の 1例 301
平成22年 5 月20日
Fig. 1 Skin manifestations in February 2007.Discrete erythroid papules 2―3mm in diameter on the chest.
Fig. 2 Erythroid papule skin biopsy showing non-caseating granulomas. Epitheroid cells and Langhance gi-ant cells seen together with predominant lymphocyte infiltration (February, 2007).
中球が認められ(Fig. 3),サルコイドーシスのほかに真菌感染症や,非結核性抗酸菌感染症が鑑別に挙げられた.生検組織の抗酸菌染色は陰性,Mycobacterium
aviumやMycobacterium intracellulareは PCR法では検
出されなかった.2008 年 4 月より 38℃台の発熱,炎症所見の上昇(CRP 12.39mg�dL,赤沈 132mm�Hr),全身倦怠感を認めた.さらに 2008 年 2 月に採取した皮下結節の生検組織の培養にて,培養 5週目に非結核性抗酸菌であるM. nonchromogenicumが同定された.このことからM. nonchromogenicumによる皮膚感染症と診断した.治療目的に同年 5月 30 日に再度入院となった.入院時現症:身長 165cm,体重 65.8kg.体温 36.2℃,
血圧 140�72mmHg,脈拍 60�分・整.結膜に貧血,黄疸を認めず,心音や呼吸音に異常なく,腹部・四肢にも異常を認めなかった.前胸部,上腹部,両上腕に最大 20mm大の皮下結節,また前胸部と上背部に数mm大の紅色扁平丘疹が散在していた(Fig. 4).両側耳下腺腫脹を認め,左頸部に可動性があり癒合傾向のない小豆大~1cm程度の弾性硬のリンパ節を数個,左腋窩に 1.5cm大の可動性良好なリンパ節を 1個触知した.入院時検査所見(Table 1):末梢血では白血球数
12,500�µL,好中球 79.5%と白血球,好中球比率の増加を認め,Hb 9.3g�dL と貧血も認めた.血清検査ではCRP 9.13mg�dL と炎症反応の上昇を認めた.また,IgG 2,092mg�dL,sIL-2R 3,250U�mLと上昇が認められた.ACEや Ca 値は正常範囲であった.ツベルクリン反応は弱陽性であり,QFT-2G は判定不能との結果であった.胸部X線写真およびCTでは肺門リンパ節腫脹や肺野病変を認めなかった.また眼症状はなく,入院時活動性のぶどう膜炎は認められなかった.入院後経過:クラリスロマイシン 800mg�日と,感
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感染症学雑誌 第84巻 第 3号
Fig. 3 Histological findings for subcutaneous nodules. Epitheloid cells and Langhance giant cells seen in addition to neutrophil infiltration (February, 2008).
Fig. 4 Skin manifestations on March 2008 admission.Subcutaneous nodules and erythroid papule recurrence on the chest.
受性結果からエンビオマイシン 0.5g�日,エタンブトール 750mg�日の 3剤を併用して 6月 16 日より治療を開始した.入院後 38℃台の発熱が連日認められてお
り,CRPも 13.78mg�dL まで上昇していたが,投与 2日目より解熱し,CRPも投与 1週間で 1.8mg�dL と著明に低下した.さらに前胸部の皮下結節も投与 1週間後には明らかな縮小を示し,背部の紅色扁平丘疹も退色傾向を示したことから,7月 7日退院となった.退院後経過:治療開始 4週間後には紅色丘疹,皮下
結節ともにほぼ消失し,CRPは陰性化した.また腫脹していた耳下腺やリンパ節も縮小傾向にあり,皮膚所見もその後再燃を認めていない.高値であった IgGは治療開始後より低下し,2008 年 10 月には正常範囲となった.プレドニゾロンは漸減し,2009 年 8 月の時点で 5mg�day 内服中である.
