22
研究リポート サー スにおける サー スにおける サー スにおける サー スにおける マーケティング マーケティング マーケティング マーケティング ~「 き~ ~「 き~ ~「 き~ ~「 き~ 2002 3

地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

研究リポート

地方自治体のサービスにおける地方自治体のサービスにおける地方自治体のサービスにおける地方自治体のサービスにおける

マーケティングの変化マーケティングの変化マーケティングの変化マーケティングの変化 ~「顧客志向」徹底の動き~~「顧客志向」徹底の動き~~「顧客志向」徹底の動き~~「顧客志向」徹底の動き~

2002 年 3 月

Page 2: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

【 要 旨 】

1.現在、わが国では行政改革の一環として、顧客志向をより徹底するという形で、

地方自治体のサービスにおけるマーケティングが変化している。変化の背景として

は、「資金繰りの悪化などによる地方自治体サービス改善の必要性の高まり」を行

政改革一般のきっかけとし、「行政評価をはじめとするNPMの登場」により行政

改革モデルとして顧客志向導入のベストプラクティスが明確になり、「地域間競争

意識の高まり」により変化が加速化している、と考えられる。

2.民間企業の経営管理手法を公的部門に採用したNPMでは、成果主義などと並び、

顧客志向が重要なキーワードである。顧客志向とは、住民の視線で行政活動全般を

見直すということであり、今までわが国では乏しかったものといえる。

3.新たなマーケティングを用いた事例は、わが国では今のところ少ない。しかし、

「満足度」「重要度」を詳細な項目ごとに問うCS調査によりサービス改善の優先

度合いが明確になる例や、司会者が少人数にインタビューする手法により地方自治

体のサービスに疎い住民に対する教育効果を期待する例など、顧客である住民のお

金の払いがい「Value for Money」の改善に向けての積極的な取り組みがみられる。

4.さらに、地方自治体のサービスの受け手として、「受身」であった住民との関係

を改善し、住民やNPOがサービスの改善において主体的に役割を担うことを期待

する、世界でも先端事例と考えられるような手法も登場している。

5.従来のマーケティング手法では、広聴活動は「幅広い対象」「総花的な質問」で、

いわば「基礎統計型」といえ、サービス改善への示唆が的確に得られるかという点

では疑問が残るところであろう。また広報活動は、「広範な流布」「網羅的」を特

徴とする、いわば「新聞型」であり、広報誌などで行政活動へ前向きな関心をもつ

という住民は少なかったであろう。地方自治体のサービスはいわゆる「御上意識」

が根強いとされる分野であるが、新たなマーケティング手法の普及によって「顧客

志向」が根付いていくのか、注目される。

調査研究部 金融・財政担当

研究員 岡田 豊

TEL:03-5281-7565

E-mail:[email protected]

Page 3: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

【 目 次 】

(頁)

