24
東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版 持続可能な開発のための教育( ESD) カリキュラム開発の方法 ESD 推進のための試み 成田喜一郎 東京学芸大学大学院教育学研究科教育実践創成講座 Ⅰ.はじめに 本研究を行うに至った背景には、以下のよう課題や動向がある。 2002 年、国連総会において「持続可能な開発のための教育 Education for Sustainable Development 10 年」( 2005-2014 年)が決議されたこと。 2006 3 30 日、「わが国における『国連持続可能な開発のための教育 10 年』実施計画」(関係省庁連絡会議) が策定されたこと。 PISA2003 PISA2006 の結果 が示され、わが国の児童・生徒の国際的 な標準学力の質を如何に高めるかが問われていること。 2008 1 17 日、中央教育審議会「 幼稚園、小学校、中学校、高等学校 及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申) において、 「 持 続 可 能 な 発 展 / 社 会 」と い う キ ー ワ ー ド が 複 数 の 教 科・領 域 等 に 登 場 したこと。 2008 年の遅くない時期に新しい学習指導要領が告示されようとしている こと。 以上のような内外の現代的な教育課題や動向に対応したカリキュラムを開 発することはもちろん、とりわけ持続可能な開発のための教育を推進するた めの有効な方法を明らかにすることは、喫緊の課題である。 Ⅱ.目的 本研究の目的は、以下のとおりである。 ① 持続可能な開発のための教育(以下、 ESD と略す)とは何か、その概要 を明らかにすること。 ESD カリキュラム・モデルを探り、その開発条件を探ること。 ESD カリキュラムの実践方法及びその評価方法を探ること。 1

持続可能な開発のための教育(ESD)カリキュラム開発の方法laotao.way-nifty.com/islikewater/files/esd_cd2008.pdf · 育(学び)」が必要なのか、考えてみましょう。

