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03 報告 地上放送高度化方式の 移動体向け伝送技術と特性 宮坂宏明 Transmission Technology and Performance of Mobile Reception in the Advanced Digital Terrestrial TV Broadcasting System Hiroaki MIYASAKA ABSTRACT 上放送の高度化方式は, 現行方式(ISDB-T: Integrated Services Digital Broadcasting – Terrestrial)の特徴である,階層伝送が可能なセ グメント構造を継承しており,固定受信用サービスと 移動受信用サービスを1つの変調波に多重できる方式 である。また,現行方式のワンセグと同様に,一部の 周波数帯域のみを受信する部分受信が可能である。さ らに,移動受信特性を向上させるために,部分受信を 行う帯域幅をワンセグの3.5倍に拡大するとともに, 固定受信用サービスとは異なるパイロット信号配置を, 移動受信用に選択できるようにしている。本稿では, 地上放送高度化方式の移動受信環境における伝送特 性を,計算機シミュレーションおよび野外実験により 評価した結果について報告する。 T he advanced digital terrestrial TV broadcasting system inherits the segment structure of the current digital terrestrial TV broadcasting system (ISDB-T) that enables hierarchical transmission. This enables partial reception, where only part of the frequency band is received, as in the case of One-Seg, the mobile reception service of current broadcasting. In addition, to improve mobile reception performance, the bandwidth for partial reception has been expanded to 3.5 times that of One-Seg, and the pilot signal arrangement different from that for fixed reception can be selected for mobile reception. This paper describes an evaluation of mobile reception performance involving computer simulations and field experiments. 28 NHK技研 R&D No.172 2018.11

地上放送高度化方式の 移動体向け伝送技術と特性 - …QPSK, 16QAM, 64QAM 256QAM, 1,024QAM, 4,096QAM QPSK, 16QAM, 64QAM DQPSK 内符号 LDPC符号 畳み込み符号

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03報 告地上放送高度化方式の 移動体向け伝送技術と特性宮坂宏明

Transmission Technology and Performance of Mobile Reception in the Advanced Digital Terrestrial TV Broadcasting SystemHiroaki MIYASAKA

要   約 A B S T R A C T

地 上放送の高度化方式は, 現行方式(ISDB-T:Integrated Services Digital Broadcasting

– Terrestrial)の特徴である,階層伝送が可能なセグメント構造を継承しており,固定受信用サービスと移動受信用サービスを1つの変調波に多重できる方式である。また,現行方式のワンセグと同様に,一部の周波数帯域のみを受信する部分受信が可能である。さらに,移動受信特性を向上させるために,部分受信を行う帯域幅をワンセグの3.5倍に拡大するとともに,固定受信用サービスとは異なるパイロット信号配置を,移動受信用に選択できるようにしている。本稿では,地上放送高度化方式の移動受信環境における伝送特性を,計算機シミュレーションおよび野外実験により評価した結果について報告する。

T he advanced dig i ta l terrestr ia l TV broadcast ing system inher i ts the

segment structure of the current digital terrestrial TV broadcasting system (ISDB-T) that enables hierarchical transmission. This enables partial reception, where only part of the frequency band is received, as in the case of One-Seg, the mobi le recept ion service of current broadcasting. In addition, to improve mobile reception performance, the bandwidth for partial reception has been expanded to 3.5 times that of One-Seg, and the pilot signal arrangement different from that for fixed reception can be selected for mobile reception. This paper describes an evaluation of mobile reception performance involving computer simulations and field experiments.

28 NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

1.まえがき

現行の地上デジタル放送の伝送方式であるISDB-T 1)は,1チャンネルの伝送帯域幅(5.57MHz)を13個のセグメントに分割しており,このうち中央の1セグメントをワンセグとして携帯電話向けなどの移動受信用サービスに,残りの12セグメントを固定受信用サービスに割り当てている。ワンセグ受信機は,中央の1セグメントのみを受信する部分受信が可能である。部分受信では,全帯域を復調する場合に比べて,少ないサンプル数のFFT(Fast Fourier Transform)と低い周波数のサンプリングクロックを用いて復調できるため,低消費電力化が可能である。地上放送の高度化方式(以下,地上放送高度化方式)においても,セグメント構造や部分受信などの要素技術を継承しており,当所では,移動受信用サービスの更なる高度化に向けた伝送方式の研究・開発を進めている。

