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高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化 Improvement in Toughness by Controlling Precipitation of NiAl in a P21 Modified Plastic Molding Die Steel with High Mirror Polishability and Rust Resistance 間島 哲司 * 博士(工学)  橋 邦彦 * 博士(工学)  知念 響 * 博士(工学)  髙橋 達也 ** Satoshi Majima Dr. Kunihiko Hashi Dr. Hibiki Chinen Dr. Tatsuya Takahashi *:室蘭研究所 Muroran Research Laboratory **:室蘭製作所 Muroran Plant (30) 日本製鋼所技報 No.65(2014.10) 高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化 We improved toughness of a P21 modified plastic molding die steel "UPD2" by controlling microstructure. Improvement in toughness, which is shown by absorbed energy about three times greater than conventional UPD2 with maintaining hardness at 40 HRC, was realized by the optimization of the Al content for suppressing the precipitation of B2 type NiAl intermetallic compound. The improved steel showed good properties not only in the balance between hardness and toughness but also in the high mirror polishability and the rust resistance. The area and the number of inclusions decreased with decreasing the Al content. From these results, it is thought that the decrease in the Al content for improving the toughness is also effective for the mirror polishability. Synopsis プラスチック成型用金型鋼(P21 改良)である「UPD2」の微細組織を制御することにより、高靱性化させた UPD2 改 良鋼を開発した。B2 型金属間化合物である NiAl の析出抑制を目的として、Al 添加量を最適化することにより、40HRC 程度の硬さを維持しながら、従来の約 3 倍の室温吸収エネルギーを示す高靱性化が可能となった。改良鋼は硬さ - 靱性 バランスだけでなく、鏡面性及び耐錆性についても従来と同等以上の良好な特性を示した。Al 添加量の減少に伴って介 在物の面積、個数は共に減少したことから、NiAl 析出の抑制を目的として行った Al 量の低減は、靱性だけでなく、鏡 面性に対しても有利に働くものと考えられる。 要   旨 1. 緒  言 プラスチック成形において、金型の意匠面の性状は成形 品の表面肌に強く影響するため、金型用鋼の鏡面磨き性 は、高鏡面性が必要なプラスチック製品を成形する際の重 要な特性の一つとされている。金型表面の硬さは鏡面性に 対して強く影響することから (1, 2) 、高鏡面性プラスチック金 型用鋼の製造においては、一般に硬さ優先の合金設計が 行われている。また、錆が発生すると金型の意匠面の性 状が劣化することから、耐錆性も必要な特性である。さら にプラスチック製品の生産性向上のため、成形時の加熱冷 却サイクルの短縮が図られるが、それに伴い熱応力や熱衝 撃に起因した割れが発生しやすくなることから、硬さや耐 錆性に加えて靱性も重要な特性である。 当社ではこれまでにプラスチック成形金型用鋼「UPD2」 を開発しており、鏡面性、耐錆性に優れることを報告し ている (3) 。UPD2 は AISI P21 改良鋼で Cu と NiAl の析 出強化を利用した金型用鋼であるが、通常プラスチック 成型金型用鋼として要求される硬さ 37 ~ 42HRC に対し 47HRC という過剰な硬さを有することから、ピーク硬さを 示す時効温度より高温で時効処理(過時効)することによ って硬さを要求レベルに低下させて使用してきた。また、 良好な鏡面性を有する意匠面が得られる一方で、析出硬 化と同時に靱性が低下するという一面も有しており、成形 サイクルの短縮化に十分に対応できない可能性がある。そ こで我々は、UPD2 の過剰な硬さ特性と靱性を改善するた め、組成を変更したいくつかの鋼種で Cu 及び NiAl の析 出量を制御することにより、硬さ - 靱性バランスの向上を図

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高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

Improvement in Toughness by Controlling Precipitation of NiAl in a P21 Modified Plastic Molding Die Steel with High Mirror Polishability and Rust Resistance

間島 哲司* 博士(工学) 橋 邦彦 *博士(工学) 知念 響 * 博士(工学) 髙橋 達也**Satoshi Majima Dr. Kunihiko HashiDr. Hibiki Chinen Dr. Tatsuya Takahashi

*:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

**:室蘭製作所  Muroran Plant

(30)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

技 術 論 文 高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化

We improved toughness of a P21 modified plastic molding die steel "UPD2" by controlling microstructure. Improvement in toughness, which is shown by absorbed energy about three times greater than conventional UPD2 with maintaining hardness at 40 HRC, was realized by the optimization of the Al content for suppressing the precipitation of B2 type NiAl intermetallic compound. The improved steel showed good properties not only in the balance between hardness and toughness but also in the high mirror polishability and the rust resistance. The area and the number of inclusions decreased with decreasing the Al content. From these results, it is thought that the decrease in the Al content for improving the toughness is also effective for the mirror polishability.

