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「政府の境界」と「政府統治」: 契約理論による公的部門の分析 Boundary of the State’ and ‘Government Governance’: Contract Theory Approach to Public Sector

「政府の境界」と「政府統治」: 契約理論による公的部門の分析 · 一方、アメリカでは、古くから民間企業・非営利セクターを通じた行政サービスの

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「政府の境界」と「政府統治」:契約理論による公的部門の分析

‘Boundary of the State’ and ‘Government Governance’:Contract Theory Approach to Public Sector

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目次

1.00 iii

目  次

第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要 11. NPM の概要   1

(1) 行政への民間経営手法導入の広がり 1

(2) 背景 2

(3) 特徴 3

(4) 具体的手法 4

2. NPM に関する先行研究   7(1) Hood (1991) 7

(2) Ferlie, et al. (1996) 7

(3) 大住(1999) 7

(4) その他の研究 8

3. NPM 研究の課題と本研究の動機   10

第2章 企業理論の概要 111. 経済学における企業に対するアプローチの変化   112. 伝統的ミクロ経済学   14

(1) 伝統的ミクロ経済学における企業 14

(2) 伝統的ミクロ経済学によるアプローチの利点と問題点 14

3. ヒエラルキーとしての企業   16(1) エージェンシー理論 16

(2) 取引コスト理論 17

(3) まとめ―――ヒエラルキーとしての企業観の問題点 20

4. 「企業の境界」―――不完備契約アプローチ   21(1) 不完備契約理論とは―――エージェンシー理論との相違点 21

(2) 「市場の失敗」と「組織の失敗」 21

(3) 残余コントロール権と所有権の配分 22

(4) 不完備契約モデルによる垂直統合の分析 22

(5) まとめ 28

5. 企業統治   29(1) 先行研究 29

(2) インセンティブ契約 29

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目次

1.00 iv

(3) 簡単な複数タスク・モデルと均等報酬原理 30

(4) まとめ 31

6. 行政改革への応用    32(1) 行政改革手法の分類 32

(2) 「政府の境界」問題への企業理論の応用 32

(3) 「政府統治」問題への企業統治理論の応用 33

7. まとめ   35

第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造 361. 「契約の束」としての政府   36

(1) 新古典派経済学の政府観と「政府の失敗」 36

(2) 「契約の束」としての政府 38

(3) 政府内部のエージェンシー関係 42

(4) まとめ 45

2. 複数のプリンシパルを持つ政府   46(1) 政府における複数のエージェンシー関係 46

(2) 複数のタスクと活動評価の困難さ 47

(3) 複数プリンシパルの問題とサード・ベスト 48

(4) まとめ 50

3. 「政府の境界」―――政府の垂直統合問題   51(1) 「政府の役割」と「政府の境界」 51

(2) 「企業の境界」研究の政府への応用 52

(3) 政府による望ましい所有形態 52

(4) まとめ 53

4. 「政府統治」―――企業統治理論の政府への応用   54(1) 民間企業と異なる点は何か 54

(2) 伝統的な規律づけの方法 55

(3) 企業統治理論の政府への応用 59

(4) まとめ 64

5. まとめ   65

第4章 行政改革手法の分析 661. 「政府の境界」に関する手法   66

(1) 「企業の境界」に関する先行研究 66

(2) 政府の境界のモデル分析―――所有権構造がイノベーションに与える影響 67

(3) 行政改革手法への適用 73

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目次

1.00 v

(4) まとめ 78

2. 「政府統治」に関する手法   80(1) 企業統治理論による「政府統治」の分析 80

(2) 政府統治手段としての行政評価 81

(3) 政府統治手段としての公会計改革 85

(4) まとめ 88

3. 地方分権への応用   89(1) 政府間の境界―――中央集権と地方分権の比較 89

(2) 監視者のインセンティブ問題―――メインバンク的な監視者としての中央政府 93

(3) まとめ 95

第5章 行政改革事例の分析 961. 「政府の境界」に関する行政改革事例の分析   96

(1) サービス購入型 PFI 及びコントラクティング・アウト 96

(2) エージェンシー 107

(3) 狭義の民営化、独立採算型 PFI、バウチャー 114

(4) PFI の事業手法 117

(5) まとめ 119

2. 「政府統治」に関する行政改革事例の分析   120(1) 外部マネジメント型行政評価(ベンチマーキング) 120

(2) 内部管理型行政評価(業績測定・TQM) 124

(3) 公会計改革 127

(4) まとめ 131

第6章 まとめ 1331.主な結論   133

(1) 「政府の境界」の決定要因 133

(2) 「政府統治」手法の役割 133

2.本稿において得られた新たな知見   133(1) 「政府の境界」と「政府統治」 133

(2) 所有権の配分がイノベーションに与える影響 133

(3) 行政評価がインセンティブ契約(国民-政府、政府-官僚)の報酬率を高める役割 134

(4) プロジェクト実施の効率性に関する中央集権体制と地方分権体制の比較 134

(5) 中央政府による代理モニタリングの効果と問題点 134

(6) イギリスにおけるエージェンシー化プロセスがイノベーションに与える影響 134

(7) 独立行政法人制度における主務大臣のコミットメントの重要性 134

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目次

1.00 vi

(8) 政府統治における複数タスク問題とインセンティブ強度のトレードオフ 135

3.今後の課題と展望   135(1) 官僚制や民主的手続きの問題点の説明 135

(2) 規制と競争の導入 135

(3) 代理モニタリングを行う中央政府の内部構造 136

4.本稿の意義と現実問題への応用可能性   136

参考文献 137

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 1

第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

 本章の目的は、民間企業の経営手法を公的部門に導入した行政改革(New PublicManagement: NPM)の概要と具体的手法を述べるとともに、これまでの先行研究(Hood(1991), Ferlie, et al., (1996), 大住(1999)他)をサーベイし、本研究を行う理由であるエー

ジェンシー的視点による分析の必要性について述べる。

1. NPM の概要

(1) 行政への民間経営手法導入の広がり

 New Public Management 理論とは、1980 年代以降、イギリスやニュージーランド

等のアングロ・サクソン諸国を中心に現場で形成されたマネジメント理論である(大

住, 1999)1。

 一方、アメリカでは、古くから民間企業・非営利セクターを通じた行政サービスの

供給が盛んであった。これには、政府による介入を嫌う政治風土の影響が大きい。

Salamon (1992)によれば、1960 年代の「偉大な社会」政策によって連邦支出が伸びた

にもかかわらず、伝統的に政府の介入を嫌う政治的風土のため政府による直接的な供

給は増加せず、代わりに民間企業や非営利セクターによる行政サービスの供給が盛ん

になったのである。

 その他の諸国においても、NPM の導入が盛んになっている。スウェーデン、ノルウ

ェー、デンマーク等の北欧諸国では、組織改革を中心としたボトムアップ的な改革が

行われており、スウェーデンでは 1980 年代にイギリスのモデルとなったエージェン

シーが形成されている(大住, 1999)。 発展途上国でも、IMF や世界銀行を中心とした調整プログラム(経済安定化と構造

改革プログラム)によって、市場メカニズム重視の改革が行われ、規制改革、民営化、

政府機構の改革などが行われている(大住, 1999)。 また、東欧やロシア、中国等の移行経済諸国においても、国営企業の民営化等の市

場メカニズムに重点を置いた NPM 的手法の導入が図られている(Boycko, Shleifer andVishny, 1994, 1995)。 そして日本においても、地方を中心に行政評価やバランスシートの導入が進み(島

田他, 1999、中村, 1999、石原, 1999)、中央政府においても政策評価や独立行政法人、

PFI 等の NPM 手法の導入が進んでいる。

 以上のように、民間企業の経営手法の行政への導入はイギリスやニュージーランド

の急進的な改革によって注目されてきたが、現在では様々な国々でその国の事情に合

1 NPM という呼び方は、このイギリスやニュージーランドのような市場メカニズムに重点を置いたタイ

プの行政改革だけを指す場合もあり、このタイプは「狭義の NPM」であると言うことができる。OECDや世界銀行、IMF などでは民間企業の経営手法を導入した行政改革を New Public Management と呼ん

でいるが、北欧や大陸諸国ではこのような改革を「行政の現代化」(Public Modernization)と呼んでおり、

またアメリカでは単に”Public Management”と呼ばれている(大住, 1999)。

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 2

わせた形態をとりながら、行政改革の中心的な手法として定着している。つまり、民

間企業の経営手法の行政への導入は世界的な潮流なのである。

(2) 背景

 民間経営手法の行政への導入は、多くの要因を背景としているが、ここでは主なも

のとして、経済的な背景と政治的な背景について述べる。経済的には「大きな政府」

の失敗による財政危機の反省が、政治的には「新保守主義」の潮流が NPM の主要な

背景である。

ア. 経済的背景

 アングロサクソン諸国では、第二次対戦後、「大きな政府」政策のもと、手厚い社

会保障や主要な産業の国有化等の政策が実施されてきた。イギリスでは「揺り篭か

ら墓場まで」と呼ばれる高福祉政策や、運輸・エネルギー等の公益事業の国有化が

行われてきた。またアメリカでも 1960 年代の「偉大な社会」政策のもと、連邦政

府の社会福祉支出が急増した。

 1970~80 年代にはいり、「大きな政府」の諸国は深刻な経済危機に直面した。1970年代のイギリス、アメリカは、ともにインフレと失業率の上昇、生産性上昇の低迷、

財政収支や国際収支の悪化に苦しんでいた。そして、その大きな要因は、1973 年と

79 年の2度の石油ショックと変動為替レート制への移行に伴う世界経済の不安定化

であった。それぞれの国の経済危機は以下のような状況である(堀内, 1990)。 イギリスでは、1960 年代後半にインフレ率が徐々に高まり、失業率も上昇、貿易

収支の赤字も拡大し、64~65 年と 67~68 年には経常収支が赤字に転落した。この

背景には「イギリス病」と呼ばれた製造業の地盤沈下があり、製造業の生産性上昇

の停滞によって先進国の工業製品輸出のシェアは 20%以上だったものが 70 年代初

めには 9%に低下していた。1970 年代に入っても経済状況は好転せず、70~79 年の

経済成長率は年 2.2%に低下した。そして、先進国中最も高いユニット・レイバー・

コストの伸び(年率 14.4%, 71~78 年)によって、小売物価上昇率は 12.5%に上昇

し、また、失業率は 70 年代後半には 4.8%に急上昇した。

 アメリカでも、1960 年代後半に製造業の労働生産性上昇の鈍化と賃金プッシュに

よるインフレの兆しを見せ、国際競争力は低下していた。そして、「偉大な社会」政

策とベトナム戦争による拡張的財政運営によって貿易収支の黒字は減少していった。

1970 年代には石油ショックの影響によって生産性上昇は鈍化し、失業率も上昇、ま

た、貿易収支の悪化とともに経常収支赤字は拡大していった。レーガン政権誕生直

前の 1980 年には、経済成長率は△0.2%、失業率は 7.1%、消費者物価は 13.5%に上

昇し、連邦財政赤字は 740 億ドル(GNP 比 2.8%)に達した。

 こうした財政危機を受け、「小さな政府」政策を掲げる政権が各国で誕生し(英:

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 3

サッチャー政権、米:レーガン政権)、規制緩和や民営化、政府組織の縮小等の政策

が実施され、これが後に NPM につながっていくのである。この他の各国でも、NPMの導入は 1970~80 年代の財政危機が引き金になっており2、VFM 監査における 3E(Economy, Efficiency, Effectiveness)の先頭に"Economy"(経済性)が入っているこ

とは、各国が厳しい財政的制約に直面していたことを表していると言うことができ

る。

イ. 政治的背景

 NPM のもう1つの主要な背景は、政治的な要因としての「保守主義の反撃」(佐々

木, 1999)である。1979 年のサッチャー政権、1980 年のレーガン政権によって、

両国はそれまでのリベラリズム的政策からの大転換を図った3。この政策転換は、そ

れまでの「結果の平等」に対する「機会の平等」を主張するものであり、アメリカ

ではそれまでの「貧困との戦い」に対し、新保守主義による次のような批判が行わ

れた。

 まず、社会福祉政策はその目標達成に失敗したばかりではなく事態を悪化させて

いるとされ、公的扶助が結果的に貧しい人々から労働意欲や家族生活の維持の責任

を失わせていることが例として挙げられた。また、このような社会政策は政府権力

の肥大化と自由の侵害(「柔和な専制」)につながるものであり、個人の自由を守る

アメリカ憲法体制と両立しないものと批判された。そして、アメリカ経済の地位の

急落に対し、新しい経済理論が台頭し、これらは、可能な限り政府の役割を縮小し

市場の自由に委ねることを主張した。

 このように、イギリスやアメリカでは、新保守主義のもとで「小さな政府」を指向

する「公企業の民営化」、「規制緩和」等の政策が進められたのである。

(3) 特徴

 NPM の特徴は、筆者が本稿において展開しようとしているエージェンシー的視点

からは、「個々の経済主体の持つ独自の情報とインセンティブを重視したシステム」

であるということができる。

 ここで「個々の経済主体」とは、政府を形作る政治家や官僚、そして様々な利害を

持った国民/納税者のことである。また、「独自の情報」とは、個々の経済主体はそ

れぞれに私的情報を持っており、政府内外の様々な関係において、情報の非対称性が

存在していると言うことである。そして、この情報の非対称性の下で、いかにして他

2 ニュージーランドは 1984 年の経済危機が NPM 導入の引き金である。またスウェーデンの財政改革も

深刻な経済危機がきっかけとなっている。3 サッチャーは、政府の主な任務を「国防と法の秩序の維持」であると演説している。

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 4

者に対して自らの利害に沿った行動をさせるためにインセンティブ(誘因)を与える

ことができるかという仕組みが、NPM の特徴なのである。

 これに関して、大住(1999)は NPM の特徴として、①業績/成果による統制、②市

場メカニズムの活用、③顧客主義への転換、④ヒエラルキーの簡素化、の4点を挙げ

ている。また、Ferlie, et al. (1996)は、NPM のモデルとして4つのモデル(TheEfficiency Drive, Downsizing and Decentralization, In Search of Excellence, PublicService Orientation)を示している。

 これらの先行研究に対して、筆者の挙げている特徴は、その一部、つまりエージェ

ンシー関係に特に着目しているものであるということができるが、共通することは、

NPM の特徴は、政府や官僚の行動を法令や規則のみによってコントロールするので

はなく、彼らの持っている独自の情報とインセンティブを活用する仕組みにあるとい

うことである。

(4) 具体的手法

ア. 民営化

 「民営化」と言うと、典型的なものとして公企業の民営化を指すことが多いが、

Savas(1987)は民営化を「政府の役割を減じる行為」と定義しており、この定義に

従えば公企業の民営化以外にもいくつかの類型を考えることができる(大住, 1999)。下図 1-1 はそれらを示したものである。

図 1-1 民営化の類型(大住, 1999)

サービス提供

支払い

認定

G:政府

PF:民間事業者

C:消費者

(出所)Savas (1987), p.91.

完全民営化(Market)消費者自身によって事業者の

選択及び支払いが行われる。

民間委託(Contract)政府が事業者を選び支払い

を行う。

バウチャー(Voucher)政府は支払いのみを行い、事業者

は消費者によって選択される。

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

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(ア) 狭義の民営化

 狭義の民営化とは、一般的に使用される意味での公企業の民営化のことである。

公企業によって供給される財・サービスは、消費者に財の質を評価する能力がな

い、サプライヤ間の競争的市場が存在しない等の「市場の失敗」のために、市場

と民間企業によってはうまく供給できないとされるものであるが、1980 年代以降

の世界的な規制緩和(OECD, 1993)によって、各国で国営企業の民営化が相次

いで行われている。

(イ) 広義の民営化

 民営化を「政府の役割を減じる行為」と捉えることで、様々な形態の民営化が

考えられる。

① 民間委託(コントラクティング・アウト)

 まず、政府が直接財・サービスを供給する代わりに、民間企業や非営利セク

ターによって供給し、政府はこれに対する支払いを行う民間委託という形態が

ある。民間委託は、世界中の広く実施されており、アメリカでは実に 200 以上

のサービスが民間部門によって供給されている(Savas, 2000)。② PFI (Private Finance Initiative)

 次に、社会的資本を民間部門を中心にして整備する PFI がある。これには3

つの類型がある。1つは政府からの財政支出を伴わない「独立採算型 PFI」(例:

有料橋)である。もう1つは、民間が供給するサービスに対して政府が支払い

を行う「サービス購入型 PFI」(例:刑務所)である。最後の1つは、民間資本

だけでは整備できない施設に対し、政府が料金補助等の支出を行う「ジョイン

ト・ベンチャー型 PFI」(例:鉄道)である(Pollitt, 2000)。③ バウチャー

 次に、財・サービスの供給は市場を通じて行われるが、国民の間の不平等を

是正するために、政府が財政的な支出のみを行うバウチャー方式がある。この

方式は、低所得者向けの食券(Food Stamps)のように、市場による効率的な供

給を利用しながら、サービスを受けさせたい対象だけに絞った支出を行うこと

ができる(Savas, 2000)。

イ. 組織改革による効率化

 組織改革によって効率化を図る手法としては、エージェンシーと内部市場システ

ムがある。

(ア) エージェンシー

 エージェンシーとは、公的部門を企画立案部門と執行部門に分け、執行部門の

うち民営化が難しい部門を、業績/成果による管理を行う単位としてエージェン

シー化するものである。エージェンシー化にあたっては、政府の執行部門の業務

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 6

が”Prior Options Test”にかけられ、事業の必要性、民営化の可否、民間委託の可

能性のそれぞれについて検討された後、残った業務がエージェンシー化の検討対

象になる(岸, 1998)。エージェンシーの長官は公募によって選ばれ、予算や人事

に関する大きな権限を持つ代わりに、所管する大臣に対して業績/成果面での責

任を果たさなければならない。

 エージェンシー化は、執行部門を政府から擬似的に切り離し、業績評価や発生

主義会計によって、業績に基づくインセンティブ契約を導入することで民営化に

近い効果を求めるものである。

(イ) 内部市場システム

 内部市場システムとは、公的部門の内部において疑似的な「市場」を作り、印

刷・情報処置や医療システム等の執行部門に契約型取引を導入するものである4。

また、この考えを発展させ、都市計画等の計画策定業務のような企画・立案とい

う行政のより中枢的な部門への契約型取引の導入も行われている(大住, 1999)。

ウ. 行政評価

 行政評価は、その性質によって外部マネジメント型と内部管理型の2つのタイプ

に分類することができる(大住, 2000)。 外部マネジメント型行政評価は、オレゴン州のベンチマークス(岸, 2001a)に代

表されるような、国民や住民と政府との関係において、政府のパフォーマンスを測

定・評価するものであり、基本的にはアウトカムによる評価が中心である。

 一方、内部管理型行政評価は、サニーベール市の PAMS(自治体国際化協会, 2000a)等のように、政府の管理者(首長・政治家)と官僚の関係において、官僚のパフォ

ーマンスを測定・評価し、それに基づくインセンティブ契約を用いるものであり、

アウトプットあるいはアウトカムによる評価が行われる。

エ. 公会計改革

 公会計における発生主義会計の導入は、業績/成果による統制を行う上で必要と

なるストックに関する情報と行政活動に関するコスト情報を提供するものである。

 発生主義会計の導入には、大きく分けてアメリカ型とイギリス・ニュージーラン

ド型の2つのタイプがある(大住, 1999, 2000)。アメリカ型は、政府の財務情報を

国民/納税者及び資本市場に開示することを主たる目的としており、修正発生主義

を採用し、歴史的資本や森林等はバランス・シートには計上しない。一方、イギリ

ス・ニュージーランド型は、当期の活動に要したコスト情報を国民/納税者に提供

することを主たる目的としており、完全発生主義を採用し、バランスシートには原

4 Le Grand (1991), Ferlie, et al. (1996)を参照。

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 7

則としてすべての資産を計上する。

2. NPM に関する先行研究

 NPM は、これまで行政学を中心にアプローチされてきた。以下では代表的な先行研

究として、Hood (1991)、Ferlie, et al. (1996)及び国内の研究として大住(1999)等を紹介

し、NPM の理論的背景に関する研究を中心に述べる。

(1) Hood (1991)

 Hood (1991)は、NPM の理論的背景は、新制度派経済学(New Institutional Economics)とマネージャリズムであると指摘している。ここで、新制度派経済学とは、取引コス

ト論(Williamson, 1975, 1985)やエージェンシー理論(Jensen and Meckling, 1976)等によって構成されるものであり、大住(1999)によれば、新制度派経済学は、「合理性(自

らの利己心)に基づく行動を市場取引よりもより広範な、契約、義務、忠誠心などが

支配的である領域にまで拡張を試み」、「すべての経済的関係は、異なった利害を持つ

経済主体が、自らの目的のために協力する当事者間の暗黙あるいは明示的な契約関係

と見る」のである。

(2) Ferlie, et al. (1996)

 Ferlie, et al. (1996)は、NPM の理論的背景として、新制度派経済学と公共選択論の

影響を指摘している。そして、NPM を以下の4つのモデルに類型化(下表 1-1)して

分析を行っている。

表 1-1 NPM の4つのモデル

モデル1:

The Efficiency Drive初期に出現、ビジネスライク、Value for Money (VFM)と効率性、getting more for less、トップダウン、監

査(財務、業務)、顧客志向、労働市場の規制緩和

モデル2:

Downsizing and Decentralization

資源配分を計画から内部市場へ

ヒエラルキーによる管理から契約による管理へ

モデル3:

In Search of Excellenceボトムアップにおいて:組織の発展と学習を重視

トップダウンにおいて:リーダーシップを重視

モデル4:

Public Service Orientationサービスの品質志向

ユーザーの関心と価値の反映

(出所)Ferlie, et al. (1996)

(3) 大住(1999)

 大住(1999)は、NPM の特徴として以下の4点を指摘している。

① 業績/成果による統制:経営資源に関する裁量を広げる代わりに、業績/成

果による統制を行う

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 8

② 市場メカニズムの活用:民営化、エージェンシー、内部市場などの契約型シ

ステムの導入

③ 顧客主義への転換:住民をサービスの顧客とみる

④ ヒエラルキーの簡素化:統制しやすい組織に変革

 そして、このうち特に重要なものは、①と②であり、③及び④はそのための手段に

過ぎないとしている。

 また、NPM を「英国・ニュージーランド」型モデルと「北欧」型モデルに類型化

して分析している。ここで、「英国・ニュージーランド」型モデルとは、「効率性の追

求」と「ダウンサイジングと分権化」に傾斜し、民間経営手法、特に「ビジネス・リ

エンジニアリング」の成果を最大限採用しようとするものであり、トップダウン的な

経営改革によって、執行部門を中心にダウンサイジングと分権化/権限委譲を進め、

厳格な「業績/成果によるマネジメント」として、トップによる目標の設定、業績評

価、業績に基づく給与の査定等を行うものである。

 一方、「北欧」型モデルとは、民営化手法の活用は限定的で、内部組織の改革が中

心であり、組織内での業績/成果によるマネジメント、エージェンシー、内部市場メ

カニズム等によって、「契約型取引」への変革を図るものである。

(4) その他の研究

ア. 玉村(1998) 玉村(1998)は、NPM における公共選択理論の影響について分析を行っている。

それによると、NPM において、公共選択論は、不確実性の状況下で、政治家、官

僚、市民、企業といったアクターが自己の効用を最大化すべく「利己的かつ合理的

な行動」をとることによって発生する「政府の失敗」の構造を解き明かす役割を果

たしているとしている5。

イ. Barzelay (2001)  Barzelay(2001)は、NPM に関する研究を体系化し、下図 1-2 のように分析して

いる。

5 玉村(1998)は、これらの行動の結果として引き起こされる傾向として、「政策認知対象が特殊・私的利

益に偏る傾向」、「需要抑制機能が働かず過剰に公共サービス・財の見積が行われる傾向」、「官僚の自己効

用極大化行動による資源配分の非効率性と公的部門の肥大化」、「技術動向に過敏になる傾向」、「公的部門

における構造的な X 非効率性の発生」、「効果的な評価手法の未確立による公共サービス・財の過剰・過小

供給傾向」の6点を指摘している。

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 9

図 1-2 Schema of the NPM Literature

(出所)Barzelay (2001)

ウ. Lane (2000) Lane (2000)は、政府に関する経済理論(公企業や厚生経済学等)のサーベイを

行った上で、「長期間の契約から短期間の契約への変化」という契約論的な視点に

よる NPM の分析を行っている。

NPM Literature

Research Policy and doctrinalargumentation

Guidance,control, andevaluation

Programdesign andoperation

Publicmanagement

policy

Political andbureaucratic

roles

Policycontent

Policy-makingprocess

Type

Subject Subject

Subject

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第 1 章 民間企業の経営手法を用いた行政改革(NPM)の概要

1.00 10

3. NPM 研究の課題と本研究の動機

 先行研究の多くは、NPM の理論的背景として新制度派経済学や公共選択論の影響を

指摘しているが、先行研究で用いられたアプローチの多くは行政学や政治学、経営学等

によるものであり、理論的背景とされている新制度派経済学や公共選択論によって NPMの分析を実際に行ったものは少ない。

 しかし、NPM 理論が現場での試行錯誤の中で発達してきたものであるとはいえ、な

ぜ民間企業の経営手法を行政に導入することで行政活動の効率化や規律づけをすること

ができるのかを理論的に裏付ける研究は、民間企業の経営手法を適切に行政に導入する

上で不可欠なものであると考えられる。

 そこで本稿においては、新制度派経済学的なアプローチを採用し、近年、企業の経済

分析に用いられている経済理論、つまりエージェンシー的視点による経済分析の理論で

ある不完備契約理論や複数プリンシパル理論によって NPM 理論及び具体的手法につい

ての分析を行い、民間企業の経営手法がどのように行政活動を効率化し、規律づけする

のかを解明することを目的とする。

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第2章 企業理論の概要

1.00 11

第2章 企業理論の概要

 本章の目的は、民間企業の分析に用いられる企業の経済理論の概要を述べるとともに、

本稿において行政組織の分析に用いるエージェンシー理論や不完備契約理論について解説

することである。特に、企業の境界と複数プリンシパルについては、次章で行政改革手法

を分析するベースとなる簡単なモデルを示す。また、これらの企業理論の公的部門への適

用の可能性を論じる。

1. 経済学における企業に対するアプローチの変化

 企業は、市場の分析に重点を置いてきた伝統的な経済学においては単純化されブラッ

クボックスとして扱われてきたが、企業理論の発達によってエージェンシー理論、契約

理論等の分析ツールが充実し、企業の内部構造の分析が可能になった。さらに、不完備

契約理論によって「企業の境界」の分析が行われるようになった。

 経済学において、企業は様々なアプローチによって分析されてきた。企業に対するア

プローチは、大まかに分類すると以下の 3 つに分けることができる。

①市場における企業―――伝統的ミクロ経済学における企業

 伝統的なミクロ経済学において、企業は、完全競争市場における資源配分メカニズ

ムの分析のために、生産計画の実現可能性集合として単純化されて扱われた。このよ

うな市場メカニズムの分析においては、企業の内部はブラックボックスとして、その

内部構造は分析の対象とはならなかったのである。

②ヒエラルキーとしての企業―――エージェンシー理論・取引コスト理論

 取引コスト理論およびエージェンシー理論は、伝統的ミクロ経済学において無視さ

れてきた企業内部の資源配分の仕組み―――ヒエラルキー(階層組織)―――を分析

の対象とし、企業組織のより豊かな描写を可能とした。

 取引コスト理論において、企業は、権限に基づくヒエラルキーという組織的コーデ

ィネーションによって、市場を利用した価格メカニズムに基づく資源配分に伴うコス

ト(取引コスト)を節約する手段として分析された。

 また、エージェンシー理論は、企業をさまざまなステークホルダー間における「契

約の束」とみなし、企業内部のインセンティブ構造をその研究対象とした。このエー

ジェンシー理論は、ヒエラルキーとしての企業の機能と企業の統治構造を分析する上

で重要な分析枠組みを提供した。

③企業の境界―――不完備契約理論

 取引コスト理論およびエージェンシー理論は、企業内部の資源配分の仕組みとして

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第2章 企業理論の概要

1.00 12

のヒエラルキーの機能を分析したが、市場による取引と企業組織による取引のどちら

を選択するか、どのように市場と企業の境界が決定されるか、という「企業の境界」

問題に対して回答することができなかった。

 この「企業の境界」問題に対して不完備契約理論は、市場取引において将来起こり

うる事態に対し事前に特定化した包括的な契約を締結することができないために、

(不完備な)契約を代替または補完する取引管理構造として企業組織による取引が選

択されるとした。そして、Grossman and Hart (1986)および Hart and Moore (1990)は、企業の境界を決定する要因として、物的資産の所有権の分布が企業の投資インセ

ンティブに与える影響を分析した。また、Holmstrom and Milgrom (1994)は、制度

的補完性の観点からインセンティブ・システムとしての企業の境界の分析を行った。

 上で述べた、経済学における企業に対するアプローチの変化をまとめると、下図 2-1のように表現することができる。伝統的ミクロ経済学において市場の中の「点」として

分析されてきた企業(下図①)は、取引コスト理論やエージェンシー理論によってその

ヒエラルキーとしての内部構造が分析され(下図②)、さらに、不完備契約理論によっ

て市場と企業とを峻別する「企業の境界」が分析されるようになったのである(下図③)。

図 2-1:経済学における企業に対するアプローチの変化

 では、これらのアプローチ方法の発達によって何がもたらされたのであろうか。

 第1に、事業部制やアウト・ソーシング、分社化などの企業組織のデザインに関する

経済分析が可能になった(Williamson, 1975, 伊藤・林田, 1996 等)ことが挙げられる。

 第2に、資本と負債の役割など、コーポレート・ガバナンスやファイナンスに関する

経済分析が行われるようになった(Jensen and Meckling, 1976, Shleifer and Vishny,1997, Dewatripont and Tirole, 1994a 等)。

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第2章 企業理論の概要

1.00 13

 そして第3に、企業内部のインセンティブシステムとしての人事や給与の分析が可能

になったのである(Lazear and Rosen, 1981, Lazear, 1996, Holmstrom and Milgrom,1991, Milgrom and Roberts, 1992 等)。

 以下では、それぞれのアプローチについて、順に述べることにする。

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第2章 企業理論の概要

1.00 14

2. 伝統的ミクロ経済学

 伝統的ミクロ経済学は、企業を生産計画の実現可能性集合に単純化して取り扱うこと

で、市場における資源配分の分析を行ったが、企業の内部構造は分析対象とはならなか

った。

(1) 伝統的ミクロ経済学における企業

 伝統的ミクロ経済学において、「企業」とは市場の機能を分析する上での脇役に過ぎ

ず、その内部構造はブラックボックスとして分析の対象とはならなかった。伝統的な

ミクロ経済学における企業の扱いについて、青木(1989)は以下のように述べている。

 「一昔前には(そして初等ミクロ経済学講義においてはいまでも)、企業の理論

とは、利潤関数と生産関数(ないしは費用関数)を対象に、最適化方法を機械的に適

用するテクニックの叙述にすぎなかったのである。そこでは、企業の内部で何が起

こっているか、費用関数や生産関数ははたして企業内の組織的コーディネーション

の方法とは独立に定義される純技術的な概念なのか、企業のサイズはどのようにし

て決まるのか、企業活動のインプットのあるものはなぜ特定企業と長期に結びつい

ているのか、この場合マーケットにおける競争と企業の報酬支払いの関係はどうな

っているのか、といったことは、そもそも問題としても意識されていなかったとい

える」(青木昌彦, 1989, p.11)。

 伝統的ミクロ経済学は、市場における企業の機能を分析するために、企業を生産計

画の実現可能性集合として単純化した。そのため、企業は市場における「点」として

あたかも「一枚岩」のように仮定され、その内部構造は分析の対象とはならなかった。

市場において、企業は、さまざまなインプットを財やサービスに技術的に変換して産

出し、販売する生産計画の実現可能性集合―――1種類の財・サービスのみを生産す

る場合には生産関数―――として扱われた。企業の目的は、企業所有者の厚生(利潤)

を最大化することであり、企業の経営者はそういった計画を選択する無私無欲な存在

として想定された(伊藤・林田, 1996)のである。

(2) 伝統的ミクロ経済学によるアプローチの利点と問題点

 伝統的ミクロ経済学において、企業を生産計画の実現可能性集合として単純化する

ことは、完全市場における資源配分メカニズムを分析する上では有効であった。そこ

では完全市場自体が、情報収集や交渉のコストがかからない(取引コストの無い)摩擦

の無い世界として想定されたように、完全市場における企業も、内部に摩擦が無く財

やサービスを生産できる存在として想定されたのである。

 一方、その単純化に伴う問題点もある。伝統的ミクロ経済学のアプローチの問題点

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第2章 企業理論の概要

1.00 15

として、Hart (1995)は以下の 3 点を指摘している。

① 企業内のインセンティブの無視

 企業を完全に効率的な「ブラックボックス」として扱っており、その内部では、

一切の物事が摩擦なく執り行われ、誰もが言われたとおりに行動するものとして扱

われている。

② ヒエラルキーや権限などの企業の内部組織に触れていない

 企業内部の階層構造や意思決定、誰が権限を持っているか、といった問題に関し

ては何も触れられていない。

③ 企業の境界を決定できない

 企業のサイズが大きくなると平均費用曲線が上昇するという問題の背後にある経

営者の能力が、固定的な要素として扱われているのか、2人目の経営者を雇うこと

ではこの問題を避けることができないのか、が明らかでない。

 伝統的ミクロ経済学では無視されてきたこれらの問題、つまり企業の内部構造の分

析は、以前はもっぱら経営学の対象領域とされてきた。しかし、1970 年代に入り、

Alchian and Demsetz (1972), Williamson (1975), Jensen and Meckling (1976)等の

登場によって、企業の内部構造の経済分析が行われ、企業のより豊かな描写が可能と

なったのである。

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第2章 企業理論の概要

1.00 16

3. ヒエラルキーとしての企業

 エージェンシー理論及び取引コスト理論は、企業内部の資源配分の仕組みとしてのヒ

エラルキー(階層組織)の役割を分析し、企業組織のより豊かな描写を可能にした。し

かし、「企業の境界」を分析する枠組みとしては不十分であった。

 伝統的ミクロ経済学の想定においては、企業はブラックボックスであり、企業内部の

インセンティブ問題は無視され、スムースに物事が進み、企業のメンバーは言われたと

おりに行動していた。しかし、現実には企業の内部は異なる利害を持つメンバーによっ

て構成され、ヒエラルキーという権限体系による決定が行われている。このヒエラルキ

ーを分析する2種類のやや似通ったアプローチが、エージェンシー理論と取引コスト理

論である。

(1) エージェンシー理論

 エージェンシー理論は、伝統的ミクロ経済学が無視してきた企業内のインセンティ

ブをその研究の対象とする。この理論において、企業内組織の資源配分のコーディネ

ーションは基本的にはヒエラルキー(階層組織)という権限体系によって行われる。

これは、市場における「ヨコ」の取引関係に対して、「タテ」の取引関係と捉えるこ

とができる(伊藤・林田, 1996)。エージェンシー理論は、ヒエラルキーとしての企業

の機能を分析する上で有効な分析枠組みを提供し、企業のより豊かで現実的な描写を

可能にした。しかし、企業の境界の決定問題を分析する枠組みとしては不十分であっ

た。

ア. エージェンシー関係の束としての企業

 エージェンシー理論において、企業とは、株主と経営者、経営者と従業員等のさ

まざまなステークホルダー間における「契約の束(nexus of contracts)」として扱わ

れる。そして、これらの契約は、依頼人(principal)と代理人(agent)の間のエージェ

ンシー関係として分析される。

 エージェンシー関係は、プリンシパルと呼ばれる主体が自己の目的を達成するた

めの行為をエージェントに委託することによって生ずる。典型的には、エージェン

トはプリンシパルとは異なる目的を有している。もし、プリンシパルがエージェン

トの行為を事後的に観察し立証することが可能ならば、適切なインセンティブ契約

を結ぶことで目的を達成することができる。しかし、エージェントがプリンシパル

には得ることのできない情報を持つ「情報の非対称性1」のもとでは、プリンシパル

1 情報の非対称性については、Akerlof (1984)の「レモンの市場」を参照。ここで、「レモン」とは質の悪

い中古車の意味である。アメリカでは、個人間で中古車の売買が行われることが多い。このとき、売手は

その車の品質についての情報、つまりその車が「レモン」であるか「マロン(質の良い車)」であるかと

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第2章 企業理論の概要

1.00 17

はエージェントの行動の適切な観察を行うことができないため、エージェントが自

らの目的のみに適ったモラル・ハザード行動(事後的な機会主義的行動)を選択す

る動機が発生する可能性がある。

 エージェンシー理論は、このような情報の非対称性や観察可能性が問題となるよ

うな状況における企業の構成メンバー間のコンフリクトを明示的に分析し、ヒエラ

ルキーとしての企業の機能を分析する上で有効な分析枠組みを提供した(伊藤・林

田, 1996)のである。

イ. エージェンシー理論による企業統治の分析

 エージェンシー理論による代表的な分析としては、株主と経営者の間におけるコ

ンフリクトの分析を挙げることができる。

 大恐慌後の 1930 年代に、Berle and Means は経営と所有の分離を分析し、経営

者支配の問題を取り上げた。これは、株式会社の大規模化に伴い株式所有が分散し、

株主一人当たりの持ち株比率の低下によって株主による会社の支配が困難になる

「所有と支配の分離」が進み、経営者による支配が成立するというものである

(Milgrom and Roberts, 1992)。 この問題について、Jensen and Meckling (1976)は、「株主-経営者」の関係をエ

ージェンシー関係として分析した。彼らは、経営者による株式保有が不十分である

場合、経営者の努力やイノベーションに対するインセンティブが殺がれること、負

債がいかに過大なリスク負担を促すかということに対し、初めて体系的な経済分析

を行った。

ウ. 企業の境界の決定

 エージェンシー理論は、ヒエラルキーとしての企業の機能を分析する有効な枠組

みを提供するが、企業の境界を分析する枠組みとしては不十分であった。標準的な

エージェンシー理論は、将来起こりうる事態に対し事前に特定化した包括的な契約

が設計可能であると仮定している。そのために、この初期の契約を再交渉によって

改訂したり、他の制度によって補完する必要が無いとすれば、企業内での取引を企

業外(市場)で行うことも可能になってしまう。このような場合にエージェンシー

理論は、内部組織と市場とを明瞭に区別することができないのである(伊藤・林田,1996)。

(2) 取引コスト理論

 取引コスト理論は、「取引」を市場と組織の統一的理解のための分析単位に据えた

いう情報を持っているのに対し、買い手はそれらの情報を持っていない。このような「情報の非対称」の

もとでは、買い手がリスクを恐れて取引が行われないなどの非効率な決定が行われる可能性がある。

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第2章 企業理論の概要

1.00 18

(伊藤・林田, 1996)。取引コスト理論では、契約の不完備性が重要になり、取引コス

トを節約する仕組みとして組織が分析されるのである。

ア. 取引コスト理論における企業

 Coase (1937)は、企業を、市場取引を内部化し、ヒエラルキー(階層組織)によ

る組織的コーディネーションによって、価格メカニズムによる資源配分のコスト(市

場を利用するコスト――後に「取引コスト」と呼ばれることになる探索コスト、契

約書を書くコスト、契約を執行するコスト等)を節約する仕組みとして捉えた。

 この論文は長い間注目を浴びなかったが、1970 年代に Williamson によって取り

上げられ、市場と共に資源配分の重要なメカニズムであるヒエラルキー(階層組織)

