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最近の林業技術No.5
マツカレハの生態と防除
下巻
防除 編
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11
~
次目
1226788068902457012
1-11122222333
まえがき・・・…・・・…・・・・………・…・・
防除法・…..……-“・…・・…・・“
I化学的防除法..……・・…………・
I生物的防除法(微生物的防除法)
1.マツヵレハの病原体………..…
2.病徴と病原体の生態……・….
1)細菌性軟化病・…・……・…
2)黄きょう病..……・・……・・・・…
3)ハナサナギタケ病・………・…
4)フザリウム病…・・…・・・・…
5)絹毛状白きょう病・・・・・……..
6)褐きょう病…..……・…・“・・
7)麹かび病・………・………・…
8)緑きょう病…………・……・・・
9)黒きょう病…・・………・・・・…
10)疫病・…………..…・……..…
11)マツカレハタケ病………・”
12)キサナギタケ病・……・………
13)微粒子病……・・・・..………‘
14)スミシアウィルス病・………・…….
15)核型多角体病…・……・…・・・・…..….
16)ウィルス性軟化病………………..…
3.微生物的防除における病原体の特性
4.スミシアウィルスの量産問題・・・・…
5.スミシアウィルスの野外散布試験・・・
むすび.……………・…..………・…・…・・
文献…..…………..…..………・・・・・・“…
31234690
34444445
まえがき
上巻生態篇において述べたように,マツカレハに関する調査報告
は多く,防除も一応確立されている。そのために,本書では,将来
における森林害虫に対する生物的防除法の確立に連る研究として現
在行なわれているマツカレハに対する生物的防除に関する研究につ
いて,その考え方ならびに現状を紹介することにした。
-1-
防除法
害虫の防除法ほ通常次のように分類される。
6y直接的防除法
僻)人為的防除法(機械的防除法)
㈲物理的防除法
㈲化学的防除法
(2)間接的防除法
付)林業的防除法
回生物的防除法
マツカレハに対する防除法としては,幼虫の捕殺,繭(輔)の採
集除去,卵塊の採集除去,松類の樹幹ワラ巻きによる越冬箇所誘引
殺虫等の人為的方法があり,また混爾林の造成等の林業的防除法も
提唱されてきている。一方,応急的な方法としては殺虫剤使用とい
う化学的防除法があり,また,寄生蜂やイザリヤ菌などの天敵の利
用も試みられている。
しかし,人為的防除法は単木的処理法であり,労力の供給の問題
や林地の実状から,おのずからその実行には限界がある。
環境的にマツカレハの大発生を抑制できるようなしかも健全な森
林を造成しようとする林業的防除法に関しても,具体的な問題とな
ると,なお研究段階の面を多分にもっている。したがって,ここで
は現在行なわれている化学的防除法および今後の防除法として期待
される生物的防除について記してみることにする。
1.化学的防除法
-2-
農薬を使用する防除法が化学的防除法であって,マツカレハを対
象とする場合は当然殺虫剤使用による防除法を指すことになる。殺
虫剤は,これを殺虫作用からわけると毒剤接触剤くん蒸剤等々
に分けられ,使用形態別にわけると粉剤,液剤(油剤乳剤,水和
剤)粒剤,くん煙剤等有に分けられ,有効成分から分けると有機塩
素剤有機燐製剤,砒素剤,植物性殺虫剤等々に分けられる。マツ
カレハに対しても,過去においては砒素剤なども使用されたことが
あるようであるが,現在では,マツカレハに対する殺虫剤としては
有機塩素剤の一つであるBHC剤が使われている。もちろん,DD
Tなどの他の有機塩素剤も有効であるし,有機燐製剤はさらに強力
な殺虫力を示すがマツカレハに対・してはBHC剤の殺虫力で十分で
あるし,使用形態,毒性,価格等の諸条件からみて,やはりBHC
剤が最も妥当とされているようである。
BHC剤には粉剤,油剤,乳剤,水和剤,くん煙剤等の製剤があ
るが,マツカレハに対して用いられる使用形態としては,粉剤,乳
剤,くん煙剤である。また,BHCの殺虫作用としては識典剤とし
ての作用が主である。BHCは接触剤としての作用のほかに毒剤あ
るいばくん蒸剤としての作用をも有する殺虫剤であるが,マツカレ
ノ、を対象とした場合は,主として接触剤として使用しているようで
ある。
BHC剤を使用する場合,7-BHC3%含有の粉剤ならば動力散
粉機によってha当り30kg程度の散布が行なわれている。森林の状
況によって薬量をある程度増減する必要も起こるが,多くの防除結
果からみて,γ3%粉剤ha当り30kgの散布量を基準としてよいと考
一3-
えられる。なお,広大な面積に散布する場合は航空機による散布法
がある。乳剤の散布は噴霧機によらなければならないが1台の噴霧
機による散布範囲は比較的小さいし,この場合希釈するための水が
必要となる。したがって,林地における乳剤使用はあまり行なわれ
ない。しかし,米国などの例からみて航空機利用の場合は使用し得
ると考えられる。γ10%の乳剤であれば200倍希釈液では十分有効で
あるが,濃度はさらに低くても有効と考えられる。しかし,航空散
布の場合は一般に濃厚液の少量散布という方向に進みつつある。B
HC剤のもう一つの使用形態として使用されているものに,<ん煙
剤がある。これはBHCを含有するくん煙筒に点火して,BHCの
微粒子を含む煙を流し,マツケムシを被煙させることによって殺虫
するものである。1haに対してγ-BHC150g含有のくん煙筒2~3
個が使用される。
殺虫剤使用の場合,まず使用する殺虫剤を決めなければならない
が,次に問題としなければならないのは使用時期の点である。一般
に殺虫剤使用に際しては,対象害虫に対する殺虫効果のあるものを
選暮ことになるが,同時にその使用にあたっては,人類や家畜等に
対する毒性,魚類や野生動物に対する影響,害虫の天敵たる寄生性
昆虫や捕食性昆虫に対する影響,植物に対する薬害等の点について
も考慮を払う必要がある。このような意味から,マツカレハに対す
る薬剤防除の時期としては,まだ越冬にいたらず,盛んに活動中の
3齢~4齢幼虫に対して9月中旬から10月のはじめにかけて行なう
か,あるし、は越冬から脱して再び活動をはじめた5齢前後の幼虫に
対して4月中下旬から5月上旬の頃に行なうことがよいと考えられ
-4-
る。そして,殺虫剤散布にともなう諸害の発生ができるだけ少ない
ような処置をとらなければならない。
-5-
1.生物的防除(微生物的防除)
自然界では各種の生物が一種の動的平衡状態を持続している。各
生物は互に牽制されて自然界の均衡が保持され,共存共栄が得られ
るのである。害虫防除の目的でこの生物的抑制因子を助長,または
利用して行くことが生物的防除biologicalcontrolである。生物的
防除に利用される生物は,病原体,寄生ならびに捕食性の昆虫,無
脊椎動物などがあり,たとえその一生物を利用するにしても,他の
生物への影響,およびその相互関係の調査研究がなされない限り,
十分その効果を挙げ得ることはできない。たとえば病原体の利用に
おいても,抵抗を増した虫に対する天敵動物の役割がいかに重要で
あるかを忘れてはならない。
本書においてば頁数に制約されるので,軽重は別として,主とし
て微生物防除micrabialcomrolについて述べることにした。
-6-
1.マツカレハの病原体
マツカレハの病原体については,上巻において既に述べられてい
ので,ここでばその一覧表のの象を再褐する。
第1表マツカレハの病原体
所 属 病 名’ 病 原 体
細菌|細菌性軟化病|B"・畑…,
糸状菌
黄きょう病恥(z"@zjZz""os(z(Dicks.)&
/、ナサナギタ
ケ病 |恥""α/"07""Yasudaフザリウム病|"s"""'"''"""u"zBrognetDelac絹毛状白きょう病
""'zig〃αg"オ0加叩"〃αIsiwataetMiyake.