Synopsis

プラスチック成型用金型鋼(P21 改良)である「UPD2」の微細組織を制御することにより、高靱性化させた UPD2 改良鋼を開発した。B2 型金属間化合物である NiAl の析出抑制を目的として、Al 添加量を最適化することにより、40HRC程度の硬さを維持しながら、従来の約 3 倍の室温吸収エネルギーを示す高靱性化が可能となった。改良鋼は硬さ - 靱性バランスだけでなく、鏡面性及び耐錆性についても従来と同等以上の良好な特性を示した。Al 添加量の減少に伴って介在物の面積、個数は共に減少したことから、NiAl 析出の抑制を目的として行った Al 量の低減は、靱性だけでなく、鏡面性に対しても有利に働くものと考えられる。

要   旨

1. 緒  言

プラスチック成形において、金型の意匠面の性状は成形品の表面肌に強く影響するため、金型用鋼の鏡面磨き性は、高鏡面性が必要なプラスチック製品を成形する際の重要な特性の一つとされている。金型表面の硬さは鏡面性に対して強く影響することから(1, 2)、高鏡面性プラスチック金型用鋼の製造においては、一般に硬さ優先の合金設計が行われている。また、錆が発生すると金型の意匠面の性状が劣化することから、耐錆性も必要な特性である。さらにプラスチック製品の生産性向上のため、成形時の加熱冷却サイクルの短縮が図られるが、それに伴い熱応力や熱衝撃に起因した割れが発生しやすくなることから、硬さや耐錆性に加えて靱性も重要な特性である。

当社ではこれまでにプラスチック成形金型用鋼「UPD2」を開発しており、鏡面性、耐錆性に優れることを報告している(3)。UPD2 は AISI P21 改良鋼で Cu と NiAl の析出強化を利用した金型用鋼であるが、通常プラスチック成型金型用鋼として要求される硬さ 37 ~ 42HRC に対し47HRC という過剰な硬さを有することから、ピーク硬さを示す時効温度より高温で時効処理(過時効)することによって硬さを要求レベルに低下させて使用してきた。また、良好な鏡面性を有する意匠面が得られる一方で、析出硬化と同時に靱性が低下するという一面も有しており、成形サイクルの短縮化に十分に対応できない可能性がある。そこで我々は、UPD2 の過剰な硬さ特性と靱性を改善するため、組成を変更したいくつかの鋼種で Cu 及び NiAl の析出量を制御することにより、硬さ - 靱性バランスの向上を図

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図 1 熱処理条件

表 1 供試材の化学組成

(31)

り、ピーク硬さを示す時効温度で要求硬さを十分に満足しつつ、UPD2 より靱性を改善した改良鋼の開発を行った。本稿では、前半に UPD2 の組成の変化に伴う組織及び硬さ - 靱性バランスの変化について述べ、後半に UPD2 改良鋼の鏡面性及び耐錆性について紹介する。

2. NiAl の析出制御による高靱性化

2.1 実験方法2.1.1 供試材

表 1 に供試鋼の化学組成を示す。0.8Al 鋼は硬さに対する Cu の影響を確認するため UPD2 組成から Cu をフリーとしたもの、0.4 ~ 0Al 鋼は同じくAl の影響を確認するため 0.8Al 鋼組成から Al 量を低減したものである。ただし、目標硬さを満たす時効温度幅を広げる目的で、0.2Al 及び 0.4Al 鋼には V を 0.04mass% 添加した。0Al、0.2Al、0.4Al 及び 0.8Al 鋼は、いずれも真空誘導溶解炉で溶製した 50kg の鋼塊である。UPD2 については、上述の 50kgの鋼塊を光学顕微鏡観察、ロックウェル硬さ試験及びシャルピー衝撃試験に、実機鋼塊から切出した試材を走査型透過電子顕微鏡(STEM)観察に用いた。

