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131 今、子ども・若者の周りで起きている こと こんにちは。初めまして。朝日新聞大阪本社の 生活文化グループというところで記者をしていま す、中塚と申します。今日はどうぞよろしくお願 いいたします。 今日はみなさんに高校中退や定時制高校の話、 子どもの貧困について話をして欲しいということ で伺いました。法政大学にこういう形で来るのは 不思議だなと思ったのは、私、高校 2 年生の時に ホームステイでアメリカのサンディエゴというと ころへ行った時に、また来たいなと思ってサン ディエゴの大学と提携を結んでいる大学は日本に ないだろうかと探したら、法政大学があって。一 瞬、法政大学を目指そうと思って調べたことが あったのですが、学力的に足りないと思って早々 にあきらめた記憶があります。今日こういう形で 来られて非常に光栄です。 みなさんも、この若者の中の一人なのですけれ ども、今、日本の子ども、若者の周りで起きてい ることというのをまず背景として、お知らせして おきたいということがあるのです。 まず一つは「少子化」。これはみなさん、よく ご存知だと思います。 二つ目が「児童虐待の増加」。ニュースで見聞 きされている方がいらっしゃるかもしれません。 さらに「格差と貧困層の拡大」ということです。 解決が難しいのです。 たとえば、障害を抱えているとか、経済的に非 常に苦しい非正規雇用とか、学力的に非常に厳し い事情を抱えているというお家に生まれた子ども と、そうではない子どもの差です。 それが学力だったり、進路だったり――進路と いうのは、高校に行くか行かないか、大学に進学 できるかどうか――、そして、健康問題。これは、 子どもの保険という問題が 3 年前に大きく取り上 げられました。病気になっても、医療費を払えな いので病院に行けない子どもたち。保険証がない 子どもたちが全国に、小中学生以下で 3 万人を超 えるということがわかりました。これも親が経済 的な事情で保険料を払えないので、一旦保険証を 取り上げられる。その分、窓口での負担が 10 になるので、インフルエンザになっても病院へ行 新入生特別講演 「高校中退・定時制高校・子どもの貧困 からみる教育機会の格差」 朝日新聞大阪本社 生活文化グループ 記者 中塚 久美子 開催日:2011 6 18 日(土)1440 1610 場 所:法政大学市ケ谷キャンパス

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今、子ども・若者の周りで起きていること

 こんにちは。初めまして。朝日新聞大阪本社の

生活文化グループというところで記者をしていま

す、中塚と申します。今日はどうぞよろしくお願

いいたします。

 今日はみなさんに高校中退や定時制高校の話、

子どもの貧困について話をして欲しいということ

で伺いました。法政大学にこういう形で来るのは

不思議だなと思ったのは、私、高校 2年生の時に

ホームステイでアメリカのサンディエゴというと

ころへ行った時に、また来たいなと思ってサン

ディエゴの大学と提携を結んでいる大学は日本に

ないだろうかと探したら、法政大学があって。一

瞬、法政大学を目指そうと思って調べたことが

あったのですが、学力的に足りないと思って早々

にあきらめた記憶があります。今日こういう形で

来られて非常に光栄です。

 みなさんも、この若者の中の一人なのですけれ

ども、今、日本の子ども、若者の周りで起きてい

ることというのをまず背景として、お知らせして

おきたいということがあるのです。

 まず一つは「少子化」。これはみなさん、よく

ご存知だと思います。

 二つ目が「児童虐待の増加」。ニュースで見聞

きされている方がいらっしゃるかもしれません。

 さらに「格差と貧困層の拡大」ということです。

解決が難しいのです。

 たとえば、障害を抱えているとか、経済的に非

常に苦しい非正規雇用とか、学力的に非常に厳し

い事情を抱えているというお家に生まれた子ども

と、そうではない子どもの差です。

 それが学力だったり、進路だったり――進路と

いうのは、高校に行くか行かないか、大学に進学

できるかどうか――、そして、健康問題。これは、

子どもの保険という問題が 3年前に大きく取り上

げられました。病気になっても、医療費を払えな

いので病院に行けない子どもたち。保険証がない

子どもたちが全国に、小中学生以下で 3万人を超

えるということがわかりました。これも親が経済

的な事情で保険料を払えないので、一旦保険証を

取り上げられる。その分、窓口での負担が 10割

になるので、インフルエンザになっても病院へ行

新入生特別講演

「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

朝日新聞大阪本社 生活文化グループ 記者中塚 久美子

開催日:2011年 6月 18日(土)14:40~ 16:10場 所:法政大学市ケ谷キャンパス

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かないとか、虫歯でもそのまま放ったらかしにし

ておくということが起きている。

 そして最後にこれは、科学的に、たとえば数値

に出したりするのは難しい問題ですが、意欲の格

差。希望の格差が生まれてくる。「どうせ自分な

んか」とか、あるいは �大変だったけど、すごく

希望を持って前向きに生きてきた� という、そう

いったモデルとしての大人が周りにいないこと

で、「どうせ自分なんか」と早々にあきらめてし

まう格差が生まれている。

みなさんに考えてほしいこと

 今日、1年生のみなさんに考えて欲しいと思う

ことは、このような親の「失敗」。たとえば、仕

事をクビになったとか、あるいは離婚した、病気

になった、等々。この親の「失敗」、大人の「失敗」

を子どもに引き継がせる社会は公正なのかという

点。

 親批判。たとえば親が悪いのだと。そんな離婚

する親が悪い。離婚して母子家庭になって貧しい

のは、それは親が離婚したからだろうとか、クビ

になったのは理由があるのではないかとか。親の

批判、子育てをちゃんとしていない親が悪い。

 その親批判は子どもにとって解決策になるのか

という、子どもの視点で考えることの重要性。

 子ども時代の貧困。この貧困の定義も最後の方

に喋りますけれども、子ども時代に貧困な状況で

暮らす、育つということは、将来どのような不利

を与えていくのだろうかということです。

 たとえば今日は、絞ってお話しする高校中退や

定時制の話、こういう問題は子どもや若者の自己

責任という言葉で片付けてしまっていいのだろう

かということを考えて欲しいと思います。

児童虐待

 先ほど言いました児童虐待ですが、今、年間 4

万件を超す虐待の相談が寄せられています。児童

虐待防止法ができた平成 11年度に比べて 3.7倍で

す。これは去年のデータです。

 虐待には 4種類あります。

 「身体的虐待」。これは要するに、叩いたり怪我

をさせるなどです。

 「ネグレクト」。育児放棄と言います。これは積

極的に叩くことではないのですが、いわゆる放置

といいますか、ご飯を与えない、お風呂に入れな

い、不衛生にするとか、病気だけれども病院に連

れていかない。

 「性的虐待」。これはそのままです。わかると思

います。

 そして「心理的虐待」というのは、たとえば非

常に暴力的な言葉でプレッシャーをかけるなど、

そういうことを指します。

 最近の特徴としては、身体的な虐待と性的虐待

は減少傾向にありますが、ネグレクト、心理的な

虐待が増加している。

 2008年度、虐待で亡くなった子どもというの

は――心中を除きます。心中というのは親子一緒

に死ぬことです――、年間 67人いました。つま

り今日本では、5日に 1人の割合で虐待で子ども

が亡くなっています。そういう社会です。

「貧困」の定義

 そして「貧困」と今ずっと言っていますけれど

も、「貧困」の定義、公に定義されているものと

しては、今、日本の子どもの貧困率というのは

14.2%。これは 7人に 1人です。

 貧困率とは、各世帯の年間所得から、税金や社

会保険料などを引いた実際に使える額。これを可

処分所得と言いますけれども、4人家族で 228万

円以下。3人家族で 197万円以下で暮らす 18歳未

満の子どもの割合です。

 今、日本で、たとえば 3人家族だとしたら、年

間に使えるお金が 197万円以下で暮らしている。

これが 7人に 1人いるということです。他の先進

国に比べて、平均よりも高くなっています。

 特に日本が突出しているのは、母子家庭の子ど

もの貧困率。これは 54.3%。つまり 2人に 1人以

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「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