今回,地上放送高度化方式の移動受信環境における伝送特性を,計算機シミュレーションおよび野外実験により評価した。本稿では,その評価結果について報告する。

2.地上放送高度化方式の特徴

2.1 信号構造地上放送高度化方式では,誤り訂正符号にLDPC(Low

Density Parity Check)符号を採用したことで,ISDB-Tよりも伝送耐性が大幅に向上している。また,伝送帯域幅を約5%拡張するとともに,変調多値数やFFTサイズ*1を拡

大することで伝送容量を増加させている。更に,セグメント数を拡大して1セグメント当たりの帯域幅を狭くすることで,各階層のビットレートをより細かく調整できるようにしている2)。上記のような拡大した帯域幅およびセグメント数に対応するために,FFTのサンプル周波数はISDB-Tの7/9倍の値となっている。そのため,ISDB-Tと同一のFFTサイズにおいて,キャリヤー間隔は7/9倍に狭まっており,移動受信において発生するドップラーシフト*2の影響を受けやすくなる。ISDB-Tと地上放送高度化方式の主な伝送パラメーターを1表に示す。

2.2 部分受信ISDB-Tと地上放送高度化方式のセグメント構成の比較を1図に示す。地上放送高度化方式では,全35セグメントのうち中央の9セグメントを,部分受信を行う帯域(以下,部分受信帯域)としている3)。最大3階層(A,B,C階層)までの階層伝送が可能であり,階層ごとに異なる伝送パラメーターを設定することができる。各階層は,1つまたは複数のセグメントにより構成される。

部分受信を行う場合,A階層が部分受信帯域内で伝送される。このときA階層のセグメント数は1~9セグメントの中から選択できるようになっている。例えばA階層に3セグメントを割り当てる場合には,9セグメントの部分受信帯域内

1表 伝送パラメーターの比較地上放送高度化方式 ISDB-T

チャンネル幅 6MHz

モード 3, 4, 5 1, 2, 3

FFTサイズ 8,192,16,384,32,768 2,048,4,096,8,192

セグメント数(伝送帯域幅)

35 (5.83MHz)33+調整帯域※ (5.57MHz) 13 (5.57MHz)

階層数 最大3階層

部分受信(帯域幅)

1~9セグメント(0.17~1.50MHz)

1セグメント(0.43MHz)

FFTクロック周波数 6.321MHz 8.127MHz

キャリヤー変調方式 QPSK, 16QAM, 64QAM256QAM, 1,024QAM, 4,096QAM

QPSK, 16QAM, 64QAMDQPSK

内符号 LDPC符号 畳み込み符号

外符号 BCH符号 RS符号

※ ISDB-Tと同等の伝送帯域幅となるように,1セグメント未満のキャリヤー数で構成される帯域。

* 1 OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)信号の変復調処理に用いられるFFTのサンプル数。例えばFFTサイズが8,192の場合,本稿では8kFFTと表記する。

* 2 受信点が移動することにより,受信周波数のずれが生じる現象。

29NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

2図の例では,地上放送高度化方式のパイロット信号配置として,固定受信用のB階層には,ISDB-Tよりもパイロット信号の挿入比率を減らした(Dx=6,Dy=4)を,移動受信用のA階層には,時間方向のパイロット信号の挿入比率を増やした(Dx=6,Dy=2)を組み合わせて用いることができる。これにより,固定受信用のB階層では伝送容量を増やし,移動受信用のA階層では伝送路の時間変動への追従性を高めることができる。このように,地上放送高度化方式では,階層ごとに任意のパイロット信号配置を選ぶことができる。

2.4 周波数インターリーブ本節では,部分受信を行うA階層と,その他のセグメン

トから成るB階層で構成される2階層伝送を例として,周波数インターリーブの構成について説明する。地上放送高度化方式の周波数インターリーブを3図に示す。周波数イン

には,3セグメント分のA階層と6セグメント分のその他の階層が含まれることになる。部分受信帯域のみを受信する狭帯域受信機は,A階層のセグメント数にかかわらず,常時9セグメントの帯域幅を受信する。1図に示すように,部分受信帯域幅は,ISDB-Tのワンセグ(0.43MHz)と比較して3.5倍(1.50MHz)に拡大しており,帯域幅を広げることで,周波数選択性フェージング*3による影響を軽減できる。

