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要約:地域福祉分野では小地域において住民が主体となり専門職と連携する新たな支え合 いのしくみが必要とされている。そのため,本稿では,住民主体の小地域福祉実践の継続 のために必要とされている,福祉教育の場の形成過程を明らかにした上で,コミュニティ ソーシャルワーカーの役割を探る。方法は,実践主体に対する質的調査である。 その結果,福祉教育の場は段階的に主体・目的が変化しており,コミュニティソーシャ ルワーカーの役割も変化していた。一貫したコミュニティソーシャルワーカーの役割は住 民の主体形成に応じて,生活課題をかかえる当事者と出会いの場をつくり,住民の当事者 性の広がりを支援することであった。 キーワード:福祉教育,小地域福祉実践,連携,コミュニティソーシャルワーカー 目次 1.問題意識と研究目的 2.先行研究 3.研究方法 4.調査結果 4-1.松江市社会福祉協議会および淞北台地区の地域福祉実践 4-2.市社協コミュニティソーシャルワーカーの実践 4-3.「いきいきライフ」会長の実践 5.考察 5-1.福祉教育の場の形成主体と当事者性の広がり 5-2.福祉教育の場の形成過程 6.結論 1.問題意識と研究目的 本稿は,筆者の元社会福祉協議会(以下,社協とする)のコミュニティソーシャルワ ーカー時代の疑問に端を発している。筆者はコミュニティソーシャルワーカーの人事異 ──────────── 同志社大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程 2016 6 30 日受付,査読審査を経て 2016 12 5 日掲載決定 論文 小地域福祉実践を継続するための 福祉教育の場の形成過程に関する研究 ──コミュニティソーシャルワーカーの働きに着目して── 山本香織 69

小地域福祉実践を継続するための 福祉教育の場の形 …...動によって活動が停滞・消滅する小地域福祉実践をたびたび目にしてきた。そのため,真の「住民主体」の地域福祉実践とはどのようなものを指すのか,そしてコミュニティ

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Page 1: 小地域福祉実践を継続するための 福祉教育の場の形 …...動によって活動が停滞・消滅する小地域福祉実践をたびたび目にしてきた。そのため,真の「住民主体」の地域福祉実践とはどのようなものを指すのか,そしてコミュニティ

要約:地域福祉分野では小地域において住民が主体となり専門職と連携する新たな支え合いのしくみが必要とされている。そのため,本稿では,住民主体の小地域福祉実践の継続のために必要とされている,福祉教育の場の形成過程を明らかにした上で,コミュニティソーシャルワーカーの役割を探る。方法は,実践主体に対する質的調査である。その結果,福祉教育の場は段階的に主体・目的が変化しており,コミュニティソーシャ

ルワーカーの役割も変化していた。一貫したコミュニティソーシャルワーカーの役割は住民の主体形成に応じて,生活課題をかかえる当事者と出会いの場をつくり,住民の当事者性の広がりを支援することであった。

キーワード:福祉教育,小地域福祉実践,連携,コミュニティソーシャルワーカー

目次1.問題意識と研究目的2.先行研究3.研究方法4.調査結果4-1.松江市社会福祉協議会および淞北台地区の地域福祉実践4-2.市社協コミュニティソーシャルワーカーの実践4-3.「いきいきライフ」会長の実践

5.考察5-1.福祉教育の場の形成主体と当事者性の広がり5-2.福祉教育の場の形成過程

6.結論

1.問題意識と研究目的

本稿は,筆者の元社会福祉協議会(以下,社協とする)のコミュニティソーシャルワーカー時代の疑問に端を発している。筆者はコミュニティソーシャルワーカーの人事異────────────†同志社大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程*2016年 6月 30日受付,査読審査を経て 2016年 12月 5日掲載決定

論文

小地域福祉実践を継続するための福祉教育の場の形成過程に関する研究──コミュニティソーシャルワーカーの働きに着目して──

山本香織†

69

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動によって活動が停滞・消滅する小地域福祉実践をたびたび目にしてきた。そのため,真の「住民主体」の地域福祉実践とはどのようなものを指すのか,そしてコミュニティソーシャルワーカーは,地域福祉実践を真の「住民主体」にするために,どのような支援をしていけばいいのだろうか,という疑問があった。社協が真の「住民主体」の原則に基づき,住民が自発的な実践を行うには福祉教育が必要であると考えている。それは「本当に住民が主体的に地域福祉を推進していくときには,必ずそこに学びがあることで本物になっていく」(原田 2009 : 81)といわれるように,主体的な地域福祉実践には福祉教育が内在化されているためである。さて,本稿のフィールドとなる小地域では,住民が主体となり専門職と連携する新たな支え合いのしくみが必要とされている。地域福祉における住民主体とは「住民が専門職による支援やそのほかの生活関連資源を地域の暮らしづくりに組み込みながら生活や地域を創造する営み」(藤井 2015 : 173)である。厚生労働省(2016)による「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」の「地域包括支援体制」において示されている,全世代・全対象型の支援体制を住民主体で形成するためには,連携体制の中核に生活圏域における地縁の住民組織をすえることが必要不可欠であろう。このような背景をふまえ本稿は,地縁組織が基盤となって専門職や多様な組織と連携した小地域福祉実践を展開するために必要となる,活動に内在化された福祉教育の場の形成過程を探る。具体的には,小地域福祉実践の展開に関わったコミュニティソーシャルワーカーおよび住民リーダーの実践を福祉教育の視点から分析し,福祉教育の場の形成過程(「誰が」,「何を目的に」形成されたのか)を明らかにする。その上で,福祉教育の場の形成におけるコミュニティソーシャルワーカーの役割を考察する。

