74
化学物質の変異原性を理解するための 有機化学の基礎 BMS研究会 教育講演 November 16, 2016 望月正隆 東京理科大学 薬学部 薬学科

化学物質の変異原性を理解するための 有機化学の基礎...内容 反応を理解するための基礎知識 ‒電子の動きとエネルギー図 ‒ルイス構造と形式電荷

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

化学物質の変異原性を理解するための有機化学の基礎

BMS研究会 教育講演

November 16, 2016

望月正隆

東京理科大学

薬学部 薬学科

内容

反応を理解するための基礎知識

‒電子の動きとエネルギー図

‒ルイス構造と形式電荷

‒σ結合とπ結合

‒混成軌道

‒電気陰性度

‒酸と塩基

‒置換基の電子効果

反応の種類

‒塩基性と求核性

‒求核体の反応 ‒ 脂肪族化合物

‒ カルボニル化合物

‒ カルボン酸誘導体

‒求電子体の反応 ‒ 脂肪族化合物

‒ 芳香族化合物

1 参考文献 :有機化学の基礎, 2013, 東京化学同人.

有機化学の概念~電子が主役~

有機化学反応では、電子の授受によって反応が起こるので、すべての極性反応はルイスの酸塩基反応である。

反応の主役は電子であり、電子を豊富にもつルイス塩基と電子が不足したルイス酸の反応により、反応の進行方向が決まる。ルイスの酸塩基の考え方は有機化学において非常に重要である。

有機化学で大切なのは電子の気持ちになることである。

2

反応における電子の役割

反応の本質は電子の動きである 3

硝酸イオン (NO3-)のルイス構造

電子必要数 8 + 8×3 = 32

電子供給数 5 + 6×3 + 1 = 24

電子不足数 32-24 = 8

(共有電子数)

非共有電子数 24-8 = 16

硝酸のルイス構造 H+をO-につける

4

原子オービタルの形

1s 2s 2px

x

y

z

2py 2pz

x

y

z

x

y

z

5

ヘリウムとネオンの電子配置

1s 1s

2s

2p

He Ne

殻の原子オービタルを埋めてできた構造上の安定性は、結合を作る上で非常に安定である。これがオクテット則の根拠である。

6

シグマ結合

• 2個の水素原子 (1s)オービタル間の相互作用によって生じる分子オービタルは、2個の核を結ぶ軸のまわりに軸対称 axial symmetryである。このように、1sと1s、1sと2p、および2pと2pなどが末端同士で相互作用してできる

2pと2pとのσオービタル

7

パイ結合

2pと2pとのπオービタル

8

sp3混成オービタル

C H

1s

H

2s

C H

2p

1s

H

2s

H

2p

1s

H

CHH

H

昇位 sp3

混成

エネルギ|

H

109.5 o

9

sp2混成オービタル

1s

2s

2p

1s

2s

2p

1s

sp2

昇位 混成

pエネルギ|

10

sp混成オービタル

1s

2s

2p

1s

2s

2p

1s

sp昇位 混成

pエネルギ|

11

オービタルの s 性と p 性

12

エタン、エテン(エチレン)、エチン(アセチレン)の

混成オービタルの結合の強さと長さ

13

ブレンステッド酸とブレンステッド塩基

ブレンステッド酸 はプロトン供与体 proton donorであり、ブレンステッドはプロトン受容体 proton acceptorである。酸はプロトンを供与できる分子またはイオンで、塩基は酸と反応してプロトンを受け入れることのできる分子またはイオンである。

Base H X Base H X

δ+

+ + +

ルイス塩基 ルイス酸 ルイス酸 ルイス塩基

14

ルイス酸とルイス塩基

ルイス酸は電子受容体 electron acceptorであり、ルイス塩基は電子供与体 electron donorである。したがって、ルイスの酸塩基反応では電子が不足したルイス酸と、電子が豊富なルイス塩基との間で電子対の授受が行われる。