はじめに ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 1

1.マーケティングに変化が生じている背景 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2

(1)サービス改善の必要性の高まり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 3

(2)NPMの登場 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4

(3)地域間競争意識の高まり ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6

2.わが国における変化 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 8

(1)わが国の先進事例 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 8

(2)従来の手法との比較 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16

【参考文献】 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 18

Page 4: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

1

はじめに

わが国では、財政悪化などを背景に地方自治体を中心に行政改革の機運が高ま

っている。その手法として注目を浴びているのが、民間の経営管理手法を模した

NPM(New Public Management)である。実際、NPMの代表的な手法である

行政評価1が、急速に普及している。

NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である

住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

れなかった、顧客志向重視の民間のマーケティング手法を取り入れた新たな手法

が登場している。なかには、欧米諸国より進んでいるとされる例も登場している。

そこで本報告書では、地方自治体のサービスにおける近年のマーケティングの

変化について考察する。

1 ここでいう「行政評価」は「政策評価」と呼ばれることがある。中央政府では「行政機

関が行う政策の評価に関する法律」と「政策評価に関する基本方針」に基づいて 2002 年

4 月より政策を評価することになっている。「政策評価」という名称であるが、内容は

「行政評価」の手法を一部用いて中央官庁に導入するものである。概して、地方自治体

関連では「行政評価」、中央政府関連では「政策評価」という呼び方をしている。

「政策評価」の場合、政策を評価する手法を網羅的に表わす用語として、今まで用い

られてきた経緯がある。近年注目されるようになった新しい手法に限定するために、こ

こでは「行政評価」という用語を用いることとする。

Page 5: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

2

1.マーケティングに変化が生じている背景

現在、わが国では顧客志向をより徹底するという形で地方自治体のサービス

におけるマーケティングが変化している。その背景として、わが国では以下の

3つが大きなウェートを占めていると思われる(図表1)。

(図表1)地方自治体のサービスにおけるマーケティングに変化が生じている背景

(資料)富士総合研究所作成。

変化が進む道程を一般的に考えると、「始めるきっかけ」→「ベストプラク

ティス(参考にすべき事例)の登場」→「加速化する外部要因」、の3つがあ

ると思われる。ここでは、資金繰りの悪化などによるサービス改善の必要性の

高まりを「始めるきっかけ」に、行政評価の登場を「ベストプラクティス」の

登場に、地域間競争意識の高まりを「加速化する外部要因」として捉えると、

この変化の全体像が理解しやすい。

行政評価に代表されるNPMの登場

地域間競争意識の

高まり

資金繰りの悪化などによる地方自治体のサービス改善の必要性

顧客志向に基づくマーケティングの必要性

Page 6: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

3

(1) サービス改善の必要性の高まり

行政改革のきっかけとなるサービス改善の必要性が高まっている背景として

は、主に住民サイドに起因する「住民の地方自治体サービスにおけるニーズの

多様化」「行政不信・知る権利意識の高揚」と、行政サイドに起因する「経済

成長鈍化に伴う資金繰りの悪化」の3つがある。

わが国、特に地方自治体では、3つ目の背景が「きっかけ」として重要であ

る。例えば、地方債残高とその国内総生産(名目)に占める割合をみると、90

年代に入って目立って上昇傾向にある(図表2)。財政の硬直度合いを示す指

標である経常収支比率は危険水準と呼ばれる 80%を 94 年度に超え、その後も上

昇基調にある。地方自治体側には、バブル崩壊後も遠くない時期に景気が改善

すればという考えもあったと思われ、実際に不況からの脱出を期待し、92 年度

以降、地方自治体でも中央政府の景気対策の一環として多くの公共事業を分担

した。その事業費を調達する際に、地方自治体は多額の地方債を発行してきた。

その返済が 90 年代後半になって、重荷になっている。

(図表2)地方債残高とその国内総生産(名目)に対する割合の推移

0

20

40

60

80

100

120

140

160

1989 90 91 92 93 94 95 96 97 98 990

5

10

15

20

25

30

( 年度末)

( 兆円) ( %)

地方債残高( 左目盛)

国内総生産( 名目) に対する地方債残高の割合( 右目盛)