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化

2.1.2 熱処理条件図 1 に熱処理条件を示す。実機鍛錬後の結晶粒度を

模擬するため、1200℃で粗粒化処理を行った後、実機製造時の固溶化処理温度である 950℃で保持し、その後、330mm の板厚中心部における油冷相当の冷却速度にて室温まで冷却した。固溶化処理後は、400 ~ 600℃の温度範囲で時効処理を行った。

2.1.3 ミクロ組織観察熱処理後の試験片を鏡面研磨した後、アルコール+15%

塩酸+1% ピクリン酸の混合液で腐食し、光学顕微鏡によるミクロ組織観察を行った。また、これらの観察の後、STEM を用いてより微細な析出物の観察を行った。STEM試料は電解研磨により作製し、電解研磨液には 5% 過塩素酸+ 95%ブトキシエタノールの混合液を用いた。

2.1.4 ロックウェル硬さ試験固溶化処理後、各温度にて時効処理した試料に対してロ

ックウェル硬さ試験を行った。測定には C スケールを用い、測定数は 7 点で最高および最低値を除いた 5 点の平均値を硬さとした。

2.1.5 シャルピー衝撃試験2mmUノッチ試験片を用いて室温でシャルピー衝撃試験

を行い、各試験片の衝撃値および延性破面率を測定した。1 条件で 3 回試験を行い、その平均値を測定値とした。

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図 2 時効温度とロックウェル硬さの関係

図 3 STEM-EDS によるUPD2 の元素マッピング像

図 4 UPD2 及び 0.2Al 鋼のミクロ組織(a)UPD2 560℃時効後

(b)0.2Al 鋼 500℃時効後

図 5 0.2Al 鋼の微細組織(450℃時効後)(a)明視野像 (b)暗視野像

(32)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化

2.2 結果と考察図 2 に UPD2、0.8Al、0.2Al 及び 0Al 鋼の時効温度と

ロックウェル硬さの関係を示す。UPD2 の硬さは固溶化ままで 38HRC であるが、400℃以上の温度では時効硬化を示し、特に 450 及び 500℃時効では P21 系鋼のようなプラスチック金型用鋼に要求される上限硬さを超える。図 3に UPD2 を固溶化後に 560℃で時効した試料 (560℃時効材)と時効しない試料 (固溶化まま材)の走査型透過電子顕微鏡 (STEM)-EDS を用いた元素マッピング像を示す。560℃時効材には Cu、Ni 及びAl が濃化していることから、Cu 及び NiAl が析出していると考えられ、両相の析出によって約 41HRC の硬さを得ているが、吸収エネルギーは 5.6Jと低い。一方、Cu 及び NiAl の析出しない固溶化まま材は約 38HRC と 560℃時効材より3 ポイント硬さが低いが要求硬さ範囲内であり、その吸収エネルギーは16Jと 560℃時効材より高い値を示した。この結果から、硬さに対しては Cu 及び / 又は NiAl による時効硬化はほとんど必要ないと考えられ、また Cu 及び NiAl 析出量の抑制による高靱性化が期待される。0.8Al 鋼は Cu フリーとしたことにより、UPD2 より硬さは低下するが、依然としてピーク硬さは要求硬さを上回っており、NiAl による時効硬化量はまだ過剰といえる。Cu 及び Al をフリーとした0Al 鋼は 450 及び 500℃の時効によって要求硬さを満たしてはいるものの、下限値に対し十分な余裕はない。0.2Al鋼は 0Al 組成に対し、Al を 0.2mass%、V を 0.04mass%添加した鋼種であるが、同じ時効温度においても 0Al 鋼の硬さと比べ 1.5 ポイント程度高く、またピーク硬さも要求硬さ以下であることから、0.2Al 鋼はピーク硬さで使用可能な組成であることがわかった。