褐きょう病|"%g'""sj%Lmk|"-!"、"wehxne"麹かび病
緑きょう病助ic""'7'"ci邦a(Maubl.)Aoki
黒きよう摘 0oSpoγαdesか'呪c"f'(Metsch.)Dela<
疫 病|E'""s@zg':y"'(Fresen)Thax*マツカレノ、ダ
ケ病
キサナギタケ病
Coγの'caps"""af(Hara)
|C.""c.''%(Linne)Lmk原虫|微粒子病 |AT"sp
ウイルス
Cytoplasmicpolyhedrosisvirus(Smithiavirus)
Nuclearpolyhedrosisvirus
Flacherie(virus)
-7-
2.病徴と病原体の生態
1)細菌性軟化病
本病は茨城県の利根川下流にある波崎町海岸砂防林にしばしばそ
の発生を見る。罹病虫ば食欲が減退し,前半身にけいれんを起こし,
苦悶の状を呈する。脚は把着力を失って前半部が枝条より離れて垂
下することを繰返し,体躯は軟弱となる。皮層は個有の色沢を失っ
写真1
マツカレハの細菌性軟化病点
死体(茨城県波崎町民有林)
つけ,全く生気を失い,やがて尾脚
のみつけて垂下してたおれる(写
真1)。死体は時間の経過ととも
に中央部から黒色に変化し,キチ
ン皮を破るとはなはだしい悪臭の
黒色汁が漏出する。病死虫の消食
管内には多数の2.0~6.0脾の芽胞
形成の連鎖菌が見られる。
流行病地帯にある樹下にはひん
死の病虫および死体等が地表に落
ち悪臭を放ち,はなはだしい流行
病様相を呈する。しかしこの様相
は本病だけの単一のものではな
-8-
く,スミシアウィルス病,ウィルス性i炊化病と併発している場合が
多い。
本病の症状,菌の形態等より卒倒病菌と酷似する点が多く,また
後述するウィルス性軟化病とも病徴の上からは区別がきわめて困難
である。病死虫の体液を松葉につけ,健全6齢幼虫に添食せしめる
と1週間内外で死亡する。
-9-
2)黄きょう病
本病の病原菌は,Isariafarinosa(Dicks.)Fr.による。黄き
ょう病菌の寄主範囲はきわめて広く,青木,立石,笹本,森本,お
よび小山の調査によれば,7目40科92種(1931~1960)におよ
び,今後の調査によって,さらに多く追加されるものと考えられ
る。このように野外で黄きょう病菌は,あまねく広く分布している
が,各寄主に同じような病原性をもつものとは限らない。幼虫時代
の病死体が見当らないにもかかわらず,成虫の死体のみに本菌が繁
殖していることは,交尾産卵を終って衰弱した成虫に潜在病原菌の
増殖したものと考えられる。野外で黄きょう病死体が多量に地上へ
真写2:黄きょう病菌に寄生するCeratostomaParasitic''m
Aoki黒色クワイ状の子のう殻を形成する。
- 1 0 -
落下し,その死体_上菌糸に2次寄生菌Ceratostomaparasiticum
Aokiが繁殖し,胞子造成を極度におさえていることが見受けられ
る(写真2)。病原菌の寄生を受け-たマツカレハ幼虫は,漸次病勢
が進むにつれて食欲が減退する。体色ば生気を失い,腹部や脚に大
小不同の黒色病斑を生ずる。体は縮小することなく,死に近づくと
頭部を振って苦もんの状を呈し,吐液をしてへい死する。へい死直
後の虫体は軟らかく特に腹部は鮮紅色を呈する。死後5~6時間で
硬直し,(20~25。C),背線の両側が硬化するため多少縮小する傾
向がある。約20時間を経過すると気門部,口部,肛門部に白色の菌
糸が見えはじめる(写真3B)。なお2昼夜を経過すれば体表全体
に白色菌糸が繁殖し,さらに3昼夜後には体表が見えなく密に白色
の菌糸でおおわれる(写真3A)。約5昼夜を経過すると菌糸から
は担子極を抽出して,黄色の分生胞子を着生する。これによって初
めて黄きょう病であることが判然する。病斑ある重症老熟幼虫が結
繭すると,前嶋で死亡するが,軽症のものは螺になってからへい死
する。繭内で死んだ前蛎や螺に繁殖した菌糸は,絹層を通して繭外
にも伸び胞子を形成する(写真4A)。さらに軽症のものでは羽化
時繭内の蛎化脱皮殻に菌が繁殖しているものが見られる。このよう
な蝦から羽化した成虫は保菌しているので,成虫となって発病する
ものが多い(写真4B)。林内では壮齢幼虫がたおれると直ちに落
下することが普通である。中には水平枝上でへい死し,後脚だけを
引っかけて足の先端と枝との間に菌糸が繁殖して,長い間その場所
