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3 No.113 植物のリン酸代謝の操作による施肥と雑草防除による栽培システムの確立 Engineering phosphorus metabolism in plants to produce a dual fertilization and weed control system Arredondo DLL and Estrella LH Nature Biotechnology 30:889-893, 2012 メキシコ国研研究者の原著論文である。植物生育の必須要素であるリン酸は、専らオルトリン酸 塩(orthophosphate)肥料から吸収されている。しかしオルトリン酸塩は土壌微生物により有機態 の不可給態となり、施用量の2030%しか吸収されず、世界農地の67%は可給態リン酸欠乏地帯で ある。一方亜リン酸塩(phosphite)は、水溶性は高いが、植物や土壌微生物のリン酸供給源とはな らず、人畜無害である。数種のバクテリアが亜リン酸塩を酸化してオルトリン酸塩を作出すること が知られている。Pseudomonas stutzeri WM88は、亜リン酸塩特異的に働く酸化還元酵素をコード する ptxD 遺伝子を有し、NAD + と共に亜リン酸塩を酸化し、オルトリン酸を生成することができ る。著者らはこの遺伝子を導入した数種類の組換え植物を作出・試験して次の結果を得た。 1 ptxD を過剰発現させたシロイヌナズナは、亜リン酸塩培地で生育阻害を受けず、オルトリン酸塩培 地と同様に生育した。 2 )バーミキュライトポット試験でも 1 )と同様な結果を示した。 3 )ptxD 遺伝子を過剰発現させたタバコ(PtxDNt)も 1 )と同様な結果を示した。 4 )葉緑体における炭 素固定にリン酸は必須であり、オルトリン酸の欠乏は植物の光合成量を減少させる。亜リン酸塩ま たはオルトリン酸塩を PtxDNt 植物へ与えた時の光合成速度は、非組換えタバコにオルトリン酸塩 を施肥した時と同じであった。つまり、ptxD を発現させるか亜リン酸塩を施肥するかは、光合成活 動に影響はなかった。 5 )アメリカの FDA によると亜リン酸塩は人畜無害だが、亜リン酸塩の植 物体内の残量を調べた。PtxDNt 植物の葉、花、果実における亜リン酸塩濃度は検出限界値以下で あり、ほとんどがオルトリン酸塩へと酸化されたと推定された。 6 )土の中に微生物が存在する状 態での PtxDNt 植物の生育調査を行うため、殺菌をしていないメキシコ中部農地から採取した土壌 (低オルトリン酸塩アルカリ土壌)を用いた。亜リン酸塩を施用した非組換えタバコは発芽後 5 -15日で枯死したが、PtxDNt 植物は旺盛に生育した。また、亜リン酸塩を施用した PtxDNt 植物 は、同量のオルトリン酸塩を施用よりバイオマス生産量が1525%増加した。 7 )同様にメキシコ 東北部農地土壌を用いた試験では、 3 種類の主要雑草は生育阻害を受けたが、組換えタバコは旺盛 に生育した。 8 )以上から、ptxD 遺伝子導入組換え作物と亜リン酸塩施用との組合せによる表題の 新しい栽培システムの可能性が示されたと結論された。今後テストを拡大して、実効性及び環境影 響を検討する必要があると付記されている。

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No.113

植物のリン酸代謝の操作による施肥と雑草防除による栽培システムの確立

Engineering phosphorus metabolism in plants to produce a dual fertilization and weed control system

Arredondo DLL and Estrella LHNature Biotechnology 30:889-893, 2012

 メキシコ国研研究者の原著論文である。植物生育の必須要素であるリン酸は、専らオルトリン酸塩(orthophosphate)肥料から吸収されている。しかしオルトリン酸塩は土壌微生物により有機態の不可給態となり、施用量の20~30%しか吸収されず、世界農地の67%は可給態リン酸欠乏地帯である。一方亜リン酸塩(phosphite)は、水溶性は高いが、植物や土壌微生物のリン酸供給源とはならず、人畜無害である。数種のバクテリアが亜リン酸塩を酸化してオルトリン酸塩を作出することが知られている。Pseudomonas stutzeri WM88は、亜リン酸塩特異的に働く酸化還元酵素をコードする ptxD 遺伝子を有し、NAD+ と共に亜リン酸塩を酸化し、オルトリン酸を生成することができる。著者らはこの遺伝子を導入した数種類の組換え植物を作出・試験して次の結果を得た。 1)ptxD を過剰発現させたシロイヌナズナは、亜リン酸塩培地で生育阻害を受けず、オルトリン酸塩培地と同様に生育した。 2)バーミキュライトポット試験でも 1)と同様な結果を示した。 3)ptxD遺伝子を過剰発現させたタバコ(PtxDNt)も 1)と同様な結果を示した。 4)葉緑体における炭素固定にリン酸は必須であり、オルトリン酸の欠乏は植物の光合成量を減少させる。亜リン酸塩またはオルトリン酸塩を PtxDNt 植物へ与えた時の光合成速度は、非組換えタバコにオルトリン酸塩を施肥した時と同じであった。つまり、ptxD を発現させるか亜リン酸塩を施肥するかは、光合成活動に影響はなかった。 5)アメリカの FDA によると亜リン酸塩は人畜無害だが、亜リン酸塩の植物体内の残量を調べた。PtxDNt 植物の葉、花、果実における亜リン酸塩濃度は検出限界値以下であり、ほとんどがオルトリン酸塩へと酸化されたと推定された。 6)土の中に微生物が存在する状態での PtxDNt 植物の生育調査を行うため、殺菌をしていないメキシコ中部農地から採取した土壌(低オルトリン酸塩アルカリ土壌)を用いた。亜リン酸塩を施用した非組換えタバコは発芽後5 -15日で枯死したが、PtxDNt 植物は旺盛に生育した。また、亜リン酸塩を施用した PtxDNt 植物は、同量のオルトリン酸塩を施用よりバイオマス生産量が15~25%増加した。 7)同様にメキシコ東北部農地土壌を用いた試験では、 3種類の主要雑草は生育阻害を受けたが、組換えタバコは旺盛に生育した。 8)以上から、ptxD 遺伝子導入組換え作物と亜リン酸塩施用との組合せによる表題の新しい栽培システムの可能性が示されたと結論された。今後テストを拡大して、実効性及び環境影響を検討する必要があると付記されている。