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45 1.はじめに 日本の英語学習環境において、多くの中学校・高校においては、授業時数が限られており、様々な 優先すべき項目があり、その上、高校受験、大学受験のための指導を行わざるを得ないということに なると、残念ながら音声指導に十分な時間が割けない面がある。しかもその音声指導も、一般的には 分節音(母音、子音の発音)に注意が向けられることが多いようである。しかし、近年重視されつつ あるコミュニケーションのための英語という観点から見れば、文レベルでの発音の指導、中でも超分 節音素の重要性を再認識する必要性があるようである。すなわち、分節音素だけではただの機械的音 声に過ぎず、この超分節音素が並立してあるからこそコミュニケーションが成り立つことを考えれば、 これを疎かにしてよいはずがない。もっとも、これまで、この超分節音素の中の「強勢」については 「文強勢」にしろ、「語強勢」(アクセント)にしろ、指導し易いということもあり、比較的よく指導 されてきたが、その他の超分節音素については、あまり指導がなされていないようである。その強勢 に関しても、強勢があるところにはピッチの上昇があることがそれほど意識されず、ただ文末や、区 切りでの上昇、下降には注意が払われるものの、文中のピッチの上昇に伴うイントネーション (1) 指導が積極的に行われてきたとは言い難い。 本研究では、中学・高校で習得したイントネーションについて、学習者の発音のピッチの動きを調 査することによって、英語母語話者のものとどのように異なるか、また各被験者の学力とピッチ曲線 との相関、および中程度のレベルの日本人学習者の英語発音の特徴等を調査・分析し、今後の指導上 の資料となればと考えている。 2.調査の目的 本論は大学入学時の学生の発音を記録・調査することにより、中学・高校においてどのような形で 日本人学習者の英語イントネーションの類型 前 田 洋 文 Hirofumi MAEDA 英語・英米文化学科(Department of English Language and English and American Culture** Masahiro IMANAKA 英語・英米文化学科(Department of English Language and English and American Culture今 仲 昌 宏 **

日本人学習者の英語イントネーションの類型日本人学習者の英語イントネーションの類型 47 「音声録聞見」のピッチ抽出アルゴリズムは「改良した自己相関形ピッチ抽出法」(3)を用いている。

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1.はじめに

日本の英語学習環境において、多くの中学校・高校においては、授業時数が限られており、様々な

優先すべき項目があり、その上、高校受験、大学受験のための指導を行わざるを得ないということに

なると、残念ながら音声指導に十分な時間が割けない面がある。しかもその音声指導も、一般的には

分節音(母音、子音の発音)に注意が向けられることが多いようである。しかし、近年重視されつつ

あるコミュニケーションのための英語という観点から見れば、文レベルでの発音の指導、中でも超分

節音素の重要性を再認識する必要性があるようである。すなわち、分節音素だけではただの機械的音

声に過ぎず、この超分節音素が並立してあるからこそコミュニケーションが成り立つことを考えれば、

これを疎かにしてよいはずがない。もっとも、これまで、この超分節音素の中の「強勢」については

「文強勢」にしろ、「語強勢」(アクセント)にしろ、指導し易いということもあり、比較的よく指導

されてきたが、その他の超分節音素については、あまり指導がなされていないようである。その強勢

に関しても、強勢があるところにはピッチの上昇があることがそれほど意識されず、ただ文末や、区

切りでの上昇、下降には注意が払われるものの、文中のピッチの上昇に伴うイントネーション(1)の

指導が積極的に行われてきたとは言い難い。

本研究では、中学・高校で習得したイントネーションについて、学習者の発音のピッチの動きを調

査することによって、英語母語話者のものとどのように異なるか、また各被験者の学力とピッチ曲線

との相関、および中程度のレベルの日本人学習者の英語発音の特徴等を調査・分析し、今後の指導上

の資料となればと考えている。

2.調査の目的

本論は大学入学時の学生の発音を記録・調査することにより、中学・高校においてどのような形で

日本人学習者の英語イントネーションの類型

前 田 洋 文*

*Hirofumi MAEDA 英語・英米文化学科(Department of English Language and English and American Culture)**Masahiro IMANAKA 英語・英米文化学科(Department of English Language and English and American Culture)