が注目されることとなった(Williamson, 1975, 1985)。Williamson は、Coase の理

論を発展させ「取引コスト経済学」という一ジャンルを築き上げた。

 その後、取引コスト理論は、企業における事業部制や系列取引、長期契約の分析

などに拡張された。また、Dixit (1996)などによって、政治学の分野にも応用され

た。

イ. 取引コスト理論の前提となる人間の行動仮説

 取引コスト理論において、重要な前提となる人間の行動仮説は、「限定合理性」

と「機会主義的行動」の2つである2。

 「限定合理性」(bounded rationality)とは、将来の不測事態をすべて予見したり、

最適な行動を計算に入れたりすることはできないという人間の能力の限界を指す。

それは、「合理的であるように意図されているが、しかし、ただ限られた範囲での

み合理的である」(Simon, 1976)のである。

 「機会主義的行動」(opportunistic behavior)とは、自己の利益を追求するための

戦略的な行動である。事前的(precontractual opportunism)には、情報の非対称性

のもとでの情報の隠匿や虚偽の伝達(例:逆選択3)を、事後的(postcontractualopportunism)には、将来の行動についての約束を反故にするモラル・ハザード行動

4(例:ホールド・アップ問題5)を指す。

2 “Any attempt to deal seriously with the study of economic organization must come to terms with thecombined ramifications of bounded rationality and opportunism in conjunction with a condition ofasset specificity.” (Williamson, 1985, p.42)。3 逆選択とは、本来は保険用語であるが、交渉の一方の当事者が、相手の純利益を左右するような事柄に

関する私的情報を持ち、かつそのような契約に合意するものが、契約内容が相手にとって非常に不利にな

るような私的情報を持つもののみである場合に生じる、契約前の機会主義的行動を指す(Milgrom andRoberts, 1992)。4 モラル・ハザード行動とは、本来は保険用語で、保険に加入しているという事実によって、保険に加入

した人のインセンティブが誤った方向へ変化させられてしまうことを指す(McMillan, 1992)。現在では、

契約後の機会主義という意味でも用いられる。5 ホールド・アップ問題とは、関係特殊的投資を進める当事者が、他の当事者から「投資の成果を渡さな

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第2章 企業理論の概要

1.00 19

 もし、人間が完備契約を締結することができれば、事前的にも、事後的にも起こ

り得ることはすべて特定化されているので機会主義的行動による問題は起こりえな

い。しかし現実には、人間が限定的にしか合理的でないために、完備契約を締結で

きないことが、機会主義的行動を引き起こすのである。

ウ. 取引コストの種類

 Milgrom and Roberts (1992)によれば、取引コストは、「調整コスト」と「動機づ

けコスト」に分類することができる(図 2-2)。

図 2-2:取引コストの種類

 「調整コスト(coordination costs)」とは、価格と取引の詳細を決定し、潜在的な

売手と買手の存在を互いに知らしめ、売手と買手に現実に取引を実行させるコスト

である。また、ヒエラルキーで発生するコーディネーションに関わる取引コストは、

効率的な計画を決定するのに必要な分散している情報を階層組織の上部に伝達し、

それらの情報を利用して実行すべき計画を決定し、さらにその計画を実施責任者に

伝えることに伴う費用である。

 「動機付けコスト(motivation costs)」は、さらに 2 つに分類することができる。

1 つ は 、「 情 報 の 不 完 備 と 非 対 称 性 (informational incompleteness andasymmetries)」に関わる費用である。これは、潜在的ないしは現実の取引当事者が、

双方に合意が受け入れられるかどうか、また合意の条件が実際に満たされるかどう

かを決定するのに必要な多くの情報を、現実には持たないことに関わる費用である。

もう1つは、「不完全なコミットメント(imperfect commitment)」から生じる費用

である。これは、当事者が自分の手を縛ることができないために、事前には実行す

ければ関係を打ち切る」という脅しを受けやすくなる問題をいう(Milgrom and Roberts, 1992)。

取引コスト

調整コスト

価格と取引の詳細を決定し、潜在的な売手と買手の存在と所在を互

いに知らしめ、売手と買手に現実に取引を実行させるコスト

動機づけコスト

情報の不完備と非対称

潜在的ないしは現実の取引当事者が、合意が

双方に受け入れられるかどうか、また合意の

条件が実際に満たされるかどうかを決定する

のに必要な多くの情報を、現実には持たない

ことに関わる費用

不完全なコミットメント

将来の行動指針について、機会主義的行動を

回避する完全な約束をすることができないこ

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第2章 企業理論の概要

1.00 20

べきだと思って計画した脅しや約束でも、事後的には断念した方がよいという誘惑

に勝てず、実行できない問題である。

エ. エージェンシー理論との相違点

 取引コスト理論は、契約の不完備性が重要になる点でエージェンシー理論と異な

っている。標準的なエージェンシー理論が包括的な契約が作成可能であることを前

提としているのに対し、取引コスト理論では、不完備契約を前提としており、完備

な契約が設計できないことを理由に発生する取引コストを節約するための取引管理

構造の設計が重要になる。

オ. 企業の境界の決定

 取引コスト理論において、企業の境界はどのように決定されるのであろうか。取

引コスト理論が主張するように、組織内部でのヒエラルキーによる資源配分が市場

における価格メカニズムを通じた資源配分よりも効率的と言うのなら、世界中のす

べての取引を巨大な単一の企業の内部で行うことが効率的だということになってし

まう(Coase, 1937)。現実には、ヒエラルキーによる資源配分とともに、市場による

資源配分が行われており、どちらの仕組みを選択するかを決定する要因が存在する

はずである。

 このように、取引コスト理論は、市場という資源配分の仕組みに対する、ヒエラ

ルキーという資源配分の仕組みの優位性を説明したが、そのどちらを選択するかと

いう「企業の境界」の問題にはっきり答えることができないのである。

(3) まとめ―――ヒエラルキーとしての企業観の問題点

 エージェンシー理論及び取引コスト理論は、ヒエラルキーという権限体系としての

企業を分析するうえで大変有用であり、市場での取引に対するヒエラルキーの優位性

を主張し、企業が統合によって企業の境界を拡張するメリットを強調している。しか

し、以下の 2 つの点を十分に考察する必要がある(伊藤・林田, 1996)。1つは、統合、

つまり企業の境界を拡張することによって、どのように便益が達成されるのか、とい

う点である。ヒエラルキーとしての企業の分析は、この点について十分な説明を行っ

ていない。そしてもう1つは、市場取引と比較して、内部組織にはどのような費用が

存在するのか、という点である。内部取引が常に市場取引に比して有利ならば、内部

組織がすべての取引を取り込んでしまうことが望ましいことになってしまう。これら

の 2 つの点を明らかにできなければ、企業の境界を決定することができないのである。

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第2章 企業理論の概要

1.00 21

4. 「企業の境界」―――不完備契約アプローチ

 企業の境界の問題に対して、不完備契約理論によるアプローチは、所有権の配分が経

営者に与えるインセンティブという視点から分析を行った。包括的な契約の作成やエー

ジェントの行動の観察/立証が困難であるという想定に立つ不完備契約理論は、契約が

不完備であるために事前に対応を特定することができない事態に対して決定を行う権利

である残余コントロール権を、企業の境界を決定する重要な要素であるとする。

(1) 不完備契約理論とは―――エージェンシー理論との相違点

 不完備契約理論によるアプローチは、企業の境界を決定するものとして、契約の不

完備性が重要な柱となる点でエージェンシー理論と異なる。

 標準的なエージェンシー理論では、将来起こり得る事態に対し事前に特定化した包

括的(comprehensive)な契約6を設計可能と仮定している。しかし、その場合、取引の

過程で初期の契約を改訂したり他の制度で補完する必要はなく、企業の外(市場)に

おいて内部取引を再現することもでき、また、取引を内部化する必要もないため、企

業の境界を説明することができない(伊藤・林田, 1996)のである。

 これに対し、不完備契約理論によるアプローチにおいては、初期の契約が不完備で

あるために、それを代替または補完する取引管理構造が必要になるとする。この取引

管理構造としては、企業の内部組織での権限に基づく取引制御メカニズムや、系列取

引、長期間の継続的な取引関係等がある。

 不完備契約アプローチにおいて、中心的なテーマとなるのは次の 2 点である。1つ

は、内部組織での権限はどのように生まれるのか、という問題であり、もう1つは、

内部組織はどのように定義され市場での契約と何が異なるのか、という問題である。

(2) 「市場の失敗」と「組織の失敗」

 Coase (1937)は、「もし、組織化することである種の費用を排除し、生産費を実際に

低減させることができるのなら、いったい、なぜ、市場取引がそもそも存在している

のだろうか。なぜすべての生産は、巨大な一企業によって行われてしまわないのだろ

うか」と企業の境界の問題を提示している。企業の境界が存在する理由として、Coaseは、

① 企業の拡大に伴い、企業家の機能に関する収穫逓減が働く、

② 企業内に組織化される取引の増加に伴い、生産要素を最も有効に利用しそこなう、

③ 一つないしいくつかの生産要素の供給価格の上昇、

という 3 つの可能性を挙げている。

 つまり、「市場の失敗」に対する「組織の失敗」が存在すると考えられるのである。

6 すべての将来時点での起こり得るさまざまな状況のそれぞれにおいて、各々の関係者が何をなすべきか

を指定し、かつ、個々の状況下での所得の分配方法をも指定した契約 (Milgrom and Roberts, 1992)。

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第2章 企業理論の概要

1.00 22

それでは、企業の境界を決定するものは何であろうか。

(3) 残余コントロール権と所有権の配分

 内部組織における権限に基づく取引制御メカニズムは、市場取引と何が異なるので

あろうか。

 この問題に対して、Grossman and Hart (1986), Hart and Moore (1990)は、企業

の物的資産(機械や建物、土地等の有形の固定資産や特許権等の無形資産)の所有権

を持つ者が「残余コントロール権(residual control rights)」を獲得することができる

と考え、企業の境界の分析を行った。つまり、「企業の所有権をもつ主体は企業の物

的資産に関する決定権を有する」ということである。

 それでは、「残余コントロール権」とは何であろうか。Milgrom and Roberts (1992)は、「法の定めや契約によって他人に割り当てられている以外の資産使用法について

の決定権」と説明している。残余コントロール権の例としては、資産への他人のアク

セスを排除する権利、資産の形態を変化させる権利、資産を譲渡、売却する権利など

を挙げることができる。

 残余コントロール権は、どのような意味を持つのであろうか。仮に、完備契約をコ

ストをかけずに作成し履行させることが可能だとすると、契約書において予想されな

い事態は発生しないので、残余コントロール権は意味を持たない。しかし、実際には

完備契約を締結することはできない。そのため、法や契約に定めのない出来事に関し

て残余コントロール権が意味を持つことになるのである。

 そして、企業の境界の変化は、資産の所有権(=残余コントロール権)の分布を変

化させる。このことが、経営者の人的資産への投資インセンティブに影響するのであ

る。そして、関係特殊的投資の重要性や効率性を比較することで、企業の境界を説明

することが可能になるのである。

(4) 不完備契約モデルによる垂直統合の分析

 企業の境界の分析においては、メーカーとサプライヤの間の垂直統合の問題が分析

対象となることが多い。このような研究の古典的なものは、自動車メーカーである GMと、自動車の車体を製造するサプライヤであるフィッシャー・ボディー社の 1920 年

代の関係を分析した Klein, Crawford and Alchian (1978)である。GM の組立工場に

隣接して車体工場を建設するようにとの要請に対し、フィッシャー・ボディー車は、

将来的に GM に対する交渉力を失うことをおそれ、投資を拒否した。おそらく、GMへの車体供給に特化した投資は、その他の用途(この場合は他社への供給)に対する

価値を失ってしまうと考えたからであろう。結局、この問題は GM がフィッシャー・

ボディー社を買収する垂直統合によって解決された。

 このような垂直統合の問題に対して、不完備契約理論によって分析を行ったのが、

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第2章 企業理論の概要

1.00 23

Grossman and Hart (1986)である。彼らは、サプライヤとメーカーの関係における物

的資産の所有権(=残余コントロール権)の分布が、企業が直接コントロールするこ

とが難しい人的資産(「人材」、労働者や経営者が有する知識や技能、情報等)へのマ

ネジャーの投資インセンティブに及ぼす影響を分析した。

 以下では、彼らのモデルを元に、Hart (1995)、Muthoo (1999)、柳川(2000)を参考

に単純化したモデルによって、所有権構造が投資インセンティブに与える影響につい

て考える。

ア. モデル

・ 資産と投資

 ここに、あるメーカー 1M と、この企業に専用の部品を供給するサプライヤ 2Mがある。両者は生産に必要な物的資産 2,1 aa を有しており、さらに、この生産性を

上げるために人的資産への投資 ei, を行うことができる(表 2-1)。

表 2-1 1M と 2M の物的資産および人的資産への投資

1M 2M物的資産 1a 2a

人的資産への投資 i e

 双方は共に、他の企業とも部品の取引を行っても利益を上げることができるとい

う意味で交渉力を有しているが、両者の間で取引を行うことがそれぞれにとって最

も利潤が高いものとする。

・ 時間の流れ

 このモデルは 2 期間である。まず date0 に事前的に人的資産への投資が行われ、

date1 に実際の部品供給が行われる。注意すべき点は、メーカーが必要とする部品

のタイプは date1 まで判明せず、部品の価格に関する交渉と利得の決定はこの時点

で行われることである。この不確実性のために、事前に部品の価格に関して定めた

効率的な長期間の契約を結ぶことはできない7。また、物的資産の所有権の配分(物

的資産の売買)は date0 に行われる(図 2-3)。ただし、このモデルでは投資が行わ

れた後の事後取引費用はゼロと仮定する。つまり、投資後は観察、立証ともに可能

7  両者は、以下の4つの理由により date0 の時点で契約が締結できない。

① 契約の不完備性:人的資産への投資の成果は、不確実かつ複雑であるために、包括的(comprehensive)な契約を結ぶことができない。

② 契約書作成のコスト:包括的な契約内容を契約書に書くことは不可能か、たとえ書くことができたとし

てもコストがかかりすぎる。

③ モラル・ハザード:たとえ包括的な契約を結ぶことができたとしても、相手側の行動を観察することは

不可能か、非常にコストがかかる。

④ 立証不可能性:たとえ相手側の行動を観察できたとしても、それを第三者(例えば裁判所)に対して立

証することが不可能。

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第2章 企業理論の概要

1.00 24

である。

図 2-3 時間の流れ

date0 date1

所有権配分の決定 部品のタイプが判明

人的資産への投資 ei, 価格交渉、利得が決定

・ 所有形態

 資産の所有形態としては、タイプ 0: 1M が 1a 、 2M が 2a を所有、タイプ 1:1M がすべて所有、タイプ 2: 2M がすべて所有、の 3 タイプを想定する(表 2-2)。

表 2-2 3つの所有形態

所有形態のタイプ 物的資産の配分

タイプ 0 1M が 1a を 2M が 2a を所有

タイプ 1 1M が 1a と 2a を所有

タイプ 2 2M が 1a と 2a を所有

・ 利得

 取引が成立したとき、 1M と 2M は、両企業の利潤の和 ( )eiV , が最大になるよう

に取引量その他を交渉で決定する。そして、この合計利潤は両企業の人的資源への

投資によって決まる。ただし、この利潤からは人的資源への投資分は引かれていな

いことに注意するべきである。

 また、両者の取り分 21,ππ は、合計利潤V からそれぞれの企業の外部機会8 WU ,(他の企業と取引することで得られる利潤)を差し引いた残りを 50:50 に分けたナ

ッシュ交渉解9で決まるものとする。つまり、

2),(

2),(1 WUeiVWUeiVU −+

=−−

+=π

2),(

2),(2 WUeiVWUeiVW +−

=−−

+=π

である(図 2-4)。

8 外部機会(outside option)は、威嚇点(threat point)とも呼ばれ、交渉が決裂した場合においても得るこ

とのできる利得を指す(柳川, 2000)。9 ナッシュ交渉解(Nash Bargaining Solution)については、Muthoo (1999)等を参照。

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第2章 企業理論の概要

1.00 25

図 2-4 取り分の決定

 この外部機会は、事前の人的資源への投資と企業が所有する物的資産によって決

まる。一般に、それぞれの外部機会は

( )AiUU ;=( )BeWW ;=

と表すことができる。ここで、 BA, はそれぞれの企業の所有権構造を表すものとし、

それぞれ、 { } { } { }φ=== 210 ,2,1,1 AaaAaA 及び { } { } { }2,1,,2 210 aaBBaB === φとする。

 両企業はこれらのことを考慮し、両者の取り分から人的資産への投資を差し引い

たもの、つまり 1M は i−1π を、 2M は e−2π を最大にするように、人的資産への

投資水準を決定する。ここで 1M が iWAiUeiVi −−+

=−2

);(),(1π を最大化する

条 件 は 、 1 階 条 件 よ り 12

);()(=

′+′ AiUiVと な る 。 同 様 に 、 2M が

( ) eBeWUeiVe −+−

=−2

;),(2π を最大化する条件は 12

);()(=

′+′ BeWeVである。

 以上の点を踏まえ、所有権の配分がどのように人的資産への投資水準に影響を与

えるかを考える。

・ ファースト・ベスト

 まず、比較対象として、ファースト・ベストの投資水準、つまり完備契約の世界

での最適な投資水準を考える。ファースト・ベストの投資水準は、取引によって生

み出される価値 S 、つまり、両企業の利潤の和 ( )eiV , から人的資産への投資 ie, を

差し引いたものを最大化する投資水準 **,ie を求めることで得ることができる。す

なわち、

MAX ieeiV −−),(より

( ) 1* =′ iV

( )eiV ,

U W( )2

, WUeiV −− ( )2

, WUeiV −−

2π1π

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第2章 企業理論の概要

1.00 26

( ) 1* =′ eVを満たす **,ie がファースト・ベスト解である。

・ セカンド・ベスト

 次に、不完備契約の世界におけるセカンド・ベストの投資水準を求める。

 合計利潤V は、人的資産への投資水準によって決定され、物的資産の所有権構造

の影響を受けない。

 これに対し、各企業の外部機会は、所有権配分の影響を受ける。交渉が決裂した

場合には、交渉相手が所有する資産を使用することができなくなる。そのため、よ

り多くの物的資産の所有権を有している方が、より高いか少なくとも同じレベルの

投資水準になると考えられる。これは、所有権配分のタイプ 0、タイプ 1、タイプ 2のときの両者の人的資産への投資水準を 210 ,, iii および 210 ,, eee で表すとすると、

201 iii ≥≥ および 102 eee ≥≥ ということである。つまり 1M の場合で言えば、

12

);()(=

′+′ AiUiVを i が満たすとき、よりU ′を高くするような所有権構造 Aを選

択することで、社会厚生的に最も望ましいファースト・ベストの投資水準 *i により

近づくことができるのである。また、 2M についても同様である。

 しかし、物的資産は稀少であるので、どちらの企業にも好きなだけ所有させるわ

けには行かない。そこで、両企業間の資源の配分を決定する必要がある。

・ 望ましい所有権構造

 それでは、どのような所有権構造を選択することが望ましいのかという問題を考

えたい。

 これには、タイプ 0~2の各所有権構造について、生み出される価値 S をそれぞ

れ比較すればよい。つまり

0000 eiVS −−=

1111 eiVS −−=

2222 eiVS −−=を比較するのである。

 より高い投資水準によって、よりファースト・ベストに近づくことができるとい

うことは、相手の投資水準を下げることなしに、自らの投資水準を挙げるような物

的資産の配分が望ましいということである10。

 ここで重要になることは、人的資産と物的資産の結びつき、および物的資産同士

の結びつきが生産性に与える影響である。以下では、いくつかのケースに分けて考

10 あくまで、社会的厚生の面で望ましいかどうかという観点であることに注意。

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第2章 企業理論の概要

1.00 27

える。

① も し 、 2M の 外 部 機 会 が 所 有 権 の 分 布 の 影 響 を 受 け な い 、 つ ま り

( ) ( ) ( )210 ;;; BeWBeWBeW == ならば、 1M がすべての物的資産を所有するタイ

プ 1 の統合が最適である。なぜならば、この配分は 2M の投資水準を下げず

( 102 eee == )に 1M の投資水準を上げる( 201 iii ≥≥ )からである。逆の場合

も同様である。

② もし、 1a と 2a が互いに独立、つまり互いに何の補完性もなく、どちらの企業も

資産を集中することによって投資水準を高めることがない( 01 ii = , 02 ee = )な

らば、非統合が最適である。なぜならば、物的資産の間に補完性がなければ、

1M に所有権を集中させるタイプ 1 の統合を行っても 1M の投資水準は上がらず

( 01 ii = )、また 2M の投資水準は少なくとも上がることはない( 10 ee ≥ )ので

非統合の方が望ましくなる。また、逆も同様だからである。

③ もし、 1a と 2a が互いに強い補完性を持つ、つまりどちらが欠けても生産が全く

できないならば、どちらのタイプの統合も最適である。なぜならば、非統合の場

合にはどちらの企業にとっても外部機会はゼロになる( ( ) ( ) 0;; 00 == BeWAiU )

ので、どちらかに資産を集中させることで集中させた側の企業の投資インセンテ

ィブを高めることができるからである( 201 iii =≥ もしくは 102 eee =≥ )。

④ もし、 1M の人的資産が利潤の増大にとって本質的に重要なものであり、 2M の

人的資産は本質的には重要でないならば、 1M に物的資産を集中させるタイプ1

の統合が最適である。なぜならば、 2M の人的資産への投資が重要でないならば、

物的資産の有無によって 2M の投資水準は影響を受けない( 102 eee == )のに

対し、 1M の投資水準は物的資産が集中することによって少なくとも下がること

はない( 201 iii ≥≥ )からである。また、逆の場合も同様である。

⑤ もし、どちらの人的資産も利潤の増大にとって本質的に重要なものならば、どの

物的資産の配分も最適である。なぜならば、どちらの企業の人的資産への投資も

物的資産の配分の影響を受けない( 201 iii == および 102 eee == )からである。

・ モデルからの含意

 これらの観察は企業の垂直統合の判断に対して、重要な含意を与えてくれる。

 それは、人的資産への投資が利潤の増加に本質的に重要性を持つ企業に所有権を

集中させることが望ましいこと、そして、物的資産の補完性が高いほど所有権は集

中させることが望ましいということである。

 このモデルにおいて注意すべき点は以下の3点である。

① 所有権が重要となるのは、契約によってコントロール権を不完全にしか特定でき

ない場合である。

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第2章 企業理論の概要

1.00 28

② 一般に、所有権は、残余コントロール権と残余利潤請求権に分けることができる。

このうち企業にとって本質的な権利は、残余コントロール権であると考えられる。

「所有と支配の分離」の状況において、経営者が手にするのが前者の残余コント

ロール権であり、株主が手にするのが後者の残余利潤請求権である。

③ 企業は、非人的資産の集合体として理解されている。非人的資産は、有形資産と

無形資産に分類され、有形資産は機械や建物などの設備、施設であり、無形資産

は著作権や評判などである。

(5) まとめ

 不完備契約理論によって、企業の境界を決定する重要な要因である残余コントロー

ル権の役割についての分析が進んだ。

 企業の境界のアレンジ、つまり、残余コントロール権の配分は、経営者の努力や人

的資産への投資インセンティブに影響を与える。そして、物的資産同士の補完性や、

本質的にどの人的資産が生産に必要であるかによって、効率的な残余コントロール権

の配分、つまり「企業の境界」が決定されるのである。

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第2章 企業理論の概要

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5. 企業統治

 まず、エージェンシー関係としての企業という視点から、企業統治の先行研究の概要

を述べる。そして、エージェンシー問題を解決する手段の一つとしてのインセンティブ

契約と、インセンティブ契約の導入に伴う問題点として、「均等報酬原理」について述

べ、政府統治において主要な問題点となる複数タスクと業績測定の問題について説明す

る。

(1) 先行研究

 エージェンシー関係としての企業統治に関する研究のサーベイとしては、Shleiferand Vishny (1997)による”A Survey of Corporate Governance” がある。彼らが紹介

している契約的な視点(contractual view)による企業の研究は、Coase (1937)、Jensenand Meckling (1976)や Fama and Jensen (1983a, b) によって発展したものである。

 契約的な視点による企業の研究において、出資者と経営者の間に発生するエージェ

ンシー問題の本質は所有と支配の分離である。理論的には、出資者は経営者に出資す

るにあたり、残余コントロール権については自分が保持する条件で契約する。しかし、

出資者は決定に関する十分な情報を持たないため、その契約は極めて上手く働かない。

コーポレート・ガバナンスに関することの多くは、経営者の残余コントロール権に出

資者が制限をかけることであるが、現実にはほとんどの残余コントロール権は経営者

が握っているのである。

 さらに、現実はより複雑になる。1つは、経営判断に関することを出資者と経営者

との間で交わされる契約に記述したり裁判などによってエンフォースすることができ

ないことである。もう1つは、投資家の多くは規模が小さく情報も少ないために、実

際には残余コントロール権を行使できないことである。

(2) インセンティブ契約

 上記のようなエージェンシー問題を回避するための手段として、様々なインセンテ

ィブ契約が用いられている。例えば、業績に連動したボーナスや報酬の一部をストッ

ク・オプションの形で与えるなどである11。適切なインセンティブ契約を用いること

ができれば、ある程度エージェンシー問題を回避することが可能である。

 しかし、インセンティブ契約が適切に働くためにはいくつかの障害を乗り越える必

要がある。まず1つは、活動次元が複数である場合、各活動間の努力配分が重要にな

ることである。業績を単独の指標で評価することが可能であれば、その指標に連動し

たインセンティブ契約を用いることは容易である。しかし、活動次元が複数である場

合、エージェントがそれぞれの活動にどの程度の努力を配分するかが重要になる。そ

11 経営者へのインセンティブ契約については、Milgrom and Roberts (1992), ch. 13 等を参照。

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第2章 企業理論の概要

1.00 30

して、この複数次元の活動にインセンティブ契約を用いるためにはそれぞれの活動に

インセンティブを連動させる必要がある。

 もう1つは、業績にインセンティブを連動させるためには、業績を客観的に測定で

きる必要があることである。業績を評価する指標が曖昧であると、評価者であるプリ

ンシパルが事後的な機会主義的行動をとる、つまり恣意的に低い評価をするおそれが

あるために、インセンティブ契約が有効に働かない。また、測定にコストがかかりす

ぎる場合、インセンティブ契約を用いることで得られる便益を上回るおそれがある。

 なお、複数プリンシパル-エージェント関係についての先行研究には、Bernheimand Whinston (1986)や Holmstrom and Milgrom (1991)などがある。

 ここでは、Milgrom and Roberts (1992)をもとに、複数の活動次元がある場合には

それぞれに同じ強さのインセンティブ契約を用いる必要があるという「均等報酬原理」

について簡単なモデルを使って説明する。

(3) 簡単な複数タスク・モデルと均等報酬原理

 ここで、複数タスク間の努力配分とインセンティブ契約について、簡単なモデルで

説明する。単純化のために、タスクの数は2種類とし、エージェントはリスク中立的

と仮定する。

・ エージェントのコスト

 エージェントは、努力水準 21 ,ee (ただし非負の値をとる)で記される2種類の異な

ったタスクに携わっている。また、エージェントが努力に要する費用は、 ( )21 eeC +で表される。これは、機会費用(典型的には時間)を想定しており、努力の配分には

依存しない。

・ 報酬の支払い

 プリンシパルは、観察可能な2つの指標 2121 , xexe ++ という業績測定結果に基づ

いてエージェントに報酬を支払う。ただし、投入される努力と観察される結果との間

のノイズである確率変数 21 , xx それぞれの期待値(expected value)は、 21 , xx とする。

・ 努力水準の決定

 プリンシパルが支払う報酬は、観察された 2 つの指標に基づく線形報酬関数

( ) ( )222111 xexeW ++++= ββα に基づくとする。ここで、αは基本給を、 β はイ

ンセンティブ強度(intensity of incentives)12を表す。

 この、線形報酬関数の下で、合理的なエージェントは、自己の確実同値額(certainequivalent)13を最大化するような努力水準 21 ,ee を選択する。すなわち、

12 インセンティブ強度:インセンティブ契約のもとで、パフォーマンスの改革とともに期待所得が変化

していく割合(Milgrom and Roberts, 1992)。13 確実同値額:不確実な所得と確実な所得のいずれかを選ぶとき、選択する人にとって両者の選択のちょ

うど無差別になる場合に確実な所得額(Milgrom and Roberts, 1992)。

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第2章 企業理論の概要

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エージェントの確実同値額 ( ) ( ) ( )21222111 eeCxexe +−++++= ββαを最大化するように努力水準が選択される。

  0, 21 ≥ee であるので、もし、エージェントの最大化問題に対する解である 1e の値

が厳密に正であるなら、上記の式の微分係数は 0 に等しくなければならず、

( )211 eeC +′=β が成立する。同様に、 2e が厳密に正ならば、 ( )212 eeC +′=β が成立

する。

 このことから、どちらのタスクにも努力を向けさせようとするならば、インセンテ

ィブ強度は同じでなければならないことが分かる。

・ 均等報酬原理(The Equal Compensation Principle) 上記のモデルの応用として、複数の異なる活動について、プリンシパルが不完全に

しかエージェントの活動や努力配分をモニターできない状況を考える。この場合、イ

ンセンティブ強度の強い契約を用いると、エージェントはモニタリングが容易な活動

の方に努力配分を集中してしまい、プリンシパルが望むような努力配分は行われなく

なる。そのため、複数のタスクのどちらかが不完全な業績の測定ができず、インセン

ティブ強度の弱い契約しか結べない場合には、プリンシパルは全てのタスクに対して

弱いインセンティブ強度の契約を用いなければならないのである。

(4) まとめ

 契約的な視点による企業の研究によって、プリンシパルである出資者とエージェン

トである経営者の間のエージェンシー関係を解決する手段として、インセンティブ契

約が有効であることが分かった。

 しかし、インセンティブ契約の導入には、問題点がある。それは、エージェントの

活動次元が複数である場合や、業績の測定が困難な場合には、有効なインセンティブ

契約を結ぶことが困難になることである。

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第2章 企業理論の概要

1.00 32

6. 行政改革への応用

 企業理論は、行政改革を分析する有効なツールとなり得る。なぜならば、近年の行政

改革、特に NPM と呼ばれる改革の要点は、単に政府が何をすべきかという「政府の役

割」の問題だけではなく、公共サービスをどこまで政府が直接供給するかという「政府

の境界」の問題と、いかに政府の意思決定を規律づけ、国民/納税者の意思を反映した

ものにするか、そのためにはどのような仕組みが必要になるかという「政府統治」の問

題であるからである。

 これらの問題に対して、企業理論は重要な分析ツールを与えてくれる。すなわち、「政

府の境界」の問題に対しては「企業の境界」の分析ツールを、「政府統治」の問題に対

しては「企業統治」の分析ツールをそれぞれ用いることが有効であると考えられるから

である。以下では、企業理論の行政改革への応用の概要のみを紹介し、次章において分

析のフレームと適用について詳しく述べる。

(1) 行政改革手法の分類

 近年の行政改革、特にイギリス、アメリカ、ニュージーランドなどの New PublicManagement と呼ばれる民間企業の経営手法を取り入れた行政改革は大きく 2 つに分

類することができる。それは、「政府の境界」に関するものと「政府統治」に関する

ものの2つである。

 「政府の境界」とは、どこまで政府が直接公共サービスを供給するか、どの公共サ

ービスは民間企業によって供給される方が効率的か、という垂直統合問題である。行

政改革において、「政府の境界」問題と深く関わりを持つと考えられるものは、公企

業の民営化(狭義の民営化)や、PFI、コントラクティング・アウト、バウチャーと

いった広義の民営化、政府機関のエージェンシー化、などの行政改革手法である。

 また、「政府統治」とは、政府の意思決定をいかに国民/納税者の意思を反映した

ものに規律づけるか、そのためにはどのような仕組みが必要か、という問題である。

行政改革において、「政府統治」の問題と深く関わりを持つと考えられるものは、ベ

ンチマーキングや業績測定といった行政評価、発生主義会計、情報公開、住民投票な

どである。

 そして、これらの改革を理解するうえでは、導入元になった民間経営手法に関する

理論、つまり「企業の境界」と「企業統治」に関する経済理論による分析が有功であると

考えられるのである。

(2) 「政府の境界」問題への企業理論の応用

 「政府の境界」とは、政府がどこまで直接公共サービスを提供するかという問題で

ある。これまでにも、政府は何をすべきか、何をすべきでないかという「政府の役割」

の問題は行政改革における議論の中心であった。しかし、「政府の役割」として供給

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第2章 企業理論の概要

1.00 33

すべき財・サービスであっても、その執行、つまり実際にサービスを供給するのは、

必ずしも政府によって、公務員によって行われる必要はない。現実にもそうであるよ

うに、民間事業者との契約によって供給される場合もあれば、政府による規制、補助

金、課税などの手段によって目的が達成される場合もある。

 それでは、公共サービスの供給形態を決定するものは何であろうか。つまり、「政

府の境界」はどのようにして決定されるのであろうか。

 この問題に対して、企業の境界、所有権構造の変化がインセンティブに与える影響

を分析する「企業の境界」の研究は大いに含意を与えてくれる。NPM による行政改

革の手法の中でも、民営化、PFI、コントラクティング・アウト、エージェンシー化

などは、「政府の境界」をコントロールすることで効率化へのインセンティブをコン

トロールするものと捉えることができる14。

 そして、ある財を、政府が直接供給するか、市場を通じて供給するかを決定するう

えでは、その財の供給に関する契約の完備性が重要な要素となる。つまり、将来起こ

り得ることを予見した包括的な契約を結ぶことができるか、予見することができたと

してもそれに関するルールを定めて契約書に書くことができるか、プリンシパルはエ

ージェントの活動を観察することができるか、観察することができたとしてもそれを

第三者に立証することができるか、ということが、政府の境界を決定する重要な要素

となると考えられるのである。このように契約が不完備である場合には、それを補完

する取引管理構造が必要になる。そして、「政府の境界」に関連する NPM の行政改革

手法は、契約の不完備性を補完する取引管理構造と考えられるのである。

 なお、「企業の境界」の理論を公的部門に応用した先行研究としては、Laffont andTirole (1993)、Schmidt (1996)、Hart, Shleifer and Vishny (1997)、赤井(1999)等を

挙げることができる。

(3) 「政府統治」問題への企業統治理論の応用

 「政府統治」とは、いかにして政府に国民の意思を反映した行動をさせるかと問題

である。この問題の検討には、株主の意思を経営者の行動に反映させる「企業統治」

の理論を応用することが考えられる。しかしながら、企業と政府の間には、2つの点

で大きな相違点があり、企業統治の理論をそのまま政府に適用することはできない。

第1は、政府は多様な選好を持った複数のプリンシパル(国民/納税者)を有してお

り、プリンシパル間の利害の対立が大きいためにプリンシパルの意思の集計が相対的

に困難なことである。第2は、第1の相違点とも関連するが、政府のミッション(使

命)は曖昧な形で示されており、業績の測定が困難なことである(Wilson, 1989)。

14企業理論における「中間組織」の議論(今井・伊丹・小池, 1982)は、政府が財・サービスを直接供給す

るべきか、民間業者や NPO・NGO を通じてサービスを供給するべきかを議論する上で有用であると考え

られる。

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第2章 企業理論の概要

1.00 34

 なお、「政府統治」に関する先行研究としては、Tirole (1994)、Dixit (1996)、Martimort (1996)、Dewatripont, Jewitt and Tirole (1999b)、岩本(2001)等がある。

また、政府の意思決定や官僚制の問題点に関する公共選択論の研究も、政府統治を考

える上で重要である。

ア. 政府統治と企業統治の共通点

 政府統治と企業統治に共通するものとして、エージェンシー問題と少数株主の問

題を挙げることができる。

 エージェンシー問題は、企業においては所有と支配の分離が起こる状況、つまり

経営者支配として問題となる。また、政府における官僚による支配の問題も同様な

理由によるものと考えられる。つまり、どちらも情報の非対称性の問題によって引

き起こされるのである。

 さらに、企業における少数株主の問題に対応するものとして、合理的無知(Downs,1957)の問題が考えられる。これらはエージェント(企業、政府)の行動に小さな

利害しか持たないプリンシパル(少数株主、国民)が、自らコストを負担してモニ

タリングを行っても、それによって得ることができる便益の方が小さいために、自

らモニタリングを行うインセンティブを失い、より大きな利害を有する他のプリン

シパル(大株主、利益団体等)によるモニタリングにフリーライドする方が合理的

となる問題である(Shleifer and Vishny, 1997)。

イ. 政府統治と企業統治の相違点

 政府統治と企業統治には2つの大きな相違点がある。1つは、政府には複数の選

好を持ったプリンシパルが存在することであり、もう1つは、企業活動と比較して

政府の活動の評価は困難であるという点である。

 複数プリンシパルについての先行研究としては、Bernheim and Whinston (1986)、Holmstrom and Milgrom (1991)などがある。これを政府について考えると、政府