上がこのような貧困な状況に置かれています。

 これは先進国 30ヵ国中最悪の水準になってい

ます。

 では、「働けばいいのではないですか」という

反論もあるでしょうけれども、日本のひとり親の

就労率は世界的に見ても高いです。しかし、子ど

もがいることで正社員の道は狭められて、働いて

も貧困状況から抜け出せない労働形態がありま

す。

高校中退とひとり親世帯の割合

 高校の中退の問題です。この中で中退して入り

なおしてきたとか、認定資格試験を受けて大学に

入った方もいらっしゃるでしょうけれど、高校を

辞める子がどのくらい日本にいるのか。辞めた後、

どうしているのかということです。

 2009年度、2年前ですが、辞めた子が約 5万 7

千人。これは在籍数の 1.7%にあたります。2008

年度までは 7万人前後でずっと推移してきて、2%

前後の高校生が一年間に辞めていました。では、

最新の 5万 7千人で計算しますと、40人学級です

と 1425クラス。もし 1学年 6クラスの学校だと、

18クラスですから、割ると、79校分。79校の生

徒たちが辞めているということは、これを 365日

で割ると、5日に 1校まるまる生徒が消えている

という計算になります。

 だから日本は今、5日に 1人の割合で虐待によっ

て子どもが亡くなって、5日におよそ 1校の割合

で高校を辞めている若者がいます。

 これは、内閣府が 2010年に――私からすると

非常に画期的なのですけれども――、初めてと

言っていいほど、中退している子がどうしている

かという調査をしました。

 有効回答が 1176人なので、辞めた人全員に聞

いているわけではなくて、おおむね調査した年

の 2年前ぐらいまでに辞めた人を対象に各都道府

県に協力を依頼して、そこから回答を得ていま

す。協力しない教育委員会があったので、完璧な

調査かどうかというのはわからないのですけれど

も、内閣府がやりました 2010年の調査で、「働

いている」(高校を辞めた)というのは、56.2%。

「学校に行っています」、つまり再入学したとい

う人が 3割いました。そのうち、通信制の高校が

49.7%、全日制定時制で 33.1%。通信制というの

はわかりますか。時々学校には行くのですけれど

も、基本自習、自学でやる高校です。

 それから今、仕事を探しているという子が

13.6%、家事手伝い 11.0%、その他 7%、妊娠・

育児中5.4%、何もしていないというのが4%です。

 特にこの 1176人、有効回答の中で母子世帯の

割合というのが 21.2%。これは 2005年の国勢調

査による 15歳以上 20歳未満の子どもがいる母子

世帯の割合の 3.6倍になります。高校を中退した

子の中に、一般的に見ても、母子世帯の割合が高

い。父子世帯も同様に 3.5%いました。これも同

じように国勢調査では、父子世帯の割合の 3.2倍

にあたるということがわかりました。

授業料免除と学力・中退率の関係

 昨年より公立高校の授業料が無償化になりまし

た。たぶんみなさん身近なことなのでご存知だと

思いますけれども、すでに公立高校で授業料の減

免ということは発生していません。これは、授業

料を払わなくてはいけなかった時代の調査につい

てお話しいたします。

 みなさんは、私立高校、公立高校、あるいは国

立高校から来られた方もいらっしゃるかと思いま

すけれども、公立高校の年間の授業料はいくらぐ

らいだったかわかりますか。かつて。だいたい、

大阪だと 14万円ぐらい。安いところで 11万円後

半。ですから 12万円から 14万円ぐらいが公立高

校の年間の授業料でした。

 これを免除される人たちがいます。それは経済

的な事情によって免除されるという人たち。これ

を授業料の免除と言いますけれども、こういう人

たちがいました(図表 1)。

 2007年度、大阪府立高校、全日制のデータです。

ここにエルハイスクールとありますけれども、要

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するに進学校です。頭のいい高校で、エルハイス

クールと呼ばれた学校が 17校。一年間の平均中

退人数、2.17人です。その学校の平均減免率、つ

まり授業料を払わなくていい経済的に厳しい家庭

にあった人たちは 8.05%。

 注意しなくてはいけないのは、ここに出ている

中退人数は、学校の全体の中退の人数です。あと

からお話ししますが、中退というのはだいたい 1

年生で辞める子が殆どで、次 2年生。定時制だと

4年までありますから、3年、4年までいれば、だ

いたい残っているのです。

 本当は、1年生で入って卒業する時にどのくら

い減ったかというのが重要です。全体混ぜてしま

うと、1年生は多いけれど 2、3年になると減って

来るので、平均の中退の人数というのは、その子

たちがどのくらい卒業していったかハッキリわか

らないのです。そういう意味では 1学年で辞めて

いく子たちは 3倍ぐらいだと思った方がいい。平

均すると 2.17人だけで。

 次に中退する人が 1つの学校で 20~ 39人いた

学校というのは 16校ありました。16校の平均の

中退人数は 29人。減免率、授業料免除された人

は 26.6%です。

 さらに中退者が 40人以上いた学校は 27校あり

ました。ここでの平均中退人数は 77.3人。そし

て授業料減免された人が 32.1%。

 つまり、学力的に高い学校というのは中退する

人も少ないし、お金に困っている人も少ない。逆

に中退していく学校の中には、中退していく人が

多ければ多いほど、経済的に困っている人の割合

も高まっているというふうに見て取れます。

 大阪だけの現象なのかというと、そうでもない

というのが、埼玉県で高校の先生だった青砥先生

という方が調べられて、わかっています。

 これは 2004年度です。埼玉県立高校全日制の

入試の平均点との関係で見ています。04年度に

入学して、05、06年で卒業していく、この 3年

間で見ています。学校 A から E まで分けていま

す。A は要するに入試の平均点が高かった学校

のグループ。逆に E というのは、たとえば 5教科

合わせて 200点満点だと 50点ぐらいの学校。だ

いたい A から E まで 5つのグループに分けてみ

ています。青砥先生の場合は先ほど言いましたよ

うに、減少率、つまり入学した人が最後どのくら

い残っていたかというところを見ています。

 学力の高い学校の減少率は、2.3%。逆に、入

試の点数が下がれば下がるほど、辞めていく人た

ちが増えている。そして 3年生の時の授業料の減

免率も学力の高い学校は 3.6% という数字ですが、

入試の点数が下がれば下がるほど、減免の割合が

図表1 授業料免除と学力・中退率の関係

07年度大阪府立高校(全日制)

校数 平均中退人数 平均減免率

エルハイスクール 17 2 .17 8 .05

中退者 20 ~ 39 人 16 29 .00 26 .60

中退者 40 人以上 27 77 .30 32 .10

(朝日新聞社調べ)

04年度埼玉県立高校(全日制)の入試平均点との関係

校数 04年度入学者減少率 06年度減免率

A グループ 28 2.3 3.6

B 29 3.4 6.5

C 29 8.1 11.7

D 30 20.3 16.4

E 29 33.3 19.8

(同県立高、青砥恭・元教諭調べ)

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「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

