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2008 年度 牧田東一ゼミ 卒業論文 持続可能な農法 桜美林大学 国際学部国際学科アジア研究コース 杉本文恵

持続可能な農法 - 桜美林大学...2 はじめに 子どものころから、農業と関わりの深い生活を送り、農業には高い興味関心を持っていた。同

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2008 年度

牧田東一ゼミ

卒業論文

持続可能な農法

桜美林大学

国際学部国際学科アジア研究コース

杉本文恵

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目次

はじめに ........................................................................................................................................... 2 第一章 農業を取り巻く現状 ....................................................................................................... 4 1. 農業の歴史 ......................................................................................................................... 4 2. 農業の有する多面的機能 ................................................................................................... 6

第二章 持続可能な農法 .............................................................................................................. 8 1. 持続可能な農法とは........................................................................................................... 8 2. 定義の定める基準にあった農法とは ................................................................................. 9 3. 諸外国における持続可能な農法の現状と政策 ................................................................. 11

第三章 日本における持続可能な農法 ...................................................................................... 14 1. 日本農業の現状 ................................................................................................................ 14 2. 農業による環境破壊の現状 .............................................................................................. 16 3. 日本における持続可能な農法の現状 ............................................................................... 17 4. 持続可能な農法の実践とその効果 ................................................................................... 19

終章 まとめ~よりよい地球環境の創造と農業の共存をめざして .............................................. 22 参考文献 ......................................................................................................................................... 24 参考 HP ............................................................................................................................................ 25

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はじめに

子どものころから、農業と関わりの深い生活を送り、農業には高い興味関心を持っていた。同

時に、環境問題にも関心があった。しかし筆者は、農業と環境は別々の問題であり、並行して考

えるべきものという意識はなく、持続可能な農法という存在にはあまり関心がなかった。そんな

とき、筆者は、学校法人アジア学院(以下アジア学院)のワークキャンプに参加した。アジア学

院は、途上国から学生を招聘し、農業指導者として祖国で指導できるよう教育するところである。

アジア学院では、持続可能な農法、とりわけ有機農法を積極的に取り入れており、筆者はそこで

始めて、農業と環境は同時に考えられるべきものということを理解した。このような経験から、

筆者は持続可能な農法に特別な興味を抱くことになった。

我々人間は、その生命が続く限り、何らかの形で食物を摂取せねばならない。それら食物は全

て、農林水産物として、あるいは畜産物として地球資源を利用して生産される。このことはつま

り、人間が永続してゆくためには、地球資源の永続も伴わねばならないということである。しか

し、今日における地球環境の現状を見てみると、全世界的に異常気象が発生し、地球資源の永続

が危ぶまれている。土壌は汚染され、水資源は枯渇し、生物多様性は失われる一方である。これ

らが農業に与える影響を考えると、上質な土壌の喪失、温暖化による収穫の不安定化など、さら

なる問題点が浮上する。こうした環境汚染は、化学合成農薬や化学肥料の過度な投入、農地拡大

のための埋め立て、水の大量使用と汚濁など、農業を原因とするものも多く、問題の発生原因の

一端を担っている。加えて、近年では、代替エネルギーとして注目されるバイオマスの原料生産

を目的として、森林の農地転用など、さらなる環境破壊が行われている。

以上のように、危機的状況にある地球資源の永続性であるが、事態は深刻なばかりではない。

現状に危機感を抱いた農業従事者や市民などによって、従来型の慣行農法を見直し、より地球環

境にとって持続可能な農法を求める動きが活発になった。平成 17年度において、環境保全型農業

に取り組んでいる販売農家数は、平成 12 年に比べ 83%増加し、有機 JAS1規格取得の生産量も平

成 16 年度より 1.6%の上昇、平成 18 年度(9 月末現在)におけるエコ・ファーマー2の認定数は、平

成 17 年度より 13%の増加となっている[農林水産省 2007:141-142]。また、農業の視点からの環

境保全の動きは、本来農業が持つ、動植物の生物多様性や多面的機能を思い起こさせることにも

つながった。

今後ますます注目されるであろう持続可能な農法であるが、実際に取り入れることは容易では

なく、課題3も多い。加えて、日本社会においては、自給率の向上、農山村再建など、諸外国には

見られない独自の問題点も多い。しかし、筆者は持続可能な農法が地球環境の保護にとっていか

に重要であるかは明白であり、今後、日本の農業の主流としていくべきであると考える。

この論文では、まず、農業による環境破壊を歴史的に概観する。その上で、持続可能な農法と

は何か、その利点や問題点を明らかにする。最終的に、日本社会において、持続可能な農法をど

1 農産物、家畜、加工食品に対し、それぞれに定められた基準を登録認定機関が検査し、認定された事業者のみ

が使用可能なマークである。基準は、農薬や化学肥料、遺伝子組み換え技術を使用しないことなどである。この

マークを取得した農産物、農産物加工食品のみに、「有機」「オーガニック」などの名称を付けることができる。

詳しくは、第 2 章を参照のこと。 2 平成 11 年に制定された、「持続性の高い農業生産方式の導入に関する法律」に基づき、「土づくり」「化学肥料

の削減」「化学合成農薬の削減」の 3 つの技術に一体的に取り組む農業者のこと。詳しくは、第 2 章を参照のこと。 3 病害虫の発生や収量の低下など

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のように取り入れ普及させてゆくべきか、筆者なりに考察したい。

