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はじめに 日本で仮想通貨の話題を出すと、多くの場合20142 月に破綻したビットコインの交換所「マウントゴックス」 のイメージで、やや否定的に語られる場合が多いかもしれ ない。しかし、欧米では仮想通貨は多くのベンチャー企業 も進出する有望なビジネス領域として捉えられており、普 及が進むとともに、その低い手数料は他の決済手段の多様 化を加速している。本稿では仮想通貨の普及状況と、決済 手段の多様化との関係について概説する。 仮想通貨の価値 まず初めに、いわゆる電子マネーと仮想通貨の違いを <表1に示しておく。電子マネーも仮想通貨も共に明確 な定義は存在しないが、ここでは強制通用力を有する法定 通貨(法貨)との連動性のあるものを広義の電子マネー、 連動しないものを仮想通貨と置いている。 この表に示されているとおり、ビットコインはこれまで 仮想世界などで使われていた仮想通貨とも異なり、発行主 体が(中央銀行であれ一企業であれ)集中管理を行ってい ないことが際立った特徴となっている。 中央銀行が発行する法貨は一定の価値が担保されてい る。例えば日本銀行券であれば、日本銀行による物価安定 目標に沿って価値の担保が行われている。他方、ビットコ インの場合は発行総額の上限が定まっている 1 ことによっ て間接的に価値は担保されているが、直接他の財やサービ スと比較して価値が定められているわけではない。そのた め、ビットコインの価値は天然資源などと同様に考えられ、 変動が大きくなりやすいことが、性質上ビルトインされて いる。 ただしこの点については逆に、通貨価値の不安定な国に とってはメリットと見なされ、通貨危機などの際にビット コインが資産の「逃げ場」となる事がある。実際、133 月のキプロスにおける金融危機の際には、そのような事態 が発生したと言われている。 他の仮想通貨 ビットコインに対して、ライトコインやドージーコイン といった類似の仮想通貨(代替の意味で「オルタコイン」 とも言われる)も数百種類が登場している。そのほとんど がビットコインと同様の分散管理型のメカニズムを踏襲し 決済手段の 多様化を促進する 仮想通貨の普及 未来社会・産業研究部 上席主任研究員 廣瀨 明倫 レポート 28

多様化を促進する 仮想通貨の普及...Report ている。本稿執筆時点(14年11月)で、ビットコインの ドルベースでの時価総額は約5,800億円(1ドル=115円

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はじめに

 日本で仮想通貨の話題を出すと、多くの場合2014年2

月に破綻したビットコインの交換所「マウントゴックス」のイメージで、やや否定的に語られる場合が多いかもしれない。しかし、欧米では仮想通貨は多くのベンチャー企業も進出する有望なビジネス領域として捉えられており、普及が進むとともに、その低い手数料は他の決済手段の多様化を加速している。本稿では仮想通貨の普及状況と、決済手段の多様化との関係について概説する。

仮想通貨の価値

 まず初めに、いわゆる電子マネーと仮想通貨の違いを

<表1>に示しておく。電子マネーも仮想通貨も共に明確な定義は存在しないが、ここでは強制通用力を有する法定通貨(法貨)との連動性のあるものを広義の電子マネー、連動しないものを仮想通貨と置いている。 この表に示されているとおり、ビットコインはこれまで仮想世界などで使われていた仮想通貨とも異なり、発行主体が(中央銀行であれ一企業であれ)集中管理を行っていないことが際立った特徴となっている。 中央銀行が発行する法貨は一定の価値が担保されている。例えば日本銀行券であれば、日本銀行による物価安定目標に沿って価値の担保が行われている。他方、ビットコインの場合は発行総額の上限が定まっている※1ことによって間接的に価値は担保されているが、直接他の財やサービスと比較して価値が定められているわけではない。そのため、ビットコインの価値は天然資源などと同様に考えられ、変動が大きくなりやすいことが、性質上ビルトインされている。 ただしこの点については逆に、通貨価値の不安定な国にとってはメリットと見なされ、通貨危機などの際にビットコインが資産の「逃げ場」となる事がある。実際、13年3

月のキプロスにおける金融危機の際には、そのような事態が発生したと言われている。

他の仮想通貨

 ビットコインに対して、ライトコインやドージーコインといった類似の仮想通貨(代替の意味で「オルタコイン」とも言われる)も数百種類が登場している。そのほとんどがビットコインと同様の分散管理型のメカニズムを踏襲し