高くなるということが分かっています。ここまで

が中退のお話。

定時制高校への不合格者急増

 定時制高校についてのお話です。定時制高校と

いうのをご存知ない方、手を挙げてもらえますか。

だいたいみなさん知っていますね。定時制高校、

昔は夜間高校というふうに言いまして、昼間は働

いて夜学ぶ。だいたい 4年間で卒業していく。働

きながら学ぶ青年たちのための学校ということが

言われていました。

 日本の高度経済成長期に田舎から出てきた「金

の卵」と呼ばれた人たちは、地元で中学を出て、

都会で働いた。日中は都会で得た仕事をし、夜は

高校で勉強して、卒業していくというようなスタ

イルが一般的でした。

 今はだいぶ変わり、働かなければいけない子た

ち、つまりお家にお金の余裕がないとか。あるい

はずっと小中不登校で内申点がなかった。学力的

に非常に低くて、中学の先生から「お前の行ける

全日制高校はない」「定時制だったら行けるので

はないか」と言われて受けにくる子たち。という

生徒層になってきた上に、定時制高校自体もだい

ぶ変わってきて、昔は夜専門だったのですが、今

は一部、二部、三部と言いまして、午前中と午後

と夜間に分けて、午前中の定時制高校、午後の定

時制高校、夜間の定時制高校ということです。午

前、午後の学校というのは、全日制とさほど変

わらないのですけれども、全日制みたいにギュウ

ギュウな感じではなく、割と自由な感じで時間を

自分で選んで勉強できるので、実は定時制高校の

人気が高まっています。

 人気が高まったゆえに、定時制高校に入れない

子たちがいるという事態が起きました。これが

2009年 3月ですが、大阪府の公立定時制高校に

おいて、普段欠員募集として実施される 2次試験

――つまり 1次試験で前期とか後期とか言ったり

しますけれども、2月の末から 3月の頭にかけて、

全国一斉でされる高校入試。ここでみんなバッと

入試を受けます。推薦とか別にして。ここで大体

定員いっぱいになるのですけれども、定員割れす

る学校もあります――定員割れした学校で行う試

験。要するに、補充試験といいますか、補欠試験

といいますか。

 あるいは私立も落ちて、公立も落ちたという子

や、私立は受けていなくて公立受けたのだけれど

も、公立校の全日制に落ちたので、もう一回入れ

る学校を受けるということ、そういう人たちのた

めの試験が、ここで私が言っている二次入試です。

 ここで、167人という大量の不合格者が出まし

た。それまで大阪府の高校入試の今の制度になっ

てからは、定時制高校の二次試験の平均倍率は 0.5

倍もなかったのです。それが突如、1倍を超えて、

167人が定時制高校に入れないということになり

ました。

 これには背景がありました。一つは今の知事(橋

下知事:当時)に代わってから、私立高校への助

成金を削減するということで、困った私立高校が

授業料を値上げしました。そうすると授業料を払

えないので、私立は行けないという子たちが増え

て、私立の専願率が過去最低になりました。

 それから 2008年の 10月でしたか、リーマン

ショックで経済的に不況といいますか、大変な時

期が来ました。それで、なるべくお金が必要のな

い公立志向というのが高まりました。

 それで、公立高校の全日制に志願者が集中。特

に私が非常に驚いたのは、いわゆる困難校と呼ば

れている学力的に厳しい高校は 1.5倍~ 1.8倍と

いう倍率に上がりました。

 ここで、落ちた子たちはどこに行くかというと、

先ほど言いました欠員が出ていた定時制です。第

一次志望は全日制で、第一次志望で定時制に行く

子というのは少なかった。だから、空きがあった

のだけれども、そこに全日制に落ちた子が集まっ

て、定時制で 167人落ちたということがありまし

た。

 これは大阪だけの現象であったのかと、調べま

したところ、18都道府県 700人以上が定員超過

で 3月末の時点で不合格。つまり、700人以上が

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3月末の時点で 4月から行くところが決まってい

なかったということです。

 多かったのが、東京 144、愛知 135、京都 58、

岡山 42ということで、3月末の時点でこれだけ

の子たちが落ちていた。3月末以降、4月に入っ

てから、空いているところは試験をするというこ

とで、東京は 4次試験まであったと思います。だ

いたい 4月、5月までにやり終えたのですけれど

も、結局全部終わった時点で、公立高校の入試で

夜間定時制の最終的な不合格者――これは志願者

から合格者を引いた数ですけれども――、全国で

1200人ぐらいいました。このうち「定員あふれ」、

つまり定時制にたくさん人が来て、そして受から

なかったというのが400人で、前の年の1.5倍です。

 「定員超過」以外に、落ちる理由はあるのです

かということですけれど、あるのです。これは各

自治体によって姿勢が全然違います。大阪や東京

は、定時制というのはつまり �15歳の子たちの学

習権を保証する最後のセーフティネットである�

と。だから、ここで「ウチの学校にはふさわしく

ない」と言って、落とすという、そういうことは

しません。けれども、たとえば愛知とか、京都、

四国の方や九州の方とかは、要するに「ウチの学

校にはふさわしくない」というか総合的に判断し

て「入れない」ということで、定員が空いていて

も入れない自治体の定時制高校もあるということ

です。

志願・入学者の増加

 データ的にも全日制に行く子が殆どですから、

ここに来ていらっしゃる方も全日制高校を出られ

た方が多いと思うのです。しかし、定時制高校の

志願者も入学者も着々と増加しています。

 中学卒業者のうち、定時制入学者、公立と私立

合わせて――私立高校にも定時制というのがある

のです。少しだけ――、これの割合です。

 中学の卒業生のピークは、1989年です。だい

ぶん前です。みなさんはまだ生まれていないです

ね。この中学の卒業者数がピークの時に定時制に

入った子どもたちの割合は、2.26%。どんどん下

がっていって、底を打ったのは、93年、94年。1.86%

です。そこから少しずつ上がって、先ほど大阪で

167人の不合格者が出た年は、3.12%で、過去最

高になりました。

 入学者数もピーク時の 89年と翌年も同じよう

な人数ですけれども 90年に続き 3番目の多さで

す。

 つまり、子どもはどんどん減ってきています。

けれども定時制に入る子がピークの時に続いて 3

番目の多さになっている。一方、全日制の入学者

数は、みなさんご存知の通り少子化で、子どもの

数が減ってきている。それと共に全日制に入る子

どもたちの人数も割合も減ってきている。もちろ

ん、全日制が圧倒的多数ですけれども、割合の変

動をみると全日制は減少の一途。定時制は 93年、

94年に一回底を打ってから、上昇に転じている

ということです。

取材対象者の話

 ここから実際に取材で聞いたお話をみなさんに

して、みなさんがどう思うかというのは後ほど聞

きたいと思います。

 高校生には直接本人に聞いていますけれども、

幼稚園、小学生、中学生については、園長先生で

すとか学校の先生、あるいはその親子をサポート

されている大人の方々からお話を聞いています。

 A ちゃん。保育園児です。お母さんは園から

のプリントがよく理解できない人です。保育園と

いうのは毎年継続で、園に通うには継続の申し込

みが必要なのですけれども、この申し込みができ

ずに退所させられてしまいました。園長先生は非

常に気になって、この兄弟を見に行くと、小さい

兄弟だけで留守番させられていて、部屋がゴミだ

らけだった。水道が止められているからお風呂に

も入っていないという話を聞いて、ビックリして

保育園に戻り、すぐに市役所に電話して、保育園

に再入所する手続きをすぐして欲しいと言って、

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「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

