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「数学概説」講義ノート このプリントは、数学概説の講義内容をまとめたものである。講義中にノー トをとるのに忙しくて、講義内容の理解が不十分とならないようにとの配慮 で、このプリントを作成した。受講者は、予習と復習においてこのプリントを 熟読し、練習問題やレポート課題に取り組んでほしい。また、講義中でも講 義の前後でも、積極的に疑問点や問題点を見つけて、活発に質問してほしい。 授業において、教員の講義が半分で、残りの半分は受講者からの質問で成 り立っていることを理解してほしい。この講義ノートが、受講者の自立的学 習の手助けにはなっても、皆さんの怠惰を助長することには決してならない ようにと願っている。生産的な問題意識と開かれた議論によって、この講義が 大学数学の基礎を受講者の中に築くのに少しでも役立つことを期待している。 以下に挙げるものは、参考書のほんの一部である。自ら様々な本や文献を 調べて、逆に講義担当者に不足や不備を教えてくれる気概のある受講者の出 現を望むものである。とにかく、皆さん,議論をしましょう、質問をしましょ う、本を読みましょうよ。この講義に引き続き文献 [1] [4] を読むと良いで しょう。これらは、この講義ノートより少し高度で「位相」に関する解説も 含んでいる。さらに高度な内容については、文献 [3] [5] を参考にすると良 いでしょう。数学の基礎の基礎について思いを巡らしたい方には文献 [2] お薦めです。文献 [6] [7] は歴史的な背景も含めて解説した好著である(是 非、一読を)。 参考書 [1] 数理基礎論講義 論理・集合・位相 (金子 晃 著、サイエンス社) [2] 選択公理と数学(田中 尚夫  著、遊星社) [3] 数 - 体系と歴史 - (足立 恒雄 著、朝倉書店) [4] 集合と位相への入門 (鈴木 晋一 著、サイエンス社) [5] 情報数理の基礎 (梅垣 壽春 著、サイエンス社) [6] 無限からの光芒 (志賀 浩二 著、日本評論社) [7] 無限への飛翔 - 集合論の誕生 - (志賀 浩二 著、紀伊国屋書店) 1

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「数学概説」講義ノートこのプリントは、数学概説の講義内容をまとめたものである。講義中にノートをとるのに忙しくて、講義内容の理解が不十分とならないようにとの配慮で、このプリントを作成した。受講者は、予習と復習においてこのプリントを熟読し、練習問題やレポート課題に取り組んでほしい。また、講義中でも講義の前後でも、積極的に疑問点や問題点を見つけて、活発に質問してほしい。授業において、教員の講義が半分で、残りの半分は受講者からの質問で成り立っていることを理解してほしい。この講義ノートが、受講者の自立的学習の手助けにはなっても、皆さんの怠惰を助長することには決してならないようにと願っている。生産的な問題意識と開かれた議論によって、この講義が大学数学の基礎を受講者の中に築くのに少しでも役立つことを期待している。以下に挙げるものは、参考書のほんの一部である。自ら様々な本や文献を調べて、逆に講義担当者に不足や不備を教えてくれる気概のある受講者の出現を望むものである。とにかく、皆さん,議論をしましょう、質問をしましょう、本を読みましょうよ。この講義に引き続き文献 [1] や [4] を読むと良いでしょう。これらは、この講義ノートより少し高度で「位相」に関する解説も含んでいる。さらに高度な内容については、文献 [3] や [5] を参考にすると良いでしょう。数学の基礎の基礎について思いを巡らしたい方には文献 [2] がお薦めです。文献 [6] と [7] は歴史的な背景も含めて解説した好著である(是非、一読を)。

参考書

[1]  数理基礎論講義 –論理・集合・位相 – (金子晃 著、サイエンス社)

[2]  選択公理と数学(田中 尚夫  著、遊星社)

[3]  数 - 体系と歴史 - (足立 恒雄 著、朝倉書店)

[4]  集合と位相への入門 (鈴木 晋一 著、サイエンス社)

[5]  情報数理の基礎 (梅垣 壽春 著、サイエンス社)

[6]  無限からの光芒 (志賀 浩二 著、日本評論社)

[7]  無限への飛翔 - 集合論の誕生 - (志賀 浩二 著、紀伊国屋書店)

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目 次1 命題と論理 3

1.1 命題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31.2 論理演算 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41.3 論理式と真理値 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 51.4 恒真命題と同値命題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 71.5 命題関数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 81.6 限定記号 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 91.7 数列と証明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

1.7.1 数列の収束 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 121.7.2 数列の収束2 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 131.7.3 例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

2 集合 16

2.1 集合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 162.2 和集合・共通集合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 202.3 集合の大きさ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 212.4 冪集合と集合族 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 222.5 直積集合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

3 写像 26

3.1 写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 263.2 部分集合の像と逆像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 273.3 単射と全射 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 313.4 可算集合と非可算集合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 363.5 和集合・共通集合と像・逆像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

4 関係 41

4.1 2項関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 414.2 同値関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 424.3 順序関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

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1 命題と論理1.1 命題命題とは、物事の判断について述べた文章や式のことをいう。ただし、数学における命題は、通常その命題が 正しいか正しくないかの判定が(原理的に)下せるようなものだけに限定される。ある命題が正しいとき、その命題は「真」 であるといい、正しくないとき「偽」であるという。例 1.1 次の文章は(数学的な)命題である。

(1) 49 は 7 で割り切れる。

(2) 東広島市は広島県内にある。

(3) 円周率 π は無理数である。

(4) 方程式 x2 + y2 = z2 を満たす自然数 x, y, z が存在する。

(5) 方程式 x3 + y3 = z3 を満たす自然数 x, y, z が存在する。

これらは全て命題であり、(1) (2) (3) (4) は真、(5)は偽(その証明は易しくないが)である。上の例 (1) において、「49」を他の数で置き換えても、その真偽は変わるかもしれないが、命題であることには 変わりがない。このように、命題の中の主語に相当する部分、あるいは 目的語に相等する部分(これらを変数と呼ぶ)に特定のものが入ればその真偽が確定するものを、命題関数という。そこで、これを関数らしく記号を用いて

P (x):  x は 7 で割り切れる

等と表す。このとき、P (49) は真であり、P (15) は偽である。同様のことは、例 1.1 (2) についてもいえる。「東広島市」のところに、別の市や町の名前を入れてもよい。

Q(x):  x は広島県内にある

とすれば、Q(東広島市) は真であり、Q(岡山市) は偽である。このように、数学において扱う命題は命題関数である場合が多い。この「変数」(必ずしも数であるとは限らない)と 「命題関数」という考え方は、後に集合を記述的に定義するときに用いられる。また、記号 P, Q などを用いて命題を表す。

Quiz 1. 上の例に倣って、各自ひつとの命題を考案せよ。

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1.2 論理演算実数の間に四則演算が定義されているように、命題の間には論理演算と呼ばれる操作が定義される。二つの命題 P と Q の間に、次のような基本演算が定義される。

P ∨ Q : 論理和(logical sum, または)、P または Q

P ∧ Q : 論理積(logical product, かつ)、P かつ Q

¬P : 否定(negation)、P でない

P ⇒ Q : 含意(implication)、P ならば Q

これらの論理演算が定義されるためには、P と Q が命題であれば、それらの真偽は問題にされない。これらの演算によって得られるものも、やはり命題である。例えば、P : 1 > 3, Q : 5 < 11 とすれば、

P ∨ Q : 1 > 3または 5 < 11;

P ∧ Q : 1 > 3かつ 5 < 11;

¬P : 1 > 3でない;

P ⇒ Q : 1 > 3ならば 5 < 11.

さて、これらの基本的な論理演算の結果得られる新たな命題の真偽はどの様になるだろうか。

(1) まず、論理和 P ∨ Q は、P と Q のうち少なくともどちらかが真(T)のとき真(T)であり、それ 以外(P と Q 両方が偽)のとき偽(F)である。日常用語では、「P または Q」というと「P、さもなければ Q」を意味することが多い。即ち、 P と Q のどちらか一方だけが成り立つことを要求している場合が多いので、日常用語における「P またはQ」と論理和 P ∨ Q の違いに注意すること。

(2) 一方、論理積 P ∧ Q は、P と Q の両方が真(T)のときだけ真(T)であり、 それ以外(P または Q が偽)のとき偽(F)である。

(3) 命題 P の否定 ¬P は、P が真(T)のとき偽(F)であり、P が偽(F)のとき真(T)である。

(4) ⇒ を「ならば」と呼ぶことにしているので、命題 P ⇒ Q は P と Qの間の因果関係を表すと誤解されることが多い(日常用語からの類推)。すなわち、 P が因で Q が果であることを表していると理解されることが多い。もちろんそのような因果関係があっても差し支えないが、 数学においては、命題 P ⇒ Q は、 (¬P )∨Q のことを意味するので、P

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が真(T)で Q が偽(F)の時に限って偽(F)となり、それ以外の場合は真(T)となる命題のことである。(注)1

Quiz 2. 「P または Q」、「P かつ Q」、「P でない」、「P ならば Q」について各自がもっているイメージや理解していることを明確に述べてみよ。さらに、それらを上で解説した論理式の定義と比較せよ。

まとめると、基本論理演算によって得られる命題の真偽は以下のようになる。

P ∨ Q : P と Q の両方が偽のときに限り偽となり、

それ以外の場合は真となる

P ∧ Q : P と Q の両方が真のときに限り真となり、

それ以外の場合は偽となる

¬P : P が真のとき偽となり、P が偽のとき真となる

P ⇒ Q : P が真 Q が偽のときに限り偽となり、

それ以外の場合は真となる

Quiz 3.  P : 1 > 3, Q : 5 < 11 とする。P ∨ Q、P ∧ Q、¬P

および P ⇒ Q の真偽を判定せよ。

P が偽ならば Q の真偽に関わらず P ⇒ Q が真であるということは、言葉の日常的な用法からは納得しがたいかもしれないが、後に、集合を命題を用いて記述する(内包的定義)ので、集合の包含関係と関連付けて理解すると良いであろう。7ページ下段の注も参照のこと

上で定義した基本的な論理演算に加えて、

P ⇔ Q :「P と Q は同等である」

という 論理演算もよく使われる。これは、(P ⇒ Q)∧ (Q ⇒ P ) を意味する。

Quiz 4. 命題 P ⇔ Q が真であるのはどのような場合か?