H3CH2C O B

F

F

F

H3CH2C

H3CH2C O B

F

F

F

H3CH2C

+

ルイス塩基

ルイス酸

すべてのイオン反応はルイスの酸-塩基反応である 15

酸と共役塩基、塩基と共役酸

16

酸の強さ

17

塩基の強さ

-

- -

-

18

塩基の共役酸の酸の強さ

19

化学平衡のエネルギー図と

反応の自由エネルギー変化

ΔG° : 標準自由エネルギー差standard free-energy difference

R : 気体定数gas constant 1.99×10-3 kcal mol-1K-1 または8.31×10-3 kJ mol-1K-1

T : 絶対温度absolute temperature, 25℃では298K

ln K : 自然対数=2.3・logK (K:平衡定数)

室温での概算値としてはΔG°=-1.4logK (kcal mol-1) またはΔG°=-5.7logK (kJmol-1)を用いる。

ΔG°=-26.2 kJ/mol

反応経路

[A]=1

[B]=40000

自由エネルギ|

A BK

強酸+強塩基

弱酸+弱塩基

ΔG°=-RT lnK

20

イオン化

pH

pKa

低 高

分子型と解離型が50%ずつ

酸 (共役酸) として存在 塩基 (共役塩基) として存在

例えば COOH COO-

pKa 4.0

NH3+ NH2

pKa 4.6

21

電気陰性度

電子を引きつける度合い。

周期表を右に行くほど核の有効核電荷が大きくなり、電子を引きつける力は強くなる。

周期表を上に行くほど原子の大きさは小さく、電子までの距離が小さくなり、より強く電子を引きつけるため電気陰性度は大きくなる。

フッ素は電気陰性度が最大となり、最も電気陰性な元素である。

電気陰性度 の差が大きいほど結合の極性は大きくなる。

H2.1

Li1.0

Be1.5

B2.0

C2.5

N3.0

O3.5

F4.0

Na0.9

Mg1.2

Al1.5

Si1.8

P2.1

S2.5

Cl3.0

電気陰性度大

K0.8

Ca1.0

Sc1.3

Ge1.8

As2.0

Se2.4

Br2.8

Rb0.8

Sr1.0

Y1.2

Sn1.8

Sb1.9

Te2.1

I2.5

22

電気陰性度と酸性度・塩基性度

同一周期の原子の場合には周期表を左から右に進むにつれて塩基性は弱くなり、その共役酸の酸性は強くなる。

23

炭素原子の結合双極子

電気陰性度の違いにより、結合の正極と負極ができる

数字は電気陰性度

24

原子の大きさと酸性度・塩基性度

同一族で周期表を縦に比較すると電気陰性度とは逆の結果となる。ここでは原子の大きさが効いてくる。同じ電荷の電子が広く分散するほうが安定であるので、I-の電子が最も安定、すなわち最も弱い塩基となる。

25

炭素の結合のヘテロリシス

金属と炭素の結合をもつ有機金属化合物は電気陽性の金属が正に荷電し、炭素は電子を収容して負電荷を帯びる

一般に酸素、窒素、およびハロゲンなどは電子を収容して負に荷電し、炭素は正荷電を帯びる

26

置換基の効果:電子効果

誘起効果: σ結合を経由する

電子求引性誘起効果

電子供与性誘起効果

共鳴効果:共役系を経由する

電子求引性共鳴効果

電子供与性共鳴効果

ニトロ基は電子求引性誘起効果をもつ

アルコキシ基は電子供与性誘起効果をもつ

ニトロ基は電子求引性共鳴効果をもつ

メトキシ基は電子供与性共鳴起効果をもつ

σ 結合-Group

p 軌道-Group

27

置換基の誘起効果

28

置換基の共鳴効果

29

メチル基の電子効果

メチル基は誘起効果ではC-Hの分極により電子供与性となる。

共鳴効果ではC-Hのσ結合が隣接するpオービタルと、たまたま向きが一致し、平行となったときに相互作用して電子を送り込み、共役系のようになる。これを普通の共役ではないという意味で超共役と呼ぶ 。

メチル基は電子供与性 30

置換基の電子効果 (誘起効果と共鳴効果)

