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有機化学の集中講義
1 有機の基礎
1 では,有機化合物の特徴・元素分析・異性体などについて学習します。これらの内容は,これから有機化学を学ぶうえで基礎となる事項ばかりですので,確実に身に付けましょう。
有機化合物の特徴 数多くの物質のうち,動植物やその代謝生成物から取り出される化合物は,生命をもつもの,すなわち有機体だけがつくることのできる物質だと長い間考えられていた。そこで,このような物質は,岩石や海水,大気などから取り出される無機物質とは区別して,有機化合物とよばれていたが,19世紀前半に,ドイツの化学者ウェーラーによって,無機物質であるシアン酸アンモニウムから有機化合物である尿素が合成され,その区別は根拠を失ってしまったのである。
NH4OCN CO(NH2)2
(シアン酸アンモニウム) (尿素) その後,ジェラールが,炭素がすべての有機化合物に共通の元素であることを指摘し,現在では,CO
や CO2 のような酸化物や CaCO3 や Na2CO3 のような炭酸塩などを除く炭素化合物を,一般に有機化合物とよぶことにしている。 炭素原子は陽イオンにも陰イオンにもなりにくい原子で,炭素原子どうしあるいは他の原子と共有結合して分子をつくりやすい。また,価電子が 4個あって 4価の原子価をとるため,多様な構造をとりやすい。直鎖状に炭素原子どうしが結びつくだけではなく,枝分かれしたり,環をつくったりすることが可能であり,実に多種多様な化合物が存在できる。
有機化合物の特徴を要約すると,次のようになる。
① 構成元素は少ないが化合物は多い……構成元素としては,C以外に H,O,N,S,P,ハロゲンなど少数であるが,化合物の種類は現在 1000万種以上といわれている。
② 分子性物質がほとんどである……構成元素が共有結合によって分子を形成する場合がほとんどであり,非電解質で水に溶けにくく有機溶媒に溶けるものが多い。
③ 融点・沸点が低い……分子どうしが分子間力*で集合するため,一般に融点や沸点は低い。④ 可燃性物質が多い……構成元素の C,H,Sなどは,燃えて CO2,H2O,SO2 などになりやすい
ため,燃えやすいものが多い。⑤ 反応速度は小さい……反応は分子どうしの衝突で起こることが多いので,一般に反応速度は小さ
く,触媒を必要とすることが多い。
* 分子間力……分子どうしの間に働く弱い力。共有結合やイオン結合に比べてかなり弱い。
有機化合物の特徴と分類有機化合物の特徴と分類
加熱加熱
ZCBJ01-Z1Z1-01
�
第1章 有機化学の集中講義
1有機の基礎
有機化合物の表示法 有機化合物は分子性物質がほとんどなので,分子式で表すことができる。しかし,後で説明するように,分子式が同じでも性質の異なる化合物が存在することや,分子式では分子の構造がわかりにくいことなどから,構造式を用いることが多い。 原子どうしが 1対, 2対, 3対の電子対を共有して結合するとき,それらの結合は単結合,二重結合,三重結合とよばれ,それぞれ 1本, 2本, 3本の線(価標という)を用いて表される。この価標を使って分子の構造を表した式を構造式という。 (例)
ただし,構造式は原子の連結の順序を表すだけで,分子の実際の立体構造を表しているのではない点に十分注意する必要がある。たとえば,水分子 H2Oの場合,構造式は次のア~ウのいずれでもよいが,実際の水分子の形はウであることが知られている。
構造式を書く場合には,各原子の原子価を知っておくと便利である。共有結合は,通常最外殻にある不対電子を利用するので,不対電子の数が原子価に相当する。このように考えると,有機化合物に比較的よく含まれる原子の原子価は,下表のようになる。なお,一般に有機化合物では,それぞれの原子から出ている価標の数は,その原子の原子価に等しい。
有機化合物では,構成原子数の多い場合がほとんどなので,構造式を記す際にすべての価標を書くのは大変である。そこで,誤解を生じる恐れのない限り,価標を適当に省略した構造式を用いるのがふつうである。たとえば,前出の C2H6,C2H4,C2H2 を略式構造式で表すと,次のようになる。
C2H6 C2H4 C2H2
CH3 CH3 CH2 CH2 CH CH
(または CH3CH3)
次の各分子式で表される有機化合物の構造式を,価標を省略せずに記せ。 ア C3H8 イ CH2O ウ CH5N
を使って分子構造を表した式を構造式という.
