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MINTETSU SUMMER 2019 2 使イラスト・岡林玲

「ロマンスカーGSE!」だのと叫ぶ 初々しい運転士...3 MINTETSU SUMMER 2019 さんの背中を見つめた。その運転士さんはかなり若かった。いた。そして、その隣に先輩と思われる人が

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Page 1: 「ロマンスカーGSE!」だのと叫ぶ 初々しい運転士...3 MINTETSU SUMMER 2019 さんの背中を見つめた。その運転士さんはかなり若かった。いた。そして、その隣に先輩と思われる人が

MINTETSU SUMMER 2019 2

私の家にいる三歳の子どもは「子

鉄」だ。子どもの鉄オタのことを最近

は子鉄と呼ぶらしい。一歳半くらいか

ら「でぃし」と言いながら電車を指差

すようになり、電車の絵本や図鑑を本

棚から引っ張り出しては「読んで」と

せがむようになった。

私自身は電車に興味が持てず、機械

や地図も苦手なたちなので、普段使い

している電車以外は車体を見たところ

で名前がまったくわからなかったのだ

が、子どもは二歳になると電車名をた

くさん覚え始め、図鑑やオモチャなど

で電車を見ると、私には同じように見

える赤い車体でも「顔つき」でパッと

判断しては、「けいきゅう!」だの

「ロマンスカーGSE!」だのと叫ぶ

ようになった。電車というのは小さい

子の脳にしっくりくる形をしているの

だろうか? 

とにかく、私も子どもか

ら影響を受け、少しずつ電車に詳しく

なってきた。

噂によると、子鉄というのは四歳ぐ

らいになると自然に卒業してしまうこ

とが多いらしい。せっかく好きになっ

たのだから、年齢を重ねてもどんどん

覚え続けて電車博士になったり、N

ゲージで本気で模型を作ってどこかの

サークルに入っておじいさんの鉄オタ

と友だちになったりするぐらい極めて

欲しいところだが、興味というのは親

がコントロールできるものではない

し、もしかしたら私の家にいる子ども

も、そのうち卒業してしまうのかもし

れない。

ただ、現在はまだまだ電車好きで、

電車絵本や乗り物図鑑を毎日めくって

いる。今のうちかもしれないし、「実

際の電車も楽しませよう」と、私と夫

はせっせと子どもを電車に乗せに連れ

ていく。

昨年の夏は、京浜急行で海に行っ

た。それは思い出深いものだったらし

く、 「

けいきゅうで、海に行ったねえ」

図鑑で京急の車体を見るたびに子ど

もは同じセリフを出す。

その日は空が青く晴れた美しい日

で、子どもと夫と私は品川駅から京急

の赤い電車に乗った。すると、ラッ

キーなことに、運転席のすぐ後ろの席

に座れた。夫が膝に乗せて抱き上げる

ようにしながら運転席の窓を見せる

と、子どもはにこにこしながら運転士

初々しい運転士

山崎ナオコーラ

イラスト・岡林玲

Page 2: 「ロマンスカーGSE!」だのと叫ぶ 初々しい運転士...3 MINTETSU SUMMER 2019 さんの背中を見つめた。その運転士さんはかなり若かった。いた。そして、その隣に先輩と思われる人が

3 MINTETSU SUMMER 2019

さんの背中を見つめた。

その運転士さんはかなり若かった。

そして、その隣に先輩と思われる人が

いた。

運転士さんの背中には初々しさが溢

れていた。背筋がものすごくピンとし

ていて、ひとつひとつの動作がやけに

大きい。

正確なセリフは忘れてしまったのだ

が、「信号よし!」だとか「出発進

行!」だとかといったことを、窓越し

のこちらにはっきりと聞き取れるくら

いハキハキと喋っていた。そして、指

差し確認の指が、ものすごくまっすぐ

に出る。

たぶん、新人の運転士さんだ。いい

ものを見た、と私は思った。「この感

じ」は数年経ったらきっと消える。何

年も「この感じ」を維持できるわけが

ない。ベテランになったら、こなれた

感じの発声をして、慣れた仕草で指を

差すようになるだろう。

今しか見られない、運転士さんの

初々しい仕草と、子鉄の笑顔を見て、

とても満足しながら私は三浦海岸駅で

降りたのだった。

◎日本民営鉄道協会とは?昭和 42年に社団法人として設立、平成 24年 4月 1日付で一般社団法人に移行、73社の民営鉄道会社で組織されています。輸送力の増強と安全輸送の確保を促進し、鉄道事業の健全な発達を図り、もって国民経済の発展に寄与することを目的とした活動を行っております。なお、JR各社や公営地下鉄などは加入しておりません。

CONTENTSVol.

702019

やまざき

なおこーら

作家。福岡県生まれ。2004年、「人のセックスを笑う

な」で第41回文藝賞を受賞し、作家デビュー。著書に小説

『人のセックスを笑うな』『カツラ美容室別室』『ニキの屈辱』

『昼田とハッコウ』『美しい距離』(島清恋愛文学賞受賞)『偽

姉妹』ほか、エッセイ『指先からソーダ』『かわいい夫』『母

ではなくて、親になる』などがある。近著に小説『趣味で

腹いっぱい』、エッセイに『文豪お墓まいり記』がある。