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日本肘関節学会雑誌 2222015 小児の上腕骨顆上骨折の合併症に関する検討 八野田 1 多田 1 山本 大樹 1 岡本 駿郎 1 山内 大輔 2 納村 直希 3 池田 和夫 3 橋本二美男 4 土屋 弘行 1 1 金沢大学機能再建学講座 2 福井県済生会病院整形外科 3 金沢医療センター整形外科 4 富山県高志リハビリテーション病院 Neurovascular Injuries Associated with Supracondylar Humerus Fractures in Children Ai Hachinota 1 Kaoru Tada 1 Daiki Yamamoto 1 Shunro Okamoto 1 Daisuke Yamauti 2 Naoki Osamura 3 Kazuo Ikeda 3 Fumio Hashimoto 4 Hiroyuki Tsuchiya 1 1 Department of Orthopaedic Surgery, Graduate School of Medical Science Kanazawa University 2 Orthopedic Surgery of Fukui-ken Saiseikai Hospital 3 Orthopedic Surgery of National Hospital Organization Kanazawa Center 4 Orthopedic Surgery of Toyama Prefectural Koshi Rehabilitation Hospital Key words : supracondylar humerus fracture(上腕骨顆上骨折),children(小児),complication(合併症) Address for reprints : Ai Hachinota, Department of Orthopaedic Surgery, Graduate School of Medical Science Kanazawa University, 13-1 Takaramachi, Kanazawa 920-8641 Japan 小児の上腕骨顆上骨折は,神経障害や循環障害などの合併症の発生率が高い.今回,当院と 関連施設において手術を施行した小児の上腕骨顆上骨折例 168 例を対象として,合併症に関し て検討を行った.合併症は 168 例中 33 例で認めた.神経障害は 27 例に認め,損傷が疑われる 部位を緊急で展開したものは 15 例,経過観察後に展開したものは 4 例であった.展開を行わな かった 8 例も含め,いずれも症状の回復を認めた.循環障害は 16 例に認め,上腕動脈を緊急で 展開したものは 13 例,経過観察後に展開したものは 2 例であり,12 例に上腕動脈の損傷を認 めた.神経障害では必ずしも緊急で展開を行う必要はないが,回復傾向を認めない場合は神経 剥離術などを検討すべきであると考える.一方,循環障害では pink pulseless hand であったとし ても早期に上腕動脈の展開を行う必要があると考える. 【緒 言】 小児の上腕骨顆上骨折は小児骨折の 3 18% 小児肘周辺骨折の 55 80% と報告されており頻 度の高い骨折である.また,神経障害は 12 20% ,循環障害は 10% 程度に合併していたと報告され ており,合併症に注意を払う必要がある 1-3) .今回, 経皮的鋼線刺入術を施行した小児の上腕骨顆上骨 折の合併症に関して検討を行った. 【対象および方法】 当院と関連施設において手術を施行した小児の 上腕骨顆上骨折 168 例(男児 109 例,女児 59 例) を対象とした.手術時年齢は平均 6.1 歳(1 歳~ 12 歳)であった.骨折型は Gartland 分類を用いて評価 し, II 66 例, III 100 例(開放骨折を 2 例含む), 不明 2 例であった.神経障害は麻痺症状を認めたも の,循環障害は橈骨動脈の触知が不可もしくは微弱 なものや手指の冷感などの症状を呈したものとし た. 【結 果】 合併症は 168 例中 33 例(19.6%)に認めた.神 経障害は 168 例中 27 例(16.1%),循環障害は 16 9.5%)に認めた.神経障害と循環障害を合併 した例は 10 例(5.9%)であった. 33 例中 4 例(12.1%Gartland 分類 II 型であり,29 例(87.9%)がⅢ型 であった. 神経障害を生じた 27 例のうち,正中神経麻痺は 13 例,橈骨神経麻痺は 8 例,尺骨神経麻痺は 6 で認めた.損傷が疑われる部位を緊急で展開したも のは 27 例中 15 例で,神経が周囲組織に絞扼され生 じる Kinking の解除を要したものが 8 例,血腫の除 去を要したものが 1 例,確認のみ行ったものが 6 であった.経過観察後に展開したものは 27 例中 4 例で,この 4 例はいずれも神経の癒着を生じており 神経剥離術を要した.展開した時期は 1 例が術後 1 週に,ほか 3 例は術後 1 か月から 2 か月の間に行わ れていた.経過観察のみとした 27 例中 8 例を含めて, 27 例で最終的に MMT 3 以上の回復を認めた. 121

