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1 「フィリピンの児童労働と子どもの参加」 国際学部国際学科 国際政治経済コース 牧田 東一ゼミ 学籍番号 20527134 周防 香苗

「フィリピンの児童労働と子どもの参加」...4 第1章 子どもの権利と児童労働 第1章では、経済のグローバル化にともなう子どもの人権問題を解決するため、制度のグロー

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「フィリピンの児童労働と子どもの参加」

国際学部国際学科 国際政治経済コース 牧田 東一ゼミ

学籍番号 20527134 周防 香苗

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目次

目次 ............................................................................................................................................................. 2 はじめに ..................................................................................................................................................... 3 第1章 子どもの権利と児童労働 ............................................................................................................. 4 第 1節 国連子どもの権利条約 ............................................................................................................. 4

○子どもの権利条約の歴史的背景 ...................................................................................................... 4 ○子どもの権利条約の内容 ................................................................................................................. 4 ○子どもの権利条約の意義 ................................................................................................................. 5

第 2節 児童労働とは ............................................................................................................................ 5 ○児童労働とは何か ............................................................................................................................ 5 ○児童労働者の数と地域 .................................................................................................................... 6 ○児童労働の形態と子どもへの影響 .................................................................................................. 7

第 3節 児童労働の発生要因 ............................................................................................................... 10 ○供給側の要因 ................................................................................................................................. 10 ○需要側の要因 ..................................................................................................................................11

第 2章 フィリピンにおける児童労働 .....................................................................................................11 第 1節 フィリピンについて ............................................................................................................... 12 ○フィリピンの社会情勢 .................................................................................................................. 12 ○フィリピンの歴史 .......................................................................................................................... 13

第 2節フィリピンの児童労働 ............................................................................................................... 14 ○フィリピンの児童労働の現状 ....................................................................................................... 14 ○労働の形態 ..................................................................................................................................... 14

第 3章 フィリピンにおける子ども参加 ................................................................................................ 19 第 1節 子ども参加について ............................................................................................................... 19 ○権利としての子ども参加 ............................................................................................................... 19 ○正当な子ども参加のために ........................................................................................................... 20 ○国内的レベルでの取り組み ........................................................................................................... 22 ○国際的レベルでの子ども参加 ....................................................................................................... 23

第 2節 フィリピンにおける子ども参加 ............................................................................................ 24 1.フィリピンにおける子ども参加の定義 ......................................................................................... 24 2.子ども参加を実行する上で、大切なこと ................................................................................... 24 3. 困難を乗りこえる力:リジリエンシー ..................................................................................... 24

第 3節 フィリピンの NGO の取り組み ................................................................................................ 28 ○ TATAG Foundation(Tayo Ang Ting At Gabay=私たち自身が声であり道標である) ........... 28 ○ プレダ基金(人々の回復、エンパワーメントと発展の支援基金:Peoples Recovery, Empowerment and Development Assistance Foundation) .......................................................... 35

おわりに ................................................................................................................................................... 36 参考文献リスト ................................................................................................................................. 37

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はじめに

筆者は大学に入って、途上国の子どもたちの生活や置かれている環境について知りたいと思い、スリ

ランカ、カンボジアやフィリピンへ行った。そこで、働く子どもを目の当たりにした。ゴミ山や街中で

廃品収集をする子ども、路上で寝泊りしながら物乞いをする子ども、新聞・雑誌売りをする子ども、観

光地で必死に物売りをする子どもなどである。路上で出会った子どもたちの多くは、服もボロボロでと

てもやせていた。生きていくために必死で働かなければいけない状況にあるということを、ひしひしと

感じた。

こうした児童労働を禁止するための条約が存在するものの、発展途上国では多くの子どもが貧困下で

労働を強いられ、弱い立場に立たされている。こうした子どもは見えない存在となり、法律できちんと

保護されていない場合が多い。子どもたちは、法的には存在するはずのない労働者として無視され、排

除される。過酷な労働を強いられるだけでなく、子どもとしての最低限の権利である適切な教育を十分

に受けることも出来ず、栄養不良に陥ったり、HIV/エイズの被害にあったり、病気や怪我の場合でも適

切な治療をうけられない。また労働者として安全で公正な労働環境の下できちんとした賃金を貰い働く

権利をも奪われている。これは明らかな人権侵害であるし、彼らは子ども時代を享受できていないと感

じた。

このような児童労働の大きな原因は貧困だと考えられている。グローバル化が進行するなかで、世界

全体における貧富の格差は深刻なものになっている。2001 年、国連人口基金は、世界の人口の 20%を

占める最も豊かな層が世界の個人消費総額の 86%を占め、最も貧しい 20%の層は 1.3%しか消費してい

ないと発表した[UNFPA 2001:11]。グローバル化によって経済の国際的統合が格差の拡大をもたらして

いる現在、児童労働は単なる途上国の問題というだけでなく、所得最上位層に属する先進国の国民も考

えていかなければいけない問題なのである。

この論文では児童労働を考える上で、発展途上国の中でもフィリピンの子どもたちが置かれている状

況に焦点を当てたい。フィリピンに焦点を当てるのは、筆者が訪れたアジアの中で、識字率が比較的高

く、児童福祉に対する活動が盛んに行われており、マニラなどの都市には高級ビルなどが立ち並ぶ一方

で、国民の半数以上が最貧困層であり、児童労働者が多いことに関心を持ったからである。

はじめに子どもの権利条約や世界的な児童労働の問題を明らかにした上で、フィリピンの児童労働問

題を見ていきたい。フィリピンの経済・社会の状況をふまえたうえで、児童労働の現状や、児童労働が

子どもに与える影響について検証する。そして児童労働に従事する中で虐待されたり、権利が奪われて

いる子ども自身が児童労働の問題や子どもの権利について知り、積極的に社会に参加していくために

NGO はどのようなアプローチをしているのか、現状や課題について明らかにしたい。

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第1章 子どもの権利と児童労働

第1章では、経済のグローバル化にともなう子どもの人権問題を解決するため、制度のグロー

バル化として採択された国連子どもの権利条約の歴史的背景や内容について概説する。そして、

こうした権利条約があるにもかかわらず、無くならない児童労働について、その定義・形態や

現状更に発生要因について述べたい。

第 1 節 国連子どもの権利条約

○子どもの権利条約の歴史的背景

極端な貧困と極端な富みと資源の消費、いわゆる先進国と第 3 世界との社会的経済的生活の格差の増

大によって、地球上の人間関係・社会関係に腐敗が生じ、子どもはその最大の犠牲者となってきた[大

田 1990:11]。 途上国では、子どもが貧困のために児童労働をし、更には 6 億人の子どもが1日 1 ドル以下の生活を

しいられ、5 人に 1 人が 5 歳まで生きることが出来ず、1600 万人がエイズで親を失い、また紛争に巻き

込まれやすい[save the children HP 2007/11/13]。一方、先進国でも親や教師からの虐待、いじめ、

遊びの喪失、教育荒廃、麻薬、非行、少年・少女の犯罪、性的搾取などの重大な問題に直面している。

相互に構造的な関連を持ちながら進行しているこのような子どもたちの危機的な状況の克服の重要性

が高まった「永井・寺脇 1990:13」。 そうした中で生まれたのが、1989 年に採択された「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」で

ある。この条約は 18 歳未満の子どもが持つ基本的人権の尊重を促進し、権利侵害を受けている子ども

の救済と保護だけでなく、自らの意思で決定し、享有する権利の主体としておとなの社会に積極的に参

加する権利があることを認めた[永井 1990:12-19]]。 この条約の淵源は 1924 年の「子どもの権利に関するジュネーブ宣言」や 1959 年の「子どもの権利

宣言」である。両宣言とも、人類は子どもに対し、最善のものを与える義務を負うことを確認した上で、

子どもたちを保護することを定めている。しかし、宣言であるために法的な拘束力がなかった。 そこで、1979 年の国際児童年を子どもの権利条約起草の契機として、法的拘束力を有する条約起草

のために国連人権委員会の加盟国・非加盟国の専門家、NGO やユニセフなどの国際機関が協力をし、

子どもの権利条約が 1989 年 11 月 20 日に国連総会で採択された。2006 年 12 月の時点で、米国とソマ

リアを除く世界 193 カ国が批准している[ユニセフ HP 2007/11/13]。

○子どもの権利条約の内容

この条約は 54 条からなる。締約国は条約の趣旨に沿って法律、制度、政策、慣習などを改善するこ

とが求められ、児童の権利委員会に対し、条約の規定を遵守するために取った措置について定期的に報

告する義務がある。また、権利保障のために国際協力や二国間・多数国間の国家の義務を定めている。

条約はそれぞれ 1 つの権利について規定しているが、ユニセフはこれを大きく分けて生存・発達、保護、

参加の 4 つに分類している。

①生存の権利-子どもの生きる権利と基本的ニーズのことである。親を知ること、親と分離されないこ

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とや、適切な生活水準・安全な住まい・きちんとした栄養・医療サービスを受けられることが含まれ

る。 ②発達、成長の権利-親、家族、周囲の大人や国の援助の下で、子どもが健やかに発達・成長し、自分

の能力を最大限に伸ばすようにできることを保障。教育・遊び・余暇活動・文化活動などへの参加な

どがこれに入る。 ③保護される権利-特に困難な状況下で被害にあっている子どもが保護されることをいう。難民・少数

民族・先住民や障害を持った子どもへの特別な保護や有害労働、薬物乱用、誘拐、暴力、経済的およ

び性的搾取、虐待、誘拐、売買、暴力、武力紛争への巻き添えから子どもたちが保護され、そして犠

牲になった場合にきちんとした救済をされることが含まれる。 ④参加の権利-子どもが家族、地域社会や国においてその年齢や習熟度に応じて積極的な役割を果たす

ことが認められる権利である。意思表明権や、自分たちの生活に影響がある事柄に関する情報にアク

セスしたり、自分の意見を発言したり、団体を作ったり、加入したり、平和的な集会に参加する自由

が含まれる[ユニセフ 1993:2]。

○子どもの権利条約の意義

子どもの権利条約は子ども差別からの解放といっても良いかもしれない。これまで子どもは「弱く、

無知で、無思慮で、まともな判断ができない存在」、「親や大人の言いなりになる存在」として見られて

きた。大人は子どもの成長を願う一方で、大人の価値観を一方的に押し付けたり、子どもが意見を言っ

ても「子どもだから」と認めようとはしなかった。このように大人が子どもの意見や価値観を認めなけ

れば、子どもが本来持っている能力は失われていき、子どもたちは自信や将来の目標が持てなくなり、

社会から逃避をしてしまう[名取 1996:111]。 子どもの権利条約では今までの「子ども観」を拭い去り、子どもにも大人と同じような「基本的人権」

があり、子どもたちが主体的に、前向きに生きる権利があることを保障した。「子どもだから」といっ

て蔑視されるのではなく、子どもが一人の人間として認められ、大人と対等な関係を結べるように導く

きっかけになったのではないだろうか。 各国はこの条約の精神を理解し、広め、基準を満たすために国内法を改正し、見えない存在になって

いる子どもたちを、姿の見える存在にしていくことに力を入れて取り組む必要がある。 第 2 節 児童労働とは

第 1 節で紹介した国連子どもの権利条約の 32 条から 38 条までは、子どもたちを経済的搾取、有害な

労働、麻薬や向精神薬、性的搾取や虐待、誘拐、売買、取引の防止、拷問の禁止、武力紛争からの保護

など、子どもをあらゆる形態の搾取から保護することを規定している[大田 1997:41]。しかし、現実で

は今も多くの子どもたちが労働によって搾取され、子ども時代を享受できず、人権を侵害されている。

本節では、児童労働について詳しく見ていきたい。

○児童労働とは何か

児童労働の定義については意見の相違が多く、統一的な見解はないとされている。労働の範囲や子ど

も時代の範囲さえも、社会文化的背景や国の開発レベルによって変わってくる[OECD 2005:14]。 1919 年の創立以来、児童労働の撤廃について積極的に問い組んできた国際労働機関 ILO(以下 ILO)

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は、就業最低年齢に関する条約(138 号)1と最悪の形態の児童労働条約(182 号)2に則り、児童労働を 1.就業最低年齢(15 歳、途上国では 14 歳も可、軽易労働は 13 歳、途上国では 12 歳も可)以下の子どもによ

る経済活動、及び、2.最悪の形態の児童労働に定義されている、18 歳未満の子どもによる最悪の形態の

労働と定義している[ACE 2006:3]。 ILO のこの定義については意見の相違も多く、全世界共通の見解ではないのが現状である。初岡は、

子どもが働くことは必ずしも悪いことではなく、健康にとって有害ではなく、学校に通いながら行う家

族への手伝いや簡単な労働は家族の一員として当然であるし、成長をするうえで大切だと述べている。

その上で、問題とされる児童労働とは子どもの健康や身体的・精神的発達に害を与え、教育の機会や大

切な子ども時代を奪うような幼いものに対する強制的、搾取的、過酷な労働を強いることがあると定義

しており、筆者もこれを参考にしたい[初岡 1997:7]。 ○児童労働者の数と地域

実際に世界で働く子どもの数やどのような場所で働いているのかを把握することは難しい。途上国の

ほとんどの国の政府は、法定就業年齢未満の働く児童に関する情報は収集しない、または収集する能力

がない。また、先進国では違法がばれるのを恐れて隠してしまうという理由が挙げられる。

それでも ILO 統計局の推定によると、2004 年における 5 歳~14 歳の働く子どもの数は 2 億 1800 万

人、5 歳~17 歳の危険で有害な労働に携わる子どもの数は 1 億 7100 万人にのぼるとしている。地域別

に見ると、アジアに約 64%、アフリカに 26%、中南米・カリブ海地域に 3%おり、アジアが依然として

働く子ども(5 歳~14 歳)の数が最も多く、その数 1 億 2,200 万人と推定される。アフリカでは約 5000 万

人の子どもが働いていて、同年齢層に占める児童労働者率は最も高く、14 歳以下の子どもの約 3 割が

働いていることになる[ACE 2006:2]。なお先進国の児童労働者の割合 1%以下とされている[石

2005:99]。 前述したように、各国における正確な児童労働者数は明確ではないが、ユニセフの複雑指標クラスタ

ー調査(MICS)3では児童労働活動に従事した 5-14 歳の子どもの比率が最も高いのは二ジュール(67%)で、

1 1973 年に採択された、就業が認められるための最低年齢に関する条約。児童労働の廃止と若年労働者の労

働条件の向上を目的に、就業最低念連を義務教育終了年齢と定め、15歳を下回ってはならないとする。しか

し、開発途上国においては 14歳も認められている。

若年者の健康、安全、道徳を損なうおそれのある就業については 18歳に引き上げられる。軽易労働について

は、13歳以上 15歳未満(途上国においては 12歳以上 14歳未満)の者の就業が認められている。 2 1999 年に採択された、最悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃のための即時の行動に関する条約。最悪の形