考 察M. nonchromogenicumはRunyon 分類第 3群菌に属
する遅発育菌であり,本例でも培養 5週目に同定されている.非結核性抗酸菌は土壌や水系の環境から分離される特徴があり,海産物を頻回に扱う者や農業従事者への感染の報告が多い1).M. nonchromogenicumは歴史的に非感染性と考えられてきたが,我々が検索した限り 1976 年以降の内外の報告では 13 例のM. non-
chromogenicumを原因菌とする感染症が報告されている2)~10).これら報告例の感染部位は,肺が 6例と最も多く,続いて関節・滑膜が 3例,腱鞘が 2例,髄膜と皮下組織がそれぞれ 1例ずつであった.免疫抑制状態でない場合の感染の報告もあった.M. nonchromogeni-
cumの治療法は確立されておらず,本例では非結核性抗酸菌症の標準的治療薬であるクラリスロマイシンと,薬剤感受性検査結果を参考にして抗結核薬 2剤を併用して治療を行った.一般に非結核性抗酸菌症では治療効果と薬剤感受性検査の結果は必ずしも相関しな
Mycobacterium nonchromogenicum皮膚感染症の 1例 303
平成22年 5 月20日
Table 1 Laboratory Data on Admission
【Serology】【Blood chemistry】【Hematology】mg/dL9.13CRPg/dL7.7TP/μL12,500WBCIU/L11RFg/dL3.5Alb%79.5Neu×40ANAmg/dL16.4BUN%13.0Lymmg/dL2,092IgGmg/dL0.79Cr%5.0Momg/dL133IgMIU/L15AST%1.0Eomg/dL221IgAIU/L18ALT%0.0BaU/mL3,250sIL-2RIU/L159LDH/μL3,580,000RBC
IU/L334ALPg/dL9.3Hb(1 + )tuberculin reactionIU/L55γGTP/μL304,000Plt
0mm×0mm/10mm×9mm(0mm×0mm)
IU/L68CKIU/L8.8ACEmEq/L138Na
indeterminateQFT-2GmEq/L4.5KmEq/L103ClmEq/L8.3Ca
いといわれているが2),本例ではこの 3剤による併用療法が著効を示した.本例では紅色扁平丘疹の生検結果よりサルコイドー
シスと診断され,その後出現した皮下結節の生検組織培養からM. nonchromogenicumが同定された.サルコイドーシスの病因についてはこれまでに多数の仮説が提唱されてきたが,今なお不明である.しかし,近年Propionibacteria(アクネ菌)を病因とする説が注目されている11).PCR法によってサルコイドーシス患者のリンパ節にアクネ菌由来のDNAが多量に存在していることを示した報告や12),病変部に細胞内感染している細胞壁欠失 L型アクネ菌を検出できる PAB抗体を用いて病変部組織を免疫染色すると,本症患者の 9割以上でその肉芽腫内に陽性所見を認めたという報告もある13).しかし,常在菌であるアクネ菌が一部の者だけにサルコイドーシスを惹起する機序は不明である.一方でサルコイドーシスと抗酸菌感染症との関連
は,特に欧米にて古くから唱えられてきた.類上皮細胞性肉芽腫を形成する非結核性抗酸菌症の病理組織像はサルコイドーシスの病理組織像と類似している.サルコイドーシスでは肉芽腫周囲のリンパ球浸潤の程度が少ないとされているが,定量的に有意差を示すことは困難である.実際にサルコイドーシス病変に抗酸菌や菌体成分が証明されたり,PCR法によりMycobacte-
rium属のDNAを検出したとの報告もある.Saboorらによると PCR法を用いると,サルコイドーシスの50%の患者の検体で結核菌のDNAが,20%で非結核性抗酸菌のDNAが証明されたと報告している14).本邦では,江口らが右下腿の筋肉内腫瘤型サルコイドーシスの腫瘤からDNAを抽出し,Mycobacterium
属に特異的遺伝子である groEL 遺伝子を増幅するプライマーを用いて PCRを行い,Mycobacterium属のDNAの存在を証明した報告がある15).培養されたと
いう報告は少ないが,村上らは肺野型サルコイドーシスと診断された患者の喀痰培養より非結核性抗酸菌であるM. gordonaeが同定された症例を報告している16).本例では,当初サルコイドーシスの診断根拠となっ
た病理像を呈した生検皮膚組織の抗酸菌培養を施行していないためにM. nonchromogenicumの感染時期は明らかではない.しかし,M. nonchromogenicumに対するクラリスロマイシンと抗結核薬による治療後,皮下結節のみならず,2007 年 2 月にサルコイドーシスの診断を得た紅色扁平丘疹も速やかに消退している.長期にわたり遅延し,サルコイドーシスの症状とも一致する耳下腺腫脹やリンパ節腫大が,治療後速やかに改善していることも併せて考えると,これらの変化は自然軽快とは考えにくく,サルコイドーシスとM. non-
chromogenicumとの関連を示唆しているものと考えられる.また上記のような治療後の変化より,サルコイドー
シスに環境菌としてM. nonchromogenicumが混入し検出されたという可能性は低いと考えられる.M. non-
chromogenicumによる皮膚感染症は 2例目(本邦初)の報告である.郡らはサルコイドーシスに合併したM. nonchromogenicum感染症として肺に感染した症例を報告しているが10),サルコイドーシスに合併した同菌による皮膚感染症の報告例はなかった.非典型的経過をとるサルコイドーシスでは,非結核性抗酸菌感染症の合併も考慮する必要があると考える.
文 献1)森口尚生,小林明正,只野 功,塚本達郎,井村貴之,二見俊郎:手根管症候群を伴ったMyco-bacterium nonchromogenicumによる中指屈筋腱滑膜炎の 1例.整形外科 2004;55:673―7.
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A Case of Cutaneous Mycobacterium nonchromogenicum Infection Suggesting Sarcoidosis Association
Satoko TODA1), Rie SUEMATSU1), Hisako INOUE1), Syuichi KOARADA1),Yoshifumi TADA1), Yosuke AOKI2)& Kohei NAGASAWA1)
1)Department of Rheumatology and 2)Department of Infection Control, Saga University Hospital
A 67-year-old man clinically diagnosed a year earlier with sarcoidosis based on low-grade fever, lympha-denopathy, trunk skin rash, and histopathological skin tests was admitted for newly developing subcutane-ous nodules on the trunk and arms and fever of 38℃. Although initially suspected of recurrent sarcoidosis,he was diagnosed with Mycobacterium chromogenicum infection isolated from skin lesion culture. Combinedclarithromycin of 800mg�day, ethambutol of 750mg�day, and embiomycin of 0.5g�day was started, afterwhich fever declined and WBC count and CRP decreased to normal in a week. One month later, skin lesionshad disappeared. This case is interesting considering the association of nontuberculous mycobacterial infec-tion with sarcoidosis.
〔J.J.A. Inf. D. 84:300~304, 2010〕