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1 同一労働同一賃金について 2019 2 11 日 西原、山根、寺尾 1 総論(寺尾) 2 判例解説①(西原) 3 判例解説②(山根) 1. 総論 I. 同一労働同一賃金の概要 1. 目的・背景 同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規労働者と非正規労働者 との間の不合理な待遇差の解消を目指すものである。 日本における非正規雇用労働者の数は約 4 割を占める一方、正規雇用労働者と非正規雇用 労働者との間に大きな処遇差があることが社会的な問題となっており、同一労働同一賃金 を推進することで、非正規雇用の待遇を改善し、家庭生活上の制約から非正規を選択する 女性や正規雇用に就けない若者等の多様な状況にある人材の働き方の選択肢を広げたり、 非正規雇用労働者の意欲・能力の向上による労働生産性の向上を目指している。 2. 具体的な法改正の経緯 同一労働同一賃金の実現のための具体的な施策として、2018 6 29 日付けで、労働契 約法、パート法、労働者派遣法を改正する法律が成立している。大企業では 2020 4 1 日、中小企業では 2021 4 1 日が施行日となっている。 3. 実務上の影響 一般的に、多くの企業で正規雇用労働者と非正規雇用労働者の待遇に何らかの相違がある のが通常であるため、この法改正の実務的な影響は大きく、多くの企業が、施行日までの

同一労働同一賃金について4. ガイドラインの位置づけ 各企業の対応にあたり、いかなる待遇差が不合理であり、いかなる待遇差が不合理ではな

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同一労働同一賃金について

2019年 2月 11日 西原、山根、寺尾

第 1 総論(寺尾)

第 2 判例解説①(西原)

第 3 判例解説②(山根)

第1. 総論

I. 同一労働同一賃金の概要

1. 目的・背景

同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規労働者と非正規労働者

との間の不合理な待遇差の解消を目指すものである。

日本における非正規雇用労働者の数は約 4 割を占める一方、正規雇用労働者と非正規雇用

労働者との間に大きな処遇差があることが社会的な問題となっており、同一労働同一賃金

を推進することで、非正規雇用の待遇を改善し、家庭生活上の制約から非正規を選択する

女性や正規雇用に就けない若者等の多様な状況にある人材の働き方の選択肢を広げたり、

非正規雇用労働者の意欲・能力の向上による労働生産性の向上を目指している。

2. 具体的な法改正の経緯

同一労働同一賃金の実現のための具体的な施策として、2018 年 6 月 29 日付けで、労働契

約法、パート法、労働者派遣法を改正する法律が成立している。大企業では 2020 年 4 月

1日、中小企業では 2021年 4月 1日が施行日となっている。

3. 実務上の影響

一般的に、多くの企業で正規雇用労働者と非正規雇用労働者の待遇に何らかの相違がある

のが通常であるため、この法改正の実務的な影響は大きく、多くの企業が、施行日までの

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間に、①自社における待遇差が不合理なものとして違法とならないかの検証、②不合理で

ないとして相違の理由を労働者側(労働組合・労働者代表、個々の非正規労働者等)に説明

するための準備、③待遇差を是正する場合の是正内容の検討、④是正する場合・しない場

合の労働組合・労働者代表との協議等のさまざまな対応を迫られるのではないかと考える。

4. ガイドラインの位置づけ

各企業の対応にあたり、いかなる待遇差が不合理であり、いかなる待遇差が不合理ではな

いとして許容されるかの指針を示すため、法改正に先行して 2016 年 12月 20日付けで「同

一労働同一賃金ガイドライン案」が公表されている。また、法改正を受けて、ガイドライ

ン案を修正した、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止

等に関する指針」(以下、「ガイドライン」という)として指針化される予定である。したが

って、各企業が同一労働同一賃金への対応を行うにあたっては、かかるガイドラインを参

考にして行う必要があり、当然、ガイドラインの内容を十分に理解する必要がある。

もっとも、ガイドラインはあくまで行政解釈であって、実際に紛争となったときは、最終

的には労働審判あるいは訴訟が提起され、裁判所にて判断が下されることになる。したが

って、各企業が同一労働同一賃金への対応を行う場合は、判例の考え方も知っておく必要

がある(ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件)。

これら判例は、法改正前のものではあるが、正規雇用労働者・非正規雇用労働者の待遇差

について規定していた改正前の労働契約法 20 条およびパート法 8 条・9 条に関する複数

の下級審判例の考え方に対し、統一的な見解を示したものと評価されており、改正法の解

釈に与える影響が大きい判例である。

II. 同一労働同一賃金の基本的な考え方

1. 同一労働同一賃金の内容

同一労働同一賃金とは、もともとは、職務内容が同一または同等の労働者に対し、同一の

賃金を支払うべきという考え方をいう。これに対し、働き方改革でいう「同一労働同一賃

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金」とは、より多様な意味を含んでいるため、「同一労働同一賃金」と呼んだほうがよいと