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

持続可能な開発のための教育(ESD)カリキュラム開発の方法

―ESD 推進のための試み―

成田喜一郎

東京学芸大学大学院教育学研究科教育実践創成講座

Ⅰ.はじめに

本研究を行うに至った背景には、以下のよう課題や動向がある。

○ 2002 年、国連総会において「持続可能な開発のための教育 Education for

Sustainable Development の 10 年」(2005-2014 年)が決議されたこと。

○ 2006 年 3 月 30 日、「わが国における『国連持続可能な開発のための教育

の 10 年』実施計画」(関係省庁連絡会議) 1 が策定されたこと。

○ PISA2003 やPISA2006 の結果 2 が示され、わが国の児童・生徒の国際的

な標準学力の質を如何に高めるかが問われていること。

○ 2008 年 1 月 17 日、中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校

及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)」 3 において、

「持続可能な発展/社会」というキーワードが複数の教科・領域等に登場

したこと。

○ 2008 年の遅くない時期に新しい学習指導要領が告示されようとしている

こと。

以上のような内外の現代的な教育課題や動向に対応したカリキュラムを開

発することはもちろん、とりわけ持続可能な開発のための教育を推進するた

めの有効な方法を明らかにすることは、喫緊の課題である。

Ⅱ.目的

本研究の目的は、以下のとおりである。

① 持続可能な開発のための教育(以下、ESD と略す)とは何か、その概要

を明らかにすること。

② ESD カリキュラム・モデルを探り、その開発条件を探ること。

③ ESD カリキュラムの実践方法及びその評価方法を探ること。

1

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

これら 3 つの目的は、ESD を実践していく上で不可欠、かつ不可分な要素で

あり、その1つを欠いても ESD の実践は成り立たない。

本稿では、これら一連の目的のもとに、学校教育において ESD を如何に実

践していったらよいのか、具体的なねらい・内容・方法・評価のあり方につい

て提案する。

Ⅲ.ESD カリキュラムの概要

「持続可能な開発のための教育(学び)とは何か」と子どもたちから問われ

たとき、如何なる応答をするのか。

現時点で、教科や専門領域を異にする教員・研究者の間で ESD について語

り合い共通理解をすることも容易なことではない。まして子どもたちへの応答

となると、至難の業に等しい。

しかし、本章では、あえて学校現場で教師が子どもたちに応答しなければな

らない場面を想定して、その概要を述べてみることにする。ここでいう「子ど

もたち」とは、筆者の教育実践の体験をもとに「中学生」に限定し、文体も「で

すます」調で表現する。

*****

1 ESD って何だろう?

ESD とは、Education for Sustainable Development の頭文字3つを取った

略語です。

日本語に訳すと、「持続可能な開発のための教育」という意味です。

それでは、なぜ、「持続可能な開発」が必要なのか、また、なぜそのための「教

育(学び)」が必要なのか、考えてみましょう。

今、わたくしたちが暮らす地球や国、身近な地域や学校で、今、わたくした

ちが生きていくことや次の世代が生きていくことが難しくなるような課題や問

題をたくさんあります。

たとえば、わたくしたちと次の世代の生命と暮らしの持続可能性をはばむ課

題にはどんなものがあるのでしょうか。

2

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

① 地球温暖化をはじめとする地球環境の破壊

② 多発する風水害をはじめとする自然災害

③ 戦争やテロ、核兵器・地雷・不発弾の問題

④ 途上国・先進国間、途上国・先進国内における経済格差の拡大

⑤ 石油・水・原子力など資源・エネルギーをめぐる問題

⑥ 人種や民族、性などの違いによる差別・偏見

⑦ 様々な感染症をはじめとする病気

⑧ 生命を維持するはずの食や薬の安全

⑨ 地域や学校などを起こる社会的な犯罪

⑩ 家庭や学校における虐待やいじめ 等

しかも、これら環境や経済・社会に関わる課題 4 は、どこかの国で、どこか

の機関や役所で、誰かが担当し、解決策を考えたり行動したりすれば解決でき

るようなものではありません。

たとえば、わたくしたちが何気なく利用しているシャワーやレジ袋と地球温

暖化とが密接に関わっているなど、それぞれの課題の原因と結果が遠いところ

で結ばれていたり、絡み合っていたりしています。

わたくしたち子どももおとなも、家庭や学校・地域、国を超えて、地球・地

域の市民として考え合い、ともに行動していかねば課題の解決に向かって行け

ないことばかりです。

学校で教科や総合的な学習の時間など領域ごとに個別に学んでいるだけで

は、わたくしたちと次の世代の子どもたちが生きていくための知識・知恵、技

術・技能を身に付けたり、課題の解決への意欲や夢を抱いたりすることは困難

です。

でも、よく考えてみると、過去と現在のおとなたちが、よりよい暮らし、豊

かで便利な暮らしを求めて経済や社会の開発を行ってきた結果、こうしたたく

さんの課題をも生み出したのです。

ですから、子どもたちにとっては、複雑な思いでこの問題を受け止めざるを

得ません。

果たして子どもたちに責任はあるのか。過去と現在のおとなたちの責任では

ないのか。

3

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

今の暮らしのどこがいけないのか。今の暮らしを昔のように貧しく不便なく

らしにしなくてはいけないのか。

ESD で学ぶことって、結局何なのか。

ともすると、子どもたちにとっては、いろいろと不満や不安だけを抱かされ、

辛く重たい、つまらない授業になってしまいかねません。

みんなで楽しく分かり、自分とみんなのためになる ESD でないと、子ども

たちはついて行けません。

しかし、やがて子どもたちもおとなになります。このままでは、次の世代の

子どもたちに同じ思いをさせていく立場になっていきます。

おとなたちは、現在と未来の子どもたちにこうした思いをさせないように、

ESD を学ぶ意味や学び方、そして、その成果や課題の見つけ方(評価の方法)

を考えていく必要があります。

また、学校だけではなく、家庭や地域などで一地球・地域の市民として何が

できるかを考えていく必要もあるでしょう。

2 ESD ってどんなことを学ぶの?

わたくしたちと次の世代の人たちが生命のバトンを受け継いで行けるように

するために、どんなことを学んだらいいのでしょうか。

国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭、英語、道徳、

総合、学級・学年・学校行事や生徒会活動などの各教科や領域を結んだり超え

たりする様々な持続可能な開発(社会)のためのテーマについて、ある時は同

時に並行しながら、ある時は繰り返しながら、学んでいきましょう。

持続可能な開発(社会)のためのテーマは、先に挙げた持続可能性をはばむ

10 の課題がそのまま大きなテーマにもなります。また、自分の暮らす身近な地

域、修学旅行や家族旅行で訪れる地域で、自ら発見した具体的なテーマをもと

に学ぶこともできます。

持続可能な開発(社会)のためのテーマについて学ぶとき、大切にしたい視

点があります。 5

それは、次の7つです。

① 歴史や時間の移り変わり

4

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

② 国や地域・場所による違い

③ 人と人とのつながりやかかわり

④ モノの作られ方・流れ方・生かし方・捨てられ方

⑤ お金の流れ方や貯まり方

⑥ 知識や情報の伝わり方

⑦ 心や身体への影響

たとえば、過去と未来をつなぐ現在に生きるわたくしたちが、世界と日本の

各地に生きる同世代の子どもたちといかにつながり、どうかかわっているのか。

過去の子どもたちと現在の子どもたちの暮らしはどう移り変わり、何が変わ

り、何が変わっていないのか。

今、わたくしたちが持っているモノと持っていないモノ、そのモノの作られ

方、流れ方、生かし方、捨てられ方はどうなっているのか。

人と人とのかかわりやつながり方は、時を超えてどう変わったのか、国や地

域を超えてどう異なるのか、などです。

そして、取り組んだテーマについて、様々な事実や出来事を調べ、それらを

もとに何が問題であるのか的をしぼり、その問題を解決する方法を考えること

です。そして、解決策を学級・学年・全校、地域・社会に向けて提案し、さら

によりよい解決策を考え、行動していくことです。

今までの教科や領域における学習のほとんどは、個人や学級でとどまってい

たり、学年や校内での取り組みになっていたりすることが多かったのではない

かと思います。

しかし、ESD におけるテーマ学習は、そうした学習に加えて、学校を超えて、

地域・社会や世界に向けて発信・交信・通信したり、参画したりしていきます。

そうした発信や参画をしていくためには、聞いたり話したり、読んだり書い

たり、数えたり測ったり、描いたり作ったり、考えたり判断したり、感じたり

表現したりする基礎的な力がとっても大切になってきます。

すると、今まで各教科などでバラバラに学んできたことが、持続可能な開発

(社会)のための学びに向けて、それぞれが結びついて、自分の血や肉となる

とっても有意義なものであることにも気づくはずです。

5

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

3 ESD ってどんなふうに学ぶの?

ESD とは、持続可能な開発(社会)のために、テーマに関する事象・事実の

理解、学ぶための視点、学び方や表現の仕方、通信や参画の仕方などを学び、

そして、それらを支える基礎的な力が必要となってきます。

ESD は、今まで学校や家庭・地域で学んできたこととのつながりやかかわり

を大切にしながら、教科や領域を超えた持続可能な開発(社会)のための学び

に加えたり結び付けたり包み込んだりしていきます。

また、持続可能な開発(社会)のための学びは、時間や空間、人と人とのか

かわり、モノ、お金、情報、心や身体などあらゆるものとのつながりやかかわ

りを発見していきます。

ですから、深刻で重たいテーマに取り組みながらも、驚きや喜び、学ぶ意味

などを実感しながら未来につなげる学びを展開していけます。

それでは、持続可能な開発(社会)のための学びの1時間目にどんなことを

学んだらよいでのしょうか。これは一つの提案です。

【懐かしい未来-ラダックから学ぶこと】(中学二年 6 )

