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3 月号 2019 No.168 NHKでは、時代に即した新しい放送サービスの実現に向けて、放送技術の研究開発を積極的に進めています。 研究開発の過程で生まれた成果は、特許やノウハウなどの知的財産として権利を確保するとともに、NHKの保有 技術として積極的に周知あっせんし、技術協力やライセンスにより、広く一般の皆さまにご利用いただいています。 また、NHKの研究開発は受信料を基に行われていることから、利用される方から公平かつ適正な対価をいただき、 成果の社会還元とのバランスをとっています。ここでは、放送に関わる標準化技術として採用された特許の有効 活用を図るための取り組みである「パテントプール」と、NHK保有技術の移転に向けた「テクニカルショウヨコハマ 2019」での周知あっせん活動について紹介します。 ■パテントプール NHKでは、研究開発成果を国内外で広く利用できるよう放送方式などの標準化活動に取り組んでいます。標準 化された技術の普及促進のため、複数の特許権者が保有する必須特許を、合理的かつ公平な条件で一括ライセ ンスするパテントプールという仕組みを活用して、多くの企業にライセンスしています。2018年12月1日にスタート した新4K8K衛星放送に関わる標準化技術についても、放送開始にともないパテントプールによるライセンスが本 格的に始動しました。このほか、従来の地上/衛星デジタル放送や高効率映像符号化などに関わる標準化技術も パテントプールを介してライセンスしています。 ■テクニカルショウヨコハマ2019 NHKは、(一財)NHKエンジニアリングシステム (NHK-ES)と連携して、研究開発成果の社会還元を 進めています。その一環として、2月6日〜 8日にパシ フィコ横浜で開催された「テクニカルショウヨコハマ 2019」のNHK-ESブースにおいて、NHKの保有技術 を紹介しました。 ブースでは、イーサネットを利用した高速デジタル 信号伝送技術、白黒映像のカラー化技術、垂直色分 離型有機撮像デバイスの作製技術などを展示するとと もに、技術移転可能な保有技術をとりまとめた「NHK 技術カタログ*」や、保有技術を親しみやすい絵で表現 した「きぬ太とネネの技術ノート」を使って紹介しまし た。 * NHK技術カタログ:http://www.nes.or.jp/transfer/catalog/ index.html NHKの特許 ~成果の社会還元に向けて~ テクニカルショウヨコハマ2019の様子

NHKの特許 ~成果の社会還元に向けて~ · ダイナミックレンジの異なる番組を同時に制作 hdr/sdr変換技術 テレビ方式研究部 野村 光佑

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技研だより 第168号 2019/3NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)

3月号2019No.168

 NHKでは、時代に即した新しい放送サービスの実現に向けて、放送技術の研究開発を積極的に進めています。研究開発の過程で生まれた成果は、特許やノウハウなどの知的財産として権利を確保するとともに、NHKの保有技術として積極的に周知あっせんし、技術協力やライセンスにより、広く一般の皆さまにご利用いただいています。また、NHKの研究開発は受信料を基に行われていることから、利用される方から公平かつ適正な対価をいただき、成果の社会還元とのバランスをとっています。ここでは、放送に関わる標準化技術として採用された特許の有効活用を図るための取り組みである「パテントプール」と、NHK保有技術の移転に向けた「テクニカルショウヨコハマ2019」での周知あっせん活動について紹介します。

■パテントプール NHKでは、研究開発成果を国内外で広く利用できるよう放送方式などの標準化活動に取り組んでいます。標準化された技術の普及促進のため、複数の特許権者が保有する必須特許を、合理的かつ公平な条件で一括ライセンスするパテントプールという仕組みを活用して、多くの企業にライセンスしています。2018年12月1日にスタートした新4K8K衛星放送に関わる標準化技術についても、放送開始にともないパテントプールによるライセンスが本格的に始動しました。このほか、従来の地上/衛星デジタル放送や高効率映像符号化などに関わる標準化技術もパテントプールを介してライセンスしています。