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第一章 農業を取り巻く現状

1. 農業の歴史

農業の起源

人類は今から 1万年前、増加する人口圧力から、それまで行っていた採集・漁労・狩猟生活を、

より人口扶養力の高い農業へと移行し、食料を得るようになった。これが、農業の始まりとされ

ている[須田 1994:75]。

人口増加と農業――環境破壊の始まり

農業とその発展は、人口の増加を可能にしたものの、増え続ける人口を養うためには、その生

産量は決して十分ではなかった。そしてそのことが、農地面積の拡大を必然的にもたらし、環境

破壊を生み出すことへとつながった。

世界最古の文明を生み出したメソポタミア地域では、肥沃な半乾燥地に高度な灌漑システムを

確立し、農業が発展した。しかし、過剰な灌漑による塩害のため、農業は衰退、現在のような半

砂漠地帯と化してしまった。シリアやレバノン、パレスチナなどの中東地域も、かつて緑豊かな

土地であったにも関わらず、過度な家畜の放牧や、農地拡大のための森林伐採により、現在のよ

うな不毛の土地になった。インダス川流域や中国黄河流域など、古くから高度な文明を誇った地

域では、人口増加に伴う農地拡大が生じ、森林伐採が行われ、文明の衰退を招いた。ヨーロッパ

でも同様のことが行われ、現在の地中海沿岸地域では、荒廃した裸地の多い土地となっている[須

田 1994:82-83]。

農業の近代化――化学肥料、化学合成農薬の誕生

農業は、人々の食糧増産の願いから、さまざまな試行錯誤を経て、発展をとげてきた。

元来、作物の栽培・収穫は、土地に蓄えられた栄養素を摂取する営みであり、ドイツの科学者

リービッヒ4が主張するように、摂取された栄養素は補給5されなければならない。しかし、土地と

土壌に対する管理の知識や技術の未熟さから、土壌から運び出された養分は補給されなかった。

それにもかかわらず、20 世紀後半以降、食料生産量はあまりあるほど増大した[大賀 2004:28]。

そのようなことが可能になった大きな要因は、化学肥料と化学合成農薬の誕生である。このこと

によって、食料の増産が飛躍的に増大し、農村で生産された農作物を都市へ持ち出すことに成功、

地域的な飢餓を回避できるようになった。天明の飢饉以来の大凶作とされた、1993 年の我が国に

おける米不足で、餓死者が全くなかったことは、農業の近代化の成果を如実に示す事例であろう

4 ユストゥス・フォン・リービッヒ男爵(1803-1873):農地から持ち出されたリンやカリなどの養分を、何らか

の形で人為的に補足しなければならないと、19 世紀中頃に解いた。彼が主張したのは、農業生産力維持のために

は有機物・無機物に限らず、養分の人為的補充が必要であるという、今日にとってはすごく真っ当なことだった。

しかし、地力維持のためには養分の補充が必要だというリービッヒの主張は、たとえ無機質でも養分の補充さえ

すれば農業の生産性は維持・増大できるという、有機物不要論、輪作不要論へとねじまげられる恐れもあった[須田 1994:85-86]。 5 栄養素はリン・カリ・窒素であり、自然界でもっとも不足しがちなのは窒素である。補給方法としては、空中

窒素を固定させる根粒菌と共生するマメ科の植物を輪作したり、畜糞や人糞を投入する。

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[須田 1994:85-91]。

世界で最初の化学肥料は、骨粉と硫酸を原料とした過リン酸石灰で、1843年に工業生産された。

以来、リン鉱床、カリ鉱床の発見によって、鉱物質を原料とした化学肥料の生産、利用が増大し

た。それと同時に、地力維持のために絶対必要であった輪作や、堆肥目的の家畜飼育も不要とな

った[須田 1994:86-87]。

化学肥料の誕生から少し遅れて、化学合成農薬がこの世に生み出された。それまでの農薬は、

除虫菊などの殺虫効果を持つ植物や、水田の水面に落ちた稲の害虫を溺死させる鯨油など天然物

であった。しかし、硫酸銅と石灰の混合物、ボルドー液が作物の病害虫駆除に効果があることが

発見されて以来、化学合成農薬の開発が進められた。19 世紀後半からは、ヒ酸鉛や石灰硫黄合剤

などの殺虫剤も使用されるようになった [須田 1994:87-91]。

化学合成農薬・化学合成肥料による環境破壊

農業の近代化、特に化学肥料・化学合成農薬の誕生は、われわれ人類の食糧増産の夢を実現し、

一部の地域を除いた飢餓からの自由を意味した。しかし、そうした農業の近代化はさまざまな問

題を含んでいたことが、1960 年代以降、次々に明らかにされた。1962年に発行されたレイチェル・

カーソンの『沈黙の春』は、それまで誰もが人畜無害であると信じてきた DDT6などの化学合成農

薬の危険性を提示した。これまでに明らかにされた、近代農法がもたらした環境破壊にはどのよ

うなものがあるのだろうか。近代農法による環境汚染のうち、化学肥料・化学合成農薬によるも

のを概観したい。

化学肥料・化学合成農薬がもたらす問題は、多岐にわたる。

「農薬の多くに共通していえるのは、開放系である環境中に散布され、生理活性を有する殺

生物剤ということである。そのため、農薬は、それを製造する工場労働者、散布する農業者、

製造工場や散布地周辺の住民の健康に影響を与えるだけでなく、生産される農作物への残留

および大気・水・土壌汚染を通じて人に影響を及ぼす恐れが強いし、当然のことながら、散

布による自然環境の汚染による生態系への影響も避けることはできない[加村 2005:42]」

とされ、生命・環境の両方に悪影響を及ぼす。化学合成農薬は、害虫を捕食する益虫まで皆殺

しにし、害虫をかえって増加させてしまう場合がある。加えて、作物の耐病性を弱め、さらなる

化学合成農薬が必要となり、化学合成農薬が化学合成農薬を呼ぶ事態を引き起こす。また、耕地

から、雑草や作物に害を与える昆虫類・ネズミ、昆虫を食べて生きる蜘蛛や鳥、土を肥やすミミ

ズ、ミミズを餌としているキツネやイタチなど、さまざまな生物を排除した。

過剰な科学肥料の使用は、河川、湖沼、海洋などに流出し、窒素、リン酸など、水の富栄養化

を招き、生態系を全く変えてしまっていることも問題である[須田 1994:95]。

6 有機塩素系殺虫剤で、第二次世界大戦後に使用された。もともとは、ノミやシラミ、マラリヤ蚊などの駆除の

ために、人体に直接振りかけられていた。のちに、害虫への効用が明らかとなり、農薬として使用された。現在

は、使用が禁止されている。

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灌漑による環境破壊

全世界で人間が使用する水のうち、実に 7 割が農業に使用されている。古代メソポタミアで発

明された灌漑農法は、本来、不毛の土地での耕作を可能にし、土壌中の有機物質を洗い流し、肥

料効果を持った、持続可能な農法である。しかし、河川や地下水からの適量を超えた過剰な灌漑

によって、しばしば、水資源の枯渇が発生しており、前述の様に、メソポタミアもそのようにし

て文明の終わりを迎えたのである。旧ソ連の灌漑によって、アラル海の面積や水量が激減してい

ることは有名な事例である。他にも、過剰な灌漑は、塩害や砂漠化を引き起こす恐れを有してい

る。

このようにして、人口増大とともに発展した農業は、近代化によって、より一層環境負担の強

いものになっていった。

2. 農業の有する多面的機能

農業の目的とは、農作物の生産である。しかし、農業にはそれ以外にも、環境便益7を有してい

ることが、今日において考えられるようになった。

農業を取り巻く環境はさまざまな効果を生み出し、それはもはや農作物の生産という域を超え、

地球環境の保護や農村文化の形成、食料の安全保障と多岐にわたっている。1998 年 3 月に採択さ

れた OECD 農業大臣会合コミュニケにおいて、農業の持つ多面的機能が国際的にも認められ、明記

された。日本国内では、2000年に制定された「食料・農業・農村基本法」において、農業の有する

多面的機能が主要政策課題の一つとして認識され、その重要性がますます強調されることとなっ

た[佐藤 2005:720]。

農業の有する多面的機能とは、農林水産省の定義によると、①国土の保全機能、②水源の涵養

機能、③自然環境の保全機能、④良好な景観の形成機能、⑤文化の伝承機能、⑥保健休養機能、

⑦地域社会の維持活性化機能、⑧食料安全保障と、大きく分けて 8 つに分類することができる。

これら 8つの分類を、それぞれに概観したい[農林水産省 2007,11.13]。

① 国土の保全機能

水田は、そのあぜにより雨水を一時的に貯えることが可能であり、雨水の急激な流出が防止さ

れ、下流での洪水や周辺での浸水が防止、あるいは軽減されるという機能を有している。これは

畑にも同じことが言える。ほかにも、地すべり、土砂崩れなどの発生を抑制する機能を有してい

る。

② 水源の涵養機能

水田に貯えられた水は、徐々に地下水として浸透し、地下水位の低下を防ぐ。また、地下水は、

直接河川を流れるよりも長い時間をかけて下流の河川に戻され、川の流れの安定に役立つ。

③ 自然環境の保全機能

土壌のなかには膨大な数の微生物がおり、それら微生物により、地下を流れる汚水が浄化され

る。また、生ゴミや家畜の排せつ物などの有機性廃棄物も、微生物によって分解され、堆肥化さ

れ、田畑に還元される。夏季に稲を育てるために灌水を行うが、これは、水が蒸発する際に周囲

7 環境便益とは、「生活環境の改善または自然環境の保全を行う機能や、それによって発生する社会的な利益のこ

と [中嶋 2005:722]」。

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の熱を気化熱として同時に奪い、気候の緩和につながっている。