に付着していることも認められる。また越冬前の若齢幼虫の死体は
葉上にあって,雨期に菌糸がまん延し,その場に付着しているもの
- 1 1 -
ー
曇
A
①
B
真写3:黄きょう病点死体
気間部から菌が先に繁殖
全体的に繁殖した菌糸
AB
が多い。
本病は経皮伝染である。分生胞子が皮肩に付着すると多湿な時は
約一昼夜で発芽する。分生胞子の発芽適温は25。C,発芽管の伸長
適温は28.Cである。マツカレハの体内に浸入した菌糸は円筒形
胞子をつくり,この円筒形胞子は体液の流れにつれて全身にひろま
り,体液中には多くの膠酸石灰の結晶が見られてへい死する。死後
- 1 2 -
;謹蕊寵
吟醸率哩雨気唾Ⅶ雨
B
鳶=■.ロ■
黄きょう病病死体
A:蝿から鯛を通して菌が繁殖する
B:産卵後の成虫病死体
写真4
全身に回った多数の円筒形胞子は急速に発芽伸長し,その菌糸は旺
盛に繁殖し,死体は硬化するに至る。体外に気中菌糸が伸長繁殖し
,担子極を出して分生胞子を形成する(写真5)。分生胞子の形態
- 1 3 -
写真5:黄きょう病菌の分生肥子形成
は通常卵円形であるが,稀に広円形のものもあり,大きさ2.0~
2.9~3.7~×1.5~2.5~3.5"であり,色は顕微鏡下では無色に見え
るが,集積すると淡黄色を呈する。平面培養でば同心円形の白色菌
層をつくり,菌層は密で平面的である。初めば白色であるが,分生
胞子の形成によって,淡黄色を呈する。
担子梗は束状をなして伸長する特性があり,担子梗の上部または
側方に生ずる小枝上に分生胞子を生ずる。青木('5)によると家蚕黄
きょう病菌の分生胞子は常温下では2~3カ月で極度にその発芽能
力を失うという。これは胞子個為の寿命であるが,死体上にはつぎ
- 1 4 -
つぎに新しい胞子が形成されるので,その体表面にはたえず生活力
ある新しい胞子が形成されている。皮唐は寄生を受けると肥厚し,
菌糸は盛んにまん延し,体表にば気中菌糸を出し,菌そう下部の菌
糸は柔軟組織様となる。皮下細胞層では菌糸は初め細胞膜にそって
発育し,つぎに細胞膜を通して細胞内に入る。菌糸が細胞内に侵入
すれば細胞核および原形質は破壌される。菫た体液中には多くの円
筒形胞子を遊離して体液は混濁し,分裂または出芽によって第2次
胞子を増成し,病勢の進むにつれ体液中で発芽伸長する。へい死後
菌糸は体内各組織にまん延する。病斑は病菌の侵入ロを示すものと
考えられる。
第2表に示すようにマツカレハの齢別に黄きJ:う病菌を接種する
と,いずれの齢を問わずきわめて強い病原性を示すが,体重当りの
接種量では若齢虫の方が高齢虫より病勢が急である。また卿に接種
するもきわめて容易に発病する。
第2表齢種別マツカレハ幼虫に対する黄きよう病菌の病原性
発病経過数体重1頭当り
(20頭平均)|接種胞子数9 =
0.0024100
0.0115479
0.11704,875
0.581524,229
2.8290117,875
齢別|撰試激120
220
420
72 0
82 0
羽醒71
619112115118121p4127301計
1霊1
1
410.
20
19
20
18
151
摘要供試虫は都ド林業試験場浅川実験林浅川苗畑産,飼育は
25。C,75%R.H室。5,6齢は事故により実験中止,接種胞子数は1齢幼虫の重量に対し分生胞子100コとし,各齢ともこの重量相当数とした。
- 1 5 -
3)ハナサナギタケ病
本病の病原菌はIsariajaponicaYasudaである。本菌は従来本
州,九州,台湾において鱗翅目の幼虫および踊上で採集された記録
があるが,その寄主の種名は不明である。マツカレハについては,
1958年6月林業試験場九州支場倉永技官が,大浦試験地で採集の
罹病幼虫標本を蕊者に送付せられ,その調査の結果,本菌であるこ
とを確認した。
本病徴は黄きょう病菌によるマツカレハ幼虫の病徴と極めてよく
似ているが,死体の硬化は黄きょう病に比してはるかに緩慢であ
る。本菌による病死虫体の場合は,菌糸が死体を被覆してから約1
週間後に,その菌糸の色が淡黄緑色になってくる。Synnemataを
10数本生じ,多数の淡黄白色の胞子を着生する(写真6)。菌糸は
幅1~2弘,分生胞子は楕円形を呈し,大きさは3.2~5×1.4~2.0
ーq
写真6 マッカレハのハナサナギタケ病病死体
讃きょう菌とことなってSynnemataが抽出する
- 1 6 -
レハに対する病原性について野外観察の結脾である。倉永はマツカレハに対する病原性に.
