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広島県医師会速報(第2439号) (13)2020年(令和2年)4月5日 昭和26年8月27日 第3種郵便物承認 広島県医師会 常任理事 渡邊 弘司 令和元年度 広島県医師会 医療安全研修会 −医療安全のトピックス− と き:令和2年1月19日㈰ 午後12時30分 ところ:広島県医師会館 1階 ホール    長谷川剛先生による講演 令和2年1月19日㈰、広島県医師会館にて標記研修会を開催した。平松恵一会長の挨拶に続 いて、苦情相談業務に関する連絡会議について活動報告を行い、上尾中央総合病院特任副院 長 長谷川剛先生より「医療安全の今後の課題」について講演いただいた。当日の参加者は 117名(医師93名、看護師15名、その他9名)であった。以下、概要を報告する。 挨拶(要旨) 広島県医師会 会長 平松 恵一 医療安全は平成11年に発生した横浜市立大学 での患者取り違えや、都立広尾病院での消毒液 の静脈内投与などを契機に社会的関心が高まっ た。約20年経過した現在では当時と比較して医 療安全は格段に向上している。医療安全につい てさまざまな取り組みが行われる中で医療メ ディエーションという考え方も広く知られるよ うになっている。 医療メディエーションは、そもそもは紛争解 決の手段であるが、医療者と患者の良好なコ ミュニケーションを構築する視点から医療安全 に寄与すると考えている。 報 告 苦情相談業務に関する連絡会議活動報告 広島県医師会 常任理事 渡邊 弘司 本会では「医の倫理の向上」「医事紛争の予 防」の視点から、また「医療機関などからの照

令和元年度 広島県医師会 医療安全研修会 - Med昭和26年8月27日 第3種郵便物承認 広島県医師会速報(第2439号) 2020年(令和2年)4月5日(14)

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Page 1: 令和元年度 広島県医師会 医療安全研修会 - Med昭和26年8月27日 第3種郵便物承認 広島県医師会速報(第2439号) 2020年(令和2年)4月5日(14)

広島県医師会速報(第2439号)(13)2020年(令和2年)4月5日 昭和26年8月27日 第3種郵便物承認広島県医師会 常任理事 渡邊 弘司令和元年度 広島県医師会 医療安全研修会−医療安全のトピックス−と き:令和2年1月19日㈰ 午後12時30分ところ:広島県医師会館 1階 ホール   

長谷川剛先生による講演 令和2年1月19日㈰、広島県医師会館にて標記研修会を開催した。平松恵一会長の挨拶に続いて、苦情相談業務に関する連絡会議について活動報告を行い、上尾中央総合病院特任副院長 長谷川剛先生より「医療安全の今後の課題」について講演いただいた。当日の参加者は117名(医師93名、看護師15名、その他9名)であった。以下、概要を報告する。挨拶(要旨)広島県医師会 会長 平松 恵一 医療安全は平成11年に発生した横浜市立大学での患者取り違えや、都立広尾病院での消毒液の静脈内投与などを契機に社会的関心が高まった。約20年経過した現在では当時と比較して医療安全は格段に向上している。医療安全についてさまざまな取り組みが行われる中で医療メディエーションという考え方も広く知られるようになっている。 医療メディエーションは、そもそもは紛争解決の手段であるが、医療者と患者の良好なコミュニケーションを構築する視点から医療安全に寄与すると考えている。報 告苦情相談業務に関する連絡会議活動報告広島県医師会 常任理事 渡邊 弘司 本会では「医の倫理の向上」「医事紛争の予防」の視点から、また「医療機関などからの照