(1) ねらい

・ インド北部にある山岳地帯・ラダックの開発前と開発後とを比べ、

人々の暮らしがどう変化したかを理解できるようになろう。

・ ラダックの人々の暮らしと日本に住むわたくしたちの暮らしとの違

いや共通点を探し、まとめることできるようになろう。

・ 改めてわたくしたちの暮らしの今とこれからについて考え、自ら判断

を下せるようになろう。

・ 懐かしい未来-ラダックについて自分が学んだことを家族や地域の

人々に伝えることができるようになろう。

(2) 本教材・学習材の意義

わたくしたちの日本を含む多くの先進国・地域では、100 年以上にわたる

時間をかけて開発が進められてきたため、開発による光と陰、因果関係が複

雑に絡み合い見えにくくなっています。

しかし、ここラダックでは、わずか 30 年足らずで急激に開発が進められ

6

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

たため、その光と陰、因果関係がはっきりと見て取ることができます。

したがって、ラダックは、途上国・地域における開発の姿はもちろん、先

進国における開発の意味も考えさせてくれます。

ゆえに、持続可能な開発や暮らしとは何かを考えるとき、持続・継承させ

なければならない伝統的な文化や知恵、人と人とのかかわり方や暮らし方を

考えるのにとっても有効な教材・学習材です。

(3) 展開事例

・ DVD『懐かしい未来-ラダックから学ぶこと』 7 (制作「開発と未来

工房」)を視聴します。

・ 伝統の中のラダックについて、人々はどんな暮らしや考え方をしてい

たのか、探してみよう。

・ 変わりゆくラダックについて、人々の暮らしや考え方・感じ方はどの

ように変わったのか、探してみよう。

・ わたくしたちの暮らしや考え方・感じ方と比べながら、質問や意見を

出し合おう。

・ 予想される意見

「ラダックの暮らしは大変、もっと近代化をした方がいい」

「ラダックに生まれなくてよかった」

「日本も昔あんなふうだったのではないかな」

「ラダックに行ってみたい、住んでみたい」

「モノはたくさんあるし、便利な日本だけど、失ったものもたくさ

んあったのでは」等

先生はファシリテーター(促進・支援者)に徹します。

まず、すべての発言を受け止め、それぞれ自分の考えを深めるよ

う話し合いを進めていきます。

(ここまで本時)

・ 今日、みんなで考えたことや感じたことを○○さん宛の手紙や詩、絵、

歌、ブログなど自分が好きな表現方法選び、作品にしよう。

(長期休業中などの宿題)

・ 各教科・領域における持続可能な開発(社会)のための学習と結び付

7

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

けながら個人やグループでテーマ学習に取り組もう。(年度末に後輩

たちや保護者・地域の方々の前で発表会・展示会を開催)

・ 展開に即して書き込めるワークシートを用意します。また、補助資料

として、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ『ラダック 懐かしい未来』(山

と渓谷社刊)より「あるラダックの青年とラダック開発官の言葉」を

配布します。

補助資料

「ここには貧困などない」(1975 年、ツワン・パルジョーの言葉)

「ラダックの人を助けてください。こんなに貧しい私たちを」( 1983

年、ツワン・パルジョーの言葉)p.132

Q.なぜ、ツワン・パルジョーの言葉は変わったのだろうか。

***

「もしラダックをこれから開発しようとするなら、ここの住民にいか

にして欲望を抱かせるかという問題を解かなければならない。それ

以外に動機づけることは不可能である。」(1981 年、ラダック開発官

の言葉)p.178

ツワン・パルジョーの言葉の変化について、予想し合います。

ヒントは、ラダック開発官の言葉です。できれば、幸せの公式 8 を

紹介します。「幸せ=結果/欲望」同じ結果でも欲望が小さければ、

幸せを感じられます。しかし、欲望が大きくなれば、その結果に対

して不満や不安が出てきて不幸せだと思うようになります。これは、

ツワン・パルジョーだけのことではなく、わたくしたち日本の生活

でも常に起こっていることなのかもしれません。

4 ESD ってテストや評価はあるの?

テストや評価はあります。

でも、いままでとはまったく異なるテストや多様な評価を行います。

【ルカーワ型テスト】 9

学習のまとまり(単元)ごとに、この授業を担当する先生(生徒たち)が1

問1答の問題を作成し 100 問のテストを作成します。それを指定された時間内

8

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

に任意に 20 問だけ選んで解答します。1 問 5 点で 100 点満点ですが、採点済

みの答案が返却されたあと、自分が選ばなかった問題、分からなかった問題の

ケアをします。回答率や正答率の低かった問題は、学年末のルカーワ型テスト

に再登場します。

これは、「分かるということは、自らが分かることと分からないことを分ける

ことから始まる」という考えのもとに開発されたテストです。

まず、分けることが確実にできれば、満点か満点に近い点数が取れます。そ

して、そのあと、分からなかったことできなかったことを分かることできるこ

とに変換していくアフター・ケアが何よりも大切なのです。

ルカーワ型テストとは、「分かる」の反対、「分からない」を自分で発見する

ためのテストなのです。ワーカルの反対はルカーワです。

テスト以外に、以下のように多様な評価の仕方があります。

【コンセプトマップ(概念地図)法】 10

持続可能な開発(社会)のためのテーマ学習のはじめに、テーマとなったメ

イン・キーワードに連なるキーワードを蜘蛛の巣状に張り巡らせていきます。

学習の過程でもその学んだことや気づいたことをキーワードにして加えていき

ます。学習の 後に 終コンセプトマップを作成します。

そして、テーマ学習を通していかなる知識・情報を得て、しかもつながりか

かわりのある知識・情報として構造化できたのか、自分の学習を振り返り、感

想やコメントを書きます。

コンセプトマップ法は、学んだ知識や情報をバラバラに覚えることではなく、

自分の頭の中でつながりかかわり合ったものであることを視覚的に認識する方

法です。

これは、一人でも作成できますが、クラスの全員で黒板に作り上げることも

できます。そして、クラスのみんなが協働して気づいたこと、学んだことのつ

ながりやかかわりを共有し合うことができます。

【学びの過程や成果における記録・作品】

ポートフォリオ・ファイル、キーワード&コメント、手紙、詩、絵、歌、ブ

ログ、レポート、エッセイ、寸劇と台本、ダンス、短歌・俳句、キャッチフレ

ーズ、ポスター等について、関係する教科・領域の先生方に評価してもらいま

9

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

す。また、生徒同士、他学年の生徒・保護者、地域や関係機関の方々からも評

価してもらいます。しかし、それだけではありません。その過程はいろいろあ

りますが、評価とは、 終的に自ら学習の成果と課題を発見し、次のステップ

に進むために自分の学んだこと、学び方を修正・改善して行くことですから、

何よりも自己評価が大切なのです。

そして、持続可能な開発(社会)のための学びの評価は、競争したり順位を

気にしたりする評価ではなく、持続可能な開発(社会)の構築や実現に向けて、

協力・協働してよりよいアイディアやプランを出し合ったり、発信・通信した

り、社会に参画したりする力を高め合っていく次の目標を見つけるための評価

なのです。

こうしてみると、今まで点数や評定を見て、飛び上がったり落ち込んだり、

一喜一憂していたころとまったく違ってくるのではないでしょうか。評価は、

学習の重要な一部です。

持続可能な開発(社会)を作って行くための評価は、自分と仲間たちの成果

と課題を明らかにして行くことです。成果より課題や問題が大きく多くても、

常に今まで以上、今以上をめざしていこうと、自分自身やまわりの人々に声を

かけていけるようになるための評価なのです。

かつて「たとえ世界が明日滅びようとも、私は今日、りんごの木を植える」

11 と言った人があります。

世界が滅びないようにするための学び、それが ESD、持続可能な開発(社会)