いう意見がある。

その主な理由としては、①「同一労働同一賃金」の規制の対象は、賃金だけでなく、賃金以

外の労働条件を含む待遇一般が広く対象となっている点、②職務内容が同一・同等の場

合は同一の待遇とすべき(裏を返せば、異なる待遇を禁止する)とする均等待遇の考え方の

みならず、職務内容等の前提に違いがある場合でも、当該前提の違いに応じてバランス

のとれた処遇を求める均衡待遇の確保が求められている点、③同一労働同一賃金であれ

ば、正規雇用労働者間や非正規雇用労働者間の待遇差も問題となるはずだが、働き方改革

で求められているのは、あくまで、正規雇用労働者と非正規雇用労働者間の格差である

点が挙げられる。

2. 均等待遇と均衡待遇

改正前においても、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との不合理な待遇差を禁止する、

法制度は存在していた。

改正前労働契約法 20 条は有期雇用労働者と正規労働者との間の均衡待遇を規定し、パー

ト法 8 条および 9条は短時間労働者と正規労働者との間の均等・均衡待遇について規定し

ていた。

前記条項においては、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の待遇差については、以

下の①ないし③の事情を考慮するとされている。

① 職務の内容(=業務の内容+当該業務に伴う責任の程度)

② 職務の内容および配置の変更の範囲(=人材活用の仕組み)

③ その他の事情

そして、①職務の内容および②人材活用の仕組みが、雇用の全期間において正規雇用労働

者と同じ場合には、あらゆる待遇について、同じ待遇が求められ、差別的な取扱いをして

はならないとする、均等待遇が問題となる。

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これに対し、①職務の内容、②人材活用の仕組み、および③その他の事情が正規雇用労働

