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「樹木の枝の観察」  木の枝には緑の葉や芽・花だけでなく、さまざまな過去の情報が残されていて、じっく りと観察すると、その木が過去数年間、場合によっては数十年間にわたってにどのよう に成長してきたかがわかる。また、種によって枝の伸ばし方、分枝の仕方などに大きな 違いがあり、いろいろな種を比較することで、それぞれの種がどのような戦略で生きて いるかを考察することができる。 枝観察のポイントは、基本的な事項を覚えれば、今年の枝の葉のつき方などの今見え るものから枝の形成プロセスを推定できる点であり、論理的な思考力を要求するので結 構面白いトレーニングになる。 枝に関連した基本事項と用語 <シュート> 葉はどの枝につくのか?新しい葉は必ずその年に伸びた枝(当年枝)とセットになっ て生じる。この枝と葉のセットをシュート(茎葉)と呼ぶ。落葉樹であれば葉のついて いる枝は必ずその年に伸びたものであり、常緑樹であればより古い枝にも葉がついてい る。何年前の枝まで葉がついているかで葉の寿命もわかる。 <葉の形態> どれが葉でどれが枝であるかの区別は初心者には必ずしも明確ではない。下記の複葉 では小葉を一枚の葉として誤認することがある。 ○単葉 最も普通の葉 サクラやケヤ キ、カエデなど ○複葉 葉が小さな小葉に分かれている もの。分かれ方で下記のように呼ばれる ・一回羽状複葉 単に複葉とも言う。 ウルシやクルミ、アオダモなど ・掌状複葉   カエデの葉の切れ込 みが大きくなって完全に分かれた形。ト チノキ、コシアブラなど ・二回羽状複葉 一回分かれた羽片が さらに分かれたもの。多くのシダ。樹木 ではネムノキ、センダンなど。

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「樹木の枝の観察」  

木の枝には緑の葉や芽・花だけでなく、さまざまな過去の情報が残されていて、じっくりと観察すると、その木が過去数年間、場合によっては数十年間にわたってにどのように成長してきたかがわかる。また、種によって枝の伸ばし方、分枝の仕方などに大きな違いがあり、いろいろな種を比較することで、それぞれの種がどのような戦略で生きているかを考察することができる。 枝観察のポイントは、基本的な事項を覚えれば、今年の枝の葉のつき方などの今見えるものから枝の形成プロセスを推定できる点であり、論理的な思考力を要求するので結構面白いトレーニングになる。

枝に関連した基本事項と用語

<シュート> 葉はどの枝につくのか?新しい葉は必ずその年に伸びた枝(当年枝)とセットになって生じる。この枝と葉のセットをシュート(茎葉)と呼ぶ。落葉樹であれば葉のついている枝は必ずその年に伸びたものであり、常緑樹であればより古い枝にも葉がついている。何年前の枝まで葉がついているかで葉の寿命もわかる。

<葉の形態> どれが葉でどれが枝であるかの区別は初心者には必ずしも明確ではない。下記の複葉では小葉を一枚の葉として誤認することがある。

○単葉 最も普通の葉 サクラやケヤキ、カエデなど○複葉 葉が小さな小葉に分かれているもの。分かれ方で下記のように呼ばれる ・一回羽状複葉 単に複葉とも言う。ウルシやクルミ、アオダモなど ・掌状複葉   カエデの葉の切れ込みが大きくなって完全に分かれた形。トチノキ、コシアブラなど ・二回羽状複葉 一回分かれた羽片がさらに分かれたもの。多くのシダ。樹木ではネムノキ、センダンなど。

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<葉序>○互生 枝に対して葉が互い違いにつく。基本的に枝に対して螺旋状につき、角度が180 度のものを2列互生と呼ぶ。2列互生以外を螺旋葉序と呼ぶが、実際には光を受けるために曲がって2列に並んでいるように見えることが多い。立ち上がった枝では本来の螺旋が観察できる。多くの植物は互生葉序である。サクラ、ブナなど。○対生 枝に対して葉が向かい合ってつく。カエデ科は全て対生。このほかにトチノキなど。○輪生 枝をとりまくように葉がつく。輪生の植物は少なく、樹木ではキョウチクトウなどがある。互生や対生葉序でも上下の葉の間隔(節間)がつまった場合は輪生状に見えることがあるので注意を要する。リョウブなどがその例。

<芽のつく場所>枝には翌年に伸びるシュートのもとになる芽がつく。○頂芽 枝の先端につく芽。多くの樹木では頂芽が一番大きく、これが翌年の主軸になるシュートを作る。なお、頂芽を含む枝先が脱落する種もあり、最上部の側芽が仮頂芽となる種(シデの仲間)もある。○側芽 全ての葉のすぐ上(葉腋)には腋芽があり、これが大きくなると側芽になる。原則として葉腋以外には側芽はつかず、樹木が枝分かれする場所は全て葉腋であり、側枝の付け根には必ず葉がついていたことになる。従って、葉がついていなくても枝分かれを見ることで対生か互生かの葉序がわかる場合が多い。 側芽は生きていても翌年にシュートを作らない場合が多く、これを休眠芽という。切株からでる「ひこばえ」は何十年も休眠していた側芽に由来している。 逆に(頂芽、側芽ともに)同年のうちにシュートを2度伸ばすこともある。これを二次伸長という。ミズナラやコナラでは 7 月頃に条件がよいと頂芽が二次伸長をおこなう(色の違う葉がついているのでわかる)。ミズキでは側芽が同じ年の間に何度も伸びるのが普通である