今 仲 昌 宏**

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

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イントネーションを習得したかを見るものである。この点に関しては、各被験者の英語イントネーシ

ョンは、かなりの程度において、指導する側に、すなわち、大袈裟な言い方かもしれないが、現在の

日本における英語教育そのものに、責任があると思われるが、それをある程度において表せるのでは

ないかと期待している。

また日本語発音の習慣が被験者の英語発音に見られることは当然予測されるが、この点に関しても

負の転移がいかなる形で生じているかが注目されるところである。

3.調査方法

3.1 被験者

被験者は1996年度入学の東京成徳大学人文学部、英語・英米文化学科の学生である。入学時に行っ

たプレイスメントテストの結果から、能力別クラスを3クラス編成し、各クラスから英会話クラスを

希望するものを募り、成績には無関係に希望者のみで1クラスを編成した。このクラスを S クラスと

し、他の3クラスは成績の良い順に、X, Y, Z クラスとした。この4つのクラスから被験者となるこ

とを希望する者各10名ずつ、計40名を被験者として選んだ。クラス別の男女比は S: 3 : 7, X: 5 : 5, Y:

4 : 6, Z: 5 : 5 となっている。録音は96年7月に行った。

3.2 調査に使用した英文

調査に使用した英文は5つで、以下の通りである。

盧 How are you feeling, Mr. Roberts?

盪 Shall we paint it red, purple, or green?

蘯 When you make a speech, you must pronounce clearly.

盻 Mr. Allen, president of our society, was at the party.

眈“Why did you ask him to come?”said Mary.