態の児童労働は次のように規定される。 a. 児童の人身売買、武力紛争への強制的徴集を含む強制労働、債務奴隷などのあらゆる形態の奴隷労働ま

たはそれに類似した行為 b. 売春、ポルノ製造、わいせつな演技のための児童の使用、斡旋、提供 c. 薬物の生産・取引など、不正な活動に児童を使用、斡旋または提供すること d. 児童の健康、安全、道徳を害し、心身の健全な成長を妨げるような危険で有害な労働 3複雑指標クラスター調査とはユニセフが実施している児童労働に関する調査である。指標は、調査の時点に

おける児童労働に従事した 5-14 歳の子どもの比率である。子どもは以下の条件で児童労働に従事したとみな

す。(a) 5-11 歳の子どもで、調査期間の直前の週に少なくとも 1時間の経済活動に従事しているか、もしく

は少なくとも 28時間の家事労働に従事している。(b)12-14 歳の子どもで調査期間の直前の週に少なくとも

14時間の経済活動に従事しているか、もしくは少なくとも 28時間の家事労働に従事している。

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トーゴ(63%)、シエラレオネ(59%)、ガーナ(57%)、ブルキソファナ(57%)と続く。 ○児童労働の形態と子どもへの影響

では、実際子どもはどのような形態の労働についているのか。子どもは多様な労働に従事している。

最も多いのが農業であり、児童労働全体の 69%を占める。この農業には、狩猟・林業・漁業も含まれる。

次に多いのは卸・小売業、ホテル・飲食業、運輸・通信などのサービス業(22%)で、残りは工業(9%)

である[独立行政法人労働政策研究・研修機構 HP 2007/11/15]。

また、政府の公式統計では現れにくいが、フォーマルセクターよりも、零細企業・家族農業・家内労

働・家事労働・行商などのインフォーマルセクターに 8~9 割の子どもが働いている[初岡 1997:8]。

人口の増加によって膨れ上がった都市労働力をフォーマルな経済部門が吸収できないような貧しい

国々では、インフォーマルな仕事が貧困層の収入源となるからだ[バレスカス 1991:30-34]。

更には建設・採掘・採石現場での活動、違法な活動、軍隊・刺客、麻薬の生産・販売、買春、ポルノ、

物乞い、血液・臓器の提供、債務奴隷などの活動に従事させられている子どもも存在する[初岡 1997:8]。

ここからは児童労働の中でも、農業・製造業・買春・路上で働く子どもたちに焦点を当てて、どうい

った仕事をし、どんな影響を受けているのかを詳しくみてみる。

農業で働く子どもたち ILO の調査によると、先進国と途上国で働く子どもの多くは農業に従事していて、その数は働く子ど

もたちの 70 パーセントにあたる 1 億 3200 万人を超える。ミシェル・ボネは農業での児童労働者を、農

家で生まれた子ども、季節労働者、そして子ども奴隷または親の借金による債務奴隷者の 3 種類に分類

している[ボネ 2000:43-57,178-179]。 子どもたちは日の出から日没まで、田舎の農家や大規模農家、農業関連の複合施設や多国籍企業の運

営する農園大農園で根付け、作物の収穫、農薬散布、選別と畑の水やり、家畜の世話をし、多くは先進

国の人間が消費する食物や飲み物、製品加工に使われる原材料の供給を支えている。 輸出向け商品作物における児童労働問題は深刻で、有名なものにコーヒー4がある。ILO によるとコ

ーヒー農園、プランテーションは途上国の 70 カ国以上の熱帯・亜熱帯の国々で見られ、特にブラジル・

コロンビア・ベトナムで盛んであるが、コーヒーの国際価格の大暴落によって児童労働が増加している。

タンザニアでは豆の摘み取り作業において、70%が 15 歳未満の子どもだと報告されている。そのほか

に児童労働が報告されているものには、茶、カカオ、綿花、油やし、タバコ、サトウキビ、ココナッツ、

果実、バニラ、ジャスミンなどがある[ILO HP 2007/11/15]。 農業は建設業、鉱業とともに三大危険部門の一つとされている。危険な機械や殺虫剤、肥料、除草剤

を使用するので子どもにとって危険であるし、重荷やぎこちない姿勢や繰り返し作業は、成長を妨げ、

怪我や病気のリスクがあるからである。有害物質などへの曝露は危険なだけでなく、正しい使い方がわ

からないことで危険に対し無防備になってしまう。そして、化学中毒を引き起こし、神経障害や癌の原

因ともなっているのだ[初岡 1997:8]。 石は、途上国では先進国で禁止された有害な農薬が輸入、あるいは援助という形で使われていること

4 コーヒーは世界人口の 40%が飲んでいて、現在の先進国の消費は 700 億ドルとも言われている[農民運動

全国連合会 HP 2007/11/15]。

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を指摘している。アフリカの農村では、強い毒性をもち多くの中毒者や死者を出したために先進国では

使用が禁止になった有機リン系殺虫剤のパラチオン5が何の規制もなく売られて、農民が畑に散布してい

ると報告している[石 2005:101]。 製造業で働く子どもたち

製造業の経済状態は厳しく、子どもたちは国内及び国外市場に売り出されるビスケット、クッキー、

下着、衣服、電球、スチール・アルミ容器、カーペット、宝石、サッカーボール、皮革製品、花火、マ

ッチ、陶器・ガラス製品などを含む、多種多様な製品の製造に関わっている[ストップ子ども買春の会

1996:122]。

工場の小規模化や家内労働や臨時労働の拡大によって、大企業が下請契約を結び、間接的に児童労働

を使用し、利益を得ているからだ。

最近の例をあげると、インド・デリーの GAPの下請け工場で児童労働が発覚し、10 歳の子どもが家族

によって工場に売られ負債返済のために 1 日 16 時間働いていたとの報告がある。また、同じくデリー

の宝石製造業で 93 名の児童労働者が発覚した。金や銀を溶解する作業に携わり、化学物質の蒸気や塵

にさらされ、部屋の鍵がかけられていた状態で、人身取引で連れてこられた 9-18 歳の子どもが働いて

いた。中国では北京オリンピックグッズを製造する工場で法定賃金の半分で 12 歳の子どもが 1日 15 時

間働いていたとの報告がある[ACE メールマガジン 2007/11/15]。

路上で働く子どもたち ストリートチルドレン

ユニセフの定義ではストリートチルドレンとは、①貧困家庭から家計を支えるために路上に働きに来

ている者、②家族を離れ、あるいは失い、子どもだけで生活をしている者、③家族全員が路上に暮らし

ている者、としている。ただ、子どもの年齢基準、路上での生活基準、保護の基準を統一的に決めるの

は困難であるため明確な基準はない[谷 2000:139]。世界のストリートチルドレンの数は 3000 万人か

ら 1億人といわれているが、正確な数を把握することは出来ない。

路上で働く子どもの仕事は多様であり、世界中の多くの国々に散在するにぎやかな都市部のインフォ

ーマル経済で、食料・消費財の販売、靴磨き、車の窓拭きや見張り、車やタイヤの修理、レストランの

掃除、花売り、行商、紙・プラスチック・金属などの廃品収集、荷物運び、更には物乞い、スリなどを

して収入を得ている6。

家族と生活しているまたは接触を持っている子どもがほとんどであるが、完全に家族と接触がなく路

上で暮らすものもいる7。

5 エチルパラチオンともいう。1944 年にドイツのバイエル社で開発された有機リン系殺虫剤のひとつ。強力

な殺虫剤であったが、急性毒性も強いために人の中毒事故が発生し、農薬としての使用が禁止された[EIC ネ

ット 2009/01/23]。 6これらの仕事は劣悪な環境で行われたり、危険を伴うことが多いため、最悪の形態の児童労働と見なされる

場合が多い[ILO HP 2007/11/16]。特に路上・ごみ収集場でのごみあさりはその危険性から最も有害な路上労

働の 1 つとされている。

7家族と一緒に住んでいる子どもたちは、たいていは都市スラムにある家に帰るが、自分で暮さなければい

けない子どもたちは、橋の下、歩道、公園、バスや電車の駅の構内など、あらゆるところで寝泊りをしてい

る[スットップ子ども買春の会 1996:136-139]。

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ILO の報告によると、こうして路上で生活したり働く子どもたちは健康や身体の安全が脅かされ、伝

