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133. アドレノメデュリン-RAMP2 システムによる代謝, 血管制御メカニズムの解明 ~メタボリックシンドロームと血管合併症治療へのアプローチ~ 新藤 隆行 Key words:アドレノメデュリン,血管,代謝,ノックアウト マウス 信州大学 大学院医学研究科 臓器発生制 御医学講座 メタボリックシンドロームと, 血管合併症や臓器障害発症の間を結ぶ重要な分子基盤として, 近年アディポカインをはじめとし た, 多彩な生理活性を有する液性因子が注目されている. 末梢臓器は液性因子を介して密に連携し合い, 生体の様々な恒常 性維持を司っているが, 一方でそのバランスの破綻がメタボリックシンドローム発症の一端を担っていると考えられている. アドレノメデュリン(AM)は, 血管をはじめ全身の組織で広範に産生されるペプチドである. AM は当初, 強力な血管拡張作用 を有する降圧物質として注目されたが 1) , その後の研究から, 血管拡張作用だけにとどまらず, 抗酸化作用, 抗炎症作用, 抗血 栓作用, 抗動脈硬化作用など多彩な生理活性を持つことが明らかとなってきた. 更に最近, 血中 AM 濃度が肥満に伴い上昇し, Body mass index(BMI)に相関が見られることや, AM とその受容体が脂肪組織や動脈硬化病変部位において高発現している ことが報告されている. 我々はこれまで, AM 及びその関連因子の遺伝子操作動物を樹立し, AM の慢性欠乏状態が, 実際に 血圧上昇をもたらすだけではなく, 動脈硬化や, 加齢に伴う肥満, 耐糖能異常, 臓器障害などを亢進させることを報告してきた 2-6) . AM はメタボリックシンドローム発症の分子基盤に関わる key factor と考えられ, 治療応用展開が期待される. しかしなが ら, AM はペプチドであり, 血中半減期も短いため, それ自体を慢性疾患の治療薬として応用するには多くの制約も抱えている. そこで我々は, AM の受容体システムに注目した. AM 受容体本体は CRLR (calcitonin receptor like receptor)という7 回膜貫通型受容体であるが, CRLR は, 受容体活性調節タンパクである RAMP (receptor activity modifying protein) 1, 2, 3 のいずれかと重合する 7) . RAMP は1回膜貫通型タンパクであり, 構造解析や, それを応用した調節薬探索が比較的容易 と考えられ, 新たな治療標的としても期待される. AM ノックアウトマウスが胎生致死となる胎生中期の血管においては, RAMP サブアイソフォームの中でも, 特に RAMP2 の 高発現を認めるため, 我々は, 血管における AM シグナルの中心は, RAMP2 によって担われている可能性を考えた. そこで, こ れを検証するため, RAMP2 特異的ノックアウトマウスを樹立し, 更に AM-RAMP2 系の病態生理学的意義を検討した. 方法および結果 RAMP2 遺伝子 exon2-4 の flox マウスを作成し, CAG-Cre トランスジェニックマウスと交配することで, RAMP2 単独ノック アウトマウスを作成した 8) . RAMP2 ホモノックアウトマウス(RAMP2 -/- )は, 既に我々が報告した AM ホモノックアウトマウス(AM -/- ) 9) 同様, 胎生中期に 致死であり, 血管の発達不全を認めた. また著明な全身性浮腫や出血, 心嚢水貯留などが認められた. 浮腫の程度は AM -/- り遙かに著明であった. Real-time PCR による定量評価において, RAMP2 -/- 胎仔では, 代償性の AM の発現亢進を認めた が, AM 受容体である CRLR や, その他の RAMP 発現量には変化を認めなかった. 以上の結果から RAMP2 単独欠損によ り, 機能的な AM 受容体が失われること, RAMP サブアイソフォームの間には相補性がなく, AM の血管新生作用, 血管構造安 定化作用は, RAMP2 によって規定されていることが明らかとなった. 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008) 1

御医学講座 信州大学 大学院医学研究科 臓器発生制...adrenomedullin in the regulation of vascular tone and ischemic renal injury: studies on transgenic/ knockout