■テクニカルショウヨコハマ2019 NHKは、(一財)NHKエンジニアリングシステム

(NHK-ES)と連携して、研究開発成果の社会還元を進めています。その一環として、2月6日〜 8日にパシフィコ横浜で開催された「テクニカルショウヨコハマ2019」のNHK-ESブースにおいて、NHKの保有技術を紹介しました。 ブースでは、イーサネットを利用した高速デジタル信号伝送技術、白黒映像のカラー化技術、垂直色分離型有機撮像デバイスの作製技術などを展示するとともに、技術移転可能な保有技術をとりまとめた「NHK技術カタログ*」や、保有技術を親しみやすい絵で表現した「きぬ太とネネの技術ノート」を使って紹介しました。

* NHK技術カタログ:http://www.nes.or.jp/transfer/catalog/index.html

NHKの特許 ~成果の社会還元に向けて~

テクニカルショウヨコハマ2019の様子

 技研では、平日*1に1階エントランスを開放し、研究開発成果の一部を分かりやすく紹介しています。「技研ラボ」では、3次元テレビを活用したクイズをお楽しみいただけるほか、フレキシブルディスプレーの製作工程などを紹介しています。また、テレビの基本原理を学んだり、高速度カメラなどで撮影した映像を見ることもできます。さらに、ご家庭での8K放送視聴をイメージした「8Kリビングシアター」では、8Kディスプレーと22.2チャンネルのスピーカーで、放送中の“NHK BS8K”の番組をお楽しみいただけます*2。ぜひ、臨場感あふれる超高精細映像と立体音響をご体感ください。このほかにも、地域の皆さまの作品紹介スペース

「技研ギャラリー」も用意しています。事前のお申し込みにより、絵画や写真、工作などの作品を展示できます。詳細は技研ホームページをご覧ください。(http://www.nhk.or.jp/strl/)皆さまのご来場をお待ちしています。

*1 月曜日から金曜日までの午前9時30分〜午後6時、土日・祝日、年末年始は閉館*2 8Kリビングシアターでの視聴は午前10時から午後6時まで

技研エントラスの紹介

滞在研究員からのメッセージ

技研ラボの展示 8Kリビングシアター

 イラン・イスラム共和国放送(IRIB)から来ました、アラシュ・アシュタリ・ナカーイ(Arash Ashtari Nakhaei)です。IRIBではチーフエンジニアとして、画像に含まれるノイズの性質から画質を評価する技術の研究開発をしています。NHKとアジア太平洋放送連合(ABU)の交流の一環として、2018年12月から2019年3月までの約3ヶ月半、技研に滞在しています。 滞在中の研究テーマは、ソーシャルメディア分析システムへの応用を見すえたイメージキャプショニング(画像を解析して、その内容に関する情報を付与する仕組み)の基礎検討です。近年、AI技術の中でも深層学習によるイメージキャプショニングの研究が盛んに行われており、私自身も深層学習に大変興味を持っています。技研では、この基礎理論について学ぶとともに、学習アルゴリズムをソフトウエアに実装する技術の習得を目指しています。今回の滞在で得た知識を、画質評価の研究にも応用したいと考えています。

イラン・イスラム共和国放送(IRIB) アラシュ・アシュタリ・ナカーイ

ダイナミックレンジの異なる番組を同時に制作HDR/SDR変換技術

テレビ方式研究部 野村 光佑

 2018年12月1日に開始した新4K8K衛星放送の特徴の一つに「HDR(ハイダイナミックレンジ)」があります。HDRでは、現行のハイビジョン放送のSDR(標準ダイナミックレンジ)よりも表現できる明暗の幅が広がっています。これまでは表現が難しかった「日陰とひなたの明暗差の大きいシーン」や「ガラスや金属に反射した光」などをより忠実に再現できます。しかし、HDRとSDRでは、再現できる明るさの範囲が異なるため、HDRの番組をそのままSDRのハイビジョンで放送する場合、映像が暗くなります。そこで技研では、HDR映像を自然なSDR映像に変換する技術の研究を進めています。