例)分子式(名称) CH (エタン) CH (エチレン) CH (アセチレン)
構造式 H-
H
C-
H
H
C-H
H
H
HC=C
H
HH-C C-H
を使って分子構造を表した式を構造式という.
例)分子式(名称) CH (エタン) CH (エチレン) CH (アセチレン)
構造式 H-
H
C-
H
H
C-H
H
H
HC=C
H
HH-C C-H
H-O-H
ア
H-O
H
イ
O
H H
ウ
H-O-H
ア
H-O
H
イ
O
H H
ウ
有機化合物の構造式例題 有機化合物の構造式例題
ZCBJ01-Z1Z1-02
�
解答
解説
構造式を書くときは,まず構成原子それぞれの価標の数を確認することが大切である。各原子の価標は,C原子は 4本,H原子は 1本,O原子は 2本,N原子は 3本である。イの場合に,H C O Hなどの表現は明らかにおかしい(Cの価標が 2本になっている)ことに気づくこと。 註 アを
H C C H
HH
HH HH
H C H
HH
H C H
HH
H C H
HH
H C H
HH
,イを H C H
OO
のように表現しても,構造式としては正しい。
有機化合物の分類 多種類の有機化合物を系統的に把握するために,現在ではいろいろな観点からいろいろな分類がなされている。たとえば,炭素原子どうしのつながりによる骨格構造の形や,化学結合の特徴などによって,次のように分類される。
① 鎖式(脂肪族)化合物……炭素原子が鎖状に結合した化合物。② 環式化合物……炭素原子が環状に結合した化合物。さらに,ベンゼン C6H6(下図参照)のような
構造をもつ環式化合物を芳香族化合物,それ以外の環式化合物を脂環式化合物という。③ 飽和化合物……炭素原子間が単結合だけで構成されている化合物。④ 不飽和化合物……炭素原子間に不飽和結合(二重結合または三重結合をいう)を含む化合物。
以上の分類法を図示し,化合物の例を示すと,次のようになる。
註 鎖式化合物と脂環式化合物を合わせて脂肪族化合物という場合もある。
ア
----
イ=
ウ
-- -
解 答
ア
----
イ=
ウ
-- -
解 答
鎖式化合物(脂肪族化合物)鎖式化合物(脂肪族化合物)
ZCBJ01-Z1Z1-03
�
第1章 有機化学の集中講義
1有機の基礎
有機化合物の中で最も基本的なものは,炭素原子と水素原子だけから構成された炭化水素である。この炭化水素の H原子の代わりに特定の原子団が結合すると,性質の異なる種々の有機化合物ができる。たとえば,メタン CH4,エタン C2H6,プロパン C3H8 などの炭化水素の H原子 1個を,ヒドロキシ基OHで置換すると,メタノール CH3 OH,エタノール C2H5 OH,プロパノール C3H7 OHになる。これらの化合物は,ナトリウムを加えると水素 H2 を発生するなどのよく似た性質をもっており,アルコールと総称されている。このとき, OHのように化合物の特性を決める原子団を官能基という。また,CH3OHや C2H5OHのように官能基をとくに明記して表した化学式を示性式とよんでいる。 有機化合物を官能基に基づいて分類すると,次の表のようになる。
* アルデヒドおよびケトンの C Oを合わせてカルボニル基という。
有機化合物を官能基に基づいて分類すると,次の表のようになる.