(資料)総務省編『地方財政白書各年版』財務省印刷局。

Page 7: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

4

90 年代後半は、大都市部を中心に「財政危機宣言」が相次いで出された時期

である。行政改革の動きが本格化したのは 90 年代後半頃以降だと考えられるが、

不況が思いのほか長引いたことで、地方自治体を中心に地方自治体サービスの

優先順位付け、効率性の追求といった行政改革が不可避となってしまった。ど

んな行政改革の手法でも「万能な薬」はなく、特に資金繰り悪化に対して行政

改革は「特効薬」ではないが、資金繰りの悪化は何らかの改革をすすめていか

なければならないきっかけとしては十分であったと考えられる。

(2) NPMの登場

近年の行政改革の手法としては、行政評価、PFI(Private Finance

Initiative),情報公開、エージェンシー、発生主義会計などがとりざたされて

いる。これらはNPM(New Public Management)という考え方の枠組みの中で

捉えるべきである。

NPMとは、米国、英国、ニュージーランドをはじめとする諸外国で、80 年

代に広まった行政改革の理念を表すものである。民間企業の経営管理手法を中

央政府や地方自治体に応用するもので、成果志向、情報公開、権限分離・委譲、

競争原理と並んで「顧客志向」が重要とされている。顧客志向とは、住民を

「お客様」とみなし、住民のお金の払いがいである、「Value for Money」の改

善度合いをものさしとして、地方自治体サービスの取捨選択・優先順位付けを

行なうことである。

わが国では、「御上意識」といわれる意識が根深い。その意識の下では、地

方自治体のサービスは地方自治体から住民へのほどこし、ということになりか

ねない。住民は納税者意識も乏しくなり、税金のはらいがいをあまり考えなく

なる。一方、顧客志向という考えは、「御上意識」と 180 度違う考え方であり、

NPMの考えを理解する上で非常に重要なキーワードといえる。NPMを用い

た行政改革事例としては、三重県の「さわやか運動」(次頁、図表3)がわが

国最初の事例とされるが、その「さわやか運動」では「住民」「県民」「生活

者」という言葉が目に付き、NPMの中でも特に顧客主義を重視しようという

意図がみて取れる。

Page 8: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

5

(図表3)三重県の「さわやか運動」

「さ」=サービス 住民へのサービス提供という視点から行政の価値を高める 「わ」=わかりやすさ 住民の視点から行政をみる 「や」=やる気 個々の職員が目標をもつ 「か」=改革 既成概念を捨て、白紙でのぞむ

行政の役割を『サービス』という観点から見直し、県民一人ひとりに目を向け

た『生活者を起点とする行政運営』を基本目標とする行政改革推進運動

(資料)各種資料より富士総合研究所作成。

このNPMは、わが国であまり馴染みのなかった理念であったため、ベスト

プラクティスである諸外国やわが国の先進事例の紹介が、NPMの普及に大き

く貢献したと考えられる。例えば、NPMの代表的な手法である行政評価につ

いて、米国カルフォルニア州のシリコンバレーに位置するサニーベール市やオ

レゴン州の成功例が 90 年代に入って様々な文献で紹介され、また行政評価の具

体的な事例としてもわが国最初となった三重県の事務事業評価が 90 年代後半に

なってメディアなどで大きく取り上げられるようになると、わが国でも急速に

普及した。行政評価の導入準備にとりかかった時期別に地方自治体数(町村を

除く)を経年でみると、93~96 年までは毎年1~3の自治体しかなかったが、

97 年 20、98 年 47、99 年 88 と、90 年代後半に急激な増加となっているのがわ

かる2 。また、行政評価の導入自治体の割合をみると、都道府県や政令指定都市

では試行中も含めると、ほぼ全てで導入されている状況である(次頁、図表

4)。

2 上山信一他『実践・行政評価』による。

Page 9: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

6

(図表4)地方自治体への行政評価普及状況(2001 年)

(単位:%) 都道府県 政令指定都市 その他の市町村 年 2000 2001 2000 2001 2000 2001

既に導入済 51 79 33 58 2 5 試行中 28 13 17 42 3 4 検討中 21 6 50 0 48 47

考えていない 0 2 0 0 47 44

(注)国が定めた制度は除外されている。

(資料)総務省『地方公共団体における行政評価の取り組み状況』2001 年。

わが国では、概して諸外国などのベストプラクティスを見習って、改革をす

すめる事例が少なくない。ベストプラクティスが紹介される形でNPMが登場

したことは、顧客主義=住民第一主義が中央政府や地方自治体関係者に浸透す

る大きな背景になったと考えられる。

(3) 地域間競争意識の高まり

顧客志向の徹底の動きは、地域間競争意識の高まりという外部要因でさらに

加速化されたと考えられる。

わが国では、90 年代以降地方分権意識が高まった。法的には、95 年の地方分

権推進法の制定により「地域の行政は、地域の住民が自分たちで決定し(自己

決定)、その責任も自分たちが負う(自己責任)という行政システムを構築」3

することが求められるようになった。この結果、地方自治体には「全国的な統

一性や公平性の重視」から「住民や地域の視点重視」への変化を求めることと

なった 。

またわが国では、70 年代頃から急激に少子化が進み、総人口は 90 年代に入っ

てほとんど増加していない。最近の推計では、2006 年から人口減退を招くとい

3 総務省のHP(http://www.soumu.go.jp/indexb4.html)による。地方分権の今までの

流れについては、総務省のHPを参照のこと。

Page 10: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

7

う事態にいたっている 4。

さらに地方自治体単位でみると、人口の移動も重要である。一般に他の地方

自治体へ移り住む者には、就学、就労を理由にしたものが多い。高度成長期の

集団就職が最も顕著が事例である。したがって、その対象である若年層の減少

は、わが国全体でみれば、人口移動の停滞につながっている(図表5)。特に

都市部では人口流入を大きな人口増加要因としてきたが、今後はあまり望めな

くなる。

(図表5)人口移動率の推移

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

55 60 65 70 75 80 85 90 95 99(年)