のための学びです。世界でいろいろ困難なことが起こっているのですが、今こ

こで、自分と仲間たちにできることを探していきましょう。

*****

以上、「中学生」に対して ESD とは何か、どんな学習になるのか、想定上の

説明を試みた。

10

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

Ⅳ.ESD カリキュラムのモデル

ESD は、学校のみならず、世代を超えて家庭や地域、大学、企業、官公庁な

どあらゆる場で展開されねばならない。

ESD は、まず、子どもたちが学び育つ学校という公教育の場で等しく受けら

れるようにしなければならない。

そして、学校における ESD を軸に家庭や地域と連携・協働し、大学、企業、

官公庁におけるおとなたちの生涯学習、各種教育研修を行っていく必要がある。

しかし、学校教育の現場では、社会の変化に対応して「国際理解,情報、環

境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、生徒の興味・関心に基づく課題、

地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じた学習活動を

行うもの」だったはずの「総合的な学習の時間」が、各教科やその他の領域と

のつながりやかかわりを十分見いだせぬまま展開されてしまった。これは、極

めて不幸なことであった。しかも、地球・地域、人類・人々の暮らしは、益々

深刻になる一方であるのに、学力低下論の横行や PISA など国際学力調査の動

向を背景に、学習指導要領の改訂に向けた作業が進行し、一部教科の授業時数

が増え、「総合的な学習の時間」の授業時数は削減される見通しである。

もちろん、いまさら「総合的な学習の時間」を増やせと叫んでみても、ESD

を実践する時間の確保は困難である。

では、どうしたら ESD を実践する道を拓くことができるのか。いかなるカ

リキュラムを構築すればよいのか。

今まで以上、今以上をめざし、ESD カリキュラムを開発・実践・評価してい

くための条件や機運がないわけではない。

中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習

指導要領等の改善について(答申)」によると、「持続可能な発展/社会」というキ

ーワードが、「環境教育」「ものづくり」「社会、地理歴史、公民」「理科」「家庭、

技術・家庭」などに示されていることである。中でも社会の変化への対応の観

点から教科等を横断して改善すべき事項の「環境教育」「ものづくり」に示され

ていることから、いわゆる「総合的な学習の時間」を中軸に据えながらも教科

等横断的な ESD カリキュラムとして実践できる条件は出てきているのも事実

である。

11

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

さらに、教科・領域等の連携・協働による ESD の授業づくりを促進してい

くためのカリキュラム・モデルもある。

国際水準に立つ国際バカロレア機構Middle Years Programme中等教育課程

12(以下、MYPと略す)のコンセプトとカリキュラムの構成法を援用し、ESD

カリキュラムを構築することが可能である。

以下、MYP の概要について紹介したい。

【対象】

MYP は、11 歳~16 歳を対象としている。(中高六か年一貫に相当する)

【相互関連領域】

以下のように、各教科を結ぶ 5 つの Areas of interaction 相互関連領域があ

る。

・approaches to learning 学びへのアプローチ

・ community and service コミュニティ・サービス

・homo faber 工作・創造する人間

・ environment 環境

・health and social education 健康と社会教育

これらすべての教科の学びに関わるリテラシー・スキル学習、地域への貢献

的な活動、ものづくりや創造的活動、環境教育、健康教育・社会教育という相

互関連領域は、ESD の課題領域につながる基本領域として位置づけることがで

きる。

【各教科】

この MYP には、以下のような 8 つの教科しかなく、個別の教科・領域とし

て、総合的な学習の時間や道徳・特別活動などはない。しかし、5つの相互関

連領域が、すべての教科をつないでいる点が重要である。

・Language A(国語)

・Language B(外国語)

・ Humanities ( 社 会 : geography, history, economics, politics, civics,

sociology, anthropology, psychology.)

・Sciences(科学)

・Mathematics(数学)

12

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

・The arts(芸術:visual arts, performing arts)

・Physical education(保健体育)

・Technology(技術)