 HDRの映像を制作する際には、番組制作の運用ガイドラインで決められた基準の白のレベルが考慮されます(図1)。従来のHDR/SDR変換では、HDRでの白レベルをSDRの白に対応させるよう、線形にダイナミックレンジを圧縮するため、人物の肌色の明るさが従来のSDR映像よりも低くなることや、ハイライト*部の階調が失われる課題がありました(図2)。

 そこで、HDRからSDRへの変換に用いる非線形の変換手法(トーンマッピングカーブ)を開発しました。このトーンマッピングカーブにより、肌色の明るさを改善でき、さらにハイライト部の階調をできるだけ保って変換できます。この技術により、4K8K放送用に制作した魅力的なHDR番組を現行ハイビジョンのSDRで制作された番組のように変換することができ(図3)、効率的な番組制作が可能となります。

 今後、放送現場での撮影実験を通じてHDR/SDR変換法の効果を検証し、提案方法の標準化に寄与するとともに、番組制作へ活用していきます。

*映像内で特に明るい部分や白く見える部分

図1 基準白レベルを考慮したHDR映像

図2 従来のHDR/SDR変換によるSDR映像(肌の色が暗い)

図3 提案法により変換したSDR映像(肌の色が図2より明るい)

技研だより 第168号 2019/3NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)

3月号2019No.168

柔軟な番組制作ができるのね!

Labo ちゃんリサーチ

Vol. 10

IP制作システム柔軟な番組制作を実現

最近よく聞く、でも、いまひとつ分からない。これからの放送を支える「技術のキーワード」について、技研イメージキャラクターの「ラボちゃん」が、研究員に聞きました。

★今回の先生★伝送システム研究部河原木 政宏研究員

最近、番組制作技術で「IP制作システム」という言葉を耳にしたよ。どんな技術なの?

 番組制作を行うには、カメラやマイクだけでなく、映像切替器、ディスプレーといった多くの機器を接続してシステムを構築する必要があります。これまで、機器間の接続には主にSDI*1というインターフェース規格のケーブルを用いて接続してきました。しかしSDIは、1本のケーブルで1つの素材(映像や音声)信号を一方方向にしか伝送できず、機器同士の柔軟な接続に課題がありました。 そこで、広く一般に使用されているIP*2ネットワーク技術を利用して各機器を接続する「IP制作システム」の研究開発が進められています。IP制作システムでは、1本のケーブルに複数の素材信号を多重でき、また機器の制御に必要な双方向の伝送も可能です。そのため従来と比べて、少ないケーブル本数で番組制作を行うことができます。また、機器がIPネットワークに接続されていれば、場所にとらわれず遠くからでも機器を扱うことができるため、中継現場から素材信号を伝送して放送局側で番組を制作することもできるようになります。*1 SDI(Serial Digital Interface): 同軸ケーブルを用いて映像や音声を伝送する機器間接続規格*2 IP(Internet Protocol):インターネットに代表される通信ネットワークで使用される通信手順・規約

ラボちゃんのママ

従来の制作システム (SDI 接続 )

IP 制作システム

映像分配器

1本のケーブルに複数の信号を多重可能

映像スイッチャ

音声ミキサ

音声分配器

映像スイッチャ

音声ミキサ

IP ネットワーク

番組制作システムの機器間接続イメージ

IPネットワークを使って番組制作に必要な映像や音声を送るんだね。技研では、IP制作システムのためにどんな研究が行われているの?

 技研では、「伝送」と「運用管理」の2つの分野で研究を行っています。前者は、8K番組のリモート制作の実現を目指し、番組制作に求められる高画質を維持しながら、限られた伝送容量で効率的に8K素材信号を低遅延でIP伝送できる技術です。後者は、番組品質の向上を目指し、機器間で伝送されている素材信号の内容や品質を監視するシステムです。番組の制作技術者に対して、システムの情報をより分かりやすく提供できることを目指しています。 今後も、効率的で柔軟な番組制作を実現するため、IP制作システムの研究開発に取り組んでいきます。

開発した8K IP伝送装置のデモ(映像情報メディア学会「超高精細・広色域

標準動画像Bシリーズ No.5競馬(ゴール)」を使用)