以上の論理演算で出てきた ∧、∨、¬、⇒、⇔ を論理記号という。

1.3 論理式と真理値前小節で論理演算を定義したとき、命題 P や Q は特定の命題を意味している訳ではなかった。命題でありさえすれば任意であった。じつは基本論理

1その意味で、「ならば」を基本論理演算に加えないほうが良いかもしれない。(これは筆者の独り言)

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演算を定義したとき、P や Q に真偽を割り振り、その結果複合命題の真偽を論じたのである。その意味で P や Qは真偽が前もって決定しているわけでは無い。従って、1.1節冒頭で定義した意味ではこれらは命題ではない。 これは、文字式における文字変数とにているので命題変数(または、原始命題)と 呼ばれる。ここで問題になるのは、命題 P とか Q が真(T)であるか偽(F)であるかだけである。命題変数と論理記号を用いて構成される命題を論理式という。もちろん、単独の命題変数は論理式であり、論理和、論理積、否定、含意などはすべて論理式である。 幾つかの命題と論理記号からなる論理式は、その論理式を構成する個々の 命題の真偽によって真になったり偽になったりする。これを論理式の値とよぶ。

論理式の値は真(T)か偽(F)のどちらか一方の値をとる。

論理式の真偽をその構成命題の真偽によって表にしたものを真理表(真理値表)という。次の表

表 1: 真理値表

P Q ¬P ¬Q P ∨ Q P ∧ Q P ⇒ Q Q ⇒ P P ⇔ Q

T T F F T T T T T

T F F T T F F T F

F T T F T F T F F

F F T T F F T T T

は一つの真理値表である。

命題 「Q ⇒ P」を命題「P ⇒ Q」の逆という。真理値表からわかるように、命題 「P ⇒ Q」 が真(T)であってもその逆「Q ⇒ P」 は必ずしも真(T)で あるとは限らず、偽(F)の場合もある。

問題 1.1 命題 P,Q, R に真偽を割り振ることによって、次の論理式の真理値表を計算せよ

(1) P ∧ ¬Q

(2) ¬P ∧ (P ⇒ ¬Q)

(3) P ∧ (Q ∨ R)

(4) (P ∨ Q) ∧ (P ∨ R)

(5) P ⇔ Q

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1.4 恒真命題と同値命題命題 P ⇒ (Q ⇒ P ) は、P とQ の真偽に関わらずその真理値が真(T)である(確かめよ)。このような命題を恒真命題と呼ぶ。恒真命題はトウトロジー(tautology)とも呼ばれる。

問題 1.2  P ∨ ¬P は恒真命題であることを示せ。

論理式 P ⇔ Q が真命題であるとき、論理式 P と Q は同値であるといい、P ≡ Q で表す。問題 1.1 (5) の結果から、論理式 P と Q の真理値が一致するとき、また、そのときに限り、P ≡ Q である。

命題 P∨¬P が恒真命題であることは、排中律(law of the excluded middle)と呼ばれ、重要なことである。これは、どのような命題 P も、それが真であるか偽であるかのいずれかであることを保証している。

定理 1.1. 命題 P, Q,R に対して、次のことが成り立つ。

(1) ¬(¬P ) ≡ P

(2) (P ⇒ Q) ≡ (¬Q ⇒ ¬P ) (対偶)

(3) P ∨ (Q ∧ R) ≡ (P ∨ Q) ∧ (P ∨ R) (分配律)

(4) P ∧ (Q ∨ R) ≡ (P ∧ Q) ∨ (P ∧ R) (分配律)

(5) ¬(P ∨ Q) ≡ (¬P ) ∧ (¬Q) (ド・モルガンの法則)

(6) ¬(P ∧ Q) ≡ (¬P ) ∨ (¬Q) (ド・モルガンの法則)

証明:全ての場合について、記号 ≡ の左側と右側の真理値表が一致することを示せばよい。

問題 1.3 真理値表を計算することにより、定理 1.1 を証明せよ。

命題 ¬Q ⇒ ¬P を命題 P ⇒ Q の対偶という。

定理 1.1 (2) は、 命題 P ⇒ Q とその対偶は同値であることを主張している。

P ⇒ Q ≡ ¬Q ⇒ ¬P

注: 背理法によって P ⇒ Q が真であることを証明するとき、 P であるにも関わらず Q ではない、すなわち、P ∧ ¬Q から矛盾が 導かれれば P ⇒ Q が証明されたとする。これは、¬(P ⇒ Q) と P ∧ ¬Q が同じことだと認めていることになる。従って、定理 1.1 (1) と (6) により、(P ⇒ Q) ≡ ¬P ∨ Q が導かれる。

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1.5 命題関数 これはすでに出てきたが、命題がある変数を含み、その変数に特定の値を入れると真であるか偽であるかが決まるものである。

例 1.2 次は命題関数である。

(1) P (n):n は 3 の倍数である。

(2) Q(x):x は有理数である。

(3) R(x, y):x は y よりも大きい。

ここで、P (6) や P (33) は真であり、P (5) や P (16) は偽である。また、R(3, 0) は真であるが、 R(12, 90) は偽である。P (n) の n に「花」を代入するとき、「花は 3 の倍数である」という(詩的ではあるが)無意味な命題になる。そこで、命題関数の変数はある特定範囲のものを指定することが自然である。この範囲をその変数の定義域または対象領域という。例 1.2 (1) では、n の定義域は自然数、例 1.2 (2) の x の対象領域は実数全体、例 1.2 (3) の x と y は実数全体、とするのが自然である。

Quiz 5. 各自、命題函数を一つ考案せよ。その場合、変数(数とは限らなくてよい)の範囲(対象領域)を明示すること。

問題 1.4  a と b を実数とし、x に関する2次方程式 x2 + ax + b = 0 を考える。

(1) 「x = 0 は2次方程式 x2 + ax + b = 0の解である」という命題を P とする。命題 P の否定命題 ¬P を求めよ。

(2) 「b 6= 0] という命題を Q とする。命題 Q ⇒ ¬P は真であることを示せ。また、命題 ¬P ⇒ Q は真であることを示せ。

(3) 「a2 − 4b ≥ 0」という命題を R とし、「2次方程式 x2 + ax + b = 0 の解は実数である」という命題を S とする。命題 R と命題 S は同値であることを示せ。即ち、命題 R ⇒ S と命題 S ⇒ R は共に真であることを示せ。

(4) 命題 S ∧ ¬P と同値な命題を、命題Q、命題 R および基本論理演算を用いて構成せよ。

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1.6 限定記号数学の定理においては、「すべての・・・」、「任意の・・・」、「どのような・・・」および「・・・存在する」 などの表現を含むことが多い。たとえば、

(a) 任意の自然数 n に対して、0 < x < 1n を満たす実数 x が存在する。

(b) どのような複素係数2次方程式も複素数の解をもつ。

(c) すべての正の偶数は2つの正の奇数の和として表せる。

(d) すべての正の実数は負の実数の二乗と等しい。

これらの命題を論理式の形で表現するために、限定記号(quantifier)と呼ばれる、∀ と ∃ を 導入する。

命題関数 P (x) に対して、

• 定義域に含まれる任意の x に対して P (x) が真であるという命題を

∀xP (x)

で表す。∀ を全称記号(universal quantifier)という。変数 x の定義域(例えば X)を明示する場合には ∀x ∈ XP (x) で表す。

• P (x) が真であるような x が定義域内に存在するという命題を

∃xP (x)

で表す。∃ を存在記号(existential quantifier)という。変数 x の定義域(例えば X)を明示する場合には ∃x ∈ XP (x) で表す。

ここで定義した、 ∀xP (x) や ∃xP (x) を限定命題という。

例 1.3 上で挙げた (a)、(b)、(c) を限定命題の形で表現してみよう。

(a) ∀自然数 n (∃正の実数 x (0 < x < 1n ))

(b) ∀複素係数2次式 f (∃複素数 x0 (f(x0) = 0))

(c) ∀偶数 n (∃奇数 m, l (n = m + l))

Quiz 6. 上で挙げた (d) を例 1.3 に倣って,限定命題の形に表現せよ。また、この命題は真(正しい)か偽(間違い)かを判定せよ。

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Quiz 7. 限定命題:∀x ∈ [0, 1] f(x) ≥ 0 が成り立つような2次函数 f(x) の例を一つ挙げよ。また、この命題が成り立たない(正しくない)ような1次函数 f(x) の例を二つ挙げよ。

限定命題の否定について考えてみよう。これは数学の論証を行うとき、非常に重要である。

∀xP (x) を否定して ¬(∀x P (x)) を考える。

命題 ∀x P (x) が すべての x について P (x) が成り立つ(真である) という意味だから、その否定命題は

すべての x について P (x) が成り立つというのは誤りである

と主張する命題である。言い換えれば、

「P (x) が偽となるような x が存在する」

と同じことである。従って、次が得られる。

¬(∀x P (x)) ≡ ∃x (¬P (x))

同様に、∃xP (x) を否定した ¬(∃xP (x)) は、

「P (x) が真であるような x が存在するというのは誤りである」

と主張する命題だから、「どのような x についても P (x) は偽となる」と同じことになり、

¬(∃x P (x)) ≡ ∀x (¬P (x))

となる。以上をまとめて定理とする。この定理は非常に重要である。

定理 1.2. 限定命題の否定に関して次が成り立つ。

(1) ¬(∀x P (x)) ≡ ∃x (¬P (x))、

あるいは対象領域を明示して、 ¬(∀x ∈ X P (x)) ≡ ∃x ∈ X (¬P (x))

(2) ¬(∃x P (x)) ≡ ∀x (¬P (x))、

あるいは対象領域を明示して、 ¬(∃x ∈ X P (x)) ≡ ∀x ∈ X (¬P (x))

注意!! よくある間違い:次のような間違いが見受けられるので、注意すること。

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¬(∀x ∈ X P (x)) ≡ ∃x 6∈ X (¬P (x))や ¬(∃x P (x)) ≡ ∀x 6∈ X (¬P (x))

とする間違いである。これらは、間違いであるから絶対にしないこと。

Quiz 8. 上の注意で挙げたことが何故間違いなのか、理由を考えよ。

Quiz 9 次の命題の否定命題を求めよ。

P : ∀x ≥ 0(f(x) ≤ f(0))、  Q : ∃a < 0(∀x ≤ 0(f(x) ≥ a))

問題 1.5 例 1.3 の命題 (a) (b) (c) の否定命題を論理記号を用いて表せ。

問題 1.6 例 1.3 の (a) (b) において変数の範囲(定義域)を変えて、次のような命題 P, Q を考える。

• 命題 P : ∀自然数 n (∃自然数 x (x < 1n ))

• 命題 Q: ∀実係数2次式 f (∃実数 x0 (f(x0) = 0))

命題 P と Q は偽命題である。従って、それらの否定は真命題である。命題 P, Q の 否定命題を論理記号で表し、さらに ¬P と ¬Q が真命題であることを示せ。

例 1.4 次の式が成り立つことを示せ。

¬(∀x(A(x) ⇒ B(x))) ≡ ∃x(A(x) ∧ (¬B(x)))

証明:定理 1.2 (1)における P (x)に相当するものが、A(x) ⇒ B(x)である。¬(A(x) ⇒ B(x)) ≡ ¬(¬A(x) ∨ B(x)) ≡ A(x) ∧ ¬B(x)だから、

¬(∀x (A(x) ⇒ B(x))) ≡ ∃x(A(x) ∧ ¬B(x))

が示された。

問題 1.7 次の式が成り立つことを示せ。

∀x[A(x) ⇒ (¬B(x))] ≡ ¬(∃x(A(x) ∧ B(x)))

1.7 数列と証明この小節は

数列を例に,全称記号,存在記号が複数ある命題について理解を深めること,また証明の論理を理解すること

を目的とする。解析学 I の授業の進み具合に合わせて,適宜取捨選択して扱う方が良いかもしれない。

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1.7.1 数列の収束

定義 次の命題が成り立つとき,実数列 {an} は実数 αに収束するという。

∀ε > 0 ∃自然数N ∀自然数 n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ] (1)

数列 {an}が,ある実数 αに収束するとき,数列 {an}は収束するといい, α

を極限値という。(どのような実数にも収束しないとき,発散するという。)

全称記号,存在記号が複数あるときは,それらの記号を内側から適用する。つまり,

∀ε > 0 [∃自然数N [∀自然数 n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]]] (2)

口頭で発表するときなどは,次のように表現することがある。

任意の正の数 ε に対して,自然数 N が存在し, n ≥ N ならば|an − α| < ε である。

日本語の普通の語順にすれば,

任意の正の数 εに対して,自然数N で,n ≥ N ならば |an−α| < ε

が成り立つようなN が存在する。

数列 {an} が実数 αに収束しないということは,次の命題が成り立つことである。

∃ε > 0 ∀自然数N ∃自然数 n [ n ≥ N ∧ (|an − α| ≥ ε) ]

このことを確認してみよう。

数列 {an} が実数 αに収束するという命題の否定命題を P1 とする。 定理1.2 :

¬[∀xP (x)] ≡ ∃x¬P (x), ¬[∃xP (x)] ≡ ∀x¬P (x)

を用いて,次の命題 P1, P2, P3, P4 は同値であることが分かる。

P1 : ¬[∀ε > 0 ∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P2 : ∃ε > 0 ¬

[∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P3 : ∃ε > 0 ∀自然数 N ¬

[∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P4 : ∃ε > 0 ∀自然数 N ∃n ¬[ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

12

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ここで,P ⇒ Q ≡ ¬P ∨ Qであったので,次が成立する。

¬[P ⇒ Q] ≡ ¬[¬P ∨ Q] ≡ P ∧ ¬Q

このことに注意すれば,

¬[ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ] ≡ n ≥ N ∧ (|an − α| ≥ ε)

が分かる。よって,P4 は次の命題に同値である。

P5 : ∃ε > 0 ∀自然数N ∃n [ n ≥ N ∧ (|an − α| ≥ ε) ]

数列 {an} が実数 αに収束するという命題の否定は P5 と同値であることが分かる。

1.7.2 数列の収束2

数列の収束の定義は次のように述べられることもある。

定義 次の命題が成り立つとき,数列 {an} は収束するという。

∃実数α ∀ε > 0 ∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ] (3)

このとき,α を,数列 {an} の極限値と呼ぶ。

数列 {an} が収束するという上の命題の否定は,次のように命題を同値なものでつなげて行くと,P6 と同値であることが分かる。

P1 : ¬[∃実数α ∀ε > 0 ∃自然数 N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P2 : ∀実数α ¬

[∀ε > 0 ∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P3 : ∀実数α ∃ε > 0 ¬

[∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P4 : ∀実数α ∃ε > 0 ∀自然数 N ¬

[∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

]P5 : ∀実数α ∃ε > 0 ∀自然数 N ∃n ¬[ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]

P6 : ∀実数α ∃ε > 0 ∀自然数 N ∃n [ n ≥ N ∧ (|an − α| ≥ ε) ]

1.7.3 例

例 1.5  数列 {an} が収束するとき,その極限値は一意に定まることを証明せよ。

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解答 (1) 数列 {an}の極限値が2つ以上あると仮定して矛盾を示す。αと β

は異なる実数で,ともに {an}の極限値と仮定する。ε = |α−β|

2 とすると,

∃N1 ∀n[n ≥ N1 ⇒ |an − α| <

|α − β|2

]かつ

∃N2 ∀n[n ≥ N2 ⇒ |an − β| <

|α − β|2

]N = max{N1, N2} とすると、

|aN − α| <|α − β|

2かつ |aN − β| <

|α − β|2

より

|α − β| = |(aN − α) − (aN − β)| ≤ |aN − α| + |aN − β| < |α − β|

すなわち、|α − β| < |α − β| となり、これは矛盾なので 数列 {an}の極限値は一意に定まる。

次の解答は,上の解答と本質的に同じものである。

解答 (2) 数列 {an}の極限値が2つ以上あると仮定すると,次の命題が成り立つ:

∃実数α ∃実数β

(α 6= β) ∧ [∀ε > 0 ∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ]]

∧ [∀ε > 0 ∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − β| < ε ]]

ε = |α−β|2 とすると

∃N1 ∃N2 ∀n[(n ≥ N1 ∧ n ≥ N2)

⇒[(

|an − α| <|α − β|

2

)∧(|an − β| <

|α − β|2

)]]N = max{N1, N2} とすると、(

|aN − α| <|α − β|

2

)∧(|aN − β| <

|α − β|2

)より

|α − β| = |(aN − α) − (aN − β)| ≤ |aN − α| + |aN − β| < |α − β|

すなわち、|α − β| < |α − β|となり、これは矛盾なので 数列 {an}の極限値は一意に定まる。

例 1.6 数列 {an}, {bn} が収束するとき,cn = an + bn (n = 1, 2, 3, · · · )によって定義される数列 {cn} も収束することを証明せよ。

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解答 (1) 実数 αを数列 {an}の極限値,βを数列 {bn}の極限値とし,数列{cn}が α + β に収束することを示す。正数 ε に対して,

∃N1 ∀n [ n ≥ N1 ⇒ |an − α| <ε

2],

∃N2 ∀n [ n ≥ N2 ⇒ |bn − β| <ε

2]

N = max{N1, N2} とすると n ≥ N のとき

|cn − (α + β)| = |(an − α) + (bn − β)| ≤ |an − α| + |bn − β| <ε

2+

ε

2= ε

次の解答は,上の解答と本質的に同じものである。

解答 (2)

∃実数α ∀ε > 0 ∃自然数 N ∀n [ n ≥ N ⇒ |an − α| < ε ],

∃実数β ∀ε > 0 ∃自然数N ∀n [ n ≥ N ⇒ |bn − β| < ε ]

が成り立つので、正数 ε に対して,

∃N1 ∀n [ n ≥ N1 ⇒ |an − α| <ε

2],

∃N2 ∀n [ n ≥ N2 ⇒ |bn − β| <ε

2]

N = max{N1, N2} とすると n ≥ N のとき

|cn − (α + β)| = |(an − α) + (bn − β)| ≤ |an − α| + |bn − β| <ε

2+

ε

2= ε

例 1.7  an = (−1)n (n = 1, 2, 3, · · · ) によって定義される数列 {an} は収束しないことを示せ。

解答 (1) (1) α = 1とする。ε = 1とする。任意に選ばれた自然数 N に 対して、nを N より大きな奇数とすれば,|an − α| = | − 1 − 1| = 2 ≥ εとなり, {an} は 1に収束しない。

(2) α = −1とする。ε = 1とする。任意に選ばれた自然数 N に 対して、n

をN より大きな偶数とすれば,|an −α| = |1− (−1)| = 2 ≥ εとなり, {an}は −1に収束しない。

(3) α 6= −1, 1とする。ε = min{|1 − α|, | − 1 − α|}とする。ε > 0である。任意に選ばれた自然数 N に 対して、nを N より大きな整数とすれば,|an − α| ≥ εとなり, {an} は αに収束しない。以上より,{an}はどのような実数 αにも収束しない。

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解答 (2) αを実数とする。 ε = 12 とする。任意に選ばれた自然数 N に対

して、n を次のように定める:

n =

{N [(α ≥ 0) ∧ (N は奇数)] ∨ [(α < 0) ∧ (N は偶数])

N + 1 [(α < 0) ∧ (N は奇数)] ∨ [(α ≥ 0) ∧ (N は偶数])

このとき、n ≥ N であるが、α ≥ 0 のとき an = −1,α < 0 のとき an = 1 なので、いずれの場合にも |an − α| ≥ 1 > 1

2。したがって

∀N ∃n[n ≥ N ∧ |an − α| >

12

]

2 集合2.1 集合ある条件を満たすものの集まりを考える。集まりを成す 1つ 1つのものを点と呼び、 集まりを取りまとめて集合という。集合を構成する点2を、その集合の要素もしくは元とも呼ぶ。

「点」=「要素」=「元」

例えば、本年度数学概説受講者という集合 S を考えれば、皆さん一人一人はこの集合の構成員だから、大変申し訳ないけれども、 この集合 S の「要素」あるいは「元」あるいは「点」と呼ばれることになる。集合論の創始者カントールは、集合を次のように定義している。

集合とは、我々の直感や思考の定まったよく区別できる対象たちを一つの全体にまとめたもののことである。

上の例 S:「本年度数学概説受講者」の場合、その構成要素である皆さんは一人一人明確に区別できるので、それを一まとめにしたものが集合 Sである、ということであろう。これでは良く分らないかもしれないので、以下、この定義の内容を整理してみよう。思考の対象を文字 x や y で表し、それらの一定の集まりを S で表すことにしよう。次の二つの要件が満たされるとき、S は集合であるとする。

(I) 思考の対象となる任意の x は S に所属するか所属しないかどちらか一方が必ず成り立つ。すなわち、

x は S に属するか、x は S に属さないか

2同じものを指すのに複数の呼び名があるのは、混乱の原因になるので避けた方が良いかもしれない。しかし、それぞれの呼び名には独特の「味」があるので、 気分を豊かにすると思って、受け入れを願う。

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どちらか一方が成り立つことが明確に定まっている。

(II) S に属する任意の対象 x と y は、明確に区別されていて、

x = y であるか、x 6= y であるか

が明確に規定されている。

「本年度数学概説受講者の集合」に対しては、「思考の対象」を例えば「広島大学の学生」とすれば、この二つの要請が満たされていることは容易に了解されるであろう。

有限個の要素からなる集合 S = {x1, x2, . . . , xn}を有限集合という。集合A が有限集合ではないとき、Aは無限集合であるという。無限集合については後に解説するが、例として以下のようなものがある。

自然数全体の集合    (これを一般に Nと表す)

整数全体の集合     (これを一般に Zと表す)

有理数全体の集合    (これを一般に Qと表す)

実数全体の集合     (これを一般に Rと表す)

集合 A に対して x が A の要素であるとき、x は A に属するまたは A はx を含むといい、x ∈ A または A 3 xで表す。

x は A に属する : x ∈ A または A 3 xで表す

x が A に属さないことは、x /∈ Aまたは A 63 x で表す。集合を表示する方法には、二通りある。1つは、集合の元を書き並べる方法(列挙法)であり、例えば、

{1, 2, 3, 4, 6, 8, 12, 24}

のように表す。もう1つは、命題関数 P (x) を用いる方法(内包的定義)で、P (x) が真であるような要素 x の全体からなる集合を

{x | P (x)} あるいは {x : P (x)}

と表す。この方式に従えば、先にあげた集合は

{1, 2, 3, 4, 6, 8, 12, 24} = {x | x は 24 の約数 }

と表示できる。

集合の表示方法

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(列挙法)      A = {a, b, c, · · · }(内包的方法)    A = {x ∈ U | P (x)(が真である)}

ここで (P (x) : xを変数とする命題)

集合 S に対して、「x ∈ S」を「命題 P (x) が真であること」とすれば、この集合は S = {x | P (x)}と表示できるので、集合に関する事柄は論理に関する事柄に置き換えて議論できる。ただし、命題関数の項変数の対象領域(定義域)は、ある一定の集合であるとして、これを普遍集合あるいは宇宙と呼ぶ。 普遍集合 U を強調したいときは、次のように表示する。

{x | x ∈ U, P (x)} あるいは {x ∈ U | P (x)}

例 2.1 二つの集合 A = {x | P (x)} と B = {x | Q(x)} に対して、命題「A の元はすべて B に属する」を P (x) と Q(x) からなる論理式で表せ。

答え:x が A の元であるとは命題 P (x) が真であることであり、x が B に属するとは Q(x) が真であることである。一方、 P (x)が偽のとき(x が A の元ではないとき)、上の主張は Q(x) が真であるか偽であるかについて何も語っていない。従って、上の主張は ¬P (x) ∨ Q(x) が真であることと同じである。すなわち、 x

は A の元でないか、あるいは、 B の元である。¬P (x) ∨ Q(x)と P (x) ⇒ Q(x) は同値であるから、結局、上の主張を論理式で表せば

∀x (P (x) ⇒ Q(x))

である。これは図(ベン図と呼ばれる)を用いて説明すれば納得しやすいであろう。

集合の包含関係の定義: この例 2.1 のように、集合の包含関係を定義する。すなわち、二つの集合 A = {x ∈ U | P (x)}と B = {x ∈ U | Q(x)} に対して、

A ⊂ B ≡∀x ∈ U (P (x) ⇒ Q(x))

≡∀x ∈ U (¬P (x) ∨ Q(x)) ≡ ∀x ∈ U(x 6∈ A ∨ x ∈ B)

≡∀x ∈ U(x ∈ A ⇒ x ∈ B):包含

と定義して、A は B の部分集合であるという。前もって普遍集合が何であるか周知の場合は、普遍集合 U を省略して

A ⊂ B ≡ ∀x (x ∈ A ⇒ x ∈ B)