2.先行研究

福祉教育には社会福祉専門教育,学校を中心とした福祉教育,地域を基盤とした福祉教育がある。なかでも,地域を基盤とした福祉教育のはじまりは,1959年の「保健福祉地区組織育成中央協議会」の設置をきっかけとした保健衛生と社会福祉分野による地域活動の推進であり(木谷,1987)その後社協は保健教育や衛生教育に影響をうけて1970年代には福祉教育の概念整理をすることになる。しかし,社協における具体的な展開手法が十分に開発されなかったことによって,結果として地域ではなく学校教育の中に福祉教育の導入を働きかけていくことに比重が置かれていく(原田 1998 : 132)。その後,1990年代以降の社会事業法改正では社会福祉への住民参加が明記されていく中で,地域における自立生活支援を支える基盤として必要な「主体形成」を図る手法として,福祉教育はその役割を担っていく(原田 1998 : 132)。そして福祉教育が児童を

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個人・組織の学び

市社協CSWによる支援

地域の学び

個人・組織の学び

地域の学び

個人・組織の学び

地域の学び

個人・組織の学び

地域の学び

A(不採用) B(採用)

対象とするものではなく,広く成人をも対象とすることが一般的に認識されていくこととなる。地域における福祉実践を通して,成人の主体形成を促進する福祉教育の方法を明らかにした,全社協の福祉教育実践研究会(2008)による「福祉教育の展開と地域福祉活動の推進」では,地域の福祉力向上にむけ学びを深めるための一連の場を作ることが社協の役割であると述べられている。そこでは,地域福祉実践に内在化する「地域課題に気づき,学ぶ」という福祉教育と「課題解決」という地域福祉活動の 2つの性格の関係性を重視し,意図的な相互作用を通した支援が必要であることを述べている。「地域課題に気づき,学ぶ」ためには「するどい人権感覚」(全社協,1981)が必要である。それは「福祉教育・ボランティア学習とは,『当事者性』を高めることを支援すること」(松岡,2006)といわれるように,生活する上で基本的人権が守られていない人(当事者)やその状態に対する批判性をもつことが起点となるためである。また,福祉教育実践研究会(2008)の方法では,身近な地域課題をテーマに,住民一人ひとりの「個の学び」と,個の集合体である「地域の学び」が繰り返され,福祉教育は展開される。まず個人や各組織の学びがあり,次に地域の学びがあり,そして,再び個人や各組織による新たな課題への気づきという学びがある。(地域課題を知り共有化→振り返り→地域課題解決の共有化→関係者がつながる→課題解決の方法論の検討と実践→実践の学びの振り返りと共有化)本稿では基本的にはこの枠組みを用いて分析を行う。しかし,コミュニティソーシャルワーカーによる福祉教育とは地域住民(学習者)に教える側(講師)になることが目的ではなく,自らも学習する当事者として学びの中に身を置くことによって行うべきであり,「ゆらぎやリフレクションは,コミュニティソーシャルワーカーにとっても重要な姿勢」であると述べられていることから(1)(原田2015 : 202),既定の図である市社協による一方的な支援ではなく(図 1, A),住民リーダーと市社協コミュニティソーシャルワーカーという双方向の関係性による学びという視点(図 1, B)から考察を行う。

図 1 福祉教育の展開と地域福祉活動の推進(福祉教育実践研究会(2008)を筆者が加工)