者と異なる場合には、これら①ないし③を考慮して、待遇差が不合理と認められるもので

あってはならないとする、いわゆる均衡待遇が問題となる。

もっとも、改正前は、有期雇用労働者について均等待遇についての規定がなく、派遣労働

者については均等待遇・均衡待遇の規定のいずれもが存在していなかった。

III. 改正法の内容

そこで、今般の法改正では、労働契約法、パート法、労働者派遣法について改正がなされた。

主な改正点は、①有期雇用労働者・短時間労働者の均等・均衡待遇の規定の整備、②派遣労働

者の均等・均衡待遇の規定の整備、③説明義務の強化である。

1. 有期雇用労働者・短時間労働者の均等・均衡待遇の規定の整備

改正法では、有期雇用労働者の均衡待遇を規定する労働契約法 20 条が削除されたうえで、

パート有期法 8 条の均衡待遇および同法 9 条の均等待遇の規定が有期雇用労働者にも拡張

され、一本化された。

これにより、有期雇用労働者にも、均衡待遇だけでなく、均等待遇の規定が整備された。

条文の文言としても、パート有期法 8 条および 9 条の両方において、待遇差の比較は、

「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」行う旨、文言が追加され、正規・非正規

の待遇差が不合理とされるか・差別的取扱いとなるかは、賃金の総額の比較ではなく、

個々の待遇ごとに判断されるべきことが明確化された。

有期雇用労働者に均等待遇が新設されたことが実務に与える影響は、正規・非正規の間で、

雇用の全期間において、職務の内容と人材活用の仕組みが同一という状況は一般的ではな

いため、限定的とする見方がある。もっとも、長澤運輸事件のような、定年後再雇用の事

案で同じ職務を継続し、配置変更の範囲も変わらないような事案では、改正後は、待遇差

が不合理であると争う有期雇用労働者から、均衡待遇に加え、パート有期法 9 条に基づく

均等待遇の主張が出る事案は一定程度増えていく可能性がある。

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2. 派遣労働者の均等・均衡待遇の規定の整備

派遣労働者の均等・均衡待遇は、実際の就業場所となる派遣先の労働者との間で図ること

になるが、それだけだと、派遣先が変わるたびに待遇が変わることや、待遇がよい大企業

に希望が集中するといった問題点が考えられるため、有期雇用労働者や短時間労働者とは

異なる仕組みが採用されている。

具体的には、①派遣先の労働者との均等・均衡による待遇改善と、②労使協定による一定

水準を満たす待遇決定による待遇改善の 2 つの方法が存在し、派遣元事業主が、派遣労働

者ごとに、いずれかの方法を選択することができる。

①の方法による場合は、有期雇用労働者および短時間労働者の均等・均衡待遇の規定と同

様の規定が派遣法に整備され(改正派遣 30 条の 3第 1 項・2項)、これら規定に基づき、派

遣元事業主が、派遣労働者と派遣先の労働者との均等・均衡待遇を確保することになる。

もっとも、派遣元事業主は、派遣先の労働者の待遇に関する情報を有しないため、派遣先

事業主は、派遣元事業主に対し、派遣先との均等・均衡待遇を確保するために必要な派遣

先労働者の賃金等の待遇に関し情報を提供する義務を負うことが規定された(同法 26 条 7

項)。さらに、派遣元事業主は、派遣先からの情報提供がない場合は、当該派遣先に労働

者を派遣することが禁止される(同条 9項)。

②の方法による場合は、派遣元事業主が、派遣元の過半数労働組合または労働者の過半数

代表者との間で、書面による労使協定を締結し、これを遵守している場合には、派遣先と

の均等・均衡待遇を求める改正労働者派遣法 30 条の 3 の適用が排除される(同法 30 条の

4)。たんに労使協定を結んでいれば足りるのではなく、協定内容の遵守まで求められてい

るところがポイントである。かかる労使協定には、①賃金が同種業務の一般労働者の平均

的な賃金額以上であること、②法定の教育訓練を実施し、職務内容・成果・能力等を公正

に評価して賃金を改善させること、③賃金以外の待遇について派遣元事業主の通常の労働

者と不合理な待遇差を設けていないこと等の事項を定める必要がある。

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実務においては、派遣元事業主が前記の 2 つの選択肢のいずれかを選択することとなり、

派遣元事業主でも派遣労働者によって前記 2 つの両制度が混在することが考えられ、派遣

先事業主においても、派遣元事業主の方針によって両制度が混在することになると予想さ

れる。

もっとも、①の派遣先均等・均衡待遇方式では、派遣先事業主に情報提供義務が課されて

おり、派遣先事業主にとって実務的に大きな負担であることから、②の労使協定方式が主

となる可能性も相当程度高いものと思われる。また、派遣先事業主は、労働者派遣に関す

る料金の額について、派遣元事業主が①派遣先均等・均衡待遇方式、および②労使協定方

式を遵守することができるものとなるよう配慮しなければならない(改正派遣 26 条 11 項)。

そのため、従前の派遣労働者の賃金水準によっては、派遣料の値上げが行われるケースが

出ることも予想される。

3. 説明義務の強化

(1)有期雇用労働者・短時間労働者に対する説明義務

法改正の内容

パート法 14 条 1 項は、もともと、短時間労働者を雇い入れた事業主に、短時間労働者に

対する扉い入れ時の説明として、均等待遇に関する同法 9 条、賃金決定に関する同法 10

条、教育訓練の実施に関する同法 11 条、福利厚生施設の利用に関する同法 12 条、通常の

労働者への転換に関する同法 13 条について講ずる措置の内容を説明する義務を課してい

た。また、パート法 14 条 2 項においては、短時間労働者を雇い入れた事業主は、短時間

労働者から求めがあったときは、同法 9 条ないし 13 条について講ずる措置を決定するに

あたり考慮した事項について説明しなければならいないとする説明義務も規定されていた。

これに対し、パート有期法では、短時間労働者について、①パート有期法 14 条 1 項の雇

い入れ時の説明義務の対象に、均衡待遇について講ずる措置の内容(同法 8 条)が追加され

た。また、②パート有期法 14 条 2 項の短時間労働者の求めに応じて行う説明義務の対象

にも、均衡待遇(同法 8条)について講ずる措置を決定するにあたり考慮した事項と、「短時

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間・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容及び理由」が加えられた。