染病にかかりやすく、車の排気ガスにさらされたり、事故にも巻き込まれやすい。買春やレイプ、子ど

もたちの性行動の低年齢化による HIV感染の危険もある。警察、親やストリートギャングによる暴力や

搾取の被害にも遭いやすい8[松井 1991:10-24]。

また、路上にいる子どもたちは経済的理由または価値を見出すことが出来ずに学校に通っていない場

合が多い[ILO HP 2007/11/15]。こうして多くの時間を路上で過ごすことで子ども達の希望や自尊心が

奪わる。また、周囲から「犯罪予備軍、悪者、殺人者の郡」というレッテルを張られ、絶え間ない屈辱

や差別を受けたり、暴力やけんかに巻き込まれるという不安定な生活の中で、何らかのドラッグ(シン

ナー、接着剤、マリファナ、コカインなど)に頼ってしまうことも多い。ドラッグに一度のめりこんで

しまうと、気がつかないうちに体が蝕まれ、弱っていき、判断力も鈍る。ドラッグ使用頻度が高く、試

用期間が長かった子どもほど感情の揺らぎが激しく、心も体もドラッグを求めるため、中々やめられな

いのが現状である[ストップ子ども買春の会 1996:156-164 工藤 2003:53-57,166-168]。

児童買春

ILO の 2000年の調査では世界中で 180万人が、タイ・フィリピン・スリランカ・インド・台湾やイン

ドネシアなどのアジア諸国では性産業が成長しており、毎年 100 万人以上の子どもが買春の犠牲者にな

っている[初岡 1997:12]。アフリカでも、少女買春が目に付かない国はほとんどなく、日夜、街角や

バー、ホテルで孤児や難民やストリートチルドレン、あるいは親や親戚に売られ、生きるためにセック

スワーカーになった少女たちが客引きをさせられている[石 2005:52]。彼女らの多くは、貧しい農村の

出身で密売人による不正な売買取引でつれてこられ、買春宿に売られる。

また、主として性的目的のために実際の又は仮想の露骨な性行為を行う子どもたちの姿や、子どもの

性的部位を描写した子どもポルノによる性的搾取もコンピューターの普及によって増大している。被害

者は 15-17歳の女子が多いが、年齢層の低い子や男児の被害も報告されている。

ロン・オグレディは、児童買春は現地の人間や国連などから派遣された兵士以外に、国際観光が盛ん

になる中で、個人またはセックス観光を売り物にするツアーによってやってくるカジュアルセックス探

求者やペドファイル(小児性愛者) 9によって行われていると述べている[ロン・オグレディ

1993:73-149]。

8 ストリートチルドレンは警察その他の公的機関とトラブルになることが多く、一斉検挙されたり、市外に

追いやられて放置される例もある。「街を浄化する」という名目で自警団によって排除の対象にもなってき

た[ユニセフ 2006:40-41] 9子どもへの異常な性的執着をペドフィリア(小児性愛)と定義する。ペドフィリアの性向を持つ人を、ペドフ

ァイル(小児性愛者)といい、男性が多いが女性も存在する。ペドファイルは組織やクラブを作り、地下活動

を展開することが多い。ペドファイルの特徴としては1、子どもと性的関係を持つことに執着する。特定の

年齢の子どもに執着するので、子どもが成長すると、再び自分の性的要求にあった子どもを捜す。 2、綿密

な計画を立て、多くの子どもと性的関係を持とうとする。自分が犠牲にした子ども一人ひとりの詳細な記録

を取っていることが多い 3、動機は利己心によるもので、子どもへの純粋な配慮はない。ペドファイルは性

的体験を子どもが求めていると語ることが多いが、実際はマニュアルなどを参考にペドファイルが誘いこん

でいる。

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10

また、処女と性行為を行うことに価値を持つ文化10も多く、したがって多くの少女がその犠牲になっ

ている。

こうした中で、子どもたちは危機に直面している。まず、HIV/エイズ11の蔓延である。未熟な子ども

は性交渉によって性病にかかる可能性が高く、エイズの感染が拡大している。

もう 1 つの問題は、精神的ダメージによって社会復帰が困難になっていることである。一方的に大人

の性が押し付けられることで、子どもの心理性、性的、知的成長を阻んでしまう。自分は「商品」であ

り、劣悪な人間だと確信し、その結果、自尊心は地に落ち、恥辱心や罪悪感を抱き分裂的で反抗的な態

度をとることもある[チルドレンズ・ライツ刊行委員会 1989:88-89]。こうした中で、買春の被害に合

った子どもを社会復帰させるプログラムの成功率は低くなっているのが現状である。

第 3 節 児童労働の発生要因

ではこのような児童労働がなぜ発生するのか。児童労働には供給側と需要側の両面に原因があり、

様々な原因が複雑に絡み合っているように思える[初岡 1997:35]。 ○供給側の要因

一番の大きな要因は貧困だと考えられている。ここでいう貧困とは、世帯の主要な稼ぎ手が失業状態

であったり、債務を抱えていたり、家族を養えるような十分で安定した収入がなく、基本的ニーズさえ

満たすことが困難になっている状態である。そこで、多くの貧困層の人々は最低限のニーズを満たすた

めに、家族や世帯の再生産を確実にするために、唯一の資源である労働力を結集させる。こうした中で

子どもは家族の一員として、家族を支えるために働くことになる[初岡 1997:42]。貧しい家庭では、

収入の多くが食料に充てられるため、働く子どもたちの収入が家族の生存にとって非常に重要になって

くる[ILO HP 2007/11/15]。

では、なぜこのような貧困が生まれたのか。その背景には経済のグローバル化による不平等な構造が

関係すると指摘する人々は多い。経済のグローバル化は地球の様々な地域、アメリカ・ヨーロッパ諸国、

日本や東アジアなどには繁栄をもたらした[セン 2006:53]。その一方で、不平等な経済のグローバル

化のシステムによって、経済格差が各国間および国内で拡大した。それは、莫大な資本をもつ国々や多

国籍企業、投資家たちが自分達の都合の良いように人、もの、お金の流れの国境を取り払おうとしてき

たからだ12。そうした中で、南北で経済格差がひろがってしまったのである[初岡 1997:6]。

さらに追い討ちをかけたのが、世界銀行と国際通貨基金による構造調整政策である。市場開放、自由

競争、農業補助金撤廃、民営化などを途上国に強要したことで、各国とも労働者保護、教育、社会保障

10 中国では処女と性行為をすることで、長生きし、仕事がうまくいくという神話がある。また、アジアやア

フリカでは「処女とセックスするとエイズが治る」という迷信が広く支持されている[ロン・オグレディ

1993:107-113]。 11 ユニセフによると、毎日約 1700 人の子どもが HIV に感染している。HIV とともに生きている 15 歳未満の

子どもは世界で推定 210 万人とされている[ユニセフ 2005:74]。乳幼児は母子感染だが、幼児・少年少女は

性的活動か注射器を通して感染することが多い。 12 途上国に欧米や日本の大企業が参入することで、外資に圧されて弱い国内の企業は衰退してしまう。外資

の企業は「第 3 世界」の労働者を低賃金で雇い、より安くて良い労働力が見つかればすぐにクビにしてしま

う。そのため、安定した定職に就くことができない貧困層は一時しのぎの労働に従事させられる。

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11

の予算が削減され、結局はコストの安い子どもの労働を蔓延化させることに繋がった[谷 2005:112]。

また、その他の要因として ILO は教育制度の問題を指摘している。ユニセフの調査によると、初等教

育就学年齢に相当する子どものうち、1億 1500 万人以上が学校に通っておらず、とくにサハラ以南のア

フリカは深刻な状態だ13[ユニセフ HP 2007/11/25]。こうした子どもは学校に行く代わりに働いている。

学校に通えない理由は様々であるが、多くの国では基礎教育が有料であり、たとえ無料制を実施してい

る国でも、制服代・文具代・教材費、その他の経費などを負担しなければならず、就学が家計を圧迫し

ていることがあげられる。また、教育施設や教師の質の低さ、学校までの距離が遠いことなどもあげら

れる。さらには、構造が硬直的で初等教育卒業程度ではなかなか貧困から抜け出せない社会では、働く

ほうが良いと考える親や子どももいる。また、女子、少数民族、移民、低カーストの人々の就学率は低

く、学校へ行かずに労働に従事させられることが多い[初岡 1997:36]

○需要側の要因

需要側の要因としては、安い労働力として子どもが成人の代わりに用いられる無規制な競争的労働市

場の問題がある。賃金に規制のない競争労働市場では、労務コストを抑えて利益を得ようと、成人労働

者や家族を貧困から抜け出せないような低賃金でしか雇わない。そして、大人に比べて安く、また抵抗

をしないで命令・指示にしたがいやすいことから、子どもを雇う傾向がある[初岡 1997:35-37]。安い

賃金で子どもを雇うことは、大人の仕事が減ることを意味し、大人と子どもとの間で仕事の奪い合いが

発生することもある。

また、技術レベルの発展もあげられる。スキル重視の技術革新によって、児童労働の需要は一時縮小

された。しかし、技術革新は他方では高度な熟練や力を必要とせず、単純な作業になったために家内労

働を可能にし、女性が家に仕事をもちこむようになる。例えば、被服やサッカーボール産業である。そ

うして子どもが母親の仕事を手伝うようになったり、母親の代わりに家事労働に従事させられたりする

のだ[初岡 1997:38]。

こうして様々な理由が絡み合い児童労働が発生し、子どもは学校にも中々行けないため、技能が低く、

賃金が低い仕事か失業しか見込めないよう貧しい大人になることが多い。そして、その子どもも貧困の

中で育つことになる。こうして、貧困は連鎖していき児童労働もなくならないのである。

第 2 章 フィリピンにおける児童労働

アジア・太平洋地域には、1 億 2230 万人の 5-14 歳の子どもたちが経済活動に従事していると推測さ

れている14。この地域は世界の中でも、もっとも児童労働者数の数が多く問題の根は深い。そして、フ

ィリピンにとっても児童労働の問題は深刻である。第2章では、フィリピンの歴史や社会情勢をまず明

らかにし、児童労働の現状や、児童労働に対する政府・国際機関・NGO の取り組みについて述べる。

13 サハラ以南のアフリカ諸国では 4600 万人の就学年齢の子どもたちが学校に入ったことがない。また、通

学しているのは男の子で 63%、女の子は 59%にとどまっており、世界でもっとも低い数値となっている[ユニセフ HP[2007/11/25]。 14 2004 年の ILO の調査。2000 年は 1 億 2730 万人推計だったので、微減している。

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第 1 節 フィリピンについて

○フィリピンの社会情勢

フィリピン共和国の国土面積は 30 万平方キロメートルで、7100 を超える島々に人口約 8,785 万人

(2005 年)の人々が暮らしている。10 人に 4 人は 21 歳以下の若年層である。 ① 経済状況

フィリピンは国土の半分以上を所有している非常に豊かな富裕層と大多数を占める貧困層15に分

けられる。マニラには社会基盤が整備されていないスラム地区にしかすむことが出来ない貧困層が

230 万人いる[中島 2006:18]。その背景には 70-95 年に東南アジア諸国が 7%前後の高度成長を続

けている中で、フィリピンは 3%前後に留まり、98 年には経済成長率がマイナスを記録したことが

あげられる。低い経済成長率と高い人口増加率が重なり、所得配分の不平等が発生したのだ。 2004 年には経済成長が 6%と上昇しているが、その一方で国内の人口も毎年 2%増加しているの

で、経済成長によって雇用が創出されても不十分であり、慢性的な雇用不足で 280 万人の失業者が

存在する[JILAF 2009/01/25]。特に若年層の失業率は高く、近年の高い経済成長が国民の生活水準

の向上には結びついていないのが現状である[NTT ブログ 2009/01/25]。 フィリピンの賃金は低いことも問題で、首都圏の最低賃金は 350 ペソ(米ドル 7 ドル)であるが、

一家族が必要な賃金は 764 ペソと言われている。そのために優秀な人材は海外に流れていってしま

う[JILAF 2009/01/25]。筆者がホームステイをした地域16でもなかなか若者の職がなく、海外に出

稼ぎに行くか、国内で職があったとしても労働環境が悪いという状況であった。

② 教育 フィリピンの学校は 6・4・4 制を基本としており、6 年間の初等教育は義務教育である。中等教育の

公立校は無料で受けることが出来る。高等教育は学校によって修業年限が異なる。フィリピンの就学

率・識字率は他のアジア諸国と比較しても高く、就学率は 93%、成人識字率も 93%と言われている。

これはフィリピンを領有したアメリカ公立学校の確立と普及に力を入れたためでもある17。 教育面における問題の一つは、増加する児童・生徒数に対して公立学校がすべてを受け入れられな

くなっていることである。とりわけ公立中学校の授業料が無償化されてからは入学希望者が増えたた

め都市部の学校の多くは、2、3 部制をとり、午前・午後と交代で授業を行っている。マニラでは教室

が足らず、生徒や階段を利用して授業を受けている学校もあるようだ18。 学校の籍者数は地域格差が大きくみられ、マニラ首都圏では約 80%であるが、ムスリム・ミンダナ

オ自治州ではわずか 31%であった[FTCJ HP 2009/01/25]。 もう一つの問題は、初等教育就学率は高いが、5 学年に在学する率は 75%まで下がることである。

更に中等教育の就学率は男子 56%、女子 67%と低下していく。この原因は、教室、教科書、教員の不

足や教員の質の低下、制服や文房具などの費用、担任への寄付のほかに、プロジェクト費(理科の実験、

15 ILO によると、1日 1 ドル以下の収入で生活をしている貧困層は 1,480 万人、2 ドル以下は 4,300 万人に上

り、全人口の半数が貧困層にあたるとしている。 16 オロンガポ市サンターリータ 17 この時に教育用語として英語が使用されたため、他の東南アジア諸国と比べて英語がよく使われている。 18 フィリピンの NGO SALT のスタッフの説明より

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社会の模型など様々な材料費)や電気・水道などの光熱費の負担で出費がかさむといった問題や、家庭

の経済状況によって働かなければいけないことや、地域紛争などが影響していると考えられる[阿久澤

麻理子 2002:18]。フィリピンでは高等教育を受けていないとなかなか仕事に就けないので、途中でド

ロップアウトしてしまうと、貧困や児童労働の連鎖から抜け出せないのだ。 ○フィリピンの歴史

ここでは、植民地時代、独立後から現在までのフィリピンの歴史を見ていき、フィリピンおける貧困や

児童労働の背景を明らかにしていく。 スペイン植民地時代

スペインは 1571 年にマニラを占領して植民地経営の根拠地にし、フィリピン人を奴隷化した。18 世

紀後半にスペインは、砂糖、マニラ麻、たばこなどの商品作物農業を進め、世界市場と結びつくように

なった。すでに荘園を所有していた教会や地方総督に加え、スペイン入植者、スペインや中国との混血

層、現地支配人などの一部の人間のみが大農場を経営し、フィリピンを支配し、それ以外の土着民の大

多数は植民地のピラミッド型組織の底辺へと追いやる構造が作り上げられた。こうした中で都市化が活

発化し、底辺に位置していた子どもや女性たちは労働や買春を強いられるようになった[初岡 1987:50]。 アメリカ植民地時代

1902年に宗主国となったアメリカは植民地統合政策を推し進めた。自由貿易の確立基盤を作り上げ、

それによりフィリピン経済は従属的で周辺的立場に追いやられた。自由貿易は輸出用作物である砂糖・

コプラ・マニラ麻に絞られたため、食料作物やその他の産業は発達しなかった。一方、アメリカは様々

な製品・農産物をフィリピンに輸出し、またインフラストラクチュアの完備のための建設にもアメリカ

製品を使わせた。こうして、フィリピンはアメリカに依存するかたちなったのである。 貧困や米軍基地のために、フィリピンの児童労働や買春問題は悪化していき、1890 年初頭には幼い

少女が買春に関わるようになった。 1946 年に独立国家としてフィリピン共和国が誕生したが、実際はアメリカの政治的・経済的支配は

その後も続いた19 [綾部恒雄 1995:14-36]。 独立後

1965 年にマルコスが大統領になり、72 年に戒厳令を施行した後は、20 余年にわたり独裁政権が続い

た。小農の暮らしを踏みにじるプランテーションの設立や、世界銀行・IMF に気に入られるような輸出

指向型経済の拡大の実施を行った。外国の投資や援助に依存した政策を取ったため、フィリピン経済は

外国勢力に大きく支配されるようになる。こうして、深い債務の罠に陥り、石油危機以後は少数者への

富と権力の集中、フィリピン大衆に広く広がった貧困、増加した失業率、都市のスラム化などが深刻さ

を増した。子どもでさえも激化した生存競争に勝つために働かなければいけなくなった。政府の調査で

は 1976 年には 78 万人、民間のデータでは 290 万人の児童労働者が確認されている[バレスカス 1991:234-241 。 1986 年からは、ニノイ・アキノが政権を握った。アキノ政権は政治・経済的基盤が弱く、自然災害の

19独立に際して制定された「ベル通商法」では、アメリカ商品の無期限な流入や、アメリカ企業に天然資源

の開発・公共事業の運営をフィリピン人と同等に認めることが保証された

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多発や経済政策の失敗により、インフレと失業者の増加を招き、政情不安や GDP の成長率がマイナス

に転落するなど危機的な経済状況に陥った。また、軍部による反乱事件等も発生し、治安は悪化の一途

をたどり、議会や国民の不満を招いた。このようなことから、マニラでは 7 万人のストリートチルドレ

ンが現れたと言われている。また、観光産業に力を注いだため、10 万人の子どもが CSEC の犠牲にな

ったとされている「週刊アエラ 1990」。 ラモス政権は、アキノ政権の負の財産を引き継いで 1992 年に発足した。諸問題の解決に取り組んだ

が、観光産業の振興を通して行った貧困緩和や雇用の拡大は買春産業をより悪化させる結果となり、多

くの子どもが犠牲になった。また、貧困の原因である農地改革も成果を上げることが出来なかった[朝日

新聞 1998]。 次のエストラーダ大統領は貧困対策と農地改革の推進を公約にかかげて、低所得者層の支持をえた。

しかし、政権をにぎってからは旧マルコス派を復権させたり、側近の利権をはかるなどして批判をあび、

違法賭博上納金疑惑が決定的となって、大統領辞任においこまれた。 現在は、アロヨ大統領が 2001 年から政権を握っている。国民の 3 人に 1 人が貧困層というフィリピ

ンの状況を改善するために、2 千億ペソを超える財政赤字や 570 億ドルの対外債務をどう削減していく

かが課題とされている[朝日新聞 2004]。 第 2 節フィリピンの児童労働

○フィリピンの児童労働の現状

2006 年フィリピン全国統計局の調査において、18 歳以下の子どものうち、12 人に 1 人(213 万人)が児童労働に携わっていることを明らかにした。このうち 84%が無報酬で、約 60%が最悪の形態の児童労

働に従事していることが明らかになった[NTT ブログ 2009/01/25]。2001 年の調査では 400 万人であ

ったので、半分近く減ったことになる。しかし、実際の人数を把握することは困難で、少なくとも 300万人、多くても 800 万人は存在するとも言われている。就労率は 10 歳~17 歳の男子が多い。女子より