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3.研究方法

研究方法は,文献・資料調査,インタビュー調査を実施した。表 1には調査対象・日時等,質問内容,本稿における記載箇所をあげている(2)。文献・資料調査は,松江市社協および「いきいきライフ」がそれぞれ作成している組織図,年表,活動内容が掲載された資料を主に調査した。インタビュー調査は 3組を対象に行った。いずれも調査内容は,各主体の実践内容に加え実践に至るまでの福祉教育の場の形成過程を明らかにするために,誰が何を目的にどのように働きかけて連携に至ったのか,という点に焦点をあてた。さらに,連携を継続するための工夫,連携をきっかけにした各主体の変化(相手/自分)も聞き取った。とりわけ,市社協職員コミュニティソーシャルワーカー(以降,CSW とする)を対象とした質問内容は,1回目は「淞北台いきいきライフを推進する会」(以下,「いきいきライフ」とする)への支援概要,2回目は CSW の役割の変化に焦点をあてた(4-2参照)。3組目の調査は,それまでの調査で明らかにならなかった内容について,「いきいきライフ」会長がと他団体との連携していく実践のプロセスを探った(4-3参照)。分析方法は,佐藤(2009 : 96)を参考にした。地域を基盤とする福祉教育の先行研究からの演繹的視点をもちつつ,主としてはインタビューデータからの帰納的アプローチを採用した。手順はまず事業ごとにわけ,それをさらに具体的な出来事で区切ったものに(ア)~(二)までの記号をつけ,時系列に並べかえ分析を行った。倫理的配慮として,本研究は同志社大学の「人を対象とする研究」の倫理審査委員会にて承認されており,その手続きにのっとり研究を行っている。とりわけ公表に関しては,関係団体に論

表 1 本稿の調査について

主な調査方法 対象・日時等 内 容 記載箇所文献・資料調査 組織図,年表,活動内容に関する資料・先行研

究松江市社協の地域福祉推進実践(1951~2016年),淞北台の活動(1967~2016年)

4-1

インタビュー調査「いきいきライフ」会長(2015年 8月 6日,約 4時間 40分,淞北台のふれあい交流会館)

・各主体の実践内容・誰が何を目的にどのように働きかけて連携を開始したか,継続のための工夫・連携をきっかけに変化した点

4-1

インタビュー調査 コミュニティソーシャルワーカー(1回目は 2015年 8月 8日,約 1.5時間/2回目は 2016年 3月 8日に約 1.5時間,松江市総合福祉センター等)

4-2

インタビュー調査「地域包括支援センター」「おたがいさままつえ」(前者は 2016年 3月 8日に約 1時間,松江市総合福祉センター/後者は 2015年 8月 7日に約2時間,「地域つながりセンター」事務所)

4-3

(筆者作成)

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文を確認してもらい固有名詞の公表に対しても許可を得ている。研究における筆者の立ち位置として,CSW と筆者は 4年間,地域福祉課の職員として松江市全域を支援していたため,元実践者として実践研究を行っている側面がある。一方で,直接的に淞北台を支援していない点や退職後の研究である点からは第 3者の視点をもちあわせている。本稿のテーマである,小地域福祉活動に内在化する福祉教育を明らかにするには,表面化しづらい実践プロセスを対象にすることから,両側面をもつ筆者の視点を活かした研究であると考えている。

4.調査結果

4-1.松江市社会福祉協議会および淞北台地区の地域福祉実践松江市では,公民館と地区社協が学び(3)を軸に協働しており,公民館では保健・福祉・環境・まちづくり等の多様な事業が実施されている。その経緯として,松江市社協は,設立当初から地区社協の組織化,事務局機能の強化,研修会,計画づくり等の支援を行ってきた(上野谷・杉崎・松端,2006)。「いきいきライフ」の地域福祉実践は,先述した市社協や公民館の支援の影響をうけて成り立っている。具体的には,淞北台における拠点は公民館分館として設置されており活動拠点があったこと,淞北台住民が独自で事業を行う前に拠点での公民館事業の実施がなされていたことや,市社協が委嘱するボランティアが存在していたため活動の基盤になったことがあげられる(山本,2016b)。島根県松江市淞北台地区は約 1,350名,約 600世代で構成され高台に位置している。

1967年から入居開始となり,県営住宅と一戸建て住宅が 1つの自治会内に加入している。淞北台の地域福祉は,自治会にかわり高齢者福祉に取り組む住民組織である「いきいきライフ」が中心になり「淞北台高齢者福祉施策事業のあり方にかかる報告書」にのっとり,次のような活動を行っている。生きがいづくり事業(趣味教室・同好会(19教室)),いきいき健康講座,要援護者への支援事業(要援護者支援会議,夢楽の会(ひとり暮らし高齢者お楽しみ会,ひとり暮らし高齢者の見守り,映画の集い)である。そして,保健・医療・福祉の地区外 10団体で,地区の地域課題の共有・解決の議論を行う淞北台包括ケア会議である(宮城 2005 : 101-114,立松麻衣子 2014 : 8-14ほか)。淞北台は,多様な地域から住民が集う集合住宅地であるため,「いきいきライフ」の第一目的は住民の交流を促すことである。活動の特徴は,開始当初から住民主導で立ち上げた組織である点,活動当初からサークル数や活動が増加の一途をたどっている点,小地域において住民主体で他組織と連携し地域包括ケアのしくみが作られている点(淞北台包括ケア会議)などである。なお,「いきいきライフ」内の「生きがいづくり事業

