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NTT技術ジャーナル 2014.542
機能素材 “hitoe” “hitoe” は,NTTが開発した繊維素材を導電性高分子(PEDOT-PSS)でコーティングする「繊維導電化技術」を,東レ株式会社の保有する先端繊維材料「ナノファイバ」に適用して開発した,心電・筋電などの生体信号を計測するための機能素材です(図 ₁).一般衣料向け繊維素材(繊維径:₁0μm程度)に適用した場合と比較して,ナノファイバ(繊維径:0.₇μm程度)を使用することで肌への密着性が向上し,安定した生体
信号計測が可能となりました.また,東レの「先端高次加工技術」により,導電性高分子をナノファイバ繊維間の空隙に高含浸することにより,高い導電性と耐久性が得られています.この “hitoe” 素材を簡便に生体に装着するためインナーシャツと複合化し,着るだけで心電が計測できるウェアラブルセンサを開発しました(図 ₂).ベースとなるシャツ生地には,伸びに対して身体を締め付ける力の変動が小さい「プログレスキン」生地を用いており,体型差をカバーして身体にフィットし,運動
にも追随性が高いという特性を得られています.また,“hitoe” 素材設置部分には,保湿性を高める素材構成を採用し,生体との接触インピーダンスを低減しています.これらの特性により,開発したシャツを着るだけで,さまざまな生活シーンで快適かつ安定した生体信号を検出可能です.
“hitoe” を用いた日常の生体信号測定例“hitoe” は柔軟で伸縮性・通気性に優れた布電極素材であり,インナーシャツと複合化することで,着るだけでさまざまな日常シーンで長期間の心拍変動や
図 1 機能素材 ‶hitoe” を構成する技術
「繊維導電化新技術」
「先端高次加工技術」
導電性高分子
皮膚 皮膚
PETナノファイバ(0.7μm)
一般衣料向けPET(15μm)
導電性高分子(PEDOT-PSS)
+ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)
-ポリ(スチレンスルホン酸)
「ナノファイバ」
繊維径:0.7μm
図 2 ‶hitoe” とインナーシャツを 複合化したウェアラブルセンサ
配線
着圧制御素材
“hitoe”素材
業界の垣根を超えて結実した ウェアラブルセンサ─hitoe技術NTTマイクロシステムインテグレーション研究所† ₁/ 東レ株式会社† ₂
高た か が は ら
河原 和かずひこ
彦 /小お
野の
一かずよし
善 /小お
田だ
直な お き
規 /勅て し が わ ら
使川原 崇たかし
NTTは,シルクなどの繊維素材を導電性高分子(PEDOT-PSS)でコーティングし,着衣だけで心拍 ・心電図の常時モニタリングを可能にする柔軟な導電性繊維複合素材を2013年2月に開発しました.その後,素材開発や縫製技術の面で東レ株式会社とコラボレーションすることで本格的な実用化に向けた研究開発を加速し,サービス展開主体のNTTドコモと連携し,その素材を “hitoe” とブランディングして2014年1月にNTT,東レ,NTTドコモの3社で報道発表を行いました.ここでは,“hitoe” を構成する技術,および “hitoe” によって計測される生体信号の利用シーンについて紹介します.
†₁ †₁ †₂ †₂
R&D
PEDOT-PSS ウェアラブルセンサ 心拍変動
NTT技術ジャーナル 2014.5 43
R&Dホットコーナー
心電図の計測を可能とします.長期間の心拍変動を解析することで,メンタル面の変化を可視化することが可能です.