これらの文は、カワイ PROTS(2)の教材の中から選び出し、その音声をモデル発音として使用した。

採取した発音は被験者ごとに各英文を2回ずつ発音してもらい、5文×2回×40名で総計400例であ

り、各人については少しでもモデルに近いと思われる方の発音を採用した。

3.3 調査の手順

録音に当たっては、被験者に各文ごとにモデル発音を2度ずつ聞かせた後、モデルと同じくらいの

速さ、声の大きさで、間を置いて各文を3回発音練習させた。その後録音のため2度発音するよう指

示した。

被験者による各文の発音は、「音声録聞見 Ver. 4. 01」を使用して、個別に録音を行い、ピッチ曲線

を記録した。

日本人学習者の英語イントネーションの類型

47

「音声録聞見」のピッチ抽出アルゴリズムは「改良した自己相関形ピッチ抽出法」(3)を用いている。

分析窓長は45msec. 分析フレーム周期10msec. であり、ピッチ探索範囲は67Hz~600Hz である。

このような手法でデータを処理するため、図1のようにピッチ画面では、横の時間軸は均等配分表

示だが、縦の周波数軸は対数表示となっている。したがって、周波数が高くなるにつれて、グラフ上

の目盛りの幅が減少し、視覚的には、高い周波数になるほどピッチの高さの上昇の仕方が少なくなり、

低い周波数ほど変動の仕方が大きく見える。このため、声域の相違からくる男女差などの比較には注

意が必要となる。

しかしこの変形相関法は(4)、様々なピッチ抽出法がある中で、声道の影響を積極的に取り除く処理

を含んでいるため、総合的には最も有効性が高いといわれており、視覚的にもピッチ曲線が不自然な

変動の仕方を見せることが無いようである。

4.調査内容

当然のことながら、普通の日本の学校制度の中で英語教育を受けただけの学生が、ネイティブスピ

ーカーと同じような発音が、一回や、二回のモデルの音声を聞いただけで、できるなどとはおよそ期

待のできないことである。単語だけならばまだしも、文の単位となると、文の長さ、構造などが複雑

になればなるほど、ネイティブスピーカーのものとはかけ離れて来る。これは日本に居住するという

ことで、ほとんどの日本人が英語を話す言語環境に晒されることがないというハンディを背負ってい

るということ、言語間の著しい相違や、高校や大学の受験制度が大きく影響している英語の教授方法

等、いろいろなことがその理由として考えられる。

本論では、日本人学習者が英文を発話する際の、いわゆる日本人式イントネーションといわれるも

のが、どのような形で現れるかの分析を試みた。本論に関する実験は、先述の通り、「音声録聞見」を

使用したので、正確に言うとピッチ曲線ということになるが、その曲線が、モデルのものとどのよう

に違うか、また、その違い方が、いわゆる学力とどのような関連があるかを見たいということから、

まず、S,X,Y,Z クラスそれぞれについて、一つ一つの英文をどれほどモデルのものに近く発音で

きるかを見ることにした。

4.1 各文のモデルに近い発音のできる学生

盧 How are you feeling, Mr. Roberts?

この文は単文であり、「呼び掛け」の語があることに特徴がある。この5文の中で、眈の文と同程度

にモデルの発音を真似しやすい文であると考えられる。実際に録音した音声を聞いてみると、これは

他の文にも共通して言えることではあるが、一応は真似されていると感じられるのである。しかし子

細に検討してみると、かなり明瞭な違いがあることが分かる。一例を挙げてみると、モデルのパター

ン(図1)と、学生(M.H.図2)のそれとを比較すると、学生(M.H.)のピッチの変動がほとんど見ら

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

48

れないのに比して、下段の声帯の振動波形を見る限りでは、かなり呼気が強く出されているようである。

これは日本人の通弊であるアクセントの平板化による現象であろうが、(このことについては後述)

それにもかかわらず、我々、実験をする側に、一応真似ができていると感じられるのは、そうした日

本人式発音の仕方にならされていることにも起因するのであろう。

それはともあれ、各クラスの中で最もモデルの発音に近い者を挙げてみると、Sでは学生(H.N.

図3)(以下学生を省略)、X では K.K.(図4)、Y では Y.N.(図5)、M.T.、Z では M.N.(図6)と

いうように限られた数のものしかいない。

しかも、これらの学生の、プレイスメントテストで示された、いわゆる学力とはあまり相関しない。

すなわち、Sクラスの H.N. が96点、Xクラスの K.K. が124点、Yクラスの Y.N. が96点、M.T. が89点、

Zクラスの M.N. が63点という具合であるから、まったく無相関であると言える。さらに、これはや

図1 図2

図3 図4

図5 図6

日本人学習者の英語イントネーションの類型

49

はり当然と言えようが、盧の文についてのモデル発音に対する類似度が高い者は、他の盪、蘯、盻、

眈の文についても大体同じである。

盪 Shall we paint it red, purple, or green?

この文の特徴としては、選択疑問文であることによって、文末が下降調になることが理解されてい

るかどうかであるが、これについては後述することにする。

この文についてのモデルの発音に近い者を挙げると、Sクラスではやはり、H.N.、Xクラスは無し、

YクラスもやはりY.N.、Zクラスもやはり盧と同じく、M.N.というところである。

蘯 When you make a speech, you must pronounce clearly.

この文の特徴は、複文であるということと、代名詞の you が2個所に使われている点である。

この後者の特徴により、後述することになるが、被験者が独特なイントネーションを発している。

その結果、この文のモデル発音に近い発音をしているものは極めて限られ、Sクラスの H.N.、それに

次いで近い発音として、同じく S クラスの M.S. が挙げられるのみであり、他の X、Y、Zのクラス

には見当たらない。次に H. N.(図9、10)の発音の様子をモデルのもの(図7、8)と比較して示す。

この両者を比較してみても、H. N.の場合、whenの次の you のピッチが高くなっていることが分かる。

図7 図8

図9 図10

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

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盻 Mr Allen, president of our society, was at the party.