図 1 MYP のカリキュラム構 造

【個人探究】

学びの中心に Personal project 個人探究で構成されたプログラムがある。

これは、 終学年において、多様な学習アプローチを行い、相互関連領域の

学習をもとに、計画・調査・高度な省察まで自主的に行うもので、ESD の個別

のテーマ学習又はチームによるテーマ学習に活用できよう。

【基本概念】

このプログラムには、全体的な原理として、以下のようなすべての教科・領

域に共通する3つの基本概念がある。

○ holistic learning 全人・全連関的な学び

○ intercultural awareness 異文化間認識

○ communication コミュニケーション

これら3つの基本概念は、ESD カリキュラムを支える概念として極めて有効

である。

〔holistic learning〕子どももおとなも、時間、空間、人間(じんかん)、モノ、

お金、情報、身体・精神性など、あらゆるものとのつながりやかかわりに気づ

いたとき、相互に主体変容が起こり、自己変革や社会変革への期待や希望を抱

13

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

いていく。そうした文脈の中で、「holistic learning 全人・全連関的な学び」の

持つ意味・意義は大きい。

〔 intercultural awareness〕持続可能な開発(社会)のための教育(学び)に

とって、地球・地域という空間軸でのつながり、現代文化と伝統文化という時

間 軸 で の つ な が り や か か わ り に 気 づ か せ て い く た め に 、 intercultural

awareness 異文化間認識は不可欠な概念である。

〔 communication〕子どもと教師、子ども同士、教師同士、教師と保護者、保

護者同士、学校と地域などの関係性が問われている今日、話し合い、語り合い、

聴き合うという行為としての「対話」 13 は不可欠であり、希望でもある。

「対話」には、6つの条件 14 がある。

・基礎であり、対話そのものとしての「愛」

・自他の傲慢さを排す「謙譲・謙虚さ」

・子ども・人間への「信頼」

・対等な参加者相互の「信用」

・未完であるからこその「希望」

・現実を過程・変容と捉える「批判的な思考」

そして、「対話」の方法には、 face to face の直接的な「対話」、葉書・手紙・

電話など文字や声による間接的な「対話」、高度情報通信技術を駆使したインタ

ー ネ ッ ト ・ E-mail な ど デ ジ タ ル 環 境 に 依 存 し た 「 対 話 」 な ど 、 多 様 な

「 communication コミュニケーション」手段があり、いずれの方法・手段につ

いてもその意味や価値に気づかせ、あらゆる方法・手段が使えるようなリテラ

シーやスキルが必要である。

わが国の場合は、削減されるとは言え、「総合的な学習の時間」があるので、

ESD のための中軸的時間として、各学校の実態や地域性を踏まえて、重点化・

焦点化された相互関連領域 Areas of interaction を設け、各教科や他の領域と

の関連性を図って行くこともできよう。

【特別教育ニーズ Special Education Needs(SEN)への対応】

MYP お け る Humanities は 、 geography, history, economics, politics,

civics, sociology, anthropology, psychologyという 8 つの学問的基盤を有し、

わが国の社会科に相当する教科であるが、わが国の社会科より多くの学問的基

14

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

盤の上に成立している。 psychology心理学を背景にもっている点は、特筆す

べきであろう。唯一Humanitiesのガイドブック 15 には、特別教育ニーズSEN

に関する記述がある。

MYP は包括的なカリキュラムの枠組みであるため、教師が出会う生徒のバ

ックグラウンドや学問的能力は多様であるとし、子どもたちの中には、認知さ

れ診断された特別教育ニーズを持つもの、あるいはまだ診断されていない特別

なニーズを持つものもいるとしている。

特別教育ニーズの事例として、学習障害(読書障害、計算力障害)、言語・

コミュニケーション障害(失語症、不全失語症、発音困難)、情緒的・行動的

障害、移動能力を阻害する身体障害、知覚障害(視覚、聴覚)、病気(喘息、

てんかん、糖尿病)、精神の健康状態(注意欠陥多動障害、うつ病、摂食障害、

不安性障害)、英才児を挙げており、指導方法に変化をつけて生徒の潜在能力

を 大限に引き出し、生徒が様々な方法で理解ができるようにさせる必要があ

るとしている。

【Library/Resource Centre】

MYP では、 Information and communication technology(ICT)の活用とその

限界、電子メディアの批判的な使用、また、校内の多様なリソースの選択、メ

ディアセンターとしての学校図書館の役割を重視している。

以上、ESD カリキュラムに援用可能な MYP に関する概要を示した。

学校において本格的に MYP を導入し国際バカロレア機構からの認証を受け

ようとすると、いくつか困難なハードルがあることは事実である。

認証を受けるためには、①MYP を実践する教師が所定の研修(海外研修)