図 3はビジネスシーンでの心拍変動の取得例を示しています.横軸が時刻,縦軸が心拍数を表しており,図 3 AおよびCの期間はデスクワーク,図 3 Bの期間は大勢の前で発表しているシーンを示しています.Bの期間ではAおよびCの期間と比較して心拍数が上昇し,なおかつ心拍数の揺らぎ(バラツキ)が減少しています.これは,心臓の拍動を制御する自律神経系の中でも交感神経が優位であることを示す反応であり,強度のストレス(緊張)を感じていることを表しています.心拍変動の別の可視化手法として,AおよびBの期間の 5分間分の心拍変動を抽出し,ポアンカレプロットで表現したものを図 4に示します.ポアンカレプロットとは,心電波形の中で,ある時刻のR波とR波の間隔(R-R間隔)を横軸にとり,次に引き続くR-R間隔を縦軸にとってプロットしたもので,心拍数の揺らぎが小さい(ストレス状態)ほどプロットが集中します.逆にリラックスしている場合は,このプロットが分散します.このように,“hitoe” を複合化したインナーシャツを用いて,心電波形を基にした精度の高い心拍間隔を長期にわたって計測することで,メンタル面の解析に応用することが可能です.今回開発した “hitoe” を複合化したインナーシャツは,シャツ生地に東レ製の着圧制御素材を用いているため,スポーツ時など激しい身体運動を伴うシーンでも,長期間の心拍変動や心電図の計測が可能です.
図 5(a)はバドミントンのダブルス試合中の選手の心拍変動を測定した結果を示しています.激しい上半身の動きを伴う運動でも,試合中の約40分間の心拍変動をとらえることができています.図 5(b)は,試合中の心拍変動を上級者と初級者で比較したものです.ラリー中は上級者も初級者も心拍が上がっていますが,インターバル(休憩)に入ると上級者はすぐに心拍数が低下するのに対し,初級者は心拍数が高い値を維持しています.このような心拍変動は運動負荷と回復の度合いを把握するのに有効な指標と考えられ,“hitoe” を複合
化したインナーシャツを用いて心拍変動を管理しながらトレーニングをすることで,高い効果を得られる可能性があります.
心電波形送信端末“hitoe” を複合化したインナーシャツでは,心拍変動だけではなく,心電波形を取得することも可能です.図 6は,開発したインナーシャツに心電波形測定端末を装着し,無線(Bluetooth)を介してスマートフォンに心電波形を送信している様子です.今回開発したインナーシャツの電極配置では,ホルター心
図 3 ビジネスシーンでの心拍変動例
11 : 00 : 000
16014012010080604020
11 : 30 : 00 12 : 00 : 00 12 : 30 : 00
心拍数
時 刻
A B C
図 4 ポアンカレプロット
1000
800
600
400
200
0
ある時刻(n)のR-R間隔
次の時刻(n+1)のRー
R間隔
リラックス時緊張時
リラックス
プロットが分散
プロットが集中
緊張
0 500 1000
NTT技術ジャーナル 2014.544
電図で用いられるCC5誘導*に類似の波 形を得ることができます.シャープなQRS波とともに,その前後のP波やT波もきれいに計測されています.
今後の展開今後は,NTTドコモの展開する健康支援サービスとの連携など,心電波形データをはじめとした生体情報をスマートフォンからインターネットを介してサーバに送信し,クラウドサービスやビッグデータ解析等と連携した新たなサービスの創出を通じてスポーツ・健康管理・医療分野などへの貢献を進めていきます.
(左から) 小田 直規/ 高河原 和彦/ 小野 一善/ 勅使川原 崇(右上)
NTTと東レが,互いの持つ技術をうまく結集することで “hitoe” は開発されました.今後も連携を深めながら,ウェアラブルセンサ技術を拡充して適用領域を広げ,さまざまなシーンでのサービス提供を通じて,健康で豊かな生活への貢献ができるよう研究開発を進めていきます.
◆問い合わせ先NTTマイクロシステムインテグレーション研究所TEL 046-240-4388FAX 046-240-4728E-mail takagahara.kazuhiko lab.ntt.co.jp
図 6 スマートフォンを用いた心電波形取得結果
心電波形送信端末
心電波形
心拍数
電極外れ警告※接触不良で赤
P
Q
S
T
R
図 5 心拍変動の測定結果
200(1/min)
180
160
140
120
1000:00 0:050:05 0:10 0:15 0:20 0:25 0:30 0:35 0:400:40 0:45 0:50 (分)
心拍数
経過時間
(a)
(b)
インターバル
ラリー中 ラリー中インターバル
インターバル インターバル
第 1セット 第 2セット 第 3セット
100
120
140
160
180
200(1/min)
初級者
上級者
心拍数
* CC5誘導:ホルター心電計において,左右の側胸部に電極を装着して心電図を取得する手法.振幅の大きな波形が得られ,心拍解析に有用.