10
-29- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 《論 文》 うち あや 千葉商科大学サービス創造学部 1.はじめに 1-1 研究の背景 温泉地は、常に時代の流れの影響を受 け変化してきた。歴史的に療養や保養を 目的に長期滞在する湯治場であった温泉 地は、第二次世界大戦後の観光の大衆化、 高度成長期を機に、多くの温泉地が歓楽 地化への道をたどった(山村、1998)。消 費者ニーズの多様化は、メディア発信と 相まって多様な温泉ブームを生み出し (内田、2014)、近年は健康志向への高ま りとともに、温泉や温泉地環境を生かし た健康づくりへの関心の高まりが見られ る。 また、『旅行年報』(JTB)「行ってみた いタイプ」において、温泉地は2000年代 通して1位を占めると共に、2015年でも 全体及び30代、40代、60代の男女で1位 となっており、温泉地の人気は安定して いる。 しかし、観光者の温泉への志向の一方 で、全体的には宿泊客の減少に歯止めが かからない状況がみられ、宿泊施設数も 大幅な減少傾向にある(図-1)。こうし た状況の中で、近年、温泉地再生・活性 化にあたり、新たな滞在型温泉地を目指 す動きが見られるが、これは観光者の滞 在時間を長くすることで経済効果を高め ることが意図されている。国においても、 『観光立国基本法』(2007)、『観光圏整備 法』(2015)等を定め、滞在型観光地への 施策を打ち出してはいるが、現状では、 国民一人当たりの国内宿泊観光旅行の宿 泊数は延べ2.1泊にとどまり、前年度比5.8 %減の減少傾向にある。 温泉地の滞在の研究に関しては、歴史 的な長期滞在の構造(武井ほか、1989)、 魅力ある空間の要因(下村、1993)、滞在 行 動(内 田、2014)、地 域 変 容(山 村、 1998)の面から、温泉地は「湯治」を目 的に3週間前後に過ごす長期滞在地であ り、近世後期・近代初期には観光・保養 行動も含めた滞在生活が過ごせたこと、 「観光の大衆化」のなかで短期滞在地に変 化したことが明らかにされている。近年 の温泉地は、各地域で再生が試みられて おり(井上ほか、2014)、ヘルスツーリズ ム等により、健康を目的に温泉地滞在に 付加価値を生み出すことや(小関、2012) (辻本、2013)、長期滞在による心理的効 果(牧野ほか、2010)、温泉まちづくり先 進的事例の紹介とその意義(久保田、 2008)、(島田ほか、2009)、(財団法人日 本交通公社、2011)、滞在型宿泊施設への 転換モデルや滞在プログラム作り(財団 法人日本交通公社、2013)等の研究が進 められ、温泉地における長期滞在への取 り組みの必要性が指摘されている。 観光庁が『いきいき観光まちづくり 2008』において取り上げた「滞在力のあ るまち」には多くの温泉地が含まれてい ることや、東日本大震災の際、多くの温 泉地が避難者の受け入れを行うなど(山 村、2011)、従来、温泉地は滞在力のある 場所といえる。 しかし、温泉地の活性化の柱として長 期滞在を掲げながらも、旅行者ニーズ、 In order to revitalize hot spring resorts, efforts are being made to increase the duration of tourist stays. In this study, we conducted questionnaire and field surveys to develop an attractive stay structure for hot spring resorts. The results indicated that the initial sense of extraordinariness associated with the atmosphere of the accommodations decrease, and the accommodations begin to seem ordinary as the duration of stay increases. The results revealed that the attractiveness of the accommodations ― in terms of both the internal environment and the areas surrounding the lodging facilities that make up its external environment ― needs improvement. キーワード:滞在型観光、温泉地の活性化、非日常、観光行動、旅館 Keyword:Stay-type, hot spring area revitalization, extraordinariness, tourist behavior, RYOKAN 温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究 いの うえ あき 立教大学観光研究所 図-1 全国温泉地の状況 出所:環境省統計より筆者作成

温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究 - …-30- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 温泉地側の対応、長期旅行を可能にする

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Page 1: 温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究 - …-30- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 温泉地側の対応、長期旅行を可能にする

-29-

日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

《論 文》

内う ち

田だ

  彩あ や

千葉商科大学サービス創造学部

1.はじめに

1-1 研究の背景

 温泉地は、常に時代の流れの影響を受

け変化してきた。歴史的に療養や保養を

目的に長期滞在する湯治場であった温泉

地は、第二次世界大戦後の観光の大衆化、

高度成長期を機に、多くの温泉地が歓楽

地化への道をたどった(山村、1998)。消

費者ニーズの多様化は、メディア発信と

相まって多様な温泉ブームを生み出し

(内田、2014)、近年は健康志向への高ま

りとともに、温泉や温泉地環境を生かし

た健康づくりへの関心の高まりが見られ

る。

 また、『旅行年報』(JTB)「行ってみた

いタイプ」において、温泉地は2000年代

通して1位を占めると共に、2015年でも

全体及び30代、40代、60代の男女で1位

となっており、温泉地の人気は安定して

いる。

 しかし、観光者の温泉への志向の一方

で、全体的には宿泊客の減少に歯止めが

かからない状況がみられ、宿泊施設数も

大幅な減少傾向にある(図-1)。こうし

た状況の中で、近年、温泉地再生・活性

化にあたり、新たな滞在型温泉地を目指

す動きが見られるが、これは観光者の滞

在時間を長くすることで経済効果を高め

ることが意図されている。国においても、

『観光立国基本法』(2007)、『観光圏整備

法』(2015)等を定め、滞在型観光地への

施策を打ち出してはいるが、現状では、

国民一人当たりの国内宿泊観光旅行の宿

泊数は延べ2.1泊にとどまり、前年度比5.8

%減の減少傾向にある。

 温泉地の滞在の研究に関しては、歴史

的な長期滞在の構造(武井ほか、1989)、

魅力ある空間の要因(下村、1993)、滞在

行 動(内 田、2014)、地 域 変 容(山 村、

1998)の面から、温泉地は「湯治」を目

的に3週間前後に過ごす長期滞在地であ

り、近世後期・近代初期には観光・保養

行動も含めた滞在生活が過ごせたこと、

「観光の大衆化」のなかで短期滞在地に変

化したことが明らかにされている。近年

の温泉地は、各地域で再生が試みられて

おり(井上ほか、2014)、ヘルスツーリズ

ム等により、健康を目的に温泉地滞在に

付加価値を生み出すことや(小関、2012)