④ 良好な景観の形成機能

田んぼや畑、あぜ道などはそれぞれに形が違い、大きさが違う。四季による変化も見事で、農

村風景は、それぞれに個性をもって存在している。こうした景観は、農村で農業が営まれる事で

維持・保全されてきたものであり、地域住民や訪れる人の心を和ませる働きをしている。

⑤ 文化の伝承機能

農村では、その長い歴史を通じ、豊かな伝統が生まれ伝えられてきた。

⑥ 保健休養機能

農村には、都市には見られない、綺麗な水、澄んだ空気、美しい緑、自然、環境など、多くの

ものに出会うことが出来る。それらを体験し、農村文化・自然にふれることで安らぎを得られる。

⑦ 地域社会の維持活性化

米や野菜などの農作物を中心に、市場への運搬、漬物や缶詰への加工、店舗での販売など、農

業によって仕事が生まれ、地域社会が活性化する。

⑧ 食糧安全保障

農業は、天候に左右されやすく、不安定なものである。そのような中で、自国で生産可能な作

物は自国で生産するという考えを共有する事が必要であり、次世代へ残すべき思想であるといえ

る。

このように、農業の多面的機能がもたらす効用は、社会にとって有益である。しかし、その機

能の認識は一般的には形成されていない。日本学術会議は、農林水産省からの諮問を受けて取り

まとめた報告書の中で、農業の多面的機能に関する貨幣評価額を比較した。8 つのうちすべての

項目が評価されたわけではないが、その中で洪水防止機能の 3兆 5000 億円、つづいて保険休養・

やすらぎ機能の 2兆 4000 億円がとりわけ大きな額となっていたという[中嶋 2005:722]。

多面的機能は、目に見えない社会基盤、インフラストラクチャーとして、我々の生活を支えて

いる。この顕在化していない部分の重要性を明らかにするために、評価が必要となる。多面的機

能の評価法は、大きく分けて一元的評価と多元的評価の 2 種類に分けられる。一元的評価は上記

のように、主に貨幣的評価であり、経済評価とも呼ばれる。他方の多元的評価について、浅野は

次のように述べている。

「多元的評価は生態系サービスの多様性を考慮し、多元的な尺度で評価を行おうとするもの

である。経済評価は、評価が金銭額で表されるという明快さと、生態系サービスの発揮に必

要な費用との対比が可能であるという実用面での利点があるが、一方、一元化のために情報

が損なわれる可能性があることと、金銭換算をおこなうための前過程の影響を受ける可能性

があるといった弱点も有している[浅野 2005:777]」。

農業の多面的機能は、その社会的有益性は明らかであるから、評価をもとにして、より一層の

発展が図られるべきである。次章では、農業の近代化によっておこされた環境破壊を回避し、農

業の多面的機能を活用した、新しい農法を提示したい。

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第二章 持続可能な農法

農業は、それが正常に営まれるのならば、環境破壊以上に環境維持調節機能を発揮し、その価

値(換算額)も高い事が明らかにされている[矢口 1998:27]。しかし、人口増加や、農業の商業

化とそれに伴う効率化、競争化によって、環境負担の強いものになったことは、第 1 章で見たと

おりである。そのことへの反省から、持続可能な農法が模索され、実行され始めるようになった。

そもそも、持続可能とはどのような意味なのか、持続可能な農法にはどのようなものがあるの

だろうか。第 2 章では、持続可能な農法の定義を明らかにした上で、持続可能な農法の例を紹介

する。さらに、諸外国の事例を取り上げ、持続可能な農法の現状と政策を概観し、世界規模での

取り組みを見る。

1. 持続可能な農法とは

持続可能という考え方は、「一定量の資源のストックから生み出される再生産量(利子分)だけ

が人間にとって利用可能であり、それ以上の利用を行えば、ストック(元本)が減少し、資源の

枯渇を招くというものであって、他の代替資源への移行を想定しない限り、これが当該資源につ

いての開発・生産・消費の最大かつ最適の限界となるというもの [矢口 1998:22‐23]」である。

この考え方は、1980 年に、IUCN(国際自然保護連合)、UNEP(国連環境計画)、WWF(世界野生

生物基金)が共同で発表した『世界環境保全戦略』によって、注目されることとなった。FAO(国

連食糧農業機構)は、独自の持続可能な開発の定義を 1988 年の総会において承認した。FAO はそ

の組織の性質から、持続可能な開発に加え、持続可能な農法の定義を行っている。FAO による持

続可能な開発の定義、及び、持続可能な農法の定義は、以下の通りである。

「持続可能な開発とは、天然資源基盤を管理、保全し、現在及び将来の世代のために、人間

のニーズを達成し、又は、継続して充足させるようなやり方で、技術的変化及び制度的変化

の方向付けをすることである。そのような(農業、林業及び漁業における)持続可能な開発

は、土地、水、植物及び動物の遺伝子資源を保全し、環境的に天然資源を悪化させず、技術

的に適切、経済的に実行可能、社会的に受け入れ可能なものである[矢口 1998:28]」

とされる。つまり、

「持続可能な農業とは、天然資源の損失や破壊を食い止め、生態系を健全に維持しつつ農業

の生産性上昇を推進することを意味するのである[矢口 1998:28]」

筆者が考える持続可能な農法の定義も、FAO と同様であり、この論文では、持続可能な農法の

定義を、上記の FAO の定義とする。よって、筆者は、化学肥料や化学合成農薬も、それが生産か

ら消費の段階にいたるまで、天然資源の損失や破壊をもたらさず、生態系を破壊せず、環境に対

して悪影響を与えず、農作物の生産性を向上させるのであれば、使用されてもよいと考える。「人

によっては、農薬や化学肥料をまったく使用しない自然農法あるいは(狭儀の)有機農法こそが

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環境保全型農業である、という考え方を主張している[嘉田 1998:18]」が、この論文では、その

