2
(第 3 種郵便物認可) 4 2016 年(平成 28 年)5 2 6 日(木曜日) Product,Place,Price,PromotionSolution,Access,Value,Educationriskassessment×riskperceptionResourceBasedView調調Value,Rarity,Imitability,Organization17 図表4 VRIO フレームワーク 経済価値 (Value) その経営資源は外部環境の脅威や機会に適応することを 可能にするか 希少性 (Rarity) その経営資源をコントロールしているのはごく少数の競 合企業か 模倣困難性 (Imitability) その経営資源を獲得または開発する企業は、すでに保有 する企業に比べてコスト上、不利か 組織 (Organization) 価値があり、希少で、模倣コストの大きい経営資源を活用 するために、組織的な方針や手続きが整っているか (出典:ジェイ・B・バーニー『企業戦略論 [ 上 ] 基本編 競争優位の構築と持続』 岡田正大訳、 2003年、ダイヤモンド社、250ページ) 図表1 4P から SAVE への視点の移行 従来 今後の方向性 Product (製品) Solution (ニーズ) 製品の特徴、機能の協調ではな く、製品が提供できる顧客のニー ズを明示する Place (チャネル) Access (利便性) 個別の購入地点としてのチャネル ではなく、顧客の購入過程を考慮 した総合的なプレゼンスの確立 Price (価格) Value (価値) 生産コスト、競合製品の価格比較 ではなく、顧客にとっての価値を 明示 Promotion (販促) Education (情報) PR、対面販売への依存ではなく、顧 客の購入サイクルの各ポイントに おけるニーズに応える情報を提供 (出典:Ettenson, R., Rethinking the 4P’s, Harvard Business Review , January 2013) 図表2 投票つぼゲームによる保険購買行動の結果  図表3 保険購入傾向の波型  0 10 20 30 40 50 60 70 80 0.01 0.02 0.04 0.1 0.25 0.5 1 2 5 10 Loss probability * (%) リスクイメージ (例えば、発生頻度を中心に考えた場合) 保険購入ニーズ Subjects (%) Percentage of subjects who responded to buy insurance *Only loss probability are shown.

有限責任監査法人トーマツ 《第 - Deloitte US€¦ · 着目した戦略2.経営資源に要と言える。 の効用に対する訴求が重ミュニケーションと保険いリスク評価に基づくコスに惑わされることのなスク認知におけるバイアティングにおいては、リ故、実際の保険のマーケいかと推定される。

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Page 1: 有限責任監査法人トーマツ 《第 - Deloitte US€¦ · 着目した戦略2.経営資源に要と言える。 の効用に対する訴求が重ミュニケーションと保険いリスク評価に基づくコスに惑わされることのなスク認知におけるバイアティングにおいては、リ故、実際の保険のマーケいかと推定される。

(第 3 種郵便物認可) ( 4 )2 0 1 6 年(平成 2 8 年)5 月 2 6 日(木曜日)

1.マーケティ

ング戦略

 一般事業会社のマーケ

ティング事情は大きく変

化している。マーケティ

ング計画を立案する際、

一般に知られた枠組み

は、「4P(P

roduct,

Place, P

rice, Prom

otion

)」である。しか

し、技術が短期間で陳腐

化し差別化が難しくなっ

たこと、消費者の価値観

の変化が生じていること

などに対応する視点とし

て、「SAVE(S

oluti

on, Access, V

alue,

Education

)」という

枠組みも提示されている

(図表1参照)。

 保険会社にとって、適

切で安定的なリスクポー

トフォリオを形成するた

めに、保険のマーケティ

ングは重要である。しか

し、一般事業会社の商品

は、顧客が商品を現実に

手に取って、あるいはそ

れを見て判断することが

でき、その商品が自分の

ニーズ、利用価値に合致

しているかを実際的な方

法で確かめることができ

る。これに対し保険サー

ビスは目に見えない。し

かも、将来その利用機会

が現実に発生するかが不

確かであるという特徴が

あるため、顧客の購買行

動は一般事業会社の商品

・サービスとは異なる。

 保険購買行動は、経済

学では不確実性下の意思

決定問題として取り扱わ

れてきた。保険取引は、

危険回避型の保険契約者

と危険中立型の保険者の

間で結ばれる危険分散を

目的とした取引である。

個人の生活設計における

リスクへの対処を考えた

場合、経済学が想定する

合理的な意思決定は主観

的期待効用理論に基づく

ものである。同理論の主

要な構成要素として、ハ

ーバート・サイモン(注

1)は、次の通り説明す

る。要約すると、①意思

決定者がはっきりとした

効用関数(注2)を持っ

ていること②選択すべき

はっきりした選択肢の集

合を有すること③将来の

全ての出来事に対して確

率分布を割り当てること

ができること④意思決定

者が、戦略から生じる出

来事の集合の中から効用

関数に照らし期待値を最

大化するような選択肢を

選択できること―であ

る。

 リスクの捉え方である

が、保険の基礎になる確

率論に基づくリスク評価

(risk assessment

は、「客観的発生確率×

損害強度=リスク量」と

して把握する。一方、人

のリスク認知(risk pe

rception

)は、リスク

に対するイメージ(恐ろ

しさ因子、未知性因子)