31

酢酸とエタノールの酸性度の比較

酸性度 酢酸 > エタノール

共鳴による安定化

32

共鳴混成体

33

共鳴構造式と電子の動きの意味

アリルカチオン

アリルアニオン

34

共鳴構造の練習

中性化合物

35

ルイス塩基と反応の種類

付加:求電子付加 置換:求電子置換

ルイス酸

π電子 不飽和化合物 芳香族化合物

置換:脱離-付加 置換:脱離-付加 (ベンザイン中間体)

α位カルボニル化合物 芳香族化合物

塩基、 次いで求核体が作用

求核置換 求核付加 求核置換 置換:付加-脱離 (マイゼンハイマー錯体)

飽和ルイス酸 カルボニル化合物 カルボン酸誘導体 芳香族化合物

求核体 (炭素原子を攻撃)

酸と塩基 脱離

ブレンステッド酸 飽和ルイス酸

塩基 (プロトンの引き抜き)

反応の種類 基質 ルイス塩基の働き

36

求核置換反応と脱離反応

求核置換反応

脱離反応

Base

L

R

R R

R H

R R R R E2

L

δ +

L

R

R R

R H

Nu

Nu

R R R R

H SN2

L δ +

Base H

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス酸

ルイス酸

37

主な求核置換反応

求核体 + RCH2-L → 生成物 + L-

38

求核置換反応のポイント

求核体 + RCH2-L → 生成物 + L-

• よい求核体

• よい脱離基

• 立体的に空いている

• 溶媒による安定化

39

脂肪族化合物 → 求核置換反応、脱離

カルボニル化合物 → 求核付加反応

カルボン酸誘導体 → 求核置換反応

求核体の反応

40

求核性と塩基性

求核性

求核体は電子が豊富であり、電子欠損性の部位と反応

求核置換反応

(脂肪族化合物とカルボニル化合物)

求核付加反応

塩基性

多くの求核体は塩基性をもつ

同時に脱離反応も進行

求核置換反応

脱離反応

41

電気陰性度と求核性

同一周期の原子の場合には周期表を左から右に進むにつれて塩基性は弱くなり、その共役酸の酸性は強くなる。

42

分極率

電子が核に近く存在し、強く核の支配を受ける

電子が核に遠いので、電子が偏りやすい

分極率が小さい 分極率が大きい

43

原子の大きさと求核性

同一族で周期表を縦に比較すると電気陰性度とは逆の結果となる。ここでは原子の大きさが効いてくる。同じ電荷の電子が広く分散するほうが安定であるので、I-の電子が最も安定、すなわち最も弱い塩基となる。

44

求核置換反応における結合の形成と開裂のタイミング

45

SN1型反応の例

反応のポイント

・弱い求核体

・よい脱離基

・安定なカチオン中間体

・プロトン性極性溶媒

46

反応のポイント

・強い求核体

・よい脱離基

・立体障害のない基質

・非プロトン性極性溶媒

SN2型反応の例

47

求核置換における基質構造の反応性への効果

48

求核置換の特性

49

脂肪族第二級アミン類と亜硝酸との反応

ニトロソ化剤

50

N-ニトロソジアルキルアミンの生体内での生成

51

N-ニトロソジアルキルアミンの活性化機構

52

マスタードとナイトロジェンマスタードの構造

53

クロロエチル基をもつナイトロジェンマスタードN-オキシドによる反応の加速

54

シクロホスファミドの作用機構

55

脱離反応における結合の開裂と形成のタイミング

56

E2型反応によるイソブチレンの生成

57

E1型反応によるイソブチレンの生成

58

脱離と置換の競争

59

各種ハロアルカンと求核体・塩基との反応の機構

60

ルイス酸としてのカルボニル基と求核試薬の反応

• カルボニル炭素は弱いルイス酸で、求核試薬との結合部位となる

C ONu

Nucleophile

Nu Oδ

Lewis acid

61

カルボニル基と求核試薬の反応

カルボニル化合物 (アルデヒド、ケトン)

良い脱離基がないために付加反応で止まる

→ 求核付加反応

カルボン酸誘導体 (ハロゲン化アシル、エステルなど)