(%)

(注)移動率とは、移動者数/総人口×100 である。

(資料)国立社会保障・人口問題研究所編『人口統計資料集』2000 年。

わが国の地方自治体の中には、長期計画策定などの折、人口増加を前提にし

てきたところが少なくないと思われる。ところがその前提でインフラ整備を進

めてきたにも関わらず、多くの地方自治体では増加が見込めない状況になって

いる。インフラを生かすために、地方自治体間で住民の獲得競争をする時代が

4 人口推計の詳細については、国立社会保障・人口問題研究所のHP

(http://www.ipss.go.jp/Japanese/newest02/newest02.html)を参照のこと。

Page 11: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

8

到来しつつあるといえる。今住んでいる地方自治体では保育園の定員が少なく

入所が難しい場合ので、保育園に入りやすい他の地方自治体へ引っ越してしま

うという“保育離民”などという言葉がメディアで散見されるように、保育サ

ービスや介護サービスなどにおける特徴ある地方自治体サービスが人口の移動

を引き起こしている現象は地域間競争の現れであろう。

2.わが国における変化

NPMが既に普及している海外では、優れた事例が少なくない。海外ではス

ミソニアン博物館などで、顧客の視点にたった地方自治体のサービスのマーケ

ティングが行なわれている5 。そのような事例が、90 年代後半に入って、翻訳

書などの形でわが国でも紹介されるようになり、わが国でもそれらを参考に導

入されるようになった。ここではその中から3つの事例を紹介していきたい。

(1) わが国の先進事例

①東京都立公園のCS調査

・主な手法:インタビュー形式のアンケート等

・対象:実際に公園を利用した人

・主体:現場の職員とマーケティングに関心のあるボランティア

実際に利用した者への詳細なインタビュー形式のアンケートを通じて、具体

的な改善点を発見していく手法である。次頁の図表6をみてもわかるように、

アンケート項目は詳細に設定されている 6。税金を使って行なわれる地方自治体

のサービスの場合、税金を負担する側を考慮して、利用していない人も含めた

広範囲なアンケートが行なわれがちである。しかし、そのような調査では概し

5 博物館については、村井良子編『入門ミュージアムの評価と改善』がわかりやすい。 6 吉川富夫「顧客満足(CS)を指向した公園経営の実践」(『都市公園』)に詳しい。

Page 12: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

9

てそのサービスに対する漠然としたイメージを引きずられた「模範解答的な」

回答が多く、アンケートからは具体的な改善点まで読み取りにくい。

(図表6)東京都立神代植物公園での利用者向けアンケート項目

植物の手入れの状態 植物の観賞のしやすさ 植物の解説板や植物ラベルの内容 各花の見ごろの時期・状態の紹介 入場料金 職員へ声の掛けやすさ 入り口の案内板(地図)のわかりやすさ 配布地図のわかりやすさ 「神代花だより」のわかりやすさ 園内の道の歩きやすさ 案内標識のわかりやすさ 植物園外の周辺施設の情報がわかること トイレ ゴミ箱 休憩所 植物売店 一般売店 来園前に「見ごろの植物」がわかること 来園前に料金・休園日・開園時間がわかること