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昭和26年8月27日 第3種郵便物承認 2020年(令和2年)4月5日(14)広島県医師会速報(第2439号)会」に対応するため苦情相談事業を行っている。平成27年度からは広島県行政(医療安全支援センター)、広島市行政(医療安全支援センター)、広島市医師会と本会で連絡会議を行っている。相談については内容を分類して集計しているが、相談件数は圧倒的に行政が多い。これは行政と医師会が行っている一般県民への広報の差も関係していると考える。相談内容としては、医療行為・医療内容に関するものが多いが、相談機関に共通する一定の法則などはみられない。 具体的な相談の内容については、事例集を作成し会員に共有したいと考え進めているところである。本来であればすでに完成している予定であり、本日お手元に届けたいと考えていたが、昨年末に厚生労働省より応招義務に関する通知が出たことにより、内容を一部変更する必要が生じたため、再度編集しているところである。講 演医療安全の今後の課題上尾中央総合病院 特任副院長 長谷川 剛 「安全とは何か?」、米国医学研究所のレポート「To Err is Human」によると「患者安全とは診療中に患者に予防可能な傷害が発生しないこと」である。「To Err is Human」では、医療は航空や原子力など他の業界から学ぶことが提言されている。しかし、他の業界で有効とされている安全対策を医療に導入しても、前提条件が異なるため、うまくいくものもいかないものある。これは、医療安全に長年携わってきての正直な感想である。医療が航空業界や原子力業界と異なる点として、人的関与の割合が圧倒的に大きい、不確定要素が多い、資源の不足、状況の変化(進歩が著しい)、癒しの技術であるという特性を持っていることが挙げられる。厚生労働省としても医療法に医療安全に関する委員会の設置や医療安全管理者を置くことを定めるなど医療安全対策を進めており、4年前には医療事故調査制度も開始された。 これまでの医療安全に対する取り組みは、マニュアルを作成し、チェック項目を増やすことにより安全を実現しようとするものであった。チェック項目を増やすことが安全対策になっているかというと、そのこと自体は間違いではないが、どこが重要なポイントなのかを見極める必要がある。例えば看護師による投薬プロセスでは、確認行為自体は行われているが、何についての確認をしているのか確認相手に明確に伝

わっていないために、結果として確認が機能していないような場合も見受けられる。教育面でいうと、少なくとも薬効や副作用については、理解しておく必要がある。実際に副作用が発現した場合は、患者の訴えに耳を傾け、真摯に対応することが重要である。 自動車事故を例にとって事故の発生原因を考えると、ブレーキが壊れていたという「技術・機械の問題」、ブレーキとアクセルの踏み間違いという「人的要因」、過労・職場での圧力・経済的圧力という「組織・社会的要因」、危険に気付いたが避けられなかったという「対応能力」で捉えることができる。これらを医療事故に置き換えてそれぞれの対策を考えると、「技術・機械の問題」は保守点検や機器管理で対応する。「人的要因」については、危険が発生しそうな箇所に物理的な制約を加える(foolproof、fail-safe)ことによりヒューマンエラーを回避する。「組織・社会的要因」にはノンテクニカルスキル(コミュニケーション、チームワーク、リーダーシップ、状況認識、意思決定などを包含する総称)やTeam STEPPS(医療のパフォーマンスと患者安全を高めるためにチームで取り組む戦略と方法)で対応する。「対応能力」については、レジリエンスが解決策となり得る。それぞれの要因ごとにさまざまな対策がされているが、医療安全に対する100点満点の対策はない。 レジリエンスは、日本語では「復元力」と訳すことができ、安全をいかなる状態からも成功させるための能力と定義する。安全には、Safety-IとSafety-IIの二つ定義がある。Safety-Iは、受け入れがたいリスクを有していないことと定義され、失敗の数を減らし、失敗の原因を取り除くことで再発を防ぎ、安全の実現を目指すものである。そのため、ルールを作ってそのルールを守らせるだけのマニュアル主義や、違反者を厳しく罰する厳罰主義に陥ることがある。Safety-IIは、いかなる状態でも物事をうまく運ぶ能力と定義され、人間の柔軟性が危険なシステムを安全に機能させているとの前提に立ち、失敗を理解するために、通常どのように成功しているかを理解することで安全を実現しようとしている。Safety-IIでは、臨機応変に対応する能力が求められているが、その能力を活かすためには、Safety-Iの考えに基づいた標準手順が確立され、ノンテクニカルスキルが獲得されていることが前提条件となる。 Safety-IIを現場で実践する場合、レベル0、1、2の重大事故に至っていないインシデントレ