良い脱離基をもつために、付加した後に脱離する

→ 求核置換反応

62

アルデヒド、ケトンに付加する試薬

63

カルボニルの求核付加反応

H B Nu

B

C O H B C O H Nu-H

C OH Nu

B

C O C OH Nu C O Nu

酸触媒

ルイス塩基 ルイス塩基

ルイス塩基 ルイス塩基

ルイス酸 ルイス酸

ルイス酸 ルイス酸

塩基触媒

R

R

R

R

R

R

R

R

R

R

R

R

H

C OH Nu

R

R

H B

64

カルボン酸誘導体の求核置換反応

酸触媒

H B H

R C X

O

R C X

O

R C X

OH

Nu

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス酸

ルイス酸

65

H Nu H

R C Nu

O

ルイス塩基

B

R C X

OH

Nu

ルイス酸

X

R C Nu

O H

R C X

O

R C X

O

Nu

R C Nu

O

X

Nu ルイス塩基

ルイス酸

塩基条件

H B

H X

カルボニルα位の反応性

エノール

(ene + ol)

酸性条件

塩基性条件

エノラート

(ene + oate) 66

活性メチレンの酸性度

α位の水素は水酸化物イオンなどの塩基により、容易に引き抜かれるために酸性を示す。その酸性度は、

生成したエノラートの安定性を考える。エノラートの負電荷に電子を送り込む置換基をもつ方が負電荷を

集中して不安定化するので強塩基となる。

よって、酸性度はアセトアルデヒド>アセトン>酢酸エチルの順に弱酸となる。 67

活性メチレン化合物のpKa

1) 化学便覧基礎編 改訂5版、日本化学会編、丸善 (2004) より引用

2) 化学便覧基礎編 改訂4版、日本化学会編、丸善 (1993) より引用 68

カルボニルα位との求核置換反応

H OH2

E

R’ C

RH2C O H

OH2

R’ C

RHC O

H

R’ C

CH

O

R

H

塩基触媒

酸触媒

H OH2 E

R’ C

CH

O

R

H

OH2

E

R’ C

CH

O

R

H OH2

B BH

R’ C

CH

O

H

R

R’ C

CH

O

R

R’ C

CH

O

R

E

R’ C

CH

O

E

R

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス酸 ルイス酸

ルイス酸

ルイス酸 ルイス酸

ルイス酸

69

脱離反応と付加反応

• 脱離反応の逆反応が付加addition反応である。不飽和結合に付加して飽和化合物を生成する。

X

Y

Elimination

AdditionX

Y

XY

XY

70

求電子付加反応と求電子置換反応

CH3 CH CH2

E+

CH3 CH CH2

E

H

E E E+

H+–Base Base

CH3 CH CH2

E

Nu Nu ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス塩基

ルイス酸

ルイス酸

ルイス酸 ルイス酸

求電子付加反応

求電子置換反応

71

ルイス塩基と反応の種類

付加:求電子付加 置換:求電子置換

ルイス酸

π電子 不飽和化合物 芳香族化合物

置換:脱離-付加 置換:脱離-付加 (ベンザイン中間体)

α位カルボニル化合物 芳香族化合物

塩基、 次いで求核体が作用

求核置換 求核付加 求核置換 置換:付加-脱離 (マイゼンハイマー錯体)

飽和ルイス酸 カルボニル化合物 カルボン酸誘導体 芳香族化合物

求核体 (炭素原子を攻撃)

酸と塩基 脱離

ブレンステッド酸 飽和ルイス酸

塩基 (プロトンの引き抜き)

反応の種類 基質 ルイス塩基の働き

72

おわりに

ルイス塩基は、非共有電子対をルイス酸と共有することで

新しい共有結合をつくる。イオン機構で進行する有機化学

反応では、電子対の授受によって反応が起こるので、すべ

てのイオン反応はルイスの酸-塩基反応ということができる。

反応の主役は電子であり、電子を豊富にもつルイス塩基と

電子が不足したルイス酸の反応性により、反応の進行方向

が決まる。 ルイスの酸-塩基の考え方は、有機化学にお

いて非常に重要である。 73