この文の特徴として同格という文法的な問題があるが、それよりも、個々の単語の発音、具体的に

言えば、Mr Allen, president, society などの発音が不適切になるか、あるいは、単語そのものの発音を

知らないことによって、モデルの発音に近づけないということがある。したがって、この文では、発

音の類似度が高い者は、各クラスに共通していないということができる。しいて挙げれば、SのH.N.、

M.S.、XのM.Y.で、Y、Zのクラスには見当たらない。このH.N.(図13、14)、M.S.(図15、16)、

M.Y.(図17、18)のピッチパターンをモデル(図11、12)のものと対比して次に示す。

図11 図12

図13 図14

図15 図16

日本人学習者の英語イントネーションの類型

51

眈 “Why did you ask him to come?”said Mary.

この文は、難しい単語もなく、複文ではあるが意味も取りやすい、かつ、短い文であるので、先述

したとおり、比較的真似のし易い文のようではあるが、子細に検討してみると、意外に類似度の高い

ものが見当たらない。その第一の理由としてあげられるものは、この文の中に、会話文が含まれてお

り、その会話文の含意するところが理解されているとすれば、‘come’に強いピッチの上下動のある

発音をしなければならないはずであるが、それらしい発音をしている者は、SのH.N.ただ一人である。

それは、被験者たちが、この文に会話文が含まれているということをそれほど意識することも無く、

ただモデルの真似をして発音しているだけだからと断定してよいことを意味している。このことはま

た、日本の英語教育を考えるに当たって、重要なことを示唆していると筆者たちは考える。すなわち、

日本の中学校、高校の段階で教えられる英語が、ごく一部の例外を除いて、いわゆる「生きた英語」と

なっていない、つまり、頭の中に日常の使用に耐える言語回路として構築されていないと断言できる

資料を提供していると解釈できる。

5.日本語式発音

5.1 ブツ切れ、平板調について

日本語には、原則的に音節ごとに等間隔の時間、つまり「拍」(モーラ)があり、それによってリ

ズムが成り立っている(syllable-timed rhythm)。したがって、この日本語の発音様式を、そのまま英

語の発音に適用すると、英語のリズム(stress-timed rhythm)を無視した、いわゆる「ブツ切れの英

語」になってしまう。

また、日本語の発音には、英語のような強弱アクセント(sentence stress, word stress)は無く、音

程(トーン)の高低によって(よくピッチアクセントと言う表現が用いられるが、これは便宜的な表

現にすぎない)語の意味の違いなどが示される。この音程の高低は、かなり曖昧なもので、方言によ

って異なったり(たとえば、関東方言と関西方言では、しばしば語の音程の高低が逆になる)する。

また、閉音節のある外国語を日本語として取り入れる際に、子音の後に母音を入れて発音するという

ことがある。こうしたことなどが原因でアクセントの平板化に繋がるものと思われる。近年の若者は、

図17 図18

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

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「彼氏」を「カレシ」とは発音せず、「カレシ」と発音することがあるが、これは、平板的な日本語の

中の更なる平板化といえるかもしれない。

ともあれ、これら二つの現象が日本語の中にあるということが、日本語とは基本的に構造の違う英

語という言語を耳から日本人が学ぶということを阻害している大きな原因であるということができよ

う。そこで次には、各文ごとに、ブツ切れと、平板調の数を調べてみる。

盧 How are you feeling, Mr. Roberts?

この文は、先述したように、短文であり、語彙も平易で、真似のし易い文であることから、このブ

ツ切れ、平板調といったいわゆる日本語式発音は少ないと予想されるが、これをクラス別に一応ブツ

切れ、平板調に分けて調べてみると、次のようになる。

・ブツ切れ ・平板調

Sクラス 0 Sクラス 0

Xクラス 0 Xクラス 0

Yクラス 0 Yクラス 0

Zクラス 0 Zクラス 5

この数字を見てわかるように、予想通りであったことを示している。Zクラスにおいて平板調の数

が増えていることは、本研究において予測した達成度との関係をある程度示すものと、捉えられるで

あろうか。次の図19はZクラスの平板調の例である。

盪 Shall we paint it red, purple, or green?