官能基 名称 化合物の分類名 例 性質
-OH ヒドロキシ基 アルコール CH-OH(エタノール) 中性
フェノール類 CH-OH(フェノール) 酸性
-CHO アルデヒド基 アルデヒド CH-CHO(アセトアルデヒド) 還元性
C=O ケトン基 ケトン CH-CO-CH (アセトン) 中性
-COOH カルボキシル基 カルボン酸 CH-COOH(酢酸) 酸性
-NO ニトロ基 ニトロ化合物 CH-NO (ニトロベンゼン 中性
-NH アミノ基 アミン CH-NH (アニリン) 塩基性
-CN シアノ基 ニトリル CH=CH-CN(アクリロニトリル) 中性
-SOH スルホ基 スルホン酸 CH-SOH(ベンゼンスルホン酸) 酸性
-O- エーテル結合 エーテル CH-O-CH (ジエチルエーテル) 中性
-O-C-
Oエステル結合 エステル CH-OCO-CH (酢酸エチル) 中性
-N-
H
C-
Oアミド結合 アミド CH-NHCO-CH (アセトアニリド) 中性
*
*
有機化合物を官能基に基づいて分類すると,次の表のようになる.
官能基 名称 化合物の分類名 例 性質
-OH ヒドロキシ基 アルコール CH-OH(エタノール) 中性
フェノール類 CH-OH(フェノール) 酸性
-CHO アルデヒド基 アルデヒド CH-CHO(アセトアルデヒド) 還元性
C=O ケトン基 ケトン CH-CO-CH (アセトン) 中性
-COOH カルボキシル基 カルボン酸 CH-COOH(酢酸) 酸性
-NO ニトロ基 ニトロ化合物 CH-NO (ニトロベンゼン 中性
-NH アミノ基 アミン CH-NH (アニリン) 塩基性
-CN シアノ基 ニトリル CH=CH-CN(アクリロニトリル) 中性
-SOH スルホ基 スルホン酸 CH-SOH(ベンゼンスルホン酸) 酸性
-O- エーテル結合 エーテル CH-O-CH (ジエチルエーテル) 中性
-O-C-
Oエステル結合 エステル CH-OCO-CH (酢酸エチル) 中性
-N-
H
C-
Oアミド結合 アミド CH-NHCO-CH (アセトアニリド) 中性
*
*
ZCBJ01-Z1Z1-04
�
有機化合物の立体構造 すでに述べたように,構造式は化合物の実際の立体構造を表すものではない。それでは,実際の立体構造はどのようになっているのだろうか。現在では,有機化合物の立体構造は,炭素原子が単結合,二重結合,三重結合のいずれの結合で他の原子と共有結合するかによって決まることが知られている。
① 単結合の場合…… 炭素原子が周囲に 4個の原子を結合している場合で,このとき,周囲の各原子は左図のように正四面体の頂点に位置している。炭素原子が多数連なった化合物においても,各炭素原子の周囲に存在する原子はつねにほぼ正四面体の頂点にある。 (例) ⃝プロパン ⃝シクロヘキサン
② 二重結合の場合…… 炭素原子が周囲に 3個の原子を結合している場合で,このとき,周囲の各原子は左図のようにほぼ正三角形の頂点に位置している。したがって,二重結合している炭素原子,およびその周囲の原子は,同一平面上に存在することになる。
(例) ⃝エチレン
(すべての原子が同一平面上にある)
③ 三重結合の場合…… 炭素原子が周囲に 2個の原子を結合している場合で,このとき,左図のように3個の原子は一直線上に並んで位置している。
(例) ⃝アセチレン
分子の立体構造を知るためには,赤外線や X線などの電磁波が利用される。これらの電磁波の吸収スペクトルや回折写真を分析することによって,その構造が決定できる。このとき,結合角と結合距離を示すことで構造表示が行われている。たとえば,エタン C2H6,エチレン C2H4,アセチレン C2H2 についてのデータは次のとおりであり,炭素原子間の結合距離は,単結合>二重結合>三重結合 であることがわかる。