男子の方が仕事をしている数は多いが、多くの女子は家に帰っても家事の手伝いをする。 地域別に見てみると、児童の就労率が高いのは南部タガログ地方、中部ビサヤ地方、東部ビサヤ地方

である。児童労働は農村部にひろがっており、そのほかにも、くつの製造、麻薬密輸、花火製造、漁業、

鉱山業、採石業で働いている子どももいる。家事労働をする子どもたちもいれば、ポルノ写真の撮影や、

セックス目的の観光客による性的搾取など商業的な性的産業にまきこまれる子どももいる。また、子ど

もたちが商業的性的搾取や労働の目的で、人身売買されていると報告されている[FTCJ 2009/01/25]。

○労働の形態

農村部 児童労働者の多くは貧しい農村部にいる。労働の形態を見てみると、農業が一番多く、その割合は

65.6%である。そして、農業で働く子どもの 70%は無報酬であると言われている。多くの子どもたちは

親の手伝いで農作業をしたり、大規模農家、農業関連の複合施設や多国籍企業の運営する農園で雇われ

ている20[ボネ 2000:43-59]。

20 バナナ、パイナップル、ココナッツやマンゴーなどの果樹・野菜農場、米作、とうもろこし生産、養鶏

場、サトウキビ農産、動物飼育、漁業、コプラ製造などである。また、パームオイル農園でも児童労働が確

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ミンダナオ島のバナナ農園には、広大なプランテーションが広がっている。もともと米やココナツな

どを栽培して生計を立てていたが、アメリカの大企業ドール社やデルモンテ社が土地を奪い、バナナ農

園の巨大プランテーションで、多くの人間が低賃金で過酷な労働を強いられた。中には、学校にも行か

ず働く子どもたちもたくさんいた。最近はこのことが国際的に大きく問題になり、大企業での労働条件

はだんだんと改善されてきている。しかし、家族や小さな組織で運営している農園では未だに児童労働

が残っていると言われている。バナナ農園では子どもが 50~60 キロのバナナの房を運んだり、船積み

前の繁忙期には深夜まで箱詰めをさせられる。日本向けのバナナには特に農薬を使用するために、農薬

が子どもの身体を蝕んでいる[FTCJ HP 2007/12/20]。 また、海岸部ではムロアミ漁業というものが広く実施されている。これは水深十数メートルの海底に

設置された網にダイバーが魚を追い込んでいくものである。人件費削減のために、幼い子どもも駆り出

される。朝の 6 時から夕方の 5 時までの間に、7 回ほどダイビングで 50~70 匹の魚を取ることを強要

されることもある[Victoria Rialp 1993:6-10]。 このほかには家事労働、金鉱山や伝統的な手工業や市場向けの商品を生産する工場で児童労働が行わ

れている。 都市部

フィリピンでは外貨獲得のために観光産業が盛んであり、都市部ではこの産業における児童労働が多

い。おもな仕事はエンターテイナー、ホテル・レストラン従業員、路地経済従業者21などである。もっ

とも多いのはエンターテイナーであり、カラオケ・バー・ナイトクラブ・ディスコ・ゲイバーなどで客

の接待をする[ILO フィリピンプロジェクトチーム 2001:33-38]。 観光産業で働く子どもたちは、性産業や買春ツアーなどに巻き込まれやすく、セックスワーカー22と

して働く子どもも存在する。買春はフィリピンで広く広まっているが、特に観光都市であるメトロ、マ

ニラ、セブ、イロイロ、ボラカイなどの買春宿やバー、ディスコ、時には路上で行われること多い。買

春をしている子どもの数は 2 万~6 万人とも言われている。多くの子どもは家出をしているか、地方に

住んでいてだまされて買春宿につれてこられるケースが多い。仲間からの勧めや、家族を支える為に、

給料の良さから行うものもいる[jubilee action HP 2007/12/25] 。フィリピンでは中絶は違法とされてい

るため、買春の被害で若い 10 代の子どもが妊娠するケースが多く問題となっている。 ストリートチルドレン

フィリピンではストリートチルドレンも多い。この背景には農村の貧困と急速な都市化があげられる。

マルコス体制下の強権政治から、経済危機、貧富の差の拡大を背景として、貧困層の人々が安定した生

活や職を求めて都市、特にマニラに集中した。しかし、都市には吸収する能力が無く、スラムや都市貧

困層を発生させてしまう。こうして、子どもたちは苦しい生活のストレス、飢え、親からの暴力や家計

を助けるためにストリートチルドレンになる。ストリートチルドレンの数を把握するのは困難であるが、

認されている。 21 通りでの行商、呼び売り商人など 22 コールボーイ/ガール、ダンサー、ダンス講師、モデル、ぽん引きなどが含まれる。エンターテイナーとの

相違点は性的サービスを含めることである。

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ユニセフはフィリピンの 79 都市に 24 万人おり、そのうちの 67%が男子で平均年齢は 14.6 歳、5 万人

は 9 時間以上路上で働いていて、家族との接触がなく薬物に手を出していると報告している[ユニセフ

HP 2007/12/25]。しかし、オーストラリアの NGO は 200 万人いるとしており、正確な人数はわから

ない[Solidarity Philippines Australia Network HP 2007/12/25]。フィリピンの主要 10 都市の調査では、

ストリートチルドレンの中で、①家族や親族と日常的に関係を維持し、自分自身や家族をサポートする

ために働いている子どもが 70 から 75%、②家族や親族と不定期な関係を維持し、ストリートで生計を

立てている子どもが 20 から 25%、③完全に家族と接触がない子どもが 5 から 10%いると報告している

[山口恵子 2001: 6-7 ]。 ストリートチルドレンの仕事は路上での販売、車見張り、洗車、ジープニーの掃除、店番、靴磨きな

ど比較的軽労働のものから、物乞いやスリ、麻薬密売、売春など危険が大きいものまで多岐にわたる。

また、ストリートチルドレンの 3 割は学校に通ったことが無く、そのために読み書きや計算ができず不

利な立場に立たされやすい。 このようなストリートチルドレン対して、フィリピンの警察は「浮浪」を犯す「犯罪者」として取り

締っている。特に各国要人の訪問や国際的な行事の際には、スラムやスクオッターの大人とともに、ス

トリートから排除され拘置所やセンターに収容される。子どもたちをストリートから一時的に隠すこの

ようなやり方からも、ストリートの子どもは存在していないものとして位置づけられていることがわか

る[山口恵子 2001:10]。 上記で述べた以外にもミンダナオ島では、子ども兵の存在も確認されている。勢力回復の兆しをみせ

ているフィリピン共産ゲリラの新人民軍(NPA)が、チャイルド・ソルジャーと呼ばれる 18 歳未満の子

ども兵士を活発に取りこんでいる。その数は、兵士 1500 人の 4 割にあたる 600 人に上るとされている

[朝日新聞 2000]。 また家事労働も深刻で、一般的には 30~40 万人の子どもが働いているとされる。教育を受けていな

い地方の子どもがブローカーに「都会で働けばお金がもらえる」とだまされて連れて来られるパターン

が多い。家事労働は使用者と同居しているので 24 時間の労働と、月 1 日の休暇が実態である。悪質な

使用者は子どもに暴力や性的虐待を与えるので、子どもはトラウマを抱えやすい[NTT ブログ 2009/01/25]。 このように、フィリピンでは様々な分野で児童労働が発生している。その背景には、歴史的に続いて

いる不平等な土地所有制度によって農村の貧困層が堆積したこと、外国資本による経済支配によって堆

積した貧困層を受け入れる産業構造が欠如したことや、都市―農村間の不均等な開発戦略によって都市

に人口が集中し、スラムが増加したこと、国民の多くがカトリック教徒で中絶が認められていないので

子どもが増えることなどがあげられる。また ILO は、フィリピンにおいて搾取的な児童労働が発生する

要因として、両親の放棄・虐待、兄弟・仲間からの誘い、子どもへの期待、学業や生活のための資金を

集める必要性、働くことを容認する地域社会の存在をあげている[ILO フィリピン・プロジェクトチー

ム 2001:221-222]。 ○児童労働に対する取り組み このような児童労働の問題に対して、政府、国際機関や NGO はどのような取り組みをしているのか

を明らかにしていく。

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(1)フィリピン政府の取り組み ○児童労働に対して フィリピン政府は、児童労働や児童福祉に関する国際条約に調印している。まず、1990 年に国連子

どもの権利条約に批准している。また、90 年代にフィリピン政府、使用者、労働組合、市民団体の間で

地域的な社会協力の進展と児童労働への理解・意識が高まり、特に搾取的な最悪の形の児童労働からの

子どもの保護と社会復帰、そして廃絶に焦点を当てた「児童労働反対国家計画(NPACL)」という総合的

な戦力枠組みが出来たことによって、ILO の 138 号条約及び 182 号条約にも批准している。 次に、国内法規を見ていきたい。「労働法」では、危険を伴わない業務の最低雇用年齢を 15 歳、危険

を伴う業務についての最低雇用年齢を 18 歳と定めている。また、1992 年に制定された「児童に対する

虐待、搾取、及び差別に関する児童特別保護法」(フィリピン共和国法第 7610 号)23を制定している。 このように、フィリピン政府は搾取的な児童労働廃絶の為に政策や法律を定めて行動しているように

感じられる。しかし、これらの法律の執行責任が個別の政府機関に課されているにもかかわらず、児童

労働問題はまだまだ深刻な状態にある。それは、貧困や効果的な監視システムがなく、取り締り人員・

資金の不足であることや、政府・警察の汚職・腐敗が問題だと考えられる。児童労働や児童買春をさせ

ている者が賄賂を政治家、警察、検事、裁判官に渡せば、その事実はもみ消されてしまうことが多い[ILOフィリピン・プロジェクトチーム 2001:217-231]。児童労働や児童買春問題に対してきちんとした監視

システムを作り、腐敗した状況を改善することが早急に求められていると考える。 ○ストリートチルドレンに対して 1989年から開始された「ストリートチルドレンの全国プロジェクト(the National Project for Street Children)」というプロジェクトがある。これは、政府機関である社会福祉開発省(DSWD:Department of Social Welfare and Development)とユニセフ、全国社会開発協議会の3組織と、加えて17の主要都市24の

実行委員会によって組織されている。具体的なプログラムとして、プログラム開発、アドボカシーと社

会的動員、人的資源の開発、ネットワーキングを含めた技術支援、プロジェクト支援の情報交換、実態

調査・分析を含む監視と評価などが目指されている。 さらに「ストリートチルドレンがノーマルライフを確保することを助けるために、効果的なアプロー

チを記し、広めること」という目的の一部に沿うように大きく3つのアプローチが行われた。 ① センター・ベース(center-based)

家がなく困窮している子どもたちが援助を受けられるような「ホーム」を作り、価値観の明確化や

内省による子ども達の性格的な発達を目指している。一時的な避難所と通所施設は、夕食と宿泊する

場所、安心できる助力を提供している。恒常的なホームは子どもを通学させること、美術や工芸など

の技術を高めること、有給の仕事を提供するなど永続的なサービスを提供している。 ② コミュニティ・ベース(community-base)

23無視されない権利、搾取されない権利、定められた年齢以下の労働や害のある労働を強いられない権利、

特別な保護を受ける権利、差別されない権利など、子どもに関する様々な権利を認めている。この条約は 2003年に改定されており、ILO182 号条約で禁止された児童労働の最悪の形態に関した規定が盛り込まれた。 24 オロンガポ、マニラ、パサイ、クウェゾン、カルーカン、エンジェルス、ナガ、レガスピ、パグサニアン、

セブ、バコロド、イロイロ、ダバオ、コタバト、ザンボアンガ、バグイオ、カガヤンデオロの 17都市

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予防的アプローチである。家族や地域社会などに対し働きかけ、彼ら自身が自分の子どもをきちん

と育てていけるよう目指している。具体的には、ノンフォーマル教育などの教育を通して子どもたち

に教育の機会を提供したり、家族が大気的な収入を得るための手立てを提供すること、両親に対して

青少年の養育と保護など責任ある行動が取れるように訓練することが含まれている。 ③ ストリート・ベース(street-base) 路上で子ども達と接触するアプローチである。主にストリート・エデュケーターが路上へ出向き、

子ども達の状況を理解したり、話し合いを行う。そのことで、子ども達が自分を信じ、また、友達や

仲間を見つけられるよう目指している。 以上のプログラムは300以上の政府機関、非政府機関、コミュニティグループで実施された[萩原康生

1996:56-60]。

(2)国際機関の取り組み ○ILO ILO は 1992 年には児童労働撤廃国際計画(IPEC,以下 IPEC と記す)という技術協力プログラム25を開

始した。IPEC は最悪の形態の児童労働の撤廃に重点を置きながら、最終的には児童労働をなくすこと

を目標にしている。 IPEC は各国で期限付き撤廃プログラム(Time-bound program:TBP)の策定を補佐している。こ

れは最悪の形態の児童労働を撤廃するために、批准国が明確な目標・具体的なターゲット・規定された

時間枠のある統合された政策を定めて行うプログラムである。これまで、約 23 カ国が目標達成年を定

めた計画を発表している。グローバルレポートを踏まえ、ILO は今後 2016 年までに、最悪の形態の児

童労働を撲滅することを目標として掲げている。 TBP プログラムはフィリピンでは 2002 年から実施されており、メトロマニラやセブ市など 8 地域に

重点を絞って展開されている。児童労働の中でも優先的に 6 分野(家事労働、商業的性的搾取、漁業、サ

トウキビ栽培、花火、鉱業・採掘)を対象としている。2007 年までの 5 年間で、主にインフォーマルセ

クターや砂糖製産業で働く約 41 万 2 千人の子どもが救出された。これは政府が設定した TBP 目標の

93%にあたる[Dairy star HP]。また、児童労働に従事していた子どもの家族のうち 1300 人以上が職業訓

練などのサービスを享受し、児童労働の削減に効果を示したとしている。

○UNICEF ユニセフは子どもの権利条約を規範とし、子どもの権利の実現に向けて、政府・NGO・コミュニティ

25政府、労働者・使用者団体、NGO(非政府組織)、学校、メディアなど、多くの関係者とのパートナーシッ

プを結ぶことによってプログラムを実施している。参加国の児童労働問題を調査し、その国の政府やコミュ

ニティでの関心を喚起し、児童労働問題に対する内政の立案と実施の支援をし、また働く子ども達や家族に

代替的な選択肢を提供している。 現在 IPEC は、30 カ国から拠出された資金で 87 カ国がプログラムを実施している。

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と協力しながら世界各国で活動をしている。フィリピンにおいて、ユニセフは NGO や政府、知事、市