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によって包含関係を定義する。この包含関係は、「Aは B に含まれる」、あるいは、「B は A を含む」という呼び方もされる。このとき B ⊃ A と表してもよい。集合の間の包含関係(A ⊂ B)と 要素の所属関係(x ∈ B)を混同してはいけない。前者は集合と集合の間の関係であり、後者は集合の要素と集合の 間の関係である。

Quiz 1. 次の包含関係および所属関係の違いについて考察せよ。

1 ∈ {1, 3, 5}と {1} ⊂ {1, 3, 5}、1, 3,∈ {1, 3, 5}と {1, 3} ⊂{1,3,5}

集合の相等関係: 集合 A,B に対して、「A ⊂ B と A ⊃ B が同時に成り立つとき、すなわち命題 (A ⊂ B) ∧ (A ⊃ B) が真のとき、集合 A と集合 B

は等しいと言い、A = B と書く。

定義:  A = B ≡ ∀x(x ∈ A ⇔ x ∈ B)

つまり、二つの集合 A と B は、その構成要素が完全に一致するとき、同じであるとするという、至って当たり前の定義である。

例 2.2 二つの集合 A = {x | P (x)} と B = {x | Q(x)} に対して、A = B

を論理式で表せ。

答え:(A = B) ≡ ∀x (P (x) ⇔ Q(x))

補集合:  A ⊂ U のとき、普遍集合 U の要素で A に属さないものを A のU における補集合といい、Ac で表す。すなわち、

Ac = {x ∈ U | x /∈ A}

Quiz 2. 普遍集合 U の二つの部分集合 A,B ⊂ U に関する次の命題を証明せよ。

(A ⊂ B) ≡ (Ac ⊃ Bc)、 (A = B) ≡ (Ac = Bc)

A が B の部分集合でないことを、

A 6⊂ B または B 6⊃ A

で表す。これは A ⊂ B の否定だから、

A 6⊂ B ≡¬[∀x(x ∈ A ⇒ x ∈ B)]

≡∃x¬(x ∈ A ⇒ x ∈ B) ≡ ∃x¬(x 6∈ A ∨ x ∈ B)

≡∃x(x ∈ A ∧ x 6∈ B)

すなわち、A 6⊂ B を示すには、A の要素であって B の要素ではない x が存在することを示せばよい。例えば、Q 6⊂ Zを示すには ( 1

3 ∈ Q) ∧ ( 13 6∈ Z) で

事足りるのである。

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Quiz 3. 命題 R 6⊂ Q を証明せよ。

問題 2.1  二つの集合 A = {x | P (x)} と B = {x | Q(x)} に対して、A 6⊂ B を P (x) と Q(x) から構成される論理式で表せ。

ヒント:A ⊂ B に対応する論理式を否定せよ。(答え:∃x (P (x) ∧ (¬Q(x)))

空集合:上のように考えると {x | x 6= x}は要素を一つも持たない集合である。X の X における補集合も要素を持たない。要素を持たない集合は空集合と呼ばれ、∅で表される。空集合はどのような集合にも含まれる(どのような集合の部分集合である)。

∅ ⊂ A ≡ ∀x (x ∈ ∅ ⇒ x ∈ A)

空集合など集合として認めたくないという人もいるかもしれない。そのような思いは理解できるし、空集合を集合として認めないという立場も可能であるかも知れない。しかし、空集合を集合として認める立場の方が後々都合がよい。0 を数として認めると何かと便利な場合が多いことと同様である。集合の相等の定義を用いれば

要素を一つも持たない集合は全て等しい:

ことが示せる。試しに証明してみてはどうだろうか。

問題 2.2 X を普遍集合として、A ⊂ X とする。このとき、

(a) (Ac)c = A、  (b) Xc = ∅、  (c) ∅c = X

が成り立つことを示せ。

2.2 和集合・共通集合命題の論理和、論理積、および否定に対応して、集合の和・積・差が定義される。

[x ∈ (A ∪ B)] ≡ [x ∈ A ∨ x ∈ B]   : Aと B との和集合

[x ∈ (A ∩ B)] ≡ [x ∈ A ∧ x ∈ B]   : Aと B の共通部分

[x ∈ (A − B)] ≡ [x ∈ A ∧ x /∈ B]   : Aと B の差集合

例 2.3 X を普遍集合とし A ⊂ Xのとき、Ac = X−Aである。また、3つの集合 A,B, C に対して、(A∪B)∪C = A∪(B∪C), (A∩B)∩C = A∩(B∩C)が成り立つ。これらを A ∪ B ∪ C, A ∩ B ∩ C で表す。

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Quiz 4. 等式 A − B = A ∩ Bc を証明せよ。

問題  2.3 二つの集合 A = {x ∈ U | P (x)} と B = {x ∈ U | Q(x)} に対して、A ∪ B、A ∩ B、A − B、および Ac を論理式を用いて表せ。

ド・モルガン(de Morgan)の公式: X の部分集合 A、B に対して以下の等式が成り立つ。

(i) (Ac)c = A, (ii) (A ∪ B)c = Ac ∩ Bc, (iii) (A ∩ B)c = Ac ∪ Bc

問題 2.4 定理 1.1 (1)、(5)、(6) を用いて、集合に関するド・モルガンの公式を証明せよ。

分配律: (普遍集合)X の部分集合 A、B、C に対して次の式が成り立つ。

(i) A ∪ (B ∩ C) = (A ∪ B) ∩ (A ∪ C)

(ii) A ∩ (B ∪ C) = (A ∩ B) ∪ (A ∩ C)

Quiz 5.   A = {x ∈ R | 0 ≤ x ≤ 19}、B = {3 の倍数 }、C = {奇数 } とする。分配律 (i) (ii) の両辺を求めて比較せよ。

問題 2.5 集合に関する分配律を、定理 1.1 (3)、(4) を用いて証明せよ。

問題 2.6 集合 A、B に対して、その対称差を以下のように定義する。

A B := (A − B) ∪ (B − A)   (対称差)

この定義に基づいて、

(1) A A = ∅,   (2) A ∅ = A,    (3) A B = B A

(4) A B = (A ∪ B) ∩ (Ac ∪ Bc),   (5) (A B) C = A (B C)

を証明せよ。(ヒント:(5) の証明には、(4) を用いて得られる次の等式と (3)を用いれば良い。)

(AB)C = (A∪B∪C)∩ (Ac∪Bc ∪C)∩ (A∪Bc∪Cc)∩ (Ac ∪B∪Cc)

2.3 集合の大きさ有限集合 A の要素の個数を集合 A の大きさといい、|A|で表す。空集合は要素を含まない集合だから |∅| = 0 であり、

|{1, 3, 71}| = 3, |{1, 2, 3, 4, 6, 8, 12, 24}| = 8

である。

定理 2.1. 任意の有限集合 A、B について、次の等式が成り立つ。

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|A ∪ B| = |A| + |B| − |A ∩ B|

証明:|A∪B|を計算するとき、|A|+ |B|とすれば A∩B の元は2回数えられたことになる。 したがって、余分に数えた分 |A∩B|を |A| + |B| から差し引けば |A ∪ B| が得られる。

問題 2.7 次のことを証明せよ。

A ∩ B = ∅ ⇒ |A ∪ B| = |A| + |B|

Quiz 6. 対称差の定義を用いて、|AB| = |A|+ |B|−2|A∩B|を示せ。

定理 2.2. 有限集合 A1, A2, A3 に対して以下の等式が成り立つ。

|A1 ∪ A2 ∪ A3| =|A1| + |A2| + |A3|

− |A1 ∩ A2| − |A2 ∩ A3| − |A3 ∩ A1|

+ |A1 ∩ A2 ∩ A2 ∩ A3|

問題 2.8 定理 2.1 を用いて、定理 2.2 を証明せよ。

定理 2.3(ふるいわけ公式、包除原理). n個の有限集合A1, A2, A3, · · · , An

に対して以下の等式が成り立つ。

|A1 ∪ A2 ∪ · · · ∪ An| =n∑

k=1

(−1)k−1∑

(i1...ik)

|Ai1 ∩ · · · ∩ Aik|

右辺 2 番目(内側)の和記号∑

(i1...ik)

は、 1 ≤ i1 < · · · < ik ≤ n を満た

す i1, · · · , ikの組みの全てにわたる和を表すものとする。

問題 2.9 定理 2.3 を証明せよ。(ヒント:帰納法を用いる)

2.4 冪集合と集合族集合を要素とする集合を考える必要性が、数学においては頻繁に出てくる。

冪集合: ある集合 A の部分集合をすべて集めてできる集合を A の冪集合という。例えば、集合 {1, 2} の部分集合は

∅、  {1}、  {2}、  {1, 2}

の4つであるから、この集合の冪集合は

{1, 2} の冪集合 = {∅, {1}, {2}, {1, 2}} である。

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ここで、空集合 ∅ を忘れないことが大事である。集合 A の冪集合を記号で 2A で表す。この記号の「心」は、次の問題 2.10を解くと判る。

問題 2.10 

(1) 集合 {1, 2, 3} の部分集合を全て求めて列挙せよ。

(2) n 個の要素からなる集合の全ての部分集合の個数は 2n個であることを証明せよ。(A の羃集合の個数は 2|A| である)

(3) 集合 {∅} の要素の個数は何個か?

集合族: 集合を要素とする集合は「集合の集合」とも呼べるが、単語の重複を避けて、通常、集合族とか集合系 と呼ばれる。さて、ある集合 Λ(「ラムダ」と読む)の各要素 α(「アルファ」と読む)に対して集合 Aα が定まってる場合、これらの集合を要素とする集合族を A

として

A = {Aα | α ∈ Λ}

と表す。集合族 A に属する集合 Aα の要素をすべて集めて得られる集合を、∪α∈Λ

で表し、Aα(α ∈ Λ)の和集合と呼ぶ。従って、

x ∈∪

α∈Λ

Aα ⇔ ∃β ∈ Λ (x ∈ Aβ)

である。また、集合族 A に属するどの集合 Aα にも属する要素からなる集合を、 ∩

α∈Λ

で表し、Aα(α ∈ Λ)の共通集合と呼ぶ。従って、

x ∈∩

α∈Λ

Aα ⇔ ∀β ∈ Λ (x ∈ Aβ)

である。

Quiz 7. 実数の集合族 {An | n ∈ N} メンバー An を次のように定義する。

An ={

x | 0 ≤ x < 1 +1n

}このとき、和集合および共通集合

∪n∈N

An および∩n∈N

An を求めよ。

23

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問題 2.11 すべての実数のなす集合を R とする。

(1) 実数 aに対して、平面上の曲線Ma をMa = {(x, y) | y = x2−2ax+3}で定義する。

∩a∈R

Ma と∪a∈R

Ma は平面上のどのような図形であるか決

定せよ。

(2) 実数 b に対して、平面上の直線 Lb を Lb = {(x, y) | y = bx− b2} で定義する。

∪b∈R

Lb と∩b∈R

Lb はどのような図形であるか決定せよ。

(3) 正数 r ≥ 0 に対して、平面上の点 (r, 0) を中心とし半径 r の円を Sr で表す。

∪r≥0

Sr と∩r≥0

Sr はどのような図形であるか決定せよ。

例 2.4 各集合 Aα(α ∈ Λ)がすべて普遍集合 X の部分集合であるとき、集合族 A = {Aα | α ∈ Λ} に対して、つぎのド・モルガンの法則が 成り立つことを示せ。ただし、Λ 6= ∅ であるとする。

(1)

(∪α∈Λ

)c

=∩

α∈Λ

Acα, (2)

(∩α∈Λ

)c

=∪

α∈Λ

Acα

証明:(1) は次のように証明される。

x ∈

(∪α∈Λ

)c

⇔ ¬

(x ∈

∪α∈Λ

)⇔ ¬(∃β ∈ Λ (x ∈ Aβ)) ⇔ ∀β ∈ Λ (x ∈ Ac

β)