(辻本、2013)、長期滞在による心理的効

果(牧野ほか、2010)、温泉まちづくり先

進的事例の紹介とその意義(久保田、

2008)、(島田ほか、2009)、(財団法人日

本交通公社、2011)、滞在型宿泊施設への

転換モデルや滞在プログラム作り(財団

法人日本交通公社、2013)等の研究が進

められ、温泉地における長期滞在への取

り組みの必要性が指摘されている。

 観光庁が『いきいき観光まちづくり

2008』において取り上げた「滞在力のあ

るまち」には多くの温泉地が含まれてい

ることや、東日本大震災の際、多くの温

泉地が避難者の受け入れを行うなど(山

村、2011)、従来、温泉地は滞在力のある

場所といえる。

 しかし、温泉地の活性化の柱として長

期滞在を掲げながらも、旅行者ニーズ、

In order to revitalize hot spring resorts, efforts are being made to increase the duration of tourist stays. In this study, we

conducted questionnaire and field surveys to develop an attractive stay structure for hot spring resorts. The results indicated

that the initial sense of extraordinariness associated with the atmosphere of the accommodations decrease, and the

accommodations begin to seem ordinary as the duration of stay increases. The results revealed that the attractiveness of the

accommodations ― in terms of both the internal environment and the areas surrounding the lodging facilities that make up its

external environment ― needs improvement.

キーワード:滞在型観光、温泉地の活性化、非日常、観光行動、旅館

Keyword:Stay-type, hot spring area revitalization, extraordinariness, tourist behavior, RYOKAN

温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究

井い の

上う え

 晶あ き

子こ

立教大学観光研究所

図-1 全国温泉地の状況

出所:環境省統計より筆者作成

Page 2: 温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究 - …-30- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 温泉地側の対応、長期旅行を可能にする

-30-

日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

温泉地側の対応、長期旅行を可能にする

制度面等、課題も多く、各温泉地が模索

している現状がうかがえる。

1-2 研究の目的

 本来、長期滞在地であり、今日におい

ても旅行者の高いニーズを持つ温泉地を

対象に、低迷が続く温泉地の活性化にあ

たり、長期滞在が可能な温泉地形成を重

要な課題と捉え、魅力ある長期滞在を可

能とする温泉地構造を明らかにすること

を研究目的とする。なお、ここでの「魅

力ある長期滞在」とは、心身共に寛げて、

快適さをもたらし、また経験したいと思

わせる滞在である。

 これらは経済効果をめざし長期滞在に

取り組む温泉地側の視点を重要としつつ

も、観光者にとっての滞在の意味を捉え

る視点から考察を進めるものである。

1-3 研究方法

 研究方法は、アンケート調査、現地事

例調査、各種資料分析により、数量分析

と質的分析両面からのアプローチを試み

た。また、現状分析を通じて得られた共

通事項をもとに、一般化に結び付く概念

化の試みを行った。

(1)アンケート調査

 表-1に示すように2年間にわたって

温泉地の長期滞在についてアンケート調

査を行った。各アンケートの質問項目は

異なるものである。なお調査対象者は、

温泉地滞在についての経験や知識を持つ

つとともに、「温泉の正しい理解、温泉観

光地の活性化に関する人材の育成」を趣

旨とする2日間の講座を受けることによ

って、基本的な共通認識をもっていると

ころから選定した。

(2)現地調査

 調査対象地域は文献調査(1)に基づき、

温泉地滞在について特徴的、個性的な取

り組みを行っている地域・施設を選定し

た。玉川温泉(秋田県:2014.8)、かみの

やま温泉(山形県:2014.11)、鹿教湯温

泉(長野県:2014.6、2015.6)、別所温泉

(長野県:2014.6)、板室温泉(栃木県:

2014.9)、長湯温泉(大分県:2015.9)が

主な対象地域である。調査方法は、温泉

地、宿泊施設の実態調査及び、行政、観

光関連団体、宿泊施設関係者、滞在者等

へのインタビュー調査を試みた。

2.「滞在型温泉地」めぐる諸問題

 滞在型温泉地と称する場合の、①観光

行動における「滞在型」の捉えかた、②

滞在「期間」の捉え方の現状を概観する。

2-1 「滞在型」について

 「滞在型」について記述されている内容

を、視点別に分類し、表-2示す。

 温泉保養をはじめとするさまざまな目

的をもって、滞在に関する旅行を表す言

葉として、滞在型観光、Sun lust、リゾー

ト、ロングステイ等の言葉がある。観光

行動の特徴として、マスツーリズムの代

表的観光行動である短時間に様々な場所

を巡る周遊型と対比させる形でのとらえ

方が主流で、一定期間一定場所にとどま

り、温泉保養をはじめとする多様な目的

をもって過ごす行動を指している。旅行

者の志向の視点からとらえたものとして

は、多くの国や場所を自由にめぐるアク

ティブな行動のWanderlust型に対して、

リゾート地などで長期滞在し安らぎやく

つろぎを求める Sun lust 型がある。海辺

で太陽の光を浴びるイメージの Sun lust

型の日本版として、月明かりの温泉でゆ

ったりと寛ぐイメージの Moon lust の言

葉も提唱されている(前田、2015)。

 場所と目的がイメージされるリゾート

が滞在型の旅行を表す言葉としても使用

されている。目的の観点からとらえ、好

奇心をもって、多くの感動などの動的体

験を期待する物見遊山の旅行ではなく、

保養・静養、休むといった静的な体験と

言える。

 ロングステイは、生活拠点を日本に持

ちながら長期間の海外滞在や国内の他の

場所での滞在を指す。主に定年後の比較

的富裕層の長期海外滞在をイメージさせ

るもので、目的は旅よりも生活が主体で

ある。

 このように滞在については様々な言葉

があり、それぞれのイメージさせるもの

は多様であり、明確な定義には行き当た

らない。

 一方、長期滞在を視野に受け入れを考

えているホテル・旅館の経営者は、「温泉

  調査Ⅰ 調査Ⅱ 調査Ⅲ調査時期 2014年6月 2015年6月 2015年6月

回答者数* 61名 47名 62名主な調査内容 滞在温泉地イメージ 長期滞在の変化 滞在日数・滞在中行動

*…調査対象者は2014、2015年度の大阪観光大学観光研究所主催の「温泉観光実践士養成講座受講生」出席者であり、年齢は40代を中心に20代から70代。調査実施者は当講座講師による。