長、コミュニティのリーダーと連携を取りながら、子たちと好意的な関係を築くことを目指している。 実際に危険で搾取的な児童労働を把握するために調査を行い、児童虐待・性的搾取、児童労働、武装

対立に巻き込まれて子ども達の保護のために、児童虐待・搾取の防止活動、学校にいけない子どもへの

復帰支援、職業訓練の実施、特別な保護が必要な子どもの救出、機能的なバランガイを組織する支援、

ソーシャルワーカーの育成、子どもへの法的保護と司法制度の改善、警察官・裁判官のトレーニングな

どを実際に行っている。 その他にも子どもの権利条約の普及活動、デイケアセンター・学校・ヘルスケアセンターの設立、子

どもや女性のニーズの調査、安全なトイレや水道システムの支援なども実施している[UNICEF HP 2007/12/24]。 (3)NGO の取り組み アジアの中でもフィリピンは特に NGO 活動が盛んで、その数は 12 万 8 千あると言われている。 フィリピンで NGO 活動が盛んになったのは、マルコス政権下の失政・圧政によって NGO を中心と

する市民パワーが強まったことや、また、アキノ政権下に人権教育の実施が勧められ NGO が国家開発

を担う重要なプレーヤーとして認められた26ために、国際社会からも援助が増えたこともあげられる。 開発・教育・啓蒙に取り組む団体だけでも 5 千を超えるといわれている。子どもの権利を軸にした活

動をしている NGO も多い。NGO が大学や社会福祉開発省・法務省などとも協力して子どものサポー

ト活動を行っている。フィリピンの NGO はプロジェクトの執行能力が高く、政府を補完する有能な社

会サービスの提供をしているので評価されている[ODA マガジン 2007/12/24]。NGO の活動を第 3 章で

詳しく研究する。

第 3 章 フィリピンにおける子ども参加

この章では、子ども参加とは何かを明らかにしたうえで、子どもの権利条約を尊重し、子ども主体で

活動を行っているフィリピンの NGO の事例研究を行う。児童労働によってつらい経験をした子どもた

ちが、その経験を乗り換え、どのように社会に積極的に参加していくのかを実例に基づきながら見てい

く。

第 1 節 子ども参加について

○権利としての子ども参加

子どもの権利条約は、子どもには自分の生活や、自分と関わりのある家庭・学校・施設および社

会一般に“参加”していくことをはっきりと打ち出した。つまり、子どもは「弱く、脆く、保護し

なければいけないもの」ではなく、「発展途上の市民であり、自分達の権利を知り、その権利につい

て主張したり行動する“権利行使の主体”」であると認められたのだ[ヒューライツ大阪 4]。しか

26アキノは軍隊、警察、収監施設の職員に人権教育の実施を求めたり、教育・文化・スポーツ省にたいし、

人権を教育・トレーニングのあらゆる段階で教えるよう義務づけを行った。さらに、87 年に成立した憲法の

中では、多くの人権規定を盛り込んだ。人権教育の実施を国家の義務とし、人権にかかわる政策の論議に NGOや PO(People’s Organization の略。コミュニティや特定の集団を代表し、その利益の擁護のために活動する草

の根組織)が政府と協議し、決定に参加することを記した[阿久澤麻理子 2002:13]

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し、それまでも“子ども参加”が言われなかったわけではない。家庭で、学校で、仕事先で、コミ

ュニティで、戦争で子どもたちは参加を実践してきた[ユニセフ 2003:3]。だが、その多くは大人

側が意図的に仕組んだみせかけの参加や、周り現状を批判しないような形式的な参加が多かったの

だ。 しかし、現代社会は環境・貧困・人権・平和などの様々な問題が複雑に絡まっている。そして、

その解決を未来の子どもや若者に託そうとしているのだ。大人のイニシアチブによって成り立って

いる今の社会を変革し、より良く発展させていくために“真の子ども参加”が求められるようにな

った。そのためにも、子どもを権利の主体として認め、子どもの意思を、現代社会を構成する市民

の意思として位置づけ、共同決定を担うパートナーに導くことが必要だ[喜多 1996:3]。 そのような流れの中で、子どもの権利条約が採択された。この条約の中では「子どもに影響を及

ぼすすべての事柄において、自由に自己の見解を表現する権利」(12 条)や市民的権利である、「表現・

情報の自由」(13 条)、「思想・良心・宗教の自由」(14 条)、「集会・結社の自由」(15 条)、「プライバシ

ーの保護」(16 条)といった、子どもの参加と貢献を促すような権利が認められた。 こうして、子どもたちは、自分のことや自分たちがかかわる問題について意思を表明したり、周

りの仲間や大人とパートナーシップを結び、様々なアイディア・プロセス・提案・プロジェクト・

評価を実施していくことが可能になったといえる。 ○正当な子ども参加のために

子どもの権利条約で「子ども参加」が正式に認められたことで、徐々に権利を持った人間として、

社会的行動主体として地位を築いている子どももいるが、世界的に見ると圧倒的多数の子どもは社

会の周縁に追いやられたり、いまだに「まともに判断できない、無知な存在」として見られること

がある[ユニセフ 2003:3-4]。 また、善意の大人によって構成された時でも、本当の意味での参加ではなく、操り・単なるお飾

り・かたちだけの参加となってしまうことがあまりに多いのが実際だ。 ここでは子ども参加を理解するために、子ども参加の専門家であるロジャー・ハートの「参加の

はしご」を参考にして見ていく。

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図 1 ロジャーハートの参加のはしご

出典:国際子ども権利センター『今こそ、子どもとエンパワーメント!』を基に筆者が作成

この「参加のはしご」は子ども参加の実践について議論したり、評価するときによく使われる。 はしごの上段にいくほど、子どもが主体的にかかわる度合いが強いことを示している。ただ、常

に上段が良いというわけではなく、子どもの年齢・能力・関心・プロジェクトの内容などを加味し、

子どもたちが 4~8 のどのレベルでも活動できるように、大人のファシリテーターが導いていくこと

が大切である。大事なことは、1~3 の操り・お飾り・形だけの参加27を避けることである。 本物でない参加ではなく、正当で意味のある真の参加のためには、何よりも大人の力が大切で

ある。子どもを差別したり、子どもが持っている能力を無視・排除してしまうのではなく、子ども

をパートナーとして認め、正確な情報を提供するとともに、子どもたちに意見を求め、真剣に考慮

する責任がある。また、子どもたちの能力を理解した上で、一人ひとりに合った方法で参加する力

が伸ばせるようにファシリテートしなければいけない。

27操りの参加とは、大人が意識的に自分の意見を子どもの声で言わせることである。大人が関わっている、

指示しているにもかかわらず、あたかも子どもたちだけでやらせたように振舞い、子どもが参加しているよ

うに操ること。お飾りの参加とは、イベントや会議のなかで、問題を理解する情報が与えられていなかった

り、組織の運営に関わっていない状態での参加である。かたちだけの参加とは、話し合いを実施するときに、

どんな問題をどのように話し合うかを大人が勝手に決め、さらに、子どもの意見は聞くが、大人は子どもの

意見を実行しようとは考えていないような状態である[ハート 2000:41-43]。

8 .子 ど も が 発 案 ・企 画 し 、大 人 と 共 同 決 定 す る

7 .子 ど も が 発 案 ・企 画 し 、 子 ど も が 自 分 達 で 方 向 性 を

決 め る

6 .大 人 が 発 案 し ・企 画 し 、 子 ど も と 共 同 決 定 す る

5 .子 ど も は 情 報 を 与 え ら れ 、 相 談 も 受 け る

4 .子 ど も に 情 報 は 与 え ら れ る が 、 大 人 が 子 ど も に 役 割

を 割 り 当 て る

3 .「か た ち だ け の 参 加 」

1か ら 3 は 本 物 で な い

「参 加 」2 .「お 飾 り の 参 加 」

1 .「操 り の 参 加 」

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子どもたちにとって、信頼できる大人に認められ、大人と信頼関係を築くことはとても大切なこ

とだと考える。大人が自分のことを信じ、パートナーとして認めてくれることで、子どもたちは自

分に自信を持ち積極的に参加していくことが出来るのではないか。子どもの権利を信じ、子どもた

ちと共により良い社会を築いていけるような大人の存在が大切だと筆者は考える。

○国内的レベルでの取り組み 子どもの権利条約が子どもの参加にかかわる諸権利を明示的に規定して以降、子どもの参加を様々な

レベルで促進しなければいけないという問題意識が徐々に国際社会に高まりつつある[名取 1996:191]。

ここでは、子どもたちの意見を国や自治体の政策に反映させる試みとして、子どもたちによる会議を

開いて、その結果を大人社会に対して提示する、あるいは子どもと大人が対話を行う場を設定し、子ど

も参加を実践しているインドとモザンビークの取り組みをみてみる。 インドでは、2006 年 1 月 11 日~13 日まで、ラジャスタン州ジャイプールのバル・アシュラム(児

童労働者のためのリハビリ施設)で、「ラシュトリヤ・バル・ミトラ・マハパンチャヤット(全国子ど

も村議会代表会議)」が開催され、ラジャスタン、マディヤ・プラデシュ、ビハール、ウッタル・プラ

デシュの 4 つの州の 50 村から代表の子どもたち 150 人が参加し、児童労働を終わらせるとともに、平

等な機会および教育を受ける権利の保護を求めて宣言文28を提出した。この会議に集まった子どもたち

は、主に元児童労働者の子どもたちで、それぞれ出身の村の選挙で選ばれた子ども村議会(Bal Panchayat)の代表たちである。 この会議は、児童労働の取り組みを行ってきた NGO「BBA」が、地方から国家レベルまでの政策立

案および意思決定過程への子どもの参加を推進するために設けたものである。子どもたちは「村の代表」

として責任を持って変革を起こすよう目指し、自らの経験や実績や課題について大人と話し合い、共有

するとともに、村の開発問題や大人の村議会と提携して問題を解決する方法について議論した[ACE

HP 2008/12/30]。 インドでは児童労働と非識字が貧困の根源の一つであるにもかかわらず、こうした課題が政府計画

の協議事項に組み込まれていないため、社会経済の成長と開発のペースが遅れている現実がある。こう

28 ジャイプール宣言

● 児童労働は完全に廃絶されるべきである。子どもを労働に従事させる事業者や政府役人に対しては、強

力な法的措置がとられるべきである。

● すべての子どもは、政府によって、無償の意義ある質の高い義務教育を提供されるべきである。

● 二重の教育制度は廃止されるべきである。豊かな子どもも貧しい子どもも同じ教育を受けるべきである。

● 「子どもにやさしい村」は、全国に作られるべきである。これは児童労働のないモデル村である。すべ

ての子ども、特に女の子は学校に行く。そこでは、バル・パンチャヤットといわれる子ども村議会の議員が

選挙によって選ばれる。

● 幼児婚は廃絶されるべきである。

● 学校には基本的な設備が完備されているべきである。黒板、安全な飲み水、座るためのマット、テーブ

ル、椅子、女子用トイレ、運動場、スポーツ用具は、学校で優先的に用意されているべきである。

● 学校の教師が給料を期限通りに受け取れるようにしなくてはならず、彼らは教職以外の仕事に従事する

べきではない。

● すべての小学校にいち早く教師が任命されるべきである。特に女性教員が優先されるべきである。

●「情報への権利」は、子どもが政策決定の過程に参加する時、また子どもたちが政府が自らの公約を責任

を持って実行するよう要求する時に行使されるべきである。

●子どもたちは、自分の親が政府の様々な福祉事業によって恩恵を受けられるよう、これら福祉事業につい

て知らされるべきである。

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した問題に対して、子どもたち自身が大人とパートナーシップを結んで積極的に立ち向かい、自分達の

社会を変えていこうとする取り組みであるといえよう。 また、モザンビークでは 2001 年の 9 月 5 日から 6 日にモザンビーク子ども国会29が開催された。モ

ザンビークの 11 州および政治家や国際機関職員を代表して、100 人(女の子 57 人)の子どもたちが参加

し、議長は 14 歳の女の子がつとめた。「AIDS/HIV とのたたかい」、「子どもを守る」、「子どもの教育」

の 3 つのテーマを中心に、各州の子ども議会で話し合いをし、意見をまとめたものが国会に提出され、

代表の子どもたちは政府と共和国国会に向けての具体的な提案について話し合った[ユニセフ HP 2008/12/30]。 ここで紹介したインドとモザンビークの他にも、子ども議会や子ども投票などによる子ども参加の取

り組みは、世界の様々な国で行われている。次は国の枠を超えて国際レベルで子ども参加がどのように

実施されているのかを見ていく。 ○国際的レベルでの子ども参加

ここまで国内での子どもの社会参加を見てきたが、ここでは国際的レベルでの子ども参加の例を

見ていく。 国連などによる大きな国際会議が開かれる際に、並んで子ども国際会議が開かれたり、子どもた

ちの声を会議に反映させようとする取り組みが行われることもある。例えば、1993 年 6 月にウィー

ンで開催された世界人権会議では、「地球子ども連合」という、NGO による「子どもの世界人権会

議」が開かれ、世界各国から約 40 人の子どもたちが参加し話しあいが行われた。政府間会議の場で

は 2 人の子どもが演説を行っている[喜多 1996:198-199]。 また、2002 年 5 月 8 日から 10 日まで、アメリカのニューヨークで「国連子ども特別総会」が開