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(趣味教室・同好会(19教室))」は別稿(山本,2016 a)で分析している。本稿で着目する淞北台は自治会区であり,地区社協よりさらに小さい圏域を焦点にあてている。地域を基盤とする福祉教育に関する実践報告では市,町単位や学校を中心としたものが多く,小地域圏域でも中学校区・小学校区が一般的であるが(4)(諏訪 2010 :

25),自治会圏域という生活に密着した地域福祉実践を対象とした研究は今後さらに必要になると考えたため本稿の調査対象とした。

4-2.市社協コミュニティソーシャルワーカーの実践ここでは,「いきいきライフ」の活動に 12年間関与した CSW の実践を整理する。

2001~2012年までに CSW が淞北台の担当であったのは,2001~2004年,2010年~2012年である。その他について,2005年および 2008年~2009年は市社協地域福祉課にて淞北台以外の地区担当を行い,2006~2007年は市役所介護保険課に勤務しており,業務外の関わりとなっている(5)。その間に,CSW の実践の中でも特に重要と思われる部分を抜粋し番号をつけ(①~⑥),その支援経過を下記に記した。(ア)~(シ)は,表2の CSW のインタビュー抜粋と照合している。

〈2001年〉 介護保険制度説明会(4回シリーズ・延べ 320名参加の実施経緯(①))・淞北台に関わるきっかけは公民館長が,従来の市社協の地区一律の支援から地域特性に即した支援に移行するよう CSW を促したためである(ア)。・「高齢者実態アンケート調査」から,介護保険制度の周知に関するニーズをみつけ,「いきいきライフ」の会長に介護保険制度説明会の実施の提案をする(イ)。・行政職員による介護保険制度説明会を実施したが,話が難しく参加者に不評であった。分かりやすく伝える工夫をするため他機関の専門職等と寸劇形式の説明会を実施する(ウ)。

〈2002年〉 家庭介護学習会(3回シリーズ・延べ 155名参加の実施経緯(②))「いきいきライフ」の会長が,淞北台に住む介護者から「介護方法を学びたい」というニーズをききつけ,CSW に相談する。CSW はそのニーズに応えるべく情報収集を行い,日本赤十字社島根県支部の「家庭介護学習会」の実施にかかる調整を行う(エ)。

〈2003-2006年〉 B 研究者による調査(③)・2003年に公民館長より情報提供を求められ,情報収集をしている際に B 研究者に出会う。公民館長の支えもあり,B 研究者の依頼で全国セミナーにおいて「いきい

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きライフ」の活動を話した。その際,CSW が B 研究者に淞北台へ来訪するよう誘い,結果的に B 研究者は計 8回にわたる調査を淞北台で行う(オ)。・2005年に担当を外れてからも「いきいきライフ」会長は,B 研究者にかかる調整を全て CSW に依頼していた。年 1回程度,B 研究者は淞北台に訪問し,情報提供・交換を行っていく(カ)。

〈2009年〉 地域包括支援センター「よろず相談」開設(④)「おたがいさままつえ」との連携事業(淞北台で一般住民利用として開始)(⑤)担当を外れてからは,CSW は会長の話を聞いて承認する役割であった。④,⑤について,報告を受ける(キ・ク)。

〈2010年〉 松江赤十字病院院長の講演会(⑥)・再び淞北台の担当職員になり,会長の求めに応えていた(ケ・コ)。・松江赤十字病院による現状理解を求めるための地域講演会の実施にむけ,CSW が「いきいきライフ」会長に相談をし,市内最初に淞北台内で講演会が実施される。

表 2 CSW のインタビュー抜粋

記号 インタビューデータ ※( )は筆者加筆ア ●(公民)館長さんからの(略)そういう●地区の地域事情に対して,あんたそれで何ができる?って,投げかけられてそこで紹介されたのが淞北台の●会長さん。(p 5, 4-13)

イ アンケートをみせてもらって,介護保険制度のことがわからんという声が結構多かったから(略)説明会を開きませんか?っていう提案をさせてもらったことがきっかけだった。(p 6, 1-3)

ウ ありきたりな行政説明をしてもらって,そしたらすごい堅い話で分からんと言われて住民向けにもっと工夫した方がいいんじゃない?って言われて,(略)在宅介護支援センターと行政の保健師(と役割分担して実施)。(p 6, 5-8)

エ 家でできる介護の方法とか技術的なことを学ぶ場が欲しいということは,●会長さんがそういう声をゲットされる訳だわね。(略)家庭介護講習会を日赤からまた講師来てもらってやるようになって。(p 6,14-17)

オ (●先生に)面白いので(●研究所の)セミナーに参加して話題提供してよって言われて。(略)(セミナーに参加して)●先生に一回松江に来てくださいって話をして。それで松江に来てもらって,(略)淞北台でのワーキング会議が始まった。(p 7, 5-11)

カ 市役所に出ているときも,(略)どういう風に変わっていっているかとか,会長さんがこのことで今行き詰っておられるみたいなことは分かっていたし。(p 7-8, 28-4)