に影響を受けると言われ

ており、その尺度を異に

する。それ故、リスク評

価(リスク量)が同じで

あれば保険者にとっては

同じと判断されるとして

も、発生確率と損害強度

の組み合わせによって、

保険契約者のリスク認知

は異なることとなる。こ

のようなリスク認知と保

険購買行動を取り扱った

心理実験(注3)によれ

ば、同じリスク量であっ

ても、人々はある一定の

基準より低い発生頻度の

損害(一度発生するとそ

の損害の程度は大きい)

を軽視し、中程度から高

い確率の損失に対して保

険を購入しようとする傾

向が確認されている(図

表2参照)。

 この傾向は保険の種類

によっても、その危険に

対する保険購入者の過去

の経験によっても異なる

結果が出ることが予測さ

れる。また、この心理実

験の結果は被験者全体の

傾向であるので、個々の

意思決定の傾向を類型に

分けると、例えば、図表

3のようなさまざまなタ

イプが考えられる。

 このようにリスク量が

同じであっても人の選好

にばらつきが出るのは、

人によって損害強度に大

きく影響を受けるか、発

生頻度に影響を受けるか

によって、リスク認知に

違いが生ずるためではな

いかと推定される。それ

故、実際の保険のマーケ

ティングにおいては、リ

スク認知におけるバイア

スに惑わされることのな

いリスク評価に基づくコ

ミュニケーションと保険

の効用に対する訴求が重

要と言える。

2.経営資源に

着目した戦略

 ポーターが主張するポ

ジショニング戦略におい

ては、魅力の乏しい産業

であったとしても、希少

かつ模倣困難な内部資源

を有する企業には、十分

魅力的な市場となり得る

のではないかという議論

も現れた。つまり、市場

でのポジショニングより

も、各企業が保有してい

る資源こそが持続的競争

優位の源泉であるという

立場をとり、企業自体の

内部資源であるケイパビ

リティーを重視する考え

が競争戦略論から出てき

た。その中心が、ジェイ

・B・バーニーに代表さ

れる「資源依存理論

(Resource Based

View

:RBV)」であ

る。

 バーニーは、「企業ご

とに異質で、複製に多額

の費用がかかる経営資源

に着目し、これらの経営

資源を活用することによ

って競争優位を確保でき

る(注4)」と主張す

る。このような競争優位

にある経営資源は市場で

調達できるものではな

い。つまり、模倣されな

い経営資源の戦略的蓄積

が競争優位を生むものと

考え、次の四つの資本を

例示する(注5)。すな

わち、①財務資本(多様

な金銭的資源、資本金、

借入金、内部留保)②物

的資本(技術、工場、設

備、立地)③人的資本

(経営者、従業員、人材

育成訓練、従業員の経

験、判断、知性、人間関

係、洞察力)④組織資本

(個人の集合体としての

属性、公式の組織構造、

公式・非公式の計画、管

理調整のシステム、企業

内部グループ間の非公式

関係、他企業との関係)

―である。

 バーニーは、経営資源

の競争力の要件として四

つの問いを重視する。こ

れは、頭文字を取ってV

RIO(V

alue, Rari

ty, Imitability, Org

anization

)フレーム

ワークと呼ばれる。その

視点は、図表4の通り整

理される。

3.競争力とE

RM

 保険会社においては、

一般事業会社以上に戦略

とリスク管理は表裏の関

係にある。戦略を推進し

ていくためにも、会社と

してリスク管理のケイパ

ビリティーを高めていく

ことは必然となる。戦略

とリスクを統合的に管理

するERM(統合的リス

ク管理)を企業の独自競

争力として、つまり、バ

ーニーのVRIOの枠組

みを参照して整理してみ

たい。

 まず、企業価値への貢

献の視点であるが、も

し、リスクが適切に特定

・評価されておらず、過

大・過小評価となってい

れば、資本の十分性に問

題を来すこととなり、効

果的な資本配賦も実施さ

れない。結果、企業価値

追求が非効率的となる。

 次に、希少性、模倣困

難性、組織といった観点

であるが、これらは相互

関連性が強い。告知とア

ンダーライティングとい

った保険引受業務やER

M活動は、組織構成員に

よる日々の意思決定と行

動によって成り立ってい

る。そして、リスクに対

する制御とリスク財務と

いった日々のリスク処理

の巧拙は適切な事業運営

に直接影響する。

 このようにERMの実

効性は、日々の活動を通

じて、経験・ノウハウが

組織内で蓄積され、組織

構成員により継続的に実

践される中で周知・徹底

され、精緻化されていく

形で向上していく。その

スキルは、たとえ同じ業

界でも全く共通というも

のではなく、会社固有で

あり、希少性を有する。

リスクマネジメント・プ

ロセスは企業の個々の内

部統制・マネジメントシ

ステムと有機的に結び付

いて機能するものであ

る。

 未知のリスクに関する

ナレッジについて考えて

みたい。当初は認知され

ていないため、それは、

表現できず伝達しづらい

ものである。事業活動を

通じて、その存在に気付

くことがきっかけとなる

が、この種の知識は「暗

連載 

保険ERM基礎講座 《第17回》

戦略論とERM(その2)