異性体異性体
○シクロヘキサン○シクロヘキサン
(例)○アセチレン(例)○アセチレン
(すべての原子が一直線上にある)(すべての原子が一直線上にある)
ZCBJ01-Z1Z1-05
�
第1章 有機化学の集中講義
1有機の基礎
異性体 分子式が C4H10 で表される炭化水素について,構造式を書いてみよう。各原子の価標は,C原子は 4本,H原子は 1本なので,たとえば,次のように種々の表現が可能である。
しかし,よくみると,構造Ⅰ~Ⅲにはいずれも 4個の C原子が順次結合しているという共通点がある。すでに述べたように,構造式は分子の立体構造を表すものではなく,結合の順序を平面上に表記したものである。実際,水分子 H2Oの構造式は右の 2つのいずれでもよく,もちろんこれらは同一物質を示している。このことから推定できるように,構造Ⅰ~Ⅲはすべて同一物質を示しているのである。 ところが,構造Ⅳでは, 3個の C原子が順次結合しているが, 4個目の C原子は②で示した C原子と結合しており,明らかにⅠ~Ⅲの場合とは異なっている。 以上からわかるように,結局,分子式が C4H10 で表される有機化合物には次図の 2種類の炭化水素が存在し,これらの沸点は異なっている。ブタンの炭素骨格のように C原子が一列に並んだものは直鎖構造とよばれ,2-メチルプロパンのように枝分かれしたものは枝分かれ構造とよばれている。
一般に,分子式は同じであるが性質の異なる化合物を,互いに異性体であるという。有機化合物の種類が非常に多いのも,このような異性体が存在することに起因している。異性体を区別して表すには,構造式を利用する必要がある。
分子式が C5H12 で表される炭化水素の炭素骨格のみを示したア~オのうち,同一の構造を示しているものを探して記号で示せ。
解答
ア,エ,オ
4本,H原子は1本なので,たとえば,次のように種々の表現が可能である.
H-
H
C
H
④-
H
C
H
③-
H
C
H
②-
H
C
H
①-H
Ⅰ
H-
H
C
H
④-
H
C
H
③―
H-
H
C
C
H
②-①-
H
H
Ⅱ
H-
H-
H
C
C
H
④-H③――
H-
H
C
C
H
②-H①-H
Ⅲ
H-
H
C
H
③――
H-
H
C
C
H
②――④-H
H
C
H
①-H
Ⅳ
4本,H原子は1本なので,たとえば,次のように種々の表現が可能である.
H-
H
C
H
④-
H
C
H
③-
H
C
H
②-
H
C
H
①-H
Ⅰ
H-
H
C
H
④-
H
C
H
③―
H-
H
C
C
H
②-①-
H
H
Ⅱ
H-
H-
H
C
C
H
④-H③――
H-
H
C
C
H
②-H①-H
Ⅲ
H-
H
C
H
③――
H-
H
C
C
H
②――④-H
H
C
H
①-H
Ⅳ
H-O-H H-O
H
⎭――⎬――⎫
同一物質
H-O-H H-O
H
⎭――⎬――⎫
同一物質
~Ⅲの場合とは異な
CH-CH-CH-CH
ブタン
沸点 0.5°C
CH-
CH
CH-CH
2-メチルプロパン
(イソブタン)
沸点 11.7°C
⎭――― ⎬ ―――⎫異性体
~Ⅲの場合とは異な
CH-CH-CH-CH
ブタン
沸点 0.5°C
CH-
CH
CH-CH
2-メチルプロパン
(イソブタン)
沸点 11.7°C
⎭――― ⎬ ―――⎫異性体
異性体①例題 異性体①例題
探して記号で示せ.
ア
-C-C
-C
-C-
-C-
-
イ
-C
-C-
-C-
-C-
C-
ウ
-C
-C
-C-
-C-
-
C- エ -C-
-C-
-C-C-C-
オ -C-C-
-
C
C
-
-
C-
探して記号で示せ.