キ その頃には会長さんはこういう動きをするんだよって,報告。(略)そんで,すごいですねって聞き役。(p 10, 15-17)

ク アドバイス求めるっていうよりも,こう動いているよっていうことを伝えながら,自分がやってきていることを間違いないよね,みたいな感じ。(p 10, 20-21)

ケ もうその頃は何ていうか,求められることに答えるくらいのことじゃないかな?(p 11, 1)コ 一番大きなことは,この人口の(グラフ)(p 11, 3)サ (略)新しい試みをしようというとすると会長さんに相談してまず淞北台で動いてみて。(略)「良かったですよ」っていって,他の公民館に広げていくようなことはできていた。(p 11, 10-15)

シ 新しいことってどっかがやって良かったっていうことがないと,ちょっと飛びつけんが?(p 11, 17-18)

(筆者作成)

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淞北台で新規事業を試み,好評であれば,他地区に広げていく(サ・シ)。

4-3.「いきいきライフ」会長の実践4-2で明らかにならなかった,④・⑤の他組織と連携した実践の形成過程を「地域包括支援センター」,「おたがいさままつえ」の調査から明らかにした。結果は,「開始経

表 3 「地域包括支援センター」,「おたがいさままつえ」の調査結果の概要

地域包括支援センター

開始経緯「いきいきライフ」会長からの提案である。淞北台に住む生活課題を抱える高齢者の話聞き,共感し事業を開始している(ス)

継続のための工夫

相談事業について,「いきいきライフ」も地域内に事業啓発をする。(セ)「いきいきライフ」会長が毎回訪ね,様子を見る(ソ)地域課題や個別支援の状況について共有する機会をもつ(タ)

おたがいさままつえ

開始経緯「おたがいさままつえ」側は話し合う前,別の生協事業による協働を考えていた。しかし,互いの活動紹介や淞北台の住民の困りごと等を情報共有するうちに,「いきいきライフ」会長が「おたがいさままつえ」事業に関心を持った(チ)。「おたがいさままつえ」の利用対象者が生協組合員のみであることに対し「いきいきライフ」側は,淞北台内のひとり暮らしの生活実態を話し,組合員外に対象を広げるよう理解を求めた。(ツ・テ・ニ)。それに「おたがいさままつえ」が共感し,内部で話し合い対象を拡大していく。

継続のための工夫

「いきいきライフ」は,「おたがいさままつえ」の PR も行っている(ナ)。「いきいきライフ」会長側からの電話等によって,相談のあった事例を共有・ふりかえることができている(ト)。

(筆者作成)

表 4 「地域包括支援センター」,「おたがいさままつえ」のインタビュー抜粋

記号 インタビューデータ ※( )は筆者加筆ス 相談に行きたくても,坂を下りてうちのセンターまで来れない人がいるんじゃないかと。それで,よろず相談ということで,出張相談をしてくれないかっていうことで●会長さんからの依頼で始まった。(地域包括支援センター(以下,地域),p 2-3, 34-1)

セ ●会長さんが,たくさんの人に来ていただけるようにっていうことで,いきいき健康講座の前後にしてくださってて,いきいき健康講座で「明日はよろず相談もあります」って PR をしてくださって。(地域,p 3, 9-11)

ソ ●(会長)さん,よろず相談だけ必ず来られる。(地域,p 13, 8)タ そのときには,最近の様子みたいな感じで話をするの。(地域,p 13, 11)チ (●会長が)その生協のおたがいさまが使えないかっていうふうにすごい興味を持ってくださって,そういう話になったんです。(おた,P 4-5, 15-17)

ツ 「これ組合同士の助け合いなので,おたがいさまは組合員になっていただいて」(略)って話をしたら,淞北台のお母さんが「それは,ちょっとおかしいんじゃないか。」って言われたんですよ。(おたがいさままつえ(以下,おた),P 5, 18-22)

テ 若いときからあそこの高台に家を建てるのがすごくステータスで,(略)だけど,独り暮らしになった時に今のままの暮らしをするか?家を出て,施設?子供の家に行くかを,60歳位で判断がいるんですよねって言われたときには,自分の事として考えた時にショックで(略)(おた,P 5-6, 31-5)

ト 今も●(会長)さんそうですけど。淞北台がどのくらい応援が増えてるかとか,どういうふうな応援が多いのかっていう分析を自分たちでされるんですよね。(おた,P 7, 1-2)

ナ ●●会のときに,その資料を一緒に見せてもらうとちゃんと書いてあるので,「おたがいさままつえ」こういう応援がありますって。(おた,P 8, 11-13)

ニ 淞北台の場合は,「外しなさいよ」って向こうが言ってくれるでしょう。そこは大きいと思うんです。(おた,P 31, 5-6)

(筆者作成)