と国民の関係は、複数の異なる選好を有している国民と政府との間の複数プリンシ

パル-エージェント関係として捉えることができる。そして、国民の複数の選好は

選挙などの民主的手続きを通じて集計されるが、「投票のパラドクス」等の理由に

より、単一の選好に集計することは困難である。そのために、政府は異なる選好を

持つ複数のプリンシパル(国民)の共通エージェントとして、複数の次元の活動を

行わなければならないのである。

 企業では株主と債権者、また株主間での利害の対立はあるが基本的には利潤を最

大化するという点でプリンシパル間の利害が一致するのに対し、政府においては、

複数プリンシパル間の利害対立はより一層深刻になるのである。

 政府統治と企業統治のもう1つの相違点は、政府の活動は使命が曖昧で、業績を

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第2章 企業理論の概要

1.00 35

測定・評価することが困難であるという点である。まず、企業活動の成果が財務的

な指標によって表現されるのに対し、行政活動の成果は、非財務的な指標によって

しか表現できないものが多い。さらに、政府の複数次元の活動を評価するためには

異なる活動次元間の評価に重点付けをする必要がある。このことが政府活動の評価

をさらに困難にする。このために、企業で用いられるような業績に強く連動したイ

ンセンティブ契約を政府と国民の間で締結することは非常に困難になるのである。

7. まとめ

 経済学における企業へのアプローチの発展によって、企業の内部構造に対するより詳

細な分析が可能になった。伝統的ミクロ経済学において生産関数として扱われてきた企

業は、エージェンシー理論や取引コスト理論によってヒエラルキーとしての内部構造が

分析された。そして、不完備契約理論の発達によって、「企業の境界」についての分析

が行われるようになった。また、企業をエージェンシー関係の束とみなすことで企業統

治の分析が進み、インセンティブ契約や負債と資本の役割等についてのより深い理解が

可能となった。

 現在、これらの研究の成果は、その対象領域を政府などの公的部門にも拡張し、「政

府の境界」や「政府統治」に関する研究が盛んになっている。NPM という民間企業の

経営手法を導入した行政改革を分析する上では、情報とインセンティブに注目する企業

理論に基づく分析は、伝統的な法学や政治学等のアプローチによる政府統治の議論に対

し、新しい視点を提供するものであると考えられる。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 36

第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

 本章の目的は、第2章で概要を述べた企業理論による政府組織の分析、特に「政府の

境界」と「政府統治」の問題に対する分析のフレームを提示することである。

 企業理論が、情報とインセンティブという視点から企業組織の内部構造を分析するこ

とで、資源配分の仕組みとして市場と組織のどちらが用いられるかという分析を行った

ように、政府組織に企業の理論を応用することにより、「一枚岩」として扱われてきた

政府組織をエージェンシー関係に解きほぐし、ある財・サービスを、市場と政府のどち

らを用いて供給することが望ましいかという「政府の境界」の問題にアプローチする。

 そのために、まず、新古典派経済学における政府観を示した上で、公共選択理論や取

引コスト政治学による政府の内部構造の分析、つまり、本稿における政府観の中心であ

る「契約の束」としての政府の分析について述べる。そして、契約の束である政府が、

どこにその境界線を持つかという「政府の境界」について論じる。これは、単に「政府

の役割」の問題だけではなく、どこまでを政府が直接供給するか、その境界線はどのよ

うに決定されるかという問題を、企業理論における不完備契約理論によってアプローチ

するものである。

 次に、「政府統治」、つまり政府の規律づけの問題について論じる。どのようにして、

政府を、複数の異なった選好を持つプリンシパル―――国民/納税者―――の利害を反

映するよう規律づけすることができるのかという問題を、民間企業の企業統治理論を踏

まえて検討し、また、政府の特徴である複数プリンシパルと業績測定の難しさについて

論じる。

1. 「契約の束」としての政府

 新古典派経済学が、社会的厚生関数としての「完全な政府」の機能を外側から分析し

たのに対し、本稿では、政府の内部構造にスポットを当てる。そのために、政府をさま

ざまなエージェンシー関係が集まった「契約の束」として捉える公共選択理論と取引コ

スト政治学のアプローチを用い、政府内部のエージェンシー関係を分析する。

(1) 新古典派経済学の政府観と「政府の失敗」

 新古典派経済学においては、政府は、社会的厚生関数1を最大化する存在であり、博

愛的(benevolent)で全能の存在であった(岩本, 2001)。つまり、「完全市場」という概

念に対応する「完全な政府」として捉えられていたのである。そして、「完全な政府

の役割は市場の欠落を埋め、外部効果を修正し、公共財を提供し、倫理的に望ましい

1 社会的厚生関数とは、「経済の状態の良さの程度を、経済厚生あるいは社会厚生と呼び、その社会厚生

の水準を数値として与えるもの」を指す。個人 BA, からなる社会において、個人 BA, の効用水準を

BA uu , 、社会的厚生の水準を w とすると、社会的厚生関数は ),( BA uuWw = というように、個人の

効用水準と社会厚生とを関係づける関数W のことである(武隈, 1989)。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 37

資源配分を達成するためにピグー課税2や補助金を使って市場の失敗を修正するもので

あると解釈された」(Dixit, 1996, 訳書 p28)のである。

 しかし、このような政府の姿は、市場の機能や、市場の失敗を分析するために、究

極的な政府の姿として高度に抽象化されたものであって、現実の政府の姿とは大きく

異なっており、政府そのものを分析しようとする上では非常に不都合がある。なぜな

らば、このような「完全な政府」の分析においては、政府内部のインセンティブの問

題が考慮されていないからである。企業の内部構造が新古典派経済学において分析の

対象とならなかったように、政府の内部構造も分析の対象外として単純化された。政

府内部では、全ての物事が摩擦なくスムースに行われ、政府内部の意思決定や執行の

過程はコストレスに行われると想定されたのである。しかし、現実の政府は、独自の

情報とインセンティブをもった多様な経済主体によって構成されているのであり、政

府は決して均質な「一枚岩」のような存在ではないのである。

 そして、新古典派経済学において、政府は市場の失敗を解決する者として登場する

が、ある問題を市場では解決できないからといって、政府に任せればすべてが解決す

るというわけではない。なぜならば、これでは問題の半分しか検討していないことに

なり、「市場の失敗」に対する「政府の失敗」の検討がなされていないからである。

 それでは、「政府の失敗」とはどのようなものであろうか。Stiglitz (1999)は、政府

の失敗として、以下の3つを挙げている。

① 特定の利害を代表するグループは、憲法上の制約がない限り、レントを生むよ

うな障壁を市場に設けようとする。

② 公共の利益は人々の間に広く拡散しているため、特定の利害に対抗する力がな

い。すなわち、総コストが総便益を上回るとしても、コストが便益に比べては

るかに拡散している場合は、公共財の問題が発生する。

③ レント・シーキング競争がレントを消散させる可能性があるが、レントの発生

と消散の過程自体が無駄である。

 そして、「市場の失敗」がそうであるように、「政府の失敗」の多くも、情報の問題

が原因となっていることが多い。Stiglitz (1988)は、政府が失敗する主な原因として

以下の 4 点を挙げている。

① 限られた情報

 政府は、多くの行動の結果を事前に予測することができない。

② 民間市場の反応に対する限られた支配力

 政府は、その行動に対する民間市場の反応に限られた支配力しか持っていない。

③ 官僚に対する限られた支配力

2 ピグー課税とは、「外部効果を出す企業に対して、その外部効果を課税という形で認識させることで、

市場機構のものでも最適な資源配分を実現させるもの」(井堀, 1996)である。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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 法律を作るのは議会であるが、その実行は代理人である官僚に委任される。法

律の実行に関する詳細な情報は、代理人(官僚)が独占しているため、議会の持

つ支配力は制限される。

④ 政治過程によって課された制約

 政府の行動は多くの人々に影響をもたらすが、それらは議員というほんの限ら

れたグループによって決定される。意思決定者は、彼らの選挙区民の選好を確認

しなければならず、また対立する選好を調整したり、それらから選択を行わなけ

ればならない。

 本稿においては、政府を、市場と同様に失敗するものとして捉える。そして、政府

の内部構造を分析するために、新古典派経済学で扱われるような博愛的で全能な一枚

岩の存在として政府を扱うのではなく、個々に異なる情報とインセンティブを有した

経済主体がエージェンシー関係によって結び付けられたものとして政府を扱う。

(2) 「契約の束」としての政府

 本稿において、政府とは、政府内外の政治家、官僚、投票者、企業といった個々の

経済主体が、独自の情報とインセンティブに基づいて行動し、それらの間のエージェ

ンシー関係の束として想定する。以下では、政府の主なプレーヤーの行動誘因につい

て、公共選択論の成果に基づき(横山, 1999)述べることとする。

ア. 政府の主なプレーヤー

 政府では、官僚、投票者、政治家、企業などのプレイヤーが、独自の情報とイン

センティブに基づき、自己の効用を最大化する行動をとると想定する。ここで、独

自の情報とインセンティブとは、彼らは私的情報を持ち機会主義的な行動をとり得

るということである。また、彼らは、「合理的であるように意図されているが、し

かし、ただ限られた範囲でのみ合理的である」(Simon, 1976)という限定合理性の下

で自己の効用を最大化するため、時には、情報の隠匿や虚偽の伝達をしたり、約束

を反故にするなどの機会主義的行動を含めた行動を選択する。

イ. 官僚

 伝統的な(ウェーバー的な)官僚像と現実の間には、大きなギャップが存在する。

マックス・ウェーバーなどの古典的な官僚制論が、合理的な官僚制度を論じる上で、

私利を持たない生涯職的な基礎に立った特別に訓練された官僚、すなわち「公僕」

(public servant)を想定したのに対し、現実の官僚を分析するためには、伝統的な官

僚制論が想定しているような無視無欲の存在としての官僚ではなく、独自のインセ

ンティブを持ち、自らの効用を最大化するような行動をとる官僚を考える方が自然

である。本稿においても、官僚を、このような合理的な行動をとる経済主体として

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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想定する。それでは、官僚はどのようなインセンティブを持っているのだろうか。

 官僚の効用を高めるものとして、Downs (1967)は、公共の福祉、威信、特権、所

得、安全、便宜などを挙げている。また、Niskanen (1971)は、官僚の行動インセ

ンティブを下図 3-1 のようにまとめている。

図 3-1:官僚の行動誘因(Niskanen, 1971)

Ub:官僚の効用、GW:公共の福祉、Y:個人所得、Po:権威、Pr:特権、S:安全、E:個人

の努力水準、FR:裁量的予算余剰、BI:官僚的投入物、B:予算、Q:公共サービス量

 官僚は、これらのインセンティブに基づいて、「予算最大化(部局最大化)行動」

をとる。なぜなら官僚は、自己の所属する組織の予算水準の保証があってはじめて

自らの効用を、各構成要素を通して、享受することができるからである。また、

Niskanen (1971)によれば、官僚は、在職期間中の予算の増加を行動の評価基準と

する。そして、自らの所属する組織の公共サービスをより多く供給することによっ

てより多くの予算を獲得することができる。その結果、公共サービスは社会厚生的

に望ましいレベルよりも供給過剰になる可能性がある。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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ウ. 投票者

 合理的な主体としての投票者は、公的サービスに関する彼の主観的な便益と費用

負担を比較し、自分にとって最も望ましい公共サービスの水準を選択し、それを反

映するような投票行動を行う。

 投票者が選択する公共サービスの水準は、限定合理性の下で、社会厚生的に望ま

しいファースト・ベストの水準よりも高い水準になる。これは、Buchanan andWagner(1977)が主張した「財政錯覚」(fiscal illusion)3と呼ばれるものである。

エ. 政治家

 政治家は、当選、議席数、政権獲得などの目的のために、より投票者の支持を高

めるような政策を選択する傾向がある。

 具体的には、できるだけ投票者に直接的な負担を与えずに、より多くの公共サー

ビスを供給する政策が好まれる。そのための手段として、増税や歳出の削減等の直

接的な負担を投票者に与える手段によって財源を調達するのではなく、公債発行や

貨幣の増刷など、投票者に財政錯覚を起こさせ、負担感を与えない方法が選択され、

結果として公共サービスと政府支出は増大する(横山, 1999)。

オ. 企業

 企業は、自らの利潤を最大化するために、政治家や官僚に働きかけ、政府機構を

利用するインセンティブを持つ。企業が政府機構を利用することで得ることのでき

る具体的な政治的権益には、公共サービス生産の受注、補助金の受領、競争相手の

参入規制などが挙げられる。また、政治家や官僚に働きかける手段としては、政治

家に対しては政治献金や票の取りまとめを、官僚に対しては退官後のポスト(いわ

ゆる天下りポスト)を提供することなどを挙げることができる(横山, 1999)。

カ. 政府のステークホルダー間のエージェンシー関係

 「契約の束」としての政府は、さまざまな各ステークホルダー間におけるエージ

ェンシー関係の束として捉えられる。それでは、政府のステークホルダーはどのよ

うな性質を持っているのだろうか。

 政府のステークホルダーとして、まず最初に挙げられるのは国民あるいは納税者

である。国民/納税者は、政府に対して納税し、政府の供給する公共サービスを受

3 財政錯覚とは、本来は同一であるはずの納税者の負担が、財源調達手段(直接税の増税や歳出削減か、

間接税の増税や公債や貨幣増刷か)によって異なるものと錯覚されることである。黒字予算の負担は、増

税や歳出削減という直接的な形で生ずるのに対して、赤字予算の負担は、公債という間接的な形でしか生

じない。また、赤字予算の下では、納税者は公共財の価格があたかも低下したような錯覚に陥るため、公

共財に対する需要が増大し、公共部門が肥大化する(野口, 1984)。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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ける。このため、国民/納税者は民間企業における「株主」と「顧客」の両方の性

質を持つことになる4。そして、「株主」の視点からは VFM(Value for Money:お

金に見合った価値)を重視し、「顧客」の視点からは CS(Customer Satisfaction:顧客満足)を重視する。

 政治家は、国民/納税者を代表して政府の意思決定を行い、政府活動のモニタリ

ングをするという意味で、企業における「取締役」に相当する役割を担うと思われ

る。しかし、政治家の行動を監視することは、企業における取締役の監視に比べて

困難であると考えられる。なぜならば、政治家には多くのプリンシパルが存在し、

それぞれが自らに有利になるような活動をするように働き掛けをするために、努力

配分のバランスが重要になり、単に努力水準をモニタリングするだけではその行動

を制御できないからである。

 官僚は、政府活動の詳細を実際に決定し、プリンシパル(国民/納税者)の代表

者(政治家)からのコントロールを受けるという意味で、企業における「経営者」

(あるいは「幹部」)に相当する役割を担うと思われるが、その影響力は非常に大

きいと考えられる。なぜならば、複数タスクと業績測定の難しさという政府活動の

性質のために、外部から業績や成果の測定が困難であることが考えられ、そして、

活動内容が外部から把握できないという情報の偏在が官僚の持つ力の源泉となって

いると考えられるのである。

 企業は、政府活動に大きな利害を持ち、また影響力も大きいという意味で、株式

会社における「大株主」としての性質を持つ役割を担うと思われる。なぜなら、企

業は一個人に比較して、その納税額も受ける便益もはるかに大きい。そのために、

個人にとっては享受できる便益が拡散してしまうために割に合わないような、コス

トをかけて政府をモニタリングし、働きかけを行うことが、企業にとっては割に合

うからである。しかしながら、企業と国民の利害は必ずしも一致しないので、結果

として個人よりも企業に有利な政策が選択されることがあると考えられるのである。

 このように、政府におけるステークホルダー間のエージェンシー関係は、一般の

企業に比べて非常に複雑である。そのために、企業統治の理論を直接政府に応用す

ることには難しいと考えられる

 次節以降では、この問題についてより詳しく論じる。

4 企業において、株主は残余利潤請求権者として捉えられるが、それでは、政府における「株主」はどの

ような「残余」を受け取ることができるのであろうか。一つの例としては減税が考えられる。

 また、納税は行政サービスの「対価」であるのか、それとも政府に対する「出資」に相当するのか。こ

の視点は、税のあり方として応益性を重視するか応能性を重視するかの議論として捉えることができる。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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(3) 政府内部のエージェンシー関係

 (2)において、政府の内部の経済主体が、さまざまな独自のインセンティブを有して

おり、それぞれが複雑なエージェンシー関係によって結びついていることを述べた。

 ここでは、それらの経済主体がどのように結びついているのか、それは市場におけ

る取引や民間企業内部におけるエージェンシー関係とどのように異なっているのかを

検討する。そのために、政府内部の取引コストが市場や民間企業における取引コスト

とどのように異なっているのかに注目する。

ア. 政府内部の取引コスト

 政府は、さまざまなステークホルダー間の複雑なエージェンシー関係によって成

り立っている。究極的には、政府は国民/納税者のエージェントであり、政治家は

国民の、官僚は政治家のエージェントである。また企業は、政治家や官僚をエージ

ェントとしてコントロールするために政治献金や天下りポストの用意などによって

さまざまな働きかけを行う。

 これらの関係において発生する取引コストは、一般の経済活動におけるものより

も一般に複雑である(Dixit, 1996)。なぜならば、これらのエージェンシーの間で締

結される「政治契約」は、以下の2点において一般の経済契約と異なり、複雑で執

行し難いものであるからである。第 1 は、これらの契約は(少なくとも一方は)複

数の関係者間で結ばれることである。たとえば、政治家は、自らの選挙区のさまざ

まな選好を持った有権者や企業との間に、公約という政治契約を結んでいる。また、

官僚は、さまざまなバックボーンを持った政治家達の共通エージェントとして行動

している。これらのエージェンシー関係では、多くの場合、複数のプリンシパルが

共通のエージェントに働きかけており、さらに、エージェントの方も複数である場

合も多い。

 第 2 は、契約の内容が経済契約と比較してはるかに曖昧であることである。政治

契約においては、将来起こり得ることを事前に特定化することは経済契約に比べて

はるかに困難である。そのために、事前に定められる事項は一般的な事項に限り、

詳細な事項は契約後の解釈や再交渉に委ねられている。そのために、契約内容は曖

昧なものに限られ、執行が困難になるのである。

 これらの理由のため、政府内部の取引コストは、市場や企業におけるものと比較

して高いものになると考えられる。

イ. 取引コストの分類と対処方法

 もし、政治過程が重要でない「コースの定理5」が成立する世界(個々の主体の自

5 コースの定理とは、「資産効果も取引費用もないとき、交渉や契約の結果は所有権や財産権の帰属に影

響されることなく、単に効率性だけで決められるとする命題」である(Milgrom and Roberts, 1992)。こ

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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由な交渉と契約によってパレート効率的な資源配分が行われる)があるとすれば、

その世界の経済効率は非常に高いと考えられる。しかし、現実の政治過程において

は、自由な交渉と契約によってはパレート効率は達成されない。そこで、現実の世

界でコースの定理が成立しない要因として広義の「取引費用」を考える。

 第2章で述べたように、取引コストは、調整(コーディネーション)コストと動

機づけコストに分類することができる(Milgrom and Roberts, 1992)。調整コストは、

潜在的な売手と買手に現実に取引を実行させるために、価格と取引の詳細を決定し、

取引当事者を結び付けるコストである。動機づけコストは、さらに2つに分類する

ことができる。第1は情報の不完備と非対称によるものであり、第2は不完全なコ

ミットメントによるものである。情報の不完備と非対称とは、潜在的あるいは現実

的な取引当事者が、合意が受け入れられるか、合意条件が満たされるかなどの情報

を持たないことによるコストである。不完全なコミットメントとは、将来の行動指

針について、機会主義的行動を回避する完全な約束をすることができないことであ

る。

 取引コストを節約し、取引コストによって引き起こされる問題に対処するための

手段としては、コミットメントやインセンティブ契約などが用いられる。

 コミットメントは、契約が不完備で不完全でしかないために、契約当事者が契約

の抜け道を利用して相手から利益を奪おうとする事後的な機会主義的行動(例:ホ

ールドアップ問題)を回避するために用いられる。そして、コミットメントによっ

て望ましい結果をもたらそうとするならば、信任を得る必要がある。そのためには、

コミットメントは、①すべて事前に明確に観察できる形で提示されなければならず、

②事後的に契約変更できない(Dixit, 1996)。 コミットメントには、2つの問題点がある(Milgrom and Roberts, 1992)。1つは、

当事者の一方が約束を反故にするかもしれないという問題である。特に、契約が不

完備であるときには、将来起こり得ることがはっきり定められていないために、契

約を自分に都合よく解釈するおそれがある。経済取引における契約と比較して、政

府における政治契約は曖昧であるため、この問題がより深刻になる。もう1つの問

題は、状況によっては契約後に再交渉を行うことによって双方が利益を得ることが

できるかもしれないという問題である。契約締結時には効率的であった取り決めも、

契約締結後の状況の変化によって非効率になる可能性があるのである。将来起こり

得ることを予見することが難しい政府における契約では、契約後の環境の変化によ

って取決めが非効率になることはよくあるものと考えられる。しかしながら、契約

締結後の再交渉がありうるならば、事前に望ましい行動を引き出すような取決めを

こで、資産効果とは、「消費者の資産が変化した結果、消費者があるモノに対して喜んで支払おうとする

額、もしくは、ある価格のもとで購入しようとしている数量の変動部分を指す」(Milgrom and Roberts,1992)。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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行うことが難しくなってしまう。将来起こり得ることをすべて予期することは難し

いので、契約締結後の環境の変化に対する「不可抗力条項」を設けて一定の自由度

を残すこと自体は望ましいことである。しかし、この条項がコミットメントからの

抜け穴として使われる可能性があることで事前の信認が揺らぐこともあり得るので

ある(Dixit, 1996)。 情報の不完備と非対称によるコストを節約する手段として、観察不可能なエージ

ェントの機会主義的行動を制御する目的で、観察可能な情報に基づいたインセンテ

ィブ契約を締結するという方法もある。逆選択のような、契約の当事者に事前的な

「私的情報」が存在するときに生じる費用を節約する方法としてこのようなインセ

ンティブ契約は有効である。しかし、政府の活動は複数の活動次元を持ち、さらに

その観察も困難である。このとき、一部の観察可能な情報のみに強く連動したイン

センティブ契約を用いることは、エージェントの努力配分に悪い影響を与えるおそ

れがある。

ウ. 「契約の束」としての政府の特徴

 政府を「契約の束」として捉えたとき、民間企業と比較して政府に特徴的な問題

は、複数プリンシパルの問題と活動評価の困難さの問題である。特に行政の監視は、

常時メディアによる監視が行われている立法や司法などの部門と比較して、より困

難である。これは、Wilson (1989)において繰り返し述べられているように、行政に

おけるエージェンシー関係の複雑さ(複数プリンシパル、活動評価の困難さ)によ

るものと考えられる。

 複数プリンシパルの問題とは、政府というエージェントに対してさまざまなステ

ークホルダーが同時に政府の行動に影響を与えようとする問題である。これらのス

テークホルダー間の利害の対立は、選挙や議会などの民主主義的な制度によって一

つの目的に集計されることがないので、エージェントである政府は、同時に複数の

次元の(いくつかは相反した)タスクを達成することが要求される。こうした複数

プリンシパル、ないしは共通エージェントの問題の例としては、政治家というエー

ジェントに対する複数の利害関係者からの圧力や、官僚に対する複数の政治家の関

係などを挙げることができる。

 活動評価の困難さという問題は、複数プリンシパルの問題と深く関わっている。

政府は、複数のプリンシパルから同時に複数のタスクを実行することを要求される。

1対1のエージェンシー関係においては、プリンシパルの興味はエージェントが単

独のタスクをどれだけ達成したかという点であるのに対し、複数プリンシパルのケ

ースでは、エージェントが複数のタスクにどのように努力配分を行うかが重要にな

る。これらのタスク間の優先順位を付けることは難しく、タスクの中には観察が困

難なものが含まれることもありうる。Holmstrom and Milgrom (1991)によれば、複

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 45

数のタスクの間で観察・立証可能性が異なる場合、観察された業績に基づく強いイ

ンセンティブ契約はエージェントの努力配分に歪みを生じさ、インセンティブ契約

導入前よりもかえって非効率になることがある(第 2 章を参照)。さらに、政府の役

割として供給される財・サービスの多くは、公共財のようにもともと観察・立証の

難しさから市場における自由な交渉と取引によっては供給されないため、政府の役

割として供給されているものなのである。

 このように、企業におけるエージェンシー関係と比較して、政府におけるエージ

ェンシー関係は、より不完備な契約で結ばれており、これを補完するガバナンス構

造としての政府も、企業のように効率的には機能していないと考えられる。

(4) まとめ

・ 政府の失敗

 政府は博愛的で全能の存在ではなく、市場と同じように主に情報の問題によって失

敗する存在である。その理由は、限られた情報、民間市場の反応に対する限られた支

配力、官僚に対する限られた支配力、政治過程によって課せられた制約、等である。

・ 契約の束としての政府

 政府は、内部に摩擦の無い「一枚岩」な存在ではなく、独自の情報とインセンティ

ブに基づいて行動する政府内部の個々の経済主体が、様々なエージェンシー関係によ

って結び付けられた「契約の束(エージェンシー関係の束)」として捉えられる。

・ 政府内部のエージェンシー関係

 政府のステークホルダー間において発生する取引コストは、一般の経済活動におけ

るものよりも複雑である。この理由は、(ときには複数の)エージェントが複数のプ

リンシパルと契約を結んでいることと、これらの契約が通常の経済契約よりもはるか

いに曖昧であることである。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 46

2. 複数のプリンシパルを持つ政府

 政府は、国民/納税者という異なる選好を持つ複数のプリンシパルを有している。

そのため、政府の分析は複雑になり、単なるエージェンシー関係としての分析(エー

ジェントの努力水準のモニタリングの問題、機会主義、不完備契約、等)だけでは企

業組織との違いを理解することができない。国民/納税者と政府の間の複数プリンシ

パル-エージェント問題を理解する上では、複数タスク間の努力配分の決定やそのた

めの効率的なインセンティブ契約などの問題を分析する必要がある。

(1) 政府における複数のエージェンシー関係

 政府におけるエージェンシー関係は、複数のプリンシパルと観察が困難な多次元の

タスクという特色を持っている。複数のプリンシパルは、それぞれ異なった選好を有

し、エージェントである政府に対してさまざまな働きかけを同時に行う。また、多次

元のタスクは、不完全な観察・立証可能性しか有していない。

 政府官僚制におけるエージェンシー関係の特色について、Wilson(1989)は以下のよ

うに述べている。

① 複数プリンシパルの問題

 個々のエージェントは複数のプリンシパルに対応しており、これらのプリンシパ

ルは同時にエージェントの決定に影響を与えようとしている。エージェントには、

政府の行政部門、立法部門、裁判所、利害関係者、メディアなどが含まれる(pp.236-237,p.300)。

② 観察が困難な多次元のタスク

 政府官僚制は、典型的に努力(投入)と結果(産出)が多次元に表されており、

それぞれが不完全にしか観察されず認証もされない。一つの機関に要求される基本

的な目的は一つではなく、さらに、大量の文脈的な目的を同時に達成しなければな

らない(pp.129-131)。 これらの問題の解決策として、業績に強く結びついた報酬率の高いインセンティ

ブ契約を用いるのではなく、エージェントである官僚の活動にさまざまな制約を課

す、という方法がとられている。その結果、政府のエージェントは問題の発生を阻

止する活動はできるが、何か前向きなことを実施することが難しいということにな

る(p.317)。

 結果として、政府におけるエージェントは、①インセンティブの脆弱性、②インセ

ンティブの報酬率の低さ、という 2 つの特徴を持つことになる。これらは、複数の異

なる選好を有したプリンシパルを持ち、また、業績の測定/評価が難しい(それゆえ

に政府の役割となっている)タスクを与えられていることが原因である。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 47

 それでは、どのような努力配分が社会的厚生の立場から望ましいか。プリンシパル

達はエージェントの努力配分を変更するためのインセンティブ契約を考案する。しか

し、プリンシパル間の協調の難しさによって、効率的な努力配分が阻まれる。協調を

困難にする理由としては、①プリンシパル間の情報の非共有、②便益の配分を調整す

る難しさ、を挙げることができる。この問題を Dixit (1996)は、「多くの参加者が、同

時に直接の政策決定者の行動に影響を与えようとする政治過程」と表現している。

 複数プリンシパルと共通エージェントの問題は、経済学者の観点からは社会的厚生

の面で非効率な問題と捉えられる一方、法学者、政治学者の観点からは、異なる利害

を調整する仕組みとして、説明責任、水平的公平性の面で必要なものであると捉える

こともできる。以下では、1980 年代後半以降大きく発達した複数タスク・プリンシパ

ル・エージェントや共通エージェントの研究を踏まえ、これらの問題について論じる。

(2) 複数のタスクと活動評価の困難さ

 複数の異なる選好をもったプリンシパルとエージェントの関係は、複数タスク

(multi-task)あるいは共通エージェント(common agency)の問題として、Holmstromand Milgrom (1991)や、Bernheim and Whinston (1986)などによって分析されてい

る。

ア. 複数タスク・プリンシパル-エージェント・モデル (Holmstrom and Milgrom,1991)

 複数プリンシパル―エージェント・モデルとは、エージェントが複数のプリンシ

パルの代理人として行動する、もしくは複数の活動を行うプリンシパル-エージェ

ント・モデルを指し、共通エージェントの問題とも呼ばれる。このモデルにおいて

は、プリンシパル間の協調の成否と、エージェントのタスク間の努力配分が分析の

中心となる。

 第 2 章の 5 で述べたように、複数プリンシパルの状況では、複数のタスクのどち

らにも努力を向けさせるためには、同じ強さのインセンティブを与えなければなら

ない。そして、行政活動のように、業績の評価が困難なタスクを含んでいる場合、

インセンティブの強さは評価が困難なタスクへの弱いインセンティブに統一しなけ

れば、タスク間の努力配分に歪みをもたらす。

イ. 業績測定とインセンティブ契約

 複数のプリンシパルを持つエージェントの活動は、業績の観察及び立証が困難で

ある。それは、異なる努力(投入)と結果(産出)の観察可能性の程度の問題であ

り、プリンシパルとエージェントの価値観の相違に依存する。複数プリンシパル・

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 48

モデルにおけるインセンティブ契約について、以下の 2 点を言うことができる(Dixit,1996)。① エージェントのタスク間の観察可能性に差があるため、報酬率の高いインセン

ティブ契約はエージェントの努力配分に歪みを与えるおそれがある(観察可能

性の高いタスクに努力が集中する)。この努力配分の歪みを防ぐため、報酬率の

低いインセンティブ契約が用いられる。

② ある任務がエージェントに重要な価値を持っており、かつ、プリンシパルによ

る管理が困難なものであるならば、他の任務にインセンティブを与えるよりも、

この任務を禁止した方がよい結果が得られる場合がある。

ウ. 均等報酬原理と公的部門の暗黙のインセンティブ

 もし、複数次元の活動の結果について、プリンシパルが観察及び立証可能ならば、

すべての次元の活動の結果に強く結びついたインセンティブ契約を用いることによ

ってエージェントをコントロールすることが可能である。しかし、一部の次元の活

動結果のみに連動したインセンティブ契約を用いた場合には、エージェントの努力

配分に歪みを生じさせ、かえってインセンティブ契約を結ぶ前より悪くなることが

ある。この場合、どの次元の活動結果とも弱い結びつきしかない契約を結ぶことに

よって、努力配分の歪みを避けることができる。

 このことは、公務員の多くに固定給的な賃金体系が用いられている理由として考

えることができる。つまり、公務員が行う行政活動の性質である複数タスクの問題

と活動の観察/立証の難しさの問題のために、業績に強く結びついたインセンティ

ブ契約を用いることができないのである。

 これに関したものとして、Dewatripont, et al. (1999b)などで論じられている「暗

黙のインセンティブ」(Career Concern)6がある。暗黙のインセンティブとは、活動

が多次元で曖昧なほど、インセンティブの効果が弱くなるという問題である。この

方式は、極めて不完備な契約であり、それは、①(複数のタスクなどの理由で)曖

昧にしか目的を記述することができず、②業績の測定が困難である、という2つの

問題が原因である。

(3) 複数プリンシパルの問題とサード・ベスト

 複数のプリンシパルが存在する状況において、プリンシパル同士が協調できない場

合になされる決定は、社会厚生的な視点からはどのような性質を持っているのであろ

うか(Dixit, 1996)。・ ファースト・ベスト

6 Career Concern に関しては、上述の Dewatripont, et al (1999b)の他、Dewatripont, et al (1999a)やWilson (1989)等も参照。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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 まず、比較の対象として、ファースト・ベストの状況を考える。もし、努力水準が

観察可能な仮想状況の下で、全てのプリンシパルとエージェントの間でコース流の交

渉7 (Coase, 1960)が行われるとすれば、この交渉による決定は、社会厚生的にはファ

ーストベストであると考えられる。

・ セカンド・ベスト

 次に、努力水準の観察が不可能な情報の非対称性の下で、全てのプリンシパルが協

調して一つのインセンティブ契約を申し出る状況を考える。この場合、もしエージェ

ントがリスク回避的であれば、プリンシパルはエージェントにいくらかの固定報酬と

限界価値 100%以下の余剰分配率を与えなければならないことになる。このことは、

エージェントの限界的努力以下の報酬しか支払われないために努力水準と総余剰が低

下し、インセンティブ契約の効率を下げることになるが、情報の非対称性の下では不

可避な費用であり、可能な限り情報の非対称性に善処したセカンド・ベストである。

・ サード・ベスト

 さらに、情報の非対称性の下で、プリンシパル間で協調ができない状況を考える。

この状況においては、プリンシパルは、同じ情報を共有していないこと、及び、協調

から得られる便益の分配についての合意が難しいこと、等の理由によって協調するこ

とができない。そのため、エージェントに示される契約としては、プリンシパル間の

ナッシュ均衡になるようなインセンティブ契約が選択される。このナッシュ均衡契約

においては、エージェントのリスク回避度はプリンシパルの人数 n 分だけ掛け合わさ

れる。その結果、インセンティブ契約の報酬率は、大雑把に言ってセカンド・ベスト

契約の n/1 というサード・ベストの水準にならざるを得ないのである8。

 これらをまとめたものが下表 3-1 である。

表 3-1 複数のプリンシパルの問題とサード・ベスト

First-best Second-best Third-best努力水準が観察可能 努力水準が観察不可能 努力水準が観察不可能

すべてのプリンシパルと

エージェントの間でコー

ス流の交渉が行われる。

すべてのプリンシパルが

協調して一つのインセン

ティブ契約を申し出る。

プリンシパルが協調でき

ない状況で、プリンシパ

ル間のナッシュ均衡での

インセンティブ契約が結

ばれる。

→報酬率はプリンシパル

の数に逆比例して低くな

る。

7 「当事者間で交渉に費用がかからなければ、どちらに法的な権利を配分しても、交渉は同じ資源配分の

状況をもたらし、しかもそれは効率的になる」(井堀, 1996)。8 Dixit (1996)の補論を参照。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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(4) まとめ

 政府は、異なる選好を持った国民という複数のプリンシパルを有している。そして、

政府の活動には、第三者によって客観的に観察/立証することが困難な活動が含まれ

ている。

 国民と政府の間で結ばれるインセンティブ契約の報酬率の低さは、次のように説明

される。複数の異なる選好を持った国民(プリンシパル)は、自分の関心のあるタス

クについて政府(エージェント)に影響を及ぼすためのインセンティブ契約を申し出

る。しかし、努力水準の観察が不可能な情報の非対称性と、他のプリンシルとの間で

利害を一つに集計することができないという2つの理由のために、結果的にプリンシ

パル間の戦略ゲームのナッシュ均衡におけるサード・ベストの低い報酬率のインセン

ティブ契約しか結ぶことができないのである。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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3. 「政府の境界」問題―――政府の垂直統合問題

(1) 「政府の役割」と「政府の境界」

 「政府の役割」の問題は、財政学における古典的な問題である。この、何が政府の

役割か、という問いに対して、Musgrave(1959)は、「財政運営の機能」として、資源

配分機能、再分配機能、安定化機能の 3 点を挙げている(表 3-2)。

表 3-2 財政運営の機能

資源配分機能  政府は、市場における自由な取引によって

は解決されない、公共財の供給や外部効果な

どの問題を解決する役割を持つ。

公共財、外部効果

再分配機能  政府は、公平性の観点から、課税と種々の

社会保障政策によって、所得を再分配する。

税、所得移転

安定化機能  政府は、財政、金融政策などを通じて、経

済を安定化する役割を持つ。

マクロ経済政策

 しかしながら、今日の行政改革、特に New Public Management と呼ばれる行政改

革においては、単に「政府の役割」だけが問題になるわけではない。なぜならば、政

府の役割であっても、その供給は必ずしも政府が直接行う必要があるか、民間の事業

者によって供給できるものは民間に任せられないか、という「政府の境界」が問題と

なっているのである9。

 具体的には、狭義の民営化(公企業の民営化)、広義の民営化(PFI、バウチャー、

コントラクティング・アウト)、等の手法によって、「政府の役割」とされているサー

ビスであっても民間事業者の手による供給が行われている。また、政府内部において

も、契約型システム(エージェンシー、内部市場メカニズム)などを導入することで、

市場メカニズムが部分的に導入されているのである。

 そして、これらの改革は、行政サービスの執行部門において「公有→民有」のよう

に所有形態をコントロールすることで効率的な執行を行うインセンティブを与えよう

とするものと捉えることができる。

 しかし、ここで問題となるのは「政府はどこまでを自ら所有すべきか?」という問

題である。この問いに対して、岩本(1999)は、「望ましい供給形態を契約によって約束

させることができるか」を条件として挙げている。つまり、行政サービスの供給につ

9 行政改革委員会が 1996 年にまとめた『行政関与の在り方に関する基準』では、行政による関与につい

て以下の 3 つの基本原則にまとめられている。

・ 基本原則A:「民間でできるものは民間に委ねる」という考え方に基づき、行政の活動を必要最小限

にとどめる。

・ 基本原則B:「国民本位の効率的な行政」を実現するため、行政サービスの需要者たる国民が必要と

する行政を最小の費用で行う。

・ 基本原則C:行政の関与が必要な場合、行政活動を行っている各機関は国民に対する「説明責任(ア

カウンタビリティ)」を果たさなければならない。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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いて、どれだけ完備な契約を結ぶことができるか、どれだけ将来起こりうる事態を予

見しそれについて特定化した契約を結ぶことができるかが「政府の境界」を定める重

要な要素となるというのである。例えば、政府が、軍隊を民営化したとすれば、民営

化された軍隊はその軍事力を背景に契約を破棄するインセンティブを持つであろう。

また、軍隊で使用する通常兵器は、民間の軍事工場で作られているが、通常兵器だけ

を持っていても政府に対して交渉力を発揮することができないのに対して、核兵器の

製造を民間企業に外注したとすれば、その企業は核兵器の破壊力を背景にして政府に

対する交渉力を持つであろう。このように、契約の不完備性が、政府による公共サー

ビスの直接供給か、民間事業者による供給かの判断基準の一つとなるのである。

 それでは、「政府の境界」はどのような理論的背景を持っているのであろうか。

(2) 「企業の境界」研究の政府への応用

 「政府の境界」研究のベースとなっているのは、1980 年代以降に大きく発展した「企

業の境界」の研究である。

 Grossman-Hart-Moore は、Grossman and Hart (1986)、Hart and Moore (1990)等において、企業の垂直統合のケースで、物的資産の所有権分布が、人的資産への投