ア
-C-C
-C
-C-
-C-
-
イ
-C
-C-
-C-
-C-
C-
ウ
-C
-C
-C-
-C-
-
C- エ -C-
-C-
-C-C-C-
オ -C-C-
-
C
C
-
-
C-
ZCBJ01-Z1Z1-06
10
解説
各構造式の炭素原子に端の方から順次番号をつけてみるとよい。このとき,最も長い炭素鎖(これを主鎖という)を探すこと。 たとえばエの場合,右図の�Aのようにすると C原子が 3個しか連続していないようにみえるが,�Bのように番号をうつと, 4個のC原子が並び,端から 2番目の C原子に最後の 1個の C原子が枝分かれしていることがわかる。これは,オと同じ構造である。 一方,アの場合も番号のうち方によって,右図の�Cと�Dが考えられるが,�Dのように,枝分かれの位置がなるべく小さな番号になるように番号をうつと,結局この化合物もオと同じだといえる。 イは最高 3個,ウは最高 5個の C原子が連なっており,それぞれ別の構造である。
異性体の分類 分子式が同じで性質の異なる異性体は,以下のように分類されている。① 構造異性体……分子式は同じであるが,構造式の異なる異性体をいい,前ページのブタンと 2-メチルプロパンがその例である。これにはさらに次のようなものがある。 �a 骨格異性体……炭素の骨格構造が異なる。 (例) 分子式 C3H6
�b 位置異性体……炭素の骨格構造は同じで,原子や原子団の結合する位置が異なる。 (例) 分子式 C3H7Cl
�c 官能基異性体……官能基(または,特定の性質を示す結合*)の種類が異なる。 (例) 分子式 C2H6O CH3 CH2 OH と CH3 O CH3
(エタノール) (ジメチルエーテル)
* エーテル結合 C O C ,エステル結合 C COO C など
② 立体異性体……分子式や略式構造式は同じであるが,立体構造が異なる異性体をいう。これにはさらに次のようなものがある。 �a 幾何異性体……炭素原子間の自由回転が束縛されているために,その立体構造に違いを生じた異
性体で,シス-トランス異性体ともよばれている。 鎖式化合物中の C C単結合は自由回転できるため,右図の x,y,zの位置はつ
ねに入れ替わっており,区別できない。したがって,次の 2つの構造は同じである。 (例) CH2Br CH2Br
と
号
1
構
D
番
え
C
A
C③-
C
C
C②-C①
B
C-
C
C
C
④
③
②-C
①
C
C④-C
C
③-
C
C
①
②
D
C①-C
C
②-
C
C
④
③
と
号
1
構
D
番
え
C
A
C③-
C
C
C②-C①
B
C-
C
C
C
④
③
②-C
①
C
C④-C
C
③-
C
C
①
②
D
C①-C
C
②-
C
C
④
③
の骨格構造が異なる.
CH-CH=CH
(プロペン)
と
の骨格構造が異なる.
CH-CH=CH
(プロペン)
と
Cl
CH-CH-CH-Cl
(1-クロロプロパン)
と CH-CH-CH
Cl
(2-クロロプロパン)
Cl
CH-CH-CH-Cl
(1-クロロプロパン)
と CH-CH-CH
Cl
(2-クロロプロパン)
て
シ
次
て
シ
次( ○CHBr-CHBr( ○CHBr-CHBr
ZCBJ01-Z1Z1-07
11
第1章 有機化学の集中講義
1有機の基礎
ところが,C C二重結合や環式化合物中の C C単結合では,自由回転が束縛されているため,右図の a,bの位置は固定されており,次の例のように,立体構造に違いが存在する。このとき,注目する原子や原子団が,立体的に同じ側に位置する場合をシス形,反対側に位置する場合をトランス形とよんで区別している。
(例)
幾何異性体は,融点・沸点の他,化学的性質にも違いを生じることが多い。たとえば,構造式がHOOC CH CH COOHである化合物の幾何異性体の性質を比較すると,次の表のようになる。
�b 光学異性体……分子内に不斉炭素原子( 4個の相異なる原子や原子団が結合している炭素原子)をもつ化合物には,互いに重ね合わせることのできない鏡像関係の立体配置をもつ異性体がある。これらは,融点・沸点は等しいが,旋光性とよばれる性質が異なるので,光学異性体とよばれている。
次図において,― は紙面上に,いが,旋光
に, はは紙面より奥に,る性質が異
に, は紙面より手前にある結合を示す。 (例)
上記の例で,右肩に*印を付した C原子が不斉炭素原子であり,このような光学異性体を区別するときは,D,Lの記号を用いる(D,Lの区別は覚えなくてよい)。
側に位置する場合をシス形,反対側に位置する場合をト ンス とよんで 別している.
例)○CHBr=CHBr
と
側に位置する場合をシス形,反対側に位置する場合をト ンス とよんで 別している.