決済手段の多様化を促進する仮想通貨の普及

未来社会・産業研究部上席主任研究員

廣瀨 明倫

レポート

28

Report

ている。本稿執筆時点(14年11月)で、ビットコインのドルベースでの時価総額は約5,800億円(1ドル=115円で換算)で、仮想通貨全体の時価総額の約90%を占めており※2、比較的ドミナントな性格を有している。ただ、仮想通貨自体はビットコインを含めて見ても、ドルや円といった法定通貨に比較すると発行総額はまだまだ小さい(例えば日本円の場合は14年10月末時点のマネタリーベースで約260兆円)。従って、今後仮想通貨の利用が拡大していくにつれて、ビットコインと他の仮想通貨の利用状況が、どのように推移していくのかが注目される。

決済・送金

 ビットコインの送金自体は非常に簡単であり、送金先のビットコインアドレスと呼ばれる記号列(口座番号)に対して、自分の送金元の口座番号から送金額の指示を出すだけである。通常はインターネット接続を有したスマートフォンやタブレットがあれば対応可能であり、受け取りに特化した場合は、2次元コードなどで上記の口座番号を示すだけで良く、機器類は不要である。その簡便さから欧米では小さな飲食店や小売店でも導入されている。 この送金指示情報は全世界のインターネット上でP2P

型接続※3されたビットコインの取引を行うネットワーク上で共有され、おおむね10分以内に、「マイナー(採掘者)」

と呼ばれる者によって確定される(つまり、送金が承認されたことになる=ビットコインが送金先のアドレスに移動したことになる)。 送金に必要な手数料は、マイナーにビットコインの形で支払われる。なお、マイナーは約10分ごとに世界中から送信されたビットコインの送金指示情報を取り集め、大型の専用計算機を活用してハッシュ計算※4と呼ばれる演算を行い、送金記録の改ざんが困難になる「細工」を施している。送金記録の確定にあたっては、複数のマイナーが競争し、条件を満たした「細工」ができた者だけに送金手数料と新たに採掘されたビットコインが支払われる(採掘料は本稿執筆時点で25BTC、約113万円。<図1>参照)。 なお、ビットコインの送金手数料は、これまでの決済手段に比較して極めて安価である。例えばクレジットカードの場合には、決済ネットワーク上でカード発行業者・加盟店業者・決済代行業者・国際決済ブランド業者など多数の業者を経る必要があり、5~ 10%の決済手数料が発生すると言われているが、ビットコインの場合には上記のマイナーを除き、そのような中間媒介者が存在しない。それにより1%以下となるような安価な手数料を実現しており※5、特に海外送金や小額決済(マイクロペイメント)については大きなニーズがあると考えられる。 他方、決済手段については近年、ICカード型や携帯内蔵型の電子マネーが市場を伸ばしてきていたが、最近ではク

表1 

出典:EY総合研究所(株)作成

電子マネー(広義) 法貨(法定通貨)と連動

集中管理型

ポストペイ型

ICカード・携帯内蔵型 おサイフケータイなどサーバ管理型 通常のクレジットカードなど

プリペイド型(電子マネー:狭義)

ICカード・携帯内蔵型 交通系電子マネー・おサイフケータイなど

サーバ管理型

仮想通貨 法貨と連動しない

仮想世界などで利用可能な通貨*

分散管理型 ビットコイン、ライトコインなど

*ビットコインなどに類似する通貨の一部は、集中管理型のものがある

・決済手段の簡易化(スマートフォン利用など)・ウェブサイトへの簡易な決済手段導入  が進展

・途上国で携帯電話事業者による簡易送金が普及

EY総研インサイト Vol.3 February 2015 29

図1 

出典:EY総合研究所(株)作成

レジットカードの決済を簡易化する方法が幾つか考案されており、いわゆる「ドングル」と呼ばれるカード読み取り機をスマートフォンのイヤホンジャックに差し込んで利用できる方式などが利用されている(<表1>参照)。専用機を利用するよりも圧倒的に低いコストでの、店舗への決済システム導入が可能であるため、これまでクレジットカードの導入が進まなかった小規模店舗にも普及が進むと期待されている。さらにトークンと呼ばれる認証用の代理データを利用することで、電子商取引のウェブサイトに、簡易にクレジットカードの決済手段を導入する方法も普及してきている。 また、発展途上国では携帯電話事業者が提供する決済手段が、銀行口座を持つことができない人々にとって、簡易に送金を行うことができるインフラとして普及してきている。 仮想通貨の普及は、このような決済手段の多様化の流れと同時並行的に生じており、これらの決済手段も仮想通貨の低い手数料を意識せざるを得なくなってきている。仮想通貨の利用も含めた決済手段の多様化は、競争環境の激化とともに今後さらに加速していくものと考えられる。