(注)重要度と満足度について5段階で回答する。

(資料)吉川富夫「顧客満足(CS)を指向した公園経営の実践」『都市公園』2001 年9

月)。

またアンケート調査は、アンケート会社へ外注することや、広聴専門の担当

職員に任せきりになることが少なくない。しかし、サービス提供に関わる職員

も実際の利用者へインタビューする形式を取ることで、インタビューを担当し

た職員の意識改革が期待できる。

ここでは、アンケート項目ごとに、「満足度」と「重要度」に関するアンケ

ートを行なっている。これは民間企業のCS調査で一般的な手法であるが、

「重要だが、満足していない」「満足しているものの、重要ではない」などの

Page 13: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

10

ように、アンケート結果から「満足度」と「重要度」を軸とする、図表7のよ

うな散布図が描ける。重要度が高く、満足度が低いサービスには、改善に向け

て速やかに対応しなければならないサービスと分類できる。満足度が低くても

重要度が低ければすぐに改善する必要がなく、優先順位を考えて着手してよい

サービスである。このように、改善への優先順位が容易に判断でき、毎年の限

られた予算範囲で、すぐにしなければならないことと、後年に解決を先延ばし

してよいことを峻別することができる。

(図表7)「満足度」「重要度」を軸とする地方自治体サービスの分類

速やかに改善すべき 改善の必要性を継続的に

サービス 監視すべきサービス

改善の優先順位を 特に注視しなくて

考えて対応するサービス よいサービス

(資料)各種資料により富士総合研究所作成。

低 ← 満足度 → 高

重要度

Page 14: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

11

②山梨県小菅村の「レンズセミナー」

・主な手法:グループインタビュー等

・対象:住民、職員

・主体:コンサルティング会社と職員

6頁の図表4をみると、規模の小さな市町村(政令指定都市を除く)の行政

評価導入の進捗状況がかんばしくない。行政評価などのNPMについては、あ

る程度大きな規模の地方自治体でないとうまく活用できないという考えもある

ようだが、ここで取り上げる小菅村は過疎地の小規模自治体である。

「レンズセミナー」7とは、次頁の図表8の項目ごとにグループインタビュー

形式の集会が重ねられる仕組みである 。住民だけではなく職員も対象にしたも

ので、顧客満足(CS、customer satisfaction)だけではなく、職員の働き甲

斐である職員満足(ES、employee satisfaction)も高めるのが目的である。

また、このセミナーはグループインタビュー形式をとっているのが特徴であ

る。グループインタビューとは、少人数で司会者の質問に答える形式である。

司会者に導かれ参加者が一種のブレーンストーミングを行なうことで、潜在意

識まで掘り起こされる。その結果、一種のワークショップのような雰囲気がも

たらされ、各種の課題発見、問題解決、計画立案に利するうえ、参加者の意識

の共有化、全般的な問題提起・解決能力の育成など、地方自治体の住民や職員

の改革への意識醸成も図られるという点で、かなりの効果が期待できる。

7 レンズセミナーを主催するレンズインターナショナルの活動内容は、設立母体であるI

CA文化事業協会のHP(http://www.icajapan.gol.com/)に詳しい。

Page 15: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

12

(図表8)「レンズセミナー:住民向け」の概要

(第1段階:世界の変化) 世界や地域の過去の変化などを前提に、誇れるべき地域の特徴は何か、などを探る。 (第2段階:具体的ビジョン) 1で具体化した地域の特徴を考慮しながら、5~10 年後に実現したい地域のあり方を探る。 (第3段階:根本的問題) 2のビジョン実現における数々の障害を分析する結果、その背後にある根本的な問題を発見する。 (第4段階:戦略的提案) 3の問題点解決のために住民自らがなすべきことについて、数年間の方向性を探る。 (第5段階:体系的戦術) 4の方向性に沿って、今後1年間に住民自らがなすべきことを具体的に探る。あくまでも実行可能なことに限定する。 (第6段階:実施計画) 5のなすべきことについて、最初の数ヶ月のスケジュールを作成する。 (第7段階:地域文化) 行動への意識が高揚され、継続できるような、スローガン、替え歌、シンボルマークなどを作る。

(資料)「レンズセミナー」を主催するレンズインターナショナルの資料(98 年に実際に

行われた際の資料)により、富士総合研究所作成。

これは世論調査にみられる、ペーパー形式の質問に回答欄を埋めていくよう

なアンケートでは得がたいものである。いきなり「地方自治体サービスに対す

る考えを忌憚無く述べてください」と住民に問われたとしても、住民には地方

自治体サービスに対する知識が乏しい者も少なくないことから、満足に答えら

れないであろう。特にわが国では「御上意識」の下で住民に納税者意識が欠如

しているので、税金の払いがいである「Value for Money」よりも、地方自治体

のサービスが減少するという「目に見える痛み」が実際に伴うかどうかで、地

方自治体のサービスの是非を判断しがちである。次頁図表9に見て取れるよう

に、現状の地方自治体のサービス水準維持が、住民にとって何よりの関心とな

っている。

Page 16: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

13

(図表9)地方自治体のサービスと行政改革の関係(97 年)