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緯」と「継続のための工夫」にまとめられた。開始経緯は,両者いずれも「いきいきライフ」会長による提案である。前者は「いきいきライフ」会長が「地域包括支援センター」に行きづらい住民が来られるよう,淞北台内に相談室の開設を依頼し,「地域包括支援センター」職員が了承した。後者は「いきいきライフ」会長は「おたがいさままつえ」に関心をもったが,説明を聞く中で組合員のみの利用しかできないことを知り組合員枠を外すための交渉をする。「おたがいさままつえ」は,淞北台に住むひとりひとりの住民の困りごとを知って課題解決の必要性があることを共有し,内部組織で何度も協議し,枠を外すための試みを実施する。継続のための工夫は 2点ある。1つ目は,実施にあたっては,事業の主担当は相手だが「いきいきライフ」が地域内外の PR を担当し,任せっぱなしにしないで役割を担っていること,2つ目は振り返りの場をもっていることである。このことから,連携関係の形成は「いきいきライフ」会長がはたらきかけて開始され,その後も関係を継続するための工夫がなされていたことが分かった。なお,表 4は「地域包括支援センター」,「おたがいさままつえ」のインタビュー抜粋を掲載している。

5.考 察

5-1.福祉教育の場の形成主体と当事者性の広がりここからは,先行研究に述べた「地域を基盤とした福祉教育の展開と地域福祉活動の推進」(福祉教育実践研究,2008)に沿って分析を行う。社協は,「A 気づき・学びの共有化の場づくり」,「B 課題の解決にむけた学びの場づくり」,「C つながりづくりの支援」,「D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働の場づくり」,「E 振り返りの場づくり」を行っている。4-2, 4-3の①~⑥の事業を対象に A~E を分析視点として考察した結果は,表 5の通りである。結果を福祉教育の場の形成主体にそって,次のように第 1~3期に分類した。第 1期は 2種類の福祉教育の場の形成過程がみられた。介護保険制度説明会(①)・家庭介護学習会(②)では,「いきいきライフ」は定期的に実態調査をしているため,「いきいきライフ」会長は地域課題を把握しており,それを CSW に知らせることによって「A 気づき・学びの共有化の場づくり」を行い,CSW が「B 課題の解決にむけた学びの場づくり」から「E 振り返りの場づくり」の場づくりまでを行っていく。B 研究者による調査(③)は,研究者の調査を通して CSW が,「A 気づき・学びの共有化の場づくり」から「E 振り返りの場づくり」までを行う。第 2期地域包括支援センター「よろず相談」開設(④),「おたがいさままつえ」との連携事業(⑤)は,「いきいきライフ」会長が他組織に「A 気づき・学びの共有化の場づくり」から「E 振り返りの場づくり」を

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行っていった。第 3期,松江赤十字病院院長の講演会(⑥)は,第 1期の B 研究者による調査(③)の経過と同様である。CSW が市内全域にわたる課題をかかえる団体と「いきいきライフ」会長を出会わせ「A 気づき・学びの共有化の場づくり」から「E 振り返りの場づくり」を行っていった。なお,CSW が「B 課題の解決にむけた場づくり」「C つながりづくりの支援」「D 課題の解決にむけた活動への働きかけ」「E 振り返りの場づくり」を行う場合,CSW だけでは場の形成はできず,地域内組織・住民に対する働きかけは「いきいきライフ」会長が担っている(表の(BCDE)に該当)。以上の結果より,3点の特徴を述べる。まず,段階を追うごとに福祉教育の場の形成主体が変化している点である。とりわけ,第 1期から第 2期へは,CSW と「いきいきライフ」会長が役割分担していたものから,「いきいきライフ」会長が自ら他機関と連携関係を構築していくように変化している。これは,第 1期での CSW との経験によって,地域外の組織と連携するためのノウハウや人脈,自信を持つことができたからではないだろうか。また,第 2期に CSW が「いきいきライフ」会長の話を聞くという形で

表 5 福祉教育の場の形成における CSW と「いきいきライフ」会長の役割

活動 会長 CSW 困りごとをかかえる当事者

第1期

①介護保険制度説明会

②家庭介護学習会

A 気づき・学びの共有化(B 課題の解決にむけた学び)(C つながりづくりの支援)(D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働)(E 振り返り)

B 課題の解決にむけた学びC つながりづくりの支援D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働E 振り返り

・介護保険制度説明会(①)では,淞北台に住む介護保険を知りたい高齢者。・家庭介護学習会(②)では,淞北台に住む介護者。

③B 研究者による調査(B 課題の解決にむけた学び)(C つながりづくりの支援)(D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働)(E 振り返り)

A 気づき・学びの共有化B 課題の解決にむけた学びC つながりづくりの支援D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働E 振り返り

・B 研究者による調査(③)では,調査中に出会った日本語の理解が十分ではなく周囲から孤立しがちな外国人家族,「いきいきライフ」に参加していない高齢者。

第2期

④よろず相談

⑤「おたがいさままつえ」との連携事業

A 気づき・学びの共有化B 課題の解決にむけた学びC つながりづくりの支援D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働E 振り返り