この文には、文法的な問題として、選択疑問ということがある。すなわち、一般的には、文末のor

の前後で上昇、下降調があるということである。この点に関しては、もちろん、中学校以来、かなり

徹底して指導がなされているはずであるが、この文では、単なるA, or B ではなく、A, B, or Cとなっ

ている。そのために、被験者が、コミュニケーションを行おうとする意識ではなく(すなわち、言語

の日常的使用として、現実の場面において自発的に疑問を発するのではなく)、ただ単に義務的に文

を読み上げるだけであるとすれば、この文が選択疑問文であるという意識も浮かぶことなく、文末の

疑問符に接して無意識的に上昇調にしてしまうということが考えられる。その一方で、モデルの音声

図19

日本人学習者の英語イントネーションの類型

53

の聴覚残像があるので、発音に対する心構えに揺れを生じ、普段の耳慣れている日本語式発音になっ

てしまうのであろうか。その数がにわかに増えて来る。

これを盧の文についてと同様に、ブツ切れ、平板調という点で調べてみると、

・ブツ切れ ・平板調

Sクラス 1人 Sクラス 4人

Xクラス 2人 Xクラス 4人

Yクラス 6人 Yクラス 6人

Zクラス 8人 Zクラス 8人

のようになる。Sクラス、Xクラスにおいても、平板調の数が増え、Yクラス、Zクラスにおいては、

ブツ切れと平板調の数が同じであることにも、ある程度、上述のことが伺えるものと思われる。次に

示す例はSクラスのE.Y.の例であるが、この学生は、学力的にも上位であり、所属するクラスもスピ

ーキングを目標とする S クラスであるにもかかわらず、日本語のモーラ発音そのものの特徴をこの文

において表している。

蘯 When you make a speech, you must pronounce clearly.