次に、0.2Al 鋼の時効時に生じた組織変化を把握するため、時効熱処理後の 0.2Al 鋼及び UPD2 のミクロ組織観察を行い、各試料の組織を比較した。ミクロ組織観察結果を図 4 に示す。両鋼種とも焼戻しマルテンサイト組織であった。また、光学顕微鏡では、析出物等の第 2 相は観察されなかった。UPD2 及び 0.2Al 鋼における旧オーステナイト粒の結晶粒度番号はそれぞれ 3.3 及び 3.5 であり、結晶粒度についても両鋼種間に差異は認められなかった。次に、時効熱処理後の 0.2Al 鋼の微細組織を調査するため、450℃で時効した 0.2Al 鋼に対して TEM による組織観察を行った。組織観察結果を図 5(a)及び(b)に示す。図5(a)の明視野像に見られるように、0.2Al 鋼のマルテンサイト中には長径 10 ~ 20nm 程度の析出相が観察された。0.2Al 鋼では、550℃での時効によって Cr 炭化物が析出する(4)が、図 5(a)の析出相はこれに類似した形態を示すことから、450℃で時効した場合においても Cr 炭化物が析出していると推察される。また、450 及び 550℃における構成相を熱力学計算ソフトの Thermo-calc(データベー

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図 6 0.2Al 鋼及び UPD2 の硬さ - 靭性バランス

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高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化

3. 鏡面磨き性及び耐錆性

前章において、0.2Al 鋼は極めて良好な硬さ-靱性バランスを示すとの知見が得られたことから、同鋼に対して、金型材料に要求される鏡面磨き性及び耐錆性の評価を行った。

3.1 実験方法3.1.1 供試材

上述の 0Al、0.2Al、0.4Al、0.8Al 鋼及び UPD2 を供試材に用いた。ただし、UPD2 については、50kg の鋼塊を磨き試験に、実機鋼塊から切出した試材を耐錆試験に用いた。また、磨き試験及び耐錆試験を行う際の比較材として、市販されている高鏡面性・耐錆性 P21 改良鋼のA 鋼と P21 系従来鋼の B 鋼を用いた。

3.1.2 磨き試験0.2Al 鋼、UPD2 及 び A 鋼 に 対して 機 械 磨 き試 験

(14000 番)を行い、磨き後の試料に対して、微分干渉像の観察を行い表面の凹凸を観察した。

3.1.3 組織観察および組成分析FE-SEM を用いて各鋼種における非金属介在物の観察

を行った。観察の際は各鋼種につき10 ~ 25 個の非金属介在物を選択し、EDS を用いて組成分析を行った。組成分析結果から非金属介在物の種類を同定し、あわせて各介在物の析出形態を調査した。その後光学顕微鏡を用いて各鋼種を1000 倍の視野にて 30 視野観察し、FE-SEM による観察結果を基に析出形態から非金属介在物の種類が判別可能な場合には、各介在物の割合を求めた。また、画像解析から非金属介在物の面積を計測し、各鋼種における非金属介在物面積の分布状況を求めた。ただし、計測の際は円相当径が 0.4 μ m 以上の介在物粒子のみを計測の対象とした。

3.1.4 耐錆試験同形状に加工した 0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼及び B 鋼の

試験片を室温の水道水中に一週間浸漬した後、錆を拭き取り、外観観察及び浸漬前後の質量変化を計測した。耐錆性は単位表面積、単位時間あたりの質量変化から算出した腐食損耗速度で評価した。

スは SSOL2)を用いて計算したところ、いずれの温度においても Cr-rich の M23C6 が主な構成相となることが確認されたことから、図 5(a)の析出相は M23C6 型の炭化物であると考えられる。一方、図 5(b)の暗視野像からは、B2構造の微細な相が BCC 構造のマルテンサイト中に析出することが分かった。P21 系鋼を含む Ni-Al-Cu 鋼中の微細析出相については、B2 構造の NiAl 相が析出すると数多く報告(5-8)されていることから、図 5(b)中の B2 相は NiAlであると考えられる。これらのことから、0.2Al 鋼の時効熱処理時には、M23C6 型炭化物及び NiAl の 2 相が生じていると考えられる。両相は、同鋼の硬さに対して寄与することが推察されるが、図 2 において、0.2Al 鋼は NiAl析出量を極端に抑制した 0Al 鋼に近い時効硬化挙動を示したことから、0.2Al 鋼の 450℃付近における時効後の主な強化相は M23C6 型炭化物であると考えられる。一方、図 2 に示すように 0.2Al 鋼は固溶化ままでも 0Al 鋼より高い硬さを示しており、時効硬化する温度域においても、固溶化ままの場合と同程度の硬さの差を保っている。この硬さの差については、固溶化後冷却時の NiAl の析出や、Vの添加等が影響した可能性があるが、現時点では詳細を明らかにするには至っていない。また、550℃で時効した0.2Al 鋼と 0Al 鋼の場合の硬さの差は、V 炭化物による二次硬化に起因している可能性があるが、これについても詳細を明らかにするには至っていない。今後、これらの点を明らかにしていきたい。