を受ける必要があること、②わが国の学習指導要領をベースにしつつも MYP

の目的・目標・要件・評価をカリキュラムに位置づけること、とりわけ、各教

科が MYP の評価方法を採用すること、③MYP 認証校には相当の運営経費が

必要となることなどがある。開発研究学校の指定や特別な予算措置がなされな

いと、一般の公立学校が認証を受けることは困難である。

しかし、これまで述べてきたように、国際バカロレア機構の MYP は、ESD

カリキュラム・モデルとして援用することは可能である。

15

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

Ⅴ.ESD カリキュラムの開発条件

当然、従前のように、いずれかの部署・部局が計画としての ESD カリキュ

ラムを構築し、それに準拠しながら各教科・領域等で実践するという上からの

アプローチもある。

しかし、持続可能な開発(社会)の構築/実現のためには、授業を担当する

教員ひとり一人が目の前の子どもたちの「学びの履歴」を把握し、子どもたち

の意識や実態、地域性を踏まえながら、次世代を担う子どもたちと共に創造的

な実践していくプロセスとしての ESD カリキュラムをつくる地に足のついた

アプローチこそがふさわしいのではないかと考える。

標準化された学習指導要領を土台に据えつつ、何よりも次世代を担う子ども

の「学びの履歴」や子どものクラス地域の実態に即して、社会構成主義的なア

プローチ 16 によるカリキュラムを作り、実践・評価していかねば、持続可能

な開発(社会)を主体的に構築・実現していく次世代の人間は育てられないの

ではないだろうか。

そのためには、プロセスとしての ESD カリキュラムを子どもたちと共に作

り共に実践し、相互に評価することの意味・意義を理解し、さらに学校内外と

連携・協働することができる教師の存在が重要になって来よう。

そのためには、教職員に対するESD研修はもちろん、具体的に各教科・領域

等の相互関連性を発見・促進するESDコーディネーター 17 の養成と配置が不

可欠になる。

ESD コーディネーターには、当該校の教職員だけではなく、ESD 関連の NPO

法人や地域住民などを配置し、連携・協働する場合もある。

教職員や地域住民の中に ESD コーディネーターとなりうるスクール・リー

ダーが育つまでの過渡的な期間は、大学の ESD 専門家や学外の ESD 関連 NPO

からの人材に依拠せざるをえない。

また、ESDカリキュラムの計画や軌跡の記録にしても不可欠なのは情報通信

技術 ICTの活用も重要である。各教科・領域の担当教員がカリキュラム・マッ

プを作成する際に端末で入力・閲覧できる ICT環境を整えていく必要もあろう。

現在、インテル社が Intel®Teach教育支援プログラム 18 を開発し、世界各国で

展開・実践されている。わが国でも大学や教育委員会が連携し、現職教員研修

16

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

や教員養成教育に活用されている。 ICT関連企業のテクノロジーを活用して、

ESDカリキュラム・マップのフォーマットを開発していくことも焦眉の課題で

ある。

奈良教育大学附属中学校では、大学や学外の専門家・機関と連携しながら、

ESDの理念にもとづく学校づくり 19 が行われており、各教科でESDを視野に

入れた公開授業研究が行われた。しかも向こう 10 年をESDの理念にもとづく

学校づくりを試みようとしている学校の教育研究の姿勢や行方には注目する必

要があろう。

こうした先進的な取り組みとは別に、国際理解教育、開発教育、環境教育、

キャリア教育、シティズンシップ教育、平和境育、福祉教育など、様々な取り

組みをしてきた学校は、今一度、ESD とのつながりかかわりを見つめ直し、ESD

としての教育研究活動の一端を担うことも可能である。例えば、国際理解教育

を軸にして学校全体として ESD に取り組むことも可能である。

その際、教科・領域等を超えて、次世代に命のバトンを受け継ぐ子どもたち

の「学びの履歴」や「暮らしの履歴」を十分に踏まえ、また、ESD の概要を理

解させ、その意義・意味を実感させながらカリキュラムを実践・構築して行く

ことの大切は、繰り返し強調してもし過ぎることはない。

ESD の実践が、トップダウンかボトムアップかの選択ではなく、教師と子ど

もたち、子どもたち同士、学校と保護者・地域・専門機関など、世代や職種を

超えた多様な市民の連携・協働のもとに行われなければ、持続可能な開発(社

会)は構築/実現できない。

Ⅵ.ESD カリキュラムの実践

計画されたカリキュラムを忠実に実施・実践していく場合は、教師の担当す

る教科・領域等において示された目標・内容・方法・評価に従って教材研究や

学習指導の方法・評価方法の選択など具体化し、教師が用意した目標・内容・

方法・評価に向けて指導していく。

過程としてのカリキュラムを創造・実践していく場合は、子どもの「学びの

履歴」「暮らしの履歴」をもとに標準化されたカリキュラムの目標・内容・方法・

評価を再構築・再編成して、子どもの内面にある期待や希望、既知・未知、リ

17

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

テラシー・スキル、省察・展望を引き出したり伸長させたりしながら、ファシ

リテーションしていく。

教師は、実際の授業ではしばしば狭義の指導者的側面とファシリテーター的

な側面とを併せ持ち使い分けながら展開しているはずである。

しかし、ESD の授業では、後者の授業スタイルが主とならなければ、持続可

能な開発(社会)を主体的に担う次世代の人間を育てることは困難である。

後者のようなファシリテーション型の授業スタイルを実践するには、次のよ

うなホリスティック olisticなアプローチh 20 を十分に踏まえておく必要があ

る。

【子ども】子どもたちは未熟で、おとなは成熟しているといった一般常識的

な固定観念を一端脇におく覚悟が必要である。子どもたちの内面には、お

となが失ってしまった柔軟な知性や感性・身体、おとなの計り知れない知

り得ない想像力や創造力を持っていること、おとなの尺度で、未熟・成熟

と区別・差別できない豊かさを持っていることに気づけるかどうかが勝負

であろう。年少者が年長者を尊敬すべきだという伝統的道徳観だけはなく、

年長者も年少者を尊敬すべきだという新しい倫理観の構築が必要である。

【自己】教師の習性とされてきたものを見つめ直せるか否かということであ

る。自戒をもこめて記すが、学校教育の場において、説明や指示をしたが

る、欠点・問題点を見つけたがる、長年にわたって構築された経験則にし

がみつく、自らの価値観を押しつけたがる、自分への批判を許せないなど、

本人の行為は善なるもの正しきものと思いこんでいることが多々ある。今

一度、立ち止まって見つめ直す機会を持つ反省的アプローチが必要である。

【他者】教科・領域等の限界・境界を超えて、他教科・領域等の同僚、保護

者・地域・専門機関等と連携・協働できるか否かということである。先述

した対話の条件を踏まえ、新しい価値を生み出していく驚きや喜び、ワク

ワクしてくるような知的な好奇心、心情を実感できるような関係性の構築

である。

【自然】子どもと自己・他者をつなぐ共通の時間と空間、人間(じんかん)