既存の行政サービスが一部削減されても是非行政改革を行うべきである

既存の行政サービスが一部削減されても、行政改革によって、全体的にみればサービスの低下を招くことがなければ、行ってもよい

行政サービスが低下するなら、行政改革を行わない方がよい

その他

わからない

(注)「事務事業の見通しや組織の整理統合などの行政改革によって住民の生活に影響す

ることも考えられます。このことについて、あなたはどのように思いますか。この

中から一つだけあげてください」という問いに対する答え。

(資料)総務省『地方自治体の行政改革に関する住民意識調査』1997 年、より作成。

顧客志向を推進する際の大きな障害は、「御上意識」をはじめとする、住民

や職員の地方自治体サービスに対する意識であるといえる。NPM推奨者や住

民のリーダーだけがNPNの顧客志向を理解していたとしてもその他の住民や

現場の職員が理解していない場合は、グループインタビューのように、住民に

一種の教育効果が期待できるものは効果的な手法である。

地方自治体の行政改革を推進する際に、地方自治体の職員からの自発的な運

動を期待することや、住民を地方自治体の対等なパートナーとみなし、行政の

あらゆるレベルで住民に今まで以上に大きな役割を担ってもらうのが理想であ

る。しかし、住民や職員がそのような役割に耐えうるだけの資質があるかどう

かは冷静にみつめなければ、行政改革は「絵に描いた餅」となってしまう。

行政改革の手法においては、住民や職員の意識に応じた対応が求められる。

この観点では、わが国の現状を考えると、レンズセミナーで行なわれているよ

うな、教育効果をもつグループインタビュー形式がより望ましいと考えられる。

Page 17: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

14

③青森県の「政策マーケティング」

・手法:グループインタビュー、アンケート等+ベンチマーキング

・対象:職員、住民、有識者

・主体:NPO(民間非営利法人)、職員、外部研究者からなる第三者機関

ここでは、世界で進んだ事例ともいわれる 8青森県の「政策マーケティング」

を簡単に紹介する9 。手法としては、グループインタビューなどを駆使して住民

などの「青森県の政策課題」に対するニーズを類型化し、政策課題ごとに設定

される各項目の改善度合いを地方自治体や住民が将来にわたって監視していく

仕組みである。

例えば次頁図表 10 をみると、住民へのアンケートなどにより、やや抽象的な

「政策目標」が4項目、それに付随して具体的な数値目標となる「点検項目」

が 66 個選ばれている。「政策マーケティング」では、さらに「改善に対する分

担度合い」に対するニーズも調査している。目標と現実の差を埋める役割分担

に関する意識を明らかにすることで、改善へ向けてより努力すべきものが明確

になると共に、誰もが主体的にサービス改善に参加する意識を高める効果が期

待できよう。課題解決に向けて、地方自治体だけでなく住民やNPOなども責

任を分担していくという意識を高める効果がある点が目新しいといえる。

8 例えば、上山信一、玉村雅敏「先進性秘めた青森県の政策マーケティング手法(上)」

(『地方行政』)では、「その運用形態の内実は欧米にもまだ例がない斬新さと先進性

を秘めている」とされている。 9 詳しい情報については、青森県の「政策マーケティング」のHP

(http://www.pref.aomori.jp/koutyou/marketing/)を参照して欲しい。

Page 18: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

15

(図表 10)青森県政策マーケティングの一例

現在値: 97 年 1279g

「目指そう値」:2005 年 1000g

(参考:97 年全国 1112g、東北 1015g)

その改善における役割分担に関する実務者向けアンケート(1999 年)

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

個人・家庭

NPO、市民団体

企業・労組

学校

市町村

その他

(%) (注)全体で 100%となっている。

(資料)青森県の HP より富士総合研究所作成。

(政策目標4項目)の一つ 「納得できる手間や負担で暮らせる」

(点検項目全てで 66。上記の政策目標では9項目の一つ)

「1人当たりの1日のゴミ排出量」

目標まで 279g の減少が必要だが、その役割分担は?