有限責任監査法人トーマツ  

ディレクター 

後藤 茂之

(5面へつづく)

図表4 VRIOフレームワーク経済価値(Value)

その経営資源は外部環境の脅威や機会に適応することを可能にするか

希少性(Rarity)

その経営資源をコントロールしているのはごく少数の競合企業か

模倣困難性(Imitability)

その経営資源を獲得または開発する企業は、すでに保有する企業に比べてコスト上、不利か

組織(Organization)

価値があり、希少で、模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているか

(出典:ジェイ・B・バーニー『企業戦略論 [ 上 ] 基本編 競争優位の構築と持続』 岡田正大訳、2003年、ダイヤモンド社、250ページ)

図表1 4PからSAVE への視点の移行従来 今後の方向性

Product(製品)

Solution(ニーズ)

製 品 の 特 徴、機 能 の 協 調 で は なく、製品が提供できる顧客のニーズを明示する

Place(チャネル)

Access(利便性)

個別の購入地点としてのチャネルではなく、顧客の購入過程を考慮した総合的なプレゼンスの確立

Price(価格)

Value(価値)

生産コスト、競合製品の価格比較ではなく、顧客にとっての価値を明示

Promotion(販促)

Education(情報)

PR、対面販売への依存ではなく、顧客の購入サイクルの各ポイントにおけるニーズに応える情報を提供

(出典:Ettenson, R., Rethinking the 4P’s, Harvard Business Review , January 2013)

図表2 投票つぼゲームによる保険購買行動の結果 

図表3 保険購入傾向の波型 

01020304050607080

0.01 0.02 0.04 0.1 0.25 0.5 1 2 5 10Loss probability * (%)

リスクイメージ(例えば、発生頻度を中心に考えた場合)

保険購入ニーズ

②③

Subjects (%)

Percentage of subjects who responded to buy insurance*Only loss probability are shown.

【後藤茂之氏プロフィ

ル】

 大手損害保険会社お

よび保険持ち株会社に

て、企画部長、リスク

管理部長を歴任。日米

保険交渉、合併・経営

統合に伴う経営管理体

制の構築、海外M&

A、保険ERMの構

築、グループ内部モデ

ルの高度化、リスクア

ペタイト・フレームワ

ーク、ORSAプロセ

ス整備に従事。IAI

S、Geneva A

ssociatio

n、EAICなどのE

RM関連パネルに参

加。現職にて、ERM

高度化関連コンサルに

従事。

 大阪大学経済学部卒

業、コロンビア大学ビ

ジネススクール日本経

済経営研究所・客員研

究員、中央大学大学院

総合政策研究科博士課

程修了。博士(総合政

策)。

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(第 3 種郵便物認可)( 5 ) 2 0 1 6 年(平成 2 8 年)5 月 2 6 日(木曜日)

黙知」と呼ばれ、組織の

「見えざる資産」の一つ

に位置付けられる。野中

郁次郎・竹中弘高は、暗

黙知と形式知が相互作用

を通じて知識として創造

され拡大されていく過程

を四つのプロセス(共同

化、表出化、連結化、内

面化)で知識変換される

プロセスをモデル化して

いる(注6)。日々の組

織活動の中で醸成される

このプロセスは、各企業

の固有性を反映するもの

と考えられる。このよう

に、リスク・ナレッジは

模倣困難で希少な資源の

一つといえよう。

(つづく)

 (注1)ハーバート・

A・サイモン『意思決定

と合理性』佐々木恒男、

吉原正彦訳、2016年

(オリジナルは1987

年)、ちくま学芸文庫、

30~31㌻

 (注2)ある物品やサ

ービスを購入する場合

に、そこから得られる効

用(満足度合い)を数値

に置き換える関数。

 (注3)被験者が直面

する危険事情を、大半が

赤い玉で詰められた投票

つぼの中から青い玉を引

くことによって擬制され

た投票つぼゲーム(u

rn

game

)と呼ばれるシ

ミュレーション実験であ

る。(P

. Slovic, B

.

Fischhoff, S

. Licht

enstein, B. Corrig

an and B. Combs,

1977, Preference

for Insuring Again

st Probable Small

Losses: In

surance

Implication

s, Journ

al of Risk an

d Insur

ance V

ol.44

:237

~258㌻)

 (注4)ジェイ・B・

バーニー『企業戦略論

[上]基本編 競争優位

の構築と持続』岡田正大

訳、2003年、ダイヤ

モンド社、242㌻

 (注5)同前書243

㌻ (注6)野中郁次郎・

竹内弘高『知識創造企

業』梅本勝博訳、199

6年、東洋経済新報社

 (文中の意見に当たる

部分は執筆者個人のもの

であり、所属する組織の

ものではありません)

 ◆この連載は隔週木曜

日に掲載します。

(4面からつづく)