2.3 パイロット信号配置サービスに応じて伝送容量と耐性をより細かく設定できる

ように,ISDB-Tと比べて,変調多値数や符号化率などの伝送パラメーターの選択肢を増やしている。特にパイロット信号配置については,ISDB-Tでは1種類のみが規定されていたが,地上放送高度化方式では階層ごとに複数のパイロット信号配置の中から選択することができる4)。パイロット信号配置の例を2図に示す。2図において,Dxはパイロット信号の周波数方向の配置間隔,Dyは時間方向の配置間隔を表す。ISDB-Tのパイロット信号配置は(Dx=3,Dy =4)と表される。

* 3 受信点において直接波と反射波が干渉することで,周波数により異なる受信レベルの変動が生じる現象。

1図 セグメント構成

2図 パイロット信号配置の例

ISDB-T13セグメント

地上放送高度化方式35セグメント

0.43MHz

6MHz

1.50MHz

1セグ

9セグ9セグ

太枠内が部分受信する帯域

周波数

キャリヤー方向Dx=3 Dx=6 Dx=6

(a)Dx=3, Dy=4 (b)Dx=6, Dy=4 (c) Dx=6, Dy=2(ISDB-T) (地上放送高度化方式の

固定受信用のB階層)(地上放送高度化方式の 移動受信用のA階層)

パイロットキャリヤーデータキャリヤー

=

4=

2

=

シンボル方向

Dy Dy Dy

30 NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

2.5 部分受信帯域インターリーブ地上放送高度化方式では,部分受信帯域インターリーブ

を行い,A階層の信号を部分受信帯域全体に拡散させることで,マルチパスフェージングによる影響を軽減することができる。部分受信帯域インターリーブには,「キャリヤー単位インターリーブ」と「セグメント単位インターリーブ」の2種類の方法があり,A階層とB階層のパイロット信号配置に応じて使い分けを行う。キャリヤー単位インターリーブとセグメント単位インターリーブの,インターリーブ後の信号配置の例を4図に示す。

キャリヤー単位インターリーブは,A階層の信号をキャリヤー単位で部分受信帯域全体に分散させるものであり,A階層が3セグメントの例では,4図(a)のように示される。すなわち,インターリーブ後,A階層とB階層のキャリヤーを部分受信帯域の各セグメント内に一様に混在させることができる。しかし,このように1つのセグメント内にA階層とB階層のキャリヤーが混在すると,階層ごとにパイロット信号配置を変えることができない。そのため,キャリヤー単位インターリーブを行う場合は,A階層とB階層のパイロット信号配置を同じにする必要がある。

一方,セグメント単位インターリーブは,A階層の信号をセグメント単位で部分受信帯域全体に分散させるものであ

ターリーブは,主に「階層内インターリーブ」「部分受信帯域インターリーブ(または非部分受信帯域インターリーブ)」

「セグメント内インターリーブ」の3つのブロックで構成される5)。

階層内インターリーブは,ISDB-Tのセグメント間インターリーブと同等の処理になっており,同一階層内のキャリヤーを対象に,セグメントをまたいだインターリーブ処理が施される。

次に,分離・合成部により部分受信帯域と非部分受信帯域に分けられ,それぞれ「部分受信帯域インターリーブ」と

「非部分受信帯域インターリーブ」が施される。部分受信帯域インターリーブについては,次節で詳しく説明する。非部分受信帯域インターリーブは,部分受信帯域インターリーブと同等の処理である。

さらに,セグメント内インターリーブにおいて,「キャリヤーローテーション」と「キャリヤーランダマイズ」が行われる。キャリヤーローテーションは,セグメント番号に応じたシフト量で,キャリヤーを巡回シフトする。キャリヤーランダマイズは,送信側と受信側であらかじめ定められた乱数テーブルに基づいて,キャリヤーの順番を入れ替える。これらの処理は,ISDB-Tのセグメント内インターリーブと同等の処理である。

3図 地上放送高度化方式の周波数インターリーブ

4図 部分受信帯域インターリーブ後の信号配置の例(A階層が3セグメントの場合)

階層内インターリーブ

セグメント内インターリーブ

セグメント内インターリーブ

部分受信帯域(9セグメント)

非部分受信帯域(26セグメント)