表-1 アンケート調査の概要

表-2「滞在型」に関しての各視点と記述内容の概要

出所:筆者作成

Page 3: 温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究 - …-30- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 温泉地側の対応、長期旅行を可能にする

-31-

日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

地に長期に滞在するというのは、自分に

とってもイメージがわきづらい」、「我々

が真剣に取り組んでこなかった分野」、

「長期滞在に対するイメージがちゃんと

できていない」などと指摘している(財

団法人日本交通公社、2011)。

 伝統的な湯治という明確なコンセプト

をもとに、長期滞在が可能なシステムを

整え顧客側も明確なイメージをもって長

期の滞在をする温泉地もあるが、現状は、

双方ともに、明確なコンセプト、イメー

ジを持った受け入れや利用ではないとい

える。

2-2 「滞在期間」について

 国の方針では「観光立国基本法」(2007

年1月施行)において「日本人の国内観

光旅行による一人当たりの宿泊数を平成

28年までに年間2.5泊とする」との目標を

かかげている。そして、「観光圏の整備に

よる観光旅客の来訪および滞在の促進に

関する法律」(2008、観光圏整備法)にお

いては、2泊3日以上の滞在を楽しめる

エリアとしての観光圏の整備を目指し、

「観光立国実現に向けたアクションプロ

グラム2015」(国土交通省 観光庁、2015)

では、訪日外国人の長期滞在を目指す施

策が打ち出されている。人口減少、高齢

社会、人口の東京一極集中を背景に、地

方創生が叫ばれ、観光が地方活性化の主

要産業として取り上げられているのも、

交流人口の増加や滞在時間の増加がもた

らす諸効果を狙いとしたものと言えよ

う。

 現状(2014年)では、旅行者総数(対

前年比4.8%減)、一人当たりの国内宿泊

観光旅行の回数(1.3回 前年比7.2%減)、

国民一人当たりの国内宿泊観光旅行の宿

泊数(2.1泊、同5.8%減)ともに減少の傾

向にある。宿泊旅行1回あたりの平均滞

在数は1.7日であり長期滞在には程遠い

状態である。

 JTB オムニバス調査2011での、「ちょ

っと長目の滞在旅行で何泊以上の日数を

イメージするか」の問いに対する回答は、

2泊以上(4.1%)から6泊以上(35.5%)