継続して保育園に通えるようになったという話が

ありました。

 次、小学校 3年生の B ちゃん。母子家庭で生活

保護を受けているということです。これはお母さ

んに直接聞いた話ですけれども、「私は中学しか

出ていません。家族が商売に失敗したので、家族

と全然縁がなくて、母子二人だけの生活です」と。

お母さん曰く、子どもが学校でいじめられている

ので、学校には行かせていない。当然行っていな

いので、学力がついていない。今お金を計画的に

使えないということで、月末になると光熱、水道、

ガスが止められる。だから夏は、トイレは公園に

行ってやっていますと。食事も自分では作れない

ので、小学校 3年生がうどんを茹でて食べたりし

ているということでした。

 3番目の C くんは中学 2年生の男の子でした。

彼も母子家庭で、昼食は他の生徒の弁当。これは

どういう意味かわかりますか。これは大阪なので

すけれども、大阪は中学校の給食の実施率が全国

最低で 7.7%なのです。愛知とかは 100%なので、

エッと思われるかもしれませんけれども、全国

でバラつきがあって、中学校、弁当のところと完

全給食のところとバラつきがあります。これは大

阪なので給食を実施していなくてお弁当持って来

なくてはいけないのですが、お金がないというこ

とで、弁当を持って来られない。気を利かせたク

ラスメートが自分の弁当箱の蓋に、「今日○○に、

おかずあげるヤツ誰や」と言って、通路を弁当箱

の蓋を持って回って、みんながちょっとずつおか

ずを置いて、それをこの子が食べていた。でも、

それはやはりプライドが傷つきます。だから途中

から、それが嫌でお昼ご飯の時間には姿を消すよ

うになった。

 ノートに非常にひらがなが多いということを学

校の先生が気にして、あまり漢字が書けないよう

だと。お母さんが学校の廊下で煙草を吸っていた

り、生徒も煙草を吸っていたりするので、指導は

非常に難しいです、という話でした。

 次、高校 2年生の D 君。彼は 4人兄弟。お兄ちゃ

ん、お姉ちゃん、全員中学を卒業した後、高校に

は行っていません。働いているのですけれども全

員バイトでした。お父さんは運転手をしていて、

お母さんは体調を崩して自宅で療養中です。家賃

や光熱費の滞納があって、自分の家を「オレん家

は貧乏なんで」というふうに言っていました。そ

ういう認識があって、私立の高校受かっていたの

ですけれども、家が貧乏だからということで入学

をせずに、公立の全日制を受けたのですが不合格

でした。

 定時制を受けに行ったのですが、先ほど話した

2009年の 3月―― 167人が落ちた時――、たぶ

ん普段だったら入れたと思いますが、この時非常

に競争率が激しかったので落ちました。大阪の定

時制は、もう一度、最後に補欠募集をしました。

167人というたくさんの人が落ちたので、大阪府

教育委員会が突然枠を広げたのです。それで合格

したので、入れたということです。

 高校 3年生の E さん。お母さんが心の病気が

あるので、おばあちゃんと二人暮らし。おばあちゃ

んの年金を頼りに生活をしている。定時制の授業

料というのは年間 2~ 3万円ですけれども、授業

料の減免が受けられずに、ずっと授業料を滞納し

ていた。バイトをしていたのですが、バイト先

がいいところではなくて、給料を出してもらえな

かった。誰かに相談しようにも、担任の先生も忙

しそうだということで、誰にも相談せずにバイト

を辞めてしまった。

 最後は F さん 18歳。小学生の時にお父さんの

暴力で離婚します。本人曰く、すごくカビだらけ

のアパートへ移り住み、お母さんは生活保護を受

けていた。小学 3年生の時に割り算の勉強で躓い

た。お家の人に教えてもらわなかったの?と聞い

たら、お母さん勉強全然わからないし、家にあま

りいなかったから、聞ける大人がいなかったと

いうことでした。お母さんはストレスで、時々 F

さんを身体的虐待する。お母さんは再婚しました

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138

が、今度は義理のお父さんから、また F さんが

暴力を受けることになって、最終的に高校へ進む

のですが、友だち関係が上手くいかずに中退をし

ます。高校に行かなくなったら、義理のお父さん

から「高校も行っていない人間はウチに居るな」

と言われて家を追い出される。高校を中退した子

を雇ってくれるところがなかなかなくて、仕事が

ない。「夢は?」と聞いたら「ないです」と。「普

通の人になりたい」と言っていました。

さまざまな共通点と孤立

 これらずっと、他にも話を聞いてきて、共通す

る点が見られました。

 まず、若いのに疲れています。中退する子って、

ちょっとやんちゃな子かなとみんな思ったりする

かもしれない。私もそう思っていたのですけれど

も、どちらかというと非常におとなしい子たち。

ちょっと人づきあいが苦手な子たち。すごく若い

のに疲れていて、夢がない。希望の喪失。

 虐待・家族不和。DV も含みますけれども。家

族の病気。特にお母さんの精神疾患。こういうの

が見られました。これはどういうことかというと、

生活が子どもにとって不安定になります。

 いじめ、不登校の経験。これは、学校へ行かな

いということは、学習習慣が身に着かない。学校

へ行って何かを達成するということがないので、

自分が「やった」という達成感や成功体験がない

か少ない。

 今まで聞いてみなさん疑問に思ったかもしれま

せんけれども、�学校の先生、何しているのかな�

と思いますよね。子どもたちが学校へ来ているの

に、気づかないのですかと思うのですけれども、

意外と気づかないのです。

 適切な支援が不足している。こういう非常に支

援が必要な人たちに、それにふさわしい支援とい

うのが、なかなか行き届いていないし、本人たち

が外との世界でちゃんと関係を結べていないとい

う。簡単に人間関係が崩れてしまうというところ。

これは非常に解決されない問題がいっぱいあっ

て、先ほど言ったように、社会からはじき出され

たあきらめ感。「どうせ自分は」というような言

葉です。

 非常に孤立しているなというのを感じました。

 高校中退をした人には、より一層この傾向が見

られました。

貧困(不利)の連鎖

 最初の方の「貧困」の定義の話になるのですけ

れども、「貧困」つまり、「不利」です。今まで話

してきた中では、非常に不利な条件ですけれども、

この貧困という不利な条件は、ただ貧困だという、

その不利だけでは終わらない。つまり、次の世代

につながったり、またそれと同じことを繰り返し

たりということがあります。さっき言った希望の

喪失。�夢がない� ということはどういうことか

というと、ただ、夢がないだけではなくて、進路

選択をする際の障害になります。たとえば、就職

や進学への意欲が低いというところ。無職とか簡

単に仕事を辞めてしまうということにつながりま

す。

 世代間連鎖。世代間というのは、親から子、子

からその子へということですが、この貧困、不利

が引き継がれているということが一つデータで出

ています。

 これは、ある政令指定都市の調査です。生活保

護受給の母子家庭の 4割のお母さん、つまりその

母子家庭の世帯主、その本人も生活保護の家庭で

育っていたということがわかりました。お母さん

がストレスが原因とみられる精神疾患を患ってい

る世帯というのが 3割。低学歴――中卒か高校中

退のことです――、10代の出産、DV 被害、子ど

もが病気を持っている、子どもが薬物中毒、窃盗、

売春などの問題を抱えている、虐待など、一つの

家庭で 3~ 4項目の要因が重なっていた。つまり、

これは子どもの視点に立てば、小さい時から適切

な支援を受けられていない。それは未就学児、幼

稚園、保育園の時代、あるいは小学校の時代、中