安全性と環境整備

 マウントゴックスの破綻以降も、ビットコインの送金メカニズムを支える中心となるハッシュ計算や、送金に利用される公開鍵暗号システム※6そのものについては、改ざんなどが行われた形跡は見られない。そのため、上記破綻以

降も、ビットコインそのものに対する信頼は失われず、取引も継続的に行われている。また、特に欧米においては、大手の衛星放送事業者や電子商取引事業者が支払時のビットコイン受け入れを表明するなど利用が拡大するとともに、多様なベンチャー企業が仮想通貨の関連ビジネスに参入し、活況を呈している。 他方、日本においては上記破綻を受けた報道の影響などもあり、欧米ほどの活況は残念ながらまだ見られない。しかし、14年6月には自由民主党のIT戦略特命員会委員長および資金決算小委員会小委員長名で、仮想通貨への対応に関する中間報告が提示され※7、この中で仮想通貨(中間報告では「価値記録」と定義されている)に関する法令面での解釈が示され、例えば交換所(仮想通貨と法貨の交換を行う場所)において利用者から預かった交換資金は出資法上の「預り金」規制には該当しないとするなど、全体としては仮想通貨関連の事業を可能な限り既存の規制の対象から外すとともに、業界の自主的な対策を積極的に促進するという方向性が打ち出されている。さらに中間報告を受けて、14年10月には業界団体である「日本価値記録事業者協会」の設立が発表されている。 上述の通り、日本で仮想通貨関連の事業を進める環境は一通り整ってきているが、マウントゴックス破綻が関係者に与えた影響は現時点でも大きいと思われる。従って特に交換所においては、金融商品に関するリスク対策などこれまでに蓄積された知見なども適宜参考にしながら、リスク管理態勢を整備することも必要であると考えられる。

ビットコインの送金指示情報 専用のネットワークで共有 記録を確定できたマイナーが報酬・手数料を獲得 B

マイナー

マイナー

マイナー

マイナー

マイナー

マイナー

送金者の署名

30

Report

今後

 仮想通貨は分散管理が行われる点で、インターネットと類似した性質を有している。そのインターネットも、登場した当時は「一カ所で責任を持って管理されないネットワークは早晩破綻する」と言われていたこともあったが、現在では社会を支える必要不可欠なインフラとして、その存在意義を疑う者はいない。着実に広がりを見せる仮想通貨についても、同様の事が起こり得るのではないだろうか。また、仮想通貨を支えるメカニズムは、決済手段にとどまらず、さまざまな権利(例えば何かの財産に関する所有権など)を他者に移転していくための機構としても利用可能であり、その他にも多様な応用展開が欧米では議論されている。 しかし現時点では、欧米と日本のビジネスにおける取組状況は上記の通り大きく異なってきている。この初期における違いが、彼我の競争力の差となって定着してしまわな

いかどうか、インターネットの普及で後こう

塵じん

を拝した日本が、その後の情報通信ビジネスにおいても続けざまに「敗戦」を経験した過去に鑑みても、非常に気になるところである。関係者・関係事業者の引き続きの努力を期待するとともに、仮想通貨に対する「偏見」がまだ残っているようであれば、本稿がそれを取り除く一助になれば幸いである。

※1 2,100万BTC(ビットコインの通貨記号)が上限※2 http://coinmarketcap.com/ より※3  センターサーバーなどが存在せず、各コンピューターが対等の立場でネット

ワークに接続する形態※4  多様な文字列から、一定の長さの別の文字列を作り出す計算方式。作り出し

た文字列から、元の文字列を再現するのが非常に困難であるという一方向性を持つ

※5 送金額により異なる※6 公開鍵と秘密鍵のペアで、暗号化や電子署名を行う方式※7  「ビットコインをはじめとする『価値記録』への対応に関する【中間報告】」

http://activeictjapan.com/pdf/kachikiroku_20140618.pdf

EY総研インサイト Vol.3 February 2015 31