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広島県医師会速報(第2439号)(15)2020年(令和2年)4月5日 昭和26年8月27日 第3種郵便物承認ポートを活用するのがよいと考える。なぜ重大事故に至ることなく軽微な事故で済んだのか、なぜ見つけられたのか、見つけた人はどのように当事者に伝えたのか、どのように修正してうまくいったのかを考えることができる。レベル0、1、2の事例は、重大事故には至らなかったため、ポジティブで利用しやすい側面もある。間違いに気付いて率直にそれを指摘・進言できることは、最も安価で重要な安全対策である。 医療は国民皆保険制度の中で行われているが、賠償の概念は交通事故などと同様の考え方がされており、医療には、無過失補償制度導入が望ましいと考える。また、紛争解決には対話をベースとしたメディエーションの概念の利用すること。経験・教訓を共有するための仕掛けとしてテクニカルスキル・ノンテクニカルスキルの教育。これらが医療安全に関する今後の課題であると考える。質疑応答【フロア】 レジリエンスや医療の複雑適応系という概念を学ぶのにおすすめの書籍があれば教えてほしい。【長谷川先生】 レジリエント・ヘルスケア(エリック・ホルナゲル著/中島和江 訳)は有名であるが難解である。つい最近発刊されたレジリエント・ヘルスケア入門(中島和江 編著)は比較的分かりやすい。芳賀繁先生(立教大学名誉教授)が近いうちに関連する書籍を発刊する予定と聞いており、その書籍が出たら推薦書籍となるかもしれない。【フロア】 Safety-IIを現場で実践する手段として、インシデントレポートを活用する方法をいわれていたが、一つの医療機関の中では内容に偏りがある。医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業を活用すると、標準化されたデータが集まると思うが、機構の中にそのような考えはないのか?

【長谷川先生】 機構としてその発想はまだないと思う。医療安全のために、これ以上新たな別の取り組みを行って、現場に負荷をかけるのは難しいため、今あるものを活かすという発想でインシデントレポートの活用を提案している。個々の医療機関のインシデントレポートを活用することにより、その医療機関の特有のリスクに対応することができると考える。【フロア】 薬剤師の疑義紹介も同様に使えると考えるがいかがか?【長谷川先生】 疑義照会も利用可能と考える。また、病院によっては、プレアボイドといって検査データを薬剤師が把握し、用量のみならず飲み合わせや副作用などを指摘し、患者の不利益が軽減した事案を収集しているが、これは薬剤師にとって非常に重要な情報となる。担当理事コメント このたびの講演のポイントは、「これまでの医療安全に対する取り組みは、マニュアルを作成し、チェック項目を増やすことにより安全を実現しようとするものであった。チェック項目を増やすことが安全対策になっているかというと、そのこと自体は間違いではないが、どこが重要なポイントなのかを見極める必要がある」という言葉に尽きる。マニュアルやダブルチェックにこだわると、その行為を行うことに集中しすぎて、医療安全として本来なすべき配慮ができなくなる。むしろ、チェックポイントを絞りSafety-IIが示すような“うまくいった理由”を検証し現場に取り入れる視点を持つことにより、アクシデントに対し柔軟に対応できるようになる。ぜひこのたびの講演内容を現場に役立てていただきたい。学会・研修会等 Web申込受付一覧広島県医師会HPから下記の申し込みを受け付けております。4/11㈯ 開催 医療事故調査制度対応支援委員・外部委員研修会 4/7締切5/15㈮ 開催 HIPRACオープンカンファレンス(乳がん) 4/30締切5/17㈰ 開催 第38回ゴルフ大会 4/13締切7/5㈰ 開催 第25回広島県医師クラブ対抗テニス大会 6/1締切 広島県医師会 医師のみなさまへ   検索 お知らせ