ような考え方はしない。

2. 定義の定める基準にあった農法とは

1.では、持続可能な農法の定義を明らかにしたが、では、定義の定める基準にあった農法には、

どのようなものがあるのだろうか。2.では、それら農法の代表的なものを取り上げ、紹介したい。

① 特別栽培農作物

平成 19 年 3月に改正された、特別栽培農作物に係わる表示ガイドラインによれば、特別栽培農

産物とは、その農産物が生産された地域の慣行レベル(各地域で慣行的に行われている節減対象

農薬8及び化学肥料の使用状況)に比べて、節減対象農薬の使用回数が 50%以下、化学肥料の窒素

成分量が 50%以下で栽培されたことをいう[農林水産省 HP 2008,1.9]。

② 有機農法

日本において、有機農業という言葉が使用され始めたのは、1971 年、日本有機農業研究会が設

立されてからであり、以来、化学肥料と化学合成農薬に依存しない農業への模索が開始された。

同研究会の理論家の 1人である保田茂氏は、有機農法を以下のように定義した。

「有機農業とは、物質・生命循環の原理に立脚しつつ生産力を維持しようとする農業の総称

である。有機農業とは、近代農業が内在する環境・生命破壊促進的性格を止揚し、土地-作

物-(家畜)-人間の関係における物質循環と生命循環の原理に立脚しつつ、生産力を維持

しようとする農業の総称である。したがって、食糧という形で土からもち出された有機物は

再び土に還元する努力をして地力を維持し、生命の共存と相互依存のために化学肥料や農薬

の投与は可能な限り抑制するという方法が重視される[中島 1992:207]」。

農林水産省の有機 JAS ガイドラインによれば、有機農法とは、①種まき又は植え付け前 2 年以

上、禁止された農薬や化学肥料を使用していない田畑で栽培する、②栽培期間中も禁止された農

薬、化学肥料は使用しない、③遺伝子組み換え技術を使用しない農法のことであり、禁止されな

い農薬は 30種類9である[農林水産省 HP:2008,1.9]。

③ 自然農法/バイオダイナミック農法

自然農法とは、「地球上すべての自然現象は宇宙の原則に支配されているという認識に立ち、自

然に学び、自然に従い、自然に依存する農法[橘 1992:220]」であり、不耕起・無肥料・無農薬・

無除草を原則としている。ヨーロッパではシュタイナーによるバイオ・ダイナミック農法として

知られている。日本において自然農法と呼ばれるものには、福岡正信の行う自然農法と、世界救

8 適応対象は、未加工の野菜・果物、乾燥調製した穀類・豆類・茶等。対象農薬は、硫黄くん煙剤、硫黄粉剤、

水和硫黄剤、硫黄・大豆レシチン水和剤、石灰硫黄合剤、硫黄・銅水和剤、炭酸水素ナトリウム・銀水和剤、銅

粉剤、生石灰、硫酸銅、ワックス水和剤。 9 使用可能な農薬 30 種は、除虫菊乳剤及びピレトリン乳剤、なたね油乳剤、マシン油エアゾル、マシン油乳剤、

大豆レシチン・マシン油乳デンプン水和剤、脂肪酸グリセリド乳剤、メタアルデヒド粒剤、硫黄くん煙剤、硫黄

粉剤、硫黄・銅水和剤、水和硫黄剤、硫黄・大豆レシチン水和剤、石灰硫黄合剤、シイタケ菌糸体抽出物液剤、

炭酸水素ナトリウム水溶剤及び重曹、炭酸水素ナトリウム・銅水和剤、銅水和剤、銅粉剤、硫酸銅、生石灰、天

敵等生物農薬、性フェロモン剤、クロレラ抽出物液剤、混合生薬抽出物液剤、ワックス水和剤、展着剤、二酸化

炭素剤、ケイソウ土粉剤、食酢、である。

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世教の教祖、岡田茂吉によって創設された自然農法に分けられる。福岡の自然農法は、実際には、