資インセンティブに与える影響について分析を行った。彼らは、企業を物的資産の集

合とみなし、物的資産の所有権を持つ者が企業の残余コントロール権を持つことで、

人的資産に投資するインセンティブが生じると考えた。

 そして、この分析は Hart, Shleifer and Vishny (1997)や、Schmidt (1996)によって、

公的部門の民営化の問題に応用された。Hart, et al (1997)は、アメリカの刑務所の民

営化のケースを中心に分析を行った。彼らは、政府から民間企業へという所有権分布

の変化は、刑務所を運営するマネジャーに効率化へのインセンティブを与えるが、政

府と民間事業者との契約が不完備であるために、コスト削減のインセンティブと同時

に、契約に書くことができない、もしくは、観察/立証が困難な刑務所運営の質(食

事の栄養やガードマンのトレーニング等)を低下させるインセンティブも与えてしま

うという問題を指摘した。この詳細については、次章にて詳しく述べることにする。

 また、イギリスのブリストル大学に設置された CMPO(Centre for Market and PublicOrganisation)では、企業理論の公的部門への応用の研究が盛んに行われており、Dixit、Dewatripont 、Laffont、Tirole 等による論文が発表されている10。

(3) 政府による望ましい所有形態

 それでは、所有権の分布は執行部門のマネジャー等のインセンティブにどのような

影響を与えるのであろうか。

 もし、完備な契約の締結が可能、つまり、将来起こり得るすべての事態(コンティ

10 これらの論文は http://www.bris.ac.uk/cmpo/ から入手することができる。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 53

ンジェンシー)に関して、事前に対応を決めることができ、それを契約書に記述する

ことが可能で、当事者の行動について観察/立証することが可能であるならば、所有

権の分布は契約当事者のインセンティブに何の影響も及ぼさない。

 しかし、契約が不完備であるときには、契約に取決めの無い事態に対して決定しう

る権利、すなわち残余コントロール権が重要になる。そして、残余コントロール権は

所有権の分布に従う。そのために、所有権の分布によってマネジャー等に与えるイン

センティブが影響を受けるのである。

 では、どのような所有形態が望ましいのか。これは、契約がどのように不完備であ

るかによって異なる。例えば、コスト削減に伴う品質の低下のおそれが大きく、これ

を事前に契約によって取り決めたり、事後的に観察/立証することが困難であるなら

ば、民有よりも公有の方が望ましいことになる。この問題については、次章でより具

体的に説明する。

(4) まとめ

 「政府の境界」をどこに定めるか、という問題は、単に「政府の役割」であれば政

府が全てを行う、というものでもなければ、民間企業にできることはすべて民間企業

が行えばよいというものでもない。政府の役割であっても効率的にサービスを供給す

るためには所有権の分布をコントロールすることが有効であり、民間企業によって供

給可能なサービスであってもそれに関してどの程度完備な契約が締結可能なのかを検

討する必要があるのである。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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4. 「政府統治」―――企業統治理論の政府への応用

 政府を規律づける方法に、企業統治研究の成果を応用する。政府には、複数プリンシ

パルと業績測定の難しさという2つの特徴があるために、企業統治理論をそのまま適用

することは難しい。しかし、政府統治に理論的な裏付けを与えるものである。そして、

これは伝統的な法治主義による統治を否定するものではなく、複雑・高度化した行政活

動に対応するために、伝統的な規律付けの方法を補完するものと考えることができる。

(1) 民間企業と異なる点は何か

 政府統治の方法は、民間企業の統治とはいくつかの点で異なる。これは、複数プリ

ンシパルの存在や多次元の活動、使命の曖昧さなど、政府が持ついくつかの特徴に由

来する。

 民間企業の統治と政府統治の相違点を表にまとめると以下のとおりである(表 3-3)。

表 3-3 民間企業と政府の統治構造の比較

民間企業 政府

プリンシパル ・株主と債権者の間の利害等は一

部で対立するが、基本的には企業

の利潤の最大化という問題に集計

しやすい。

・国民/納税者は、複数の異なる次元

の便益(一部は相反することもある)

を追求し、それぞれが独自にエージェ

ントである政府に働きかける。

タスクの性質 ・金銭的な指標(配当、株価等)

によってある程度測定可能

・複数のタスク

・測定が困難(例:公共財)

規律づけの方

・株主総会・取締役会

・市場(資本・財)からの圧力

・株主・投資家へのディスクロー

ジャー

・選挙、議会によるモニタリング

・情報公開

・行政訴訟

サービス供給

主体

・複数(他の供給主体との比較が

可能)→市場における競争メカニ

ズムが働く

・国・地域で唯一の存在(比較による

評価が困難)→競争メカニズムが働か

ない

ア. 複数のプリンシパル

 企業のプリンシパルである株主、債権者などは、破産などの事態を除けば11、そ

の目的をある程度集計することが可能である。すなわち、企業がどれだけ利潤を上

げるか、という目的に集計することができる。

 これに対し、政府のプリンシパルである国民あるいは納税者は、それぞれが多様

な利害(一部は相反する)を持ち、それらは選挙などの民主的な手続きによってあ

る程度集計されるが、多くは集計されないままエージェントである政府に持ち込ま

れ、個々のプリンシパルはそれぞれ独自にエージェントに働きかける。

11 負債の役割については、Hart (1995), Dewatripont and Tirole (1994a), 柳川(2000)等を参照。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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イ. 多次元の活動と活動評価の困難さ

 企業の活動は、基本的には利潤を目的とし、配当であれ株価であれ、貨幣価値に

よる評価が可能である。しかしながら、政府の活動は、複数次元の(しかも時には

相反した)目的を持ち、さらに、その多くは金銭などの客観的な指標による評価が

困難である。この 2 つの理由のために、政府の活動を評価することは著しく困難に

なる。

ウ. 規律づけの方法

 企業を規律づける方法としては、基本的には、株主の意思、利害を集計する株主

総会と、株主の利害を代表して経営を行う取締役会がある。また、市場からの圧力

としては、財・サービスの市場と資本市場からの圧力が存在する。財・サービスの

市場においては価格メカニズムを通じて消費者からの圧力が働き、資本市場におい

ては株式と社債の両面で投資家からの圧力が働く。このため、企業は経営状態に関

する情報公開(ディスクロージャー)が求められ、これらが企業経営を規律づけて

いる。

 一方、政府を規律づける方法としては、伝統的には選挙と議会という民主的な手

続きが存在する。しかし、複雑・高度化した行政活動をコントロールする方法とし

ては、民主的手続きはあまりに素朴である。このため、近年では、行政の情報公開

が求められ、また、行政訴訟に関する法整備が行われている。

エ. サービス供給主体

 多くの場合、企業が供給する財・サービス市場において、供給主体は複数であり、

競争のメカニズムが働きやすい。

 これに対し、中央・地方を問わず、政府が直接供給する場合、行政サービスの供

給主体はその地域では単独であり、地方政府における「足による投票」(Tiebout, 1956)などの特殊な場合を除けば、競争メカニズムは働きにくい。

(2) 伝統的な規律づけの方法

 まず、政府の伝統的な規律づけの方法として、法治主義の原則、三権分立制、民主

的手続きについて検討する。

ア. 法治主義の原則

 伝統的な公的部門の規律づけの方法としては「法治主義の原則」を挙げることが

できる。西尾(1993)は「法治主義の 3 原理」について、以下のように述べている。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 56

① 法律の優越の原理

 議会の制定する法律がその他の機関の制定する一切の命令に優越し、法律の

規定に抵触する命令の規定はその限りにおいて無効である。

② 侵害留保の原理

 行政府の行政として行われることのうち、少なくとも国民に義務を課し、国

民の権利を制限する性質を持った行政行為を行うことの授権はすべて法律事項

として留保され、国民の権利または自由を侵害する行政行為は必ず議会の制定

した法律に根拠を持ち、この法律の規定に基づいて行われなければならない。

③ 法律による裁判の原理

 行政府の行政行為の合法性は、行政府から独立した地位にあるところの裁判

所が議会の制定した法律の規定に基づいて審査する。

 法治主義の原則は、「法と経済学」の議論を援用すれば、あらかじめ定めた法律

というルールにコミットすることで、さまざまな利害を持った多様なプリンシパル

間の取引コストを節約するものと捉えることができる(柳川, 2000)。 しかし、法律主義の原則の問題点は、将来起こり得ることについて、事前に対応

を特定化できないために、法律の内容はあくまでも不完備なものになり、事後的な

解釈によってその内容を改変することが可能な点である。また、そのために事前の

コミットメントは不完全なものになりやすい。

 この不完備性という点に関して、Dixit (1996)は、国民と政府は憲法という契約

を結んでいるが、これは起こり得ることについて詳細に定めた包括的な契約ではな

く、何か問題が発生した場合に解釈と適用という再交渉によって対応する不完備契

約である、としている。そして、その理由として、

① 不完備性―――すべてのコンティンジェンシーを予見することができない。

② 契約書作成コスト―――予測可能な出来事についてもルールを特定できない。

③ 観察・立証不可能性―――特定の手順を実行に移すことができるように偶発的

な出来事を客観的に観察し特定化することが困難。

等を挙げている。

 さらに、憲法は一般のビジネス契約と比較して有効期間が長期に及ぶ。そのため

に、包括的な契約を結ぶことができないのである。

イ. 三権分立制

 三権分立制とは、立法・行政・司法の権力を機能的に分離させるもので、それぞ

れの権限を行使する組織を別にすることで、どれもが独裁的な権力を持たないよう

に相互にチェック・アンド・バランスを図るものである(川野辺, 1999)。 これを取引コスト政治学の立場から見ると、三権分立制は、立法、司法、行政の

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 57

三権を分散させ、相互のインタラクションによって、権力の濫用という機会主義的

行動を防止することが、三権分立の目的と捉えることができる。しかし現実的には、

立法、司法が常にメディアによって監視されているのに対し、行政は、その複雑性

ゆえに国民からの監視が難しい。そのため、行政をコントロールする機能は不完全

にしか働かないものと考えられる(Dixit, 1996)。 なお、三権分立とチェック・アンド・バランスの経済分析として、最近のもので

は Laffont (2000)等がある。

ウ. 民主的手続きの限界

 次に、選挙、議会という民主的手続きについて分析する。これについては、Buchanan等による公共選択論による研究が進んでおり、「投票のパラドクス」、「一般不可能

性定理」、「合理的無知」などの問題点が指摘されている。

① 投票のパラドクス

 投票のパラドクスとは、一人ひとりの投票者が全く理性的に投票を行ったとして

も、多数決による決定が解消不可能な、非合理的結果を導くことを示したものであ

る(佐伯, 1980)。投票のパラドクスは、1785 年にコンドルセによって発見された。

 コンドルセは、ある選択肢が他の全ての選択肢と対決して多数決12で勝者となる

ならば、その選択肢こそ社会的に容認されるべき「最良」の選択肢であるという条

件(コンドルセ条件)を提唱した。

 しかし、例えば以下のような場合(表 3-4)にはコンドルセ条件を満たす勝者(コ

ンドルセ・ウイナー)は存在しない(谷口, 1999)。この場合、X と Y についての単

純多数決では X が勝つが(70 対 30)、X と Z については Z が勝つ(60 対 40)。し

かし、Z と Y については Y が勝つのである(70 対 30)。 このような場合、単純多数決の勝者は循環してしまい(「循環的多数」)、コンド

ルセ・ウイナーは存在しない。

12 多数決によるきめ方:「メイの定理」(無名性、中立性、正の反応、決定性)(谷口, 1999)

① 無名性:投票者が互いに差別なく公平に扱われる。

② 中立性:どの選択肢も同じように差別なく扱われる。

③ 正の反応:個人的選択がある選択肢に有利な方向に変われば集合的選択もそのように変わ

り得る。

④ 決定性:各選択肢をペアで見る限りでは、各人の「弱い」選好順序が与えられると常に互

いの順位を付けることができる。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 58

表 3-4 コンドルセ・ウイナーの不在

選好順位

1 2 3 該当者

X Y Z 40 人

Y Z X 30 人

Z X Y 30 人

② アローの一般不可能性定理

 一般不可能性定理とは、以下の 4 つの条件をすべて満たす民主主義的な意思決定

を行うことは一般に不可能であることを明らかにしたものである。

 アローは、「社会を構成する個々人が 3 つ以上の選択肢に関して「弱い」選好順

序を有するとき、ある諸条件の下でこれらを集計して社会全体としての「弱い」社

会的選好順序を構成することはできるか」という命題に対し、

A. 個人選好の無制約性

 社会の構成員は、すべての選択肢に対してどのような選好順序を表明して

もよい。

B. 市民の主権性・パレート最適性

 もしも、社会の構成員のすべてが、「x は y よりも望ましい」という意見を

表明したときは、社会的決定はこれに従わねばならない。

C. 無関係対象からの独立性

 任意の二つの選択肢に関する社会的評価は、両者に関する個々人の選好順

序だけに依存しなければならない。

D. 非独裁性

 社会の構成員の中で、ただ一人の人物の選好順序が他の構成員の選好にか

かわらず常に社会的順序として採用されるということがあってはならない。

という 4 条件を満たす「弱い」社会的選好順序が存在しないこと、つまり社会は合

理的な判断を下すことはできないことを証明した(谷口, 1999)。

③ 合理的無知

 「合理的無知(rational ignorance)」(Downs, 1957)とは、追加的な情報を獲得

することの便益と費用を比較して費用の方が大きい場合に、個人はあえて情報を獲

得せず不完全な情報に甘んじることが合理的になることである(横山, 1999)。つま

り、個人にとっては、公共サービスから受ける便益は評価されにくく、自らコスト

をかけて情報を獲得するよりも、政党や候補者からの不完全な情報に頼る方が合理

的な行動になるのである。

 これと同様の問題は、企業においても発生する。小株主である個人投資家がモニ

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 59

タリングを行うインセンティブの問題である。これは、個人投資家が自らがコスト

を負担して経営状況のモニタリングを行っても、それによって得る便益が多くの投

資家の間で拡散してしまいモニタリング・コストより小さくなるとき、個人投資家

にとってはモニタリングを行わないことが合理的な行動となり、より多くの利害を

有する大株主や銀行によるモニタリングにフリー・ライドすることになるという問

題である(Milgrom and Roberts,1992)。

(3) 企業統治理論の政府への応用

ア. 民間企業の企業統治理論がそのまま適用可能か

 企業統治理論を政府に適用することは可能であろうか。これには多くの困難が伴

うと考えられる。

 まず、企業と比較して、公的部門はより多くのプリンシパルを有しており、その

プリンシパルの数に対応して活動の次元がより多い。そのため、企業で一般的に用

いられている財務的指標や業績指標による規律づけの理論をそのまま公的部門に応

用することは大変難しいと考えられる。

 また、公的部門の活動は本来その性質上、業績の測定/評価が難しい活動が多い

ので、企業で用いられる業績に連動したインセンティブ契約の考え方をそのまま公

的部門に導入した場合には、複数の活動間の努力配分に歪みを生じさせる13おそれ

があると考えられる。

イ. 統治方法の比較

 企業と政府は、ともにプリンシパルの意志を民主的な手続きによって集計し、代

表者を選任することでエージェントを統治するという点では共通点を持つ(図 3-2)。しかし、プリンシパルの選好は、政府のほうが圧倒的に多様であり、また業績を評

価する次元も政府の方が多く、さらに業績の測定が困難な活動が多い。このために、

政府統治は企業統治に比較してより困難で不完全なものになりやすい。

13 均等報酬原理:Milgrom and Roberts (1992)を参照。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 60

図 3-2:企業と政府の統治方法の比較

 企業統治理論は、所有と支配の分離という状況の下で、経営者をいかに株主の利

害を反映した行動をとらせるか、というものである。経営者と株主の利害が相反し

てしまう「経営者支配」の研究は、1930 年代の Barle and Means に端を発するも

のであり、彼らは、所有と支配の分離、つまり、なぜ株主は実質的な所有権を失っ

たのかという問題について、所有権の拡散をその理由として挙げている。その後、

いかにして企業経営者に出資者の利益にかなう行動をさせかというコーポレート・

ガバナンス理論の研究が進んだのである(小佐野, 2001)。 では、なぜ株主の権利の保護に関する研究が進んだのであろうか。それは、債権

者や取引関係者といった他のステークホルダーの権利が法的に優位であるのに対し、

株主の権利が最も侵害されやすいからである。

 ここで、「所有と支配の分離」という観点から政府統治について考えてみる。所有

権の拡散という点で、政府はより所有権が拡散している。また、プリンシパル間の

利害の対立も大きく、業績の測定は困難である。さらに、国民と政府の間で結ばれ

る契約―――憲法―――は、極めて不完備な契約であり、事後的な解釈と再交渉に

よって詳細が定められる。このような状況において、「所有と支配の分離」の問題は

より深刻になるのである。

ウ. 規律づけの方法

 一般的な規律づけの方法として、岩本(2001)は次の4つの方法を挙げている。そ

れは、①情報の非対称性を減少させる、②監視者を置く、③インセンティブを与え

る、④活動を制約する、の4つである。以下では、それぞれの方法による政府に対

する規律づけの有効性について詳しく検討する。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 61

① 情報の非対称性を減少させる

 代理人の行動がすべて観察かつ立証可能であれば、適切なインセンティブ契約

を用いることでコントロールが可能となる。

 しかし、これは完備契約の世界での話であり、国民と政府との間の不完備契約

のもとでは、いくつかの問題点がある。

 まず第 1 に、合理的無知(観察を行うインセンティブ)の問題がある。合理的

無知とは、国民/納税者は自らコストを負担してモニタリングを行っても、それ

による便益は拡散してしまい、自らが受ける便益はわずかなので、モニタリング

を行わないことが合理的な行動となってしまう問題である14。

 第2に、観察可能性の問題である。これは、さらに 2 つの要因に分けることが

できる。1つは、「行政情報の膨大さ」の問題である。膨大な行政情報の中から、

必要な情報だけを選択して取り出すことは非常に困難である。例えば、三重県は、

事務事業評価システムの導入にあたり、評価シートを作成した県の事務事業は約

3300 に上った(中村, 1999)。さらに、実際にはそれぞれの事業について大量の

資料が存在することになるので、この中から必要な情報を探し出すには相当のコ

ストがかかると考えられる。もう 1 つは、「行政の専門性」の問題である。2001年 4 月の情報公開法などによって、生の行政情報を国民が直接入手することが可

能になったことは重要ではあるが、その内容を精査する能力を国民は有していな

い。高度に専門化した行政情報は、極端な場合には、ごく少数の人間にしか理解

できないこともある。そのために、国民がそれを入手することで情報の非対称性

の問題が解決するとは限らないのである。

 最後に、立証可能性の問題がある。行政情報の公開が義務づけられても、国民

は、会話等の文書化されていないデータにはアクセスできない。そのために、文

書化されたデータを補っている(時にはこちらの方が重要な場合もある)非文書

情報の内容を観察/立証することができないのである。

② 監視者を置く

 規律づけの方法として、監視者を置くという方法があるが、誰が監視者となり

得るかが問題になる。以下では、議会(政治家)、オンブズマン、(地方政府に対

する)中央政府について分析する。

A. 議会(政治家)

 まず、議会(政治家)が、全ての国民の利害を代表した監視者となり得るか

を考える。ここでいくつかの問題点が考えられる。

 第1は、民主的手続きそのものの問題である。投票のパラドクスや一般不可

14 例えば、情報公開請求には、時間や労力の他にコピー代等のコストがかかるが、それによって個人が

受ける便益はわずかなものである。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 62

能性定理より、選挙は国民の選好を不完全にしか反映しない。また、議会もロ

グローリング15の問題や委員会システムの問題16を有している。これらの問題の

ため、民主的手続きによって選出された議会は、国民の持つ複数の選好を反映

するシステムとしては不完全にしか働かない。

 第2に、利益団体の問題がある。政治家が、当選や議席数等を目的として行

動しているとすると、利益団体からのロビイング活動による影響を強く受ける

ことになる。

 第3に、情報の非対称性の問題がある。国民と政府の間における情報の非対

称性の問題を解決するために議会という監視者を置いたとしても、今度は国民

と監視者の間において情報の非対称性の問題が発生する。つまり、単に問題の

発生場所を移すだけに終わるおそれがある。さらに、監視者である政治家と官

僚の間の情報の非対称性の問題も依然として存在し続けるのである。

B. オンブズマン

 次に、行政の監視を専門に行うオンブズマンを設置することで、行政の専門

性の問題や、監視インセンティブの問題をある程度解決することが考えられる。

しかし、これによって問題がすべて解決するわけではない。依然として、「誰が

監視者を監視するか」という問題は残るのである。国民/納税者は、オンブズ

マンによる監視が適正かどうかを判断することができない。結局、政治家の場

合と同様に、単に問題の所在を移し替えるだけにすぎないと言うこともできる

のである。

C. 中央政府

 最後に、地方政府の活動をモニタリングする主体として、中央政府が企業統

治における大株主の役割を担う可能性について考える。

 まず、行政の専門性の問題については解決できる。むしろ、中央政府は、縦

割りの人事システムや全国の情報を有していることによって、地方政府よりも

多くの専門知識を有しているのである。次に、情報の非対称性の問題について

は、中央政府は補助事業等に関連して、膨大な資料を、要望ヒアリング、交付

申請、執行状況報告(複数回)、完了報告などの機会を通じて入手している。し

かし、中央政府は全国の多数の事業を同時にモニタリングしているために、個々

の事業に関してはわずかな労力しかつぎ込むことができず、地方政府が持つ情

報の一部しか入手できないという問題もある。また、監視のインセンティブ問

題については、中央政府は地方政府に対して補助金や交付金などを支出してい

るので大きな利害を有しており、監視のインセンティブは強いと考えられる。

しかし、中央政府の利害が国民の利害と一致するとは限らないという問題があ

15 ログローリング:議案通過のための票の取引(谷口, 1999)。16 Weingast and Marshall (1988)を参照。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 63

る。中央政府が自らの固有のインセンティブにしたがって行動するならば、む

しろ官僚自身の「省益」や圧力団体の利害を優先すると考えられるからである。

最後に、監視者の監視問題については、中央政府は地方から選出された議員に

よって構成される国会と会計検査院のモニタリングを受けている。しかし、こ

れも国民/納税者の利害を直接反映するものではない。「我田引鉄」、「ポーク・

バレル(政治家による利益誘導)」等の問題などはその代表例である。

③ インセンティブを与える

 規律づけの第 3 の方法として、代理人の受け取る報酬を成果や投入(努力)に

結び付けることで代理人の行動を規律づけるインセンティブ契約の導入が考えら

れる。しかし、この方法では、政府の活動の 2 つの特徴が問題となる。それは、

複数プリンシパルと活動評価の困難さである。

 第 1 の特徴は、政府には複数のプリンシパルが存在することである。エージェ

ントである政府は、プリンシパルである国民/納税者の複数の選好に対応した複

数の次元のタスクを有している。これらについてインセンティブ契約を用いるた

めには、全てのタスクに強く連動したインセンティブ契約か、全てのタスクに弱

くしか連動しないインセンティブ契約のどちらかを用いる必要がある(均等報酬原

理)。さらに、プリンシパル間の協調ができないために、インセンティブ契約は報

酬率の低いものにならざるを得ない(Dixit, 1996)。 第2の特徴は、活動評価が困難なことである。そもそも政府の活動の多くは、

公共財の供給のように受益と負担を明確に測定できないために政府の役割となっ

ている。そのため、政府の活動の多くは、第三者による観察・立証が困難なもの

が多い。

 これらの2つの特徴のために、政府に業績と強く連動したインセンティブ契約

を用いることが困難になるのである。なぜなら、活動の一部に業績の測定が困難

な活動が含まれている場合には、業績に強く結びついたインセンティブ契約を用

いると、業績測定が容易な活動に努力が集中し、努力配分に歪みを生じさせるた

めに、かえってインセンティブ契約を用いる前よりも悪い結果を招くからである。

 これに関連する問題としては、情報公開に伴う複数タスク間の努力配分の歪み

の問題がある。国民への情報公開は、官僚に対して強いインセンティブとして働

くと考えられるが、活動の中に測定が容易な活動とそうでない活動が混在してい

る場合、測定が容易な活動に官僚の努力が集中するおそれがある。例えば、行政

の複数タスクの中に財務的に測定が容易な業務と、そうでない業務とがある場合、

発生主義会計情報の公開という強いインセンティブによって、前者に努力が集中

するおそれがある(日本銀行金融研究所, 2001)。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

1.00 64

④ 活動を制約する

 第4の方法は、活動を制約してしまう方法である。これは、事前に活動を制約

してしまうことでエージェントの機会主義的な行動を制限するというものである。

機会主義は、事後的に実績を知った上での行動を変更する自由があることから発

生しているので、この自由を制限する事前のコミットメントを結ぶことで機会主

義を管理することができる。代表的なものは、憲法による政府の活動の制限であ

る。例えば、アメリカ合衆国憲法には貴族の称号の授与や州の間において関税の

賦課を禁じる条項などがある。

 しかし、コミットメントは守られるとは限らない。これは、不完備契約と解釈

の問題である。

(4) まとめ

 企業統治理論を政府に応用することは、行政活動の一定の部分、すなわち活動の次

元が少なく業績の測定が容易な活動については、有効であると考えられる。しかし、

多次元の活動によって構成され複数のプリンシパルを有する政府の活動に、企業の理

論を直接持ち込むことは、政府のインセンティブ構造に歪みを生じさせたり、民主的

手続きの持つ公平性や公正さなどのメリットを失うおそれがある。

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第3章 企業理論的視点から見た政府組織の構造

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5. まとめ

・ 「契約の束」としての政府

 政府は、博愛的で全能な「一枚岩」の存在ではなく、独自の利害を持った個々の経済

主体が複雑なエージェンシー関係で結び付けられたエージェンシー関係の束である。

・ 政府の複数のプリンシパル

 政府は、異なる選好を持った複数の国民/納税者をプリンシパルとしている。プリン

シパル間の協調ができないために、集計インセンティブ契約のもとでのエージェントの

選択はサード・ベストとなる。

・ 政府の境界

 現実の行政改革においては、単に「政府の役割」だけが問題になるのではなく、政府

が直接財・サービスを供給すべきかどうかという政府の垂直統合問題である「政府の境

界」が問題となっている。

 行政改革手法の多くは、政府の境界のアレンジを通じて行政の効率化を図るものであ

る。所有権の分布は、残余コントロール権の分布を通じてマネジャーの努力・投資のイ

ンセンティブに影響を及ぼす。

・ 政府統治

 企業統治理論は、そのままでは政府統治には応用できない。その主な理由は、政府の

特徴である複数のプリンシパルと業績測定の困難さにある。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 66

第4章 行政改革手法の分析

 本章の目的は、民間企業の経営手法を導入した行政改革の手法を、「政府の境界」の

問題に関するものと「政府統治」の問題に関するものに分類し、個々に分析することで

ある。

 「政府の境界」に関するものとしては、民営化(狭義の民営化、PFI、バウチャー)

及びエージェンシー化を不完備契約理論による所有権アプローチを用いて分析する。

 「政府統治」に関するものとしては、行政評価と公会計改革を複数プリンシパル理論

によるアプローチによって分析する。

 最後に、これら2つのアプローチを併せて、地方分権の分析に応用する。

1. 「政府の境界」に関する手法

 本節の目的は、「政府の境界」のアレンジ、つまり、物的資産の所有権(残余コントロー

ル権)のアレンジが、行政サービスの供給にサービスの質・コスト等の面でどのような影

響を与えるかを分析することである。

 そのために、まず、先行研究のレビューと、特に政府による供給と民間企業との契約

によって供給した場合のマネジャーのインセンティブについて比較・分析した Hart,Shleifer and Vishny (1997)の研究の概要を説明する。

 その後、「政府の境界」のアレンジとして、民営化(狭義の民営化、PFI、バウチャー)

及びエージェンシー化による行政サービスの質・コストを、サービス供給部門のマネジ

ャーのインセンティブに着目して比較・分析する。

(1) 「企業の境界」に関する先行研究

 第2章で述べたように、企業理論における「企業の境界」の分析とは、どこまでが

企業の境界に入るのか、また企業の境界のアレンジ(垂直統合・水平統合等)は企業

の効率性にどのような影響を与えるのか、という問題に関するものである。これに対

して「政府の境界」とは、企業と同様に、どこまでを政府が直接行政サービスを供給し、

どこからサービス供給を民間に委ねるか、という「政府の境界」のアレンジが、行政

サービスの効率性にどのような影響を与えるかという問題である。

 この「政府の境界」に関する先行研究としては、Grossman-Hart-Moore の垂直統

合に関する研究をベースに、公企業を民営化することによる費用と便益を分析した

Hart, Shleifer and Vishny (1997)がある。これは、同じ行政サービスを供給する公企

業と民間企業のマネジャーのイノベーションへのインセンティブを比較し、所有権の

分布がコスト削減と品質向上のイノベーションに与える影響を分析したものである。

また、軍事、教育、刑務所などのサービスを供給する主体についてどのような所有権

構造が望ましいかを論じている。

 その他、政府の境界に関連する先行研究には、公企業に対する政治的コントロール

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 67

の問題を扱った Shleifer and Vishny (1994)や公企業における政治の影響力とその対

策としての民営化に関する Boycko, Shleifer and Vishny (1996)等がある。また、公企

業のマネジャーのインセンティブの問題に関しては、政府による救済が予想されるこ

とが公企業のマネジャーの経営判断に影響を与える「ソフトな予算制約問題(softbudget constraint problem)」を扱った Schmidt (1996)、Qian and Roland (1998)、Maskin (1999)等がある。さらに、PFI と不完備契約に関する研究としては、Grout(1997)、赤井(2001)等がある。

 「政府の境界」に対するアプローチには、「企業の境界」に用いられる不完備契約理論

が用いられる。Salanie (1997)に代表される完備契約理論では、将来起こり得ること

への対応を事前に決め、契約書を作成することができることを想定している。これに

対し、不完備契約理論では、完備契約が締結できないために、これを補完する取引管

理機構としての企業や組織を扱う。そして、業績の観察/立証が困難なタスクの多い

政府の活動を分析する上では、このような不完備契約理論によるアプローチが有効で

あると考えられるのである。

 具体的には、本稿においては、企業の境界の議論のうち、特に不完備契約と垂直統

合に関するものを応用する。この不完備契約理論を用いた垂直統合の研究としては、

第2章で概要を説明した Grossman-Hart-Moore が標準的なモデルとされている。彼

らのモデルでは、メーカーとサプライヤの関係を、物的資本の所有権構造がマネジャ

ーの努力や投資へのインセンティブに及ぼす影響という観点から分析している。本稿

では、垂直統合の研究を民営化の分析に応用した Hart, Shleifer and Vishny (1997)のモデルを基本モデルとして、政府がどこまで直接財・サービスを供給するか、どのよ

うな財・サービスは民間企業との契約に委ねることが望ましいか、という「政府の境

界」問題を論じる1。

 以下では、物的資本を所有する者が直接財・サービスを供給する場合と、物的資本

を持たない者によって供給される場合との相違点を PFI、狭義の民営化、エージェン

シー化などに分けて分析する。

(2) 政府の境界のモデル分析―――所有権構造がイノベーションに与える影響

 以下では、本稿で「政府の境界」を分析する基本モデルとして、Hart, Shleifer andVishny (1997)の概要を説明する。

ア. 基本的な想定

 まず、サービス供給に必要な物的資産として施設 F を想定する。そして、この施

1 現実的にも、政府はすべての財・サービスをみずから直接供給しているわけではなく、コントラクティ

ング・アウトなどを通じて多くの財・サービス(主に単純な業務)が民間企業によって供給されている。

Domberger and Jensen (1997)等を参照。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 68

設を運営する 1 人のマネジャーとしてM を、また、公的な目的のみに関心を持つ 1人の官僚もしくは政治家G を想定する2。

・ 供給されるサービス

 彼らは、供給される財・サービスと価格についての長期的な契約を締結すること

ができる。ここで、財・サービスの価格として 0P を汎用的な basic good の価格と

する。そして、 F が私的に所有されている場合 0P はG が支払う購入価格を、 F が

公有されている場合 0P は M に支払われる賃金を表す。G と M は将来起こるコン

ティンジェンシーすべてに対応した契約を結ぶことができないので、当初(date0)はbasic good に関する契約を締結する。また、このときに所有権の配分も決定される。

そして、コンティンジェンシー判明後(date1)にそれに応じて特殊化(セキュリティ

を強化する、コスト削減のためにガードマンを減らす、等)した modified good につ

いての契約を再交渉によって改訂することができる。この再交渉が決裂した場合も

しくは行われなかった場合には、当初の契約どおり basic good が供給される(図 4-1)。

図 4-1 時間の流れ

date0 date1/2 date1

   契約書作成 人的資産への 再交渉

 所有権配分の決定 投資 ei, を選択 再交渉が無ければ

basic good が供給される

・ 便益とコスト

 modified good は、社会的便益B (例:刑務所でいえば、けんかが少ない、囚人の

栄養状態が良く健康、等)をもたらし、そのためにはサービス供給に必要なコストCがかかる。この B とC は、ともに金銭的に表現することができるものとする。

・ 2種類の努力

 M は、 e (コスト削減)と i (品質向上)という2種類のイノベーションへの投

資水準の決定を通じて、 B 、C を操作することができる。

 この社会的便益 B とコストC は、以下の式で表すことができる。

( ) ( )iebBB β+−= 0

( ) ieecCC ++−= 0

 ここで、 00 ,CB は、再交渉が行われない場合(交渉が決裂した場合)の便益およ

びコストとする。また、 ( ) 0≥ec はコスト・イノベーション e によるコストの低下

を、 ( ) 0≥eb はコスト・イノベーション e に伴う品質の低下を、 ( ) 0≥iβ は品質イ

2 Hart, et al (1997)では、拡張として私的な目的を追求する政治家 P を想定し、corruption と patronageの 2 つの問題を分析しているが、本稿では省略する。結論は、corruption(企業から政治家への賄賂)が

問題となっている場合は、民営化はマイナスに働き、patronage(労働組合に配慮した結果の過剰な雇用

や報酬)が問題となっている場合は民営化が有効であるということである。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 69

ノベーション i による品質の向上を表す。

 これらには、以下のような標準的な凸性、凹性、単調性を想定する。

( ) 0,0,00 ≥′′≥′= bbb( ) ( ) ( ) 0,0,0,0,00 =∞′<′′>′∞=′= ccccc( ) ( ) ( ) 0,0,0,0,00 =∞′<′′>′∞=′= βββββ

0≥′−′ bc ここで、 0,0 >′≥′−′ βbc は、イノベーションに伴う品質の低下はコスト削減の

効果を上回らないこと、及び品質イノベーションに伴う費用は品質向上の効果より

も小さいことを表している。

イ. 初期の利得

 まず、初期の利得(再交渉が行われない場合、もしくは再交渉が決裂した場合の

利得)を考える3。両者の初期の利得は、F が民有の場合と公有の場合とで異なる。

民有の場合、再交渉が無ければ残余コントロール権を持つ M は品質向上及び品質

低下からは何の影響も受けないので、コスト削減にのみ関心を払い、契約に明記さ

れていない品質は無視される。その結果、G の初期の利得は )(00 ebPB −− に、Mの初期の利得は ieecCP −−+− )(00 になる。

 公有の場合、品質とコストの両方のイノベーションが起こるが、公務員のインセ

ンティブの弱さや非効率性λ ( 10 ≤≤ λ で表す)のために、G はイノベーション

のうち ( )λ−1 しか受け取ることができない。その結果、 G の初期の利得は

( )[ ])()()(100 iecebPB βλ ++−−+− に、M の初期の利得は ieCP −−− 00 となる。

ウ. 所有権構造の比較

・ ファースト・ベスト

 まず、比較対象として、社会的な利得、つまりG とM の合計の利得( MG UU + )

を最大化するファースト・ベストの状況を考える。この状況とは、 e と i に関する完

備な契約が締結可能な状況であり、所有権の配分は何の影響も及ぼさない。この状

況において、

ieiecebCBUU MG −−++−−=+ )()()(00 βを最大化する解 ( )**,ie は、1階条件により

1*)(*)( =′+′− eceb (4-1)1*)( =′ iβ (4-2)

を満たす。

3 初期利得は、threat point(威嚇点)や外部機会(outside option)とも呼ばれる。詳しくは Muthoo (1999)や柳川( 2000)等を参照。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 70

・ 民有の場合

 次に、民有の場合を考える。再交渉による便益の増加分 )(iβ を、ナッシュ交渉解

(Nash Bargaining Solution)によって 50:50 に分ける4と、両者の再交渉後の利得は

以下のように表すことができる(図 4-2)。)()(2100 ebiPBUG −+−= β

ieeciCPU M −−++−= )()(2100 β このときに、 MU を最大化するM がとる ( )MM ie , の値は、

1)( =′ Mec (4-3)1)(21 =′ Miβ (4-4)

を満たす。

図 4-2 民有の場合の利得

・ 公有の場合

 公有の場合、再交渉による初期利得からの増加分 [ ])()()( ieceb βλ ++− を、ナッ

シュ交渉解によって 50:50 に分けると、両者の再交渉後の利得は以下のように表す

ことができる(図 4-3)。( )[ ])()()(2100 iecebPBUG βλ ++−−+−=

[ ] ieiecebCPU M −−++−+−= )()()(200 βλ このときに、 MU を最大化するM がとる ( )GG ie , の値は、

( ) 1)()(2 =′+′− GG ecebλ (4-5)1)(2 =′ Giβλ (4-6)

を満たす。

4 Muthoo (1999)を参照。

GU MU

)(00 ebPB −− ieecCP −−+− )(00)(iβ

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 71

図 4-3 公有の場合の利得

エ. マネジャーの投資水準の比較

 ファースト・ベスト、民有、公有のそれぞれの場合のマネジャー M のイノベー

ションへの投資は、 eの水準については式 4-1、4-3、4-5 より図 4-4 のように、 i の水準については式 4-2、4-4、4-6 より図 4-5 のように表すことができる。