学の時代、高校への進路指導への時代に適切では

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139

「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

なかったということが挙げられて、日本にないの

が家族支援という概念なのです。

 今までは、親だけを見ていたのですけれども、

そうではなくて、家族全体を見渡した支援という

のが必要なのではないかというところです。

イギリスの事例

 一つここで参考事例としてあげたいのが、イギ

リスの事例です。2009年の 6月、7月にイギリス

に行って、実際に取材をしてきました。どうして

イギリスかというと、イギリスは、「子どもの貧

困撲滅法」というのを成立させまして、2020年

までに子どもの貧困をなくす目標を立てました。

 イギリスは、サッチャー政権の 80年代後半か

ら 90年代にかけて、財政を立て直すために福祉

の予算を削るということがあり、それで貧困率が

上がりました。日本でいってみれば、小泉政権的

なところがあるのです。

 ブレア政権になってから、何とかしようという

ことでこういう法律ができました。

 虐待の予防は、生まれる前から始める。これは

つまり、お母さんも支援をするということです。

 小さい時から将来の進学や就職のために資金を

国が積み立てて支援するというファンドができま

した。親はおろせないのです。子どもが 18歳に

なったら自分でおろすことができるという口座。

日本にも子ども手当というのがありますけれど

も、イギリスはこれにかわるような子ども手当的

なものはありますが、自立のための支援というの

で、お金を貯めていく。

 それから学校に、特に小学校に福祉施設の役割

も持たせて、保育園が一緒にあったり、朝ごはん

を家で食べられない児童に食事を出すという学校

があります。

 なぜ予算を投入してこんなことをするのかとい

うと、先ほども言いましたように、子どもの貧困

率がとても高い時期がありました。虐待に気づく

ことができる大人が周りにたくさんいたのに、亡

くなる子もいました。こういう反省から、必要な

のではないかと。

事後対応から予防へ

 キーワードは、「事後対応から予防へ」という

ことです。

 「貧困」というのは英語に直すと POVERTY

です。この貧困というのは単純にお金がないと

いう状態を表すのですが、お金がないことで先

ほど �貧困はその貧困だけで終わらない� とい

うこと、これは「収奪」です。英語でいうと

DEPRIVATION。つまり持つべき権利を奪われ

ているという意味合いですが、経済的に苦しい状

態から本当は持つべき権利がない。たとえば子ど

もに限っていえば、子どもが学校に行って勉強を

して給食を食べるとか、そういう権利です。子ど

もらしく育つ権利。健康で文化的な生活をする子

どもの権利。

 それが進んで、SOCIAL EXCLUSION と書き

ましたが、これは「社会的排除」。去年ここに湯

浅誠さんが来られたということですが、社会から

仲間外れにするというか、孤立させるという。た

だお金がないという状態が、不利が不利を呼んで、

雪だるま式に膨らんで、社会からはじかれるとい

う状況があったのです。

 それは何かというと、80年代、工業先進国のヨー

ロッパの国々では、格差の拡大に苦しみました。

結果、格差拡大を放置して最後に苦しむのは、自

分たち社会全体であるということに気づいて、お

カネやモノを与える福祉から、知識や能力、機会

を与える福祉へと進化させていったのです。これ

があるから、「事後対応から予防」へ。

 今、日本には、あまりこの視点がありません。

たとえば、生活保護に落ちてから、おカネをあげ

るとか。自立支援と称して、就労支援、つまり仕

事に就けるように支援をしていくという形なので

す。そうなる前に知識とか能力、職業の能力をつ

けたり、教育を受けること、こういう機会を与え

る福祉へと進化させていったというところがあり

ます。

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140

チルドレンズセンターの活動例

 これ、イギリスでの実際の写真です(写真 1)。

「チルドレンズセンター」といって、「子どもセン

ター」。イギリスの地域にたぶん 3500ヶ所ぐらい

できたのですが、こういうところで乳児を抱えた

お母さんの教室を開いています。ここにあります

けれども、このような歯ブラシセットや離乳食を

作り冷凍保存できる容器、あるいはドアの開け閉

めや角に頭をぶつけても大丈夫な、こういうホー

ムセーフティスターターパックというものを無料

で配ったりしています。

 このチルドレンズセンターはお母さんのための

センターでもあるので、働きたいお母さんのため

の求人情報を同時にのせたりします。このように

求人を貼ったり、職業訓練機会の案内を与えたり、

面接の練習や履歴書の書き方の指導というのを子

連れで来られるところでやっていることがありま

す。

 日本でも子育てセンターとか福祉センターに、

育児サークルなどの情報の拠点がありますけれど

も、なかなか就労支援までは手が回っていません。

ピープの活動例

 これは民間団体のピープ(PEEP)というので

すけれども、非常に貧困地域といいますか、大

変な地域を重点的に回って、子どもを連れて遊

びに来られるような場所を提供しているグルー

プです。イギリスにはいろいろ経済的に厳しい地

域――雇用が厳しいとかそういう数値で表した

DEPRIVATION、先ほど「収奪」といいました

がハッキリとデータで出ていまして――、そうい

うところを DEPRIVATION Area と呼んでいま

すけれども、DEPRIVATION Area というのを

中心に設置している。

 お母さんに、どうやって赤ちゃんを育てるかと

いうことを教えている。やっているというより、

みんなでやっていきましょうという雰囲気でやっ

ています。

ホームスタートの活動例

 これはまた、別の団体で、「ホームスタート」

(Home Start)というボランティアグループです

(写真 2)。日本にもできました。

 助けてもらっているお母さんと、助けてもらっ

ている子どもと、助けている人です。家庭訪問を

無料で行い、子どもの遊び相手をしたり、家事を

手伝ったりします。

 このお母さんはなぜ求めたかというと、見知ら

ぬ土地に来て、友だちもいなかった。育て方もわ

からずに。地元に帰りたいと思ったけれどもお金

がなく裕福ではないのでなかなか実家に帰れな

かった。だんだん、子どもが鼻水を垂らしただけ

写真 1 イギリス チルドレンセンターの様子

写真 2 イギリスのホームスタートの様子

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141

「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

で、怒鳴るようになってしまった。母親自身は服

もかまわずに、ボロボロという感じだったのを、

子どもの予防接種の時に行った病院の看護婦さん

がお母さんの様子をみて、ちょっとおかしいとい

うことで、このホームスタートという団体に繋げ

て、訪問が始まった。1年半ぐらい訪問を続けて

彼女は立ち直った。「私はもう立ち直ったので、次、

困っている人を助けて欲しい」というような話を

していました。

 これは同じホームスタートでも、小学校の空き

教室にお母さんたちと小さい子どもを集めて子育

て支援をしているグループです。ここのエリアも

非常に交通の便が悪いところなので、赤ちゃんを

連れて出かけるというと、なかなかそういうこと

ができない地域。バスの本数も少ないけれどもマ

イカーを持っている割合も少ない地域なので、小