例)○CHBr=CHBr
と
名 称 マレイン酸(シス形)
フマル酸(トランス形)
構 造 HHOOC
C CHCOOH
HHOOC
C CCOOHH
形 状 無色板状結晶 無色針状結晶融点 [℃] 133 300 (封管中)水への溶解性 よく溶ける あまり溶けない加熱による変化
160℃で脱水し無水マレイン酸 160℃では変化しない
名 称 マレイン酸(シス形)
フマル酸(トランス形)
構 造 HHOOC
C CHCOOH
HHOOC
C CCOOHH
形 状 無色板状結晶 無色針状結晶融点 [℃] 133 300 (封管中)水への溶解性 よく溶ける あまり溶けない加熱による変化
160℃で脱水し無水マレイン酸 160℃では変化しない
次図で は紙面上に, は紙面より奥に, 紙面より手前にあることを示す.
例)○CH-CH-COOH
OH
○CH-CH-COOH
NH
次図で は紙面上に, は紙面より奥に, 紙面より手前にあることを示す.
例)○CH-CH-COOH
OH
○CH-CH-COOH
NH
ZCBJ01-Z1Z1-08
12
通常の光は,いろいろな振動面をもつ電磁波が重なり合ったものであるが,これを偏光板に通すと,一方向だけで振動している光(偏光)だけを取り出すことができる。この偏光を,光学異性体が存在する物質のうちの一方の水溶液(つまり,D体か L体のどちらか一方のみの水溶液)中に通すと,その振動面が左右いずれかに回転する。この性質を旋光性といい,D体と L体とでは回転方向がちょうど正反対になっている。したがって,D体と L体とを等量混合した場合には,旋光性は打ち消され,偏光は回転せずにそのまま通過してくる。このとき,この等量混合物をとくにラセミ体とよんでいる。また,旋光性を示す性質を光学活性ともいう。
註 円内の図は,目にとび込んでくる光の振動方向が,光学異性体によって,ある角度 acだけ回転していることを表している。
なお,光学異性体のいずれを D体,L体とよぶかに関しては,一定の規則に基づいて判断する必要があり,その内容は大学などで詳しく学習することになろう。
次の各分子式で表される有機化合物について,問1,問2に答えよ。 ア C4H8 イ C4H10O
問1 ア,イのそれぞれに,構造異性体は何種類ずつ考えられるか。問2 ア,イのそれぞれについて,立体異性体が存在する化合物があれば,それらの化合物の構造式を,構造の違いがわかるように示せ。また,それらは何という異性体か。名称で答えよ。ただし,立体異性体が存在しない場合は,「なし」と記すこと。
解答
問1 ア 5種類 イ 7種類問2 ア (構造式) (名称) 幾何異性体
イ (構造式) (名称) 光学異性体
水
の
)
左
の
と
水
の
)
左
の
と
異性体②例題 異性体②例題
式)
=,
=
式)
=,
=式)
,
式)
,
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13
第1章 有機化学の集中講義
1有機の基礎
解説
構造異性体を見つけるには,まず,与えられた分子式中の個数の炭素原子を並べることを考える。その炭素骨格の構造をいろいろ変えることにより,異なる分子を見つけ出すことができる。官能基の相違やそれらの結合位置による異性体の相違なども考慮するとともに,各原子の価標の数(C原子は 4本,H原子は 1本,O原子は 2本)が正しいかどうかも確認すること。問1 ア 不飽和結合をもつ分子の場合,不飽和結合の位置の相違も考える。また,不飽和結合をもつ化合
物の異性体では,環状構造も考える必要がある。 CH3 CH2 CH CH2, CH3 CH CH CH3, CH3 C CH2
CH2 CH2, CH2 CH2
イ ヒドロキシ基 OHのつく位置,およびエーテル結合 C O C の位置を考える。
CH3 CH2 CH2 CH2 OH, CH3 CH2 CH CH3, CH3 CH CH2 OH, CH3 C OH,
CH3 CH2 CH2 O CH3, CH3 CH2 O CH2 CH3, CH3 CH O CH3
問2 ア 二重結合や環状構造をもつ分子には,幾何異性体が存在する場合がある。 イ 不斉炭素原子をもつ分子には,光学異性体が存在する。
CH3CH3
CH2 CH2CH2 CH2
CH CH3CH CH3
OHOH CH3CH3
CH3CH3
CH3CH3
CH3CH3
ZCBJ01-Z1Z1-10
1�
化学式がわからない物質の構造式は,どのようにして知ることができるのだろうか。その考え方を示すと,次のようになる。 分子量測定 未知の化合物 元素分析 組成式決定 分子式決定 構造式決定 性質の研究