果黄きょう病菌よりはるかに弱いと述べている。
- 1 7 -
4)フザリウム病
本病の病原菌はFusariumacridiorumBrogn.etDelac.であ
る。病虫は口から胃液を吐きへい死する。体表の菌糸叢は白色綿毛
状で,やや湿光がある。菌糸は無色で幅2.0~6.2脾数本集って菌
糸束を作る楯子梗は分岐少なく真直である。分生胞子は紡垂形また
は新月形で楯子梗の先端に1個以上数個集って生ずる。大きさ2.8
~15.7×1.7~5.0脾である。マツカレハ老幼虫または前踊に発生す
る。
- 1 8 -
5)絹毛状白きょう病
本病の病原菌はHaruziellaentomophilaIshiwataetMiyake
による。若齢幼虫特に越冬虫に発生する。へい死すれば体少しく硬
化し,他の硬化病のように硬くならない。死体の表面を覆う菌糸は
絹糸様の光沢がある。菌糸は幅1~3.5“で,隣接菌糸はH状とな
る。細胞膜は無色透明で平滑,内容は帯緑色で大小不同の頚粒状の
油球がある。桧子梗は分岐することが稀で,各所から小柄を分岐す
る。分生胞子は楕円形または円筒形で両端丸く大いさ3.2~2.4〃
内外である。
- 1 9 -
6)褐きょう病
本病の病原菌はAspergillusflavusLinkである。本病原菌は後
述の麹かび病菌と同じ程度にマツカレハの孵化幼虫に寄生し,虫糞
にもよく繁殖する。多量に生産される分生胞子によって,飼育中の
虫を全滅せしめる場合がある。また成虫の死体にも本菌が繁殖する
ことが観察される。マツヵレハのみでなく他の鱗翅目昆虫の成虫死
体に繁殖したものをしばしば発見する。死体は他の硬化病のように
硬くならず,軟化病蚕のように軟らかいが,腐らん液化することは
ない。乾燥すれば次第に扁平形となり,あるいはミイラ状に萎縮
し,頭部だけが大きくなって骸骨状を呈する(写真7)。菌糸は分
岐まん延し,隔膜を有する。老熟すれば密に隔膜を生じ,細胞膜は
篭阪睦障睦屍肥偲脾悔陳脆隅院卜雁ト際卜
写真7:マツカレハの褐きょう病々死体
肥厚する。担子極は菌糸の所有から分出する担子梗の先端に梗頭を
作り,多くの担子柄を着生する。分生胞子は担子柄の先端に2~
10数個連鎖情生する。球形または卵円形,表面に突起がある。直径
3.2~6.“内外,帯黄緑褐色を呈する。他の一般硬化病と異なって
- 2 0 -
体液中に円筒胞子を形成しない。主として1~2齢虫に多発する。
多湿条件下に飼育するような場合には稀に4~5齢虫にも発病す
る。野外では孵化当時の群棲幼虫の糞に本菌の繁殖していることの
みが観察される。
一
- 2 1 -
7)麹かび病X
本病の病原菌はAsspergillusOryzaeWehmerである。褐きょう
病と病徴は大差がないが,胞子を形成した後に汚褐色で,褐きょう
病菌の場合より黄色味が淡い(写真8)。担子極は菌糸から分岐し
写真8:マツカレハの麹かび病病死体
孵化幼虫
て生じ,その先端は球形または楕円形を呈している。その表面から
担子榎を密生し,その先端に連鎖状に分生胞子を着生する。分生胞
子は黄褐色で球形.大いさは4~8l&である。
- 2 2 -
本菌は腐生生活をなし,醸造用の麹菌として有用なものである
が,若齢幼虫に対する病原性は大きい場合がある。室内飼育の際に
卵から孵化したばかりの若齢虫に寄生して全滅する場合があり,ま
た成虫の死体にもよく繁殖する。
- 2 3 -
8)緑きょう病菌
本病の病原菌はSpicariapracina(Maubl.)Aokiである。本病
原菌は野外の翅目昆虫に,晩秋の頃ひろく寄生する。青木は,蚕に
晩秋期多発し,その発病は3齢が多いと述べている。マツカレハが
この菌の感染を受けて発病することは比較的少ないが3~4齢の頃
の幼虫に稀に見られる。
羅病虫は腹部に2~3個不定型病斑を生じ,下痢症状を呈する。
死体は柔軟で弾力性を有し,次第に硬化するが,2日目頃から関節
膜および気門部に綿毛状で光沢のある菌糸を生じ,後白色菌糸によ
って全体がおおわれる。さらに10数日を経過するとあざやかな緑色
の分生胞子が多量に形成される。
分生胞子は卵円ないし楕円形,淡緑色で単細胞,大きさは3.5~
4.0~5.2×2.5~3.2#‘である。発芽の適温は22~23。Cである。
病虫体液中に浮遊している円筒形胞子は楕円形ないし長卵形,大き
さ3.1~4.1×2.7~3.5脚である。円筒形胞子は直接発芽して,第
2胞子を作るか,または隔膜を生じて2細胞となり,さらに体液中
で発芽して栄養菌糸となる。菌糸は糸状で細長く隔膜があり,幅
2.5~3.“である。細胞膜は無色透明で中に頚粒状の油球がある。
担子梗は幅2~3メル,樹枝状を呈し,梗上に徳利状の小柄を多数輪
生してこれに分生胞子を連鎖状に形成する。分生胞子は楕円形乃至
長卵形大きさ3.1~4.1×2.7~3.5“帯緑色で透明平滑である。
野外昆虫のうち,ヨトウガの幼虫をよく侵し,本病の大流行によ
って全滅することがある。
- 2 4 -
9)黒きょう病
本病の病原菌は,Oosporadestorutor"etsch.)Delac、によ
る。本菌によるへい死虫は最初柔軟であるが,死後1昼夜も経過す
ると死体全体が赤味をおび,漸次硬化してミイラ状となる。やがて
死体の表面は白色の菌糸でおおわれる。担子極を抽出して分生胞子
を形成する頃になると,菌層の表面は次第に濃緑色に変わってゆく
ので緑きょう病と見誤る場合があるが,その表面はかなりの凹凸を
生じ,密に形成された胞子層に亀裂を生じてくる(写真9)。胞子
§
蕊驚蕊
写真:9マツカレハの黒きとう病点死体
胞子層に亀裂を生ずる
層ば深青色となり,さらに日時を経過すると黒緑色を呈するに至
る。菌糸はよく分岐し,短小である。太さはまちまちで,0.8~3.0
ノル内外,隔膜を有する。担子梗は1乃至数個の隔膜を有し,2乃至
数個の分枝を生じ,その先端に分生胞子を形成する。長さは1.7~
4.0浬幅2.0~3.0脾,先端に胞子を形成する。分生胞子は楕円
形乃至長卵形,短細胞,表面平滑で無色であるが,成熟したものは
-25-
淡青褐色を呈する。大きさ50~6.5~7.5×2.5~3.2~3.5脾では
なはだ斉一である。胞子は1日内外で発芽し,培養後(25。C)10~
14日で胞子を形成する。鞘翅目,半翅目および鱗翅目昆虫に広く寄
生し,マツカレハでは幼虫および踊ともに罹病し病原性が大であ
る。しかし自然界ではその病死体を見ることは全く稀である。カメ
ムシについては森本,筆者ばコガネムシ幼虫に対して本菌の病原性