土壌の肥培には緑肥や鶏糞などが使用され、シアン酸ソーダのような除草剤も、必要に応じて使

用されている。岡田による自然農法は、本来の形においては、化学肥料や合成農薬はいうに及ば

す、厩肥や木灰・石灰の使用をも容認しないという徹底ぶりであるが、現在世界救世教の自然農

法国際研究開発センターが示している規準では、これらの点で規制が緩和されており、由来の明

らかな場合にはよく熟成した厩肥の使用も求められている[久馬 1997:117]。

④ 焼畑農法とアグロフォレストリー

元来、焼畑農法は持続可能な農法であった。それは、同じ場所で数百年から数千年もの間、行

われてきたことからも明らかである。焼畑農法は、かつては日本や中国のような温帯地域から、

フィンランドやスウェーデンのような亜寒帯地域まで、気象・生態環境の違いにかかわらず、広

く行われていた。しかし、日本や北欧などでは、技術的な進歩を背景とした農業生産の集約化に

よって、焼畑農法から、化学肥料や農薬に支えられた集約的な畑作農法への転換が起こったので

ある[林 2005:334]。

一方、熱帯では今日に至るまで、農業生態学的な制約から、焼畑農法が続けられている。熱帯

では、低肥沃な土壌が多く、また年間を通じて厳しい病害虫や雑草害にさらされるため、温帯や

北欧で起こったような畑作への転換が困難なためである。林によれば、そうした環境下では、焼

畑農法のみが持続可能な食料生産を可能にしてきたといえる、という[林 2005:334]。しかし、

熱帯地域においても、焼畑民の人口増加と、焼畑地域への市場経済の拡大から土地の窮迫化が起

こった結果、従来の焼畑農法が、同じ場所で何年も続けて作付けをし、また休閑期間を短縮する

など、変化してしまった。焼畑農法のメリットは火入れによる土壌の殺菌・高肥沃化であり、デ

メリットは低い人口扶養力である。そうしたメリットを生かし、デメリットを克服する代替農法

の可能性が模索されている。アグロフォレストリーは、その代替農法の一部である[林

2005:335-338]。

アグロフォレストリーとは、「農作物や家畜と組み合わせて樹木を育てる土地利用システム・技

術の総称で、人類が古くからおこなってきたごく身近な土地利用の方法を新しい用語でよびかえ

たもの[竹田 2005:330]」である。土地利用システムの中で樹木と農作物や家畜を組み合わせれ

ば、土地の生産力を高めつつ、少しでも森林を回復して生態学的な安定を取り戻すことができる。

森林再生と農業生産を同時に実現できる方法として、アグロフォレストリーは注目されているの

である[竹田 2005:330]。

アグロフォレストリーにはさまざまな形態があり、各国・各地域によっている。インドネシア

のホームガーデンやダマール園、ビルマ(ミャンマー)のタウンヤ式造林法、ラオスの安息香生

産などが、竹田によって紹介されている。アグロフォレストリーは、森林の機能をいかしつつ、

土地生産力を高めていく、古くて新しい土地利用システムなのである[竹田 2005:330-333]。

持続可能な農法は、上記に紹介した以外にも様々に存在する。また、各農家が独自に取り組む、

独自の形態などもあり、多種多様である。そして、それは諸外国にも同様のことが言え、日本と

は違った持続可能な農法を行い、政策を行っている。3.では、その中でも特に特徴のある、アメ

リカとドイツにおける持続可能な農業の現状と、それをめぐる政策を見ることとする。

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11

3. 諸外国における持続可能な農法の現状と政策

アメリカ――LISA と具体的な実行計画、そして取り組み

1990 年のアメリカ農業法によれば、持続的農業とは、①人類の食料ニーズを満たし、②農業が

関係する環境の質と天然資源の生産力をともに増進させ、③再生不可能な資源とその他の農業資

源をもっとも有効的に利用し、自然生態系の力を可能な限り活用すること、④農業経営を経済的

にも自立可能とすること、⑤農業者および社会全体の生活の質を高めること、という 5 つの条件

を長期にわたって満たし、地域固有の植物および動物生産にかかわる包括的な農業システム、と

定義されている[嘉田 1998:45]。

20 世紀のアメリカにおいても、日本と同様に、機械化と商品作物栽培に伴う単作化、農薬や化

学肥料の使用による環境悪化が問題となった。こうしたことから、アメリカでは農業見直しの機

運が生まれ、より安全でより環境にやさしい農業への関心が高まった。1985 年の農業法にはじめ

て、持続的農業のための研究や技術開発に対する、政策的支援の条項が含められたが、これはそ

ういった経緯からである [久馬 1997:102]。

1985 年の農業法の中で、特に注目されたのが、低投入持続的農業(Low Input Sustainable

Agriculture、LISA、以下 LISA)である。LISA とは、嘉田によれば、資源の再生産と再利用を可

能にし、農薬・化学肥料の投入量を必要最小限に抑えることによって、地域資源と環境を保全し

つつ一定の生産力と収益性を確保し、しかも、より安全な食料生産に寄与しようとする農業の体

系と定義できるという。また、嘉田は、LISA の特徴は、次の 5点に要約できるという。①短期で

はなく、長期的利益の追求、②経済的利益と環境・安全性利益とのバランス、③農業生産および

農法の全般的かつ広範囲な技術・経営システム転換、④考え方が前向きであること、すなわちバ

イテクなどの最新の農業技術の導入を積極的に認めていること、⑤消費者や一般市民からの環境

や安全性に対する強い関心から提起されてきていること、である[嘉田 1998:37-39]。

LISA は、慣行農法と比べると、生産される作物が多様であり、輪作を多く導入し、さまざまな

土壌保全技術を採用しているという特徴がある。また、畜産を含めた経営の比重が高く、家畜の

糞尿を飼料としてより多く用いる傾向が強いこと、化学肥料や農薬の使用量を削減するために、

マメ科の植物をより高い割合で取り入れている、ということも特徴である。しかし、単位あたり

の収穫量は、その比較は困難ながらも10、これまでに行われた研究の多くは、慣行農法に比べ低い

傾向があるとしている11。労働力を除いた直接費用も、LISA の方が 30~60%低くなっている。し

かし、労働投入量が LISA の方が多く、その結果、LISA の方が費用がかかる傾向にある。しかし、

ここで考慮されなければならないのは、1991 年に一部法改正があったものの、依然農業補助金の

多くが慣行農法へ支出されている、という事実である[嘉田 1998:48-51]。

アメリカでは 1996 年、新たな農業法、96 年農業法が設立された。これは、環境対策として、ア

メリカ史上最も革新的な環境保全対応を示した法律ともいわれている[嘉田 1998:58-59]。その内 10 その理由は、①単位あたりの収穫量の比較に際して、長期にわたるデータが必要となるものの、体系的になさ

れた長期の比較研究が非常に少ないこと、②そもそも、単位あたりの収穫量は、地域や農場ごとに格差が大きい

こと、③いかなる輪作がとられているかによって大きく違うこと、である[嘉田 1998:49]。 11 ただし、ここでいう LISA とは、化学肥料あるいは農薬をほとんど使用せず、または、まったく使用せず、とい

うケースを対象としている点に留意しなければならない[嘉田 1998:49]。

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容は、①1985年からの土壌保全留保計画12をさらに強化し、土壌浸食の防止に加え、水質の改善、

野生生物の生息地保護などの環境目的を新たに追加したこと、②契約農業者に対して面積あたり

の定額支払いを行うこと、③環境の質改善計画(EQIP)が導入されたこと、である[嘉田 1998:59]。

嘉田によれば、アメリカの持続可能な農法をめぐる政策で特徴的なことは、農業関係者だけで

はなく、むしろ専門家の科学者や大学の機関、関連企業が先導役となってきたこと、さらには NGO

や自然保護団体の協力体制ができつつある、という点だという。また、アメリカの持続可能な農

法をめぐる政策で評価されるのは、その具体的な実行計画づくりと、取り組みの姿勢であるとい

う。それは、農薬の生産・販売から、その使用と現場までの管理にわたって厳しい規定が定められ

ていること、農薬が河川に流れ出て水質汚染が起きた場合には罰則が科せられ、もしそれが払え

ない場合には逮捕・投獄させるなど、徹底している。

ドイツ――EU でも独自の持続可能な農法を巡る政策

ドイツの持続可能な農法の現状と、それをとりまく政策を見る前に、EU について簡単に述べて

おかなければならない。1958年、農民の生活水準の適正化と、消費者に良質な食費を公正価格で

提供することを目的として、欧州経済共同体(EEC)設立と共に、共通農業政策(Common

Agricultural Policy、以下 CAP)が発足した[在日欧州委員会代表部 HP 2008.1.14]。加えて CAP

は、1988 年に自主的セットアサイド計画を導入した。これは生産抑制13と環境保全とを目的にし、

農地の 20%以上を 5年間生産からはずし、農薬の使用禁止、生物被覆、粗放的放牧などを農業者

に行わせ、その代わりに失われる所得に対して農業者に直接所得保障を行うものである。セット

アサイド農地の管理の仕方は制限される。具体的には、化学肥料、家畜糞尿、下水汚泥、限定さ

れた除草剤以外の農薬の使用禁止、牧場の刈り取り時期の制限と刈り取り牧草の家畜への給与の

禁止などである [嘉田 1998:68-69]。

1970 年代後半以降、ドイツでは他の EU諸国と同様に、農業に起因するさまざまな環境問題が発

生していた。そこでドイツでは、CAP で行う環境対策が出される以前から、独自の環境保護政策

を、連邦政府および州政府ごとに実施してきた[嘉田 1998:73-74]。

ドイツにおける持続可能な農法の基本は、嘉田によれば、粗放化を基礎とする農業環境の改善

であるという。その手法は、化学肥料および農薬の面積あたり使用量を減らすこと、そのために

被覆作物を含めて多様な作物を組み合わせた輪作体系を導入することが柱となっている。つまり、

化学肥料・農薬依存型、家畜頭数多頭型の集約的農業から、粗放的農業への転換であり、土地利

用の面でいえば、単作型から多様な作物の輪作による複合経営への転換であった。このようなド

イツにおけるさまざまな環境保全に向けた試みは、その後の CAP で推進されてきた環境保全型農

業政策に大きな影響を与えた、といわれている[嘉田 1998:74]。

1989 年、ドイツでは、連邦政府によって有機農業が推進され、農業環境政策、とりわけ粗放化

対策のなかで各種助成処置が取られるようになった。有機農場の最大の特徴は、作物の種類が多

く、輪作を基礎として複合的な経営となっていることである。有機農業への転換によって、労働

12土壌保全留保計画(CRP):土壌浸食を起こしやすい耕作地や一定の放牧利用限界牧草地を自然草地や林地に転換

し、 土壌浸食の防止、 水質保全や野生動物の保護などを行なうことに対して補助する事業

13 1970 年代後半から、EU では農産物過剰問題が発生していた[嘉田 1998:62]。

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投入量は平均的にはやや増加することが明らかにされている。しかし、有機農業への転換助成金

などの結果、慣行農法に比べ高い給与を得ている場合が多いことが明らかにされている。さらに、

有機農業は、転換助成金がなくとも、経営的に成り立ちえる条件が生まれつつあるという[嘉田

1998:78-83]。

1998 年の社会民主党と緑の党の連立政府は、農業政策の中心を大幅に変更し、これまでの「競

争力を有し、環境と適合した農業による農業立地としてのドイツの確立」から、①地域により多

種多様な企業や経営形態がある農業を保護し、②競争力があり、環境に優しい農業・林業・食品

工業の発展を促進し、③欧州農業モデル(多面的機能をもち、持続的な、競争力ある農業)を国

際的に擁護すること、の 3点に変更された[農林水産省 HP 2008.1.14]。連邦食料農業省(BML)