⇔ x ∈∩

α∈Λ

Acα

(2) は (1) を用いて次のように証明される。(∩α∈Λ

)c

=

(∩α∈Λ

(Acα)c

)c

=

((∪α∈Λ

Acα

)c)c

=∪

α∈Λ

Acα

問題 2.12  集合族A = {Aα | α ∈ Λ} と集合 B に対して、次の等式を証明せよ。

(1)(∪

α∈Λ Aα

)∪ B =

∪α∈Λ(Aα ∪ B) (ただし、Λ 6= ∅ とする)

(2)(∩

α∈Λ Aα

)∩ B =

∩α∈Λ(Aα ∩ B)

(3)(∩

α∈Λ Aα

)∪ B =

∩α∈Λ(Aα ∪ B) (ただし、Λ 6= ∅ とする)

(4)(∪

α∈Λ Aα

)∩ B =

∪α∈Λ(Aα ∩ B)

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 3年次の授業において、皆さんは位相空間や測度論を学ぶことになるが、そのときに出てくるのが、ある特定の規則を満たす集合族である。X を全体集合(普遍集合)とし、X の部分集合を要素とする集合族 T ⊂ 2X が

(T1) X, ∅ ∈ T, (T2) A,B ∈ T ⇒ A ∩ B ∈ T,

(T3) ∀Λ(∀λ ∈ Λ(Aλ ∈ T)) ⇒ ∪λ∈ΛAλ ∈ T

を満たすとき、(X, T) のことを位相空間とよぶ。一方、X の部分集合を要素とする別の集合族 M ⊂ 2X が

(M1) ∅ ∈ M, (M2) A ∈ M ⇒ Ac ∈ M,

(M3) (∀n ∈ N(An ∈ M)) ⇒ ∪n∈RAn ∈ M

を満たすとき、(X, M) のことを可測空間とよぶ。このように、集合族という考え方は、現代数学において重要な役割を担っているのである。お楽しみに。

2.5 直積集合集合 A と B に対して、Aの元と B の元の順序対(順序を考慮したペア)の集まり

A × B := {(t, s) | t ∈ A, s ∈ B}

を A と B の直積集合という。ここで、t ∈ Aと s ∈ B の順序は大事である。従って、 A×B と B ×A は同じとは限らない。さて、A×B が集合であるからには、その任意の元 (t, s) と (t′, s′)(t, t′ ∈ A, s, s′ ∈ B)は明確に区別されていなければならない。これらの元について、

(t, s) = (t′, s′) ⇔ (t = t′) ∧ (s = s′)

と定義する。この定義に従えば、A 6= B のときは A × B 6= B × A である。特に、A = B の ときは、A × A = A2 と表す。例えば、A = R のときA × A = A2 = R2 は平面上の点全体と同一視される。A = ∅ または B = ∅のときは、A × B = ∅ と 定義する。

Quiz 8. 3つの集合 A,B, C の直積 A × B × C の定義について考えてみよ。2つの集合の直積の定義を用いて、(A × B) × C

や A × (B × C) とする場合と比較せよ。

定理 2.4. 有限集合 A と B に対して、集合の大きさに関する以下の等式が成り立つ。

|A × B| = |A| × |B|

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問題 2.13 定理 2.4. を証明せよ。

s ∈ B に対して集合 As ⊂ A×B を As := {(t, s) ∈ A×B | t ∈ A} によって定義すると、 直積集合 A × B の定義から、

A × B =∪s∈B

As

である。ここで出てきた和は直和、即ち、どの二つの集合をとってきても、その共通集合が空集合

[(s ∈ B) ∧ (s′ ∈ B) ∧ (s 6= s′)] ⇒ As ∩ As′ = ∅

であるような集合族の和集合になっている。このことは、問題 2.13 のヒントになるかもしれない。

3 写像二つの集合の間の対応関係は、数学においては非常に重要である。考察対象となる個々の事象の個性は異なっていても、同じであるとみること(抽象化)によって、数学は大きな威力を発揮することが可能である。このような対応関係は、「写像」という考え方を用いて定式化される。

3.1 写像集合 X と Y は空でない(空集合ではないという意味)とする。 X の各要素 x に対して、要素 x ごとに Y のただ一つの要素 y を対応させる規則f を X から Y への写像といい、このことを

f : X → Y または  Xf→ Y

で表す。x に対応する Y の元はただ一つ定まるが、この Y の元は x ごとに変わりうる。そこで、X の要素 x に対応する Y の要素を f(x) で表し、これを写像 f による x の像という。f(a) = b のとき、a ∈ X を f による b ∈ Y

の原像という。

f(x) = y のとき x は y の原像、y は x の像

また、X を写像 f の定義域といい、Y を f の値域という。値域という呼び方は,ある特定の写像 f の像3 f(X) ⊂ Y と混同するおそれがある。例えば、「ある関数 f の値域を求めよ」と問う問題では、その関数の像 f(X) を求めよという意味である。このような混同を避けるために終集合という呼び方もあるので、この呼び方が適切であるとも言える。

3集合の写像による像については、§3.2 で述べる。

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注意:一般に、写像 f : X → Y という場合、X の任意の要素に対してその f による像がただ一つ定まらなければならないが、a, a′ ∈ X に対して、a 6= a′ であっても f(a) = f(a′) は可能である。混乱しないように。また、Y

のすべての要素が、 f による X のある要素の像である必要もない。これらは、後に §3.3 で解説するように、 写像の性質に属する事柄である。

Quiz 1. 集合 X = {1, 2, 3} と Y = {5, 6, 7} の間の次のような対応規則 f1, f2, f3, f4 の内、写像であるものと、写像でないものを区別せよ。

f1 : 1 7→ 7, 2 7→ 6, 3 7→ 7

f2 : 2 7→ 7, 1 7→ 5, 3 7→ 5

f3 : 1 7→ 5, 3 7→ 5, 2 7→ 5, 1 7→ 7

f4 : 3 7→ 6, 2 7→ 5, 1 7→ 7

写像の相等性:  写像 f : X → Y と g : X → Y がX の任意の要素 xに対して f(x) = g(x)を満たすとき、写像 f と g は等しいといい、f = gと表す。このように、写像の間の明確な区別が可能になったので、写像を元とする集合を考えることができる。 二つの写像 f, g : X → Y の相等性の定義を論理式で表すと、次のようになる。

f = g ≡ ∀x ∈ X (f(x) = g(x))

3.2 部分集合の像と逆像  写像 f : X → Y に対して、X の部分集合 Aの f による像 f(A)を

f(A) = {f(x) ∈ Y | x ∈ A}

によって定義する。また、写像 f : X → Y に対して、Y の部分集合 B に対して定まるX の部分集合

f−1(B) = {x ∈ X | f(x) ∈ B}

を f による B の逆像と呼び、記号 f−1(B) で表される。

注意:ここで注意すべきことは、a ∈ X に対して f(a) ∈ Y は Y

の 要素 であるが、f による集合 A ⊂ X の像 f(A) ⊂ Y は Y

の部分集合を表していることである。同様に、b ∈ Y の原像 a

(f(a) = b)は X の要素であるが、B ⊂ Y の 逆像 f−1(B) はX の部分集合である。

写像の例を幾つか挙げておこう。

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• f : N → R が f(n) = n2 − n によって定まっている。このように、写像の定義域が 自然数全体の集合で値域が実数である場合、実数列と呼ばれることもある。もし値域が有理数であれば、有理数列と呼ばれる。Quiz 2. この写像 f について、A = {1, 3, 4, 9}, および

B = {x ∈ R | − 3 ≤ x < 7} とするとき、f(A) と f−1(B) を求めよ。

• ある実数 cに対して、写像 f : R → Rが任意の x ∈ Rについて f(x) = c

で 定義されている場合、f を定値写像(constant mapping)と呼ぶ。写像の値域が数の集合の場合、定値関数(constant function)とも呼ばれる。今の例で、特に c = 0 の場合、f を零写像(zeromapping)、 または、零関数(zero function)と呼ぶ。

• 集合 X の部分集合 A ⊂ X に対して、関数 χA : X → R を

χA(x) =

{1 ; x ∈ A

0 ; x /∈ A

によって定義する。この関数を集合 A の定義関数または特性関数という。

Quiz 3. この写像 χA : X → R について、実数 a の値に応じて集合f−1({a}) ⊂ X を求めよ。

空集合の像と逆像: 写像 f : X → Y に対して、

f(∅) = ∅, f−1(∅) = ∅

であると約束する。

問題 3.1 写像 f : X → Y に対して、次のことを証明せよ。

(i) (像の定義) 集合 A ⊂ X に対して

y ∈ f(A) ⇔ ∃x ∈ A (y = f(x))

(ii) 命題 x ∈ A ⇒ f(x) ∈ f(A) は真命題であるが、その逆命題 f(x) ∈f(A) ⇒ x ∈ A は必ずしも真ではない。このことを示す例を挙げよ。

(iii) (逆像の定義) 集合 B ⊂ Y に対して

x ∈ f−1(B) ⇔ f(x) ∈ B

例 3.1 写像 f : R → R が f(x) = x2 − x で与えられている。

A = {x ∈ R | − 1 5 x 5 1},   B = {y ∈ R | 0 ≤ y ≤ 2}

とする。このとき、f−1(B) = {x ∈ R | − 1 ≤ x ≤ 0} ∪ {x ∈ R | 1 ≤ x ≤ 2}

および f(A) ={

y ∈ R | − 14

5 y 5 2}である。

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Quiz 4. この例 3.1 において、集合 A ∩ f−1(B) を求めよ。

定理 3.1.  A,B をX の部分集合とする。このとき、写像 f : X → Y に対して、次の性質が成り立つ。

(1) A ⊂ B ⇒ f(A) ⊂ f(B)(2) f(A ∪ B) = f(A) ∪ f(B)(3) f(A ∩ B) ⊂ f(A) ∩ f(B)(4) f−1(f(A)) ⊃ A

証明:証明はすべて定義の言い換えを行ってできる。(1) A ⊂ B とする。任意の y ∈ f(A) について、像の定義より、∃x ∈ A y = f(x) である。x ∈ A ⊂ B と部分集合の定義よりx ∈ B だから、y = f(x)と併せて、再び像の定義より、 y ∈ f(B)である。従って、f(A) ⊂ f(B) である。

(2) y ∈ Y に対して、次が成り立つ。

y ∈ f(A ∪ B)

⇔ ∃x ∈ A ∪ B (y = f(x)) (像の定義)

⇔ (∃x ∈ A (y = f(x)) ∨ (∃x ∈ B (y = f(x)) (和集合の定義)

⇔ (y ∈ f(A)) ∨ (y ∈ f(B)) (像の定義)

⇔ y ∈ f(A) ∪ f(B) (和集合の定義)

(3) y ∈ Y に対して、次が成り立つ。

y ∈ f(A ∩ B)

⇔ ∃x ∈ A ∩ B (y = f(x)) (像の定義)

⇒ (∃x ∈ A (y = f(x)) ∧ (∃x ∈ B (y = f(x)) (共通集合の定義)

⇔ (y ∈ f(A)) ∧ (y ∈ f(B)) (像の定義)

⇔ y ∈ f(A) ∩ f(B) (共通集合の定義)

(4) x ∈ X に対して、次が成り立つ。

x ∈ A

⇒ f(x) ∈ f(A) (像の定義)

⇔ x ∈ f−1(f(A)) (逆像の定義)

問題 3.2 定理 3.1 の (3) と (4) においては一般に等号が成り立たない。

(i) 写像 f : R → R を f(x) = x2 とするとき、(3) の等号が成り立たないような集合 A と B の例を挙げよ。

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(ii) (i) と同じ写像 f について、(4) の等号が成り立たないような集合 A の例を挙げよ。