さらに、③パート有期法では、短時間労働者に課されている前記の説明義務(法改正で追

加されたものも含む)がそのまま有期雇用労働者にも拡張され、有期雇用労働者を雇い入

れた事業主は、有期雇用労働者にも短時間労働者と同じ内容の説明を行わなければならな

くなった。加えて、④パート有期法 14 条 3 項では、同条 2 項の説明を求めたことを理由

として、当該短時間・有期雇用労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならな

いことが明示された。

以上から、改正法の施行後は、短時間労働者・有期雇用労働者を雇い入れる事業主は、前

記説明義務の拡張に応じた説明内容を用意しておく必要がある。

説明義務に関する指針(案)

パート有期法 14 条 2 項の「求めに応じて」行う説明義務については、①待遇差の説明にあ

たり比較対象となる「通常の労働者」の選定と、②待遇の相違の内容および理由について、

具体的にどのように説明するかが問題となる。

この点、同一労働同一賃金部会では、待遇の相違の内容および理由の説明についてガイド

ラインに盛り込むべき内容(指針案)が議論されている。

(2)派遣労働者に対する説明義務

派遣労働者についても、今般の労働者派遣法の改正で、パート有期法と同様に、派遣元事業主

に雇い入れ時、および、労働者の求めに応じて実施すべき説明義務が課された(改正派遣 31 条

の 2第 2項・4項)。

さらに、派遣労働者については、派遣元事業主による雇い入れ時だけでなく、派遣先の変更に

より待遇全体の変更がありうるので、派遣時にも説明義務が課されている(同条 3項)。

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第2. ハマキョウレックス事件(最判平成 30年 6月 1日)

1. 事案の概要

期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を締結してY(一般貨物自動車運送事業を目的

とする株式会社。平成25年3月31日現在の従業員数は4597人。)において勤務しているX(平成

20年10月6日頃,Yとの間で有期労働契約を締結し,トラック運転手として配送業務に従事。)

が,期間の定めのない労働契約(無期労働契約)をYと締結している正社員とXとの間で,①

無事故手当,②作業手当,③給食手当,④住宅手当,⑤皆勤手当及び⑥通勤手当等に相違があ

ることは,労働契約法20条に違反している等と主張して,Yに対し、(i)これらの賃金等に関し

正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認、および、(ii)一定期間に正社員に支給さ

れた諸手当と自らの諸手当との差額を請求した事案。

2. 賃金等に関する比較及び結論

No. 賃金等 正社員 契約社員 結論

① 無事故手当 該当者には 1万円 支給なし 不合理

② 作業手当 該当者には 1万円 支給なし 不合理

③ 給食手当 3500円 支給なし 不合理

④ 住宅手当 2万円 支給なし 不合理でない

⑤ 皆勤手当 該当者には 1万円 支給なし 破棄差戻し

⑥ 通勤手当 通勤距離に応じて支給

(彦根市内居住者は 5000円)

3000円 不合理

3. ハマキョウレックス最高裁判決の判断

(1) 労働契約法 20条の効力

ハマキョウレックス最高裁判決では、労働契約法20条に違反した場合の効力につき、同条に

違反する労働条件の相違を設ける部分は無効とした。もっとも、労働契約法20条違反が存在す

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る場合の有期雇用労働者の救済については、「同条は、有期契約労働者について無期契約労働