分離・合成

階層内インターリーブ

A階層

B階層

データ

データ非部分受信帯域インターリーブ

キャリヤー単位

部分受信帯域インターリーブ

セグメント単位

A階層

B階層

A階層

B階層

部分受信帯域幅 部分受信帯域幅

6MHz 6MHz(a)キャリヤー単位インターリーブ (b)セグメント単位インターリーブ

31NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

ング環境での受信耐性向上を図っている。

3.特性評価

地上放送高度化方式の移動受信特性を評価するために,計算機シミュレーションと野外実験によりISDB-Tとの比較を行った。なお,地上放送高度化方式の誤り訂正符号(内符号)としては,符号長69,120ビットのLDPC符号を提案しているが,本検討を行った時点では,LDPC符号の検査行列が未定であった。 そこで, 本章では,ARIB-STD-B44 6)で規定されている符号長44,880ビットのLDPC符号を用いて評価を行った。

3.1  計算機シミュレーションによる移動受信特性評価

計算機シミュレーションの諸元を3表に示す。FFTサイズを8k(8,192),ガードインターバル比を1/8とした場合について,地上放送高度化方式とISDB-Tの受信特性を比較した。パイロット信号配置は,どちらも(Dx=3,Dy=4)とした。 移動受信の伝搬モ デ ルとしては,TU6(Typical Urban 6-path Rayleigh Fading Channel Model)モデル7) *4を用いた。

り,A階層が3セグメントの例では,4図(b)のように,3つのセグメントを部分受信帯域内で離して配置する。すなわち,A階層およびB階層のセグメントは,それぞれのセグメント構造が保持されたまま再配置される。そのため,セグメント単位インターリーブでは,A階層とB階層で異なるパイロット信号配置を用いることができる。

2.6 時間インターリーブ時間インターリーブの構成を5図に示す。ISDB-Tと同様

に,階層ごとに時間インターリーブの長さの設定が可能である。インターリーブ長は,パラメーターI によって決まり,Iは0, 1, 2, 3の4種類から選択できる。5図で,ncは1セグメント当たりのデータキャリヤー数,Nsegは階層内のセグメント数を示す。また,図中におけるシンボルバッファーの長さmi

は,次式により与えられる。

mi =(i×A×I )mod B(i =0, 1, …, nc−1) ……………(1)

B=55×A×I+1 ………………………………………(2)

ここでAおよびBは,2表により与えられる定数である。2表には,ガードインターバル比(GI比)が1/8の場合におけるインターリーブ長も記載した。ISDB-Tで設定できる最大の時間インターリーブ長は約430msであり,地上放送高度化方式では,この2倍以上の長さまで設定できる。時間インターリーブ長を長くすることで,時間変動のあるフェージ

* 4 6波のマルチパス環境下における都市部での移動受信を想定した伝搬モデル。

5図 時間インターリーブの構成

データセグメント内

No.0時間インターリーブ

データセグメント内時間インターリーブ

データセグメント内時間インターリーブ

IFFTサンプルクロックごとに切り替え

セグメント内時間インターリーブ部

シンボルバッファーm

シンボルバッファー

シンボルバッファー

……No.1

Nseg

-1012 :

-1nc

-1nc

1

0012 :

-1nc

012 :

-1nc

012 :

-1nc

012 :

-1nc

012 :

-1nc-1

m

mnc

0

1

2表 時間インターリーブのパラメーターFFTサイズ 8k 16k 32k GI比1/8における

インターリーブ長パラメーター A B A B A B

I = 1

4

221

2

111

1

56 322ms

I = 2 441 221 111 643ms

I = 3 661 331 166 964ms

32 NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

×10-4となるCN比とした。6図から地上放送高度化方式とISDB-Tの所要CN比を読み取ると,それぞれ5.4dB,9.8dBとなり,地上放送高度化方式の方が4.4dB低い値となった。

次に,fD=20Hzとして,各キャリヤー変調方式と符号化率における所要CN比を求め,伝送効率とともにプロットした。その結果を7図に示す。ここで伝送効率とは,1Hz当たりの伝送可能なビットレートを示す。7図中の3/4等の数字は,内符号の符号化率を示している。7図で,同一の伝送