(iii) (i) と同じ写像 f に対して、(3) において等号が成立するような集合 A

と B(A 6= B)の例を挙げよ。

(iv) 定理 3.1 (4) において、等号が成立するような 写像 g : R → R と集合A ⊂ R の例を挙げよ。

注意 定理 3.1 (3) (4) において等号が成立することは、§3.3 で解説する写像の単射性と関連がある。

定理 3.2.  C,Dを Y の部分集合とする。このとき、写像 f : X → Y に対して、次の性質が成り立つ。

(1) C ⊂ D ⇒ f−1(C) ⊂ f−1(D)(2) f−1(C ∪ D) = f−1(C) ∪ f−1(D)(3) f−1(C ∩ D) = f−1(C) ∩ f−1(D)(4) f(f−1(C)) = C ∩ f(X) (一般には f(f−1(C)) ⊂ C)

証明:

(1) C ⊂ D とする。任意の x ∈ f−1(C) について、逆像の定義より、f(x) ∈ C である。f(x) ∈ C ⊂ D と部分集合の定義よりf(x) ∈ D だから、再び逆像の定義より、 x ∈ f−1(D) である。従って、f−1(C) ⊂ f−1(D) である。

(2) x ∈ X に対して、次が成り立つ。

x ∈ f−1(C ∪ D)

⇔ f(x) ∈ C ∪ D (逆像の定義)

⇔ (f(x) ∈ C) ∨ (f(x) ∈ D) (和集合の定義)

⇔ (x ∈ f−1(C)) ∨ (x ∈ f−1(D)) (逆像の定義)

⇔ x ∈ f−1(C) ∪ f−1(D) (和集合の定義)

(3) x ∈ X に対して、次が成り立つ。

x ∈ f−1(C ∩ D)

⇔ f(x) ∈ C ∩ D (逆像の定義)

⇔ (f(x) ∈ C) ∧ (f(x) ∈ D) (共通集合の定義)

⇔ (x ∈ f−1(C)) ∧ (x ∈ f−1(D)) (逆像の定義)

⇔ x ∈ f−1(C) ∩ f−1(D) (共通集合の定義)

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(4) まず、 f(f−1(C)) ⊂ C を証明する。y ∈ Y に対して、次が成り立つ。

y ∈ f(f−1(C))

⇔ ∃x ∈ f−1(C) (y = f(x)) (像の定義)

⇒ y = f(x) ∈ C (逆像の定義)

次に、f−1(C) ⊂ X と定理 3.1 (1)より、f(f−1(C)) ⊂ f(X) であるから、 f(f−1(C)) ⊂ C ∩ f(X) が成り立つ。そこで、C ∩f(X) ⊂ f(f−1(C)) を 示せば等号の成立が証明できるが、次のように y ∈ C ∩ f(X) から出発すれば等号が示される。

y ∈ C ∩ f(X)

⇔ (y ∈ C) ∧ (∃x ∈ X (y = f(x))) (共通集合の定義と像の定義)

⇔ ∃x ∈ f−1(C) y = f(x) (言い換え)

⇔ y ∈ f(f−1(C)) (像の定義)

定理 3.2 (4)におけるキーポイントは、y ∈ C−f(X)ならば y /∈ f(X)であるので、ましてや、y ∈ f(f−1(C)) では決してありえない(f(f−1(C)) ⊂ f(X)に注意)という点である。

3.3 単射と全射ここでは、写像に関する重要な性質として、単射性と全射性について述べる。

単射:  写像 f : X → Y について、命題

f(x) = f(x′) ⇒ x = x′

が真であるとき、f は単射 (または 1対 1)であるという。 この命題の対偶

x 6= x′ ⇒ f(x) 6= f(x′)

が真であることを単射性の定義としてもよい。

問題 3.3

(1) f(x) = −3x + 2 によって定義される写像 f : R → R は、単射であることを示せ。

(2) g(x) = x3 − x によって定義される写像 f : R → R は、単射でないことを示せ。

Quiz 5. 写像 f : X → Y が単射ならば、定理 3.1 (3) (4) において等号が成立することを示せ。

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全射: 任意の y ∈ Y に対して f(x) = y を満たす x ∈ X が存在するとき、f は全射であるという。即ち、 ∀y ∈ Y (∃x ∈ X (f(x) = y)) が真のとき f

は全射と呼ばれる。また、f が全射かつ単射であるとき、f は全単射であるという。

問題 3.4

(1) g(x) = x3 − x によって定義される写像 g : R → R は、全射であることを示せ。

(2) h(x) = x2 + x によって定義される写像 g : R → Rは、全射でないことを示せ。

(3) f(x) = −3x + 2 によって定義される写像 f : R → R は、全単射であることを示せ。

Quiz 6. 写像 f : X → Y が全射のとき、定理 3.2 (4) において f(f−1(C)) = C が成り立つことを示せ。

典型的な写像の例を挙げよう。

• ∀x ∈ X (f(x) = x) によって定義される写像 f : X → X を X 上の恒等写像と呼び、 1X という記号で表す。

• A ⊂ B ⊂ X のとき、∀x ∈ A (f(x) = x によって定義される写像を A

から B への包含写像(inclusion map)と呼び、 iA という記号で表す。

• 包含写像は単射(の典型的例)であり、恒等写像は全単射(の典型的例)である。

例 3.2 写像 f : X → Y と部分集合 A ⊂ X に対して、つぎのことを証明せよ。

(1) f が全射ならば、f(Ac) ⊃ (f(A))c が成り立つ。(2) f が単射ならば、f(Ac) ⊂ (f(A))c が成り立つ。

証明:  (1)まず、y ∈ (f(A))c ⇔ y ∈ Y −f(A) ⇔ (y ∈ Y )∧(y /∈f(A)) である。 一方、f の全射性より、∃x ∈ X y = f(x) であるが、f(x) /∈ f(A) より x ∈ X − A = Ac である。すなわち、y ∈ f(Ac) となり、(f(A))c ⊂ f(Ac) である。

(2) y ∈ f(Ac) ならば、像の定義より、∃x ∈ Ac y = f(x)である。f の単射性より、任意の x′ 6= x に対して y 6= f(x′) であるから、特に、任意の x′ ∈ A に対して y 6= f(x′) であり、y /∈ f(A) となる。従って、y ∈ (f(A))c であるから、f(Ac) ⊂ (f(A))c である。

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問題 3.5 写像 f : X → Y と部分集合 B ⊂ Y に対して、

f−1(Bc) = (f−1(B))c

を証明せよ。

集合 X と Y の直積集合 X × Y から X または Y への写像を

prX : X × Y 3 (x, y) 7→ x ∈ X, prY : X × Y 3 (x, y) 7→ y ∈ Y

によって定義する。このとき、prX をX×Y からX への射影写像(projectionmapping)と呼ぶ(単に射影(projection)ともよぶ)。射影写像は全射(の典型的例)である。

問題 3.6 射影 prX : X × Y → X は全射であることを証明せよ。

定理 3.3. 有限集合 A,B とその間の写像 f : A → B について、以下の命題が成り立つ。

f が単射⇒ |A| ≤ |B| · · · (1)

f が全射⇒ |A| ≥ |B| · · · (2)

f が全単射⇒ |A| = |B| · · · (3)

問題 3.7 定理 3.3 を証明せよ。

部分集合への制限:  写像 f : X → Y を X の部分集合 A に制限したもの、すなわち

f |A : A → Y, ∀a ∈ A (f |A(a) = f(a))

を写像 f の A への制限という。

例 3.3 写像 f : R → R を f(x) = x2 で定義し、A = {x ∈ R | x ≥ 0} とするとき、f |A : A → Y は単射であることを示せ。

証明:x 6= y(x, y ∈ A)とする。 x ≥ 0, y ≥ 0 かつ x 6= y よりx + y > 0 である。x − y 6= 0 と併せて、

f |A(x) − f |A(y) = x2 − y2 = (x − y)(x + y) 6= 0

を得る。すなわち、f |A(x) 6= f |A(y) となり、f |A は単射である。

合成写像: 写像 f : X → Y, g : Y → Z に対して、

(g ◦ f)(x) = g(f(x))

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によって定義される写像 g ◦ f : X → Z を、f と g の合成写像という。

Xf−→ Y

g−→ Z

x 7−→ f(x) 7−→ g(f(x)) = (g ◦ f)(x)

例 3.4 二つの写像の定義域と値域が同じ場合、f, g : X → X、f ◦ g とg ◦ f が 定義される。一般に、f ◦ g 6= g ◦ f である。例えば、X = R として、f(x) = x2 と g(x) = 2x − 1 に対して、

(f ◦ g)(x) = (2x − 1)2 = 4x2 − 4x + 1, (g ◦ f)(x) = 2x2 − 1

より f ◦ g 6= g ◦ f である。

問題 3.8 写像 f : X → Y の A への制限 f |A と A から X への包含写像 iA との間には、

f |A = f ◦ iA

という等式が成り立っている。このことを証明せよ。

例 3.5 写像 f : U → V、g : V → W、h : W → X の合成写像について、

h ◦ (g ◦ f) = (h ◦ g) ◦ f : U → X

が成り立つ。このことを、写像の合成は結合則を満たすという。

証明: 任意の u ∈ U に対して、v = f(u) とすれば、

(h ◦ (g ◦ f))(u) =h((g ◦ f)(u)) = h(g(f(u))) = h(g(v))

=(h ◦ g)(v) = (h ◦ g)(f(u)) = ((h ◦ g) ◦ f)(u)

だから、主張が証明された。

定理 3.4. 写像 f : X → Y について次のことが成り立つ。

(a)   f ◦ h = 1Y をみたす写像 h : Y → X が存在するならば、f は全射である。

Yh−→ X

f−→ Y

y 7−→ h(y) 7−→ (f ◦ h)(y) = 1Y (y) = y

(b)   g ◦ f = 1X をみたす写像 g : Y → X が存在するならば、f は単射である。

Xf−→ Y

g−→ X

x 7−→ f(x) 7−→ (g ◦ f)(x) = 1X(x) = x

34

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(c)   g ◦ f = 1X かつ f ◦ h = 1Y をみたす二つの写像 g, h : Y → X が存在するならば、 f は全単射である。また、このとき g = h である。

証明:  (a) 任意の y ∈ Y に対して、x = h(y) ∈ X とすれば、f(x) = f(h(y)) = y より、 y ∈ f(X) となり、f は全射である。

(b) f(x) = f(x′)(x, x′ ∈ X)とする。これから、g(f(x)) =g(f(x′)) となるが、g ◦ f = 1X と 併せると、x = x′ となり、f

は単射である。

(c) f が全単射であることは、(a)と (b)の結果より明らかである。g = h を示すために、∀b ∈ Y に 対して、g(b) = h(b) が成り立つことを示す。f は全単射だから b = f(a) を満たす a ∈ X が存在して、そのような a ∈ X はただ一つである。一方、任意の y ∈ Y

に対して f(h(y)) = y が成り立つから、このことを y = b に適用して、f(h(b)) = b である。従って、h(b) = a = g(f(a)) = g(b)となり、h = g である。

定理 3.5. 写像 f : X → Y, g : Y → Z について、次のことが成り立つ。

(i) g ◦ f が全射ならば g は全射である。

(ii) g ◦ f が単射ならば f は単射である。

(iii) f と g が全単射ならば g ◦ f は全単射である。

証明: (i) 任意の z ∈ Z に対して、g ◦ f は全射だから、 ∃x ∈ X

z = (g ◦ f)(x) = g(f(x)) である。従って、z = g(y)(y = f(x) ∈Y)となって、 g は全射である。

(ii) x 6= x′(x, x′ ∈ X)とする。g ◦f は単射だから、(g ◦f)(x) 6=(g ◦f)(x′)、すなわち y = f(x), y′ = f(x′)とすれば g(y) 6= g(y′)である。写像の定義より y 6= y′ であり、 f(x) 6= f(x′) となって、f は単射である。