組成式の決定 試料中に含まれる成分元素の種類と組成を調べる操作を元素分析といい,この結果に基づいて最も簡単な原子の個数比で表した組成式(実験式ともいう)が決定される。 元素分析では,含まれている元素の質量組成は,通常,試料を燃焼させて生成する物質の質量を測定することによって求められる。たとえば,試料中の Cと Hの質量組成は,図のような装置を用いて求めることができる。
図中の燃焼管中の CuOは,完全燃焼を助ける酸化剤の役割をしており,塩化カルシウム管およびソーダ石灰管は,それぞれ燃焼で生じる H2Oおよび CO2 を吸収する働きをしている。 いま,用いた試料の質量をW g] g,生じた二酸化炭素および水の質量を,それぞれ wCO2 g] g およびwH2O g] gとすると,試料中に含まれていた C,Hの質量および質量パーセントは次式で計算される。
Cの質量..
COC
gw w w44 012 0
C CO CO2
2 2# #= = ] g,Cの質量パーセント %Ww
100C#= ] g
Hの質量 2..
H OH
gw w w18 02 0
2H H O H O2 2# #= = ] g,Hの質量パーセント %
Ww
100H#= ] g
(原子量 H=1.0,C=12.0 分子量 CO2=44.0,H2O=18.0)
有機化合物には,C,H以外に N,S,ハロゲン,Oなどの元素も含まれることがある。これらの元素も,それぞれ種々の方法で定量可能であるが,Oだけは直接定量せずに,試料の質量から O以外のすべての元素の質量をひいたものとして求める。 元素分析によって得られた各元素の質量 g] gをそれぞれの原子量で割ると,試料W g] g中の各元素の物質量 mol] gが求められる。各元素の物質量の比は,原子数の比を表しているので,その最も簡単な整数比を求めて組成式とする。 (例) 炭素 0.60 gと水素 0.10 gからなる物質の場合
C:H.
.12 00 60
= :..
.1 00 10
0 050= : .0 10 1= :2 ( 組成式は CH2
構造式の決定構造式の決定
乾いた空気
試料 塩化カルシウム管 ソーダ石灰管
バーナーH2O吸収
CO2吸収
CuO
乾いた空気
試料 塩化カルシウム管 ソーダ石灰管
バーナーH2O吸収
CO2吸収
CuO
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第1章 有機化学の集中講義
1有機の基礎
分子式の決定 組成式は,化合物中の元素組成を最も簡単な整数比で表したものなので,分子式は組成式の整数倍に相当する。
n分子式 組成式=] ]g g , n分子量 組成式量#=] ]g g (ただし,nは整数)したがって,あらかじめ測定しておいた分子量と組成式量を比べて nの値を求めれば,分子式が決定できる。 (例) 組成式が CH2 で分子量が 42.0の場合
. . .nCH 12 0 1 0 2 42 02 n # #= + =] ]g g より n 3 (= 分子式は C3H6
構造式の決定 すでに学んだように,有機化合物では一般に, 1つの分子式に対して 2種類以上の構造式が書けることが多い。したがって,未知の化合物がどのような化学的性質を示すかを調べたり,溶解性や融点・沸点を測定したりする他,スペクトル分析という操作などを行うことによって,可能な構造式の範囲を限定していく必要がある。 このとき,とくに重要視されるのが官能基の特性である。たとえば,金属 Naを加えたときに H2 を発生する有機化合物には,ヒドロキシ基 OHやカルボキシル基 COOHが存在することがわかっている。したがって,金属 Naを加える実験を行うことにより, OHや COOHをもつ化合物か否かを調べることができる。このように,構造式の決定には,今後学習する種々の官能基の性質を理解することが大切になる。
不飽和度 構造決定の問題の中には,不飽和度というものを知っていると解きやすくなるものがあるので,ここで説明しておく。 分子式が CnHmO l で表される化合物において
n m2
2 2+ - ※
の値を,一般に不飽和度という。※の「2n+2-m」は,C原子が n個の鎖式飽和炭化水素(=アルカン)の H原子の数 (2n+2)に比べて,CnHmO l が不足している H原子の数を表している。※はその数を 2で割ったものなので,※の値(不飽和度)は CnHmO l に含まれている不飽和結合の数や環状構造の数の目安になる。分子内の部分構造による不飽和度をまとめたのが下の表である。分子内に表のような構造が複数含まれる場合,分子全体の不飽和度は,各部分構造の不飽和度の和になる。
* ベンゼン環は,二重結合 3つと環状構造 1つをもっているとみなせるので,不飽和度は 3+1=4 となる。
和度は,各部分構造の不飽和度の和になる.