が大であるということから本菌による駆除を試承効果を得ている
が,蚕への影響があるため一般に使用は困難である。
- 2 6 -
10)疫病
本病の病原菌はEmpusagrylli(Fresen.)Delac.による。本病
菌の寄生を受けた幼虫は,感染後4~5日にして運動不活発とな
り,食欲が減退し,健全なものに比すれば体全体が汚色を呈し,体
皮の斑紋が不明瞭となり,腹面赤味を帯びる。腹脚は常時より幾分
開いて,運動が困難のように象とめられる。死後後半身が幾分縮ま
る傾向を示し,体色は汚れを増し,体にしわを生ずる。1昼夜くら
いにして環節間膜から1種の粘液を分泌し,次第にこれば寒天状を
呈してくる。一種特有なカビ様の臭気を出し,体全体が寒天様,後
に担子梗がつくられるため毛皮状となり,灰白色から淡黄色に変化
する。さらに時間の経過とともに死体は暗色となり,軟化して環節
間膜はもろくなる。死体を置いた物体の周囲2~3cmの範囲に白
色粉状の胞子を輪状に飛散する。顕微鏡で観察すると,胞子放出と
共に噴出された粘液物質が乾燥して不規則な棒状物質を多数生ず
る。分生胞子飛散後の死体は順次乾燥して細まり,黒味を増してく
る。
野外で発病した幼虫は,徐為に木の上方に向って登り,梢頭近く
に集るものが多いが,中には枯枝の先端に行って死ぬものもある。
マツカレハの場合は相等密度の高い所でもバッタのように死体の上
に折重なって死ぬ様相は呈さないで,個為に分散して死ぬ。体を針
葉に密着しているものが多く,落下するものは全くない(写真10)。
その状態はSkaifeがバッタについて観察した事実と似ており,枝
葉を固く抱きしめている。これは発病すると脚の接着力が弱くなる
ためであろう。死体ば日がたつに従って次第に乾いて固くなり,頭
- 2 7 -
写真10:マツカレハ疫病の様相
梢頭に上がって死ぬ
部だけは変わらないが体の部分は細くなって針葉に付着している。
黄きょう病によって死んだ虫はむしろ樹冠の表面よりも,内部の方
に集まる傾向があるが,疫病の場合は反対に樹冠表面の明るいとこ
ろに出て死ぬ傾向がある。
菌糸は糸状で太さ不同,径8~25脾,隔膜があり,油状の内容物
が充満する。気温が下がるにつれて隔膜の数を増し,やがて形状不
規則な細胞に分離する。各細胞は次第に膜が厚くなり,円味を帯び
て遂に厚膜胞子となる。
分生胞子は短卵円形で基部細く,頂端は円形,大きさは30.8~
40.6×36.4~50.4仏細胞膜は平滑透明,中央に大きな油球が1個
あり,他に小粒体を桑たし,顕微鏡下では全体が淡ll音褐色を呈す
る。
- 2 8 -
担子梗腫基部で分枝し,分枝は長握棒状で基部細く,先端部は幅
広く円い。大小不同の油球を充満する。隔膜ばあるが鮮明でない。
新しく形成された本菌の分生胞子をマツカレハ4齢幼虫に接種す
れば供試虫500頭中2頭が罹病した。この実験で幼虫期において罹
病へい死したものが少なかったことば,使用した浮遊液中の胞子の
数(102)が少なかったためと考える。
写真11:マツカレハタケ嶽丙死体
Synnemataに子のう殻形成
- 2 9 -
11)マツカレハタケ病
本病の病原菌はCordycepusnawai(Hara)である。本病原菌によ
って感染した罹病虫は7日目頃から摂食を停止し,死に近づくと苦
悶の状を呈する。へい死直後は腹部の色が健全のものに比し,やや
赤褐色を帯びている。体は特に縮小することなく,表面に細かいし&
わができる。時間の経過とともに,他の硬化病に比してはなはだし
く硬化する。体表に菌糸は普通あらわれない。野外観察では発病虫は
把握力を増すため,死後も枝条から離れて落下しないで,硬化して
しばらく樹上にあって風雨によってはじめて落下する。地表に落下
した死体は,10月上旬頃下部から淡褐色の菌糸が地下に向って繁殖
し,上笥蝦I方の体の表面からは基部狐色で先端白色のsynnemata
を抽出する。synnernataは終齢幼虫の死体から5~18本生ずるの
が普通であって,5~6齢の小さな幼虫へい死体では2~3本しか
出ない。その長さは5.0~8.0cm平均5.5cm位のものが多い。
色は生長中の部分は銀白色を呈しているが,生長の終った部分は狐
色となる。胞子は無色紡錘形で,薄い膠質物を以ておおわれ,その
大きさは7.3×2.2〃である。子のう殻は狐色を呈し,紡錘形で露
出し,その大きさは0.2×0.3mm位でsynnemataの先端3分2位
に密生して形成される(写真11)。子のう胞子は糸状で束生してい
る。
本病原菌は黄きょう病菌に比してはるかに緩慢な病勢を示す。マ
ツカレハの他ツガカレハにもよく寄生し激しい流行病様相を呈す
る。おそらく自然界における感染ば越冬の際地表近くに下った時に
感染するか,あるいは継代伝染の様式によるものと考えられる。
- 3 0 -
12)キサナギタケ病
本病の病原菌ほCordycepsmilitarisqirmjLinkの寄生によ
る。本菌の踊に寄生したものを地表の落様下,または土中に置き,
秋になると榎棒状肉質鐙黄色の直立した,上半部が赤色で,病状の
突起を被る子座を抽出する。子座ば長さ4~5cm幅1~1.5mm通
常1本であるが稀に2本のものもある。子のう殻は徳利状で,基部
子座に一部埋没し,高さ320~300メル,頂端に乳頭状の孔口を開く,
子のうは円筒形で長さ180~21伽幅3~4脚である。胞子は糸状で
8個束生し黄色である。本菌は鱗翅目昆虫に広く寄生する。
- 3 1 -
13)微粒子病
本病の病原体はNasemasp.である。マツカレハの微粒子病につ
いては1960年細胞質型多角体病に併発し(写真12),1957年にお
いては同属のツガカレハにおいて極めて典型的な微粒子病を観察し
た。大きさは4.9~3.2×2.3~1.8脚で,顕微鏡下では淡青藍色を呈
する。ツガカレハの微粒子病原体の大きさは,4.9~3.5×2.9~2.0
脾にしておそらく同一種と考えられる。形状は家蚕と樟蚕微粒子病
原の中間型を示す。
写真12:マツカレハ織嶬子病病死体
32-
14)スミシアウィルス病
本病の病原体はCytoplasmicpalyhedrosisvirus(Smithiavirus)
である。発病すると食欲が減退し,行動が不活発となる。まもなく
淡褐色の吐液を始めるようになる。発病虫は摂食葉部から次第に小
枝に移り,さらに幹に近づく。胸背から腹背部にかけて,カマポコ
状にふくれて休止し,腹脚は正常時裳り開いてまたがり,脚を枝幹
に近寄せて,ときどき体動を行なう。肛門部に液状物を排出し始め
ると体長が縮小してくる(写真13A)。順次軟便は白色下痢便に変