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日本肘関節学会雑誌 22(2)2015

小児の上腕骨顆上骨折の合併症に関する検討

八野田 愛1   多田  薫

1   山本 大樹

1

岡本 駿郎1   山内 大輔

2   納村 直希

3

池田 和夫 3   橋本二美男 4   土屋 弘行 1

1金沢大学機能再建学講座  2福井県済生会病院整形外科

3金沢医療センター整形外科

4富山県高志リハビリテーション病院

Neurovascular Injuries Associated with Supracondylar Humerus Fractures in ChildrenAi Hachinota1 Kaoru Tada1 Daiki Yamamoto1 Shunro Okamoto1 Daisuke Yamauti2

Naoki Osamura3 Kazuo Ikeda3 Fumio Hashimoto4 Hiroyuki Tsuchiya1

1Department of Orthopaedic Surgery, Graduate School of Medical Science Kanazawa University 2Orthopedic Surgery of Fukui-ken Saiseikai Hospital

3Orthopedic Surgery of National Hospital Organization Kanazawa Center4Orthopedic Surgery of Toyama Prefectural Koshi Rehabilitation Hospital

Key words : supracondylar humerus fracture(上腕骨顆上骨折),children(小児),complication(合併症)

Address for reprints : Ai Hachinota, Department of Orthopaedic Surgery, Graduate School of Medical Science Kanazawa University, 13-1 Takaramachi, Kanazawa 920-8641 Japan

 小児の上腕骨顆上骨折は,神経障害や循環障害などの合併症の発生率が高い.今回,当院と

関連施設において手術を施行した小児の上腕骨顆上骨折例 168 例を対象として,合併症に関し

て検討を行った.合併症は 168 例中 33 例で認めた.神経障害は 27 例に認め,損傷が疑われる

部位を緊急で展開したものは 15 例,経過観察後に展開したものは 4 例であった.展開を行わな

かった 8 例も含め,いずれも症状の回復を認めた.循環障害は 16 例に認め,上腕動脈を緊急で

展開したものは 13 例,経過観察後に展開したものは 2 例であり,12 例に上腕動脈の損傷を認

めた.神経障害では必ずしも緊急で展開を行う必要はないが,回復傾向を認めない場合は神経

剥離術などを検討すべきであると考える.一方,循環障害では pink pulseless hand であったとし

ても早期に上腕動脈の展開を行う必要があると考える.

【緒  言】

 小児の上腕骨顆上骨折は小児骨折の 3 ~ 18% ,小児肘周辺骨折の 55 ~ 80% と報告されており頻

度の高い骨折である.また,神経障害は 12 ~ 20% ,循環障害は 10% 程度に合併していたと報告され

ており,合併症に注意を払う必要がある1-3).今回,

経皮的鋼線刺入術を施行した小児の上腕骨顆上骨

折の合併症に関して検討を行った.

【対象および方法】

 当院と関連施設において手術を施行した小児の

上腕骨顆上骨折 168 例(男児 109 例,女児 59 例)

を対象とした.手術時年齢は平均 6.1 歳(1 歳~ 12歳)であった.骨折型は Gartland 分類を用いて評価

し,II 型 66 例,III 型 100 例(開放骨折を 2 例含む),

不明 2 例であった.神経障害は麻痺症状を認めたも

の,循環障害は橈骨動脈の触知が不可もしくは微弱

なものや手指の冷感などの症状を呈したものとし

た.