(iii) 練習問題とする。

問題 3.9 

(1) 定理 3.5 (iii) を証明せよ。

(2) 単射性の定義「f(x) = f(x′) ⇒ x = x′」を用いて定理 3.5 (ii) の証明を実行せよ。

逆写像: 写像 f : X → Y が全単射ならば、任意の y ∈ Y に対して x ∈ X

が存在して y = f(x) である(f の全射性)。一方、このような x ∈ X は各 y

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についてただ一つである(f の単射性)。したがって、 任意の y ∈ Y に対して、ただ一つの x ∈ X(y = f(x))が対応するので、写像 g : Y → X が定義される。定義より、この写像 g も全単射であり、g ◦ f = 1X と f ◦ g = 1Y

を満たす。このような写像 g : Y → X を f の逆写像と呼び、記号 f−1 で表す。

注意:  f : X → Y が全単射のとき f の逆写像を表す記号 f−1

と Y の部分集合の逆像を表す記号が同じになっているが、この二つを決して混同してはいけない。逆写像は、Y の要素に X の要素を対応させる写像であるが、逆像は f によって Y のある部分集合に移される X の要素の集まり(集合)を表す記号である。

定理 3.6. 写像 f : X → Y, g : Y → Z を全単射とするとき、次のことが成り立つ。

(i)  (f−1)−1 = f、 (ii)  (g ◦ f)−1 = f−1 ◦ g−1

問題 3.10 定理 3.6 を証明せよ。

離散力学系:X を集合とする。任意の n ∈ Z に対して写像 φn : X → X が定義されていて、 次の条件を満たすとする。

(i) φ0 = 1x, (ii) φn+m = φn ◦ φm (n,m ∈ Z)

このとき写像の族 {φn}n∈Z を X 上の離散力学系(あるいは離散的流れ)という。英語では、discrete dynamical system(あるいは discrete flow)という。 φ1 ◦ φ−1 = 1X , φ−1 ◦ φ1 = 1X だから、定理 3.4 (c) より、φ1 は全単射であり、φ−1 = φ−1

1 (逆写像)である。また、φ2 = φ1 ◦ φ1 = φ21 などによ

り、φn = φn1(n ∈ Z)である。従って、X 上の離散力学系とは X 上の全単

射写像 f : X → X によって生成される、すなわち、 φn = fn(n ∈ Z)が成り立つ。

X = [0, 1] ⊂ R であって f(x) = ax(1 − x)(0 ≤ a ≤ 4)の場合、f はロジスティック写像 と呼ばれ、これから生成される X = [0, 1] 上の離散力学系は大変興味深い性質をもち、カオス理論における 重要な例を与える。ロジスティック写像は単射ではなく、0 ≤ a < 4 の場合には全射でもない。ロジスティック 写像 f によって生成される写像族 {fn}n≥0 は 離散的半力学系(discrete semi dynamical system)または離散的半流(discrete semi flow)と呼ばれる。

3.4 可算集合と非可算集合要素の個数が有限である集合を有限集合とよんだ。ある集合 S が有限集合でない、すなわち、Sの要素 の個数が有限でない場合、S は無限集合と呼ば

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れる。すでに出てきたように、無限集合の例として、以下のようなものがある。 自然数全体の集合    (これを Nと表す) 整数全体の集合     (これを Zと表す) 有理数全体の集合    (これを Qと表す) 実数全体の集合     (これを Rと表す)

無限集合は、大きく分けて二つある。まず、二つの無限集合を比較する方法を定義しよう。 ここに写像の概念が用いられる。集合 X と Y との間に全単射写像 f : X → Y が存在するとき、集合 X と

Y は対等であるという。

可算集合、非可算集合 自然数の集合 Nの部分集合と対等な集合を可算集合といい、そうでないものを非可算集合という。

例 3.6  N, Z 及び Q は可算集合である。 R、無理数の集合 R − Qは非可算集合である。

問題 3.11 写像 f : N × N → N を次のように定義する。

f(m,n) :=12(m + n − 2)(m + n − 1) + n

(i) 写像 f は単射であることを示せ。

(ii) 任意の k ∈ N に対して、(`− 1)(`− 2) < 2k ≤ `(`− 1) を満たす ` ∈ Nがただ一つ存在することを示せ。

(iii) ∀k ∈ N にたいして、` を (ii) のように選び n := k − (` − 1)(` − 2)/2および m := `−n とすれば、m と n は共に自然数であることを示せ。このとき、f(m,n) を計算せよ。

(iv) 写像 f は全射であることを示せ。また、f の逆写像 f−1 : N → N × Nを求めよ。

問題 3.12 二つの集合 A,B が共に可算集合のとき、次のことを証明せよ。

(1) 和集合 A ∪ B は可算集合である。

(2) 直積集合 A × B は可算集合である。

問題 3.13 整数全体の集合 Z と有理数全体の集合 Q は可算集合であることを示せ。

上で定義した、集合の間の対等という関係は同値関係と呼ばれるものの例である。 これについては、§4 で扱うことになる。

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3.5 和集合・共通集合と像・逆像この小節は数学概説の講義では飛ばしてもよいであろう。この小節は、和集合・共通集合と像・逆像についてさらに深く理解することを目的とする。限定命題 ∃xP (x)は,分かりやすくするために,∃x(P (x))や (∃x)P (x)や ∃x, P (x)などと書き表すこともある.∀xP (x)も同様である.

例 3.7   Aを集合, {Bλ | λ ∈ Λ}を集合族とする.このとき, 次の命題の各々に対して,次の問に答えよ. (a) 日本語に翻訳せよ. (b) その命題が意味することを集合論の記号を用いて表せ. (c) その命題の否定を論理記号を用いて記述せよ.

(1) ∀x ∈ A,∃λ ∈ Λ, x ∈ Bλ.

(2) ∀x ∈ A,∀λ ∈ Λ, x ∈ Bλ.

(3) ∃x ∈ A,∀λ ∈ Λ, x ∈ Bλ. 

解答 (1) (a) (例1) 集合 Aの任意の元 xに対して, 添字集合 Λの元λが存在し, x ∈ Bλ が成立する.(例2) 集合 Aの任意の元 xに対して,添字集合 Λの元 λで x ∈ Bλ となるものが存在する.(例3)集合Aの任意の元 xに対して,x ∈ Bλとなるような 添字集合 Λの元 λが存在する.(例4) 集合 Aのどのような元 xも. 集合族 {Bλ | λ ∈ Λ} のあるメンバー Bλ に含まれる.

(b) A ⊂ ∪λ∈ΛBλ.(c) ∃x ∈ A,∀λ ∈ Λ, x /∈ Bλ.

(2) (a) (例1) 集合 Aの任意の元 xと 添字集合 Λの任意の元 λに対して x ∈ Bλ が成立する.(例2) 集合 Aのどのような元 xも. 集合族 {Bλ | λ ∈ Λ} の全てのメンバー Bλ に含まれる.

(b) A ⊂ ∩λ∈ΛBλ.(c) ∃x ∈ A,∃λ ∈ Λ, x /∈ Bλ.

(3) (a) (例1) 集合 Aのある元 xが存在し, 添字集合 Λの任意の元λに対して x ∈ Bλ が成立する.(例2) 集合 Aの元 xで, 添字集合 Λの任意の元 λに対して x ∈ Bλとなるようなものが存在する.(例3)集合Aの元 xで,集合族 {Bλ | λ ∈ Λ} の全てのメンバーBλに含まれるものが存在する.

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(b) A ∩ (∩λ∈ΛBλ) 6= ∅.(c) ∀x ∈ A,∃λ ∈ Λ, x /∈ Bλ. �

例 3.8   {Xλ |λ ∈ Λ} 集合族とし,Y を集合とする.次が成り立つ.(1) µ ∈ Λ ⇒ ∪λ∈ΛXλ ⊃ Xµ ⊃ ∩λ∈ΛXλ

(2) ∀λ ∈ Λ(Xλ ⊂ Y ) ⇒ ∪λ∈ΛXλ ⊂ Y

(3) ∀λ ∈ Λ(Xλ ⊃ Y ) ⇒ ∩λ∈ΛXλ ⊃ Y

証明 定義より明らか. �次の定理は定理 3.1 (2) と (3) の一般化である.

定理 3.7.   {Aλ |λ ∈ Λ} をX の部分集合からなる集合族とする.このとき, 写像 f : X → Y に対して次が成り立つ.

(1) f(∪λ∈ΛAλ) = ∪λ∈Λf(Aλ) (2) f(∩λ∈ΛAλ) ⊂ ∩λ∈Λf(Aλ)

証明 (1) A = ∪λ∈ΛAλとおく.y ∈ f(A)とすると,∃x ∈ A(y = f(x)).この xに関して,∃λ ∈ Λ(x ∈ Aλ∧y = f(x)).よって y ∈ f(Aλ) ⊂ ∪λ∈Λf(Aλ).次に ∪λ∈Λf(Aλ) ⊂ f(A)を示す. 任意の λ ∈ Λに対して,Aλ ⊂ Aなので,定理 3.1 (1)より f(Aλ) ⊂ f(A).よって,例 3.8 (2)から∪λ∈Λf(Aλ) ⊂ f(A).

(2) A = ∩λ∈ΛAλ とおく. 任意の λ ∈ Λに対して,Aλ ⊃ Aなので,定理1.7(1)より f(Aλ) ⊃ f(A).例 3.8 (3)から ∩λ∈Λf(Aλ) ⊃ f(A). �

注意  定理 3.7 (2) は等号でないことに注意せよ.(反例)X ={1, 2}, Y = {1}, f : X → Y を f(1) = f(2) = 1 となる写像とする. A1 = {1}, A2 = {2} とすると A1 ∩ A2 = ∅ なので,f(A1 ∩ A2) = ∅.しかし,f(A1) ∩ f(A2) = {1}.

次の定理は定理 3.2 (2) と (3) の一般化である.

定理 3.8.   {Bλ |λ ∈ Λ} を Y の部分集合からなる集合族とする.このとき, 写像 f : X → Y に対して次が成り立つ.

(1) f−1(∪λ∈ΛBλ) = ∪λ∈Λf−1(Bλ) (2) f−1(∩λ∈ΛBλ) = ∩λ∈Λf−1(Bλ)

証明 (1)

x ∈ f−1(∪λ∈Λ Bλ) ⇔ f(x) ∈ ∪λ∈ΛBλ

⇔ ∃λ ∈ Λ (f(x) ∈ Bλ)

⇔ ∃λ ∈ Λ (x ∈ f−1(Bλ))

⇔ x ∈ ∪λ∈Λ f−1(Bλ)

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(2)

x ∈ f−1(∩λ∈Λ Bλ) ⇔ f(x) ∈ ∩λ∈ΛBλ

⇔ ∀λ ∈ Λ (f(x) ∈ Bλ)

⇔ ∀λ ∈ Λ (x ∈ f−1(Bλ))

⇔ x ∈ ∩λ∈Λ f−1(Bλ)

上に示した定理 3.7 と定理 3.8 の証明はかなり違っている.定理 3.8 の証明のように定理 3.7 を証明することもできる.下にそのような証明を与える.ただし,(2)の証明の3ステップ目が⇒であることに注意すること4.

定理 3.7 の別証明 (1)

y ∈ f(∪λ∈Λ Aλ) ⇔ ∃x ∈ ∪λ∈Λ Aλ (y = f(x))

⇔ ∃x ∈ X ∃λ ∈ Λ (x ∈ Aλ ∧ y = f(x))

⇔ ∃(x, λ) ∈ X × Λ (x ∈ Aλ ∧ y = f(x))

⇔ ∃λ ∈ Λ∃x ∈ X (x ∈ Aλ ∧ y = f(x))

⇔ ∃λ ∈ Λ (y ∈ f(Aλ))

⇔ y ∈ ∪λ∈Λf(Aλ)

(2)

y ∈ f(∩λ∈Λ Aλ) ⇔ ∃x ∈ ∩λ∈Λ Aλ (y = f(x))

⇔ ∃x ∈ X ∀λ ∈ Λ (x ∈ Aλ ∧ y = f(x))

⇒ ∀λ ∈ Λ∃x ∈ X (x ∈ Aλ ∧ y = f(x))

⇔ ∀λ ∈ Λ (y ∈ f(Aλ))

⇔ y ∈ ∩λ∈Λf(Aλ)

�この証明には2つ並んだ限定記号の順序を交換しているところがある.一般に限定記号の順序交換はできない5.