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133. アドレノメデュリン-RAMP2 システムによる代謝, 血管制御メカニズムの解明~メタボリックシンドロームと血管合併症治療へのアプローチ~

新藤 隆行

Key words:アドレノメデュリン,血管,代謝,ノックアウトマウス

信州大学 大学院医学研究科 臓器発生制御医学講座

緒 言

 メタボリックシンドロームと, 血管合併症や臓器障害発症の間を結ぶ重要な分子基盤として, 近年アディポカインをはじめとした, 多彩な生理活性を有する液性因子が注目されている. 末梢臓器は液性因子を介して密に連携し合い, 生体の様々な恒常性維持を司っているが, 一方でそのバランスの破綻がメタボリックシンドローム発症の一端を担っていると考えられている. アドレノメデュリン(AM)は, 血管をはじめ全身の組織で広範に産生されるペプチドである. AM は当初, 強力な血管拡張作用を有する降圧物質として注目されたが 1), その後の研究から, 血管拡張作用だけにとどまらず, 抗酸化作用, 抗炎症作用, 抗血栓作用, 抗動脈硬化作用など多彩な生理活性を持つことが明らかとなってきた. 更に最近, 血中 AM濃度が肥満に伴い上昇し,Body mass index(BMI)に相関が見られることや, AM とその受容体が脂肪組織や動脈硬化病変部位において高発現していることが報告されている. 我々はこれまで, AM 及びその関連因子の遺伝子操作動物を樹立し, AM の慢性欠乏状態が, 実際に血圧上昇をもたらすだけではなく, 動脈硬化や, 加齢に伴う肥満, 耐糖能異常, 臓器障害などを亢進させることを報告してきた2-6). AM はメタボリックシンドローム発症の分子基盤に関わる key factor と考えられ, 治療応用展開が期待される. しかしながら, AM はペプチドであり, 血中半減期も短いため, それ自体を慢性疾患の治療薬として応用するには多くの制約も抱えている. そこで我々は, AM の受容体システムに注目した. AM受容体本体は CRLR (calcitonin receptor like receptor)という7回膜貫通型受容体であるが, CRLR は, 受容体活性調節タンパクである RAMP (receptor activity modifying protein) 1,2, 3 のいずれかと重合する 7). RAMPは1回膜貫通型タンパクであり, 構造解析や, それを応用した調節薬探索が比較的容易と考えられ, 新たな治療標的としても期待される.  AM ノックアウトマウスが胎生致死となる胎生中期の血管においては, RAMP サブアイソフォームの中でも, 特に RAMP2 の高発現を認めるため, 我々は, 血管におけるAMシグナルの中心は, RAMP2 によって担われている可能性を考えた. そこで, これを検証するため, RAMP2 特異的ノックアウトマウスを樹立し, 更に AM-RAMP2 系の病態生理学的意義を検討した.

方法および結果

 RAMP2 遺伝子 exon2-4 の flox マウスを作成し, CAG-Cre トランスジェニックマウスと交配することで, RAMP2単独ノックアウトマウスを作成した 8).   RAMP2 ホモノックアウトマウス(RAMP2-/-)は, 既に我々が報告した AMホモノックアウトマウス(AM-/-)9)同様, 胎生中期に致死であり, 血管の発達不全を認めた. また著明な全身性浮腫や出血, 心嚢水貯留などが認められた. 浮腫の程度はAM-/-より遙かに著明であった. Real-time PCR による定量評価において, RAMP2-/-胎仔では, 代償性の AM の発現亢進を認めたが, AM 受容体である CRLR や, その他の RAMP 発現量には変化を認めなかった. 以上の結果から RAMP2 単独欠損により, 機能的なAM受容体が失われること, RAMPサブアイソフォームの間には相補性がなく, AMの血管新生作用, 血管構造安定化作用は, RAMP2 によって規定されていることが明らかとなった. 