(添伸成長)。

http://www.kcc.zaq.ne.jp/dfczu104/youjyo.htm

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<長枝と短枝>樹木には長枝と短枝の2型の枝をつけるものがある。○長枝 (long shoot) 長く伸ばす枝で、樹高を伸ばしたり横に広がったりして成長し、場所を獲得する役割を持つ○短枝 (short shoot) 短い枝で葉を数枚だけつけ、同じ場所に毎年葉を維持する役割を持つ

シラカンバ、コシアブラ、アオハダなどでは明瞭な長枝と短枝の分化が見られる。 福島県の林内の低木や亜高木として普通に見られるアオハダは暗いところでは極端に連続した短枝をつけることが多く、10cm 程の長さの短枝に 30 年分もの枝が含まれることがある。サクラ類やブナなども短枝的な枝をつける。 一方でウワミズザクラは短枝や短枝的な枝は一切つけず、長枝しか作らない極端な種である。そのかわり、ウワミズザクラは作った枝の多くを秋に脱落させ、脱落した枝の脇から翌年また枝を出す。これにより同じ場所に葉を維持する短枝と同様の機能を果たしている。 枝の付け根に本来は側芽はないはずであるが、ウワミズザクラは側芽が分裂し、何度も同じ場所から枝を出すことができる。これを繰り返すとその部分がこぶ状にふくらむので、枝だけでもウワミズザクラを簡単に識別できる。

<単軸分枝と仮軸分枝>○単軸分枝 頂芽が長枝を作って枝の主軸を形成する。高木になる種に多い。ブナ、サクラ類、ケヤキなど○仮軸分枝 頂芽が短枝化したり成長を止めて側芽が長枝を作って伸びる。低木〜亜高木性のものが多い(明瞭な対応があるわけではない)。枝が横に波打つように伸びていることが多い。ミズキ、ヤマボウシ、オオカメノキなど。

アオハダの短枝

ウワミズザクラの枝の脱落痕

ヤマボウシの仮軸分枝 http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/cornaceae/yamabousi/yamabousi5.htm

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<花や実のつく場所>○頂生 枝の先端に花がつく。頂芽がつくべき所が花になってしまうため、主軸は止まってしまい、翌年は側芽が伸びて仮軸分枝になる。長枝に花をつけるものと短枝に花をつけるものがある。カエデ類やコバノガマズミなどは長枝の先端に花序をつける。ダケカンバ、シラカンバでは長枝先端に雄花序、短枝先端に雌花序をつける。○腋生 葉腋に花序をつける。当年枝の側芽の替わりに花序を付けるもの(コナラなど)と前年枝の側芽が花序枝になるもの(サクラ)がある。

<年枝・芽鱗痕>当年枝はやや緑色がかっていて褐色の前年枝と区別できる樹種が多い。その境目にはしばしば何本もの筋がはっきりと見えることがある。これは芽鱗痕と呼ばれ、冬芽の芽鱗が脱落した痕跡である。トチノキやブナは極めて明瞭に芽鱗痕が見える。カエデの多くは芽鱗の枚数が少ないので1本ないしは2本の線しか見えないが通常芽鱗痕を識別できる。 芽鱗痕が明瞭に見える樹種であれば、1年毎の枝の伸長分(年枝)を識別することができる。芽鱗痕を目印に過去の年枝をたどっていけば、その枝に何枚葉がついたか、どの程度伸長したか、場合によっては実を幾つ付けたかを1年毎にたどることが可能である。

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枝を使った結実量推定

枝に残された痕跡の中で面白いのは結実痕で、過去にさかのぼって何年にどのくらいの実を付けたかがわかる樹種がある。豊作と凶作がはっきりしている樹種であるブナがその良い例である。ブナなどの堅果類(ドングリ類)の豊凶はクマの出没とも関連しているので近年では長期的な結実量の推移を枝を使って解析する研究も行われている。 なお、結実量推定ができる種は限られている。コナラやミズナラでは通常の枝が頻繁に脱落して、実の脱落痕と区別が付かないだけでなく、実をかつてつけていた枝も失われてしまう。ウワミズザクラでは実を付けた当年枝は必ず脱落して痕跡は完全に失われる。どの種が枝による結実量推定に向いているかはまだ十分な検討がなされていない。

<ブナの枝解析> ブナの枝は芽鱗痕が明瞭で年枝をはっきり区別できる上に、結実の痕(雌花序痕)も判別しやすいため、数年から場合によっては 20 年にわたる過去の結実量を推定することが可能である。ブナの花は雌雄が別で5月頃当年枝の葉腋に腋生する。雄花序は枝の最下部の芽鱗葉の葉腋に数本つき、5月中に落下するので枝下部に小さな痕跡を残すだけである。雌花は通常枝下部の葉腋につき、急速に成長し6月には外見上は成熟果実サイズに達する。この果実が落下した痕は葉痕のすぐ斜め上にかなり明瞭な痕跡として残る。

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<枝の解析方法と解析結果の例>枝解析をする際は、下図のような枝の模式図を作製し、花序痕数の変動を各年の年枝あたりの花序痕数として平均する。新しい枝は数が多く、古くなるに従って減っていく上に芽鱗痕や花序痕の識別も困難になるため、古い方は信頼性が徐々に低下してしまう。しかし、樹冠部の枝を採取できれば年枝が短いため、非常に長い記録を得ることができる。 右図は八甲田山における花序痕数の変動と実際に計測された落下堅果の個数を比較したもので、極めてきれいな関係があることがわかる。 下図は結実量変動と年輪幅の関係で、大豊作年には年輪幅が大きく低下していることがわかる。

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