かれ、60 カ国の首脳、180 カ国の政府高官、250 人以上の国会議員、その他 6000 人の大人の参加

者とともに、世界 153 カ国から 404 人の子どもたちが参加した。この総会は、子どもたちが初めて

国連総会に正式に参加した画期的なものであり、総会の前には、「子どもフォーラム」という子ども

だけの会議が開催された。子ども参加を重視し、ファシリテーターが子どもたちを支えながら、全

員が必ず自分の思いを発言できるよう導いていたようだ。フォーラムでは子どもたちがもっとも重

要だと思う 8 つの問題(搾取・虐待、環境、戦争からの保護、子ども参加、健康、HIV/AIDS、貧困、

教育)について議論し、「A World Fit for Us (わたしたちにふさわしい世界)」という文書にまとめ、

代表の子どもが発表した。子どもたちの意見を参考に、最終文書『A World Fit for Us (わたしたち

にふさわしい世界)』が採択された[ユニセフ HP 2008/12/30]。 このように、子どもの社会参加は国内および国際レベルで徐々に広まってきているといえよう。

ただ、こうした会議はみかけの華やかさとは裏腹に、大人の介入が強すぎることもある。また、子

どもの意見を反映した文書が作られたとしても、規定が抽象的であり法的拘束力を有していないこ

とも多い。やはり、大人が子どもと対等にパートナーシップを結ぶのは難しいのかもしれない。し

かし、子どもは可塑性に富む成長途上の存在であり、大人よりも効果的な行動変容をもたらしやす

29 もともとこの国会はモザンビーク国内で、ユニセフと 11 の NGO と4の省庁が子どもたちに関する 21 万

を超える署名を集め、子どもたちがどんな問題を抱えているかを調査したことが始まりである。

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い。また、子どもの世界を一番理解しているのは子どもであるため、効果的な解決策を生み出すこ

とが出来る。子どもを“パートナー”として認識し、子どもたちが住みたいと願う世界を共に築き

上げていくことが大切だと思われる。 第 2 節 フィリピンにおける子ども参加

フィリピンで子ども参加や開発の研究に携わっているテレサ・カマチカ・デラクルス氏(以下テレサ氏)の話や、『Surviving the Odds: Finding Hope In Abused Children’s Life Stories』、『WORKING WITE ABUSED CHILDREN from the Lenses of Resilience and Contextualization』を参考に、フィリピン

における子ども参加の考えや実態を明らかにしていく。

1.フィリピンにおける子ども参加の定義

フィリピンで「子ども参加」がどのように定義されているのかを見ていきたい。 フィリピンでは、多くの人が家父長的な価値観を持っており、子ども参加を批判的に捉える人もいる。 その一方で、子ども参加を指示する人もたくさん存在する。そうした人々は、「子どもたちは参加をす

ることで、さらなる内面的成長を遂げることが出来る。」と信じている。 テレサ氏は「子ども参加とは自分達の信じることのために立ち上がり、それを実現する能力を表現 することである。」と定義した上で、「子ども参加は、子どもにとって権利であり、責任でもある。子ど

もたちが自分自身を表現することは当然の権利である、と同時に、子どもたちが自分に出来る形でコミ

ュニティや社会の発展に貢献をする責任も伴う。より良い参加のためには、周りの理解と尊重、相談と

エンパワーメント、そして仲間との協働が必要になってくる。その際、周りの人々の権利を侵害するこ

とがないように気をつけなければいけない」と説明している[国際子ども権利センター 2003:23-25]。 2.子ども参加を実行する上で、大切なこと

テレサ氏は、「子ども参加を行う際は、それぞれの国の政治的・経済的・文化的現実を理解し、そ

れぞれの国の子どもたちに合った子ども参加を皆が認識・共有することが大切だ」と述べている。 フィリピンの場合は、①政治的現実として、汚職や政治的腐敗が蔓延していて頻繁に大統が変わ り、また、政府は開発優先政策を採っているため国家予算の大部分が軍事費につぎ込まれていること、 ②経済的現実として、貧困が蔓延し政府はセックス・ツーリズムを収入源の 1 つとして捉えており、 子どもがその犠牲者になっていること、③文化的現実として、家父長的な国であり男性支配の考え やジェンダー差別が根強く残っていること、および消費主義や物質主義が各家庭に入り込んでおり、 道徳や家族の価値観が崩れつつあること、以上の 3 つの現実に向き合い、子どもたちの置かれている 状況をきちんと判断した上で、皆が「子どもは変化を担う主体」として認識する必要がある。

また、子どもは独立した存在ではなく、様々なものに取り込まれていることを認識し、子ども達を

取り巻く環境を理解した上で、子どもだけにアプローチを行うのではなく、周りの環境とともに子

どもたちが変化していくようなアプローチを行うことが大切だと述べている[国際子ども権利セン

ター 2003:23-25]。 3. 困難を乗りこえる力:リジリエンシー

児童労働や児童買春、路上での生活などを通して大人からの搾取や虐待を経験した子どもたちは、

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社会から認められていないと感じ、自信や尊厳を失いやすい。大人の命令に背くことが出来ず支配

され、心を閉ざしてしまいやすい。このような子どもたちの傷が癒えるのには長い時間がかかる[中島 2006:68-70]。しかし、フィリピンでは搾取や虐待を受けた子どもたちには困難や傷から回復す

る力(リジリエンシー)があるということが研究で明らかにされている。子ども参加を語る上でも、こ

のリジリエンシーは重要なキーワードとなってくる。子どもたちが自分を信じ、社会に積極的に参

加をしていくためには、周りの大人が子どもたちの自信を育てていくこと、リジリエンシーを最大

限に活かしていくことが重要であると考えられているからだ。 そこで、ここでは子どもたちの自己回復力(リジリエンシー)を明らかにしていく。

○リジリエンシーとは 精神的、身体的に発達途上にある子どもたちが、凄惨な虐待や搾取にさらされれば、彼らに悪影

響を与えるのは明らかである。これまでの調査でも、虐待や搾取による子どもたちの傷、病状や無

力さを強調するものが多かった。 しかし、Banaag は自らの調査の中で、想像を絶するような数々の困難を乗り越えて生きている

ストリートチルドレンに出会い、子どもたちは困難な状況や内在する悩みに対処できる心身の強さ

と回復力を備えており、ネガティブな経験に打ち勝って成長していく能力があることを発見した。

この能力をリジリエンシーと呼んでいる。この概念は、虐待や搾取が子どもに及ぼす悪影響の暗闇

に、希望の光を投げかけた。つまり、子どもは脆く、無垢であり、虐待や搾取によって受けた傷を

抱えて残りの人生を情緒不安定のまま過ごすのではなく、耐え難い困難や経験に向き合い、克服し、

自らの人生を切り開いていくことが出来るサバイバーであることが認識されたのだ。

しかし、すべての子どもがリジエンシーを発揮できるわけではない。虐待や搾取のつらい体験を

乗り越える力を持つ子どもが存在する一方、困難に打ち勝てず、被害者意識にとらわれてしまう子ど

もも存在する。 研究者達は、この違いを、「さまざまな社会的資源や個人的な資質がある子どもは、トラウマから

身を守ることが出来る。」と主張している[国際子ども権利センター 2003:86-89]。この社会的資源と

個人の資質の領域は図 2 に示す。

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図 2 子どもの社会的資源と個人の資質の領域

個人の強さ

子どもたちが親近感を持ち、前向きな考え方が出来るようにするためのケアをする

環境

人生の方向付けをする意識

共感自己統一感自己肯定感

家族

友達

両親

指導者

路上の仲間(ストリートチルドレン]

ハウスピアレンツ(施設の子ども)

宗教(神を信じ教え

に従う)

学校とコミュニティ

出典 国際子ども権利センター『今こそ、子どもとエンパワーメント!』を基に筆者が作成

この図からわかるように、リジリエンシーを発揮するには、個人の強さや考え方とともに、その力を

引き出す周りの環境が大きな鍵になっていることがわかる。子どもたちには強い絆を結ぶことの出来る

仲間や大人の存在が何よりも大切なのではないか。 ○子どもの力 『Surviving the Odds: Finding Hope In Abused Children’s Life Stories』の中で紹介されている子

どもを参考に、リジリエンシーが強い子どもたちの特徴を明らかにする。 ① 独立心が強く、自分の可能性を信じることが出来る。そのため、自分の状況を見極め、問題の

解決策を見つけたとき、周りに頼らず自分で判断をすることができる。これは困難な状況をう

まく扱えない子どもが周りに頼ってしまい、問題が起こったときに他人の責任にしたり、自分

で判断を下せないのとは対象的である。 ② 社会に対しても自分の将来に対しても統一感と希望を抱き、自らの運命をコントロールする力

がある。 ③ 困難な状況に直面しても、物事を冷静に判断し、出来るだけ我慢し正気を保つことが出来る。

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トラウマは子どもの希望や生きる意味を奪いかねない。悲しみや苦しみの感情に覆われながら

も正気を保つことが出来る子どもは、ネガティブな感情の扱いを知っており、苦しみを最小限

に抑えたり、払いのけ、人生を前向きに捉えることが出来る。 ④ 悲観的や憂鬱な状況の中でも、ささいなことに幸せを見つけ(例えば、友達とチャットをするこ

と、絵を描くこと、歌うことなど)、緊迫感を緩和したり、問題を笑い飛ばし前向きに楽しみを

見つけることができる。 ⑤ 思いやりがあり、周りの人の気持ちを察し、助けになろうとする。 ⑥ 自分のかつての経験から学び、何が正しく、何が間違っているのか強く認識している。また、

自分は何をすべきかがはっきりしている。これは、ストリートチルドレンに多く見られる特徴

である。かつて路上で麻薬を吸ったり、性産業に従事していた子どもが、それらは間違ってい

ることと認識し、周りの子どもたちのお手本となるために、二度としないと誓う。また、麻薬

に侵されたり、性産業に従事している仲間をなんとか救いだそうとする[Bautista, Violeta 2000:13-45]

以上が、リジリエンシーが強い子どもの特徴である。子どもがリジリエンシーを備えていることは

事実であるが、いつでも発揮されるわけではなく、強いリジリエンシーを備えていても困難な状況か

ら抜け出すことができない子どもも存在する。子どもがリジエンシーを発揮するには大人のファシリ

テーターが大きな鍵になるのではないか。 そこで、次は、子どもがリジリエンシーを発揮できるように導くための大人のファシリテーターの

役割を明らかにする。

○ ファシリテーターの役割 欧米では、ファシリテーターと子どもたちをはっきり分けることが多いが、フィリピンではファ

シリテーターが子どもたちを家族のように受け入れ、子どもと深く関わり人間的な関係を築くことで

子どもたちのリジリエンシーは高められると考えられている。そこで、ここではフィリピンにおける

ファシリテーターの役割を明らかにする。 搾取や虐待を受けた子どもは、自分を信じる力が弱まっている。そこで、ファシリテーターは、一

人ひとりの子どもをユニークで特別な存在として評価することが大切だ。子ども達は自分の良い部分

を評価されることで自分に自信を持つことができるようになるからだ。 そして、ファシリテーターは子どもの将来や幸せを第一に考え、子どもに対し健全で望みのある態

度を貫きより良い関係を築いていくことが大切である。子どもたちは、大人に裏切られた経験から、

信用を最も必要としている。そして、誰が自分に関心を持って親身に対応してくれるかを、とても良

く見ているのだ。信頼でき、自分に関心を持ってくれる、自分を尊重してくれるファシリテーターの

存在は、搾取されてきた子どもたちが自分のトラウマを受け入れ、前向きに生きいく力になるのだ。 また、虐待や搾取を経験した子どもの中には、うまく自分の感情を表現できずに、ファシリテータ

ーを怒らせたり、喧嘩をすることで自分の思いを表現する子どももいる。そうした、強い感情表現の

裏に隠された子どもたちの気持ちをすばやく理解し、一時の感情に流されることなく、辛抱強く受け

入れることが大切である。大人が非難したり無視をしないとわかると、強い感情表現をしていた子ど

もも、徐々に自分の感情を素直に表現できるようになるのだ。しかし、いつも優しいだけだはなく、

あまりに誠実でない態度をとった時には、子どもと向き合うことも必要である。叱る場合には、その

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理由や背景をきちんと説明し、間違っていることを理解させる。そのことで、子どもが自分自身を見

つめるきっかけになるのだ。 ファシリテーターはどんな状況であっても、家族のように穏やかに、望みを抱き、辛抱強く子ども

と向き合っていくことが大切であり、そうした信頼が子どものリジリエンシーを強めていく大きな力

になるのであろう[Bautista, Violeta 2000:49-77]。

第 3 節 フィリピンの NGO の取り組み

フィリピンでは、虐待を受けたり、困難な状況にいる子ども達が、困難や傷から回復する力(リジリエ

ンシー)があることを信じ、子どものそのような力を大切にしている NGO がたくさん存在する。厳しい

状況におかれている子どもをサポートする NGO の多くは、具体的に子どもの状況を捉え、それぞれが

豊なプログラムを持っている。ここでは、子ども達を保護の客体だけでなく、権利を持った主体として

活動しているフィリピンの NGO を紹介する。 ○ TATAG Foundation(Tayo Ang Ting At Gabay=私たち自身が声であり道標である)

1.設立の背景 TATAG Foundation(以下 TATAG)は子どもの権利条約を基盤とし、全ての形態の虐待・搾取・

人権侵害に遭っている子ども達を保護し、精神ケアや様々なプログラムを通して人間育成を図り、

これからの社会を築いていけるようにエンパワーしている NGO である[FTCJ HP 2008/12/30]。 TATAG はシルビオ・アバイガル氏が 1980 年代後半に設立した。アバイガル氏は、もともとはユ