わり,剥離しないで肛門部に順次累着している(写真13B)。重症
写真13:スミシアウイルス病罹病虫A軟便尾部に付着する
B白色下痢便の罹病虫
- 3 3 -
A
B
から死に至るころは濃褐色の吐液をなすことおびただしく,死に先
だち気力を失って地上に落下する。落下した重症虫はまれに登樹せ
んと松の根本に集童るもついに死に至る。
以上ば壮齢虫の典型的なものについて述べたが,1~2齢の病虫
は摂食を休止する頃になると,体全体が黄色透明状に変化する。い
わゆる蚕で本病にかかった幼虫が空頭症状を呈すると同じ症状であ
る。この空頭とは前腸部の食物が摂食しないため,なくなったり,
中腸障害によって食物が前腸部に停滞し,胃液によって淡黄色に
写真14
変化し,皮麿を通してその色が表
われる結果である。また急性症状
のものは激しい吐液や水様下痢便
をするも,白便に至らずして急死
する。このような病虫ば死後も体
の縮小は全くなく,かえって節環
部がゆるゑ,全体として正常時の
ものよりのびるものがある(写真
14)。病原体を濃厚散布したとき
など大部分のものがこの急性病死
体である。78令の幼虫における病
死体の多くば萎縮して腹方に湾曲
しているものが多く,また腹部よ
り頭部または尾部に順次細まって
いる。皮膚は他の軟化病のようにスミシァウイルス、.'。一',~~、@ー‐.'ハ'ー'’』ーー‐診、
病病死体(3齢幼虫)もろくない。体色は死亡直後でも
- 3 4 -
正常に比して幾分汚色を呈し,しかも脱毛する。病斑を認むるもの
があるが,これば黄きょう病を併発したときのものが多い。まれに
中腸の癌腫症状の病虫が皮層に薄い斑紋を表している場合もある。
他の軟化病のように悪臭ばないが腐らんすれば同様な臭気となる。
他の軟化病死体ばアリが食わないが,スミシヤウイルス病死虫は地
表に落ちると同時にアリが土をかけ-,摂食解体してしまう。また樹
上に引っかかった病死虫をシロテンハナムグリの成虫が摂食してい
ることも見受けられた。夏期の乾燥時に地表に落ちた死体はそのま
ま乾燥してミイラ状となり,折れば中腸部が白色になっているのが
明らかに見受けられる。
病虫のマユは正常マユに比して吐糸量が少ないため薄皮マユで,
はなばだしいのば前鯆化もせず,幼虫のまま死亡しているものがあ
る。正常虫と全く変わらない糸量で,マユを作っても形が一般に不
正か,また不ぞろいである。死にごもりのマユにば黒色のし象がつ
いている場合が多い。一般に病虫の作ったマユは汚色を呈し,鱗毛
着生が少ない傾向がある。病踊は一般に小型で幾分汚色を呈し,黒
褐色となり腐らん臭がある。
病ガは一般に小型で汚色を呈し,尾部が汚れている。羽は縮れて
いるものが多く腹部の鱗粉が脱落している。軽症のものは交尾産卵
も行なうが,平面に産卵させた場合,集団産付しないで散在して産
む。
健全虫の消食管は濃緑色に見えるが(写真15A),病虫を解剖し
消食管を見ると,中腸の部分が白色に変わっている(写真15B)。
これは中腸の円柱状細胞の細胞質に多角体が集積して形成され,そ
-35-
1
N
’111
B
写真15:スミシアウイルス病病虫消食管の変化
A正常虫消食管
B罹病虫消食管(中腸部白変)
れが白色に透けて見えるからである。病変の進行は幽門部の方から
始まり,しだいに前方に向って進行するのが常である。しかし急性
型のものは中腸の白変が全く見られなく,アメ色を呈しているにす
ぎないものが多い。こうしたものでも検鏡すると大部分のものが幽
門部近くの細胞質から,飢餓粒によく似た未完成の多角体を認める
ことができる。マツカレハの大発生地に食物が欠乏し,飢餓状態と
なり,本病にかかった死体には,幽門部にきわめて少量の多角体形
成をしている個体が多い。またまれに癌腫症状を呈しているものが
- 3 6 -
ある。この癌腫部には小型の症状りゅう起個所が謝固あり,その部
分が特に組織が肥厚している。病死虫の消食管は一般に細まり,特
に潰瘍を起こし,白色便を排寵し,消食管が全体的に細くなって
いるが,外皮膜内には大型の多角体の鍬が見られる。正常サナギは
一般に中腸部位が退化縮小して胸部に近くハート型を呈している。
病蛎の中腸は退化しないため,腹空内で反って膨大して黒褐色にな
っている。この病変中腸細胞内から典型的な多角体が見られる。成
虫消食管の病変はほぼサナギにおけると同様であるが,孕卵した雌
にあっては病変中腸に接した卵襄浸潤を起こしているものがある。
また病ガには素謹が膨大しているものが多い。これば中腸障害によ
り前腸内食物の停滞によって,内容物が残っているためと考えられ
る。病虫は摂食しないで,なるべく生存期間が長いということが,
林の汚染に意義のあるものである。2~3齢の幼虫にあっては,’慢
性症状のものでも5~10日間生存しているにすぎないが,老幼虫に
あっては20~30日間生存し,その間歩行によって寄生植物を汚染
して2次感染源となる。急性病虫は摂食を止めてから2~3日で死
亡し,吐液汚染をなすが,このような吐液中には多角体がきわめて
少ない。したがって下痢便ほど汚染効果は大でない。25。C室で,
8齢初期幼虫に多角体を体重g当り107接種すると,大部分のもの
が3~15日までに死亡する。104~105では15~30日で死亡し,
102~108で幼虫期間に死亡するもの少なくサナギになって死亡し,
また成虫になって発病するものが多くなる(第1図)。野外で8齢
初期幼虫に畳加接種したものば,0.1ha当5×1010の病死虫磨砕
液で5~30日目で全部死亡し,5×109では,15~30日目に幼虫
-37-
で約50%死亡し,さらにサナギで死亡し残る成虫に30%近くの罹病
が認められる。また5×108では幼虫での死亡は少ないが,サナギ
や成虫になってから死亡するものが多く認められる。
夏期ふ化当時の1~2齢幼虫では0.1ha当り5×1010の病死虫
磨砕液散布で3~10日で全部死亡し,5×109では10~15日間
に,5×108散布でば20日以上かかって死亡する。
また寄生蜂や寄生繩の寄生したマツカレハは,寄生虫の脱出後急
に病気は進行し,死亡する。
- 3 8 -
/
中腸多角体病ウィルスは,経口的に胄内に入り,中腸の円柱状細
胞を犯し細胞質に病原包含の6六角形多角体(2~8”を形成す
る(写真16)。しかし突然変異と思われる4角型のものがまれに見
られる。多角体の内部には粒状粒子のウィルス(20~70mmノル)を多
数包含しているところから,Smithiavrrusに属するものとみとめ