・「よろず相談」(④)では,地域包括支援センターとの物理的・精神的に距離が遠い人。・「おたがいさままつえ」との連携事業(⑤)は,生活上の困りごとを抱え,有料で支援を得たい人。

第3期

⑥松江赤十字病院の講演会

(B 課題の解決にむけた学び)(C つながりづくりの支援)(D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働)(E 振り返り)

A 気づき・学びの共有化B 課題の解決にむけた学びC つながりづくりの支援D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働E 振り返り

・松江赤十字病院の講演会(⑥)では,医療制度改革の周知と総合病院の現状への理解を促進したい松江赤十字病院院長・職員。

A 気づき・学びの共有化の場づくりB 課題の解決にむけた学びの場づくりC つながりづくりの支援D 課題の解決に向けた活動への働きかけ,協働の場づくりE 振り返りの場づくり(A~E のキーワードを上記に記載している)

・(BCDE):地域内関係者にかかる役割は「いきいきライフ」会長が担った。この表では,地域外の役割を中心に記載している。

(筆者作成)

小地域福祉実践を継続するための福祉教育の場の形成過程に関する研究78

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側面的に支援していたことの影響も大きいと考える。次に,CSW が「BCDE」の役割を行う場合(第 2期以外),地域内にかかる働きかけは「いきいきライフ」会長が担っている。これは,CSW が全ての役割を行うのではなく,事前に「いきいきライフ」会長との事業実施にむけた合意形成と役割分担を行っているからできることである。この手続きは,「住民主体」の活動を促進するためのしかけであり,この経過こそが「いきいきライフ」会長にとっての福祉教育の場だと考える。3点目に,第 1期と第 3期に取り組んだ事業の内容が異なっている点に注目したい。それは,「誰」によるニーズであるかという点である。①~⑥の各事業の対象となる当事者を,表 5「困りごとをかかええる当事者」に記載している。ここでの特徴は,第 3期の松江赤十字病院院長の講演会(⑥)で初めて淞北台の地区外の課題,つまり市内全域にわたるニーズに対応した福祉教育の場が CSW の働きかけによって実現されたことである。「いきいきライフ」の活動目的は淞北台住民の交流促進であるが,いまや地域内外のニーズの解決にむけた実践を展開しているのは,福祉課題をかかえる人との出会いによって「いきいきライフ」会長や住民の当事者性が高められたからと推察される。また,CSW 自身も福祉教育の場の形成を通して,淞北台にすむ多様な当事者に出会い,当事者性を高めている(6)。CSW は「いきいきライフ」会長との連携実践において「お互いに学びあって育ちあっていく感覚がある」と述べており,相互にとっての主体形成となったと考えられる。

5-2.福祉教育の場の形成過程ここでは,福祉教育の場が「誰」によって,どのような「目的」を達成するために作られているかを,図 2にまとめた。【第 1段階】では,CSW と「いきいきライフ」会長が場作りの中核になり,淞北台に住む住民のニーズに解決にむけ,連携相手との出会いの創出を行った。【第 2段階】の福祉教育の場の形成は「いきいきライフ」会長が主体となり,淞北台に住む住民のニーズ解決のために連携相手に働きかけ,作りあげていった。CSW は「いきいきライフ」会長の話を聞き,承認するという役割を担っていた。【第 3段階】の場の形成は市内全域にわたるニーズをかかえる団体と住民リーダー出会いの創出し,課題解決にむけた新たな実践を行うとともに,淞北台で行った新しい実践を他地区に普及させていく役割を担った。具体的には,松江赤十字病院院長の講演会の場として淞北台の「いきいき健康教室」を紹介し,市内で初めて講演会を行う。さらに広げて各所で講演会を行いたいという松江赤十字病院側のニーズをうけ,CSW は淞北台での試みを他地区の住民リーダーに情報提供し,他地区での普及につなげていった。このように,淞北台を社会実験の場として位置付け課題解決の実践を行うために,新たな連携相手を「いきいきライフ」