学校の空き教室を使って、こうやって 1~ 2週間

に 1回、子どもを集める場所を作っている。子ど

もたちと遊ぶスタッフもいて、お母さんたち同士

はいろいろおしゃべりしたり、情報交換したりで

きます。

イギリスの小学校における対応事例

 この小学校では、�出席率がよかったのは○○

クラスです� と表彰しています。「毎日、5万人の

子どもが許可なく学校を休んでいる。彼らの貴重

な時間、能力を無駄にするな」というメッセージ

をわざわざ書いて、親に向けて広報している。

 �なぜ学校に来なければいけないのか� とか、�学

校に来ればどんないいことがあるのか�。あるい

は �学校に来なくなったら、どんなことになるの

か� ということを明記して、学校に来なくなると

大変なことになるというメッセージを発していま

す。

 これは別の、ロンドンのある地域の小学校周辺

です。ご存知の方も多いと思いますが、ヨーロッ

パは非常に移民が多いのです。こちらも移民の人

たちが多い小学校でした。主な移民というと、ア

フリカとかそちらの方から来る人たちです。これ

は先ほど言いました、小学校で朝食を提供してい

る風景です。政府の補助があるので、朝食代を子

どもたちが基本的に負担することはなく、朝食を

家で食べられない子どもたちに出しています。時

間は朝の 8時 15分ぐらいです。子どもたちはこ

うやって、学校に来てから朝食をとっています。

 これは別の小学校。一番上のクラスですけれど

も、大人が 3人います。なぜなら、移民が多いの

で英語が話せないという子どもたちが結構いま

す。この人は、ポルトガル語しか話せないという

子どものためにいます。イギリスは言語の問題を

抱える子どものために、このように対応していま

す。日本でも決して他人事ではなく、たとえば愛

知県の豊田周辺に行けば、多国籍で外国人の子ど

もが多いです。日本に、外国人の子どもの多い学

校というのは点在しています。

 これは学校の放課後です。学童保育です。親が

働いていたりすると、家に帰れませんので、こう

いう形で絵本やゲームを置いたりして過ごす広場

を作っています。

 先ほど、虐待予防を生まれる前からとお話しし

ましたけれども、最初のチルドレンズセンターが、

それにあたります。ここでは 10代のお母さんを

集めて教室を開いています。10代の出産というと、

みなさん 19歳とか 18歳とか想像されるかもしれ

ませんけれども、イギリスはもっと進んでいて

15歳とかです。そういう子たちを集めて、母親

教室をやっています。なぜその子たちを集められ

るのかというと、助産師さんが産婦人科医と連携

していて、病院に来た子に声をかけて集めていま

す。何を教えるかというと、料理を教えています。

15、16歳の子どもたちがご飯を作ったことがあ

るかというと、殆どないので、その子たちが子ど

もにご飯をあげていかなければいけないから、ま

ず料理教室をします。それができるようになった

ら、今度は学校に戻る指導をします。やはり学校

を出ていないと、後あと仕事に就くことが難しい

ことがあるので、学校に戻る指導をしています。

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無料学習会・塾の広がり

 今まで話してきたのがイギリスの話です。イギ

リスだからできるのでしょうとかいろいろあるか

と思います。日本でも少しずつ、こういった大変

な子どもたちへの認識が広まってきていて、無料

学習会、無料塾というのが広がってきています。

 行政主体、つまり福祉事務所ですが、「中 3学

習会」というのがあり、これは主に生活保護世帯

の子ども。特に中学 3年生の子たちに、高校に行

けるように勉強を教える会というのが、たとえば

政令指定都市でいうと、今、日本に 19の政令指

定都市がありますが、そのうち 10市ですでに去

年の段階で実施されています。2006年度はゼロ

だったのです。なぜ急に最近になって変わったか。

やはり格差問題というのが改めて認識されるよう

になったのと、先ほど言いました生活保護の世代

間連鎖というのが、非常にショッキングなデータ

だったということ。それと、大学進学率が 5割を

超えているこの時代に高校に行かないでいるとい

うことは、低賃金であり続けるということを意味

するものだからです。それで、高校に行くことが

自立支援であるという認識が広がりを見せていま

す。

 たとえば、この「中 3学習会」を埼玉県では

昨年度から県内 5ヵ所で始めました。東京都は

2008年度から、小学校 4年生から中学 3年生ま

で塾代を補助しています。千葉県の八千代市では

2009年度から高校生も学習会の対象にしていま

す。

 つまり、先ほど言いました高校中退の問題に絡

みますけれども、辞めたら元も子もないのです。

だから辞めないように、子どもの話を聞いてくれ

る存在――親でも学校でもない――が必要だとい

うことで、高校生を対象としています。先生役の

主力は大学生やボランティアですが、問題は学生

集めが課題になっているということでした。なぜ

なら、みなさんすでにアルバイトとかされている

と思いますが、塾の講師とか家庭教師をすると時

給何千円かもらえます。けれど、これは基本ボラ

ンティアなので無償です。教えるのは、マンツー

マンでなければ対応できないような学習からだい

たいスタートしています。たとえば分数とかそう

いうところから中学 3年生に教えるという状況で

す。ですから、学生さんがそういうことに対して

の意識を持ってくれないとなかなか難しい。

 ここに来ている人達も、もちろん大学生のボラ

ンティアばかりではなくて、こういうことに問題

意識を持った大人の人たちもたくさんいるので

す。私、埼玉でびっくりしたのは、現役の中学校

の先生が来ていました。「先生、学校は?」って

聞きました。いつも思うのですけれども、これ公

費で、税金で塾代補助しているのです。だったら

なぜ最初から学校でやらないのかと思うのです。

「先生、学校ではやらないのですか」って聞いたら、

「いや、学校はもう限界です。忙しくて自分たち

はできない子たちに手が回らないので、その罪滅

ぼしみたいので来ています」という先生もいまし

た。

 もちろん、これは行政ばかりではなくて、民間

主体の学習会も各地で生まれています。

 東京では、これも現役の先生が家族全員で、大

学生の娘と高校中退した息子と教員夫婦 4人が地

域の経済的に困難な子どもたちを集めて教えてい

るとか、弁護士の方々で、多重債務、貧困問題の

問題意識のある方が子どもたちの学習会を開いた

り、あるいは学校のスクールソーシャルワーカー

をやっている方とか、あるいは実際に自分が親だ

という方が地域のためにやりたいということで

やっている方もいます。

 滋賀県の大津市でも同じように無料の学習会が

あります。大津の人が言っていた印象的なことは、

�モノとかおカネをあげるのが支援ではない。自

立していく手立てをするのが本当の支援だ� と。

ただ、頑張れと言っても、頑張ろうと思う状況に

ない子たちに頑張れと言ってもしかたがない。横

に一緒にいて、ついてあげないといけない。横に

ついてくれている人の励ましが、励みになる、心

の支えになっているところがあるので、言うなれ

ば、「居場所」なのです。こういう子どもたちや

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143

「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

若者たちの居場所づくりということが一番であっ

て、そういう意味では進学。本当に進学させると

いう意味では、課題を抱えています。

 たとえば、埼玉県は昨年度数値目標を立てまし

た。中学 3年生の生活保護世帯の子どもの全日制