にわたる。この結果に対する調査機関の

コメントでは、「(長期滞在の)「泊数すら

そのイメージはバラバラ」と指摘してい

る(財団法人日本交通公社、2011)。

 一方、受け入れ側の施設捉え方として

も、長期滞在と銘打っている期間は長短

様々であり、現地調査では長期滞在が前

提となる「湯治」についても「(今の状況

では)1泊以上であれば・・・」の声も

聞かれた。

 温泉地は従来、長期滞在が出発点であ

ったが近代マスツーリズムにおいて療

養・保養を目的とした湯治場から、楽し

みを目的とした観光温泉地、あるいは歓

楽化した温泉地に変化する過程におい

て、温泉地の滞在の魅力を減少させてい

った。近年、温泉地再生に当たり、新た

な滞在型温泉地を目指す動きが見られる

が、長期滞在に関する期間は顧客側の選

択にあるとしても、受け入れ側のイメー

ジも「滞在型」と同様明確ではない状況

と言える。

3.滞在者の視点からの温泉地滞在

 高度経済成長期、バブル期は多くの団

体客を対象とし、いわば投資による経済

効果を上げることを狙いとしてのハード

整備が中心であった。経済状況の変化に

加えて、対象者のニーズの多様化や、旅

行形態の変化への対応は、量の世界から

質を整えることで消費による経済効果を

高めることへの転換が求められる。

 短時間の通過型、宿泊場所としての温

泉地から、個人の滞在時間を延ばすこと

でいかに消費効果を高めるかが課題とな

り、単に受け入れ側の経済効果の視点だ

けでなく滞在者の視点に立った質の整備

が求められる。本章においては、アンケー

ト結果を通じて、滞在者の視点から長期

滞在のイメージを明らかにする。

3-1 滞在期間のイメージ

 調査Ⅲでの質問、「長期滞在について理

想の宿泊数と現実の宿泊数」の結果を

図-2に示す。

 長期滞在の理想とする泊数では、2泊

(32.7%)から3泊(36.1%)が多い。現

実の宿泊数は1泊(65.5%)が最も多く、

次いで2泊(26%)となる。温泉好きの

人たちであっても泊数は少ない。理想と

現実の異なる理由として、「時間が取れな

い」「経済的に」といった現実の課題が多

く上げられ、また、「いろいろな所を回り

たい、見たい」といった周遊型志向も背

景にある。

 長期滞在イメージは、現実的制約を背

景に2~3泊の範囲であり、国の目指す

滞在期間と同じ傾向にある。

図-2 宿泊数の理想と現実イメージ

出所:筆者作成

3-2 滞在中の行動

 同じく調査Ⅲの質問、「長期滞在で具体

的に何をするか」について、62人のイメー

ジ(自由記述)を表-3に示す。

 温泉地における長期滞在であることか

ら、当然のこととして湯めぐり、保養、

湯治といった温泉に関する行動が多い。

注目すべき点は観光行動のイメージの多

さであろう。泊数の多少にかかわらず観

光行動のイメージが大きい。温泉地の滞

在は、観光とともに、湯めぐり、散策と

いった宿泊施設外の空間での行動が多く

上げられており、温泉地立地の自然環境

に加えて、こうした外部空間に求められ

ている要素が大きいといえる。

 保養及び湯治の宿泊数との関係を見る

と(表-4)、保養が1~2泊に集中し、

湯治は2~3泊に集中していることか

ら、湯治は保養より滞在期間が長いイ

メージがあるといえるが、7泊や5泊の

長期には保養と答えるものが多くなって

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

いる。また、保養と湯治を併記している

ものが7件あるなど、回答者の年齢の中

心が、40代であることとも合わせて、今、

湯治のイメージが明確ではなくなってい

るのではないかと考えられる。自炊湯治

施設がごくわずかしか残されていない事

や、プチ湯治、現代湯治といった表現が

多くみられるようになっていることとも

関連していると考える。

3-3 滞在場所

 調査Ⅰの「滞在型温泉地とはどのよう

な温泉地か」「滞在型旅館(ホテル)と

は」に対する自由記述の主なものを表-5

に示す。

 滞在における宿泊施設イメージは、格

安で「こじんまりとした」泊食分離の自

炊可能な「湯治スタイルのできる」旅館、

緊張感なく「自宅同様に寛げる」「生活の

できる」旅館である。多くの観光スポッ

トに恵まれた「リゾート的要素」を持つ

環境にあり、宿泊施設を拠点とする「観

光オプショナルツアー」が実施されてい

る。また、「滞在プログラム」や「湯治プ

ラン」があり施設内での楽しみも用意さ

れているといったイメージである。滞在

中の人との交流は、最低限の触れ合いを

イメージする者と他客や地域との交流を

望む者に分かれる。

 滞在施設環境としての温泉地は湯治場

のイメージとともに、自然豊かで温泉街

がある環境、ゆったりした静かで飽きさ

せない環境がイメージされるとともに、

観光名所や観光スポットに恵まれ、イベ

ントも盛んにおこなわれているといった

観光地としての要素が望まれている。

 宿泊施設内外ともに、非日常空間であ

りながら日常的生活の一時期を送る場と

しての日常性も備えていることがイメー

ジされ、それが、ゆったり感や、静かさ、

あるいは緊張感がないなどの心的イメー

ジと結びついていると考えられる。

3-4 滞在期間に伴う心境の変化

 図-3は、調査Ⅱにおいて、滞在中に生

じる心的変化を、滞在期間との関係から

自己評価した結果である。2泊目あたり

に居心地がよくなると感じる人が最も多

く、2~3泊目になるとのんびり感のイ

メージを持つ人が多い。滞在時間の増加

とともに、新鮮さが失われ、生活が日常

化し退屈感を感じる人が増え、3泊目ご

ろに最も多くの人がそれらを感じる。も

う一つの山は、1週間頃にあり、この時

期になると生活の日常化と退屈感を感じ

る人も増える。

 調査Ⅱの回答結果を個別に見ると、回

答者Aと回答者Bに、居心地よくなる→

のんびり→新鮮さがなくなる→生活が日

常化し退屈するといったこれらの経緯を

典型的に見ることができる(表-6)。

 以上から、1か所の滞在では、2~3

泊で、滞在生活の新鮮さが失われ非日常

の場面が日常化することによる飽きが比

内容(複数回答:人) 現実 理想湯治 9 24保養 15 20のんびりリフレッシュ 7 10療養 1 ―散策・運動 4 7湯めぐり等 18 7観光 19 16人との交わり 2 1趣味・読書等 5 3美食 2 7出所:筆者作成

表-3 理想と現実の滞在期間における行動

宿泊数 湯治 保養7泊 3 56泊 2 ―5泊 1 24泊 2 ―3泊 9 32泊 12 151泊 4 9不明 ― 1計 33 35

出所:筆者作成

表-4 泊数と湯治・保養

図-3 滞在日数と心境の変化

出所:筆者作成

内容 Q 滞在型温泉地とは Q 温泉地における滞在型旅館とは件 主な例 件 主な例

温泉関係

湯治 17 湯治宿、湯治場 7 湯治場のような施設がある、湯治宿、現代風湯治宿、湯治プランがある

質・量等 11 良い泉質、複数の共同湯 1療養 4 病気療養 1保養 2 休養地、心身の健康やリフレッシュできる

暮らし環境 5 非日常的でありながら日常的でもある、一時期を生活する 3 生活できるところ、自宅同様に寛

げる、チェックアウトなし

周辺環境 12 自然が豊か、温泉街がある、散策できる環境 3 古くてひなびた

観光・娯楽 12 観光資源・観光名所・イベントが多い、観光地化している 8

観光・温泉めぐりの拠点、滞在プログラム・オプショナルツアー・観光情報の提供、中でも遊べる

情緒 11 飽きさせない、ゆったり、癒される、団体客いない、静か 4 マンネリにならない、緊張感がな

い、アットホーム

文化・歴史 3 歴史・文化が感じられる、昔ながらの雰囲気 1 歴史がある、品格がある

交流 1 地元の人との交流 2 最低限のふれあいだけ、他の人との交流がある

食事 4 食事に困らない、地産地消 10 自炊、泊食分離、ヘルシー、ほどほど

料金 3 低コスト 7 手ごろ、格安

建物特徴 6 こじんまり、ひなびた、シンプル、地域の特性を生かした

機能性 12

心身リフレッシュの支援、病院と連携した保養・療養施設、個人の嗜好に対応可能、ほどほどのサービス、バリアフリー

出所:筆者作成

表-5 理想と現実の滞在期間における行動

Page 5: 温泉地の魅力ある滞在構造の形成に関する研究 - …-30- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 温泉地側の対応、長期旅行を可能にする