者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり、文言上も、両者の

労働条件の相違が同条に違反する場合に、当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である

無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。そうすると、有期契約労働

者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により

当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものと

なるものではないと解するのが相当である」と判示し、労働契約法20条には有期雇用労働者の

労働条件を直接補充する効果はないことを明らかにした。そして、有期雇用労働者の救済方法

としては、不合理とされた待遇差について、正規雇用労働者との支給の差額を不法行為に基づ

き損害賠償請求することが認められるのみであることが示された。そのため、原告労働者が賃

金等について正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求めた部分は請求を棄却し

た。

(2) 労働契約法 20条の要件・立証責任

ハマキョウレックス最高裁判決では、労働契約法20条における「不合理と認められるもの」

との文言について、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると

評価することができるものであることをいうと解するのが相当である」と判示し、待遇差が積

極的に不合理と認められる場合にのみ同条違反となることが明らかとされた(言い換えれば、

積極的に合理性が認められない場合でも、不合理とまでいえない事案は均衡待遇違反にはなら

ないことが示された)。また、不合理性の立証責任については、「労働条件の相違が不合理であ

るか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから、当該相違が不合理であるとの評価を基礎

付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が、当該相違が不合理であ

るとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が、それぞれ主張

立証責任を負う」と判示した。つまり、均衡待遇を求める非正規雇用労働者側が、不合理であ

ることを基礎づける事実を、待遇差は不合理ではないと主張する使用者側が、不合理でないこ

とを基礎づける事実の主張立証責任を負うことが明らかとされた。

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(3) 有為人材確保論

ハマキョウレックス事件では、住宅手当の支給の有無が不合理な待遇差ではないとされた理由

として、第2審において、正社員に配転が予定されているとの点に加え、「有能な人材の獲得・

定着を図るという目的」も、使用者側の経営ないし人事労務上の判断として相応の合理性を有

すると述べられていた。これに対し、最高裁では、住宅手当の差を不合理としない理由として

は、配転が予定されていることを指摘するのみで、有能な人材の獲得・定着の点はふれられな

かった。この点は、労働契約法20条の解釈において「重要な意味を持ちうる」とする学説も存

在し、正規・非正規の待遇差の趣旨として「有為な人材を獲得・定着させるため」という理由

は通用しないと最高裁で判断されたようにもみえる。もっとも、抽象的・主観的に「有為な人

材を獲得・定着させるため」という理由では待遇差を不合理でないとする理由にならなくとも、

実際に人材獲得・定着に結びつく具休的な事情が説明できる待遇差であれば、事例によっては

「有為な人材の獲得・定着」という目的に基づく待遇差が不合理でないと認められるケースも

十分成り立ちうると考え、ハマキョウレックス最高裁判決も、一般的にこうした立論を否定し

たとまで評価されるものではないと考える。

(4) 具体的検討

①無事故手当

優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得にあるとしたうえで、有期契

約労働者と無期契約労働者の職務の内容は異ならないから、安全運転および事故防止の必

要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではない

②作業手当

特定の作業を金銭的に評価して支給される賃金であると捉えたうえで、有期契約労働者と

無期契約労働者の職務の内容は異ならず、また、職務の内容および配置の変更の範囲が異

なることによって、行った作業に対する金銭的評価が異なることになるものではない

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③給食手当

従業員の食事に係る補助として支給されるものであり、勤務時間中に食事を取ることを要

する労働者に対して支給されるべきものと捉えたうえで、有期契約労働者と無期契約労働

者の職務の内容は異ならないうえ、勤務形態に違いがあるなどといった事情はうかがわれ

ない。また、職務の内容および配置の変更の範囲が異なることは、勤務時間中に食事をと

ることの必要性やその程度とは関係がない

④住宅手当

有期契約労働者については就業場所の変更が予定されていないのに対し、無期契でない約

労働者については、転居を伴う配転が予定されている

⑤皆勤手当

運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要がある

ことから、皆勤を奨励する趣旨で支給されるものと捉えたうえで、有期契約労働者と無期

契約労働者の職務の内容は異ならず、出勤する者を確保することの必要性については、職

務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではない

⑥通勤手当

通勤に要する交通費を補埃することにあるとしたうえで、労働契約に期間の定めがあるか

否かによって通勤に要する費用が異なるものではない。また、職務の内容および配置の変

更の範囲が異なることは、通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない

第3. 永沢運輸事件(最判平成 30年 6 月 1 日民集 72巻 2号 202頁)

1. 事案の概要

定年後も同じ運転業務に従事し,配転義務にも服する嘱託再雇用者と正社員との賃金の相

違について,労働契約法 20 条に反するかが争われた。原告・上告人従業員(X1~X3)は,

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被告・被上告人会社(Y)において,正社員のバラセメントタンク車(バラ車)の乗務員と

して勤務したのち,60 歳で定年退職し,その後は嘱託乗務員として 1 年の有期契約に基づ

き定年前と同じ運転業務に従事してきた。

※労働契約法第 20条

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が,期間の定

めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働

契約の内容である労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業

務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。),当

該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであ

ってはならない。

正社員 嘱託社員 結論

能率給・職務給/

歩合給

(能率給)