高校への進学率を 5ポイント上げるという目標を

立てました。生活保護世帯の子とそうではない子

の高校への進学率にはすごい差があるのです。こ

れを少しでも上げて、高校を卒業して最終的に就

職して、税金を納めてくれる人になって欲しいで

すよね、行政的には。そういう意味で数値目標を

掲げて昨年の 10月からスタートしたのです。し

かし、それまでずっと不登校だった子、あるいは

ずっと勉強についていけなかった子を 10月から

教えて 2月、3月の入試に間に合わせられるかと

いうと、なかなか難しいということで、埼玉は今

年から学年をもう少し早めてスタートさせまし

た。

生活支援・中退後支援

 ただ学習を教えるだけではなく、生活を支援し

たり、中退後支援するところも出てきています。

 たとえば京都の NPO 法人は、勉強といっても、

やはり「安定した生活があってこその学習」とい

うことで、これは一人親家庭の子どもを対象にし

たトワイライトステイという事業です。つまり、

仕事などで親が夜いなくて、子どもだけで、ある

いは一人で家で過ごさなければいけない子どもた

ちに、夕食を出したり遊びを提供したり、一緒に

銭湯に行きお風呂に入って家に送り届けるという

ようなことをしています。

 町の空き店舗を利用し、そういう場所を作って

います。そこに将来、福祉の仕事をしたい大学

生のボランティアたちが半年で 8000円払い、実

際の現場を知るためにインターンシップのような

形で来ています。宿題をみてあげたり、近所の食

堂が作ってくれる夕食を持ってきて一緒に食べま

す。ご飯を食べた後、みんなでボードゲームをし、

一緒に銭湯へ行き、9時くらいに家に送り届ける

ということをしています。

 今度は中退後どうするのかという話。日本では

中退した後、どこにも所属していないから、中退

した後どうしているのか全然わからないのです。

ですから先ほどの内閣府の調査は画期的だと思っ

たのですけれども、学校から出て行ってしまうと、

どこで何しているか把握できない。だから必要な

支援がそういう人たちに届かない。

 福岡の一般社団法人が、中退した 10代から 35

歳までの人のために、先ほど言いました、高卒認

定資格試験に向けた教室を開いています。「中卒

で、家庭環境で将来への夢を描くこともなく、(描

くことをあきらめる)限られた社会で生きる彼ら

に、もっと広い世界があって、望めば何だって挑

戦できるということを知って欲しい」から、そう

いう教室を開いた。一歩を踏み出すなら、自分も

伴走したいし、居場所のない子ども・若者の存在

を社会に知ってもらいたいし、みんなに自分が何

ができるか無理なくできるかということを考えて

ほしい、それをやってみましょうということを呼

びかけている。

 民間団体がこういった活動をするときに、一番

ネックになるのが資金面ですけれども、この資金

集めについても、最近新しいやり方が出てきてい

ます。

 一つは従来の寄付です。みなさん、寄付控除っ

て聞いたことありますか。寄付をすると税金が、

乱暴に言うと、戻って来る。認定された NPO に

寄付をすると、税金がかかる対象額から寄付した

分だけ引いてもらえるので、払いすぎた税金があ

とで戻って来るという制度ができました。

 京都の NPO も �その制度を使って自分のとこ

ろに寄付してもらえれば、税金戻ってきますよ�

という、そういう NPO が増えています。今後も

増えて行くと思います。京都の方は、寄付を受け

付ける団体を作り、いろんな子どもたちのために

やっている事業ごとに、たとえば、�トワイライ

トステイのためにお金を使って欲しい� というこ

とを明確にして、そこに必ず行きわたるような仕

組みができた。

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144

 あるいは、古本を売ることによっての売上を寄

付にする。たとえば、1冊 100円で値段を付けた

古本を 10冊売ると、1000円です。売った分は業

者に入るのではなく、こういう活動をしている団

体に行きわたるということ。バリューブックスと

いって長野県の上田市に倉庫がある会社がやって

います。そういうところが 7~ 8団体。こういう

若者や子どもの支援をしている団体を募ってい

て、ここに自分の古本の売り上げを寄付して欲し

いという設定をしています。自分にはいらない本

をバリューブックスに売ることによって、そこの

つけた値段がそのまま支援したい団体に行くとい

う方法が取られています。いろいろと新しい寄付

の仕組みが出てきています。

「くらし考」――豊かさとは

 スライドはここまでなのですが、レジュメの最

後に新聞記事があります。「くらし考」、暉峻淑子

(てるおか・いつこ)さん。この方、みなさんの

大先輩です。法政大学の大学院で博士課程を終え

られて、今はコソボの子どもたちの支援をしてい

るとおっしゃっていました。

 たまたま暉峻さんと私が対談をするというある

団体の企画があって、そこで話したことを新聞記

事にまとめただけなのですけれども。

 この記事の中の、大阪市での 2児放置死事件と

いうのは、昨年の 7月、ワンルームマンションの

一室に殆どミイラ化した幼児のきょうだい 2人が

見つかりました。これは母子家庭でお母さんが風

俗勤めをしていました。離婚して母子家庭になっ

て、名古屋などあちこち転々として大阪に来て、

最後子どもだけを残して 2ヶ月間帰って来なかっ

た。お母さんは子どもたちが外に出ないよう、家

の扉にガムテープを貼ったりしていた。でも子ど

もたちはお腹が空いて、中のインターホンの受話

器を上げて「ママ、ママ」って叫んでいたのです。

その声を聞いた近所の人たちもいたし、児童相談

所に通報もあったのですが、結局、お母さんと接

触できないということで、誰も中に踏み込まずに

2ヶ月間放置。見つかったのは7月ですが亡くなっ

ていた。お母さんはしばらく後に、逮捕されまし

た。そういう事件がありました。

 近所の人は、2~ 3回通報しているのです。子

どもの泣き声がずっと聞こえると。ずっと通報し

ていたのだけれども結局誰も中には踏み込まず、

確認できなくて亡くなったという非常に衝撃的な

事件でした。

 この記事(「くらし考」)が、この年の東京学芸

大学のとある学部のとある学科の入試に使われて

いました。私も全然知らなかったのですが、暉峻

さんから、「学長さんから丁寧な挨拶がありまし

た。『入試なので事前に言えませんでした。すみ

ません』みたいな連絡がありました」と聞いて知っ

て、私にはそんな連絡ないと思ったのですが。そ

れはいいのですが、どういう使われ方をしたかと

いうと、小論文でした。

 「これを読んで、あなたが考える豊かな社会と

は何か。そしてあなたがその実現のためにやろう

と思うことは何か。千字以内で述べなさい」とい

う問題でした。

 私はそれを読んだ時に、�なんていう難しい問

題だ� と、�私だったら何て書けるだろう� と思い、

考えました。

 是非みなさんにも、試験を受けた学生と同学年

のみなさんに、自分は何ができるか、あるいはど

ういう社会が豊かな社会なのかということを考え

てもらいたいと思います。

 みなさんも社会に出てから、いろいろあると思

いますが、そのために今話したこととか、何がで

きるかという英知を是非大学で学んでいただきた

いと思います。以上で私の話は終わりたいと思う

のですけれども、もし何か質問があれば、質疑応

答、手をあげていただきたいです。なければ私の

方からあなたの回答を簡潔にお願いしたいという

ことで当てさせていただきたいと思います。

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「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