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

較的早く生じると言えよう。個人生活が

大きな課題となる施設内においては、こ

うした変化の一般的傾向と同時に個人の

特徴もとらえたうえで、日常化していく

暮らしの居心地の良さを保ちつつ、飽き

させない、退屈させないとの視点からの

施設の工夫が求められると考えられる。

3-5 アンケートにみる温泉地滞在の課

 調査Ⅰの「旅行者から見た長期滞在と

短期滞在の良い点、悪い点」の自由記述

結果を図-4に示す。

 時間的な面では、長期滞在はゆっくり

でき満足感は高いが、スケジュール調整

が困難。半面、短期滞在はあわただしく

充実感も薄いが気軽に行けるといった時

間に関しては相反する要因がある。

 また、長期滞在は日々の生活感から解

放されるとともに、退屈感が生じたり、

新鮮さが失われたりする一方、短期滞在

はほどよい思い出が作れるといったメリ

ットがあげられる。

 このように滞在者にとっては、現実問

題として必ずしもどちらかが良いという

ものでなく、それぞれのメリット・デメ

リットを含んだ捉え方がなされているこ

とから、それぞれの魅力の程度が選択に

当たっての誘因となるであろう。なお、

経費に関するメリット、デメリットは明

確に分かれている。

 以上のアンケート結果から、現状では

温泉地の長期滞在といっても、平均的に

は3泊程度であろうと考えられる。滞在

中の行動イメージは日常の生活から離れ

た温泉地でゆっくり心身を休め、温泉地

ならではの湯めぐり等、非日常としての

多くの観光的要素が求められる。滞在生

活において、比較的早く来る退屈感に対

し、生活の場となる各宿泊施設の中でも

楽しめる魅力づくりと同時に、日中の行

動の場である周辺の魅力づくり求められ

ている。その際、飽きさせずに3泊以上

滞在させ、またリピート行動につなげる

には、それぞれの場において工夫が求め

られるであろう。

4.温泉地における滞在型への具体的取

り組み

 前述したように滞在者がどのように滞

在生活などをイメージしているかを見た

が、温泉地において新たな滞在型モデル

を考える際には、滞在者の視点に立った滞

在を促す魅力的な仕組みが必要であろ

う。受け入れ側では、滞在者を飽きさせな

い仕組みを如何に創り出しているのか。こ

こでは現地調査を通じて連泊を重視する

温泉地、宿泊施設で行われている具体的

取り組みとその意義について述べる。

4-1 温泉地としての取り組み

 温泉地全体として「滞在型」に取り組

む場合、地域として連泊を促すシステム

を充実するタイプと滞在におけるプログ

ラムを充実させるタイプがみられた。

(1)地域宿泊システム型:「連泊割引商

品」

①鹿教湯温泉(長野県):「長期連泊プラン」

 温泉地が観光化するなか、昭和40年代

に温泉療養所を中心にした「集団保養」

のシステムを確立し、伝統的な湯治を受

け継ぐ形で長期滞在が可能な温泉地とし

て発展し(山村、1998)、地域戦略と個別

事業者の戦略の連動が滞在型需要の開拓

に効果を発揮してきた(財団法人日本交

通公社、2013)。近年は歴史を生かして湯

治の三廻り(21日)をベースとし、「21連

泊プラン」(2007)を地域全体の「連泊割

引商品」として期間限定で商品化、2014

年からは12軒の旅館が参加する通年型

「信州お試し移住」を開始した。これは1

部屋(21日間)を9万9800円で借り切る

制度であり、部屋の定員数まで宿泊でき、

移住希望者以外や21泊未満でも利用でき

る。食事は飲食施設か自炊が中心になっ

ており、低カロリー弁当の宅配システム

など滞在を支える仕組みづくりにも取り

回答者 A ● B ◎ 1泊 2 3 4 5 6 1W 10居心地がよくなる ◎ ●のんびりする ◎ ●新鮮さがなくなる ◎ ●生活が日常化 ● ◎退屈する ● ◎出所:筆者作成

表-6 回答者 A と B の変化

+

短期滞在

長期滞在

費用がかかる

費用がかからない

ゆっくりできない充実感薄い

ゆっくりできる、満足度高くリピートに

疲れる

リフレッシュ体調よくなる

いつでも行ける計画立てやすい

スケジュール調整困難

あわただしい

時間をかけられる

退屈・飽きる・新鮮さがなくなる

程よい思い出を作れる

日々の生活から解放

図-4 長期滞在と短期滞在の短所・長所

出所:筆者作成

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

組んでいる。移住については、支援体制

等の課題が残されており、現時点ではま

だ旅館を中心とした温泉地活性化策の一

環としての取り組みという側面がある。

② 長湯温泉(大分県):「温泉療養保健パ

スポート」

 「温泉療養保健パスポート」を利用し竹

田市内(対象の宿泊施設)に4カ月以内

に延べ3日以上の宿泊で、宿泊料を1泊

500円分、入浴料を1回200円分補助する

取り組みを実施している(2)。2011年には

783冊、2014年度は1,115冊と増加してお

り、申請者の平均宿泊数は5.2泊(2014)

である。申請対象者は「合計で3日以上

の宿泊」であり、必ずしも「連泊」では

ないが、これにはリピーターを促す意図

もある。

 このシステムを取り入れる狙いには、

将来的に、温泉地への滞在を医療費控除

対象とし、長期滞在を可能にすることが

あり、現在、温泉効果のエビデンス調査(3)