 それぞれを比較すると、まず、 e については、 MG eee << * という関係が成り立

( ))()(2 eceb ′+′−λ )()( eceb ′+′− )(ec′

MeGe *e

1

図 4-4  eの投資水準

)(iβ ′

*iGi Mi

)(2 iβλ ′)(2

1 iβ ′

1

図 4-5  i の投資水準

GU MU

)]()()()[1(00 iecebPB βλ ++−−+− ieCP −−− 00)]()()([ ieceb βλ ++−

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 72

つ。また、 i については、 *iii MG <≤ (もし 1<λ ならば *iii MG << )という関

係が成り立つ。すなわち、民有の場合、M はコスト削減に過大な投資を行う一方、

コスト削減に伴う品質の低下は無視される。また、品質向上にはファースト・ベス

トの半分の投資を行う。一方、公有の場合の M は、コスト削減や品質向上のイノ

ベーションに政府の同意を必要とし、再交渉によってマネジャーが受け取ることが

できるのは [ ])()()(2 ieceb βλ ++− に過ぎないために、コスト削減・品質向上のど

ちらにも弱い投資しか行わない。

 それでは、どのような所有権構造が望ましいのであろうか。

 民有が望ましいケースとしては、次の 2 つが考えられる。まず、コスト削減に伴

う品質低下の余地 )(eb− が十分に小さければ、民有の方が望ましい。なぜならば、

この場合には、 )(eb− が無視できるほど小さいために Me は *e に近くなる一方、

MG ii ≤ であるからである。

 また、コスト削減 )(ec とそれに伴う品質低下 )(eb− の余地が十分に小さく、

1<λ であるならば民有が望ましい。なぜならば e については MG eee *,, のすべてが

0 に近づくのに対し、 1<λ ならば MG ii < だからである。

 公有が望ましいケースとしては、次の 2 つが考えられる。まず、コスト削減の効

果が品質の低下で相殺され、かつ、λが 1 に十分近ければ公有の方が望ましい。な

ぜならば、コスト削減の効果が品質の低下で相殺される。つまり )()( eceb +− が 0に近づくならば、コスト削減の投資が行われないほど、つまり e の水準が小さいほ

ど社会的に望ましくなる。ここで、λが 1 に十分近ければ Gi と Mi はほとんど同じ

水準になるので公有の方が望ましくなる。

 また、コスト削減の効果が品質の低下で相殺され、かつ、品質向上の余地が十分

小さければ公有が望ましい。なぜならば、品質向上の余地がほとんどなければ

*,, iii MG はすべて 0 に近づく。つまり i の投資水準による品質への影響はない。一

方、コスト削減の効果が品質低下で相殺される、つまり )()( eceb +− が 0 に近づく

ので、コスト削減のインセンティブが弱い公有の方が社会的に望ましいことになる。

 最後に、コスト )(0 ecC − はつねに民有の方が小さい一方、便益 )()(0 iebB β+−

に関してはどちらが高いとは言えない。なぜならば、コストに関しては

MG eee << * なので、民有が最もコスト削減の投資水準が高くなる。一方、便益に

関しては、 )(eb− と )(iβ のバランスによって結果が異なるため、どちらが高いとは

言えないのである。

オ. 競争

 このモデルは、他のサプライヤとの間の事後的な競争を扱っていない。

 そこで、政府が財政的にも支出をしない完全な民営化のケースを考える。もし、

消費者(国民)に財・サービスの品質を評価する能力が十分にあり、サプライヤを

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 73

取り巻く市場が完全に競争的ならば、政府の介入なしで完全市場によるファース

ト・ベストが達成されると考えられる。この場合、サプライヤはイノベーションに

よる便益の増加分 ( ) ( ) ( )ieceb β++− のすべてを受け取ることができる。

 次に、政府が財政的な支出のみを行うケース(バウチャー)を考える。この場合

にも、消費者に財・サービスを評価する能力があり、サプライヤ間が完全に競争的

ならば、財・サービスの供給は市場によって行われる。この場合の政府の役割は、

財政的な支出によって国民の間の不公平(inequality)を削減することである。

(3) 行政改革手法への適用

 (2)で概説した基本モデルをもとに、「政府の境界」に関する行政改革手法(民営化、

PFI、コントラクティング・アウト、エージェンシー化等)の比較・分析を行う。そ

れぞれの手法には、どのような特徴があるのか。そして、どのようなサービスに向い

ているのかを論じる。

ア. Hart-Shleifer-Vishny モデルの行政改革手法への適用

 (2)の基本モデルによって、以下の4つの行政改革手法の分析が可能であると考え

られる。

 まず、第1は、エージェンシーとサービス購入型 PFI5との比較である。これには、

基本モデルをそのまま適用可能と考えられる。

 第2は、第1のケースの応用として、エージェンシーと直営の執行部門の比較を

行う。これには、基本モデルの、公有が望ましい 2 つのケースを応用する。

 第3は、狭義の民営化と独立採算型 PFI 及びバウチャーの比較である。これは、

5 PFI の事業類型

類型 公共関与の方法 内容 主な事例

独立採算型

(financially freestanding)

公共負担なし

公共は計画の保証

と認可を行う

政府からの事業許可に基づき民間が施

設を建設し事業を運営する。コストは

利用料収入により回収する。

有料橋

サービス購入型

(services from theprivate sector)

公共がサービスの

対価を支払う

民間セクターが施設を建設・運営し、

主として公共セクターからの収入によ

りコストを回収する。最も多く用いら

れている方式。

大学、研究所、

美術館、病院、

一般道路、刑務

ジョイント・ベンチャ

ー型

(joint ventures)

補助金等の公的支

援制度を活用

官民双方の資金を用いて施設を建設す

るが、事業の運営は民間が主導する。

再開発、鉄道

官民の独立共存事

施設の建設・管理は民間事業者が行い、サービスの提供は公

的部門が行うケース

医療施設

公的部門による料

金補助

料金が政策的に低く設定されている場合等においてその一部

を公的に補助するケース

有料道路、有料

公的部門による事

業費の一部負担

初期投資額が大きく、事業期間内での回収が困難な場合にお

いて公的部門が事業費の一部を負担するケース

鉄道

(出所)日本商工会議所(2001)及び Pollitt (2000)。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 74

基本モデルに競争を導入するものであるが、さらに、規制企業との効率性の比較も

考慮する必要がある。

 最後に、PFI の事業手法(BTO、BOT、BOO)に最適な事業についての分析を行う。

これは、基本モデルを3期間に拡張し、それぞれの手法に適した事業を分析するも

のである。

イ. エージェンシーとサービス購入型 PFI エージェンシーとサービス購入型 PFI は、(2)の基本モデルをそのまま使うことで

比較可能であると考えられる。なぜなら、所有権構造や報酬、契約に関する設定か

ら、基本モデルの民有の場合がサービス購入型 PFI に、公有の場合がエージェンシ

ーに対応していると考えることができるからである。

 そこで、どちらが望ましい所有形態かを考えると、基本モデルより、サービス購

入型 PFI が望ましいのは、コスト削減に伴う品質低下 )(eb− の影響が十分に小さい

場合か、コスト削減の効果 )(ec とそれに伴う品質低下 )(eb− の影響が十分に小さく、

公務員の非効率性が大きくない、つまり 1<λ である場合である。一方、エージェン

シーが望ましいのは、コスト削減効果 )(ec が品質の低下 )(eb− によって相殺され、

公務員の非効率性λが 1 に近いか品質向上 )(iβ の余地がない場合である。

ウ. エージェンシーと直営執行部門

 前項でのエージェンシーとサービス購入型 PFI に関する分析の応用として、エー

ジェンシーと政府による直営執行部門、つまり官庁の執行部門との相違点について

分析する。

 エージェンシーのマネジャーと直営執行部門のマネジャーとでは、権限と報酬体

系(公募による任用を含む)が大きく異なる。エージェンシーのマネジャーは、人

事や予算面での大幅な権限が与えられており、これらの権限を用いたイノベーショ

ンによる便益の一部を業績に応じたボーナス等の形で受け取ることができる。また、

イギリス等ではエージェンシーのマネジャー(長官)の任用は公募によって行われ、

業績が悪い場合には解雇されることもある。これに対し、執行部門のマネジャーは

公務員として固定給を受け取ることができる代わりに、イノベーションに対する追

加的な報酬を受け取ることが無い。

 これを(2)の基本モデルによって考えると、エージェンシーと直営執行部門のどち

らの場合も政府G の初期利得は ( )[ ])()()(100 iecebPB βλ ++−−+− 、M の初期利

得は ieCP −−− 00 である。しかし、エージェンシーのマネジャーはイノベーショ

ンによる便益の増加分の一部( [ ])()()(2 ieceb βλ ++− )を受け取ることができる

のに対し、直営執行部門のマネジャーは何も受け取ることができない。このため、

直営の執行部門のマネジャーのコスト削減及び品質向上イノベーションへの投資水

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 75

準は 0 であると考えられる6。

 それでは、どのような場合には直営が望ましく、どのような場合にはエージェン

シーが望ましいのであろうか7。

 まず、エージェンシー化が望ましいと考えられるのは、基本モデルの公有が望ま

しい 1 つめの場合、つまり、コスト削減の効果 ( )ec が便益の低下 ( )eb− で相殺され、

かつ、公務員の非効率性λ が1に十分近い場合である。なぜなら、 ( )ec が ( )eb− に

よって相殺されるのであれば、コスト削減へのインセンティブが少ないほど社会的

に望ましい。その一方で、品質向上による便益増加の一部 ( )iβλ 2 を再交渉によっ

て受け取ることができるエージェンシーのマネジャーは、便益の一部を受け取るこ

とができない直営の場合よりも品質向上への投資水準が高くなると考えられるから

である。

 逆に、エージェンシー化が望ましいとは言えなくなるのは、公有が望ましい2つ

めの場合、つまり、コスト削減の効果 ( )ec が便益の低下 ( )eb− で相殺され、かつ、

品質向上 ( )iβ の余地が十分小さい場合である。なぜなら、この場合には、再交渉に

よってエージェンシーのマネジャーに与えられる [ ])()()(2 ieceb βλ ++− はほとん

ど 0 に近づいてしまうために、エージェンシー化の効果は期待できないからである。

エ. 狭義の民営化、独立採算型 PFI 及びバウチャー

 Hart, Shleifer and Vishny (1997)は、民有のケースの応用として、消費者が財・

サービスを評価する能力を持ち、サプライヤ間の競争が存在する完全市場の下であ

ればファースト・ベストの達成が可能であり、M は )()()( ieceb β++− をすべて受

け取ることができるとしている。そしてこの場合、政府の役割は(財政的な面にお

いてさえも)無い。

 しかしながら、公企業の多くは「市場の失敗」のために、市場ではうまく供給さ

れない財・サービスを供給している。そのため、公企業を民営化するだけでは、消

費者との間の情報の非対称性の問題や、非競争的な市場の問題を解決することはで

きない。そこで政府は、これらの問題に対し、規制等の手段による解決を求められ

る(清野, 1993)。つまり、狭義の民営化は、「市場の失敗」への対処方法を、「政府

による供給」という手段から、「政府による規制」という手段に変更するものとし

て捉えることができるのである8。そして変更の理由としては、ソフトな予算制約問

6 もちろん、直営部門のマネジャーにも昇進等を通じた長期的なインセンティブは存在するが、ここでは

短期的なもののみに着目し、無視することにする。7 エージェンシー化のプロセス(岸, 1998)

“Prior Options Test”①組織の存続の必要性を検討→②民営化できないかの検討:政府の役割かどうかの検討→③市場化テス

ト(Market Testing):政府が直接サービスを供給するかどうかの検討→④エージェンシー化の検討8 Laffont and Tirole (1993, p.638)の類型に倣えば、公営企業(Public Enterprise)から規制された民間企業

(Private Regulated Firm)への変更として捉えることができる。公企業と規制された民間企業との比較に

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 76

題等の政府による供給の問題を挙げることができる9。

 同様に、独立採算型 PFI は、市場によってはうまく供給されない有料橋等の財・

サービスを、政府が直接供給する代わりに、規制等の手段によって、市場に供給さ

せるものと考えられる。さらに、ジョイントベンチャー型 PFI における料金補助や

事業費負担も、同様に、政府による直接供給の代わりに補助金という手段によって、

市場だけでは供給されない財・サービスを供給するものと考えられる。

 また、バウチャーは、市場によって財・サービスの供給を行い、政府は財政的な

負担のみを行うことで、国民の間の不公平(inequality)の解消を図るものである。つ

まり、政府の役割として「再分配機能」を果たすための手段として捉えることがで

きる。

オ. PFI の事業手法

 PFI には、BTO、BOT 及び BOO 等の事業手法がある。最適な事業手法はどのよ

うにして決定されるのであろうか。

 以下では、PFI の事業手法を、(2)の基本モデルを契約、建設、運営の3期間に拡

張した分析を行う(図 4-6)。

図 4-6 PFI における契約、建設、運営の 3 期間

date0 date 21 date1 date1 2

1 date2

契約締結

所有権構造の

選択

建設に関する

努力水準の

選択

建設

(引き渡し)

運営に関する

努力水準の

選択

運営

 PFI の代表的な事業手法としては、BOT、BTO 及び BOO の3つを挙げることが

できる10。本稿では、BOO を BOT の一類型と考え、以下では BOT と BTO の2つ

の手法に、比較対象として公共事業による整備・運営と、公共事業+民間委託によ

ついては、Shapiro and Willing (1990)も参照。9 「ソフトな予算制約問題(Soft Budget Constraint Problem)」とは、典型的には公営企業において、政

府による損失の補填が予想されるため予算制約がソフトになり、公営企業の経営者に対する規律づけが上

手く働かない問題である。Maskin (1999)による短いサーベイや、Qian and Roland (1998)等を参照。ま

た、この問題への対策としての民営化に関しては、Schmidt (1996)を参照。10 PFI の事業手法(日本商工会議所, 2001,)・ BOT(Build Operate Transfer):施設を建設し、一定の事業期間の運営を行い、事業終了後、施設を地

方自治体へ譲渡する方式。

・ BTO(Build Transfer Operate):施設完成後、施設の所有権は地方自治体へ移転し、一定の事業期間そ

の施設の維持管理、運営を民間事業者が実施する方式。

・ BOO(Build Operate Own):BOT 方式における最終段階において、施設の地方自治体への譲渡を想定

しない方式

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 77

る手法を加えた4つの手法を比較・分析する。

 これらの4つの手法における所有権構造は下表 4-1のように表すことができる11。

これらの所有権構造は、建設と運営におけるイノベーションにどのような影響を与

えるのであろうか。

表 4-1 建設/運営と所有権の関係

建設(実施/所有) 運営(実施/所有)

公共事業 民/公 公/公

公共事業+民

間委託民/公 民/公

BTO 民/民 民/公

BOT(BOO) 民/民 民/民

 この表の関係を(2)のモデルによって考えると、「民/公」は公有の場合として、

「民/民」は民有の場合として考えることができる。さらに、「公/公」は(3)のウ

で分析した直営執行部門の場合として考えることができる。

 これに従えば、民有の場合、実施に携わるマネジャーはコスト削減に過大な投資

をする傾向がある一方、コスト削減に伴う品質の低下は無視される。また品質向上

に関しては、民有企業のマネジャーはファースト・ベストの 1/2 という「やや高い」

水準の投資を行う。一方、公有の場合、マネジャーはイノベーションによる便益の

増加分の 2λ (λは公務員の非効率性を表す)しか受け取ることができないため、

低いレベルの投資しか行わない。これを上の表に当てはめると、マネジャーの行動

は下表 4-2 のように表すことができる。

表 4-2 マネジャーの行動

建設(実施/所有) 運営(実施/所有)

公共事業

公共事業+民

間委託

コスト削減・品質向上ともに

低い投資水準

BTO

コスト削減・品質向上と

もに低い投資水準

BOT(BOO)

コスト削減への高い投資水準

と品質向上へのやや高い投資

水準

コスト削減への高い投資

水準と品質向上へのやや

高い投資水準

 それでは、それぞれの事業手法は、どのような事業に対して望ましいのであろう

か。つまり、最適な所有権構造はどのようにして決定されるのあろうか。

11現在、政府が直接建設を行うことは稀なのでこのケースは省略する。また、民有施設を政府が運営す

ることも同じ理由により省略する。さらに、「公設→払い下げ」も考え得るが、運営開始段階から払い

下げられることは考えづらい。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 78

 これについては、(2)の基本モデルでの所有権構造の比較結果から、以下のように

言うことができる。

 まず、建設段階において、コスト削減効果 )(ec がそれに伴う品質の低下 )(eb− に

よって相殺され、かつ、公務員の非効率性λが 1 に近いか品質向上 )(iβ の余地がな

い事業については、公有、つまり公共事業による建設が望ましい。一方、コスト削

減に伴う品質低下 )(eb− の影響が十分に小さい場合か、コスト削減の効果 )(ec とそ

れに伴う品質低下 )(eb− の影響が十分に小さく、かつ、公務員の非効率性が大きく

ない 1<λ の場合であれば民有、つまり PFI による建設が望ましい。

 また、運営段階においても、建設と同様に、コスト削減効果 )(ec がそれに伴う品

質の低下 )(eb− によって相殺され、かつ、公務員の非効率性λが 1 に近いか品質向

上 )(iβ の余地がなければ、民間委託や BTO といった公有による運営が望ましい。

特に、コスト・品質におけるイノベーションが期待されない。つまり、コスト削減

効果 )(ec がそれに伴う品質の低下 )(eb− によって相殺され、品質向上 )(iβ の余地

がない事業については直営による運営が望ましいことになる。そして、運営に関し

て、コスト削減に伴う品質低下 )(eb− の影響が十分に小さい場合か、コスト削減の

効果 )(ec とそれに伴う品質低下 )(eb− の影響が十分に小さく、かつ、公務員の非効

率性が大きくない 1<λ ならば、民有、つまり BOT による運営が望ましいことにな

る。これらをまとめたものが下表 4-3 である。

表 4-3 最適な事業手法の比較

建設 運営

公共事業

コスト削減効果 )(ec が品質の低下

)(eb− によって相殺され、品質向上

)(iβ の余地がない。

公共事業+民

間委託

コスト削減効果 )(ec が品質の低下

)(eb− によって相殺され、公務員の

非効率性 λ が 1 に近いか品質向上

)(iβ の余地がない。

BTO

コスト削減効果 )(ec が品質の低下

)(eb− によって相殺され、公務員の

非効率性λが 1 に近い。

BOT(BOO)

コスト削減に伴う品質低下 )(eb− の

影響が十分に小さいか、品質低下

)(eb− とコスト削減 )(ec の影響が

十分に小さく公務員の非効率性

1<λ である。

コスト削減に伴う品質低下 )(eb− の

影響が十分に小さいか、品質低下

)(eb− とコスト削減 )(ec の影響が

十分に小さく公務員の非効率性

1<λ である。

(4) まとめ

 「企業の境界」の研究を「政府の境界」問題に応用することで、民営化(狭義の民

営化、PFI、バウチャー)やエージェンシー化の分析を行うことができた。

 Hart, Shleifer and Vishny (1997)は、公有と民有の場合について、コスト削減及び

品質向上イノベーションへのマネジャーの投資インセンティブと、どのような所有権

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 79

構造が望ましいかという分析を行った。本稿では、彼らのモデルを NPM の行政改革

手法の分析に用いている。

 まず、エージェンシーとサービス購入型 PFI の分析には Hart-Shleifer-Vishny の基

本モデルをそのまま用いることができた。次に、エージェンシーと直営執行部門の違

いを、イノベーションによる便益の増加分をマネジャーが受け取ることができるかど

うかという報酬体系の違いによって分析を行った。

 さらに、狭義の民営化、独立採算型 PFI 及びバウチャーを、基本モデルに競争を導

入することで分析を行った。

 最後に、PFI の事業手法によるイノベーションへの投資水準の違いを、基本モデル

を3期間に拡張することで分析を行った。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 80

2. 「政府統治」に関する手法

 本節の目的は、複数プリンシパルの理論を用いて、行政評価や公会計改革等の「政府

統治」に関する NPM 手法を分析することである。

 まず、行政活動の特徴である多次元の活動と業績測定の曖昧さを、複数プリンシパル

理論によって説明する。

 そして、行政評価や発生主義会計という行政改革手法を、これらの問題を解決(緩和)

するための手段であると捉え、民間企業の企業統治との違いを明らかにしながら、複数

プリンシパル理論によって分析する。

(1) 企業統治理論による「政府統治」の分析

 近年、従来からの民主的な政府統治手段の問題に対して、行政評価や発生主義会計、

情報公開などの様々な政府統治手段が用いられるようになっている。これらの新しい

手法は、民間企業の企業統治に対比させて論じられることが多いが、政府活動と企業

活動は大きく異なっており、その統治手段も民間企業で用いられているものをそのま

ま政府に持ち込むことはできない。

ア. 企業統治との違い

 第 3 章で論じたように、企業統治と政府統治で大きく異なる点が 2 つある。

 1 つは、政府には複数の異なる選好を持つプリンシパルが存在することである。

企業のプリンシパルである株主や債権者の利害も対立することがあるが、基本的に

は企業の利潤を最大化するという点である程度の集計が可能である。これに対し、

政府における複数プリンシパルの問題は、選挙等の民主的手続きによっては集計す

ることができず、そのため、政府は複数次元の活動を行わなければならない。そし

てプリンシパル達は自らの利害に関連する活動により大きな努力を振り向けさせよ

うとしてそれぞれ独自にエージェントに働きかける。その結果、政府の活動は、単

にその努力水準が問われるだけでなく、複数の活動間の努力配分が重要になるので

ある。

 もう 1 つは、政府の活動には業績の測定が困難なものが含まれることである。業

績測定が困難である理由としては、政府の活動はそもそも測定・評価が難しいため

に政府の役割になったものがあること(公共財等)や、政府活動には金銭的な評価

ができないものが含まれていること等がある。また、複数タスクの問題により政府

活動を測定・評価するには、単に努力水準ではなく、その努力配分が重要になる。

 これらの理由のために、政府には企業統治に用いられる統治方法、つまり、情報

の非対称性の減少、監視者を置く、インセンティブ契約を用いる、等の手法をその

まま適用することが難しいのである。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 81

イ. 先行研究

 政府統治の特徴である複数プリンシパル理論に関する基本的な文献としては、

Holmstrom and Milgrom (1991)や Bernheim and Whinston (1986)等がある。

 また、この理論を政府の問題に応用した研究としては、取引コスト理論を政治経

済学の分野に応用し、憲法や国際貿易の問題を分析した Dixit (1996)による取引コ

スト政治学や、活動が多次元で曖昧なほどインセンティブが効きづらくなる「暗黙

のインセンティブ(career concern)」に関する Dewatripont, Jewitt and Tirole(1999b) 、政府組織における複雑なインセンティブを分析した Martimort (1996)、政府統治に関する岩本(1999, 2001)等がある。

(2) 政府統治手段としての行政評価

 行政評価は、政府統治の方法として考えると、

① 情報の非対称性の減少

② インセンティブ契約の導入

等の効果を持つものとして捉えることができる。

 情報の非対称性の減少に関しては、国民/納税者と政府、また、管理者と官僚とい

うプリンシパル-エージェント関係におけるエージェンシー問題を緩和する手段とし

て考えることができる。さらに、オレゴン州のベンチマーキングなどの手法はプリン

シパル間の対立する利害を集計するためのツールとして捉えることができる。また、

インセンティブ契約に関しては、政府や官僚に成果志向の行動をさせるための手段と

して行政評価を捉えることができる。

 本稿では、大住(2000)に従い行政評価のタイプを、外部マネジメントと内部管理の

2つに分け、それぞれ政府統治としてどのような効果を持ち、どのような問題がある

かを分析する。そして、この対策としてのエージェンシー化や民営化、組織のフラッ

ト化等について論じる。

ア. 行政評価のタイプ

 行政評価は、その目的によって、外部マネジメントと内部管理の 2 つのタイプに

分類することができる(下表 4-4)。外部マネジメント型の行政評価とは、ステーク

ホルダーへのアカウンタビリティを果たすための手段である。具体的には、オレゴ

ン州のベンチマーキングなどが代表的なものである。そして、内部管理型の行政評

価とは、効率的な経営資源配分のために、管理者が官僚をインセンティブ契約によ

って管理する手段であり、業績に連動した報酬(必ずしも直接的な業績給だけでは

なく、予算の獲得や組織の存続等を含む)によって官僚の行動を成果志向に変え、

効率的にするものである。代表的なものとしては業績測定や TQM 等がある。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 82

表 4-4 行政評価の 2 つのタイプ

外部マネジメント 内部管理

目的 ステークホルダーへのアカ

ウンタビリティを果たす。

行政機関内部での効率的な

経営資源配分を行う。

効果 エージェンシー問題の緩和

し、プリンシパル間の利害

を集計する。

インセンティブ契約によっ

て官僚の行動を成果志向に

変え、効率的にする。

手法 ベンチマーキング 業績測定、TQM

イ. 複数次元の活動の評価と業績測定の曖昧さ

 外部マネジメントと内部管理のどちらのタイプの行政評価も、政府活動の特徴と

して、複数次元のタスクと業績測定の曖昧さという問題を持っている。

 外部マネジメント型の行政評価(ベンチマーキング等)は、国民/納税者等のス

テークホルダーが政府を統治する上で、以下のような3つの役割を果たすと考えら

れる。まず第1に、行政評価は国民/納税者と政府との間の情報の非対称性を減少

させる役割を持ち、政府がステークホルダーへのアカウンタビリティを果たす手段

であると考えることができる。第2に、行政情報の入手に関するコストを低減させ

ることで合理的無知の問題を緩和することが考えられる。そして第3に、情報の非

対称性によって引き起こされる逆選択やモラル・ハザード問題といった政府による

機会主義的行動の問題を緩和するのである。

 しかし、外部マネジメント型の行政評価には2つの大きな問題がある。1つは、

複数プリンシパルの問題である。政府には、異なる選好を持った複数のプリンシパ

ルが存在するため、複数タスク間の努力配分が重要になる。例えば、A という指標

が 5%改善することと、B という指標が 10%改善することのどちらが重要であるか

という問題を、行政評価だけでは判断することができない。そして、プリンシパル

間の利害が集計できないために、エージェントに提示されるインセンティブ契約の

報酬水準はプリンシパル間のナッシュ均衡におけるサード・ベストの水準になって

しまう。しかし、これに関して、行政評価はプリンシパル間の利害を集計する役割

を持つとも考えられる12。

 もう1つは、業績測定の困難さの問題である。そもそも、政府の活動は、測定・

評価が難しいために政府の役割になったものが多い。例えば、公共財はその代表的

なものである。そのため、政府活動には測定・評価が困難なものが多く含まれる。

さらに、撹乱要因としての環境が与える影響が大きいことが、業績測定を一層困難

にする。これは、いわゆる「寄与度」の問題であり、政府の活動と成果(アウトカ

ム)の間の因果関係がはっきりしていないものが多いのである。例えば、公害対策

12 オレゴン州のベンチマーキング等は、住民の利害を数値化して集計するタイプの代表例である。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 83

などは活動とアウトカムの因果関係を説明することが困難な活動の代表例である13。

 内部管理型の行政評価(業績測定、TQM 等)の効果としては、以下の2つを挙

げることができる。1つは、管理者と官僚の間の情報の非対称性の緩和であり、も

う1つは、業績に基づいた管理、つまりインセンティブ契約の導入を行うことで効

率化を図ることである。

 しかし、外部マネジメントと同様に、以下のような問題点があるために、インセ

ンティブ契約は上手く働かないおそれがある。それは、複数次元のタスクと業績測

定の曖昧さの問題である。複数のタスクを持つエージェントに対してインセンティ

ブ契約を用いる場合には、各タスクに対するインセンティブの結び付きの強さは均

等でなければならない(Milgrom and Roberts, 1992)。なぜならば、タスクによって

インセンティブとの結び付きが異なると、努力配分が結び付きの強いタスクに集中

してしまうおそれがあるからである。よって、以下の 2 つのうちどちらかの組み合

わせでなければならない。

① すべてのタスクに強く連動したインセンティブ契約(例:出来高給)

② どのタスクとも弱くしか連動していないインセンティブ契約(例:固定給)

 ここで、もし、活動の中に業績の測定が困難なものが含まれている場合、測定が

容易なタスクのみに連動したインセンティブ契約を用いると、努力配分に歪みを生

じさせるおそれがある。そのため、全ての活動に弱く連動したインセンティブ契約

しか用いることができなくなるのである。そして、官僚の活動の中には測定が難し

いタスクが含まれている。その結果、弱いインセンティブ契約しか用いることがで

きないのである14。

ウ. 対策

 これまでに、外部マネジメント、内部管理ともに行政評価が上手く働かない理由

として、複数次元タスクと業績測定の問題があることを説明してきた。

 これらの問題への対策としては、タスクの分割や絞り込みが考えられる。すなわ

ち、外部マネジメントに関しては、民営化やエージェンシー化によるタスクの分割

やベンチマーキングによる利害の集計、内部管理に関しては、タスク分割によるイ

ンセンティブ契約の使い分けが行われていると考えられるのである。

 では、タスクの分割にはどのような効果があるのであろうか。

13 例えば、大気中の NOx 濃度の低下は、政府が行った NOx 対策によるものなのか、景気の後退に伴う

工場の稼働率の低下によるものなのかを判断することが難しい。14 公務員に努力や業績に(短期的には)反応しない年功賃金が多く用いられているのは、上記②の弱い

インセンティブ契約が用いられているからであると考えられる。しかし、日本の大企業や公務員に用いら

れるような年功的な賃金体系が、弱いインセンティブ契約であるとは必ずしも言い切れない。短期的な努

力に対しては弱くしか連動していないが、長期的には努力や業績に対して強く連動した「ランク・オーダ

ー・トーナメント」(Lazear and Rosen, 1981)等の競争の仕組みが用いられていると考えられるからであ

る。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 84

 まず、1つは、情報の非対称性の減少である。複数次元のタスクを分割ないしは

絞り込みすることで、努力配分ではなく努力水準によってモニタリングすることが

可能になる。そして、これに関連したもう1つの効果は、強いインセンティブ契約

が可能になることである。活動次元が減少することで、業績の測定が容易な活動に

関して、エージェントの努力配分に歪みを生じさせることなく、業績に強く連動し

たインセンティブ契約を導入することができるのである。

 具体的には、外部マネジメントに関して、情報の非対称性を減少させる手段とし

てのエージェンシー化を挙げることができる。複数のプリンシパルからの働きかけ

を受ける政府組織の一部をエージェンシー化し、組織の使命(ミッション)を明確

にすることで、組織の活動次元が絞り込まれ、外部から業績の測定・評価を行うこ

とが容易になるのである。また、国民/納税者の利害をベンチマーク指標に集計す

ることで、政府の活動の測定・評価が容易になる。

 また、強いインセンティブを導入する手段として、民営化を挙げることができる。

従来政府が行っていた活動を分割することで、複数タスクの問題を解決し、市場に

よる評価が可能なものとそうでないものとに分け、市場メカニズムによる強いイン

センティブを用いることができるのである。さらに、狭義の民営化は、政府の役割

である「公共性」のあるタスクとそうでないタスクを分割することで政府の財政支

援を抑え、「ソフトな予算制約問題(soft budget constraint problem)15」を解決する

手段として捉えることができる。

 内部管理に関しては、情報の非対称性を減少させる手段として、管理しやすい単

位に業務単位を分割する組織のフラット化(Ferlie, et al., 1996)を挙げることがで

きる。これは、業務単位を分割することで、複数タスクの問題を解決し、業績/成

果による管理を容易にするものである。また、強いインセンティブ契約の導入手段

としては、民間労働市場からの幹部職員の採用と業績に応じた報酬 (PRP:Performance Related Pay)の導入を挙げることができる(Burgress and Metcalfe,1999)。これに関して Maor and Stevens (1997)は、イギリスの公的部門における

NPM の影響として、民間部門と公的部門のマネジメント・スタイルの差が無くな

り、PRP の使用が増えていることを挙げている。

 しかし、タスクの分割に伴うデメリットもある。それは、明らかにコーディネー

ションに要するコストが増加することである。なぜなら、コーディネーション・コ

ストを節約するために取引を内部化していたメリットが、タスクを分割することで

失われると考えられるからである。

 また、複数プリンシパル間の利害の対立とナッシュ均衡による選好の集計は、経

済学的には非効率ではあるが、政治学や法学の見地からは、利害の調整の仕組みと

15 Maskin (1999)等を参照。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 85

して、アカウンタビリティや公正性の観点からは有効に働いている可能性があり、

タスクの分割によってこの利害調整の仕組みが失われるおそれがある。

エ. まとめ

 政府統治手段としての行政評価は、外部マネジメントと内部管理の2つのタイプ

に大別できる。前者は、オレゴン州のベンチマーキング等のように、国民/納税者

と政府の間の、後者は、業績測定や TQM 等のように、管理者と官僚との間のエー

ジェンシー問題を緩和する機能を持つ。

 しかし、外部マネジメント型の行政評価には、複数プリンシパルと業績測定の困

難さという問題があり、情報の非対称性の解消は難しく、また、エージェントとし

ての政府には低いインセンティブ報酬率しか設定できない。また、内部管理型の行

政評価には、複数タスクと業績測定の困難さという問題があり、そのため PRP な

どの強いインセンティブ契約の導入が難しい。

 これらの問題への対策としては、タスクの分割が考えられる。すなわち、外部マ

ネジメントにおいては、エージェンシー化や民営化及びベンチマーキング等の手段

が、内部管理においては、業務単位の細分化や労働市場からのスペシャリストの採

用等の手段が考えられる。

 しかし、タスクの分割によって、コーディネーション・コストが増加するととも

に、複数プリンシパル間の利害調整のメリットが失われるおそれがある。

(3) 政府統治手段としての公会計改革

ア. 政府統治手段としての公会計の役割

 政府統治手段としての公会計には2つの役割がある。

 1つは、外部マネジメントの手段として、出資者としての国民/納税者が、政府

の活動を統治するための手段としての役割である。歴史的には、議会の成立そのも

のからして、国王による増税を認める代わりに税金の使途の決定に納税者の代表の

同意を義務づけたという経緯がある(North, 1990)ように、この役割は公会計の

最も重要な役割である。そして、公会計において、現金主義が用いられ、また決算

よりも予算が重視されることも、こうした議会成立の経緯によるものと考えられる。

現金主義会計は、基本的には一定会計期間の収入と支出のバランスを見ることを目

的としているため、議会によって年度ごとの歳入と歳出をコントロールするという

公会計の目的には十分合致するものである。また、企業と異なり、政府は事前に税

金の使途の承認を議会から受ける必要がある16ために、政府を統治する手段として

16 「政府部門は予算が出資者(株主)の代表機関(株主総会)に相当する議会で審議・承認されること

が必要であるのに対し、民間部門では株主総会で運営の委任を受けた経営層が毎年度の予算(事業計画)

を策定するだけで株主総会の議決は必要ない」(山本, 1999)。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 86

予算が中心的なコントロール対象となったのである。

 公会計のもう1つの役割は、内部の効率的な経営資源配分の手段としての役割で

ある。政府の管理者が、エージェントとしての官僚の機会主義的行動をコントロー

ルし、自分の意図に沿った行動をとらせるために、事前的には予算の配分を決定す

る過程において、事後的には予算の執行状況において、官僚の行動をモニタリング

することができるのである。

 では、このような現金主義会計にはどのような問題点があるのであろうか。大住

(2000)は、現金主義会計の問題点として、以下の5つを挙げている。

① 予算全体の仕組みが複雑で、総体的な収支、資産・負債の把握が難しい。

② 財産の管理保全と収支が会計的にリンクされていない。

③ 歳入歳出について期間的な対応が行えない。

④ 投資的支出と維持修繕等の経常的支出の区別がない。

⑤ 固定資産(ストック)に関する財務情報が欠如している。

 そして、このような問題点を解決する手段としての発生主義会計には、次の2つ

の効果がある(大住, 2000)。1つは、政府の財務情報の開示であり、もう1つは公

共部門の業績に関するアカウンタビリティの確保である。前者は、公共部門が保有

する資産とそれを取得するために要した費用(税収)と費用の繰り延べ(公債など

の債務)がどのような状況にあり、国民負担(税負担など)との関係から公共部門

の機能を保てるかどうかについての情報を開示する必要になるためであり、後者は、

VFM 監査のうち Economy(経済性)と efficiency(効率性)を測定する基礎情報

となるものであり、国民への重要なアカウンタビリティであるとともに、内部管理

のための貴重な情報となるものである。

 こうした発生主義会計の効果は、政府統治の面では次のように考えることができ

る。まず、外部的には、プリンシパルである国民/納税者による監視の基本となる

情報として、ストックに関する情報や個別の活動ごとのコスト情報を提供すること

によって情報の非対称性を緩和し、モニタリングのためのコストを下げる働きであ

る。そして、内部的には、管理者による効率的な経営資源配分に必要な資産に関す

る情報と個々の活動ごとのコスト情報を得ることができることである。

イ. 公会計改革の課題

 発生主義会計導入という公会計改革によって、引き起こされる問題点はないので

あろうか。政府統治の面では次の2つの問題が考えられる。

 1つは、プリンシパルである国民/納税者に関する問題として、行政活動とコス

ト情報が結びつくことで、公共財的な活動に対する税金の支払意志が低下する問題

である(日本銀行金融研究所『金融研究』2001, 1:山本コメント)。ある行政活動

について、そのサービスを受ける国民/納税者を、利用の頻度と納税の意志によっ

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 87

て分類すると下表 4-5 のように分けることができる。

表 4-5 利用頻度と納税意志による国民/納税者の分類

利用が多い 利用が少ない

支払ってもいい 顧客 慈善家

支払いたくない フリー・ライダー 無関心層

 このとき、便益が地域住民全体に及ぶ集合的サービス(例:治水、防犯といった

公共財的性格を持ったサービス)では、コスト情報を開示してコストと成果を関係

づけると、個人的サービスよりも支払意思の低下が大きくなりフリー・ライダーや

無関心層が生じやすい。

 このように、行政活動とコスト情報を直接的にリンクさせられることは、国民/

納税者にとってはより詳細な情報を入手することが可能になることで、情報の非対

称性に基づくエージェンシー問題を緩和することができるという発生主義会計導入

のメリットである反面、公共財的な活動に対する税金の支払意志が低下するという

デメリットも伴う。

 発生主義会計導入に伴うもう1つの問題は、エージェントとしての政府/官僚に

関するものとして、財務情報の公開が努力配分に歪みを生じさせるという問題であ

る(日本銀行金融研究所『金融研究』2001, 1:伊藤コメント)。政府の活動には、

財務的成果に結びつきやすいものと非財務的成果にしか結びつきにくいものとがあ

る。このとき、個々の活動に関する財務情報を国民/納税者に公開することは、政

府/官僚に財務的成果に結びつきやすい活動だけに努力を集中させるインセンティ

ブとして働くおそれがある。このことは、政府/官僚の努力配分を歪め、プリンシ

パルである国民/納税者にとって、財務情報公開前よりも悪い結果になる場合があ

る17。このような場合に、非財務情報にのみ影響を与える活動へのディスインセンテ

ィブを防止するためには、財務情報に強いインセンティブを連動させないことが望

ましく、そのためには予算過程を介した間接的なリンクの方が、直接的なリンクよ

りも望ましくなる。

 こうした複数タスクに伴うインセンティブ契約の難しさという問題に対しては、

タスクを分割するという解決策がある。つまり、複数あるタスクを財務的成果に結

びつきやすいものと結びつきにくいものに分け、前者には強いインセンティブ契約

を適用し、後者には弱いインセンティブ契約を適用するのである。具体的には、エ

ージェンシーや民営化によってミッションを絞り込んだ組織単位で業績/成果に基

づく管理を行う、管理しやすい業務ごとに細分化したフラットな組織にする、等が

17 「均等報酬原理」:Milgrom and Roberts (1992)を参照。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 88