次に、UPD2 及び 0.2Al 鋼に対してシャルピー衝撃試験を行い、得られた硬さ-靱性バランスを図 6 に示す。0.2Al鋼の硬さ - 靱性バランスは著しく向上しており、中でも 450℃で時効した試料の特性は特に良好で、約 40HRC の硬さを有しながら、65JとUPD2 に比して約 3 倍の高い吸収エネルギーを示した。このように、Cu 及び NiAl の析出抑制を目的とした Cu フリー化と Al 量の低減によって、UPD2 の硬さ - 靱性バランスは大幅に向上した。

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表 2 磨き試験結果

図 7 Al2O3、AlN 及び BN 量と Al 添加量の関係

図 8 非金属介在物の数、平均面積と Al 添加量の関係

(34)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化

3.2 結果と考察表 2 に 14000 番仕上げの磨き試験結果を示す。0.2Al 鋼

は UPD2 より面粗度(※注 1)が小さく、かつ UPD2 で観察された目視可能なピンホールは 0.2Al 鋼で観察されなかった。また、鏡面磨きを行う際の介在物等の欠けにより生じる多数の凹みを、オレンジの皮肌に類似した形態からオレンジピールと呼ぶ(1)が、UPD2 ではこのオレンジピールが観察されたのに対し、0.2Al 鋼では観察されなかった。これらのことから、0.2Al 鋼は UPD2 より良好な鏡面性を有すると判断される。また、0.2Al 鋼は高鏡面性を特徴とする A 鋼と比較しても、面粗度は同等以下の値であり、また、ピンホールサイズも小さいことから、A 鋼と同等以上の鏡面性を有すると判断できる。

次に、鏡面性に影響する因子を調査するため、各鋼種中の非金属介在物に関する調査を行った。図 7 に 0Al 鋼、0.2Al 鋼、0.4Al 鋼及び 0.8Al 鋼の画像解析から得られたAl2O3、AlN および BN 量と Al 添加量の関係を示す。ただし、0.2Al 鋼中のAl2O3、およびAlN に関しては画像解析による正確な値は得られていないものの、EDS 分析時の割合がそれぞれ 80%、および 20% であったことから、参考値として図中に白抜きで示した。Al2O3 量は 0.2Al 鋼及び 0.4Al 鋼で高い値を示すが、0Al 鋼及び 0.8Al 鋼では極めて低い値を示した。一方で、AlN 量は 0Al 鋼、0.2Al 鋼及び 0.4Al 鋼では低いが、0.8Al 鋼では高い値を示した。0Al 鋼中の非金属介在物は BNと Al2O3 であるが、0.2Al鋼、0.4Al 鋼、0.8Al 鋼では Al2O3 と AlN であることから、Al 添加量が極めて低く、BN が析出する組成域ではAl2O3、AlN 量は共に低く、Al2O3 と AlN が析出する組成域では Al 添加量の増加とともに Al2O3 量は減少、AlN 量は増加すると考えられる。図 8 に非金属介在物の数、平均面積と Al 添加量の関係を示す。介在物の平均面積には、各鋼種における介在物の総面積を介在物数で除した値を用いた。0Al 鋼では、介在物数は少ないものの、平均面積は3.14μm2 と高い値を示した。同鋼では総介在物数の 9 割以上が BN であることから、高い平均面積値は BN の析出に起因していると考えられる。次に、Al2O3 と AlN が析出する 0.2Al 鋼、0.4Al 鋼及び 0.8Al 鋼では、Al 添加量の増加とともに介在物数が増加した。平均面積に関しては、