職種に応じた一定の係数

(3.15%~4.60%)を

月稼働額に乗じた金額

(職務給)

職種に応じて定められた

金額(7 万 6952 円~8 万

2900円)

(歩合給)

職種に応じた一定の係数

(7%~12%)を月稼働額

に乗じた金額

不合理でない

精勤手当 5000円 なし 不合理

住宅手当 1万円 なし 不合理でない

家族手当 配偶者 5000円,子 1人に なし 不合理でない

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つき 5000円

役付手当 班長 3000円

組長 1500円

なし 不合理でない

超勤手当/時間外

手当

(超勤手当)

算定基礎に精勤手当が含

まれている。

(時間外手当)

精勤手当が支給されてい

ないので,算定の基礎に

含まれていない。

不合理

賞与 あり なし 不合理でない

2. Xらの業務の内容

嘱託乗務員であるXらの業務の内容は,バラ者に乗務して指定された配達先にバラセメン

トを配送するというものであり,正社員との間において,業務の内容及び当該業務に伴う責

任の程度に違いはない。また,XらとYとの間の有期労働契約においては,正社員と同様に,

被上告人の業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められてい

る。

3. 判断基準

労働契約法 20 条は,有期契約労働者の労働条件が,期間の定めがあることにより無期契

約労働者の労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内

容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置

の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定

めている。

本件における嘱託乗務員及び正社員は,職務の内容及び配置の変更の範囲において相違は

ないということができる。

しかしながら,労働者の賃金に関する労働条件は,職務内容及び変更範囲により一義的に

定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,様々な事情を

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考慮して,検討するものである。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,

基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。

労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情とし

て,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事

情に限定すべき理由は見当たらない。

有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められ

るものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき

事情や考慮の仕方も異なり得るというべきであるので,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮す

べきものと解するのが相当である。

なお,ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定され

る場合もあり得るところ,そのような事情も,個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合

理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになる。

4. 4具体的検討

①能率給・職務給

Yでは,正社員に対し,基本給,能率給及び職務給を支給しているが,嘱託乗務員に対し

ては,基本賃金及び歩合給を支給し,能率給及び職務給を支給していないことが争点とされ

ている。

・Xらの基本賃金の額がいずれも定年退職時における基本給の額を上回っていた

・嘱託乗務員の歩合給に係る係数は,正社員の能率給に係る係数の約 2倍から約 3倍に設定

されていた

・本件では,会社と組合との団体交渉を経て,嘱託乗務員の基本賃金を増額し,歩合給に係

る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更されたという経緯があった

・基本賃金及び歩合給を合計した金額と基本給,能率給及び職務給を合計した金額とを計算

すると,その差は 2~12%にとどまる

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・嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の

支給を受けることができる上,団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始

されるまでの間,嘱託乗務員に対して 2万円の調整給を支給されていた

→これらの事情を総合考慮すると,不合理であると評価することはできない

②精勤手当

・従業員に対して休日以外は 1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨

→Xらと正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必

要性に相違はない

③住宅手当及び家族手当

・住宅手当は,従業員の住宅費の負担に対する補助

・家族手当は,従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助

→上記はいずれも労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福

利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから,使用者がそのような賃金項目

の要否や内容を検討するに当たっては,上記の趣旨に照らして,労働者の生活に関する

諸事情を考慮することになる

・Yにおける正社員には,嘱託乗務員と異なり,幅広い世代の労働者が存在し得る

・他方において,嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚

生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでは被上告

人から調整給を支給されることとなっているものである

→これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同

一であるといった事情を踏まえても,不合理であると評価することができるものとはい

えない

④役付手当

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・正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものである

→不合理と認められるものにあたらない

⑤時間外手当,超勤手当

・従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるもの

→前記で述べたとおり,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは,不合理であると評

価することができるものに当たり,正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれ

るにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないと

いう労働条件の相違は,不合理である

⑥賞与

・賞与は,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多

様な趣旨を含み得るものである

・嘱託乗務員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金の支給を受

けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始さ

れるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。

・また,本件再雇用者採用条件によれば,嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の 79%

程度となることが想定されるものであり,嘱託乗務員の賃金体系は,嘱託乗務員の収入の安

定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になってい

る。

→これらの事情を総合考慮すると,職務内容及び変更範囲が同一であり,正社員に対する

賞与が基本給の 5 か月分とされているとの事情を踏まえても,不合理であると評価すること

はできない,

第4. 」実務的対応

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以上のように,ハマキョウレックス事件や長澤運輸事件では,賃金項目ごとに支給要件や