■質疑応答

質問者1 「子どもの幸せ」とは何かというよう

なことを真剣に考えたのはいつ頃からですか。

中塚 自分が取材するきっかけ、時期で言うと

2008年の 6月くらいです。なぜかと言うと、た

またまですが取材で母子家庭の方の話を伺う機会

がありました。その話の中に、塾に行けないとい

う話とか、子どもが交友関係を制限している。た

とえば、友だちがアイドルグループのコンサート

に行くと言っているのに、自分の家はお金がない

ので話についていけないとか、靴が買えない。今、

瞬足という靴が小学生の間で流行っていて早く走

れるらしいのです。そういう靴は �子どもが欲し

がるのですけれども、余裕がないので� という話

から、�塾に行けないから高校入試の情報は得ら

れない� というような話とか。なぜこんなことが

起きているのかというところが取材の発端です。

それをすすめているうちに、生まれる家庭で将来

の希望の光の明るさ度合いが違うというのは、今

2011年、当時 2008年ですけれども、一体何時代

の話なのか。生まれた家で将来への希望が制限さ

れているというのが今の社会で起きていいのかと

思い始めました。

質問者2 今日はおもしろい話をありがとうご

ざいました。中塚さんは新聞会社にお勤めですけ

れども、その立場からこのような児童虐待などに

アプローチするとしたらどういうふうなことをし

たいですか。

中塚 これは新聞記者全般ですけれども、私た

ちは結局当事者ではない。いつももどかしいと思

います。たとえば、困っている子たちやお母さん

たちの話を聞いて、何かできないかと思うのです

が、私が何か直接手を下すということはできない

のです。これは虐待もそうですが、そういう取材

に限らずどんな取材も自分は当事者ではないので

す。だからものすごくもどかしいのです。

 でも、たくさんの人に伝える当事者ではあるの

です。起きていることを伝えるということしかで

きないけれども、それは何が根本的な問題なのか

という、問題の本質を見極めてみなさんにわかり

やすくお伝えし、みなさんが何かしらアクション

を起こすキッカケになれば非常にありがたいと思

います。結局は話を聞いて、当事者を探すという

ところから始まります。虐待している人とかは、

「あなた虐待していますか」と言って話が聞ける

わけではないのです。捕まっている人は話が聞け

ません。そうすると、そこまではいかないのだけ

れども、虐待してしまいそうだと思うような虐待

予備軍たち、あるいはそういう虐待している人た

ちを支援――というのは、もっと虐待しなさいと

いう意味ではなくて、自分を回復するための支援

――している人たちに、そういう現場の当事者の

人たちに話を聞く。それしか私にはできないと思

います。

質問者2 ありがとうございます。先ほど、他

の人たちが何か行動を起こすキッカケを作れれば

いいとおっしゃいましたが、他の人が行動を起こ

してくれたら、その起こした行動に関する新聞的

な接し方とかはないのでしょうか。そういうこと

をしてくれたから、取り上げて、もっといろいろ

な人に広げて欲しいというような。

中塚 いつもそう思います。記事を見て、「自分

たちも同じことを考えていた」と。「やりたいの

で連絡先を教えてください」とか、そういうので

もすごく嬉しいですし、たとえばイギリスの話を

紹介した時も、私たちも同じことをやっています

みたいな手紙がきたのです。だから実際取材に

行って、日本ではこういうことをやっていますと

いう記事にしたことがあります。ただ字にして、

たくさん読んでくださる中で、いろいろと動きが

広がっていく。実際にそれを私が教えてもらえる

ということは、非常にありがたいというか光栄だ

し、やっていてよかったといつも思います。

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質問者3 私は日本人ではありません。韓国か

ら参りました留学生です。ちなみに私は、年はも

う 30歳を過ぎています。私の経験ですが、中塚

さんがおっしゃっている内容と同じように、私は

小学 4年生の時、家庭が破たんし、一人暮らしに

なりました。高校や国から援助を受け卒業して、

20歳からずっと仕事をしていました。今、30に

なって大学留学しています。

 僕が感じたのは、社会的な目線というのは、そ

の貧困な状況にいる人たちの可能性を認めないの

です。「お前の問題は、躾を親からちゃんと受け

ていないから、お前は何の可能性もない」。その

ような言葉を周りから言われて、結構悩みました。

「オレもできるんだよ」って「見せてやるぜ」って、

独りで頑張ってここまできたのですけれども。

 私の考えは、国からどれだけ援助を受けても、

貧困にある人たちの状況は変わらないのです。毎

月 4、5万もらっても飯を食うだけ。わかりやす

く言うと服を買うとか、彼女、彼氏を作ったりと

か自分の趣味などのある生活は何もできないので

す。毎日 12時間くらい仕事して、頑張っても結

局何も変わらないのです。資本主義の中で、子ど

もの貧困問題の解決は極端に言うと、理想的な

話、理想論だと思います。中塚さんはどんな意見

を持っているか聞かせて欲しいです。

中塚 大変な状況の話をしていただいて、あり

がとうございます。

 おっしゃるように、どれだけ国から援助があっ

ても、状況が変わらないというのは本当にある意

味おっしゃる通りです。今、「飯を食うだけ」と

いう話でしたけれども、たとえば貧困というのは、

今日のご飯がラーメンなのか焼き肉なのかと、そ

ういう問題ではないです。食べて、着てればいい

のかという話。人間は健康的で文化的な最低限度

の生活というのを一応日本国憲法第 25条で保障

されているわけで、文化的で健康的な生活という

のが、ご飯食べて、屋根がある家だったらいいの

かという話です。

 先ほど、いろいろと言われ続けて非常に悔し

かったというお話や、可能性に目を向けていない

という話でしたけれども、本当にその通りで、ど

んな子にも可能性はあるし、そういうふうに思わ

れている子に対して、�自分もそうだったけれど

も、いろいろ支えられて今、こうあります� とい

うようなモデルケースが身近にあれば。

 だから、あなた自身が、社会に何か還元できる

ものをお持ちなので、そのまま社会に還元して欲

しいというふうに私は思います。先ほど資本主義

の中で子どもの貧困問題の解決は理想論というこ

とをおっしゃられましたけれども、確かにそう

言われたらそうです。それで、�理想だからしょ

うがない� という話だと、結局何もよくならな

い。そうすると、�別に何もしなくていいじゃな

い。理想なのだから� ということになります。や

はり達成できなくても、努力することとか、達成

できなくてもそれに向けてみんなが動くとかつな

がるという、そっちの方が重要なのではないかな

というふうに私は思います。フィンランドやノル

ウェーは子どもの貧困率が非常に低く 2~ 3%で

す。その分税金が高いですけれども。それに向け

て、世論が動くということが大事なのではないか

と思います。

質問者4 今日は貴重なお話ありがとうござい

ます。大人は毎回、学生に「この問題について考

えて欲しい」と言い、学生の大半はその問題につ

いて自分なりに考えます。でも結局、難しい問題

だから、答えがわからないから、そのままにして

おくというふうになってしまうと思うのです。

 学生はお金がないけれど時間はあると思うの

で、大人の人たちは学生に「考えて欲しい」で終

わらすのではなくて知識をせっかく持っているの

だったら、学生にどういう行動をして欲しいとか、

政府や国民の意識を変えていくためにどういう行

為や行動が有効なのか、ということを実際にいく

つか具体例で教えてもらわないと、なかなか自分

たちから行動に移せないと思います。中塚さんが

もし、学生だからできる行動で考えがあるなら是

非お伺いしたいのですが。

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「高校中退・定時制高校・子どもの貧困からみる教育機会の格差」

中塚 質問ありがとうございます。先ほどちょっ

と言いましたけれども、こういう学習支援の会は

各地にできています。確かに時給はもらえないの

ですけれども、私はそれ以上に得られるものがあ

ると、いつもそこに来ている学生さんたちを見て

思います。その学生さんたちもそうやって口にす

るのは何かというと、やはり「自分たちが非常に

役に立っているということを実感できる」「とて

も子どもたちに感謝されるし、その子たちが高校

に合格したり、不登校だった子が学校に行けるよ

うになったりするのをみると、子どもたちの成長

や将来に自分が関われて本当によかったです」と

いう声を聞くのです。

 即効で簡単にみなさんができるとしたら、そう

いう子どもたちに直接関わるアルバイトでもいい

ですし、ボランティアでもいいですし、そういう

ことが実際できて今、話だけ聞いて、頭だけで

――言ったら机上の空論です――、でも、私たち

もよく言われますが現場に出て欲しいというか。

実際に現場に出て、みなさん本当に考えることが

できると思います。

 今は、私が取材した話をみなさんは聞いただけ

ですが、実際みなさんが体験すれば、それは血と

なり肉となり、本当に自分の脳みそにその血が

回ってくると思うので、是非現場に出て欲しいと

思います。一番はやはり最後は自分で考えて欲し

いと思います。それは、ここは高校ではなく、大

学なので、最後は自分で見つけて欲しいと思いま

す。見つからなくてもいいです。ただ、見つけよ

うと思う気持ち。その気持ちを社会に出ても持ち

続けて欲しいし、忘れないで欲しい。自分が大学

を卒業するまでに得たものを社会人になったら、

何かしらの形で貢献したいとか還元するという

ふうにして欲しいと。それは、将来的な話です。

今、すぐできることの具体事例としては、子ども

たちと関わるような場所に――それは今、中 3勉

強会があれば、たとえばキャンプのアシスタント

とか、青少年活動のアシスタントとか、そういう

こともできるでしょうし。東京にはいっぱいあり

ます。キッズドアという NPO 法人が同じように、

勉強を教える学生ボランティアを募集していまし

た。各地でボランティアの募集があるのですけれ

ども、先ほども学校に江戸川中 3勉強会という、

江戸川の生活保護世帯の子どもたちに勉強を教え

る無料の会のボランティア募集のポスターが貼っ

てありました。ちなみに、私が撮った写真と一緒

に私の記事がその横に貼ってあったのでビックリ

しました。学内にも割合とそういう募集チラシが

貼ってあったりするので、そういう意識を持ち続

け、アンテナを張っていれば、結構引っかかって

くると思います。あまり具体的な回答になってい

ないかもしれませんが、そのように思います。

子どもを育てる視点

 誰かこの「くらし考」の回答をしてくれないか

と思ったのですけれども、それは難しいのでやめ

ておきます。

 ここにも最後にちょっとメッセージ的なものが

載っていますが、「一歩踏み出して行動を起こし

てほしい」と私も思います。わりと、こういう

大変な親子の話を新聞に書くと、だいたいが批判

の手紙がきます。どういう内容かというと、代表

的なものは、「自分たちが勝手に離婚しておいて、

そのツケを税金で負わせるのか」とか。「ウチの

近所にも母子家庭の家があるけれども、男が出入

りしている」とかそういった類のものです。つま

り、なんでこんな怠け者たちのために、自分が払っ

た税金が使われなければいけないのだというよう

な自己責任論は、わりと世間で多いです。しかし、

これから将来を支えていく子どもたちにとってそ

れは、毒にはなっても薬にはなりません。なので、

そういう親を批判したり、大人を批判するのは本

当に簡単なのですけれども、是非みなさんにはそ

ういう視点ではなく、「子どもを育てる視点」と

いうのをちょっと頭の片隅にでも置いておいても

らえれば。先ほど、�難しいからそのままにして

しまう� ということでしたけれども、今日これが

終わってから 30分ぐらい、何が今すぐ自分にで

きるか。すぐにできるのではないかみたいなこと

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を考えて、ちょっとやってもらえると本当に大分

変わってくる。それがみなさん、やったことが実

績として記録に残るので、この先も大分違うので

はないかと思います。

 今日はこうやって若いみなさんにお話しする機

会を与えていただいて本当にありがとうございま

した。

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