【結  果】

 合併症は 168 例中 33 例(19.6%)に認めた.神

経障害は 168 例中 27 例(16.1%),循環障害は 16例(9.5%)に認めた.神経障害と循環障害を合併

した例は 10 例(5.9%)であった.33 例中 4 例(12.1%)

が Gartland 分類 II 型であり,29 例(87.9%)がⅢ型

であった.

 神経障害を生じた 27 例のうち,正中神経麻痺は

13 例,橈骨神経麻痺は 8 例,尺骨神経麻痺は 6 例

で認めた.損傷が疑われる部位を緊急で展開したも

のは 27 例中 15 例で,神経が周囲組織に絞扼され生

じる Kinking の解除を要したものが 8 例,血腫の除

去を要したものが 1 例,確認のみ行ったものが 6 例

であった.経過観察後に展開したものは 27 例中 4例で,この 4 例はいずれも神経の癒着を生じており

神経剥離術を要した.展開した時期は 1 例が術後 1週に,ほか 3 例は術後 1 か月から 2 か月の間に行わ

れていた.経過観察のみとした27例中8例を含めて,

全 27 例で最終的に MMT 3 以上の回復を認めた.

― 121 ―

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小児の上腕骨顆上骨折の合併症に関する検討

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図 1 受傷時 Xp  3 歳女児.Gartland 分類 III 型の左上腕骨顆上骨折を受傷した.

  図 2 術後 1 週間で行った MRA 検査    上腕動脈本幹の途絶を認めた.

 循環障害を生じた 16 例のうち,緊急で上腕動脈

を展開したものは 13 例,経過観察後に展開したも

のは 2 例で,経過観察のみとしたものは 1 例であっ

た.

 緊急で展開した 13 例中 9 例が橈骨動脈の触知が

不可もしくは微弱であるにも関わらず手指の血流が

保たれている pink pulseless hand(以下,PPH)に該

当し,血管の Kinking の解除を要したものが 4 例,

外膜剥離を要したものが 2 例,不明が 3 例であった.

緊急で展開した 13 例中 3 例は手指の冷感等を伴っ

ており PPH に該当せず,Kinking の解除を要したも

のが 1 例,外膜剥離を要したものが 1 例,血管移植

を要したものが 1 例であった.13 例中 1 例は PPHの評価は不明であったが Kinking の解除を要した.

経過観察後に展開した 2 例中 1 例が PPH に該当し,

外膜剥離を要した.PPH に該当しなかった 1 例は,

手指の血流を認めない状態であり,血栓の除去を要

した.

【代表症例】

 3 歳の女児.転倒し Gartland 分類 III 型の左上腕

骨顆上骨折を受傷した(図 1).明らかな神経障害

や循環障害の所見はなく,受傷当日に経皮的鋼線刺

入術を施行した.術直後より PPH を呈し,パルス

オキシメーターでは健側と比較し小さい波形を示し

た.また正中神経麻痺の出現も認めた.術後 1 週間

で症状の改善を認めず,MRA 検査で上腕動脈本幹

の途絶を認めたため(図 2),肘関節前方アプロー

チによる展開を行うこととした.術中の所見では骨

折部で神経および血管を含め全体的に癒着を生じて

いた.正中神経は出血し細くなっており,上腕動脈

は約 3cm に渡り器質化を認めた(図 3).この部位

での明らかな上腕動脈の拍動は触知できなかったが

血管の閉塞は認めず,神経および血管の剥離を行い

閉創した.タニケットを開放し約 10 分後に脈の拍

動再開を確認した.

図 3 術中所見  骨折部で神経および血管を含め全体的に癒着を  生じていた.

正中神経

上腕動脈

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八野田   愛 ほか

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図 4 神経剥離を要した症例  術後 2 か月で展開を行った.  橈骨神経の癒着が高度であり,極めて剥離が困難  な状態であった.