4定理 3.7 の別証明 (2)の中にある⇔はすべて⇒にしても証明としては正しい. むしろそうする方が適切である.ここでは, どこまで⇔にできるかが分かりやすいようにあえて⇔にしている.

5文献 [飯高茂/編・監修 「微積分と集合 そのまま使える答えの書き方」講談社サイエンティフィク] の pp.11–19 は数学科の 学生にとってとても重要である.

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4 関係集合の定義において、その集合の元が明確に区別されていることが必要であった。この区別を明確化したものが、相等という概念であった。この相等という考え方は、 x と y は等しい(同じ元である)とか、x と y は等しくない(別の元である)などのように、二つの元の間の関係である。このように、集合の二つの元の関係を2項関係と呼ぶ。その意味で、「同じである」ということも2項関係であり、これを相等関係とも呼ぶ。相等関係が集合の元を明確に区別するためには、次のような性質が要請される。

 (反射律) x = x

 (対称律) x = y ⇒ y = x

 (推移律) (x = y) ∧ (y = z) ⇒ x = z

4.1 2項関係実数 x と y の間に y = 2x という関係式が成り立つとき、これを x-y 平面上の直線で表すことがある。すなわち、{(x, y) ∈ R2 | y = 2x} という R×Rの 部分集合を考えて、(a, b) がこの集合の要素であるとき、a と b の間にはb = 2a という関係が あるとするのである。このことを一般化して、次のような定義をする。

2項関係: 集合 X と Y の元の間の関係とは、直積集合 X × Y の部分集合 R の ことである。(a, b) ∈ R のとき、a ∈ X と b ∈ Y は関係 R を満たすといい、記号では aRb とも表す。特に X = Y の場合、関係 R を X 上の2項関係と呼ぶ。

上で述べた1次関数の例を一般化して、次のような例をえる。

例 4.1 集合 X から集合 Y への写像 f : X → Y に対して、直積集合の部分集合

G(f) := {(x, f(x)) | x ∈ X} ⊂ X × Y

を写像 f のグラフと呼ぶ。この G(f) は X の元と Y の元の間の関係を定義する。

写像 f : X → Y から、X の要素と Y の要素の間の関係が、f のグラフG(f) によって定まる。 逆に、X と Y の間の関係 R から写像 f : X → Y

が定まるだろうか。答えは「必ずしも定まらない」である。写像の定義を思い起こせば、次のことがいえる。

部分集合 R ⊂ X × Y が 「任意の a ∈ X に対して、(a, b) ∈ R

を満たす b ∈ Y がただ一つ存在する」という性質を持つならば、R をグラフとする関数 f : X → Y がただ一つ存在する。

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問題 4.1 上に述べたことを証明せよ。

このように、関係は写像概念の一般化であるともいえる。

4.2 同値関係2項関係のうち、もっとも重要な一つとして、同値関係がある。

同値関係: 集合 X の元 x と y との間の関係 R が次の性質をもつとき、この R を同値関係といい、~で表す。

(反射律) (1) x ∼ x :(x, x) ∈ R

(対称律) (2) x ∼ y ⇒ y ∼ x :(x, y) ∈ R ⇒ (y, x) ∈ R

(推移律) (3) (x ∼ y) ∧ (y ∼ z) ⇒ x ∼ z : (x, y), (y, z) ∈ R ⇒ (x, z) ∈ R

例 4.2 集合 X において、その要素の間の相等関係は同値関係である。

例 4.3  Z 上の関係 R = {(m,n) ∈ Z × Z | m − n は 5 の倍数である }は同値関係である。

Quiz 1. 例 4.3 の主張を証明せよ。

例 4.4  R 上の関係 R = {(x, y) ∈ R2 | x − y ∈ Z} は同値関係である。

Quiz 2. 例 4.4 の主張を証明せよ。

同値類: 集合 X 上に同値関係 ∼ が定められているとする。X の要素 a と同値な X の要素全体の集合

{x ∈ X | x ∼ a}

を a の同値類 と呼び、記号 C(a) で表すことにする。また、 b ∈ C(a) を同値類 C(a) の代表元という。特に、 a は C(a) の代表元である。

Quiz 3. 例 4.3 と例 4.4 における同値関係において、同値類と代表元を求めよ。

集合 X 上に同値関係 ∼ が定義されているとき、任意の元 a ∈ X の同値類 C(a) は、 X の部分集合である。同値類すべてを集めてできる X の部分集合族

{C(a) | a ∈ X} ⊂ 2X

を記号 X/ ∼ で表し、X を同値関係 ∼ で割った商集合(quotient set)と呼ぶ。この商集合は代表元の集まりとも同一視されることがある。

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例えば、例 4.3 の同値関係においては、

Z/ ∼= {C(0), C(1), C(2), C(3), C(4)}

となる。ここで、

C(k) = {n ∈ Z | n は 5 で割って k 余る数 }, k = 0, 1, 2, 3, 4

である。一方、商集合を代表元の集合と同一視すれば、Z/ ∼= {0, 1, 2, 3, 4}である。Z/ ∼= {−1, 0, 1, 2, 3} としても良い.また、各 x ∈ X に x の同値類を対応させる写像

p∼ : X 3 x 7→ C(x) ∈ X/ ∼

を X から X/ ∼ への標準的射影(canonical projection)と呼ぶ。

Quiz 4. 例 4.3 の同値関係において、代表元の集合は Z/ ∼={−2,−1, 0, 1, 2} としても良いことを示せ。

問題 4.2 例 4.4 の同値関係において、商集合(代表元の集合として)ある一つの区間 ⊂ R が取れる。この区間を求めよ。

問題 4.3  R 上の関係 R{(x, y) ∈ R2 | x− y ∈ Q} は同値関係であることを示せ。この同値関係に対する商集合 R/ ∼ はどのような集合か?

定理 4.1. 集合 X 上に同値関係 ∼ が定義されているとき、以下のことが成り立つ。

(i) a ∈ C(a)

(ii) C(a) ∩ C(b) 6= ∅ ⇔ C(a) = C(b)

(iii) X =∪

x∈X

C(x)

問題 4.4 定理 4.1 を証明せよ。

注意 この定理から、集合 X に同値関係 ∼ が与えられたとき、二つの同値類は共通元を全く持たないか、一致するかのどちらかである.さらにこのとき、集合 X は同値類によって分割(分類)される。これを X の同値関係 ∼ による類別という。逆に、集合 X の分割(分類)

X =∪

α∈Λ

Cα; [∀α, β ∈ Λ(α 6= β)Cα ∩ Cβ = ∅]

があれば、X 上の同値関係 ∼ が次のように定義される。

x ∼ y ⇔ ∃α ∈ Λ[(x ∈ Cα) ∧ (y ∈ Cα)]

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集合の濃度:  §3.4 において、集合の間の対等関係を定義した。集合 A と集合 B は、全単射写像 f : A → B が存在するとき、対等であるといった。有限集合の場合、これは A の要素の個数と B の要素の個数が等しい(|A| = |B|)ことと同じである。f : A → B が全単射ならば、逆写像 f−1 : B → A が存在して f−1 も全単射である。従って、 A と B が対等ならば B と A も対等である。集合 A と集合 B の対等関係を記号 A ∼ B で表すことにすれば、定理 3.5 (iii) 等を用いて、次のことが確認できる。

(i) A ∼ A (1A : A → A: 全単射)

(ii) A ∼ B ⇒ B ∼ A (f : A → B 全単射 ⇒ f−1 : B → A 全単射)

(iii) (A ∼ B) ∧ (B ∼ C) ⇒ A ∼ C (定理 3.5 (iii))

従って、集合の間の対等という関係は同値関係である。 この同値関係において、集合 A の同値類を A の濃度あるいは基数(cardinal number)と呼び、記号 |A| を用いて表すことにする。A が有限集合の場合には、|A| は集合 A の要素の個数であった。従って、集合 A の濃度とは集合の個数の概念を一般化して無限集合にまで拡げたものである。

Quiz 5. 有限集合 A の個数が n ∈ N であるとは、集合

{k ∈ N | 1 ≤ k ≤ n}

から集合 A への全単射写像が存在することと同値である。このことについて再考せよ。

4.3 順序関係集合 X に於ける関係 R で、次の性質を満たすものを X 上の順序関係という。この関係を記号 ≤ で表すことにする。

(i) (反射律)x ≤ x

(ii) (半対称律)(x ≤ y) ∧ (y ≤ x) ⇒ x = y

(iii) (推移律)(x ≤ y) ∧ (y ≤ z) ⇒ x ≤ z

例 4.5  R 上の通常の大小関係 x ≤ y は順序関係である。一方、通常の狭い意味の大小関係 x < y は順序関係ではない(反射律を満たさない)。

例 4.6 集合 X の羃集合 2X における関係 ≤ を、A, B ∈ 2X に対して

A ≤ B ⇔ A ⊂ B

によって定義する。この関係は 2X 上の順序関係である。

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Quiz 6. 例 4.6 の主張を証明せよ。

順序関係 ≤ が定義されている集合 X を半順序集合と呼び、このことを強調するために、記号 (X,≤) で表す。半順序集合 X が

∀x, y ∈ X (x ≤ y ∨ y ≤ x)

を満たすとき、(X,≤) は全順序集合と呼ばれる。x ≤ y または y ≤ x が成り立つとき、x と y は比較可能であるという。全順序集合においては、その任意の二つの要素は比較可能である。一方、一般の半順序集合(全順序集合ではない)においては、比較可能でない要素のペアが少なくとも一組存在することになる。例 4.6 は半順序集合であるが一般に全順序集合ではない例であり、例 4.5 は全順序集合の例である。

Quiz 7. 例 4.6 において、X の要素の個数が 2 以上であれば、2X は全順序集合ではないことを証明せよ。

問題 4.5 R から R への写像全体の集合を Map(R, R) で表し、その二つの要素 f, g ∈ Map(R, R) に対して、

f ≤ g ⇔ ∀x ∈ R f(x) ≤ g(x)

と定義する。このとき、(Map(R, R),≤) は半順序集合であるが、全順序集合ではないことを証明せよ。

濃度の大小関係  §4.2 の最後で集合の濃度を定義した。ここでは、濃度の大小関係を定義してみよう。集合 A, B にたいして、単射 f : A → B が存在するとき、即ち、A と B

の部分集合が対等なとき、集合 A の濃度 |A| と集合 B の濃度 |B| の間には、|A| ≤ |B| という関係があると定義する。このとき、以下のことが成り立つ。

(i) |A| ≤ |A|

(ii) (|A| ≤ |B|) ∧ (|B| ≤ |A|) ⇒ |A| = |B|(ベルンシュタインの定理)

(iii) (|A| ≤ |B|) ∧ (|B| ≤ |C|) ⇒ |A| ≤ |C|

従って、集合の濃度の大小関係は順序関係である。このうち、項目 (i) と項目 (iii) は容易に証明できるであろう。項目 (ii) の証明はそれほど簡単ではなく、ベルンシュタインの定理(あるいは、カントール-ベルンシュタインの定理)と呼ばれる。この定理の証明に興味のある人は、参考書などで調べてみると面白いでしょう。

Quiz 8. 集合の濃度が満たす性質のうち、項目 (i) と項目 (iii)を証明せよ。

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