に取り組んでいる。国民が温泉医療を保

険制度として受容できるドイツの制度を

目標としつつ、現在のところは旅行者へ

の連泊補助として機能しているといえよ

う。必要経費は、2010年の観光庁補助事

業、2011年から2013年の経済対策交付金

などを経て、2014年から入湯税を当てて

おり、入湯税を利用した滞在型温泉地へ

の取り組みとしても注目されている。

(2)「地域滞在プログラム型」

① かみのやま温泉(山形県):「クアオルト」

 ドイツでは森林や温泉などの自然を利

用して治療・養生を行う滞在型健康保養

地を「クアオルト(4)」という。上山市で

は2008・2009年に内閣府の補助事業を得

て、かみのやま温泉を中心にした「上山

型温泉クアオルト」に取り組み始めた(小

関、2012)。現在は自然環境を生かした運

動負荷の異なる5カ所8コースを用意

し、専任のガイドによる案内を行なって

いる。「毎日ウォーキング」(有料・申し

込み不要)には地域住民を中心に年311

回、延べ3120人(2013)が参加しており、

誰でも予約なしに参加できる体制が作ら

れている。今後は旅行者の参加率向上が

課題だが、ウォーキング後の入浴優待や

旅館主催の早朝ウォーキングなどを試み

ながら、独自の滞在プログラム構築に取

り組んでいる。

② 別所温泉(長野県):「着地型バスツ

アー」

 「デトックス&チャージ」をコンセプト

とした滞在型の体験プランと食を用意す

るとともに、別所温泉旅館組合で着地型

バスツアーを催行している。これは毎日

催行やホタルなどの季節に合わせた企画

のほか、夜のナイトツアーなど温泉地で

の滞在を多様化する試みになっている。

上田電鉄の協力を得て上田駅での手荷物

預かり・旅館への無料手荷物配送サービ

スなども開始し、温泉街だけではない広

域観光を促す取り組みを行っている。こ

れらを旅館組合で行うことにより、地域

全体での取り組みとして意識されること

も意図されている。

 以上のように、温泉の本来の魅力であ

る「保養」「健康」を前面に打ち出しなが

ら、滞在をいかに長期化できるかを地域

が一体となって取り組んでいる状況が見

られる。画一化が進んだ温泉地において、

他といかに差別化できるのかは大きな課

題だが、これらの取り組みは、温泉地の

歴史、自然、広域も含めた地域資源等を

生かし、滞在の目的と個性を明確にし、

他地域との差異化を地域全体で行おうと

する試みと言えよう。

 しかし、「滞在型」への取り組みの多く

が、国の方針による多様な助成金をもと

に行われており、将来的に継続的な活動

が行える基盤づくりが大きな課題と考え

る。

4-2 個々の宿泊施設における取り組み

 ハードとソフトの面からの各宿泊施設

の取り組みを表-7に示す。

(1)ハード

 滞在者にとって温泉地滞在の大半を過

ごすのが「宿泊施設内」である。宿泊施

設内の空間を分類すると、主に部外者も

利用できるロビーラウンジ、食堂等の「共

有空間」、滞在者のプライベート空間とも

なる「個室空間」、滞在者の日常生活を支

宿 キャッチフレーズ共有空間 個室空間 基本生活空間 付帯的空間 飽きさせない仕組み

ロビーラウンジ 食堂 個室 相部屋 ユニット式 共同風呂 ランドリー 調理場 談話室 売店 カフェ 図書館 その他 滞在型プログラム

A 癒しの湯治宿(玉川) ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎:共同 ◎ ◎ △:

売店内 × 健康相談室・整体室 おもてなしスタッフ

B 心と体、人と自然が調和する宿(鹿教湯) ◎ ◎ ◎ × × ◎ ◎ ○:

個室 △ ◎ × ◎ プール、ジムバスツアー(宿主催、毎日発)、コンサート他

C 保養とアートの宿(板室) ◎ × ◎ × × ◎ ◎ △:

一部のみ △ ◎ ◎ ◎ ギャラリー アートツ

D 長期滞在施設と林の中の小さな図書館(長湯) ◎ × ◎ × × ×

外湯形式 ◎ ○:個室 ◎ × ◎ ◎ ギャラリー ライブ、読書会

E 非日常空間で、心と身体を満たす(太池) ◎ ◎ ◎ × × ◎ ◎ × ◎ ◎ ◎ ◎ エステ、セミナー

ルーム、医療機関メディカル、エステ、ファスティング(断食)