考えられる。

(4) まとめ

 本節では「政府統治」に関する行政改革手法として、行政評価と公会計改革という

2つの手法を、主に複数プリンシパル理論によって分析した。

 行政評価は、外部マネジメントと内部管理という2つのタイプに分類することがで

きる。外部マネジメント型の行政評価は、国民/納税者と政府の間の情報の非対称性

を減少させ、行政情報の入手コストを下げることで合理的無知の問題を緩和し、政府

による機会主義的行動の問題を緩和する役割を持つが、複数プリンシパルの存在と業

績測定の困難さという問題がある。一方、内部管理型行政評価は、管理者と官僚の間

の情報の非対称を減少させ、インセンティブ契約を導入することで効率性を高める役

割を持つが、複数タスクと業績測定の困難さの問題のためにインセンティブ契約の報

酬率は低いものになる。

 これらの問題への対策として、どちらのタイプについても、タスクを分割すること

によって情報の非対称性を減少させることで、インセンティブ契約の報酬率を高める

ことが考えられる。

 公会計は、政府統治手段として2つの役割を持っている。1つは国民/納税者が政

府活動を統治する手段としての役割であり、もう1つは政府内部の効率的な経営資源

配分の手段としての役割である。そして、公会計改革としての発生主義会計の導入に

は、政府の財務情報の開示と公共部門の業績に関するアカウンタビリティの確保とい

う2つの役割がある。発生主義会計の導入に伴う課題としては、行政活動とコスト情

報が結びつくことによって公共財的な活動に対する納税意志が低下する問題と、財務

情報の公開が政府/官僚の努力配分を歪める問題がある。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 89

3. 地方分権への応用

 本節の目的は、これまでの「政府の境界」、「政府統治」の議論の応用として、これら

の両方の問題を含む地方分権の問題について論じることである。

 「政府の境界」に関する問題としては、地方政府が執行するプロジェクトについて中

央政府が地方政府に補助金を交付する場合と、地方政府が自らの財源・判断で執行する

場合との効率性の比較を、第2節で概説した Hart-Shleifer-Vishny のモデルをもとに論

じる18。

 「政府統治」に関しては、上記にも関連するが、「誰が地方政府の活動をモニタリン

グするか」という問題を、株式会社における少数株主の監視インセンティブと大株主に

関する研究をもとに、住民が中央政府によるモニタリングにフリーライドすることによ

って生じる問題点を論じる。

(1) 政府間の境界:中央集権と地方分権の比較

ア. 基本的な想定

 まず、中央政府 N と1つの地方政府 L を想定する。彼らが税収を増加させるよう

なあるプロジェクトを実施するには2通りの体制がある。1つは中央集権体制であ

り、もう1つは地方分権体制である。中央集権体制においては、中央政府 N が全て

の徴税権を持ち、地方政府 L に対して補助金 S (補助率 100%)を交付してプロジ

ェクトを行わせる。一方、地方分権体制においては、地方政府 L が徴税権を持ち、

その税収をもとにプロジェクトを実施し、中央政府 N はプロジェクトには関与しな

い。

 彼らは、プロジェクトの実施にあたり、プロジェクトの規模や補助金 S の金額に

ついて事前に契約を締結することができる。しかし、プロジェクト着手後に判明す

る様々なコンティンジェンシーすべてに対応した契約を事前に結ぶことができない

ので、当初は基本的な内容のみに関する契約を締結(date0)し、コンティンジェ

ンシー判明後にそれに対応した特殊化をした変更契約に関する再交渉が行われる

(date1)(図 4-7)。

図 4-7 時間の流れ

date0 date1/2 date1

   契約書作成 投資水準 ei, を選択 再交渉

 プロジェクトは、税収 B を徴税権者にもたらし、プロジェクト実施にはコストC

18 本稿のモデルは、Hart, et al. (1997)における民有のケースと完全民営化のケースをもとにしたもので

ある。この他に公有のケースをもとにして中央政府の出先機関による執行のケースが考えられるが、単純

化のために本稿では省略する。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 90

がかかる。そして、地方政府 L は、 e (コスト削減)と i (品質向上)という2種

類のイノベーションへの投資水準の決定を通じて、B 、C を操作することができる。

この税収 B とコストC は、以下の式によって表すことができる。

( ) ( )iebBB β+−= 0

( ) ieecCC ++−= 0

 ここで、 00 ,CB は、変更契約が行われない場合(再交渉が決裂した場合)の税収

およびコストとする。また、 ( ) 0≥ec は eによるコストの低下を、 ( ) 0≥eb は eに伴

う品質の低下を、 ( ) 0≥iβ は i による品質の向上を表す。

 これらには、以下のような標準的な凸性、凹性、単調性を想定する。

( ) 0,0,00 ≥′′≥′= bbb( ) ( ) ( ) 0,0,0,0,00 =∞′<′′>′∞=′= ccccc( ) ( ) ( ) 0,0,0,0,00 =∞′<′′>′∞=′= βββββ

0≥′−′ bc ここで、 0,0 >′≥′−′ βbc は、コスト削減に伴う品質の低下はコスト削減の効果

を上回らないこと、及び品質イノベーションに伴う費用は品質向上の効果よりも小

さいことを表している。

イ. 初期の利得

 まず、初期の利得(変更契約が行われない場合、もしくは再交渉が決裂した場合

の利得)を考える。両者の初期の利得は、中央集権体制と地方分権体制とで異なる。

中央集権体制の場合、 L は、再交渉が無ければ品質向上及び品質低下から何の影響

も受けないので、コスト削減にのみ関心を払い、品質は無視される。その結果、 Nの初期の利得は )(00 ebSB −− に、 L の初期の利得は ieecCS −−+− )(00 になる。

 地方分権体制の場合、 L は税収 B のすべてを受け取ることができるため、品質と

コストの両方のイノベーションが起こるが、プロジェクト実施に関するノウハウ不

足や投資効果の地域外へのスピルオーバー等による非効率性λ( 10 ≤≤ λ )のため

に、イノベーションによる税収増加分のうち ( )λ−1 しか受け取ることができない。

その結果、 L の利得は ( )[ ] ieiecebCB −−++−−+− )()()(100 βλ になる。

ウ. 所有権構造の比較

・ ファースト・ベスト

 まず、比較対象として、社会的な利得、つまり N と L の合計の利得( LN UU + )

を最大化するファースト・ベストの状況を考える。この状況において、

ieiecebCBUU LN −−++−−=+ )()()(00 βを最大化する解 ( )**,ie は、1階条件により

1*)(*)( =′+′− eceb (4-7)

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 91

1*)( =′ iβ (4-8)を満たす。

・ 中央集権体制

 次に、中央集権体制の場合を考える。再交渉による税収の増加分 )(iβ を、ナッシ

ュ交渉解(Nash Bargaining Solution)によって 50:50 に分けるとすると、両者の再

交渉後の利得は以下のように表すことができる。

)()(2100 ebiSBU N −+−= βieeciCSU L −−++−= )()(2100 β

 このときに、 LU を最大化しようとする地方政府 L がとる ( )NN ie , の値は、

1)( =′ Nec (4-9)1)(21 =′ Niβ (4-10)

を満たす。

・ 地方分権体制

 地方分権体制の場合、地方政府 L の利得は以下のように表すことができる。

( )[ ] ieiecebCBU L −−++−−+−= )()()(100 βλ このときに、 LU を最大化する L がとる ( )LL ie , の値は、

( ) 1)()()1( =′+′−− LL ecebλ (4-11)1)()1( =′− Liβλ (4-12)

を満たす。

エ. 地方政府 L の投資水準の比較

 ファースト・ベスト、中央集権体制、地方分権体制のそれぞれの場合の地方政府

L のイノベーションへの投資水準は、 eについては式 4-7、4-9、4-11 より図 4-8 の

( ))()()1( eceb ′+′−− λ)()( eceb ′+′− )(ec′

NeLe *e

1

図 4-8  eの投資水準

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 92

ように、 i については式 4-8、4-10、4-12 より図 4-9 のように表すことができる。

 それぞれの投資水準を比較すると、次のような関係が分かる。

 まず、 eについては、

NL eee <≤ * (もし 0>λ ならば NL eee << * )

という関係が成り立つ。また、 i については、

もし 0=λ ならば、 *iii LN =<もし 2/10 << λ ならば、 *iii LN <<もし 2/1=λ ならば、 *iii LN <=もし 2/1>λ ならば、 *iii NL <<

と言うことができる。

 さらに、どちらの体制が望ましいかについては、以下のように言うことができる。

 まず、 0=λ ならば、地方分権体制が望ましい。なぜならば、 *eeL = かつ

*iiL = 、つまりファースト・ベストが達成されるからである。

 次に、コスト削減の効果 )(ec がそれに伴う品質低下 )(eb− によって相殺され、か

つ、 2/1<λ ならば、地方分権体制が望ましい。なぜならば、 )()( eceb +− が 0 に

近づくので 0* == eeL になる。そして、 2/1<λ より NL ii > となるからである。

 また、コスト削減の効果 )(ec がそれに伴う品質低下 )(eb− によって相殺され、か

つ、品質向上 )(iβ の余地が無いならば、地方分権体制が望ましい。なぜならば、

)()( eceb +− が 0 に近づくので 0* == eeL になる。そして、 )(iβ が 0 に近づくの

で 0* === NL iii となるからである。

 一方、中央集権体制が望ましい場合としては以下の 2 つを挙げることができる。

 まず、コスト削減に伴う品質低下 )(eb− の余地が無く、 2/1>λ ならば、中央集

権体制が望ましい。なぜならば、 )(eb− が 0 に近づくので *eeN = になる。そして、

図 4-9  i の投資水準

)(iβ ′

*i)2/1( >λLi Ni

)2/1()()1(

>

′−λ

βλ i)(2

1 iβ ′

)2/1( <λLi

)2/1()()1(

<

′−λ

βλ i1

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 93

2/1>λ より LN ii > となるからである。

 また、コスト削減に伴う品質低下 )(eb− と品質向上 )(iβ の余地が無く、かつ、

0>λ ならば、中央集権体制が望ましい。なぜならば、 )(iβ が 0 に近づくので

0* === NL iii となり、一方、 )(eb− が 0 に近づき、かつ、 0>λ なので

NL eee =< * となるからである。

(2) 監視者のインセンティブ問題―――メインバンク的な監視者としての中央政府

 地方政府のステークホルダーである住民が、行政活動・公共事業の質をモニターす

る能力及びインセンティブをもたないとき、モニタリング能力と大きな利害をもつ中

央政府が民間企業のコーポレートガバナンスにおけるメインバンクないし大株主の役

割を果たしていると考えることができるであろうか。

 つまり、住民は自らコストをかけて公共事業をモニタリングしても、それによって

受ける便益(コストの削減、品質の向上)はわずかしかないために、モニタリングの

ためのインセンティブを持たない(少数株主の監視インセンティブの問題)。また、

高度に専門化し、多くの分野に分かれた行政活動(公共事業)をモニタリングする能

力を住民は持たない。その理由は、官僚と住民の間には情報(特に専門知識と内部情

報)の非対称性が存在するからある。

 そのために、公共事業のコストと品質に大きな利害を持ち、専門的なモニタリング

能力やモニタリング手段(補助事業における各種報告等)を持つ中央政府によるモニ

タリングにフリーライドする方が、住民にとっては合理的な選択となるのではないだ

ろうか。これは、民間企業の企業統治構造における、大株主によるモニタリングへの

個人株主のフリーライドと同じ構造であると考えられる。

 それでは、中央政府は、メインバンク的機能を果たしているのであろうか。

ア. 「少数株主」としての住民

 株主が少数株主のみで構成されている場合、経営者の行動をモニタリングするこ

とで得られる便益よりもモニタリングにかかるコストのほうが大きいために、誰も

自らコストを負担して経営者の行動をモニタリングしようとせず、他人のモニタリ

ング行動にフリーライドしようとする(Shleifer and Vishny, 1997)。これと同じ問題

は、政府統治でも起こる。それは「合理的無知」(Downs, 1957)と呼ばれる問題で

ある。選挙における投票率の低さ、特に選挙区が大きいほど投票率が低くなる問題

は、このフリーライド行動によって説明することができる(小林, 1988)。 少数株主のフリーライド問題は、大株主の存在によって解決される可能性がある。

Admati, Pfleiderer and Zechner (1994)は、モニタリングコストを負担することが

できる大株主の存在によるフリーライダー問題の解決について述べている。また、

Shleifer and Vishny (1986)は、大株主によるテイクオーバーが行われることで、少

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 94

数株主によるテイクオーバー時のフリーライダー問題が解決されることを示してい

る。しかし一方で、大株主は保有株式の価値の変動というリスクを負うことになる。

イ. 「大株主/メインバンク」としての中央政府

 では、政府における大株主の役割を果たすことができるのは誰であろうか。

 政府の活動に大きな利害を持つ圧力団体は、モニタリングコストを負担すること

ができるので、株式会社における大株主の役割が期待される。しかし、圧力団体の

行動は、少数株主としての国民/納税者の利害を反映するものではない(横山,1999)。 そこで、地方政府の場合、国庫支出金を支出し、地方交付税を交付している中央

政府に、大株主としての役割が期待される。なぜならば、俗に「三割自治」と揶揄

されるように、中央政府から地方政府には大きな財政トランスファーが行われてい

る(佐藤・林, 1995)。また、地方政府の行っている活動の多くは法定受託事務(旧

機関委任事務)などの国の事務である。これらの理由から、中央政府は地方政府の

活動に大きな利害を持っていると考えられるのである。

ウ. 中央政府によるモニタリングのメリットとデメリット

 中央政府による間接的なモニタリングのメリットは、地方政府の複雑な活動をモ

ニタリングするコストを中央政府は負担することができることである。なぜならば、

中央政府は、国庫支出金や地方交付税を通じて地方政府の行動に大きな利害を有し

ているだけでなく、専門的な知識を有したスタッフを持ち、また、補助金や交付税

の手続きに付随するさまざまなモニタリング手段を持っているからである。

 そして、中央政府によるモニタリングのもう一つのメリットは、中央政府は、国

レベルの社会的厚生に関心を持っているために”NIMBY19”の問題が発生しづらいこ

とである。

 一方、中央政府によるモニタリングのデメリットは、中央政府の利害と住民の利

害とが異なる場合があることである。仮に中央政府の官僚が社会的厚生にのみ関心

を持っていたとしても、国レベルの社会的厚生と地方の社会的厚生は必ずしも一致

しない。また、第3章で述べたとおり、官僚は独自のインセンティブを持っており、

官僚自身の利害のためにとる行動は、地方の住民の利害とは一致しないと考えられ

る。

 また、「誰が監視者を監視するか」という問題がある。基本的には、中央政府の

モニタリングをさらにモニタリングするのは、地方から選出された国会議員の役割

である。しかしながら、国会議員が自らの選挙区に過剰な投資をする決定をしたと

19 Not In My Back Yard:迷惑施設の建設場所の選定のように、総論では賛成し便益を受けようとするが、

これに付随する負担(近所にゴミ処理場ができる等)はしたくないという住民のフリーライド行動。

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第4章 行政改革手法の分析

1.00 95

してもその負担は全国に拡散するので、「我田引鉄」や「ポークバレル」といった

問題が発生しやすく、国会議員による中央政府のモニタリングは十分とは言い難い。

(3) まとめ

・ 中央集権体制と地方分権体制との比較

 中央集権体制の下で、中央政府からの補助金によって地方政府にプロジェクトを行

わせた場合、地方政府は税収に結びつかないようなコスト削減を行う可能性がある。

一方、地方分権体制の下では、地方政府は、ノウハウの不足等の非効率性のために、

品質(税収)・コストの両面で、ファースト・ベストよりも低い水準の投資しか行わ

ない可能性がある。

 どちらの体制が望ましいかは、イノベーションの性質によって異なる。地方分権体

制が望ましい場合としては、ノウハウの不足等の非効率性がない場合、コスト削減の

効果が税収減で相殺されるがノウハウ不足等による影響が小さい場合、コスト削減効

果が税収減で相殺され品質向上の余地がない場合、の3つがある。

 一方、中央集権体制が望ましい場合としては、コスト削減に伴う品質低下の余地が

なくノウハウ不足等の影響が大きい場合と、コスト削減に伴う品質低下と品質向上の

余地がなく、かつノウハウ不足等の影響が少しでもある場合、の2つである。

・ 中央政府による間接的なモニタリング

 住民が地方政府を統治する上で、中央政府が地方政府に対して行っているモニタリ

ング行動にフリーライドした「間接的なモニタリング」を行っている可能性が考えら

れる。なぜならば、住民は、「少数株主」として直接地方政府をモニタリングするイ

ンセンティブが弱いのに対し、中央政府は、国庫支出金等を通じて大きな利害を地方

政府に有している上に、モニタリングに必要な専門的能力を持っているからである。

 しかし、この「間接的なモニタリング」には、中央政府と地方の住民の利害が必ず

しも一致しないこと、中央政府に対する統治が有効に働かないこと、等の問題点があ

る。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 96

第5章 行政改革事例の分析

 第4章での手法の分析結果をもとに、行政改革事例の分析を行う。第1節では「政府

の境界」に関する事例を、第2節では「政府統治」に関する事例を紹介し、第4章の分

析結果との整合性を検証する。

1. 「政府の境界」に関する行政改革事例の分析

 第4章の分析結果をもとに、「政府の境界」に関する事例との整合性を検証する。

 「(1)サービス購入型 PFI およびコントラクティング・アウト」では、前者については

刑務所の事例を中心に、後者についてはごみ収集や道路清掃などの地方自治体の事例を

中心に、その効果(コスト・品質)について論じる。

 「(2)エージェンシー」では、イギリスの"Prior Options Test"を中心に、分析結果との

整合性を論じる。また、応用として日本の独立行政法人制度についての分析を行う。

 「(3)狭義の民営化、独立採算型 PFI、バウチャー」では、1980 年代の世界的な公的

企業の民営化と、イギリスにおける PFI による有料橋の建設、およびアメリカにおける

バウチャーについての事例を中心に、分析結果との整合性(消費者の評価能力、競争的

市場、政府の役割)を検証する。

 「(4)PFI の事業手法」では、運営段階で民間が施設を所有する BOT 系の方式(BOT、BOO、BOOT」と所有権を政府に移管する BTO 方式との比較を行う。

(1) サービス購入型 PFI 及びコントラクティング・アウト

ア. 事例

 サービス購入型 PFI(コントラクティング・アウト)はどのような財・サービス

の供給に用いられ、どのような効果を挙げているのであろうか。

 サービス購入型 PFI の対象となる業務は広い範囲に及ぶ。一般に、サービス購入

型 PFI は、大学、研究所、美術館、病院、一般道路に用いられるとされている(日

本商工会議所, 2001)。 サービス購入型 PFI の事例としては、刑務所サービスの事例(GAO, 1996、NAO,1997a、石黒・小野, 1998、Pollitt, 2000)が有名であるが、その他にも国民保険記

録システム(石黒・小野, 1998、Pollitt, 2000)や地下鉄車両のリース(石黒・小野,1998)等がある。

 また、宮脇(2001)は、イギリスの地方自治体における PFI の適用事業について、

下表のようにまとめている。この表からはこれらの事例のどの事業がサービス購入

型 PFI であるかは判らないが、利用料金を受益者から受け取るタイプのものが少な

いことから、多くが民有施設のリースバックや IT 関連のような、民間企業が供給

するサービスに対して政府が支出をするようなサービス購入型 PFI であると考えら

れる。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 97

 なお、地方における PFI 事例については、自治体国際化協会(2000a)が、図書館

建設運営事業(ボーンマス・バラ・カウンシル)、公営住宅(ノースイースト・ダ

ービシャー)、ヴィクトリア小学校(キングストン・アポン・ハル・シティ・カウ

ンティ)、庁舎統合化事業(ノース・ウィルトシャー・ディストリクト・カウンシ

ル)、公営住宅エネルギー(マンチェスター・シティ・カウンシル)、駐車場(メイ

ドストーン・バラ・カウンシル)、高齢者ケア付き住宅(サリー・カウンティ・カ

ウンシル)、エア・サポート(ウィルトシャー警察)等の事例を紹介している。

表 5-1 イギリスの地方自治体における PFI への取組み事例(宮脇, 2001)

後援省庁 分野 事務事業内容・実施主体の自治体の例

IT Derby, Harrow, Kent, Northwich

住宅

公営住宅:Derby, Berwich upon Tweed, North EastDerbyshire, エネルギーサービス:Manchester, TowerHamlets

廃棄物処理Hereford, Isle of Wight, Kirkless, Surrey, East London,Brighton 等

運輸 Brent, Doncaster, Nottinghamshire, Staffordshire

環境運輸地方

その他図書館:Bournemouth, Brighton, レジャー:Sefton, 駐車場:Islington, Lambeth, 塩貯蔵施設:Norfolk, Walsall

教育雇用 学校教育

施設:Dorset, Ensield, Essex Hillington, Newham,Richmond, Walsall, Southampton, IT ネットワーク:

Dudley, 給食:Lewisham

保健 福祉施 設 : Harrow, Richmond, Surrey, Westminster,Staffordshire

警察

警察本部:Derbyshire, Norfolk, Thames Valley, 警察

署:Cumbria, Derbushire, Gwent, 火器訓練施設:

Cleveland, Durham, 騎馬施設:Northumbria, 交通関

連施設:Nottingham内務

消防

消火訓練施設:Avon, Somerset, Gloucester, 消防署:

Cornwall, 消防本部:Stretford, 他の訓練施設:NorthYorksire

大法官省 司法 裁判所:Derbushire, Hereford, Humberside, Manchester(出所) Treasury Taskforce の Press Release, ①24 June 1998, ②12 December 1998, ③12 April 2000.

 本稿では、サービス購入型 PFI による刑務所の代表的な事例である Bridgend と

Fazakerley の2つの刑務所サービスの概要について紹介する。

 この事業の実施主体は、内務省刑務所サービス(HMPS: Her Majesty’s PrisonService)であり、DCMF (Design, Construction, Manage and Finance)方式で PFIを実施した。1993 年 11 月に公示され、1995 年 12 月に契約が成立し、契約期間は

25 年間の BOOT 方式である。

 リスクの分担については、この事業に関する需要リスクは HMPS が、脱走や暴

動のリスクは事業者が負担する。具体的には、支払い基準を囚人の数ではなくサー

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 98

ビス水準を満たした部屋の使用可能数を基準とすることで需要リスクを HMPS が

負担し、一方で、囚人の交流、安全な環境と秩序・規律、一定水準の境遇、建設的

管理方式、社会復帰準備が点数化され、事業者への支払いに反映された(石黒・小

野, 1998)。 この事業を PFI で実施した効果として、25 年で少なくとも 10%のコスト削減が

見込まれている1。また、建設に関して、これらの施設は平均的公営プロジェクトよ

りも 45%早く完成した。これは、事業遅延のリスクを契約者に負担させた成果と考

えられる。具体的には、運営開始まで事業者に対しては支払いを行わないという方

法が取られた。また、建設のパフォーマンスはエンジニアリング・ファームによっ

て監視された。

 また、これらの施設は、「カテゴリーB」(再拘留、判決待ち、短期、他の刑務所

への移送)の囚人と、少数の「カテゴリーA」(最大のセキュリティ)の囚人用に設

計されたものであり、基本的には軽いセキュリティレベルの囚人を対象にした施設

である。

 なお、民営刑務所の増加に関しては、Thomas, Bolinger and Badalamenti (2000)が、アメリカにおける過去十年間の民営刑務所の収容人員数の変化について調査を

行っている。これによれば、全米における民間刑務所の収容人員は、1991 年の 15,476人から 2000 年の 141,617 人まで実に約 9 倍に増加している(下図 5-1)。

図 5-1 過去十年間の民営刑務所の収容人員の変化

(出所)Thomas, Bolinger and Badalamenti (2000)

1 NAO(1997a)によれば、契約期間中、Bridgend は公営で£319m かかると見込まれるコストが£266mに抑えられた。一方で、Fazakerley では公営で見込まれる£248m に対し£247m とあまり変わらなかっ

た。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 99

 コントラクティング・アウトに関しては、Savas (2000)が、コントラクティング・

アウトされたサービスの一覧(下表 5-2)をリストアップしている。これによれば、ア

メリカでは約 200 のサービスがコントラクティング・アウトの対象になっている。

また、Savas は、コントラクティング・アウトの対象となる分野として、Publicutilities, Health and human resources, Culture and arts の割合が高いと述べてい

る(下表 5-3)。

表 5-2 民間企業に委託された市と郡のサービス

中毒治療、養子縁組、大気汚染軽減、空港運用、空港火災と墜落への対応、空港サービス、警報システ

ムメンテナンス、アルコール中毒治療、救急車、動物コントロール、建築関係、講堂マネジメント、監

査、海浜管理、請求処理と回収、橋(建設、点検とメンテナンス)、建物の解体、建物改修、建物と土

地(管理人、メンテナンス、警備)、建設と機械の点検、貧困者の埋葬、バスシステムの管理と運用、

バス待合所のメンテナンス、カフェテリアとレストランの運用、排水溝清掃、共同墓地管理、児童保護、

児童扶養費の徴収、民間防衛コミュニケーションメンテナンス、コミュニケーションセンターの運用、

堆肥化、コンピュータ運用、コンサルタントサービス、コンベンション・センター経営、犯罪研究所、

犯罪防止とパトロール、保護管理サービス、データ入力、データ処理、デイケア、債権回収、文書処理、

薬物とアルコール中毒治療プログラム、経済開発、選挙管理、電気の点検、電力、エレベータ点検、緊

急メンテナンス、緊急医療のサービス、環境保護サービス、家族カウンセリング、金融サービス、火災

警報サービス、消火栓メンテナンス、火災予防と鎮火、洪水防止計画、里親ケア、ゴルフコースの管理

と運用、絵画、警備サービス、健康診断、医療サービス、在宅ケアサービス、ホームレス・シェルター

の運用、病院経営、病院サービス、住宅の点検と基準執行、住宅マネジメント、産業開発、昆虫とげっ

歯類のコントロール、収容施設ケア、保険管理、灌漑、拘置所と留置、管理人サービス、少年非行プロ

グラム、労使関係、研究所、緑化、洗濯、芝生メンテナンス、落葉収集、法律関係、法律上の支援、図

書館の運用、宝くじ運用の認可、経営コンサルティング、地図作成、マリーナサービス、中央分離帯維

持管理、蚊のコントロール、引越しと保管、博物館と文化施設、騒音軽減、看護、栄養、オフィス機器

メンテナンス、世論調査、パラトランジットシステムの運用、公園の管理とメンテナンス、違法駐車取

締、駐車場とガレージ運用、パーキングメーターサービス、駐車違反チケット処理、巡回、給与計算、

個人向けサービス、写真サービス、医療サービス、計画、配管点検、警察コミュニケーション、港と停

泊所運営、印刷、囚人輸送、保護観察、不動産獲得、行政管理者サービス、公衆衛生サービス、広報と

インフォメーション、公共事業、記録のメンテナンス、レクリエーションサービス、リサイクリング、

リハビリテーション、資源回収、危機管理、スクールバス、秘書サービス、警備サービス、下水処理、

下水道メンテナンス、歩道修理、雪(雪かき、撤去、砂まき)、社会福祉、土壌保護、固形廃棄物(収

集、輸送、処分)、道路サービス(建設、メンテナンス、再舗装、掃除)、道路照明(建設とメンテナン

ス)、測量、徴税(算定、請求書処理、受領)、テニスコートメンテナンス、採点、牽引、交通制御(マ

ーキング、標識と信号の取り付けとメンテナンス)、政府職員の訓練、輸送管理、年配者と障害者の移

動、財政機能、樹木サービス(植栽、選定、撤去)、公共料金請求処理、公共料金の検針、車両管理、

車両メンテナンス、車両の牽引と保管、選挙人登録、廃水処理、水道メーターの検針とメンテナンス、

水質汚染軽減、給水と分配、雑草軽減、福祉管理、労働者補償の請求、ゾーニングと分譲地の管理、動

物園経営

(出所)Savas (2000)

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 100

表 5-3 直営と委託による市と郡のサービス(Savas, 2000)

Percentage of cities and countiesUsing their Contracting with

own employees For-profit NonprofitService area Entirely In part companies agenciesPublic works and transportation 57 22 22 2Public utilities 45 6 31 3Public safety 60 11 15 3Health and human resources 28 17 11 17Parks and recreation 72 19 7 3Culture and arts 32 19 3 23Support functions 65 19 14 1

Weighted average 55 18 16 5Note: Row totals do not equal 100% because other arrangements (e. g., franchise, voluntary, andgrants) are also used.

 コントラクティング・アウトの効果に関してはいくつかの実証的研究が行われて

いる。Domberger, Meadowcroft and Thompson (1986)は、イングランドとウェー

ルズの 305 の地方自治体のごみ収集について、2 年間分 610 件のデータの分析を行

い、コントラクティング・アウトによって平均で 22%のコストが削減されたという

結果を得ている。また、ロンドンのワンズワース特別自治区でも、1981 年のごみ収

集の民間委託によって、人口 1000 人あたり 30%程度のコスト削減が図られたとい

う調査がある(大住, 1999)。さらに、Savas (2000)は、固形廃棄物の収集について、

契約事業者は直営の場合の約 2.8 倍の生産性があるとしている(下表 5-4)。 また、道路清掃についても、Savas (2000)は直営と民間委託では単位当たりのコ

ストが$84 対$32 と約 2.6 倍の差があることを述べている(下表 5-5)。 その他、特に大きなコスト削減の事例としては、Jensen and Hall (1995)が、シ

ドニー病院での放射線医療のコントラクティング・アウトによって、実に 84%のコ

スト削減が図られた事例を報告している(Industry Commission, 1996)。最後に、公

営と民営によるサービス供給について比較したその他の資料としては、Savas (2000)による下表 5-6 がある。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 101

表 5-4 公営と委託による固形廃棄物収集の比較(Savas, 2000)

Mount Vernon, N.Y. East Orange, N.J.Collection arrangement Municipal contractPopulation 70,000 74,000Area (square miles) 4.3 3.8Tons collected annually 41,973 39,312Collections per week 3 3Collection location Curb curbTruck shifts per week 63 39Men per truck 4 2Man-days per week 237 78Tons collected per man-day 3.40 9.67Productivity index 1.00 2.84Cost per household $39.00 $29.14Source: Barbara J. Stevens and E. S. Savas "An Analysis of the Feasibility of Private Refuse Collectionand Disposal in Mount Vernon, New York," report submitted to the Mount Vernon Urban RenewalAgency, January 1977.

表 5-5 公営と委託による道路清掃の比較(Savas, 2000)

Efficiency measure Municipal ContractTons collected per curb mile 0.19 0.19Tons collected per shift per sweeper 1.2 2.9Cost per ton collected $449 $179Curb miles swept per shift per sweeper 6.5 16.3Cost per curb mile swept $84 $32Source: Report on Street Cleaning, Director of Engineering, Newark, N.J., 16 March 1994.

表 5-6 その他公営対民営によるサービス供給 (Savas, 2000)

Service area FindingsMaintenance support for air force bases

Contracting reduced cost 13% by use of 25% fewer personnel;achieved improved availability of parts and planes.

Airline operation Efficiency measures of private airline were 12% to 100% higher.Airports Airports subject to market forces had savings of 40%.Property-tax assessment Private assessments were 50% less expensive and more

accurate.Cleaning services In-house work cost 15% to 100% more.Day care Private day care cost 45% less because of fewer teachers, fewer

non-teaching staff, and lower wages.Fire protection Switching to private contract firefighting saved 20% to 50%.Forestry Labor cost was twice as much per unit of output for public

agency.Housing Public agencies cost 20% more than private contractors.Laundry service Private insures' equivalent costs were 15% to 26% lower.Legal services Contract counsel was faster and cost 50% less.Military support services Contractor costs were lower because of higher productivity and

lower wages, but contract costs increased over time.Motor-vehicle maintenance Contracting costs less because of greater productivity.Nursing homes Contract-operated homes cost 45% less per day.

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 102

Parking Contracting costs less because of lower fringe benefits andgreater flexibility in staffing.

Parks and recreation Cost saving of 20% to 31% because of privatizing.Payroll and data processing One study found no differences; another found higher-quality

data and cost saving of 15%.Postal service Contractors saved up to 66% on delivery and 88% on window

services.Printing Private costs were 33% lower for commercial printing.Prisons Private construction cost 45% less; operations costs 35% less.Railroads Private railroad handled repairs 70% more efficiently; a public

railroad increased its efficiency after competition wasincreased.

Security services Private security services saved 50% or more.Ship repair and maintenance Private ship repair costs averaged 80% less than navy's costs.Slaughterhouses Public agencies were significantly more costly because of

overcapacity and overstaffing.Towing of automobiles Contract towing provided cost savings of more than 40%.Weather forecasting Private forecasts provided equivalent service at 35% lower cost.Source: Derived from John Hilke, Cost Saving from Privatization: A Complication of Study Findings(Los Angeles: Reason Foundation, 1993).

 次に、品質に関する研究としては、Dilger, Moffett and Struyk (1997)が全米の 66の大都市(100 都市中の回答)を対象に 1995 年に行ったアンケートがある。それによ

ると、民営化されたサービスの上位 10 種は以下のとおりであった。

1. Vehicle towing 車の牽引 53 件 80%

2. Solid waste collection 固形廃棄物の収集 33 件 50%

3. Building security 建物の警備 32 件 48%

4. Street repair 道路補修 26 件 40%

5. Ambulance services 救急車サービス 24 件 36%

6. Printing services 印刷 23 件 35%

7. Street lighting/signals 街路灯・信号サービス 17 件 26%

8. Drug/alcohol treatment 薬物・アルコール問題 16 件 24%

9. Employment and training 雇用・職業訓練 16 件 24%

10. Legal services 法律サービス 16 件 24%

 そして、これら民営化に対する首長の満足度は、3つのグループに分かれた。満

足度が高かったのは、街路灯・信号サービス、固形廃棄物の収集、印刷の3つであ

る。次いで、いくらか満足したものとして、道路補修、救急車サービス、車の牽引、

法律サービス、建物の警備の5つが挙げられている。そして、評価が高くなかった

のは、雇用・職業訓練と薬物・アルコール治療の2つであった(下表 5-7)。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 103

表 5-7 最も民営化されている 10 のサービスに対する満足度(1995)

VerySatisfied Satisfied Neutral

VeryDissatisfied

OverallDissatisfied Satisfaction*

Vehicle towing車の牽引

6 30 12 3 0 3.76Solid waste Collection固形廃棄物の収集

9 16 4 1 0 4.10

Building security建物の警備

0 15 11 2 0 3.46Street repair道路補修

3 18 2 1 0 3.95Ambulance services救急車サービス

4 12 8 0 0 3.83Printing services印刷

4 13 4 0 0 4.00Street lighting/signals街路灯・信号サービス

5 8 2 0 0 4.33Drug/alcohol treatment薬物・アルコール治療

1 7 7 0 0 3.33Employment and Training雇用・職業訓練

2 7 7 0 0 3.43

Legal services法律サービス

1 9 4 0 0 3.78*5=very satisfaction(出所)Dilger, Moffett and Struyk (1997)

イ. 分析結果との整合性

 サービス購入型 PFI の事例である刑務所に関しては、対象とする囚人の性質によ

って場合分けをして考える必要がある。それは、セキュリティを厳重にする必要の

ある囚人を対象とした刑務所と、それほどセキュリティを厳重にする必要のない囚

人を対象とした刑務所とに分けることである。厳重なセキュリティを要する刑務所

においては、契約によってコントロールできない品質の低下(看守に対するトレー

ニング不足等)が暴動や脱走などの重大な結果を引き起こす可能性がある。つまり、

第4章の分析結果における )(eb− の影響が大きいのである。一方、低いセキュリテ

ィで十分な囚人向けの刑務所においては、暴動や脱走のおそれが少ないので、品質

の低下 )(eb− による影響は相対的に小さい。このため、品質に関して適切な契約を

結ぶことができれば、軽犯罪者向け刑務所は民有による供給が望ましいことになる2。

一方、重犯罪者向け刑務所においては、品質の低下 )(eb− がコスト削減効果 )(ec を

相殺してしまうために、民有による供給が望ましいとは言えなくなる3(Hart, et al.,1997)。これに関連するデータとして、GAO (1996)によれば、アメリカで刑務所を

2 )(eb− の余地が小さいならば民有が望ましい。

3 )(ec を )(eb− が相殺してしまい、λ が 1 に近いか、 )(iβ の余地が小さい場合には公有が望ましい。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 104

民営化している 12 の州のうち、最高のセキュリティを要する囚人向けの刑務所を

民営化しているのは、ルイジアナ、ニューメキシコ、テキサスの 3 州のみであり(た

だしニューメキシコは女性のみ)、多くの州では、「最小~中間」のセキュリティレ

ベルの刑務所が民営化されている(下表 5-8)。

表 5-8 運営/計画中の民間の成人向け刑務所(1996 年 3 月)(GAO, 1996)

StateNumber of private

facilitiesa

Securityclassification offacilities

Total rated Capacityb

Arizona2

minimum tomedium 850

Colorado 1 medium 752California 5 minimum 1,446Florida

7minimum/medium tomedium 4,636

Kentucky 3 minimum 1,300Louisiana 2 medium/maximum 2,948Mississippi 2 medium 2,034New Mexico 1c all security levels 322Tennessee 1 medium 1,506Texas

21minimum tomaximum 15,702

Utah 1 minimum/medium 400Virginia 1 medium 1,500

Total 47 33,396Note: According to the author of the data, the information presented is subject to change andrepresents the number of actual or planned facilities at a particular point in time only. We didnot verify the accuracy or completeness of the information.

a The information presented includes only state-sponsored private facilities that primaryhouse inmate from the sponsoring state's correctional system.b The term "rated capacity" refers to the maximum number of beds or inmates assigned by arating official to institutions within the jurisdiction.c This is an all-women's facility.Source: Charles W. Thomas, Private Corrections Project, Center for Studies in Criminologyand Law, University of Florida, Private Adult Correctional Facility Census, 9th ed. (Gainesvill,FL: Mar. 1996).