 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008)

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 一方, RAMP2 ヘテロノックアウトマウス(RAMP2+/-)は, 外観上の異常を認めず, 成体が得られた. RAMP2+/-の血管では,RAMP2 の発現が半減している一方で, AM の発現亢進を認め, RAMP2 の発現低下に伴い, ポジティブフィードバックが生じているものと考えられた. 以上から成体の血管においても, RAMP2 が AM のシグナル伝達のために必須であることが推測された. そこで, RAMP2+/-マウスと, 野生型マウスを用い, ポリエチレンチューブのカフを大腿動脈周囲に4週間留置し, 血管傷害モデルを作成し, 動脈硬化病変の評価を行った. RAMP2+/-マウスでは, 新生内膜の形成, 平滑筋増殖, 炎症細胞浸潤, 細胞外マトリックスの増生が亢進しており, 動脈硬化病変の増悪が認められた(図 1A, B). 更に, RAMP2+/-では, 動脈硬化病変部に, ICAM-1, VCAM-1, MCP-1 などの発現亢進を認め, 傷害部位に強い炎症反応が惹起されていることが示された. またRAMP2+/-では, PCNAの強発現を認め, 平滑筋増殖が亢進していることが示唆された. RAMP2+/-では, DHE染色により, 新生内膜が強染色され, 病変部における酸化ストレスの亢進が示された. またNADPH オキシダーゼのサブユニットである p67phoxの強発現を認め, NADPH オキシダーゼ活性の亢進が, 傷害部位における酸化ストレス亢進の原因になっていると考えられた(図 1C). カフ傷害モデルにおいて, RAMP2+/-では, 傷害後も RAMP2 の発現が強く誘導されることはなく, 血管における RAMP2の発現は, 野生型の半分程度であった. 

 図 1. 大腿動脈カフ傷害モデル(4 週間)の所見.

A. Masson Trichrome 染色.   B. Elastica van Gieson 染色.RAMP2 ヘテロノックアウトマウス(RAMP2+/-)では, カフ周囲の肉芽組織の形成と, 新生内膜形成が増悪している.C. 動脈硬化病変の免疫組織染色所見.RAMP2+/-では, 炎症性マーカーやケモカインの発現亢進, 酸化ストレスレベルの亢進, 細胞増殖の亢進を認める. 

 

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 次に, RAMP2 遺伝子に対する Flox マウスを, 血管内皮細胞に特異的に発現する VE カドヘリン遺伝子のプロモータを用いた Cre リコンビナーゼトランスジェニックマウスと交配させることにより, 血管内皮細胞特異的な RAMP2 ノックアウトマウス(E-RAMP2-/-)を樹立した. E-RAMP2-/-は, その多くが胎生中期から後期にかけて全身性の浮腫や出血を生じ致死となったが,一割程度は正常に生まれ, 成体を得ることが出来た. この成体マウスから, 肝臓類洞内皮細胞を初代培養し, 内皮細胞におけるRAMP2 の発現を検討したところ, 野生型の2割程度まで, 発現低下が確認された. E-RAMP2-/-では, 生後12週頃から,全身の血管に変化を認め, 特に肺の血管周囲に重度の炎症性所見が認められた(図 2A). 更に, 腎臓に強い臓器傷害(糸球体硬化症, 嚢胞形成, 水腎症など)の自然発症が認められた(図 2B). 

 図 2. 血管特異的RAMP2 ノックアウトマウス(E-RAMP2-/-)における臓器障害.

A. 肺の所見:E-RAMP2-/-では, 重度の血管炎症所見を認める.B. 腎臓の所見: E-RAMP2-/-では, 糸球体硬化症, 腎嚢胞, 水腎症所見を認める. 

  最後に, RAMP2 ヘテロノックアウトマウス(RAMP2+/-)に, 遺伝的肥満マウスであるレプチン欠損(ob/ob)マウスを交配させ,ダブルノックアウトマウスを作成し, 肥満, 代謝異常を誘発した. RAMP2+/-, ob/ob マウスでは, コントロールの ob/ob マウスと比較して, 体重の増加と, 脂肪肝の増悪が認められた.