重
と
合
合
の
部分構造 例 不飽和度
二重結合 C=C C=O 1
三重結合 -C C- 2
環状構造-C-
-C-
C-
C-1
ベンゼン環 4
* ベンゼン環は,二重結合3つと環状構造1つをも
*
和度は,各部分構造の不飽和度の和になる.
重
と
合
合
の
部分構造 例 不飽和度
二重結合 C=C C=O 1
三重結合 -C C- 2
環状構造-C-
-C-
C-
C-1
ベンゼン環 4
* ベンゼン環は,二重結合3つと環状構造1つをも
*
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たとえば,不飽和度が 1なら,その化合物には二重結合が 1個あるいは環状構造が 1個含まれていることになる。不飽和度が 2なら,その化合物には二重結合と環状構造が合わせて 2個含まれているか,三重結合が 1個含まれていることになる。 たとえば,分子式が C18H30O2 で表される化合物の不飽和度は次のようになる。
22 18 2 30
4# + -
=
よって,この化合物に含まれる不飽和結合や環状構造の組合せとしては,次のようなものが考えられる。 ① 二重結合と環状構造が合わせて 4個(一方が 0の場合や,ベンゼン環 1個をもつ場合も含む) ② 三重結合 2個 ③ 三重結合 1個+「二重結合と環状構造が合わせて 2個(一方が 0の場合も含む)」
次の文章を読み,問1,問2に答えよ。原子量は H=1.0,C=12.0,O=16.0とする。 C,H,Oのみからなる有機化合物 3.75 mgを完全燃焼させたところ,CO2 が 5.50 mg,H2Oが2.25 mg生成した。また,その分子量を測定すると 60.0であり,性質を調べた結果,分子内にカルボキシル基をもつ酸性物質であることがわかった。問1 この化合物の組成式を求めよ。問2 この化合物の構造式を,価標を省略せずに記せ。
解答
問1 CH2O 問2
解説
問1 この化合物中に含まれる各元素の質量を求めると,次のようになる。
C; . ...
.COC
mg5 50 5 5044 012 0
1 502
# #= = ] gH; .
2.
..
.H O
Hmg2 25 2 25
18 02 0
0 252
# #= = ] gO; . . . . mg3 75 1 50 0 25 2 00- + =] g ] g
したがって,各元素の原子の個数比は次のようになる。
..
..
..
. . .C H O12 01 50
1 00 25
16 02 00
0 125 0 25 125 1 2 10: : : : : : : := = =
これより,組成式は CH2Oとなる。問2 この化合物の分子式を (CH2O)n とすると,次式が成り立つ。
.. . .CH O n 60 012 0 1 0 2 16 02 n ## == + +] ]g g
これより n=2 となり,分子式は C2H4O2 となる。一方,この物質はカルボキシル基 COOHをもつので,分子式(C2H4O2)からカルボキシル基の分(CHO2)を差し引くと,残りは
C2H4O2-CHO2=CH3
となる。よって,この化合物は CH3 COOHとなり,酢酸であるとわかる。
元素分析例題 元素分析例題
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