(1)伝送効率の比較6図に最大ドップラー周波数fD=20Hz*5における地上放

送高度化方式とISDB-TのCN比(Carrier to Noise Ratio)対BER(Bit Error Rate)特性を示す。どちらの方式においても, キャリヤー変調方式はQPSK(Quadrature Phase Shift Keying),内符号の符号化率は1/2とした。所要CN比の定義は,外符号にBCH(Bose-Chaudhuri-Hocqenghem)符号を用いる地上放送高度化方式ではLDPC符号復号後のBERが1.0×10-7となるCN比,外符号にRS(Reed-Solomon)符号を用いるISDB-Tでは畳み込み符号復号後のBERが2.0

* 5 搬送波周波数710MHzにおいて,約30km/hで移動した場合に相当。

3表 計算機シミュレーションの諸元

伝送パラメーター地上放送高度化方式 ISDB-T

モード3(8kFFT)

モード3(8kFFT)

セグメント数 35 13

伝送帯域幅(MHz) 5.83 5.57

キャリヤー間隔(kHz) 0.772 0.992

有効シンボル長(μs) 1,296 1,008

GI比 1/8 1/8

キャリヤー変調方式 QPSK, 16QAM, 64QAM

時間インターリーブ長(ms) 642 431

FFTサンプル周波数 (MHz) 512/81=6.3209 512/63=8.1269

誤り訂正符号(内符号) LDPC符号 畳み込み符号

符号化率1/2(61/120)2/3(81/120)3/4(89/120)

1/22/33/4

パイロット比率 SP※1および CP※2:8.3%制御信号:2.8% ※1 Scattered Pilot ※2 Continual Pilot

6図 移動受信環境下でのCN比-BER特性(fD=20Hz,QPSK,符号化率1/2)

7図 所要CN比に対する伝送効率の特性(fD=20Hz)

4 5

1.0×10-7

2.0×10-4

5.4 9.86 7 8

CN比(dB)9 10 11

10-1

10-2

10-3

10-4

10-5

10-6

10-7

10-8

BER

ISDB-T地上放送高度化方式

0 5 10

64QAMは符号化率1/2,2/3のみ

QPSK

1/22/3

3/4

16QAM

64QAM

15 20所要CN比(dB)

25 30

4

3.5

3

2.5

2

1.5

1

0.5

0

伝送効率(bps/Hz)

地上放送高度化方式ISDB-T

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33NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

比が2~5dB低くなることが分かる。一方, fDが高い場合は,キャリヤー間隔がISDB-Tより狭い地上放送高度化方式では,キャリヤー間干渉の影響を受けやすくなり,2つの受信特性は近接していく。特に,現行のワンセグの運用パラメーターである符号化率2/3では,fD=90Hz以上で,地上放送高度化方式の所要CN比の方がISDB-Tよりも大きくなる。fD=90Hzは,地上放送で使用されている周波数帯域

効率となる所要CN比を比較すると,キャリヤー変調方式がQPSKの場合は約4dB,16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)では約5dB,64QAMでは約9dBの改善が得られることが分かる。この改善の要因としては,地上放送高度化方式で用いられているLDPC符号が,ISDB-Tで用いられている畳み込み符号よりも強力な誤り訂正符号であることが挙げられる。また,現行のワンセグの運用パラメーターである「QPSK,符号化率2/3」の所要CN比(12dB)で比較すると,地上放送高度化方式はISDB-Tよりも約70%高い伝送効率となることが分かる(ISDB-TのQPSKと,地上放送高度化方式の16QAMの伝送効率を比較)。

(2)速度耐性の比較キャリヤー変調方式にQPSKを用いた場合の,最大ドッ

プラー周波数fDに対する所要CN比を8図に示す。図中の3/4等の数字は,内符号の符号化率を示している。この結果から,fDが低い場合は,前項と同じくLDPC符号の効果により,いずれの符号化率においてもISDB-Tより所要CN

8図 最大ドップラー周波数(fD)に対する所要CN比(QPSK)

9図 最大ドップラー周波数(fD)に対する地上放送高度化方式の所要CN比(パイロット信号配置による比較)

0 20 40 60 80最大ドップラー周波数(Hz)

100 120

(1/2)(2/3)(3/4)

140

25

20

15

10

5

0

所要CN比(dB)

地上放送高度化方式ISDB-T

括弧内は符号化率

0 40

(3/4)

(2/3)

(1/2)

20 8060 120100最大ドップラー周波数(Hz)

220200180160140 240

30

25

20

15

10

5

0

所要CN比(dB)