の重要な活動としては、農業分野における環境問題と農業政策との関連の分析および問題解決の

ための戦略開発がある[嘉田 1993:174-175]。連邦食料農業省は、2001年の社会民主党から緑の

党への政権交代時に、消費者保護・食料・農業省として組織改編された。緑の党は、消費者保護

や食料安全を最優先する党である[農林水産省 HP 2008.1.14]。

EU は、国際的にみても早くから、持続可能な農法の可能性が模索され、政策課題としてきた。

中でもドイツは、一定の農地面積を維持しながら食糧安全保障の基礎を確保することを前提とし、

経済効率を落とすことなく環境目的と調和させることなど、多面的な政策目標とリンクする形で、

持続可能な農法を具体的に実行してきた、といえるだろう[嘉田 1998:84-86]。

このように、世界各国では、さまざまな持続可能な農法を、それぞれの政策によって推進、実

行している。それでは、日本の現状・政策はどのようになっているのだろうか。第三章では、日

本の持続可能な農法の現状と、政策を概観し、持論を展開したい。

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第三章 日本における持続可能な農法

日本の農業は、他国には見られない独自の問題を抱えている。特に農業従事者が抱える問題は

深刻である。加えて、農林水産省によって、地球温暖化の影響と見られる現象が確認された。ま

た、今後の影響も予測されている[農林水産省 2008:48]。このような状況の中で、農業の多面的

機能が注目され、持続可能性が求められている。本章では、日本の農業の現状に触れながら、農

業従事者と地球環境双方にとっての持続可能性を模索する。

1. 日本農業の現状

低い食料自給率

わが国の食料自給率は、図 1のとおり、1965 年以降一貫して下がり続けている。2000 年ころか

ら横ばいとなっていたが、2006 年、9 年ぶりに低下し、ついにカロリーベース1439%となった[農

林水産省 2008:88]。

図 1 わが国及び諸外国の食料自給率(供給熱量ベース)の推移

(農林水産省 2008:88)

14 国民一人あたり国産熱量(kcal)÷国民一人あたり供給熱量(kcal)×100

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これは、先進諸国の中でも目立って低い(図 2)。また、イギリスに見られるように、ほとんど

の国が自給率を上げているのに反して、日本は一貫して下げている。

図 2 わが国及び諸外国の食料自給率(カロリーベース)の推移

(農林水産省 2008:89)

担い手の不足と高齢化

2006 年、医師国家試験を受けて医者になった人は、全国で歯科医を含め 6300 人であったのに対

し、新たに農業を後継した人は、全国で 5000 人もいなかったという[小泉 2008:2]。2007 年度

の新規就農者数は 75000 人で、うち半数を 60 歳以上が占めている。新規学卒就農者の多くが農業

高校、都府県農業大学校を卒業しており、依然重要な役割を担っているが、学校の減少や統合学

科設置などの動きが見られ、厳しい状況におかれている[農林水産省 2008:118]。

新規就農者が減少するなかで、日本の農業を支える農業従事者の高齢化が進んでいる。現在、

農業従事者の実に 7割近くが 65 歳以上となっている[大野、西沢 2008:53]。自給率と同様に、担

い手の高齢化も、図 3のとおり、先進諸国のなかでも特に際立っている。

図 3 農業就業人口の年齢階層別構成の国際比較

(本川裕 2008、12.18)

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ただでさえ低い食料自給率のなかで、農業従事者が高齢者であるということは、今後ますます

食料自給率が低下することが予想される。後継者も育っていないため、耕作放棄地15が増え、耕作

可能な土地はますます減少するであろう。

2. 農業による環境破壊の現状

日本農業は、水質浄化機能を持つ水田稲作が中心の農業となっており[嘉田 1998:102]、農業環

境問題が顕在化しにくくなっているという[横川 2005:1]。

しかし、近年の調査によれば、人体に有害といわれる硝酸性窒素の濃度が徐々に高まっている

ことが明らかにされている。また、農協の営農指導担当者の 7 割が、農業との関係において地域

の環境が悪化している、と指摘しているという[嘉田 1998:102-103]。日本農業はどのような形で

環境に負荷を与えているのだろうか。

化学合成農薬・化学合成肥料の投入過多

日本はその山がちな地形により、欧米などに比べ一人あたりの耕地面積が狭く、農家の経営規

模も小さいことから、作物生産性と労働生産性を高める必要性を有していた。また、その高温多

湿な気候により、他国に比べ、化学合成肥料、化学合成農薬を大量に必要とした[橋本 2004:138]。

OECD によれば、02-04 年度において、日本は農地 ha当たりの余剰窒素量は OECD第 4 位であり、

有機リンに至っては世界第 1 位である。また、化学合成農薬においても、日本の高温多湿な気候

を反映して、世界第 1位の使用量となっている[食と農の総合情報センターHP 2008,10.23]。その

結果、日本では第一章で取り上げた化学合成農薬・化学合成肥料による環境汚染に加え、地下水

への環境基準を超えた硝酸態、および亜硝酸態窒素による汚染が多くなっている[橋本 2004:138]。

また、堆肥を使用せずに化学肥料を連用していると、土壌団粒が減り、土壌が硬くなることが指

摘されている[西尾 2005:54-55]。

石油燃料消費型農法

日本は過去 2 度にわたるオイルショックの経験から、世界に誇る高い省エネルギー技術を有し

ている。しかし、農業分野では 20 世紀後半以降、むしろ化石燃料消費型の産業へと変化している。

その主な原因としては、農業の機械化が挙げられる。農業の機械化は、労働時間の短縮など利点

も有している。しかし、日本で使用される農業機械は登録されているものだけでも 680 万台以上

に上り、これらは石油がなければ動かすことはできない。また、生産される農作物も、野菜や果

物に重点がシフトし、ビニルハウスの利用などによる加温のための重油や、包装資材の原料とし

て石油化学製品が使用されている[大澤 290-292]。平成 17 年度における都道府県別のカロリーベ

ース自給率では、東京 1、神奈川 3、大阪 2に対し、北海道 201、秋田 16416と、生産地と消費地が

離れており、移動に要する石油資源が負担17となっている[農林水産省 HP]。

こうしたことは、投入エネルギーと産出エネルギーのアンバランスによって顕著にあらわれて

15 耕作放棄地:農林統計上の用語。一年以上作付けされておらず、今後数年の間に再び耕作する意思が見られない

土地のことで、日本の農地面積のほぼ 1 割にあたる[大野、西沢 2008:53-54]。 16 単位はパーセンテージ(%) 17 フードマイレージと呼ばれる

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いる。農業生産に使用される全投入エネルギー18の 7割は化学肥料の生産とトラクターなどの農機