この文の特徴として、複文であり、文も多少長いことから、一息で発音し難いということが、モデ

ルの音声を真似し難くさせているということを念頭に置かなければならない。また重要なポイントと

して、この文のなかに二つの代名詞‘you’が含まれていることに注目すべきであろう。日本の中学

校における英語教育の中では、いまでこその弊害を説く人が多くなってはいるが、教科書の英文を斉

読させるいわゆるコーラスリーディングを行う場合が、依然として多いようである。これを行う側の

生徒たちは、それこそコーラスということで、声をそろえようとすれば、必然的に一語一語を強調し

て発音することになり、文全体をブツ切れに発音してしまう傾向が出てくる。また教師も代名詞の指

導を徹底させようとするためか、つい強調して発音してしまうことになることが考えられる。そのた

めであろうが、本来弱形で発音されるべき代名詞が、強く発音されてしまう。つまり代名詞が文の中

で主要な要素のように発音されてしまうのである。この蘯の文で言えば、when の次の you のピッチ

が上がり、本来ピッチの上昇があるべき make にピッチの上昇が見られず、節の切れ目ということで

speech に上昇が起こるという典型的なコーラスリーディングのパターンが出来上がってしまう。また、

図20

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

54

speech までの韻律が弱強型(iambic)で来ているので、主文の you を弱く、must を必要以上に高い

ピッチで発音する者が多い。逆に代名詞を強める癖のためか you のほうを強める者もいて、この部分

は二通りに分かれる。そこで、この文についてのブツ切れ、平板調の様子を見るととともに、you と

must の両方のピッチが上がる者の数を挙げてみると、

・ブツ切れ ・平板調

Sクラス 1人 Sクラス 2人

Xクラス 1人 Xクラス 5人

Yクラス 4人 Yクラス 5人

Zクラス 3人 Zクラス 7人

・youのピッチが上がる者 ・mustのピッチが上がる者

Sクラス 4人 Sクラス 3人

Xクラス 4人 Xクラス 4人

Yクラス 3人 Yクラス 4人

Zクラス 4人 Zクラス 4人

のようになる。ブツ切れ、平板調のほうは後述するとして、you と must のピッチ上昇にかなりの揺れ

が見られるということは、上述したように、中学校教育におけるコーラスリーディングの影響がまとも

に出ているものと言わざるを得ない。そこで、ブツ切れ、平板調の典型的なパターンを持ち、主文の

youと次の語の mustのピッチが上昇する具合を、モデルのもの(図7、8)と対比して図示してみる。

when の次の you で上昇、主文の you が上がる者

図7 図8

図21 図22

日本人学習者の英語イントネーションの類型

55

when の次の you で上昇、主文の you 次の must で必要以上に上がる者

この図23,24の被験者は女性であることを考えれば、視覚的にはそれほどピッチの上昇がないよう

であるが、you と must のピッチが数値的には必要以上に上がっていることに気がつく。

盻 Mr Allen, president of our society, was at the party.

この文は、先述したように、同格語句があること、さらに president の / t / と、of の / / との音連

結、of の /v/ と our の /au/ の音連結などの発音方法も分からず、しかも at the party を一つのまとま

りとして連続させる発音の仕方ができないということになると、ブツ切れになりやすく、それにつれ

て平板調になるということが考えられる。そこでこの文におけるブツ切れ、平板調を調べてみると、

・ブツ切れ ・平板調

Sクラス 5人 Sクラス 5人

Xクラス 5人 Xクラス 4人

Yクラス 9人 Yクラス 7人

Zクラス 8人 Zクラス 9人

のようになる。この数字が示すように、Sクラス、Xクラスにも日本語式発音が多い。

眈 “Why did you ask him to come?”said Mary.