Dx=6,Dy=2Dx=3,Dy=4

括弧内は符号化率

4表 送信局の諸元送信場所 NHK技研

チャンネル UHF 31ch

送信電力 1.0W

送信アンテナ 双ループ4L1段2面

偏波 水平

海抜高 104m

34 NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

ISDB-Tの受信特性についても測定した。実験に用いた伝送パラメーターを5表に示す。

(b)受信系統本実験の受信系統を10図に示す。受信アンテナには,

無指向性のクロスダイポールアンテナを用いた。受信機からの出力信号であるTS(Transport Stream)パケットを記録PC(パソコン)に入力し,外符号復号後のパケット誤り率

(PER:Packet Error Rate)を1秒ごとに記録した。さらに,GPS(Global Positioning System)から得られる測定車の位置情報と速度情報,および受信電界強度も同時に記録した。また,地上放送高度化方式については,4ブランチ(4Br)での受信特性も取得した。

(c)測定方法測定ルートは,NHK技研の近郊の1周が約15kmの一般

道とし,キャリヤー変調方式と内符号の符号化率を変えながら,同じコースを周回した。測定車の平均時速は約20 km/h,1回(1周)の測定サンプル数は約2,500サンプルであった。

今回の実験では,1秒ごとの測定データについて,1パケットも誤りが無いサンプル(PER = 0.0)を正受信サンプルとして受信電界強度ごとの正受信率を算出し,この結果から所要受信電界強度を求めた。正受信率は, 各受信電界強度における全サンプル数を分母,正受信サンプル数を分子として算出した。ただし,取得した測定データの中から,信号待ちなどで測定車が止まっているときのサンプルは除外した。所要受信電界強度は,正受信率が90%となる受信電界強度の値とした。

である470~710MHzにおいて,137~207km/hの移動速度に相当する。以上の結果から,実際の高速道路上での走行時など,実用的な速度範囲(fD=90Hz 以下)においては,地上放送高度化方式の方が,ISDB-Tよりも良好な受信特性を得られることが分かった。

(3)パイロット信号配置による比較2.3節で述べたように,地上放送高度化方式では,パ

イロット信号配置を階層ごとに変えることができる。9図に,パイロット信号配置を(Dx=6,Dy=2)とした場合のfDに対する所要CN比を,(Dx=3,Dy=4)とした場合と比較して示す。(Dx=6,Dy=2)とすることで,(Dx=3,Dy=4)と同じパイロット比率を保ちつつ,時間方向のパイロット信号の配置間隔を密にできる。これにより,パイロット信号から伝搬路特性を推定する際に,伝搬路の時間変動への追従性を高めることができる。9図の結果から,(Dx=6,Dy =2)の配置では,(Dx=3,Dy=4)に比べて,受信可能となる移動速度の上限が大きく向上することが確認できた。

3.2 野外実験による移動受信特性評価提案する地上放送高度化方式の変復調装置を試作し,

部分受信帯域で伝送されるA階層の伝送特性を野外実験により評価した8)。

(1)実験の概要(a)送信局の諸元

実験はNHK技研の実験試験局を用いて行った。 送信局の諸元を4表に示す。本実験では,比較のために,

5表 実験に用いた伝送パラメーター

伝送パラメーター地上放送高度化方式 ISDB-T

モード3 (8kFFT)

モード4(16kFFT)

モード5 (32kFFT)

モード3 (8kFFT)

部分受信帯域幅(MHz) 1.50 0.43

キャリヤー間隔(kHz) 0.772 0.386 0.193 0.992

有効シンボル長(μs) 1,296 2,592 5,184 1,008

ガードインターバル長(μs) 126.6 126.0

キャリヤー変調方式 QPSK, 16QAM, 64QAM

時間インターリーブ長(ms) 642 431

誤り訂正符号(内符号)符号化率

LDPC符号1/3(41/120)1/2(61/120)3/5(73/120)

畳み込み符号1/22/33/4

誤り訂正符号(外符号) BCH符号 RS符号

35NHK技研 R&D ■ No.172 2018.11

と同じキャリヤー変調方式と符号化率を用いた場合の,受信可能区間の比較を12図に示す。2つの方式の受信可否の差は,図中の丸で囲った区間において顕著である。測定ルート全体について受信可能な区間の割合をそれぞれ算出すると,地上放送高度化方式は約81%,ISDB-Tは約76%であり,今回の測定ルートにおいて受信可能区間は約5%多くなった。