考 察

 AMは血圧低下作用, 体液量調節作用, 抗動脈硬化作用, 抗酸化作用などを介して, メタボリックシンドロームの病態の各局面において, 生体に防御的に作用していると考えられる. 本研究で, 我々は, RAMP2 ノックアウトマウスで, AM ノックアウトマウスに認められた重要な代謝系, 血管系の表現型が再現されることを確認した. 以上の結果は, RAMP2 単独欠損で, 代謝系,血管系における主要な AM シグナルが遮断されることを示すものである. 逆に, RAMP 2を標的とすることで, AM の生理作用を制御できる可能があり, RAMP2 は, AMに代わる治療標的分子となりうる. AM-RAMP2 システムの分子メカニズムに立脚した治療薬が開発されれば, メタボリックシンドロームの様々な病態を包括的に改善する, 新たな治療法開発への展開が期待される.  本研究の共同研究者は, 信州大学大学院医学研究科の桜井敬之, 神吉昭子である.

文 献

1) Kitamura K, Kangawa K, Kawamoto M, Ichiki Y, Nakamura S, Matsuo H. & Eto T.: Adrenomedullin:a novel hypotensive peptide isolated from human pheochromocytoma. Biochem. Biophys. Res.Commun., 192: 553-560, 1993.

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2) Shindo T, Kurihara H, Maemura K, Kurihara Y, Kuwaki T, Izumida T, Minamino N, Ju KH, MoritaH, Oh-hashi Y, Kumada M, Kangawa K, Nagai R. & Yazaki Y.: Hypotension and resistance tolipopolysaccharide-induced shock in transgenic mice overexpressing adrenomedullin in theirvasculature. Circulation, 101: 2309-2316, 2000.

3) Imai Y, Shindo T, Maemura K, Sata M, Saito Y, Kurihara Y, Akishita M, Osuga J, Ishibashi S, TobeK, Morita H, Oh-hashi Y, Suzuki T, Maekawa H, Kangawa K, Minamino N, Yazaki Y, Nagai R. &Kurihara H.: Resistance to neointimal hyperplasia and fatty streak formation in mice withadrenomedullin overexpression. Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 22: 1310-1315, 2002.

4) Niu P, Shindo T, Iwata H, Ebihara A, Suematsu Y, Zhang Y, Takeda N, Iimuro S, Hirata Y. & NagaiR.: Accelerated cardiac hypertrophy and renal damage induced by angiotensin II in adrenomedullinknockout mice. Hypertens. Res., 26: 731-736, 2003.

5) Niu P, Shindo T, Iwata H, Iimuro S, Takeda N, Zhang Y, Ebihara A, Suematsu Y, Kangawa K, HirataY. & Nagai R.: Protective effects of endogenous adrenomedullin on cardiac hypertrophy, fibrosis, andrenal damage. Circulation, 109: 1789-1794, 2004.

6) Nishimatsu H, Hirata Y, Shindo T, Kurihara H, Kakoki M, Nagata D, Hayakawa H, Satonaka H, SataM, Tojo A, Suzuki E, Kangawa K, Matsuo H, Kitamura T. & Nagai R.: Role of endogenousadrenomedullin in the regulation of vascular tone and ischemic renal injury: studies on transgenic/knockout mice of adrenomedullin gene. Circ. Res., 90: 657-663, 2002.

7) McLatchie LM, Fraser NJ, Main MJ, Wise A, Brown J, Thompson N, Solari R. & Lee MG,: FoordSM. RAMPs regulate the transport and ligand specificity of the calcitonin- receptor-like receptor.Nature, 393: 333-339, 1998.

8) Ichikawa-Shindo Y, Sakurai T, Kamiyoshi A, Kawate H, Iinuma N, Yoshizawa T, Koyama T, FukuchiJ, Iimuro S, Moriyama N, Kawakami H, Murata T, Kangawa K, Nagai R. & Shindo T.: The GPCRmodulator protein RAMP2 is essential for angiogenesis and vascular integrity. J. Clin. Invest., 118:29-39, 2008.

9) Shindo T, Kurihara Y, Nishimatsu H, Moriyama N, Kakoki M, Wang Y, Imai Y, Ebihara A, KuwakiT, Ju KH, Minamino N, Kangawa K, Ishikawa T, Fukuda M, Akimoto Y, Kawakami H, Imai T, MoritaH, Yazaki Y, Nagai R, Hirata Y. & Kurihara H.: Vascular abnormalities and elevated blood pressurein mice lacking adrenomedullin gene. Circulation, 104: 1964-1971, 2001.

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