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:CSW :「いきいきライフ」会長 :その他

CSWと「いきいきライフ」会長が中核になり,淞北台のニーズに沿って福祉教育の場を作っていく段階

「いきいきライフ」会長が淞北台のニーズに沿って場を作っていく段階

①「いきいきライフ」会長が淞北台のニーズに沿って場を作っていく段階(継続)②CSWが「いきいきライフ」とともに市内全域のニーズを解決する場を作る段階

【第 1段階】 【第 2段階】 【第 3段階】

会長に紹介し,そこで「いきいきライフ」会長が連携相手の課題(市内全域(7)の課題)を「我が事」として捉え共感し,当事者性を広げるための支援を行った。

6.結 論

以上のことから,筆者は「いきいきライフ」会長の当事者性が育まれるにつれ,CSW の役割が段階的に変化していったと考える。第 1段階は,CSW は専門職によるパターナリズムに陥らず,生活者としての主体性を重視し,住民リーダーとともに淞北台内の生活者の課題解決の場を作っている。第 2段階は,住民主体の実践を支える専門職として,住民だけに解決を任せるのではなく,常に相談できる体制を整え,住民リーダーが安心して挑戦できる環境を整えている。そして,最後の段階として,生活者としての自らの地域のみの課題ではなく,より広い圏域の課題へと視野を広げていくよう出会いの場をつくっている。この過程に共通してみられるのは CSW が,住民リーダーや住民らが当事者性を広げていく事を積極的または見守る形で支援している姿である。そのための具体的手法として,「出会い」を重要視している。出会いを通して共通の価値観や相互理解の深めていくコミュニケーションを行っていると考える。そのコミュニケーションの内容は,説得ではなく双方に人間的な信頼関係が存在し,一方的な伝達ではなく相互的な討議を行うことによって培われたと考える(8)。このことから,コミュニティソーシャルワーカーの役割は,住民自らが地域福祉実践

図 2 「誰が」「何を目的に」,福祉教育の場を形成したのか(筆者作成)

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の継続にむけた福祉教育の場を形成するために,課題をかかえる人・機関との出会いの場を作り,信頼関係を形成させ,課題解決にむけた共通の価値観を見出し実行に移させることを支援する役割であろう。つまり,住民が自ら考え動くよう支援を行うのであって,コミュニティソーシャルワーカーが変わって事業の企画・実施を担うことではないし,住民に全てを任せることでもない。事業の一部を担う場合でも,事業の実施を決定するまでに,住民リーダーと課題を共有し,実施にむけた合意形成を行うことが必要であり,それが福祉教育の場となる。また,住民が積極的に実践すること励まし見守ることもコミュニティソーシャルワーカーの大切な役割である。そのためには,コミュニティソーシャルワーカーは,「するどい人権感覚」,すなわち生活課題や当事者の痛みに「気づく」感性を磨く必要がある。それには,専門職がパターナリズムにおちいらず,住民と共に学びあう姿勢が重要なのである。最後に本稿の課題として,調査内容が各事業における福祉教育の場の形成にとどまり,そこでの学びの内実をさぐることができなかったため,今後の課題としたい。また,CSW の業務外の支援期間を含んで調査していることから,今後は期間に関与した職員からも調査を行うことによって重層的な学びの構造を探りたい。

注⑴ 原田(2012)によるリフレクションの展開は,自己内面から社会関係への指向性があるとし,これによって福祉教育の最終目標である主体形成を目指すという。

⑵ 本稿は「公益財団法人ユニベール財団」平成 27年度研究助成をうけた成果の一部である。⑶ 元松江市公民館長会会長は「社会教育の場である公民館が,地域住民の学びの場であることが大前提であり,学びながら地域をよくする活動を一体的に取り組んでいく,そのことが松江に最もふさわしい姿であると思いますし,こだわっていかなければならない考え方」(福間 2014 : 213)としている。

⑷ ここでは,宮崎県都城市庄内地区(中学校区・小学校区)が紹介されている。⑸ CSW は当初,特定の自治会に重点的に関わることを躊躇したが,B 研究者による助言によって積極的に関わることを決意する。その後,担当を離れても B 研究者との橋渡し役を任されていたため,必然的に地域との関わりをもつことになった。本稿では業務内で関与した職員に対する調査ができていない点は研究課題である。

⑹ 「先生とワーキング会議を淞北台でやってきたことは,私自身も訓練の場。(略)計画づくりのときにも,そのときの経験が会の進め方だとか,話のまとめ方だとか含めて経験になっている」(CSW インタビュー,21頁 19-21行)

⑺ 地域外ニーズを地域で解決する必要があるか否かについては,筆者は持続可能な社会のために必要であると考える。例えば,医師不足の地域における病院の受診方法などを住民自身が考えることなどが該当する。

⑻ 岡村(2009)の福祉コミュニティの機能の 1つであるコミュニケーションを参考にしている。

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In the sub-regional area of community welfare, there is a need for a new support mecha-nism, initiated by local residents, that cooperates with specialists. This study aims to look intothe roles of community social workers upon elucidating the formation process of a platform forwelfare education, internalized in practice, which is required for the promotion of welfare prac-tices in small regions initiated by local residents. The method is a qualitative study into thesewelfare practices. Subsequently, the purpose and the main constituents of the platform for wel-fare education had been gradually changing along with the roles of community social workers.The role of a consistent social worker was to support the creation of a meeting place for peoplefacing life challenges and to promote residents’ involvement in the formation of local communitygroups.

Key words : Welfare education, Small regions, Community social worker, Cooperate

Study on the Formation Process of a Platform for Welfare EducationIntended for Sustaining Welfare Practices in Small Regions :

Focusing on the Work of Community Social Workers

Kaori Yamamoto

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