られる。本ウィルスはマツカレハ,ツガカレハの体重g当り103接
スミシアウイルス封入多角体×5,000
種できわめて強い病原性を有し,蚕に対しては106接種以下ではほ
とんど病原性を示さない(第1図)。蚕の中腸多角体病ウィルスと
ば全く今のところ形態的に分けられないが生態的にはきわめて大き
な差があるところから別株のものとも考えられる。
- 3 9 -
100 -~
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、,,
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80
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死亡率
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、6030後
、6160後
,6230後
2
CONT10'10210310410510s:lO7
9/#璽‘第1図マツカレハに対するスミシアウイルスの
病原性試験結果(齢別の病原性)
- 4 0 -
I
15)核型多角体病
本病の病原体はNuclearpalyhedrosisvirnsと考えられる。
1952年長野県浅間国有林においてマツカレハにウィルス病が発生し
た際と,1958年6月19日に茨城県波崎から採集した軟化病死虫に各
1頭の本病罹病死体が認められ,なお1960年2月林業試験場東北
支場の山家技官からも4齢虫の本病死体が送付された。しかし野外
においても,室内飼育の場合でも本病の発生はきわめて稀である。
死体は軟化し,皮層はもろく,体液は灰褐色に混濁し,検鏡すれば
不済の5~6角型の多角体が見られる(写真17)。器
写真17:マツカレハ核型多角体病,々死体
- 4 1 -
16)ウィルス性軟化病
本病は封入体を作らないウィルスによる病で,野外においてばマ
ツカレハに発生のひん度はきわめて高い。罹病すると体色はなはだ
しく汚れて脱毛する。病勢の進むにつれ脱肛するもの多く,体の前
後の部分が縮る。病虫の消食管内にはほとんど食物なく,淡黄色の
液の象であり,体をわん曲して死亡する(写真18)。死体は皮層も
ろく,キチソを破ると黒褐色の体液が濾出する。本虫の体液をマツ
カレハ幼虫に接種すれば,大部分終齢にいたって死亡する。自然界
でスミシアウィルス病と併発して死ぬものが,かなり多い。
写真18:ウイルス性軟化病病死体
- 4 2 -
3.微生物的防除における病原体の特性
マツカレハの微生物的防除に利用される病原体は,次の諸条件を
具備していることが望ましい。
1.人畜,鳥類,魚類,植物に対して無害であること
2.他の昆虫に対して多犯性でなく選択性のあるもの
3.天敵昆虫に対して病原性がなく,むしろ媒介依存のできる
もの
4.蚕業に対して安全なもの
5.病原性大にして抵抗性のできないもの
6.他の病原と共同感染のできうるもの
7.各齢幼虫に感染発病し,経卵伝染の行なわれるもの
8.環境条件によって誘発性をもっていること
9.気象条件により活力喪失しにくいもの
10.人エ培養あるいは生体増殖法によって経済的に量産のでき
うるもの
マツカレハの生物的防除に役立つ病原体ばスミシアウィルス
(1956小山)であって,以上の諸条件を大方具備している。
- 4 3 -
4.スミシアウイルスの量産問題
スミシアウィルスの増殖は将来組織培養によるものであろうが,
今のところ実用の域に達していない。しかし現地における生体増殖
が比較的簡易で,事業用のウィルス量産が容易である(写真19)。
この方法は寒冷紗袋(縦100cm横51cm)の中にウイルスの懸だ
く液(3×106)を噴霧した飼料を水挿し,これに8齢初期幼虫
写真192スミシアウイルス生体増殖法の装置
一言-44.-
'00頭を入れ,松鉢の中で20日間飼育(5月20日~6月10日,
東京地方)すると,20日内外で罹病する。死体を含めて袋から取出
し,容器につめて冷蔵して置けば,数年の間活力をあ重り喪失しな
い。
野外では多角体の数によって散布量が決定される。8齢幼虫1頭
当りに形成される多角体の量は約1.5×109である。かりに1ha当
りの散布量3×1011とするとこの8齢病死幼虫200頭を必要とす
る。なおこの生体増殖の方法は現地増殖によらないで,室内におい
て長日処理を行なった非休眠虫を飼育すれば,50日内外で終齢幼虫
をうるから,さらに人工飼料の研究によって.ウィルス量産を前進
することができると考える。
- 4 5 -
5.スミシアウイルスの野外散布試験
マツカレハのスミシアウィルスは1956年はじめて林業試験場で
確認された。その後1960年まで室内実験において,マツヵレハおよ
び蚕に対する病原性試験を行ない,1961年野外において散布量試験
を行なった。その結果,ha当り3×10'0~3×10皿できわめて顕
著な効果のあることが判明した。その後1952~1954年にわたって
防除試験を行なっている。試験区は0.1haの3繰返しとし,試験
区毎の間隔を30~50mとした。散布病原濃度はha当り3×1010,
3×1011とし,各400jの病死虫懸だく液として動力噴霧機を用い
て散布した。供試虫は散布直後0.1ha散布区ごとに10本のマツを
任意に選び,これに供試虫をつけた。供試虫は一定したものを寒冷
紗袋に10頭当入れ,1散布区100頭とした。10日目毎に死因,
虫糞量の調査を行ない,結緬が終わってから残った虫を全部採集し
て解剖所見を行なった。
以上(第2図)に示すとおり,3×1011散布区は対照区に比し,
いずれも80%の高い死亡率を示し,’|生比を低下し,被害軽減率を
50%にした。また3×10'0散布区は死亡率50~60%,被害軽減
率を30%前後とした(写真20)。この結果は7齢幼虫を対照にし
ての試験であるが,越冬明けの4~5齢虫に散布する時ば,その効
果をさらに高め得るものと考えられ,また現在までの試験は病死体
磨砕懸だく液で行なっているが,使用形態を粉剤とすることもあわ
せて目下試験を進めている。なお家蚕への影響であるが,嶬蚕の場
合になおも追究すべき問題が残っているが,これが科学的に解明す
- 4 6 -
るまでは散布試験もきわめて慎重に行なっている。
'0皇’1.0
榊群縦干箪県
堂型R側
死亡食害軽減率
性
0.550
比
3X10'0 3X10'i
CONT3X10。%箔21、xIマツカレハスミシアウイルスの野外散布試験結果
対照区羽化率M.散布区羽化率N.対照区排糞重量K.