ニセフがオロンガポのストリートチルドレンに対してプロジェクトを行った時のストリート・エデ

ュケーターであった。ユニセフが去った後も、活動をしてほしいという子ども達の声が大きかった

ため、TATAG の活動を継続していったという。 事務所があるオロンガポ市は、米海軍のスービック基地(現在はなくなっている)の町として知ら

れている。地元の富裕層が地域発展のためではなく、私欲を優先して軍人や観光客相手の娯楽施設

ばかりに投資し、貧しい女性や子ども達が性産業の犠牲となっていった。また、農村から貧困層が

流入し、都市の貧困化とスラム地域の拡大が深刻な問題となっていた。親に安定した職がない、片

親しかいない、兄弟が多いといった、家族の中の様々な問題が重なり合い、親の収入だけでは衣食

住を十分に満たすことが出来ず、子どもが自分の学費を稼いだり生活を支えるために働いてきた。

そうしたことから、1980 年代には市内でストリートチルドレンが急速に増加し 3000 人以上にも膨

れ上がったといわれている。 ストリートでの仕事はバス・ジープニー掃除、ごみ拾い、荷物運び、新聞売り、ビニール袋運び、

荷車押し、物乞いなどである。 しかし、路上で働く子ども達は雇い主によって不当に搾取されやすく、きちんとした収入がもら

えないことが多く、まるで動物のように扱われ、警察からはいつもターゲットとして狙われていた。

そこでアバイガル氏は、路上で働く子ども達を仕事別に組織化し、子ども達の収入が安定するよう

に目指した。たとえば、荷車押しの仕事をしている子ども達は、高額の荷車レンタル料を支払って

いた。そこで、ユニセフの支援を利用し子どもの労働組合で荷車を購入し、子ども達が荷車のオー

ナーになった。そのことで子ども達の収入も安定するようになった。また、子ども達自身が団結し

て協力したことで、連帯感が生まれ、子ども達同士の争いも減少した[宮下恵 2002:77]。

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1992 年にスービック海軍基地からアメリカ軍が撤退し、基地があった場所は経済特別区として

開発が進められ、外国企業が進出し製鉄・造船関連の巨大な工場やリゾート施設が建設された。そ

の結果、雇用状況が上回り住民の雇用の機会は拡大した。TATAG の調査によると 1990 年代半ばに

はストリートチルドレンの数が 300 人にまで減少したといわれている。 ストリートチルドレンの減少によって、TATAG は地域住民の組織化(コミュニティ・ベース・ア

プローチ)に力を入れた30。1 ヶ月に 1 度ミーティングを開き、地域の結束を高めるとともに、様々

な問題を抱えている住民に対して問題を挙げてもらって、そのためにどうしたら良いか話し合った

り、アクティビティなどを通して路上に子どもが出て行くことの危険性や子どもの権利について教

えていく。そして、将来的に自分達で児童労働や貧困に取り組んでいけるようにリーダーシップ・

トレーニングや子どもの権利に関する啓発活動を実施している。 しかし 2001 年ころからストリートチルドレンが増加したことに伴い、コミュニティ・ベース・

アプローチを続けるとともに、ストリート・ベース・アプローチにも再度焦点を当てて活動してい

る。買い物袋持ち・売り子・スカベンジャーなど、子ども達の仕事別に組織を作るとともに、スト

リート・エデュケーションを行い子ども達のエンパワーメントを図っている[宮下恵 2002:77]

2. ストリート・エデュケーションの事例

ストリート・エデュケーションでは、ストリートチルドレンに対し問題に対する解決策を教える

のではなく、子ども達自身が自分のことや周りで起こっている問題に対して、自分で考え行動でき

るように変化・成長することを目指している。 TATAG ではオロンガポ市のマリキットパークでストリート・エデュケーションを行っており、

現在、月・水・金曜日にミーティング、土・日にアクティビティを実施している。 参加する子どもは 40 人~100 人と日によっても異なる。最初は必ず簡単なゲームやダンスを踊

って、初めて参加する子どもでも馴染めるようにしている。その後は、エデュケーターのサポート

の下、グループ分けをし、子ども達のリーダーが中心となってアクティビティを行う31。内容は様々

であるが、子どもの権利や将来の夢ついて話しあったり、路上での危険から回避する方法を劇にし

たり、スポーツ大会やディスカッションなどが行われている。また、ストリートチルドレンの多く

は学校に通っているが、毎日通っていなかったり、学校の前後に働くのでなかなか勉強をすること

が出来ない子どもが多いのでアクティビティの中で文字の読み書きや計算などの基礎的な学習も

行っている。

30現在は 16 の地域を支援している。それぞれの地域にリーダーを置くとともに、その上に 4 つの地域

をまとめるコミュニティオーガナイザーを置いている。TATAG の地域活動に参加する条件は①離婚し

ている、②片親である、③大家族である、貧困家庭である、④虐待の可能性がある、の 4 つである。

31 筆者は 2007 年の 3 月に 2 回、2008 年の 11 月に 3 回アクティビティに参加した。2008 年 11 月

のアクティビティではクリスマス会に向けた劇やダンスの内容を子ども達で考えていた。また、子ども

たち同士でディベートを行っていた。内容は「男の子と女の子、どちらが良いか」であった。男子と女

子のチームに別れ、チームのリーダーを中心にお互いが積極的に話し合いを行っていた。

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このようなアクティビティの計画・実施はエデュケーター・子どものリーダー・大人のスタッフ

が協力して行われる。そして活動の後は評価がなされる。具体的には、何人の子どもが参加したか、

どのようなアクティビティが実施されたかといったものから、実際に活動に参加した子ども達とア

クティビティの内容・方法について議論も行う。 また、フィリピンでは 10 月は子どものための1ヶ月とされ、オロンガポ市では毎年チルドレン

コングレス(子ども会議)というものが行われる。これは、オロンガポ市内の子どもを支援する NGO団体を中心に、子ども達が自分達の権利や社会の問題について発表するもので、TATAG の子ども

達も準備の段階から積極的に参加した。今年は環境問題をテーマに、子ども達が劇や踊りを使って

発表した。劇の内容は子ども達が中心となって考えた。「なぜ環境破壊が起きるのか-①お金のた

めに山の木をきるから、②どこにでもごみを捨てるから、③生活のために水を汚したり、使いすぎ

たりするから」という問題をあげ、木がなくなった世界、ごみだらけの世界、汚い水だけの世界を

表現し、こうならないように皆で考えていこうと発表した[ニニョス・タッタグブログ 2008/12/20]。 小学 3 年生以下の子ども達の意見がとても反映されたということで、TATAG の子ども達の社会

問題に対する意識の高さが伺えた。 この他にもサマーキャンプが行われている。これは年に 1 度、TATAG が支援している路上で働

いている子どもや、貧困地域で暮らす子どもを対象に泊まりで行われる。ここでは 2008 年の 4 月

に行われたキャンプで行われたことを紹介する。 ① セルフ・アウェアネス(自己発見)-自分自身について見つめなおし、自信を持ったり改善点を

見つけられるようにする ② チームビルディング(チームワーク形成)-参加者同士がグループ行動し、チームワークや協力

することの大切さを学ぶ ③ トラスト・ビルディング(信頼構築)-ペアやグループで行動し、お互いや自分を信頼すること

の大切さを学ぶ ④ シチュエーション・アナリシス(状況分析)-ある状況において話し合いながら深く考え、起こ

ってしまったことの原因分析や解決の道を探る 以上の 4 つがゲームやワークショップを通して行われた。このキャンプを通して、子ども達は自

分のことを大切に思う気持ちを育てるだけでなく、仲間の大切さや、世界で起こっている不公平

な状況に対して自分達には何が出来るのかを考えるきっかけになっているのではないかと感じ

た。 このように TATAG ではさまざまなエデュケーションやトレーニングが実施されている。

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31

↓エデュケーションの様子

3. ストリート・エデュケーターの役割

ストリート・エデュケーションはストリート・エデュケーターと呼ばれる若者が中心となって行

われており、現在 16 歳から 23 歳までの 7 名の大学生がエデュケーターとして活躍している。彼ら

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は、もともとはストリートチルドレンであり、TATAG の活動に参加し、様々なリーダーシップ訓

練を経てエデュケーターになっている。 TATAG の代表であるアバイガル氏はエデュケーターに対して、以下のように伝えているそうだ。 「路上に出る時は常にストリート・エデュケーターとして行動することが大切だ。悲しいことも、

怖いことも、驚くこともあるかもしれないが、感情に動かされてはいけない。自分自身ではなく、

ストリート・エデュケーターになるんだ。どんな時でも自信を持って行動し、話しなさい。」[ニニ

ョス・タッタグブログ 2008/12/20] それほど、ストリート・エデュケーターになるには、どんなことにも揺るがない強い心と行動力

が必要であり、とても大きな役割を担っていることが伝わってくる。 ここではエデュケーターの RIZA と CITA を紹介する32。 RIZA は現在大学生でマスコミ関係の勉強をしている。彼女の家は貧しく、小さいころから路上

でビニールを売る仕事をしていた。そして、路上で働いている時にエデュケーターと出会い、TATAGのアクティビティに参加するようになった。彼女はそれまで大人に裏切られてきたために、エデュ

ケーションに参加しても、最初は大人や周りの子ども達をなかなか信じることは出来なかった。し

かし、RIZA のことを一生懸命考えてくれる、心から信頼できるエデュケーターと出会うことで、

少しずつ周りの仲間や大人を信じられるようになった。RIZA は、「活動に参加する前は、小学校を

卒業できれば良いぐらいしか考えていなかった。しかし、TATAG に出会って活動に参加する中で、

もっと上の目標を見つけられるようになった。今はマスコミの勉強をしていて、将来はニュースキ

ャスターとして活躍したい」と語ってくれた。 CITA も大学生で、現在ホテルマネジメントの勉強をしている。彼女の家も貧しく路上で働いて

いた。小学生の頃に勉強を続けるために奨学生として TATAG の活動に参加した。CITA は、「スト

リートチルドレンの時は将来が見えず不安だったけれど、今は支援のおかげで大学に通えている。

たくさんの子ども達と出会い、様々な活動をすることが出来るので、今の生活はとても楽しい」と

語ってくれた。彼女は 10 年以上も TATAG の活動に携わっており、現在は子どもだけでなく、貧

困地域に暮らす親へのトレーニングを行っている。 彼女たちはエデュケーターになるために、学校に通いながらたくさんの訓練を受けてきた。今で

はストリートチルドレンを支えるエデュケーターとして子ども達のために活動している姿が印象

的であった。2 人とも共通しているのは、「TATAG の活動に参加することで将来のこと、自分のこ

とをとても考えるようになった」と語ってくれたことだ。路上で働いている時は自分に自信が持て

ず、なかなか将来について考えることが出来ないのかもしれない。しかし TATAG の活動に参加し

て自分の権利について学んだり、訓練を受ける中で自分自身の中で変化が起こっているようだ。2人とも、とてもリーダーシップに優れていて、周りからの信頼も厚く、TATAG の活動を通してエ

ンパワーされているように感じられた。 エデュケーターはエデュケーションの活動を考えるだけでなく、路上に出て、ストリートチルド

レンと対話している。なぜ路上に出ているのか、子ども達がどんな問題を抱えているかを明らかに

32 筆者によるインタビュー。2008 年 11 月 26 日

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した上で、改善策を一緒に考えるなど子ども達の相談役となっている。ただ、路上にいる子ども達

はなかなか人を信じることが出来ないので、無視したり興味を示さない子どもも多いようだ。暴力

的であったり、なかなか集中できない子どももいる。そのようなさまざまな子どもたちと信頼関係

が築けるように、コミュニケーションをとり、根気よく話しかけ、彼らの言葉や気持ちをきちんと

理解することが大切である。エデュケーターの一人は、「アクティビティで一緒にゲームや話し合

いをする中で、子ども達が少しずつ人を信じられるようになることがとても嬉しい」と語ってくれ

た。 また、活動に参加していたが、参加できなくなった・参加しなくなった子どもに対してのフォロ

ーもエデュケーターの役割である。TATAG の活動にコンスタントに参加する子どもはエンパワー

され、変化も大きいが、なかなか参加できなかったり、途中で止めてしまうと変化があまり見られ

ない。そこで、エデュケーターは家庭に訪問し、なぜ来ないのか両親や子ども本人と話し合う。子

どもが参加したくても親が働くことを求める場合には、親に対し子どもの権利や TATAG の活動に

よって子ども達がどのように成長していくかを伝えていく。このように、路上にいるたくさんの子

どもが、ずっと活動に参加できるようにエデュケーターは様々な工夫をしているのだ。 エデュケーターになるには何度もリーダーシップトレーニングに参加することが必要だ。トレー

ニングでは、ファシリテーションの仕方やエデュケーターとしての振る舞いが教えられる。 また、「なぜストリートチルドレンがいるのか」「ストリートチルドレンのために個人・地域・社

会は何が出来るのか」といった内容を子ども達が話し合って発表したり、ロールプレイで問題(例え

ば「アルコール中毒の子どもにどう接するか」「心に問題を抱えている子どもがパニックを起こし

たときにはどう対応するか」など)を表現し、スタッフや子ども達同士で評価する。「エデュケータ

ーになるには、たくさん勉強をし、知識を積み上げ、経験を重ねて、技術を身につけ、自分の態度

や振る舞いを常に意識し、努力と我慢をしなければいけない」というスタッフの言葉が物語るよう

に、1 人前のエデュケーターとして認められるようになるにはこうしたトレーニングを積み重ねな

ければいけない[ニニョス・タッタグブログ 2008/12/20]。自分がエデュケーターになってストリ

ートチルドレンを支えたいという強い思いがなければ出来ないことだと感じた。

4.子ども達の変化 TATAG の子ども達は困難な状況にいるが、ストリート・エデュケーションを通してエンパワ

ーされ、権利意識を持ち、問題解決に向けて積極的に行動をしている。TATAG の活動やエデュ

ケーションに参加する前と参加した後で、子ども達にどのような変化が見られたのか、アバイガ

ル氏やエデュケーターに伺った33。すると以下のことがわかった。

① 恥ずかしがりやで、人見知りをしていた子どもが活動的・積極的になる ② 活動に参加する中で、リーダー的役割をこなすようになる ③ 家庭の事情でなかなか学校に行けなかった、または、行かなかった子どもが勉強の大切さを

33 筆者によるインタビュー。2008 年 11 月 26 日。

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知り、学校に戻って勉強するようになる ④ 責任感を持って行動するようになる ⑤ 周りの仲間や人々に対して、思いやりを持って行動するようになる ⑥ 自分の将来に対して目標を持って行動することが出来る、大学に行くことを決める ⑦ 子ども達を取り巻く危険から逃れることが出来るようになる