具とその燃料として投入された間接エネルギーであるという。かつて、農産物生産において投入

されるエネルギー量はその作物のエネルギーより少ないのが普通であった[橋本 2004:148]が、農

業の近代化によって、投入エネルギーに対して、産出エネルギーがますます小さくなるという状

況が生み出されている[大嶋 1994:63]。

3. 日本における持続可能な農法の現状

日本で環境保全型農業、あるいはそれに類似する用語が使われ始めたのは、1980 年代のことだ

と考えられる。ただし、1980 年代の時点で、農林水産省の行政文書等からは、このような用語は

みられない。行政指針を示した文書で登場するのは、1992 年 6 月に公布された「新しい食料・農

業・農村政策の方向」19である。[大山 2005:209]。1985 年の農業法で LISA の導入が図られたア

メリカや、1988 年に自主的セットアサイド計画が導入されたドイツと比べ、日本は政府による持

続可能な農法の推進の遅さが目立つ。

しかしながら、表 1のように、全国環境保全型農業推進会議20によって、全国環境保全型農業推

進コンクールが平成 7 年度より今日に至るまで開催されており、その受賞数から多くの農業者が

持続可能な農法を実践している様子が伺える。それぞれの条件下のなかで、多くの農業従事者の

努力によって持続可能な農法が実践されているのである。

18 投入エネルギー(ライフサイクルエネルギー):製品の製造・輸送・販売・使用・廃棄・利用・再利用まですべ

ての段階で消費されるエネルギーの総合 19 推進すべき政策の柱の一つに、「環境保全に資する農業政策」を位置づけたという意味で、大変重要な政策と

されている[大山 2005:209] 20 平成 6 年 4 月、日本生活協同組合連合会の協力の下に、全国農業協同組合連合会によって設置される。学識経

験者、生産・流通・消費関係者、行政・研究関係者で構成される。環境保全型農業推進コンクール実施のほか、環

境保全型農業推進のための憲章づくり、環境保全型農業推進協力委員の名簿作成など、環境保全型農業の全国的

な啓蒙・普及のための運動を展開している[全国農業協同組合連合会/全国農業協同組合中央会 1995:9-10]。

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表1 全国環境保全型農業コンクールの過去の受賞者数

大賞 優秀賞Ⅰ 優秀賞Ⅱ 奨励賞 特別賞

農林水産大臣賞 全中会長賞 推進会議会長賞

第 1回 (平成 7年度) 8 9 8 23 2

第 2回 (平成 8年度) 8 8 8 26 3

第 3回 (平成 9年度) 8 8 8 23 2

第 4回 (平成 10年度) 8 8 8 23 1

第 5回 (平成 11年度) 8 8 8 27 1

第 6回 (平成 12年度) 8 8 8 21 2

第 7回 (平成 13年度) 8 8 8 23 3

第 8回 (平成 14年度) 8 7 7 21 1

第 9回 (平成 15年度) 8 8 8 20 1

第10回 (平成16年度) 8 8 7 19 1

第11回 (平成17年度) 8 8 8 17 1

第12回 (平成18年度) 8 8 7 15 2

第13回 (平成19年度) 8 8 8 17 2

合計 104 104 101 275 22

(農林水産省 HP より、筆者作成)

他にも、平成 17年度に制定された食料・農業・農村基本計画において、日本の農業を持続可能

なものにしていくことが明示された[農林水産省 HP 2008,11.18]。有機農業もその推進を図るも

のとされ、平成 18 年、有機農業の推進に関する法律が制定された。これを受け、平成 19 年 4月、

有機農業の推進に関する基本的な方針が定められた[農林水産省 2008:61]。これにより、以後 5

年間に渡って、生産者・消費者それぞれに対し、有機農業の推進が図られる。

図 3 のように、エコファーマーの数も確実に伸びており、目標認定者数も達成されるものと見

られる。とはいえ、日本の政府による持続可能な農法への取り組みは始まったばかりであり、今

後の発展が期待される。

図 3 エコファーマーの認定件数の推移と目標

(農林水産省 2008:60)

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4. 持続可能な農法の実践とその効果

1.では、現在日本の農業が抱える問題点を概観し、2.では、現在日本の農業がもつ環境負荷を

概観した。では、そうした問題に対し、日本の農業はどのように対処し、持続可能な農法を積極

的に推進すればよいのだろうか。

ここでは、大分県日田市と山形県高畠市、神奈川県三浦市/横須賀市/葉山町の 3 つの事例か

ら、日本農業の可能性を模索する。

大分県日田市21の事例に見る持続可能な農法

現在全国で最も収入の多い農家は一戸平均 1000 万円以上であり、長野県川上村の農家であると

いうが、大分県日田市はそれと同じくらいの高収入を得ている。全国平均が 470 万円程度22である

[小泉 2008:28]から、日田市がいかに高収入であるかがわかる。そのため、農家に若い人が戻っ

てきたという[小泉 2008:10]。日田市は、どのようにして農業で高収入を得られるようになった

のだろうか。

日田市は、プロフェッショナル農業集団と称し、640 戸の農家が集団化した。その土地に最も

適した農産物として、梅と栗を栽培していた23が、これらは年一回の収穫しか望めない。そこで、

年に何度も収穫可能なきのこ栽培を始める。きのこ栽培には大量のおがくずを使用するが、この

使用済みおがくずを堆肥に利用して土作りを行った。このことによって、農薬をほとんど使用し

ない農法となる。こうした取り組みを 30 年以上続けた結果、日田市では、非常に良い土が作られ、

消毒が欠かせないとされる梅に関しても、安全性の高い農薬をごく少量使用するのみでよくなっ

た [小泉 2008:28-32]。

日田市の農産物を販売価格の高い順に並べると、1.エノキダケ、2.ナメコ、3.ハーブ、4.クレ

ソン、5.しいたけ、6.すもも、7.梅、となっている。多い順にきのこ類、クレソンを含むハーブ

類、果物類である。きのこはそのまま出荷されるが、ハーブや果物は、そのままの出荷に加え、

加工品としても使用される。加工品による収益も大きなものとなっている[小泉 2008:32-34]とい

う。

山形県高畠町の事例に見る持続可能な農法

有機農業で有名な山形県高畠町に、農事組合法人・米沢郷牧場という農業集団がある。稲作、

果樹、野菜、小規模畜産などの複合経営に取り組んでいる農家が集まる協同組織で、経営の主体

はあくまで個別農家におきながら、個別の農家で出来ない部分を協同の力によってやろうという

考え方で運営されている。参加農民は数百人、事業高数十億円となっており、自立した農民集団

である。

米沢郷牧場では、畜産部門から出る糞尿は堆肥にして構成農家に配分し、農産物を生産してい

る。加えて、構成農家は除草剤、土壌薫蒸剤は使用せず、完熟堆肥の多投入を図っている[米沢郷

牧場 HP2008,12.8]。販売は、自分たちのつくる農産物の価値を認め、価格交渉の出来る相手と

するという方針によって、生協や有機農産物流通事業体などで販売されている[大野

21 元は大分県大山町の取り組みであったが、2005年に合併され、現在は日田市となっている。 22 農林水産省によれば、主業農家の場合、2006 年度平均 429万円であったという[農林水産省 2008:20] 23 これはのちの「一村一品運動」の原点になった。