上記と同様の手順で,各伝送パラメーターについて所要受信電界強度を算出し,伝送効率を比較した結果を13図に示す。この図で,ISDB-Tのワンセグの運用パラメーターに対する所要受信電界強度(47.6 dBμV/m)で比較すると,伝送効率は約70%向上した。

ISDB-Tと比較して地上放送高度化方式の移動受信特性が改善した要因としては,誤り訂正符号にLDPC符号を用いていること,部分受信を行う帯域幅が広いこと,時間インターリーブ長が長いことが挙げられる。

(2)野外実験結果(a)ISDB-Tとの比較11図は,受信アンテナを1ブランチとしたときの地上放送

高度化方式とISDB-Tの受信特性を,横軸に受信電界強度,縦軸に正受信率として示した結果である。ISDB-Tではワンセグの運用パラメーター(8kFFT,キャリヤー変調方式はQPSK,内符号の符号化率は2/3),地上放送高度化方式ではこれと同等の伝送効率を持つ伝送パ ラ メ ー タ ー

(8kFFT,キャリヤー変調方式はQPSK,内符号の符号化率は3/5)を使用した。11図から所要受信電界強度を読み取ると, 地上放送高度化方式では約45.0 dBμV/m,ISDB-Tでは約47.6 dBμV/mとなり,地上放送高度化方式の所要受信電界強度の方が約2.6 dB低くなった。

次に,測定ルートを10 mごとに区切った各区間において,誤りの生じたパケットが含まれる区間は受信不可,含まれない区間は受信可として,受信可能区間を比較した。11図

10図 野外実験の受信系統

11図 正受信率の比較

BPF(31ch)

Amp ATT 電界強度測定器

ISDB-T/地上放送高度化方式

受信機(1Br)

ISDB-T/地上放送高度化方式

受信機(4Br)

BPF: Band Pass Filter Amp: Amplifier ATT: Attenuator Br: Branch

#1

BPF(31ch)

Amp ATT#2

BPF(31ch)

Amp ATT#3

BPF(31ch)

Amp ATT#4

GPS

記録PC

35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55

受信電界強度(dBμV/m)

100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%

正受信率

地上放送高度化方式ISDB-T

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られる。次に,4ブランチのダイバーシティー受信(以下,4ブラ

ンチ受信)を行った場合の,FFTサイズの違いによる正受信率の比較を16図に示す。ダイバーシティー受信を行うことで,1ブランチ受信で生じていたキャリヤー間干渉による劣化を軽減することができる。また,8kFFTにおける所要受信電界強度を1ブランチ受信と4ブランチ受信で比較すると,14図の1ブランチ受信(約47.0 dBμV/m)に比べて,16図の4ブランチ受信(約41.0 dBμV/m)では約6dBのダイバーシティー利得が得られる。

4.まとめ

本稿では,計算機シミュレーションと野外実験により,地上放送高度化方式の移動受信特性を評価した。

計算機シミュレーションにおいては,現行のワンセグ放送と同等の運用パラメーターで比較すると,実用的な移動速

(b)FFTサイズの違いによる比較次に,地上放送高度化方式のFFTサイズの違いによる受

信特性を比較した。FFTサイズを8k,16k,32kと変えて測定した受信電界強度に対する正受信率を14図に示す。伝送パラメーターは,キャリヤー変調方式が16QAM,符号化率が1/2である。この結果から,FFTサイズが32kの場合には,受信電界強度が高い場合にも正受信率が100%に落ち着かず,誤りが生じていることが分かる。

FFTサイズが32kの場合における全サンプルの移動速度と受信電界強度の分布を15図に示す。図中の黒いマーカーは,1秒間当たりの測定データに1パケットも誤りの無い正受信サンプル(PER=0.0),赤いマーカーは,誤りパケットを含む受信サンプルを示す。この図から,速度が50km/hを超えると,受信電界強度にかかわらず誤りが発生していることが分かる。 これは,FFTサイズ の拡大に伴い,OFDMのキャリヤー間隔が狭まったため,移動速度の増加によるキャリヤー間干渉の影響が顕著に現れたものと考え

12図 受信可能区間の比較

13図 伝送効率の比較 14図 FFTサイズの違いによる正受信率の比較(1ブランチ受信)