への気づきを通して、今、過去と未来をつなぐ同時代に生きる人間として、

帯のごとく連なっていることへの「懐かしさ」を体感できるか否かである。

18

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

特に、緩やかな近代化や開発の成果や課題を「享受」する先進国、急激な

る近代化と開発による課題と成果を「受納」せざるを得ない途上国に生き

る人たちにとって、共に見つめ考え感ずべきもの、それは「懐かしい未来」

としての「自然」である。この場合、「自然」とは、単に人間が試験管の外

から眺める対象物としての土や水、空気、森、生きものなどのことではな

く、人間を含みそれらとともに連なり存在する不可分な生命体として「自

然」のことである。

【五感と第六感】視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という五つの感覚を活かし

た資料や環境・場面設定をすることができるか否か。鋭く本質をつかむ心

の働き、インスピレーション・inspiration、直観 intuition、洞察力 insight

などを活かせるか否か。非言語的コミュケーションや多様な認識方法に親

しみ、活用していくことである。ともすると、おとなたちの諸感覚は鈍化

し、一面的な見方・考え方・感じ方に閉じていく。むしろ、子どもたちの

諸感覚は研ぎ澄まされ、豊かであり、おとなはその感覚に触れ、鈍りかけ

た感覚を呼び戻すこともできよう。また、時に年齢に似合わず老成した子

どもたちもおり、ともに豊かでみずみずしい感覚を保持・伸長させること

が大切なのではないだろうか。

Ⅶ.ESD カリキュラムの評価

近年、学校現場では、目標-実践-評価-改善という評価の PDCA サイクル

の重要性が声高に叫ばれてきたが、多くの学校では、依然として、目標に基づ

いた実践の工夫で終わるか、学期や学年末に一括して評価を行うかしているの

が現状ではなかろか。

しかし、そうした評価を行っているようでは持続可能な開発(社会)の構築

/実現を担う次世代のおとなを育てることはできない。

また、国際水準に立つコンピテンシーの育成、地に足のついた読解リテラシ

ー・数学的リテラシー・科学的リテラシーなど実社会に生きて働くスキルを身

に付けることなどはできない。

筆者は、現職教員研修や教員養成課程の授業で、しばしば以下のような設問

を出す。

19

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

設問1 次の□□に入る適当な語句を漢字 2 字で書け。

□□的リテラシーとは、□□が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在

及び将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設

的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な□□的根拠

にもとづき判断を行い、□□に携わる能力のことである。

設問2 次の○○に入る適当な語句を漢字 2 字で書け。

○○リテラシーとは、自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達さ

せ、効果的に社会に参加するために書かれたテキストを理解し、利用し、

熟考する能力のことである。 21

この設問の正解を導き出した教員・学生はまずいなかった。

設問1の□□には「数」「学」が入り、設問2の○○には「読」「解」が入る。

これは、それぞれ PISA の学力調査における数学的リテラシーと読解リテラ

シーの定義である。

設問1の定義は、従来の数学観では読み解けない定義であり、むしろ、数学

が社会科公民分野などに越境してきているかのような文脈を有している。

また、設問2の読解リテラシーの定義は、単に国語だけの専売特許ではなく、

各教科・領域においても育成される場面は多々ある。したがって、読解リテラ

シーの育成には、国語以外の教科・領域が越境してこなければならない。

子どもたちがこうしたリテラシーやスキルを確実に身に付けた否かを評価す

ことは、ESD カリキュラムの評価にとって極めて重要な課題となる。

結果としての評価・評定を提示するだけで、学習の改善や意欲の向上を子ど

もたちや家庭まかせにしておいてもよい時代は今まさに去りつつある。

ESD カリキュラムにおける評価は、実践の前にいかなる関心や態度、思考・

判断、資料活用の技能・表現、知識・理解等が期待されうるのか、教師が評価

規準=目標を設定し、実践過程でそれに基づいて評価したり、また、必要に応

じて実践の前に子どもたちに提示し、それ沿った学びのプロセスを歩めるよう

に促したりすべきであろう。

されば、単元ごとに評価規準が示され、その都度評価を受けることで短いス

パンで次への学習改善がなされるのである。

国際バカロレア機構のMYPの評価 22 は、まさにこの手法をとっており、単

20

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

元ごとの評価規準を事前に子どもたちや保護者に提示し、実践を行い、単元ご

との評価を行っている。しかも、評価は個別定性的に行われ、その記録と報告

が示される。

一見、手間のかかる評価方法ではあるが、こうしたプロセスの評価を行うこ

とによって、子どもたちの確かな学びと成長を支援するだけではなく、教師に

とっても、ともすると陥りやすい実践のルーチンワーク化を回避し、評価規準

=目標が実践と深く結び、その評価が生徒の学習改善と教師の授業改善のため

の基礎資料を与えてくれる。

実際、国際バカロレア機構の MYP の考え方をもとにして授業実践を行って

いる東京学芸大学附属国際中等教育学校の A 教諭へのインタビューによると、

実感としてその有効性について高く評価していた。今までに比べ、さらに忙し

くなったはずなのに、A 教諭はそうした授業づくりに意味・意義を感じ、生き

生きと語っていたことに注目したい。

子どももおとなも、論理を超えた直観や洞察によって、学ぶ意味、教える意

味、生きる意味にふれたとき、自己の内面に変化・変容を生じることがある。

同じ多忙でも意味ある多忙は、多忙感ではなく、時に希望になることがある。

Ⅷ.むすびにかえて

本稿では、ESD=持続可能な開発のための学びに踏み込む前に、学校や教員

一人ひとりが踏まえておくべきカリキュラムの開発及び実践・評価の方法につ

いて、その概要・骨子を明らかにしてきた。

ESD は、トップダウン方式でもボトムアップ方式でもうまくいかない。あれ

かこれかの選択やその綱引きでは、持続可能な教育活動は展開していかない。

国際社会レベルでも国家レベルでも学校レベルでも、子どもたちを頂点に据

え、そして、かつてのトップとボトムの位置を入れ替え、共にパートナーシッ

プで結ばれ、リーダーシップとフォロワーシップで支え合う必要がある。

その意味でESDカリキュラムの導入自体が、学校教育において子ども同士、

子どもと教員、教科等を超えた教員同士、教員と保護者・地域などとの連携・

協働 23 を求めてくるのであり、また、学校の教育や研究に及ぼす影響は大き

い。

21

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

22

超えて教員や研

を超え、学校内外を超えた連携・協働への一ステップになれば幸いであ

今後、教員養成や教員研修においても、教科・領域等を超えた養成や研修の

プログラムが必要になってくる。そのために、教科・領域等を

究者、NPO 等市民との連携・協働が不可欠になって来よう。

本稿が、そうした ESD を推進していくための「たたき台」となり、教科・

領域等

この計画書の別表「初期段階における重点的取組事項」には、内1 閣府・外務

2 2003-200

箇所)、「家庭、技術家庭」( 箇

知恵 ヨハネスブルグ・ 地

5 な つながり・

生きるために生まれる」時期であるからこそ、

省・文部科学省・農林水産省・経済産業省・国土交通省・環境省の取組が示

されている。本来、すべての省庁でとり組みたい内容である。 6PISA 調査の結果、わが国の子どもたちの読解力はさらに順位を

下げ、今回は数学的リテラシーの落ち込みが指摘されているが、ここで注意

したいのは、むしろ、両者の定義である。これまでの数学観や読解力観では

捉えられない他教科・領域等との連携・協働を視野に入れなければ理解でき

ない定義になっている。Ⅶ.ESD カリキュラムの評価の本文を参照のこと。 答申の中に「持続可能な発展/社会」というキーワードが、「知識基盤社会」

の時代と「生きる力」(4 箇所)、「理数教育」(1 箇所)、「小学校段階におけ

る外国語活動」(1 箇所)、「環境教育」(2 箇所)、「ものづくり」(1 箇所)、「社