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2004:182-184]。

神奈川県三浦市/横須賀市/葉山町の事例に見る持続可能な農法

前述の全国環境保全型農業推進コンクールの第一回大賞を受賞した、神奈川県三浦市/横須賀

市/葉山町の事例を取り上げたい。三浦市、横須賀市、葉山町の 3 市町の農家によって、特産・

三浦野菜生産販売連合が発足された。組織の目的は、三浦半島の銘柄作物24を消費者に喜んで買っ

てもらえるよう生産し、有利な販売をすることによってゆとりある農業を目指す事である[全国農

業協同組合連合会/全国農業協同組合中央会 1995:36]。

化学肥料の連用から土壌の酸性化が進み、微量要素の欠乏やだいこんのウィルス病が多発した。

化学肥料の限界を知った農家が、土作りの重要性を再認識し、ボカシ堆肥25の利用や化学合成農薬

の適正利用と節減、地域の条件にあった合理的な輪作体系の導入などによって、従来の慣行農法

から持続可能な農法へと方向転換を図った。特にユニークな技術としては、マリーゴールドのも

つセンチュウ防除の機能を利用した方法がある。これによって、化学合成農薬を従来の 1/3 以下

にまで減らしているという。市場へ出荷の際には、マリーゴールドの写真入りパンフレットを置

くなどしているという。また、ボカシ堆肥で作られたかぼちゃを「こだわりかぼちゃ」とブラン

ド化し、市場での有利な販売が可能になっている[全国農業協同組合連合会/全国農業協同組合中

央会 1995:38-43]。

3 つの事例から

大分県日田市の事例の特徴としては、農家の集団化、持続可能な農法の取り組み、加工による

収益の 3 点があげられるであろう。また、山形県高畠市の事例からは、農家の集団化、持続可能

な農法の取り組み、自分たちが納得する相手とのみ販売を行う、の 3 点があげられる。神奈川県

三浦市/横須賀市・葉山町の事例からは、農業の集団化、持続可能な農法の取り組み、明確な作

物のブランド化の 3点があげられる。これら 3つの事例の共通点は、

① 農家の集団化

② 複合農法による持続可能な農法の実践

である。

それぞれの利点としては、①では農家が集団化することにより、小規模農家の孤立を防ぎ、個

人では難しかったことが集団で可能になることが考えられる。また、技術の交換なども可能にな

り、よりよい農産物の生産を可能にするだろう。②の持続可能な農法の実践の利点としては、そ

のことにより農産物に高付加価値が付けられ、市場での取引価格、あるいは販売価格が上がり、

高収入をもたらすという点である。また、化学肥料や化学合成農薬代がなくなり、それらによっ

て起こりうる医療費も削減される。もっとも、最大の利点としては、土壌や水の汚染がなされず、

多面的機能を最大限発揮しうる農業が可能になる点であろう。

この 3 つの事例から、持続可能な農法を実践することによって、生物多様性の保全や農業の多

24 三浦だいこん、三浦キャベツ、三浦かぼちゃ等 25 有機質肥料を有用微生物(麹菌、酵母菌、放線菌、乳酸菌、光合成細菌など)により発酵させたもので、ブド

ウ糖、高級アルコール、アミノ酸、ミネラル、酵素などを含む肥料のこと。有機質肥料を有用微生物によって発

酵させ、原型からぼかすところから、ボカシ肥料と呼ばれる。

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面的機能の維持に加え、農家に安定した収入がもたらされることが分かる。

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終章 まとめ~よりよい地球環境の創造と農業の共存をめざして

農業とは元来、環境破壊的側面と保全的側面の二面性を有するものであり、人類の人口増に伴

って、前者の側面が増大した。その最たるものは文明の滅亡であり、化学肥料と化学合成農薬を

代表として、現在に至るまで様々な形で現れている。しかし、そのことへの反省から、農業の多

面的機能が再認識され、生物多様性などの機能が再評価され、より持続可能な農法が模索される

ようになった。特に多面的機能は、その機能が一般にほとんど認識されておらず、その有意性を

社会一般に広く知らせるため、一元・多元を問わず評価がなされるべきであり、広く一般に認識

されるべきである。

世界各地では、その土地の条件に適した持続可能な農法が行われており、筆者が紹介したもの

以外にも無数の農法が存在し、日本国内においても同様である。アメリカやドイツの取り組みは

日本に比べ積極的かつ先進的であり、大いに参考にすべきであるが、それら全てが日本に当ては

まるとは必ずしも言えない。アメリカのように、日本も持続可能な農法に対する積極的な取り組

みが図られるべきであるし、ドイツに見られる有機農法への転換助成金は日本でも行われるべき

であろう。特に、慣行農法から持続可能な農法への移行期は、多くの場合、収量の低下や労働の

増大を招き、収入が一時的に減少するため、転換助成金のような仕組みは重要である。また、極

端に少ない日本の新規就農者であるが、政府は彼らが持続可能な農法で農業に取り組む意欲を促

がすため、積極的に補助金/助成金や技術支援なども行われるべきである。

日本国内においては、全国環境保全型農業推進コンクールの受賞数とその事例や、大分県日田

市、山形県高畠町、神奈川県三浦市/横須賀市/葉山町の事例から、持続可能な農法の実践が決

して不可能でないことがわかる。持続可能な農法は、それに取り組む農家の健康を守る農法でも

ある。化学肥料や化学合成農薬などから受ける健康被害の恐れが少なくなり、それにかかる医療

費などの負担もまた減少する。それに加え、持続可能な農法という付加価値による収入の向上も

図ることができる。それまで、農事カレンダーによって指定された日に指定されただけの量を撒

いた化学合成農薬を、就農者自身が判断することによって、よりよい技術の習得ももたらされる

だろう。農作物が付加価値により高評価されることによって、就農者の自尊を高めることができ、

よりよい作物を作ろうというインセンティブも得られるだろう。こうした持続可能な農法のポジ

ティブな側面を再認識し、就農者は農法の移行を積極的に図るべきである。

生産される農作物のほとんどが農協を通して販売されるが、そのことによって、生産者と消費

者の関係性が構築されにくくなっている。消費者がどのような農作物を求めており、生産者がど

のような思いで農作物を生産しているのか、お互いの思いは共有されなくなっている。こうした

状況は、食の安全を脅かし、お互いの無関心へとつながってしまう。また、生産者は生産物の評

価・実力を適切に認識できず、よりよい農作物の生産を阻害してしまう。こうした状況を改善さ

せるため、農協を通すのではなく、産地直送という方法を積極的に採用すべきである。生産者に

とっては消費者を見つけ固定化するなどの困難があり、消費者にとっては生産者を探す手間がか

かるなど、マイナスの側面も多く有しているが、生産者と消費者を今一度つなぎなおす意義は大

いにある。

食の安全がニュースをにぎわせ、地球環境の悪化、とりわけ地球温暖化は、人々の関心を持続

可能な農法へと向けている。こうした状況は大いに歓迎されるべきである。なぜならば、人々が

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日本の農業の危機的現状を知るきっかけとなり、持続可能な農法の存在を知り得るからである。

有機農法農作物はもちろんのこと、持続可能な農法によって生産される農作物は、慣行農法に比

べ価格が高い場合が多い。消費者がこうした価格の差と出合った時、その理由を知り、付加価値

を選択する可能性が広がるだろう。また、それまで多くの人が興味を持たなかった農業そのもの

について考える機会を提供し得る。筆者は、こうした機会によって、多くの人々の関心が農業に、

持続可能な農法に向かうことを望む。

人類はその歴史の中で、農業の環境破壊的側面ばかりを利用してきた。しかし、農業が持つ地

球環境を保全する機能は明らかであり、またその可能性は計り知れない。今後も環境破壊は続く

であろうし、地球温暖化による影響は予想26の範囲を超えるかもしれない。しかし、そうした脅威

を少しでも軽減しながら、増え続ける人口を養うために、持続可能な農法が推進されるべきなの

である。

26 ここで言う予想とは、IPCC による第四次報告書で言われるものである。

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