受信可

(a) ISDB-T (b) 地上放送高度化方式

受信不可

国土地理院の電子地形図に測定結果を追記して掲載

国土地理院の電子地形図に測定結果を追記して掲載

40 45 50

QPSK

括弧内は符号化率

QPSK

16QAM16QAM 70%

向上

2.6 dB (3/4)

(3/4)

(2/3)

(2/3)(1/2)

(1/2)

(1/2)

(1/2)

(3/5)

(3/5)(1/3)

(1/3)

55 60所要受信電界強度(dBμV/m)

2.5

2

1.5

1

0.5

0

伝送

効率(

bps/

Hz)

地上放送高度化方式ISDB-T

35 40 45 50 55 60 65 70 75 80受信電界強度(dBμV/m)

正受

信率

8kFFT16kFFT32kFFT

16QAM, 符号化率1/2

100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%

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強度で,伝送効率が約70%向上することが分かった。また,FFTサイズを32kへ拡大した場合には,キャリヤー間干渉の影響が顕著に表れるが,ダイバーシティー受信を行うことで,これらの影響は軽減できることを確認した。

今後は,地上放送高度化方式に対応したLDPC符号による評価や,野外実験による高速移動時の受信特性の評価を実施する予定である。

度の範囲で,ISDB-Tよりも良好な特性が得られることを確認した。また,時間方向に密なパイロット信号配置を用いることで,受信可能となる移動速度の上限が大きく向上することを確認した。

野外実験においても現行のワンセグ放送と同等の運用パラメーターでISDB-Tと比較した結果,同一の伝送効率で,所要受信電界強度が2.6dB低減し,同一の所要受信電界

15図 移動速度と受信電界強度に対する受信可否の分布(32kFFT)

16図 FFTサイズの違いによる正受信率の比較(4ブランチ受信)

図 移動速度と受信電界強度に対する受信可否の分布 ( )

5 15 25

32kFFT, 16QAM, 符号化率1/2

30 35 40 4510 20 50 55 60移動速度(km/h)

受信

電界

強度(

dBμ

V/m

誤りパケットを含むサンプル正受信サンプル

100

90

80

70

60

50

40

3035 40 45 50 55 60 65

16QAM, 符号化率1/2

70 75 80受信電界強度(dBμV/m)

正受

信率

8kFFT16kFFT32kFFT

100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%

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参考文献 1) 電波産業会:“地上デジタルテレビジョン放送の伝送方式(2.2版),” ARIB STD-B31 (2014)

2) 竹内,佐藤,宮坂,朝倉,蔀,齋藤,成清,中村,村山,岡野,土田,澁谷:“次世代地上放送に向けた暫定仕様の検討,” 映情学年次大,31A-1 (2016)

3) 成清,佐藤,宮坂,朝倉,蔀,齋藤,竹内,中村,村山,岡野,土田,澁谷:“次世代地上放送伝送方式の暫定仕様に向けた部分受信部の一検討,” 映情学年次大,31A-2 (2016)

4) 宮坂,佐藤,朝倉,蔀,齋藤,成清,竹内,中村,村山,岡野,土田,澁谷:“次世代地上放送に向けた移動受信用SPパターンの一検討,” 映情学技報,Vol.40,No.30,BCT2016-68,pp.5-8 (2016)

5) 宮坂,佐藤,朝倉,蔀,白井,成清,竹内,中村,村山,岡野,土田,澁谷:“次世代地上放送の暫定仕様に向けた部分受信部インターリーブの一検討,” 映情学技報,Vol.41,No.11,BCT2017-46,pp.29-32 (2017)

6) 電波産業会:“高度広帯域衛星デジタル放送の伝送方式(2.0版),” ARIB STD-B44 (2014)

7) ETSI EN 300 910 V8.5.1,“Digital Cellular Telecommunications System (Phase2+); Radio Transmission and Reception (GSM 05.05 Version 8.5.1 Release 1999)” (2000)

8) 宮坂,井地口,竹内,中村,村山,土田:“次世代地上放送暫定仕様における移動受信特性の評価,” 映情学技報,Vol.42,No.5,BCT2018-35,pp.45-48 (2018)

宮みや

坂さか

宏ひろ

明あき

2009年入局。釧路放送局を経て,2013年から放送技術研究所において,次世代地上放送方式の研究に従事。現在,放送技術研究所伝送システム研究部に所属。

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