 コントラクティング・アウトの事例のうち、事例の数が多く、また、コスト削減

の効果があるとされたごみ収集、道路清掃等の相対的に単純な業務については、品

質に関して契約を締結しそれを観察・立証することが容易な業務であると考えられ

る。このことは、第4章での政府の境界モデルにおける )(eb− 、つまり契約によっ

て制御できない品質の低下の余地が小さいケースであると考えることができる。分

析結果によれば、この場合にはサービス供給に必要な物的資産を政府が所有するよ

りも民間が所有した方が、コスト削減イノベーション )(ec へのインセンティブが強

く働くとともに、より品質向上イノベーション )(iβ へのインセンティブも働くので、

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 105

民間企業による供給が望ましくなる。

 また、イギリスの地方自治体での PFI の取組み事例(宮脇, 2001)に挙げられて

いる施設のリースや情報関連サービス等も、契約によって品質をコントロールする

ことが比較的容易である、つまり第4章の分析結果における )(eb− が小さいサービ

スであると考えられ、民有によるサービス供給が望ましいケースであるということ

ができる。

 これに関連して、Donahue (1989)は、民間委託によって良好なパフォーマンスが

期待できる条件として以下の 5 点を挙げている(大住, 1999)。① 供給されるサービスの内容が明確に定義できる

② アウトカムの評価が容易

③ 供給主体間での競争条件が確保し得る

④ 供給主体の交替が容易

⑤ 手段よりも結果が重要

 そして、これらの条件を満たすものとして、ごみ収集、清掃サービス、高速道路

の維持・補修、駐車場やガレージの管理、データ処理等を挙げている。これら5つ

の条件について第4章のモデルの分析に当てはめて考えると、①、②および⑤は契

約やモニタリングが容易であることで )(eb− の影響が小さいことを表していると考

えられる。また、③はサプライヤの競争的な市場の存在を、④は取引特殊的な投資

後の事後的な機会主義的行動としてのホールド・アップ問題が起こりにくいために

スイッチング・コストが小さいことを表していると考えられる4。

 さらに、平岩(2000)は、イギリスの CCT(Compulsory Competitive Tendering: 強制競争入札)について、Walker and Davis (1999)の行ったエージェンシー理論によ

る分析を紹介している。それによると、CCT は強制的な入札契約方式を導入するこ

とで、地方政府の直営方式や既存のサービス提供方式の再考を迫り、いかに安価な

サービスを提供できるかを協調したが、一方でサービスの質や成果に関しては十分

に配慮されておらず、民間にサービスを移管する際のコストを想定していないとい

う問題点がある。そして、委託業者が人件費や雇用保証を削ってコストを下げるこ

とが問題となっていることを指摘している。これは、分析結果における民有の場合

のマネジャーの行動に当てはまるものである。つまり、民有の場合、コスト削減に

4 同様に、自治体国際化協会(1999)が紹介している「モンゴメリー・カウンティーの外部委託

基準」(以下の 7 項目)も、モニタリングしやすい定量的なコスト・質の評価と、競争的市場の存

在を挙げている。

① 業務の規模と種類、定量化の可能性

② 費用

③ 業務の質および量:質と量が維持可能か

④ 民間業者の質:競争的な市場が存在するか、健全性や実績はどうか

⑤ 法的規制

⑥ 人事問題:職員の士気はどうか、解雇される職員の再就職は可能か

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 106

伴う品質の低下 )(eb− は政府に転嫁されるために、マネジャーには契約によってコ

ントロールできないサービスの質や成果を無視して過大にコストを下げるインセン

ティブが働くのである。

 Dilger, et al. (1997)のアンケート結果については、以下のように考えられる。ま

ず、満足度の高い3つのサービス(街路灯・信号サービス、固形廃棄物の収集、印

刷)については、どれも事前に起こり得る事態を契約によって定め、事後的にモニ

タリングすることが比較的容易なサービス、つまり、契約によってコントロールで

きない品質低下 )(eb− が小さいサービスである。第4章の分析結果から言えば、こ

の場合には民間企業が資産を所有するコントラクティング・アウトによるサービス

供給の方が、コスト削減や品質向上へのインセンティブが強く働くために望ましい

供給形態と言うことになる。一方、満足度の低かった2つのサービス(雇用・職業

訓練、薬物・アルコール治療)については、どちらも、将来起こり得る事態につい

て契約し記述することが難しく、契約によってコントロールできない品質低下

)(eb− が大きい分野と考えることができる。このため、民有によるコスト削減効果

)(ec をコスト削減に伴う品質低下 )(eb− が相殺してしまう可能性があり、その結果、

これらの事業はコントラクティング・アウトに対する満足度が低かったと考えられ

るのである。

 それでは、満足度の低かったこれら2つのサービスには、どのような供給形態が

望ましいのであろうか。第4章の分析結果から、以下のように言うことができる。

それは、これらの単純ではないサービスは、契約によってコントロールできない品

質低下 )(eb− の影響が大きい一方、もし、品質向上のイノベーション )(iβ の余地も

大きく、公務員の非効率性が非常に大きい、つまり 1=λ であるならば、政府が物

的資産を所有したエージェンシーによる供給が望ましいと考えられる。

 ここまでは、第4章の分析結果のうち、民有が望ましくなる1つめのケース、つ

まりコスト削減に伴う品質低下 )(eb− が小さいものについて述べた。民有が望まし

い 2 つめのケース5、つまり、民有によって品質向上が期待されるものとしては、Hart,et al. (1997)が、兵器供給の事例を挙げている。兵器の開発においては、性能のイノ

ベーションが最も重要になる。そのため、契約によって )(eb− をコントロールでき

るならば、民有によって品質向上イノベーション )(iβ への投資水準が高まることが

期待されるのである。

⑦ 管理運営:どのように実績に評価および業務の監督を行うか

5 )(eb− と )(ec の余地が小さく、λ が 1 未満である場合には民有が望ましい。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 107

(2) エージェンシー

ア. 事例

 エージェンシーに関する事例として代表的なものとしては、イギリスにおける

Next Steps Agency を挙げることができる。

 イギリスでは、1988 年の”Next Steps”に基づき、執行部門のエージェンシー化が

進められた。エージェンシー化にあたっては、個別業務について”Prior Options Test”にかけられる。そのプロセスは下図 5-2 のとおりである(岸, 1998)。このようなテ

ストにより、エージェンシー化が可能と判断された業務はエージェンシーとして、

職員の身分は公務員のまま政府の外局となる。

 大住(1999)は、Prior Options Test の結果エージェンシーの業務となるものの性質

として、①アウトカムの評価が難しい、②警察や軍隊などの古典的な国家の機能で

公共性がきわめて高い、③プライバシーの保護等の社会性がきわめて重視される、

の3つを挙げている。

図 5-2 エージェンシー化へのプロセス(Prior Options Test)

(出所)岸(1998)

 具体的には、イギリスのエージェンシー化は、1988 年の Vehicle Inspectorate(車

両検査庁)を最初として、Companies House(株式会社登録庁)、National Weightsand Measures Laboratory(国立度量衡研究所)などが次々とエージェンシー化さ

れた(大住, 1999)。2000 年 3 月の時点では 130 の機関がエージェンシーに移行(下

政    府

①その業務は不要か?

②もし必要ならば民営化できないか?

③政府が提供するにしても民間委託は可能か?

④エージェンシー化は可能か?

廃 止

民営化

民間委託

エージェンシー化

No

No

No

No

Yes

Yes

Yes

Yes

No

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 108

表 5-9)している(宮脇, 2001)。また、1997 年 4 月時点で、国家公務員の 77%、36.4万人がエージェンシーに所属している(日本総合研究所, 1998)。同様に、ニュージ

ーランドにおいても、1990 年代前半から Crown Entities という形でエイジェンシ

ー化が進んでおり、2000 年 8 月現在で 70 近くの Crown Entities(下表 5-10)があ

る(宮脇, 2000)。 また、エージェンシー化の効果に関しては、Pollitt and Bouckaert (2000)が、リ

ーダーシップなどの9項目についてエージェンシーと民間企業と比較したデータを

紹介している(下表 5-11)。これによれば、「リーダーシップ」等のいくつかの項目

では、エージェンシーの平均は民間平均の半分程度の低いスコアであるが、「政策と

戦略」や「ビジネスの結果」等の項目には大きな違いはなく、「顧客満足」の項目で

は民間平均を上回っている。

表 5-9 イギリスの代表的なエージェンシー機関(Agencies)(宮脇, 2001)

省 エージェンシー機関の事例(合計)内閣府 公務員大学校、情報中央局、コンピュータ通信中央局、購入庁等(6)大蔵 国民貯蓄庁、国家統計局、公債管理局、評価庁、造幣局(5)内務 消防大学校、刑務所庁、鑑識鑑定庁、旅券庁(4)大法官 法廷サービス、公有信託財産局、土地登録局、公的登録局(4)保健 薬品統制庁、医療機器庁、国家衛生局不動産庁、国家衛生局年金庁(4)

社会保障 社会保険給付庁、社会保障児童扶養庁、情報技術サービスセンター(4)環境運輸地域 運転免許庁、運転基準庁、高速道路庁、運転認識庁、車両検査庁等(9)貿易産業 会社登録局、無線通信庁、雇用裁判サービス、破産局、国家測定研究所(6)農漁食料 中央化学研究所、家畜研究所、家畜薬品理事会、農薬安全理事会等(8)国防 陸軍人事管理庁、国防分析サービス庁、海軍人員募集訓練庁等多数(42)

北アイルランド 訓練雇用局、鑑識鑑定局、購入庁、統計研究庁、運転車両免許庁等(25)スコットランド 農業科学庁、史跡局、漁業研究所、スコットランド刑務所庁、年金庁(9)

その他 ウェールズ省(ウェールズ歴史的記念建造物局)、文化メディア・スポーツ省(王立公

園庁)、Law Officer Department (Treasury Solicitor's Department), 外務英連邦省

(ウィルトン公園)、教育雇用省(雇用サービス局)

(出所) Cabinet office の「List of Ministerial Responsibilities including Agencies」(2000 年 3 月再発行

版)より作成。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 109

表 5-10 ニュージーランドの代表的なエージェンシー機関(Crown Entities)(宮脇, 2001)

省 エージェンシー機関の事例(合計)

内務 カジノ統制局、NZ 宝くじ委員会、NZ 消防サービス委員会、建築産業委員会等(9)外務貿易 NZ 南極研究所、NZ 貿易発展委員会(2)経済開発 放送基準局、会計基準検査委員会、貿易委員会、乗っ取り審査委員団等(7)社会政策 少年委員会、退職委員会、人工手足委員会

法務 選挙委員会、人権委員会、プライバシー保護委員会、民族間関係仲裁委員会等(7)保健 精神衛生委員会、NZ 健康研究委員会、健康管理ユーニット、健康後援委員会等(6)交通 交通事故調査委員会、NZ 民間航空局、NZ 陸上交通安全委員会等(6)

文化・遺産 NZ 芸術委員会、放送委員会、ニュージーランド博物館、NZ 映画委員会(4)教育 教員登録委員会、児童期発達ユーニット、教育訓練支援局、NZ 資格局等(8)大蔵 地震委員会、管理動物製品公社、王立研究所、NZ ラジオ公社等(6)保全 NZ Fish and Game Council, NZ Game Bird Habitat Trust Board 等(4)

その他環境省(環境リスク管理局)、労働省(事故補償団体)、研究科学技術省(研究科学技術基金)、国立図書館(国立図書館委員会)

(出所) State Services Commission の「Crown Entity Reform: Assignment of Crown Entities to Classes」より作成

表 5-11 EFQM scores for benchmarked UK agencies (Pollitt and Bouckaert, 2000)

Unweighted criterion UK qualityawardstandard

Privatesectoraverage

Agencyaverage

Maximumagencyscore

Minimumagencyscore

Leadership 63 60 35 48 19Policy and strategy 68 40 36 57 15People management 66 50 36 50 18Resources 68 60 41 52 17Processes 75 50 35 53 14Customer satisfaction 60 30 38 61 14People satisfaction 66 40 22 45 7Impact on society 55 30 17 30 0Business results 86 50 46 63 23Source: Next Steps Team, 1998; Cowper and Samuels, 1997

イ. 分析結果との整合性

 第4章の分析結果では、エージェンシーによって供給することが望ましいとされ

るサービスは、「コスト削減効果 )(ec がそれに伴う品質低下 )(eb− によって相殺さ

れ、かつ、公務員の非効率性λが 1 に十分近いもの」であった。

 それでは、Prior Options Test の4つの質問項目について、それぞれ分析結果と

の整合性はあるだろうか。

 第1の「その業務は必要か」という項目については特に問題ない。

 第2の「もし必要ならば民営化できないか」という項目は、狭義の民営化に関す

るものと考えられる。分析結果によれば、政府の役割が全く必要無い狭義の民営化

のためには、①消費者が財・サービスの品質についての評価能力を持ち、②サプラ

イヤ間の競争的な市場が存在する、ことが必要になる。この2つを満たすならば、

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 110

民営化され市場によって供給されることに問題はない。しかし、このテストによっ

て民営化されるサービスの中には、上記の条件を満たさないものも含まれると考え

られる。そして、①の条件に適合しない場合には安全基準等の規制手段が、②の条

件を満たさない場合には独占禁止法や価格規制等の規制手段をそれぞれ用いること

で民営化を行うものと考えられる。

 第3の「政府が供給するとしても民間委託は可能か」という項目に関して、分析

結果は、①コスト削減に伴う品質低下 )(eb− が十分小さい、②コスト削減の効果

)(ec とそれに伴う品質低下 )(eb− が十分小さく、公務員の非効率性 1<λ である、

のどちらかに該当する場合は、民間企業からサービスを購入する方が望ましいとし

ている。このテストにおいて、実際にはこれ以外の場合でも民間委託が可能なもの

がありうるとしても、少なくともこの2つのどちらかが該当する場合には民間委託

が行われるものと考えられる。

 それでは、どのような業務が第4の項目によってエージェンシー化されるのであ

ろうか。分析結果では、エージェンシーによる供給が望ましいケースは、コスト削

減の効果 )(ec がそれに伴う品質の低下 )(eb− によって相殺され、かつ、公務員の非

効率性λが 1 に近い(公務員による供給が非効率)場合である。この分析結果はこ

の Prior Options Test と整合性があるだろうか。

 まず、直前の民間委託のテストによって、 )(eb− が十分小さい業務は民間に委託

されているはずである。そのため、エージェンシー化のテスト対象となる業務は、

少なくとも )(eb− が小さくない業務と考えられる。そして、エージェンシーの長官

には、報酬の一部が業績にリンクしたさせた形で支払われる。これは、公務員によ

る非効率な供給では政府が獲得することができないイノベーション(コスト、品質)

による便益の増加分(分析結果における )]()()([ ieceb βλ ++− )の一部を長官に支

払っているものと考えられる。つまり、公務員の非効率性λが 1 に近いかどうかま

では判らないが、λ が小さいならば業績と報酬をリンクさせる必要はないので、少

なくとも増加した便益の一部を長官に支払わなければならないほどλ が大きいもの

と考えられる。これらのことから、エージェンシー化のテスト対象となる業務は、

コスト削減に伴う品質低下 )(eb− が、(コスト削減効果 )(ec を相殺するかどうかは

明らかではないが)少なくとも小さくはないことが分かる。そして、エージェンシ

ー化された業務に関する公務員の非効率性λ については、公務員による供給が完全

に非効率( 1=λ )であるかは明らかではないが、十分に大きいことが分かる。その

ため、分析結果以外にもエージェンシー化される場合はあるが、少なくとも分析結

果と Prior Options Test の間には整合性があると言うことができる。

 最後に、エージェンシー化されない業務とはどのような業務であるかを考える。

第4章の分析結果は、コスト削減の効果 )(ec がそれに伴う品質低下 )(eb− によって

相殺され、かつ、品質向上 )(iβ の余地が十分に小さい場合には、コスト・品質のど

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 111

ちらのイノベーションも期待されず、エージェンシー化のメリットが無いので直営

のままとなるというものであった。これに関しては、Prior Options Test からはっ

きりとしたことは判らないが、イノベーションの余地が無い業務であってもエージ

ェンシー化することは可能であると考えるので、この点では、分析結果とこのテス

トの間には整合性が無い。しかし、 )(eb− によって )(ec が相殺され、かつ、 )(iβ の

余地が小さい業務には公有による供給が望ましいという点では分析結果と整合性が

ある。

 また、大住(1999)の言う Prior Options Test でエージェンシーの業務として残る

3つの条件は、それぞれが )(eb− が大きくなる要因を表していると考えることがで

きる。つまり、「①アウトカムの評価が難しい」は、コストと品質に関する情報の非

対称性により、事前的には逆選択のおそれが、事後的にはモラル・ハザードのおそ

れが大きくなるものとして考えることができる。また、「②警察や軍隊などの古典的

な国家の機能で公共性がきわめて高い」は、民間企業がこれらの力を持つことによ

る政府や社会へのホールド・アップ問題6を表していると考えられる。さらに、「③

プライバシーの保護等の社会性がきわめて高い」も、契約によってコスト削減に伴

う品質の低下 )(eb− をコントロールすることが困難であることに加え、民間企業が

国民のプライバシーに関する情報を持つことに伴い政府に対して交渉力を持つホー

ルド・アップ問題を表していると考えられるのである。

6 Hart, et al. (1997)は、軍隊や警察の機能を民間委託できない理由として社会に対するホールド・アップ

問題を挙げている。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 112

ウ. 独立行政法人(日本)

 ここでは、これまでの分析の応用として、日本において 2001 年度から開始され

た独立行政法人制度について分析を行う。日本の独立行政法人制度は、その仕組み

や理念からエージェンシーの一形態と考えることができる。宮脇(2001)は、独立行

政法人の特徴について下表 5-12 のようにまとめている。

表 5-12 独立行政法人の仕組みにおける主なポイント(宮脇, 2001)

側面 内容

首長 所管省庁長による任命(所管省庁の上級官、または外部公募)

中期目標 機関の性格に応じる3年から5年の機関における中期目標の設定

独立行政法人の職員は、基本的には公務員型と非公務員型とに区別される

タイプ 公務員型 非公務員型

身分保証団体権、団体交渉権あり、争議権

無し、現業国家公務員並み

労働三権付与

勤務条件 中期計画の範囲内で、長が裁量により決定

服務国会公務員法の適用 就業規則等で決定

みなし公務員規定の適用可

定員管理法定定員制度対象外

国家への実員報告

長の裁量で決定

中期計画等で発表

職員任命長による任命、国家公務員法を基

本に採用基準を柔軟化

長による任命、採用基準は長が定める

職員

給与水準民間、国家公務員の水準をベース

に長が決定

長が決定

資金・土地・施設等の国の財政からの出資金が許容、自己収入の国庫への上納無し

一般補助金 「渡し切り交付金」の性質を持つ運営交付金の交付財政措置

施設費 国が中期計画に基づく固定的な投資経費を負担

会計

・ 原則的には、「企業会計的」財務諸表の導入(貸借対照表、損益計算書)

・ 国際会計基準への対応のために、「キャッシュフロー計算書」の作成も要求される

・ 独立行政法人の性質を考慮した「行政サービス実施コスト計算書」、特別な会計処理等も導

入される

評価・ 母体省庁設置の運営評価委員会と総務省設置の評価委員会によるダブルチェック

・ 財務評価、中期目標の達成度の評価(コスト面及びパフォーマンス面)

情報公開 計画、業務内容、財務、評価等の事項を積極的に公表

 独立行政法人がイギリスのエージェンシーと異なる点としては以下の点を挙げる

ことができる。第 1 に、独立行政法人は組織的に国から切り離され独立しているこ

とである。第 2 に、独立行政法人の職員の身分は国家公務員ではない(ただし、公

務員型と非公務員型がある)。しかし、これらは形式的な違いであり、次の点に比べ

れば小さい問題である。第 3 に、Prior Options Test のように、明確な形で事業そ

のものの必要性や民営化、民間委託の可能性が議論されていないことである。1998年の中央省庁等改革基本法第 36 条によれば、独立行政法人は、「国民生活及び社会、

経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務および事業で

あって、国自ら直接に実施する必要性はないが、民間の主体に委ねた場合には必ず

しも実施されないおそれがあるか、または一の主体に独占して行わせるにふさわし

い自律性、自発性及び透明性を備えた法人」とされている。この独立行政法人を Prior

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 113

Options Test と対比すると、前者の「国民生活及び社会、経済の安定等の公共上の

見地から確実に実施されることが必要な事務および事業」は後者における「事業の

必要性」についてのテストに、前者の「民間の主体に委ねた場合には必ずしも実施

されないおそれがあるか、または一の主体に独占して行わせるにふさわしい自律性、

自発性及び透明性を備えた」は後者における「民営化の可否」についてのテストに

相当すると考えられる。しかし、前者には「民間に委託できないか」という視点が

欠けている。つまり、第4章の分析でいえば、コスト削減に伴う品質の低下 )(eb−が小さいものや、品質に関するイノベーション )(iβ が重要になるものについて、民

間に委託することで供給できないかというチェックが欠けているのである。

 また、「渡し切り交付金」の仕組みは、コスト削減のインセンティブとして作用す

ると考えられるが、計画終了時の剰余金の処分、つまり残余請求権は主務大臣にあ

り、主務大臣が決定する中期計画ごとに見直されるために、客観的な業績評価に対

する大臣のコミットメントが不完全な場合には、独立行政法人にラチェット効果7が

働きコスト削減のインセンティブが削がれるおそれがある。これを回避するために

は、政府(大臣)と独立行政法人の間の契約(中期計画)と再交渉(計画見直し)

を客観的な形で行い、主務大臣は客観的な評価にコミットする必要がある8。コミッ

トメントの方法としては、大きく分けて2通りの方法を挙げることができる。1つ

は客観的に測定しやすいアウトプットを評価基準とすることであるが、この場合に

は独立行政法人の業務に関する複数タスクの問題の所在を主務大臣のもとに引き上

げることになり、政府レベルでの努力配分やコーディネーションが重要になる。も

う1つは測定が曖昧になりやすいアウトカム指標で評価するが、詳細な評価基準を

公表したり第三者によって立証可能な評価を行うことによって主務大臣による恣意

的な評価(事後的な機会主義的行動)を抑制する方法である。

 そして、コスト及び品質イノベーションのためには、首長への報酬9は客観的な業

績に基づいたインセンティブ報酬10が有効であると考えられる。この点で、独立行政

法人の首長の任命に、外部からの公募がどの程度実際に用いられるか、また、どの

程度業績に基づいたインセンティブ報酬体系が用いられるかが重要になる。なお、

この場合にも中期計画の見直しと同様に、大臣が客観的な評価にコミットできる仕

組みが必要である。

7 ラチェット効果とは、とくに優れたパフォーマンスが成し遂げられた後で、パフォーマンス基準がさら

に高いレベルに設定されると、インセンティブと結びついているボーナスを将来稼得することが一層難し

くなり、その結果、現時点で優れたパフォーマンスを発揮することが不利になることである(Milgrom andRoberts, 1992)。8 評価委員会による客観的な目標設定が期待されるが、委員の任命権は主務大臣にあるため、別途の工夫

が必要とされる(山本, 2001)。9 第4章の分析結果における )]()()([2 ieceb βλ ++− を首長に与えることで、非効率な公務員の管理

者では得ることができないイノベーションによる便益増加を図ることができる。10 公募による外部からの登用と、業績不振に伴う解雇もインセンティブ報酬の一部として捉える。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 114

 以上のことから、日本における独立行政法人は、制度としてはイギリスのエージ

ェンシーに類似しているが、イギリスにおけるエージェンシー化の前提である「民

間委託によって供給可能なサービスは民間に委託する」というチェックが曖昧であ

り、このために、単に役所の執行部門を外部化しただけの結果に終わるおそれがあ

るのである。そして、この制度を有効なものにするためには、中期計画の見直しと

首長の報酬・任用体系を客観的なものにすることに主務大臣がコミットできる仕組

みが必要である。

(3) 狭義の民営化、独立採算型 PFI、バウチャー

ア. 事例

A. 狭義の民営化

 狭義の民営化の事例としては、OECD (1993)が 80 年代の世界的な公的企業の民

営化事例を数多く紹介している。まず、エネルギー部門については、イギリスでは

Britoil や 1984 年の Enterprise Oil、1986 年の British Gas が民営化され、また、

ドイツでは政府はほぼ全面的にエネルギー部門(VEBA, VIAK)の所有から撤退し

ている。次に、運輸部門については、イギリスでは National Bus Company や BritishAirways 等の輸送部門のみならず、1987 年の British Airport Authority のような

関連部門の民営化が行われいてる。また、日本では、1987 年に国鉄が民営化された

他、日本航空が民営化されている。さらに、アメリカでは 1988 年に Conrail が、

カナダでは Air Canada が民営化されている。郵便と電気通信については、イギリ

スでは 1984 年に British Telecom が、日本では 1985 年に日本電信電話公社が民営

化されている。そして、金融部門については、多くの国で国有金融機関の民営化が

行われている。フランスでは Societe Generale、Paribas、Banque Indosuez が、

ニュージーランドでは Bank of New Zealand、POSB が、イギリスでは NationalGirobank が民営化されている。

 これらの民営化はどのような成果を挙げているであろうか。Pollitt and Bouckaert(2000)は、民営化に伴う生産性の変化について下表 5-13 のようなデータを紹介して

いる。これによれば、民営化された企業は、どれも高い生産性の伸びを見せている

が、公営のままの企業の生産性も上昇している。また、OECD (2000)は、民営化の

効果として、政府からの潜在的な支援のない民間市場の方がパフォーマンス改善の

インセンティブがはるかに大きく、国有か民有かという所有形態の問題よりも潜在

的な競争にさらすことの方が重要であるとしている。そして、Pollitt による発電所

の経済効率性についての調査によると、短期の効率性は民有の発電所の方が平均5%費用効率的であり、長期の効率性についても国有よりも民有のほうが高くなってい

る。また、スウェーデンでの研究によれば、国有の発電所が 20 年にわたって労働

生産性が低下したのに対し、民営の発電所はこの間高い水準を維持している。この

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 115

理由は、民営化は市場メカニズムを通じて非効率的な経営を置き換えていくという

オプションを持っているため、長期的にはより効率的になる可能性があることであ

る11。

表 5-13 総合的な生産性と所有権の変化:イギリスの 6 つの企業 (Pollitt and Bouckaert,2000)

Sector Change inownership

Total factor productivity

1979-83 1983-90B Airport Authority private in 7/87 -1.6 2.6B Gas private in 12/86 -1.0 2.2B Coal still public in 1990 -0.8 4.6B Rail still public in 1990 -2.9 3.7B steel private in 12/88 4.6 7.5B Post office still private in 1990 1.7 2.7Source: As quoted in Naschold and von Otter, 1996, p.24

B. 独立採算型 PFI (financially free standing) 独立採算型 PFI の代表的な事例は有料橋である。有名な The Dartford RiverCrossing (クイーンエリザベスⅡ世橋)は、ロンドン東部の渋滞緩和を目的とし

た 2700m の新橋建設プロジェクトであり、まだ PFI が制度化されていない 1986年 10 月に契約され、1991 年 10 月に開通した。契約期間は 20 年または残債を上回

る収益の蓄積が行われた場合とされ、契約終了後は公共物になる BOT 方式である。

そして、開通後の交通量は予想以上に多かったため、20 年かからずに残債を上回る

収益の蓄積が見込まれている(石黒・小野, 1998)。 また、もう1つの有名な事例としては、The Skye Bridge の事例がある(Pollitt,2000)。この事業は、Skye 島への有料橋の建設プロジェクトであり、それまであっ

たフェリーによる渋滞と遅れの問題を解決するために計画された。1995 年に開通し、

通行料金は車1台当たり£5.40(ハイシーズン)/£4.40(ローシーズン)となっている。

 事業の経過としては、The Scottish Office Development Department が 1989 年

10 月に募集、1991 年 4 月に契約が成立した。しかし、当初の契約では、総費用£24mであったのに対し、最終的には総コストは£39m に跳ね上がった。そして、これら

のコストは利用料金によって回収され、うち£12m が Department から受注者であ

る Skye Bridge Limited に支払われる。また、£3m は Department へのアドバイ

スとスタッフに直接要した費用である。当初の契約から 45%も費用が上昇した理由

11 なお、民営化の効果に関する実証分析としては、この他に、18 ヶ国、61 社の財務と運営のパフォーマ

ンスを分析した Megginson, Nash and Randenborgh (1994)等がある。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 116

は、工事の遅れとカワウソの群れを保護するための設計変更という予定外のコスト

のためであった。

 この事例に対し、NAO (1997b)は、相対的に低価格な料金と、信頼性の上昇、お

よび契約終了後(14~18 年後)の無料化を評価している。また、Department は、

財政的な要求のピークの削減と、建設と運営に伴うリスクを事業者に負担させるこ

とができたのである。

C. バウチャー

 バウチャーに関して、Savas (2000)は、food stamps, housing vouchers, Medicare,Medicaid, GI Bill 等の事例を紹介している。それによると、バウチャーの適用分野

は、食事、住宅、輸送、保育、教育、老人のためのプログラム、在宅ケア、救急サ

ービス、レクリエーションと文化的なサービス、薬物とアルコール治療、能力のあ

る失業者のための職業訓練等の広い分野にわたっている。また、GAO (1997)によれ

ば、バウチャーは、健康、精神医療/知能障害、社会的サービスの 3 分野での利用

が多い。Savas (2000)は、バウチャーに向いたサービスの性質として以下の 6 点を

挙げている。

① 個人の選好の違いが大きい。

② サプライヤを取り巻く市場が競争的である、もしくは新規参入が容易。

③ 市場の状況についての情報が得られる。

④ 品質が分かりやすい。

⑤ 積極的にサービスを受けに行く。

⑥ 安価で繰り返し購入される。

イ. 分析結果との整合性

 まず、狭義の民営化について、Hart, et al. (1997)は、消費者が財の品質を評価で

き、サプライヤの競争的市場環境が存在すれば、民営化によって政府の介入なしに

ファースト・ベストの達成が可能であるとしている。そして、政府による供給より

も市場による供給が望ましい理由として、イノベーションによる便益の増加

)()()( ieceb β++− を企業が受け取ることができるため、イノベーションが起こる

ことを挙げている。この説明は実際の民営化の事例との整合性があるだろうか。

 OECD (1993)の民営化の事例の多くは、市場で供給されることも可能であるが、

消費者による財の品質の判断が難しい(運輸部門の安全性等)ことや、競争的な市

場が存在しない(エネルギー、通信、金融等)などの理由のために、公的企業とし

て運営されていたものと考えられる。しかし、OECD (2000)の発電所の事例のよう

な公的部門の非効率性の問題を解決するために民営化が行われたのである。

 それでは、政府による供給の根拠となっていた品質評価の難しさと非競争的な市

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 117

場環境の問題に対し、民営化に伴ってどのような解決策が図られたのであろうか。

まず、消費者による品質の評価の可能性、つまり、品質に関する企業と消費者間の

情報の非対称性の問題に関しては、政府は直接サービスを供給する代わりに、安全・

技術等の規制によるコントロールという手段を民営化に伴って実施していると考え

られる。また、競争的市場環境を創出するために、民営化と併せて企業の分割や、

参入規制の緩和等の政策が同時に行われている。国有企業から「民営化+規制緩和」

への世界的な潮流は、このような手段によってファースト・ベストにより近づける

動きであると考えられるのである。

 独立採算型 PFI についても、同じように言うことができる。つまり、独立採算型

PFI による The Dartford River Crossing や The Skye Bridge 等の有料橋事業は、

NPM 以前であれば政府が建設し公的企業として運営していたものであると考えら

れるが、政府の非効率性や財政的な制約の問題に対処するために、政府による直接

的なサービス供給の代わりに「民間事業者による建設・運営+政府による規制」と

いう手段がとられたものと理解することができるのである。

 また、バウチャーについては、財・サービスの供給に関しては市場によって効率

的に供給可能だが、国民/納税者間の不平等を是正するという政府の役割としての

「再分配機能」が必要になる財・サービスについて、政府が直接供給する代わりに、

使途を限定した財政的な支援だけを行い、財・サービスの供給は市場に委ねたもの

と考えることができる。そして、バウチャーに適した 6 つの性質(Savas, 2000)は、

どれも市場による財・サービスの供給が可能な条件として捉えることができるので

ある。

(4) PFI の事業手法

ア. 事例

 PFI の事業手法の分析にあたり、本稿では、運営段階における所有権構造の違い

に注目し、民間企業が資産を所有して運営を行う BOT 系(BOT、BOO、BOOT)の方式と、建設後に所有権を政府に移管する BTO 方式とを比較することとする。

 BTO 系の事例は豊富である。(1)で紹介した2つの刑務所の事例も BOT 系の手法

(BOOT)である。また、井熊(1998)によれば、BOT に関して日本の建設会社は海外

での多くの実績を有しており、BOT は財政的に制約のある途上国を中心に、道路、

発電所等の整備に用いられている。

 BTO 系の事例については、前述の刑務所の事例等があるため、以下では BTO の

事例を中心に分析する。BTO の事例は数が少ないが、代表的なものとして、カリフ

ォルニア州の 91 号線(SR91)拡幅事業がある(岩井議員 HP)。 カリフォルニア有料道路(SR91)拡幅事業は、1995 年 12 月に開業した有料州道で

ある。事業の経過は、まず、州の保有地を民間企業(CPTC)に無償で賃借し、民間事

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 118

業者が約 16km、約 1 億 3180 万ドルの道路建設を行う。建設後、事業者は道路の

所有権を州に無償譲渡する代わりに 35 年間の事業権を得る。そして州から用地・

施設を借用し、事業収益で投資を回収するという仕組みである。

 特徴は、この事業に関して公的には資金的な支援は行わなれず、また、料金水準・

体系は直接的には規制されないことである。そして、事業主体は、道路の上下空間

や隣接地において最長 99 年間の不動産開発を実施でき、さらに、州の交通政策に

沿った成果を事業主体が達成した場合に、州からインセンティブ報酬が与えられる。

 この事業の効果としては、自動料金収受システムを活用した世界初のピークロー

ドプライシングというイノベーションによって、混雑が緩和され、同時に事業者は

収益最大化を図ったことが挙げられる。また、州は他のプロジェクトに資金を回す

ことができたのである。

イ. 分析結果との整合性

 PFI の事業手法に関する第4章の分析結果は、これまで紹介した事例と整合性が

あるだろうか。

 まず、建設段階についての分析結果は、PFI に適した事業ではコスト削減による

品質の低下 )(eb− が小さく、民有によるコスト削減 )(ec と品質面でのイノベーショ

ン )(iβ が重視されるというものであった。実際の事例においても、BOOT の事例で

ある Bridgend と Fazakerley の刑務所では、建設のパフォーマンスはエンジニアリ

ング・ファームによって監視され、また、運営開始までは支払いが行われないとい

う契約によって建設の遅れのリスクを事業者に負担させることで、公営プロジェク

トに比べて 45%も工期を短縮することができた。これは、監視者を置くことで

)(eb− の余地を小さくするとともに、工期短縮による便益の増加 )(ec と )(iβ の一

部を事業者が受け取ることができる契約方式によって、コスト削減と品質向上のイ

ンセンティブを引き出したものと考えられる。

 また、BTO 事例である SR91 においても、資金調達面での工夫が見られる。それ

は、もともとこの事業は州政府が直接実施するはずの事業であったが、財政的な制

約によって PFI 方式が選択されたという経過によるものだと考えられる。

 次に、運営段階においては、分析結果では、BOT 系の手法にはコスト削減に伴う

品質低下 )(eb− が小さい事業が向いているとされた。実際の事例でも、PFI の対象

となった刑務所は、セキュリティーレベルの低いものが多い(GAO, 1996, NAO,1997a)。これは、セキュリティレベルの低い刑務所はコスト削減による品質低下

)(eb− が小さいためであると考えられる。

 一方、BTO については、分析結果では、コスト削減に伴う品質低下 )(eb− が大き

いためにコスト削減の効果 )(ec を相殺してしまい、かつ、公務員の非効率性λが 1に近いものが適しているとされた。では SR91 の事例では )(eb− が大きいのであろ

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 119

うか。これについては、幹線道路の所有権は州政府が持っておきたかったためだと

考えられる。つまり、軍や警察を民営化できない(Hart, et al., 1997)ように、民

間企業によるホールド・アップ問題によって )(eb− が大きくなることを避けるため

であると考えられるのである。また、λ に関しては、自動料金収受システムやピー

クロードプライシング等のイノベーションは、収益最大化を図る民間企業だからこ

そできたものと考えられ、相対的に公務員の非効率性が高くλが 1 に近いものと考

えることができる。

 では、同じような道路事業でも BTO 方式と BOT 系の方式があるのはなぜであろ

うか。その理由としては、事業者と政府との間の交渉力の配分が影響するものと考

えられる。つまり、途上国の場合は、財政的な制約によって外部機会(自らの資金

で建設する)が小さくなるために交渉力が弱く、BOT 系の方式を選択せざるを得な

いものと考えられるのである。

(5) まとめ

 「政府の境界」に関する第4章の分析結果と本章の事例の間には、おおむね整合性

があると考えられる。

 サービス購入型 PFI およびコントラクティング・アウトの事例の多くは、契約によ

ってコントロールすることが難しいコスト削減に伴う品質低下 )(eb− が小さいもので

あった。

 そして、エージェンシー化のプロセスである Prior Options Test の内容は分析結果

とほぼ整合し、第4章において公有が望ましいとされた業務は Prior Options Test においてもエージェンシー化される業務であった。また、日本の独立行政法人の制度は、

エージェンシー化の分析結果に照らすと、「民間委託の可能性」に関する視点が相対

的に欠けており、また、外部化の効果を生かすためには、客観的な業績評価による中

間計画の見直しと首長の報酬・任用体系に対して、主務大臣がコミットする仕組みが

必要である。

 次に、狭義の民営化、独立採算型 PFI、バウチャーについては、社会的に望ましい

ファースト・ベストに近づける手段として、政府が直接財・サービスを供給する代わ

りに、市場メカニズムを中心としながらも規制や所得の再分配等の機能を果たすもの

であるという点で、分析結果と整合性のあるものであった。

 最後に、PFI の事業手法については、BOT 系(BOT、BOO、BOOT)の方式と BTO方式は、建設段階でのイノベーションを重視するという点では共通しているが、運営

段階における品質低下 )(eb− の大きさが異なるという点で、分析結果との整合性があ

った。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 120

2. 「政府統治」に関する行政改革事例の分析

 政府統治に関する事例として、行政評価については、外部マネジメントを指向した

「オレゴン・ベンチマークス」等のベンチマーキング手法と内部管理を指向した西オ

ーストラリア州政府等の手法を分析の対象とする。また、公会計改革については、ニ

ュージーランドとアメリカの事例を分析の対象とする。

(1) 外部マネジメント型行政評価(ベンチマーキング)