Fなんの干渉も受けないあなただけの隠れ家

(一軒貸:かみのやま)× ○ ◎ × × ○

個室 ◎ ◎ △ × × × 隣接した旅館にカフェ、売店あり 早朝クアオルト

注:現地調査により筆者作成

表-7 宿泊施設内におけるハードとソフト

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

える「基本生活空間」、滞在の余暇を楽し

む「付帯的空間」に大別できる(表-7)。

 「個室空間」は、一軒家、バリアフリー

設備、書斎の設置、ベランダなど、各自

に応じた快適性や非日常性が心がけられ

ていた。伝統的に湯治場は空間的な制限、

費用を安価に抑えるために相部屋がみら

れたが、近年ではより個室性を高めた「ユ

ニット式相部屋」が登場している。「基本

生活空間」ではランドリーや自炊が出来

る調理場が用意されていたほか、自炊場

のない施設でも、個室内に簡易なシンク

を用意するなど、暮らしの仕組みの充実

が試みられていた。

 一方で滞在者が施設内での余暇を過ご

せる図書館、談話室、ジム、ギャラリー、

カフェなどの「付帯的な空間」が用意さ

れていた。これらは滞在者同士が定期的

に利用することで交流をはぐくむ場所に

もなっている。

(2)ソフト

 ソフト面においても様々な取り組みが

見られた。

① 滞在者のニーズに応じた選択肢:連泊

型宿泊プラン、B&B等の多様化が進ん

でいる。食事付ではバイキングなどカ

ロリーも含め利用者の自主判断に委ね

る傾向があり、滞在者の要望に応じた

ソフト作りが進められている。

② 飽きさせない選択肢:館内において健

康講座、ロビーコンサート、金継ぎの

会など滞在者の興味・関心に応じたイ

ベントを日中・夜間に設けることで、

連泊の楽しみを提供していた。宿主催

のバスツアーでは、日中滞在の魅力を

仕掛けるとともに、滞在者の連泊、季

節を変えての再訪を促す仕組みともな

っていた。

③ 滞在目的の多様化への対応:「健康」

「ファスティング」など、健康をキー

ワードとし、自宅では困難な「食のコ

ントロール」を滞在目的としたり、宿

の個性として「アート」を楽しむこと

を目的化していた。

④ 「交流」への仕掛け:宿泊施設が滞在

者を紹介する、朝食時に席割を配慮す

るなど交流を円滑にする仕掛けが存在

していた。これにより滞在者の生活・

行動が広がるとともに再訪の動機にも

なるという。ただし、アンケート結果

にもあるように交流を好まない場合も

あり、滞在者のニーズ把握とともに、

滞在者が自由に選択できるように配慮

されていた。

 以上、①宿のハードでは、快適な日常

生活を過ごせる「暮らしの充実」、②宿の

ソフトでは、各地域や施設の特性に応じ、

非日常を味わえる「個性的な取り組み」

を試みている。宿泊施設内では、快適な

日常性だけではなく、適度な非日常性を

作り出すために、個性に応じたソフトを

用意し、滞在を可能とする宿の魅力(ハー

ドとソフト)の創出への工夫が行われて

いた。

4-3 広域的な取り組み

 宿泊施設外における魅力は、アンケー

ト結果に表れているように、温泉地のま

ち歩き、湯巡り、自然散策、歴史散策、

体験、地域の人々との交流、イベント、

オプショナルツアー(5)などがある。滞在

プログラムの充実は地域への経済的・社

会的な効果を高めるうえで重要であると

ともに(財団法人日本交通公社、2013)、

観光者にとっては個人選択性を重視した

オプショナルツアーが施設滞在をする上

で大きな意味を持つと指摘されている

(前田・姜、2004)。

 近年では宿泊施設主体と温泉地主体の

オプショナルツアーが存在し、その範囲

も地域内と広域に分かれる(図-5)。施

設Bではほぼ全ての日にツアーが組まれ

ており、これを主催するために施設が旅

行業第2種を取得していた。また宿泊者

以外も参加可能で、駅発のコースに参加

すれば温泉地への交通手段としても利用

出来る。更に広域連携として、連泊プラ

ンに他地域の宿泊施設も組み込み始めて

いる。

 地域主体は、夜間コースなど、日中だ

けではなく宿泊滞在の魅力づくりも考慮

されている。これらは宿泊施設では補い

きれない点や、異なる魅力をもつ地域・

施設を体験してもらい、温泉地滞在の魅

力の幅を広げようと意図されている。

 以上、滞在者の視点からの試みが相互

に関連しあうことによって長期滞在が可

能な温泉地を創り出すことが可能になっ

ている。

図-5 宿泊滞在の魅力づくりへの取り組み

出所:筆者作成

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

5.温泉地の滞在構造についての視点

 以上、旅行者の立場からのアンケート

結果、及び受け入れ側の具体的試みから、

魅力ある長期の滞在を可能にする温泉地

の滞在構造についての視点を提示する。

これらは、他と差異化された滞在経験の

提供にあたっては、地域全体としての取

り組みであっても個々の宿泊施設の取り

組みであっても滞在者側に立つという考

えに基づいている。

5-1 滞在者にとっての空間軸の視点

 滞在先での滞在者の行動空間は、①宿

泊施設である「内の空間」、②温泉地エリ

アの「外の空間」、③広域にとらえた周辺

エリアの「外の空間」に分けることがで

きる(図-6)。滞在者にとって、内の空

間は暮らしの空間であり、外の空間は、

楽しみとしての観光的行動の空間とな

る。いずれも滞在時間と関連して、滞在

者にとっての意味や行動が変化していく

空間である。

 滞在中は内の空間である宿泊施設を拠

点として、外の空間に出ては戻る行動が

繰り返される。それらは、行動エリアの

広さに応じて、観光行動分類における観

光者行動のピストン型(A)と、ラケッ

ト型(B)が合わさった行動パターンと

なる(鈴木ほか、1984)。したがって、長

い滞在を可能にするには、滞在者のこう

した行動と心的状況の変化を考慮し、内

と外の観点から両空間を意識した「滞在

の魅力」の仕掛けが求められる。

5-2 滞在者にとっての時間軸の視点

 時間の経過とともに環境への順応が生

じることから(井上、2001)、滞在者にと

っての滞在の空間は、当初の非日常感や

新奇性が次第に薄れて、「非日常空間」が

「日常空間」へと変化する。滞在施設であ

る内部空間では、(掃除、洗濯など)日常

生活と同じ行動を伴った暮らしが営まれ

ることから、「滞在者の日頃とは異なる日

常空間」に変化すると言える(図-7、

A → B)。

 したがって、滞在者の視点に立った「内

の空間の仕掛け」によって、緊張や興奮

の持続が緩和され、我が家にいるような

落ち着いたくつろぎとともに、常に新鮮

味を感じさせ、退屈をさせない「異なる

日常空間」を構築していくことが求めら

れる。

 外部空間においても、常に新奇性や非

日常性といった観光地としての魅力・価

値が求められるが、最初は新鮮に映るも

のも回を重ねるごとに順応のメカニズム

が生じる。

 飽きられない観光地であるためには、

常に何らかの新たな価値を加え続けるイ

ノベーションが求められるように(井上、

2011)、滞在者を飽きさせないためには、

「内の仕掛け」と同様に「外の魅力の仕掛

け」を提供し続ける必要がある。

 図-8は、図-7で示した滞在時間の増

加によって生じる飽きや退屈を、新たな

刺激を加えることによって極力小さくす

ることを表している。内と外において、

想定される A → D の流れを、新たな価

値を加え、新たな興味関心を引き起こす

ことによって、A → b → c → d の流れを

作り、A → D’ へと、非日常性を失わな

い、飽きの来ない滞在温泉地しての価値

を保ち続けることが可能となると考えら

れる。

 アンケート結果に見るように非日常性

が失われて日常化するスピードは速い。

滞在空間の視点から、内と外の仕掛けの

相乗効果によって日常化を加速させない

ことで滞在の魅力を保ち続ける必要があ

る。しかしながら、次々に仕掛けをして

いくには各温泉地空間の規模や経済的な

面でも限界がある。滞在者の行動エリア

を広域にとらえた観光行動の広域化や、

近代化の過程で見失われていた温泉地そ

のものの機能や魅力への注目、あるいは

滞在者自らが新しい発見や体験ができる

ような滞在者の主体性を引き出す仕掛け

等により、価値の持続が可能になると考

える。

図-7 順応による非日常空間の日常化

出所:筆者作成

図-8 新たな価値の提供と魅力持続

出所:筆者作成

①宿泊施設(内の空間)

②滞在温泉地エリア(外部空間)

③広域周辺エリア(外部空間)