Page 19: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

16

(2) 従来の手法との比較

従来のマーケティング手法は、地方自治体の広報・広聴活動に代表され(図

表 11)。従来の広聴活動は「幅広いアンケート対象」「総花的な質問」「定期

的」であり、いわば「基礎統計型」といえる。過去との比較には適しているが、

サービス改善への示唆が的確に得られるかという点では問題があると思う。

また従来の広報活動は、「広範な流布」「網羅的」「定期的」を特徴とする、

いわば「新聞型」である。隅々まで読んでいる人は少ないうえ、難度が高いも

のまで網羅されているので理解しているかどうかは疑問であろう。広報誌など

で、地方自治体のサービスへ前向きな関心をもつという住民は少なかったと思

われる10。

(図表 11)従来の広報・広聴活動の特徴

頻度 定期的 対象 幅広 目的 広報:「遍く知らしめる」

広聴:基礎統計中心 内容 広報:平易な内容から難解な内容まで網羅的

広聴:平易、総花的、定量的 職員の参加度 広報・広聴担当の職員中心 住民の参加度 あくまでも「受身」 政策への影響度 あまりなし

職員、住民の意識改革 すすみにくい

(資料)富士総合研究所作成。

10 いわゆる「関係性(リレーションシップ)マーケティング」と呼ばれるものである。詳

しくは、嶋口充輝『顧客満足型マーケティングの構図』などマーケティング関連参考文

献を参照のこと。

Page 20: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

17

近年の地方自治体の行政改革では、政策課題に優先順位をつけて、職員はお

ろか住民、NPOも参加して改善を参加することが期待されている。マーケテ

ィングの概念は近年ひろがりをみせており、提供サイド・需要サイドのどちら

が主導権を握るというわけではなく、両者が共同で新たなマーケットの創出・

提供に関わっていくものに変わってきていると思われる 。中央政府、地方自治

体とも、今まではサービスの受け手であった住民やNPOとの距離観をつかみ

かねて、戸惑っているように思われる。民間企業では、消費者のニーズをグル

ープインタビューなどの様々な手法できめ細かく把握する一方、消費者に商品

改善の具体的なアイデアを提供してもらったり、消費者のクチコミでの商品宣

伝効果を期待したりする、消費者の主体的な動きを期待するマーケティング手

法が活用されている。地方自治体はこのような民間企業のマーケティング手法

を積極的に取り入れて、住民やNPOなどと協力して、サービスの改善に努め

ていくべきであろう。

Page 21: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

18

【 参 考 文 献 】

青森県『政策マーケティングブック 2000 ver00』2000 年

上山信一『「行政経営」の時代』NTT出版、1999 年

上山信一、玉村雅敏「先進性秘めた青森県の政策マーケティング(上)(下)」

(『地方行政』2001 年 3 月 29 日、2001 年 4 月 23 日)

上山信一、玉村雅敏、伊関友伸『実践・行政評価』東京法令出版、2000 年

近藤文男、陶山計介、青木俊昭『21 世紀のマーケティング戦略』ミネルヴァ書房、

2002 年

嶋口充輝『顧客満足型マーケティングの構図』有斐閣、1994 年

鈴木敦、笹口裕二、中尾晃史『建設政策における政策評価に関する研究~政策評

価用語集~』国土交通省国土交通政策研究所(旧建設省建設政策研究センタ

ー)、2000 年

総務省『地方公共団体における行政評価の取り組み状況』2001 年

総務省編『地方財政白書各年版』財務省印刷局

総務省『地方自治体の行政改革に関する住民意識調査』1997 年

古川俊一「公共マーケティング論1~7」(『自治研究』1993 年 11 月~1994 年 8

月)

三重地方自治研究会編『「事務事業評価」の検証~三重県の行政改革を問う~』

自治体研究社、1999 年

村井良子編『入門ミュージアムの評価と改善』ミュゼ、2002 年

吉川富夫「顧客満足(CS)を指向した公園経営の実践」(『都市公園』2001 年

9 月)

P. Kotler, D. H. Haider and I. Rein, Marketing places, The Free Press,

1993(P.コトラー、D.H.ハイダー、I.レイン、井関利明訳『地域の

マーケティング』東京経済新報社、1996 年)

Page 22: 地方自治体のサービスにおける マーケティングの変化 · NPMでは顧客志向が重要とされており、地方自治体のサービスの顧客である 住民へのアプローチとして、近年、従来の地方自治体の広報・広聴活動では見ら

2002年3月発行

調査研究部 金融・財政担当 研究員 岡田豊 研究リポート

電話 03-5281-7565

C 富士総合研究所 2002 無断転載を禁ず