Al 添加量とともに単調に増加しているわけではないが、0.8 Al 鋼の値と比べて 0.2 Al 鋼、0.4 Al 鋼での値はやや低く、また 0.2 Al 鋼と 0.4 Al 鋼の値はほぼ同じであることから、0.2Al 鋼、0.4Al 鋼及び 0.8Al 鋼の 3 鋼種では Al 添加量を低減するほど、平均面積も減少する傾向にあると言える。これらのことから、BN の析出しない組成域であれば、Al添加量の減少に伴って、介在物の面積、個数共に減少すると考えられる。超鏡面用途の金型用鋼では、非金属介在物の量及びサイズを極小にすることが必要であると報告されている(2)ことから、BN が析出しない組成範囲でのAl 量の低減は、靱性だけでなく、鏡面性に対しても有利に働くものと考えられる。

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図 9 水道水浸漬後の試料外観(a)0.2Al 鋼 (b)UPD2

(c)市販 A 鋼 (d)市販 B 鋼

図 10 水道水浸漬試験結果

(35)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用 P21 改良鋼における NiAl の析出制御による高靱性化

4. 結  言

(1)Cu 及び NiAl の析出抑制を目的として、Cuフリーとし、Al 添加量を低減した 0.2Al 鋼は UPD2と異なる時効硬化挙動を示した。同鋼の主な強化相は M23C6 型炭化物であると考えられる。

(2)0.2Al 鋼の 450℃時効材は約 40HRC の硬さを有しながら室温で 65Jのシャルピー吸収エネルギーを示しており、Cuフリーとした上で適切に Al 量を低減する、即ち Cu 及びNiAl の析出量を制御することによって、高靱性化が可能である。

(3)0.2Al 鋼は硬さ- 靱性バランスに優れるだけでなく鏡面性、耐錆性についても従来と同等以上の良好な特性を示した。

(4)非金属介在物の調査結果から、BNの析出しない組成域であれば Al 添加量の減少に伴って、介在物の面積、個数共に減少することが分かった。このことから、NiAl 析出の抑制を目的として行った Al 量の最適化は、靱性だけでなく、鏡面性に対しても有利に働くものと考えられる。

参 考 文 献

(1)田部博輔 : 型技術 , vol.20, No.12 (2005) p93.(2)井坂剛 , 瓜田龍実 , 大藤孝 : 型技術 , vol.21, No.14 (2006)

p40.(3)佐 木々剛 , 土岐和紀 : 型技術 , vol.26, No.7 (2011) p.90. (4)知念響 , 橋邦彦 , 高橋達也 : 型技術 , vol.27, No.12 (2012)

p.92.(5)渡辺敏幸 , 浅田千秋 : 電気製鋼 , vol.40, No.1 (1969) p.6.(6)渡辺敏幸 : 鉄と鋼 , vol.61, No.10 (1975) p.138.(7)矢田浩 , 本田三津夫 : 鉄と鋼 , vol.63, No.12 (1977) p.86.(8)中津英司 , 田村庸 , 村川義行, 遠山文夫 , 福島捷昭 : 日立

金属技報 , vol.17 (2001) p.81.

図 9 に試料を水道水に一週間浸漬した後の 0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼及び従来の P21 系鋼である B 鋼の試料外観を示す。B 鋼では全面的に腐食が進行しているのに対し、0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼では部分的に金属光沢が残存し、視認可能な腐食程度は同等であった。

図 10 に 0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼及び B 鋼の腐食損耗速度を示す。0.2Al 鋼の腐食損耗速度は、UPD2 及び A 鋼のそれと同等レベルであり、B 鋼の 1/2 以下であった。

このように、UPD2 は、析出 NiAl 量の制御によって、その高い鏡面磨き性及び耐錆性を維持しながら高靱性化を実現することが可能であることが確認された。

(※注 1)・Ra・・・算術平均粗さと呼ばれる。一つのきずが測定値に

及ぼす影響が小さく、磨き面の平均的な粗さを表す。・Ry・・・最大高さと呼ばれる。平均線から最も高い箇所ま

での高さと、最も深い箇所までの深さの和である。平均線から際立って高い箇所や深い箇所の影響を受けるため、粗い箇所が局所的に存在していたとしても高い値となる。