△:観光対象

観光行動 B

観光行動 A

図-6 空間軸でとらえた魅力の仕掛け

出所:筆者作成

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

6.結論

アンケート結果、現地調査から以下の事

が明らかになった。

① 長期滞在イメージは、現実的な制約の

中で、2~3泊で、「のんびり」してリ

フレッシュする保養と、宿泊施設を拠

点とした観光行動を楽しむものであっ

た。

② 宿泊施設内では、自宅と同様の日常性

の中で「寛げる空間」の要素を、外部

空間においては常に非日常性を持つ

「観光」の要素が求められる。

③ いずれの非日常性も時間とともに新鮮

さが失われ、日常化する速度は速い。

④ 地域宿泊システム型と地域滞在プログ

ラム型が存在し、いずれも温泉地の本

質である「保養」「健康」を目的に滞在

への取り組みが行われていた。

⑤ 宿泊施設側はハードで快適な日常性を

用意するとともに、適度な非日常性を

作り出し、滞在の魅力を持続させるた

めに個性に応じたソフトを用意してい

た。

⑥ 宿泊施設の内の魅力(ハードとソフ

ト)、宿泊施設外の魅力(地域と広域)

に分けて仕組みが存在していた。

 滞在者にとっての温泉地空間は、暮ら

しを営む施設空間、温泉地エリアと、周

辺の広域空間で構成される。これら、旅

行者にとっての非日常空間は、滞在に伴

って「非日常場面」でありながら、「日常

化していく場所」に変化し、非日常性と

日常性を併せ持った空間となる。

 したがって、滞在者の側に立ち空間軸

と時間軸を捉え、両視点から滞在者行動

パターンと滞在型温泉地に求めるイメー

ジに対応した、「内と外」の飽きさせない

ための仕掛けが必要となる。

謝辞

 本研究は JSPS 科研費26360085の助成

を受けたものです。調査を進めるのにあ

たり、各温泉地の方々をはじめ多くの皆

様に多大なご協力をいただきました。こ

こに記して厚く御礼申し上げます。

(1) 観光庁(2008)「滞在力のあるまち」

『いきいき観光まちづくり』、財団法人

日本交通公社(2011~2014)『温泉まち

づくり』、JTB旅館組合(2009)『滞在

型への転換 健康保養温泉地づくり手

引き』、日本観光振興協会(2009)『ヘ

ルスツーリズムの手引き』、日本ヘルス

ツーリズム振興機構「推進地域・施設」

などを参考。(2) 温泉療養に医療保険が適用されてい

るドイツとの交流を通して、予防医学

的な温泉の活用と中長期観光施策と

して、温泉を活用した滞在に「保健」

を適用している(首藤、2013)。(3) 竹田市は日本健康開発財団と慶應義塾

大学先端生命科学研究所と飲泉エビデ

ンス調査などをおこなっている。(4) 「ドイツのクアオルトは自然の治療薬

を活用する病院や治療の施設があり、

医療保険が適用されるほか、景観形成

や環境保全など、様々な条件を備えた

地域で、法律で国が認定した原則的に

「地域」である」(小関、2012)。(5) 地域内の観光案内だけではなく、2007

年の旅行業法の改正により第3種旅行

業者も募集型企画旅行の造成・実施が

可能になった。これにより小規模な旅

行会社や観光協会が旅行商品を造成す

る際のハードルが下がり、地域が主体

となった旅行商品を開発しやすい環境

が整いつつある(財団法人日本交通公

社、2013)。

引用文献

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光価値の創出に関する研究』立教大学

博士学位請求論文、2011年、132-133

頁。

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法人労働科学出版部、2001年、39-40

頁。

・ 一般財団法人 ロングステイ財団「ロン

グステイとは」

  http://www.longstay.or.jp/longstay/

(2015.11.13)

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温泉地における行動傾向」橋本俊哉編

著『観 光 行 動 論』原 書 房、2013 年、

123-157頁。

・ 内田彩「戦後の新聞記事にみる温泉地

の観光化の過程について」日本温泉地

域学会『温泉地域研究』23号、2014年、

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・ 久保田美穂子『温泉地再生 ― 地域の知

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207頁。

・ 小関信行『クアオルト入門~ドイツか

ら学ぶ温泉地再生のまちづくり』書肆

犀、2012年、160頁。

・ 財団法人日本交通公社「日本の温泉地・

旅館は長期滞在に対応できるのか、対

応すべきか」『温泉まちづくり』2011

年、23-48頁。

・ 財団法人日本交通公社「滞在のための

仕組みをつくる」『観光地経営の視点と

実践』2013年、56-73頁。

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ちづくりの提案」日本建築学会『学術

講演梗概集』A-2、2009年、407-408頁。

・ 下村彰男「わが国における温泉地の空

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部演習林報告』90号、1993年、23-95

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目指して~竹田市の独自施策“温泉療

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泉気候物理医学会雑誌』77(1)号、

2013年、37-37頁。

・ 鈴木忠義ほか著・土木工学大系編集委

員会編「ケーススタディ観光・レクリ

エーション計画」『土木工学大系30』

1984年、27-31頁。

・ 十代田朗・原田順子『観光の新しい潮

流と地域』NHK 出版、2011年、18-19

頁。

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日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016

・ 武井裕之・渡辺貴介・安島博幸ほか「江

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の構造に関する研究」日本都市計画学

会『都市計画論文集』24号、1989年、

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・ 辻本千春「ヘルスツーリズムの拠点と

しての旅館活用」国際観光学会『国際

観光学会論集』20号、2013年、17-23

頁。

・ 前田勇『観光とサービスの心理学:第

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・ 前田勇『新・現代観光総論』学文社、

2015年、9頁。

・ 前田勇・姜淑瑛「鹿教湯温泉における

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域学会『温泉地域研究』2号、2004年、

1-8頁

・ 牧野博明・戸田雅裕「温泉地での長期

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『観光研究』21(2)号、2010年、31-39

頁。

・ 山村順次『日本の温泉地』日本温泉協

会、1998年、234頁。

・ 山村順次「温泉地における東日本大震

災の影響と復興支援活動」日本温泉地

域学会『温泉地域研究』17号、2011年、

23-28頁。

【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。】