会、地理歴史、公民」(4 箇所)、「理科」(2 2所)、「農業」(1 箇所)の計 18 箇所登場している。本来、すべての教科・領

域等に位置づけたいキーワードである。 NPO 法人 ESD-J では、ESD を読み解くためのキーワード、食育基本法、ハ

ーグ平和アピール、人間開発指数(HDI)、ディープエコロジー、市民教育、

GNH(国民総幸福量)、平和教育ジェンダー 、生物多様性、環境基本計画、

環境教育~社会変革のための教育の源流 その 2、地域循環型エネルギー、循

環型社会形成推進基本法、開発教育~社会変革のための教育の源流 その 1、人間の安全保障、批判的思考(クリティカル・シンキング)、自然エネルギー、

学校と地域の連携(学社連携)、地元学、グローバリゼーション(グローバル

化)、パラダイム転換(パラダイムシフト)、学際的なアプローチ(接近方法)、

子どもの居場所、ステークホルダー、ミレニアム開発目標(MDGs)、ファシ

リテーター、アジェンダ 21、伝統的な 、 サミット、

SD域、参加、持続可能な開発(略称 )計 32 語挙げている。(2007.12.10 現

在)http://www.esd-j.org/keyword/ 拙著(1997)『中学校社会科授業ディベートの理論と方法―「自立共生・共

生共存」をめざす―』明治図書、p.116「子どもをめぐる様々 <かかわり>」を参照。そこでは、「時間」「空間」「人間」「事物」「情報」「精

神」と「すべてとのつながり・かかわり」が示されている。 ここで中学 2 年生を対象にした実践を提案した理由は、いわゆる中学校生活

で一番揺れ動き、中だるみの時期であり、ルソーが『エミール』の中で語っ

た人における二度目の誕生「

持続可能な開発(社会)について根源的に考えることができるのではないか

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

23

7 、現在(2007 年 12 月)、

8 公式」のお話をご教

開発したテストである。このテストを導入してから、自らアフター・

10

表現を基底にした教室をめざして』東洋館出版社を参

iting

l.umich.edu/~jmargeru/conceptmap/#define

と推察されたからである。 現在、一般向け 55 分版の DVD が販売されているが

これを NPO 市民や生活者市民、教育研究者市民が連携・協働して学校教育

の現場で使いやすいよう短縮版を制作中である。 筆者は、1989 年 5 月、修学旅行の実地踏査のために岩手県和賀郡沢内村(現

西和賀町)に訪れ、村長・太田祖電氏からこの「幸せの

示頂いたことがある。平山修一(2007)『美しい国ブータン』リヨン社 p.18には、「幸せ=財/欲望」という公式が示されている。 このテストは、1980 年代の半ば、筆者が中学校社会科教諭をしていたとき、

授業と教科書における基礎的な知識の習得とテスト・アレルギー回避のため

に独自に

ケアをするようになるなど子どもたちのテスト観が変わっていった経験を有

する。 コンセプトマップ(概念地図法)の理論と実践については、リチャード・

ホワイト、リチャード・ガンストン著、中山迅ほか訳(1995)『子どもの学

びを探る 知の多様な

照。また、Jon Margerum-Leysによる Concept Mapping as a PrewrActivityを参照。

( http://www-persona )

12

、PYP ramme、3~12 歳 ) 、MYP(11~16 歳 ) 、DP (Diploma

11 辻信一 (2007)『カルチャー・クリエイティブ―新しい世界をつくる 52 人―』

ソトコト新書、p.122 国際バカロレア機構 IBOは、スイスに本部をおく財団法人で、英語・フラ

ンス語・スペイン語を公式的な教育言語としている。プログラムとして

(Primary Years ProgProgramme、16~19 歳 ) がある。詳細は、次の公式サイトを参照。

http://www.ibo.org/ 「対話」の現代的意義とその可能性については、吉田敦彦 (2007)『ブーバ

ー対話論とホリスティック教育―他者・呼びかけ・応答―』勁草書房を参照

されたい。個か全

13

体かという二律背反的な議論に対して、ブーバーの「我と

』亜紀

16

17

ムを実践する際にも、コーディネータ

18

汝」論に導かれながら吉田は、「二人ずつ存在」による対話の有効性と可能性

を論じている。 14 パウロ・フレイレ著、小沢有作ほか訳(1994)『被抑圧者の教育学

書房、pp.98-104 15 IBO International Baccalaureate Organizaition Middle Years

Programme Humanities Guide2005 を参照。 社会構成主義については、ケネス・J・ガーケン (2004)『あなたへの社会構

成主義』ナカニシヤ出版、「社会構成主義の四つのテーゼ」 (pp.71-76)、「変

化力のある対話に向けて―第三のアプローチ―」(pp.228-243)を参照のこと。 国際バカロレア機構 MYP を実践する際、常に 3 つの「基本概念」、「相互

関連領域」と各教科の学習との関連性を俯瞰し、調整していくコーディネー

ターが不可欠である。ESD カリキュラ

ーを置き、カリキュラムの計画・進行状況・軌跡等を子どもたちや教員に提

示していくことが必要である。 この『 Intel® Teachプログラム』は、インテル・コーポレーションと非営利

組織 Institute of Computer Technology(ICT)によって開発され、日本語版は

東京学芸大学の伊藤一郎・鳴海多恵子が監修している。このプログラムの

終目標は、「児童・生徒の思考を支援する授業案の作成と実践」で、「児童・

東京学芸大学環境教育実践施設 研究報告 環境教育学研究 第 17 号(2008)改訂版

24

は、大学・教育委員

が行われ、全国で 33,000 人を超える

生徒の思考を促し、学習の理解を深める授業のための教師の役割、情報機器

の活用など必要な要素」について学ぶ。現在、わが国で

会とインテルが連携し、研修会や授業

現職教員、教員養成大学学生などが受講している。

http://www.intel.co.jp/jp/education/ 19 奈良教育大学附属中学校(2007)『ESD の理念にもとづく学校づくり~ESD

を視野に入れた授業研究~(2年次)』を参照。 ホリスティック holistic なアプローチについては、ジョン・P・ミラー(1994)『ホリスティック教育 いのちのちながりを求めて』春秋社、日本ホリステ

ィック教育協会編(2003)『ホリスティック教育ガイドブック』せせらぎ出

版、同協会編(2005)『ホリスティック教育入門』せせらぎ出版等を参照。

わが国におけるホリスティック教育史については、拙稿「日本におけるホ

20

ティック教育研究』第 6 号、pp.39-49 を参照。 21

スティック教育の歩み 1996-2000―『季刊ホリスティック教育』誌の分析を

中心に―」『ホリス

これは、文部科学省「OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)2003 年調査

国際結果の要約」 ( http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04120101.htm)の数学的リテラ

シーと読解力の定義より引用。 22 うな 4 つの観点が示されて

B: テム、世界の一員としての意識)

D 口頭、エッセイ、レポート、展示など多様

クノロジーの駆使により、社会科

23

ィア市民・企業市民・教育研究者市民との連携・協

下のような 8 つのシチズン・リテラシー育

Study」

・「持続可能性 Sustainable」 ・「和み・安らぎ・喜び Pleasure」

例えば、Humanities(社会科)では、以下のよ

いる。 A:知識(概念の探究、スキルの開発の基礎)

概念(時間、場所と空間、変化、シス

C:スキル(生徒がリサーチを行い、理解した知識・概念のデモンストレー

ションするために欠かせないスキル) :構成とプレゼンテーション(

なフォーマットの活用、様々な媒体やテ

に関する新しい見方の創造) (MYP Humanities Guide Book より) 拙稿(2006)「シチズン・リテラシーの開発―出版及び社会科教育の役割

―」『社会科教育研究』NO.98 で、筆者は、子どもたちを含む生活者市民・

行政市民・NPO ボランテ

働の環境活動の分析を通じて、以

成の意義を指摘した。 ・「自己評価 Self-evaluation」 ・「多様性 Diversity」 ・「教育支援 Educate/Educe」・「ケース・スタディ Case・「ネットワーク Network」 ・「ミッション Mission」