【考  察】

 小児の上腕骨顆上骨折に合併して生じる神経障

害の 86 ~ 100% は Neurapraxia であり,その多くは

自然回復するため,神経障害は経過観察でも回復

が期待できると報告されている2, 4)

.しかし,経過

観察後に展開し神経剥離を行った症例と比較して,

早期に展開し神経剥離を行った症例は回復までの

期間が短く,神経の展開を積極的に考慮すべきとの

報告もある5).Ramachandran らは,小児の上腕骨顆

上骨折に合併した神経障害について検討を行い,32例中 22 例は自然回復したが,10 例で手術を要した

と報告している.手術は受傷後平均 7.7 か月の経過

観察期間後に行われており,6 例は神経剥離術,4例は神経移植術(4 例中 1 例で腱移行も行った)を

要した6).自験例の経過観察後に展開を行った 4 例

はいずれも初回手術から 2 か月以内に展開を行った

が,全例で神経の癒着を認め神経剥離術を要した.

特に術後 2 か月で展開を行った 1 例は神経の癒着が

高度であり,極めて剥離が困難な状態であった(図

4).自験例からも経過観察は確かに有効であると考

えるが,麻痺が受傷後 2 か月を経過しても回復傾向

を認めない場合は神経剥離術などを検討すべきで

あると考える.

 循環障害は上腕動脈の損傷によって生じるが,

PPH に関しては経過観察を推奨する報告と早期に

展開を行うことを推奨する報告があり,現在も治療

方針が議論の対象となっている.また,その病態に

ついても諸説があり明らかになっていない.経過観

察を推奨する理由として,PPH の原因が上腕動脈

の一過性の spasm の場合は経過観察で回復する可能

性が高いことや,前腕から手部にかけて側副血行路

が豊富に存在するため,例え閉塞したとしても末梢

の血流は保たれることが挙げられる7,8).一方,早

期に展開を行うことを推奨する理由として,術前に

上腕動脈の損傷状態を評価することは困難である

こと,側副血行路は必ずしも信頼できるものではな

いことが挙げられる9,10)

.また,経過観察によって

切迫したコンパートメント症候群や Volkmann 拘縮

などの重篤な病態に至り術後経過が不良となった

症例も報告されている11).White らは臨床医の認識

以上に外科的処置を要する上腕動脈の損傷は高率

であると報告しており10),自験例では血管を直視

下に評価した 15 例中 12 例において上腕動脈に対し

て何らかの外科的処置を要する状態であったこと

を確認したことからも,PPH であっても早期に展

開を行う必要があると考える.

 近年,詳細な循環動態の確認に超音波ドプラが有

用であり治療方針を決める一助となることが報告

されており3,12)

,今後は超音波ドプラを用いた検査

を追加しさらに検討を行いたい.

【結  語】

 神経障害では自然回復が期待できるため必ずし

も緊急で展開を行う必要はないが,受傷後 2 か月を

経過しても回復傾向を認めない場合,神経剥離術な

どを検討すべきであると考える.

 一方,循環障害では PPH であったとしても上腕

動脈が何らかの損傷を受けている可能性が高く,早

期に上腕動脈の展開を行う必要があると考える.

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小児の上腕骨顆上骨折の合併症に関する検討

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【文  献】

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10)White L, Mehlman CT, Crawford AH, et al : Perfused, pulseless, and puzzling : a systematic review of vascular injuries in pediatric supracondylar humerus fractures and results of a POSNA questionnaire. J Pediatr Orthop. 2010 ; 30 : 328-35.

11)藤岡宏幸,常深健二郎,大井雄紀ほか:神経血管障害を合併した小児上腕骨顆上骨折に対する治療.関節外科.2014;33:825-832.

12)Weller A, Garg S, Larson AN, et al : Management of the pediatric pulseless supracondylar humeral fracture : Is vascular exploration necessary?. J Bone Joint Surg Am. 2013 ; 95 : 1906-12.