この文は、先述したとおり、一見真似のし易い文であるように見える。しかし、調べた結果では、意

外にブツ切れ、平板調になる者の数が多い。

・ブツ切れ ・平板調

Sクラス 3人 Sクラス 3人

Xクラス 3人 Xクラス 4人

Yクラス 9人 Yクラス 6人

Zクラス 8人 Zクラス 8人

そこで、その理由となるものをあらためて考えてみると、ここにも学校英語の影響が見られるよう

であるが、you と ask との間が、そこにいかに開放連接があるとはいえ、大きくなってしまうこと、

図23 図24

c

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

56

ask と him の間の音連結の発音方法を知らず、別々にはっきり分けて発音してしまうこと、代名詞の

him を強く発音してしまうこと、また、前置詞の to を強く発音してしまうことなどが挙げられる。こ

れらはいずれも学校英語におけるコーラスリーディングの影響であると断じることができようが、こ

の文がブツ切れ平板調になる理由であると思われる。次にモデルのもの(図25、26)と比較して、日本

語的発音の代表的なもの(図27、28)を示すが、一語一語を大体等間隔に発音している様子が見られる。

5.2 学力と日本語式発音との関係について

ここで盧~眈の文で各クラスに見られるブツ切れ、平板調の数と、各クラスの学力の指数となるプ

レイスメントテストの点数のクラス別平均点を調べ、当初の目標である学力とイントネーション(こ

の場合はピッチ曲線)の関係をグラフに表してみたい。

まず、各クラスのプレイスメントテストの平均点(200点満点)を出してみると、次のようになる。

Sクラス 119.5

Xクラス 132.4

Yクラス 97.7

Zクラス 63.4

図27 図28

図25 図26

図29

日本人学習者の英語イントネーションの類型

57

前述のように、これらの被験者は、プレイスメントテストで3クラスに分けたものから、会話を希

望する者を選んだ S クラスを含め、4クラスそれぞれ10人ずつの希望者からなっているので、S クラ

スはXクラスより平均点が低くなっている。それぞれの平均点は、母体である各クラスのものと必ず

しも一致するものではないが、S クラスの被験者の最高点は175、最低点93である。同様に X クラス

の被験者の最高点は145、最低点122、Y クラスの被験者の最高点は100、最低点96、Z クラスの被験

者の最高点65、最低点60である。

次に、各クラスのブツ切れ発音と平板調発音を各文ごとに集め、クラスごとに合計すると、

・ブツ切れ

文1   文2   文3   文4   文5   計

Sクラス 0 1 1 5 3 10

Xクラス 0 2 1 5 3 11

Yクラス 0 6 4 9 9 28

Zクラス 0 8 3 8 8 27

・平板調

文1   文2   文3   文4   文5   計

Sクラス 0 4 2 5 3 14

Xクラス 0 4 5 4 4 17

Yクラス 0 6 5 7 6 24

Zクラス 5 8 7 9 8 37

のようになる。これを各クラスごとに学力と対比させたグラフを示すと、

のようになる。このブツ切れ発音と平板調発音をする者は、それぞれにおいて重なる者と重ならない

者とがあるので、両者を単純に合計して日本語式発音とするわけにはいかないが、ある程度学力との

関係が伺われるものとなっている。すなわち、S クラスは X クラスに比べて、プレイスメントテス

トの平均点は下がるものの、会話を目指すクラスとして最も日本語式発音が少ないことを別として、

X, Y, Z と学力の平均点が下がるにつれて日本語式発音が多くなっていることがグラフを見ても明ら

かである。これは、学力が下がるにつれて、言葉を統合的に捕らえる能力が低くなっていることを表

図30 図31

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

58

すものと考えられる。言い換えれば、書かれたものを読む場合には、それを暗号の羅列のようにしか

捕らえられないということであろうか。

6.単語の中で特に日本語式発音が目立つもの

日本語の発音が特に最近平板化していることは先に触れたが、この傾向が単語の発音の仕方に現れ、

声帯の振動は高まりながらも、つまり、呼気は強められながらも、ピッチが上がらないという例が見

られる。この現象が特に強く現れる単語として pronounce と president について見ることにする。

盧 pronounce について

次の、図32の例では、-ou- の辺りに声帯の振動の山が明らかに認められるが、ピッチはまったくと

言えるほど上昇していない。

このようになる原因を考えてみると、日本の学校教育の中では、word stress(いわゆるアクセント、

語強勢)のあるところでは、呼気を強めて発音することは指導されるが、ピッチを高めるという指導

は普通の場合、行われていないようである。これは、アメリカ英語が主流である日本では、アメリカ

英語そのものが、イギリス英語に比べて、ピッチの上下動が少ないために、一層その傾向が強まるも

のと考えられる。したがって、本人は正しく発音していると思いながらも、ピッチが上がっていない

という結果が出てしまうと考えられる。次に各クラスごとに、この例のように呼気圧は高まっている

が、ピッチの上がらない者の様子を見ると、

Sクラス 1人

Xクラス 2人

Yクラス 5人

Zクラス 6人