ア. 事例

A. オレゴン・ベンチマークス

 外部マネジメント・タイプの行政評価の代表的事例である「オレゴン・ベンチマ

ークス」の概要は以下のとおりである(岸, 2001a、自治体国際化協会, 2000b)。○ 特徴

 この「オレゴン・ベンチマークス」の特徴は、アウトカム重視であるため、どの

分野に重点的に予算配分を行うべきかという判断に有益であり、資源配分の効率性

(Allocative Efficiency)に重点が置かれている点である。そのため予算編成も、まず

州全体の戦略的プランがあり、その後プランに基づいて予算化されるという手続き

をとっている。

○ 背景・経緯

 オレゴン州は、80 年代の経済低迷によって失業率が上昇し、1987 年の 1 人あた

り個人所得が全米平均と比較し 10%も低いという状況であった。そして、これを打

開するために、長期的政策方向性(ビジョン・目標)を、行政と市民、議会ととも

に作成する必要が生じていた。これが、「オレゴン・シャインズ」が作成された背

景である。

 1989 年に、州知事、議長、ビジネス代表、教育関係者代表、地域リーダー、少数

民族の代表という 9 人で構成される「オレゴン・プログレス・ボード」が設立され、

この委員会によって作成された「オレゴン・シャインズ」は、160 のアウトカム指

標を持ち、その最大の目標は「オレゴン州民により多くの職、しかも単なる職では

なく、家族を養える賃金を得られる職を多く創出する」というものであった。これ

らのベンチマークの推移は定期的(2年ごと)にベンチマーク・パフォーマンス・

レポートによって公開・分析された。

 1997 年には、オレゴン・シャインズを改定した「オレゴン・シャインズⅡ」が作

成され、これに伴いベンチマーク指標の数はオレゴン・シャインズ作成当初の 160から 259 に増加していたものを 92 に削減している。

○ 予算編成との関連

 州議会では、上院の予算委員会においてベンチマークや中間指標を改善すること

を視野に入れ予算を審議している。そして、行政側からの説明にも各種の指標を用

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 121

いることが多い。

 オレゴン州では、下図 5-3 のようなベンチマークを中心とした施策実施管理体制

をとっている。

図 5-3 ベンチマークを中心とした結果指向の施策実施管理体制

目標

 └ベンチマーク

└政策体系

└中間指標(Interim Indicators)

└複数の部署で対策を実施

└行政評価指標(Performance Measures)

└単独の部署で対策を実施

 ここで、中間指標(Interim Indicators)とは、ベンチマークに影響すると考えられ

るいくつかの要素で、単独の部署で管轄できない複数の部署の事業に関連するもの

である。また、行政評価指標(Performance Measures)とは、中間指標を改善すると

考えられる要素で、単独の部署の事業で達成可能な短期的視野に立った指標のこと

である。

 予算編成と行政評価との関連については、1999-2001 年度予算から予算要求書に

ベンチマークその他のアウトカム指標を使って事業の成果を説明するようになり、

これによってベンチマークスと予算との関連が示されている。

○ 効果

 オレゴン・シャインズの効果について、オレゴン・プログレス・ボード執行ディ

レクターのジェフリー・トライアンスは以下の3点を挙げている。

① 教育と人的投資を重視した経済戦略プランを持ったことのメリットは大きい。

② オレゴン・シャインズによってアウトカムに対する州全体のコミットメントが

作られた。

③ オレゴン・シャインズの目標に自省庁の活動を合わせる機関が増加している。

 一方で、オレゴン州のシステムは、州政府機関が州政府全体としての戦略プログ

ラムに基づいて行政活動計画を立てそれに基づき業績測定を行うということに対し

て一貫性に欠けており、オレゴン・シャインズ、オレゴン・ベンチマークスと予算

措置が直接結びつくシステムになっていないという問題点がある12。オレゴン型行

政評価は、予算、会計、業績測定が分離していて「業績予算システム

12 なお、州政府機関とベンチマークとの関係を示すものとしては、「ベンチマーク・ブルーブック」が作

成されている。これは、92 のベンチマーク(オレゴン・シャインズⅡ)と 81 の州政府の所属がどう関係

しているかを示すものであり、これによって、97~99 年の予算では 22 のベンチマークが 2 つの所属に、

17 のベンチマークが 3 つの所属に、そして 7 つのベンチマークが 4 つ以上の所属と関係している事がわ

かる。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 122

(Performance-based Budgeting)」には程遠いのである。

 予算編成にはさまざまな調整を必要とするために、オレゴン州ではベンチマーク

を中心としたシステムのみで予算編成をすることはできない。しかし、行政評価シ

ステムによって問題点やいかなる対策が望まれているかは明らかにされてきたので

ある。

B. ムルトマ・カウンティーのベンチマークス(自治体国際化協会, 2000b)○ 背景・経緯

 オレゴン州最大の都市ポートランドを擁するムルトマ・カウンティーでは、オレ

ゴン州のベンチマークスの考え方をもとにベンチマーキングが導入された。1993 年

に、ポートランド市・ムルトマ郡発展委員会が設立され、オレゴン州の 200 のベン

チマークスの中から委員会で 100 のベンチマークスが採用された。その後は改定さ

れ 85 のベンチマークスになっている。

○ アウトカム指標

 ムルトマ・カウンティーのアウトカム指標は以下の3つによって構成される。

① ベンチマークス

② キーリザルツ(Key Results):事業の成果などの数値で示すアウトカム指標で、

定期的に記録することによって成果の動向を把握できるもの。

③ インディケーター(Indicator):各課で自らの事業の実施方法や能率を改善する

ために、独自に設定している指標。

○ ベンチマークスとキーリザルツを使った予算編成

 1994 年度から、キーリザルツを使った事業実績の証明が予算編成に取り入れられ

ている。また、新規事業の予算獲得にもベンチマークスとキーリザルツを使った説

明が必要とされる。この結果、カウンティー予算の総額の 50%以上、一般歳入の 75%以上は優先される 3 つのベンチマークスに関連した事業に支出されることになった。

○ 課題

 ムルトマ・カウンティーのベンチマーキングの課題としては、統一的なデータベ

ースシステムになっていないことが挙げられる。しかし、「ベンチマーク導入の効

果はすぐに現れるものではなく、市民グループやカウンティー以外の市や州の行政

部局との協力なども得て既存のプログラムが徐々に修正されていくことにより数年

かかって現れる場合が多い」(自治体国際化協会, 2000b)ので、このことが必ずし

も早急に改善すべき課題であるとは言い切れない。

イ. 分析結果との整合性

 第4章の分析結果では、外部マネジメント型の行政評価は、基本的には次の3つ

の役割を持つとされた。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 123

・ 国民/納税者と政府間の情報の非対称性を緩和する。

・ 情報獲得コストを低減することで合理的無知の問題を軽減する。

・ エージェントである政府の機会主義的行動を抑制する。

 しかしながら、エージェントの機会主義的行動を抑制するためのインセンティブ契

約は、複数のプリンシパルのもとでは報酬率が低くなりその効果が小さくなる。この

点に関して、外部マネジメント型の行政評価は、国民/納税者という複数の選好を持

ったプリンシパルの利害を集計し、インセンティブ契約の報酬率を高める役割を持つ

と考えられる。

 それでは、オレゴン・ベンチマークスやムルトマ・カウンティーの事例は、複数の

プリンシパル間の利害を集計することで、政府に対するインセンティブ契約の報酬率

を高めていると言えるであろうか。

 まず、利害の集計に関しては、オレゴン・シャインズの最大の目標である「オレゴ

ン州民に職を与える」にそれが表れていると考えられる。この1つの目標を中心に、

各ステーク・ホルダーを代表したオレゴン・プログレス・ボードによって 160 の指標

が選び出される過程は、住民からオレゴン政府に課せられた様々なタスクをベンチマ

ークスの項目に集計する過程と考えることができる。また、オレゴン・シャインズⅡ

への改訂でベンチマークスの数が 256 から 92 に削減されたことも利害を集計する効

果を持つと考えられる。

 そして、政府のコミットメントとしての役割を持つアウトカム指標については、政

府のタスクを明確化して絞り込むことで、民主的なコントロールを有効に働かせる効

果を持つと考えられる。なぜならば、通常のインセンティブ契約では、業績の向上が

報酬の向上に結び付けられるのに対し、国民/納税者と政府との間で交わされる「政

治契約」13においては業績の向上は政治家の再選などに結び付けられるが、このとき、

ベンチマークスの数(=タスクの数)を削減することは、「政治契約」というインセン

ティブ契約の効き(報酬率)を上げる働きを持つと考えられるからである14。しかしな

がら、タスクの数を減らすほどプリンシパル間の利害の集計は困難になる。

 これらのことから、オレゴン型のベンチマーキングは、国民/納税者が政府に課し

ている様々なタスクをベンチマーク指標に絞り込むことで、複数のプリンシパル間の

利害を集計し、政府に対するインセンティブ契約の報酬率を高める手段であると考え

られる。しかし、このベンチマーク指標に直接強いインセンティブを結び付けること

は、タスク間の努力配分を歪める上、プリンシパル間の利害の集計を困難にするもの

と考えられる。これに対して、ベンチマーク指標の公開によって生じるインセンティ

ブは、予算への直接的なリンクに比較して相対的に弱いインセンティブであり、ベン

13 Dixit (1996)を参照。14 複数のプリンシパルが同時にエージェントに対してインセンティブ契約を持ち掛ける場合、大まかに

はタスクの数が n 倍になると報酬率は n/1 になる(Dixit, 1996 の補論を参照)。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 124

チマークスと予算措置が直接結びついていないことは、「予算過程を通じた間接的なリ

ンク=弱いインセンティブ契約」として考えられるのである。

(2) 内部管理型行政評価(業績測定・TQM)

ア. 事例

A. 西オーストラリア州の「アウトプットに基づく管理」(Output Based Management)(岸, 2001a)

○ 特徴

 西オーストラリア州の行政評価は、行政サービスの効率性 (OperationalEfficiency)を重視したアウトプット重視のシステムという特徴を持っている。そし

て、「発生主義に基づくアウトプット予算(Accrual Output Budgeting)」によって、

予算・会計・財務報告と業績測定体系を包括的なシステムの中に位置づけて一体的

にマネジメントを行っている。

○ 背景・経緯

 西オーストラリア州では、景気後退に伴う税収減と財政赤字の拡大が問題となっ

ており、1993 年、監査委員会(Commission of Audit)は発生主義に基づく予算制度

導入を提言した。その後、1993/94 年度に発生主義会計に基づく財務報告が、1996年に「アウトプットに基づく管理」(Output Based Management)が、1998 年には

政府の予算計画、目標値設定、財務報告の包括的なフレームワークを規定する「政

府財務責任法」(Government Financial Responsibility Act, 2000.7~施行)が成立

した。そして、1998/99 年度には、原則すべての政府機関にアウトプット指標に関

する目標値と実際の結果について年次報告書による公表を義務づける「業績報告」

(Performance Reporting)を導入している。

 1999/2000 年度には、政府と省庁間での「購入者」「所有者」「予算付与者」の関

係を明確に規定した「資源合意」(Resource Agreements)が導入された。これは「ア

ウトプット購入」と「所有者としての関心」の2つのパートからなる。「アウトプ

ット購入」としては、省庁の CEO (Chief Executive Officer)と、購入者である担当

大臣、そして予算付与者である財務大臣の3者が、提供されるアウトプットの量、

質、迅速性と費用の目標値について事前に合意することを要する。また、「所有者

としての関心」は、政府の政策目的を達成するために各省庁が効率的に費用、収入、

固定資産、現金をマネジメントすることを規定しており、省庁の CEO は予算書の

数値目標達成の義務を負い、財務報告書によって報告しなければならない。

 2001/02 年度には、「発生主義予算とキャピタル使用者チャージ」 (AccrualAppropriation and Capital User Charge)が導入され、現金と非現金費用も含む発

生主義に基づく予算導入がなされた。

○ 「アウトプットに基づく管理」(Output Based Management)

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 125

 西オーストラリア州の予算制度の特徴であるアウトプットに基づく管理とは、

「コミュニティの望むアウトカムを達成するために行政機関と政府が必要とされる

アウトプットに資源配分することを支援するようなアプローチで、プログラム・マ

ネジメントから一歩進んだものであり、発生主義会計、競争に基づくサービス提供、

サービスのフル・コストの特定といったことと相互に補完し合うもの」(WA Treasury,1996)である。そして、その基本的考え方は、政府(首長、大臣)の役割を行政サ

ービスの購入者と各省庁の所有者とし、省庁(行政機関)を行政サービス提供者と

位置づけることである。

 この制度では、政府は、サービスの購入者として、政府としての政策目標を設置

し目標達成のための契約を各省庁と結ぶとともに、省庁の所有者として各省庁に投

資し、各省庁の財政状態、運営収支、資金収支をモニタリングする。そして省庁は、

サービス提供者として、財・サービス供給の契約をサービス購入者としての政府と

結ぶ。この際に、各省庁の CEO は、自省庁のアウトプットを明確に定義し、それ

に関するフル・コストを把握している必要があるのである。

○ 「アウトプットに基づく管理」(OBM)の利点

 西オーストラリア州政府が用いている「アウトプットに基づく管理」には、以下

の4つの利点がある。

 第1は、アウトプットと政府の意図する政策目標(アウトカム)を明確にリンク

させ、目標値と結果との比較評価、そしてアウトプットのアウトカムへの貢献度合

いを検討させることができることである。

 第2は、行政サービスの質と効率性を向上させるための競争的環境を促進させら

れることである。

 第3は、OBM において政府がアウトカムの優先順位をつけ、それを達成するた

めにアウトプットの最適な組み合わせを選択することが可能なことである。

 第4は、各機関は、アウトプット提供における効率性と有効性について、民間を

含めた他の提供者と比較することが可能になることである。

B. サニーベール市の PAMS (Planning and Management System)(自治体国際化協会,2000b)

○ 背景・経緯

 サニーベール市では、1970 年代半ばから「プログラム予算システム」が用いられ

ていた。これは後に GPRA (Government Performance and Results Act)のモデルと

して有名になったものである。そして現在は、"Planning and Management System"(PAMS)という予算編成システムが用いられている。この PAMS は以下の3つの要

素から構成されている。

① 長期戦略計画 (Long-Range Strategic Planning)

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 126

 長期行動計画は、「長期計画」(7つの行政分野ごとに作成)と「20 年間戦略計

画」(20 年間の歳出と歳入の状況を示す)で構成される。

② 短期行動計画 (Short-Term Action Planning) 短期行動計画は、以下の3つで構成されている。

a. 検討項目表(The Study Calendar) これは、毎年1月に議会が検討すべきものをまとめた一覧表である。

b. 成果管理による予算(The Outcome Management Performance Budget) これこそが、サニーベール市の特徴的システムである。サニーベール市の予

算は長期計画の7つの分野ごとに策定される。そして分野ごとの予算は次のよ

うな流れによって作られる。

 まず、Program Outcome Statement(サービスの成果)に各分野ごとの目

標が記載され、次に Service Delivery Plan によってその成果を得るための個

別の事業の目標が示される。最後に、Activities & Sub Activities によってその

目標を達成するための個々の政策の経費が見積もられるのである。

c. 毎年の管理契約(Annual Management Contracting) これは、市の管理職と市が取り交わす成果契約 (Performance OutcomeAgreement)である。

③ 評価(Annual Evaluation) Annual Evaluation は、成果契約の達成度を毎年評価するものであり、下の3

項目について各管理職が自ら市議会および市長に報告を行う。

・ この1年間で提供されたサービスの内容

・ プログラム以外の特別のプロジェクトについての成果

・ 昨年改善が必要と指摘されたことについての改善度

 ここで重要なことは、この「成果契約-評価」は各管理職のボーナスの査定と

リンク(+10%~-5%) していることである。

イ. 分析結果との整合性

 これらの内部管理型行政評価の事例は、第4章の分析結果と整合性があるだろう

か。分析結果では、内部管理型行政評価は、

・ 管理者と官僚間の情報の非対称性を緩和する。

・ 管理者と官僚間にインセンティブ契約を導入する。

という役割を持つと考えられるということであった。そして、複数タスクの問題と、

行政測定の難しさ(曖昧さ)の問題のために、インセンティブ契約は有効には働か

ないことが予想された。

 事例においても、西オーストラリア州の OBM は、省庁の活動のアウトプットに

関する政府と省庁間の情報の非対称性を減少させる役割を持つと考えられる。また、

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 127

サニーベール市の PAMS も、The Outcome Management Performance Budget やAnnual Evaluation によって市長と官僚間の情報の非対称性を減少させる働きがあ

ると考えられる。

 次に、インセンティブ契約の導入に関しても、西オーストラリア州の ResourceAgreement は、政府と省庁の間で明示的な契約によるサービス供給を行うものであ

り、CEO には数値目標達成義務が課せられている。また、サニーベール市の AnnualManagement Contract と Annual Evaluation に連動したボーナス査定は、教科書

的なインセンティブ契約として捉えることができる。

 しかし、行政活動の特徴である「複数タスク」と「業績測定の困難さ」の問題を、

これらの事例ではどのようにクリアしているのであろうか。

 まず、西オーストラリア州の事例では、省庁が努力を集中すべき指標をアウトプ

ットに限定することで、一つの業務に付随するさまざまなタスクを絞り込んでいる

と考えられる。また、業績測定についても、アウトカムに比してアウトプットの方

が測定が容易であるので、強いインセンティブ契約を用いることができると考えら

れる。しかしながら、省庁のタスクを絞り込むことは、政府による利害の調整がよ

り重要かつ困難になることを意味する。つまり、複数タスク間の努力配分の問題の

所在を省庁レベルから政府レベルに引き上げることになると考えられるからである。

このことは、プリンシパルによる働きかけの対象が、官僚から首長・議員等の政治

家にシフトすることを意味し、プラス面に作用すれば民主的手続きによる利害調整

が実効性を持つようになる反面、マイナス面に作用すると政治家の汚職等の問題が

発生しやすくなる危険を伴うと考えられる。

 一方、サニーベール市の成果契約は、アウトカムに関する契約であるという点で、

アウトプット予算よりもタスクの絞り込みや業績測定の問題が発生しやすいが、そ

れでもアウトカムに関する責任の範囲を明確にすることで、タスク削減の効果を持

っていると考えられる。また、外部の環境要因に左右されやすいアウトカム指標に

管理職の報酬を連動させることは、環境要因のリスクを管理職個人に負担させるこ

とになるが、指標の連動をボーナスの+10%~-5%に設定しマイナスへの連動を弱

くすることでこの問題を回避し、リスク回避的な個人に複数の強いインセンティブ

契約を用いることで生じる努力配分の歪みの問題を緩和しているものと考えられる。

(3) 公会計改革

ア. 事例

 公会計改革の事例として、以下では、ニュージーランドとアメリカというアング

ロサクソン系の2つの事例を紹介する。

A. ニュージーランド(宮田, 2001, 岸, 2001b, 山本, 1999, 2001)

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 128

 ニュージーランドの政府部門改革のポイントとして、宮田(2001)は以下の2点を

挙げている。1つは、各公的主体の運用にかかる明確な権限委譲であり、もう1つ

は、市場メカニズムの活用である。

○ 背景・経緯

 ニュージーランドでは、80 年代に国レベルの行財政改革が開始された。その骨子

をなすのは以下の3つの法律である。まず、1988 年の国家部門法(State Sector Act)は、担当大臣と各省庁の CEO の間のアカウンタビリティ関係を規定したものであ

る。次に、1989 年の公共財政法(Public Finance Act) は、省庁の CEO への予算権

限の付与と、発生主義会計への移行、アウトプットに基づく予算編成について規定

したものである。そして、1997 年の財政責任法(Fiscal Responsibility Act)は、予

算編成プロセスの透明化と健全な財政運営を目指すための政府としての原則を示し

たものである。

 この中で公共財政法は、政府(所有者・購入者)と省庁(サービス提供者)の役

割を明確に分離しており、両者は業績協定(Performance Agreement)と購入協定

(Purchase Agreement)という明示的な契約によって結び付けられる。そして、購入

者としての政府の立場からは経常収支と資本収支の区別と資産効用の継続的維持と

いう観点から発生主義会計が、購入者としての立場からはアウトプットのフル・コ

スト把握の必要から発生主義会計が求められる。このため予算編成は、発生主義と

アウトプットに基づく予算(Accrual Output Budgeting)によって行われる。

○ キャピタル・チャージ

 ニュージーランドの公会計制度の最大の特徴は、キャピタルチャージの適用であ

る。これは、省庁の所有者としての立場から、政府から省庁への「投資」に対する

資本保有コストとして省庁の各部門が保有する資産に調達利率をかけた金額をキャ

ピタル・チャージとして課するものである15。その目的は2つあり、1つはフル・

コストによる官民比較を可能にすることであり、もう1つは保有資産の効率的な管

理インセンティブを付与するためである。

 このように、ニュージーランドでは、民間と同じ会計基準をベースにしつつも、

民間部門との競合状態を保つための工夫がなされている。

○ 徹底的な時価主義

 ニュージーランドの公会計制度は、固定資産の評価基準として「修正取得原価主

義」(Modified Historic Cost Basis)を採っており、実質的には時価による評価である。

有形固定資産の評価は取得価格ベースでバランスシートに計上されるが、再評価す

ることになっており、「正味現在価値」(Net Current Cost)が各期の評価額になる。

しかし、実際には「償却後再調達価格」(Depreciated Replacement Cost)が使われる

15 イギリスではキャピタルチャージとして統一的に 6%が課されている。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 129

ことが大半である。

B. アメリカ(宮田, 2001, 岸, 2001b) アメリカの公会計制度の特徴は、非財務的な評価と財務的評価のバランス良い融

合である。これはニュージーランドや英国が財務的情報を最大限活用していること

と対照的である。

○ 背景・経緯

 アメリカの連邦レベルの公会計は、1990 年に FASAB (Federal AccountingStandards Advisory Board)16が設置されて以降会計基準の整備が進み、現在は発生

主義に基づく会計処理が基本である。

○ 公会計の目的

 FASAB の「連邦財務会計基準概念書第1号(Statement of Federal FinancialAccounting Concepts: SFFAC No.1)」(1993)によれば、公会計の基本的な価値は、

アカウンタビリティを明らかにし、(意思決定に)有用な情報を提供することであ

る。そして、SFFAC No.1 は、財務報告の目的として以下の4点を挙げている。

① 予算準拠性(budgetary integrity):予算資源の入手、利用に関するアカウンタ

ビリティの達成状況。

② 運営業績(operating performance):資源管理の経済性。

③ 受託責任(stewardship):行政運営や投資活動の政府への影響、およびその結果

としての財政状況の変化。

④ システムと統制(system and control):政府内部の財務システムの管理・統制の

評価に関する情報の提供。

○ 固定資産の扱い

 アメリカの公会計制度では、固定資産を次の2つに区分している。それは、一般

固定資産(general property, plant and equipment)と受託責任資産(stewardshipproperty, plant and equipment)である。受託責任資産はさらに、歴史的遺産

(heritage assets)、国防固定資産(旧、連邦使命資産 federal mission property, plantand equipment)、管理地(stewardship land)の3つに分類される。このうち、一般

固定資産のみがバランスシートに計上され、その評価は取得原価によって行われる

17。このことは、ニュージーランドやイギリスのように全ての固定資産を計上する

方式とは対照的である。

○ アメリカの公会計制度の特徴

16 地方政府に関する会計基準設置機関としては、GASB (Government Accounting Standards Board)がある。17 受託責任資産がバランスシートに計上されない理由は、歴史的資産については耐用年数が不確定であ

るため、国防固定資産については陳腐化が早く体系的な償却が行えないため、管理地については取得価格

の入手/評価が困難であるためである。

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 130

 アメリカの公会計制度の特徴は、税や国債等で拠出された資金の利用状況を納税

者や国債購入者に示すという、古典的な意味でのアカウンタビリティが最重要であ

る点である。このことは、FASAB の SFFAC No.1 に示された公会計の4つの目的

や、評価が困難な資産をバランスシートに計上していないこと、そして、連邦政府

による財務管理(発生主義)と議会による予算統制(現金主義)が完全に分離され

ていることなどに表れている。

イ. 分析結果との整合性

 第4章での分析結果は、政府統治としての公会計の役割は2つあり、1つは出資

者としての国民/納税者が政府を統治する手段としての役割、もう1つは公共部門

内部の効率的な経営資源配分の手段としての役割であるというものであった。そし

て、発生主義会計は、政府の財務情報の開示と、公共部門内の業績に関するアカウ

ンタビリティの確保という2つの役割を持つとされた。

 この点について、アメリカの公会計制度は、出資者としての国民/納税者が政府

を統治するための手段としての性格を強く有していると言うことができる。固定資

産のバランスシートへの計上の方法や、議会による予算統制に現金主義が用いられ

ていることは、この「政府統治手段」としての公会計の役割を強く反映している。

一方、ニュージーランドの公会計制度は、公共部門内部の効率的な資源配分のため

の手段としての性格が強い。このことは、「発生主義とアウトプットに基づく予算

(Accrual Output Budgeting)」におけるフル・コストの算出や、キャピタル・チャ

ージの適用、時価による固定資産評価などに現れている。

 また、第4章の分析結果では、発生主義会計を公的部門に導入する問題点は2つ

あり、1つは行政活動とコスト情報が結びつくことで公共財的な政府活動への納税

意志が低下する問題、もう1つは財務情報の公開が政府/官僚の努力配分を歪める

問題であった。

 これに関して、アメリカの公会計制度は、政府の財務情報の開示を優先し、業績

に対するアカウンタビリティは GPRA のような別の評価フレームによって果たされ

るように設計されている。一方、ニュージーランドの公会計制度は、政府と省庁と

の間に明示的な契約を用いることで国民へのアカウンタビリティと内部でのアカウ

ンタビリティの双方を果たそうとするものと考えられる。政府の財務情報の開示と

いう点では、ストックに関する情報として時価による固定資産評価を行い、公共部

門内の業績に関するアカウンタビリティの確保という点では、業績協定や購入協定

によって購入あるいは供給される財・サービスの仕様(アウトプット、フル・コス

ト等)が双方に検証可能になっている。

 これらの2つのタイプの会計制度を、第4章の分析結果における問題点の部分に

照らすとどのようなことが言えるであろうか。第1の問題である行政活動とコスト

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 131

情報が結びつくことの納税意志への影響について、アメリカの会計制度では行政活

動に関するフル・コストの算定が難しく、また、業績と予算とのリンクも緩やかで

あるのに対し、ニュージーランドの会計制度では行政活動のアウトプットとコスト

情報が政府と省庁間の明示的な契約という形で明らかになることで、納税意志への

影響が相対的に出やすいものと考えられる。

 第2の問題点である非財務的な活動に対する政府/官僚の努力配分の歪みの問題

については、アメリカの会計制度は業績に関する評価を別のフレームを用いる「弱

いインセンティブ契約」の適用によってこの問題を回避していると考えられる。ま

た、ニュージーランドの会計制度は、省庁の業績をアウトプット基準で評価し、タ

スクの絞り込みを行うことで、省庁(官僚)に対して複数タスクの問題を避けなが

ら強いインセンティブ契約を用いていると考えられる。しかし、複数タスク間の努

力配分の問題は、政府レベルにおいて、より重要になると考えられる。

(4) まとめ

 本節では、「政府統治」に関する事例として、外部マネジメント型行政評価に関し

て、オレゴン・ベンチマークスとムルトマ・カウンティーのベンチマーキングを、内

部管理型行政評価に関して、西オーストラリア州の「アウトプットに基づく管理」と

サニーベール市の PAMS (Planning and Management System)を、公会計改革に関し

て、ニュージーランドとアメリカの事例を紹介し、第4章の分析結果との整合性を検

証してきた。

 外部マネジメント型行政評価については、国民/納税者という複数のプリンシパル

が持つ異なる利害を、ベンチマーキング等の手法によって集計し、エージェントであ

る政府に対するインセンティブ契約の報酬率を高める役割を持つものと考えられる。

事例においても、オレゴンでは、「オレゴン州民により多くの職を創出する」を最大

の目標として州政府のタスクを絞り込んでいるものと考えられ、また、ムルトマでも

優先する3つのベンチマークスを中心にした予算編成が行われている。しかし、これ

らの事例ではベンチマーキング指標と予算配分は直接リンクしてはいない。このこと

は、「業績と弱く結びついたインセンティブ契約」であると考えられる。つまり、ベ

ンチマーキングによってある程度タスクは絞り込むものの、複数のタスクに強いイン

センティブ契約を用いることによって生じるエージェントの努力配分の歪みの問題を

回避していると考えられるのである。

 内部管理型行政評価については、政府(首長・政治家等)と省庁(官僚)との間に

業績にリンクした強いインセンティブ契約(資源合意、アウトカム評価と連動したボ

ーナス)が用いられていた。しかし、複数のタスクを持つ官僚に強いインセンティブ

契約を用いることは、官僚の努力配分に歪みを生じさせるおそれがある。この問題を

避けるために、西オーストラリア州では省庁の行政評価基準をアウトプットに絞り込

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第5章 行政改革事例の分析

1.00 132

むことでタスクの次元を削減したり、サニーベール市ではアウトカムに対する責任を

明確にし、報酬へのリンクもマイナスの影響を少なくする等の工夫が行われていると

考えられるのである。

 公会計改革については、出資者としての国民/納税者による政府統治手段としての

性格が強いアメリカ型と、公共部門内部の効率的な資源配分の手段としての性格が強

いニュージーランド型の2つの事例を分析した。前者は、行政活動のフル・コストを

把握することが難しいために、業績の評価は別のフレームによって行われており、こ

のことは、行政活動の民間企業との比較を困難にする反面、行政活動とコスト情報が

結びつくことによる納税意志への悪影響や、非財務的活動に対する官僚の努力配分の

歪みの問題を避けることができる。一方、後者は、納税意志への悪影響の問題が生じ

やすくなるが、アウトプットに関する明示的な契約で省庁(官僚)のタスクを絞り込

むことにより、業績に強く連動したインセンティブ契約を省庁(官僚)に対して用い

ることができる。

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第6章 まとめ

1.00 133

第6章 まとめ

1. 主な結論

 本稿では、民間企業の経営手法を導入した行政改革に対して、企業の経済理論、特に

不完備契約理論と複数プリンシパル理論による分析を行った。この分析結果から主に強

調したい点は以下の2点である。

(1) 「政府の境界」の決定要因

 政府の垂直統合問題である「政府の境界」に関する行政改革手法に、不完備契約

理論による企業分析、特に垂直統合の分析を応用することで、契約によってコント

ロールできないコスト及び品質イノベーションに対して所有権構造がどのように影

響を与えるかということが適用すべき手法(所有権の配分)を決定する要因である

ことが分かった。

(2) 「政府統治」手法の役割

 政府統治を複数プリンシパル理論によって分析することで、政府統治(行政評価・

公会計改革)には、

① 国民/納税者と政府の間のインセンティブ契約を有効に働かせて効率的な資源

配分を行う。

② 管理者(首長・政治家)と省庁(官僚)の間のインセンティブ契約を有効に働

かせて効率的な経営資源の配分を行う。

という2つの大きな役割があることが分かった。そして、政府活動の特徴である複

数プリンシパルや複数タスクによる低い報酬率の問題を解決する手段として、利害

の集計やタスクの分割等の手段がとられていることが分かった。

2. 本稿において得られた新たな知見

 本稿において新たに得られた知見として、以下の点を挙げることができる。

(1) 「政府の境界」と「政府統治」

 行政改革手法を、政府の垂直統合問題である「政府の境界」(PFI、エージェンシ

ー化、民営化等)と、国民/納税者と政府の間、及び政府と官僚の間のエージェン

シー問題である「政府統治」(行政評価、公会計改革)の2つの視点から分析した。

(2) 所有権の配分がイノベーションに与える影響

 所有権配分が契約によってコントロールできないコスト及び品質イノベーション

に対する投資インセンティブに与える影響は、ある事業・業務に、PFI、エージェ

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第6章 まとめ

1.00 134

ンシー化、民営化等のどのような行政改革手法が適しているかを決定する要因であ

ることを示した。

(3) 行政評価がインセンティブ契約(国民-政府、政府-官僚)の報酬率を高める役割

 ベンチマーク等の外部マネジメント型行政評価には、国民/納税者という複数プ

リンシパル間の利害を集計し、エージェントである政府に対するインセンティブ契

約の報酬率を高める役割があることを示した。また、業績評価、TQM 等の内部管理

型行政評価には、複数のタスクを持つ官僚に対するインセンティブ契約の報酬率を

高める役割があることを示した。

(4) プロジェクト実施の効率性に関する中央集権体制と地方分権体制の比較

 中央集権と地方分権の2つの体制によるプロジェクトの効率性を、不完備契約理

論によって分析した。この結果から、コスト削減の効果がそれに伴う品質の低下に

よって相殺されてしまい、かつ、地方のノウハウ不足の影響が小さいか品質向上の

余地がない場合には地方分権体制が望ましいことを示した。また、コスト削減に伴

う品質の低下の余地がなく地方のノウハウ不足の影響が大きい場合か、コスト削減

に伴う品質低下と品質向上イノベーションの余地がなくノウハウ不足の影響が少し

でもある場合には中央集権体制が望ましいことを示した。

(5) 中央政府による代理モニタリングの効果と問題点

 地方政府に対する中央政府による代理モニタリングについて、大株主とメインバ

ンクに関する研究を援用して分析し、地方政府の行動に大きな利害を持つ中央政府

は、住民にとっては負担することが困難なモニタリング・コストを負担しうること

を示した。またデメリットとして、中央政府と住民の利害が必ずしも一致せず、さ

らに、中央政府に対するモニタリングは地方政府以上にフリー・ライダー問題が生

じやすいことを示した。

(6) イギリスにおけるエージェンシー化プロセスがイノベーションに与える影響

 イギリスの"Next Steps"におけるエージェンシー化プロセスである"Prior OptionsTest"について、コスト及び品質イノベーションと所有権の関係をもとに分析を行い、

第4章で示した民営化、民間委託及びエージェンシー化に適した事業・業務の性質

と Prior Options Test の結果との間に整合性があることを示した。

(7) 独立行政法人制度における主務大臣のコミットメントの重要性

 日本の独立行政法人制度について、民間委託の可能性に関する検討が不十分であ

ることを指摘するとともに、主務大臣と首長との間の契約(中期計画策定)及び再

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第6章 まとめ

1.00 135

交渉(計画の見直し)に関して、大臣による事後的な機会主義的行動(モラル・ハ

ザード行動)を抑制するコミットメントの重要性について指摘した。

(8) 政府統治における複数タスク問題とインセンティブ強度のトレードオフ

 行政評価と公会計改革について、オレゴン州のベンチマークスやアメリカの公会

計制度のような国民/納税者による政府の統制に重点を置いたシステムでは、複数

タスク間の努力配分の問題が顕在化しにくい代わりに、効率性に関して強いインセ

ンティブが働かないことを示した。一方、西オーストラリア州の「アウトプットに

もとづく管理」やニュージーランドの公会計制度のような政府による官僚の統制に

重点をおいたシステムでは、効率性に関する強いインセンティブを用いることがで

きる代わりに、政府レベルで複数タスク間の努力配分の問題が生じやすいことを示

した。

3. 今後の課題と展望

 本稿に関する今後の課題と展望としては以下の点を挙げることができる。

(1) 官僚制や民主的手続きの問題点の説明

 第3章においては、「政府の失敗」として官僚制や民主的手続きの問題点の説明に

公共選択論の成果を用いた。官僚制の問題点の説明には部局最大化理論(Niskanen,1971)や Downs (1967)の研究成果を用いており、また、民主的手続きの問題点の説

明には合理的無知(Downs, 1957)や投票のパラドクス等を用いている。しかし、公共

選択論による「政府の失敗」の説明は、複数プリンシパル理論を用いた第4章以降

の政府統治の分析との関連性が弱いために、本稿の論文全体としての論理展開は、

統一性を欠くものになってしまっている。

 このため、今後は第3章の当該部分について、複数プリンシパル理論を中心とし

た説明を行う必要があると考えている。まず、官僚制の問題点については、

Dewatripont, Jewitt and Tirole (1999a, b)のキャリア・コンサーンや、Holmstromand Milgrom (1991)及び Bernheim and Whinston (1986)の複数タスクや共通エー

ジェントのモデルによる説明を行いたい。また、民主的手続きの問題についても Dixit(1996)、Martimort (1996, 1997)及び Seabright (1996)等の複数プリンシパルのモデ

ルによる説明を、三権分立制については Laffont (2000)等による説明を行いたいと

考えている。

(2) 規制と競争の導入

 第4章及び第5章での「政府の境界」の分析では、競争の問題が明示的に扱われ

ていない。今後は、特に狭義の民営化と独立採算型 PFI に関して Laffont and Tirole

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第6章 まとめ

1.00 136

(1993, 2000)等による規制の研究と、Qian and Roland (1998)等によるソフトな予算

制約問題の研究成果を用いてより深い分析を行いたい。また、競争に関しては

McMillan (1992)や Milgrom (2001)等のオークション理論を取り入れていきたい。

(3) 代理モニタリングを行う中央政府の内部構造

 第4章の「中央政府による代理モニタリング」は、古典的な銀行理論を援用した

ものであるが、本稿の分析では中央政府は単一の主体として扱われているために、

中央政府の内部構造や統治構造に関する分析が不十分であると考えられる。今後は、

銀行自身のプリンシパルである株主や債権者の存在を導入した Dewatripont andTirole (1994b)等の成果を、中央政府に対する国民/納税者のモニタリングの分析に

導入したい。

4. 本稿の意義と現実問題への応用可能性

 本稿の基本的な意義は、これまで主に行政学、政治学及び経営学の立場から分析され

てきた NPM に対し、企業の経済分析に用いられているエージェンシー理論的な視点(不

完備契約理論、複数プリンシパル理論等)による分析フレームの構築を試みた点である。

 エージェンシー的視点による企業分析は、近年、企業統治や金融契約、垂直統合等の

研究において目覚しい成果を挙げている。また、政府及び政治の研究にも応用され、規

制緩和や移行経済における民営化等の分野に適用されている。本稿は、こうした研究の

成果を NPM の分析に持ち込むことで、民間経営手法の行政への導入が世界中で成果を

挙げている根本的な理由を解明しようというものである。

 現実問題への具体的な応用可能性としては、「政府の境界」に関する研究は、PFI、エ

ージェンシー、民営化等の手法の導入にあたって、「その事業・事務が本当にその手法

に適しているのか」、「より望ましい方法はないか」ということを考える上で重要な示唆

を与えるものであると考えられる。また、「政府統治」に関する研究は、近年の我が国

での「評価ブーム」や「バランスシート・ブーム」に乗ってとりあえず形だけ NPM 手

法を導入する自治体等に対して、「導入にどのような意味があるのか」、「なぜ成果が挙

がらないのか」という問題についての再考を迫るものになると考えられる。

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