内容から,その趣旨を個別的に検討し,その趣旨から労働条件の相違の合理性について検討

を行っている。また,厚生労働省の定めている同一労働同一賃金ガイドラインも,基本的に

このような観点から作成されているので,今後同一労働同一賃金制度の改正に向けて,この

ような最高裁の考え方を踏まえた対応を行う必要がある。

1. 現状の把握・整理

・会社内において,正社員,パートアルバイトなどどのような雇用形態があり,どのような

職務内容,待遇となっているかという現状を把握,整理

→就業規則の確認,勤務等の実態の調査

2. 待遇差の検証

・比較の対象となる「通常の労働者」の選定

→職務内容や労働条件の類似性,人事制度や就業規則の一体性の検討

・「通常の労働者」との待遇差の検証

3. 説明義務への対応

・個別の処遇ごとに,客観的,具体的で,実態に沿った説明内容の検討,用意

・必要に応じて,就業規則や賃金規定とは別に説明文書の作成

4. 待遇差改善のため施策

・給与,諸手当等の見直し

・福利厚生,教育訓練の見直し

・職務内容,変更範囲の見直し

・上記実現のための労使交渉

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5. 賃金項目ごとの具体的な検討

(1) 基本給

ガイドラインでは,労働者の能力・経験,業績・成果,勤続年数等に応じて支給しよ

うとする場合,通常の労働者と同一の能力等を有する短時間・有期雇用労働者には,こ

れらの要素に応じた部分につき,同一の支給をしなければならないとする。

ただし,勤務地の移動が想定されているような通常の労働者が管理職となるためのキ

ャリアコースの一環としてパートタイム労働者のアドバイスを受けながら同様の業務に

従事している場合,能力・経験に応じず,通常の労働者に高い基本給を支給しても問題

にならないとされている。このように単純に能力・経験のみで合理性が判断されるので

はなく,人材活用の仕組みが異なることにより待遇差を設けることも許容されることを

示しされており,比較的使用者の裁量が認められる傾向にある。

(2) 賞与

功労報奨,将来の労働意欲向上等の多様な趣旨に基づくものであることから,同様に使用

者の裁量が広く認められる傾向にあるのではないかと考えられる。

ガイドラインで挙げられている例としては,生産効率や品質の目標値に対する責任を負っ

ている通常の労働者とそうでない有期雇用労働者で,前者にのみ賞与を支給しても問題にな

らないとしている。

他方,問題となる例として,貢献職務内容にかかわらず全員に賞与を支給しているとして

いるが,短時間・有期雇用労働者には支給していない場合が挙げられている。

(3) 業務内容に関連する手当

例)特殊作業手当,皆勤手当,時間外手当,通勤手当,出張旅費,食事手当などのよう

に実際の業務の状況に応じて支給される手当

これらは,基本的に同一の業務・労働に対しては同一の支給が求められる。勤務日数,

労働時間の違いとバランスの取れた相違や,あらかじめ時給に反映されていたなどの事情

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があれば許容される可能性はある。

(4) 生活に紐づく手当

例)単身赴任手当,地域手当,住宅手当,家族手当

単身赴任手当は,ガイドラインでは同一の支給要件を満たしていれば,同一の支給が必

要であるとされているが,地域手当,住宅手当,家族手当などは,転勤の有無や従業員の

福利厚生,生活保障という理由から,比較的相違が説明しやすいものと考えられる。

(5) 福利厚生・教育訓練

例)福利厚生用施設,転勤者用社宅,慶弔休暇,健康診断に伴う勤務免除・有給保障,

病気休職,法定外年休・休暇

同一の事業場で働く,あるいは同一の支給要件を満たす場合,同一の支給をしなければ

ならないとするのが基本である。ただし,雇用期間,勤務日数,労働時間の違いとバラン

スの取れた相違は許容されている。

教育訓練については,現在の職務に必要な技能・知識を習得するための教育訓練は,

同一の業務であれば同一の実施が必要であるとされている。