となるが、ここでもS・XクラスとY・Zクラスの間にはっきりとした差があるのが見られる。

次に、同じ pronounce でも、/n/ には、母音に近い音価があることから、日本人の特性であるモー

ラ発音の癖が出て、-nce の -n- 以降だけの(正確には /au/ の後半部分から)ピッチが次図に示すよう

図32

日本人学習者の英語イントネーションの類型

59

に見られる。

このようなピッチの上昇の仕方をする者の数を挙げてみると、

Sクラス 3人

Xクラス 3人

Yクラス 3人

Zクラス 2人

のようになる。これらの者の pronounce という語の発音の仕方は、平板調という日本人の発音

の癖と第2音節にアクセントがあるという意識とが交じり合ってなされる発音であるように思われる。

盪 president について

この語の第1アクセントはもちろん第1音節にあり、そしてモデルの発音を2回も聞いているはず

であるが、この第1アクセントのピッチが上がらずに、最後の音節でピッチを上げる者、第1音節と

第3音節のピッチの高さが同じ者、また、例外的ではあるが、第2音節 -si- のピッチが上がってしま

う者がいる。その数をクラス別に並べてみると、

-dent のピッチ上昇  -si- のピッチ上昇  平板調

Sクラス 1人 0人 1人

Xクラス 2人 1人 2人

Yクラス 4人 0人 2人

Zクラス 3人 0人 2人

のようになる。これらは、弱強調(iambic)でこの語の前まで発音してしまったために、この語の

第1音節に強調が置けなくなってしまったと見るべきであろう。その典型的な例をあげると、図34の

ようなものが見られるが、この例の中では、面白いことに、Mr の第2音節 のほうのピッチが高ま

っている様子が見られる。弱強の調子がこのようなところにまで現れていると見ることができよう。

このように日本語式にこの単語を発音している例の数はそれほど多くはないにせよ、会話を希望す

るSクラスが他のクラスに比してさらに少ないことは特徴的なことではある。

/t r/e

図33

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

60

7.おわりに

以上のように、本論は、東京成徳大学 英語・英米文化学科1年生の能力別クラス編成からなるク

ラスの学生を対象に実験を試みたのであるが、ほぼその目的は達成できたものと考える。すなわち、

中程度以下の日本の大学1年生が、2度ほど発音を聞かされた文をどの程度に再現が可能であるかと

いうことで、会話をやろうという動機付けのなされている学生(またこれらの学生は、入学後この実

験の被験者となるまで、丸2ヶ月、週に2回、90分づつ会話の授業を受けているわけである)は、そ

れほど学力とは関係なくある程度の再現が可能であるが、そのような動機付けがなされていない学生

にとっては、再現できる程度が学力に応じて下がる傾向があることが示唆されていると思われる。こ

れは、発声された文の再現を行う場合、書かれたものを見ながらこれを行うとすれば、いわゆる生き

た言葉としての感覚が失われがちであること(政治家の原稿を見ながらの答弁など)を考えると、無

理からぬことであはあるが、やはりこれまでに受けてきた英語教育、また身につけてきた英語学力

(能力)が統合的に発揮された結果と見るのが順当であろう。

また、英語という言語環境にさらされていない日本の学生にとって、英語の習得は教師に頼るほか

は無いわけであるが、その教師自身が真の意味での英語習得を行っていないので、まま誤った指導が

なされてしまうことは避けられないことである。それが音声面での指導で、コーラスリーディングの

中に現れるとすれば、ブツ切れ・平板調のイントネーションを生む結果になるという推測もなされる

のである。まさに学校英語の責任は重大であるといわなければならない。

もう一つ考えなければならないことがあるとすれば、天性の言語能力、語学的適性であろう。本論

ではそのことについて触れることはできないが、たとえ学力が低くても、ZクラスのM.N.のように、

ある程度、聞いた発話の再現が可能であることが分かる。

これらのことを総合して考えると、日本の英語教育の貧弱さにあらためて気が付かされるわけで、

本論がその改善のための資料となれば望外のことである。

〈注〉

盧 本論ではイントネーションは英語母語話者が特定の意図を伝える場合に用いる、言語学的観点からの共

図34

日本人学習者の英語イントネーションの類型

61

通の型を意味する。話者個人のピッチ曲線はすべて微妙に異なってはいても、概ね同じ型と判断されるも

のを指す。

一方、ピッチ(曲線)は話者によって発せられた物理的な音声の周波数の高さ(動き)を意味している。

これはいわば、音素と異音の関係になぞらえることができるだろう。

盪 例として使用した5文のモデルはカワイ音声データディスク KSP-500より抜粋したものである。蘯 X. Gao, H.. Kasuya(1984)IECE Tran. Jpn( E )Vol. E67, No.5, pp.291-2 May盻 古井貞煕(1992)『音響・音声工学』近代科学社 pp.123-4.

〈謝辞〉

本研究は1996-98年度東京成徳大学学内研究助成金の一部を得て行われたものである。

〈参考文献〉

X. Gao, H. Kasuya(1984)IECE Tran. Jpn( E )Vol. E67 No.5竹蓋幸生(1984)『ヒアリングの行動科学』研究社出版

古井貞煕(1992)『音響・音声工学』近代科学社