散布区排糞重量T."F.雄M
RM=100-÷×100FE=100-÷SR-下學而
- 4 7 -
享真20:スミシアウイルス散布20日目に鐙ける罹病様相
病虫の付体の中央部をりゅう起している
- 4 8 -
むすび
従来マツカレハの微生物的防除について,事業的に行なわれてき
たものは黄きょう病菌の利用である。それは,当代終令幼虫を菌液
に浸漬して放飼する方法である。放飼した虫が病死し,体表に胞子
を形成するまでには,野外では少なくとも2週間内外を要するか
ら,当代幼虫を発病させる時間的余裕が全くない。ただ対照虫の黄
きょう病汚染度高く,温度や湿度条件に恵まれた場所においての象
当代幼虫が発病する。それがため多くの場合は,次代幼虫への効果
を望むにすぎない。もしも当代幼虫を急速に病死させようとすれ
ば,本菌胞子を多量に散布しなければその効果は望めない。しかし
このような方法を行なえば,本菌の浸す宿主範囲がきわめて広いこ
とから,他の昆虫への影響もまた大であるものとみなければならな
い。これに反しスミシアウィルスは宿主限定性であるため,他の昆
虫への影響が全く少ないものと考えられる。そもそも害虫防除にお
ける微生物的防除の役割は,病原体をもって化学薬剤におきかえよ
うとするものでばなく'広義の森林生態の面から,病原体によって,
自然制御誘導を計ろうとすることが最終の目標である。
以上の記述においては,著者らの独断から,項目の選定や,重点
のおきかたに一貫性を欠き,あるいは片寄った内容に終ったけれど
も,この小著が森林害虫に対する見方あるいは考え方において,少
しでも参考になれば,著者らの喜びこの上もないことである。なお
各冊巻末の参考文献によって,本書にて触れ得なかった点を補足し
ていただくようお願いする次第である。
-49-
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27)小山良之助(1951)マツカレハの病原に関する研
究日本泳業講演集(61)153-155
観察応動Vol.8(4)223
28)小山良之助ほか1名(1957):村松国有林のマツカレハの
発生とその防除について,東京営林局
技術研究,(8),188~191
29)同上ほか1名(1960):オビカレハ・ツガカレハお
よびマツカレハに対する微粒子病原体
の経口接種試験,林試研報(123),
1~19
30)同上(1961):マツカレハの細胞質型多角
体病とその応用(予報),日林誌,
Vol.43(3),91~96
31)同上ほか2名(1962):マツカレハおよびカイコの
中腸型(細胞質型)多角体病ウイルス
の交叉接祷試験(1),72回日林講,
323~325
32)同上ほか1名(1963);同(Ⅱ)カイコに対する各
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種C型ウイルスの濃度別接種試験,74
回日林講,350~352
33)同上ほか1名(1963):同(Ⅲ)ツガカレハに対す
る各種C型ウイルスの接種試験,同,
352~354
34)峰烏満男(1959):笠間管内に於ける煉煙剤並
びに動力散粉機によるマツカレハ防除,
東京営林局樹術研究(8),208~220
35)向本歓覚(1963):ヘリコプターによるマツケ
ムシの駆除,森林防疫ニュース,Vol.
12(8),170~173
36)村田武彦(1953):奈良公園に於ける松毛虫の
駆除について,日林関西支講(3),
63~64
37)長沢円治(1931):マツカレハ並びにマツカレ
ハタマゴバチ飼育成績断片,林学会雑
誌第13巻12号808
38)野淵輝(1962):マツカレハの天敵昆虫,幼
虫および螺の寄生昆虫,森林防疫ニュ
ース,Vol.11(2),22~26
39)大久保良治(1962):BHCの熱分解,72回日林
講,351~352
40)大内実(1956):マツカレハDendrolimus
spectabilisButlerの卵,幼虫に対す
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41)同上ほか1
42)内 田 登
43)山 内 正
44)同
るAldrin,Dieldrin,Endrinの殺卵.
殺虫効果,茨城大農学報(4),39~43
名(1958):マツカレハ幼虫に対する薬
剤の残効について,茨城大農学報(6),
39~41
-(1924)J本邦産姫峰亜科の寄生の判
明せる数種について,札幌農林学会会
報,Vol、16(69),210
敏(1954):飛行機利用によるBHCの
マツケムシ駆除効果について,福岡林
試報(7),17~38
上(1955):飛行機によるBHC落下量
と障害物との関係,日林九州支講(9),
43~44
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最近の林業技術No.5
マツカレハの生態と防除下巻防除編
昭和40年3月10日発行
¥150(〒40円)
箸者小山良之助
山田房男
印刷所合同印刷株式会 社
発行所瀕日本林業技術協会東京都千代田区六番町7番地
振替東京60448番