以上が子ども達に見られる変化である。このように子ども達が変化するには長い時間がかか り、また、一人ひとり異なる性格やバックグラウンドを持っているので、その度合いや変化の早

さも一様ではないとのことだ。 今度は、アバイガル氏やエデュケーターの話、および、宮下氏の意見を参考に TATAG の活動

が子ども達をどのように変化に導いているのか、変化の過程を明らかにしたい。 ① 「基本的ニーズ」段階

TATAG 支援で基本的ニーズである衣食が満たされることで、ある程度子ども達に心の余

裕が生まれる。 ② 「子どものケア・治癒」段階

路上でエデュケーターが対話を続けることで、信頼関係を築き、子ども達が少しずつ周り

の人を信頼するようになる。次に、ファシリテーター・エデュケーターとのカウンセリン

グや、同じストリートチルドレンとのピアカウンセリングを実施したり、アクティビティ

やイベントを行うことで、子ども達が自分の困難な状況を受け入れるとともに、同じ思い

を抱えた仲間と結びつきを強めていく。 ③ 「意識変化」段階

ストリート・エデュケーションやアドボカシー(政策提言)活動、リーダーシップトレーニ

ングに参加する中で、子ども達は自己肯定感が芽生え、自分自身について前向きに考える

ことができるようになる。「自分は大切だ」と思うことで未来への希望や選択肢が生まれ

るとともに、権利意識にも目覚めるのではないか。そのことで、自分の意思で積極的に様々

な活動に参加したり、公教育に復帰する、大学を目指すようになる。 ④ 「導き」段階

自分を認め、自信を持つことによって、周りの人々のことを受け入れられるようになる。

積極的に周りの仲間や大人と組織を作って一緒に活動するようになり、さらに視野が広が

っていく。自分のことだけでなく、家族や仲間・地域社会、更には地球規模の問題に対し

て関心をもち、問題解決に向けて、周りの人々(仲間・エデュケーター・TATAG のスタッ

フ・家族・地域の人々など)と対等なパートナーシップを結んで、協力して物事を進めるこ

とが出来るようになる。この段階では、他者の参加を促すファシリテーターとしての力が

備わってくる。

以上が筆者が考える子どもたちの変化の過程である。

5.課題とこれからの展望

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TATAG の活動に参加する中でエンパワーされた子どもを紹介してきた。しかし、中には積極

的に参加したくても、家の貧しさや家族の不和によってなかなか参加できない子どもも依然とし

ている。 例えば A(13 歳 5 年生 女の子)は母親と二人暮らしで、父親は病気のため入院し、弟を交通

事故で亡くしている。彼女は 1 年間学校を休んでいたが、今は TATAG の奨学金制度を使い何と

か通っている。もともと貧しい家庭であったが、父親が病気で入院したために、より貧しくなっ

てしまった。そこで、平日は朝の 5 時から学校が始まる 9 時までと学校が終わる 14 時から夜の

24 時まで、土日は TATAG のアクティビティの時間以外は市場でプラスチックバックを売り、荷

物運びを行っている。しかし 1 回 5 ペソ34なので、1 日働いても 50 から 100 ペソにしかならな

い。彼女は「TATAG の活動を通して、信頼できる大人や仲間と出会えたことはとても良かった

し、TATAG は子どもに対しての一定のサポートをしてくれる。しかし、自分の家の貧困までは

サポートしてくれないので、働かなければいけない状況は変わらない。」と語ってくれた35。 活動に参加したくても、家庭があまりに貧しく、彼女のように学校に通いながら朝早くから夜

遅くまで働いている子ども達は自由時間も心の余裕も少なく TATAG の活動になかなか参加でき

ない。そうなると、子ども達が十分にエンパワーさせる前に TATAG から離れてしまう可能性も

ある。 そのようなことを防ぐためにも、働く子ども達の組織の結束力を強めて、子ども達自身が大人

と対等に交渉してきちんとした収入が得られるようにすることや、子ども達自信がビジネスを行

う仕組みも必要なのかもしれない。それと同時に、地域組織の開発を支援し、貧困層の人々が自

立して生活できるように、職業訓練に対する適切な働く場作りなどの対策も必要だと考える。 ○ プレダ基金(人々の回復、エンパワーメントと発展の支援基金:Peoples Recovery, Empowerment and Development Assistance Foundation)

1. 設立の背景 プレダ基金は 1974 年、アイルランド人のシェイ・カレン神父と、フィリピン人のヘルモソ夫妻

によってオロンガポ市に設立された。20 人のソーシャルワーカーやハウスペアレンツ(子どもの世話

をする人)、セラピスト(子どもの心の癒しを専門的におこなう人)と多くのボランティアによって活

動が進められている。 設立した元来の目的は、両親の薬物乱用によって家庭が崩壊した子ども達を助けることであった。

それまで社会や親から手荒に扱われていた子ども達が、家族の問題に対処し、両親を回復させ、家

族の結束、尊厳と愛を元に戻すことが出来るように援助をした。 しかし 80 年代以降、オロンガポでは性的虐待・性的搾取の問題が深刻になり、被害にあった子

どもは心にトラウマを抱え、正当に社会にアクセスできなくなった。そこで、プレダ基金は、性的

被害にあった子どもを中心とした活動を始めるようになった [PREDA Foundation HP 2008/12/24]。

34 1 ペソ約 1,87 円(2009 年 1 月現在) 35 筆者によるインタビュー 2008 年 11 月 30 日。

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現在は「人間としての尊厳のため」、そして、「性的に搾取された子ども・女性の人権のため」に

活動の幅を広げている。 主な活動は「子どもの家」で性的虐待を受けた子どもの救出、保護、治療を行うことである。家

庭内で性的虐待をうけた、あるいは性産業で働かされた子どもたちが、「安心できるホームで生活

し、学校に行き、友達と遊ぶ」といった“子ども時代”を送れるようにすることで、子どもをエン

パワーしている。現在は 50 人前後の子どもが生活している。 子どもを受け入れるときに、子どもがどのような虐待・搾取を受けていたのかをきちんと把握し

た上で、一人ひとりの子どもに会った回復への道筋を考える。具体的な治療方法としては、加害者

の行為やそれに対する自分の感情を思い出し、思い切り表現していくことで過去・現在の自分を受

け入れる「プライマリー・セラピー」の方法をとっている。子どもが過去を受け入れた上で、自分

に自信を持ち、「加害者の行為が悪いのだ」とはっきり認識できるように導いていくことで、困難

な体験を乗り越えられるようになるのだ。 ホームで生活し、エンパワーされた少女ピアを紹介する。ピアは幼い頃から性産業に従事させら

れ、11 歳の時に保護された。周りは彼女を利用する大人ばかりであったため、大人を信じることが

出来なくなっていた。最初はホームでは規則が厳しくて逃げ出すこともあり、心を閉ざしていた。

しかし、周りのスタッフが彼女を信じ、時間をかけて彼女の良いところを見つけては褒めることで、

彼女は自分を受け入れてくれる居場所があることを感じ、物事を前向きに考えられるようになった。

また、プライマリー・セラピーを受け、自分の心の中にあった苦しみに向き合うことで、虐待した

人間を許せるようになった。その後は、フィリピンや日本で自分の経験を話して多くの人に虐待・

搾取の事実を伝えると共に、ホームの子どもたちを支えている[中島 2006:9-123]。 プレダ基金に出会い、自分を信じてくれる大人と出会うことで、ピアはリジリエンシーを発揮し、

搾取・虐待の経験を乗り越えることができたのであろう。

プレダ基金では性的虐待を受けた子どもだけでなく、路上や刑務所で危険にさらされている子ども

の保護や、地域の人々と連携をして、子どもの権利、性的虐待、麻薬、HIV/AIDS などについての意

識啓発、被害にあった子ども自信が演劇などをとして問題を訴えるアドボカシー活動や、売買春の原

因となる貧困の根を絶つためのフェアトレードを実施している [国際子ども権利センター

2003:43-47]。 プレダ基金は、今回直接訪問をすることが出来なかったが、資料を通して、子どもたちのエンパワ

ーと同時に、親や地域社会など周りの大人の意識を変える活動も積極的に行っており、子どもたちを

取り巻く搾取的な環境を変えるために様々な角度からのアプローチを行っていることが読み取れた。

おわりに

これまで、世界における児童労働の現状と問題、フィリピンにおける児童労働の現状や問題、そして

児童労働や児童買春などによって搾取・虐待されてきた子どもが、自分達の困難な状況に向き合い、積

極的に社会に参加していけるような活動をおこなっているフィリピンの NGO の事例を見てきた。 現在は経済のグローバル化の中で、豊かな人と貧しい人の格差が急速に進んでいるように思われる。

フィリピンは近年開発が進み、首都のマニラには近代的な建物が立ち並ぶ。その一方で、経済発展の恩

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恵が受けられずに貧困から抜け出さない人々がたくさんいる。フィリピンは中絶してはいけないという

カトリックの文化ということもあり、子どもの数は多い。貧困層で、子どもが多い家庭では必然的に子

どもが働かなければいけなくなる。 働いている子どもたちの中でも、搾取的な環境で働いている子ども達は、多かれ少なかれ、大人から

の暴力にさらされている。その中でも、ストリートチルドレンや最悪の形の児童労働に従事している子

どもは特に危険な状況にある。 大人から虐待や搾取を受けた子どもは、自分に自信を持つことが出来ず、また、大人を信じることが

困難になってしまっている。これはフィリピンに限らず世界中の子どもに当てはまることである。子ど

もが自信をなくし、自分の将来に希望が持てず、誰も信じられなくなってしまったら、より良い社会は

決して望めないだろう。 こうした傷を負った子どもたちに対して従来はその傷を隠すことに目が行きがちだった。 しかし、Vanistendael は搾取や虐待の被害を受けている子どもを信じて以下のように述べている。 「真の治癒とは、絆創膏を貼り付けて傷口をふさぐものでなはく、健やかな身体から新しい皮膚が生

まれ出て、傷口が治ることである」[国際子ども権利センター 2003:87] つまり、搾取的な児童労働や虐待を通して、権利が侵害され、自分に自信が持てなくなった子どもた

ちに対して、その傷を隠すことをしても意味がないのだ。応急処置ではいつか傷口が開いてしまう。そ

うではなくて、その傷を受け止めて、傷に立ち向かえるように、自分の将来の希望を見いだせるように、

周りの大人が子どもを信じ、導いていくことが大切だ。長い時間とたくさんの苦労がかかるかもしれな

いが、どんな状況に置かれていたとしても、自分に自信を持つことが出来る子どもは、将来、政治的に

も社会的にも責任を果たしていけるのではないか。 フィリピンではこうした考えを持つ NGO が多く存在し、子どもの力を信じ、積極的な参加を促し成

功している事例が見られるようになった。こうした NGO が連携を強め、児童労働や児童買春に従事し

ていたり、路上で生計を立てている子どもたちが、自分の権利を知り、自分は大切な人間であると信じ、

そして、搾取的な状況を改善するために立ち上がって行けるように導いていくことが大切だ。それと同

時に、子どもを取り巻く家族、コミュニティなど周りの大人にもアプローチを行い、「子どもは権利の

主体であり、その権利を守るのは全ての人間の責任である」という考えの基で搾取的な状況を子どもた

ちとともに変革させていく必要がある。難しいことではあるが、子どもと大人がパートナーシップを結

ぶことができたなら、子どもにとってより良い社会を目指していけるのではないかと思う。 参考文献リスト

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(2003) 『誰にもうばえない子どもの権利』 松井やより(1991) 『アジアに生きる子どもたち』労働旬報社 永井憲一・寺脇隆夫(1990) 『解説 子どもの権利条約』日本評論社 中島早苗、野川未央(2006) 『フィリピンの少女ピア 性虐待をのりこえた軌跡』大月出版 中野光・小笠毅(1996) 『子どもの権利条約』岩波ジュニア新書 名取弘文(1996) 『こどものけんり』雲母書房 OECD(2005) 『世界の児童労働:実態と廃絶のための取り組み』明石書店 オグレディ、ロン(1992) 『アジアの子どもと買春』明石書店 大田尭(1990)『国連子どもの権利条約を読む(岩波ブックレット 156)』岩波書店 (1997)『子どもの権利条約を読み解く かかわり合いの知恵を』岩波書店 「ストップ子ども売春」の会(1996) 『アジアの蝕まれる子ども:子ども労働・買春を告発する』明石

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(2003) 『世界子供白書 2003:子ども参加』 (2005) 『世界子供白書 2005:危機に晒される子どもたち』 (2007) 『世界子供白書 2007:ジェンダーの平等がもたらす二重の恩恵』

洋書 Bautista,Violeta and Rolden, Aurorita and Graces-Bacsal,Myra(2000) Survivng The Odds:

Finding Hope In Abused Children’s Life Stories. Bautista,Violeta and Rolden, Aurorita and Graces-Bacsal,Myra(2001) WORKING WITE ABUSED

CHILDREN from the Lenses of Resilience and Contextualization Victoria Rialp (1997) Children and hazardous work in the Philippines

Page 39: 「フィリピンの児童労働と子どもの参加」...4 第1章 子どもの権利と児童労働 第1章では、経済のグローバル化にともなう子どもの人権問題を解決するため、制度のグロー

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論文 東京都立大学 山口恵子 『フィリピンにおける「ストリートチルドレン」の社会問題化』 立教大学 宮下恵 『子ども参加におけるコミュニケーションの課題‐フィリピンのストレートチルド

レンを支援するTATAG Foundationの事例から』 新聞 週刊朝日アエラ 1990 年 11 月 6 日 No30 朝日新聞 1998 年 5 月 1 日 No34

2000 年 3 月 2 日 No23 2004 年 5 月 18 日 No6 ホームページ ALL NTT WORKERS UNION OF JAPAN http://blog.goo.ne.jp/nttunion/m/200806 ACE http://acejapan.org/modules/bulletin2/ 独立行政法人労働政策研究・研修機構 http://www.jil.go.jp/

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